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「それで、せんぱいの個性は何ですか？」 さっきから聞き飽きた質問を何度もしてくるこの少女の名前は一色いろは。ついさっき手を組んだばかりだ。 「はあ、それ6回目だぞ」 呆れたようにため息をつく 「あのなあ、そもそも個性を聞かれて簡単に答えるやつは馬鹿だけだ」 「何ですかそれ〜！私が馬鹿だって言いたいんですか！」 怒った風に手をグーにして殴ってくる。全く痛くないが鬱陶しい。 「別にそうは言ってないだろ」 その時、炎が上がっているのが目に入る 「おいおい、何だあれ」 「何ですk・・って、何ですかあれ！！」 「わからん、だがヴィランが関わっているのは間違いないだろう」 驚きのあまり口を開いてアホみたいな顔になっている一色を視界の端に捉えて炎の上がっている場所へ向かう 「ここだな」 かなりの人ごみで何が起こっているのか確認できない 「せんぱい、どうやらこの先でヴィランが人質をとっているんですが、その人質の子が個性を使って逃げようと暴れてるらしいです」 「そうか。てか、何でお前そんなこと知ってるの」 「あの人達に聞きました」 一色が指を指す所に男達がいる。そしてこちらを、いやどちらかというと俺を睨んでいる。俺達そういうんじゃないんですけど・・ 「便利な個性だな」 「違いますよ、普通に聞いただけです」 なるほど、俺にはできない芸当だ。そうこうしているうちに少しだけ見えるようになってきた。 「何だ、あのヘドロみたいなやつ、あれが今回のヴィランか？」 「そうみたいですね。正直キモいです」 その時の一色の目はマジで引いていた 「それにしても、ヒーローはあんな奴も倒せねえのか。がっかりだな」 「せんぱい、どうしますか？」 「そうだなぁ、俺の仕事を増やす害虫は駆除しようか」 俺はフードをかぶり姿勢を低くして戦闘態勢に入る 「マジですか、ちょっと待ってください。こんな人ごみで戦ったらバレちゃうじゃないですか！」 一色も場所が場所だけに何がバレるとまでは言わない 「知るか、これでもリスクリターンは誰よりも分かっているつもりだ。さっさと殺せば問題はないお前は先に逃げておけ」 その時、緑髪の少年が駈け出す。その姿は確かにここにいるどのヒーローよりもヒーローらしい行動だった。 ヘドロヴィランから爆発頭の少年を助け出そうとしている。が、手がヘドロで滑ってうまくいっていない 「やはり、やるべきだな」 俺がそう決めた時、それは現れた。人々には希望をヴィランには絶望を与える存在。平和の象徴・・・ 「オールマイト・・」 誰かがそう呟いた。それが誰なのか、それは分からない。だが、ここにいる人々の気持ちは一つだっただろう。 オールマイトの攻撃で吹き飛ぶヘドロヴィランを見て思わず呟く 「おいおいマジか、バケモンかよ・・」 そのまま、人ごみを離れる。一色がいることを忘れ考える。俺はあのを相手に戦うことができるのかと。y 「・・・ぱい」 善戦はできても圧勝は無理だろう。いや、善戦できるのかすら怪しい。 「・・・んぱい」 あのバケモノと戦うには攻撃を最低限受けないことが重要になってくる。一回でも致命傷を負えば負ける。そうなれば、俺は捕まる。 そんなことになれば、小町は・・・ 「せんぱい！！」 「うおっ！」 至近距離で一色が大声を出す。 「何だよ。耳もとで大声を出すな」 「だって、さっきから呼んでいるのに全然反応しないんですもん」 一色が少し怒った風に頬を膨らます。あざとい・・・ 「そうか、悪いな少し考え事をしていた」 かなり深く考えていたのだろう。この時、周りへの注意をしていればこちらを見る怪しい視線にも気づけただろうと思ったのは ことが起こってからだった。

やはり俺が本物のヒーローを見るのは間違っている。

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※attention※ ・某笑顔動画で活躍されているwrwrdさんの二次創作小説です。御本人様との関係は一切ございません。 ・容姿、口調、世界観等の捏造や、読者の方との認識の違いがある場合があります。 ・読者の方に話しかけるような口調で書かれるページがあります。苦手な方はブラウザバックする事をおすすめします。 ・作者は関西住みではありません。そのため関西弁がおかしな所がいくつもあるかと思いますが、温かい目でスルーしていただければ幸いです。 ・花の種類等はネット検索で検索したものを使用しています。もしかしたら間違っている かもしれませんが、あまり気にしないでもらえればありがたいです。 ・また、花言葉は今回の話に関係のあるもののみを抜き出しています。他にも色んな花言葉があるので、ここに書かれているものだけではありません。 ・この作品は腐向けではありません。ただ、捉え方は人それぞれになってしまうと思います。もしも読み手の方でそのように捉えてしまい不快に思った方はそっと閉じていただければありがたいです。 ・晒し行為や荒らし行為はご遠慮願います。 以上を読んだ上で、｢大丈夫！｣という方は、ルールを守ってご覧下さい。 [newpage] まさに〝草木も眠る丑三つ時〟という言葉がしっくりくるような深夜帯。 こんな時間だというのに真面目に城門の警備をしていた兵士に関係者であることを証明する証明書を見せ、城の敷地に足を踏み入れる。 重い足を半ば引きずるようにして歩き続け、ようやっとの思いで自分の部屋に辿り着けば、すぐさまベッドに身を投げる。 タイムリミットが迫っている。 その事実は、前から理解はしていた。 だからといって心の準備が出来ていたかと問われれば、俺は迷うことなく｢NO｣と言葉を返すだろう。 今この瞬間も刻一刻と迫ってくる決断の時を前に、俺は何も出来ていない。 今すぐ行動に起こすなんて勇気はないし、逆らうだなんて選択肢はあって無いようなもの。 ｢どうしろって言うねん…｣ 無意識のうちに口から零れたその言葉は、俺が抱きしめていた枕に遮られて誰の耳にも届くことは無かった。 [newpage] 昔から、というより10年ほど前から、私は不思議な夢を見るようになった。 真っ暗な場所に1人で立っていて、少ししてから背後に花の絵が飾られた額縁が現れる夢。 それはまさに〝予知夢〟という言葉がピッタリで。 その夢の中の花が現実で起こる出来事を暗示しているのだ。 最初は私だってそんな事ある筈がないと高を括っていたが、本当に信じ始めたのは、確かその夢を見始めて4,5回目くらいの時だっただろうか。 確かその日の夢も、それまでと同じで暗闇の中に1人立っていた。 またか、と内心面倒になりながらも立ち続けていれば、少しして自分の目の前に同じ軍学校に通う青年が現れたのだ。 それまで人が現れるなんて事は無かった。 動揺しながらも、｢どうせ夢なんだから毎回変わりもするだろう｣と割り切って、特に気にすることなく動かずにいると、目の前の青年が私の背後を指さした。 何かあるのかと振り返れば、そこには毎度の如く夢に現れる額縁。 中には案の定花の絵が描かれていた。 その花は真っ赤な色をした怪しげもので、当時の私が見た事のない花だった。 もっとよく見てみようと額縁に顔を近付けた所で、ふと視界が暗転して、目が覚めた。 正直、今も昔も、私はそこまで花に詳しいわけではない。 ただ、知らない事があると知りたくなる好奇心には逆らえなかったようで、私は目が覚めるや否や、何故か部屋に置いてあった植物図鑑を本棚から引っ張り出し、夢で見た花を探した。 それによればその花は【彼岸花】という花のようだった。 名前や見た目だけでなく、花言葉や迷信まで頭に詰め込んだのだが、ところで。 その彼岸花の迷信の1つに【彼岸花を家に持ち帰ると火事になる】というものがあったのだが、物騒だなぁという印象が強くてその時は頭に残っていただけだというのに、まさか夢に出てきた青年の家が火事になったのだから笑えない。 まぁそんな事があってから、自分が時々見る夢が予知夢だと理解し始めたのだが。 さて、(元)大学教授である私がなんでこんなに長ったらしく飽きやすい説明を書いたのか。 それにもちゃんとした理由はある。 だって、今現在進行形でこの夢を見ているんだから、説明は必要でしょう？ [newpage] 目を開けばまた暗闇だった。 ココ最近この夢を見ないなと思っていた矢先にこれか。 この夢の中では自由に動けることは知っているが、その実動いても何も無い事も知っているので、ため息を1度だけ吐いて他には何もせずにその場で動かない。 少し時間が経つと、急に目の前に見知った青年が現れた。 紫色のジャージを着て、ゴーグル付きのヘルメットを被った青年の顔は、何故か謎の影で隠されていて見る事が出来ないが、流石に誰なのかは察しがつく。 その彼は私の背後をゆっくりと指さす。 半ば指示ともとれるその行動に従って、ゆっくりと後ろを振り返る。 そこには相も変わらず額縁が。 私は額縁に近付いて描かれた花を眺める。 赤紫色の小さなベル型の花と、赤っぽい3枚の花弁が三角状に開いた花。 どちらも見たことの無い花。 目を覚ましてから忘れないように、しっかり目に焼き付けようと額縁に手を触れて＿＿ ＿目が覚めた。 視界に映るのは暗闇に浮かぶ額縁ではなく、見覚えのある天井。 いつも額縁に触れようとすると目が覚めるのだ。 またも額縁に触れることが出来なかった残念さは置いておき、急いでベッドから抜け出し本棚から愛用の植物図鑑を取り出す。 夢に出てきた花を見た目のみで探すのは大分神経を使うが、知らない事を知らないままにするのがどうも落ち着かないタチな私からすれば気にもかからない。 植物図鑑を睨み続けること10数分。 漸く見つけた2輪の花。 ベル型の花は【エリカ】、三角状に開いた赤っぽい花は【チグリジア】というらしい。 どちらもこの国の周辺では咲かないものらしく、見た事がないのにも納得がいった。 それにしても… ｢【孤独】と、【私を助けて】…か。｣ お世辞にも良い意味とは受け取れないそれらの花言葉に、どこか胸騒ぎを覚えながらも、朝から騒がしい足音を響かせる来客を迎える為にタンスからシャツとベストを取り出した。 [newpage] ｢エミさんなんか知らへん！？｣ 恐ろしい勢いで扉を開いた来客が開口一番に言った言葉はそれだった。 まず何の話か分からないし、彼の声が大きいのと、光を反射する明るい金髪のせいで朝から耳と目が痛い。 先程入れたばかりの紅茶を1口飲み、来客を見据える。 今日一番の来客＿コネシマさんは、私からすればとても予想外な来客だった。 まず彼がこの時間に起きている事など今まで見たことなど無かったし、何より彼が私の自室を訪れる事自体数少ない。 そんな彼がどうして私の自室を訪れたのか。 彼の様子を見るに、内ゲバもしくはトントンさんの粛清から逃げるためにこの部屋に来た訳でもなさそうだ。(例の数少ない訪問は、どれもそのためだった) ｢何の事について言っているかは分かりませんが、とりあえず座って落ち着いてください。｣ 椅子から立ち上がり、彼の分の紅茶を入れる。 空いた席の前に紅茶を置けば、彼は言葉に従って腰をおろした。 チラリと時計に目を向ければ、表示されている数字は6:35。 やはり彼が起きるには[[rb:些 > いささ]]か早すぎる時間である。 ｢…で、何か知らないか、でしたか？一体何についての事か教えていただいても？｣ 紅茶を音を立てずに啜っていた彼に声を掛ければ、カップをソーサーに置くことなく手に持ったまま口を開く。 ｢ショッピくんの事。なんか、最近ショッピくんの様子がおかしいねん。｣ 伝えるべき事を伝え終えると、彼は再びカップを口元に運び紅茶を啜り始める。 ショッピさんの事、と言われてまず思い浮かぶのは今日の夢のことである。 夢に現れた彼が指さしていた花は、どちらも悪い意味の花言葉のもの。 何かあるのかもしれないとは思っていたが、まさか本当に何かありそうだとは。 しかし、ここ数日のショッピさんの様子を思い出してみるが、特におかしなところは無かったように思える。 仕事や訓練をしている時も、これと言って目立った点はなくいつも通りだったと思う。 まぁ、そこまできちんと見ていたかと言われると、通りすがった時にチラッと見た程度だが。 ｢…ショッピさんの事、ですか。正直、私は彼との接点がどちらかと言えば少ない方なので、そこまでおかしな所は思い当たらないですね。｣ ｢そうかぁ…。｣ ｢そういうコネシマさんは、ショッピさんのどの辺りを【変だ】と思ったんですか？｣ ｢うーん…なんやろ、何個かあるんやけど…｣ と言って指を折りながら口にしていく。 ・食事の時や訓練の時も少しどこか上の空 ・考え事をしている事が圧倒的に増えた ・書類のミスが増えた ・最近殺意を感じない 1番最後のはショッピさんだからこその【おかしな点】なのだと思うが、一瞬｢それはいい事なのでは？｣と思ってしまったのは許して欲しい。 ｢あ！あと夜に部屋に居らん事が多くなってん！｣ ｢夜に？｣ ｢おん。ここ最近トントンが徹夜付けなせいなんか知らんけど、俺の書類ん中にしょっちゅうショッピくんの書類混ざっててん。んで毎回ショッピくんに渡しに行くんやけど、ここ数日ずっと部屋に居らへんねん。｣ ｢絶対なんかあると思うんやけどなぁ｣と続けたコネシマさんの言葉は、右耳から左耳へと受け流される。 ＿これは絶対に何かある。 それも悪い方向の【何か】である。 何故こうも嫌な予感が的中してしまうのか。 本当に、あの夢を見て良かったと思ったことは1度もない。 ということは、もっと詳しくあの花の花言葉と迷信について調べた方が… ｢おーい、エミさーん？｣ 呼び声に反応していつの間にやら閉じてしまっていた目を開けば、目の前でコネシマさんが手を振っている。 考え込むと周りの音が聞こえなくなるのは悪い癖だ。 少しだけ冷めてしまった紅茶を喉に流し込み、思考を落ち着かせる。 ｢すいません、少し考え事を。｣ ｢…ふぅん。まぁエミさんは特に知らんって事やねんな。｣ ｢はい、今のところは。｣ ｢そうかぁ…。｣ ｢お役に立てず、すいません。｣ ｢ええねんええねん！急に押し掛けたんは俺の方やし。｣ ｢じゃあ、ありがとうな｣と言って部屋を出て行く彼を見送り、残った紅茶を飲み干す。 空になったティーカップをソーサーに置いて、朝食の時間が迫っている事を確認し、急いで片付けを始める。 …さて、ショッピさんの件はどうしようか。 [newpage] ｢ほらまだ食べれるやろ？｣ ｢いやアカンて、流石に吐く…｣ ｢えぇーつれへんなぁ…。あ、じゃあシッマの変わりにトントン食う？｣ ｢シッマ食え、頑張れ、俺応援しとるから。｣ ｢お前ぇ…絶対に道連れにしたるからな…｣ ｢…ごちそうさまでした。｣ 食害を受けている人達を横目に見ながら、目の前に置かれた空になった皿に手を合わせる。 1日というものはあっという間で、今日はショッピさんを観察しようと心に決めていたのに、今日の分の書類仕事や図書室と書庫の整理、部下の手伝いをしていればあっという間に夕飯の時刻になってしまった。 おかげでショッピさんを観察するどころか、夕飯まで1度もショッピさんを見ずに終わってしまった。 食べ終えた自分の分の皿を厨房の食洗機の中に並べる。 食洗機の中には、普段から少食気味なグルッペンさんと大先生とシャオロンさん、そして食べるのが早いひとらんさんとオスマンさんの皿が既に並べられていた。 …そして、普段ならまだ並んでいないはずのショッピさんの皿も。 そこでふと、そういえばここ数日ショッピさんの皿が私よりも早い内に並べられているな、と思う。 以前までは私が食害の餌食にならなければ、大体私の方がショッピさんよりも早く食べ終わっていた。(ショッピさんが食害を受けていた事も[[rb:数数 > しばしば]]あったが、それを抜きにしてだ。) 冷蔵庫から見つけ出した食後のデザートを片手に持ったグルッペンさんとオスマンさんに並んで食堂に戻る。 ショッピさんはまだ食堂から出て行ってはおらず、自分の席に座っていた。 しかしコネシマさんの言った通り、やはりどこか上の空のようで、ゾムさんやコネシマさん、シャオロンさんから話し掛けられてもあまり聞いていない事が多いように見える。 ｢…なんや、エーミールもショッピくんの事気にしとるんか。｣ 急に自分のすぐ横からこの組織の中で1番低いであろう声が聞こえ、顔を向ける。 砕けた口調になった我らが総統グルッペンさんは、デザートで御機嫌なようだ。 ｢今朝シッマが俺の所にショッピくんの事を相談に来てな。様子がおかしいって。｣ ｢おや、グルッペンさんもでしたか。｣ ｢【も】ということはお前もか？｣ ｢えぇ。私が起きたすぐ後に私の部屋を訪ねてきまして。｣ ｢じゃあ多分俺より先にそっち行ったんやな。｣ ｢エーミールも食べるか？｣と言いながら、フォークに乗せた1口分のケーキを差し出してくる。 グルッペンさんが甘味を差し出すだなんて珍しい、と思いながらも今は甘味の気分では無いので断っておく。 …グルッペンさん、目に見えて喜ぶのやめましょう？ ｢あぁ、そうだエーミール。｣ ｢はい？｣ ｢この後部屋に帰った時に追加の書類が置かれているはずなんだが、その中に【誤って】ショッピくんの分の書類が混ざってしまっているらしい。｣ ｢届けに行ってやれ｣と言う彼の顔は小さく笑っており、絶対意図的にやっただろうことが伺える。 しかし、書類を振り分けているのは確かトントンさんだったはずだが、もしや彼もグルなのか。 …いや、彼はトンか。 ｢分かりました。自分の分を終わらせ次第持って行きますわ。｣ ｢すぐには行かないのか？｣ ｢…だって、まだ終わりそうにありませんから。｣ 苦笑しながらある方向を指さす。 その先には、いまだ食害を続けるゾムさんとその被害を受けるコネシマさん、トントンさん、ショッピさんの姿。 まぁグルッペンさんの事だから、すぐに行かない理由がそれだけではない事くらい分かっているだろうが、別にバレたくない訳でもないし問題は無い。 ｢では、お先失礼しますね。｣ もっきゅもっきゅ、という謎の擬音を発しながらスイーツを食べ続ける総統にそう告げ、席を立つ。 最後に食堂を出る前にショッピさんの方をチラッと確認したが、その表情は死にかけていて、違和感を感じるより以前の時と代わりないように思えた。 自室の扉を開けば、グルッペンさんの言った通り、机の上に小さな書類の山が作られていた。 山は2つに分かれており、片方はそれなりの高さ、もう片方はほとんど高さがない状態で置かれている。 というより、ほとんど高さのない書類は2枚しか置かれていない。 これは流石に意図的としか思えない。 ｢やっぱり、グルッペンさんは好きになれへんわ…｣ 自分の他に誰も居ない部屋で1人ため息を吐き、大きな音を立てながら椅子を引く。 この書類はどのくらいで終わるだろうか。 流石にそう掛からないだろう。 早く終わったらあの花達について調べてみようか。 〝予定の時間〟までの時間の潰し方に思いを巡らせながら、机上に置かれた万年筆を手に取った。 ＿その日の深夜、例の〝予定の時間〟。 ショッピさんは案の定部屋に居なかった。 [newpage] また暗闇の中に立っていた。 2日連続でこの夢を見るのは初めてだ。 今までとほとんど同じな景色、といっても暗闇。 唯一前回までと違うのは、最初から私の目の前に人が立っている事くらいか。 立っているのは昨日と変わらずショッピさんで、顔はやはり伺えな…… …ん？ よく見てみると、昨日の時点よりも謎の影が隠している部分が小さくなったように思う。 というより確実に小さくなっている。 昨日は顔全体が見えなかったが、今は口元だけは伺えるようになっていた。 その口は真一文字に引き結ばれている。 何かを堪えているようにも、何かを耐えているようにも見える。 ｢ショッピさ…｣ これが自分の夢であり、目の前の彼が本物ではないことくらい分かっている。 それでも何故か声を掛けずには居られなかった。 だがその言葉は、彼の行動によって遮られた。 今までと同じように私の背後を指さす。 結局ここは夢の中。 いつもと同じ流れで進むだけである。 振り返れば紫色のフレームの額縁。 …昨日まで紫のフレームだったか？ 考えていても思い出せない事は察せられたので、仕方なく額縁に近付く。 中心には昨日のように2種類の花が描かれている。 そして人によっては気付かないかもしれないほど隅で、1輪の花が枯れていた。 中心に描かれている花のひとつは昨日と同じチグリジア。 もうひとつは紫色の花弁が6枚ついていて、下の部分に長い花筒がついている。 どこで見たかは覚えていないが、この花はどこか見覚えがある。 たしか【クロッカス】という花だったと思う。 隅の花は前回のチグリジアやエリカの時と同様、見た事の無い花だった。 枯れてしまったせいで少しくすんでしまった黄色の花が、蝶に似た形を作っていた。 早く目を覚まして花言葉を調べなければ。 そう思い額縁に手を伸ばし＿＿＿ ｢＿＿＿＿。｣ ｢…え？｣ 昨日同様自室のベッドの上で目を覚ます。 最後に背後でショッピさんが何かを言ったようだったが、内容はうまく聞き取れなかった。 なんて言っていたのか考えようとしても、全ては夢の中の出来事。 予想なんて出来っこない。 諦めて、本棚から植物図鑑を抜き出して、記憶に近い花を探し出す。 【エニシダ】。 それが今回枯れてしまっていた花の名前らしい。 枯れていなければ本当に鮮やかな黄色をしている。 そしてもう1つの花はやはり【クロッカス】で間違いないようだった。 クロッカスの花言葉は【焦燥】、エニシダの花言葉は【幸せな家庭】。 珍しくエニシダの花言葉が良い意味のものだったが、それが枯れているということは… 急いでベッドから抜け出し、タンスから着替えを取り出す。 もしもこの予想が当たっていれば、絶対に面倒なことになる。 そうなら今すぐにでも… 早急に着替えを終わらせ、部屋を飛び出す。 こんなに廊下を本気で走ったのはゾムさん達の内ゲバに巻き込まれた時以来だろう。 階段を2段飛ばしで最上階まで駆け上がり、角を曲がる。 途中で兵士がギョッとした表情でこちらを見ていたが、そんなこと気にしている暇はない。 目的の扉の前で乱れた息を整え、丁寧に2回ノックする。 ｢エーミールです｣とだけ伝えれば、中から｢入れ｣と声がかかった。 重厚な扉を押し開ければ、室内の[[rb:緋 > あか]]と[[rb:蒼 > あお]]の視線が一点に自分に集まる。 二人とも息を切らした私を見て、少し目を丸くしているようだった。 …けどそんなこと知らん。 ｢…グルッペンさん、お願いがあります。｣ [newpage] ｢何を躊躇っている！いつまで待たせるつもりだ！｣ 部屋に入るやいなや飛んでくる怒声。 同じ言葉を何度聞かされたろうか。 まぁ、殴られたり蹴られたりという暴行を加えられないだけマシだろうとは思うが。 ｢此方は貴様と違って時間が無いのだ！｣ ｢それくらい分かるだろう｣と目の前のぶっくりと肥えた男は、苛立ちを隠そうともせずに言い捨てる。 ｢……承知しております。｣ ｢ならば何故行動に移さない！｣ そう言われれば黙るしかない。 何故か、なんてそんなの好きだからに決まっている。 そんなデブの命令1つで動けるほど心は強くない。 男は何も言わない俺に嫌気がさしたのか、はたまた苛立ちが限界を迎えたのか知らないが、俺を見下ろして言葉を吐き捨てた。 ｢…このままでは埒が明かない。期限は明日までだ。｣ ｢……………………え？｣ 今なんと言った？ 期限が、明日まで？？ ｢ちょ、ちょっと待ってください！期限は今月中までだと先日…！｣ ｢喧しい！こうでもしないと貴様は動かんだろう！！すぐにやらぬ貴様が悪いのだ！｣ 頭が真っ白になる。 流石にこれは予想外過ぎた。 何か言われたり、もしかしたら暴行を受けるかもしれないとは覚悟していたが、これは流石に唐突すぎる。 ｢出来なければ…分かっているだろうな？｣ しかし、俺に反論なんて出来るはずがない。 グッと手をきつく握りしめながら｢はい｣と返し、一礼してから部屋を後にした。 1人屋敷の廊下を進む。 時々すれ違うメイドや執事達は、可哀想という顔こそすれど、他に何もしない。 その点を彼らと比べてしまう辺り、やはり俺も大分毒されているのだろう。 今はそれが枷となっているというのに。 それが邪魔だと言うのに。 そのくせ心地が良いのが現実で。 やはり壊す勇気なんて無くて。 頬を伝った涙を無理矢理拭き取った。 何事も無かったかのように何時もの表情で城に戻る。 と、昼間なためか中庭の方で狂犬2人組が水遊びをしてはしゃいで居るのを見つけた。 2人は城門まで聞こえそうなくらい大声で騒いでいて。 あ、トントンさんに注意されてやんの。 なんて心の中で馬鹿にしてみるも、やはりこの光景に安心してしまう自分がいる。 ｢…心、無ければ良かったのに。｣ 小さく呟いて、俺の名前を呼ぶ先輩の声を無視して自室に戻った。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ｢…あれ？エミさんと大先生は？｣ 此処の夕食は全員が揃ってから挨拶をするのが決まりとなっているのだが、今日は2席だけ空いていた。 そこで、そういえば今日1日エミさんと大先生を見ていない事を思い出す。 ｢エミさんと大先生なら、今朝グルッペンの部屋行ってからどっか出掛けてったで。｣ ｢俺すれ違ったんやけど、珍しく大先生がマジな顔しとったから、多分仕事かなんかやろ。｣ ｢そうですか｣なんて素っ気ない返事を返してから夕食に向き直る。 カレーを1口口に突っ込む。 …やっぱり、最近何を食べても美味しく感じない。 [newpage] 三日連続同じ夢。 立っている人物も同じ。 唯一違うのは描かれている花だけ。 今回変化したのは中心の花。 やはり変わらないチグリジアと、もう1輪。 真っ赤で幅広く、用語を使うのなら万重咲きと言うのだろうか、そのような咲き方の花。 その花は昔見た事があった。 【ダリア】。 花言葉は＿ ＿【裏切り】。 [newpage] 昼食が終わり、談話室ではスイーツを食べ終えてご満悦だったグルッペンさんがソファに腰掛けて眠っていた。 音を立てないように扉を閉めて周囲を見回すが、他には誰も居ないようだ。 ゆっくりと足音をたてないように気持ち良さそうに眠る彼に近付く。 ここまできたというのに、やはり決心は付かない。 震える指で、ホルスターに入れられた愛銃を撫でる。 決心なんて関係ない。 やらなければならないのだ。 やらなければ… ｢やらないのか？｣ 目の前から聞こえた声に反射的に1歩後ずさる。 ついさっきまで眠っていた＿いや、眠った振りをしていた、の方が正しいのだろうか。 彼は腕と足を組んで俺を見つめていた。 ｢なんで…｣ ｢生憎昔から先を読んだり推理をしたりするのが好きなものでね。｣ やっぱりこの人はどう頑張っても殺せない。 有難いようで有難くないその事実に、さっき以上に手が震える。 それでも、やらなければいけない現実は何も変わらない。 震える腕を無理矢理動かして、ホルスターから銃を抜いた。 ｢…それでお前が後悔しないなら、俺は何も止めないし動きもしない。｣ ＿ただ、1発撃てば誰かしらは反応するだろうな。 ｢…怖く、無いんですか。｣ ｢この世界に身を落とした時点で、死ぬ覚悟くらい出来ているさ。それに、こんな総統なんて役柄なら尚更な。｣ 彼はそう言うと、ソファからゆっくり立ち上がり俺の方に近付いて、そして＿ ＿銃を手で掴み、銃口を自分の胸に押し当てた。 ｢…は？｣ ｢ほら、これで外さないだろ？｣ この人の考えている事が分からない。 そんな事をすれば、いくら俺の腕が震えているとはいえ、確実に死ぬのは目に見えている。 彼の蒼が俺を見つめているのが分かる。 ゆっくりと、トリガーに指をかける。 それを理解したのか目の前の彼は蒼を隠した。 知らずのうちに息を止めて、指に力を込めて銃声が＿＿＿ ｶﾁｬｯ ＿＿響かなかった。 ｢…は｣ 声なのか息なのか分からない音が漏れた。 引金を引いたのに銃声は響かないし、目の前の彼は倒れていない。 頭の中が【何故】という言葉でいっぱいになる。 ｢直前にもっと武器の点検をするんだったな。｣ いたずらっ子の様にニヤリと笑う彼の指の間には、1つの銃弾が挟まれていた。 それは間違いなく俺の愛銃の銃弾で。 俺が[[rb:一 > ・]][[rb:発 > ・]][[rb:し >・ ]][[rb:か > ・]][[rb:入 > ・]][[rb:れ > ・]][[rb:て > ・]][[rb:い > ・]][[rb:な > ・]][[rb:か > ・]][[rb:っ > ・]][[rb:た > ・]]銃弾で。 ｢ショッピさん！！！｣ 俺の手から銃が滑り落ちるのと、一日ぶりに聞く声が聞こえたのはほぼ同時だった。 声の方向、入口に顔を向ければ昨日一日会うことのなかったエミさんの姿。 エミさんは走って来たのか息が上がっており、壁に手をついて呼吸を整えて、入ってきた時と同じくらいの大きさで叫んだ。 ｢ショッピさん！これを、見て、ください！｣ 彼がスーツのポケットから取り出したのは1枚の書類だった。 それには見覚えがあって、いや、見覚えがありすぎて。 ｢きちんとデブ本人から手渡されましたよ。｣ その言葉1つで全てを察した。 そして彼はニコリと優しい笑みを浮かべるとその紙を高々と掲げ、 真っ二つに破り捨てた。 [newpage] ※会話文めっちゃ多め 昼下がりの総統室。 中から聞こえるのはペンを走らせる音ではなく、話し声と時々食器同士がぶつかる音。 本来ならそれを咎めるであろう大天使は、数時間前に徹夜のし過ぎでダウンしていた。 いつもとは少し雰囲気の違う総統室では、茶色の彼と黒の彼が小さなティーパーティーを開いていた。 ｢んで、やっぱり今回の件も〝視て〟たのか？｣ ｢えぇ、2,3日くらい前から。｣ ｢相も変わらずろくな夢を見ないな。｣ ｢我ながらそう思いますわ。｣ ｢…ところで、結局昨日破り捨てたあの紙はなんだったんだ？｣ ｢あぁ、あれならショッピさんを脅していた男とショッピさんの契約書類ですね。｣ ｢契約？｣ ｢はい。まぁ家族を人質にされて無理矢理書かされた物らしいですけど。｣ ｢ほぅ。よくそんなもの渡してもらえたな。｣ ｢大先生に男の黒い部分調べてもらって、それをあげていったら案外簡単に渡してくれましたよ。｣ ｢…お前って意外と怖いよな。｣ ｢貴方も大概ですよ。｣ ふふっと小さく笑った茶色は、紅茶を1口飲み込んだ。 黒色は少しムスッとした表情でケーキを口に運ぶ。 部屋に少しの間だけ沈黙が落ちる。 ふと、黒色が何かを思い出してニヤリと笑った。 ｢…なぁエーミール。もうすぐ家族に近況報告に行くんやけど、お前も来るか？｣ その言葉を聞くや否や先程までの柔らかい表情から一転、急に顔を顰めて紅茶を少し雑に啜った。 ｢…えぇ、行かせてもらいます。また花でも持って行きましょうか。｣ ｢だからあれはお前は悪くないと言っとるやんけ。｣ ｢それでも私の気が晴れませんので。｣ ｢それで？今度は何の花を持っていくつもりだ？……あぁ、彼岸花でも持って行けばいいんじゃないか？｣ ｢…それは私に対する嫌味ということでよろしいですか？｣ ｢さぁ？｣ ｢……これだから貴方の事は好きになれないんですよ。｣ ｢褒め言葉として受け取っておこう。｣ 黒色は口の端を吊り上げながら、茶色は黒い笑顔を浮かべながら睨み合う。 先にその状況を壊したのは茶色の方で、大きなため息を吐くとカゴに入れられたマカロンを一つ手に取り口に放り込んだ。 ｢…そういえば、私は今まで何の花を持って行きましたっけ？｣ ｢ツリガネソウ、オトメギキョウ、イバラだな。｣ ｢…では今回はキンミズヒキにでもしましょうか。｣ ｢お前なぁ…｣ ｢あの件については謝っても謝りきれないので。｣ ため息を吐く黒色を見る茶色は、最初と同じ穏やかな笑みを浮かべている。 窓の外からは[[rb:件 > くだん]]の紫色の彼の楽しそうな笑い声が聞こえていた。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ツリガネソウ…【感謝・後悔】 オトメギキョウ…【感謝・後悔】 イバラ…【後悔】 キンミズヒキ…【謝意・感謝】

悩みを抱える外資系と教授の不思議な夢のお話<br /><br />登場<br />メイン:教授、外資系 サブ:総統、狂犬(書記長、無能、不人気、脅威はフレーバー程度に)<br /><br />✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼<br /><br />初投稿です。<br />慣れない点も多くありますので、間違っていたりしたらそっと教えていただければありがたいです。<br /><br />終わり方が釈然としない…。<br /><br />※注意※<br /><br />・某笑顔動画で活躍されているwrwrdさんの二次創作小説です。御本人様との関係は一切ございません。<br /><br />・容姿、口調、世界観等の捏造や、読者の方との認識の違いがある場合があります。<br /><br />・読者の方に話しかけるような口調で書かれるページがあります。苦手な方はブラウザバックする事をおすすめします。<br /><br />・作者は関西住みではありません。そのため関西弁がおかしな所がいくつもあるかと思いますが、温かい目でスルーしていただければ幸いです。<br /><br />・花の種類等はネット検索で検索したものを使用しています。もしかしたら間違っている<br />かもしれませんが、あまり気にしないでもらえればありがたいです。<br /><br />・また、花言葉は今回の話に関係のあるもののみを抜き出しています。他にも色んな花言葉があるので、ここに書かれているものだけではありません。<br /><br />・この作品は腐向けではありません。ただ、捉え方は人それぞれになってしまうと思います。もしも読み手の方でそのように捉えてしまい不快に思った方はそっと閉じていただければありがたいです。<br /><br />・晒し行為や荒らし行為はご遠慮願います。<br /><br />至らない点は多くありますが、楽しんでいただければ幸いです。<br /><br />【追記】<br /><br />2018 8/10〜8/16<br />[小説]ルーキーランキング77位<br /><br />【さらに追記】<br />2018 8/11〜8/17<br />[小説]ルーキーランキング62位<br /><br />まさか初投稿作品でランキングに入れるとは思っていませんでした。本当にありがとうございます！

朧の花は何を語る

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間桐雁夜はゴミ捨て場に立っていた。 状況と状態を正確に表すならば、路地裏のゴミ捨て場の薄汚れた壁に息も絶え絶えにもたれかかっていた、と言うほうが正しい。 積もったゴミが放つ腐臭と深夜の暗く淀んだ静けさが支配するそこに、ぜいぜいと言う雁夜の荒い呼気だけがやけに響いていた。 月は薄い雲に隠され、代わりに時折思い出したように弱々しく光る古びた街灯がその死人じみた土気色の肌を照らしている。 「…く、そっ…」 ゴホ、ゲホッ、と、湿った咳が何度か続いた後に、何かを撒き散らすような音が落ちる。 舗装のひび割れた地面にじわりと染み込む赤黒い血溜まりの中で、雁夜の身体を蝕む虫――刻印虫がかん高い鳴き声を上げのた打つ。 「と…きッ、おみィ…！」バーサーカーに根こそぎ吸い上げられ、魔力はもはや枯渇しきっている。目は霞み、五月蝿い耳鳴りのせいで周りの音が何も聞こえない。 それでも、左半身を引きずり、目だけは憎悪にギラギラと光らせて、雁夜は夜の路地裏を歩く。 出来ることならば今すぐにでも時臣の所にバーサーカーを送り込みたいが、如何せんそれには魔力が足りない。 今はとにかく体を休めなければ、と、少しでも落ち着ける場所を求め、息も途切れ途切れにただ歩く。 しばらくふらふらと歩き続けていたが、足下に転がる何とも知れない障害物に足を取られ、崩れ落ちるようにゴミ袋の山の中へと倒れ込んだ。 くそっ、と一人悪態を吐き、何とか立ち上がろうと足掻く。 しかし限界以上の力を使い果たし、気力だけで立ち続けていた身体は、今や雁夜の意志通りに動いてはくれない。(――惨めだ) 泣きたくなるような気持ちに、いまだ血の味がする唇を噛む。どうにも上手く事は運ばない。早く時臣を殺して、桜を助けて、葵の笑顔を取り戻したい、だけなのに、どうして自分はこんなゴミ溜めで倒れ伏している？ (これも、ぜんぶ、) 顔を上げることすらも叶わないまま、まるで力の入らない拳を、それでもぎゅう、と握りしめる。 (時臣の、せい、だ、) そして、間桐雁夜の意識はそこで途切れた。[newpage]雁夜はゴミ捨て場に立っていた。 日はすでに昇っているらしく、顔を上げれば朝特有の、薄ぼんやりとしつつも爽やかな色をした空がビルに切り取られるように広がっている。 遠くからは雀の鳴く軽やかな声や車のエンジン音と振動、雁夜にとっては今や懐かしい人々の日常の喧騒も控えめながら聞こえた。 どうやら意識を失った後このゴミ捨て場で一夜を明かしてしまったらしいということまではすぐに理解できた。 が、 (…なんで俺はここに立ってるんだ？) ゴミ山に突っ込んでその後意識を失ったのが雁夜の昨夜の最後の記憶だ。しかし、それなら倒れ伏したその体勢のまま目覚めるのが道理のはず。 魔力不足と体力の限界で倒れたというのに、わざわざ体力の消耗が激しい姿勢を取り直した理由がわからない。立ち上がった記憶もない。自分の不可解な行動に首を捻っていると、どこからか規則正しい靴音が聞こえてきた。音が徐々に大きくなって来るのを考えると、どうやらこちらに向かって来ているらしい。 (まずい！) 昨夜も人気の無さそうな道をなるべく選んで通っていたつもりではあったのだが、今も時折聞こえるエンジン音や学生らしきガヤガヤとした談笑の声からして、このビルを抜けた表通りはそこそこ人通りがあるらしいことは想像がついた。 今の自分の醜い姿を一般人に見せることは雁夜の本意ではなかった。見られて怯えられるだけならまだいいが、通報されでもしたら最悪だ。 どうしようかとまごついている間にも靴の音は規則正しく、軽やかに、こちらに近付いてくる。とにかくこの場から離れようと、音とは反対の方向、路地裏の更に奥まった道の方を向きかけた、その時、 「雁夜？」 雁夜は信じられない声を聞いた。[newpage]それは昔、何度か聞いた声だった。雁夜の想い人が会いに行くというので、その付き添いで顔を合わせた時に。 年齢としては自分と同い年位のはずなのに、その声はやけに朗々と威厳があり、周りに染み渡るようだった。最初に彼のことをいけ好かなく思ったのはそこだったかもしれない。 その声が、今聞こえるはずの無い声が、雁夜の背後に投げかけられた。 反射的と言っても良い速度で、振り返る。 「やっぱり雁夜だ。どうしたんだい、こんな所で」 路地裏の暗がりでも分かる蒼い目、深い茶色の緩やかな巻き毛。整った顔には薄らと笑みを湛えて。 あの頃と違うのは、その微笑みが、彼女ではなく自分に向けられている所か。 制服の白いシャツとブレザーは一つとして校則に反していないかのようにきっちりと、しかしそれをまるで彼の為に誂えられたかのように着こなしている。「時、臣」 雁夜の高校時代の記憶そのままの姿で、遠坂時臣はそこに立っていた。

出来たところまで投下、続くかは未定、下げるかも、まだ雁時未満、おじさんが学生時臣とキャッキャウフフする話(予定)/まさか小説処女をFateに奪われるとは思っていませんでしたビクンビクン それもこれも時臣師がフェアリーなのがいけない。ギル時くださいマボワください雁時くだ！！さい！！来週が怖くて仕方ないけど楽しみでもあるので生きます。はあ愉悦愉悦。※今はほぼ全く無いはずですが続いたらネタバレが激しくなる可能性大、雁時成分を含み出すかもしれない。あと捏造がすごい。そして何より色々拙いですがご容赦を

夢のあとさき 【腐】

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一目惚れだった。 真っ直ぐな双眸、通った鼻梁、高い額、唇、肩、腰、腿。美しいという形容が陳腐に思われる。こんなにも惹かれるのに、しかしその凛々しさは容易に近付く事を許さない。他の男はなぜ平静で居られる。衝動を必死に抑えているのか。この私のように。 「ディルムッド・オディナ。一年。武道学部槍術科。」 それが私の想い人であった。 「流石だな。」 「今や君と並んで有名人だ。態々僕に尋ねなくても、適当な女生徒に声を掛けたら聞き出せたよ。」 切嗣は私が礼を告げるより早く踵を返したが、一歩踏み出すなり振り向いて首を傾けた。 「何だ。」 「どうしてこんな事を聞いた。」 「校内の常識を聞いて何がおかしい。」 ディルムッド・オディナ。 オディナ君。 私が彼を知ったのは入学式の日の事だ。 履修登録に向けた調べ物を済ませ図書館を出ると、学内は式を終えた新入生でごった返していた。更にはそれと同数の上級生が部活動の勧誘に励んでおり余りの騒がしさに顔を顰めた事を覚えている。 帰宅するべく校門へ向かう途中、一際密度の高い人集りがあった。大方勧誘の一環としてパフォーマンスが開かれているのだろうと考えたが、集まっているのはチラシを手にした上級生ばかりである。 足を進めながらも怪訝に思い眺めていると不意に人混みが波打ち中から一人の新入生が飛び出してきた。 それがオディナ君その人であり、私は彼の輝く貌に骨抜きにされたのである。 『戦争概論』 武功という箔を欲していた私は、武道学部の提供するこの科目を履修する事を決めた。 門戸の広さを謳っている割に教室は狭く、席は百程度である。別段拘りのない私は入室したドアから一番近い席に腰を下ろした。講義の開始まで数分ある。テキストには既に目を通していたが、見直して悪い事もないだろう。 顔を上げるとオディナ君がいた。 目の前の席に座っているため後頭部しか見えないが、間違いない。入学式のあの日から見かける度に目で追っていた姿である。何という僥倖。オディナ君がこんなに近くに。 漆黒の髪がなぜ眩しいのだろう。癖があって、太くて、指通りは良くなさそうだ。仄かに香る気がしてきた。触れたい。顔を埋めたい。そして覗く項の瑞々しさ。赤子の肌のように滑らかだ。口付けたらミルクの味がするのだろうか。いけない。なんとふしだらな事を考えているのだ。くっ、貴様が私の頭の中を読んでいる事は知れているぞ。わーわーわー。それにしてもオディナ君の瞳は綺麗だ。飴のようにとろりと光って、そんな目で私を見つめないでくれ。そんな目で…目？ 「レジュメ、回して頂けますか。」 その形にその声は反則である。 私は卒倒した。 [newpage] 『戦争概論』 五分後に目の前の教室で開始される講義である。私はこれを履修しているが現在入室を渋っている。 先週は想い人の前に酷い醜態を晒してしまった。白目を向いてはいなかったろうか。泡を吹いてはいなかったろうか。散々思い悩んだ挙句、私は一歩を踏み出し教室の引き戸に手を掛ける。こんな逡巡は茶番である。行かなければならない。オディナ君との接点を潰す気など私には毛頭ないのだ。 入室するなり先週自分が陣取っていた席が目に入り、視線はそのまま一つ前の席へ引き移された。そこにオディナ君の姿はなかったが厭でも己の醜態が脳裏に浮かび、私は数段上の席に腰を下ろした。 講義開始まで一分というところで想い人が入室してきた。相も変わらぬ美丈夫である。彼は教室を軽く見回してから先週と同じ席に腰を下ろした。私の席から距離はあるが、同列ではないため顔を拝む事ができる。悪くない。 しかし、次の瞬間だった。 視界の外から内へ、目の前を幾つもの人影が横切っていく。これが日本の忍か等と身構えている内に情報量は視力に敵うまでに落ち着いた。 しかし何たる悲劇、オディナ君の表情が窺えなくなっている。何故だ。何が起きた。 室内を見回して漸く理解した。教室のその一帯にだけ生徒が密集している。オディナ君を中心に女生徒が席を取り直したのだ。 抜かった。影は確かに忍であったが、猛々しきくノ一だったのである。オディナ君の顔が見えない。広い背中も見えない。声だって届かない。資料も手渡されない。 堪え難い損失である。 [newpage] 彼の大きな背中は私の恥など覆い隠してくれるだろう。戦争概論第三回、講義開始十分前。私は彼が前二回続けて座った席のひとつ後ろに腰を下ろした。 果たして彼は私の前の席にやって来た。透かさずカサカサという衣擦れの音と共に辺りから多種の香水が薫ったが、よくそれを認識したと思う程に私の意識は彼に奪われていた。 この距離から彼を拝むのは半月振りである。漆黒の髪、滑らかな項。耳の裏に鼻先を埋めたい。綺麗な綺麗なオディナ君。飴色の瞳も麗し 「お体の具合は如何ですか。」 「コポォ」 「えっ」 「問題ない。先日は迷惑を掛けた。」 断っておくが迷惑を掛けたと言ってもお姫様抱っこで保健センターまで運んで貰った訳ではない。それには教授の呼んだ担架が使われたそうだ。 「いえ、俺は何も。」 いつも遠くから見ていたオディナ君の微笑が私に向けられている。脳が沸騰しそうだ。しかし会話を繋がなくては。何だ、何と返答すれば良い。謝り倒す？開き直る？分からぬ。頼むからまだ背中を向けないでくれ。頼む頼むお願いお願い。 しかし時は無常である。鐘の音と共に講師が入室するとオディナ君は軽く頭を下げてから前に向き直った。 オディナ君と目が合い声を掛けられた。一個人として記憶に残され、会話も叶った。間近で感じる表情も声も私のキャパを超えていた。呼吸をするのがやっとであった。 しかし、それでも足りない。もっと見て、もっと話して。私の名前を呼んでくれ。 講義が終わり態と緩慢に片付けをしていると、先に席を立ったオディナ君は「お大事に」と言い残して去っていった。 優しい彼に私は精一杯の笑顔を向ける。事は叶わなかった。私を見下ろすその姿をただ脳裏に焼き付けていた。 [newpage] 抜かった。 講義開始五分前、私の座るべきその席には先客がいた。 それだけではない。オディナ君の指定席を残して周囲には女生徒が密集している。私の入る隙はない。どうにか奴らを散らせないかと思案したが当然そんな術も権利もない。私は肩を怒らせながら教室の後方に周り、女生徒の壁の死角を探りながら席を取った。 間もなくオディナ君が入室したが、眼前の光景にやはり唖然としていた。空席を取り囲む生徒達の表情は窺えないが一斉に首を捻り彼を見た事は確認できた。 オディナ君は室内を見回してから待ち構える女生徒を背に教室の後方へと足を進めた。良かった。あれに入れば身包みを剥がされても不思議ではない。彼の無事を確信して私は安堵の息を吐いた。 「隣、よろしいですか。」 「」 「？」 「ああ。」 「失礼します。」 何という事でしょう。オディナ君は私の隣の席をチョイスしたのだ。厳密に言うと隣の隣の席であるが、田舎では50m先にお隣さんの家があるそうだから表現に問題はあるまい。 隣から私を見下ろすオディナ君はやはり輝かしかった。自分がどのような表情をしているか分からなくなり慌てて顔を背けたが、拒絶と取られないよう精一杯穏やかな声で肯定した。 「いつもの席は混んでいましたね。」 いつもの、が共有されている事に胸の高鳴りを覚えたのは後に思い返しての事である。この時は指先の震えを隠す事と会話を途切れさせない事に全ての思考を注いでいた。 「いやに女生徒が多かったな。」 「友人と共に授業を受けたいという想いならば、俺にも理解できますが。」 何を意図して言ったのかその場で察する事は出来なかったが、妙に鼓膜を擽られる声に顔を向ける。机上で指を組んだオディナ君は真っ直ぐに私を見つめていて目が合うと穏やかに微笑んだ。 私は気をやるまいと机下で己の膝を殴り続けた。七回目の拳骨で視線を逸らせば良いという事を思い出し、強引に口角を上げて笑み返してから正面に向き直った。 「あ。」 間の抜けた声ですらオディナ君の口から紡がれると胸を焦がす。先刻の今で対面する事は躊躇われたため視線だけをやって相手を窺うと、オディナ君は更に笑みを深めている。 「どうかしたかね。」 「先輩が笑った顔、初めて見ました。」 更に十回膝を殴った。

ディルケイ。ランサーとケイネスが学生です。後記:タグ追加、ブクマ、評価ありがとうございます！とても嬉しいです！

全13回の恋・上

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[chapter:一話] 「お疲れ様でした」 　店主に一礼し、バイト先の酒屋を出ると、空は茜色に染まっていた。 　今日もよく働いた、と独り言ちながら何度か伸びをして、それから僕は、視界いっぱいに広がる街を眺めた。 　なんということはない、どこにでもありそうなこの街は、しかしかつて、その全てを焼き尽くされた。 　魔術王による人類史焼却。 　世界を滅ぼしかけたその企みは、とある組織によって阻止された。 「…………」 　そんな過去などなかったかのように、街は人の営みで溢れていた。 　視界に映る商店街には、家路を急ぐ人々の姿が在る。 　誰もが皆忙しなく、しかし確かに生きていた。 「…………」 　胸の内を、万感の思いが満たす。 　確かに自分は、この世界を救ったのだと。 　自分たちの手で拒んだ過去であっても、あの日々を忘れることはない。 　何もかもが黒焦げになったあの焼け野原を、今でも覚えている。 　そこで得た出会いや別れも、何一つ忘れることなく鮮明に記憶している。 　――――我が親愛なる、浮世絵師のことも。 「……帰ろう」 　僕もまた、街の人たちと同じように家へと急いだ。 　愛すべき我が家。 　今の自分にとって、帰るべき場所。 　バイト先から二十分。 　大橋を渡った先にそのアパートは存在する。 「……地震怖いなぁ」 　十人中十人がオンボロと言うであろうその外観に苦笑が漏れる。 　『嫌になれば引っ越せばいい』とこのアパートへの居住を決めた相方は、住めば都ということで慣れ始めているようだけど、個人的にはもう少し綺麗な所に引っ越したい所存だ。 　なにせ大事な、きっと世界で一番大切な人を住まわせるのだから。 　……まぁ、今のところ主に予算の都合で引っ越しの予定はないんだけど。 　甲斐性なしな自分に半ば呆れながら錆びついた階段を上る。 「ただいまー」 　ガチャガチャと鍵を鳴らし、日当たりだけはいい角部屋の扉を開け挨拶をするも返答はまるでない。 　いつもの事だ。この程度の声量では彼女の集中力は乱せない。 　廊下を通り過ぎ、奥の和室へと向かうと、 「♪～」 　――そこには、鼻歌交じりにタブペンを手繰る着物美女の姿があった。 　彼女の手元には刑部姫とお揃いの液タブがあり、描かれているのはどうやら最近流行りのアニメキャラのようだ。 　おそらくイラストサイトで生配信をしているであろう彼女を、僕は微笑みを浮かべながらじっと見つめ続けていたのだけど。 「んっ、そろそろ一息つくかァ……お」 　ぐっと背伸びをし、ふと振り向いた先、彼女は僕を視界に収め、それからふわりと微笑んだ。 「おかえりますたあ殿。今日は早かったじゃねェか」 　ごろんと寝転がりながらこちらを見上げる彼女に、僕もまた微笑みを返す。 　葛飾応為。 　父である北斎と共に召喚され、時にはその身体を貸す事で『北斎』の筆を振るうサーヴァントにして、僕の大事な同居人だ。 「ただいまお栄さん。絵は順調？」 「応ともさ。この『らいぶ』ってのはいいねェ。その場で反応が返ってくるもんだから、毎日書き初めをやってる気分だ」 　書き初め、というと僕が彼女と初めて会った時の、寺の境内でやってたアレの事を言っているのだろう。 　あんな風に多くの人に見られながら絵を描く事を誰もができるようになったのは、この現代における利点の一つなのかもしれない。 「じゃあ僕は夕飯を作るから。出来上がったら呼ぶね」 「ン……いつも済まねェな、ますたあ殿」 「いいよ、そんな苦じゃないし。あ、今日は大福を買ってきたから後で食べようね」 「また買ってきてくれたのかい？」 「もう飽きちゃった？」 「いや、そういうわけじゃねえが……なんだい、ますたあ殿はおれを甘やかしすぎちゃないか？」 「あー……まぁいいでしょ、別に。気分だよ気分」 　不敵な笑みで問いかけてくる彼女に、僕は曖昧に笑う事しかできない。 「さ、絵に戻った戻った。現代のファンがお栄さんを待ってるよ」 「お、おう……」 　ぱちりと手を鳴らし彼女を急かした僕は、そのまま和室を後にしようとしたんだけど。 「……ますたあ殿」 「うん？」 　振り向いた先、彼女はこちらをじっと見つめていて。 「…………」 「お栄さん？」 「……なんでもねェ。夕食、きっちり作ってくんな」 「あ、うん、任せて。腕によりをかけて作るよ」 「そうかい」 　にっ、と笑い、お栄さんは液タブへと視線を戻した。 　そうして筆を操り始めた彼女に微笑みを浮かべ、僕はキッチンへと向かった。 　世界を救った後、僕はカルデアには残らず日常に帰るという選択をした。 　元々、魔術の腕はからっきしだったから、カルデアの研究員として残るというのは少し無理のある話だった。 　ダヴィンチちゃんを始めとしたメンバーたちは別れを惜しんでくれたけど、最後には快く送り出してくれた。 『どうか元気で。君に最上の幸福があることを祈るよ』 　涙ながらに僕の手を取り、笑顔を見せてくれたダヴィンチちゃんの顔を覚えている。 　そうして、僅かな資金と幾つかの魔術礼装を手に、僕はカルデアを出たんだけど……。 「んーっ！　現代のお大福は旨ェなァ！」 　夕食と風呂を済ませた後、僕らは卓袱台を囲んでいた。 「昔のも悪くはなかったが、まるで甘味が違う。筆や絵具だけじゃなく菓子にも磨きがかかってんだねェ」 　嬉しそうにもぐもぐと大福を頬張る彼女を見て、自然と笑顔になる自分がいる。 　少女らしい可憐な振る舞いもまた、彼女の魅力の一つだ。 「にしても、刑部の姫様に教えてもらったあの『液たぶ』ってのはいいねェ。なにせどれだけ絵の具を使ってもタダと来た！　操作はちと難しいが、間違いなく世界一の発明だ」 「お気に召してもらえたようで何よりだよ。あ、甘酒のおかわり要る？」 「当然サ！　ますたあ殿もどうだい？」 「じゃあ一杯もらおうかな」 「よしきた！」 　差し出した蕎麦猪口に、お栄さんは甘酒をなみなみと注いでくれる。 　そして代わる形で僕に甘酒を注がせ、それから彼女は猪口を掲げてきた。 「そら、乾杯だ」 　言われるまま、チンと猪口を合わせる。 「甘酒で乾杯なんて初めてしたよ」 「悪かねえだろ？」 　にやりと笑い、お栄さんは甘酒を煽る。 「ン……甘酒も旨えと来た。現代ってのは天国かもしれねェなァ」 　上機嫌そうに微笑む彼女に、僕は言葉を紡ぐ。 「ふふ、今日はいつにも増して楽しそうだね、お栄さん」 「そりゃあそうさ！ 甘酒に大福、それに愛しの……………と、とと様がいるってんだから」 「そっかそっか」 　本当にお父さんの事好きなんだなお栄さん。 　死後もなお絆で結ばれている父娘なんて、この世界を見渡してもそうはいないだろう。 「な、なんだいとと様。何呆れてんだい。籠にでも閉じ込めちまうよ。……わぷっ！」 「あーあーまた墨を……」 　こうして遠慮のない触れ合いができるのも、深い絆ゆえなのだろう。 「ほら、お栄さんこっち向いて」 「こ、子供じゃねェんだからテメエで吹けるサ」 「いいからいいから」 「っ……たくっ、物好きめ……」 　ウェットティッシュを手に取った僕に、お栄さんは頬を赤らめながらも大人しく顔を拭かれ続けた。 『マスター！』 　カルデアを出た僕を、親愛なる浮世絵師、葛飾応為は慌てて追いかけてきた。 『どうしたのお栄さん？　あ、もしかして僕、何かカルデアに忘れ物でもしてた？』 『いや、そうじゃねえ。カルデアを出るんだろ？　なら、おれも連れてってくんな』 『え？』 　突然の宣言に呆けた声を漏らした僕の眼前、お栄さんは 『せっかくこの世に召喚されたんだ。座とやらに還る前に、一つ本物の画工ってやつになってみたいと思った次第サ』 『な、なるほど……』 　彼女は本物の画工となるべく、現界を続ける事で絵を描き続けたいようで。 『でもそれってカルデアでもできるような……』 『っ……細かいところに気づくんじゃねェよウスラトンカチが……』 『え？』 『何でもねェよ！　雪原が広がるここより、ますたあ殿と外に出た方がいろんな景色が見られるとだろ？』 『あー、それは確かに……シミュレーターじゃ満足できないって話だったもんね……』 　なるほどと頷く僕にお栄さんはと微笑み、 『ま、なんだ。家事はロクにできねェが、居候の駄賃は絵で払ってやるサ。なんならますたあ殿好みの枕絵だって……』 『いや、そういうのは別にいいよ。気にせずおいで』 『何？　そりゃ本当かい？』 『あんまり広い部屋は借りられないと思うけどね』 　目を丸くするお栄さんに僕は苦笑して、 『約束してたでしょ。君の絵を、葛飾応為の絵を買うって』 『！　ますたあ殿……』 『いつかカルデアに戻ってきた時に買おうと思ってたけど、君が僕についてきてくれるって言うなら……うん、僕はそれを傍で応援するよ』 　お栄さん、と僕は彼女の名を呼んで。 『これからもよろしくね。……君が君として完成するよう、僕も目一杯応援するから』 　心のままに告げた僕に、 『…………』 　しかし、お栄さんは大きく目を見開いたまま固まっていて。 『お栄さん？』 『……本当に物好きだな、ますたあ殿は』 　問いかけた先、お栄さんは呆れたように、しかし嬉しそうに笑って。 『そういう事なら、遠慮なく居候させてもらうサ。今後ともよろしくな、ますたあ殿？』 　そう言って不敵に微笑んだ彼女と、僕は共同生活をする事になった。 　お栄さんと北斎さん、二人と共に生活を始めて、改めて僕は彼女たちの絵に対する熱意を知った。 「まだ寝ないの、お栄さん」 「ああ、キリのいいとこまで進めちまいたい。マスター殿は先に寝ててくんな」 　寝室の隣の和室にて。 　僕が見守る中、お栄さんは笑みを浮かべながら描き進める。 　彼女は時間があれば何かしら絵を描いていた。 　家にいる時は液タブで、外出中はタブレットで。 　感覚を忘れぬようにと墨絵や水彩画などのアナログ画法も欠かさず行っている。 　生涯をかけて絵と向き合い、死後もなおひたむきに画工としての己を磨き上げ続ける彼女の在り方はあまりにもストイックで。 　しかしその一方で、彼女はそれを感じさせないある種の軽やかさを持っていた。 　絵を描くのが楽しいと、そう全身で伝えてくるような振る舞い。 　楽しげに、上機嫌に、からからと快活に笑いながら千里の道を歩む。 　その在り方は、僕にとってあまりにも眩しいものだった。 　……恋焦がれるようになったのは、一体いつからだろう。 　詳しい事は思い出せない。 　ただ一つ言える事は、僕はもう彼女にぞっこんだという事だ。 　ついつい彼女の好物を土産に買って帰ってしまうくらいに。 　家事と仕事を任されても、全く苦に思わない程に。 　知られてはいけないのだと思う。 　知ればきっと、彼女は僕の元を去ってしまうだろう。 　色恋なんてものは、彼女には不要なのだから。 　その想いには答えられないと言って、彼女は軽やかに引っ越すのだろう。生前と同じような気楽さで。 　だから、この想いは伏せていよう。 　これからもずっと、彼女を応援し続けるために。 　いつか完成する彼女の絵を一番に買うために。 「…………」 　そんな僕の想いを他所に、お栄さんは筆を走らせている。 　僕はこの顔が一番好きだ。 　そのまっすぐな瞳が何よりも美しいと思えた。 　そんなお栄さんの顔を見ながら眠る。 　ああ、なんて贅沢な事だろう。 「なんだい、こっちをじっと見て。子守り歌でも歌ってほしいのかい？」 「あぁ、それはいいね。お栄さんの声はとっても綺麗だから」 「っ……なんだいそりゃあ。褒めるなら絵を褒めてくんな」 　頬を赤らめながら顔をしかめるお栄さん。 　絵を褒められる事には慣れている一方で、自分の事について褒められるのは慣れてないらしい。 　そんな所も、僕は可愛いと思う。 　言えば彼女は怒るだろうから、きっと言わないけど。 「……おやすみ、お栄さん」 「ン……おやすみ、マスター殿」 　こちらに微笑みかけてくれた彼女に、僕はじんわりと胸の奥底が温かくなるのを感じながら眠りの海へと沈んだ。 「……寝たか」 「たくっ、こんな面倒な女を好きだなんて、物好きもいたもんだ」 「いっちょ前に隠してるつもりかもしれねェが、バレバレすぎてこっちが恥ずかしくなってくる。画工の観察眼がなくたって察してただろうサ」 「なんだいとと様。家事くらいできなくたって問題ない？」 「……分かってんだろ、とと様。おれはサーヴァントで、あいつは今を生きる人間だ。おれが引き止めちゃいけねえんだよ」 「じゃあすぐここを出るべき？ そりゃあ、まぁ、そうだけどよ……」 「……あぁ、全部あいつが決めるべき事だろうサ。おれがテメエ勝手に決めていい事じゃない」 「とと様に旦那を紹介してもらった時はこんな気持ちにはならなかったのになァ……」 「こいつはおれを否定しない。家事もロクにできねェおれを、にこにこしながら応援してくる」 「それに、おれの絵を買いたいと言ってくれた。北斎ではない、おれの絵を」 「こんなにおれの事を見てくれたのは、とと様以来サ」 「だから、まぁ、なんだ。……憎からず思ってるサ。でなきゃ、わざわざあの快適なカルデアを出てまでついていくわけねェだろ？」 「それをこいつは気づかねェってんだから……たくっ、朴念仁が……」 「あん？ 初孫が見たい？ 馬鹿、生まれるわけねえだろ」 「ン……そりゃまぁ、欲しくねえ事もねえけど」 「とと様がおれに教えたように、私も子に教えてみたいもんサ。おれととと様と、こいつの３人で」 「たくっ、おっ死んじまった後に初恋をするなんざ、人生分からないものだねェ」 「……可愛い顔で寝てやがる」 「とと様みたいにさらっと口吸いでもできたらよかったのかねェ。なぁ、マスター殿……」 「……添い寝でもしてやりゃ明日驚いてくれるかねェ。どう思う、とと様？」 「いっそ襲え？　そりゃあ……おれが無理だ」 「だ、だって、幻滅されるかもしれねェだろ？」 「下手糞だ、って愛想尽かされた日には目も当てらんねェ」 「……そんな奴じゃないって事は分かってるサ。でも……」 「あん？　とと様が代わる？　『おれなら問題ない？』」 「……決めた。明日の夕食はたこ焼きにしてもらうサ」 「とと様なんて食われちまえばいいんだ」 「たくっ、スットコドッコイが……」 「いっそますたあ殿が襲ってくれりゃいいんだが……ま、かまわねェか」 「ん、しょっと……ふふ、意外と逞しい腕だね」 「こうして、隣にいられるだけで胸は満たされる」 「あんたといるだけで、おれは幸せサ」 「見てナ、ますたあ殿」 「あんたが生きてるうちに、おれは、葛飾応為は本物の画工になってみせる」 「そしたらぷろぽぉずだってなんだって……」 「……くぅ……」 [chapter:二話] 「ん、んぅ……」 　カーテンから漏れた陽光に、ふと目を覚ました。 　薄い敷き布団の感触に、自分が今カルデアにいない事を思い出す。 　……誰よりも愛おしい浮世絵師と同居してる事も。 　思わず顔をほころばせながら、彼女のために朝食を作るべく布団から起き上がろうとして、 「ん……？」 　腕が上がらない。 　妙な重さに首を傾げながら視線を向けた先、 「お、もうお目覚めかい」 「！？」 　そこには、浴衣姿の可憐な美少女がいた。 「おはようますたあ殿」 「あれ！？　お栄さん！？ なんで！？」 　慌てふためく僕に、お栄さんはいつも通りの快活な笑みで、 「なぁに、そこに枕があったから借りただけサ。迷惑だったかい？」 「い、いや、そんなことはないけど……」 　間近に迫る想い人に動揺する。 　こんなこと初めてだ。 　お栄さんもそれなりに茶目っ気がある人だとは思ってたけど、こんな事をするなんて……。 「ひょろっとしてるように見えて、意外と鍛えてるじゃねェか。あぁ、寝心地も悪くなかったサ」 　そんな僕を、お栄さんは微笑みを浮かべたままじっと見つめてくる。 　う、可愛い……。 　彼女の生き様に、その在り方に惹かれているのは事実だけど、それとは別に、単純に美少女なんだよな、お栄さん。 　ただでさえ整った容姿にころころと変わる表情が合わさって最強に見えるし、ひとたび微笑みを浮かべれば可憐さが溢れ出し僕が魅了される。 　……まずい。これ以上見つめられたら間違いなく赤面する。 　いやもうしてる気もするけど真っ赤になる前に退避しなくては！ 「そ、それはよかったよ。あ、あはは……」 　そんなわけで僕は、慌てて彼女の可愛すぎる顔から視線を逸らした。 　そう、視線を。 　彼女の顔の真下に。 「…………」 　そこには、二つの餅が並んでいた。 　ふっくらとした立派な餅は、若干はだけた浴衣からこちらに覗いていて。 　その圧倒的な存在感に、思わず僕は目を奪われてしまった。 「ますたあ殿？　いったいどこ見て……」 　そんな僕の視線をお栄さんはトレースし、 「……どこ見てんだい、ますたあ殿」 　頬を赤らめながらこちらを睨みつけた。 「！　い、いや、これは違うんだ、僕は……」 「助平なますたあ殿には、こうだ！」 　僕の言い分を聞く暇すら許さず、お栄さんは何処からか筆を取り出し、 「あいたっ！」 　さらりと宙に描いた逆さ富士で、僕の額を突いた。 「たくっ、助平野郎が……」 「う……ごめんお栄さん……」 「……別に構いやしねェよ。ますたあ殿も男だしな」 　申し訳なさで満たされる僕に、お栄さんは呆れたように溜息を吐く。 　やってしまった……。 　不可抗力とはいえ、お栄さんをそういう目で見てしまうなんて。同居拒否も余裕であり得る失敗だ。 　ここは誠意ある対応で信頼を取り戻さなければ……。 「ま、まぁ、なんだ？　ますたあ殿も年頃の男子だし、み、見るだけなら少しくらいは……」 「いや、大丈夫。もう絶対、お栄さんをそういう風には見ないから。約束する」 　そう、真剣に誓いを立てた僕に、 「……………」 「あ、あれ？」 　お栄さんは無言で怒りを示しており。 「なんだい。そりゃ、おれの身体がそそらないって話かい？」 「い、いや、そういうわけじゃ……」 「このウスラトンカチが……」 　静かに怒りを表明しながら、お栄さんは僕を睨み。 　それからもぞもぞと、僕を抱き枕のように抱きしめてきた。 「お、お栄さん！？」 「そんな嫌がらなくたっていいだろ？　おれとますたあ殿の仲じゃねェか」 　むにゅりと押しつけられる柔らかな餅に慌てふためく僕に、しかしお栄さんはどこか拗ねたような顔で、 「そういう風には見えないんだろ？　なら、何も慌てる必要はねェじゃねェか」 　言われ、ようやく僕は彼女を傷つけてしまった事に気づいた。 「見ます！　いや見えます！　すみません嘘つきましたお栄さんはそういう風に見ちゃいますごめんなさい！」 「ヘェ、本人に『助平な目で見てます』って宣言するのかい。ますたあ殿は変態だな」 「変態でいいから離して！　お願い！」 「せっかくだ、若い男子の身体ってのを触って観察するのも乙かねェ」 「お栄さんは機会を無駄にしないなぁホント！」 「うるっさいね。そんなにおれにくっつかれるのが嫌なのかい？」 「嫌じゃないけど、その、色々あるから……」 「色々ねェ……」 「……傷つけたのは謝るよ。ごめん。お栄さんは誰から見ても魅力的だと思うよ。その……そういう意味でも」 「そいつは、ますたあ殿もかい？」 「……うん」 「そうかい。……なら、今日の所は許してやるサ」 　言って、お栄さんはそっと僕の身体から離れた。 　あ、危なかった……あと十秒遅かったら僕のゲイ・ボルグが解放されるところだった……。 　抱擁はダメだ。柔らかいし小柄な身体を嫌でも思い知らされるしおまけにいい匂いするし。 　またされたらまずいかもなぁ、と不安を抱く僕を他所に、お栄さんは起き上がり、 「さ、さっさと起きておくんなし。朝飯食べたら今日もバリバリ描くよ」 「……了解」 　すっかり普段通りになったお栄さんに微笑みを返し、僕も布団から起き上がる。 「おはよう、お栄さん。今日もよろしくね」 「応さ。……おはよう、ますたあ殿」 　微笑みかけた僕に、彼女もまたにっと笑みを見せてくれた。 　 「今日は出かけようかと思うんだけど、どうかな？」 　白米に焼き魚、それとお味噌汁の和風な朝食を食べながら問いかけた僕に、お栄さんは笑みを見せた。 「悪くねェな。街に出りゃ、別嬪さんにお目にかかるかもしれねェしな」 「あはは、お栄さん程の人はなかなかいないからあんまり期待しないでね」 「……よくもまぁそんな言葉をやすやすと吐けるな、このボンクラは」 「え？」 「なんでもねェよ。それで？ 街に行って何をするんだい？」 「そうだなぁ……まず服屋に行きたいな。お栄さんに洋服を買いたいんだ」 「この着物じゃ不満かい？」 「そんなことは全く。僕は大好きだよ、お栄さんの着物姿」 「そ、そうかい……」 　褒められ頬を赤らめるお栄さんを微笑ましく見つめながら、僕は言葉を続ける。 「これから取材のためにも外に出る事が増えると思うんだ。そういう時、着物以外に着ていくものがあったほうがいいかなって」 「なるほどねェ」 「それとランチにも行きたいな。美味しい洋食屋さんがあるらしくて。お栄さんの口に合うといいんだけど」 「洋食も嫌いじゃねェよ。かるであでたらふく食べさせてもらったしナ。『ぴざ』ってやつをまた食べたいねェ」 「それは良かった。じゃあお昼はそこで。あとはお栄さんの画材探しかな。デジタルもいいけど、アナログも描きたいでしょ？ だから画材を一式プレゼンしようと思って」 「いいのかい？　この前買ってもらった『液たぶ』も高かったんだろ？」 「お栄さんには好きに描いてほしいからね。お気になさらず」 　そう告げた僕に、お栄さんは照れ臭そうに微笑んで、 「そうかい。……ありがとナ、ますたあ殿」 「どういたしまして」 　彼女に喜んでもらえるなら安いものだ。 　喜んでもらえそうでよかった、と頷く僕の眼前、 「なるほど、服に食事に『ぷれぜんと』……ん？」 　指折りで今日の予定を確認していた彼女は、ふと首をかしげ、 「ますたあ殿、そりゃ逢瀬ってやつじゃねェか？」 　そんな妙な事を問うてきた。 「え？　まぁ、そうとも言うのかな？　男女で出かけるわけだし」 　逢瀬とはつまりデートの事だ。 　哀しいかな、お栄さんは僕の事なんて歯牙にもかけてないだろうからデートって言えるか微妙なラインだけど、まぁ広義の意味ではデートと言えなくも「『そうとも言うのかな』じゃないよこのすっとこどっこい！」ひぇっ。 「たくっ、それならそうと早く言いやがれってんだ！」 「お、お栄さん？」 　困惑する僕の眼前、お栄さんはぷりぷりと怒りながらカカカッ、と朝食を平らげ自室である和室へと向かい、 「すぐ支度する。ますたあ殿は玄関で待ってな」 「う、うん……」 　僕が頷いたのを確認し、襖を閉じた。 　ど、どうしたんだろお栄さん……いきなり怒り出すなんて。 「とと様！　着替えをどこにやったか知らないかい！？　『おれに聞くな』？　くっ、とと様に頼ったおれが馬鹿だった！」 　頭上に疑問符を浮かべながら、僕は和室から聞こえる騒々しい音を聞いていた。 　それから三十分後。 「ま、待たせたナ、ますたあ殿」 　玄関先に、お栄さんはやってきた。 「こういう時のために『かるであ』で一着仕立ててもらったんだが、その……似合うかい？」 　どこか不安そうに自らの身体をちらちらと見ながら、僕に問いかけてくるお栄さん。 　彼女は普段の着物や浴衣ではなく、セーターにスカートといった、現代風の衣服で身を包んでいて。 　その……控えめに言って、最高に可愛かった。 「…………」 　思わず無言になる僕に、お栄さんは拗ねたような表情で、 「なんだい、似合わねえなら遠慮なく言ってくれりゃあいいだろ？」 「い、いや……似合いすぎて、何も言えなくなったんだ。すごく可愛いよ、お栄さん」 「そ、そうかい……」 　頬を赤らめるお栄さん。そんな初心な反応により、彼女の可憐さがより高まる。 　すごい……絵に描いて残したくなるくらい可愛い……。 　え、僕こんな可愛い子とこれからデートするの？　ホントに？　ドッキリとかじゃなくて？ 　テンパる僕を他所に、お栄さんはそっと僕の隣に歩み寄り。 「…………」 　きゅっと、僕の手を握ってきた。 「お、お栄さん？」 　いよいよ処理能力がパンクした僕を、お栄さんは上目遣いで見つめながら、 「逢瀬ならこうするんだろ？　刑部の姫さんの漫画で読んだ。……嫌なら離すよ」 「う、ううん！　嫌じゃない！　……嬉しいよ、お栄さん」 「……物好きだねェ、ますたあ殿は」 　素直に心を告げると、お栄さんは呆れたような、それでいて嬉しそうな声を出し、 「そんじゃまァ、そんな物好きなますたあ殿と一緒に逢瀬と洒落込むとするか！」 　いつもの調子で、僕と共に街へと歩き出した。 「……黙ってると、ホントにぬいぐるみにしか見えないね北斎さん」 「あぁ。悪いなますたあ殿。とと様、ついていくって聞かなくて……」 　抱きつき人形と成り果てた父親同伴で。 　まず最初に向かったのは服屋だった。 「うーん……」 「ナ？　だから言ったろますたあ殿。あびげいるはともかく、おれに『ごすろり』は似合わねェよ」 「いや、すごい似合ってるよお栄さん。お栄さん可愛いから何着ても似合っちゃって、今どれ買うかすごい困ってる」 「なんだいそりゃあ……」 　頭を悩ませる僕の眼前、試着室ですっかり着せ替え人形と化したお栄さんは頬を赤らめる。その様すら可愛い。 　美少女ってすごい。心からそう思う。 「全部買いたいけどさすがにそこまでの予算はなくて……お栄さんはどれか気に入ったやつある？」 「そうさなぁ……ン、こいつは悪くねェな」 「ワンピース？　いいね、涼しげで」 「これを着て、海にでも連れてってもらうとするかねぇ」 「海か……富嶽三十六景では海がよく描かれてたけど、お栄さんも海好きなの？」 「あぁ好きさね。あれだけ多彩に在り方を変えるのは海くらいのものサ」 「そっか。お栄さんの海の絵、楽しみにしてるよ」 「……楽しみにしてるのは絵だけかい？」 「え？」 「なんでもねェよ、ウスラトンカチ」 　謂れのない罵倒をかまされたものの、僕は無事お栄さんに洋服をプレゼントする事ができた。 「ありがとナ、ますたあ殿。着物の方が着慣れてるが、こういう服も悪くねェ。……いろんな所へ連れてってくんな」 「任せて。僕も楽しみにしてるよ」 　微笑みかけてくるお栄さんに笑みを返す。 　色んな所に連れてけなんてお栄さんは言う事も可愛いなぁ……。 　……あれ？　これもしかして次のデートが確約されたようなものでは？ 　おや？　と幸福すぎる現実に思わず疑問符を浮かべる僕の隣、上機嫌そうに僕の手を握っていたお栄さんは、しかし、 「ん？　とと様どうした？」 　抱きつき人形としてじっとしていた北斎さんに耳を傾けた。 　彼はタコ足でそっと方角を指していて。 　その先には、 「……北斎さん、そこに行ってもヌードは描けないと思います」 　指し示されたランジェリーショップを前に敬語で制止を試みる僕を他所に、お栄さんは思案顔で。 「お栄さん？」 「確かに、洋服を着るときにサラシじゃ窮屈だと思ってたとこだが……」 　言いながら、両手でそっと自らの胸を押さえるお栄さん。 　なるほど、サラシか。通りで普段よりお山が小さいわけだ。 「そういう事なら買っておいでよ。これから洋服を着る機会も増えるわけだし」 　お金も渡すからと背中を押した僕を、しかしお栄さんは上目遣いで見つめ、 「……選んでくれるかい、ますたあ殿？」 「え？」 　――――――そんな爆弾発言を投下した。 　それから一時間後。 「ン、こいつはうめぇ！」 「そっか……それは何よりだよ……」 　焼きたてのピザに目を輝かせるお栄さんに、僕は疲れた笑みを浮かべる事しかできなかった。 　あの後僕を待っていたのは甘い拷問だった。 『金を出すのはますたあ殿なんだ、形くらいはますたあ殿の好みに合わせてやろうって話サ』 『すごい対応に困る気遣いだ……』 『あれだけ着せ替え人形にしてくれたんだ。今更下着はダメですなんて通らねェだろ？　さっさと降参してくんな。後の予定もつっかえてんだろ？』 『う……』 　と、結局押し切られる形でお栄さんの要求を呑んだ僕は彼女に手を引かれる形で下着店へ入店し。 『計測終わったよ、ますたあ殿。さいずはこれだそうだから、選んできてくんな』 『あ、うん。……これ測定間違ってない？』 『？　そんな変かい？』 『いや変というか……信じられないというか……』 　彼女の豊満さに改めて驚愕し。 『ほぉー？　ますたあ殿はこんな下着が好みなのかい。随分と色っぽいねェ』 『い、嫌なら別のを持ってくるよ』 『いや？　悪くねェじゃねえか。そら、ますたあ殿も見てみなよ。ちゃあんと似合ってるかい？』 『うん！　すごく似合うと思うよ！』 『目閉じたままで何が見えるってんだい。いいから早く目開けな。でないと……朝みたいに抱きついちまうよ？』 『う……じゃあ、失礼します』 『ン……あんまりジロジロ見るんじゃないよ、いやらしい』 『えっ！？』 　お栄さんの横暴に振り回され。 　散々疲弊した末に、どうにか一着の下着を買い終えたのだった。 「いやーいいものを選んでもらったよ。ありがとナ、ますたあ殿」 「喜んでもらえて何よりだけど、できれば二度目は経験したくないなぁ……」 「なんだい、眼福じゃなかったのかい？」 「……そりゃまぁ、眼福でしたけど」 「助平め」 「うっ……」 　呻く僕に、お栄さんはからからと笑って。 「ま、嬉しいのは本当サ。真剣に選んでくれたようだしナ」 「……君に贈るものだからね。適当なものは選べないよ」 「そうかい。なら、頑張ってくれたますたあ殿には褒美をやらないといけないね」 　言って、お栄さんはピザを手に取り、 「そら、口を開けな。手づから食べさせてやるよ」 「え？」 「最近の若い男女は逢瀬の時こうするんだろ？　なら、乗っかってやろうじゃねェか」 　楽しげに笑うお栄さん。 　ここであーんは結構恥ずかしいなぁ。 　……まぁ、お栄さんが喜んでくれるならいいか。 「あー……あふっ」 「あっはは、いい声出すねぇますたあ殿！」 「んぐんぐ……もうちょっと冷ました方がよかったかなぁ」 「そうかい？　手間のかかるますたあ殿だね。なら……ふーっ、ふーっ」 「お栄さん？　おかわりは要らないよ？」 「もう準備しちまったよ。食べちゃくれないかい？」 「いや、でも……」 　さすがにこれ以上は恥ずかしい、とやんわり断ろうとした僕を、しかしお栄さんは甘えるような上目遣いでじっと見つめて。 「それとも、おれに食べさせられるのは嫌かい？」 「……仕方ないなぁ」 「よしきた」 　大人しく口を開けた僕に、お栄さんは嬉しそうにピザを突っ込む。 　周囲に客に生暖かい目で見られ、羞恥心は限りなく高まっていく。 　しかし目の前のお栄さんは無邪気に笑っていて。 「はは、旨いかいますたあ殿？　いい食べっぷりでこっちまで嬉しくならァ」 　そんなわけで僕は、恥に耐えながらも愛しい彼女の幸福と僕の個人的な幸福を優先した。 　嬉し恥ずかしな昼食を終えた後、いよいよ僕らは本日のメインイベントに差し掛かった。 「おぉー……」 　所狭しと並んだ画材の数々に、お栄さんは感嘆の声を漏らした。 「こいつぁすげェ。こんなに絵具が揃ってるのを見たのは生まれて初めてサ」 「喜んでもらえてよかったよ。好きに選んでくれていいからね」 「ますたあ殿……あんたが神だったのかい」 「お栄さんが言うと微妙に冗談にならないなぁ……」 　そんなわけで、邪神と合一した浮世絵師はうきうきとした様子で店内を物色し始めた。 「見てみな、とと様。水彩絵の具一つ取ってもこんなに種類があるたぁ、やっぱり現代ってのは絵描きの天国さね」 「ますたあ殿もこっちに来ておくんなし。この色、おれたちが生きてた頃はそれはもう高かったんだが、それが今や大福５つ分だ。召喚されてみるもんだねェ」 「筆の質も最高だ。この筆なら、とと様だって男前に描けそうサ。ますたあ殿もいっちょ男前に描いてやろうか？」 　いつにも増して弁舌なお栄さん。 　そのはしゃぎように、生き生きとした笑顔に僕は目を奪われる。 　……ああ、やっぱりいいな、お栄さんは。 　絵と関わってる時のお栄さんは本当に眩しい。 　溢れんばかりの生命力を発する彼女には、いつかきっと、遠くない未来で彼女は本物に至るであろう事を強く確信させられる。 　本物の画工。 　そこへ彼女が至った時、僕と彼女の日常は幕を閉じるのだろう。 　……辛くはあるけど、その達成を僕は祈り続ける。 　彼女の幸福こそが、彼女の悲願こそが、僕が最も追い求めるものなのだから。 「……ありがとナ、ますたあ殿」 「え？」 　ふと顔を上げた先、そこにはこちらに微笑みかけるお栄さんがいて。 「こんなにもおれを、おれの絵を大事にしてくれて。あんたのためにも、おれはきっと本物ってやつに至るよ」 「……そっか」 　彼女の誓いに、笑みを返す。 「楽しみにしておくよ、お栄さん」 「合点承知の助サ」 　笑顔で頷いたお栄さんと共に、僕は画材屋さんで時間を過ごした。 　そうして画材を買い込んだ僕らは、夕暮れの河川敷を歩いていた。 「こんなに買ってもらって本当によかったのかい？」 「大丈夫大丈夫。こう見えてお金だけはあるから。むしろ、腕力が足りてよかったよ」 　言いながら荷物でいっぱいになった両手を掲げる。 　値段はそこまでだったものの、諸々まとめて買ったために画材がかさばってしまった。 　無念だ……もし片手が空いてたらお栄さんと手を繋げただろうに。 　いや、そんな邪念を神様が見抜いたからこその今なのかもしれない。 　デートだ何だと浮かれていたけど、彼女を応援するものとして誠実さを取り戻さないと。 　うん、と一人頷いた僕に、お栄さんが笑いかけてくる。 「今日は楽しかったよ、ますたあ殿。逢瀬って奴は初めてだったが、まぁ、悪くなかった。……素敵な下着も選んでもらえたしナ」 「う……」 　思わず赤面した僕に彼女はあははと笑い、 「ま、冗談は置いといてだ。……また連れてってくれるかい？　こんなおれと、また逢瀬を楽しんでくれるかい？」 　何かを期待するような瞳で問うてくる彼女に、僕は言葉を紡ぐ。 「……もちろん。君が喜んでくれるなら、僕は何だってするよ」 「そうかい」 　僕の返答に、お栄さんは満足げに頷き。 　それからおもむろに僕の肩へ手を乗せ、 「こいつは礼だ」 　―――頬に、柔らかな感触が触れた。 「お、お栄さん、今、」 「あっはは！　頬に口吸いされただけで顔が赤らむなんて、ますたあ殿はウブだねェ」 　うろたえる僕にお栄さんはからからと笑う。 　い、今、キスされたのか僕は！？ 　お栄さんから！？　頬に！？ 　あまりにもお茶目すぎるお栄さんの奇行に僕は混乱したものの、 「また誘ってくれよ？　ますたあ殿」 　そう言って笑うお栄さんを前に、何も言えなくなった。 　まったく、お栄さんは本当に……。 　これも惚れた弱みかと笑う僕に、夕焼けに染まったお栄さんは笑いかけてくる。 「さ、ますたあ殿。とっとと帰るよ。腹が減っちまった」 「了解」 　そうして、二人笑い合い。 　僕らはゆっくりと帰路を歩むのだった。 「たくっ、いきなり逢瀬たァますたあ殿は本当に……」 「……楽しそうだったナ、ますたあ殿。ずっとにこにこと笑って。たくっ、おれといるのがそんなに嬉しかったのかね」 「おれは楽しくなかったかって？　そりゃまァ……楽しかったサ。おれの服、おれの食べたい物、おれの画材。あれだけ尽くされて楽しくないわけないサ」 「ン……とと様は意地が悪いね。あァ、そうサ。おれは、ますたあ殿が楽しそうだったから楽しかった。服よりも画材よりも、ますたあ殿の嬉しそうな顔が、何より嬉しかったサ」 「あんな気持ち初めてさね……これが、とと様の言う恋心ってやつなのかねェ」 「……口吸いまでしちまって。あれで少しくらいは意識してくれりゃいいんだが」 「『おれにしてはよく頑張った』？　五月蝿いね、冷蔵庫に詰めちまうよ」 「あんな事、やるつもりはなかったサ。ただ、こいつがあんまり幸せそうに笑うもんだから、つい……」 「これが惚れた弱みってやつなのかい？　とと様」 「そうかい。そりゃあ難儀な話だナ」 「こいつの両手が塞がっててよかったよ。あのまま手を繋がれてたら、手汗で台無しになってた所サ」 「ハ、頬に口吸いするだけでべらぼうに緊張するなんて、おれもますたあ殿の事を悪く言えねェな」 「あんなに緊張したのは、ますたあ殿についていくと告げた時以来サ」 「おれをこんなにしちまって、責任取ってくれるんだろうナ？　ますたあ殿。……なんて、そいつは勝手が過ぎるか」 「さ、今日は店じまいだ。とっとと寝るサ」 「腕借りるよ、ますたあ殿。よっと……」 「ン、今日も可愛い顔で寝てるナ」 「人の気も知らないで、まったく」 「…………」 「ますたあ殿……」 「……っ」 「……やっちまった」 「お、起きてねェよナ？」 「『よくやった』って、とと様は黙ってておくんなし！」 「寝込みを襲うなんて、痴女もいいとこさね」 「頼むから秘密にしといとくれよ、とと様」 「……済まねェなァ、ますたあ殿。あんたの初めて、おれが奪っちまった」 「可哀想に、こんなろくでなしに奪われちまって」 「ますたあ殿が優しいのがいけねェんだ」 「おれなんかを好きになるから」 「あんなに、眩しいくらいに笑うから」 「だから、おれなんかを勘違いさせちまうんだ」 「……ますたあ殿……」 「ん……ちゅ……」 [chapter:三話] 「あれ？」 　仕事から帰るなり、僕は首を傾げた。 　居間に電気が付いてる。 　珍しいな、お栄さんが和室以外にいるなんて。テレビでも見てるのかな。 　不思議に思いながら廊下を進んだ先。 「お、愛しのますたあ殿じゃねェか。今日は随分とお早いおかえりだナ。どうだい、帰りの挨拶がてら、ちゅうっと口吸いでもしてやろうか？」 　そこには、蛸を思わせる異質な装いをした美少女の姿があった。 「ほ、北斎さん？」 「おう。あんたのさあばんと、葛飾北斎サ」 　問いかけた僕に彼、葛飾北斎は頷く。 　日本どころか世界でも随一の腕と知名度を誇る浮世絵師にして僕の大事なサーヴァントの一人である彼は、娘と同じ気持ちの良い笑みを僕に向けてきた。 「どうしてお栄さんの身体に……」 「久方ぶりに一杯やりたくなってナ。応為の身体を借りてんだ」 　言って、手に持っていた猪口を煽る北斎さん。 　見れば、卓袱台にはこの前購入した日本酒の瓶があり、彼が少し早めの晩酌をしていた事が見て取れた。 「っかーッ！　現代ってのは酒も旨ぇなァ！　毎度思うが、こりゃ天国って奴かもしれねェなァ」 　旨そうに酒を飲み干した後、北斎さんは僕を見つめながらぽんぽんと己の隣を叩いて、 「さ、ますたあ殿もつったってないで隣に座りナ。一人で酒飲んでてもつまんねェって話だ。少しくらい付き合ってくれたって罰は当たらねェだろ？」 「そういう事なら喜んで。でも、ちょっとだけ待っててください。簡単につまみを作ってきますから」 「おぉ、気が利くじゃねェか。さすがはおれのますたあ殿だ」 「そんな大したものは作れませんけどね」 　苦笑した僕に、しかし北斎さんはふるふると首を振る。 「いんや、そういう気遣いこそが旨ェんだ。ありがとナ、ますたあ殿」 「どういたしまして」 　人好きにする笑みを浮かべる北斎さんに笑みを返し、僕は台所へと向かう。 「飲んだくれてるおれに文句も言わず、それどころかつまみまで作ってくれるたァ出来た旦那だ。はは、こいつぁお前には少しもったいないかもしれねェなァ。……あっはは、そんな怒るなよ。堪忍しとくれ」 　居間では北斎さんが何か言っていたが、よくは聞き取れなかった。 　それから二十分後。 「んーっ！　このつくね随分と旨ェなァ！」 　なんこつ入りつくね焼に、北斎さんは歓喜の声を上げていた。 「このピリッと甘辛い鮪も最高サ！　このあぼかどって野菜も濃厚で悪くねェ！」 「喜んでもらえて何よりです」 「いやァ、こいつぁすげェよますたあ殿。嫁に欲しくなってくる」 「そんな大げさな……」 　苦笑する僕の眼前、北斎さんはうめぇうめぇとつまみを頬張る。 　カルデアにいた頃エミヤに教えてもらった簡単なおつまみ料理だけど、こんなに喜んでもらえて何よりだ。 　うんうんと一人頷いていると、不意に北斎さんが顔をしかめた。 「あん？　『おれにも食わせろ』？　駄目だ駄目だ、こりゃ全部ますたあ殿がおれのために作ってくれたんだ。お前は涎垂らして見てな」 　いきなり独り芝居じみた振る舞いをする北斎さんに、僕は「あぁ」と内心手を打つ。 「そう言えば北斎さんに乗り移られてる間も、お栄さんの意識はあるんでしたっけ」 「おう、そうサ。ますたあ殿の食べたい食べたいって聞かねェんだよ。ますたあ殿も何か言ってやってくれ」 「あ、あはは……お栄さん、また今度作ってあげるね？」 「あっはっは、よかったなァ応為！　大福でもたらふく作ってもらいな！」 　江戸っ子らしく快活に笑う北斎さん。 　代わってあげてとお願いした方がいい気もするけど、多分お栄さんが本気で嫌なら無理やりにでも代わっているはずだ。 　普段は蛸としてしか生きられない彼に、たまには好きにしてもらいたいと願っているのだろう。 　そしてそれは僕も同じだ。 「北斎さん、おかわり注ぎますよ」 「ほんっと気が利くますたあ殿だなァ！　食っちまいたくなるくらいだ！」 　にかっと笑いながら僕のお酌を受け、その勢いで一気に煽る。 「ふふ、楽しそうですね、北斎さん」 「そりゃあそうサ！　旨ェ酒に旨ェつまみ、そして隣には愛しのますたあ殿がいる。楽しくねェわけがないサ！」 「ず、随分と気に入られてるんですね、僕」 「おう！　おれァ感謝してるんだぜ？　ますたあ殿。なにせ親子二人とも面倒見てもらってんだ。何枚絵を贈ったって足りねェくらいだ」 　僕と肩を組み、こちらにもたれかかるようにしながら北斎さんは言葉を紡ぐ。 「大変だろ？　家事に仕事に、おまけにこうしておれや応為の相手までさせちまって。こんな世話焼き、生前にはいなかったサ」 「あ、あはは……大変ではありますけど、苦じゃないですよ。北斎さんとこうして話すのも楽しいですし」 　なにせ目の前にいるのは世界に名高き絵師その人なのだ。話していて楽しくないわけがない。 「ほぉー、嬉しい事言ってくれるねェますたあ殿。なら、これからも遠慮なく居候させてもらうサ！」 　そう言って嬉しそうに笑う北斎さん。 　本当に無邪気に笑う人だ。娘さんそっくり。 　ただ、その……。 「北斎さん。できれば、その……少し離れていただけると」 「あん？　『でぇと』の時はもっとくっついてたじゃねェか。世話するのはともかく蛸坊主に触れるのは嫌って話かい？」 「いやそういう事ではなくて、近いというか、露出過多というか……」 　ううん、と頬を赤らめながら言葉を紡ぐ。 　北斎さんに憑りつかれたお栄さんは、より邪神の影響を強く受けた姿へと変貌する。 　蛸をモチーフとしたであろうその衣装は、それはそれで可愛らしいものなのだけど。 　その……普段と比べて露出度が格段に上がる、青少年にとっては目に毒以上の何物でもない代物なのだ。 　肩が丸出しなのは花魁風に着崩したお栄さんと同じなのだけど、胸元や腹、それに背中が凄まじい。スカートの裾から覗く眩しい太ももも威力が高い。 　水着でもここまでではないだろうという肌の露出に否応なく赤面してしまう僕に、北斎さんはにやにやと笑って。 「ほぉー、我らがますたあ殿は本当にうぶだねェ」 「すみません……」 「別に謝るこたァねェよ。それよかどうだい？　役得と思って触ってみるかい？　我が娘ながらいいものを持ってると思うんだが」 　言って、北斎さんは自らの、いやお栄さんの胸を持ち上げる。 　五指に掴まれむにゅりと形を変えるお餅に思わず目を奪われるも、慌てて僕は視線を逸らす。 「け、結構です！　そんな事したらお栄さんに絶交されそうですし……」　 「ハ、そうかい。別に嫌がりはしねェと思うけどなァ」 「いや怒りますよ絶対。この前だって、胸凝視しちゃったせいで怒らせちゃいましたし」 「ありゃあぽぉずってやつサ。……ますたあ殿が思ってるより、応為はあんたの事を好いてるよ」 　静かにそう言って、北斎さんは僕と肩を組むのを止めた。 「応為は、生まれてきた子の中でも特別おれとそっくりな子だった。性格も口調も、隙があれば筆を取るとこから散らかり癖まで一緒だ。あァ、たまらなく可愛かったサ。とと様とと様なんて懐いてくれてサ。可愛くて仕方なかった」 　だから、と北斎さんは言葉を続ける。 「人として、幸せになってほしいと思った。絵描きとしての幸せだけでなく、応為が生まれた時の喜びを応為にも味わわせてやりたかった。わざわざ知人に頼ってまで嫁ぎ先を探して、絵にばかり執着していたおれが、珍しく気を利かせてサ。……ま、結局上手くはいかなかったけどナ」 　にっと笑う北斎さん。 　その話は知っている。 　北斎さんの知人の紹介で画家である堤等明の元に嫁入りしたお栄さんは、しかしロクに家事もせず日がな一日絵を描き続けた挙句、旦那の画才を鼻で笑ってしまった事から三下り半を突き付けてしまったという。 「色恋なんてものに興味を示さず、応為はおれとの二人三脚を選んだ。応為には色々と面倒をかけちまったが、あァ、間違いなく悪くねェ人生だったサ。ただ、少しだけ心残りはあった。慣れねェ気遣いで、娘に無理をさせちまった事。それと、娘に人並みの幸せを味わわせられなかった事に」 　自嘲気味に笑って。 「そんな娘がナ、ますたあ殿。あんたの隣では生き生きと笑ってんだ」 　僕をじっと見つめながら、北斎さんは淡い笑みで言葉を紡いだ。 「談笑に顔をほころばせて、逢瀬に心をときめかせて。『応為として認められたい』、『本物の画工になりたい』なんて夢まで語って。おれといた頃以上に、応為は生き生きとしてる。全部あんたのおかげだ、ますたあ殿」 「そんな、僕は何も……」 「ますたあ殿は、応為の事を誰よりも想ってくれた。家事もロクにしねェ娘を、あんたは慈しみ、その夢の成就を願ってくれた。……あんたになら、娘を任せられる。あんたとなら、応為はきっと人並みの幸せも手に入れられる」 　だから、と北斎さんは真剣な目で俺を見て、 「頼む。応為を貰ってくれねェか」 　言って、その頭を下げてきた。 　お栄さんを、貰ってほしい？ 　この人は一体何を言っているのだろうか。 「か、顔を上げてください北斎さん。いきなりそんな事言われても、僕……」 　慌てる僕に、北斎さんは頭を下げたまま言葉を続ける。 「確かに妻としては駄目の極みだが、少なくとも顔は悪くねェ。身体だって立派なモンを二つも持ってやがる。あとは諸々教え込ませるだけサ」 「いやそういう事を言ってるんじゃないですよ！　……僕の事より、お栄さんの気持ちが先でしょ」 「チッ、分かんねェますたあ殿だな。応為はとっくの昔からますたあ殿に惚れてんだよ。自分の事をありのままに受け入れてくれたますたあ殿にな」 「……もし仮にそうだとしても、やっぱり無理ですよ」 「あん？」 　不快そうに疑問符を浮かべる北斎さんに、僕は自嘲気味に笑いながら言葉を紡ぐ。 「だって、僕は凡人だ。世界を救ったなんて言われますけど、あれはあくまで皆がいてくれたからの話で。お栄さんみたいな偉人となんて、とてもじゃないけど釣り合いません」 　だから、と僕は否定の言葉を口にしようとして。 「ハッ、なんだァそりゃァ」 　しかし、北斎さんに一笑に付された。 「人間とサーヴァントの次は、凡人と偉人と来たか。あっはは！　さあばんとがさあばんとならますたあもますたあだなァ！」 「ほ、北斎さん。僕は真面目に……」 「あァそうサ。あんたも応為も馬鹿みたいに真面目に考えやがる。それが間違いってんだ」 「え？」 　呆けた声を漏らした僕に、北斎さんはにやりと笑い、それから僕の胡坐の上に対面で座り込んできた。 「ほ、北斎さん、何を……」 「理屈じゃねェんだよ、絵も恋も。描きたいから描く。抱きたいから抱く。技術や手順は二の次だ。想いこそがおれたちを動かす。違うかい？」 「それは……」 　北斎さんの言葉に、僕は何も返せない。 　凡人だから。偉人だから。 　そんな耳触りのいい言葉で蓋をして、僕は僕の想いから目を背けていた。 　今の関係が壊れるのが怖くて。 　お栄さんと、離れてしまうのが怖くて。 「想いに任せりゃいいのサ。それでしくじったならその時は仕方ねェ。笑って次に行くだけサ」 「……そこまで気前がいいのは北斎さんくらいですよ」 「褒めても何も出ねェよ？　絵くらいは描いてやってもいいけどナ！」 　そう言って快活に笑い、それから北斎さんはその身体を、お栄さんの身体を僕に見せつけながら、 「さ、どうだますたあ殿。……おれの身体、抱きたくはなったかい？」 「……いえ、遠慮しておきます」 「……そうかい」 　少しだけ肩を落としながら、寂しげな顔をする北斎さん。 　そんな彼に、僕は笑みを浮かべて。 「はい。……僕は、お栄さん一筋なので」 　はっきりと、言の葉を告げた。 「！　……は、ははっ！　そいつは悪い事をしたな！」 　北斎さんは一瞬目を丸くした後、花火が咲くように破顔した。 「そうかそうか、応為一筋と来たか！　そりゃァおれじゃ駄目に決まってらァ！」 　こちらが気持ちよくなる程に爆笑した後、北斎さんは目尻の涙をぬぐいながら言葉を紡ぐ。 「いや、悪かったなァますたあ殿。じゃ、お望み通り代わってやるサ」 「え？」 　今、なんて？ 　呆けた声を漏らした僕の眼前、北斎さんはぼふんと煙に包まれて。 「…………」 　次の瞬間、僕の胡坐の上には着物姿のお栄さんが顕現していた。 「お、お栄さん？」 「……何サ」 　問いかけた先、お栄さんは不機嫌そうな声を漏らす。 　彼女の顔は不自然なほどに赤らんでいて、僕は自らが置かれた状況を急速に理解した。 　北斎さんの話があまりにも突拍子もない事だったから失念していた。 　先程確認した通り、北斎さんの意識が表出してる時もお栄さんの意識は残ってる。 　つまり、僕が北斎さんと話した内容も全て……。 「き、聞いてた？」 「ン……まぁな」 　おそるおそる告げられた僕の問いかけに、お栄さんは視線を逸らしながら返す。 「助平なますたあ殿がおれの身体に鼻の下を伸ばしてたのは見たよ」 「いや伸ばしてなかったでしょ！」 　ぐぅ、聴覚だけでなく視界も共有してたのか。 　なら僕の先程の愚行も全て筒抜けか……。 　今更になって恥ずかしくなってきた僕の眼前、お栄さんはそっぽを向きながらしばらく髪をいじいじとしていたが、 「……ン」 　やがて、僕の方を向き、ゆっくりとその両腕を広げてみせた。 「お栄さん？」 「抱きたいんだろ」 「え？」 「こういう事には慣れてねェんだ。すぱっと抱いとくれ」 「で、でも、お栄さんはいいの？」 「察しの悪い男さね。嫌ならわざわざとと様と代わるわけねェだろ？」 「う……」 　正論に言葉が詰まる。 　彼女の身体の主導権はあくまでお栄さんにある。 　いくら北斎さんが代わろうとしても、お栄さんが拒否すれば今のようにはなっていなかったはずだ。 　いよいよ逃げ道を失った僕に、お栄さんは頬を赤らめながらぶっきらぼうに告げる。 「下手かもしれねェけど、その時は堪忍な」 「……それは大丈夫だよ。その……僕も初めてだから」 「そりゃァいいナ。失敗しても笑い話で済むサ」 　苦笑した僕に気持ちのいい笑みを浮かべ、お栄さんは僕の首へと腕を回してくる。 「たっぷり愛してくんな、ますたあ殿。いや……おれの旦那様」 「お栄さん……」 「はは、言ってみたはいいが恥ずかしいもんだねこりゃ」 　照れ臭そうに笑うお栄さん。 　……いいのだろうか、本当に。 　僕のような凡人が、彼女と結ばれてしまって。 「ますたあ殿」 　そんな不安を見透かしたように、お栄さんは僕に優しく微笑みかける。 「心配はいらねェよ。おれみたいなロクでもない女に恋するのは、世界中探してもあんたくらいなものサ。だから、遠慮なく食っちまいナ」 「お栄さん……」 　彼女の言葉に僕は感極まりそうになりながら、 「……もっと他に言い方なかったの？」 　さすがに生々しすぎると文句を付けた僕に、お栄さんはぷりぷり怒る。 「なんだい、実際食っちまうんだろ？　今更無害ぶったって無駄サ」 「それはそうだけども……」 　ううむ、と頬を赤らめる僕に、今度はお栄さんが不安そうな顔で問うてくる。 「ますたあ殿こそ、いいのかい？　家事もロクにできない穀潰しを貰っちまって」 「別に家事してもらいたくてお嫁さんが欲しいわけじゃないから」 「か、代わりに夜は任せておくんなし。とと様の枕絵を借りてでもますたあ殿を満足させてやるサ」 「いやそういう事目当てなわけでもないんだけど」 「何サ、おれに奉仕されるのは嫌なのかい？」 「……それはすごく嬉しいけども」 「あははっ、助平なますたあ殿だナ」 　快活に笑うお栄さん。 　そこにはもう、不安の色はない。 「ますたあ殿」 　僕を愛おしげに見つめながら、お栄さんは言葉を紡ぐ。 「あんたといるだけでおれは幸せだ。あんたとなら、きっとおれは本物になれる」 　だから、 「これからも、ずっと一緒にいてくれるかい？」 「……もちろん」 　彼女の問いに、僕は万感の思いを込めて頷きを返す。 「愛してるよ、お栄さん」 「！　……あぁ」 　紡いだ言葉に、彼女はふわりと泣き笑いのような笑みを咲かせて。 「愛してる、ますたあ殿」 　そう、噛みしめるように告げて。 　そして僕らは、どちらからともなく唇を重ね合った。 「……お。起きたかますたあ殿」 「悪かったね、目覚めた時隣にいなくて。寂しい思いをさせちまったかい？」 「焦げ臭い？　あー……」 「朝飯を作ろうとしたんだが、うまくいかないもんだねェ」 「ン、まぁなんだ？　少しは妻として振る舞ってやろうかと思ったんだが、おれにはとんと向いてねェみてェだ」 「餅は餅屋って話サ。遠慮なく笑って……ま、ますたあ殿！？ そんな急に抱きしめられたら驚いちまうよ」 「愛おしくなった？ なんだいそりゃあ……」 「……別に、嫌だとは言ってねェだろ？ 気が済むまで続けりゃいいサ」 「ん、ふふ……あァ、こうしてるのも悪くねェな……」 「そういやますたあ殿。きすとやらは、今朝はしないのかい？」 「現代の夫婦はおはようの時口吸いをするんだろ？　刑部の姫様の本に描いてあったサ」 「昨日あれだけ猛っておいて、今更照れるのは無しサ。まったく、胸が取れちまうかと思ったよ」 「……別にいいサ。それだけますたあ殿がおれに惚れ込んでくれたって証さね。……あァ、悪くなかったよ、ますたあ殿」 「さ、とっととしてくんな。突っ立ってるだけじゃ時間が勿体ねェだろ？　昨日の経験を生かして今日はたっぷりと枕絵を描かねェといけねェんだ、一秒たりとも無駄にはできないサ」 「んっ……」 「……いいもんだナ、ますたあ殿。頬がかぁっと熱くなって、ばくばくと胸が鳴る。質のいい酒でも飲んだみてェだ」 「一杯で満足かい？　ますたあ殿が望むなら、何杯だって注いでやるヨ？」 「よしきた。なら、次はおれから……んっ」 「あァ、いい気分だ。こいつァたまらねェ」 「なぁ、ますたあ殿。いっそこのまま、布団の上でまぐわうってのはどうだい？」 「絵は描くサ。ますたあ殿に抱かれながら、思いのままに描いてやるサ」 「いっそおれとますたあ殿の墨で描いてやるのも悪くねェかもなァ。……なんて、冗談だよ冗談。軽蔑したかい、ますたあ殿？」 「……そうかい。本当に物好きだなァ、ますたあ殿は」 「そんなますたあ殿には……んっ」 「……ぷはっ。ロクでもない絵描きをぷれぜんとだ」 「たぁんと召し上がってくれヨ？　旦那様」 「んっ……ますたあ殿は本当に餅が好きだねェ……」

C94で頒布したお栄さんと同棲する本の試し読み増量版です。<br />北斎の娘、お栄さんこと葛飾応為とイチャイチャする本です。<br />全四話中三話が読めます。四話は温泉旅行に行く話です。<br />メロンブックスととらのあなに委託中ですので気に入った方はぜひ。<br />メロンブックス→ <a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fwww.melonbooks.co.jp%2Fdetail%2Fdetail.php%3Fproduct_id%3D382543" target="_blank">https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=382543</a><br />とらのあな→ <a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fec.toranoana.jp%2Ftora_r%2Fec%2Fitem%2F040030649918%2F" target="_blank">https://ec.toranoana.jp/tora_r/ec/item/040030649918/</a>

お栄さんと同棲する本試し読み増量版！

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10000785#1

明美さんと知り合ったのは、つい最近のことだ。 なんでも志保ちゃんのお姉さんらしく、姉妹揃って大変お美しい。さらに、明美さんと恋人さんが並ぶとまさに美男美女といった様子で、たまにふたりで来店された時はそれはもう目の保養というか映画のワンシーンのように絵になるふたりだった。 そんなある日、明美さんがひとりで来店された日、持ちかけられたのはとんでもない話だった。 「あのね、私お別れするの。秀くんと」 そして結構な時間を電車に揺られ、今そこそこ良いホテルで、私たちはお酒を飲んでいる。 「ごめんね、傷心旅行に付き合ってもらっちゃって…」 「いえ、そんなそんな！」 「そ、それに…本当にいいの？梓ちゃんも、その、彼と…」 「いや、その、私もずっと考えていたことですから」 お酒が回ってきたのか、どこかぼんやりとした意識の中で明美さんの話を聞いていた。 「私の恋人は、私のことなんて好きじゃないの」 「私…昔、………ひどい、怪我をして、彼、ずっとそれに責任を感じてる」 「同情で恋人にしてもらってるの、嫌な女でしょ」 「だからそろそろ、彼のためにも私のためにも…お別れしようと、おもって…」 明美さんがぽつりぽつりとこぼす言葉は、彼への愛で溢れていた。 「梓ちゃんは、どうしてお別れしようと思ったの？彼、あなたのこと、とっても愛しているわ」 ぼんやりとした頭のせいか、どこか夢でも見るような心地だった。 「私、彼のこと、あいしてます、…とっても」 「だから、自分勝手だとは思うんですけど、彼には幸せになって欲しくて」 「彼、お見合いを勧められているんです。だから彼と別れてほしいって…言われて」 「私とお別れすれば、これからもっと彼が幸せになれるはずだから…」 今まで誰にも言えなかった秘密をこぼした時、明美さんはまるでこの世のものとは思えないくらい美しく微笑んだ。綺麗に塗られた優しげなピンク色の口紅がなぜか、やけに色っぽい。流石明美さん。とっても美人さんだ。 「わたしたち、同志ね」 それから元恋人たちへの愚痴なのか愛なのかをこぼしながら、お酒が進む。なんだかやけに今日は酔いが回る。明美さんもどこか幼げな口調で、ふわふわと言葉に音を乗せた。 「さいごに、うわきでも、してみようかしら」 「うわき」 「ほれっぽい、しゅうくんへの、あてつけ」 「じゃあ、わたしは、もてもてな、こいびとへ、あてつけ」 どちらともなく、酔いに任せて唇を重ねた。それから「うわきだー！」「うわき！うわき！」と子供みたいにケタケタひとしきり笑ったあと、ふたりにはちょっと狭いくらいのベッドに沈む。 「だいすき、なのにね、へんなの」 涙に濡れたその声は私のものだったのか、彼女のものだったかまでは覚えていない。 [newpage] 「………ん、っ…？」 苛立ちを隠さない舌打ちに続いて、自分の意思と関係なく持ち上げられた体、のち嗅ぎ慣れた匂い。重たいまぶたを必死にあげると、そこには二日酔いには耐えきれない、いや多分普通の一般人が平常時であっても耐えきれないレベルで私を睨みつける彼がいた。びりびりと鳥肌がたって、眠気は一気に覚めた。 「ひっ…‼︎‼︎」 「…」 彼は何も言わない。けれど、私を抱き上げたまま着実にどこかに歩いて行く。 「え、あ…なっ…なんで…ここに……」 「………なんで、だって？」 あ、やってしまった。地雷踏み抜いた。 「恋人がいきなり別れを切り出してきたら、そりゃあ話を聞きにきますよ。というか、こんな大事なことをメッセージで終わらせようなんて、なに考えてるんですか。あなたの考えてることが、ちっともわからない」 二日酔いの気持ち悪さ含めて、こんな元恋人と迎える朝は最悪すぎる。こんな朝は嫌だ選手権があったら多分、いや入賞するに違いない。というか、本当になんでここにいるのか全く皆目見当もつかないのだ。彼の言う通り確かに恋人にはメッセージを送っておいたはずだ。「お別れしましょう」「今までありがとうございました」「ポアロで店員としてお待ちしています」それに対する彼の返信はなかった。でも既読はついていたから、了承したものだとばかり思っていたけれど。どうやらそうではなかったらしい。 ぐるぐる揺れる腕に中で気持ち悪くなりながら必死に考えていると、少々乱雑に彼の腕から降ろされた。場所は浴槽の中。よかった、ちょっと吐きそうになってたから、ここなら大丈夫だ、なんてわりと真剣に考えていると、まさかの彼も浴槽に入ってきた。え、意味が分からない。ビジネスホテルの浴槽よりは広いものの、大の大人がふたり入るには狭い。というか無理だろうと思っていたら、ぐっと彼が私を軽く持ち上げて、無理やり彼の長い足の間に私が入ることでなんとか浴槽に収まった。この状況、非常にきつきつである。そして、私がもしもうっかりやってしまったら、確実に見られる。流石に私も彼の前で嘔吐するのはすごく気が引ける。というか、絶対に嫌だ。どのくらい嫌かと言うと…と大尉が私の新しいお気に入りワンピースに毛玉を吐いて染みを作った日を考え始めたところで、ぐっと彼の長い腕が伸びる。 「え、わっ…ちょ、…！ぬ、ぬれちゃ…んぶっ‼︎」 そしてシャワーコックを捻った。びちゃびちゃと容赦なく振り続けるシャワーだけでも息をするのが苦しくなるのに、彼の手が私の唇をごしごしと何往復もするものだから、本当に溺れそう。彼の手の動きに合わせてぐらぐらとする頭に、苦しいと訴える肺、覚えのある唾液が溢れ、ひっと喉が引き攣る。それを感じたのかは分からないが、彼の手はぴたりと止まり、シャワーも止まった。だけど、私の吐き気が止まらない。 「………ひ、どい…」 「…浮気した君がよく言う」 「うわき、って…」 「口」 「くち…？」 「口紅、君のじゃないのが、べったり」 ああ、だから浮気。なるほど確かに浮気だ。そうだ浮気しちゃったんだ。と、ぼんやり考えていると、人を殺せそうなくらい怖い顔をした彼がこちらを見据えていた。警察なのに…。 「…なんで」 「…？」 「なんで浮気なんてしたの」 それは、彼と私は本当は一緒になる運命じゃなかったからだ。 彼の整った目鼻立ち、すらりとした長身、かと思いきや鍛え上げられた体、頭も良くて、なんでも出来て、そしてとっても優しい。そんなどれをとっても一級品な彼と平凡な私。別にそんなことで嫉妬する気はないし、彼ってすごい人なんだ！すごい！くらいしか平凡な私には分からないけど、私に彼はもったいない人だというのは流石に気づいていた。 そんな時、聞いてしまったのだ。彼に毎月のように届いているお見合い写真のこと。 一級品の彼にお似合いな、一級品の彼女たち。そして、お願いされたのだ。彼の上司という人から「彼の昇進のために別れてやってほしい」と。何度も何度もお願いされた。風見さんは「相手にしない方がいいですよ」「古い考えです」なんて言っていたけれど、これが彼を思っての行動だというのはすぐに分かった。だから、別れようと思ったのだ。彼のことはもちろん愛している。けれど、彼の障害になってまで彼と一緒にいようとは思わない。彼には幸せになって欲しいし、彼が仕事にどれだけ誇りを持って、信念を持って、生きているかは分かっているつもりだから。 と、まぁそんなこと彼に言えるはずもない。 だって言ったらすっごく怒られそうだし、彼お得意の話術で丸め込まれそうだし、そして何より吐きそうだから！！それはもう気持ち悪くて声を出したら今にも吐きそうなのに、吐けないこの苦しさ！！胃があがって、ねじられ、喉の奥で渦巻いているようなこの感覚！！ 「…ま、…っ」 「…」 「ひっ…ぐ……」 「！！？？」 涙が溢れる。だってすごく苦しい。吐きたいのに吐けない。流石に彼の前でリバースは避けたい。でも気持ち悪いがずっと続いて、平衡感覚やられたみたいにぐらぐらして、冷たい汗が身体中から吹き出すような感覚。…出して楽になりたい。でも仮にも好きだった人の前で嘔吐なんて絶対に嫌だという女の意地がある。 「あっ…え、な、泣きたいのはこっちですよ…」 「………も、…り」 「え？」 「…もう、っむり……！」 浴槽から飛び出して、トイレに駆け込んだ。自分で言うのもなんだが、火事場の馬鹿力というか、すごい瞬発力だったと思う。彼の制止する手が伸びてくる前に駆け込み、鍵を閉めて、トイレの床にヘタリと座り込んで、ひぃひぃと息をして、どのくらい経っただろうか。こういう死を感じそうな時の時間経過っていまいち体内時計と合わなくなる。なんて、真っ青な自分の顔を鏡で眺める。優しいピンクの口紅が彼に擦られたことによって、とんでもない伸び方をしていた。とりあえず吐き気は治まってきてよかったと未だぐらぐらする体で、口紅をティッシュで落とす。本当に、吐かずにすんで本当に良かった。吐くと、こう、口の中が気持ち悪くなるし、喉がヒリヒリするし、なんて考えながらトイレのドアを開けて、ちらっとバスルームの方を見ると、ガラス張りのドアの向こうに、ザーザーとシャワーに打たれて浴槽に座り込む彼がいた。 な、何故！？ 「あ、あの…ふ、ふるや、さ……」 「…」 「か、かぜ、ひいちゃいますよ〜…」 「…」 「もしも〜し…、お〜い」 「…」 というか、そんな滝のようなシャワーに打たれて苦しくないのだろうか。私だったら絶対に苦しいのに、というか現にさっき死ぬほど苦しかったし、まさかとは思うが私がトイレに駆け込んでからずっとそうだとしたら…とまで考えて、慌ててバスルーム駆け込み、シャワーコックを捻った。と思ったら逆に捻ってしまったようで、ただの滝が一瞬ナイアガラの滝になり、慌ててもう一度今度は正しい方向に捻った。 「大丈夫ですか？！い、息はしてますよね？！」 「………だいじょうぶなわけ、ないだろ…」 「とりあえずタオル…！！」 「ずいぶんと、優しくしてくれるんですね…」 わたわたと洗面所からバスタオルを引っ張り、彼の頭に被せようとした瞬間彼が立ち上がり、またもや浴槽の中に引き込まれる。ごつごつ、と彼の膝とか肘とかが痛そうな音をさせながら、半ば無理やり再び私たちは浴槽の中に座り込んだ。「痛くないですか！？」「大丈夫ですか！？」と聞いても、どこか彼は心ここに在らずといったようだ。じんわりと、浴槽に残った冷たい水が服に染み込んで、ぺっとりと太ももに張り付く。 「………どこが」 長い長い沈黙を経て、服が少々びちゃびちゃになってきたぐらいで、彼が口を開いた。 「どこがいやだったの、おれの、なにが、だめなの」 ぽたぽたと零れ落ちる水が、まるで彼の涙みたいだった。 タオルでそっと撫でるように髪を拭うと、またぽたぽたと零れ落ちていく。 「いそがしくて、なかなか、あえないから」 いやいや、仕事に一生懸命なあなたはとっても素敵です。 「きみの、せいかつを、せいげんして、しまうから」 制限なんて、むしろよっぽどいい生活を送らせてもらっていますよ。 「あむろ、みたいに、あいそが、ないから」 安室さんよりあなたの方が人間らしくて好きだって、何度も何度も言ったのに。 「なにが、どこを、なおせば…」 彼の体が震えているのは、冷たい水のせいじゃないってことくらいとっくに分かっている。 「降谷さん」 「…ぜったいに、別れない」 「ふるやさん」 「いやだ。ぜったいに、いやだ」 「あのね、降谷さんは降谷さんでいいんです」 「…おんなじゃないけど」 「男の人でいいんです」 ぎゅっと彼の冷たい身体に腕を回せば、びくっと大きく震えた後、びっくりするくらい強く、締め上げられてるんじゃないかというくらい彼の腕が私の体に強く巻き付いていた。逃がさないと言うように、彼の全身で覆われて、息が苦しくなるくらいだ。そして私の頭に顔をすりつけた彼が、ゆっくりと息をする。さっきまで息の仕方を忘れていたかのように、吸っては吐いて、吸っては吐いてをくり返す。耳をくすぐる彼の息が、どくどくとうるさかった彼の脈拍が、だんだんと落ち着きを取り戻して行くのがわかった。 「私、お仕事を頑張る降谷さんが好きです」 「なら…」 「だから、別れましょう」 その瞬間、ぶちっと何かが切れたような音が聞こえた気がした。 そう、彼とお付き合いを始めてから気がついたのだが、彼は少々いやとってもプライドが高く、そして普段はとっても優しいがキレるととっても雄弁なのだ。 「…梓さんの突拍子もないところが今だけ死ぬほど憎いです。なんで意味がわからないんだけど、俺に分かるようにちゃんと説明して。じゃないと今から浮気相手のいるであろう部屋に突入して、あなたがよくやる泥棒猫ごっこをリアルでやりますよ。リアルですよリアル。こちとらプロですからね、本気でやりますから。演技じゃないですから。部屋ぶっ壊す勢いでヒステリックにやります。彼女に怪我とかさせたくないならさっさと説明してください。多分加減できないので。俺も女性にそんなことしたくはないんですよ、彼女が！あなたの！浮気相手じゃなければね！！！」 「降谷さん物騒！警察なのに！十分ヒステリック！やめてくださいよ！！だ、大体泥棒猫ごっこって、私は大尉の本妻なんだけど運命的に出会ってしまったハロと関係を持ってしまい、それに気が付いたハロの本妻である降谷さんが私の家まで押しかけてくるっていう設定の…」 「その説明じゃないことは分かってますよね！！！」 どうしよう言い逃れできない。求められている説明は浮気の原因。でも、なんて言えばいいのだろうか。彼の上司から別れてほしいと言われて、私もその理由に納得して、それで実行に移しました。キスは一緒に逃げてきた明美さんと酔っ払った勢いでやってしまいました。どうしよう、言葉にするとちょっと、いやかなり馬鹿っぽい。 「…梓さん？」 …でも、私なりにすごくすごく考えて、すごく悩んで、ここまで来たんだけどなぁ。 結局、ここまで来て上手くできなくて彼を傷つけてしまう。私って本当にだめだ。 「…お見合い、きてるでしょ」 「………お見合い？…はっきり言わせてもらいますけど俺は浮気なんてしてませんからね」 「そうじゃなくて、私とじゃ、ふるやさん、昇進に不利だからって…」 「…誰が、そんなこと」 「お仕事、がんばる、あなたが、…すきなんです」 「…」 「ちょっと、でも…あなたが、ちゃんと、ひょうか、してもらえたらって…」 「…梓さん」 「う、うわきだって…ちゅうだけ、よっぱらっちゃって…しちゃった、だけで…」 「それは聞き捨てならない」 「だ、だから…」 「うん。でももういいよ。…怒鳴ってごめんね」 「わかれ…「ない。絶対に」 ぎゅう、と抱きしめる彼の腕が痛い。 「俺のこと考えてくれたんだね。でも、ごめんね、全然嬉しくない」 「…」 「俺のこと考えてくれるなら、これからもそばにいて、ずっといっしょにいて」 「…」 「昇進したって、梓さんじゃない人の待つ家になんて帰りたくないよ」 「…」 「俺のこと、幸せにできるの、梓さんだけだよ」 子どもみたいに泣きじゃくる私の顔にたくさんの口づけを送る彼がどんな顔をしているか、涙で歪む視界では分からない。でも口付けともに彼の言葉が送られるたびに、その言葉が体の中に染み込んでいってしまう。まるで彼に溺れるみたいに。彼のことしか考えられなくなる前に、彼から離れないといけないなんて、思っていたのに。どうやら、彼はそちらがお望みらしい。 「愛してる」 私だって、本当は彼と一緒に居たいから、それならずっと一緒にいよう。 今度は彼が別れを告げるその時までは。 と、いうようなことを言ったら、あなたのそういうリアリストなところがうんたらかんたらとロマンチック降谷さんに浴槽の中ですっごくすっごく怒られた。 そういえば、と彼の説教を聞きながら思う。 明美さんは、彼と本当にお別れしたのだろうか。 だって、私から見たふたりは、お互いを思い合っていたようだったから。

明美さんが実は生きている設定なのか幽霊設定なのかはあやふやで書きました。恋愛感情はありませんが、梓さんと明美さんがキスをするシーンがあります。また吐きませんがそれを匂わせる表現があります。苦手な方はお控えください。<br />お見合い設定、口調など実際とは異なるかもしれないところがあります。ご了承ください。<br />また勢いに任せて書きたいところだけ描き殴りましたので、内容は薄っぺらいと思います。あと意味不明かもしれません。私が梓さん可愛くてしんどいので、ふる→→→←あずくらいです。梓さんが可愛い、びっくりするほど可愛い、ポアロに通ってずっと梓さんを眺めていたい。にこにこ笑っていてほしい。梓さん幸せになってほしい。

しあわせなんて人それぞれ

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いつだっただろう。 自分が歳をとっていないことに気付いたのは。 生まれてから20年とちょっと。 そこで私の時は止まった。 いや、この世界の時は止まった。 私の勤務先の喫茶店に来る男の子はずっと小学一年生で、仲のいい女子高校生達はずっと女子高校生で。 同様に私もずっと20歳ちょっとの人間になっていた。 『まるで不老不死みたい』 そう思った時もあったが、不思議なもので時が止まっても人は生まれる。 代わりに、とでも言うように毎日沢山の人が事件やら交通事故やらテロやらで死んでいく。 つまり、不老ではあるけれど、不死ではないのだ。 周りの人はこの不思議な現象に気付かない。 誰も気付くことは無い。 皆いつも通りの生活をするだけだ。 ならば。 ならば私もいつも通り生きよう。 この現象を止める方法を知らないし、別に止めようとも思わない。 いつも通り喫茶店で働いて、いつも通り小学生や女子高校生と話して、いつも通り家に帰ってご飯食べて寝る。そしていつも通り次の日を迎える。 それで充分だ。 この町で、米花町で生きるには、それで充分だ。 ＊＊＊ 「今日から此処、ポアロでバイトをすることになりました。安室透です。本業は探偵をしています。よろしくお願いします。えっと…」 「古谷、古谷玲です。ふるたにと書いて『ふるや』と読みます。」 「えっ？」 「え。」 「あ、いや、知り合いの名前に似ていたものですから、驚いてしまいました。お気になさらず。」 「そうですか。よろしくお願いしますね、安室さん。」 やってきた新しいバイトは金髪碧眼に褐色肌、とても綺麗な顔立ちの人だった。 安室さんのような、新しく『いつも通り』に入ってくる人は今までも沢山いた。その人達は決まって3つのタイプに分かれる。 そのまま『いつも通り』に加わるか、犯罪を犯して捕まってすぐにいなくなるか、死んでいなくなるか、だ。圧倒的に多いのは後の2つ。 目の前にいるこの人はどのタイプだろう。 出来れば最初のタイプの人であって欲しい。 知り合った人が死んでしまったり人を殺したりするのはいくら見ても慣れないものだから。 「古谷さん、どうしましたか？僕の顔に何か…？」 「えっ、あぁ。すみません、ただの考え事です。梓ちゃん、私レジしましょうか？それとも安室さんに教えます？」 「はい！玲さんが教えた方がわかりやすいと思うので、私入りますから、お願いします。」 「わかりました。では安室さん、まずは…」 ＊ 「まぁこんなところですかね。何か分からなかった点は有りますか？」 「いいえ、古谷さんの説明が分かりやすかったので。」 安室さんの飲み込みは早かった。 1度教えたことをすぐにやってのける。 ハイスペックだな、この人。 時計を見ればもう3時。 そろそろ彼らがくる頃か。 「では、そろそろ常連さんが来店される頃ですし、私出ますね。安室さんはどうしますか？休憩しても大丈夫ですよ。」 「僕も出ていいですか？」 「はい。安室さん手際いいし、いいですよ。」 ーカランカラン あっ来たようだ。 私は入口の方へ行く。 「いらっしゃいませ。おや、今日は毛利さんも一緒ですか。お久しぶりです。」 「おぉ玲ちゃん！久しぶりだな。」 「こんにちは！玲おねえさん！」 「こんにちは、玲さん。」 やってきたのは毛利さん、蘭ちゃん、コナン君の3人だった。皆さんここの常連で、私にもとても優しくしてくれる。 「ご注文は、いつもので？」 「あぁお願いするよ。」 「コナン君は…今日はオレンジジュースかな？」 「え？う、うん！」 「かしこまりました。少々お待ちください。」 そのまま私は裏へとまわる。 「えぇっと？毛利さんはポアロブレンドで砂糖無し、蘭ちゃんはアイスティーで、コナン君はオレンジジュースっと。」 手際よく注文品を作る。 コナン君って毛利さんとか蘭ちゃんがいる時はオレンジジュースだけど、一人の時はアイスコーヒーなんだ。 まぁ小学一年生が大人の前でアイスコーヒーは気まずいよなぁ。 よし、できた。 「お待たせしました。ポアロブレンド、アイスティー、オレンジジュースです。」 「おぅ、ありがとさん。玲ちゃん、相変わらず細いな。ちゃんと飯食ってるか？」 「はい！毎日沢山食べてますよ。」 「すみませーん、オーダーお願いします。」 「はーい。それでは、ゆっくりしていってくださいね。」 安室さんは…毛利さん達と話している。まぁいいか。さてと、私は自分の仕事に移ろう。 先程注文されたものを作っていく。 と、毛利さん達の声が聞こえてきた。 「何ィ！？弟子にしてくれだと！？」 「どうされました？」 「いやぁ、毛利さんの名推理に自分の未熟さを思い知らされまして、毛利さんに弟子入りしようかと。」 あぁ安室さんって探偵だったっけ。というか、 「名推理ってことは、事件があったんですか…。」 此処で言う事件だと、また誰かが亡くなったんだろうな。そうか…。 「玲おねえさん？」 「あ、すみません。考え事をしてしまいました。」 「だいたい、俺は弟子は取らねぇ主義で…」 「授業料1回につきー…」 安室さんが毛利さんに耳打ちすると、 「採用〜！！」 「「「え。」」」 私、蘭ちゃん、コナン君の目が点になった。安室さんは何を言ったんだろうか。 毛利さんの目がお金になっていた気もするから、余程凄い額が出たのか。 ん？安室さんそんなお金あるのにバイトするんだ。変なものだなぁ。 まぁ毛利さんがいいならいいか。 ＊ 「お疲れ様でした。」 「玲さんお疲れ様でした！」 いつも通りポアロを出て、家に帰る。 「あ、新しいカフェ出来たんだ。どうしようまだ開いてる。…入るか。」 私がポアロで働く理由は沢山ある。そのうちの一つとして、私自身珈琲が好きだからだ。 だから新しい喫茶店とかカフェとかオープンすると入ってしまう。 (この店の珈琲は苦味が深いな。いい味だ。豆は何を使っているんだろう。マンデリンのやつかな。) なんて、ついつい楽しんでしまう。時が止まってから20年近くこの趣味は変わらない。 「あぁ、美味しかった…。ご馳走様でした。」 今日は色んなことがあった日だったな。家に帰る足取りも軽い。 美味しい珈琲に会えたし、新しいバイトさんも来たし、明日が楽しみだ。 「…眠れない。」 今更効き始めるカフェインに後悔する。これはいつもの事だ。 あの時間に珈琲はまずかったかなぁ。 すっかり目が冴えているので、散歩に出よう。 ついでに飲み物も買ってこようかな。ほっとレモンとかいいかもしれない。鞄持ってくか。 この時間は少し心細いけれど、そこら辺を行って帰ってくれば大丈夫だろう。 「はぁ、はぁ、はぁ、」 「ん？」 何か声が聞こえる。 いや、声というよりも吐息だ。聞こえる方向を探す。どうやら路地裏の方から聞こえてくるらしい。 「此処…かな。」 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」 案の定そこには人がいた。少し感じる鉄の匂いが鼻をツンとさす。 怪我人、それも軽いものじゃない。 「っはぁ、はぁ、はぁ、あっちに、行ってください…！」 「え、これを見てどこかへ行くのはちょっと人間性を問われる行為というか…うん。今日は本当に色んなことがあるなぁ。」 「何を言ってるん」 「とりあえず、病院に連れて行っても？」 「それ、は、だめ…。」 「では、私の家に運びます。とりあえず応急処置しなきゃなぁ。鞄鞄…っと。」 「…？」 鞄持ってきておいて良かった。 私は荷物の中にある道具を使って応急処置をする。やっぱり傷が大きいな。大出血ではないけど、これ相当痛いよなぁ。よし、止血完了。 「よっ」 「は！？」 よいしょっと。あ、この人見た目細い割に重い。筋肉ついてるのかな。まぁ、持てないわけではないけどさ。 さて、帰るか。 「ちょ、離し、て」 「抵抗するためだけに体力使わないでください。病院連れて行きますよ？」 「離っ、う…」 あぁもう黙って。私は手刀で彼の首をトンっと叩いた。彼は気を失ったようだ。 「もう。素直が一番ですよ。安室さん。」 そのまま家に運んで怪我の状態を見る。これかなり酷い。病院に早く行ってもらわないと。 ヴーヴー… 聞こえてきた携帯のバイブレーションは私のではない。安室さんのだ。 「安室さん？風見…さんから、電話ですよ。って聞こえてないか。出ていいかな、うん。出よう。」 勝手に人の電話に出ることも人間性を問われる行為に入る気がするけど、細かいことはいいや。 『降谷さん！？今何処に』 「もしもし？」 『…誰ですか。』 「あの、安室さんの知り合いの方ですか？」 『何のことでしょう…』 まぁ警戒しますよね。 「あぁ知り合いの方ですね。安室さん怪我してるんです。応急処置はしたつもりですが、流石に病院で看てもらわないとまずいかも知れません。住所を教えますから、来ていただけないでしょか。」 『…今から向かいます。』 「良かった。えっと、住所は…」 暫くしてからインターホンがなった。扉を開ければ三白眼の眼鏡をかけた男性がいた。 この人が風見さん…か。目元に大きなクマがあるし、多分何日か寝てないんだろう。 安室さんを抱えて風見さんに渡す。その様子を見て、風見さんが驚いているように見えるけど、放っておく。 「はい、安室さんです。傷が多く、深い傷から出血もあったようなので、早めに手当を。」 「は、はい。ありがとうございます。あの…すみませんが、貴方も同行して下さい。聞きたいこともありますし…。」 「？大丈夫ですよ。」 そのまま風見さんの車に乗って病院に着いたはいいものの、安室さんが手当されている間、沈黙が続く。まぁ、ちゃんとしてお互い名前も知らないわけだしなぁ。 「えっと、すみません。何か気の利いたことも話せなくて。」 「いえ、大丈夫ですよ。えっと…風見さんであってますか？」 「あぁ、はい。風見裕也と言います。あなたは？」 「古谷玲です。」 「えっ」 「え？」 「あっいや、知人の名前に似ていたので、驚いてしまいました…お気になさらず。」 「ふっふふふ。」 「…？どうされました？」 「すみません、その言い方が安室さんそっくりで、デジャブかと思いました。っふふ。」 「…そう…なんですか。なんだか複雑な気分です。ところで、何故安室さんを見つけた時について、詳しくお聞きしてもいいですか。」 「はい。今日たまたま夜の散歩に出ていたら、路地裏から声が聞こえて、行ってみると安室さんがいました。怪我をされているようだったので、応急処置をしてから家に運びました。えっと、家に運んだのは、安室さんが病院に行きたくないと言っていたからです。彼は駄々っ子なのかと一瞬思いました。」 「んんｗｗっ失礼。」 「何笑ってるんだ、風見。」 「！？」 「あっ安室さん。お目覚めですか？体調の程はどうですか、もっと休んだ方がいいのでは？ていうかなんでもう歩いてるんですか。」 「古谷さん…。ありがとうございました、おかげで助かりました。少しお話があります。場所を移動しても？」 「問題ありません。」 「では。風見は此処で待っていろ。」 「はい。」 そう言われ連れてこられたのは6畳程の小さな部屋だった。部屋の中にあるのは、椅子、机、ベッドだけだった。 「なんだか取り調べのようですね。あぁでもベッドは無いか。」 思った事をそのまま口に出せば、安室さんは少し驚いたようだったが、すぐに冷たい表情にした。バイト中の顔とは全然違うけれど、こちらの方が何だかしっくりくる。 「それでは、今から聞くことに答えてください。」 「はい。」 「まず、どうしてあの時間に外出していたのですか？」 「仕事帰りに新しいカフェに行って珈琲を飲んだら夜遅くにカフェインが効いてしまい、目が冴えて仕方がなかったので、散歩に出かけていました。」 「僕を連れていった理由は？」 「貴方が病院嫌だと言うから！本当はあの後風見さんから電話が来ていなければ、安室さんが気を失っているうちに連れていきましたけど。」 「…何故僕を助けたのですか？」 「今まで何度も人が死ぬのを見てきました。それは何度見ても慣れないんです。だから、まだ助かるかもしれない人は助けます。絶対に。」 「そうですか…。」 安室さんはなにか考え込んでいる。また真剣な顔だ。本当の安室さんは誰なんだろうか。 「安室さん、こちらから質問しても？」 「答えられる範囲なら。」 「では、2つだけ質問を。本当の貴方は誰ですか？ふるやさん？安室さん？それとも路地裏にいた人ですか？」 「っ！？」 安室さんはすぐさま警戒を見せる。いや、警戒してほしいわけじゃないのだけれど…。 「あぁやっぱりいいです。何となく分かりました。いやぁ一瞬安室さんって解離性同一性障害かなって思ったんですよ。でもなんか違うので、区別は出来てるんですよね。大方警察の人かな、此処警察病院ですし。」 あ、安室さんの凄く驚いてる。驚く顔も整ってるなぁこの人。 「…もう一つの質問は？」 「珈琲は好きですか？」 「は？」 「だから、珈琲は好きですか？」 「え、えぇ。嫌いでは無いですね。」 「okです。それだけは聞いておきたかったんですよね。」 珈琲嫌いな人がポアロで働いているとしたらめっちゃ気まずいしね。 安室さんは依然、唖然としている。 「貴方は一体…」 「私は…ただの喫茶店店員です。」 「…。」 「あ、追加でもう一つ。これ私帰れますかね。」 「…はい。本当は今聞きたいことが増えたんですが、今日は大丈夫です。送っていきます。」 お言葉に甘えて、安室さんに送ってもらう。 車の中で気まずいかなと思っていたけれど、割と早めに安室さんから話しかけてきた。 「古谷さんってお幾つなんですか？」 「女性に年齢を聞きますか、安室さんはなかなか度胸がありますね。まぁ私は気にしませんが。一応25歳のはずです。」 「…一応、というのは？」 「そのままの意味ですね。安室さんはお幾つですか？」 「僕は29歳です。」 「わぁお、若いですね。あ、でも見た目よりは結構いってますね。」 「若いですねって…古谷さんの方が年下じゃないですか。」 「それもまた、一応ですよ。」 「…？そうですか。ただ古谷さんは見た目と中身が一致してないように感じます。大人びている、というか。」 「ふふふっ、いい線行ってますよ。安室さん、バイト初日に危ないことしないでくださいよ？新しいバイトが早々に死んじゃったら、とても悲しいです。あ、そこ左です。」 「…善処します。」 「あと、私の名前が呼ばれる度にちょっと力入ってますね。バレちゃいますよ。もっと気を引き締めてください？」 「！？…本当に貴方は何者なんですか、はぁ。」 「そのコンビニ前で大丈夫です。ありがとうございました。安室さん明日シフト入ってますよね、では明日会いましょう。」 「古谷さん、今日のことは誰にも」 「はい。誰にも言いませんよ。それではおやすみなさい。ポアロのバイトの安室さん。」 「はい。おやすみなさい。気を付けて。」 ＊ 「ただいまー。っと、疲れたぁー…。結局安室さんってなんなんだろう。なんでポアロでバイトなんかしてるんだろうかなぁ…。それ聞いておけば良かったかな…？」 本当に今日は色々なことがあった。明日は普通の日だろうか。いや、明日の安室さんはどんな感じなんだろう。なんだか明日が楽しみになってきた。 カフェインもどこかに飛んでいったようで、眠気がふわりと近付いて来たようだ。 「ふぁぁ…おやすみ、なさい…。」 ＊＊＊ 『古谷玲 東都大学医学部卒 その後喫茶店の店員として働く。 父母共に本人が20歳の頃他界。』 「これが、古谷玲の調査です。資料を見る限りらただの一般人かと…。」 部下の風見が資料を渡しながら言う。分かっている、分かっているからこそ分からないんだ。何故彼女はあんなに冷静でいられる？普通混乱するだろう。 一応、という言葉も気になるし…。何か、彼女には何かあるはずなんだ。 「風見、今後古谷玲を尾行しろ。何かおかしな点があればすぐに報告してくれ。」 「了解。」 古谷玲、必ず秘密を暴いてやる。

あてんそん<br /><br />・これは夢小説です。<br />・夢主は女性、名前もあります。<br />・キャラ崩壊は日常茶飯事<br />・ただの思いつきなので話が甘いです。<br />・ご都合主義、深くは考えないで下さい。<br />・読後の批判はお断りします。<br />・誤字脱字についてはご指摘頂ければ修正します。遅れるのが殆どですが…。<br /><br />それでもいいよ！っていう方はお進み下さい。<br /><br />ーー追記ーー<br /><br />夢主の名前はふるやれいとなっています。<br /><br />ーーーーーー<br /><br />8月17日付けデイリーランキング34位／女子に人気ランキング37位<br /><br />にお邪魔させていただきました。<br />沢山のﾌﾞｸﾏありがとうございます！！<br /><br />なんかメール来ててまじびっくりしました。凄いね、あんな通知来るんだね。わし初めて知った。

ループに気付くポアロ店員はいつも通りの生活に満足している。

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注意！ 　・黒子のバスケと刀剣乱舞のクロスオーバー 　・黒バスキャラである灰崎くんが逆行している特殊設定 　・灰崎くんが物凄く善人だとひたすら勘違いされます 　・灰崎くんはゲスです。（※最重要） 　・名前ありのオリジナルキャラクターが登場します 　・刀剣男士の過去・心情を妄想・捏造しています 　・９割がシリアス成分で出来ていますが、この話は間違いなくギャグ…ギャグ……？ 　・この話の灰崎くんの恋愛フラグ畑はペンペン草も生えないレベルで焼け野原です。灰崎くんが愛されている話ですがＣＰ要素はありません 　審神者や仲間たち以外にチョロい刀剣男士は見たくない！という方は撤退をおすすめします。何でもイケるぜ！という猛者は装備を整えていざ出陣！ [newpage][chapter:灰崎祥吾と灰崎祐吾] （※灰崎兄＝灰崎祐吾としています） 　灰崎祐吾にとって、祥吾はよく出来た弟だった。 　聞き分けはいいし我儘も言わない。小学一年生ながらリーダーシップを発揮しているようでいつも人の中心にいるし、成績も愛想もよくて学校の先生にも近所の大人にも良い子だと評判だ。 　祐吾にとっても大切で、可愛い弟だった。 　だから夏休みに母に連れられて訪れた科学博物館で、弟が目を惹かれていた小さな化石を自分の小遣いで買ってやろうと思ったのだ。 　巨大な恐竜の骨や模型よりも、弟の視線を奪った小さな石。土産物コーナーに並んでいた、子供の手のひらにだって収まる三葉虫の化石。 　そんな小さな石でも子供の小遣いにとってはかなりの値段だったが、普段我儘を言わない弟が足を止めてまじまじと見つめていたその化石を手に入れる事に躊躇いはなかった。弟はきっと欲しいなんて言わないだろうから、自分が与えてやるのだと思っていたのだ。 　だから科学博物館をひとしきり見学し、母が近くに別の博物館もあるからそっちにも行ってみようと言って科学博物館を出てしばらく歩いてから、祐吾は得意げに三葉虫の化石を差し出した。ありがとう、嬉しいと。祥吾が笑ってくれればそれでよかった。 　…けれども。 「い、いらない…っ」 　引き攣った表情で、弟は祐吾の差し出した化石を拒絶した。その拒絶に、母も祐吾も目を丸くした。 「遠慮しなくていいんだぞ？」 「いらない！」 「お前コレ見てたじゃん」 「見てたけど！欲しかった訳じゃねえし！」 「…もう返すのも出来ないんだからやるって、ホラ」 「いらねえってば！！」 　普段、本当に我儘を言わない弟の頑なな拒絶に、訝しむよりも先に祐吾はかっとなった。 　せっかく小遣いを注ぎ込んだのに。喜んでくれると思ったのに。 　哀しくて悔しくて、無性に惨めな気持ちになって、化石を掴んでいたのとは逆の手で握っていた、弟の小さな手を振り払った。 「そうかよ、もういい！」 　母が行こうと言っていた博物館はもう目の前だった。可愛くない弟などもう知った事かとそっちに向かって走った。にいちゃん、と背後で自分を呼ぶ声がしても振り返らなかった。 　…と言っても、入場料はただではない。結局少しの距離を駆けてから、博物館の入り口で祐吾は母と弟の到着を待つしかない。苦笑した母が先に追いついてきて、祥吾の事だからきっと理由があるのよ、と小声で囁いた。 　そんな事は分かっている。祥吾は食べ物だって人間だって、単純な好き嫌いで遠ざけたりしない。だから祐吾が差し出した化石をあんな風に拒絶したのだって何か理由があるに決まっているのだ。 　それでも自分の好意が拒絶されてしまったのは事実で、理由があるはずだと分かっていてもすぐに納得できるほど祐吾は大人ではなかった。ぐずぐずと拗ねる祐吾を母が穏やかに宥め、ちゃんとあの子に話を聞きましょうという言葉にようやく頷いた時には───祐吾の大切な弟の姿は既に消えていた。 「…祥吾？　…祥吾、どこだ、祥吾！」 　辺りを見回す。夏休みの最中とは言え、先に科学博物館を見てきた事で一番混む時間は避けていたのだろう。博物館の周りに人はまばらだ。けれど弟の姿はどこにもない。祐吾と母の顔から同時に血の気が引いた。 　灰崎祥吾はよく出来た子供だった。聞き分けはいいし我儘も言わない。あの子が自分たちに何も言わず、傍を離れる事など有り得ないという確信が二人にはあった。 　…四か月前に誘拐され、何の手掛かりも見つからずに諦めかけていた一週間後にひょっこりと戻ってきた祥吾が、そんな軽率な真似をする訳がないと二人は知っていた。 ＊＊＊ 　母は取り乱しながらもすぐに博物館の受付に子供がいなくなったのだと連絡した。 　祐吾は周囲を探しに行きたかったが、弟よりいくつも年上だとは言っても祐吾も小学生であり、万一の事を考えてしまったのか母は一人で行く事を許さなかった。 　じりじりとした気分で何度も繰り返される迷子のアナウンスを聞く。弟は現れない。母は博物館の監視カメラを確認してほしいと頼んでいたが、渋る職員を見て祐吾は拳を握った。 　博物館の人間は、子供が母親の目を盗んで博物館に入り込んでしまったとでも思っているのかもしれないが、祥吾はそんな子供ではない。もし博物館の中に入っているのだとしたらそれは祥吾の意思では有り得ないのだ。 　そう母がいくら訴えても、博物館の職員は宥めるばかりで母と祐吾の危惧を真剣に受け取ってくれなかった。弟がどれだけ聞き分けが良く思慮深い子供なのか説明しても家族の贔屓目だろうと思われている事は祐吾にも分かった。 　そして、母はとうとう警察に連絡した。祥吾が以前誘拐された時に捜査にあたり、何かあれば連絡してほしいと言っていた刑事にだ。その刑事は、祥吾の誘拐時の状況があまりに不可解だとずっと気にしてくれていたようで、母からの連絡にもすぐに駆けつけてくれた。 　警察の要請に、これは只事ではないとようやく認識してくれた博物館側も建物周辺の監視カメラの確認に応じてくれたのだが。 「…どういう事だ…？」 　刑事が、困惑をありありと滲ませながら呟いた。博物館の正面入り口の監視カメラは、走ってくる祐吾と母、少し離れた所に祥吾の姿を捉えていた。 　母が祐吾に追いつき何かを話している間、傍にやってきた祥吾はしばらく息を整えているようだったが、ふと建物の方向に視線をやり───次の瞬間、その姿が消えたのだ。最初からそこには誰もいなかったかのように。 　刑事は内部の人間が監視カメラに細工をしたと判断したようだが、祐吾は体の震えが止まらなかった。蒼白な顔で自分を抱きしめている母に訴える。 「母さん、どうしよう、祥吾が連れていかれた、どうしよう…」 　言い募る間に涙が滲んだ。いよいよ強く抱きしめてくれた母や、厳しい表情の刑事は、四か月前に祥吾を誘拐した犯人はまだ見つかっていないと思っているが、祐吾は漠然と理解していた。 　きっと犯人など見つからないと、人間が見つけられるような犯人ではないのだと。 　だって、誘拐されて戻ってきた弟は明らかにおかしかった。 　戻ってきた当初は２～３日に一度、一人にした時に防犯ブザーを鳴らす事があった。母はそれを誘拐時の恐ろしい思いを思い出したからだと言っていたが、祐吾が見る限り、その時の祥吾は怯えてはいなかった。あれはむしろ怒っていたと思う。 　小学校からの帰り道、祐吾がしっかりと祥吾の手を握り帰る途中も、祥吾は周囲を警戒するようにきょろきょろと見回していた。…とうてい普通の人間が潜めるとは思わない高いの樹の上などを、特に睨むようにして。 　そしてこれが極め付けだ。祥吾が誘拐された日、小学校の昼休みに、祥吾はグラウンドにいた。祐吾もクラスメイトとサッカーをするためにグラウンドにいたのだが、間の悪い事に祐吾のクラスメイトの蹴ったサッカーボールが明後日の方向に飛んで行き、祥吾にぶち当たったのだ。 　祥吾は直前に飛んでくるボールに気付いて腕で頭を庇ったが、祥吾は小学校の最下級生の一年生で、祐吾は最上級生の六年生だ。つまりボールを蹴った祐吾のクラスメイトも同じ年であり、この時期の５つの差は大きすぎた。 　祥吾の小さな体は弾き飛ばされ、頭を庇った腕に痛々しい痣と、脚にいくらかの擦り傷が出来ていた。本人は痛いと一度言ったきり泣き喚くでもなく、逆にうろたえる友人や祐吾のクラスメイトを宥めさえしたのが、今はそれはいい。問題はその日の夕方に行方不明になった祥吾が、一週間後に戻ってきた時だ。 　戻ってきた祥吾に事情を聴いた刑事から、行方不明になった日に学校でサッカーボールをぶつけられて腕に痣をつくったと本人が言っているが本当か、と、確認されるまで、祐吾はそんな事は忘れていたのだ。 　問われてすぐに思い出して、本当だと祐吾は頷いた。刑事はほっとしていたようだった。…後から思えば、あれは祥吾の腕の痣が、誘拐犯による暴力によるものなのではないかと疑われていたのだろう。 　腕の痣と、足の擦り傷。それを考えなければ、祥吾はまったくの無傷で戻ってきた。喜ばしい事だ。けれどようやく面会が叶った祥吾の腕に痣を、足に擦り傷を見つけた時、祐吾は心底ぞっとした。 　活発に外を駆け回る子供であった祐吾はしょっちゅう怪我もしていたから、どの程度の怪我がどのくらいの期間で治るのか感覚で理解している。祥吾が行方不明になったその日に負った打ち身の痣も擦り傷も、大体一週間ていどで治るものだと見ていた。 　一週間行方不明になっていた弟、一週間で治るはずの傷。けれどその痣も傷も、───治っていなかった。 　痣は少し薄くなり、擦り傷もかさぶたになってはいたが、明らかに治りが遅かった。一週間の間に新しい怪我でもしたのかと最初は思ったが、見れば見るほどそうではないという思いが強まった。 　腕の痣はサッカーボールが当たったのとそっくり同じ位置だ。足を新しく擦りむいたにしては古い傷が見当たらない。ならば答えはひとつだろう。 　一週間行方不明になっていた弟は、その間の事を何も覚えていないという弟の体は、…一週間の時を、過ごしていなかったのだ。 　弟は時間の流れが違う場所に連れていかれた。そんな所に連れていけるような存在は人間ではないと、祐吾は思った。 　祥吾が戻り一週間、二週間が経ち、一向に犯人の手掛かりも見つからずにある時刑事がぽつりと呟いた言葉を、祐吾はおぞましいほど鮮明に覚えている。 「…これではまるで、神隠しだ」 　…祥吾が見つかったのは、それから二時間後だった。博物館の職員のＩＤカードがなければ入れない、幼い子供が好奇心や悪戯心で間違っても忍び込めるような場所ではない、博物館の奥の奥。そこに祥吾はいたという。 　疲れ切ったような表情で保護された我が子を見た瞬間、母は泣きじゃくりながら弟を抱きしめた。祐吾もだらりと脱力した弟の手のひらを握りしめて泣いた。 　この手を離さなければよかった。祥吾にせっかく買った化石を無下にされたからと言って、怒って離すべきではなかったのだ。自分が離してしまったから弟は連れていかれてしまったのだと祐吾は泣いて、戻ってきてくれた弟に感謝した。 　握りしめた祥吾の指が、もぞりと動く。母に抱きこまれた祥吾が、腕の合間から祐吾を見ていた。 「…にいちゃん」 「な、なに…っ」 「化石、三葉虫の化石。…あれやっぱちょーだい」 　疲れ切った表情で祥吾はそう言った。祐吾はひゅっと息を呑む。弟の小さな手が、また消えてしまいやしないかと縋るように握りしめた。 （…もしかして） 　化石をいらないと言ったのは、わざとだったのではないだろうか。今思い出せば、祥吾は朝から少し憂鬱そうだった。暑いから夏バテ気味なのだろうと思っていたが、もしそうではなかったのだとしたら。 　あの時から、自分を連れていこうとする存在に気付いていて、自分と手を繋ぐ兄が巻き添えになる可能性を危惧していたのだとしたら。化石を要らないと言って祐吾を怒らせ、その手を離させようとしたのではないか。弟は、自分を守ろうとしたのではないか。 　もし、もしもそうなのだとしたら。そうなのだとしたって。 「…離すもんか」 　祐吾は俯いて、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。 　この手を二度と離さない。自分の弟は、誰にも連れて行かせない。 「妖怪だって、バケモノだって、神様に、だって。俺の弟を渡すもんか…っ」 　それが、灰崎祐吾の誓いになる。 ＊＊＊ 　ある子供が博物館の周辺で行方不明になり数時間後に発見された場所は、その国立の博物館において国宝も多く安置された保管庫だった。 　言うまでもなく警備は厳重で、職員の中でも近付ける人間はごく少数に限られる。ならば幼子を連れ込んだ犯人もすぐに絞り込めるはずだと警察は意気込んだが、可能性のある職員の写真を見せられた被害者の子供は、その全てに首を横に振った。あまつさえ、母親に被害届を取り下げようと言ったのだ。何もなかった事にして帰ろう、犯人は見つからないからと。 　ある刑事は、犯人に何も言うなと脅されているなら心配しなくていい、本当の事を言ってほしいと説得したが、子供は首を横に振るばかり。本当に博物館の職員ではないのだと、彼らを疑うのはやめてくれと、怯えもせず、誤魔化すような態度も取らずに言い切った。 　ある刑事は、ならばと尋ねた。なら、…君は誰にあそこへ連れて行かれたのか、と。 　子供は僅かに言いよどみ、嘆息し、疲れ切ったように遠い目をして、そして言った。 「…人間じゃなかったよ」 [newpage][chapter:灰崎祥吾とある本霊] 　夏である。学生にとっては夏休みである。現在三度目の小学生生活を送っている灰崎も夏休の真っ最中である。 　だからと言って別にはしゃぐ事もない。外見年齢が七歳とは言っても、灰崎の精神年齢は三十を超えている。高一の冬より先にいけないのだから社会人経験がある訳でもなし、精神が成熟しているとは言い難いが、それでも無邪気な子供でない事は確かだ。 　一周目の人生ではプールだ虫取りだ秘密基地だと遊び回っていたような気もするが、今はそんな精神的な若さがない。あと、灰崎が普段とは違う場所に行こうとすると、護衛についてくる刀剣男士がはしゃいで面倒くさいのだ。本気で可能な限り家でゴロゴロして過ごしたい。 「よし祥吾、行くぞ！」 　しかしいつもの事ながら、話はそう上手くいかない訳で。 　自分の手をしっかり握って笑いかけてくる兄に、灰崎は神妙に頷いた。 　今日は母と兄と灰崎とで、科学博物館の見学に行くのである。夏休みのこどもに向けた特別展示があるのだ。展示内容だって知っている。一周目でも二周目でも行ったのだから。 （だからって、じゃあオレ行かねーとも言えねえんだよなあ…） 　それはこの周回プレイが始まる前の灰崎が、普通に家にいるより外で遊びたいと騒ぐ悪ガキだった事と、灰崎祥吾を襲った現代の神隠し事件のせいだ。 　やんちゃな悪ガキが、誘拐されて戻ってきたらあまり外に行きたがらずに家で大人しくしている。それを家族はどう思うか。普通に、外を怖がっていると思うだろう。学校で元気よく過ごしているのも無理をしているのではないかと心配するだろう。それが分かっても、払拭する手立てが灰崎にはない。 （オレが元気に出歩いてたら、それはそれで問題だしなー） 　客観的に見れば灰崎は誘拐の被害児童であり、しかも誘拐犯はまだ捕まっていないのだ。無差別な児童誘拐か、灰崎個人を狙ったものかさえ分かっていない。 　灰崎の家族のみならず、近隣地域の子供を持つ親はぴりぴりとしているし、子供だけで遊びになどいかせない。そこを灰崎がホイホイと一人で出歩いていたら母親の危機管理意識が疑われるだろう。 　……誘拐犯の正体を知っている灰崎からすれば、普通に面倒くさいし、周囲にかかる警戒の手間と心労がめちゃくちゃ申し訳ない。 （でも誘拐犯は２００年後の政府所属の刀の付喪神で無差別児童誘拐じゃなくてターゲットはオレだけでオレにとっちゃ有害だけど危険はないって言ったら言ったで問題だろ…） 　問題しかない。恐怖で狂ったと思われるか、犯人にそう言えと洗脳されたと思われる未来しか見えない。 　それでも、誘拐事件からまだ四ヶ月だ。ここは時間が解決してくれるのを待つしかない。何年か経てば、灰崎が本当にトラウマなど抱えていないと分かってもらえるだろう。改めてそう考えて、灰崎ははりきって自分の手を引いて歩く兄と、母親の元まで駆けていった。 　────ところが、である。 　子供向けの展示のあった科学博物館を出て、時間が余ったからと近くにある別の博物館に向かっている最中。 　気付いた時には、灰崎は謎の空間にいた。 「…は、……は？」 　慌てて辺りを見回す。先程まで、アスファルトで舗装された博物館の手前にいたはずだ。しかしぐるりと見回しても何もない、本当に何もない。暗くはないが、明るくもない。光源がどこかも分からない。狭くはない、壁もない、けれどとんでもなく広いとも感じなかった。 「……くりからー！まんばー！はちすかー！！」 　明らかな異常事態と判断して、灰崎はすぐさま護衛部隊の名前を呼んだ。叫ぶ声は反響しない。ふっと、どこかで音が途切れる境目があるようだった。そして、どこからか返事が返ってくる事もない。 「……」 　灰崎の護衛にと組まれている部隊は六振り編成。中でも、灰崎が指名して護衛部隊の中の固定とした三振りは生真面目だ。呼んで、反応しないはずがない。 「大倶利伽羅、山姥切国広、蜂須賀虎徹…」 　呼んで、反応しないはずがない。彼らが灰崎を捕捉できてさえいるのなら。 （やばい、マジで歴史遡行軍の襲撃ってやつか？） 　話に聞いたり資料を見せられたりした戦場の様子とはまったく違うが、こういった事もあるのかもしれない。灰崎はごくりと喉を鳴らし、背負っているリュックに吊り下げた防犯ブザー、普段つけているランドセルから付け替えてきたそれをそろりと握る。 「…膝丸…髭切……」 　今回初めて護衛部隊に入った二振りの名前も呼んでみる。あの二人は現在顕現が確認されている刀剣の中でも古い刀だと聞いている。その分、付喪神としての力も強いと言っていた。その力の強さでこの謎の空間をどうにかできるのかは分からないが。…返事はない。 「……みかづき、」 　ぐっと、灰崎は拳を握りしめる。 「三日月、宗近！！」 　返事は───、 「おお、何だ、童や」 　───あった。 「！？！？！？！？」 　灰崎が飛び上がって驚いた拍子に、強く握っていた防犯ブザーが反応しけたたましい音を上げた。飛び退るようにして振り返った先で、心底びっくりしたというような顔をした三日月宗近が立っている。 　灰崎は、瞬時に身を硬くした。三日月宗近を呼んで三日月宗近が現れたのだから、安心して駆け寄ってもよかったはずだ。それでも違う、と思ってしまった。 　衣装も姿形も手にしている刀剣もそっくりそのまま同じだが、それでもこの三日月宗近は、灰崎の知る三日月宗近ではない。存在感、というのだろうか。灰崎の知る三日月宗近だってどこにいたって存在を主張してくるというのに、目の前のそれは更にだ。存在の、密度が違う。 　灰崎は、唐突にピンと来た。灰崎は九六五本丸しか知らないが、現在稼働中の本丸は膨大らしい。そしてそれらの本丸には全て刀剣男士がいる。刀剣の付喪神、その本体から分かれた分身が。 　灰崎の事を知らないならこの三日月宗近は九六五本丸所属ではない。平成の時代で活動している部隊は他にないと聞いたから、他の本丸所属の三日月宗近でもないだろう。何よりこの存在の密度、存在感の、その重さ。きっとこれは三日月宗近の本体、本霊というやつだ。 　この謎の空間に存在するのは灰崎とこの本霊だけ。ならば灰崎をここに連れ込んだのも三日月宗近の本霊なのか。 　思わず、じり、と後ずさる。 　しかし、三日月宗近は灰崎の警戒など気にもならないというように無造作に歩み寄ってくる。その視線は、今もけたたましく警戒音を鳴らす防犯ブザーに固定されていた。 「それは、そういう生物か？　それとも絡繰か？」 　興味津々といった声で問われ、伸ばされた長い指に、灰崎は思わず握りしめていた防犯ブザーから手を離した。紐でリュックの肩ひもに結ばれているからそのままでも地面に落ちる事はなかっただろうが、三日月宗近は「おや」と呟いて咄嗟に灰崎の手から滑り落ちた防犯ブザーを掴み取り、そして。 　バキャッ 　力加減を誤ったのか、防犯ブザーを握り潰した。 ＊＊＊ 「……」 　灰崎は三日月宗近に抱き上げられていた。両脇の下に手を差し入れられ、目の高さまで持ち上げられた上で矯めつ眇めつされている。 　これが九六五本丸の三日月宗近が相手であれば、灰崎だってめちゃくちゃに、それこそ抱っこを嫌がる猫のように抵抗するのだが、本霊の三日月宗近相手では借りてきた猫になるしかない。じたばた暴れて、またうっかり力加減を間違えて灰崎本人もメキョッとされる訳にはいかないのだ。 　四月の神隠し事件の後、何度も九六五本丸の三日月宗近を撃退してくれた灰崎の相棒である防犯ブザーの尊い犠牲を忘れない。 　…まあ、握り潰した直後、「ヤッベ」という顔をした三日月宗近が何やら両手に不思議パワーを込めてギュッギュッしたら、砕けたプラスチックは罅はそのままながらくっついたので、どうにか防犯ブザーの形を保っているし、ちゃんと音もするのだけれども。 　防犯ブザーが防犯ブザーとしては無事だった所で、生身の人間である灰崎が握り潰されても不思議パワーで復活できる気はまったくしないので恐怖が消える事はない。警戒続行である。 「…ふむ、ふむ」 　そこで、しばらく灰崎を観察していた三日月宗近がそんな声を漏らした。 「やはり、そなたには俺をはじめとして、複数の付喪神の加護がついているようだ」 「加護…」 「ああ、そなたが健やかであるよう、災いが降りかからぬよう、幸福であるようにと。…しかし、俺はそなたを知らぬし現代の人間に加護を与えた覚えもない」 　今のこの状況が災いであるし不幸だし精神に異常をきたしそうな件について。 　時空ゲートにも影響を与えるらしい灰崎の体質のせいで加護が呪いに変質している可能性を疑うべきである。 「他の者も与えた覚えのない加護を気にしていたからなあ、俺が代表として来たのだ」 「ほ、他の者？」 「ああ、この博物館に所蔵されている刀剣たちだ。そうさな、そなたに加護を与えているもので言えば俺に、厚藤四郎、鳴狐…」 　つらつらと、覚えのある名前が続けられる。確かにその刀剣男士は本丸にいる。灰崎とも接触がある。…彼らが揃いも揃って灰崎に加護を与えているとは知らなかったが。 （むしろこっちの博物館に刀剣の本体があるってのも知らねえんだけど！？　教えとけよ！！　知ってたら絶対近付かなかったっつーの！！！） 　つまり、話はこうだ。刀剣男士たちが灰崎に加護を与えた。それは現代においては二百年後の事である。当然今現在の本霊たちが知る訳もない。それなのに確かに自分たちの加護を与えられた子供がいて、本体のある博物館に近付いてくる。丁度いいから謎空間に閉じ込めて話聞いてみようぜ！！　…惨い。 「しかし、上手く引き込めてよかったよかった。そなたはずっと別の子供と手を繋いでいたからなあ」 「別のこども…兄ちゃん？」 「うむ、兄なのか？　そなたはまだ七つを越えていないようだが、兄はそうではないだろう？七つまでなら神の子として俺の神域に引き入れても影響は少なくすむが、他はそうではないからな」 （兄ちゃんここに連れてこられてたら何が起きたんだよコエーよ…手ェ離しといてよかった…） 「だから様子を見ていたが、諦めようと思った時に都合よくそなたと兄が離れたからな。他の者たちにも協力してもらってそなただけを引きこめたのだ」 （手ェ離すんじゃなかったああああああああああああああ！！！！） 　瞬間的に前言を撤回し、灰崎は思わず泣いた。 [newpage]　ああ、あそこで、兄が買ってしまった三葉虫の化石を拒否すべきではなかったのだ。 　間に帝光中学の入学式からやり直した三周目の記憶を挟んでしまったから忘れていたが、灰崎が二周目で緑間にラッキーアイテムとして渡した三葉虫の化石はこの日に買ったものだったのである。 　それを思い出して化石をまじまじと眺めている内に、二周目で緑間が灰崎に懐いたきっかけは、そういえばコレだったのではと思い至ったのだ。今回も全力でキセキの世代と距離を置くつもりだが、何がきっかけになるか分からない。少なくとも、この化石が手元になければ自分が緑間に渡す事もないだろうと、今回の灰崎は化石を買わずに店を出た。 　……ところがそれを兄が買っていて、それどころか灰崎にくれようとしたのである。「嘘だろ二周目世界の歴史の修正力まさか今働いてんの！？」と驚きすぎて思わず強く拒否してしまったが、それで兄の怒りを買って手が離れ、結果こんな所に引きずり込まれるなど想像できる訳がない。 　茫然と泣く灰崎を、三日月宗近は相変わらずじっと見つめている。魂の奥底まで見通さんと凝らした眼は、しかし望むものを捉える事はなかった。幼い人の子の魂を覆い隠すように、加護の輝きが強すぎる。 　二百年の年月の重みが足りぬとはいえ、この三日月宗近は本霊だ。その力は幾振りも分かたれた分霊の刀剣男士より当然強い。 　しかしそれすら覆すほどの数で、密度で。幾重にも、丹念に、加護が重ねあわされていた。 　健やかであれ、 　涙を払え、 　災いを遠ざけよ、 　安らかであれ、 　幸福であれ、 　絶望よ消え失せろ。 　それは願いだった、それは祈りだった、それは、…いっそ悲鳴の、ような。 　三日月宗近のものがある、石切丸、鶴丸国永、一期一振、骨喰藤四郎…現存していないはずの今剣の気配さえも感じ取れた。 　三日月宗近は考える。自分が与えた覚えのない加護を持つ幼子。紛い物の加護か、因果を捻じ曲げて加護の簒奪をしでかした輩が現れたのかと警戒したが、ここまで間近で観察すれば間違えようもない。これは紛い物などではなく、間違いなくこの幼子に与えられた加護であると。 　そしてここまで温かな加護で幾重にも包まれているというのに、それでも抑えきれぬというように滲みでてくる絶望がある。 　絶望と、怒りと、恐怖と、…恋しさは引き離してしまった兄を思ってか。声もなくぼろぼろと涙を落として泣く幼子の、その小さな体に収まりきれぬほどの負の感情。 　一体、この幼子に何があったのか。刀剣の付喪神たちがこぞって加護を与えようとするほどの、どんな理不尽がこの子に襲いかかったのか。それを思うと、三日月宗近の胸も重くなるようだった。 　…まさに今現在、マジモンの神隠しに遭うという理不尽に絶望している灰崎は、そんな三日月宗近に気付かない。相変わらず我慢の効かない子供の涙腺をどうにかしようとする気力もなく、三日月宗近に抱えられたままぐったりして泣いていた。いろんな意味で可哀相な空間である。 「…童よ、そなたが悪いものでない事は分かった。すまない事をしてしまったな」 （えっ、特に何のやり取りもしてなくねえ？　オレ何を分かられたの？　マジで自慢じゃねえけどこの世界でオレのこと分かってんのたぶん花宮誠しかいねえぞ…） 　なお、その世界で唯一の理解者は灰崎の天敵である。世知辛いったらない。 「だから、一つだけ聞かせてくれるか。俺とそなたは、どこで出会った？」 　三日月宗近に問われ、灰崎はぱちりと瞬いた。 　その拍子にほろほろと眦に留まっていた涙が零れ落ち、いよいよ子供の哀れさを強調していたが、やはり灰崎は気付かない。瞬きを繰り返しながら投げかけられた問いの意味を咀嚼し、ふと思い至る。 （あれっ、これって馬鹿正直に答えていいやつ？） 　タイムパラドックスなどはどうなっているのだろうか。遠征や出陣先で現地の人間と接触する事も時折あるとは聞いた事があるが、それが問題ないとしても付喪神の本霊もそうなのだろうか。この後どうにか上手く解放してもらったとして、二百年後のあらゆる本丸の三日月宗近に、灰崎の記憶が突然生えてきたりはしないのか？ （え、ええ…こうやって捕まってる時点で手遅れな気もするけど、オレの詳しい事情は黙っといた方がいいよな…？） 　かといって、嘘八百を吹き込むのもよろしくない。刀剣男士とは、神であり妖である。それと付き合っていくには守るべき一線というものがあると灰崎も教えられた。 　真名を教えてはならない、気軽に約束をしてはならない、嘘をついてはならない。他にもいくつか。 　…何故か、本当に何故か、灰崎の真名は悪用されないよう、めちゃくちゃ神格の高い神による強固な護りで固められているらしい。 　歴史修正主義者なんてものが現れるずっと前から、その神に赤司一族と灰崎祥吾の真名の護りを神に願うのが赤司家当主に課された仕事の一つなのだそうだ。 　赤司家バカなの？　何でそこに灰崎祥吾も入れたの？？　赤司家にとってオレって何なの？？？　いややっぱいい言うな聞きたくない言うなっつってんだろ？！？！？！　…などと騒いだ記憶も一緒に蘇ってきて、灰崎は遠い目になった。 　ともかく、真名を掴まれる事での心配はいらないにしても、気軽に約束をしない事、嘘はつかない事、これは守らなくてはならない。 「……オレは…」 　考えはまとまらないものの間をもたせるために口を開いた灰崎だったが、その瞬間、三日月宗近がハッとした表情で周囲を見回した。 「これは…」 「は？」 　何かあったのかと問おうとして、抱き上げられた状態から素早く地面に降ろされた事で灰崎も異常を悟る。天井の高さも奥行も分からない謎の空間、三日月宗近の神域が、揺れている。 「何だ…？」 「侵入者だ」 　しんにゅうしゃ、と鸚鵡返しに呟きながら、灰崎は首を捻る。 　歴史修正主義者などいなくとも、付喪神とはいつも何かと戦っているものなのだろうか。縄張り争い的な？ 　もちろんそんな訳はなく、三日月宗近は物憂げな表情で灰崎の頭をそっと撫でた。 「…そなたを此処へ招いてから干渉が始まっている」 「え」 「俺の神域にここまで干渉できるとは余程に相性がいいか、そうでなければ───余程に強大な存在か、だ」 　三日月宗近は考える。 　この幼子を神域に引き込んで、半刻も経ってはいない。だというのにこの干渉の早さ、干渉の強さ。特殊な術を使っているのかその存在をはっきり掴む事は出来ないが、それだけで相手の狂乱振りが窺えるようだった。この幼子に対する執着も。 　…この子を守る加護とは、もしやこの存在から守るためのものではないか。その執着に囚われぬように守ろうとしたからなのではないか。もしそうなのであれば、刀の付喪神が幾振りも幾振りも、まだ足りぬとばかりに加護を重ね合わせて対抗しようとした『敵』とは、一体どれほど強大なのか。 「……」 　微かに眉を寄せて考え込む三日月宗近から一転、灰崎祥吾である。 （相性がいいか強いかって、……それこの謎空間攻撃してんの、三日月なんじゃねえの？） 　もしそうなら相性はいいだろう。なんたって本霊と分霊の違いがあろうと同じ三日月宗近である。灰崎が指名していないのに、指名した以外の護衛部隊隊員は希望者の中からくじ引きで決めているらしいのに、何故か毎回隊長を務めている三日月宗近である。 　Ｑ．灰崎を孫のようなものと認定している三日月宗近は、灰崎がマジモンの神隠しに遭った場合どうするか？ 　Ａ．犯人を突き止めて特攻を仕掛けてくるのでは？ 「………あのさ、三日月…」 　三日月宗近の青い袂を、灰崎がそろりと引いた。三日月を宿した双眸が、小さな子供を見下ろす。 「…外に出してくれ」 「しかし」 「大丈夫だ、この、干渉？　してる犯人って多分、…ええと…三日月が…」 　言い辛そうにまごつく子供に、三日月宗近は今度こそぎゅっと眉を寄せた。この子は敵を知っている。何に狙われているか分かっている。神域にあってさえここまで干渉してくる相手に、現世でどう立ち向かうというのか。此処にいた方が安全ではないのか。 「もしかしたらアイツめちゃくちゃキレてるかもしんねーし…オレが戻った方がここも安全だと思うし…。ヤバイって…、何かさっきからすげえミシミシいってんじゃねえか…ここ潰されたりしねえ？」 　そう言われ、三日月宗近ははっとした。この幼子は、此処にいる事による自身の安全よりも、自分が出ていく事でこの神域、ひいては此処に身を置く三日月宗近の安全を重視しているのだ。 　この幼さで、この小さな身で。なんという強さ、なんという優しさか。…ああ、それとも、そのどちらでもなく自身を犠牲にする事に慣れてしまっているのか。 　そのどれであっても、三日月宗近は哀しいと思った。寂しいと思った。愛おしいと、思った。 　きっと存在の根本を同じくする、自分とは違う三日月宗近がそう思ったように。 　堪らない気持ちになって、三日月宗近は地に膝をついて、小さな子供の体を覆うように抱き込んだ。理解した、理解できた、ならば覚悟をしよう。 「…そなたに加護を」 「へ？」 「俺はこれでも長生きな方でな？　付喪神としてそれなりに神格が高い。きっとそなたの力になる」 　十重二重に幼子を包み込むたくさんの加護の上から、三日月宗近も強く強く、加護を重ねた。恐ろしいものからその姿を隠すよう、悍ましいものがその身に触れられぬよう。 「現世に戻すが、心配はいらない。怖いものがそなたを追いかける事もない」 「…え、」 「心配してくれたようだが、此処は俺の神域、俺の領域だ。此処に居るのならば俺は、そうだな、通常の三倍は強いのだ！」 　えへんと胸を張って敢えて大仰に言えば、ぽかんとしていた幼子は慌てたように三日月宗近に縋りついてきた。 「いや待て！戦わなくていいから！」 「大丈夫だ」 「そうじゃなくて…！」 「…もしもまた会えたなら、その時にはそなたの名前を教えておくれ」 「ちょ、話を聞い───！」 　神域を揺らす衝撃は、いよいよ強くなっている。猶予はないと判断し、三日月宗近は最後にもう一度強く幼子を抱きしめて、神域からするりと押し出した。 「……」 　軽く、何もなくなった手が刀を掴む。晒された刀身は、三日月宗近の意思を反映し冴え冴えとしていた。今ならば、きっと斬れぬものは何もない。そんな確信がある。 　───三日月宗近は自身の神域に『何か』が辿り着いたと知覚した瞬間、その確信のまま刀を振り抜いた。 ＊＊＊ 　さて、無理やり神域に連れ込まれ、無理やり神域から追い出された灰崎はと言えば、はっと気付いた時には闇の中に転がっていた。どこにも光源がないようで一寸先も見えないような暗闇だったが、神域という謎空間とは違う事は何となく感じ取れる。確かにここは現世なのだろう。 　灰崎はそろりと身を起こし、四つん這いのままぺたぺたと両手であたりを探った。つるりとした床からして室内ではあるだろう。更に探れば指先が硬い何かに当たり、形と質感から木箱だと判断する。かなり大きい箱だ。 「箱…博物館の倉庫、とか…？」 　…もしや、慌てて神域から追い出されたせいで、三日月宗近の本体である刀の傍に落ちてしまったのだろうか。その予想に、灰崎は血の気が引いた。 （…三日月って天下五剣、で…現代では国宝とか言ってた、ような…） 　国宝の保管方法とはどんなものだろうか。…少なくともめちゃくちゃ厳重ではあるだろう。子供がいたずらに迷い込んでしまえないくらいには。 　…博物館の外にいたはずの子供が？ 　いつの間にか行方不明になって？ 　国宝が保管されてる倉庫（予想）で発見される？ 　灰崎の今の年齢からして盗難目的の侵入と思われる事はないだろうが、むしろ別の犯罪が疑われるだろう。 （しょ、小学生男児拉致監禁…！！） 　全方位に惨い。字面の酷さに泣けてくる。 　ぎりぎりと歯を食いしばりながら、灰崎は目の前の木箱に縋って底なしに昏い声で呻いた。 「天下五剣、もう少し話聞いてくんねえかなあ…！！」 　せめて連れ去った瞬間の場所に返してくれれば、まだ誤魔化しようがあったものを。 　深く溜息を吐き出して、灰崎はとりあえず、再び防犯ブザーの紐を引き抜いた。暗闇のせいか、神気でぎゅぎゅっと修繕されたせいか、防犯ブザーの警戒音は妙に高らかに響き渡った気がした。 　…灰崎が発見されるのはこれより一時間ほど後の事。灰崎祥吾が行方不明になったとされてから、実に二時間後の事になる。 　発見者は後に語る。闇に沈んでいた奥まった保管庫、大きな木箱の影に隠れるように身を縮めた、泣き腫らした顔の少年。圧倒的事案であった、と。 [newpage][chapter:灰崎兄弟と源氏兄弟] 　髭切は、その本丸においては新参者である。新たに力を貸す事を決めた刀剣男士として同時に周知された弟よりもずっとずっと後にやってきた。 　そのため弟の膝丸は既にかなりの練度の高さとなっており、普通ならば練度の低い髭切と同じ戦場に立つ事はしばらく出来ないはずだった。膝丸は口惜しいと凄まじい形相でしょぼくれていたが、当事者の片割れである髭切は飄々と思いつきを口にした。 「ああ、あそこはどうかなあ。あそこなら僕とひ、ひ…」 「膝丸だ、兄者」 「そうそう、おまえも一緒に行けるんじゃないかな」 「…思い当たる戦場がないが、どこの事だ、兄者」 　膝丸の問いに、髭切はにっこりと笑う。 「あの、灰色の髪の子供がいる時代だよ」 ＊＊＊ 　灰崎の生きる時代へ護衛部隊が派遣される事になった当初こそ、護衛部隊はどんな戦況でも対応できるようバランスを考えた編成となっていたが、今では危険はほぼないとされている。そのため、いざという時に二十一世紀に慣れた刀剣男士は多い方がいいという政府の判断もあって、現在は希望者によるくじ引きで編成が決められていた。 　…これは余談だが、灰崎が指定している三振りは当然として、三日月宗近も常に護衛部隊に組み込まれていたりする。他の刀剣男士や灰崎も、三日月宗近は規格外であるから、政府や審神者の意向でいつの間にか固定されているのだろうと思っているがそうではない。 　三日月宗近もきちんと護衛部隊の残り三枠を決めるくじ引きにいつも参加していて、常に自力で当たりを引き当てているのだ。逆に怖い真実である。 　しかし今回のくじ引きにおいて、三日月宗近を凌駕する平安刀の本気（と書いて大人げ無さと読む）を発揮した刀がいる。初参加にして自身と弟、二つの護衛枠を掻っさらっていった髭切である。 　平成の世への出陣は、灰崎に影響する時空の歪みが他にないか調査する役目もあるものの、基本的に灰崎の護衛が主目的である。彼が学校へ行くのならついてゆくし、家に閉じ籠っているのならば外にも出ない。だからこそ、灰崎が遠足や家族旅行で遠出する時の護衛は、平成の世のあちこちを見て回りたい好奇心旺盛な刀剣男士たちにとって格好の機会という訳だ。 　さて、灰崎が家族と共に遠出する、その格好の機会を弟と共に得た髭切だったが、記念すべき平成の世への初出陣は、記念どころか呪わしい結果に終わる。 　護衛対象である灰崎祥吾が、髭切たちの目の前で攫われたのだ。 　攫ったのは人ではない。灰崎が訪れた博物館に収められた刀剣、それに宿る刀剣男士の本霊によるものだった。 　好奇心が旺盛なのは本霊も同じ事。むしろ、付喪神として刀から離れられない以上、自由に動き回れない彼らの方がその好奇心は強かっただろう。その彼らが、不可思議な気配を纏い、複数の刀剣男士の加護に守られた幼子に興味を惹かれないはずがなかった。 　位相の異なる神域に引き込まれた灰崎を取り戻そうと護衛部隊は手を尽くした。三日月宗近など、自身の本霊が関与していると看破するやいなや神域に突撃していったが、刀剣男士と過去の本霊の接触を危惧した政府の命を受けた審神者により強制的に帰還させられている。過去に渡る刀剣男士は、その時代にいる縁者に近付いた時のために認識阻害の術式を組み込まれているが、本霊の神域に、同位体が踏み込めばどこまで効果があるか不明だとされたからだ。 　三日月宗近が強制帰還をくらってから部隊長は大倶利伽羅が引き継いだが、政府から待機の命令が出されれば何も出来ない。それぞれが苦い思いを噛みしめながら待ち、一刻後、灰崎は放り出されるようにして現世に戻ってきた。 「……」 　髭切は忸怩たる思いでいた。それは護衛部隊の全員が同じ気持ちだっただろう。 　犯人が自分たちの本霊だから、分霊の加護を得た人間に危害は加えないだろう、そんな確信はあった。だが、そんな確信が何だと言うのか。 　平成の世に出陣した六振り、自分たちは灰崎祥吾の護衛部隊だ。護衛対象を攫われたのは事実であり、無事に戻ってきたのはただの結果に過ぎない。護衛だというのなら、犯人が何者かなど関係がない、攫われる事さえ阻止しなければならなかった。 （…そう出来ていたら、きっとあの子は泣かなかった） 　髭切の視線の先で、子供が泣いている。 　神隠しに遭いながらも戻ってきた弟の手を握りしめて、灰崎の兄が泣いている。 「妖怪だって、バケモノだって、神様に、だって。俺の弟を渡すもんか…っ」 　そう言って、泣いている。 　ああ、ああ、ああ、…ああ！ 「…兄者、俺は、自分が、不甲斐ない」 　ぽつり、髭切の隣で膝丸が呟いた。 「…灰崎祥吾は俺達に、関わるな、放っておいてくれと散々に言っていた。それを押し切り関わりを持って、結果がこの様だ。守るだと？　───我ら刀剣男士があの子供に関わらなければ、少なくとも灰崎祥吾はこんな形で兄を置き去りにする事はなかったのに…っ！！」 　髭切は、弟のその言葉にぐっと己の本体を掴む指先に力を込めた。 　灰崎祥吾。数奇な運命に翻弄される人の子。 　何度、この子は家族や友人と引き離されてきたのだろう。運命なんて形のない、憎悪を向ける先すら曖昧なものに翻弄されて、何度訣別を強いられてきたのだろう。誰かを守ろうとして、誰かを救おうとして、…誰も守ってくれる者がないままに。 「兄者…？」 　弟の訝しげな声を拾いながら、すらり、髭切は自身の刀を鞘から引き抜く。 　見つめる先に、幼い兄弟がいる。泣く兄がいる。 「灰崎祐吾。源氏の重宝、髭切の名に懸けて誓おう」 　膝丸も、護衛部隊の他の面々もぎょっとして髭切を振り返る。曲がりなりにも神としての刀剣男士が、名を懸けての誓いなど尋常なものではない。しかし、髭切はそれすらも意に介さずに言い切った。 「二度と神隠しなど起こさせない。君の弟を、必ず君の元に返そう」 　刀剣男士が己の名に懸けて誓う。その誓いは重い。違えれば髭切の存在を損なうほどのそれを過去の人間、灰崎の兄に誓うなど、政府の人間は卒倒するかもしれない。 （知った事じゃないな、僕は歴史を改変している訳じゃない） 　灰崎祥吾が行方不明になる歴史など本来ならないのだから、何ら問題のない誓いのはずだ。好奇心旺盛で気まぐれな神であろうと、いつか現れるかもしれない遡行軍であろうと、…赤司家が目を光らせていても灰崎祥吾をどうにか利用できないか画策する政府上層部であろうと。 「兄から弟を取り上げようとする、そんな酷い事をする奴なんて───すぱすぱ斬ってみせるとも」 　兄は弟を守るもの。そんな使い古された関係が、髭切にもあの幼い兄弟にも、きっと必要なのだから。 ＊＊＊ 　膝丸は兄に会いたかった。主が変わり、名が変わり、姿が変わり、それでもただ、ただ、兄にもう一度会いたかった。 　刀剣男士として再会が叶い、並び立って戦えるようになった。兄を追いかける事も、探しに行く事も、呼び声に答える事も思いのままだ。膝丸が太刀として飛び抜けて機動が高い事を、髭切の元へ飛んで行くためではないかとからかわれた事だってあるが、膝丸は恥じ入る事もしなかった。 （兄者や主、敵に向かって駆ける脚があるというのは良いものだ） 　己自身で敵を屠る、己自身が主を守る、兄と引き離されようとしても、己の意思で抗える。…だから膝丸にとって、灰崎祥吾の存在は衝撃的であった。 　はじめは、数奇な子供だと思った気がする、気苦労が多かろうと。 　次に骨のある子供だと思ったのだ。友のためにここまで出来るものは、戦乱の世であろうとそうはいないと。 　そして粟田口の刀たちが子供の傍に集うようになって、子供にも兄がいる事を知って、ふと自身の立場と置き換えて───愕然としたのだ。 　髭切は、膝丸の名前こそろくすっぽ呼んでもくれないが、膝丸を弟だとは認識しているし過去も共有できている。 　しかし灰崎祥吾は、どうだ。友人のために奮闘しているとはいうが、物語の通りならばその友人と灰崎が出会うのは十二の頃。今の灰崎はまだ六つ。まだ六年もある。最も身近に、最も長く接するのはその友人らではなく家族であろう。 （何度目の？） 　ぞっと、する。 　灰崎は、家族とすら思い出を共有できない。菓子や玩具の取り合いでも何でもいい、兄と他愛のない喧嘩をした事だってあるだろう。母にあれが欲しいこれが食べたいと、駄々をこねてねだった事だってあるだろう。 　兄が譲ってくれた事もあるかもしれない、二人で半分ずつと共有して楽しんだ事もあるかもしれない。母が仕方がないと折れてくれた事もあるかもしれない、困ったように、それでも慈しむように頭を撫でて宥めた事もあるかもしれない。 　他愛なく、平凡で、けれど穏やかで幸福な思い出。けれど今の灰崎にそれは与えられるのだろうか。 　兄と他愛ない喧嘩などしないだろう。母に何かをねだる事もないだろう。今の灰崎の精神は見た目通りの子供のものではない。十六までの人生を何度繰り返したか知れないが、精神的に自分よりずっと幼い兄と喧嘩をする前に灰崎は引くだろう。子供ではないのだからと母にあれこれとねだる事もないに違いない。 　そう、たとえば灰崎の兄が弟にと買おうとしたあの化石。灰崎が頑なに拒んだのは、もしや以前の世界では化石を買ってもらったせいで兄が困る事が起きたのかもしれない。ただでさえこの世界、灰崎が神隠しに遭ったという事になっているのだ。無駄な心労を与えた家族に、灰崎がこれ以上の負担をかけようとするはずがない。 　…本当に幼かった頃のやわらかな思い出を、灰崎はひとつひとつ遠ざける。耐える事ばかりを知った精神で。 （なんと惨い） 　膝丸ならば耐えられるだろうか。兄と、主と、仲間たちと、異なる境地に生きるしかなくなって。昔あんな事があったなと思い出話を振ったつもりで、そんな事はあったかと首を傾げられる事となっても。何度も繰り返すうちに何時の事だったか、本当にあった事だったかと記憶が混乱さえしたとしても。 （ああしかし、きみは耐えるのだな、灰崎祥吾） 　変わる事に、耐えるのだ。かつての思い出を失っても耐えるのだ。それが悲劇に見舞われる友人たちの未来を変えてしまう事の、自身への報いだと言うかのように。 　…そんな灰崎を守る術を、膝丸は持たない。不甲斐ない、不甲斐ない、膝丸は、自分自身が不甲斐ない。 　ギリリと奥歯が軋むほどに噛み締めた、その瞬間。視界の端で、すらりと刃の輝きが閃いた。 「っ、兄者…？」 　兄である髭切が刀を抜いている。その眼差しは、まっすぐに幼い兄弟へ。 「源氏の重宝、髭切の名に懸けて誓おう。二度と神隠しなど起こさせない。君の弟を、必ず君の元に返そう」 　髭切の誓いに、膝丸は息を呑んだ。 「兄から弟を取り上げようとする、そんな酷い事をする奴なんて───すぱすぱ斬ってみせるとも」 　その誓いを聞いて、胸に落とし込む。それはすっと胸に溶け、膝丸は僅かな時間、瞑目した。そしてカッと目を見開き、やはりしゃらりと己の本体を抜いた。 　髭切の行動に硬直していた仲間たちが、続く膝丸に更に表情を引き攣らせたが今だけ見ない振りをする。 「灰崎祥吾」 　数奇な運命の子供に、強くしなやかで誇り高く、だからこそ酷く哀しい、『弟』であるあの子供に。 「源氏の重宝、膝丸の名に懸けて誓おう。きみを必ず守り抜く。きみの帰りたい場所に、必ずきみを帰そう」 　友の元へ、母の元へ、兄の元へ。 「弟を兄の元から連れ去るなど、そんな愚か者どもになど───けして遅れを取るまいよ」 　こうして源氏と灰崎の兄弟に、約束の縁が結ばれた。 　後に語られる、『神隠し絶対殺すマン・アニジャー』、爆誕の瞬間である。 ＊＊＊ 　さて、さらにこの数日後。一部刀剣男士と政府関係者が準備万端、土下座の覚悟で待ち構えている九六五本丸に、二度目の神隠し事件後、初めて灰崎祥吾がやってきたのだが。 「大包平！　大包平じゃないか！！」 「！！？？！？！？？！」 「！？　鶯丸が乱心したぞ、取り押さえろ！！！！」 　某ライオンのキングの一場面のように、鶯丸が灰崎祥吾を捧げ持って燥いだ声を上げるという事件が起き、その場は再び大混乱に陥った。 　───なお、この時点で大包平は実装されていない。 [newpage]久しぶりの周回崎くんですが、皆さん大丈夫ですか、ついてこれてますか…？無理しなくてもいいのよ…？ 作中時期は源氏兄弟実装から少し経った頃、大包平実装前です。 夏だし普段よりホラーテイストにしたかった（できてない） 【追記】本作中で、蜂須賀さんが三振り目の固定護衛になっていますが、これは前話と今話の間に入る予定の虎徹のターンでなんやかんやあったからです。ええ、可哀想ななんやかんやがあったのです……。しばしお待ちを！ 四周目の灰崎くん・５ 　みかづきむねちか（ほんれい）のかご（つよい）をてにいれた！ 　げんじきょうだいのかご（すごくつよい）をてにいれた！ 　しゅうかいざきくんに100000のダメージ！！ 　誰にも嫌われてないのに誰よりも可哀想。霊感がまったくないので自分に纏わりつく加護の強さとかがちっとも分からない。とりあえず、今後は博物館や寺や神社や城には近づかないと心に決めて、今日も防犯ブザーを握りしめる（おや、ぼうはんブザーのようすが…？） 灰崎祐吾くん 　灰崎くんの五歳年上のお兄ちゃん、小学六年生。他時空でもちょいちょい存在は出てたけど今回ついに名前がついてしまった。シリアスな意味で深刻なブラコン。霊的にも物理的にも弟を害する者に容赦はしない。 三日月宗近（本霊） 　覚えのない自身の加護を持つ謎の子供に接触したらとんでもない事になった。神域への侵入者に全力で刀を振り下ろし、手ごたえはあったものの仕留めるには至らなかった。無念。 　あまりにもチョロかった本霊様ですが、刀剣の付喪神が何振りも加護を与えている！　→　この幼子はものすごく善い子に違いない！という固定観念が前提条件でついてしまっています。 　周回崎くんにとっても強い加護を与えたぞ！具体的に言うと他の三日月宗近（分霊）が三度見するくらい！！ 三日月宗近（九六五本丸・分霊） 　祥吾が攫われた！と泡を食って自分の本霊の神域に突撃したら、攻撃喰らった上に審神者からの強制帰還命令も喰らって、現在本丸で手入れを受けながらさめざめと泣いている。 　事件後、本丸にやってきた周回崎くんに地の底まで落ち込みながら謝ったら、すすっとまんばくんの布の中に隠れられてショックを受ける。 源氏兄弟 　神隠し絶対殺すマン・アニジャー！ 　灰崎兄弟を引き離すものは絶対殺す。神隠しは今度こそ絶対殺す。 　あまりに神隠しに過敏になりすぎて、今後演練会場でお約束的に審神者を愛しすぎて神隠し計画中の刀剣男士を謎の感知能力で察知しては襲い掛かってフルボッコにするので審神者界隈で有名になる。 　あの子に神隠しを思い出させるようなものが存在してもらってちゃ困るんだよねえ？　そうだな兄者！　絶対殺そう。　そうだな兄者！！ 鶯丸 　あの後鶴丸によって手入れ部屋にぶちこまれたが、いたって正気。 [newpage][chapter:うらばなし] 　三日月宗近を筆頭に何振りかの刀剣が、興味深い幼子がいると騒いでいたのは知っていた。しかし自分には関係のなさそうな事だったから放置していたのだが、現在、その興味の対象だった七つに届かぬ人の子が、自分の本体の収められた木箱に項垂れるようにして縋りついている。 　振り絞られた声は重たげに湿っていて、底なしの絶望と、深い深い憤りが滲んでいた。 『天下五剣、もう少し話聞いてくんねえかなあ…！！』 「！！！！！！」 　その言葉に、雷に打たれたようにビビッと来た。 　ぽろぽろと更に漏れる細やかな恨み言。その一つ一つに大きく頷きながら、幼子には聞こえていないようだったが構わず声を上げてしまった。 「分かる、分かるぞ童！　天下五剣！！　奴らは！！！　そういう所があるんだ！！！！」 『天下五剣が何だ…くそ…負けて堪るか…！』 「その意気だ！　お前は見所があるぞ！！　…む？　なんだこの加護の強さは…これでは邪気払い以上に余計なものの興味も惹くぞ…。……仕方ない、折角の見所のある童だ。俺の加護で少し中和するように…。…よし、喜べ童、お前はこの刀剣の横綱、大包平の加護を得ているのだ！　強く生きろよ！！」 　刀剣の横綱、大包平。 　三日月宗近と、実は所蔵場所が同じである。 　おおかねひら（ほんれい）のかごをてにいれた！！ 　（※うぐいすまるしかきづいていない）

お久しぶりです！！！！！<br />ものすごく間が空いてしまいましたが！地味に書いてた！！<br /><br />あまりにも前回予告していた虎徹のターンが書き終わらないので、開き直って先に書きあがったこっちの話を⑤(仮)として投稿してしまいます…すみません…夏休みの話だからいいよね！？（イイヨ！！）<br />虎徹のターンが書きあがったらシリーズ順通りに差し込みますので、今回は夏の周回崎くんをお楽しみください～。<br /><br />＜注意/2019.4.5追記＞<br />禁止：転載、引用、複写、翻訳。<br />上記内容はすべてお断りしています。<br /><br />Reproduction is prohibited.<br /><br />禁止私自转载、加工<br />禁止私自轉載、加工<br /><br />복제 금지.<br />번역 금지.

灰崎祥吾の周回プレイ【ＩＦ：四周目×とうらぶ⑤(仮)】

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！あてんしょん！ ・軽くファンタジー(猫が脳内に直接話しかけてきます) ・オリ主います ・題名のとおり警察学校組が猫になっちゃいます ・更新激遅です ・警察学校組の口調が怪しい…… ・なんでもOKな方向け 以上を踏まえた上でお進み下さい ＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿ 油断していた。 その一言に尽きる。 爆発物処理班に所属し未だ負けなしのエース。それがこの俺、萩原研二。 昔からできないことなんかほとんど無く、女子にもモテモテ。さらには警察学校を卒業して配属されたここで松田と2人でダブルエースなんて言われた俺は調子に乗っていた。どうせ余裕だし防護服なんか着なくていいだろうと。 そして、今回。高層マンションに仕掛けられた爆弾。その爆弾のタイマーが止まったのをいいことに油断していた俺は、遠隔操作で爆発したその爆弾により呆気なくお陀仏。短い人生にピリオドを打ったはずだった。そう、だった。 目を覚ますと、そこは全く見覚えのない路地裏。 最初は夢でも見ているのかと思った。あの時、マンションで俺はたしかに死んだはずだったから。あの瞬間の爆風も、痛みも、完璧に覚えているから。あれで死んでないはずがなかったのに。 そして次に、ある違和感に気づいた。 建物の壁、なんかやけにデカくないか……？ 通常の何倍、いや。何十倍も周りのものがでかく見える 。なんだ、これは。まさか天国？巨人の世界にでも迷い込んだのか俺は。 トタトタと、歩きにくい足で歩みを進め、路地裏を出てみる。するとそこには先程の壁と同じく通常の何倍もデカい人間。あれは、本当に人間か？まさか、俺が小さくなっただけ？ そんな事を思いながらも少し歩いていると周りの視線がやけに俺に集まっていることに気付く。前もそうだったが、今は前よりも多い気がする。まあ、顔が整っていることは認めるが。 ｢見てあの猫!!めっちゃイケメンじゃない?!｣ ｢やばいあの猫!!超可愛い!!!｣ ……は？猫？ キョロキョロと辺りを見回しても猫らしきものなんて見えない。それどころか俺が辺りを見回すのに首を動かすと猫への歓声がより一層大きくなる。 ……まさか。 近くのショーウィンドウまで走る。いや、嘘だと信じている。気のせいだ。これはきっと気のせい……!!! そんな期待は呆気なく崩れ去った。俺が人間の姿のままだったら頭を抱えて膝から崩れ落ちていたところだ。 目の前のショーウィンドウに反射して映っているのは黒っぽい毛に長い尻尾、小さな耳、くりくりとした瞳、細い髭。 さっきから歩くのにも異様な違和感があると思えば目の前の俺は四足歩行。そりゃあ、違和感もあるだろう。 え、待てこれまさか(というかやっぱり)猫になってる……?! ＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿ ｢わ、猫……？｣ ふわっと風と共に薫ったほんのり甘い香りに誘われて、私が住むマンションの裏に行くと大きな木の下に一匹の猫が倒れている。ピクリともしなかったのでもしかしたら死んじゃっているかも、と慌てて近寄ってみたが、息はしているようだ。 あまり猫を見ないからわからないが、若干痩せているように見える。 首輪も何も無い。もしかしたらこのマンションの住民の誰かの猫かも……。そう思い管理人さんの所まで寝ている猫を抱き抱えて連れていく。 ｢あら、うちのマンション黒い猫ちゃん飼ってる人なんていないわよ？｣ ｢え、そうなんですか？マンションの裏にいたのでてっきりここの誰かの猫かと……｣ 管理人に聞けばそもそもこのマンションは動物を飼っている人は少ないから飼っている動物は全部覚えているそう。でもこの猫を飼っている人はいないと。野良猫とかかな。 猫が特別好きというわけではないためいつもなら野良猫がいてもさして気にしないが、この猫はなにか不思議な感じがする。 ｢管理人さん、私この猫飼っていいですか？｣ 痩せているし薄汚れていて可哀想だから。 という理由で管理人さんからは二つ返事で了承を得た。 早速自分の部屋に行きお風呂場で猫を丁寧に洗い、汚れを落としていく。ぐっすり寝ているようで、多少動くものの目を覚ます気配は無い。 お風呂を終え、優しく乾かした猫をさきほどネットで調べた捨て猫の即興の寝床、ダンボールにタオルを敷いたものに寝かせる。 ｢えーっと、猫を拾ったら｣ 声に出しながらスマホの検索画面に入力していく。 えーっと、｢捨て猫か迷い猫か見極め、健康状態をチェックする。｣ 恐らく、迷い猫だろう。健康状態……。未だに寝ていて動かないのでよくわからないが体温は大丈夫だ。 ん、待てよ？寝たままあまり動かないから健康状態悪いのでは……？んー、猫初心者の私にはわからない。 次は｢捨て猫の皮膚の状態を見る。｣ さっきお風呂で洗った時に一通り見たが、怪我なども特にしていないし、ノミやダニなども大丈夫だ。 えーっと、次は｢動物病院で健康診断を受けさせる。｣ まあこれは当然だろう。幸い、明日の講義は午後からだ。今のうちに予約でもして明日の午前中に行けば大丈夫だろう。 拾ったあとは飼育するか里親等に預けるか決める、か。 まあ、飼育することにはしたけど、去勢やらなにやら色々しないといけないよね。エサ代にゲージ代、その他もろもろお金はかかるだろう。幸い、高校の時から貯めてたバイト代がある。猫の一匹くらい大丈夫であろう。 ｢……さすがに、明日までには起きてるよね？｣ 近くの評判のいい動物病院に明日の朝イチでの予約を入れ、未だに寝ている猫の前にお皿に水を入れて置いて私も自分のベッドに潜った。 ＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿ 猫を拾った女の子 名前はまだない マンションにて一人暮らし中の大学生！ 猫より犬派だけどどんどん猫の可愛さにやられていく(予定) 猫になった男 あっ、死んだ。と思ったらなぜか猫になってた男 え、なんでー！！！ こんな感じでやんわり進んでいきます(恐らく) 続く(と思いたい)

やんわりギャグ＆ほんのちょっとのシリアスで書いていきたいと思います<br />
題名通り警察学校組が転生して猫になる話です

伊達さんは救済予定

ほんのりファンタジー(猫が脳内に直接話しかけてくる)なのでなんでも許せる人向けです



警察学校組が猫に転生した話

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朝、春田創一が目覚めると、部屋の中にカーテン越しに明るい陽が差し込んでいた。 昨日までの曇空が打って変わって野球日和だ。 （天気予報、外れて良かった。雨雲が離れるのが予想より早かったんだな） 春田は、タオルケットを蹴るようにしてベッドから勢いよく起き上がった。 パッと朝に起きるのは苦手だが、今日は特別だ―――久しぶりに牧 凌太の所属する●●区立東京第二高等学校の野球部の練習に参加してコーチを引き受けることになっている。 （明日、来る？） 牧からはこの一週間というもの何度も電話で予定を確認をされたし、昨夜も携帯が鳴って、取ってみると牧からの（本当に明日は練習にくるのか）という確認だった。 「おう、行くよ。天気が良かったらな」 春田は弱い雨が窓を叩く音を聞きながら、答えた。 （多少の雨なら練習をするから、必ず来て。最近、やっと土日が空いてもちっとも顔を出さないじゃん） 「悪い悪い、社会人はそれなりに付き合いもあって大変なのよー、でも、ちゃんと覚えてるから。忘れてないから」 （……） ここひと月ばかり、春田の仕事が忙しくて、なかなか練習に顔を出すことが出来なかった。 そもそも、春田が(株)天空不動産に入社してからというもの、休日が火曜水曜に当たることが増えて、当然土日が休日である高校生の牧の練習に顔を出せることは少なくならざるを得なかったのだが。 それを知った時の牧の落胆と怒りといったらなかった。 それまでは、土日は、ほとんど牧と、その野球部の練習に割いていたのに………。 ちっとも会えなくなったと牧は言う。 いや、それでも、春田としては、随分と牧と野球部の練習の優先順位は高くて、出来る限り顔を出しているつもりだ。 寝起きのパジャマ代わりのスウェットに裸足という姿のまま階下へ降りると、春田の母は慌ただしくリビングやダイニングを行き来していて、身支度を整えてすぐにでも出かけようという様子だった。 「創一、お母さん出掛けるから。朝ごはんは適当にコンビニで買ってって。今日は凌ちゃんの野球部に行くんだった？」 「うん」 「お母さん夜ごはんまでに帰れないからね。村田さんたちと食べてくるから、凌ちゃんを呼ぶんなら二人で夜ご飯を食べててよ」 「へーい」 「あ、それと、この前村田さんが持ってきてくれたお見合い写真。ちゃんと返事しなきゃならないから、そこに置いてあるから見といてね」 「俺、まだ二十四だよ」 「そういうのはね、お世話してくれるだけで有難いの！アンタはモテないんだから」 「うるせっ。いいから早く行け！」 「ちゃんと戸締りしてね、凌ちゃんに足の様子聞いておいてよ。無理させないでね。じゃ、行ってきまーす！」 母親が慌ただしく玄関を出ていくのを玉暖簾を手の甲で持ち上げながら見送って、春田は時計を確認する。 七時五十分。 練習は九時始まりだから、少し急がないといけない。 春田創一は二十四歳。(株)天空不動産に入社して二年目だ。 牧 凌太は十六歳…いや、誕生日が十一月だから、十五歳だ。今春、●●区立東京第二高等学校の普通科に入学した。 春田と牧は家が近所で、年齢は離れているが、幼馴染みだった。 春田の後ろをちょこちょことよく歩いていたものだ。 牧は春田によく懐いていて、いつだって春田の傍を離れない可愛い子だった。牧の妹のそらのほうが自立心旺盛に見えたのは、そらが公園などで一人でもよちよちと遠くへ行こうとしたり、他の子供とすぐに仲よくなって遊んでいたからかもしれない。 兄の凌太の方は人見知りが激しいのか、必ず春田のそばにいた。春田の姿が見えないと泣いて探したし、春田が同級生と遊んでいても、年上の男子に混じって、ちょこんと丸い膝を曲げて一緒になってしゃがんでいたりする。 （凌太） と春田は呼んでいたし、牧の方は （創ちゃん） だった。よく兄弟に間違えられた。 でも、それは牧が小学生の頃までの話で、 ここ最近は、牧は他人から「兄弟か」と尋ねられると露骨に嫌な顔をする。 「いえ、兄弟じゃないです。うちが近所で幼馴染ですけど」 というのが、春田と牧が兄弟に間違えられた時の牧の常套句だ。 中学生という多感な年頃になって、尖がるようになったのかもしれない。 呼び名は、お互いに （牧） （春田さん） に変わったけれど、これは、春田が大学生になって牧が中学生の頃から所属している野球部のコーチを引き受けたからだ。 牧が高校生になると、そのまま春田も中学校のコーチをやめて牧の所属する高校の野球部へ移った。 （牧、足の具合、どうなのかな） と、春田は身支度を整えながら考えた。 牧は、今年の二月に交通事故に遭い、右足を骨折した。 自転車に乗っていて乗用車と接触したのだ。 幸いに高校受験は終わっていたし、骨折だけで済んだものの、牧が大好きだった野球部の練習には参加できなくなり、卒業シーズンだったから最後に出場したかった卒業試合にも出られなくて、相当に落ち込んでいた。 左折する車に巻き込まれたのは牧のせいばかりではなかったけれど、随分と苛立って、春田家のソファでギブスの足を眺めて膝を抱えていたことを思い出す。 春田は随分と宥めたり慰めたものだけれど。 そんな牧はギブスも取れて、松葉づえをつきながら高校に入学し、野球部に入部して、今は八月。 リハビリも順調で松葉づえは要らなくなったけれど、野球部員としてレギュラーで活躍するにはまだまだ時間が掛かる。 春田が自転車で牧の所属する野球部の練習場であるグラウンドに向かうと、少し手前の木陰で、牧の後ろ姿を見かけた。 （あ、牧） ブレーキを踏んだが…… （ん？） こちらに背中を向けて立つ牧の前に、女の子が立っている。 二人とも制服姿で、女の子はスカートが短い。髪はセミロング。俯いている顔はなかなかに可愛い。 牧と彼女の間には二メートルくらいの距離があり、 （こ、これって……告白ってやつ！？） 春田は自転車の上からガン見してしまった。 二人の会話は聞こえないが、牧の後ろ姿からは冷静な様子が伝わってきて、女の子が俯きながらなにかを話しても、牧に照れたり動揺したりしている様子はまったくない。 女の子は泣きそうに顔を歪めて、牧はなにかを言うと、くるりと彼女に背中を向けてこちらに向かって歩き出した。女の子をその場に残して。 すると、牧が、自転車の上からその様子を見ていた春田に気が付いた。 牧は不意を突かれたように目を瞬かせたが、少し眉を寄せて唇をゆがめて、 「見てたんですか」 「お、おう。今通りかかっただけだけど。…なに、告白ー？」 「……ええ、まあ」 「やっぱモテんじゃん。で、どうすんのよ。付き合わねーの？」 「付き合いませんよ」 「えー、可愛い子じゃん」 彼女は顔を手で覆って泣きだしそうにしていて、春田はそれを見ると可哀そうになった。 「おい、いいの。放って行っちゃうんじゃ可哀そうじゃん」 「いいんですよ。もう練習が始まるし。それに付き合わないのに優しくしても逆に可哀そうでしょ。諦めてもらわないと困るんですから」 「…って、お前、もったいない…」 春田は、思わず、本音を口にする。 牧は、自転車の春田の横を歩き出そうとしながら、そんな春田の方を（まったくこの人は）という顔で見ていた。 「野球部の練習が毎日あって忙しいとはいえさー、みんな女の子と付き合うよ。高校生ぐらいだと。」 「そうですか？」 「いや、お前、中学校のときもモテるのに彼女作らなかったじゃん」 「…興味ないんで」 「マジで勿体ね。」 牧はモテる。 春田は隣を歩く牧の横顔をそっと見る。 牧の顔は整っている。大きな瞳と、それを縁取る長いまつ毛。野球部でしょっちゅう陽に晒されているというのに、肌の肌理が細かくてすべらかだ。頬にうっすらと健康的な紅が透ける。 幼い時はよく女の子と間違えられた。 正直、女の子よりも可愛くて、春田は高校生くらいのときは、春田を慕って近くを離れない牧の可愛らしい笑顔を見て（凌太が女の子だったらなあ）なんて考えたこともあったくらいだ。 幼馴染との恋愛――なんていうマンガも世間にはあるんだし。 凌太が女の子だったら、絶対にアリよりのアリだ。 「俺、興味ない子に近くにいられても迷惑なだけなんですよね」 そんな牧 凌太は、今、春田の隣で歩きながら前を向いて冷酷に言い放つ。 「練習を見に来てきゃーきゃー声を出されてもほんとうるせーって思うし。マジで勘弁してほしい」 「おま、マジで贅沢～、って、ま、先輩とかの目もあるからな、分からないでもないけどな。けど勿体ねー」 可愛い子だったじゃん。 「俺が高校生だったら飛びつくわ。付き合うけどなー」 春田が笑いながら言うと、それを聞いた牧はぴくりと眉間と肩を揺らして、 「………、じゃ、付き合えばいいんじゃないですか。春田さんが。」 「って、お前、そういうわけにいかないだろう。お前のことが好きだと言ってるのに、可哀そうに。…お前、好きな子、いないの？」 「―――」 牧が、ふと、怯んだ。 それに気が付いた春田は、牧の方へ顔を巡らせて、畳みかけた。 「いるんだ！？いるんだろ！？その顔は。……そういう顔だよな！？」 「………」 「なに、なになに、それだと話が違ぇーじゃん！！分かる分かる。好きな子と付き合いたいよな！！…で、誰？俺の知ってる子？どんな子よ！？」 「…いや…」 「なんだよ、教えろよ。どんな子が牧の好みよ！？教えろって。なあ！出し惜しみするな、そういう話！！」 「ええ、……まあ」 「どんな子よ！？」 牧の恋愛の話は聞いたことがない。 牧はそれこそ小学生のころからモテていたけれど、まったく女の子と付き合いだす様子はなかった。それは野球部に夢中だったせいもあったかもしれない。 でも、ちゃんと年頃なりに好きな子はいるらしい。 春田はなんだか安心して、牧の背中を左手で叩き、話を促した。 牧はそんな春田を背中を叩かれて上半身を揺らしながら横目でちらりと見て、また前を向きながら、言葉を探して口籠っていた。 「……年上…なんです。」 「うんうん、先輩かー！いいなー！憧れの先輩への恋！！つーことは背伸びしてるんだな！」 「…ええ。追いつきたくて…、はやく支えられるようになりたくて。」 「いいね、いいねー！どんなタイプよ！？」 「……。明るくて、純粋で、…人から好かれて。」 「うんうん」 「いつでも人の輪の真ん中にいるような人で…だから、俺も輪の中にいなきゃって。いつもそう思って友達の中に混じってて」 「うわー、切ないなー。取り巻きの一人かー」 「ええ。そこから抜け出したくて。…でも、鈍感で、全然、気が付いていない。」 「そりゃねーだろ！絶対に気が付いてるよ。お前、かっこいいしよ！大人っぽくなったぜ～？最近」 牧はちらりと春田に視線を寄越した。 春田はそれを見ると、ますます応援したくなって言葉を繋いだ。 「それから！？それから？どんな子よ？」 「だらしなくて。身だしなみに気を使わないし。食べたものとかぽろぽろ落とすし」 ……うん？ なんだか印象が変わりだすコメントだ。 憧れの先輩という女の子の像がぶれだしたぞ？ 「口にモノが入ったまま笑うし喋るし、数日同じ服着てても平気だし、朝なんか会うとすっげー不機嫌だったりするし、俺が近くにいてもゲームばかりしてたりするし」 「なっ……なんか。豪快な子だなー」 いや、女の子としては随分珍しいタイプじゃないだろうか。 年上の女性へのかなわぬ恋に身を焦がすという最初の印象からは、随分変わってしまった気がする。 いや、でも人気者なんだろ。 [newpage] その日は野球部の練習が終わると春田は牧を誘って自宅へ帰った。 牧の両親は働きに出ていて帰りが遅く、妹のそらは部活の合宿中だという話だったからだ。 以前から春田家と牧家は親同士の仲が良くて、子供たちがお互いの家を行き来していたし、泊まり合うこともあった。 春田には父親がいない。母親だけだ。 牧の家は共働きで大抵、帰りが遅い。 だから、どちらかの家で子供たちだけで夕飯を作って食べることも珍しくなかった。 二人兄妹の兄として幼いそらの面倒を見て小学校低学年の頃から食事を作ってきたから、牧は料理が上手だ。 逆に春田はなにも出来ない。 コンビニの弁当に頼るか牧に任せっぱなしというところだ。 その日は牧がから揚げを作ると言い、二人でスーパーに寄って食材を買ってから春田の家へ戻った。 「ふー、暑ちぃー」 一日クーラーの消されていた室内はムンとした熱気に満ちていた。 「牧、先にシャワー浴びる？」 「ええ、でも春田さんが先でもいいですよ。俺、から揚げの仕込みだけやっちゃいます。その方が味の染みる時間が取れるんで」 「そうかー？」 室内に入ったとたんに汗が噴き出すので、春田が首にタオルをかけてウロウロしていると、牧が食材の入ったスーパーの袋をキッチンの作業台の上に置き、春田の母が朝に置いていった見合い写真に気が付いた。 「…なんですか？これ」 「うん？…あ、ああ、…えーと、」 牧の指が写真の表紙に触れている。 いかん。 忘れてた。 牧はびっくりしたように、 「お見合い写真！？」 「うん、なんか母親が友達から貰ってきて…」 「…春田さんにお見合い話？！」 牧が驚いたように春田の顔を見て口を開け、「見ていいですか。」と写真を開く。 春田もまだ見ていなかったが…牧が覗き込んでいるのを遠目に見ると、スーツ姿の女性が映っているようだ。 「…お見合いするんですか。春田さん。この女性と」 「しねーよ。俺、まだ二十四よ。早すぎるだろ」 「…ですよね…」 「社内恋愛でもすれば二十四歳で電撃結婚もありだろうけどなー」 「いるんですか、そういう相手が」 「そもそも女性社員が少ないからなー。小さな営業所だし。本社勤務なら女の子も一杯いるんだけどなー。合コンには行くことあるけど、なかなかなー。俺、ほら、モテねーし」 「………。でも、そういう話は、あるんだ」 「そういうって？」 「彼女を探す合コンとか、…お見合いとか。そういう…」 「ま、歳なりにねー」 「………」 「だから、牧も恋愛しろよー？歳なりにさ。ま、お見合いはないけどな。これは断るよ」 牧はしばらくお見合い写真の女性を眺めていたけれど、写真を閉じた。 「……そうですね。俺も恋愛しようかな」 「しとけしとけ！時間を大切にしろ！今は今だけしかねーぞ」 「ですね」 牧がまな板と包丁を取り出して、買ってきた食材をキッチンカウンターに並べる。春田は牧に下ごしらえを任せて浴室に向かった。 脱衣所で汗に濡れた服を脱ぎ、癖でTシャツでざっと体を拭いてから、これからシャワーを浴びるのに拭いてもしょうがねーかと思い、春田は浴室のドアを開けた。 シャワーを捻って体と髪を洗い、さっぱりとして、脱衣所で新しい下着と短パンを身につけた。上半身は裸のまま首にタオルを引っかけて、タオルの端で濡れた髪を拭きながらキッチンへ戻る。 牧は鶏肉を調味料と一緒にビニール袋に入れて揉みこんでいた。 牧家のから揚げの作り方だ。春田はしょうがとニンニクを効かせたから揚げが好きで、牧はいつもチューブから多目に入れて春田の好みに味を整える。 二人でキッチンに立つのもいつものことで、春田の家のキッチンは牧にとってなじみのある空間だ。 お見合いか。 誰か女の人が嫁さんに来てこのキッチンで今の牧みたいに俺のために料理をするなんて、考えられないな。 春田は思う。 ま、お見合いなんかは断るけどね。 春田にとっては恋愛はまだ諦めていない夢だ。いつか運命の相手に巡り合って大恋愛の末に結婚する。それは、それほど手の届かない夢には思えない。 それまではこうして牧と一緒に夕飯を作っていられればいいや。 春田は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いで一気に飲みほすと、 「牧、シャワー空いたよ。入ってきたら」 「……うん、じゃ、そうしようかな。春田さん、レタスちぎっておいてもらえます？サラダにするんで。きゅうりを切るのは俺がシャワーから出たらやるから」 「おう、了解ー」 牧が手渡してきたビニール袋に入った鶏肉を味をなじませるために冷蔵庫にしまうと、春田は野菜庫を開けてレタスを取り出した。 牧はシャワーを浴びに浴室へ向かう。 レタスを数枚剥がして流水で洗い、手でちぎってざるの中に入れていく。 牧は春田に敬語で話すようになったけれど、それも、春田が野球部のコーチを始めてからだ。 大人っぽくなったよなあ。 いつの間にか背も伸びて春田とそう変わらなくなった。 なんつーっても、女の子に真剣に告白されるんだもんな。いっぱしの男だな、もう。 可愛い子だった。でも、牧の方がずっと可愛いけどな。なんちゃって。 本当に牧が女の子だったらなあ。 間違いなく俺、牧に惚れてプロポーズしてるわ。親の承諾があれば女の子は十六歳から結婚が出来るんだっけ。牧ん家のおじさんとおばさんなら俺が牧の相手でも許してくれるんじゃないかな。 牧はまだ十五歳だからまだ早いけど…って、何を考えてるんだ、俺は。 「春田さん」 「…………わっ！！」 後ろから急に声を掛けられ、春田は声を上げて飛び跳ねる。 声を掛けた牧の方もびっくりしていて、大きな目を見開いていたけれど、すでにシャワーは浴び終わったらしく、髪が濡れ、着替えたTシャツと短パン姿の牧は春田と同じように首にタオルを引っかけていた。濡れた牧の髪から雫が垂れて、タオルを掴む手の甲に落ちた。 「な、なんだよ急に後ろから声を掛けんなよ！びっくりした」 「そんな急に声かけたつもりないけど……」 牧は言いながら春田の隣に立ち、レタスがざるの中にちぎってあるのを見て頷いて、 「……ねえ、春田さん。ちょっと急なこと言ってもいいですか」 「…うん。いいよ。…なに」 「急な質問になるけど。……いい？」 「……いいよ。…なによ」 「春田さんて、キスしたことあります？」 春田はぶほっと隣で噴き出してしまった。 「～～～～～～～本当に急なのな！！」 「今度は先に言ったでしょ。」 「…うん。そりゃ、まあな？…俺も二十四歳だし。それなりにな？そりゃ、経験あるよ？」 「キスもセックスも経験あり？」 「まあな、大体大学生くらいになるとあるよ、恋愛経験とかさ」 「…ふうん」 牧はそう言うと、レタスの入ったざるをまな板に打ち付けて水を切り、それを作業台に置くと春田の方へ向き直って、 「…キスを教えて下さい。」 「はぁぁ！？」 「キスを教えて欲しいです。俺、経験がないんで。女の子と付き合えといったの春田さんでしょ。」 「いや、だって、ふつうにすればいいじゃん！？」 「だから、知らないの恥ずかしいから。俺。それなのに女の子と付き合えって言われても、勇気が出ないから。だから教えて」 「いや、だって……こう、ちゅって…」 春田は首を傾げて、虚空に女の子がいるつもりで唇を突き出してみたが、牧に肩に手を置かれて我に返った。 「おまっ、………俺がお前にキスしろっていうの！？」 「だから練習。」 「ちょっと待て、そういうのって女の子とするもんだろ！？」 なんで俺なのよ！？ 目を白黒させる春田の前で、牧は目を細めていて（自信がない）や（経験がない）という言葉が不似合いなほどに落ち着き払っていた。むしろ春田の方が右に左に首を傾げてパニクっていた。 「俺、女の人の知り合い少ないんで。そらに頼むわけにはいかないし」 「そりゃお前、変すぎるだろ！！妹とキスすんな」 「その辺の道で女の人に頼んでも良いんならそうするけど。」 「ダメ！！そんなことをしちゃいけません！！それはもっとダメ！！」 「俺に気がある告白してきた子にキスすると気をもたせて俺が困るんで。」 「あー、あーまあな、でもな、……なんつーかな、」 「…ああ、いいや。じゃあ、こうしましょ」 牧は両手を腰に置いて首を傾げ、面倒くさそうに言い始めた。 「俺と春田さんで勝負。で、春田さんが負けたら俺にキスを教えてくれる」 「うー……」 「それでいいでしょ。嫌なら俺に負けないように頑張って」 なんの勝負にするかを話し合ったけれど、勝負と言えば、まずは靴下ピンポンなのだった。 よく幼い牧と春田はこれをやって遊んで、春田の母に埃を立てるなとかモノにぶつけて壊すとか怒られたものだった。 春田家のダイニングテーブルをピンポン台に見立てて、丸めた靴下をボール代わりに、スリッパをラケットにして勝負する。 相手の近くにワンバウンドをするか床に落ちる前ならば打ち返しても良い。 床に靴下が落ちたらアウトだ。 サーブは交互。大体三点先取で勝ち。 「じゃ、三点先取で」 「もちろん」 「つか、お前、足は。」 「春田さんに勝つくらいならそんなに動かないから楽勝です」 「言ったな！」 サーブはじゃんけんの結果、春田からになった。スリッパを構え、春田は取り込んだ洗濯物の中から拝借した丸めた靴下を左手の上に乗せ、構える牧を見て、思いっきりスリッパを振って靴下ボールを牧エリアに打ち込んだ。 牧は、靴下の動線をよく読んでいて、スパンと音を立てて打ち返してきた。さすが野球部。卓球もどきでも動きがシャープだ。春田もコーチなのだから動きの俊敏さは負けていないはずだが。 でも春田の手元近くでバウンドした靴下ボールは、拾おうとした春田の手首を掠めて床に落ちて、牧に１ポイントが入った。 「……ふふん」 「あー、ちきしょ」 春田は靴下を拾い上げると、牧に向かって投げる。牧にサーブが移り、春田は左右に体を揺らしながら構えたけれど…… このサーブを、春田は受け止められなかった。 嘘だろ？ 動きが全然牧に負けてるじゃん。 まずい。 負けたらキスのコーチをしなきゃならないじゃん。 春田は慌てて靴下を拾い上げ、サーブを打ったが…綺麗に牧に受け止められていた。 靴下ボールは大してスピードが出るものではないはずなのだが、春田が動けないまま、靴下はテーブルの上を滑ってぽとりと床に落ちていた。 「う、うっそだろ！？」 「全然勝負にならないじゃないですか」 「マジで！？信じられねえ！！」 「手を抜いてるんじゃないでしょうね」 「抜くわけねーだろ！！」 だって負けたら、牧とキスしなきゃならねーじゃん！？！？ 「も、もう一回！もう一回やらせて！！」 「…もういいよ、足が痛くなると嫌だし。」 「……そっか、でも、ちょっと早く勝負が着きすぎ！！だからなんかもう一勝負！！」 「往生際が悪いなー、……じゃ、オセロにします？」 「う、うん。じゃそれがいいや、オセロ」 そういうことになって久しぶりにリビングに積みあがった雑貨類の中からオセロ盤が救出されることになった。 だが、春田はオセロでも牧に敵わなかった。 これはかなりショックを受けた。いつの間にこんなに強くなってた！？ 牧に後攻を譲ったせいだ……とも言い切れない。そもそも後攻が有利というのは都市伝説だという話も聞くが。オセロ盤が白に埋め尽くされているのを見て春田は茫然とした。 牧は、そんな春田を見てふぅっと息を吐き、 「……じゃ、最後の勝負します？腕ずもう」 「…え？」 「俺が確かめたいんで。春田さんに力で勝てるかどうか」 「あ、…うん」 春田が頷くと、牧はオセロ盤をテーブルの上を滑らせて脇にどかした。 二人は肩を回してほぐした。牧がテーブルに肘をつき、軽く体を左右に揺らして椅子の座り心地を確かめて、どうぞと春田を見る。春田は今度こそは負けられないと肘をテーブルに付き、椅子とテーブルの距離を直して、牧の手に手のひらを重ねた。二人の手が閉じられ、握り合った。 ゴーの掛け声で両者ともが力を込め……牧が前屈して、肩が盛り上がる。春田はぐっと腕全体に力を込めて筋肉を硬直させた。 牧より八歳も年上なのだ。 負けるわけにはいかない。負けるわけがない。 これまで、腕ずもうで牧に負けたことなんかなかった。 いつだって牧がごねると最終的には年長の体格にモノを言わせて腕ずもうで負かして言うことを聞かせてきたのは春田だったのだ。 「うわ」 それなのに、牧が優勢になり、春田の右肩が下がった。 防衛体制になって、春田は焦った。いかん。持ち直さないと。ここからなんとか、力技で……でも、牧は本気で全意識を腕に集中しており……春田は、持ち直せなかった。 がつっと手の甲がテーブルにぶつかり、牧に腕を押さえ込まれて、春田は絶句していた。 「か、………勝った」 牧は、緊張から解き放たれて呟いていた。息が弾み、大きな目を瞬かせていたが、春田に勝ったことが信じられないという表情は、これまで一度も春田に力勝負で勝てたことのない年下の牧からすれば当然のことだったかもしれない。 「俺……春田さんに、力で勝てるように……なったんだ……」 「うわ、マジかよ～～～～～…」 牧が手を放して自分の手の平を眺め、拳に握ると、牧は天井を見上げた。 「ようやく、春田さんに力で勝てるように……なった」 「何度も言うな、…落ち込むわ」 そうだよな。 牧は高校生だ。立派な男なのだ。もう体格も俺と変わらない。 春田はそう思い、どんと額をテーブルに押し当てて現実を受け入れかけたが、そもそもの問題を思い出していた。 「………」 キスのコーチだ。 三回戦をやって一度も勝てなかったのだった。 これはもう言い訳もできないだろう。顔が上げられない春田の後頭部に牧の視線が突き刺さるようだった。春田はますます顔が挙げられなくなっていた。 「……春田さん」 「はい」 「約束です」 「分かってる。……ちょっと色々ショックが大きい」 「…ショック？」 「………」 「俺とキスするのがですか。」 という、牧の声で聞こえてきた。 春田は顔を上げないままに頷いた。 「あたりめーだろ」 俺はだな。 ……牧が女の子ならよかったのにと思ってたこともあるんだよ。 マジで。凌太はいつだって俺をまるで本当の兄弟みたいに慕ってくれてるのにな。 いや、春田はそうして牧が兄のように慕ってくれるのは嬉しいのだ。 牧の兄代わりとして春田はこれまで過ごしてきたし、牧が中学生になって他人に（兄弟じゃないです）と強張った顔で否定するようになってからは、多少、傷ついたりもした。 牧は大事な弟のようなものだ。牧が女の子だったらお嫁さんに出来るのに…なんて不埒なことを考えないでもなかったけれど、それは、年頃の男子にありがちな妄想というもので、それ以上に深い意味のあることではないはずだ。 それでも、俺は、一度ならず、そういう想像はしたんだ。 牧は、純粋に、女の子と付き合う前にキスを教えてくれと無邪気にお願いしているだけなんだろうに。俺ときたらな。 牧が可哀そうだ。 なにも気付いてないんだからな。 変な気持ちがちらりとでも伝わらないといいんだけどな。 春田が顔を上げると、目の前の牧は黙って春田を見下ろしていた。 だが、その目が傷ついているのを見て、春田は、 （…………ん？） と首を傾げた。 「…………」 「春田さんは、俺とキスするの、嫌ですか…」 「うん。…そりゃ、そうだろ」 だって、なんだか、気持ちが触れることで伝わってしまう気がする。 まるで兄弟のように大きくなった牧が、気が付いたら、それこそ、どんなに傷つくだろう。 そりゃ、いつもそんなエロいことを考えてるわけじゃないよ。 たまーにだ。 それでも、牧の気持ちを考えれば……信頼していた兄に裏切られるようなものだ。牧が可哀そうだ。 春田は、はぁっとため息をついて、テーブルに顎をついた。 「…いやだなー」 「………。分かりましたよ」 牧が言い、春田は、（えっ）と顔を持ち上げた。 引いてくれるのか！？諦めてくれた！？ 牧は、立ち上がると取り込んだ洗濯物の山に近づき、黙ってハンカチを一枚拾い上げた。 ピン、と指で対角線上に端を挟んで左右に引き、アイロンをかけていないハンカチの皺を伸ばし、それを持って春田の前に来た。 「………」 「キスするの嫌なんでしょう。でも俺は春田さんにキスした……春田さんにキスを教えてほしいです。だから、じかにじゃなくて布越しなら、いい？」 「……え？」 「ハンカチ越しでも。それでもいいから。一歩越えたいんだ」 牧は、自分の唇の上に三角に折ったハンカチを当ててみる。 耳の前で対角線状に端をつまんで、 「…これでもいいから、俺にキスし…キスを教えて」 牧が目を閉じる。 ハンカチ越しのキス。 じかに触れなくていいなら。 それなら、いいかな。 春田は牧に顔を寄せる。顔を斜めに傾げて唇を開き、うすく開かれているのが分かる牧の唇に、自分の唇を押し当てた。布が邪魔だったけれど、牧の唇の形を春田の唇は感じ取って、牧が首を傾げて深く唇が合うと呼吸は漏れなくなった、唇の弾力。布越しだって分かる。牧が舌を伸ばすと、布が湿った。 布無しに触れられたらいいのに。 その日はから揚げとサラダとほうれん草のお浸しを作って食べた。 食事が済むころ、牧の携帯に同級生から電話が入った。 牧が応対している間、春田は冷蔵庫から缶ビールを取り出してリビングのソファに移動し、リモコンでTVを付けるとプルタブを起こした。 ビールを飲みながらテレビ見ている内に眠気が襲ってきた。 久しぶりに野球部で体を動かして、アルコールを摂ったせいだ。 昼間の練習で少し日焼けもして体が火照っていた。 目を閉じるとそのまま寝入ったようだった。 春田が目を覚ますと、春田はソファの中に先ほどと同じように座って居て、つけていたはずのテレビが消されていた。 ……ん？ 気配を感じて横を見ると、ソファの中で牧が丸くなって眠っていた。 春田は左腕を持ち上げて自分の腕の中に潜り込んでいた牧を見る。 春田の膝に頭を預けて、牧は春田の腰のくぼみに顔を嵌め込んでおり、ぐっすり眠る牧の髪は寝ぐせがついて跳ねていた。 牧の手が無防備にソファの上に投げ出されている。 …俺に腕ずもうで勝つようになったくせに。 ガキみてー。 俺の膝を枕にして寝るな。 寝ぐせついちゃってるぞ、髪に。 春田は、牧の髪に指先を伸ばし、跳ねあがっている寝ぐせの先に触れた。 しばらく指先で摘まんだ髪を擦り合わせて、春田は平手で牧の髪をなぞり、寝ぐせを直そうとした。柔らかい髪は素直に横に流れて、春田はそのまま牧の頭に手を置き、髪を撫ぜた。 横向きに眠る牧の頬に指を触れかけて、我に返った。 あまり触ったら起こす。 ……こんな風に牧が甘えてくるのはいいな。 好きだ。 ……えっ、なにが好き？ 牧が子供みたいに甘えてくるのがだろ？ そういうことだよな？ 牧は、俺にとって可愛い弟みたいなもので。いつまでもこんな風に身を寄せてはこないだろうけど、それは分かっているけれどちょっと寂しくもある。 春田が牧を見下ろしていると、牧が身動きをして目を覚ました。 春田の膝に頬を押し付けたまま、牧は春田と目を合わせた。 「………」 しばらく二人はそうして上下から見つめ合っていたが、牧がソファに手を付いて体をゆっくり起こした。春田はそれを黙って見ていた。 「……春田さん」 「おう」 牧が、春田の目の高さに視線を合わせて顔を覗き込む。 春田は顎を引いてそんな牧の顔を見つめながら短く返事をした。 「……俺、春田さんに勝てるようになったよ。靴下ピンポンでもオセロでも腕ずもうでも」 「…。そうだな」 「俺、二月にはまだ無理だったんだ。そう思わない？」 え？ 春田は首を傾げる。 二月というと牧が交通事故に遭った頃だ。 なんかあったっけ。 「野球部でさ。…俺が、春田さんを支えられないことがあったでしょう。覚えてない？」 「あったっけ、そんなこと」 春田は首を傾げる。 牧が俺を支えられないこと……。 なんだろう。なにかあったっけ。 「野球場で、春田さんがノックしていて……」 「あー！！あー、あれか！思い出した！！」 春田は声を上げた。 まさに牧が交通事故に遭った日のことで、事故にあったことの方が心配ですっかり忘れていた。 春田が野球部のコーチとしてノックをしていて、春田の足元には野球ボールがたくさん落ちていた。下っ端の一年生部員である牧たちがボールを片付けていたのだが、牧が春田の足元からボールを拾い上げようとしたとき、春田は牧に場所を譲ろうと一歩後ろに足を踏み出して、ちょうどそこに転がっていたボールを踏みつけ、バランスを崩した。 「は、春田さんっ」 牧が転びかけた春田を背後から支え、抱き留めたが…体勢のせいか、抱き留めきれず、二人とも地面に転がったのだ。 「わ、わりい、牧。大丈夫か」 春田は起き上がりながら牧に謝ったが、その時の牧の悔しそうな顔―――。 「おまえ、あんなこと気にしてたの！？」 「気にしますよ！気にするに決まってるじゃないですか！」 「いや、だって、怪我しなかったし」 「そういう問題じゃないんですよ！俺が……支えられなかったんだ。まだ力が弱くて、体格も…春田さんを押さえられない」 「へ？」 「それは嫌なんです！」 「いや、でも」 「屈辱なんですよ」 でも、おまえは八歳も年下なんだぜ？ それを言おうとして春田は言葉を呑み込んだ。 言ってはいけないのかな、と思ったからだった。 「お前、それより、同じ日の事故の方が俺は心配で」 「事故はイライラしてたから―――だから無茶に左折の車の進路に飛び込んじゃったのもあって……」 じゃ、なにかな。 牧の中では、交通事故より、ボールを踏みつけた俺を支えられなかったことの方がでかいんかな。 よくソファの中でふさぎ込んでいたけれど、あれは、事故で骨折をして野球が出来ないから落ち込んでたんだろ？ せっかくの卒業試合だったのにな。 まあ、でも、お前はまだ高校生だし。順調に怪我も治ってるんだし。 これからたくさん野球も出来るよ。 俺も時間を見つけてコーチをしに行くし。 残念ながら土日に時間がとりにくいんだけど、それでも時間が取れるときは俺、行くからさ―――。 春田が言うと、牧は、ソファに両手をついたまま、激しく首を左右に振った。 「違う！違う！！……そうじゃないんです。そうじゃない！！…全然、分かってない！」 「え？…いや、だから牧のこと忘れたわけじゃないからさ？お前、ちっとも土日に会えないって言ってたけど、俺、」 「そうじゃないんですって！――――俺、…俺は……俺は、春田さんと………！」 俺、春田さんと………… 春田さんと……？ ……なに？ 春田がまっすぐに牧を見つめると、牧の見開かれた目は涙で潤んでいた。 春田は牧の顔をしげしげと眺めた。 なにを言っているのか、よく分からなかった。どうして春田が慰めたことに対して、牧はこんなに（違う）と叫ぶのだろう。 「……春田さん」 「はい、」 牧が顔を伏せて、春田の膝の上に顔を押し当てる。 春田はそんな牧の様子を呆気に取られて見下ろしていた。 春田の短パンの前の膨らみに牧の鼻先が掛かりそうで、春田は思わず体を揺らしたが、ここはそんなことに動揺するシーンじゃない。ちょっと我慢することにした。 「ど、……どうした牧。おい、……俺が言ったことのなんかがまずかったの」 牧の背中に春田は左手を置いて擦ったが、 「……創ちゃん」 「え？はい。凌太」 「…創ちゃん。俺、創ちゃんと」 「え？」 「俺、創ちゃんと…………」 牧は、何度もそうつぶやいたけれど、それ以上言葉を繋ぐことが出来ないようで、春田の太ももを拳で殴り付けて……もう話を続けることはなかった。 [newpage] 「創一。あんた、この写真みてくれた？」 「……ああ。見たよ」 「で、どう？」 「全然その気にならね。断って」 「まあ、アンタまだ二十四だからねー」 …分かっているなら最初から写真を受け取ってこないで断れよ。 春田の母は笑いながら見合い写真を手提げバッグにしまおうとしていたが、 「そういえば、凌ちゃんにバス停で会った時に言われたわー。創ちゃんお見合いなんかするのって。凌ちゃん、これ見たのねー」 「ああ、そういえば見てたよ」 春田が言うと、母は笑いながら春田の顔を見て 「お母さん笑っちゃったわ。凌ちゃんすっかり大きくなったと思ってたのに、昔みたいに不安そうな顔してて。見合いなんて創ちゃんには早いと思いますって。小さい頃、僕、創ちゃんと結婚するー、創ちゃんと結婚するーって、よく言ってたもんねぇ」 「………え？」 「凌ちゃん可愛いから、それだと凌ちゃんは創一のお嫁さんかな、お婿さんかな、なんて、随分面白がって凌ちゃんに話したもんだわー」 俺、春田さんと……… 牧が言おうとしていたセリフの続きを春田はぼんやりと想像する。 春田さんと…… 結婚する？ いや、まさか、はははは。 牧はもう高校生だぞ！？しかもイケメンの美少年だぞ！？ いくらでも女の子と付き合うだろうし、実際、女の子に告白されてるし……。 春田は自分の唇を指で押さえる。 ハンカチ越しのキス。 …ハンカチ越しでも、牧の唇の感触はちゃんと感じた。 急に胸の鼓動が高まった。 いや、なにを考えてるんだよ、俺は。 あれはなんでもないんだ。 ただちょっとしたお遊びにすぎないだろ。 罰ゲームみたいなもんだ。靴下ピンポンにオセロに腕ずもう。その三連敗に対する罰ゲームだよ。男子校ノリのどうしよーもねー冗談のはずだ。 あれ、でも順序として先だったのはどっちなんだっけ。 ……… いや、考えない、考えない。 もうなにも思い出さなくていい。 牧は俺の太ももを殴った後、もう俺になにも言わなかったし。 あれで終わった話なんだ。 俺が深く考えたりして変な想像でも起こしたらややこしくなるばかりだ。 春田が部屋に戻ると、携帯にラインの着信があったらしくてライトが点滅していた。 春田は携帯を取り上げ、親指で操作して、ポップアップを見た途端、慌てて電源を落とした。 （春田さん、俺と付き合って）。 ……牧！？…なんで！？？ ど、どどどうして！？ 今、それ言われると混乱して困るんですけど！？ 春田は額に手を置いて、落ち着こうと息を整えた。 ラインの着信音がした。春田の手の中でポップアップが表示された。 （冗談は、言ってないです。） ……うわ、 マジかよ！？ いや、おまえ、 人の気持ち読んだように送ってくんな。 春田が呆気に取られて携帯を見ていると、 （話がしたいから、今夜、行っていいですか） と来た。 牧は今頃、学校にいるはずだ。春田はたまたま定休日で自宅にいたが……、 今夜は…飲み会だ。 いや、飲み会には行こう。 絶対に行く。 なにがあっても行く！！！ だって牧になにを話せばいいんだよ。 俺は不在なの！！ だからうちに来ても諦めて帰ってくれ。 そして牧に会えるのはちょっと先になるから……ちょっと先まで会わないようにするから！ その間、冷静になって（あのことは冗談だった、どうかしていた）と我に返ってくれ。 それがお前の、牧の為だって！！ だって俺は………、俺は、お前のこと―――。 飲み会は十九時始まりだったから、家を出るのは急がなくてよかったけれど、春田は十五時前には慌てて家を出た。 牧は野球部の練習があるから陽が落ちる頃まで学校を出られないだろうけれど、万が一ということがある。鉢合わせする前に逃げ出したのだ。 牧のラインには返信しなかった。 可哀そうだとは思ったけれど、牧だって気のない女の子からの告白にあれだけ冷酷だったのだ。 既読はついたけれど返信のないラインを見たら察してくれるだろう。 それで牧が冷静になるならそれが一番良いのだと春田は思った。 春田は八歳上だ。 春田が牧を指導していくのだと春田は思っている。それは牧が生まれた頃から知っている兄代わりのせいでもあるし、野球部のコーチとして牧を見ているせいでもあったかもしれない。指導している年下の男子たちは皆可愛いけれど、やはり牧は特別に可愛く思う。 牧とは今後も他人から兄弟かと誤解されるような仲でいるのが一番いいんだ。 それが牧のためだし春田が一番望んでいることでもあった。 正直、牧からのラインは嬉しくもあったけれど（？）、春田は驚いて逃げ腰にもなっていた。 付き合うってなんなの？ 俺をどうしたいわけ？ あの可愛い凌太がなにを言い出したんだ？！ 俺、八歳上だよ、下克上すぎんだろ。 飲み会が開始するまでの数時間を潰すのは大変だった。 春田はデパートの売り場をだらだらとくまなく見てしまって、何度も時計を確認したけれど、考えているのは飲み会の開始時刻ではなくて（牧のやつマジで話をしに来る気だったんかな）ということばかりだと気が付き、気が付いたときにはさすがにデパートの天井を仰いだ。 俺がこんなに動揺していてどうするんだよ。 運命の恋を探して大恋愛の末に結婚するんだろ。 だったら今日の出会いの方に期待しろ、俺。高校生の若気の至りの気の迷いなんかに心を乱されている場合じゃない。 春田は成人した大人なのに対して牧はまだ子供だ。 大人の俺は子供の言うことなんか話半分に聞いとけ。 飲み会の開始時刻が近づくと、春田は本気でほっとしていた。 時間を潰すことにも疲れていたし、もう、なにも考えずに飲みたかったからだ。 その日の飲み会は合コン形式で、男女はそれぞれ四名ずつだった。 男性は不動産関係の仕事に就いている者ばかりで、女性はアパレル関係。 アパレルに勤めているだけあって皆おしゃれな流行の服を身に着けている。 春田の目の前に座った女の子は春田が好みだと公言するいわゆる（巨乳）で顔だちも可愛らしかった。 普段ならラッキーだと思い、春田は彼女の気を惹こうとあれやこれやと話しかけて受けない冗談を言ったりしただろうけれど…… その日の春田はなんだか気が乗らなくて、女の子の話に生返事をすることが多くなった。 「え？」 と突然に話を振られて聞き返すことも増えた。 何度目かに、春田はなにやってるんだと自分の態度に舌打ちしたが、気もそぞろだった春田の態度がかえって落ち着いて見えたらしく、女性たちの興味を惹いたらしいのは驚きで、後で聞けば、その日の春田は男性の間で一番人気だったらしい。 「ねえ春田くん、二次会行かない？」 と女性の方から声を掛けられて春田は驚いた。 「ねえ、二次会のカラオケ！いいでしょ？！行こうよ！！」 「あー……うん、俺はいいわ。」 こんな風に断ったのも初めてだった。 「え……」 「なんかごめんなー」 楽しかったよ、と気持ちの籠らない声で呟いて、春田は帰路についた。 二十二時を過ぎてる。 自宅に戻る頃には二十三時近くなる。 牧はもうさすがに俺を待ってはいないだろう。 ラインの返事も返していない。 牧からのラインもない。 それでも牧が夕方に俺に会いに来ていた家に戻るんだと思うと胸が痛んだし、不思議に心臓の鼓動が早くなった。 でも、同時に、牧にしばらく会いたくないと思うんだよな。 まだ牧が俺を待っていたりしたら、 俺が牧を振らなきゃならないわけ？ 当然、そうなる。 もし凌太が女の子だったら絶対にプロポーズしてるとかって考えていたのに、現実に（付き合って下さい）なんてことが起こりえるとこんなにも想像と違う。 でも、 でも、それでも。 会いたい。 牧、家にいないでくれよ。 少しでも会えたら嬉しいんだけど、でも居てくれると困る。俺が牧に答えられる話は、俺が本当に言いたい話ではないから。 だから……… バスを降りると春田の足が速くなった。 もうこの時間じゃ牧は待っていないだろう。 でも、……もしかしたら。 春田がバス通りから一本内側の道に入って角を曲がると、春田の自宅は十数メートル先に見えてくる。 春田の足が速くなる。 そして、春田家の門の前の街灯の下に牧はいた。 牧は高校の制服姿でいつも持ち歩いているボストンバッグは道路に下ろしていた。 おい、一度も自宅に帰らずにここに居たんか。 家、近いんだからさ。一度戻れば良かったじゃん。 ずっと俺を待っていなくても―――。 そんなひたむきにされたら、 俺が困るじゃん。 牧は夜空を見上げるようにしていて、帰宅した春田に気づいて春田を見た。 「………牧。まだいたの…」 「……いましたよ、そりゃ。絶対に今日、会って話をしたかったから」 「なんで家の中に入らねーの。」 「……いいんです。」 牧は足元を見ながら不貞腐れていた。 春田は、そんな牧の前に歩み寄ると、立ち止まった。 「……ごめんな」 「…いいですよとは言えないけど。何時間待ったと思ってるんです？」 「いや、だから。もう待ちくたびれて帰ったんじゃねーかと」 「ラインに返事もくれないし」 「………」 「ラインで言う話じゃなかったですよね。かーっとなってラインしたけど、春田さんがあんなこと言われてびっくりして逃げるのは分かってたんだから。…今日だって、家にいるわけないと思いながら、ここに来た」 「…うん。冷静になった方がいいよ、牧。俺……」 「俺は冷静ですよ。…不意打ちにならないだけ、春田さんもワンクッションあって良かったんじゃないですか。って、ラインで失敗したのは痛恨だと思ったけど、そう思うことにして、待ってた」 ……え？ 春田が顔を上げて牧を見ると、牧は街灯の白い光に照らされて唇の端を引き上げていた。 牧の長いまつ毛が彼の頬に影を落とす。 「俺が春田さんに力で勝てるようになったら言おうと思ってたんだ。…付き合ってください」 「いや、それ言われても、俺、」 「俺と付き合ってください」 牧に繰り返し言われて春田は口を噤む。 「………。なんで俺なのよ？」 おまえはいくらでも好きになってくれる子いるだろう。 「なんでどころか、物心ついたころから俺は創ちゃん一筋だよ」 「いや、お前、意味分かってる？そう言うのは俺になついてたからで。それ、たぶん恋愛じゃないし……いや、お前が、牧が女の子だったらなーっていうのは、俺だって何度も考えたけど」 「……うん。そうだとしたらなんの問題もなかったんですよね。でも、俺はあいにく男ですし……、でも、それでも。俺は春田さんと付き合いたいし、結婚したい」 春田はぽかんとする。 「……十五歳の男子高校生にプロポーズされるとは思わなかったわ」 牧は笑って、手にしていたハンカチを春田に差し出す。 この前のキスの時の。 …ああ、洗って持ってきたのか。 春田が受け取ろうと手を伸ばすと、牧はそれを春田に手渡した。 「春田さんに力で勝てるようにはなったけれど…、俺、まだ十五歳なんですよね。そこがまだ問題で。今、春田さんと結婚しちゃうと、青少年保護育成条例に引っかかっちゃうんだけど」 「～～～～～～、そんなことを俺に心配させんな！」 「あはは。だから、春田さんには二年ちょっと時間があります。 すぐに決めなくていいんです。 俺は十年以上創一が好きだけど、春田さんは心の準備が出来ていないですよね。」 牧の言葉が春田の耳に柔らかく響く。 牧は笑っていて、 存分に逃げていいですよ。と、言った。 俺を説得するつもりなんだろうけど。 俺は、でも、牧――。 「二年の間、どれだけ悩んで逃げてもいいから。俺、追いかけますから。」 「――――」 「ハンカチ一枚分の距離、超えて見せるから」 兄弟のように育ってきた二人の追いかけっこが始まる。

春田24歳、牧高校1年生（15歳）、家が近所の幼馴染み設定です。幼馴染みのお兄ちゃんである春田にずっと想いを寄せてた牧くんのお話。二人は随分歳が離れていますよね～…もし学生時代に出会っていたら恋愛関係になるの大変だったんじゃないかな！？という妄想から生まれました。公式ブックで新しく公開された情報もいくつか拝借させて頂いております。可愛い感じに仕上げたかったのですが、さて、いかがでしょうか。<br />【追記8/18】2018年08月17日付の[小説] 女子に人気ランキング 27 位<br />2018年/08月17日付の[小説] デイリーランキング 42 位　皆様、有難うございます！嬉しいです！！（涙）<br />【追記/8/19】ブクマ500超えました（涙）皆様、本当に有難うございます！励みになります！！嬉しいです！！！

ハンカチ一枚分の距離

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＊注意喚起＊ この作品は名探偵コナンの夢小説です。 すさまじいご都合主義、にわかな原作知識や捏造、ネットスラングを多用した駄文、口調の安定しない性格崩壊した登場人物達など、貴方様の地雷に引っかかる可能性を含んでおりますので自己責任でお読み下さい。 主人公の名前は（　　）表記、景光の偽名は『一河　唯』と表記しています。 安室透厳しめ＆糖度低めです。 嫌な予感がした方は速やかにブラウザバックぷりーず！！ ＊警察学校卒業（大卒後六か月）から萩原の事件まではおよそ三か月、安室さんが誕生日まだの２９歳（数え三十路）だった場合は一年と三か月。まあコナン時空なのでふわっと、深く考えない方向でいきます。 [newpage] 「…お客さん、来てるぞ？」 監視カメラに映っていたのは白色のＲＸ－７―――降谷零の愛車だった。 …実は工藤・阿笠両家の周辺には、私の謀略により大量の監視カメラがトラップのように設置してある。それらの半数は一般的に市販されている…何の変哲もないもので、残りの半分が博士特製の超小型高性能カメラだ。 つまり、目敏くカメラを発見して上手く身を隠そうとするやり手であるほど、もれなく小型カメラの方に鮮明に映ってしまうという、えげつない配置になっている。つまりは降谷さん丸見え状態。 いつぞや、まだ哀ちゃんが組織の人間であり、死んだはずの工藤新一の痕跡を探るためこの家に来た時の記録もばっちり残っている。数日後そのデータを発見して、うぎゃあと悲鳴を上げたのがちょくちょく家の様子を見に来ていたこの私です。…その際は赤井さんも景光も、まだ誰もここには潜伏していなかったから良かったけれど、今来られたらと思うとホント困る。なので警戒だけは怠らないよう、景光には主に自宅警備を厳重にしてもらっている。 「分かりやすいな、降谷は」 「まあ、当て付けに赤井さんを連れて行ったからね」 普段は冷静で分析力に長けているのに、彼を目の前にすると頭に血が上ってかなり情動的な思考になってしまう。そんな彼を一方的に知ってはいたけど実際に、私の立場から目にしてみるとかなり面白可笑しい。ん？性格悪い、誉め言葉かな？ 「それだけじゃないだろ、彼女が他の男と連れ立っていたら誰だって…」 「元、ね」 「ハイハイ、本心では嬉しいくせに」 「え、何のこと？憎さ余って可愛さ百倍よ？」 「逆、逆。それひたすら可愛いだけじゃないか？」 「今の私は心情的には悪役だから、こう『よくぞここまで辿り着いたな、褒めてやろう』って気分なのよ」 「それはただの悪役じゃなくて、ラスボスって言うんだぞ？」 景光とこんな、学生時代みたいな会話が出来たのは何年振りだろうか。カメラ越しに友人の愛車をじっと眺める彼に、思わず声をかけた。 「―――会いたい？」 零から景光を遠ざけているのはフラれた仕返し…なんて動機もあるにはあるが、それだけの理由ではない。勿論二人の身を守るという重要な意味がある。 ヒロがＮＯＣバレした経緯は、いまだにはっきりとしていない。なので『スコッチと連絡を取ることでバーボンまでも危険に晒すわけにはいかない』という赤井さんの判断に、私も景光も同意したからだ。 それにあの組織を死に追いやるには、彼にバーボンとして深く潜り込んでもらう必要もある。だから、せめて原作に追いつくまでは、本人の望みどおりに降谷零を孤独にしておく必要があった。 私の問いかけに、男は視線はモニターから離さずに、またスプーンでカレーを口元に運んでニッと微笑んだ。 「会いたくない。と言ったら嘘になるけど…今はまだ、やめておくよ」 「そう、もう私も赤井さんも止めないけどね」 「それはそうかもしれないけどな…」 そして彼は小さな声で「今出て行ったら、逆にゼロに殺されるだろ…」とぼやいた。うん、その時は私も一緒に怒られることを覚悟しなければなるまい。…いや、怒られるだけで済めばいいけどな…？ ＊　＊　＊　＊　　　　　＊ 「で？…一から全部話してもらおーか？」 カツ丼、ではなく三人分のカレーの用意を済ませテーブルに着くと、絶賛ジト目中のコナン君と沖矢さんが何とも言えぬ表情で迫ってくる。圧迫感がすごい、一体ここはどこの取調室なんでしょうね？ はい。速攻で景光の部屋に逃げ込んで、安室透との関係について碌に説明もしなかった私が原因でございます。 「七年ほど前に彼にフラれてそれっきり会ってません説明終了」 「待て待て待て」 「いただきまーす！」 「あ、いただきます。…じゃなくて、勝手に終わるな！もっと詳しく！」 「頂きます。ホ―――…彼が君を、か。交際期間はどの程度だったのか聞かせてもらっても？」 中の人出てますよ。というか、沖矢昴が普段細めてる瞳をばっちりと開いてこちらを見つめてるのは、何だかこそばゆい。一方的に探られるのは良い気がしないけど、降谷零に対する復讐も済ませたことだし、ここまできて黙っていなければいけないことも、特にない。何故ならこのメンツは既に一蓮托生の仲だ。 両手を合わせたのちサラダを一口咀嚼してから、ぽつぽつと思いつくままに語りだす。 「交際は…そんなに長くないです。多分一年足らず…尚且つ私も彼も仕事が忙しかったから、月に一度会えればいい方で」 「なんだ！じゃあ俺の方が付き合いは長いんじゃねーか？」 「いや、付き合い始めたのは警察学校卒業後だけど…景光と零は小学校からの幼馴染だよ」 「聞いてないぞ！？」 食い気味のリアクションをするコナン君に「言ってないし聞かれてもいなかったからなぁ…」と生返事を返すと少年は、拗ねたようにぶつくさボヤキながらそっぽを向いた。 なになに？仲良しのお姉さんの元彼発覚に、ちょっと複雑な気持ちになっちゃってるんですか？可愛いさのあまり頭をなでなでしてみると「おい…やめろよ」と口では反発するものの無理に振り払ったりはせず、されるがままになっている。こういうところが可愛いんですよね、この子は。 そういえば、零や景光とは卒業後に結構離れていた期間があり、新一とは彼が生まれてからちょくちょく顔を見に行ってるから、付き合いの長さ的には大体どちらも同じくらいになるのか…。 「俺が組織でバーボンに出会ったのはおおよそ五年ほど前だ。つまり身辺の整理と安全かつ堅実な下地作りに二年を費やしたわけか。慎重な彼らしい動きだ…彼が君と別れたのも、君の身の安全を想っての行動だろうな」 「それって、安室さんは黒ずくめの組織に潜入するために（　　）をフッたってこと…？」 「ふーんだ。いざこちら側の立場になれば分かりますよ…どんなに危険でも、蚊帳の外よりも巻き込まれた方が気が楽だってね！」 「ふむ…降谷君は相手が自分にとって、重要であればあるほど冷静さを欠く傾向があるようだな」 また一口カレーを食べ進めて、ごくごくと水を飲み干して…確かに赤井さんの言う通りかもしれない、と顔をしかめた。私の時、そして景光の時、彼は二度も間違いを冒しているんだ。 いや…同期たちの件も併せて考えると…まるでどこぞの魔術師家系のように“あらゆる事をそつなくこなし、ここ一番で失敗する”……という、死に至るうっかり属性みたいに思えてきた。これは今後も厳重な警戒をしていく必要があるかもしれない。 「…それはそうと、さ。（　　）は、まだ安室さんの事…好きだったりするのか…？」 遠慮しながらも話の腰を折るようにして、甥っ子は私の袖を引き上目使いで問いかけてくる。可愛いが過ぎる。心の蔵を掴まれたような、溢れだす前世からの萌えのパッションを必死に押し殺して、私はキメ顔でこう言った。 「ん？私の本命は随分前から…烏羽色の彼奴らですが？」 キリッ。景光の事も新一の事も、もっと遡ればまだまだ復讐のネタは尽きない。彼との関係を絶ち切ってからの私の標的は、あくまで黒ずくめの組織のみなのだ。怒りにまかせて最後の一口をかきこんで、席を立つ。 「その言い方だとまるでジンが恋人みたいだからやめとけ…？」 「同感だがボウヤ、それを口に出すのは感心しない」 至極当然のことを言ったまでなのに、何故だか不満を口にする彼らに対し、自分の食器を片づけながら「おかわりはいる？」と尋ねると、二人口を揃えて「「いる」」との回答が返ってきた…やっぱりこいつら仲良しだな…！？ ＊　＊　＊　＊　　　＊ さて、ゆっくり味わって夕食を食べていたら、気が付けばどっぷりと日が暮れて。辺りは真っ暗になっている。あんまり遅くまでヤツを放っておいたら屋内に侵入してきそうな気もするし、そもそも私は明日もお仕事。もう帰らななければ翌朝がつらい。 「…もう夜遅いから帰すけど、話はまだ終わってないからな…？」 「ハーイ…いやでもこれ以上述べることはもう無いような…？」 「本当に送っていかなくても大丈夫なんですか？」 今現在も玄関前で張り込まれているのは確認済みなのでね…そんな火に油を注ぐ、どころかガソリンをぶち込むようなマネは致しかねる。私の家がそう遠くないことを理由に、沖矢昴の提案を丁重に断らせてもらうと彼はすんなりと聞き入れてくれた。が、コナン君は何故だかまだまだ仏頂面だ。 「カレーはいくつか冷凍しておいたから、残りは鍋ごと阿笠博士のところに持っていって哀ちゃんに処理してもらって」などなど、靴を履きながらいつも通り色々指示を飛ばす。ここも隣の家も基本は男所帯だから、放っておくとすぐ荒んでいく。これまでは私が休日に全て請け負っていたけど、哀ちゃんが来てからと言うもの、主に阿笠邸の環境は一変した、実に良い事だ。 「家に着いたら携帯に連絡しろよ」 「コナン君は私のお父さんか何かなの？」 「…そこは彼氏って言っとけ、バーロー…」 「へ？今なにか言った？」 「なんでもねーよ！」 この子はたまーに小声で意味深な事を言ってくるんだけど、身長差のせいか聞き取れないことが多くて困る。のでとりあえず彼と目線を合わせる為にしゃがんで、その柔らかほっぺに『おやすみのチュウ』を落として、さっと怒られないうちに扉に手をかける。さすがに新一相手にはこんな事しないけどね。有希子さんがコナン君にしている、その一連のやりとり見てたらすっごく可愛らしくて、つい真似してみたくなっちゃうんだ☆ 「ななな、ば、ばばっ」 「おや、羨ましいですね…おやすみのチュウ、私にはしてくれないんですか？」 「…沖矢さんは何を言っているんですか？」 「だっダメに決まってんだろ！というか（　　）も気安くこんな事するなよ！！…いや、俺には良いけど！」 「おっと許可頂きました！合意合意！！」 十分事案ですけどね、と呟く声を無視して扉を開ける。彼からはいつもいつも面倒事を吹っかけられいるんだから、報酬にこれくらいはいいじゃないか。などと供述しており…いやいや、従伯母だからギリギリセーフのはず！…しかし沖矢さんから発せられる『チュウ』の破壊力たるや…何かすごいな！？ わざわざ扉の外まで見送りに出てくれる二人に手を振りながら、馬鹿でかい屋敷のアプローチを通り門扉へと向かう。ホッ、さすがの彼にも良識というものがあったのか、ここから見える位置には停車しておらず、玄関前に立ち止まっている彼らは追跡者の存在に気が付いてないようだ。 「それではお気をつけて」 「電話忘れずにな！」 「はいはい！」 私が門を閉じるのと同時に沖矢さんが扉を閉じる…夜の住宅街は街灯だけがほんの僅かに道を照らしている。玄関からも明かりが消え、彼らの姿が見えなくなったのを確認して――― 全　力　疾　走　！　！ 三十六計なんとやら！ 人通りの少ない夜路に背後から響く舌打ちの音。あの、普通に怖いんですけど！？一拍置いて車のエンジン音が聞こえてくる。当然、車に匹敵するほどの脚力など私にありはしないけど、とにかく監視カメラの画角から全速力で遠ざかる！あー、なんか高みの見物をしている景光の笑い声が聞こえて来る気がしますな～！？ 走り出して四十秒ほどで真横に車が並走する。突如開かれた車両のドアから伸びてきた手がこちらの腕を掴むと、力ずくで車内に引き摺り込まれてしまう。そして運転席に座った男の膝の上に、ストンと腰を落とす形で後ろから抱き込まれ、抵抗できないように片手で口を塞がれた。 …あのこれ、拉致事件で訴えたら余裕で勝てるレベルで犯ッ罪ッ！！！ ガッデムこれでは声が出せない。…せめてもの足掻きに、というか嫌がらせに『こいつおまわりさんです！！そして私もおまわりさんです！！』って叫びたかった。こんな時間に近所迷惑甚だしいな！ まあ逃げ切れるとは思っていなかったし、監視カメラの範囲内からは抜け出せたので良しとしようか。でもちょっと荒々しすぎると思います、略取誘拐罪で現行犯逮捕してもいいですか？ 凶悪犯は私を拘束し自らの膝の上に座らせたまま、そっと扉を閉めると…より人目に付かない路肩へ車を移動させた。何か犯行がスムーズで手馴れてやがるな…？ 「むー！ッん――！！」 「落ち着け―――俺だ」 誰だよ！！？？？ 物理的に黙らされていなかったらそう絶叫していたに違いない。一体どの面下げて俺だと言っているんだこの男は。やや腕の力が緩んだので口を塞いでいた手を押しのけ、一応振り返って確認してみるけど、そこにいたのはやはり予想通りの人間だった。 「あれ、安室透さんじゃないですかーびっくりしちゃいましたーさっきぶりですねー！？」 「―――な」 棒読みにもほどがある発言に、彼は言葉を詰まらせた。うん？まさかここまで塩対応されるとは思ってなかった顔ですね？とりあえず乗車拒否は出来なさそうなので、せめて助手席に移動しようと試みたけれど、相変わらずの馬鹿力で腰をがっちり固定されてびくともしない。ＨＡ☆ＮＡ☆ＳＥ！ 「ちょっと！」 「沖矢昴とは、どういう関係だ」 いきなりかい！ハイハイ今自分が女性に対してどんなセクハラ行為に及んでいるかよりも、私にどう思われているかよりも、赤井さんの動向の方が気になるんですよね、知ってますよ！ 「どうって言われても、ただの知人だけど」 「お前はただの知人の男の家で飯の支度をするのか？」 「…あーもう！昴さんとはまだそんなに親しくは無いけど、あのお宅の持ち主の工藤さんとは親戚関係で！家の環境も含めて彼の事をよろしく頼まれてるの！」 「ホォ―――？」 だぁー！こっちには何も情報を与えないくせに、自分にとって重要なデータだけ抜き取ろうとするその姿勢に腹が立つ。相手が降谷零でなかったら後頭部で相手の顔面を強打した上、肘鉄をお見舞いしてさっさと車を降りているんだから、有り難く思って欲しいものだ。なんて心の中で言っても負け犬の遠吠え感が半端ないね！ 少しでも距離を取ろうと、ぐぐぐと前傾姿勢になるこちらの気も知らず、彼は私の体を引き寄せ腕の中に閉じ込めた。おいおいおい何してるのこの人。人間シートベルトなの？パーソナルスペースが近いなんて問題じゃないぞ！？ 「あの男から離れろ」 「まず貴方も離れてくれる！？」 「…ヤツは[[rb:公安 > オレ]]が追っている重要な案件の関係者、ＦＢＩの…赤井秀一という男だ。恐らく沖矢昴は偽名で、お前や工藤家はそのカモフラージュに使われている」 「…成程？まあそちらの主張は分かったけど」 「なら今すぐ関係を絶て、近くに居ればどんな危険に巻き込まれるか分からないぞ」 「嫌よ」 抱き締める腕に力がこもる、いたたた。ホントに痛い。 …あのさ、元カノ相手に後ろから縋り付いた挙句、肩に顔を埋めるのやめてもらえるかな！？長い前髪が首元にかかってくすぐったい事この上ない！何なのコレ、色仕掛けのつもりなの！？ 「…事情は分かったけど。実質あの家の監督を任されているのは私だし、そんな事言われたら逆に危なっかしくて放っておけない」 「ダメだ！言っただろうどんな危険に巻き込まれるか分からないと！家がどうなっても責任はヤツにある！だからお前は安全な場所に…」 「くどい！仮に昴さんが危険人物だったとして…それならちゃんと見張っておくべきじゃない。どうして警官の私が率先して逃げなきゃいけないの！？」 「公安絡みの事件だといっているだろう、お前一人には荷が重い！」 あ、今カチンときた。そりゃあ優秀な同期たちに実技ではなかなか勝てませんでしたけど、私だって日本を守る警察官の端くれなんですよ？どうしてそんな、つまはじきにされなきゃいけないのさ。 「も一つ仮に…沖矢昴がＦＢＩの人間だったとして、それならご同業じゃない？彼が危険な捜査をしているとして、何でそんな…親の仇みたいに目くじら立てる必要が―――あるの？」 「―――――ッ」 言葉を捲くし立てていた彼の息が、一瞬止まる。 それはそうだろう。自分たちにとって大切な幼馴染の死を伝えるなんて、彼の性格上出来ないはずだ。私の性格も考慮すると、仇を取り行くと言って暴れかねないから尚更だ。さすがにこんな無慈悲な攻撃は良心が痛むし、言ってからかなり後悔してしまった…だって[[rb:当の本人 > 景光]]は今頃おかわりをして、二杯目のカレー食べてるからね！ 若干緩んだ腕の拘束を解き、身をよじって助手席に座り直した。数秒後、彼は静かにハンドルを握り、車はゆっくりと動き出す。まあキツ過ぎるお灸ではあったけど、これで彼も少しは冷静になってくれるかな。なんて考えは甘すぎたようで、私の発言から彼の思考は予期しない場所へ不時着したようだ。 「なあ」 「何？」 「…俺達、やり直さないか？」 「それ本気で言ってたらグーで殴るけど大丈夫？」 暴投を暴投で返してくるとか、なにこの駆け引きの上等技術。え？ケンカ売られてる？今の一連の流れでその発言は、私を利用する気満々にしか聞こえないんだけど？公安もＦＢＩも、こいつら自分の顔面力に頼りきりでハニートラップのやり方がちょっとザルすぎないかい？ 「それでお前の気が済むのなら、殴ればいい」 「…それじゃ気が晴れないので、やめておきますね？」 大体こんなの殴ったら私の手の方が痛みそうだ。 明後日の方向に走り出した彼とは裏腹に、車は迷いなく私の自宅へと向かっている…よかった、どこかに連れ込まれてしまったら明日の仕事に影響が出る。警察官の朝は早いのだ。 「七年ほど前に恋人にこっぴどいフラれ方をしてから、そういう気にはなれませんので」 「…そうか、じゃあ沖矢とは何もないんだな？」 「いやぁ、あの人はどっちかっていうと命の恩人―――」 「待て、どういうことだ！？」 車が急停止する。あ、やべ、口が滑った、まあいいか。正しくは景光の命の恩人であり、コナン君や哀ちゃんだって何度もあの人に救われているのだから…私にとっての彼も、彼にとっての私も、そういった恩人ポジションで間違いないはずだ。 もともと私の家は工藤家からそう遠くない、車で数分走ればもうすぐそこだ。なのでここからはまた走って逃げよう。素早くロックを外してドアを開け、するりと車外に出ると彼もまた追いかけるように飛び出してきた。 「おい！待て！」 「いや～安室さん、今日は送って下さって有難うございました～」 「話を聞け！お前は一体、何をしている！？」 ひょいひょいと追随する魔の手から逃れようとするものの、背後にあったガードレールが邪魔をしてあっさりと腕を掴まれてしまう。…さっきから、そんなに強く握らないでほしいな、痕が付いてしまいそうだ。 「まさか危険な事に首を―――」 「…だとしても、貴方には関係が無い」 きっぱりと拒絶の意思を見せると、彼は今日一番の衝撃を受けたようだ。護身術の要領で掴まれた腕を捻って無理やり手を引き千切る様にして離させ、きちんと体制を整えてから彼の目をまっすぐに見る。 「一つだけ忠告させてもらうけど…私は七年前とは違う、もう零の知ってる（　　）じゃない」 「ッ！？」 言葉も出ない様子の彼に、畳み掛ける。 「今の私は、江戸川コナンの絶対的な味方なの だから、零があの子の敵になるなら ―――私は貴方の敵になる」 そこまで言い切ると、彼は丸くしていた目をさらに見開いた。それは出てきた名前の突然さ故か、それとももう、何かコナン君に思うところがあるのか…なんにせよ私の立ち位置は早々にはっきりさせておく必要があったと思う。 「沖矢ではなく…コナン君の味方、か」 「そうよ、私にとってコナン君は弟同然なの。だから…私はあの子を生かすためだったら、何だってするわ」 私の自らを軽視するような発言に、彼は改めて目つきを厳しくして、再度こちらに手を伸ばそうと…するのを華麗なバックステッポで避ける。三度も捕まってたまるものか！ 「あ、そうそう。もう一つだけ言っておきたいことがあったわ」 「こちらにはまだ山ほど言いたいことが―――」 「可愛い可愛い[[rb:彼女 > ・・]]さんに、よろしくお伝え下さいな！」 これ以上ない完璧な笑顔で捨て台詞を叩きつけると、相手は一瞬なに言ってんだコイツといった表情で、眉をひそめる。 数秒後、七年前に断腸の思いで発した自らの失言を思いだし、居たたまれない気持ちになったようで…そっと視線を落として頭を抱えた。…もう追ってはこれまい。 ふはははは！ ざまあみろ！ 彼に対する私の復讐は、今ここで完全なものとなった！…というかこの反応、さてはあの暴言を忘れてたな？それならば何度でも思い出させて差し上げましょう！ ……ずっと抱え続けていた胸の痛みとは、これでお別れだ。これ以上の憂さ晴らしは…まあ、程ほどに。そんな訳で現彼女こと―――黒の組織によろしくね！と言伝を頼んで、 車のボンネットに手をついて項垂れる彼を放置して、私は清々しい気持ちで帰路についたのだった。 ＊　　　　　＊　＊ ＰＣモニターのバックライトが狭い室内を静かに照らす。 カランと、解け始めたグラスの氷が音を立てた。 「ふっ、はは…全力で走って行ったな」 二人の幼馴染が防犯カメラの視界から消え去るのを確認して、机にそっとグラスを置く。 彼は車だった、彼女はきっと早々に捕まってしまうだろう。 ぼそりと呟いた男は蚊帳の外に置かれたこの状況を、悲しいとは思わない。 何故なら自分は、四年前に死んでいたはずの人間だ。そもそもこうやって彼らのすぐ傍にいられるこの環境を、喜びはするが悲観することなど何もないのだから。 「降谷は…何て言うかな？またあいつを怒らせるような事を言うんじゃないだろうな？」 …別れたと聞かされた時は驚くしかなかった。あんなにベッタリだったゼロが、まさかあいつの手を放すような真似をするとは、なにより彼女があそこまで憤慨するとは思わなかった。おそらく彼にとっても想定外の出来事だろう。 「多分…泣いて、泣いて、それでも俺の事を待っていてくれる。…なんて都合の良い事は、考えていないといいが…」 アイツは妙に自信過剰なところがあるから有り得そうで怖い。 何より彼女の怒りは、俺から見ても予想外だった。きっと長年のモヤモヤが積み重なってしまっていたんだろう。 「なあ、[[rb:零 > ゼロ]]。あいつを泣かせているのは、俺もお前もお互い様だが、もしお前が…もう一度(　　)を悲しませるようなことがあったら、俺はきっと…」 男が小さな声で呟いた言葉は、誰に聞かれることも無く闇に溶けていった。

安室(降谷)VSコナン夢です。早く警察学校編で景光のキャラをはっきりさせてくれ…現段階では一見クール系を装っているけれど、根は気さくで明るいスコッチ推し。次回念願の同期ターン！<br />当初は徒歩の予定だったけど、ゼロティー見てたら車でも何の問題もなさそうだったので愛車を出したのであった…。<br /><br />小悪魔可愛い後輩の水着とか、脱布した推しの極が来てとても忙しい夏。<br />＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br />前回にユーザータグと正座待機タグつけてくれた方ありがとうございます！8/18ちょっと加筆<br />08月17日付の[小説] 女子に人気ランキング 34 位<br />2018年08月17日付の[小説] デイリーランキング 69 位ありがとうございました～

降谷零にフラれたのでコナンセコム始めました。２

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「非常電源入りました！　短時間なら中継可能です！！」 対処に奔走していたスタッフが大声で叫んだ。 諸岡や尾田はカメラの近くに寄り、僅かな光源に向かって口を開いた。 なるべく要点を即伝えられる様に、滑らかではあるが早口で実況する。 「こちらアメリカ・デトロイト、ＧＰＳアメリカ大会会場です。　日本の勝生勇利選手滑走直前に停電が起こり中継が途切れまして申し訳ありません。　ただ今非常電源にて中継を行っておりますが、とても不安定な状態です。 勝生選手がリンクに降りて五分、こちらも凍える様な冷気です。　勝生選手のコンディションが心配されます」 「とても心配ですね。　しかし日本の皆さんご覧ください！　会場一面が星空の様になっています。　停電してからすぐに勝生選手を応援しようとアリーナ中の観客達がスマホのライトを使ってリンクに声援を送っています。　なんて素晴らしいんでしょう・・・！」 「尾田さん、まだ涙は早いですよ。　恐らくもう少しで復旧されると思いますのでこのままご覧ください」 「おいおいおい！　マジか！！？」 「ちょっとー！　どういう事！？」 突然真っ暗になった画面にユリオとミラは吠える。 特にユリオは大画面に近寄りぺシぺシと叩き出す。 リリアやドミートリー少年も茫然と画面を見ていた。 するとユリオのスマートフォンに連絡が入り、良く見知った意外な人物からだった為急いで通話ボタンを押した。 「マリネー！」 流石に救世主と名高い勝生真利。 縋る気持ちで電話に出ると、不安定な画像が浮かぶ。 テレビ電話だった。 「マリネー！　突然テレビ中継が切れちまった！　一体どうなってんだ！？」 『何か勇利がリンクに降りた途端に停電になったって。　豪雪の影響での一時的なものじゃないかって。　で、今日本のテレビ局が何とか中継繋いだところ』 真利は自宅のモニターにスマートフォンの画面を近付けその様子をユリオのスマートフォンへ映し出す。 チラリと勇利の両親や従業員が手を振っていたのが見切れていた。 「なんだよ・・・これは・・・」 荒く映る暗い画面に星々が映っている。 だがそこに勇利やオーディーンを多数の声が呼んでいる。 諸岡が何かを言っている声と数年前まで世界で戦っていた男子フィギュアスケーターの元選手の会話が聞こえて来る。 『こんな状態。　なんか良く分らないけどさ、凄い事起こるんじゃないかと思うわ』 真利の声も聞こえて来る。 『多分その内そっちも映るよ。　ユリオも一応心配だろうからさ、連絡してみた』 「おう、ありがとな」 『あんたも頑張りなよ。　ミラちゃんもね』 現在の状況だけ伝え、真利との通話は終了した。 皆が困惑していた時にまるで見ていたかの様にすぐ連絡を寄こした真利。 「時々、マリネーは超能力者なんじゃねーかと思うわ。　あの姉弟常人じゃねーよ」 「マリネーサンって出来る女！って感じで素敵よね」 「彼女のお陰で今カツキがどう言う状態かわかりました。　感謝せねばなりませんね。　それにしても―――」 リリアはふうっと溜め息をついた。 「カツキは何て引き寄せ体質なのかしら」 [newpage] 「ゆうり・・・大丈夫かなあ・・・」 リンクを分け隔てている壁にかじりつく様にチェザーレは中央に立っているシルエットを見詰めていた。 何とか視える視界の中、勇利はスピンをしている様に見えている。 「こんな状況の中、あいつは随分落ち着いていると思うが」 「そうかな。　あーもうっ、この停電いつ終わるんだよ！　ゆうり凍えちゃうよ！！」 悔しさに壁を叩いていると、大会関係者が懐中電灯を片手に近付いて来た。 「勝生選手の帯同の方ですか？」 「そうです。　あなた係員？　それとも関係者？　この停電早くどうにかならない！？」 「こちらも驚いている次第です！　アリーナ管理者の話ではあと数分で復旧可能との事ですが、勝生選手は一旦リンクから戻しますか？　それとも続行ですか？」 「は？」 何言ってんだ？とでも言う様にチェザーレは眉を顰める。 「そんなの当たり前だろ！ゆうりあんな寒い所に居るんだ！　凍えてるかもしれないだろ！　そんなんじゃ素晴らしいパフォーマンスなんてできっこなし、取り返しのつかない怪我でもしたらどうするんだよ！！」 噛みつかんばかりの勢いでチェザーレは係員に詰め寄るが、その肩を強い力で漆黒の男が掴んだ。 「わたしはリンクから降ろす必要はないと思うが。　あいつの気配が変わった・・・おそらく何かある」 隻眼の目をチラリと銀盤に移す。 氷上に一人取り残された勇利のシルエットは少ないスペースでクロスをしながら円を描いていた。 「はあ！？　ニーマンはゆうりが心配じゃない訳！？」 「あいつには氷上で一緒に戦うお前の衣装がついているのではなかったのか？」 「！？」 チェザーレは口を噤む。 確かに勇利にはディードリヒが指揮した音楽と、チェザーレが丹精込めて作った衣装が傍らにある。 ただこんなイレギュラーな事が起こり、凍える冷気の中に身を置いている。 それが心配でならない。 「それから、あいつのコーチに聞いてみろ。　ニキフォロフならリンクから降ろさないだろう」 「そんな事って・・・」 チェザーレが声を張り上げた時、スマートフォンが震えた。 もしやと思い、慌てて画面を見ると『ヴィクトル・ニキフォロフ』の名前。 「っチャオ！？」 声を掛けに来た係員もその場に留まって成り行きを見守る。 『やあチェザーレ。　勇利の帯同ありがとう』 「そんな事より！　今ゆうりの番なのに会場中が停電して！」 『―――知ってるよ。　でも勇利は大丈夫。　このまま続行する様にもし係が来たら言ってくれ』 「今ここに係がいるよ。　続行！？　あんたもニーマンもおかしなことを言う！」 『おや、ディードリヒもそう言っているのか？　流石だなあ』 「そんな悠長な事を！」 『コーチの俺が言うんだ、大丈夫。　それに俺は勇利よりも勇利が勝つって信じているからね。　だから明かりが戻ったらこのまま―――続行だ』 有無を言わせぬ氷の皇帝の言葉に、チェザーレは決意した。 「わかった。　ゆうりはこのまま続行させる。　ぼくもゆうりをゆうり以上に信じるよ」 『スパシーバ』 ヴィクトルからの電話を終えると、係員は慌てて立ち去った。 チェザーレは壁に肘を着き、祈る様に手を組む。 「神よ。　ゆうりの国は違えど、守る神は違えどどうかご加護を」 「長谷津大明神様！　お願いします！！」 時を同じく、都内某所では全員がお守りを握りしめながら床にひれ伏していた。 「どうか勝生選手が無事にリンクか降りられたなら、俺達は御前で奉納ライブでも何でもします！！」 「長谷津大明神さまー！　今すぐアメリカはデトロイトに行って下さい！！」 「大明神様！　勝生選手にどうかご加護を！！」 星が瞬く様な会場のみが映されたモニターに諸岡と尾田のコメントをかき消す程の声援が飛び交っている。 勝生勇利を呼ぶ声と、オーディーンの名を呼ぶ声。 「長谷津大明神様！　オーディーン様！　ご降臨ください！！　勝生選手の元に明かりをともして下さい」 タカオはお守りを頭上に掲げ、大声で叫んだ。 ―――　瞬間。 モニターが一気に明るくなり、リンクの映像が映し出されると同時に遠く離れた日本の空気を震わせる程の大歓声が響き渡った。 「勝生選手！　良かった無事だ！！」 リンク上ではゆっくりとしたスピンをしている勇利が映し出される。 そしてすぐ後に続いた諸岡と尾田の焦ったアナウンスにメンバー全員が肝を冷やす・ 「え・・・？　続行・・・？」 「漸くリンクに明かりが戻りました！　わたくしの声が聞こえますでしょうか！？　アリーナ中は大歓声に包まれています！！　お隣におられます尾田さんの声さえも聞こえません！」 「いやー、凄い！　空気の振動が物凄いですね！　はあ、勇利くん無事だ～！　良かった～！！」 「勝生選手の無事が確認されました。　一度リンクを降りるかと思いますが―――。　え？　は！？　何ですって！？」 「うそやろ！？　このまま続ける！！？　何分リンク上にいたと思ってんですか！？　勇利くん凍えてますよ！？」 「何と、勝生選手このまま続行！　演技をこのまま続行するとの事です！！　コンディションは大丈夫でしょうか！？」 「何をしているんだ！　勝生選手を一刻も早くリンクから降ろしなさい！」 大会関係者の中で一番のトップが慌ててリンクサイドに駆けつけて来た。 『続行』と先程の係りが伝えに来たが、大切な選手にそんな事はさせられないと老体に鞭打って走って来たのだ。 「カツキ君！　早くこちらに来なさい！！　そして医務室へ！！！」 大声で叫ぶが勇利はぼんやりとした表情のまま氷上にある。 何度もその名を呼ぶが、勇利の異様な状態に徐々に戸惑いが生まれた。 「カツキ君・・・？」 「この大会のお偉いさんだよね？　ぼく達、そしてニキフォロフコーチもこのまま続行を決定したんだ。　そのまま見守って欲しい・・・。　ぼく達は勇利を信じているんだ」 チェザーレは初老の紳士の傍らに立ち、日本風に頭を下げた。 観客達も見守る中、勇利はリンクを降りようとしない。 それどころかゆっくりと氷の上を滑っていた勇利は中央に戻り、ぴたりとポジションを取った。 観客はこのまま続行する事を悟り、絶叫と興奮で会場中が揺れる。 「日本の勝生勇利、アクシデントはありましたが続行、続行です。　今期フリー、振り付けはヴィクトル・ニキフォロフ」 諸岡のアナウンスを追いかける様に、緩やかなハープの音色が流れ出した。 「音楽は舞台『黒鳥』の音楽総監督を務めたドイツのディードリヒ・ニーマン指揮で『無題』、世界初披露となります」 突如迫りくるティンパニーの音に、勇利は何かに気付く様に振り返る。 その瞳は陰を落とし、遠く彼方を見詰めている様だった。 観客やリンクサイドで見守った出場選手達はこぞってその時の勇利の演技を「オーディーン様のご降臨を観た」と興奮した様に語る。 月光に照らされた美しいバラの咲く庭園と、白鳥の様にたおやかな青年。 これから訪れるであろう運命に翻弄される事を知らない無垢な彼は、音楽とは裏腹にその瞬く間の尊い時間を精一杯に楽しむ彼様に駆け巡った。 生きとし生けるものを愛で、この世界に光を放つかの様な幻想を氷上の彼の演技に見えた気がしたと。 「舞台『黒鳥』では初めに月光の化身の様なオーディーンが登場しましたが、当にそれを再び観ているかの様です。　バラの咲く美しい庭でジークフリート王子と出会うと言うシナリオになっています」 「諸岡アナは確かサンクトペテルブルクでこの夏に実際の舞台を観られたんですよね。　実に羨ましい――、四回転サルコウ！　これは非常に美しい！！　まるでお手本の様ですね！！」 軽やかな音を立てて飛び立ったジャンプは流れる様なランディングで次の動作へ。 バラの枝をすり抜けるかの様に軽やかなスケーティングを披露していた。 指先の一つ一つが、愛おしむかの様に空気に触れては抱く。 柔らかく、まるでバレエでのワンシーンを見ているかの様に優美な動き。 ジャンプも次々と決まり加点の嵐だった。 「ここから後半です。　冒頭のジャンプは四回転トゥループ！　っと三回転トゥループ！？　更に三回転ループのコンビネーションジャンプ決まったー！！」 「勝生選手！　えええ嘘でしょ！？　これ某五輪であのロシア大帝と呼ばれた選手が繰り出した高難易度のコンビネーションジャンプじゃないですか！？　今、勝生選手によって甦った！！？」 次々と決まる大技に会場のボルテージも上がって行く。 演技途中にも関わらず、観客達はリンクに引き込まれる様に立ち上がって行く。 中にはその迫力と尊さに泣き出す観客や無呼吸になってしまう者まで現れた。 壮大な音楽にのせ、両手を広げハイドロブレーディングの姿勢に入った勇利のしなやかな姿は衣装のドレープががまるで翼の様にはためき、優美な鳥が舞い降りたかの様だった。 「これは・・・鶴！　まるで鶴が翼を広げて銀盤に羽ばたいています！！」 「白鳥と言うよりは確かに鶴に見えますね！　いやあ、美しい！　私達はフギュアスケートを観ているのか・・・バレエを観ているのか判らなくなってきました！」 「ふん、成程。　白鳥ではなく『鶴』か」 ディードリヒは優雅に舞う勇利の姿を眺め、彼のスケートを初めて見た時の事を思い出していた。 「そう、ニーマンだって思っただろ？　あの時勇利は黒鳥じゃなくて美しい鶴に見えた。　白鳥オーディーンの演技も見たかったのは当然だけど、ゆうりはやはり日本人だからどうしとも『鶴』のイメージが重なって見えるんだ。　でも綺麗でしょ？」 「元々白鳥の湖のモデルは鶴だと言われているからな。　こうして見ると白鳥よりも堂々としていて大きな存在に見えるな。　確かにあいつをより高貴に魅せる美しい衣装だ」 「うお、ニーマンに褒められた！　でもさ、あのゆうりの状態ってさ」 「ああ間違いないだろう、あれが『ゾーン』だろうな」 「え、トランス状態じゃないのか？」 銀盤の上に舞い降りたオーディーンは翼を折りたたみ、滑らかにまるで再び空へと舞い上がるかの様に重力を感じさせず高く跳びあがった。 「最後のジャンプは―――コーチ、ヴィクトル・ニキフォロフの代名詞、四回転フリップ決まった――――っ！！！　勝生勇利、文句なしの四回転フリップだぁぁぁぁ！！！」 「うおー！　勝生勇利―――っ！！」 世界各国のアナウンサー達は悲鳴を上げ始めとても報道にはなっていなかった。 諸岡や尾田も目の前での勇利の演技が信じられず、実況席から立ち上がってしまう程だった。 「フライングシットスピン！　まるで鶴が白銀の世界で踊っているかの様に雄々しくも神聖な世界観！　美しい翼を広げ、今フィニッシュです！！」 「完璧でした！　完璧！！　もう言葉が出ません！！！　これＧＰＳ開幕戦ですよね！？」 「あの白金のオーディーンが氷上に完全に甦りました勝生勇利の演技！　なり止まない拍手と声援、ご覧ください！スタンディングオベーションです！！」 両手を広げ全てを受け止めるかの様に、勇利は虚空を見詰めながら手を伸ばした。 彼が手を伸ばした先に見つめる者は果たしてジークフリート王子なのかロードバルドなのか。 勇利は指先まで美しく優雅なレヴェランスをみせた。 あの舞台でユミリオとアレクサンドルに導かれた様に観客達に最後の挨拶をする。 大声援の中、リンクに投げ込まれる沢山の贈り物にも反応せず、ぼんやりとした勇利はその場から動けずにいた。 「勇利っ！」 アリーナが揺れ動く程の大声援の中でも耳に届いた大好きな声。 ぼんやりと意識をそちらに向けると、目の前に赤い布が降って来た。 強張った筋肉を何とか動かし、それを拾い上げるとふんわりと優しい感触と大好きな香り。 ―――ヴぃくトる―――？ あれ？　これボクノまふらー？　それにこの香りは・・・。 「勇利！」 「ゆうりー！」 「勇利っ！！」 「ユウリ！」 ミナコ先生の声？ ピチット君？ チェレスティーノ・・・？ エミル？ ぼんやりとした視界を声のする方に向けるとそこには一際輝く大好きな銀色が手を振っていた。 「勇利！」 「ヴィクトル！！？」 勇利はようやく大好きなヴィクトルを認識するとそちらに足を進めようとするが、急に膝が折れてしまった。 会場中が一瞬悲鳴を上げるが、両脇から小さな手が勇利の転倒を阻止してくれた。 「君達は・・・！」 チェレスティーノの教え子となった例の双子が両脇から一生懸命に勇利を支え、口々に「勝生選手凄かったです！」「オーディーン様！！」と涙ながらに声をかけて来た。 だが幼い二人では勇利を抱えきれず、両膝を再びつきそうになった所で一目散に響いて来たブレードの音に顔を上げる。 「ユウリ！」 「クリス・・・」 「おう、良く支えたなあおんし達！上出来じゃ！　あとはワシらが変わるけ、安心せい」 「クリスピーノ選手！」 「さ、君達もこっちへ。　手を繋ごう？」 「いいい、イグレシア選手！？」 「ははは、流石は私の自慢の義弟だ。　さあ手を」 「ギオルギーさん・・・」 双子たちはクリスとレオに手を繋がれてリンクサイドに向かい、勇利はギオルギーとミケーレに抱えられる様に氷を滑って行った。 その一連の行動に、観客達からは拍手喝采、全員の名前がコールされた。 彼等はそれに応える様に片手を上げ、勇利を壁に掴まらせるとチェザーレが慌ててブレードカバーを嵌め、ナショナルジャージを被せてからディードリヒと嵯峨谷が肩を担ぎながらキスアンドクライまで勇利を抱えて行った。 いつまでも収まらない声援、チェリーピンクのマフラーを首に巻きぐったりとした勇利はチェザーレとディードリヒに凭れながら力なくカメラに向かって手を振る。 やや時間がかかっていたが、表示された点数に勇利は膝の上のヴィっちゃんティッシュケースをポロリと落とし、信じられないと言う表情で口を覆った。 肩を抱いていたディードリヒの手がぎゅっと強くなり、チェザーレは涙ぐみながら二人にギュウギュウと抱き着いた。 「ＧＰＳ開幕戦、アメリカ大会！　とんでもない事が起こりました！！　何と勝生選手の点数は―――」

気付いたら更新が１月も滞っておりました！<br />すみません！<br />色々書き直したりしていたらあっと言う間に１ヶ月！<br />デトロイト編も終盤に差し掛かって参りました（＾＾）<br /><br />今回のお話もフィクションです。<br />「こんな事絶対あり得ないよ！」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、お話を進めて行く上での演出ですのでご了承くださいｍ（＿＿）ｍ<br /><br />・・・個人的にはジャン〇プ的なノリになってしまったと思いますが・・・（＾＾；）<br />愛され勇利君が大好きなので♡<br /><br />ユーリＭＵＳＥＵＭ、思わず３回も訪れてしまい感動感動大感動です～（ＴＴ）<br /><br />沢山のコメントやスタンプ、フォローして下さった方、いつもありがとうございます！！<br />本当に励みになります（＾♡＾）<br />デトロイト編、もうしばらくお付き合い下さい☆

進撃の黒鳥（２７）－雪のデトロイトー

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[chapter:タイトル一覧] エピローグ　B ０１　少女の救済 ０２　彼の自由 ０３　赤毛の少女と花言葉 ０４　老婦人のトランクケース ０５　友達 ０６　ニナとマリー ０７　パウルとオスカー ０８　親子の絆 ０９　夢見る大怪盗 １０　庭 １１　パンドラの箱 １２　五分間の能力 １３　復讐 １４　貴方の告白 エピローグ　T 全８６Ｐ [newpage] [chapter:パンドラの箱（サンプル）] 　急遽帰国したナディアを心配した友人が彼女の実家に連絡し、夫婦が住まうマンションに父親が駆けつけたところ、リビングで遺体となった二人が発見された。 　凶器となった包丁に残された指紋から、夫を殺害したのは妻のナディアで間違いないと警察は見ているが、ナディアを殺害した犯人に関しては現在も捜査中である。 　ナディアは警察やレスキュー隊よりも先に、夫の親友であるスバルに電話をかけた。レオンが死んでしまった。どれだけスバルが落ち着くように言っても、ナディアはその言葉を繰り返すことしか出来なかった。 　連絡を取ってから十分も経たないうちに、スバルは現れた。 　彼は包丁で胸を一突きされた状態でソファに横たわるレオンを見て膝から崩れ落ちた。 「どうして。どうして」 　今度は彼がオウムのようにその言葉を繰り返した。 　妻のナディアが友人と旅行に行っている間、レオンはスバルを新居に招待した。ゴールドステージの中でも新築のデザイナーズマンションは、ナディアが父親に頼んで購入したものだった。ナディアは部外者を家に招き入れることに強く反対していたため、彼女が居ない隙にスバルだけでも部屋を見てもらおうと、レオンは密かに企んでいたのだった。 　スバルとは二十年来の親友だった。ブロンズのジュニアスクールで同じクラスになってから、毎日のように遊び、週末になればお互いの家で寝泊りする仲となっていた。親同士も大層馬が合ったようで、子供達の交流を歓迎した。 　どちらの家も決して裕福な家庭ではなかった。特にレオンの父親は自動車部品の下請け工場を営んでいたが、不況の煽りを受けて廃業寸前だった。それでも家族の前では常に豪快な笑顔を絶やさず、スバルのことも「日本車メーカーの二大企業が連なった縁起のいい名前だ」と、気に入っていた。当時の幼いレオンにはその言葉が理解出来なかったが、友人を褒められて自分のことのように誇らしく思ったものだ。 　極度の心配性であるナディアがヒステリーを起こさないように、結婚以降、レオンは同僚や先輩の誘いを断り、勤め先から真っ直ぐ帰宅する生活を送った。学生時代の友人と遊ぶ時間など以ての外だった。 　社交的な性格で、営業でも群を抜いた成績を誇るレオンを、付き合いが悪いと責める声はなかった。むしろ大半が同情的だった。社長の愛娘に逆らえる訳がないと理解していたからだ。突然、レオンの部署から女性社員が全員異動したのも、ナディアが父親に頼み込んだからだと言われている。 　久しぶりに会ったスバルは、リビングの天井の高さに驚きながらも、レオンに皮肉げな笑みを投げかけた。 「鬼の居ぬ間に呼ぶなら、俺じゃなくて女にすりゃ良かったのに」 「人の嫁さんを鬼って言うな。それにナディア以外の女性を部屋に入れたなんてことがバレたら、俺殺されちまうよ」 「はっ。なんでそんな女と結婚したんだかな」 　相変わらず口の汚い親友に、レオンは安堵の笑みを漏らした。すっかり疎遠になってしまった旧友も多くいる中、スバルだけは何も変わらないでいてくれた。ゴールドステージでは特に珍しい黒髪も、レオンやナディアの金髪のようにくすんではいない。日系の血には老化防止の遺伝子でも組み込まれているのではないかと、レオンが実に七ヶ月ぶりとなる軽口を叩くと、スバルは薄い唇をぐっと曲げた。未だに彼のコンプレックスは変わらないらしい。 「今はもう人種で差別されるような時代じゃないだろう。ヒーローだって色んな人種の奴が活躍してる。ワイルドタイガーは十中八九、お前と同じ日系だろ？」 「そりゃお前、白人しかいねぇ天国にいるからこそ言える台詞だ。例外がいるとしても、大金積んでコネを手に入れた成金野郎さ。もしくは神様の気まぐれで幸運が転がり込んできたか。残念ながら俺にはなんてったって金がない」 「困ってるのか？」 「貸すとか言い出すなよ。惨めになるために会いに来たんじゃない」 　失言を悔やむレオンに、からかいの色を混ぜた琥珀色の瞳が向けられる。 「そういやまだ言ってなかったな。結婚おめでとう。レオン」 「ありがとう、スバル。結婚式に呼べなくて悪かったよ」 　レオンは差し出された右手を強く握った。指先の皮は厚く、掌は荒れていたが、子供の頃と同じく、きめ細かな褐色の肌をしていた。 　七ヶ月前に挙げた結婚式は、レオンの親族を除き、ナディア側の関係者で占められた。全てナディアが決めたことだった。 　二人が婚約した直後に、一度だけ紹介されたことがあった。 　確かにナディアは見るからにお嬢様で、男ならば保護欲を掻き立てられる可憐な容姿をしていた。更に言えば、スバルの目から見れば二人とも白人のサラブレッドだった。太陽の光を浴びて輝く黄金の髪に、透き通るような白い肌は、スバルがどれだけ憧れても手に入らないものだった。　　　 　レオンの親友と紹介されたスバルに、ナディアは終始笑顔を絶やさなかった。スバルはその笑顔の正体に薄々勘付いていた。 　通帳から財布の中身まで管理されているらしい親友は、独身時代のへそくりで買ったという高そうな赤ワインを、これまた高そうなガラス板のテーブルに置いた。 「ナディアは明日の夜まで帰ってこない。だから今日は朝まで飲むぞ。嫌とは言わせないからな」 　スバルが持参した安物の缶ビールを呑んだのも久方ぶりだというレオンは、既に出来上がっていた。今にもソファに横たわりそうなほど、体は右へ左へと傾いている。 　スバルはレオンから栓抜きを奪って、慣れた手つきでコルクを抜いた。芳醇な香りが鼻に抜ける。うちのカウンターには決して置かれることのない代物だ、とスバルは一人ごちた。 　レオンは鬱憤が溜まっていたのか、それこそコルクを抜かれたワインのように、怪しい呂律で一気にまくし立てた。 「携帯もさ、どういう手を使ってんのか知らないけど、誰に連絡を取ったかまで把握されてんの。だからさ、なかなかお前に連絡取れなくて。いっそ手紙でも出そうかと思ったけど、なんかそれまでバレそうだから、怖くて止めたんだ」 「だから今どき公衆電話でかけてきたのか」 「お前が出てくれて良かったよ。両親はさ、ナディアのおかげで工場も再建したし、元気にやってることは分かってるけどさ。だけどお前は、今何してんのかも分かんなかったし、俺はもう心配だし、寂しいしで、死ぬかと思ったよ」 「……俺ぁただのしがないバーテンダーだよ」 「寂しかったんだ。どうしてもお前に会いたかった」 「朝まで呑むとか言って、もう潰れそうじゃねぇか」 　肩に圧し掛かる頭を押し返すが、レオンは見えない壁にぶつかって跳ね返ってきたかのように、スバルの膝に倒れ込む。酔っ払った彼のこんな姿をきっとナディアは知らない。押し殺しきれなかった優越感が右手に溢れて、短髪がよく似合う形の良い後頭部を撫でる。 「家族を守るためとはいえ、俺に相談もなくでっけぇ犠牲払いやがって」 「……そんなんじゃない。俺はナディアをちゃんと愛してる」 「ちゃんと、ね。そんな言葉は言い訳の時以外に使わねぇよ」 　レオンは何も言い返さなかった。重そうに体を動かして仰向けになると、スバルの膝を枕に目を閉じた。 「結局寝るんじゃねぇか」 「違うよ。いつもより目蓋が重く感じるだけだ」 「それを人は睡魔と呼ぶんだよ」 　レオンは「そっか」と呟き、深く息を吐いた。 　髪と同じ色の睫毛が濡れている理由を汲み取り、彼の好きにさせた。一人でワインを煽っている内に規則正しい寝息が聞こえ始めた。七ヶ月前に会った時にはなかった左手の指輪から目を背けることが出来ない。 「泣きたいのは俺の方だ」 　深い眠りに落ちたレオンの耳に、スバルの静かな悲鳴は届かない。 　気に入った社員を家に招待して、家族全員に紹介する父親の性格に、その時ナディアは初めて感謝した。レオンは美しい外見から物腰の柔らかい立ち振る舞いまで、ナディアの理想そのものだった。クリスマスのプレゼントとして、絵本から王子様が飛び出して来たのだと言われても信じただろう。 　来年には大学を卒業して、父親の会社に就職する予定だったが、ナディアは父親に、すぐにでも彼と結婚したいと強く訴えた。父親がどんな手段を使ったか分からないが、一週間後に再び彼は家を訪れて、ナディアに結婚を申し込んだ。何もかもが順調で幸せだった。しかし彼の魅力を知れば知るほど、ナディアの不安は膨らんでいった。 　父親に頼んで、レオンの周りにいる女を遠ざけた。一緒に暮らし始めても不安は解消されることなく、むしろ一人の時間が増えた分エスカレートした。携帯電話の通信記録を日々チェックし、連絡があってから十分以内に帰宅しないと癇癪を起こした。婚約後に唯一紹介された親友という男にも会わないように約束させた。あの黄色い肌の人種と一緒にいるだけで、レオンが汚されてしまうような気がしてならなかったのだ。 　大学時代の友人がナディアを二泊三日の海外旅行に誘った時も、最初は断ろうとした。しかしレオンが「いつも家のことを任せっきりで申し訳ないから、たまには羽を伸ばしておいで」と言ってくれた。そのことを友人達に話すと誰もが羨ましがったので、ナディアは旅行に参加することにした。夫が如何に愛妻家であるか、ナディアは道中でも自慢した。それが旅の目的のようになっていた。 　レオンには一時間に最低一回はメールをするように言った。電話はレオンから朝、昼、晩の最低三回。ナディアからかける場合は、仕事中でも必ず三コール以内で出ることを約束させた。 　二日目の昼下がり、ナディアは時差を考慮せずにレオンに電話をかけた。留守番電話サービスに切り替わっても、レオンは応答しなかった。ナディアはすぐに帰りのチケットを手配し、シュテルンビルト行きの飛行機に乗った。 　 　レオンが目を覚ました時、スバルは無表情でテレビを見ていた。レオンはスバルの膝に頭を預けたまま訊ねた。 「何か面白いものでもやってるか？」 「何にも。いつもと変わらない夜だ。間抜けな強盗犯を捕まえたヒーローがインタビューに答えてる」 「スカイハイか？」 「バーナビーだ」 「あれ？　二部に落ちたんじゃなかったっけ？」 「いつの話だよ。とっくに復帰してる」 「ワイルドタイガーも？」 「自分の目で見ろ。今も後ろで見切れてるぜ」 　レオンは頭を押さえながら上体を起こした。フェイスカバーを上げて素顔を晒すバーナビーがにこやかに『ＫＯＨに返り咲けるよう頑張ります』と答える一方で、ワイルドタイガーは画面の隅でスカイハイを責めている。 『何で俺ごとハイハハーイって吹っ飛ばすんだよこのバカ！』 『うぅ……誠にすまない、そしてごめんなさい』 　しおらしく頭を下げるＫＯＨの姿など滅多に拝めるものではない。マイクに音声を拾われていることに気付いていないのか、ワイルドタイガーは子供じみた文句でスカイハイを責め立てる。そんな相棒に堪忍袋の緒が切れたのだろう、バーナビーは引きつった笑みを残像としてカメラに残し、くるりと背を向けて怒鳴った。 『いい加減にして下さいよ！　終わったことをいつまでもグチグチと見苦しい！』 『へっ！　美味しい所を一人で掻っ攫いやがった裏切り者に俺を責める権利なんてねぇよ！　バーカバーカ！』 『何だそれ！　子供か！』 『俺は立派なおじさんだ！』 『それ誇らしげに言うことじゃないでしょう！』 『確かに自分で言ってちょっと傷ついた！』 　あのクールな印象しかなかったバーナビーが感情を剥き出しにしている。眠気覚ましとしては最高のワンシーンだった。 「バーナビーって、こんなはっちゃけたキャラだっけ？」 「復帰してなんか吹っ切れたんじゃねぇの？　むしろ俺はもう引退してもいい年だろうに、一向に成長しねぇ相方の方が心配だよ」 「ああ。何だかんだで俺らが学生の時からずっといるよな。その割に全然老けてないっていうさ。アジアの神秘だな」 　インタビュアーの女性が戸惑いを隠せずに、もう一度マイクをバーナビーに向けようか右往左往する中、ワイルドタイガーもフェイスカバーを上げる。顔にはアイパッチを装着しているが、スバルと同じ肌の色をしていることは分かる。額から覗く前髪も黒い。 『ほら見てみろよ。最近心労が絶えないせいか、心持ち目尻の皺が……』 『まさかアイパッチで隠れた目尻を透視しろとでも言うんですか？　そういう愚痴はプライベートで聞きますから、先にトランスポーターに戻ってて下さいよ。僕はインタビューの続きがありますから』 『…………カメラ回ってたのかよ』 『大丈夫。貴方が立派なおじさんだということは、ヒーローファンの間では周知の事実ですよ』 　悔しそうに歯軋りしながらフレームアウトするワイルドタイガーを、バーナビーは普段見せるものよりも随分と幼い笑顔で見送る。そしてインタビューは再開された。 『えっと、やはりコンビ同士とだけあって、ワイルドタイガーさんと仲が宜しいんですね』 『別にそういう訳じゃないですよ。コンビとしての義務とそれぞれの役割をちゃんと果たしてるというだけで』 　スバル曰く、言い訳の時にしか使わない言葉を用いてそつなく答えるバーナビーは、きっとワイルドタイガーのことをとても大切に思っているのだろう。最近のヒーロー界にとことん疎いレオンにも、彼の表情を見ればそれくらいは分かる。 　中継が終わった所でスバルはテレビを消した。 「寝るならちゃんとベッドで寝ろよ。トイレにも行けなかった」 「そりゃ悪かった。でもまだ寝ないよ。朝まで呑むって言っただろ？」 　中身が半分以上減っているワインボトルを傾けてグラスに注ぐ。 「早々リタイアした奴がよく言うぜ」 　馬鹿にしたように笑うスバルが差し出したグラスにも注いで、改めて二人で乾杯をした。ナディアに言わせれば口に合わないと蔑まれる安物のワインでも、レオンには今まで味わったどんなワインよりも極上に感じた。そして不意にバーナビーが羨ましくなった。あれだけ素直に感情を吐露することが出来たなら、最も大切な人の傍を離れなくても済んだのだろうか。 つづきは紙で！

5/6のCOMIC CITY大阪89で出す本のサンプルです。大変お待たせしました。心は常に土下座してます。<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=643401">novel/643401</a></strong>の完全版です。←の４編と無配本に入れた書き下ろし１編を含む、全１４編です。相変わらず兎虎要素は少ないし、あっちもこっちもモブばっかです。ちなみにサンプルは一編の途中までです。短くてすいません。スペースは６号館Bの『エ３a』。サークル名は死ぬほど言いたくないですが、『ほんてん！』です。由来については訊かないで下さい。あと6/17のゴネク３にも参加させて頂くことになりました。東京で通販待機タグが嬉しくて調子乗りました。初めてのサークル参加、オフ本で至らぬ点が多々あると思いますが、孫を見守るような目でお願い致します。【4/25】通販タグありがとうございます(´;ω;`)通販は可能ならば書店委託、無理なら自家通販させて頂く予定です。通販開始時期はまだ考え中なので、ちょっちお待ち下さい。へこへこ。【5/25】大変お持たせ致しました。とらのあな様で委託して頂けることになりました。通販開始はゴネク３後の6/18とかなり遅いですが、事前予約もして頂ける、のかな？詳しいことはまた後日お知らせ致します。あと本当に申し訳ないのですが、家庭の事情によりゴネク３に参加することが出来なくなりました…よって通販のみの販売となります。誠に申し訳ございません…。【5/31】私には勿体ないタグばっか！もう！もう！ありがとうございます！通販の詳細upしました→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1101442">novel/1101442</a></strong>

【サンプル】ある犯罪者の告白【完全版】

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　――泣いているのか？ 　目を合わせれば伝わったのか、泣き笑いのような表情がにわかに歪み、目尻から雫が流れ落ちていく。はらりと落ちる透明なそれに目を奪われて、ままならないままの息を飲んだ。 　泣くなよと、泣いてくれるのかと、入り混じった気持ちで見つめ続ける藍沢は、白石にそっと手を取られる。されるがままに触れた彼女の頬は、あたたかい。 「……誰のせいよ」 　怒ったように、それでいて震える声音に、胸に熱が込み上げた。 　生きているのだと実感が遅れてやって来て、彼女もまた無事であることに深く安堵して、まだはっきりとしない意識のなかで強く浮かぶ想いはひとつだ。 　この手を離したくはない。離せるわけがない。――伝えるなら、今しか、 　衝動が湧き起こって、かといって目覚めたばかりの身体ではどこに力が入るでもない。呼吸器を付けベッドに寝たきりという現実。伸ばせない腕にも発せない声にももどかしさばかりが募る。 　悲しませたいわけではない。想うのなら彼女の前で二次被害になど陥ってはいけなかった。 　黒田の件から始まり、特にスタッフリーダーとなってからは現場判断を委ねられる立場となったこともあって、現場でのそれに彼女が酷く責任を感じることを誰より承知している。 　だというのに……今度は自分が泣かせる立場になるとは。 　彼女が確認を怠ったわけではない。判断が誤りだったということでもない。それは今回ともに救命にあたった自分が誰より断言出来る。 　しかし藤川の負傷からもまだそう経っているわけでなく、彼女の胸の内を思えば藍沢は不甲斐なさに苛まれた。 　ぎこちない動きで親指を動かすと、頬に当てられたままの指は、すり、と撫でて涙に触れた。綺麗で、あたたかで、ぬくもりが愛おしい。 　思い出すのは、唯一の家族だった絹江を亡くして子供のように途方に暮れた藍沢に寄り添ってくれたあの日。自分こそが泣き出しそうな表情をしながら遠慮がちに触れた腕に、そっと抱き寄せられた。その肩はやはり次第に震えて、互いの顔を見ないままに静かな時間を過ごした。 　いつだって救われてばかりだ。 　藻掻いて、足掻いて、懸命に命を繋いでいく彼女と肩を並べられる自分で在りたいのに、届かないどころか泣かせるだなんて情けない。と同時に感じる、泣いてくれることへの喜びが、複雑に、しかし矛盾しているとも思えないままに溶け合って藍沢のなかに広がっていく――。 [newpage] 「藍沢先生！！」 　現場での感電からの高所転落による肺挫傷で、一時とはいえ心停止し意識回復さえ危ぶまれる重篤な状態にまで陥っていたというのに、目覚めてからの彼の回復は著しく、後遺症の心配もなく早々に一般病棟に移れるまでになった。 　地下鉄のトンネル崩落に際して土砂に埋もれながらも自力で這い出られる程度で済んだことといい、さすがの強運と生命力には大いに感心する。それはいい、……のだが。 「あなたはまだ患者なのよ」 　いつの間にか病室を抜け出して、点滴スタンドを転がしながらラウンド紛いのことをしているというのは、主治医として看過できない問題だった。 「あちゃー……見つかっちゃいましたね」 「横峯先生も。指示を仰ぐなら他に先生がいるでしょう」 　スタッフステーションからは半ば死角となる階段下に姿を見留めた白石は目を釣り上げ、無駄に長いと緋山に称される脚で大股に歩み寄った。 　順調な回復傾向は何より喜ばしいことながら、それはいっそ奇跡的な経過だ。これまで多くの患者を診てきたが、症状からしてこうも短期間で歩き回れるほどになるというのは有り得ないと言っていい。だからどれだけ数値がよくなろうと、本人が平気だと主張しようと、白石は楽観せず安静にしてほしいと望んでいる。 　ここ数日フェローや看護師に指示を出し始めた患者に頭を抱えていたのだが、横峯に至っては自ら相談に行く始末。もともと藍沢に指導を頼んだのは白石ではあったし、その指示には何の不安もないのは確かではあるけれど。 　すみませぇん、と可愛らしく笑ってタブレットを胸にそそくさと逃げ出す横峯にため息を落としつつ、白石は腰に手を当て目の前で小さく苦笑を浮かべる病衣姿の彼を見据えた。 「まったく、あなたってひとは」 「お前だってこのところ、ろくすっぽ帰ってないだろう」 「……いいのよ、私は。仕事なんだから」 「そうやってこれからもお前が負担を背負い込むつもりなのか？」 「周りをこき使えって言うんでしょ。わかってるわよ、私一人に出来ることなんてたかが知れてるし」 「……そうじゃない」 「だったらなに？」 　むしろ負担を増やしているのは誰なのかと、手を焼かせる彼を睨んでみせる。藍沢は此れ見よがしに深くて長い息を吐き、 「……感じ悪い」 　思わず漏れた本音には、鋭い視線が投げつけられた。 「まあそれだけ元気ならトロント行きも余裕そうね、よかったわ」 　腰から手を離した白石は、隣に並び立ち壁にもたれかかる。言ったそばから込み上げた寂しさをぐっと飲み込み、笑みを浮かべて。 　あともう少し、まだもう少し、あると思っていた藍沢の旅立ちまでの時間は、忙しない日々に流されるように過ぎ去っていく。主治医と患者として思わぬところで得た時間も、結局はただただ医者同士、藍沢の体調と救命の現状について語るばかり。 　応援している気持ちは本心だ。いつまでも前へ前へと、何にも惑わされずに突き進んでいく藍沢を見ていたいと思うからこそ、その背中を押した。 　足を止めないでほしい。揺らがないでほしい。見る者を圧倒するほどの、傲慢なまでの姿勢で上を目指す藍沢でいてほしい。妥協や同情など似合わない。……それが理想の押し付けだとしても、彼には己の手で切り拓く未来を手にしてほしかった。 　それでも今回の件で実感してしまった自分にとっての存在のあまりの大きさに、ぐらりと視界が歪む心地になって揺れそうになる息を殺す。 「はい、病室まで送るから」 　感傷を振り切るように白石は壁から背を離し、藍沢に割り当てられた病室へと足を促した。 「えらく心配性な主治医だな。それともよっぽど信用がないのか」 「医者としては誰より信じてるけど、患者としては信じちゃいけないことがよくよくわかったんだもの」 「これは監視か？」 「……そうよ。逃げないようにね」 　腕を取る手に向けられた一瞥に、白石は微かに顔をしかめる。もうすっかり一人で立ち、難なく歩行出来るようになっていると理解していながら、どこからか湧く不安に衝かれて腕を取ってしまった。 　あの日閉じられたままだった目は、しっかりと白石を映しているというのに。 「……もう逃げるつもりはないけどな」 　ぽつりと落とされたつぶやきを疑うわけではなくとも、白石はその手を離すことはなく、ベッドに落ち着くまでを見届けて病室をあとにした。 　医局のドアをくぐるなり、深々とため息を吐き出す。ままならないことばかりだ。 　回復に努め、この機会にしっかり休養をとってほしいと願う相手は勝手に院内を徘徊するし、そうこうしている間に同居人が部屋を出て行ったはいいが不要物は置き去りだし、帰宅出来ずにいるためにそれらの処分も進まない。 　そして、肝心な自身が一番ままならなくて、辟易とする。 「お疲れだな、白石」 「ああ、うん、まあね」 　デスクの椅子を引きながら再び落ちそうになったため息を飲み込むが、すでに先ほどのものを聞き取っていたのか、顔色からか、隣から藤川が苦笑を向けた。 「藍沢のやつ、またどこぞに消えてたって？　動けるようになった途端じっとしてないんだもんな。仕事の虫ってああいうこと言うんだろうなぁ。ほんっとマジで仕事好き過ぎだろって」 「同僚が働いてる職場で日がな一日寝てなきゃいけないなんて、落ち着かないだろうなっていうのはわかるんだけどね」 　だからといって容認するにも限度というものがあるし、早く全快するよう、何より第一に優先してほしい。そもそも自分が患者だという自覚はあるのか、ここまで来ると疑わしくなってしまう。 「あいつも白石の負担をちょっとでも減らしてやりたいんだろうからさ、無茶しない範囲なら見逃してやれって」 　頭痛まで感じ始めそうな白石に、藤川はあっさりと笑った。 　わかっている。そんなことは、――私が一番。わかっているからこそ、腹の底が重くなるのだ。 「それよりお前、今日こそは帰れよ。はるかにつつかれてんだよ。藍沢にも睨まれてる気がするし」 「さすがにそれは気のせいよ」 「いやいや、あいつは意外と仲間思いだし、言葉は少ないけどそこら辺、口うるさいからな」 「……そうね」 [newpage] 　自宅マンションまで帰り着いた白石は、らしくもなく適当に荷物を放り出し、なんとか最低限の身繕いだけを済ませると、少しだけ、とベッドに倒れ込んだ。 　自分のベッドの感触もひさしぶりだった。しばらく病院に詰めっぱなしにしていたから。 　またも起きてしまった二次災害についての報告、出動記録をまとめ、そこに日々の業務が加わって、ひとつ片付けたつもりでもまたひとつ、ふたつと仕事が増えていくものだから、ゆっくり休む暇もない。……などと言い訳をして、本音は別にあることは、すでに認めていた。 　目を覚まさない彼から離れたくなかった。 　目を覚ました彼の経過から目を離したくなかった。 　徐々に元気になっていく彼をそばで見守っていたかった。 　主治医だからと小言を言って、返る憎まれ口をいつまでも聞いていたかった。 　頭上から落下していった光景が、不吉に跳ねた水飛沫が、俯せに水面に浮かぶ背中が、仰向かせた色を失った顔が、動かない四肢が、ベッドに力なく横たわる姿が、いつまでも開くことのない目が、頭から離れない。焼き付いて、離れない。 　じわり、目元が熱くなって枕に滲む。堪える必要がなくなって、噛み締めた唇から嗚咽がくぐもって漏れる。 　怖くて怖くて堪らなかった。自分の心臓こそが止まってしまうのではないかというほどに、内蔵すべてを締め付けられるような息苦しさとぐらぐらと揺れる視界に苛まれながら、ずっと――ずっとずっと、昏昏と眠り続ける彼に繰り返し呼びかけていた。 　目を覚ましてくれて、生きていてくれてよかった。本当によかった。白石や周囲の心配など軽々と飛び越えて、外科医としての人生もそのままに生きていけそうで心底安堵した。 　翔北へとやって来てからの約十年、様々なことがあった。辛いことも、苦しいことも、楽しいことも、うれしかったことも、乗り越えてきたそれらのほとんどの記憶が彼とともにあった。 　自覚がまったくなかったわけでもない。だからといってどうするつもりでもなかった。 　それらしいときめきを感じていたというよりは信頼や親愛が強く、誰より近くにいる異性だからそんな気がしているだけとも思えたし、恩師の腕を切り落とさせたという負い目がブレーキをかけていたことも否めない。何より藍沢がメスを握り命と向き合うのならば、負けないように、恥じない自分でいようと思えた。 　それだけでいいのかもしれないと、自分は自分の幸せを探してみようかと、考え始めてもいたというのに。 　幸せ、なんて一言で表せてしまう抽象的な未来は、彼を喪っては成り立たないことを、今回のことで嫌でも、嫌という程、思い知らされた。 「…………ふ……ッ」 　彼を診ることになろうなんて、考えてもこなかった。同期たちが負傷した時、的確に処置を施してきたのは彼だったから。何があってもおかしくはない救命という世界に身を置いて、自分に何事かが起きたなら彼が助けてくれるのだろうと、そう想像はしていても。 　目を覚ました藍沢に安堵したと同時に、もしもを考えてしまった。もしも知らない場所で、もしも知らないうちに、彼が今回のような事態に陥る可能性を。知らされないままに彼を喪う可能性を。 　生死の境を彷徨う人間を何度も何度も目の当たりにして働いていて、今更かもしれない。それでも直近では余命幾ばくもない花嫁とも接し、漠然と信じている明日なんてものは確かではないのだと、改めて突き付けられた。 　目を覚ましたなら伝えたいと思った。どれだけ感謝しているか、大切な存在なのか。伝えられるうちに気持ちを伝えることはとても大事なのだと思い知ったから。 　なのに、日に日にもとのように問題なく過ごす彼を前にすると躊躇が生じて、葛藤が胸のなかで絡まり合う。 　伝えたい。伝えなくてはならない。それがどんな形でも、伝えて変わるものがあるとしても、それでも――。 [newpage] 　長い、長い夢を見ていた気がする。 　幼い頃の記憶なのか、社会人となってからの出来事なのか、はたまた現実とはかけ離れたただの夢幻なのか、定かではない。 　ただ、夢を見ていたような気がした。 　はっきりとわかるのは、そこに彼女がいたということ。いつだって彼女がそばに存在していて、よく通る澄んだ声で「藍沢先生」と呼びかけてくれていたということ。 　そして、彼女に呼ばれて心が震えるという事実。 　物音に浮上した意識。数瞬の間を置いて続いたドアのスライド音に、それがノックだったのだと理解する。 「――藍沢先生？」 　これは夢の続きだろうか。 　藍沢はゆっくりと瞼を押し上げようとするものの、身体は思考から置き去りにされているのか、ゆらゆらと漂う波に揺られているばかりで起き上がれそうにもない。 「寝てるの？　もう、気合い入れてきたんだけどなあ」 　入室した彼女はどうやらベッドサイドのパイプ椅子を引いたようで、しかしさすが気遣い屋であるだけに、小さな音だけが彼女がそこに腰掛けたことを教えてくれる。 　見舞いだろうか。主治医としてではなく個人としてのそれであればと、仄かな欲と期待が芽生える。 　他の同期たちは見舞いとは名目ばかりで事ある毎に顔を出しては入り浸っていくのに、どこまでいっても生真面目な彼女はいつだって呆気なく仕事に戻ってしまう。そんな彼女だからいいのだとは自覚した上で、少しくらい、というのは身勝手か。 「寝てるときまで気難しい顔しなくてもいいのに」 　微かな笑い声が心地良く、ほんのわずか頬に触れた手がやさしい。 　散漫な意識では彼女へと向かう想いだけがただただ募る。 「ねえ藍沢先生、私あなたに伝えなきゃいけないことがある――」 　そうしてその声はひっそりと紡ぐのだ。藍沢への感謝と、謝罪と、――想いを。 　不意に覚醒し、飛び起きる。勢いに身体が痛みを訴えかけてくるが、気にかける余裕はない。 　見回してみても病室には一人きり、白石の姿どころか形跡さえもなく、やはり夢の続きだったのだろうかと思える。 　それでも、違う。泣くのを堪える声は耳に残っているし、目を覚ませ、手を伸ばせと鈍い自身の身体に性急に命令を下したことも強く覚えている。 　未だ本調子には戻れない自分に、握り締めたこぶしを白いばかりのベッドへと叩きつけるしか出来なかった。 [newpage] 「まーたこんなところにいる」 　寒くないの、と背後から声がかかる。日の降り注ぐへリポートは明るく、空気は冷えているものの、日差しだけは仄かにあたたかい。 　防護柵から振り向くと、スクラブにジャケットを羽織った白石が呆れた顔で笑っている。 「きちんと上着は着てるぞ」 「それは見たらわかるけど。病み上がりなんだから」 　退院の手続きを済ませ、早速足を運んだのはドクターヘリのもと。入院している間にもローター音は毎日聞こえ、出動していく様子に駆けつけられない我が身をもどかしく思ったものだ。 　今日もすでに一度飛んでいた。見舞い納めだと称して散々とりとめのない話をしに来ていた緋山と名取が駆け出していくのを見送ったのは、まだ朝と呼べる時間帯のこと。 「本当に驚異的な回復力ね。藤川先生ったら、さすがヒーローなんて言ってたわよ」 「俺がヒーローならあいつだってヒーローだろ」 「ふふっ」 「……なんだ」 「藍沢先生もなんだかんだ言って、藤川先生のこと好きよね」 　うれしそうに笑い続ける白石が言っているのは、藤川と冴島の結婚祝いにと撮影したビデオのことかと思い至る。頼まれたからと、編集までも請け負った彼女はすべてに目を通しているはずだ。 「ビデオメッセージ、俺がトップバッターだったんだってな」 「ああ、最初に撮らせてくれたのが藍沢先生だったから。あ、でも冴島さん用にまとめたほうはトリを務めてもらってるのよ」 「最初と最後に配置されるなんて思わぬところで重大な責任を負わされたもんだな」 「集めたメッセージ見てたらこれしかないと思ったの。二人への想いがたくさん詰まってたわ」 「……毎日のように藤川が入り浸って暑苦しくしゃべっていくんだ。胸アツだっただの、随分と人間らしくなっただの、どうも静かに過ごさせる気がないらしい」 「もう藤川先生ったら、いくらあなたがおとなしくしてないって言っても患者さんを振り回すようなこと、」 「あと、白石には甘いからなと、笑われた」 　注意しておかないと、とでも続くはずだったのだろう言葉を途切れさせた白石は、はたと藍沢を見つめる。 「――白石」 　いつか、と語った藍沢をすでに画面を通して見ているのなら、そこに含ませた想いを読み取ってくれただろうか。 　いつか伝えたいと望んだ、その相手が誰であるか、その想いが何を示すのか、それらの意味を。 　まだ伝えられないと考えていた、しかしそんなことは考えている場合ではないのだと身をもって知った。 　死ぬかもしれない瀬戸際に立って、改めて自分と向き合った。物を思う時間だけは充分にあったのだ。 　浅くなる呼吸を落ち着け、目と目を見交わす。長い睫毛に縁取られた透けそうなほどの瞳の奥に、何かが揺らめく。 「白石、俺は――」 　途端、見計らったかのように鳴り響いたのは白石の胸ポケットに収まったPHS。瞬時に医師の顔つきになった彼女は、それを素早く耳に当て手短に会話を済ませるとそのまま駆け出し、……駆け出そうとしたその腕を藍沢は咄嗟に掴んだ。 「もう逃げないと言った。逃がすつもりもない」 　一分一秒を争う彼女を長々と引き止めるようなことはしない。すぐに解放された白石は一瞬の動揺を見せると、 「……家に帰ったらちゃんとゆっくりするのよ」 　子供に言い聞かせる母親のような台詞を残して初療室へと走っていく。入れ替わるように全力疾走する緋山と名取、雪村が怪訝な眼差しを向けつつヘリへと乗り込むのを見届けて、藍沢は短く息を吐いた。 　このまま帰れるわけがない。 　帰るはずがない。 [newpage] 「あんたも帰れるうちに帰んなよ」 　お先、と緋山が医局を出て行くのを見送った白石は、コーヒーでもと給湯室に向かった。 　今夜は灰谷と横峯のフェローコンビが当直だ。任せられないと思っているわけではない、この半年に起きた様々な災害現場を患者を目の当たりにし乗り越えてきたのだ、随分と腕を上げたし救命医としての覚悟も出来上がりつつある。 　ただ切り上げるタイミングを逸してしまい、これだけ終わらせたら、などと思いながら作業を繰り返している。 「ついでに俺の分も頼めるか」 　かけられた声に室内を振り返ると、いつ入ってきたのか藍沢がソファスペースに腰を下ろすところだった。白石は微苦笑を浮かべる。 「……ほんとに帰ってなかったんだ」 「わかってたろ」 「そりゃあ目を見たら、なんとなくね」 　定時を過ぎた今、院内の行き来も静かなもの。テーブルにマグカップを置くと、白石は逡巡しつつも幾分の隙間を空けて隣に座る。 「せっかく退院なのに」 「帰っても食材ひとつないんだ、日勤ならそろそろ上がれるんだろ、どこか付き合ってくれ」 「退院祝いなら予定聞いて改めて考えておくわ」 「お前だけでいい」 　白石。呼びかける声音があまりに真摯で、思わず息を詰める。話がしたいと言う彼の、かつて見たことのない表情に心拍が上がっていく。 　昼間掴まれた左腕に触れる。思いもかけない強さだった。それ以上に力強い、射抜くような眼差しだった。 　今もまた、黒々とした瞳が白石を捉えて離さない。 「……ずるいよ。あんな、あんなタイミングで」 　ジャケット越しの手からは体温なんて感じたはずもないのに、反芻する手の感覚がやけに熱い。熱くて、胸が痛い。 「そっちこそ。寝てる人間に話しかけるのはどうかと思うが」 「……寝てなんてなかったくせに。寝顔が違ってたわ」 「夢うつつだった。まるで金縛りだ。お前の声が聞こえるのに身動き出来ないつらさがわかるか？」 　藍沢の手のうちで、湯気の上がる黒い水面が揺れる。持ち上げられるでもないカップはテーブルの上をただ滑る。 「藤川に、白石を泣かせるなと言われた」 　その声は淡々と、まるで事務的な報告のように。 「緋山にも怒鳴られたし、冴島にも睨まれた」 　ようやく口をつけられたカップから、ごくり、喉が上下してコーヒーが通っていく様をぼんやり見守れば、藍沢がひどくやわらかに口元をゆるめた。 「愛されてるな、お前は」 　違う。それは違う。白石は弾かれたように顔を上げ首を振る。 「……みんなあなたのことを心配してたからよ」 　何人が眠り続ける彼のベッドへと駆けつけたことか。容態を気にかけ、見守っていたことか。 　目を覚ましてくれたことに涙したのは、何も白石だけではない。雪村に横峯、藤川だって泣いていたと冴島から聞いている。怒鳴ったという緋山だってきっと泣くのを堪えていた。 「ああ、俺たちは仲間に恵まれた」 「そうね」 　十年近くの付き合いだ。ライバルとして出会って、仲間になって、戦友として日々をともにした。各々が悩み、未熟さを受け入れては腕も心も鍛えて磨き、なんて濃密な年月だったのだろう。 　何年離れていても、顔を合わせればあの頃と同じ、それ以上に頼もしい同僚となって患者と向き合えた。消えそうな命も、一緒に挑めば救えると思える。この同期たちは他の誰とも一線を画す、心強い存在だ。 　道を分かち、再び集い、またそれぞれの道を行く。 　新たな未来へと進む仲間の背中を見送って、白石はそれでも、だからこそ、この場所に立ち続ける。変わるものと変わらないものを抱えて、彼らが振り返るときに笑って迎えられるように。 「俺は」 　コトリ、カップがテーブルに下りる。 　低く落ち着いた声。いつだって彼に呼ばれるだけで乱れそうな心を鎮めることが出来た。その声が、わずかに揺れた。 「俺はお前に伝えたいことがたくさんある。言わなくてはならないと思うのに、言葉に出来ないほどに多くて、複雑で、どう言えば伝えられるのかがわからない」 　揺れに共鳴してか、白石の心臓が大きく揺さぶられる。 　あの日、ふたりきりの白い部屋で、取り留めもなく、あふれるままの感情を口にした。血色の戻った頬に触れればあたたかく、気負っていたのが嘘のように自然とこぼれ落ちていった。 「白石」 　わかっていた。彼の思うこと、彼の想いを。 　ずるいのは自分だった。結局面と向き合って話す勇気を持てないまま、夢と現実の狭間をたゆたう彼に懺悔したことで、半ば満足して。 「俺はお前を誰より」 　藍沢の手がテーブルを滑り、白石へと伸びる。 　もう嘘なんてつけない、誤魔化しようがない、本当はそんな必要だってない。私は藍沢先生が誰よりも―― 　不意に電子音が鳴り響く。またしても呼び出しに遮られた藍沢は、眉間に皺を刻んで取り出されたPHSを睨む。 　発信者は灰谷で、患者の容態に変化が見られたためにまだ院内にいるのならば念のため確認を頼みたいと言う。 「――わかった。本間さんね、すぐに行くわ」 「確認だけなら俺が行く。お前はさっさとそれを終わらせろ」 「だーめ。あなたはまだ医者じゃないのよ」 　立ち上がった藍沢に、つい笑った白石は下から手を掬い取り、宥めるように触れた。 「大丈夫。指示を出したらあとは任せられるだろうからすぐに終わるわ」 　信用ならないと藍沢が顔に出すものだから、おかしくて仕方がない。人間らしくなったと藤川が言っていたと言うが、本当に随分と様々な表情を見せてくれるようになった。 「そしたらご飯、行こっか」 　きゅっと握るとぎゅっと返される手にまた笑う。心臓までも掴まれた心地で泣きそうだ。 　この手に込められた想いを、もっと多くの彼を、知りたいと――これからを願った。 [newpage] * 　入院中あれほど持て余していたというのに、退院してからの時間はあっという間に流れていった。 　仕事の引き継ぎは入院も終わりに近付いた頃に主治医の許可を得て済ませていたが、ほとんど片付いていた部屋の賃貸契約解約とそれに伴う立ち会い、しばらくは帰れないからと母親と祖母の墓参り、白石にどうしてもと促されて父親にも近々渡加する旨の簡素なメールだけを送信した。「気を付けて。」と一言のみが返ってきたことに彼女は親子ねと苦笑していたが、藍沢はその呆気なさにほっと息を吐いた。 　そんな折、入院中にも白石が概要を口にしていた計画を実行に移す時がやってきた。当日が出立前日になったことを「慌ただしくてごめんね」と眉尻を下げるものだから、思わずつまんだ頬に「間抜け面」と言って怒らせたのは半分故意だ。 　新郎新婦にサプライズで行われた結婚式は、病院の敷地内を舞台とした割には盛大に、何より笑顔あふれるものとなった。仕事の合間をスタッフが入れ代わり立ち代わり、忙しなさは拭えなかったが、それだけ一同が祝いたいと、参加したいと思ったということだと考えると、いかに二人が慕われているのかが知れるというもの。 「主役二人のいない二次会なんて意味あるのか？」 　勤務後、数週間ぶりとなる通い慣れた店内に足を踏み入れる。それが送別会でもあると、彼女の雰囲気から察するのは容易なことで、ならばと顔を出せば先に入店していた顔がほころんだ。 　フェローたちは初めてのめぐり愛に興味津々の様子で、横峯などはあっちへ行きこっちへ行き、時折メリージェーンの金切り声が聞こえてくる。 　カウンター席に並んで腰掛ける白石と緋山は、ソファに腰を落ち着けるフェローや筋骨隆々の男たちに担ぎ運ばれる藍沢をにこやかに眺め、藍沢が見知っている以上に仲睦まじくグラスを傾けていた。 　明朝、藍沢は日本を発つ。 　しかし緋山もまた、時を置かずしてここを離れる。別れがたいのはみんな同じなのだろう。こうして酒の席に居合わせることも、もう当分はないのだ。 　どことなく空洞が胸に開くような感覚。らしくもなく感傷的になる自分に気付くと、藍沢は微かな苦笑を浮かべて二人のもとへと足を進めた。 「あんたマジで来たんだ？」 「誘われたからな」 　手にしたままの造花のコサージュをカウンターに置くと、察した白石が手荷物を移動させ右隣の席を空け、彼女を挟み同期三人で並ぶ。当直組の不在が残念だと率直に浮かんだ感想に、藍沢は一人で小さく笑った。 「誘われたからって素直に来るやつじゃないでしょうが。しかもいつもなら奥行くくせに」 「あいつらのなかに交じれって？」 「あ、それはあの子らが可哀想か」 「お前な……」 　席を定めた藍沢にメリージェーンがグラスを用意、しようとするもののどうにもそわそわしているものだから二人と同じビールだけを受け取って頷く。奥で何事か起きたのを察知したメリージェーンが、すぐさま目を剥きながら奥へと飛んで行くのを見送って、隣同士グラスを軽く合わせて喉に流し込む。 「俺だって別れくらい惜しむ」 「うーわ、そんなこと言う藍沢初めて見るんだけど」 「緋山先生、茶化さないの」 　白石の一言に思いのほか大人しく引き下がった緋山は、時折思い出したように藍沢に話を振りつつ杯を重ね白石と話し込む。 　出会った頃を思い起こせば、当時は想像もしなかった光景だ。ひたすらに患者を、症例を、奪い合ったあの頃、特に藍沢と緋山はそれが顕著で、調子だけがよくともやる気はあった藤川と比べても、どこか控え目で頼りなかった白石は影が薄いほどの存在だった。 　いつしか遺憾無く発揮され始めた芯の強さやお節介な気質は時に厄介で、それでいながら安心感さえ与える。それは彼女の心根がそうさせるのだろう。 　知識だけは豊富な優等生だった白石。今では救命センターの、そうして同期の、中心にいるとは。感慨深いものだと、藍沢は語らう二人に目を細めた。 「んもう！　誰かこのブス止めなさいよ！？」 「ったくしょうがないわね」 　ついに上がった悲鳴に似た声に、緋山が笑ってカウンター席を下りる。「ちょっと行ってくるわ」と白石を、通り際に藍沢の背中を、叩いてソファ席へと向かう。 「はいはい、落ち着きなって恒夫」 「落ち着いてられるわけないでしょお！？」 「なによ、肝心の横峯は？」 「あっちです。完全に酔っ払ってますね」 「アルコールに呑まれるなんて、まったく。……はぁ、酒量覚えさせないと」 「楽しそうだし放っておいたらいいんじゃないですか？」 「やだもうっ、そんなこと言わないでちょうだいっ」 　上機嫌で歩き回る横峯はキャッキャと笑いながら店内の装飾に近寄っては慌てて追いかける灰谷に引き止められ、名取と雪村は遠巻きに呆れを隠さない。 「元からあんなもんだろう」 「もう、藍沢先生ったら」 　そんな様子にも白石は楽しげに微笑みを浮かべている。藍沢を、緋山を、呼び戻した半年前には見られなかった穏やかさ。 「お前も呑み過ぎるなよ」 「言われなくても明日も仕事だし。あなたこそほどほどにしてよ？」 「自分の健康管理くらい出来る」 「さあ、どうかしらね」 　優等生だった昔から、しっかり者のリーダーとなった現在まで。変わることのない、変わって欲しくない、彼女本来のやわらかな雰囲気でグラスに口をつける横顔を静かに見つめる。 　カウンターテーブルに咲く造花。主役たちのしあわせに満ちた笑顔を思い描く。 　昔は自分より劣っているとさえ思っていた同期は、根っこの部分で自分よりずっと大きな男だった。そう気付いてからすでに長い。誰よりも出来るのに不安定だった恋人を支え続けた、二人の未来を見守りたいと思えた。 　手伝う、と申し出た藍沢に緋山は胡乱げな眼差しを向けたが、幸福な未来を願ってやまない、それは藍沢の本心だ。 　ソフトドリンクも交えひとしきり呑んでいると、小さな笑い声が傍らから耳へと滑り込む。 「藍沢先生とお花、違和感あるけど似合うね」 　言われて視線を落とす。手のひらに載る白花と目が合った。無意識のうちにコサージュで手遊んでいたようで、記憶にあるより少しばかり形が崩れていると見える。 　滑らせた視線の先では白石が同様にピンクのそれを指先で撫で、表情からはやはり昼間の式に思い馳せているのかもしれない。 「……お前のほうが似合う」 　つまんだ白花を持ち上げ、挿し込んだ先は彼女の髪。添える程度に軽く、黒髪に触れる。 「ちょっと、」 　目の前の顔が小さくしかめられる。 「二次会で本人不在とはいえ今日は結婚式よ？　花を髪に飾るのは花嫁の特権なんだから」 「俺だってそれくらいは知ってるが、真面目だな。横峯のアレはどうなる」 　目線で店の奥を指し示してみせた先では、右耳の上に造花を載せて、相も変わらずきゃらきゃらと笑い声を上げてはメリージェーンの手を掻い潜って、まるで子供の鬼ごっこ。 　白石は目にした途端眉尻を下げて苦笑して、 「あれは、まあ、……でもほら、それを抜きにしても若い子ならともかくね、」 「お前のほうが似合う」 「藍沢先生と比べて、でしょ？」 「……誰と比べても、だ」 　自身の髪からそれを引き抜こうとするから。咄嗟に伸びた藍沢の手は、彼女のその手に重なり引き止める。 　働き者でありながらも華奢な手を握り込み、視線を合わせる。ゆるりと瞬く目は丸く藍沢を映し出し、光が揺れる。 　未だ騒々しい店内、手のなかのぬくもり、深呼吸の音がやけに響く気がして息を止めた。 「……結局上手く言葉に出来ないままだったから、これだけは言わせてほしい」 　病室で、へリポートで、医局で、ふたりの関係をこれまでと異ならせるためのタイミングはあった。それでいて藍沢が口に出来た言葉は少ない。 「必ず帰ってくる。だから白石、そうしたらそこからの人生を一緒に生きてくれないか」 　一生において口にするとも想像だにしていなかった台詞を吐き出して、静かに息を殺す。彼女の手を握り込む手のひらがじとりと汗ばんでいく。 　早く追いつけ、と藤川は笑った。追いつけるかどうかは彼女次第、そして自分次第だ。 　しあわせにしてやるとは何度文言を考えても言えなかった。複雑な生い立ちを振り返ってしまえば、どうしたってそんなことは自信が持てないけれど。 　しあわせというものに手が届くなら、それは彼女無しでは有り得ない。ふたりで生きていけるのならばこれから先の未来に怖いものなどないと、この手を離せはしないと思うのだ。 　なのに白石は「それは困る」と首を振る。 「帰ってくるのなんてどれくらい先だと思ってるの。その間に何があるかなんてわからないじゃない？」 「心変わりなんて、俺は、」 「違うの、そうじゃない」 　眉が下がり、それでいて真っ直ぐな眼差しが藍沢を刺す。 「あなたに何かがあったとき、一番に知りたいと思った。ううん、ほんとうは前から思ってた、誰よりあなたのことを知っていたいし、あなたを独りにしたくないって」 　だから帰ってからの人生でなく、ここからの人生をともにしたいのだと彼女は言う。トロントと日本、離れていても互いを結ぶ確かなものを交わしておきたいと、真剣な瞳が訴えているのがわかった。 　握っていたはずの手はいつの間にか逆に包まれ、ふたりの手の間にはピンクの花が咲くように立つ。 「だから、ねえ、藍沢先生？」 　微笑む、表情から目が逸らせない。 「家族になろっか」

映画のネタバレ注意です。<br />前々回の投稿を前編としていましたが、もういっそ、とまとめて投稿に変更させていただきます。<br /><br />私のなかでは劇場版で成立しましたよ、っていう妄想からの話です。<br /><br />いろいろ足りないです。映画が胸がいっぱい過ぎて。もうちょっとどうにかならないかとも思いましたが、足りないままです。<br />ふたりにはどちらからも手を伸ばして欲しいなって、そして手を取り合って欲しいなって、思っています。<br /><br />気がつけばこどぶる、あいしらでの初投稿から一年が経過していました。こんな私に思いもよらぬほどにフォローをいただいていたりと、心底驚いています。<br />お付き合いいただきましてほんとうにありがとうございます。<br />まだもうしばらくは妄想していくのだろうと思っていますので、今後ともよろしくお願いできればうれしいです。

抽象的な未来

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10002078#1

注意事項に変更点がございますので、キャプション必読でお願い致します。 拵のために、2週間も本丸あけるとか、私が鍛刀されてからの日数より長い件。 つらぁ。 拵がないと、白木の鞘に襦袢姿にクロックスというわけわからん格好で出陣しなければならないので、それはほんと今後一切ご遠慮いただきたい。また柄をグシャァするのは流石の私でも避けたい。 だが、しかし、それでも、やっぱり。 顕現といて刀の姿で主の側を離れる恐怖ったらない！！ 全力で駄々をこねた。 それはもう初陣の時の比じゃないレベルで訴えた。 そんな聞き分けのない刀に我が主が何て言うかなんて、想像に難くないだろう。 「……めんどくせぇ」 ぽつり、とこぼされた主の声に、蹲って抵抗していた私も、仕度をさせようと私を引きずっていた鶴丸と長谷部も、それをにこにこ楽しそうに眺めていた青江ですら、ピタリ。と動きを止めた。 「俺の言うことがきけねぇの？」 いつものように癇癪を起こした言い方ではなく、淡々と氷のような流し目で。 「い、行きますぅうううううう！！」 世界で一番主さま。 主さまの言う事は絶対だ。 ・ ・ ・ ・ と、そんな事があったのも今は昔。 「カスタムでバージョンアップされた[[rb:木紋 > きもん]]です！改めてよろしくお願いしますね！」 再び主の気配を感じる再顕現に、誉桜が舞い散る。 ほとんど桜吹雪と言っていいそれ越しに、2週間ぶりに見た主は心底嫌そうな顔で、花びらを払っていた。 「ああっ！主！会いたかったです！」 「うざい、離れろ」 嫌がるだろうな、とはわかっていたものの、主の側を離れたのが思っていたより堪えていたのか、姿を見てしまったら想いが溢れて抱きついてしまった。 当然のように蹴られましたが何か。 シャツにネクタイ、ベスト、スラックス。その上に丈の長い外套と防具、革手袋に小手。 全体的に暗い深緑で統一された戦装束は、淡い桃色っぽい髪に我ながらよく似合っていると思う。 主が言うには、拵はそれぞれの主の好みによって違うらしく、和装っぽい木紋もいれば、色味が違う服装の木紋もいるらしい。 あなただけの木紋、という感じがして正直滾る。 「ーーそれで、出陣だけど、」 ニヤニヤしている私に、主がめずらしく言い淀む。 「あー……、とりあえず、御手杵呼んでこい」 「アッ、まだごめんなさいしてなかったんです？」 「うるせぇ！！」 真っ赤になって叫んだ主を見る限り、なんだかんだ大丈夫そうだと、またにやけてしまった。 「えっ、練度20以上って、え？？？」 御手杵を探してる途中で、私と同じく新人である長谷部と青江に鉢合わせたので、主が！私のために！用立ててくださった拵を自慢して、これから一緒に出陣する機会も増えそうですね、と言ったら衝撃の事実が発覚した。 「僕ら、君より経験豊富になっちゃったんだよねぇ。……戦の事だよ？」 「お前が2週間も留守だったからな。まあ、頑張れよ」 二振りがそれぞれ両側から私の肩に手をポンと乗せて、ドヤ顔で先輩面された。 ちなみに私の練度は5だ。 「それで、御手杵。あなたの練度は？」 騒いでいた声に気づいたのか、室内から顔をひょこりと出した御手杵に声をかける。 うーん、と言い淀む御手杵は、誤魔化すように首筋に手をやり、視線が泳いだ挙句、ぼそり、と答える。 「6」 「やっぱりあれからも出陣してなかったんですね」 「う“……まぁ、うん」 「長谷部くんが散々、戦に出たければ自分から主に願いでろって言ったんだけどねぇ」 「主がお前を爪楊枝と言ったのは、本気ではなかったと言っただろう！」 爪楊枝、のところで御手杵の肩がかすかに跳ねる。 おまっ、ほんとそういうとこだぞ長谷部ぇ。 「そもそも、主は他人にも厳しいが何よりご自分にも厳しいように見受けられる。出陣で想定以上の手傷を負った時など、悪態が出てくるが、それは俺たちに向けたものというより、本来は己の采配に憤っているように思える。……ただ、まだお若い故か、自分への苛立ちを外へ向けてしまう事はあるようだが」 「まあ、それだけ僕らに甘えてくれていると思えば可愛いものだよねぇ？」 長谷部と青江の言葉に、御手杵とそろってぽかん、としてしまう。 え、なに、こいつら、ちょっと離れてる間にめちゃくちゃ主の事理解している。 「えぇ……私がいない間何があったんです？」 「実は、こいつら昼と夜、主の部屋で飯食ってんだよなぁ……」 「はあ！？」 どういうことだってばよ、御手杵にこそこそ聞けば、疲れたような笑みで衝撃的な言葉が飛び出した。 詳しく聞けば、私と長谷部が主と一緒に食事をしたのが皮切りらしい。長谷部は当然のように毎回部屋に来るし、私がいない間の近侍として控えていた平野が苦言を呈せば、羨ましいならお前も主に頼めばいいだろう、と長谷部がドヤ顔で言ったらしい。 うちの長谷部はメンタル強すぎじゃないだろうか。 かわいそうな平野。主のためを思って止めたのに嫉妬扱いされるとは。 主も主で機嫌がよかったのか、平野の事は割と好んでいるからか、別に二振りぐらいいいけど、と了承したらしい。 「それでなんで青江まで？」 「だって、ずるいだろう？二振りだけ楽しい思いするなんて」 何きっかけでブチ切れるかわからない爆弾反抗期主との食事を楽しいと言い切れる青江もなかなか強い。 「青江がそう主張するもんでな、希望者の間で交代で主とご一緒することになった」 また主も、勝手にすれば、と言ったから本当に勝手にしたという事か。 長谷部、平野、青江の他、五虎退、鶴丸、加州、燭台切が交代で二振りずつ主と食事をしているらしい。 五虎退は勇気を出したんだな、というのが察せられて微笑ましい。加州と燭台切が少し意外だが、主は自分から寄って行けないが、向こうから来てくれるなら吝かでもないぼっち系コミュ障の雰囲気があるので、加州と燭台切の気持ち次第だったのかもしれない。 「で、その主からの呼び出しな訳ですが、覚悟はいいですか？御手杵」 「う、お、おう」 で、いつまでこのにらみ合いは続くんだろう。 いや、正確にいうとにらみ合いではなく、何か言いたそうに口を開いては閉じるを繰り返している主が一方的に御手杵を睨んでいて、御手杵はその高い身長を丸めて冷や汗を垂らしながら縮こまっている。 猫とネズミ。 蛇とカエル。 主と御手杵。 ここで私が気を利かせて間に入ってもいいけれど、せっかく私がいない間も他の男士達と一部距離が縮まった可能性があるのだ。 主から御手杵を呼んだ事といい、主も勇気を出した。 その思いを壊してはいけない。 「……練度の関係で、木紋は他の部隊に組み込めない」 検非違使対策ですねわかります。 御手杵も気づいたのか、はっと、顔を上げた。そこには萎縮だけじゃない、確かな期待が含まれていた。 「御手杵……お前も出るか？」 御手杵は主から向けられた言葉に、すぐに反応できずに、頭の中で、心の中で、その言葉をしっかりと噛みしめる。 あの時の出陣以来、主から声がかかる事もなかったが、自分から願い出ることもなく、むしろ避けるようにして内番に励むフリをしていた。 期待されたかった。期待に応えたかった。 でもまた、それを裏切ってしまうのがなにより恐ろしかった！ 「……嫌なら別にいい」 少し苛立ったような主の声、違う、これは傷ついている声だ。 「で、出たい！……俺も、主のために戦いたい！」 俺は主に必要とされたかったんだ……！！ 「……槍が大器晩成型なのは知ってる。でも俺なら最初から使いこなせると調子に乗ってた。」 腹を括ったように、真っ直ぐに御手杵を見上げるまだ幼さが残る少年は、確かに主としての顔をしていた。 そう、俺の主だ。 この御手杵の主だ。 「あの時、負けたのは俺の采配が悪かったからだ。……あれ以来、御手杵を使わなかったのは、びびったからだ……うまくお前を扱えない俺のせいでまた、」 「そんな事はない！俺は斬ったり薙いだりできないけど、……もっと強くなってみせる！だから俺を使ってくれ！！」 心からの叫びだった。 腹の底から湧いて出る、この衝動の逃し方がわからない。今すぐ敵を刺し殺したいような、主にすがりつきたいような。 すぐにできる方を溢れた衝動のままに御手杵は実行した。 「……！？」 目の前の主を己の長い両腕でかき抱いた。主の両腕ごと抱きしめても、御手杵の腕が余る。 小さい俺の主。 こんなに細くて小さな体で、戦っているのだ。 両肩を掴んで、抱きしめた体を少し離して、その顔を覗き込む。 いつもは不機嫌そうに細められた、眼鏡の奥の真っ黒な瞳は、今は大きくくるりと開いて、唖然と御手杵を見上げている。 主の瞳に俺がうつっている！ 「……わ、わかったか、らっ！？」 了承の言葉が嬉しくて、またその体を懐にしまい込んだ。 えっ？うぇええええええ！？ナニコレェエエエエ！？ ってなってる主とめちゃくちゃ目が合うが、私も同じ気持ちなので止めどころがわからない。 どうやら御手杵は今までために溜まった色々な物が振り切ってしまったらしい。 元々なのか、主に似たのか、御手杵は槍としてのプライドが無意識で高い。 その高いプライドがぽっきり折れた上に、主に必要とされてないという思い込みで、本当は必要とされたいという気持を押し殺すように卑屈になっていた。 主も主で、自分の采配ミスでプライドが傷つき、苛立ち、でもそれを挽回させるにはまた御手杵や他の男士達が傷つくかもしれない、と思うと怖くなり御手杵を使う事を避けてしまっていた。 ごめんなさい。と言えばいいのに、と思って主に仲直りを進めたが、きっと御手杵に爪楊枝 言ったことを謝罪してもさして意味がなかっただろうなぁ、と今になって気づく。 御手杵の心に引っかかっていた物の本質は、主に必要とされたいという思いだったんだろう。 たとえ最初は弱くとも、爪楊枝と言われようとも、必要とされ、戦に出させてもらえていたら御手杵はこうはなってなかった。 結果、主は自分の本心を、御手杵が求めていた言葉を与えた。 さすが、自慢の私の主だ。 「私も仲間に入れてくださいよ」 両腕を広げながら、御手杵に抱きしめられるがままになってる主ににじり寄ったら、パニックが収まった主に氷のような目で射られた。 「あ“ァ？」 声変わりが始まった全力のドスの効いた声で、私はさっと腕を下ろし、御手杵はぱっと主を腕から解放したのだった。 「串刺しだ！」 ノリノリじゃないですかヤダー。 刺すことすらできないとか、言ってた槍とは思えない活躍ぶりで、こっちも負けてはいられない。 「叩っ斬ります！」 ズバん、と敵短刀が上下真っ二つに分かれて消える。 未だに剣術も何もわからない。今のもどう考えても思いっきりフルスイングしたバッティングポーズだよなぁって……。 誉の文字が入った軍配を持つ賽子の付喪神が、それを御手杵の前にぐぐっと掲げた。 「俺？俺が一番でいいのか？」 ばっ、と誉桜を散らせながら、御手杵は戸惑ったように、はにかみながらも嬉しそうに誇らしげに胸を張った。 我が主の一番槍、初勝利の瞬間だった。 [newpage] 先を行く長谷部と青江を追うように、私と御手杵もめきめきレベルを上げてしばらくした頃だった。 「……チッ」 近侍に戻った私と、鶴丸とで本丸の資材備蓄について主と相談していた時だ。 ポップアップで一番手前に表示されたのは上層部からのメールだろう。 それに目を通した主の久々に聞いた、不愉快そうな舌打ちに、一瞬で場が冷える。 今までは主が一人で判断し、説明もなく決断だけを鶴丸に伝え、それを基準に歌仙がみんなをまとめ上げていた。それも少しずつ変わっている。 とても良い方向に。 初期刀としてのプライドや主への忠誠心はとても高いように見えるのに、ほとんど主に近寄らない歌仙の事が今のところ一番気がかりではあるが、その分衝突は無いのでこれからゆっくり考えていけばいいと思う。 以前ほど主と刀剣男士達の距離は遠くはなく、しかし一部の物達はやはり今までと変わらない距離感ではあったが、主が癇癪をおこすような事はほとんど無くなっていた。 「……何か良くない事でもあったか？」 鶴丸が最初に口を開いた。 「木紋が通常鍛刀できるようになった」 私としてはへぇ、そうなんですか、という感想しかでてこなかったが、審神者である主は違ったらしい。 「木紋は本神の存在が安定してる世界線が少ないから、期間限定でしか鍛刀できないって話じゃなかったのかよ……」 「レア度暴落ですねぇ」 「クソっ、ンな事なら無理して鍛刀しなかったのに……」 わかりみが強い。こうして資材の備蓄について相談しているのも、私を鍛刀した時に通常任務に障りがないギリギリまで資材が枯渇して、未だに余裕があるとは言えない状況だからだ。 だから本当に、軽い気持ちで相槌をした。 「ですねぇ」 「主、今のは」 「ちがうからな！そういう意味じゃ！……ない」 鶴丸が何か言いかけたのを主が遮って、珍しく身を乗り出すようにして叫んだ。 「え？……あ、あぁ！はい、なるほど、気にしてないから大丈夫ですよ」 一瞬本当に主が何を言いたいのかわからなかった。 普通に無理して鍛刀しなければよかったっていう気持ち、ほんとそれなって考えてた。 後々通常鍛刀できるってわかってたら、資材に余裕がないなら無理して鍛刀しまくったりしなかっただろう。 しかも何かしら鍛刀できるゲームと違い、この現実世界では刀剣男士が降りてこないただの刀でしかない物ができる確率がとても高い。 「……本気じゃないからな。木紋をあの時鍛刀できていて良かったと思ってる」 「〜〜〜〜〜っ！！！！」 主がデレた！ 可愛い！めちゃくちゃに可愛い！好き！！ この世の全ての人に今の主を自慢したい！ はぁ〜尊い。主の刀として鍛刀されて本当によかった。 主にめろめろになっている私を見て鶴丸が盛大にため息をつく。 羨ましいんですか？わかります。 「報告書読んだ通りならAll50の最低資源で鍛刀できるみたいですし、日課任務の鍛刀で私のストック狙っておくのもアリですね」 木紋マジで初心者向けのエコい太刀だな。 これなら初鍛刀が短刀が多い中、木紋が初鍛刀という事も珍しくなくなるのかもしれない。 ……主の初めての鍛刀で、初太刀になれるのかぁ……羨ましい。 なんて考えてたら、主と鶴丸の視線が私に集まっているのに気づいて、首をかしげる。 「木紋、お前は、俺が、お前を折るような主だと……思ってんのか」 静かな、むりやりこらえてるような主の声が硬い。 しまったな。 「違いますよ。そんな風に思ってはいません。でも、それでも、どうしても、私にもしもの事がないとは断定できません。その時に、主のためにもう一振り自分が控えてるなら安心できる。それだけの事ですから、」 「それだけ！？ふざけんなよ！お前と、二振り目は別だろうが！！」 その後どれだけなだめても主の機嫌が直ることは無かったので、一旦鶴丸とそろって部屋を出た。 「今のは君が悪かったと思うぞ」 「いや、まぁ、そうですけど、でもちょっと主にしては過剰に気にしすぎなような気も」 「それは俺も思った」 「……何か心当たりが？」 「それがわかってたらここまで苦労しないさ」 そう言って鶴丸は肩をすくめて苦笑した。 その夜。 深夜1時を回った時間にトイレに起きた。 主の部屋の近くまでついでに見回ってしまうのはもう癖だ。 灯りが漏れている。 「主、まだ起きているんですか？」 返事がないので、そっと中を覗くと主はいつもの人をダメにするクッションに埋もれて寝てしまっていた。 そっと近づいて、少しだけ肩を揺らす。 起きないならそのまま布団に運んで差し上げるつもりで。 「主、こんなところで寝ると体を痛めますよ」 「……ん」 少し目が覚めたのか、目をこすりながらぼんやりとこちらを見上げてくる。 主は寝起きが悪い。 「木紋？」 「はい、あなたの木紋ですよ」 微笑ましくて、ふふ、と笑みがこぼれてしまう。 「もう、おまえを鍛刀してからいみわかんねぇことばっかだ……」 「意味、わかんねぇ、ですか？本当に？」 ぐずぐずとクッションに懐きながら、眩しいのかまた目を瞑って、寝ぼけているのか舌ったらずな口調が愛らしい。 「ずっと一人だと思ってたのに。きゅうにぜんぶがうごきだしたみたいだ」 「大変でしたね。今までいっぱい頑張ってきましたね」 私も、ほかの物達も、少しずつだが主とかみ合い始めている。 本当は最初から主は一人なんかじゃない。 「ちがう、おれはぜんぜんだ、ぜんぜんなんだ」 そんな事ないと言うのは簡単だが、きっとその言葉は主の心にとどかないだろう。 だから、せめて、少しでもこの思いが伝わればいいと、そう思いながら主の頭を撫でる。 「それでも沢山の物を我慢してきたんでしょう？」 自分を褒めてあげれるようになってほしい。 またうとうとし始めた主の頭を撫で続ける。 「かき……小夜のくれた柿……食べたかったなぁ」 そのまま、またすうっと寝入ってしまった。 布団を敷いて、主を抱き運んで寝かせ、最後にもう一度頭を撫でた。 「私の主、おやすみなさい。良い夢を」 朝から馬当番の時は朝食の前にそのまま一風呂浴びる事になっている。 馬は可愛いが世話をすると臭くなるので少し苦手だ。それでもこの朝風呂は嫌じゃない。 同じく馬当番だった小夜と並んで湯につかりながら、どうでもいいことのように口を開いた。 「小夜は、主に柿をあげたことあります？」 ちらりと、視線だけ左斜め下の小夜を見つめる。 小夜もその三白眼をちらりとこちらに向けた。 「無いよ。歌仙に止められてたから」 主の話しと合わないなぁ、と思いながら、もう一つの違和感が頭にひっかかる。 歌仙はしばらく、主のアレルギーを好き嫌いだと勘違いしたままで、燭台切は自分が作った食事を主に持って行ってしまっている。 初鍛刀で燭台切よりだいぶ先に顕現しているはずの小夜が、主に食べ物を勧めてはいけないという認識が燭台切より強いのが腑に落ちない。 その答えはすぐに小夜の口から出た。 「多分それは一振り目の事だと思う」 ゆっくりと、今度は顔ごとこちらを見上げてきた小夜としっかりと目が合う。 「僕は二振り目なんだ」 かちり、と最後のピースがはまる音がした。 [newpage] 大変申し訳ございませんが、今までの話を読み返しつつプロットを読み直していたら、ちょいちょい鍛刀順がおかしい描写がありましたので、すこしずつ修正させていただきます。 以下紹介文は本当の正しい権限順となっております。 ネタバレがない範囲で、ここまでの刀剣男士紹介。 【歌仙兼定】 初期刀。初期刀である事への誇りと忠誠心はとても高いが、主とお互いにほとんど顔を合わせない。 昔はそんな事がなかったらしく、信頼から忌憚なく物を言う歌仙と主は口論する事が多かった。 刀剣男士達の筆頭で、本丸内を実質的にまとめている。 【小夜左文字】 初鍛刀。主に柿を上げた事があるが、おそらく「食えないから」と断られている。 折れてしまったので、もう主に柿をあげることも、それを自分で食べる事もない。 【薬研藤四郎】 自分の言葉が大将を傷つけたと気付いてから、とても気まずい。 本当は大将と一緒に食事しはじめたメンバーに加わりたかった。 でも信頼を取り戻すのが先だと決意している。 それまでは大将が気難しいから色々仕方がないと思っていた。 主は実はもう全然気にしていない。アレルギーが理解されないのはすでに慣れっこ。 【五虎退】 権限そうそう主が口もきかずに出て行ってしまったのがずっとトラウマだった。 主に嫌われているとばかり思っていたので、極力自室から出ないようにしていた。 今は主がなぜトラたちが駄目なのか正しく理解し、木紋にもらったガムテープでペタペタしてから主の部屋にちょくちょく顔を出すようになった。 【同田貫正国】 刀種が太刀から打刀になった時に、主がひどく荒れた。 しかしこの本丸の主戦力である事は変わらず、それに誇りも持っている。 主の暴言も慣れているし、戦で結果を出せばいいと思っているので、主の言葉で一喜一憂する刀達の気持ちがいまいちわからない。 【加州清光】 鶴丸や平野ほどではないが、比較的主を怒らせた事がない。 それでも癇癪をぶつけられた事があるので、できるだけ怒らせないようにあまり近づかないようにしていた。 五虎退や燭台切にのっかるようにして、主と食事するメンバーに加わった。 とにかく主が不機嫌になると悲しくなるので、とても気を使っている。 【乱藤四郎】 主がおそらく女子が苦手なのを敏感に感じ取って髪を切って男らしくしてる。 主に申し訳ないとは思っても不満はない。 報告なので普通に顔を合わせるが、もし万が一また主が嫌な思いをしては嫌だと思い、食事メンバーには加わらなかった。 【小夜左文字】 二振り目。 権限した時から一度も主の視界に入らないようにしている。 【宗三左文字】 なんとなく、小夜が二振り目だと気付いているが、権限される前の事なので詳しいことは何も知らない。 ぶっちゃけ主が勝手に気まずそうにするのが心底気にくわない。 根本的な問題はアレルギー云々ではなく小夜の事が関係していると察しているので、その辺のことを知らないままあれこれ頑張っている木紋についため息が出る。 【平野藤四郎】 物静かで、余計なことを言わないので主を怒らせた事がない。 寝起きの素直な主と少しだけ会話するのが至福。 とにかく主が健やかに、少しでも心穏やかでいてくれるのが望み。 【鶴丸国永】 驚かさない鶴。 にこにこ当たり障りなく主と接してきたので怒らせた事がない。 口には出さないくせに、色々と主の言動を深読みして勝手に拗らせていた。 最近になって主はただの子供なのだと気付き、めちゃくちゃ恥ずかしいし、後悔している。 主は鶴丸の外面をそのまま信じているので、刀剣男士の中で一番仲がいいと思っている。 主の事で何かあると、まず最初に鶴丸のところに話がいく。 【一期一振】 なぜかめちゃくちゃいつも主を怒らせてしまうので、鶴丸と歌仙から主の部屋への出入りを禁止されている。 【燭台切光忠】 主に持っていった膳をはたき落とされてまで（本当はたまたま手があたってしまった）拒絶されたのがショックで、主を不快にさせたくないという思いから主に姿を見せなくなった。 アレルギーの事を知り、更に後悔した。 木紋がいない2週間の間に色々あったらしく、一緒に食事メンバーに含まれている。 【御手杵】 しょっぱなから、少し上のレベルの部隊に組み込まれた時に、検非違使遭遇してしまい、部隊がほぼ全滅しかかるという事件があった。 それ以来、出陣を命じられる事もなくなり、どんどん自信を喪失し拗らせていった。 今回の事で、めちゃくちゃ戦大好き槍になった。 【木紋】 主が一番大事な主ガチ勢。 【にっかり青江】 顕現した時、主のうっかり発言を木紋が全力フォローしたため、こじらせることがなかった。 主が子供だと理解して、その成長や迷走している様を見るのが好き。 長谷部が斜め上に突っ走って行くのを手伝うと面白い事になると気付いてしまった。 【へし切長谷部】 信長にくらべたら主の癇癪なんぞ可愛いものだと思っている。 主のためだと思ったら突っ走る傾向にあるので、木紋がまだるっこしいやり方をしているとズバズバぶった切っていく。

大変お待たせして申し訳ありませんでした！<br />コメント全て拝見しております、本当に励みになっていますし、自分のミスや、伏線回収しわすれに気づけるのでめちゃくちゃありがたいです……。<br /><br />本丸内のゴタゴタ最終章に入りました。<br />ゴタゴタ終了後の今後の展開予定。<br />・木紋はじめての演練<br />・主、師匠の元へ再研修<br />・木紋という刀の正体<br />主成人編<br />・官僚の娘が見習いに。乗っ取りですねわかります。<br />・ニー刀木紋レベル1<br />・殺人鬼審神者と胸糞悪いお仕事<br /><br />他の本丸の木紋の話がメインの物はシリーズ名を別にしてそちらに入れようと思っています。<br />そちらは主に木紋を含む審神者や刀剣男士との恋愛がメインでR−18も含みますので、今後ご注意ください。<br /><br />前回に引き続き注意事項<br /><br />・一言で言うとなんでも許せる方向け<br />・オリジナル要素の強い独自解釈や設定があります。<br />・うっすらブラック本丸要素があります。<br />・刀剣破壊描写。<br />・創作刀剣男士が他の刀剣男士と喧嘩したりするかもしれません。<br />・刀剣男士達と少年審神者がすれ違っています。

レベリングですね！わかります！

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―6月11日。 今日は、勇介の2歳の誕生日だ。 同僚に、 「子供の誕生日に母親がいないなんて、寂しすぎるだろ。ちゃんと一緒に過ごしてやれよ。」 と説得され、私は休みを取った。 今日のプランはこう。 ①勇介の本当の両親のお墓と私の父のお墓に挨拶。 やっぱり、勇介の本当の両親にはしっかり挨拶しておきたかった。 それに、ちゃんとお父さんにもお礼がしたかった。「1年間、勇介を守ってくれてありがとう。」と。 ②恐竜博物館に行く。 ここ最近、勇介は図鑑にハマっているようで、その中でも恐竜が大好きなのだ。 本屋に行くと、私が医学書を探している間に、大抵母が新しい恐竜の本を一冊買い与えているのだ。 だから、家は恐竜の本が溢れかえっており、それを一緒に読んであげているものだから、私まで詳しくなってしまっている。 色々な骨の部位やその形まで覚えてしまい、体力無くなったら整形外科にでも転科しようかしらなんて思ったり。 まあ、そんなわけで恐竜博物館に行く予定。 ③お家で誕生日会 夕食はお家に帰り、勇介の好きなハンバーグと誕生日ケーキを作ってあげて、3人でささやかな誕生日会をする。 恐竜博物館から帰ると、リビングでは母が買ってあげたティラノサウルスの人形を片手にきゃっきゃきゃっきゃと楽しそうに遊ぶ勇介。 「ふふふ、とっても楽しそうね。なんか、嬉しくてこっちまで笑顔になるわ。」 「そうね。お母さん、今日は一日付き合ってくれてありがと。」 「何言ってるのよ。ゆうくんの誕生日だもの。」 「うん。ねえ、私今から夕食の準備しちゃうから、その間に勇介、お風呂に入れてもらっていい？」 「わかったわ。」 そして、二人がお風呂場に消え、私は夕食の準備を始めた。 夕食の準備をしている途中、ピンポーンとチャイムが鳴る。 「はーい。」と返事をして玄関へ向かう。 何か注文したっけ？お母さんかな？ 荷物を受け取り、驚く。 差出人 藍沢耕作 少し大きめの箱とブルーの花の小さな花束を抱え、リビングへ戻ると、ちょうどお風呂から上がった勇介が素っ裸で駆け寄ってくる。 「あー、ゆうくんまだ拭いてないって。」とお風呂から声が聞こえる。 「ママー、それなに～？？」 「わかんない。って、ゆうくん、また勝手に。ちゃんと拭いてからって言ってるでしょ。」と首にかけられたタオルで髪の毛を拭いてあげる。 「開けてあけて～。」とジャンプしながら言う。 着替えを終えた母が髪の毛をタオルで拭きながら 「あら、お届けモノ？どなたから？」と私に聞く。 「それが、藍沢先生から。」 「あら、あの翔北病院の？」 「うん。」 「とりあえず、開けて見なさいよ。」 と、母に促され包みを開けると、それは小さい子供の中で流行っているストライダーだった。 それを見た勇介は大喜びで、 「わーいわーい。ねえ、ママ、開けていい？」と目をキラキラさせて聞いてくる。 「なんで、藍沢先生が？」と私が驚いていると。 「ゆうくん、ちゃーんと服着ない子は、ストライダー乗れませんよ。」と母が勇介に言う。 「恵、それお手紙じゃない？そこに挟まってるの。」と花束を指差す。 「あっ。」と私は封筒を取り出す。 「ゆうくん、髪の毛も乾かさなきゃダメだからいったんお風呂場に戻ろっか。」 「はーい。」と勇介は素直に母について行き、私は一人リビングで彼からの手紙を開く。 ＊＊＊＊＊ 白石恵様　ゆうすけくん 緋山から、今日がゆうすけくんの誕生日だと聞きました。 お誕生日おめでとう。 ささやかながら、プレゼントです。 子供のプレゼントなんて何を選んだらいいかわからず、無難なものにしました。 ですので、もし既に持っていたら処分してください。 これからもどうか幸せにお過ごしください。 P.S. 9月に論文を出します。 『New England Journal of Medicine』に掲載予定なので良かったら見てください。 俺も夢に向かい努力しています。 ＊＊＊＊＊ 「藍沢先生…。」 久々に見た彼の字を指でたどる。 ”俺も夢に向かい努力しています。”という最後の言葉。 2年半ぶりに彼の会ったような感覚になり私は嬉し涙を流した。 彼を彷彿とさせるブルーの花は、“ニゲラ”と言うお花だった。 その花言葉は、“夢で逢えたら”。 [newpage] ―9月。 『New England Journal of Medicine』の発売日。 私は、勇介を連れ、朝から本屋に向かった。 『New England Journal of Medicine』 は世界でもっとも有名な医学系の雑誌で、そこに論文が載るということは、名医という称号を手にしたも同然なのだ。 つまり、彼の夢が叶ったといってもいいだろう。 本屋に到着し、その雑誌を手に取りすぐに会計へ向かう。 すると、会計のおじさんに声を掛けられる。 「君、知ってるか。今月は日本人が論文載せてるんだ。もう何年ぶりだ。こんなの滅多にないことだから、多めに入庫しちゃったよ。ははは。」 「私も、その論文を早く読みたくて、こんな朝から買いに来たんです。」 「そうかそうか。いや、彼すごいよね、まだ38歳らしいよ。そんな若くして、大そうな論文書くなんて日本人として誇らしいよ。って、俺は医者でもないから彼の本当の凄さは分からないんだけどね。はーい、お待たせ。また来てね。」 そんな、彼の言葉に私まで嬉しくなって頬を緩める。 私は、袋を受け取ると、「ありがとうございます。」と言い店を出た。 凄いな、藍沢先生。 ”日本人として誇らしい”なんて言われちゃうなんて、やっぱり凄い。 それから、勇介と少し散歩をすると、たまに立ち寄るカフェに向かった。 早くあの論文が読みたくて。 アイスカフェラテとアイスココアを購入し、席で勇介にココアを飲ませ、恐竜図鑑を渡すと、私はさっそく袋からその雑誌を取り出し、彼の論文が掲載されたページを開く。 もちろん全文英語な訳で、スマホを辞書代わりにその論文を読んでいく。 凄い。凄いとしか言いようがない。 彼がこの3年弱どれだけのことをやってのけたか。 それを知り、自然と涙が流れてきた。 「ママ、どうしたの？」と勇介が心配そうに私を見つめてくる。 「なんでもない。ただ、嬉しくって。」と泣きながら微笑むと。 「そっか。じゃあ、泣かないで。」とまだ心配そうに机に置いてある紙ナプキンを数枚とり私に差し出してくる。 「そうだね。ありがとう。」と私はそれで涙を拭いた。 私は、論文の右上にある彼の写真を勇介に見せ、 「彼ね、ママのお友達なの。とっても良い論文書くから、ママ嬉しくなっちゃった。」 「このお兄さん、凄いんだね。」 と、彼の写真を見て、私にそう微笑みながら言った。 そうよ、とっても凄い人なの。 出逢ったあの日からずっと彼は凄かった。私の憧れだった。 それから約10年共に働いて、様々な苦難を一緒に乗り越えて、 いつしか、人生も共に歩けたら。なんて、思った頃もあった。 でも、彼がトロントへ行くと決めた日。 私たちの道は消して交わることはないと分かった。 それぞれが決めた道。 私は私なりにがむしゃらに歩み、彼と約束したあの夢をひとまず今年果たすことができた。 まだまだ、こっちでは納得がいく救命にまでは仕上がってないけど。 これからも、地元の明邦でもっと良いドクターヘリ医療を提供できるように努力したいと思っている。 彼もまた”名医になる”という夢を叶えたのだ。 これからも、きっと脳外科という分野で様々な症例をこなしながら更なる高みを目指すに違いない。 藍沢先生、遠くから応援しています。 私も、もっともっと頑張る。頑張れる。 だって、いつもあなたを傍に感じているから。 だから、もし、もしもあなたにまた会うことがれば、真っ先に伝えたい。 「いつも私の心の支えでいてくれてありがとう。」 [newpage] 手帳を開き、そこに挟まれた押し花を見つめる。 彼女を彷彿とさせる白い花、“二輪草”。 俺が送った花のお返しにと、送られてきた花だ。 花言葉は、”共に生きる喜び” 手帳を閉じ、俺は扉を開く。 「本日から、こちらでお世話になる藍沢耕作です。よろしくお願いします。」 新しい職場。 新しい同僚たちの前で、俺は挨拶をする。 「えー、皆さんもご存知の通り、あの藍沢耕作くんがどういう訳かうちの脳外科に来てくれた。彼は、トロントでのレジデントの経験もあり、つい先月出した論文でも医学賞を受賞したりしている優秀な医師だ。みんなも彼から沢山のことを吸収し、腕を磨いてほしい。」 そんな風に、大げさに俺を紹介した部長のせいで、朝から医師や看護師に取り囲まれ尋問のようにあっちこっちから話しかけられた。 「えっと、じゃあ。佐々木くん、藍沢くんに院内を案内してやってくれ。」と部長が言ってくれ、俺はやっと尋問から逃れた。 「ここで働き始めて15年目の佐々木だ。よろしく。」とかなり気前よく声を掛けてくる彼。 「じゃあ、ちゃっちゃっと済ませちゃおうぜ。」と医局を出ると、来いよっと俺に合図をする。 俺は彼に付いて院内を一通り歩く。 2階の奥の窓際で彼は立ち止まると、外を指さす。 「あれ、見えるか。うちの救命が使ってるドクターヘリだ。あっ、そういや、お前ドクターヘリの経験もあったんだっけな。」 「あぁ、そうだ。」 「じゃあ、お前行けよ。コンサル。お前の腕が経つのは知ってるが、ここじゃ新人だ。今日から頼んだ。」 「あぁ、よろこんで。」と俺は返事をする。 彼は、窓際に肘を置き、しばらく窓の外を覗いていた。 すると、ブルースーツを着た医師が2人、そして、看護師が1人ヘリに乗り込むのが見えた。 「あれ、見ろよ。」と指をさす先に見えたのは、この3年、ただ会いたいと懇願していた相手。 俺は彼女の傍で働くためだけに、この病院に来た。 トロントへ行き、翔北でさらに働き、論文も書き上げた。 俺は学ぶべきものは全て学んだと思う。 だから、あとは難しい症例が集まる大学病院であればどこでもいい。 そこで、多くの手術をこなし、腕を磨くことができればそれでいいと思った。 やっと彼女に会える俺になったから。こうして、明邦に移動してきた。 彼女が懸命に走る姿が目に移り、俺は頬を緩ませた。 「あの先頭走ってるの女だぜ。凄いよな。」と佐々木が言う。 「そうか。」 「しかも、ちょー美人。きっと、お前も惚れるね。」 ふっと俺はそれを鼻で笑う。 「あっ、でも誰も彼女を落とせてないから、お前もきっと無理だな。 彼女さ、子供がいるんだよ。しかも、養子。だから、男なんて相手にしないわけ。」 「えっ。」と俺は驚きを隠せず声に出してしまう。 「あっ、もしかして興味あった感じ？」とニヤニヤ聞いてくる佐々木。 「いや、養子ってどういうことだ。」 「あっ、そっち？あれは、1年半ぐらい前のことかな。 赤ん坊がうちに運ばれてきたんだよ。で、その時何が原因か聞いてないが、一緒に運ばれてきた母親は亡くなって。その子、身寄りがなかったんだ。入院している赤ん坊をけなげに世話して、そのまま引き取ったって感じだったかな。容姿端麗で、仕事もできて、それにいつも笑顔で挨拶してくれちゃうぐらいいい人。それに、加えてそういうことしてあげちゃうあたり参っちゃうよな。あんな、いい女はじめて出会ったよ。俺じゃ無理だけどさ、誰か彼女のこと幸せにしてやって欲しいね。」 …そうだったのか。なんだ。 俺は、彼女に伝えていいのか。 ずっと、必死に蓋をし続けたこの気持ちを。 俺は、嬉しさを隠せず、今までで最高超に頬が緩むのを感じ、とっさに手でそれを隠す。 「なんだ、お前。変なかおして。」 「いや、なんでもない。」 「じゃあ、さっさと戻るぞ。あのヘリすぐ帰ってきちゃうからさ。 お前、さっきコンサル行くって約束したからな。コンサル来たら絶対に行けよ。」 「あぁ、わかってるよ。」 医局に戻ると早速電話が鳴る。 「さあ、さっそくかかってきたね。」と佐々木がニヤッと俺を見てほほ笑むと、それを取り。 「了解です。今日から来た新人を向かわせます。」 「さあ、行ってこい。」と俺の背中を押した。 俺は、救命へ走る。 その時の俺はどんな表情だったろう。 少なくとも俺の視界は昨日までより断然に晴れていた。 [newpage] その日は、いつもと何も変わらないただの秋晴れの一日だった。 そんな一日が、私にとって忘れられない日になった。 いつも通り、出動依頼を受け、現場へ急行。 脳梗塞の患者を乗せ、明邦へ戻り、脳外へコンサルを入れた。 「脳梗塞の疑いの患者です。脳外へコンサルお願いできますか。」 「了解です。今日から来た新人を向かわせます。」 「お願いします。」 へえ、こんな季節に新人なんて珍しい。 そんな風に思いながら、新人さんを待っていると、 開いた扉に立っている彼を見て、私は驚き立ち尽くす。 「…藍沢先生？」 いつぶりだろうか彼の名前を呼んだのは。 あの頃、何度も呼び続けたその名前。 彼から発された 「あぁ。」という返事。 あの頃と変わらない。その仏頂面な顔。 色々な記憶が一気に蘇り、私は言葉を失くす。 「久しぶりだな、白石。患者は、こっちか。」と彼の一声で現実に戻される。 「あっ、うん。患者さんは彼。左側頭葉が振れにくくて。多分、脳梗塞。」 「そうか。」と返事をすると、彼は素早く触診をした。 「お前の見解で間違いないだろう。このままCT撮って、オペ室に運ぶ。後は任せろ。白石。」と、彼はそのまま患者を運んで行った。 あまりにも一瞬の出来事で夢だったんじゃないかと思った。 藍沢先生に会いたいな。いつか、会ってまたあの頃ヘリポートでそうしたようにその日会ったことを気軽に話したい。そんな風に何度も願ったせいで、悪い夢でも見てしまったのではないか。 私は、そのままもう一人の腹腔内出血の患者のオペに入り、それを終えると、「白石もう帰っていいぞ。」と部長に言われ帰宅の準備をし、病院を出た。 私は久々にヘリポートへ足を向けていた。 今日あったことが、リアルなのか未だに信じれず、ヘリポートの柵に寄りかかりただ茫然とヘリを見つめる。 「白石。」と声が聞こえた気がした。 やっぱり、おかしい。疲れてるのかなっと首に手を当てる。 「おい、白石。」と今度はさっきよりも近くからその声が聞こえ、私はその方向に目を向けてみる。 そこに立っていたのは、まぎれもなく藍沢先生で、以前より少し伸びた前髪以外は何も変わっていなかった。 「藍沢先生？」私は力のない声でそういう。 「あぁ、久しぶりだな。白石。」と彼は微笑んだ。 「本当に、藍沢先生なの？」私は彼を見つめそう聞く。 「あぁ。」と彼は私の左側に腰掛けると私の手に自分の手を重ねて優しく包み込んだ。 「トロントでも、日本に帰ってからもずっと、こうやってお前と話す日を待ちあびていた。」 「えっ。」と彼を見つめると、彼は穏やかな表情でヘリを見つめ続けた。 「トロントから帰って、お前がいなくて驚いた。お前が“地元の病院にドクターヘリ制度を導入する”と翔北を旅立ったと、出会ったあの頃に約束した夢を果たすため一歩踏み出したと聞いて。俺も、“名医になる”まで会えないなと思った。」 「あなたの論文見た。凄すぎて、感動したし、あなたが夢を叶えたんだって思ったら、嬉しくて泣いちゃった。会いに来てくれてたの？」 「あぁ、やっとお前に会える俺になったと思ってる。脳外で学ぶべきものは全て学んだ。あとは、多くの症例を見て、腕を磨いていくそれだけだ。だから、これからはお前の傍で、夢を追いかけていいか。」 彼は私を見つめ真剣な表情でそういった。 「私も、私もずっと思ってた。あなたと人生を共にしたいって。だって、ずっとあなたが―。」 私の言葉は遮られ、唇が温かく包み込まれた。 ゆっくり離されたそれ。 でも、おでこはくっついたままで、彼は私を見つめながらこう言った。 「俺より先に言うな。」 「…。」 「俺はお前をずっと愛してた。そして、これからもずっとだ。」 「私も、私もよ…。」嬉し涙で言葉を詰まらせる。 「そうか。」と彼は優しく微笑んで、ゆっくりと離れると、何やら首にかけたネックレスを外す。 そして、ネックレスに通されたそれを一つ外すと、私に差し出した。 「白石恵さん、俺と結婚してください。」 「はい。お願いします。」と私は泣きながら笑い、彼の首に腕を回すとぎゅーっと抱き着いた。 彼もそれを返すように、ぎゅーっと私を抱きしめ返してくれる。 「やっと手に入れた。」と彼は小さく私の耳元で呟いた。 しばらくそうしたあと、 彼に指輪をはめてもらった。 「やっと渡せた。」と彼は微笑む。 「えっ？」 「1年以上前かトロントで買ったんだ。これ。帰ったら、お前に渡すつもりだった。 でも、それが叶わずに、1年は俺のここにいた。」と胸の上あたりをポンポンと叩く。 「ありがとう。大事に持っていてくれて。これから一生大事にする。」 「あぁ。」 「なあ、俺も一緒に帰っていいか？お前のお母さんや勇介くんにも挨拶がしたい。」 「うん。ありがとう。」 そして、私たちは二人手を繋ぎ、共にEmergency Roadへ一歩を踏み出した。 [newpage] [chapter:エピローグ ～未来～] 藍沢先生と再会した日。 そして、彼からプロポーズを受けた日から2か月が過ぎた。 ー12月23日。 「パパ、これも持ってっていい？」と恐竜図鑑を3冊も抱え彼に上目遣いで甘える勇介。 藍沢先生は昔から子供と接するのは上手だった。だから、勇介と親しくなるのにも時間はかからなくて、1カ月を過ぎた頃には、勇介は当たり前のように藍沢先生をパパと呼ぶようになっていた。 藍沢先生は、勇介の上目遣いには弱く、 「あぁ。」と簡単に返事をしてしまう。 そして、そんな彼に私が、 「もー耕作、勇介を甘やかしすぎないでよ。」と文句を言うと、 ちょっぴり申し訳なさそうな表情をする彼が溜まらなく可愛い。 「ゆうくん、図鑑は一つ。荷物重くなったら大変でしょ。サンタさんからのプレゼント、持って帰れなくてもしーらない。」 「えーいや。じゃあ、これとこれは置いてく。」と、勇介は図鑑を二冊私に差し出す。 「わるい。」と彼は私に謝ってくる。 「ふふ、耕作は勇介が可愛くて仕方ないのね。」と彼に向って微笑むと、今度はちょっぴり照れた表情をする。 彼と暮らし初めて、今まで見たことのない彼の表情をいくつも見る。 その表情はどれも可愛くて、また彼を好きになる。 「じゃあ、行こっか。お母さん、本当に一緒に来なくていいの？」 とリビングでのんびりお茶を飲む母に言う。 「いいのいいの。明日は、野木さんの家でクリスマスパーティがあるし。それに、東京は込み合ってるでしょ。私は、こっちでゆっくり過ごすから3人で楽しんでらっしゃい。」 「うん、ありがとう。じゃあ、何かあったら電話してよ。じゃあ、行ってきます。」 「「行ってきます。」」と耕作と勇介は揃って言う。 「いってらっしゃい。気を付けてね。」 そういって、私たち3人は東京へ向かい飛び立った。 ＊ 鏡の前に立ち、勇介と二人髪の毛をセットする。 おそろいのスーツに、俺のネクタイと同じ色の蝶ネクタイ。 「パパ、カッコよくして。」と言う勇介に応え、 ワックスを手に取り、髪全体になじませると前髪を少し上げ左に流してやる。 「どうだ。」 「うん、いい。パパと同じだね。」とえくぼを見せにっこり笑う。 すると、別の部屋で準備をしていた白石がこちらへと入ってくる。 「二人ともお待たせ。」 サンドローズ色、花柄ケミカル総レースのドレスに身を包み、普段結んでいる髪を軽く巻いて、片方に寄せるように結んでいる。 メイクも普段より華やかで、耳もとで揺れるピアスがキラキラと光り目を奪われる。 俺も、勇介もそんな白石をただ呆然と眺めていた。 「あれ、変かな？」と俺らの顔色を伺う白石に、 「いや、綺麗だ。」 「うん、ママすっごく綺麗！」 とほぼ同時に俺らが返事をすると、 「ふふ、そう。ありがとう。」と、白石は嬉しそうに微笑む。 俺は心の中で呟く。 良かった。レースだが肘まで袖があるドレスにしておいて。 こんな綺麗なんじゃ、表にも出したくない。 「恵、ヒール、転ばないように気を付けろよ。それと、気分悪くなったらすぐ言えよ。」と伝えると、 「うん、わかってるってば。もう耕作、過保護すぎ。」 「僕がママの傍にいるから大丈夫だよ。」と勇介も言ってくる。 「そうか。じゃあ、行くか。」と俺は勇介を抱き上げ、恵に腕を掴ませると部屋を出る。 エレベーターを降りると、そこは既に多くの人が集まっており、 ホールに入ると『第59回　脳外医学川野賞贈与式』と書かれた垂れ幕が掲げられていた。 「うわあ、沢山人いるね。」 「ほんと、こんなパーティー子供の頃お父さんに連れられた以来。」 「ふっ、こんなの来たことあるのかよ。俺は初めてだ。」 早速、誰かが話しかけてくる。 「はじめまして、慶明大医院長の坪倉だ。君の論文は非常に興味深く読ませてもらったよ。」 「はじめまして、藍沢です。ありがとうございます。坪倉先生に読んでいただけるなんて光栄です。」 「こちらは、奥さんかね？」 「はい、妻の恵と息子の勇介です。」 「はじめまして、明邦で医師をしております、妻の恵です。」 「明邦って、君、恵ちゃんか？白石くんの娘の。」と坪倉先生が興奮気味に言う。 「はい、白石は私の父です。」 「いや、恵ちゃんか。白石くんには昔お世話になって、君とも遊んだことあるんだよ。 ほんと勇介くんぐらいの年の頃にね。恵ちゃんのドクターヘリでの活躍は俺の耳にも入ってるんだ。お父さんに負けず頑張ってるってね。いや、いいね。優秀な旦那を貰ったな。お父さんも天国で自慢してるんじゃないか。藍沢くんもいい子を嫁に貰ったな。」 と言うと、坪倉先生は周囲にいた先生方に、 「彼が藍沢くんだよ。あの『New England Journal of Medicine』に論文が載った。それに、驚きだよ。その藍沢くんの嫁さんが白石くんの娘さん、あのドクターヘリの白石先生なんだよ。」と呼びかけたせいで、俺らは動物園のパンダ状態になってしまった。 そんな状態でも勇介は暢気で、 「パパもママも人気ものだね。」と言いながら微笑んでいた。 授賞式が始まり、俺は恵と勇介を端に用意された席に座らせ、ステージ横へと向かった。 「本年度、最優秀賞を受賞したのは、翔陽大学附属北部病院脳外科（現在：明邦病院）の藍沢耕作先生です。ご登壇お願いします。」 （拍手） 「受賞を記念して一言ご挨拶をお願いします。」 （拍手） 「ありがとうございます。今回、このような素晴らしい賞をいただけて大変うれしく思います。この賞を頂けたのもひとえに周囲の支えがあったからだと思っております。約10年間お世話になった翔北の方々、そして、トロントでお世話になったトロント大の皆様に感謝申し上げます。それと、この受賞に際し、一番感謝を伝えたいのは妻の恵です。」 そして、俺は恵の方に目を向け、 「恵、今まで俺の心の支えていてくれてありがとう。」 恵は涙目で微笑みながら、ううんと小さく首を横に振った。 「まだまだ、未熟者の若造です。これからも更なる高みを目指し日々精神していきたいと思います。よろしくお願いします。」 （拍手） 俺は賞状を受け取ると、恵と勇介が座るところへ向かった。 「パパ、カッコイイ！」と言い、俺に抱き着く勇介。 「ありがとな。」と頭を撫で、勇介を抱き上げると、恵の隣の席に座る。 「はい。」と俺は貰った賞状を恵に差し出す。 彼女はそれを受け取ると、目の前に広げ、花のように微笑んだ。 「耕作、おめでとう。」 「いや、お前のお陰だ。」 と俺は恵の手を握り、俺の膝に座る勇介の腹あたりにそれを置く。 すると、勇介は嬉しそうに繋がれた手を両手で包み込んだ。 俺はそれを見て、恵に微笑みかける。 すると、恵もそれに返すように微笑んだ。 ＊ 授賞式を終え、俺らはタクシーで翔北に向かった。 この受賞の報告をするため、そして、それ以上に恵と結婚したこと、勇介という息子ができたことをちゃんと報告したくて。 3人で並んで翔北を歩くと、チラチラと目を向けられ、あちらこちらから俺らの名を挙げる声。 「あれ、藍沢先生よね。」 「あっちは、白石先生！？」 「えっ、あの二人結婚してたの！？」 「しかも子供まで！！？」 まあ、仕方ないよな。10年以上ここに勤めたスタッフが急に子連れで帰ってくるんだから。 しかも、ただでさえ目立つスーツとパーティドレスにコートを羽織っただけの格好だ。 ひとまず脳外科に行き、西城先生に挨拶を済ませると、受賞のことなんてどうでもいいと、俺と恵の結婚を祝福してくれた。部長室を出ると、先ほどまでいなかった新海が戻って来ており、 「お前、いつの間に。」と恵と俺を交互に見て、最後には俺を抱きしめ喜んだ。 そして、俺らは救命に向かった。 救命に向かうと、そこにはいないはずの緋山がちゃっかり座っており、 医局には、橘先生、三井先生、緋山、藤川、冴島、横峯、灰谷、名取、雪村そして新しいフェローが4人、救命全員が勢ぞろいしていた。 俺が驚き、横を見ると、 「ごめん、耕作。どうしてもみんなにちゃんと報告したくて、緋山先生にお願いしたの。」と申し訳なさそうに微笑む。 すると、急に パンッ、パンッとクラッカーの音がしたと思ったら、灰谷と名取が何やら垂れ幕を広げた。 そこには、 『藍沢先生♡白石先生結婚おめでとう！！＆脳外医学川野賞受賞おめでとう！！』 の文字。 そして、横峯がせーのと言うと、みんなが揃って 「藍沢先生、白石先生ご結婚おめでとうございます！」と叫んだ。 「うわぁ、ありがとうみんな。」と嬉しそうにする白石に、 「おめでとー。あんたが幸せになって嬉しいよ。」と言うと緋山と冴島が抱きしめる。 それを横目で見ながら俺がなんとも言えない表情をしていると、藤川が駆け寄ってきて、 「耕作ちゃん、心では嬉しくてたまらないんだろ。このー、幸せもんがー。」とつついてくる。 勇介はというと、横峯と雪村に囲まれ、 「うわー、可愛い。お名前は？」 「ゆうすけ。」と微笑む。 「勇介くんか、うわ、可愛い。なに、このえくぼ。」とほっぺをつんつんとされている。 「ちょっと、辞めてあげなよ。」と雪村が横峯の腕を掴み、それを止める。 それを上から見ている名取と灰谷。 「あの笑顔は白石先生譲りだね。」 「あんま大きな声で言わない方がいいよ。確かに、藍沢先生の笑うとこみたことないけどさ。」と小さく言う。 そんな騒がしい俺らを遠目で見ていた橘先生と三井先生は、 「あいつらもやっと結婚したか。長かったな。」 「それだけ、真剣に夢を追いかけてきた二人だもの。」 「そうだな。これからは、二人で共にまたでっかいこと成し遂げるんだろうな。」 「そうね。彼らの成長が楽しみね。」 「あぁ。」 と話していた。 しばらく談笑をしていると、 緋山が白石と藍沢に、 「今日、久々にめぐり愛で飲もっ！藤川と冴島も日勤なのよ。」 「あっ、えっと、それが、、、。」と渋る白石。 すると、勇介を抱きかかえた藍沢が白石の傍に立ち、 「ダメだ。」と一言。 「はっ！？なんでよ。」と緋山が少し怒りながら聞いてくる。 「こいつ、今酒が飲めないし、今日はかなり疲れただろうから休ませたい。」 「はぁー？えっ、ちょっと待った。えっ、白石、もしかして。」 「…うん。そのもしかしてかも。」と照れ臭そうに言う。 「もしかして、おめでたか！！」と藤川が興奮気味に言うと、 「声でかい！」と冴島は藤川に喝を入れると、 「妊娠されてるんですか？白石先生。」と優しく白石に聞く。 白石は藍沢を見上げ、小さく微笑むと、 「恵は妊娠中だ。だから、今日は帰らせてもらう。」と藍沢が言う。 「うそっ、おめでとう！！なんでも、相談乗るからね。白石。」と緋山は白石の手を掴み言う。 「私も。手伝えることがあれば何でも手伝います。」と冴島も白石に声を掛ける。 藤川は藍沢の横に立つと、 「耕作ちゃん、意外と手が早いね。さっすが。」とツンツンと肘で藍沢をつつくと、 今度は勇介に向かい、 「勇介くん、お兄ちゃんになるんだね。おめでとう！」 「僕、お兄ちゃんになるの？」と嬉しそうな表情をする。 「そうだよ、お兄ちゃん！」と藤川は勇介とハイタッチをした。 すると、勇介は藍沢と白石の手を引き、こしょこしょ話でこう言った。 「パパ、ママ、サンタさんプレゼント早く持ってきちゃったみたい。」 「えっ？」と藍沢は困った表情をする。 「ゆうくん、なにお願いしたの？」 「前までは恐竜のフィギアにしようと思ってたんだけど、やっぱり弟か妹がいいなって、だからね。そう手紙にも書いたんだ。」とポケットからサンタさんへの手紙を出し、えへへと微笑む。 そんな、勇介を見た藍沢と白石は目を合わせ二人して照れ臭そうに微笑んだ。 「おーい、みんな。集合写真撮るぞ！」と橘が言い、皆でヘリポートへ向かった。 その日、夕陽で照らされたヘリの前で撮った集合写真は、救命の医局の壁に貼られ、伝説の救命チームとして代々語り継がれるのであった。

藍沢と白石が共に生きる未来とは？<br />長めになってしまいましたが、エピローグまで是非読んで欲しいです。

花の名(後編)～共に生きる未来～

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復讐するは我にあり　02 「そらちゃん、いまからおにいさんと、デートしよう」 おにいちゃんの元カレは、言った。 どうやってあのチンコを呪い殺せるか、ぐちゃぐちゃな気分で号泣してたあたしに。 「好き」って言葉を、もういまでは思い出せないぐらいたくさんあたしに浴びせたくせに、同じ台詞を同じ口で、あの子にもくり返してたあのチンコ。 どうすれば、確実にしとめられる？ どうやれば、二度と使い物にならなくなる？ 「『復讐するは我にあり』、だよ」 台詞とは裏腹に、どこか楽しそうな声。 おにいちゃんの元カレは、すずしげな顔でくちびるを動かした。 「……え、意味わかんないんだけど」 さっきからずっと体内の水分を、惜しげもなく放出してるあたしは、それに比例して思考回路の回転率ももっと悪くなってる。 吐きすてるように告げると、元カレはさっきの人のよさそうな表情にさっと戻って続けた。 「や、てか、夕ごはん食べにいかない？」 自分の髪の毛を何度も引っ張りながら、てれたように笑ってる春田さん。 あ、これ、おかあさんのつくったからあげを初めて食べた時とおんなじだ。 なんで？ さっきのハードボイルド風のキメ顔はなんだったの？ ただかっこつけたかっただけ？ すげえ「大人の男」なかんじがして、一瞬ドキッとしたのに。 なんか見まちがえた？ 軽く戸惑ったあたしが黙ってると、 「俺、夕ごはん、まだなんだよね。そらちゃんもまだでしょ？」 春田さんは、あたしが簡単に答えられる、でも答えざるをえない質問をしてきた。 イエスか、ノーか。 二者択一。 この選択で、次の人生が決まる。 とか大げさに考えながらも、感情が高ぶったままのあたしは、「そういえば夕ごはんまだだったな」と、ここでやっとあのチンコ以外のことを思い出して、うなずいた。 うん。 「よかった！　じゃあ行こうよ」 春田さんはうれしそうに身を乗り出してくる。 でも、やっぱりまだぐちゃぐちゃな気分が全身の大半を占めてるあたしは、口をへの字にまげて黙っていた。 すると春田さんは、今度はすがるような低い声で、 「お願い。ね？」 と懇願してくる。 つられてあたしが春田さんの目を見返すと、春田さんはさらに髪の毛を引っ張りながら言った。 「俺……おにいちゃんが出て行ってからさ、家帰っても真っ暗で、そこから電気つけて、ひとりで夕ごはん食べるのって……毎日……けっこう……きついんだよね……」 地面を見る春田さん。 かみしめるように。 「うん、行こう？　夕ごはん食べに行こう？」 気づくとあたしは、春田さんの右腕をにぎって上下に激しく振っていた。 おにいちゃんのつくるごはん。 おいしそうに食べる春田さん。 絵に描いたような幸せな食卓が、そこにはあったんだろう。 っていう文が思い浮かんだけど、なぜか文学調だった。 謎。 でもそれは本当に、幸せだったんだろうな。 おにいちゃんも、春田さんも。 一度もその景色を見たことがないあたしでさえ、やさしく想像がつくぐらいだから。 もう二度と戻らない、あのテーブルを囲んだ日々。 「あは、ありがと！　うれしい」 春田さんは子どものような笑顔でお礼を口にする。 ちゃんと「伏せ」のできた柴犬をほめてあげると、きっとこんなかんじ。 ちょっとほっこりした気分になってきたあたしは、にぎってた春田さんの右腕に、自分の左腕をからませてみた。 そしたら春田さんは、あたしに占領されてない左手で、また自分の髪の毛を何度も引っ張りながら、 「あの、さ……ずうずうしいついでに、もうひとつ、そらちゃんに、お願いが、あるんだけど……」 「なに？」 「うん……たぶんそらちゃん、『ちょーうざい』ってなると思うんだけど……ごめんね、なんだけど……そらちゃんにしか、できないこと、だから……言ってみても、いい……？」 「いいよ？」 「俺のこと……義理のおにいさん、だと思って、呼んでみてくれない、かな……」 その瞬間、少しおさまりかけてたはずのあたしの水分は、また一気にぶわっと噴き出した。 春田さんの言葉が、あたしの奥のやわらかい部分を刺激したからだ。 あたしはまた言葉の代わりに、涙と嗚咽をもらして、つかんでた春田さんの右腕を、さらに強くにぎった。 「え、ごめん、そらちゃん……ごめんね？　俺、なんかごめん……」 人のいい春田さんは、おろおろしてあたしの顔をのぞき込む。 「や、ちが……ちがう」 自分は悪くないのに、ひたすら謝るおにいちゃんの元カレに、おかしな罪をなすりつけるのは的外れだ。 あたしは説明しようと、一生懸命、言葉を口に出した。 「いま、春田さんが言ってくれたでしょ、『そらちゃんにしか、できないこと』って……。それって『だれでもいいわけじゃない』ってことだよね？……なんか……あたしにも、できることあるんだ……って、思って……あたししかできないこと、あるんだ……って、なんか……そっかあ……あるんだあ……って思って……」 今日のあたしは、本当に情緒不安定すぎる。 思考回路は回らないし、自分でいってて意味もよくわかんない。水分の放出量にいたっては、あたしの中の水道局もきっとお手上げ。 それでも、さっきまでの死にそうな気分よりは、ちょっとましになっていた。 あたしは頭の中で、「義理のおにいさん」の呼び方を探す。 「……創くん」 いつのまにかあたしの口からは、その呼び方が出てた。 あまりにも自然で、あたし自身、声にしてから気づいたぐらい。 「えっ」 春田さんが目を丸くする。 その中にうつったであろうおにいちゃんを思いながら、あたしはもう一度、 「創くん」 今度は意識して、はっきりと口にした。 するとそれは不思議な確信に変わった。 この呼び方は、いつかの未来で、きっと同じようにあたしは口にする。 まるで予言。 それをきいた春田さんは、みるみる顔を赤くして、ものすごい照れたように 「えっ、えっ、そんなふうに呼んでくれるの？　えっ、ヤバイ、どうしよう、うれしい、あ、うれしい、あ、どうしよう」 とか挙動不審な人物と化した。 その動きがおもしろくて、思わずあたしが吹き出すと、 「ありがとね、そらちゃん。やばい、すっげーうれしい。夢がかなっちゃった」 としみじみと笑った。 「夢？」 「うん……。俺、一人っ子なんだけど、10年前にオヤジ亡くしてて、オフクロとずっと二人っきりだったんだよね……。だから、おにいちゃんと結婚したら、妹とおとうさんができて、おかあさんがふたりになるなあって……すげえ楽しみにしてたの」 「……」 「おうちにごあいさつにうかがった時もさ、俺、本気でおにいちゃんと結婚するつもりだったから、俺的には……『息子さんを僕にください』っていうつもりで……かなり……覚悟決めていったつもりだったんだけどね……。おにいちゃんとはダメになっちゃったけど、義理の妹になるはずだったそらちゃんに、そうやって呼んでもらえたから……うん。ありがとう。そらちゃんだけが、俺の夢、かなえられるから……ほんとうれしい」 そういうわりには、春田さんはさみしそうに笑う。 とつとつと続くその言葉を聞きながら、あたしはおにいちゃんに強烈なテレパシーを送った。 おにいちゃん！ なんでこのひと、手放した？ このひと、本気でおにいちゃんのこと大好きじゃん！！ ぜんぶぶっとばすぐらいの覚悟で、こんなにおにいちゃんのこと思ってるのに、なんでそんな大事な思い、自分からはき捨てた？ いくら未来がこわいからって、いくら自分が不安だからって、なんで自分からぶっち切った？ 自分で自分の宝物売り飛ばすようなことして、なんか意味あんの？ 情緒不安定のあたしからじゃ、テレパシーは届かなかったらしい。 残念ながら、おにいちゃんからの応答はなかった。 かなりの涙目になってきた春田さんを見て、思わずあたしはもう一度「義理のおにいさん」の呼び方をした。 「創くん！」 すると創くんは、少し元気を取り戻したみたいに、 「はあい」 と応えた。 「創くん」 「はあい」 「創くん」 「はあい」 「創くん！」 「なあに、そらちゃん」 「『そら』でいいよ、おにいちゃんもそうだし」 「……なあに、そら」 うわあ、なんて幸せな顔で返事してくれるんだろ。 すごいうれしくなったあたしは、いつの間にか創くんの両腕をつかんで、自然と訴えていた。 「あのね、あたしでよかったら、何でも言って？　あたしにできることだったら、何でもするから！」 すると創くんは、すべてを包み込むみたいなおだやかな笑みを浮かべて、ふわっと言った。 「……ありがと。そらは、そんなにいい子じゃ、バイト先だと重宝がられてたんじゃない？」 「……どうかな？　わかんない。……でも、仕事は好きだったよ」 「なんの仕事？」 「接客。『ル・シエル』っていうビストロっていうか、カジュアルフレンチみたいなお店で、フロアのサービスやってた」 「『le ciel』……あ、かわいい。名前いっしょじゃん！」 「そう。だからそこのお店選んだの」 「そっかー。『空』で働くそらちゃんね」 「へへっ」 「あそこでしょ？　区役所の反対側のビルの……1階の路面店」 「そう！　知ってる？」 「うん。お酒もいっぱい種類があっていいんだけど、料理がめっちゃくちゃうまいよねえ」 「そう！　そうなの！　それが自慢なの！　なんかシェフがね、もともとフレンチのシェフで、すごいひとなんだよ。あたしもあんまりよくは知らないんだけど、パリの二ツ星レストランで修行して、日本帰ってきてからは、なんか日本で一番有名な三ツ星のお店にいたんだって」 「ああ……それ、『ヴェリテ』だね」 「『ヴェリテ』？」 「うん。岸本さんて人が『Verite』のオーナーシェフなんだけど、日本で最年少の三ツ星シェフになったひとなんだよ」 「えーすごーい！　だからあんなおいしい料理つくれるんだ！」 あたしはキッチンの風景を思い出していた。 もくもく湯気が立ってて、おいしそうなにおいがぶわーっと広がってて、魔法みたいなあざやかな手つきで、お皿にお料理を盛り付けるシェフ。 そのお皿たちは、きれいな絵画みたいに仕上がって、「うわあーきれい！」ってあたしはいっつも思いながら、大事に大事にお客さんのもとへ運ぶ。 「お待たせしました」 ってお客さんにお披露目すると、みんな必ずうれしそうに声を上げる。 「うわあ！　おいしそう！」 そうなの！　おいしいの！　 早く召し上がって！ あっという間に幸せになるから！ 「ねえ、そら、ごはん食べにいこう？」 ふと創くんの声で我にかえる。 「うん！」 あたしは素直にうなずいて、もう一度創くんと腕を組んだ。 だってデートだもん。 すると創くんは、右口角だけをゆがめてささやいた。 「『ル・シエル』にしよう」 「……え？」 驚いたあたしが創くんを見上げると、あの、ひとのいいおにいちゃんの元カレはいなかった。 かわりにすずしい顔で、どこか楽しそうに何かを企む「大人の男」がそこにいた。 to be cont'd

6話後、お別れした春田さんと、そらちゃんが遭遇した時のおはなしの第2話目。空白の一年を埋める試みです。そらちゃん視点というか、そらちゃんが主役。つづきます。<br />タイトルは、聖書に出てくる「愛するもの、自ら復讐するな、ただ神の怒りに任せまつれ。録して『主いい給う。復讐するは我にあり、我これに報いん』」から。<br />個人的に、すべての女の子は、「女の子」ってだけでかわいいと信じてます。女の子は、傅かれて、守られて、愛されて当然の尊い生き物です。虐げられていいなんてことは、絶対にありえない。尊厳を持った麗しいすべての女の子たちへ愛をこめて。

復讐するは我にあり　02

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｢あれ、……ない｣ 　手帳に顧客との打ち合わせ時間を書こうとしてスーツの胸ポケットを探った時に、いつも入っている筈のボールペンが入っていない事に気付いた。　　 　少し前を歩いていた春田さんが俺がついて来ていないことに気づいて振り返る。　 ｢まぁきぃ？どしたー？｣ ｢あ、はい……。あの、ボールペン何処かに忘れて来たみたいで｣　　 　念の為、他のポケットや鞄の中も探してみるけどやっぱり何処にもない。 ｢珍しいなー。牧が忘れ物するなんてさ｣ 　春田さんは俺のすぐ隣まで戻って来て、自分のスーツのポケットから一本のボールペンを出して俺に差し出す。 ｢ほい。これ、使っていいよ｣ ｢え？でも……｣ ｢俺は大丈夫！ほら、俺いつも何本かポケットに入れてあるから｣ 　そう言って、他にも持っていたボールペンを出して見せてくれた。 （知ってます） 　俺は心の中で答える。 　スーツをクリーニングに出すとき、ポケット全部にボールペンとかその他諸々、入っていないかどうか確認しないといけなかったの、面倒だったんだから。 ｢じゃあ遠慮なく……。ありがとうございます｣ ｢うん。じゃ、次行くかぁ｣ 　差し出されたボールペンを受け取ると、いつもの屈託のない笑顔で笑って、また俺の前を歩いて行く。 　その背中を見つめて、小さくため息を漏らした。 　こうして、春田さんと肩を並べて仕事ができる日は、あと何日くらいあるんだろう。 　春田さんは1ヶ月後、転勤する。 　上海を拠点とする新規プロジェクトのメンバーに抜擢されたからだ。 　────そして。 　上海に発つ前に、黒澤部長と『結婚』する。 　たった二日前に、朝礼で春田さんが部長と婚約したと報告があったばかりだ。まぁ、実際に婚姻届を提出するわけではないけれど結婚式は挙げる予定らしい。 　これでもう、本当に手が届かない存在になってしまうんだな。 春田さんが上海での任期を終えて日本に戻って来る頃には俺も本社に戻っているかもしれないし、こうやって春田さんの姿を目で追うことも、名前を呼んで貰うことも無くなるんだろう。 　ズキズキと胸が痛む。 　そんな自分自身に酷く苛立った。 　自業自得じゃないか。 　自分から別れようって言って、春田さんを無視して遠ざけて。 　なのに今更、こんな風に傷つくなんて自己中にも程がある。 　俺は白くなるほど唇を噛み締めて、遠ざかる背中を追って歩き出した。 ◇◇◇ 　その日、営業所に帰り着いたのは午後8時を回っていた。 　顧客の引き継ぎの挨拶回りを適当なところで切り上げようとした春田さんを、俺が引き留めたからだ。 ｢出来るだけ回りませんか？その方がお客様も安心すると思いますし、俺も助かるんで｣ とか言って理由をつけて。 　春田さんは｢真面目かっ｣って突っ込みを入れながらも、笑顔でそれを承諾してくれた。 　もう俺達しか残っていない事務所の中で、営業日誌を書き終えてから春田さんの席に向かった。 ｢春田さん、ボールペンありがとうございました｣ 　ボールペンを返そうとすると、春田さんは俺とそのボールペンを何度か見比べて言った。 ｢それ、牧にやるよ｣ ｢え？｣ 　何処にでもあるような、なんの変哲もないボールペン。 　換えのボールペンを山ほどポケットに入れている春田さんにはもう必要のないものだったのかもしれない。 　俺はなんだか自分が『要らない』と言われたような気がして動揺してしまう。 　そんな俺の動揺には気づかない春田さんは、デスクの背もたれに寄りかかって大きく伸びをしながら言った。 ｢そのボールペンさ。ラッキーペンだから｣ ｢ラッキーペン？｣ ｢そう。そのペン使うとさぁ、ちょっとこの契約、無理かなぁと思ってる物件でも結構すんなり契約出来ちゃったりするんだよな。だから、ラッキーペン｣ 　確かに、よく見るとそのボールペンは大分長い間使っているのか表面に印字してある筈の商品名なんかは消えてしまっている。 　すぐにボールペンを無くしては新しい物を買いに走っている春田さんが、ずっと大事に使っていたからだと分かった。 ｢そういう霊験あらたかなボールペンな訳よ。まぁ、牧は成績優秀だし、そんな神頼みしなくてもいいかもしれないけどさ｣ ｢いや、そんな大事なペンなら春田さんが持ってなきゃダメでしょ。上海で新規プロジェクト頑張らなきゃいけないんだから｣ ｢だなー。でもさ、もしかしたら日本でしか効力ないかもしんねーし。やっぱ牧が持っててよ｣ 　どうしよう、嬉しい。 　俺は込み上げてくる幸福感に目眩がしそうになった。 　それと同時に、こんな時に俺に優しくしてくれる春田さんを恨めしくも思った。 　俺はまだ春田さんの事をこんなに好きなのに。春田さんにとって俺はもうただの後輩なんだ。 ｢そ、そういう訳なら。俺がちゃんと預かっておきますね｣ 　震える声を悟られまいと、精一杯明るい口調で答える。 ｢おぅ、頼むな！……あ、そろそろ出なきゃ。今日これから部長と待ち合わせてんだよ。牧は？まだ帰んねぇの？｣ ｢あ、はい。明日の会議の資料整理してから帰ります｣ ｢そっか。じゃ、悪いけどお先に！｣ 　春田さんは慌ただしくデスク周りを片付けて帰って行った。 ｢お疲れ様でした｣ 　従業員入口のドアを開く後ろ姿に声をかける。 ｢おつかれー｣ 　振り返らずに、手を振って走って行く春田さん。 　その後ろ姿が視界から消えた瞬間、俺の目からは止めどなく涙が溢れた。 ◇◇◇ 　春田さんが上海に発ち、3か月経った頃。 ｢おい、牧。ちょっといいか｣ 　武川さんから声をかけられて、俺はペンを置いて席を立つ。 ｢この、お前が春田から引き継いだ案件の事なんだが……───｣ 　東京第二営業部では、春田さんがいない日常に、ようやく俺も皆も慣れてきていた。 　宮川さんは差し入れのお菓子を｢これは春田さんの分｣と言って取っておく事も無くなったし、朝礼で武川さんが｢今日は春田は遅刻か？｣と聞くことも無くなった。 　かく言う俺も、春田さんの事を想って泣くことはもうない。 　今は、俺が春田さんの恋人だからだ。 ｢……で、春田は元気にしてるのか？｣ 　PCの画面を自分の方向に戻しながら、武川さんからさもついでだと言わんばかりに訊ねられる。 ｢はい、元気そうですよ。昨日は寝坊して危うく遅刻しそうだったとか言ってたけど｣ ｢フ、相変わらずだな｣ ｢ですね｣ 　当たり障りのない返答をして自分のデスクに戻ると、接客スペースにいたマロが事務所内に戻って来ていて俺のデスクの上の置きっぱなしになっていたボールペンを拾い上げたところだった。 ｢あ、牧さん。このペンちょっと借りますね！｣ ｢えっ？！ちょ、ちょっと待って！！｣ 　自分でも、びっくりしてしまう程の大きな声が出る。 ｢そ、そのペンは駄目。これなら、使っていいから｣ 　マロが手にしたそのボールペンを奪い取るように取り返すと、スーツのポケットから自分のパーカー製のボールペンを取り出して彼に渡す。 ｢え？あ、はい｣ 　俺の勢いに気圧されたように、マロは接客スペースに戻って行った。 　そのやりとりを訝しげに眺めていた瀬川さんと目が合う。 ｢牧くん、どうしてそのボールペンは駄目だったの？インクが切れてるとか？｣ ｢えっ？！いや、そういう訳ではないんですけど……｣ 　マロから取り返したボールペンを胸ポケットにしまい込んで、小さく呟いた。 ｢これは……俺のだから｣

牧くんに｢俺のだから｣という台詞を言わせたい為だけに書いたお話です。<br />もっと可愛いお話にしたかったのですが、切ない牧くんが大好物な私のせいで（笑）前半はちょっぴり切ない牧くんになってしまいました。<br />相変わらずの駄文ですが、いつも読んでくださってありがとうございます！

俺のだから

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大幅なキャラ崩壊、ねじ曲げがあります。 かっこよくて優しい降谷さんはいません。 自衛をお願いします 批判、苦情はスルー、 削除させていただきます。 英語、ドイツ語などの外国語は Google翻訳より引用。 [newpage] 別に結婚したいとかそういう訳でこの見合いを受けたわけではなかった。 上司から見合いを進められ釣書を渡された。 …ただそれだけだ。 上司の持ってくる見合いなどこちらから断ることはほぼ不可能。 しかも相手は財閥のお嬢様で捜査上のコネクションを手に入れられるときたら 今まで使えていた潜入捜査中だとか家に帰れないだとかという言い訳も使えない。 そして最近、捜査上 財界にコネが欲しい時が多い。 気の乗らないこの見合いで 精神上、一番の決め手だった。 流石は財閥の娘、と思った。 着てくる着物は上等で身のこなしも完璧。 浮かべる笑みすら自然体。 父親が受けた以上、この見合いが流れることはないだろうが形式上数回外で会ってからの婚約になるだろう、と そう仲人を務めた上司に言われたのに上っ面の笑みを浮かべて了承したのが、先週のことだった。 [newpage] 「お待たせしてしまい申し訳ありません」 軽く頭を下げる彼女は先日とは違い落ち着いたシンプルなデザインのワンピース姿。 「いえいえ それほど待っていませんしまだ時間前です。 大丈夫ですよ」 安室に近い笑みを見せて隣に立った。 談笑しつつ街を歩く。 …この[[rb:女 > ひと]]は財閥のお嬢様だ。 甘やかされて育てられていることもある。 もうこの話を断ることは出来ないが、 [[rb:甘やかされて育った女 > 自己中心的なオヒメサマ]]とは絶対に気が合わないだろう… そうだったら今後苦痛でしかないな。 「…貴女は仮にも財閥の一人娘。 世間から見れば幸福な生活を送ってきたと思われているでしょう。 それを同じ財界ではなく一公務員である僕で宜しいのですか？」 本当は分かっている。 俺も、彼女も、この話を断ることなどできないことを。 少し目を開いてこちらを見上げる彼女。 さぁ、なんと答える…？ 「…幸福な人は極めて少ないですよ。 どんなに少ないかがお分かりになれば、きっと驚かれるでしょう」 「！ アガサ・クリスティですか。」 「えぇ。愛読書という訳ではありませんが」 頭が弱い訳では無いらしいな 「失礼しました。 …お詫びにと言ってはなんですが、喫茶店にでも入りませんか？」 「はい。 ですがお気になさらないで下さいね “財閥”のネームブランドとは…そういうものですから。」 軽く謝罪を受け入れつつ これ以上話を伸ばさせない。 そして相手に引け目を与えない話術… エスコートしつつ喫茶店に向かう途中。 地図を片手に外国人がチラチラ通り過ぎる人を見ては地図に目線を戻していた。 チラリ、と一度彼女を見下ろして 「…すみません。少し失礼します」 そう声をかけてから彼の方へと近づく。 「Excuse me. What's wrong?」 ハッと地図から顔を上げた男。 「Danke Kennst du nicht die Lage dieses Cafés?」 おっと… ドイツ語か…？ 参ったな。 英語とロシア、中国くらいならできるんだが… 「Die Japaner sind freundlich und sanft. Ich liebe Japan.」 ニコニコと嬉しそうな笑顔。 Japaner…日本人、か？ 日本に来ていい思い出を作って欲しい。 話せないと言う訳にも行かないな… 恐らくカフェを探してる…んだよな？ ひとまず地図を見せてもらおうとした時だった。 「Kannst du mir eine Karte zeigen? Wie heißt der Name des Cafés?」 俺の後ろからするりと出てきて 地図を手に取る彼女。 ドイツ語が話せるのか…！ 「Ich kenne diesen Laden. Fahren Sie geradeaus und biegen Sie links ab. Wenn Sie beim nächsten Blumenladen rechts abbiegen, werden die Schilder angezeigt」 スラスラと話しながら道を指さす彼女。 「Direkt im Blumenladen, oder? Ich verstehe. Danke!」 早口で興奮したように話しながらブンブンと嬉しそうに彼女と握手をし、 俺にも、と差し出された手を握った。 「Japanische Sehenswürdigkeiten genießen! Ich wünsche dir einen schönen Tag.」 握手のあとに彼女がそう告げると また嬉しそうに目を輝かせ、 「Danke! Ich war glücklich dich zu sehen. Einen schönen Tag noch! アリガト、ゴザマス！」 そう言ってウインクをすると手を振りながら通りを先に歩いていった。 「驚きました。 ドイツ語が話せたんですね」 「えぇ、少しですが…」 どこがだ。 「凄いですよ。 ちなみに、彼はなんと？」 「この先のお花屋さんの近くにあるカフェを探しておられたのでそこまでの道案内を。 日本を楽しんで下さい。良い一日を、とお伝えしたら 会えてよかったありがとう。素敵な一日を、と言ってくださいました。」 微笑む彼女は嬉しそうで 彼女の本質を初めて垣間見た気がした。 「日本人は親切で優しくて、 日本が大好きだそうですよ」 …！ 「そうですか。 僕は英語とロシア語、それと中国語くらいしかわからなくて… 一体何ヶ国語話せるんですか？」 「4ヶ国じゃないですか。それでも十分すごいと思いますよ。 私は…そうですね、英語ドイツ語スペイン語フランス語中国語といった所でしょうか。 話してる内容くらいなら他でもわかるかも知れませんが。」 少なくとも日本も含めて6ヶ国語… 凄いな。 「凄いですね…！ やっぱり留学なんかもしてるんですか？」 「えぇ、あちこちに数年ずつですが。 大学はアメリカです。交換留学やホームステイも多少…」 アメリカ、ね… 勉強は出来るようだし 見ていると自己中心的な様子もない。 まともな[[rb:女 > ひと]]のようだな… 目的の喫茶店に着いて会話が途絶える。 その後もセオリー通り。 彼女となんの問題もないままに一日を終えた。 礼儀正しく、教養があり、大和撫子。 あまり自分を主張しない性格。 出来すぎとも言える彼女を、初めて知った日。 [newpage] 「僕の分はもう記入してあるから。」 「分かりました。記入したあとは…」 ダイニングテーブルに座りこちらを見上げる彼女。 「僕が出してくるから僕に渡してくれ」 「分かりました」 ダイニングテーブルに並べられたのは 茶色い片方が記入済みの紙と、白い用紙に黒で印刷された紙。 「わかっていると思うがお互いに政略結婚。 お互いが過ごしやすくする為にも僕からはこの要望を出す。 君からも何かあれば今言ってほしい。」 コツ、と指を白い紙の上に乗せてそう告げる。 お互いの地位と立場の為の政略結婚。 ビジネスだ。 どうせならお互いに過ごしやすくストレス少なく過ごせる方がいい。 「いえ… 、食事などはどうしますか？」 「要らない。 僕の仕事上この家にはほとんど戻れないと思ってくれ。 一人暮らしだと思ってもらっても構わない。 連絡はもし何かあれば僕から入れる」 「…分かりました」 コク、と頷いた彼女を見届けてから 胸ポケットで震えていた携帯を手に取る。 …風見か。 公安で今俺に連絡が来るとなると 先日の事件のことか？ 「…申し訳ないが仕事が入ったのでもう出るよ 落ち着いたらソレを取りに戻るから机の上にでも置いておいてくれ」 「分かりました。気をつけて。 行ってらっしゃい。」 こんな言葉、聞くのはいつぶりだろうな。 「あぁ。 ……行ってきます」 [newpage] 結果から言うと、やはりあの家は“ほぼ”使われなかった。 殆どはバーボン、若しくは安室透のセーフティハウスで数時間の睡眠をとる日々。 その、“ほぼ”の範囲外が 組織の仕事でミスをした時だった。 厳重なセキュリティを解除し、 言葉もなしに部屋に飛び込む。 「っ！？」 物音と、人の気配。 「おかえりなさ…！ っ！大丈夫、大丈夫ですよ降谷さん」 切れた息は治まらない。 動脈は切れていないが腕の血も止まらない。 血を逃走経路に垂らさずに追っ手をまいて逃げ込むのが精一杯だった。 あぁ、ジンに連絡をしなければ 大方俺を試すつもりで情報をリークしたか こちらに連絡をしなかったのか… どちらにせよ俺の怪我くらいなら評価に差し支えはない。 仕事は成立、証拠は残してない。 文句は言われないだろう…… っ！！ 伸ばされた手を思わず振り払う。 「さわ、るな…！」 「っ…大丈夫、大丈夫です。 降谷さん、私です。前と同じです、大丈夫」 そっと、そっと、恐る恐るというように触れられた手は、 小さくて……暖かい。 「っは……」 正気に戻るのと視界が歪むのと、どちらが早かったか。 まずい… さっき盛られた睡眠薬とこの失血量は… 目の前に広がる黒いモヤ。 歪む視界。 「大丈夫、大丈夫ですよ…」 遠くなる声。 ダメだ、ここで、落ちる、わけ、に… 「大丈夫です降谷さん、 この手の力抜いて下さい…」 最後に認識したのは、 抵抗とばかりに彼女の服を巻き込み握りこんだ手を包む暖かさと 耳に触れた小さな優しいアルトソプラノだった [newpage] 彼女は何も聞かない。 血を流して帰っても、 外で別の女と歩いていても、 前触れなく帰ってきても、 1ヶ月連絡もなしに音信不通になっても、 家に入った途端倒れるように気を失っても、 大荒れして当たり散らした時ですら。 彼女は何も聞かない。 言われるがまま、されるがまま。 迅速な手当て。 すぐさま沸かす風呂と、温める食事。 要らないと言えばそうですかと引き下がる癖に 絶対に一度は用意して俺にいるかを聞く。 あまりにも出来すぎた対応。 確かに聞くなと言った。 契約は継続している。 ただ人間ふとした拍子に聞いてしまうことぐらいあるんじゃないかと思っていた。 だから理想すぎて、完璧すぎて、 違和感を感じるんだ。 上司の持ってくる話だから、と 身辺調査や家庭環境を自分で確認することをしていなかった。 公安部のデスクで、報告書を手に取る。 彼女には“家族団欒”というものはなかったらしい。 まぁ財閥と一般家庭を同じように考えてはいけないのかもしれないが。 彼女は、父親には企業のパーティ。 母親には社交界と、ドレスを着て親の隣に立ち 親の評価を高めてきたようだった。 習い事や学校生活からいっても自身の自由というものはなかったようだし 全て親が言う通りに生きてきたんだろう。 親の言う通りに。 何故自分で動かないんだ。 少し動けば、踏み出せば、変わったかもしれないのに。 そうぼんやりと考えて、 「そうだった…」 思わず目に手を当てて顔を落とす 警察との繋がりが欲しかった父親。 財界へのコネクションが欲しかった[[rb:公安 > 俺たち]]。 …彼女を、利用している。 彼女の人生は他の誰かの為のもの。 彼女の一生を他の誰かが食い潰している。 愛する日本を、善良な市民を守るために、 [[rb:善良な一般市民 > 一人の女性]]を犠牲にしている。 分かってはいた。 多数を守るために少数が犠牲になる。 分かっていたはずなのに。 ただ見せられただけのその紛れもない事実が 重く重くのしかかり、落とした顔を上げられなかった。 [newpage] だからかもしれない。 一言もらした言葉は止まらなかった。 カッとなった。 ただ思うがままに感情を垂れ流して 頭なんて少しも働いていなかった。 「自分の力で、意思で動く！」 そう言いきって、玄関先で座っている彼女を強い目付きで見下ろす。 俺は絶対に、泣き寝入りなどしない…！！ 「貴方もその一人でしょう？」 微笑みながら俺を見上げて。 涙も悲しげな顔を見せないで、ただ笑っていた彼女の笑顔は 痛々しくて、自嘲的で、皮肉げに見えた。 “その”。 何がなんて一言も言ってない。 長い間のあとのたった一言。 頭から冷水をかけられたように、頭どころか身体中がサッと冷えた。 今俺は、何をっ…！！ その一人。その一人。その一人。 あぁそうだろう。わかっている。分かっていたさ。 貴方“も”。 たった一言だけ。 たった一言だけ零れ落ちた彼女の言葉は 静まり返った部屋に消えていく。 「…失礼しました。 ………お風呂、沸かしてきます」 何も無かったようにぺこりと綺麗な礼をして、 ガーゼを台に置くと部屋の中へと消えていった。 あぁくそ、分かってた。分かってたのに。 今俺は感情に任せて彼女に何を言った…！？ 彼女の育った環境も、性格も、 [[rb:公安 > 俺]]が彼女を利用していることも、 彼女が自分の人生を、自由を、諦めざるをえない環境にいた事も 幼少時代から刷り込まれ反抗などという選択肢が彼女の中にないということも それは子供の時すら誰も助けなかったからだということも 彼女の意思の問題ではないということも すべて、すべて。 「分かっていたはずなのに」 小さく呟いたその言葉は誰の耳にも届かない。

続きを父親からオークションで競り落としました。<br />書いてる途中でページが消えて泣きました。<br /><br />格好いい降谷さんはいません。<br />優しい降谷さんはいません。<br />スパダリな降谷さんはいません。<br /><br />いません尽くしの続編です。<br /><br />シリアス…？？<br /><br />続きは爆発に巻き込まれてお釈迦となりました<br /><br />タグ2つありがとうございます！<br />狂喜乱舞しました(๑&gt;؂•̀๑)ﾃﾍﾍﾟﾛ<br /><br />追記:<br />え…？？順位ついた？まじ？セフレ結果。シリーズじゃなくてこれが？？ま？？…ま？？？<br /><br />2018年08月17日付<br />[小説] デイリーランキング 63 位<br />[小説] 女子に人気ランキング 35 位<br /><br />最初のは順位とかなかったのでまさか順位がつくとは全く思わず…Σ(ㅇㅁㅇ)<br />.*･ﾟ(*º∀º*).ﾟ･*.っとなりました(笑)<br />皆さんありがとうございます！

「分かっていたはずなのに」

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愛する、ってこういうことなのかと思える。確かに、愛してるんだよ。 そう穏やかに言った彼に、こちらも愛しさを感じる。あたたかい。彼から感じるあたたかさは、きっと、何にも代えられない。 わたしだって、愛してる。 [chapter:いとしい約束] 初めて顔を合わせたとき、冷たい目だと思った。その奥にある熱に気付かずにいた頃は、彼を冷たいひとだと思っていた。 『誰かのために医者で在りたいと思う』。いつだったかそう言った彼を、十年以上も近くで見つめていたわたしは、もう冷たさなんて感じない。彼は熱すぎるくらいに熱くて、周りがそれで火傷しないようにしている。 口下手なせいでそれが伝わらないことが多いけれど、必ず背中で語ってくれる。 本当に、格好いいのだ。 今の自分がこう在るのはわたしたちのお陰だと彼は言うけれど、わたしはそうは思わない。 きっと、あたたかさは元からあったんだ。 それが、出会ったばかりのあの頃は隠れていただけ。彼が自分で上手く見つけていった。不器用な彼がやっと見つけたあたたかさは、心地が良い。 「おかあさん」 幼い声に呼ばれて振り向く。ついこの前まで『ママ』って呼ばれていたのにな、と少し寂しさを感じつつ、膝を折って目線を合わせた。 「なあに？」 大きな瞳は私たち二人に似たのだ、と周産期医療センターで大活躍中の彼女は言うけれど、わたしは彼にそっくりだと思う。 綺麗な瞳。この子にとってはまだ知らない世界ばかりで、それをしっかりと見てみたいという好奇心の強さも感じる。(先日、好奇心旺盛すぎるところはわたしに似たんだ、と泥だらけのこの子を洗いながら、彼はため息を吐いていた。そんなことは無いと思う) わたしをじっと見つめながら小さな口を動かしかけて、もう一度きゅっと噤む。 わたしはその姿に苦笑すると、いいから言ってごらん。と頭を撫でた。 [newpage] ーーーーー 「おかあさんきらい！」 ついこの前五歳になったこの子にそう言われたのは、その誕生日の日だった。 不幸なことに急患が重なったその日、我が家で予定していた誕生日会に数時間遅れての帰宅となってしまった。今日は絶対に早く帰るね！と約束したのに。 大急ぎで帰宅したとき、待っていたのは涙目のこの子とその横で苦笑する夫。 「ごめん、ごめんなさい。お母さん、約束したのに、お仕事で…」 「おかあさんきらい！」 いっぱいに溜めていた涙をぽろぽろとこぼしながら言った。 「おかあさんは、ぼくのことがいちばんだいじっていってたのに！びょういんのほうがだいじなんだ！うそつき！きらい！」 思えば今日早く帰宅するために、最近は家を空ける日が多くあった。不安にさせてしまったのかと思い、ぎゅっと抱きしめようとしたその時。大きな手が目の前の小さな両肩を掴んだ。 「お前はお母さんのことがきらいなのか？」 わたしでも少し緊張してしまうくらいの、厳しい声だった。フェローに指導していた時とは比べ物にならないくらいに、低い声。 「ねえ、ちょっと…」 「お前は黙ってろ」 こちらを振り向かずに聞こえる声に、わたしはおとなしく従った。 「言ってみろ。お母さんのことがきらいなんだな？」 「う……」 誰に似たのか、滅多に大声で泣かない子だ。唇を噛み締めて、大粒の涙を流す。 「本当にきらいなんだったらそう言え。言えないのか？」 「…………いえない」 「なんでだ？」 「だって、ほんとうは、きらいじゃないもん！おかあさん、だいすきだもん！」 ついに、わあっと声を上げて泣き出してしまったこの子を夫はぎゅっと抱きしめた。 「いいか？お父さんとお母さんはお医者さんだ。病気のひとや、怪我をしたひとを助けるんだ。そのひとたちの命とお前を、比べることなんて出来ない」 背中をぽんぽんと叩きながら、真剣に話し出す。 「どちらも、とっても大事なんだ。お父さんとお母さんじゃなきゃ、救えない命もある。お母さんが病気のひとを放って帰ってきたら、そのひとは助からないかも知れない。そのひともとっても悲しいし、その家族だってとっても悲しい。二度と、会えなくなるんだから」 「わかってるよ。ぼく、わかってる」 息子はまだ涙を流しながら、それでも強い声で言った。その様子を見た夫は、そっと頭を撫でる。 「明日が来るなんて約束は、どこにもない。でも、みんなその約束を信じて生きてるんだ。会いたいひとに会うために。伝えたいことを伝えるために」 「…うん」 「明日が来る約束が守られなかったときには、伝えたいことが伝えられなくなる。だいすきなひとに、ついついきらいだって言ってしまったことも、謝れなくなる。……わかるか？」 「わかる…」 少し迷いながら、それでも確実に言葉を紡いでいく夫を見て、そして頷く息子を見て、わたしも目頭が熱くなる。彼らは真剣だ。それは、お互いを愛しているからだと、わたしは知っている。 「お父さんはお前とお母さんのことが大好きだよ」 目を細めて笑う彼に、息子はきゅっと抱きついた。 「おかあさん、ごめんなさい。おとうさん、ごめんなさい。おかあさん、おとうさん、だいすき！」 もう我慢が出来ない。わたしは一緒になってふたりを抱きしめた。 「お母さんも、大好き。今日は本当にごめんなさい」 「誕生日に、怒ってごめんな？」 「いいよ。…ケーキたべたい！ろうそく！」 すっかり笑顔の息子につられて、わたしも笑顔になる。もう一度彼らを抱きしめて、わたしはケーキを出すべく冷蔵庫へ向かったのだった。 ーーーーー [newpage] ＊＊＊ 「あのさ、きょうはさ、おとうさん、かえってくる？」 やっとのことで口を開いた息子が不安そうで、思わず抱きしめた。 先日のこともあって、自分の発する言葉に慎重になっているのだろう。 「大丈夫よ。さっき連絡があったから、もう帰って来るんじゃないかな？」 「うん……、おかあさん、」 彼に似た瞳がまっすぐに見つめてくる。こういう顔は彼にそっくり。きっと、今から真剣にお話をするんだなと察したわたしは、息子を抱きしめていた両手を緩めてしっかりと目を合わせた。 「このまえ、おとうさんがいってたこと」 「うん。お父さんちょっとこわかった？」 「こわくなかった。おとうさんは、いつもちゃんとおはなししてくれるから、すき」 「ふふ、そうね」 「ぼく、だいじだとおもう。みんなのやくそくが、おなじだけ、だいじだとおもう。でも、だったら、きょうはかえってくるっていうやくそくも、だいじでしょう？」 「そうね、とっても大事よ」 「そのやくそくが、もしまもられなかったら、ぼくはすこしさみしいけど、それでだれかのやくそくがまもられるなら、ぼく、うれしいよ」 もう、この子は。 わたしは溢れる涙を止めるのに必死だった。 「大丈夫よ。あなたは、無理に約束を無くさなくったっていい。あなたとの約束が、わたしたちの力になるの。約束があるから、頑張れるの」 それに、とわたしは続けた。 「今日のお父さんは、きっと約束を守ってくれる。……ほら、ね？」 鍵を回す音に素早く反応した息子は、小走りで玄関へと向かう。わたしもその小さな背中に続いた。 「おとうさん！」 ただいま、と言いながら息子を抱き上げると、彼はわたしに目を向けて、もう一度ただいまと言った。 「おかえりなさい」 「いい匂いだな」 「今日はあなたの好きなものをたくさん並べてみました！」 「………？ありがとう」 「…ねえ、もしかして忘れてる？」 大人しく抱えられていた息子が待っていましたとばかりに口を開いた。 「おとうさん、おたんじょうびおめでとう！いつもありがとう！だいすき！」 その言葉に珍しく目を見開くと、夫はすぐにその目を細めた。 「ありがとう。俺も感謝してる。大好きだよ」 [newpage] ＊＊＊ 「だから、いい加減に自分の歳くらい教えてあげればいいじゃない。わたしの歳まで言いづらくて困るの！」 「お前だって年齢を言いたくない俺の気持ちがわかるだろう？園内に広まってみろ。面倒なことになる」 「あなたの無駄に綺麗なその顔面がいけないの！いつまでも自分の子どもに、『お父さんは実は永遠に歳をとらないんだ』なんて言ってないでよ…！」 夫の誕生日を祝う度、『おとうさんはなんさいになったの？』と尋ねてくる息子。夫がその質問に対してとんちんかんな回答をするものだから、最近は質問の対象がわたしになってきた。 随分と若く見えるその外見に苦労してきたのはわたしも同じ。だから気持ちがわからないわけではない。だからと言って息子にまで秘密にしなくてもいいじゃない、と毎年彼の誕生日にはこういった攻防がある。 ……大抵わたしが折れるのだけれど。 「この前、あいつの誕生日」 「ん？」 寝室の方に目を向けながら、彼は穏やかに話し始めた。 「せっかくの五歳の誕生日に、あんなことを言ってよかったのかって、反省したんだ。でも、さっき風呂で言われたよ。『みんなのやくそくをまもるのはすごい！ぼくも、みんなのやくそくをおうえんするし、じぶんのやくそくもだいじにする！』って」 「本当に、成長していくのね。子どもって」 そうだな、と言いながらわたしと目を合わせる。ああ、わたしはこの瞳が好きだ。なんて深いんだろう。 「そんなに見られたら穴が開く」 「そ、そんなに見てないでしょ！」 「どうだか」 笑い皺が増えた。口角が上がった。なんだか、目に見えて周りに優しくなった。 結婚してこの子が生まれてからの彼の変化を、後輩たちが指折り数えて教えてくれた。 変わっている。彼も、そしてきっとわたしも。それから、あの子はどんどん成長していく。その過程も、全てが愛おしい。 「めぐみ、」 「ん？眠い？」 「眠くない。あと少し、ゆっくり話そう」 「そうね。久々だもんね」 コーヒーカップをローテーブルに置くと、少しだけ距離を詰めた。 「お前と一緒になれて、あいつが生まれて来てくれて、本当に、涙が出そうなくらいに感激することがある」 「うん。わたしもよ」 「それは、愛してるからだと思う。愛するってなんだ、って思ってた。愛情ってなんなんだ、って。でも、お前たちが教えてくれた。俺を夫に、親に、家族にしてくれた」 彼はその、強くてあたたかい目でわたしを見つめてくる。 ああ、もう泣いてもいいかしら。 「愛する、ってこういうことなのかと思える。確かに、愛してるんだよ」 夫の言葉にどうしようもない愛しさがこみ上げた。しがみつくようにして抱きしめると、照れたような吐息が落ちて来た。 「藍沢先生、それもう一回、」 「言わない」

＊こちらに目を通していただけると幸いです＊<br /><br />お久しぶりです。涼です。<br /><br />#CB感謝祭<br />素敵な企画に参加させていただきます。<br /><br />劇場版コード・ブルーついに公開されましたね！<br />今回の作品はその内容には触れていないつもりなのですが、わたしは映画をすでに観ているので、少なからず影響されて書いていると思います。<br />そこは、ご了承いただければと…。<br />今回の作品は夫婦な二人とその新しい家族とのお話です。<br />苦手だなあという方はここでUターンしてください…m(_ _)m<br /><br />いつもあたたかい反応、本当にありがとうございます。皆さまに心から感謝しております！<br /><br />＊最近マイピク申請についてお問い合わせいただくことが多いのですが、今現在の時点でマイピク作品はございません。<br />それでもよろしければ、(プロフィール等添えていただき)申請をしていただけたら基本的には承認致します！<br />マナーやルールは意識していただければなあ、とは思います。<br />(Twitterのアカウントもございます。こちらは気まぐれに呟いております＾＾)

いとしい約束

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※ このお話は「雁夜おばさんが間桐当主」で「時臣と昔婚約してた」が前提になっています。 メインCPは時雁になる予定です。 おばさんが可哀想です 相変わらずのご都合主義になると思います。 それでも大丈夫な方はどうぞ [newpage] 初めて会った時は妹が出来たみたいで嬉しかった 守りたくなった 次に会った時は愛しく思えてきた 愛しくて、早く大人になりたいと何度も語りあった 大きくなって、将来が見えてきた時、彼女の身に不幸が起こった 今まで描いていた将来が潰えた 彼女は壊れていった、そんな彼女を見ていられなかった 本当は彼女はずっと助けを求めていたのに 彼女が壊れるのにとどめを刺したのは、まぎれも無く自分自身だった… ―――――――――――――― 雨の日だった。 暗くて、水分を吸った服が重たくて、靴も中に水が入ってぐちゃぐちゃになっていた。 それでも歩みを止められなかったのは、あそこなら助けてくれると信じていたからかもしれない。 …でも、全部真っ暗な闇に飲み込まれていった。 痛い 痛い痛い痛い 苦しい 助けて 嫌だ嫌だ 怖い 助けて ぼやけた視界。 聞こえてくる笑い声。 全身が裂けるような痛み ―助けて…時、臣… 将来を誓い合った婚約者。間桐と遠坂の盟約の為の許嫁。心の中の唯一の光。 …でも、助けてくれたのは時臣じゃなかった ―あぁ、赤いなぁ… ランプ、かなぁ… 黒いのがいっぱい…いっぱい… 15年前の雨の日、間桐雁夜は河川敷で発見された。 だが、その時既に皆が知っていた「間桐雁夜」の崩壊は始まっていたのだ。 ――――――――――― 「告げる―…」 薄暗い蟲蔵の中、床に描かれた魔法陣に向かい詠唱を告げる女の姿。腰まで伸びた髪も肌も、着物すら白で統一され、どこか浮世離れしているようにも見える彼女の右手には赤い刺青のような紋章。 間桐雁夜…御三家と呼ばれる魔術師の家系の一つ、間桐の当主である。 「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」 聖杯戦争…そう呼ばれる戦争に、彼女は出る事を決めた。願いを叶えてくれる聖杯…それに託す願いは、ただ一つ。 どうか―…………に…… 狂化されたサーヴァント。黒く冷たい甲冑を纏うその姿に触れると雁夜は薄らと笑って見せた。 これで勝利すれば願いが叶えられる。その光景を想像し、悦に浸る。 「バーサーカー、殺し尽せ。俺の敵を、お前の敵を。そして最後に…俺を、殺してくれ。」 もう戻れない幼い日々。あの日に戻れたならどれだけ幸せだろう、だが自分はそんな事望んではいけないのだ。この間桐の家に生まれたからには、人並みの幸せなんて求めてはいけなかったのだ。 蔵から出るとそこには幼い少女が雁夜を待ち構えていた。眠たそうに目を擦りながら雁夜の方へ歩み寄ってくる。 「どうしたの、桜ちゃん。」 「おばさん…用事終わったの？」 去年遠坂から養子に来た少女。黒かった髪や瞳はもう紫に変わってしまっているが唯一の救いは雁夜に懐いた事だろう。蟲蔵の中感情を閉ざした少女が雁夜の前では少しだけ表情を浮かべる。それが雁夜の何よりの救いだった。 「うん、待っててくれたのかな。」 「約束したよ、今日は一緒に寝てくれるって。」 そういえばそんな約束もしたかもしれない。サーヴァント召喚で気を張っていた雁夜はそれを思い出すと桜に手を差し出した。 「じゃあ、おばさんの部屋まで一緒に行こうか。」 遠坂の娘。許嫁だった男と幼馴染の間に生まれた子供。そこに何の感情も無いと言えば嘘になる。だが、家同士で決めた結婚だ。そこに口を出せる程自惚れてはいない。いや、遠坂と間桐は関わるべきでなかったとすら思う。 聖杯戦争が始まる。 それはつまりあの男とも戦わなくてはならないという事。 間桐の当主。遠坂の当主。最初からそれだけの繋がりなら良かったのに。 ……もう、忘れよう。 記憶の中のあの懐かしい少年を。 あの暖かかった日々を。 幸せだった日々を。 全部無かった事に…。 「…桜ちゃん。」 歩みを止める。何事かと桜が振り返ると雁夜は困ったように笑って見せた。 「おばさん、明日からお仕事忙しくなるんだ、だから、夜遅くに帰ったり、朝帰る事もあると思うけど、おばさんいない時も良い子にしててね。」 ―――――――――――――――― 時臣は人生を振り返る事はあまりないタイプの人間だ。過去の先祖の栄光を称えはする、だが自分の事は振り返らない。 そんな時臣が唯一後悔している事がある。それはまだ子供の頃の話だ。 何が起こったのか分からなかった。ただ使い魔から伝言を聞かされた時目の前が真っ暗になった。そして急いで向かった病院で痛々しげに笑って見せる許嫁の姿。無理して笑っているのはすぐに分かった。泣いて擦ったのか、目の周りが真っ赤に腫れていた。それでも気丈に振舞おうとする彼女に父親が告げたのは婚約の解消。 あの時自分が彼女を庇えればあんな事にはならなかったのではないか。 そして、何故自分は傷ついていた彼女にあんな言葉を言ってしまったのか。 二人の娘を儲けた時臣は桜を間桐家に養子に出した。間桐の家は彼女がいるから大丈夫だと信じたからだ。雁夜はある事情により子が成せない。だが本当は心のどこかで、まだ彼女と繋がっていたかったのかもしれない。 幼い頃自分を慕ってくれた彼女。 将来を語り合った彼女。 自分が…突き放してしまった彼女。 贖罪のつもりはない。聖杯戦争で間桐から彼女がマスターとして出場すると聞いた。なら魔術師として堂々と渡り合おうと思っている。 だが、彼女相手に本当に全力で戦えるのか、時臣はまだ自分を信じ切れてはいなかった。 今でも鮮明に覚えている。葵との結婚式の後、遠坂の屋敷に訪れた彼女の姿。雨の中傘も差さず、ただ屋敷の前で呆然と立ち尽くす姿を。 結婚式にはとてもじゃないが招待出来なかった。過去の婚約者に結婚式に参加してほしい等どうして言えようか。ただ幸か不幸か、兄である鶴野が参加する事で間桐との繋がりを周囲に見せる事は出来たがそれも本来望んだ形では無かった。 だから彼女は結婚式とは無縁のはずだ。なのに何故…せめてと思い傘とタオルを持って門まで行くと、今までただ立ち尽くしていた雁夜がようやく口を開いた。 「……結婚、おめでとう。」 それは彼女の口から一番聞きたくなかった言葉だった。そして彼女は痛々しい笑みを浮かべ 「時臣、俺から最後のお願い…もう間桐には関わらないで、関わらないで…葵さんとお幸せに!!」 「待っ…雁夜!!」 それが、彼女と交わした最後の言葉だった。どこですれ違いこうなってしまったのか、時臣は今でも分からない。ただ自分は本当に彼女が好きだったし、彼女も同じ気持ちだったはずなのに。 だから15年前のあの雨の日、何があったのか。真実も知らずこのまま殺し合わなくてはいけないのが心苦しい。せめて彼女が話してくれればとは思うが今は敵なのだ、そう割り切らなくては。 ―ときおみはキラキラしてて、すっごくキレイだね― そう無邪気に笑う彼女の姿が、今でも頭から離れない… ――――――――――――――――――――― 「キラキラ…？」 「うん、宝石みたい。」 間桐の庭で戯れる二人の子供。幼いとはいえ婚約者に会うのだからと臓硯に着せられた振袖はまだ雁夜には重く、速く歩けないので時臣がその手を引きながら他愛も無い話をしたりしていた時にふいに雁夜が言葉を発したのだ。 「そうかな？確かに遠坂は宝石を使う魔術を使うけれど…。」 「そうじゃないの!!魔術が、じゃなくて時臣がキラキラしてるの。」 むうっと膨れる雁夜に時臣は苦笑しながら頭を撫でてやる。こうすると雁夜は少し機嫌が良くなると覚えたからだ。この時はまだ妹が出来たような気持ちだったからこういった事が素直に出来たのかもしれない。 「じゃあ、雁夜は―…」 あの時、時臣は何と言ったのか、もう覚えていない。ただ幼かった雁夜は素直に喜んでいた気がする。 ギチギチと蟲達の鳴き声が聞こえる。腕の中で眠る少女には聞こえないように、そっと抱きしめてやるとその温もりが直接胸に沁みた。 この薄暗い間桐に投げ出されてしまった少女。この子の為なら何でも出来る気がする。 「…おばさんが、絶対助けてあげるからね…。」 朝が来て、夜になったらもう戦争は始まっている。だからせめてそれまでは、ほんの一握りでいいから幸せを感じていたい。 …たとえそれが、本当に一瞬のものだとしても。 ――――――――――――――― 『初めまして、君が間桐のご息女かな？』 『僕は遠坂時臣、君の将来の夫になるんだ。』 『僕の事は時臣でいいよ、これからよろしくね。』 『―…うん!!よろしくね、時臣!!』 あの日にはもう戻れないと知りながらも、まだあの思い出にすがってしまう…

実はこそこそ書き溜めておりました。前連載の評価＆ブクマ本当にありがとうございます。今回は以前書きたいネタリストでのアンケでのぶっちぎり一位だった雁夜おばさんが間桐当主な連載になります。前提、①時臣と雁夜は元婚約者。②今回は白臣…の予定ではあるけど…。③雁おばが可哀想だよ。今回は前回と違い病まないように頑張ります。ハッピー目指して。ただ時臣がいるハッピーがまだ上手に妄想できないとかそんなのは秘密。■デイリー46位ありがとうございます、今は少し時間があるのでちょっとずつ更新していきますね

【新連載】蟲籠の鳥【始めました】

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　１ 　秋も深まった頃、降谷から一ヶ月後に組織に潜入することが決まったという知らせが届いた。 　沖矢昴と云う降谷の協力者の仮面を被って暗躍していた赤井は、三年前から[[rb:海藤清志 > かいとうきよし]]という偽りのすがたで組織に潜入中の黒羽盗一と共に、降谷の潜入に向けて本格的な基盤作りを始めた。ちなみに諸伏は降谷の潜入が成功した後に別のルートから潜入するようだ。潜入前には諸伏とも降谷の協力者として沖矢と海藤の顔合わせが必要になりそうだ。彼とは赤井として既に面識があるので、いずれは正体をばらすにしても現状はボロが出ないよう気を抜けなかった。 　海藤は組織の末端構成員。彼が本気を出せば、簡単に幹部までのし上がり、コードネームをもらえることだろう。そうしなかったことにはわけがある。いずれ幹部のコードネーム持ちになる降谷、それから諸伏をサポートするには末端の構成員として動いた方が良かったからだ。割と自由に動ける末端の方が彼の性には合っていたのだろう。 　そんな中、赤井は沖矢昴の仮面を被ったまま、ある女性に接触した。 　組織の構成員である宮野明美。彼女は赤井の従姉妹で、以前は交際していた女性だ。交際していた頃に彼女の口から聞いた情報を頼りに、今世の彼女のことも軽く調べさせてもらった。 　明美の命を守るために、それから彼女の妹である宮野志保を救い出すためには、何かしらの繋がりがどうしても必要だったのだ。 　赤井は沖矢昴という同じ大学に通う先輩として明美に近づいた。そこに一切の恋愛感情は持ち込まず、ただの良き先輩、後輩としての付き合いを続けた。赤井にとって明美は変わらず大切で絶対に守り抜きたい女性だ。しかしそれは従姉妹としてであって、それ以上の感情はもう持ち合わせていなかった。 　□□□□ 「初めまして、降谷零です」 　実は初めましてではないんですけどね。そう続いた言葉に明美はわかりやすく困惑の色を示した。降谷は人好きする笑顔を浮かべて、明美の向かい席に腰を下ろす。ちらり、ととなりに座る沖矢扮する赤井に視線を向ける明美に微笑みを見せ、安心させる。 　降谷が潜入する前に明美と顔を合わせたのは、明美と志保に少しでも心のゆとりを持ってもらおうという配慮からだった。とくに妹の志保はこの先、組織で「シェリー」というコードネームを与えられ、四六時中監視されることになり、優秀な頭脳から作りたくもない薬を作らされることになる。そんなときに組織に抗おうとする人間が近くにいれば、少しは未来に希望を持てるはずだ。 　降谷にとっては危険な賭けではあった。潜入は自分の正体を知るものは少ない程、良いのだ。しかし彼は明美と志保の母・エレーナに強く恩を感じており、エレーナの娘である彼女たちのためならとみずからが危険な橋を渡ることを承知した上でこの場に来ている。逆行前は明美と志保に何もしてやれなかったことを後悔している気持ちもあるようだ。赤井にもその気持ちは痛いほど理解できた。 　降谷は公安警察であること、逆行していること、その二点以外は全てを打ち明けた。昔、母のエレーナにお世話になったこと。明美とはそのとき会ったことがあること。これから組織に潜入すること。人前では「安室透」として接して欲しいこと。 　そうして彼が自分のことを語っていけば、明美の強張った表情やからだからは力が抜けていった。ぼんやりとだが、明美も降谷のことを覚えていたようだった。自分の知らない母の話を聞けて顔を綻ばせている。赤井はふたりの会話に耳を傾け続けた。赤井の知らないふたりの話は新鮮で興味深い。以前では絶対に叶わなかった光景に思いを馳せた。 「明美さんはエレーナさんにお姉さんがいることはご存知ですか？」 「……いえ、母の家族について聞いたことはないです。母に姉がいるんですか？」 「はい。実は僕、そのエレーナさんのお姉さんの息子と知り合いでして。探偵してるんですよ」 「探偵、ですか……」 「明美さんにとっては従兄弟にあたるかたです。もし良かったらここに会いに行ってみてください」 　降谷は明美に一枚のメモを渡す。赤井がそのメモを横目で覗き見れば、赤井の事務所兼住居の住所が書かれている。「私の従兄弟……」メモに書かれた『赤井秀一』と書かれた彼の名前を嬉しそうに見つめる明美のすがたに胸が詰まった。 　これは完全に降谷の独断だった。事前に赤井と降谷は明美と話す大まかな内容を決めていた。その中で赤井のこと——従兄弟の存在——はまだ話さないでおこうと決着したはずだ。いずれは従兄弟の赤井秀一として会うつもりでいた。もちろん家族も紹介するつもりだった。しかしそれは組織の壊滅後だと勝手に思っていた。複雑な思いを抱えながらも、嬉しそうにする明美を見てしまえば、降谷に文句のひとつも言えなくなる。ふっ、としたり顔の降谷に小さくため息をついた。 「今度会いに行ってみます」 「ええ、是非。彼も喜ぶと思います」 「そうだと良いんですけど……妹にも話してみます。きっと私たちに従兄弟がいたなんて驚きますよ」 「ちょっと……いや、かなり食えない男ですけどね。まあでもなかなか優秀な探偵みたいで、警視庁では割と有名みたいです」 　へー、と明美が相槌を打つ。降谷の口からこうも赤井を褒めるような言葉が出てくると、天変地異でも起こるのではないかと疑いたくなる。赤井が猜疑心に満ちた目を降谷へ向けてしまうのも無理はない。普段の降谷を思えば仕方のないことだ。 　明美が赤井の住所が書かれたメモ用紙を大事に鞄をしまった。明美の視線が逸らされるとすぐに降谷がわざとらしい笑顔をみせる。ニッコリ、と。その瞳には有り有りと、勘違いするなよ、という言葉が浮かんでいる。苦笑し、わかっているという意味で頷いておいた。ありがとう、と。 [newpage] 　２ 　ピカピカだったランドセルもいつの間にか、傷や汚れが目立つようになった。時が経つのはあっという間だ。数ヶ月後にはこのランドセルともおさらばになる。少しだけ切ない気持ちが込み上げた。 「ただいま」 　玄関を開けると、ちょうど有希子がマグカップを手にキッチンから出てきたところだった。マグカップからは湯気が立ち上っているので、執筆中の優作に持っていくのだろう。いつもより早い時間の帰宅に有希子があら、と驚いている。 「おかえり。今日は赤井くんのとこ寄らなかったの？」 「うん。新ちゃんもいないし、なんかお腹痛くて」 「お腹痛いの？　やだ、大丈夫？」 「大丈夫。ちょっと寝てれば治ると思う……」 「そう……無理しちゃダメよ？　ひどくなったらすぐ言ってね」 「うん、ありがとう、ママ」 「夕飯はお腹に優しいものにするわね」 　返事をしてから階段を上がって部屋へと向かう。 　新菜はこのお腹の痛みに覚えがあった。前世では小学五年生の頃に初潮を迎えてから毎月やってきた痛みだ。とは言っても生理中に一番量の多くなる二日目や三日目に多少の痛みを下腹に覚えるくらいだった。生理痛に苦しむ子達と比べれば、わりと軽めの症状だったように思う。それがどうだろう。前世の生理痛とは比べられないくらい下腹は痛いし、吐き気もある。今世は生理のたびにこんな痛みと戦うのかと思うとげんなりしてしまう。 　今日か、或いは数日中に、初潮を迎えることになるだろう。トイレに有希子が使っているナプキンが常備してあることを確認しておいたので、準備は整っている。但し、有希子の前では何も知らないふりをして初潮を伝えなければならないことが何より面倒だった。 　ひどく緩慢な動きでベットに潜り込む。体を丸めて横になり、携帯の電源を入れた。新着メールを開けば、予想通り赤井からメールが来ている。普段ならこの時間には赤井の事務所にいるから、何かあったのだと心配してくれているようだった。『体調が悪いから直帰しました。連絡遅くなってごめんなさい』と打ち込み送信ボタンを押す。 　はあ、とため息をついて携帯をベットヘッドに置く。シミひとつない天井をぼんやりと眺めた。 　新一は少し前から体力強化の目的でサッカーを、そしてこれから先を考えて戦闘力をあげるためにテコンドーを始めた。そのため新一と過ごす時間が減った。一緒にいられない反動なのか、家の中や習い事のない日は以前よりも新一が新菜にべったりになった。寂しさを覚えている新菜にとっては心地良かった。 　赤井のもとへいかなかったのは、体調不良だけが理由ではない。 「――沖矢昴として明美と会ってるんだが、今度明美がここにやって来るかもしれない」 　そう彼から聞いたのは、昨日のことだ。詳しく話を聞けば、降谷の潜入が決まり、降谷と明美を接触させるために沖矢昴として近づいたのだという。先日、降谷と明美が顔を合わせ、そのときに降谷が明美の従兄弟である赤井のことを教えたそうだ。もちろん沖矢がその赤井だということは話していないようだが。 　新菜は、彼の口から「明美」という名前を聞いてからうまく頭が働かなくなった。いろんな感情が渦巻いて、混乱する。しかしはっきりとわかるのは、自分がショックを受けていることだった。 　そうして初めて、新菜は自分の気持ちを自覚した。否、本当はずっと前から気づかないふりを続けていた。認めるのが怖かったのだ。 （秀くんが好きだなんて、そんなの……――） 　赤井秀一――それは嘗て一番好きだったキャラクターだった。新菜にとって赤井は一種の芸能人のような憧れや理想なのだと、そう思い込んでいた。否、今思えば、思い込もうとしていたのだろう。 　赤井を好きだと認めれば、新菜は自分の根幹を揺るがしてしまうことに気がついていたからだ。この世界は物語の中ではない、現実なのだ――そう受け入れたはずだった。しかし、受け入れられてなんかいなかった。新一や赤井、降谷と違い、新菜は本来存在しないはずの人間だ。心のどこかで、ずっと、自分はこの世界には必要ないと思っている。自分がどうしてこの世界に生まれたのか。いつだってその意味を、答えを探していた。それが何よりの証拠だ。 　この世界の部外者が赤井を好きになるなんて、なんて烏滸がましいのだろう。 　気づきたくなんてなかった。彼を好きだと認めてしまえば、溢れ出す想いをもう自分では止められそうにない。 　彼には宮野明美という大切で特別なひとがいる。この世界に必要のない新菜が、彼と明美の二人の関係を壊すことだけは絶対にしたくなかった。新菜は彼のそばにいることが怖くなった。いつ想いが決壊し、彼を求めてしまうかわからない。 　ベットヘッドに置いた携帯がブブッと震える。赤いランプが点滅しているから相手は見なくてもわかった。無造作に腕を伸ばしてメールを開く。 『大丈夫か？　体を温かくして安静にな。早く元気になって顔を見せてくれ』優しい言葉が綴られたメールに泣きたくなった。どうしたら彼への想いを消せるのだろう。一文字一文字、丁寧に指の腹でなぞる。どうしようもないほど、このひとが好きだ。 　 　□□□□ 　新菜に避けられている。 　赤井がそう気付いたのは、新菜が体調不良だと探偵事務所に寄らずに家に帰ったその日だった。 　前日から新菜の様子はおかしかった。赤井が近ずくと挙動不審になり、何かを堪えるように体を強張らせていた。そんなことは出会ってから今までで初めてだった。そんな次の日に体調不良だと言って顔も出さずに家に帰ったと知れば嫌でも気がつく。これまでだって体調不良や事件等に巻き込まれたことはあるが、彼女はいつだって家に帰るよりも先に赤井のもとへ来ていたのだから。そんなときの彼女は普段よりも甘えたがりで自分から赤井にくっついてきて、そんな彼女を赤井もたっぷり甘やかしていたのだ。 　避けられている理由に心当たりがないとは言わない。だが確証はなかった。 　もう新菜と三日も会っていない。少し前から新一が習い事を始めたので、新菜と二人で過ごす時間が増えた。いつでも一緒だった片割れがそばにいないことに彼女本人は何でもない顔をしていたが、本当は寂しかったのだろう。その寂しさを紛らわそうと赤井のそばを彼女は離れなかった。その後遺症だろうか。赤井自身が新菜とたった三日会っていないだけで、どうしようもなく焦燥や寂しさを感じていた。 　新菜と出会ってから早くも五年が経つ。子供の成長は早い。気がつけば、女性らしく丸みを帯びた体になってきた。胸も膨らみ始めたし、腰も括れてきたようだ。精神年齢が肉体年齢よりも上なためか、十二歳では考えられない色気を感じることだってある。まだ幼さの抜けない愛らしい顔とのアンバランスさが余計に彼女を引き立てていた。 　最近は誘拐未遂や不審者等の事件にプラスしてストーカー被害も受けている。彼女への心配はつきない。しかしそんな彼女のことは心配する人間も着実に増えているため、彼女の味方は多かった。その筆頭が警察関係者なのだから、早々に犯罪者は手を出せないのだが。 　閑話休題。 　帝丹小学校の校門の前で煙草を吹かしながら新菜の姿を探す。我慢の限界を迎えた赤井は、新菜に会うためこうして小学校まで足を運んだのだ。 　ランドセルを背負った子供たちが続々と校門を潜り帰路についている。ちらちらと子供たちから視線を感じるが、新菜や新一を迎えに学校に来ることもある赤井の顔を知っている子供も多くいるので怪しまれるようなことはなかった。人相が悪いので若干怖がられている気がするが、赤井にとってはとくに気にすることでもない。 　目当ての少女を目敏く見つければ、新一とそれから数人の友達に囲まれ、青ざめた血の気のない顔をしていた。具合が悪いと言っていたのは嘘ではなかったようだ。携帯灰皿に煙草を押し込む。赤井の存在に気がついた新一が目をまるくした。 「赤井さん！？」 「え？　秀くん？」 　新一の声で新菜も赤井に気がつく。瞠目し、それからすぐに気まずそうに赤井から視線を逸らした。そんな彼女の様子に柄にもなく動揺する。もちろん表情には一切出しはしないが。 　新一は新菜と繋いでいた手を離し、一緒にいた友達に新菜を頼むと赤井のもとへ駆け寄った。 「赤井さん、ちょうど良かった！　新菜のこと頼んでいい？」 「ああ、そのために来たんだしな。ボウヤは今日はテコンドーだったか？　気にせず行って来ればいい」 　ありがとう、と安心したように言う新一に素知らぬ顔で頷き返す。新一が今日はテコンドーの道場に行くことを当然赤井は知った上で足を運んだのだ。新一がいれば新菜と二人で話ができないことがわかっているから仕方あるまい。 「顔色が悪いな」 「うん、実は……」 　周りを気にする新一に気づき、赤井は視線を合わせるように腰をかがめた。声のボリュームを落とした新一が赤井の耳元に口を寄せる。 「昨日初潮をむかえたんだ。前より生理痛がひどいらしくて、ずっとあんな感じなんだ」 　新一の言う「前」が前世のことだとすぐに理解する。生理痛というものが、どれほどつらいものなのかは人生二度目だろうと男の新一や赤井にはどうしたってわかり得ない。しかし、体調不良の原因が生理だと聞いて、病気などではないことに少し安心した。女にとって初潮を迎えることは大人への第一歩ではあるが、年頃の子にとっては恥ずかしいことでもある。その点、新菜は初潮は二度目だし、精神が大人なので羞恥などの抵抗はあまりなさそうだった。 　そうか、と返事をし、腰を上げて新菜のもとへ歩み寄る。赤井を一瞥した新菜は青い瞳を潤ませながら揺らしていた。その瞳に熱情が隠されていたのは気のせいではないはずだ。一言「おいで」と囁けば、新菜は躊躇いがちに、でもしっかりとした足取りで赤井の手を取った。 　一緒にいた彼女の友達に断りを入れて、新一とも軽く言葉を交わす。それから彼女を抱き上げて近くに止めてあるシボレーへと向かう。助手席に乗せ、着ていた上着を脱いで彼女に被せる。体を温め血行を促進するのが良いと聞いたことがあったからだ。 　本当はどこか近くの海にでも行って話をしようと思っていたのだが、行き先を自宅に変更する。ハンドルを握り、ゆっくりとアクセルを踏み込み、シボレーを発進させた。車内にはエンジン音だけが木霊し、彼女は口を閉じたままジッと窓の外を眺めていた。 [newpage] 　たかが三日、されど三日。校門の前に立っていた赤井の姿を見つけたとき、困惑したが、それ以上に嬉しかった。避けていたことはきっと敏い彼にはバレていたはずだ。その上で会いに来てくれたことがただただ嬉しかったのだ。それでも赤井と会う心の余裕や構えもなく、溢れ出しそうな気持ちを抑えることで手一杯だった。その上、予想通り昨日初潮をむかえて、更に生理痛に悩まされる体なため、うまく頭が働かない。 　結局、彼のたった一言で抑え込んでいた想いは呆気なく溢れ出し、気づけば彼の手を取っていた。こちらの気持ちも考えも知らないにしろ、本当にずるいひとだと思う。いつものように抱き上げられ、赤井と触れ合う体は熱っぽかった。 　シボレーの助手席に降ろされ、彼の上着が新菜の体を包み込む。煙草と彼の甘さをふくんだ良い香りが鼻孔をくすぐった。痛む下腹を彼の上着の下で押さえながら、ただ流れる風景をぼんやりと眺めた。重たくなる瞼に抗うことはせず、そのまま瞼を伏せて意識を失ったのは、これから彼と向き合うことから逃げるためだったのだと思う。 　次に目を開けたら、そこは赤井の自宅であり、寝室だった。ダブルサイズのベットは新菜の、小学生の体には大きすぎて、少し寂しさが漂う。枕やシーツから彼の匂いがして、不自然なくらい胸が高鳴った。寝たからか、少しだけ生理痛も楽になっていた。 　ガチャ、と寝室のドアが開く。マグカップを二つ手に持った赤井が姿を見せる。新菜が起きていることに気がついて、目尻をちょっぴり下げて優しげに微笑んだ。 「起きてたのか」 「うん……寝ちゃってごめんなさい」 「いいさ。それより体調はどうだ？　少し顔色は良くなったようだが」 「少し楽になったよ、ありがと」 　ちゃんと喋れているだろうか。ネイビーの掛け布団をきゅっと握った。どうしても赤井の目は見られない。あのモスグリーンの瞳は何でも見透かしているような気がするのだ。新菜の気持ちなんてお見通しなんだと。 「ホットミルクだ」そう手渡されたマグカップを受け取り、ふー、と息を吹きかけてから一口。猫舌な新菜のために少しぬるめのそれに、彼の優しさを感じて泣きたくなった。またひとつ彼への好きが増える。 　ベットサイドに腰掛けた赤井は、新菜のマグカップを取って、自分の分のマグと一緒にベットサイドテーブルに置いた。新菜の手を取り、新菜よりずっと大きな手で握られる。しかし彼の手をやんわりと外した。彼が息を飲んだ音が聞こえたような気がした。新菜はきゅっと眉間にしわを寄せ、息を吸い込んだ。 「ごめんね、秀くん……いっつも、秀くんに甘えてばっかりだ、私……」 　吐き出した声音は震えていた。赤井は何も言わず、新菜の言葉に耳を傾けたまま、真意を図ろうとしているようだった。 「これからは、もう、そういうの控えていかないとね」 「……どうして」 「だって……秀くんには明美さんがいるでしょ？」 「……俺を避けていたのは、やっぱり明美のことを気にしていたのか」 「明美さんを今度こそ幸せにしてあげてね」 　口を固く結んだ。赤井の口から彼女の名前を聞きたくない。でも決して二人の関係を壊したいわけではない。赤井には誰より幸せになってほしいし、明美にも今度こそ生きて幸せになってほしい。その気持ちに嘘はない。ただ、今は時間がほしい。赤井への気持ちをどうにか落ち着かせられるまでは。 「明美を愛していた——」 　落ち着いた声色で降ってきた言葉はぐさりと心臓をひと突きする。 （聞きたくない……） 　耳を塞ぎたいのに体は思うように動かず、固まったままだ。 「だけどその愛は……明美への愛情は、家族への愛情とそう変わらないことに気がついた。明美が俺の従姉妹だって知ったからな。それに本当の愛ってものも知ることができた」 　本当の愛。頭の中で反芻し、言葉の意味を理解しようと努める。しかし、それではまるで、赤井には明美ではない他の愛する女性がいるということ。それが自分だったらいいのに、そんなことを思って、でもすぐにそんな考えは振り払った。自分はこの世界の異物だ。 「明美はもう死なせない。従兄弟として明美には幸せになってほしいし、その手伝いはするつもりだ。でも俺が男として幸せにしたい女は——」 　——新菜だけだ。 　ひゅっと息を飲む。聞き間違いだろうか。 　ベットのスプリングがギシッと音を立てた。それは赤井が新菜との距離を詰めたことを知らせている。ふわり、と優しい手つきで頭に触れる。反射で顔を上げれば、慈しむようなモスグリーンが情けない顔をした自分を写していた。 　どれだけの言い訳を並べようが、もう、彼への想いを隠せそうになかった。 「秀くんは、ずるい……ずるいよ、ほんと」 　赤井の逞しい胸を叩いてみせるが、そんなものが彼に通用するはずもない。ふっと口角を上げた彼に手を掴まれてしまう。そのまま引っ張り上げられ、赤井の膝の上で向かい合うように座らされた。腰に回された手はいたわるように撫でられる。それが新菜の生理痛を気遣ってくれていることだなんて考える必要もない。いつだって、彼は優しいのだ。 　見上げれば、思ったよりも近くに端整な顔立ちがあった。どこまでも優しさを含んだ眼差しは、新菜への愛しさを隠そうともしない。彼が本当に新菜を想ってくれているのだと言葉よりも雄弁に語っていた。そっと瞼を伏せる。 「私は、本当はこの世界に存在しないんだよ。この世界の異物で部外者なんだよ……そんな私が秀くんを好きだなんてバカだよね。どうして……どうして、私はこの世界に生まれてきたんだろうね」 　自嘲の笑みを浮かべる。こんなことを言っても彼を困らせることはわかっている。それでも、今まで誰にも言えなかった気持ちを彼にだけは知っていて欲しかったのかもしれない。 　俯いていた新菜の頬に触れた赤井の手は、新菜の小さくて柔らかい手とは全然違う。大きくて硬くて男のひとの手だ。その手によって顔が上がり、またモスグリーンにとらわれる。 「ちゃんと存在している。異物でも部外者でもないさ、君は。ちゃんとここに存在しているじゃないか」 「……でもっ！」 「この世界に生まれた意味がわからないなら……君は俺と出会うために生まれたことにしよう。俺も君と出会うために逆行したんだ」 「そ、そんなの……っ」 　ただのこじつけじゃないか。そう思うのに、嬉しくて、気がつけば涙が零れ落ちていた。こじつけだろうと何だろうと新菜は彼のその言葉にどうしようもなく救われたのだ。 　頬に触れたままだった赤井の手を涙で濡らしていく。次々に溢れる雫を親指で掬い上げた彼は、ちゅっと新菜の瞼にキスを落とした。その後もちゅっ、ちゅっ、と気がつけば顔中にキスの雨が降り続いた。普段なら恥ずかしくて身悶えるところだが、今はただ幸せだと思った。いつの間にか涙は止まっていた。 「新菜」 「……秀くん」 「好きだ、誰よりも」 「ん……私も、秀くんが」 　好き、と言葉にするより先に彼の唇に寄って塞がれてしまう。唇に感じる柔らかい感触にようやく自分がキスされていることに気がついた。目を瞠って、すぐそばにある赤井の顔を見つめる。モスグリーンがおかしそうに細められ、それからぺろっと舌で唇を舐められる。そうして離れた彼は真っ赤に染まっているだろう新菜の顔を見て、くくっと笑った。 　もともとスキンシップが多い赤井からはキスされることも少なくなかった。両親や新一からもキスをされることは常。でもそれは頬や額にだ。だから、唇にキスされたのはこれが初めてのことだった。それは前世を含めて新菜にとってのファーストキスだった。赤井の余裕そうな態度と照れや恥ずかしさのせいでどんな表情をすれば良いのかわからない。気をぬくと緩んでしまう頬に力を入れた。 　不意に内股に感じる熱っぽくて硬いそれに気がつき、肩が跳ねてしまった。精神も肉体と同じ年齢だったのなら気にならなかっただろうが、生憎精神だけは成人済みだし、経験はなくとも知識だけは豊富なせいで、嫌でも意識してしまう。そんな新菜に気がついて赤井は笑みを深める。 「しゅ、秀くんの変態！」 「仕方ないだろ。自然現象だ。それに君が可愛すぎるせいだろ？」 「そ、そんなの……」 「早く、もう少し成長してくれ」 「なっ！　わ、私、その、恋愛とか全部初めてだから……お手柔らかでお願いします」 「勘弁してくれ」 「……秀くんって、ロリコンなの？」 「君が相手なら喜んでロリコンにだってなるさ」 「……それって、」 「君なら例え小学生だろうと熟女だろうとなんだって良い。新菜なら、どんな姿形だろうと愛せるさ」 「ふふ、私も秀くんなら……うーん、でもやっぱりこの顔が好きだからなー……」 「ほぉー？」 　額と額をくっつけて、どちらからともなく笑いあった。心が満たされるような幸せを感じる。 　まだ不安や心配は沢山ある。本当にこのまま赤井を好きでいていいのか。赤井のそばにいてもいいのか。赤井と明美の関係を邪魔しているのではないか。考えればきりがない。それでも、赤井がそれでいいのだと言うのだ。だったら彼に身を任せて流されるのも悪くはないと思ってしまったのだ。 　お腹を擦る彼の手を絶対に失いたくないと思った。冷めてしまったホットミルクを喉に流し込みながら、隣にある体温を感じて、ほっと息をついた。 　

工藤新一の双子の妹として転生した原作知識有りの夢主と逆行した緋色組が協力して幸せな未来をつかむ物語です。<br /><br />・夢要素満載です。（赤井落ちを予定してます。）<br />・蘭厳しめ要素も含まれます。<br />・完全に趣味と妄想を詰め込んで作っています。<br />・好き勝手に都合のいいよう設定しているので、矛盾している部分があります。<br />・キャラ崩壊や救済なども入りますので原作とおおきく異なる展開になります。<br /><br />上記の通り、読み手を選ぶお話となっております。ご了承ください。<br />ご了承できない場合は閲覧をしないようお願いいたします。<br /><br />■追記１：コメント、スタンプ、ブクマ、ランキングありがとうございました！<br />2018年08月17日付の[小説] デイリーランキング 28 位<br />2018年08月17日付の[小説] 女子に人気ランキング 14 位<br />■追記２：ランキングありがとうございました！<br />2018年08月18日付の[小説] デイリーランキング 5 位<br />2018年08月18日付の[小説] 女子に人気ランキング 27 位<br />■追記３：表紙を変更しました。（2020.03.27）<br /><br />誤字脱字等は発見次第、修正・訂正いたします。内容も予告なく改訂・変更する場合があります。

工藤家長女に転生したので逆行緋色組と幸せな未来を模索します。７

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「付き合いましょうか？僕たち」 　そう、薄く笑いながら言ったあいつは、この世のものとは思えないくらい綺麗で。 　あぁ、悪魔って本当にいるんだなと回らない頭で思ったんだ。 [chapter:心焉に在らざれぱ、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえども其の味を知らず] [newpage] 　俺、鏑木・T・虎徹と、その相棒バーナビー・ブルックス・jrの「はじめまして」は、それはいろいろとまぁ最悪だった。 　今でこそ笑い話にもできるが、当時は二人して互いに引けないものがあったから、何かといえば反発しあい、常にイライラしていた。 　悪循環が悪循環を招き、同僚としてもバディとしても関係は最悪以外なにものでもなく、何でこんなになったのかと頭を抱える事も少なくなかった。 　そんな中、俺は偶然バニーの過去を知った。 　 　幼い頃の両親の死。 　それも、無惨な最後であり、その現場を見てしまった幼いバニー。 　その時の彼の心はどれ程傷つき、その現実はどれ程彼を苛めたのか。 　俺には計り知れない。 　彼の生い立ちを知って、両親の死の真相を知るために彼がヒーローになったことを知ってから、俺にとってバニーはいけすかない同僚から、ちょっと気になる同僚に変化した。 　そりゃまぁ、ヒーローをやることが目的のための手段でしかないことに、ふざけんなと腹が立たない訳じゃなかったが。　 　仕事に関しては、バニーはクソが付くほどに真面目だった。 　どんな事だって請け負うし、文句も言わない。 　そして、それを完璧にこなしていく。 　そこまでされると、何をやっても爪が甘いと言われるような俺が何かを言えるわけが無い。 　 　それに、どんな手段を使ってでも犯人を探し出したいという、あいつの気持ちがわからない訳でもない。 　－もしも、自分の最愛の人たちが全員殺されたとしたら？ 　俺もバニーと同じように犯人を捜そうとしただろう。 　犯人を捜すことにやっきになって、何にも目もくれずひたすら犯人を見つけることだけを目的に生きて、生きて、生きて…。 　ただ、そうだったとしたら俺はヒーローにはなれなかっただろうとは思う。 　きっと、途中で犯人探しを諦め、すべてが嫌になってロクでもない大人になっていただろうと言うことは想像に難くない。 　それだけに、二十年近くそれだけを追い続けられ、曲がることのないバニーに、俺はただただ感嘆の声を上げることしかできなかった。 　年月では癒されることの無かった感情。 　それほどまでにあいつの慟哭は深く暗いものなのだろう。 　 　 　しかし気持ちは、立場が変われば一変する。 　俺が親としての立場にたった時。 　俺が殺されて楓がバニーと同じ立場になったとしたら、俺は楓に敵をうってほしいとは思わない。 　それどころか、俺が殺されたことすら忘れて幸せになってもらいたい。 　復讐なんて望まない。 　そんなことで自分の人生を潰してほしくなんてない。 　　 　世の中には辛いことや汚いこと、目を覆いたくなるような事、どうにもならない事だってたくさんあるけれど、楽しいことや、嬉しいこと、綺麗なものや素晴らしいものもたくさんあって、できればそういうもので満たされて欲しい。 　幸せで、素敵な人生を送ってほしい。 　それだけが願いだ。 　バニーの過去を知った時、もちろん親としての立場の俺が顔を出したが、あいつには何も言わなかった。 　と、いうか何も言えなかった。 　二十年もの長い月日の間に、親としての立場の話なんて他の誰かが散々言ってきているはずだ。 　それでもあいつは自分の意思を曲げなかった。 　バニー自身がこの道を選択したのだから、俺ごときが何を言っても変わらないどころか、思いっきり眉間に皺寄せて『余計なお世話です、おじさん』って言われるに決まってる。 　これが、誰かに言われてやってるんならぶん殴ってでも辞めさせるんだがな。 　だから俺は考えた。 　あいつにとっての最善の道ってやつを。 　これはただのお節介だと言う事は百も承知だが、それでもあいつのために何かしてやりたかったんだ。 　色々考えた結果、とにかくとっとと真相でも犯人でもみっけりゃいいんだよなって結論に俺は至った。 　そうすりゃ、今、それに割いてる時間を他の事に使えるわけだ。 　真相を見つける事が悪い事では無いが、それ以外は全部捨て置くってのはやっぱりなんか違うと思うんだよな。 　やりたくて諦めた事だってあるはずで、 　欲しくても諦めたものだってあるはずだ、 　行きたくても諦めた所だってあったはずだ 　あいつは、後悔なんてしてませんって言うだろけどさ。 　お前が本当に進みたかった道って他にあったんじゃねーのって思っちゃったんだよな。 　だって、ヒーローになった理由は真相に近づくためなんだろう？ 　あんな事件が起こらなければ、あいつはヒーローになる以外にも選択肢がたくさんあったはずなんだ。 　何事もなければ、彼はなににだってなれたのだ。 　あいつは若い。あいつの人生はまだまだ先がある。 　だったら、とっとと全部終わらせて、もう一度自分の進みたい道を選択させたかった。 　その結果バニーがヒーローを辞めて別の道に進むとなれば、あいつの引き立て役として雇われた俺はアポロンからは解雇されるだろうが、捨てるところあれば拾うところありで今回の会社の移籍みたいにどうとでもなるかもしれない。 　安易な考えかもしれないが、俺よりまずバニーの問題の解決が先決だ。 　全部まっさらになった時に、膨大な選択肢からバニーがヒーローを選んでくれたらなとは思うけれど。 [newpage] 　そうと決まれば後は行動あるのみと俺は動いた。 　その日の出動内容は、よくある強盗事件だった。 　会社でスーツを着込み、現場へチェイサーで移動中、事件の概要と現在までの被害状況、犯人の特徴などがアニエスから送られてきた。 　幸か不幸か犯人グループの中にNEXTはいないようだが、犯人の人数が多い。重火器も所持しているようなので下手に動けばいつぞやの二の舞だろう。 　さて、どう切り出すかと思案する。 　回りくどい言い方は得意ではないが、直球で言ってもいいものなのだろうか。 　いや、言っても良いのだが言った後のバニーの反応が簡単に想像できて切り出すのを躊躇しそうになる。 　だがここで、足踏みをしていても仕方ないことはわかってはいる。 　しばし逡巡してしまったが、ええいままよと俺は、バニーに顔を向けた。 「…作戦はあんのか？」 「は？」 　俺の分かりやすぎるであろう問いかけにバニーが、意味がわかりませんと言わんばかりの声を上げた。 　こいつ絶対眉根を潜めてる！ 　メットのせいで顔なんか見えないがそれくらいはわかる。 　やっぱりこういう反応になるよな。 　わかっていたが、切ない気分になってくる。 　だが、これは仕方が無いことだ。 　バニーとバディを組んでから作戦なんて言葉があったのは最初の数回で、それすらまともに遂行されず、結果その後は好き勝手に動いていた。 　コンビの意味って知ってるよねとロイズさんに釘を刺されたのは両手の指でも足りないくらいだ。 　そんな現状だからこそ、俺の発言を聞いてバニーが、怪訝な声を上げるのも仕方のない事だとは分かってはいた。 　分かってはいたが、ここで引くわけにはいかない。 「だっ！！だーかーら、作戦だよ作戦！お前さんがどう動くのか、どう動きたいのか教えてくれって言ってんの！ついでに俺がどうすりゃいいのかも教えてくれると助かるんだけど？」 「どういうつもりですか」 　わたわたと身振り手振りでまくし立てれ、バニーの声が一段下がる。 　あ、こいつ目細めた。たぶん。きっと。絶対に。 　きっとこいつの頭の中で、俺が何を考えているのか思考を巡らせているのだろう。 　訝しんでるのが手に取るように分かるよバニーちゃん。 　だが、こいつにはわかりっこない。　 　お前の手伝いをしたいんだ。面と向かってそう言ってやっても良かったがそれは口が裂けても言えない。 　そんな事、言ったところでありがとうございますよろしくおねがいしますなんて言う質じゃない。 　むしろお断りします冗談じゃないと言って拒絶される可能性のほうが遥かに高い。 　だったら、こっそりやるしかないだろう。 「どうもこうも俺は、崖っぷちなんだよスーパールーキー！だから、お前に作戦があるんならそれに乗るって言ってんだよ！！」 「あぁ、なるほど…おじさんでもやっと現実がわかったんですか…本当に、脳もロートルですね」 　口から勝手に出た言葉ではあったが、崖っぷちなのは現実で、.ロイズさんからもさんざん言われているからかバニーそれで納得したようだ。 　バニーの嘲笑にうるせぇこの野郎！と食って掛かりそうになる自分を寸でで抑え込む。 　ここで、バニーに突っかかればまたポイント獲得に程遠くなる。 　バニーがヒーローになった理由の一つは、ポイントを稼ぎ己を目立たせれば親の敵が接触してくるのではないかという考えがあるそうだ。 　だから、バニーはポイントを欲しがる。 　ならば、バニーがポイントを取得できるようにすればいい。 　だったら、いつまでも諍いあっていても仕方が無い。作戦をきちんと立て、それに沿って動く。そうしなければいつまでたっても俺たちはこのままで、バニーの欲しいもは手に入らない。 　バニーの心情的に俺の作戦にあいつが乗ってくることはまず無い。俺自身作戦を立てるのが得意なわけでもないからその辺は仕方が無い。ならばバニーの作戦に俺が乗るのが最善策だろう。 　そう思ったからこそ、バニーに作戦があるのか問うたのだ。 　そしてこの流れだ。 　バニーの為に動くって決めたのだから、多少の皮肉は流さなくてはいけないんだろうが、腹がたたないわけではない。 「で、どうすんだよ！！」 　腹立たしさから怒声に近い声でバニーに乞う。 　現場まであと少し、俺の判断は間違ったんじゃないかとすでに後悔しそうな俺が居た。 [newpage] 　正直に言ってしまえば、バニーちゃんの作戦に乗ろう！作戦はモノは試しに程度のつもりだった。 　が、これは効果が出た。驚くほどに出た。 　 　現場に入って、状況を確認したバニーがこちらに提示した作戦通りに動いた結果、今日のヒーローインタビューはバニーが独占だ。 　作戦をきちんとで立て遂行するだけ、こうもはっきりと結果が出てしまうと苦笑いしか浮かばない。 　理屈はなんとなく分かる。俺とバニーの能力は同じものだ。 　同じ能力を持っているということは、その能力で出来る事はだいたい同じなわけで、行動もどこかしら似通ってしまう部分があるんだと思う。 　にもかかわらず、役割分担も決めず好き勝手に動けば、自分の行動線上に相手が重ならないわけがない。 　それによって自滅と言うのが俺らのパターンだったのだから、相手が何をするかがしっかりわかっていれば、余計なことはしないし、行動が重なることもないから、スムーズに事が進む。 　その結果が、バニーの満足げな顔だった。 　 　この結果を踏まえ、基本出動の際はバニーの作戦で動く方向になった。　 　ミスも自滅も減ったことで、　優秀なバニーはコンスタントにポイントを稼いでいくし、俺もそこそこポイントを稼ぐことができた。 　ただ、いくらポイントが高かろうが、テレビ写りがよかろうが、犯人検挙より人命救助優先なのは俺の矜持で、ここだけは譲れなかったから、全部が全部バニーの言うとおりには動けなかった。 　数度コレが原因で揉める事になったが、出動回数を重ねていくうちに、あいつもあいつでそれを考慮して作戦をたててくるようになったし、なにより現場で俺の意見を聞いてくるようになって、さらには取り入れてくれるようにもなった。 　だんだんとバディとしての動きも良くなって、コンビプレイが華麗に決まれば、バディってのも悪くないなって思えてくる。 　それはバニーも同じようで、日々ちょっとずつちょっとずつだが、俺への態度も軟化してきた。 　まだ、呑みに誘っても忙しいからと断られるが、昼飯に誘えば乗ってきたし、俺が事務処理に手間取っていれば嫌味言いつつも手伝ってくれた。 　亀の歩みよりゆっくりではあるが、確実に俺達の距離は縮まっていると思えた。 　目下の目標は一緒に呑みにいくことだななーんて思っていた。 [newpage] 　気がついたら、真っ黒い壁に囲まれた場所に俺はぽつんとそこにいた。 　 　妙に現実感が無い曖昧な感覚が全体的に漂っていて居心地が悪い。 　 　ここはどこだと、あたりを見回していると後ろから「おじさん」とよく知った声が聞こえて、そちらを振り向けば、少し離れたところにバニーがいた。 　よくわからない場所ではあったが、見知った人間が居たことに少しだけ安堵して俺は、バニーの元へと駆け寄った。 「バニーちゃん！ここどこだかわかるか？」 　俺の質問にバニーは笑った。 　 　え、と思って俺はバニーを凝視してしまう。 　何か変だ…でもそれが何かが分からない…。 　でも、この顔は知っている。 　あれだ、ちょっと前に出た雑誌の表紙になったちょっと作り物っぽい笑顔。 　バニーが、メディアの前で見せる顔。 　とてつもない違和感に襲われて、なんだかとても落ち着かない気持ちになってくる。 　笑顔のバニーに、二の句が告げないで居ると、さらに衝撃的なことが起こった。 「鏑木さん」 「えっ」 　なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ。 　バニーとの関係は少しづつだが悪くないもにはなってきているが、あいつは相変わらず俺をおじさん呼びしてくる。 　間違っても俺の苗字を呼ぶなんて事はないし、俺の頬をに手を伸ばしてくるなんてありえない。 　ゆっくりと、頬をなでられ俺の背筋に鳥肌がたつ。 　バニーの指が俺の髭をなぞりそのまま唇を撫でてくる。 　あまりの事に身体を引こうとしたのに、身体が石のように動かない。 　なんで動かないんだと焦っていると、バニーがまた俺の名前を呼んでくる。 　その声がなんだか甘い含みがあるように感じてしまって、思わず顔が赤くなってしまった。 　 　どうしよう、どうしたらいい、どうすればいい？！ 　 　頭をフル回転させている間にバニーの指が、唇から俺の顎へと降りてそのまま顎を押えられ、少し顔を上げさせられたと思ったらバニーの整った顔がこちらに近づいてきた。 　これは、ヤバイ！ 　近い！近い！！近けぇよ！！！ 　マジでヤバイのに身体が動かなくて、なすすべもなくバニーと俺の唇が重なってしまう。 　嘘だろおおおおおお！ 　叫びたいのに口が塞がれてて声が出せないから、心の中でめいいっぱい叫んだ。 　完全にパ二ックになっている俺を尻目にバニーのキスは終わらない。 　ちゅっちゅっと音を立てて何度も何どもキスをされる。 　鼻で息をするもの忘れてしまったから息苦しさに口を開けば、待ってましたと言わんばかりに口の中にバニーの舌が入ってきた。 　口の中を好き勝手に蹂躙されて、もう何がなんだかわからなくて、わかりたくもなくて、俺はあっさりと意識を手放した。 [newpage] 「！？」 　目を開けば、視界はまたもや黒色だった。 　ただ、先ほどの場所と違って今度は全体的に薄暗く、背中には布の感触を感じる。 　目を凝らして辺りを見回せば、手じかにあるものはいつも見ているものばかりで、ここが自分の部屋だと認識する。 　当たり前だがバニーはいない。 「ゆめ…」 　だよな…そうだよな…そうに決まってる！ 　夢でよかった。 　本当によかった。 　心臓がバクバク音を立てているが仕方がない。 　なんであんな夢見たのかわからないが、相手がバニーで、しかも「鏑木さん」って呼ばれて、キスされてドキドキしな方がおかしい！ 　「鏑木さん」ってなんだ！「鏑木さん」って！！！ 　っていうかなんでバニーちゃんとキスする夢なんて見たんだ俺！！ 　有り得なさ過ぎてジョークも思いつかねぇよ！ 　ふと、ベッドボードに置いてあるめざまし時計を見れば、まだ3時を回ったばかりだ。 　寝直す！寝直すんだ俺はと、仰向けから内ぶせにごろりと体制を変えた所で自分の異変気づいた 　腹のあたりが何か冷たいんですけど？！ 　まさか！と慌てて起き上がって寝間着のズボンの裾を引っ張ってソコをみれば、たしかにパンツの一部分の色が変わっているのが見てとれた。 「まじかよ…」 　これも夢だと思いたくて、頬をつねってみれば痛い。 　何度やっても痛いものは痛い。 　その痛みがこれが現実だと雄弁に語っていて、俺は枕に突っ伏した。

おせっかいな虎徹さんと、ややゲスい？バニーちゃんがくっつくまでのお話。n番煎じなのはわかってます！わかってます！！若干原作と時間がかみ合ってない部分がちらほらなのは私の実力不足です。スミマセン。ちょっともにょっとしたシーンがあるのでR-15くっつけてますが、ほんとにちょっとです…そしてぬるいです。

心焉に在らざれぱ、視れども見えず

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[chapter:祝福のメロディ] 　弓が弦の上を走る。友の幸福を願い、その足取りはまるで少女のようだ。スキップ、小走り、軽くジャンプ。こんなにもリラックスし、楽しく演奏したのはいつ以来だろうか。穏やかで優しい気分にうっすら混じる昂奮。楽団のメンバーも気持ちを同じくしているのだろう、いつになくハーモニーが心地よい。 　幸福の香りを乗せたメロディが伝わり、客たちのステップも軽い。好きな時に好きな相手と踊り、飲み、食い、語らう。彼らの笑顔の背景に我々の音楽が漂うことに、大いなる喜びを感じる。 　結婚式や披露パーティーに呼ばれた経験は数えきれないほどある。だが、これほど生き生きとし、和やかで、かつ幸せに満ちたパーティは初めてだ。それもこれも、ホストたちの人柄や生き様のおかげだろう。 　ホストのひとりであるヴィクトル・ニキフォロフと私の出会いは、もう十年近く前になるだろうか。私のほうが少々年かさではあるが、彼がジュニアで頭角を現しだしたころ、私もメジャーデビューを果たしメディアの注目を浴びはじめていた。フィギュアスケートに特に心酔していなくても、ピーテルっ子のほとんどが十代半ば以降のヴィクトルをよく知っているはずだ。地元紙に取り上げられることは数えきれず、彼はロシアの英雄である前にピーテルのアイドルだった。そして、音楽に深く関わりのあるフィギュアスケーターとして、ヴィクトルも私のことを早くから見知っていた。 　なので、初めて会った時も会話はスムーズだった。当時はヴィクトルが弱冠十七歳にして欧州選手権で金メダルを獲った直後で、早くも次シーズンのプログラムを視野に入れた話をたくさんした。私も、ちょうどＣＤを発売したばかりだった。彼はそれを聴いてくれて、楽曲を使用させてもらうかもしれない、その場合は新しいアレンジをお願いするかもしれないがそれでいいか、と断りを入れてきた。コーチのフェルツマン氏ではなく、エージェントが一緒だったことを覚えている。スター選手らしく、すでに専属のマネージャーがついているのだ……と、妙に印象的だった。 　私はふたつ返事で了承した。彼は非常に喜んでくれ、礼の一環としてオフシーズンのアイスショーに招待してくれた。ショープログラムでまず一曲使ってみるので、もし実際に滑りを見て気に食わなかったらこの話は断ってくれてもいいとまで言っていた。まだ少年なのに、この潔さはいったいなんなのだろうと驚かされた。彼は常に人を驚かせ楽しませると言われるが、それを目の当たりにした瞬間だった。だが、それもこれも自信のなせる業であり、若さゆえの思い切りの良さだったのかもしれない。 　月日はあっという間に過ぎ、私はいそいそとアイスリンクに向かった。フィギュアスケートを生で観るのは初めてだったが、瞬時にのめりこんだ。なんと美しく刺激的な競技なのだ！　いや、ショーなのだから競技と言ってしまうと語弊がある。そう、まさしくショーであった。エンターテイメントだった――それも、極上の。その最後を飾ったのが、あのシーズン数多くのメダルをロシアに持ち帰った若き王者、ヴィクトル・ニキフォロフだった。 　どの楽曲を使うのか、私は聞かされていなかった。彼なりのサプライズのつもりだったのだろう。だが、私にとってこの出会いはサプライズ以上のものになった。その曲は先刻話に出したＣＤアルバムから抜粋したものだった。何曲かつなぎ合わせて編曲を施していたが、その世界観に舌を巻いた。 　おそらく、彼はとてつもなく耳がいい。そして、音楽というものを知っている。もしかしたら聞いたものを脳内で譜面に起こせるのかもしれない。そんなことを感じさせるほど、彼の音の取り方や解釈は気持ちよかった。作り手であり奏者である私の感覚にぴたりとはまるのだ。 　複数の曲をつないでいても、矛盾がない。彼のスケートと曲の理解により、一貫した世界が氷上に広がる。それは私が思い描いたものから大きく逸脱することはなく、私はまだ少ししか会話をしたことのない少年を「最大の理解者」と認めはじめていた。 　四分ほどのショーナンバーはあっという間に終わってしまった。もちろん、ノーミス。ジャンプはクリーンに決まり、複雑で華麗なステップに観客は大騒ぎしていた。私も、その時々で歓声をあげ大きな拍手を送った。だが、細かな記憶が残ることはなく、ただ音楽とスケートの融合で得た恍惚にも似た感覚を引きずるのみだった。心の底から感動すると人の記憶はあやふやになるのだと、私はヴィクトルによって教えられた。 　ショーが終わると、彼が言葉を発する前に、私のほうから協力させてほしいと申し出ていた。ヴィクトルは珍しく驚いていたようだったが、次の瞬間には破顔して私の手を両手で握りしめた。これで、簡単ではあるが契約成立だ。書類上のことはあとでいい。私はとにかく、私の音楽をスケートで完璧に表現してもらえることにひたすら昂っていた。 　その後、彼が選んだ楽曲をプログラム用にアレンジし、正式にデモを納品をした。彼の選曲は意外だったが、前シーズンとまったく違うことをするのが彼のモットーなのだろう。長調の楽しい曲を、民族音楽風に編曲したものをお望みだった。私も初めてチャレンジすることなので、難産だったか真摯に取り組ませてもらった。 　ヴィクトルは、私が思った以上にこだわりの強い職人肌のスケーターだった。さらっとリテイクをしてくるのでこちらも軽く受けたが、よくよく思い起こせば、デモに対するフィードバックの内容はなかなかに濃いものがあった。回数も多く、正式な曲ができるまで何十回となくメールをやりとりした。そのすべてがヴィクトル本人からのもので、コーチやマネージャーといった周囲の大人が介することは一切なかった。当時はまだ自分で振り付けることはしていなかったが、それも遠くはないと予感させるやりとりだった。 　そうしてできたプログラムの初お披露目に、私は招待してもらった。ホームリンクにプレスを招いての発表会だったので、中には何人か見知った記者もいた。彼らとお喋りをしながらその時を待ったが、チムピオーンいち押しのヴィクトルはやはり大トリだった。 　あの頃はまだ長髪で、幼さも少し残っていた。衣装はシーズンが始まるまでのお楽しみということで既存のものを着用していたが、それでもなるべく曲の雰囲気に合ったものを選んでくれたことがよくわかる。 　ヴィクトルがリンクの中央に位置すると、その後はシャッター音の連続だった。私の音楽にカシャカシャという音が混ざるのがなんとも言えず興味深かったが、それが気にならないほど、ヴィクトルの表現は際立っていた。それまでお披露目したスケーターも素晴らしかったが、彼は別格だった。 　まだ本格的なシーズンが始まるまではひと月以上あるので、仕上げている最中だという話は聞いていた。だが、それにしては完璧だった。少なくとも、スケートの素人である私にとってはなんの不足もなかった。楽しく明るい楽曲に仕上げているが、すでに威厳や風格すら感じさせる。 　祝祭のように浮きたつ気持ち、ダンスパートナーとの楽しいひととき、美味なる食事と酒、そして輪になって歌う民謡――そんな風景を、ヴィクトルがもっとも楽しそうに演じる。見ていると、こちらも笑顔になりそうだった。最後の盛り上がりには自然と手拍子が巻き起こり、ほかのスケーターやコーチまでその輪に加わっていた。 　フリースケーティングの四分半、私は魅了されっぱなしだった。あの初めてのアイスショーの日に抱いた快感が、さらに強くなって押し寄せる。もちろん私は音楽家だ。音楽をこよなく愛している。だが、私は自分の作ったものが別の表現を通して再現され昇華される体験がこれほどまでに血肉を湧きたたせるとは思ってもみなかったのだ。しかもそれが、すでに世界的に実力を認められている人物の手によるものとなると、言葉では言い表せない感動があった。 　正直なところを言えば、ヴィクトルから最初にオファーをもらった時、自分本位なことを考えている部分もあった。これでヴィクトルがうまいこと滑って注目されたら自分の名声もあがるかもしれない。そして、ライブやコンサートのオファーも増え、ＣＤも売れるかもしれない。そんなことを考えたことがないといったら嘘になる。だが、もはやどうでもよかった。音楽家としての核を充たしてもらうこと以上に心を動かされることはないのだ。 　お披露目後の記者会見が終わり、私はヴィクトルのもとに急ぎ駆け寄り、矢継ぎ早に感想を述べた。気の利いた言葉はひとつとして出てこなかったが、その興奮はヴィクトルには伝わったらしい。彼もうまくいったことをとても喜んでおり、必ず満足のいく結果を残すことを約束してくれた。私は、こんなにもフィギュアのシーズンが楽しみだったことはなかった。 　実際、そのシーズンのヴィクトルも大活躍だった。ふつうの有名人から、すっかりセレブの仲間入りをした。それでも彼は変わらず気さくに私に接してくれ、私の楽曲も使用してくれた。何より嬉しかったのが、私の生演奏でショープログラムを滑ってくれたことだ。 　人気も実力も申し分ないとくれば、彼もアイスショーをホストすることになる。彼の若さで座長公演を打つというのもとてつもないことだが、彼は楽しく意欲的に、彼らしい企画を山ほどイベンターにプレゼンしたらしい。中には突拍子もないものもあって困ることもあったというが、幸いなことに私と所属する楽団のライブ演奏つきのショーに関しては、イベンターも乗り気でゴーサインを出してくれたようだ。 　ヴィクトルからコンセプトを聞かされ、イベンターから進行表を受け取り、ショー用に編曲し楽曲リハーサルが進むにつれ、私のテンションは急上昇した。寒さに弱い楽器をリンクに持ち込むのに不安がなかったわけではない。氷上でのソロで転んでしまったらどうしよう、うまく踏ん張れず演奏がぶれたらどうしよう――そんなことも思っていた。だが、イベンターは我々音楽家のために最大限の用意をしてくれていた。 [newpage] 　我々の懸念はひとつひとつ解消された。そして、ついに私のソロとヴィクトルのナンバーのリハーサルの日がやってきた。氷の上は思ったより寒くはなかった。だが、広いリンクにひとりぽつんと立つことそのもののプレッシャーは計り知れなかった。孤独感という言葉では足りない、「自己との邂逅」という圧倒的な瞬間。少しでも己の奥をのぞき込むと、無力感にとらわれるほどの「独り」に、私は押しつぶされそうになった。なんという場所で表現を絞りだしているのだ、彼は――。 　そこにヴィクトルが現れる。私の横を颯爽と滑走し、ちっぽけな虚無感を吹き飛ばしてしまう。同時に、ただリンクインするだけでこれだけのスピードを出すのだと、私は一瞬呆けてしまった。 　しかし、私の音がなければスケーターは滑りだせない。最初のポーズをとったのを確認し、慎重に弦を撫ぜる。すると、目の前でヴィクトルがゆっくりと動き出した。 　そのあとは、夢中になりすぎてよく覚えていない。ただ、私の音がそのまま目の前で視覚化されることに至福を感じるばかりだった。リハーサル前の緊張はいつの間にか消え、私はヴィクトルが踊る疾走感と風だけを感じ、まるで風乗りの紙飛行機のように音を紡ぎ出していった。 　スケートとしては長めの、五分少々のプログラムだった。最後の音を小気味よく仕上げ前を確認すると、ヴィクトルがフィニッシュポーズをとっていた。 「いいね、すごくよかった！　でも、もっとよくできると思うんだ。たとえばね――」 　彼は演者の顔からすぐさまプロデューサーのような表情に変わって、私に近づいてきた。まだ息も上がり肩も激しく上下しているのに、プログラムの最初からあれはこうしよう、あそこの部分はこれがいい、こんなアレンジはどうだろう？　と休みなく提案してくる。さすがに私も覚えきれず、申し訳ないがリンクから出て落ち着いて楽譜にメモを入れながら考えたいと申し出たほどだ。 　本番はもちろん大成功だった。それ以来、彼が出るショーはホストであれゲストであれ、招かれることが多くなった。いったいどれくらいの数の演目をやってきたか――いますぐ答えることができないほどの回数だが、私の音楽は彼のスケートがあるからこそここまで世に知れ渡ることになったし、彼のスケートに私の音楽が大きな役割を果たしているという自負も生まれた。 　だが、いつのころからだろう。彼のオーダーが徐々に減り、新たなアイデアを聞くことも少なくなっていった。私はそれを王者としての余裕だととらえていた。迷うことなく、その時々のヴィクトルに必要なものを的確にとらえているからこその手数の少なさだと思っていた。 　だが、彼が休養に入り日本でコーチをするという一報を聞いた時、私は現実認識の甘さに自己嫌悪に陥った。いつもなら年明けあたりにオーダーの入るショープログラムの音楽やエキシビションのオファーがなかなか来なかった。ショートプログラムには関わっていたが、楽曲を迷っていると聞いたきり、納品後もなかなか決まらなかった。いくつかアレンジ違いがあると言っていたが、誰のものにしたのかという最終決定はついぞ聞くことはなかった。 　彼は、さまよっていたのだ。もしかすると、疲弊していたのかもしれない。私は音楽というフィギュアスケーターに不可欠なものを提供する人間として、彼に寄り添えていなかったのではないだろうか。なぜ気づけなかったのか。ロシアが世界に誇るスケート界の生ける伝説を、なぜすくいあげてやれなかったのだろうか。後悔が波のように押し寄せ、私はしばらくヴィクトルのここ数年の作品を見ることができなかった。 　ヴィクトルの日本での様子を見るのも、少々心が痛んだ。とはいえ、テレビ画面の向こうで愛想を振りまく彼は私のよく知るヴィクトルそのもので、新しい生活も楽しんでいるようだった。安心する半面、何もできない自分がもどかしかった。ただ、私の関わった「エロス」を教え子に譲るがいいかと連絡が来た時には、複雑な心境だった。断る理由もないが、Даのひとことを発するのに、ほんの少しだけ素直になれなかったのは事実だ。 　それにしても、彼の教え子であるというカツキ・ユウリとはどのようなスケーターなのか、私はほとんど知らなかった。ヴィクトルが選んだスケーターなのだからそれなりの選手なのだろうが、私はあえて動画を漁るようなことはしなかった。もしかすると、選手ではないヴィクトルを感じさせるものを見聞きするのを避けていたのかもしれない。それほどに、氷上を降りたヴィクトル――私の音楽を体現することのないヴィクトルというものに、私の心は大いに傷つき空しかったのだろうと思う。 　それでも、シーズンが始まると私は競技会のテレビ放送のスケジュールを確認した。ひとしきり考え、時が私の心を落ち着かせてくれたのだと思う。なので、テレビでの放映がなければウェブ配信をチェックするほどには、気が向いていた。どうやら最初に彼の様子をうかがえるのは中国らしい。時差の関係で真昼間の視聴になったが、私は時間を自由にやりくりできる音楽家だ。放送時間よりずいぶん前に、やや緊張してタブレット端末を用意し待った。 　私はそこで、コーチ然としているヴィクトルを初めて見た。コーチとして指導するとこういう顔をするのか。こんなまじめで納得のいかない顔もするのか。かと思えば、こんなふうに笑い、喜び、なおかつ他人に寄り添うのか。私の知らないヴィクトルの表情が次から次へと映し出される。 　そして、教え子であるカツキ・ユウリも、動いている――いや、滑っているところを初めて見た。昔から言われていることだが、東洋人は本当に若い。年齢がまったくわからない。しかも、華奢だ。あんなに細くて頼りなさげで、本当にヴィクトルの振付を滑ることができるのだろうか。しかも、彼にあてがわれたのは「エロス」……あれを、この十代にしか見えない日本人が、ヴィクトルの衣装を着て踊りこなせるというのだろうか。私はいくぶん意地悪なのではないかというほどの不安を抱き、本番を待った。 　結果から言えば、私の杞憂だった。むしろ、ヴィクトルを上回る衝撃を与えた。 　エロスは、私のまったく知らない、予想すらしていなかった世界観に作り替えられていた。本当に私が作り演奏したのかと疑ったほどに、考えてもいなかった解釈だった。 　ここ数年、私はヴィクトルに曲を作ったり演奏したりするとき、彼がこんなふうに滑るだろうということを予想しながら作業をしていた。その予想をもとに曲作りや演奏をすることすらあった。それもこれも、ヴィクトルが私の音楽の一番の理解者であり具現者であるという自負と、一種の甘えがあったからだろう。ヴィクトルならここでこういうステップが来たら気持ちいいだろう、ここなら連続ジャンプで強烈なインパクトを与えるだろう、最後の盛り上がりで転調するとまた彼のコレオが活きるだろう――それは彼の完璧な演技のために必要だったかもしれないが、もしかしたら私の予定調和的な向き合い方も、彼を疲弊させていたのではないかと思えた。 　だが、彼は――カツキ・ユウリは違う。ここでその拍を取るのか？　その間はなんだ？　そんな解釈をするのか？　このリズム感はどこからきているんだ？　ここまでタメるのか――私は二分と少し、驚きっぱなしでモニターを見つめていた。 　彼は、「この曲だったらこう滑るだろう」「この弾き方をしたらこういうふうに滑れるだろう」という思惑めいた予測をすべて裏切ってきた。ヴィクトルのために作成し演奏した、大人の男の色気をこれでもかと前面に出すはずのプログラムが、男を惑わす魔性の娘のためのプログラムに変身していた。しかも、この娘が落とそうとしているのは、ヴィクトルだ。間違いない、これはヴィクトルを誘惑するプログラムだ。 　私は、衝撃のあまり笑ってしまった。こんなスケーターは……いや、ヴィクトル相手にこんなふうに向き合う人間は初めて見た！　こんなにもヴィクトルを敬愛しつつも飲み込まれない人間がいるとは！　ここまで規格外だと、嫉妬すら逃げ出すというものだ！ 　だが、私は音楽家だ。彼の持つ音楽性をもう少し掘り下げてみたい。試合が終わったあと、私は有志がアップする動画をいまかいまかと待ちわびた。 　一時間もすると、早くも数パターンの動画を視聴することができた。投稿者に感謝しつつ、私はなるべく画質の良いものを選んで、「カツキ・ユウリのエロス」をくまなく分析した。 　見れば見るほど、未知のものだった。彼については、日本人であるということくらいしかわかっていない。過去の戦績も人となりも不明。純粋にスケーターとして見てみて、彼は私の持つセオリーをすべて裏切る存在ということがわかった。 　音楽をはじめとする芸術作品を鑑賞する際、その解釈は見る側に委ねられる。もちろん、作家としてこちらの意図や感情がストレートに伝わり相手の心を動かすことができればたいへん嬉しい。その伝わり具合が、ヴィクトルはほぼ完璧だ。彼はどんな芸術も「正しく」解釈し読み取り、類稀なる感性と運動能力と技術で表現する。 　しかし、カツキ・ユウリの解釈は、そういう意味では「正しくない」。彼はこちらの意図したところを一足飛びで超えてくる。それは作家本人がまったく考えもしなかった視点であり、着地点だ。こちらの知らない新しい世界を見せてくれるようでもある。とはいえ、自分の構築した世界観が崩される不快感は決してない。なぜなら彼もまた感性と身体能力と技術を持ち、彼の世界で私の世界を新しい色で彩ってくれるからだ。。 　私から言わせれば、ヴィクトルとカツキ・ユウリは正反対だ。だが、作家を驚かせ喜ばせるという点では同じだ。ヴィクトルには悪いが、私は初めて彼以外の選手の音楽をプロデュースしてみたいと思った。 　私は、昂奮でほぼ寝ることもできずにフリープログラムの配信を迎えた。エロスは私が作った曲なのである程度予想はついたが――そして覆されたわけだが――フリーの曲は未聴だ。ショートで一位発進ということで、順位的なことも期待してしまう。私は前日よりさらに真剣に中継に向き合った。 　やはり、カツキ・ユウリは私にとって出会ったことのないタイプの演者らしい。プログラムの最中にミスはあったが、私はスケーターの音楽性に興味があるので、技術的なミスはあまり気にならない。そんな中で、「ＹＵＲＩ　ＯＮ　ＩＣＥ」と命名された彼のためだけの、彼にしか滑れないプログラムは心が洗われるほどに美しかった。 　エロスほどには驚かされない。しかし、心を揺り動かされた。振付がヴィクトルであることはわかっていたが、彼はカツキ・ユウリの特性を完全に理解しているように見えた。あのヴィクトルが他人に振付を提供するのも意外だったが、その他人を最大限に活かす振付を施しているのにも舌を巻いた。スケートのプログラムは概してそういうものだが、「ＹＵＲＩ　ＯＮ　ＩＣＥ」はまさに、カツキ・ユウリに特化された音楽であり振付だ。 　もしこの曲をヴィクトルが滑ったら、もっと違ったものになっただろう。テーマが愛だということはダイレクトに伝わってくるが、もっとストレートでセクシーでドラマチックでエモーショナルだったろう。もはや滑稽だったかもしれない。だが、カツキ・ユウリは違う。静かで、水面に広がる波紋のようだ。しかし、ゆるぎなく強く、清浄で美しい。まるでユニコーンに選ばれし乙女のように。 　私は前日に引き続き、動画を繰り返し見た。ヴィクトルが自身のプログラムでは絶対に振り付けないであろう組み合わせ、リズム――。私はヴィクトルのスケートが何よりも至高だと思っていたが、カツキ・ユウリは彼に肩を並べると言っていいだろう。 　そして、見れば見るほど、そして聞けば聞くほど、この楽曲の演奏を手掛けられなかったことを残念に思った。ヴィクトルが振り付けたカツキ・ユウリのプログラムを私が奏でたらどうなるだろう――そう考えると、得も言われぬ興奮を抱かされる。 　私はおそらく、嫉妬していた。あの極上のプログラムに音楽家として関われなかったことを悔しがっていた。そして、カツキ・ユウリの音楽解釈にも、嫉妬めいたものを感じていたのかもしれない。興味深くて目が離せないのに、見ていると苦しくなる。なんとしてもそこに関わりたいという気持ちがまたたくまに膨れあがる。こんな煩悶は、久々だった。 [newpage] 　その思いはカツキ・ユウリのエキシビションプログラムでも――特にファイナルでのヴィクトルとのデュエットを見ても募った。胸をかきむしるような衝動が、いますぐに曲を作りたい、そして滑ってもらいたいという欲求をかきたてた。 　デュエット版「離れずにそばにいて」は、そもそもはカツキ・ユウリがひとりで滑るためにアレンジされた曲なので、私は関われなかった。ヴィクトルも、私にヴィクトル以外のスケーターの曲をアレンジさせるのをためらったのだろう。おそらく、ヴィクトルが日本に行ってすぐにオーダーされていたら断っていたと思われる。だが、私はここにも関われなかったという事実に苦しんだ。今シーズンのヴィクトルとカツキ・ユウリにほとんどノータッチであることが耐えられなかった。 　ファイナルでのデュエットの滑りも素晴らしかった。ひと目見ただけで、ヴィクトルのスケートが進化したのがわかる。音楽の解釈に幅が出た。とても自由で楽しそうで、生き生きとしている。カツキ・ユウリに多大なる影響を受けたことが、情感あふれる足さばきから伝わる。聞けばヴィクトルは現役に復帰し、コーチも続行するらしい。もしかしてまた私にもチャンスがあるのではと思うと、あさましくも意地汚いと思いつつ、期待せずにはいられなかった。 　しかし、ヴィクトルがピーテルに帰ってくるにはしばらく時間がかかった。そのかわり、なんとカツキ・ユウリを連れて戻ってきた。こんなに嬉しいことはなく、私は久しぶりの挨拶がてらメールをしたため、それとなく様子をうかがってみた。 　ヴィクトルは常春の国の住人のように浮かれていた。ピーテルよりずっと暖かい日本にいたせいで、バカンス気分が抜けないのだろうか。だが、それもこれもすべてカツキ・ユウリが原因なんだろうという予測はつく。私は、そんなに気に入っているのなら一度話してみたいものだ、と勇気を出して言ってみた。すると、あれよあれよという間に会食の予定が決まった。私は慌ててパートナー（同じ楽団内にいるのだが、私の話は別にいいだろう）にも連絡を取り、三日後には裏通りにある穴場のバルでディナーをとることになった。 「はじめまして、こんにちは。勝生勇利です」 　我々より少し遅れてきたヴィクトルたちは、申し訳なさそうに――いや、ヴィクトルは変わらず悠々なのだが――カツキ・ユウリは何度か遅れてすみません、待たせてすみませんと謝ってからやっと自己紹介をしてくれた。初めて生で聞く声は柔らかく耳をくすぐった。それにしても、私服だとさらに若く見える。バルでも店員が未成年ではないかと酒の提供を渋りそうになっていたが、ヴィクトルの連れでありそれがカツキ・ユウリとわかると、納得したのか何も言わずにワインを用意してくれた。 　当たり障りのない近況報告をして、アペリティフとアペタイザーが済むころには、人見知りと思われるカツキ・ユウリもずいぶんと和んだようだった。 「そうだ勇利、なんか伝えたいことがあるんじゃなかったっけ？」 　それでも、ヴィクトルに促されないとなかなか話を切り出せない様子だった。まだロシア語が拙いので英語での会話だったが、達者に喋っている。やはり、この控えめさは言語ではなく性格のせいなのだなと察する。 「あ、あの、僕実はあなたたたちの弦楽団のファンで。作品はすべて拝聴しています」 　なんと、私たちのことを知っていてくれたという。これには私もパートナーも頬が緩んだ。 「きっかけはやっぱりヴィクトルなんですけど、あなたの曲で滑っているプログラムがすごく素敵で――見た瞬間、当時集められるものは全部手元に取り寄せたんです」 　音楽家稼業も一面的には人気商売だ。好きだと言われることはどんな時でもありがたく嬉しいが、これは格別だ。しかし、彼はヴィクトルよりさらに年下のはずだ。ずいぶんと年若い時に見知ってくれていたものだと、感嘆する。 「デジタルでダウンロードできるようになって、やっと全アルバム揃えることができたんです。ライブディスクも最近手に入れることができて――あ、もちろんヴィクトルのショーのディスクも持ってます！　何度も観ました！」 「もう、勇利！　言ってくれれば俺が全部揃えてあげるっていうのに。絶対に自分で集めるって聞かないんだよ」 「ファンだったら当たり前でしょう！？　ヴィクトルのグッズだってなんだって、好きだったら自分で調べて自分で手続きして自分でお金払って手に入れることのすべてが楽しいの。苦労でも何でもないんだよ？」 「俺のグッズもほんといっつもねだらないよね」 「ファンは、特別扱いされて楽をしちゃいけないの。それを喜んじゃいけないんだ……って、あああ、すみません、なんか勝手なことを言ってしまって……！」 「大丈夫だよ勇利、彼らは身内みたいなものだから。ね、面白いでしょ、勇利って」 　本当に、驚くことばかりだ。ヴィクトルのこれまでの交友関係をすべて把握しているわけではないが、こんなにもやにさがった……もとい、幸せそうにパートナーを見つめ微笑む姿は見たことがない。それに、ヴィクトルにこんなふうに接する人物も。カツキ・ユウリがヴィクトルのことを心の底から愛していることが伝わる。だが、物おじせず、媚びず、容赦がない。そんな彼を目の前にして、ヴィクトルはやはり私の見たことがない表情を浮かべ、まるで初めて恋をした少年のように瞳を輝かせている。 　そして、私の知らない言葉も話すようになった。ご多聞に漏れず私もロシア語以外は英語とフランス語を使えるのだが、ヴィクトルはそこに日本語が加わった。ふとした瞬間に、ごくごく短いが日本語の会話に切り替わったり、日本語と思しき単語が混じったりする。たどたどしくもエキゾチックな言葉を発するヴィクトルも新鮮だ。 　しかし、それよりも、ネイティブであるカツキ・ユウリの日本語の響きのまろやかさには驚かされた。早口で巻き舌も多いロシア語と違い、ゆったりと波間をたゆたうように発せられる言葉の数々は、日本の伝統芸能を味わうかのようだった。ノウ、キョウゲン、カブキ、エンカ――日本文化に対するなけなしの知識が頭の中を通り過ぎる。 　中でも、特徴的な語尾がなんともいえない。 「ネェネェ、ヴィクトル」 　普段から会話は三か国語が目まぐるしく変わるのだろう、特に呼びかけなどに日本語が混じることが多い。 「この料理なんだけど、ちょっと意味がわからない……」 「ああ、これはニシンだ。日本ではあまり食べなかったなぁ」 「ソウダネ、手軽なのはミガキニシンくらいかも」 「俺、それ食べてない！」 「ジャア、今度帰ったらイタサンにお願いしてみようか？」 「ヤッター！」 　柔らかい響き、鼻にかかった甘い声。 「勇利、もう少し食べて大丈夫だよ。どうする？」 「……」 「どうした？」 「今日は特別な食事だから、甘いものが食べたい」 「うーん、そうか……どうしようか……」 「オネガイ。小さくて少ないのにするから。ネ？　ダメ？」 「うう……じゃあ……アイスかパンナコッタならＯＫ。ケーキはダメだよ？」 「アリガトウ！」 　あんなふうにねだられたら、断れる者などいないだろう。気づくと、カツキ・ユウリの魅惑の「ネ」に合わせて、私もパートナーも体がスウィングしていた。ヴィクトルはといえば、鼻の下をキリンのように伸ばしてカツキ・ユウリのために注文をしてやっている。 　ここに至って、私は確信した。私はヴィクトルだけでなく、カツキ・ユウリの音楽プロデュースをしなくてはならないということだ。これは使命であり運命だ。様子見をして駆け引きなどしている場合ではない。彼からの依頼を引き出すより前に、私から申し出なければならない。 　私は、デザートが運ばれ、彼がなんとも美味しそうにパンナコッタを食べるのを確認して切りだしてみた。いつか、君のプログラムの音楽を手がけさせてほしい、と。すると、彼のスプーンを持つ手が止まった。そして、私を穴が開くほど見つめ、続けておろおろとヴィクトルを見て何事かを確認しだした。私はなにか狼狽えさせるようなことを言ったのだろうか――彼は日本語から英語に切り替えられないようで、何を言っているかはさっぱりだ。 「あはは、ごめんね、勇利はあまりにも嬉しいが過ぎるとたまにこんなふうになるんだ」 　ヴィクトルは愉快そうに笑い、愛しげに恋人の背中をやわくたたき、落ち着かせてやった。すると、カツキ・ユウリはしどろもどろになりながら説明をした。 「す、すみません、ちょっとびっくりしすぎちゃって……。あの、ヴィクトルが長い間お世話になっている方で、僕もどの楽曲も大好きでイマジネーションがものすごく広がるので、あこがれていたんです。ヴィクトルと同じアーティストの曲で滑ってみたいって、ずっと思っていたんです。でもそんなのおこがましいって思っていて……」 「日本人って遠慮ばっかりなんだ。俺は絶対に君も喜ぶし、オファーをしたら必ず受けてくれるってずっと太鼓判を押していたんだけど、僕なんかまだ君たちの音楽をバックに踊れるほどのスケーターじゃないとか、おかしなことばかり言うんだ。そんなことないのにね」 　ヴィクトルの言うとおりだ。こんなにアーティストの魂をくすぐるスケーターはヴィクトル以外ではカツキ・ユウリ以外はいないというのに。私とパートナーは、これでもかというほどの賛辞を浴びせた。彼は照れすぎてデザートを食べることを忘れてしまうほどだったが、我々は誉め言葉で洗脳するかのように彼を口説き落とした。 「どうしよう、身に余る待遇で頭が変になりそう。夢かな？」 「勇利、大げさだな！　でも、よかったね。たまにＣＤのジャケット眺めてため息ついてたもんね」 「そういうことバラさないでよ！　恥ずかしいなぁ！」 　照れたり恥ずかしがったり、忙しい青年だ。それにしても、日本人というのはこんなにも控えめではにかむものなのだろうか。奥ゆかしくもあるが、カツキ・ユウリはもっと自分に自信を持っていい。とはいえ、こんなに遠慮がちな彼が、リンクに上がるとあんなにも大胆で稀有な演技を披露するのだから、人というのはわからないものだ。 「ああ、そうだ！」 　すると、ヴィクトルが突然手をたたいた。この顔は知っている。よく知っている。とびきりおもしろい悪だくみを思いついた時の表情だ。ろくでもないこともあるのだが、数年ぶりにお目にかかったこの表情に、私は期待をこめて先を促した。 「君ら楽器持ってたよね？　これから滑りに行こうよ！」 「ちょっとヴィクトル……」 「チムピオーンなら忍び込める場所を三か所は知ってるよ！　さっそく勇利と合わせてみようよ！」 「ヴィクトル、ばれたらヤコフコーチだけでなくて職員さんにも大目玉だよ！？」 「大丈夫だよ、お気に入りのお菓子持っていってハグでもすれば許してくれるって！」 「大丈夫だと思ってるのはヴィクトルだけだよ！　あの、すみません、この人止めてもらっていいですか……？」 　カツキ・ユウリの頼りなさげなたたずまいは大変庇護欲をそそるが、残念ながら私もいたずら好きでお楽しみ好きのアーティストという生き物だ。私とパートナーは、ヴィクトルのアイデアに飛びついた。そして、残っていたワインを一気に飲み干し、カツキ・ユウリにデザートを食べてしまえと急かした。 [newpage] 　あの時の彼の絶望にも似た表情は一生忘れられないだろう。なんて国に来てしまったんだと思っただろうか。こんなふざけた恋人とその友人たちと、これからうまくやっていけるのだろうかと不安になったかもしれない。だが、私は東洋の踊り子に早く私の音楽をぶつけたくてしかたがなかった。 　ためらい続けるカツキ・ユウリを追い立てるように、我ら一行はタクシーに乗り夜のチムピオーンに向かった。ヴィクトルは言葉通り、何か所か試してみて最終的に整氷車ガレージから中に忍び込んだ。もう長い間親しんだリンクだけあって、ヴィクトルはどこに何があるのかを完璧に把握していた。あっという間にリンクインできる状態になり、我々は急いで楽器の準備をすると、ヴィクトルが敷いてくれた滑り止めマットレスの上を歩いて氷の上に乗った。 「うう、絶対こればれるし怒られる～～！」 「諦めなよ、勇利。もうとっくに共犯だ」 「ヴィクトル……恨むよ……」 「いいじゃない、こんな楽しいオイタなら。夢がまたかなうんだよ、勇利」 「ううううー、だから悩ましいんじゃないか！」 　私たちもつい大笑いしてしまう。しかし、時間に余裕があるわけではない。私は何を弾こうか彼らに聞いてみた。すると、ヴィクトルがカツキ・ユウリをつつく。彼はおずおずと、まだヴィクトルも使ったことがない曲をリクエストしてきた。アップテンポの明るい曲で、私は早速パートナーと簡単なアレンジの打ち合わせを始めた。 「勇利、俺も滑るからね」 「え？　え、シングルで？」 「まさか、ペアだよ」 「うそでしょ！？　え、え、どうしよう」 「いつもやってるじゃない。それとも俺が一緒じゃ踊れない？」 「そんなことないよ！　そりゃあ嬉しいけど……初対面の人たちの前で即興でペアはなんか気恥ずかしいというか」 「またそんなこと言って。踊り出したら夢中になるくせに」 「それは否定できないけど……あんまり変なところ見せられないな。緊張してきた、どうしよう」 「勇利、始まる前からそんな笑わせないで！」 　打ち合わせをしている横で飛び交う会話もなんとも趣深い。しかし、我々が準備はできたと伝えると、彼らは一瞬で表現者の顔になり、手を繋ぎリンク中央に向かった。 　まるでずっと前から決まっている振付のようにふたりが組む。第一音から弾けるこの曲に、彼らは少しの遅れもなくついてきた。楽曲を知っているということもあるだろうが、それにしてもとてつもないコンビネーションだった。 　私は演奏をしながら彼らの滑りに釘付けになっていた。最初のフレーズからして、カツキ・ユウリの独特の音感が我々を驚かせた。実際に見てみるとそれはまるで彼自身の魂のリズムのようで、たいそう刺激的だった。人見知りであまり自分を出さない印象だったが、その滑りは自由で奔放で大胆ですらある。 　だからこそ、最初はヴィクトルが合わせて滑っているのかと思っていた。だが、それも違った。確かに彼の滑りは以前と変わった。だが、それはカツキ・ユウリに合わせているわけでも取り込まれたわけでも、ましてや取り込んだわけでもない。ヴィクトルは寄り添っているのだ。ヴィクトルは変質したわけではない。魂ひとつ分、豊かになったのだ。 　よく見てみれば、カツキ・ユウリも寄り添っていた。彼の滑りに、時にヴィクトルを感じることがある。彼はもう十年以上もヴィクトルのファンだったと食事中に聞いた。つまり、私だけでなく、彼もまたヴィクトルを昔からよく知っているのだ。彼の理解するヴィクトルのアーティストとしての表現は、私の解釈とそう変わりはない。ヴィクトルを理解しているからこその、並び立つ理由。そして、説得力。 　彼らのペアスケートは、魂が紡ぎ出す音符をふたりで奏でているようだ。確かに音楽は我々が演奏してはいるのだが、リンク上に広がるのはふたりの世界だ。 　隙のない解釈をするヴィクトルと、独自な解釈をするカツキ・ユウリが融合すると、このような世界が見えるのか―― 　五分弱、我々は音楽とスケートが創り出す極上の空間を共有した。いま、ここで、このメンバーでこの状況だからこそ生まれる、唯一無二の創造的な時間だった。夜の氷の上はこんなにも冷えるのに、私もパートナーも演奏を終えるころには汗だくだった。早鐘のように鼓動が打ちつけ、息が上がる。ヴィクトルとカツキ・ユウリもそれは同じだった。滑走後ということを差し引いても、彼らは興奮していた。 「すっごく楽しかったです！　ありがとう！」 　カツキ・ユウリはまるで本物のショーのあとのようにねぎらいのハグをしてきた。もちろん、ヴィクトルもだ。 「いっそこのまま本格的に振り付けて、次のエキシナンバーにしたいくらいだ」 「それ、いいね。でも次のシーズンのエキシ発注しちゃったもんね」 「ショーナンバーとして取り急ぎくみ上げてみる？　七月に入ったくらいのショーなら披露できると思うよ」 　すると、カツキ・ユウリが真顔で我々を凝視した。つまりこれは、我々の返事待ちということなのだろうか？　そんなものはもちろんＹＥＳだ！　我らは喜んでこの申し出を受け入れた。 　その時、無粋な声がリンクに響いた。いつもと違う時間に明かりがついたので、不審に思った近隣住民が通報したらしい。我々は警官に嫌味を言われながらそそくさとクラブを後にし、大笑いしながら帰途についた。 ＊　　　　　＊　　　　　＊ 　いい夜だった。いま思い出しても、心が躍る。あのあと、我々はすぐさま楽団に話を通し、考えられうる限り最速でアレンジをし、ヴィクトルとユウリ君に音を届けた。七月中旬のアイスショーに特別に招いてもらい、我々は生演奏で、あの夜生まれた世界を日本のファンに届けることができた。日本では生演奏に合わせてのショーは限られた興行でしか実現しないようで、我々はたいへんな歓待を受けた。異国であれほどの数のロシア国旗を目にしたことは初めてだった。ヴィクトルたちも、あのあとフェルツマンコーチにしこたま怒られた甲斐があったと、満足げな表情を見せてくれた。 　そして、今日この日、私の敬愛するふたりのスケーターの結構披露パーティーで、メインの楽団として我々は勤めを果たしている。音楽家として光栄であり、友人として喜ばしい。 「やあ、長い間演奏してくれてありがとう。まだちょっとあるけど、好きなタイミングで飲み食いしてね」 「今日はいろいろな曲を演奏してくれてありがとうございます。オリジナルもいいですが、クラシックやカバーも最高です。まさか日本の曲もやってくれるなんて思ってもみませんでした！」 　ユウリ君のロシア語もずいぶん上達して、我々の会話の幅はさらに広がった。 「みんな好き勝手に踊ってるし、歌いだすのもいるし、ぞんぶんに楽しんでいるようだよ」 「僕たちもけっこう踊ったよね」 「そうだね、かなり汗かいた」 　くすくすと笑いあうふたりは幸せそうで、その様子を見るだけで一曲出来上がりそうなほどだ。私は弦をかき鳴らしたい衝動を抑え、ふたりになにかリクエスト曲はないか聞いてみた。 「勇利はどう？　なにかある？」 「そうだなぁ……じゃあ……」 　少し迷って、ユウリ君はなかなか骨太の要望をつきつけてきた。それは、今までヴィクトルとユウリ君のプログラム使用曲のメドレーだった。だが、我々はプロだ。なによりふたりのためのパーティーにうってつけのプログラムだ。ぜひセンターで踊ってほしいとこちらからもリクエストしつつ、私は「離れずにそばにいて」、「ＥＲＯＳ」、「ＹＵＲＩ　ＯＮ　ＩＣＥ」、そして先月にお披露目したショーナンバーではどうだと提案してみた。彼らは快諾してくれた。 　我々はさっそく、招待客に特別な音楽と踊りが始まることを予感させるような短いフレーズを弾き、注目を集めた。ヴィクトルとユウリ君は手をつなぎ、ショーの始まりのように庭のど真ん中に出る。こうなると、食事やお喋りに夢中だった客たちもいっせいに彼らのほうを向き、大きな拍手と歓声で出迎える。 　我々はいつも以上にアイコンタクトや合図を送りながら、即興のメドレーを開始した。あの有名な「離れずにそばにいて」が流れると、招待客の興奮はすぐに頂点に達した。見たところ、エキシビションナンバーをベースにした振りで踊っているらしい。観客と化した招待客たちは、うっとりしながら見つめている。そして、彼らが出会ってからの曲をこれでもかと情感たっぷりに繋げてゆき、最後に最新のナンバーを弾き鳴らすと、明るい曲なだけに皆も踊り出した。 　彼らの結婚パーティには、これが相応しい。曲が終わるとふたりはショーのように四方にレヴェランスをし、この日一番の拍手喝采を受けていた。 「ありがとう、すっごく楽しかったよ！　こんなふうにもなるんだね、あの曲たちは」 「素敵でした……楽しすぎて頭まっ白です」 　ふたりの謝辞が心地よい。私も、念願の「ＹＵＲＩ　ＯＮ　ＩＣＥ」を弾けて嬉しかった。 「じゃあ、パーティが終わるまであと二十分くらいあるから、徐々に閉会の雰囲気にしてもらっていいかな」 　ヴィクトルがこそりと耳打ちする。そして、さらに続ける。 「来シーズンの競技プロの音楽もお願いすると思うから、落ち着いたら連絡する――もちろん、俺のと勇利のと、両方だよ」 　思わずユウリ君のほうを見る。すると、にっこり笑って頷いた。 　今日はヴィクトルとユウリ君の新しい門出だ。そして、私にとっても夢にまで見た未来が開けた日だ。フィギュアスケートのプログラムの命ともいえる音楽で、私は彼らを支えることができる。だが、いまはひとまず目の前のパーティーだ。そろそろ、暇乞いをしだす客もいる。そんな彼らを、ヴィクトルとユウリ君の愛のリズムをふんだんに取り入れた音楽で送り出したいと思う。 　あまり先のことを考えても詮無いだろう。しかし、思わずにいられない。来年も、再来年も、ふたりが引退してプロスケーターになっても、指導者になっても、私は彼らと彼らの関わる人々に音楽を提供し続けたい。年老いて滑らなくなっても、私は彼らの人生を彩る音楽家でいられたら、こんなに嬉しいことはない。

モブシリーズ第四弾、音楽家のおにいさんです。三十代前半のやせぎすの優男を想像しながら読んでいただけるとよいかもしれません（笑）<br /><br />シリーズ過去作<br /><br />祝福をあなたに（カフェ店員モブ視点）<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7917714">novel/7917714</a></strong><br /><br />祝福のブーケ（花屋のおばあちゃんモブ視点）<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9743879">novel/9743879</a></strong><br /><br />甘い祝福（ケーキ屋のお姉さんモブ視点）<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9860732">novel/9860732</a></strong><br /><br />祝福のシャトーブリアン<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9944728">novel/9944728</a></strong><br /><br />【告知】<br />8/19大阪氷奏12参加します。以下、新刊案内です。<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/70162191">illust/70162191</a></strong>

祝福のメロディ

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10005759#1

〜注意書き〜 この話には、コナンキャラへの厳しめ表現が多数盛り込まれております。 苦手、許容できない方はブラウザバック願います。 熟読後の苦情は受け付けません。 身内以外に目を向けず、自分のしてきた言動、行動が、問題が起きて、自分が大切にしてきたものを押し潰したとき、ソレが如何にハリボテの幻想であったのかを突きつけられた園子が、現実を受け入れる過程で、人間関係の在り方を見つめ直すお話。 何もかもが上手くいっているときは気にもかけなかった他人の自分たちに対する感情が、いいものばかりでは無かったことをやっと実感として理解した話。 子どもは失敗を繰り返して成長する。 手遅れになる前にどうにか出来なかったのかという後悔と、無理だっただろうという諦め。 そんな揺れ動く心を、過去を思い返しながら綴ります。 園子、蘭、新一の出会ってからの関係を、各視点で順に語ります。 タグ、キャプションをもう一度確認の上、納得してからお進みください。 [newpage] [chapter:希望の光に見えていた] これが、、コレがきっと、最初からあるべき、私たちの関係だったのかも知れない。 私と、蘭、新一くんが出会ったのは、幼稚園のとき。 最初に友だちだったのは、蘭と私で、新一くんが後から入園してきた。 蘭が無くした名札のかわりに折っていたものが、サクラだと当てたのが、新一くんと蘭の始まり。 どこにでもいるいじめっ子から、からかわれていた蘭を助けたり、大好きな先生が突然辞めて泣くのを我慢していた蘭を慰めたり、 …なんか、すごくカッコ良かった。 それからかな？ 私たち３人が一緒にいるようになったのは、、 ………と言うのも、鈴木の家は、他の子のところとは全然違って、当時の私はまだよく分かっていなかったけど、子供たち、じゃなくて、その子たちの親から一歩引かれていたの。 …だから、親の様子を敏感に感じ取っていた子たちと、純粋な友だちになることはできなくて、一緒に遊んでいても、なんとなく見えない壁ができていた。 ………そうならなかったのが、蘭、で新一くん。 今思えば、ソレは必然だったの。 だって、、私が欲しかったのは本当の友だちだったから。 お父さまやお母さまについて行ったパーティのときみたいに、鈴木家の子だから、って理由で仲良くしようと来る人なんかじゃない、『園子』をみてくれる友だちが欲しかった。 子どもだから分からなくても、理解は出来てなくても、自分に向けられる目が何なのか？っていうのは、説明できないだけでちゃんと感じているものなのよ。 蘭は素直で純粋だったわ。 私が、初めて友だちになれたことが嬉しかった、友だち。 …新一くんは子どもだった私からみても頭のいい子どもで、ちょっと、ううん、かなり捻くれたガキだったけど、私を『鈴木』とは見なかった。 彼のお父さま、お母さまの経歴からして、私とは違うけど、ある意味同じ境遇だったんだと思う。 普通じゃない私と新一くんは、普通の蘭を挟んで一緒にいることができた。 ……ずっと、私たちを特別扱いしない蘭に救われてたの。 夢中になったわ。 …そしてそれが、多分、間違いの始まり。 蘭が悪かったわけじゃない。 ……でも、あんな風にして一緒にいるべきではなかった。 私が蘭を親友だと言ったことで、わたしの機嫌を損ねたくない大人たちが、蘭を『特別』にしてしまって、それに納得できない子どもたちが、蘭を遠巻きにした。 ときには蘭に絡んで、そのときは新一くんがいつも助けてくれた。 ………普通の子が、あの新一くんに口で勝てるはずがない！ 取っ組み合いになれば、叱られるのはケンカをしていた当事者たちで、 どちらも男の子だもの、カッコ悪い、って理由で、蘭の名前を出すことなんかしない。 新一くんも、直接やり合った子となら、なんだかんだ言って、 『お前やるじゃん！』 って、むしろ仲良くなったりもしていた。 …後ろに庇われて涙ぐむだけの蘭には、新一くんの人気もあってか、女の子たちの視線が厳しいものになっていたけど、 ……私の親友で、新一くんが蘭に頼られることを受けいれて邪険にしないから、新一くんに嫌われたくない、って理由もあって、問題が起きることはあんまりなかった。 ………そんな関係のまま、幼稚園を卒園。 私たちは、揃って同じ私立小学校に入学した。 もうその頃になると、蘭は新一くんにべったりだった。 …当然ね。 だって、何かあれば護ってくれる。 困ったときは手を引いてくれる。 蘭の前にはいつも新一くんの背中があって、新一くんとしても、蘭を護るのは、普通に日常を送るのと同じになっていたんだと思う。 ………私は蘭の味方だったし、、 ……そして、私と新一くん以外の子どもたちと蘭の間に、溝が広がっていたことに気づかなかった。 どんなに拒否したくても、『鈴木園子』は、その家柄による『特別』があって、 有名人を両親に持つ『工藤新一』は、彼自身の聡明さもあって『特別』に見られてた。 蘭は？ 『毛利蘭』は『普通』だった。 『普通』のはずだった。 私たちを『特別』にしない蘭が嬉しくて一緒にいたけど、周囲から見て『特別』の『鈴木園子』と、『特別』の『工藤新一』が、『特別』大切にした『毛利蘭』は、悪い意味での『特別』にされてしまったのだ。 どうしてなんだろう？ どうして、ただ『普通』でいられないんだろう？？ …どうして、、誰もおしえてくれなかったの？ お父さまも、お母さまも、姉貴も、先生も、みんなみんな、、 ……どうして、小五郎おじさまと英理おばさまは、蘭を私たちから離してくれなかったんだろう？ それが出来たのは、蘭の両親である２人しかいなかったのに！ おとぎ話を、語るように、 絵本の中で幸せを掴むお姫様のように、 蘭にとっての新一くんは、きっと自分を迎えにきてくれる、白馬の王子様、だった。 私は、シンデレラを助ける魔法使いかしら？ ………子ども、だったから、誰かが指摘しなければ、自分以外のことを認識することが出来なかったの。 私たち３人の世界は、そういう、色んなことを知る前に完成してしまった。 …でも、外の世界は違う。 現実の中では、私たちの作り上げた世界の方が矮小で、１番仲が良かったのは本当だけど、３人だけじゃない人間関係があり、生活があった。 蘭は、自分の王子様な新一くんのことが、側からみてても好きなのが丸わかりで、新一くんもそんな蘭を大切にしてた。 新一くんのお母さま、有希子さんは、蘭のお母さまの親友で、英理おばさまが家を出たあとは、私より思い入れのある蘭をことさら可愛がったわ。 ……私もそれで満足だった。 そのときの私は『鈴木』のこともあって、純粋な好き嫌いで隣にいる人を決められるとは思ってなかったから。 お父さまとお母さまがいる『大人の世界』が、ときどき私を現実に引き戻した。 ………笑みの向こうに媚びを含ませた、たくさんのオトモダチが、、 …２人の関係が眩しかったわ。 そしてそれを護りたかった。 ……『理想』の象徴だったの、２人が。 ２人がずっと一緒にいられるように、何かにつけて側にいるように立ち回り、新一くんに好意を寄せる子がいれば、それとなく諭して諦めさせた。 新一くんは素直じゃないから言わないけど、蘭のことを想ってるって！ 新一くんと蘭は両想い。 男の子と女の子の幼馴染みがいつも一緒にいて、お互いを想いあってる。 同じ幼馴染みの私がそれを肯定して、ソレはクラスを飛びだして、暗黙の了解になった。 からかわれて、 『そんなんじゃない！』 と否定しても、蘭も新一くんも、お互いのことを“嫌い”とは絶対言わなかったし、私も全力でフォローした。 喧嘩するほど仲がいい？ そんな感じのやりとりばかりしていて、どうにかして間に入りこみたそうな子たちの牽制にもなっていた。 …だから、かな？ 自由奔放に飛びまわる新一くんの側を離れたくない蘭が、だんだんとその行動を制限しようとするようになったのは、、 男の子特有の、秘密の探検。 女の子である蘭や私を仲間には入れないで、男友だちだけで出かけようとした。 私たちが無理矢理ついていったせいで新一くんが叱られた、と後から聞いたけど、そのときは、仲間はずれにしたほうが悪い、と自分たちが被害者だと、本気で思ってた。 ……有希子さんからそう聞いたから。 当事者だった新一くんや、私たちとはあまり話すことのなかった新一くんのお父さまがどう思っていたのか、なんて考えもしなかった。 新一くんと蘭、という微笑ましいカップル未満のカップルを、１番に応援していたのは私だったけど、新一くんのお母さまである有希子さんも、私と同じくらい、いいえ、それ以上に２人の関係を認めてた。 思春期に入り、中学生になっても寄り添う２人を確認して、蘭を将来息子のお嫁さんに、って口に出すくらいには、祝福してた。 今でいう『肉食系』？ そんな子たちが、じれじれしている２人の間に割り込もうとしたり、どんどん可愛くなっていく蘭に好意を寄せる子たちが団結して、２人をやんわりと離そうとしたり、学年が上がっていくにつれて増えていく、私からすれば悪意があるとしか思えない数々の問題を解決するためにしたのが、 『工藤新一と毛利蘭は夫婦である』 という揶揄い。 ２人の、最高の理解者と思われていた『鈴木園子』が言うことで、ソレは瞬く間に子どもたちの認識として定着した。 『工藤新一』や『毛利蘭』、あわよくば友だち以上に、という想いを持って、個人個人と仲良くなりたかった人たちの鬱憤に蓋をしたまま。 新一くんの隣には蘭を、と思っていた有希子さんは、 『女の子には優しくしてあげなくちゃ！』 って新一くんを教育してたけど、あの言葉の『女の子』は、大勢いる『女の子』じゃなくて、『蘭』のことだったんだと思う。 新一くんがそのことで叱られることの大半が、『蘭』に対する態度にあったから。 ２人に影響力を持つ誰も彼もが『工藤新一』は『毛利蘭』のもので、『毛利蘭』は『工藤新一』のものになるよう行動してた。 言葉で、行動で、外堀を埋めていった私と有希子さん。 静観し、口を出さなかった新一くんのお父さま。 蘭を放って出ていった英理おばさま。 新一くんに文句を言いつつも、２人だけでいることを咎めず、今から思えば、育児放棄と断言されるくらい、有希子さんに蘭の面倒を押しつけてた、小五郎おじさま。 有希子さんも嬉々としてお世話してたけど、『普通』の家庭から見たら、アレは異常と思われても仕方ない。 幼くても男の子は男の子で、女の子は女の子。 特に女の子は、男の子より、その友だち関係は複雑だ。 親同士が親友の間柄でも、片方に世話を丸投げするのはおかしいし、それを受け入れて実子より優先するのもおかしい。 収入に不安のないことこそが災いしたのね。 一度ならまだしも、蘭が当たり前だと認識するくらいに、費用を工藤家持ちにして旅行などに連れまわしたのは、確実に蘭を『普通』から遠ざけた。 蘭は素直すぎて隠すことなんてしないから、新一くんと行った旅行のことを学校で聞かれるままに話したし、当時の私は、その『特別』こそが、２人の関係を強固にするものだと思って咎めなかった。 ………どんなに悔しがっても、２人の間に入れる隙なんかないのだと。 胡乱げな顔で蘭を見るクラスメイトの視線が、昔のように、２人のどちらかと良い雰囲気な関係になれない故の嫉妬だと、信じて疑っていなかった。 『やっとあの女から解放されて良かったね、鈴木さん、 ずっと工藤くんが優しいのにつけ込んで、色々集ってたんでしょ？ 工藤くんの親にまでうまく取り入って、ひとんちのお金で豪遊してたって有名だったもん！ これ買ってもらった、あれ買ってもらった、ここそこに旅行に連れてって貰った、次はどこそこに行きたいって言ったらOKしてくれた、って自慢し放題、 あんなことするの許してた親も親だけど、普通に考えたらおかしいじゃん？ だって他人のお金だよ？ 親からもらうお小遣いとかの金額考えたらわかることじゃん？ 毛利さんちは普通の一般家庭なんだしさ？ それわかってやってんだもん！ 相当図太くて性根の悪い悪女だよね(笑) まあ、外見で騙されてる子もいたみたいだけどさ？ まともな神経持ってたら関わりたくない部類の人間だよ、 いつカモにされるかわからないし、、 いなくなってくれて良かった、 工藤くんに飽きて、鈴木さんに被害がくる前に関係切れてよかったよ！ セレブ妻になって次に必要になるのは、セレブ妻どうしの横の繋がり、 鈴木さんが狙われるのは必然だったもん、 友だちになるのに家は関係ないけどさ、 だからって、自分が相手のお家と同じようになれる、って思うのはおかしいよ、 みんな心配してた、 工藤くんや鈴木さんが猫っかぶりに騙されてる、って！ ……ホント、早めに本性出してくれたおかげで、これからマトモな学生生活が送れるね！』 って言われて、私が揺るぎないものと思っていた未来が、世間からみて、如何にくだらない砂上の楼閣だったのかを突きつけられた。 嫉妬ももちろんあったとは思うけど、言葉のどれもこれもが正論で、ただ私が、目を背けていただけだったのだと気づかされたの。 物語では、王子様とお姫様が幸せに暮らしました。 で終わるけど、 その王子と姫が住む城を支えているのは、名前さえ出てこない、大勢の国民。 私たちは、自分たちに都合のいい幸せを実現することに精一杯で、それ以外を意図的に除外し排除していた。 その結果が……、この結末。 登場人物が私たちだけじゃない世界では、私たちだけのことを考えた幸せを実現することなど、決して出来なかったのだ。 新一くんが蘭のことを好いていたのは、嘘なんかじゃない。 蘭が新一くんのことを好きだったのも。 でも、 そこに至った過程は、とても歪で、 その選択肢以外を許さなかった私や有希子さんの根回しと、 蘭が“空手”という武道を会得したことで、元から押さえつけられ気味だった新一くんの意思が、“夫婦のじゃれあい”という名の脅しによって、もっと見えなくなった。 ………新一くんが、蘭の意見を全て聞くことが当然だと、私たちが周囲に絶対のものとして定着させてしまっていたから。 その御輿に乗せられ続けていた蘭は、それこそが当然だと振る舞った。 ……当たり前だわ。 『鈴木』という後ろ盾を持つ私がしたことですもの。 親からの忠言を聞かされていた子もいたはずよ！ 『鈴木』に目をつけられるようなことはするな、って。 有希子さんの蘭に対する扱いも、きっとソレに拍車をかけた。 だから、みんな口を噤んだの。 蘭を心の中で罵りながら、、 私と新一くんは、最初から『特別』だったが故に、それらを免れてしまった。 自分たちとは住む世界が違うから って。 だから、本来なら分散されるはずの鬱憤全てが、同じ世界に生きる『普通』の『毛利蘭』に過度な嫉妬とともに降りそそいで、どうしてそんなことを言われるのか理解できなかった蘭は、生来の素直で純粋な気性のせいで、言葉を選ぶこともできず、自分を不利な立場へと追いやっていった。 自分の言い分を全て肯定して、願いを叶えてくれるはずの新一くんが、首を横に振る。 そんな新一くんを諌めてくれるはずの有希子さんが、蘭の言葉を否定する。 何も言わずに見守ってくれていた優作おじさまに拒絶され、 私も、蘭の主張を間違いだったと指摘した。 ……小五郎おじさまは、説明して理解さえすれば、元が警察官だったこともあって、蘭の味方をすることはなかったし、 私の両親が何も言わなかったのは、私や『鈴木』が被害に遭っていなかったから。 ………それも時間の問題だったらしいけど、、？ 教師の方々はともかく、おおっぴらにしていなかっただけで、私や新一くんとつるんでいた蘭に、嫌悪を超えた悪感情を持っていた生徒も少なくなかったせいで、誰も蘭の庇護をしなかった。 ここにはいられなくなったけど、新一くんが上手く立ちまわったらしく、蘭は学区の離れた公立校へ。 事件の被害状況や、年齢も鑑みて、前歴はなし。 小五郎おじさまが最後まで蘭を諌めたせいで、 わかってくれないお父さんなんか知らない！ と、別居している英理おばさまのところへ引き取られたみたい。 ……離婚にはならなかったらしい、けど、 通称だけでも、『妃 蘭』にするほうがいいかも知れない。 ……………もう、関わることはできないけれど、、 ごめんね、蘭。 私にとって、蘭は大切な幼馴染みで、大切な友だちで、もう言えないけど、大切な親友だった。 今でもそう。 …でも、二度と口にすることはない。 私は、『鈴木』園子だから。 将来どうなるかはわからないけど、『鈴木』として、多くの社員を抱える企業を持つ私の家は、個人の感情で動けないこともたくさんあるの。 どんなに大切だと思っても、それが有害になるのなら、切り捨てなければならないときがある。 蘭、蘭、ごめんなさい、蘭。 私がヨイショしかしなかったから、蘭は素直で純粋なままでしか成長できなかった。 蘭に対する攻撃の全てを、私と新一くんで処理してしまったから、きっとこれから、ソレに対処する術を今から学ばないといけない。 互いの妥協点を、話し合いじゃなく、空手で脅すことを咎めなかったから、人間関係の構築に苦労するわ。 アレは、新一くん限定だったはずだけど、周囲は否定しなかったもの。 新しい環境で、様々な意見が飛び交う中に放り込まれたら、頷いてくれない誰かにその先が向かうかもしれない。 恐いよ、私たちから離れただけで、幸せになってほしくてしてきた全てのことが、蘭の未来に暗い影を落とすかもしれない想像しかできなくて、、泣きたくなった。 ……蘭がいなくなった後、私には、私の『特別』に一線を引いたうえで、『園子』を見てくれる友だちができた。 『鈴木』のことを詮索しない、でも、愚痴があれば聞くだけは聞いてくれたり、 そのことは口にしない方がいい といった、忠言をくれる友だちが。 ………蘭との関係も、こうあるべきだったね、、 何でもかんでも言いあえる関係は、それだけを聞けば、隠しごともなくてステキだけど、何気ない一言が大きな失態に繋がる世の中だもの。 『鈴木』を背負うことになるかも知れない、『私』が築く関係としては失格。 もっと早くに気づきたかった、、 ……………たとえ、幼すぎて無理だったと言われはしても、、

この話には、コナンキャラへの厳しめ表現が多数盛り込まれております。<br />苦手、許容できない方はブラウザバック願います。<br />熟読後の苦情は受け付けません。<br /><br />シリアス傾向。<br /><br />園子が過去を振り返って、自分の想いと現実との齟齬を見つめ直すお話。<br /><br />タグ、キャプション、注意書きを読んでから、続きを読み進めるかどうかの判断をお願いします。<br /><br />詳しくは注意書きをご覧下さい。<br /><br />2018年08月18日付の[小説] デイリーランキング 59 位に入りました。<br />2018年08月18日付の[小説] 男子に人気ランキング 79 位に入りました。<br />2018年08月18日付の[小説] 女子に人気ランキング 7 位に入りました。<br />2018年08月19日付の[小説] デイリーランキング 49 位に入りました。<br />いつもありがとうございます。

【モブっ子幕間】綿菓子の国に野生の雨が降る side,園子

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やあやあこれなるは！ 前世はモブ！今世は耽美系美人♂！ 天宮武路なりー！！ 「わぁー！お兄さんの絵、どれもきれいー！」 「ほんとだ！にいちゃんすげぇ！」 「すごくうまいですねー！」 「ふふ、そんなに褒められると照れるなぁ」 はい！みなさんもお察しになったでしょう！ そうです！俺はいま！ 少年探偵団の皆といます！ どうしてこうなった？！！！ たしかにね？ 今日は締め切り間近の原稿もないし、絵の依頼もきてないから、久々に思い切り羽でも伸ばそうとしたわけですよ！ 部屋に引きこもりっぱなしはダメだー！って怒られたばかりだし？ だから散歩と日光浴がてらに、ちょっと遠めの公園に来てたんです。 そんでちょっと疲れたから、良い感じに木陰になってるベンチに座って休憩してたんです。 ボーッとするのも良いけど、周りの人を見てると…なんというか……ムクムクっと、創作意欲が湧いてきたので、いつも持ち歩いてるスケッチブックに思うまま描いてたわけです。 あーやっぱり絵を描くのって楽しいなぁー！湧き出てくる創作意欲に任せて、絵を描くことの出来る素晴らしさ！俺、いま、しあわせ！！ なーんて、テンション上がりつつニヤニヤしながら、絵を描くことに集中してたわけです。 そしたら、スケッチブックに影がかかってですね？ 最初は、通行人かな？と思って気にせずにいたら、その影は動かないし、心なしか視線を感じたのでね？ んん？？？となって、パッと顔をあげると…… 「おめぇ絵描くの上手いなぁ！」 「ほんとだー！」 「キレイな絵ですねぇー！」 「……ﾌｧｯ」 口のきき方がなってないおにぎり頭 笑顔の眩しいカチューシャ少女 三白眼のポロシャツ少年 少年探偵団が、そこにいたんです。 [newpage] あれから、俺のなにが気に入ったのかわからんが、彼らのリクエストに応えるがまま絵を描いていた。 なんだかんだ言って、俺自身も楽しんで描いてたんだよね！子供の発想力って凄いよ！ それで気がついたら、いつの間にか集まってきていた他の子も含めての、アスファルトお絵描き大会にまで発展していた。 俺自身も楽しんで思うがままにお絵描き大会に没頭してしまった。 バカ！俺のバカ！ 「やっちゃったなぁ……」 というか、この色とりどりのチョークはどこから持ってきた？ そして俺はなぜ疑問に思わずに描き続けていられたんだ？ 本当にバカなの？アホなの？ 「圧巻だな……」 「貴方の知り合いが、これほどまでとは思わなかったわ……」 「武路さん、すごいだろ？」 「えぇ」 そして、いつの間にか隣にはコナンくんと哀ちゃんがいて、なにやらこしょこしょ話し合ってる。 小さくてまあるいフォルムが二つ、身を寄せあって話してる可愛い……じゃなくて！気付けよ俺！ 「コナンくん！居たんだね、気付かなかったよ」 「えっと、武路さんと歩美ちゃんたち、楽しそうにしてたからさ！」 「気を使わなくてもよかったのに……コナンくんも描いてみる？」 「え？！う、ううん、大丈夫！」 うーん残念！ 音痴と噂のコナンくんのことだ、絵のセンスはどうなのか見てみたかったのに！ でもたぶん、あの焦りようだと、そっちのほうもあんまりなのかな？やばい、ちょっと見てみたい……。 というか、そろそろその隣の美少女のこと紹介しておくれよ！俺の前世の、推しの一人である、彼女をさ！ 「それはそうと、コナンくん。君の隣の可愛いお嬢さんは？」 「え？あぁ、彼女は…」 「灰原哀よ。江戸川くんのクラスメイトなの」 「哀ちゃんかぁ。天宮武路といいます、よろしくね」 目線を二人の高さに合わせるためにしゃがみ、微笑みかける。 うん、噂にたがわず、クールビューティーでプリティーな美少女だね！ ん？待てよ？ ここ哀ちゃんがいるってことは？ もしかしなくても…… 「おや、コナンくん？奇遇ですね、こんなところで会うなんて」 「あ、沖矢さん！こんにちはー！」 ですよねーーー！！哀ちゃんいるところ、貴方がいないわけないですよねー！！ 細めた目にこんなにもドキドキするとは思わなかった。決して、決っっして！トキメキからくるドキドキではない。 どちらかというと、緊張と絶望からくるドキドキである。 「えーっと、コナンくんの知り合い？」 「うん！沖矢昴さんっていうんだよ！新一兄ちゃんのお家に居候してるんだぁ！」 「初めまして、沖矢昴といいます」 はい先生！俺、知ってます！ 実は中身が赤井秀一だということもしってます！ でも、そんなこと口走ろうものなら、俺の人生が／(^o^)＼ｵﾜﾀになるので、口が割けても言いません！ 「こんにちは。天宮武路といいます」 「天宮……もしかして、画家の天宮武路さんですか？」 「え、よくわかりましたね？」 ﾋｪｯ、FBIに顔と名前を覚えられてる！おそろしや……！どうせ…どうせ調べたんでしょ！！俺、知ってるんだから！ でも、わざわざ「画家の天宮武路」を知ってる風にするなんて、少し驚いた。どちらかというと、メディアで話題になるのは「小説家の天宮武路」なのになぁ？ まぁそもそも人見知りの隠れコミュ障の俺は、あまりメディアに顔を出さないから、話題という話題にもならないだろうがな！ 「あそこに描いてある桜の絵が、最近行った天宮さんの個展の絵にどことなく似ていたので、もしかすると……と思いまして」 「え！！個展に来てくださったんですか…！ありがとうございます！」 うぇっ？！個展に行ってくれたの？！ なにそれ嬉しい！嘘でも嬉しい！ 個展の存在を知ってること自体が嬉しい！ 嬉しさから思わず、へにゃぁ、と笑ってしまった。気恥ずかしくて照れてしまう。顔が赤くなっていくのがわかったので、両手で頬を隠す。 あっつ！顔、あっついぞ！ 「うわ、うわぁあ…俺の個展に来てもらえるなんて……なんだか光栄だなぁ」 「ｯ！」　 そんなに息飲のむほど驚かなくてもよくない？( ´・ω・｀) しかも何気にコナンくんと哀ちゃんもビックリしてるやんけ…。 なんなのさ…お耽美顔に似合わない笑い方してることぐらいわかってるもん…。 泣くぞ……。 「…………そんなに謙遜しなくてもいいじゃないですか。作品の一つ一つに思いが込められていて、とても感動的でしたよ」 まぁー！聞きました奥さま？！ 感動的ですって！お世辞でも嬉しい！ さっきの涙もふっ飛ぶほど嬉しい！ そんなオタク心です！ 「ふふ、ありがとうございます」 「おーい！お絵描きのにいちゃーん！」 「なんだかこのおじさんがお話したいんだってー！！」 「おじさんじゃないですよ歩美ちゃん！この公園の管理人さんだそうですよー！」 やばい！結構な広範囲にお絵描きしちゃったからかな？！怒られる？！ 「えっ！？やばっ！す、すみません沖矢さん、俺ちょっと行かないと！じゃあね、コナンくん哀ちゃん！」 　 そう早口に３人に挨拶して、慌ててそちらに向かった俺は、そのあとの３人の会話の内容を知らない。 「……ビックリした。彼ってあんな風に笑えるのね」 「……毎回、あんな感じで不意打ちでくるんだよ…」 「なんというか……良い意味で、ギャップのある方ですね？」 「そのうち、トチ狂った過激なファンの犯罪とかに、巻き込まれたりしないかしら……」 「……なんだそれあり得そう。武路さん、危機感が仕事しないときあるからなぁ」 「……博士に防犯グッズの製作、頼んでみるわ」 [newpage] 主要人物遭遇の嵐に泣きそうなオリ主 本日のコーディネート ・少し大きめの白い襟つきシャツ ・黒スキニー ・紺のスポーツサンダル ・チャン○オンのキャップ ・マ○ハッタ○ポーテージのメッセンジャーバック 久々に仕事がない日だったにもかかわらず、気分転換しにいった公園で主要人物たちと遭遇し倒れそうになった。事件が起きないかガクブルしてた。 子供たちとお絵描き大会したり、哀ちゃんに出会えたりしたので、なんだかんだ楽しく休日過ごせた。 なかなかの広範囲にまでお絵描きしてしまったので、公園の管理人に怒られる！と思ってたら、感謝された。なぜ？ むしろ、定期的にお絵描き大会を開いてほしいとまでお願いされた。いや、だからなぜ？！ 自分がプロの画家だということをよく忘れる。 哀ちゃんの発言により《過激な一部のファンによる犯罪に巻き込まれる》フラグが……。 縮んだ名探偵 オリ主が、少年探偵団と一緒に楽しそうにお絵描きする様子を見て、「この人もフツーの人なんだな」と改めて実感した。なにせ、外見が稀に見る美人さんなんだもんね…。 でも、お絵描きっていうレベルを越えたオリ主の絵には戦慄した。オイオイ…これが落書きだっていうのかよ……。 今度、オリ主の個展に行ってみようか考え中。 縮んだ天才少女 オリ主の描きあげた落書きのレベルが圧巻すぎて、ビビった。そして、はじめてみるオリ主の美貌にもビビった。 でも顔には出ないポーカーフェイス。 少年探偵団と楽しそうにお絵描きしたり、へにゃっと笑ったりするオリ主を見て、あっさり警戒心をとく。むしろ危機感が無さそうなのを心配する。 とりあえず、阿笠博士に強力な防犯グッズの製作を頼むことにした。 夏場でもタートルネックな彼 実は、ちゃんとオリ主の個展に行っていた。なんなら、感動したという言葉も事実。 正直いって、泣いた。 感涙とはまさにこの事か……。 画家としてのオリ主は、結構前から認知していて、もともと興味はあった。今回、偶然にも会うことができて嬉しい。 それにしても……落書きレベルであれだけ描けるとはな……。本気を出して描いた絵が、あんな風になるのは頷ける。 お粗末さまでした。

※捏造<br />※コナン夢<br />※誤字脱字<br />※なんでも許せる方向け<br /><br />上記にご注意を。<br /><br />連投ですみません。<br />今回は短め？<br /><br />ほとんどオリ主の語り<br />脳内が騒がしい系オリ主<br />でも表には微塵も出てこないオリ主<br /><br />そろそろ爆処コンビとかスコッチさんとも絡ませたい。あと怪盗キッドとかも。<br /><br />恥ずかしくなったら消します

耽美系美人♂になった俺の話４

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鬱：煙草やめて早2時間が経過してんけど死ぬかも知れん コネシマ：アホか、俺なんて5時間やぞ シャオロン：馬鹿野郎、俺は10時間や エーミール：え、何故皆さん禁煙を？ コネシマ：総統室で煙草吸ってたらトントンが激怒して1週間の禁煙言い渡された 鬱：俺は書類間に合わんくて上に同じく シャオロン：俺はシャベル振り回してたら手からすっ飛んでトントンの私室の窓ぶち割って上に同じく エーミール：自業自得wwwwwwwww コネシマ：エーミールも一緒に禁煙するか？ シャオロン：ええや〜ん 鬱：ナイス提案〜〜 エーミール：というより皆さんちゃんと守ってるんですね、こっそり吸うタイプだと思ってました シャオロン：エミさん良く考えて シャオロン：それがトントンにバレたらどうなるかを エーミール：リアルの方の首が飛ぶ(名推理) 鬱：大正解〜〜！！ コネシマ：天才かよ エーミール：可哀想過ぎるでしょ 鬱：エミさんはええ子やからこの恐ろしさが分からんかも知れんけど気をつけや エーミール：あ、でも私この前指詰められかけましたよ シャオロン：指を！？ コネシマ：詰められかけた！？ 鬱：こわっ！！ 鬱：何してん！！ エーミール：四肢が吹き飛ばない程度の地雷仕掛けまくったらめっちゃ怒られました 鬱：あれお前かい！！！！ コネシマ：俺それで吹っ飛んで頭打って気絶したわ！ シャオロン：グルッペンがショートケーキ塗れになってたのはそれのせいか エーミール：もう一回やりたいんですけどねぇ… 鬱：こいつ反省してねえ！！！ コネシマ：頼むから敵地でやってくれ… シャオロン：エミさんて無邪気にエゲツないことするよな エーミール：皆さんに比べたら可愛いものですよ コネシマ：どう足掻いても俺らの方が可愛いやろ シャオロン：そうよエミ子。身の程を弁えなさい シャオロン：大先生子もそう思うわよね？ 鬱：どこに子付けとんねんwwwwww シャオロン：そう思うわよね鬱子 鬱：え、ええ、そうね、エミ子はちょっと過激過ぎるのよ 鬱：もう少しお淑やかになりなさい エーミール：分かったわ、次は数を減らしてみるわね 鬱：数の問題じゃないわよ！！！！！！ コネシマ：あなた何も分かってないわね！！ シャオロン：これだからエミ子は！！！！！ エーミール：威力を落とす…？ 鬱：威力の問題でもないのよ！！！！！ コネシマ：それを止めろって言ってるの！！ シャオロン：これだからエミ子は！！！！ エーミール：wwwwwwwwwwwww 鬱：楽しんでんじゃないわよ！！！！！！！ エーミール：じゃあ皆さんが忘れた頃を見計らいますね コネシマ：エミ子やべぇ シャオロン：メンタルダイヤモンドかよ 鬱：どうなってやがんだ コネシマ：次こそ指詰められんぞ エーミール：話し戻しますけど、皆さん禁煙中は何で我慢されるんです？飴とかですか？ 鬱：飴なあ 鬱：今は飴で我慢しとるけど正直明日辺り、暴れ散らしてると思うわ シャオロン：俺は今すぐにでも暴れたいけどな コネシマ：あ！じゃあイライラしたら俺らで手合わせとかどうや？ コネシマ：少しはマシになるやろ！ 鬱：ええやん シャオロン：ナイス提案 エーミール：流石コネシマさんです 鬱：エミさんも交ざる？ シャオロン：巻き込みやんwwwwwwww エーミール：？もちろんそのつもりですが… シャオロン：え！？ コネシマ：エーミールも交ざんの！？ 鬱：冗談で言うてんけど… エーミール：あれ？言ってませんでしたっけ？私も禁煙言い渡されてるんですよ エーミール：因みに5日目です 鬱：そうなん！！？？ シャオロン：指の代わりに煙草禁止されたんかwww コネシマ：5日目！！？？！？ コネシマ：死ぬやんけ！！！！ エーミール：今私の部屋死ぬほど飴ちゃんありますよ… 鬱：飴おじさんや… シャオロン：飴ミール… コネシマ：あとで集りに行くわ エーミール：まあ、後2日我慢すれば解禁なので、頑張ります エーミール：とりあえずどなたか今からでも手合わせお願い出来ませんか？ 鬱：仕方ありませんね、2時間の私がお相手致しましょう コネシマ：いやここは5時間の俺やろ シャオロン：どう足掻いても10時間の俺しかおらんやろ エーミール：ふふ、120時間の私に勝てるとでも…？ エーミール：良いでしょう、三人共お相手致しましょう コネシマ：本音は？ エーミール：鬱さんで 鬱：一番弱い俺選んでんちゃうぞwwwwww シャオロン：ふざけんなwwwwwwwww エーミール：だって私そんなに動けないですし… コネシマ：じゃあその隣でシャオロン俺と手合わせしよや シャオロン：ええけどさwwww 鬱：暴れるか〜〜 エーミール：ですね〜〜 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ エーミール：深夜3時に暴れ回ったせいで4人共更に禁煙1週間追加されたのヤバすぎません？ 鬱：どうやって死ぬ？

ギャグです。<br />ご本人様とは一切関係ありません。<br />問題があれば下げます。<br /><br />今回短めです〜〜<br /><br />グル「俺のショートケーキ…」

禁煙

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　降谷零という男の存在は、風見裕也にとって、まるでこの世ならざるものだった。 　整った美しい見目をして、研ぎ澄まされた頭脳と鍛え抜かれた肉体を武器に、強大な正義に身を投じるその姿は、気高く、眩しく、恐ろしささえ抱かせるものだった。 　風見は、彼の背中を、いつも遠くから見つめていた。 　そうして降谷の背後に従順に控える風見を、忠実な番犬のようだと揶揄したのは誰だっただろうか。 　＊ 　数か月前、ついに世界各国の政府情報機関がその全容を追い続けたとある犯罪組織が壊滅した。 　当初、各国の機関で独自に捜査が進められていた案件だったが、各機関の協力なくして組織の壊滅はなし、と満場一致で合意し、合同捜査本部が結成された末の悲願の達成であった。 　そうそうたる顔ぶれの協力体制は前代未聞、本来ならば歴史に残る大事件であったはずだ。 　しかし、一国家にとどまらず全世界の未来をも脅かしたかもしれなかった組織の存在は、これまでもこれからも決して表沙汰にはならない。事件に関わったごく一部の人間の記憶と、各機関の機密データにのみ、ひっそりとその存在と事件の顛末が記録される。それが国を守るということだった。 　＊ 　風見裕也は放心していた。 　庁舎の喫煙室の隅でひとり、煙草を懐から取り出しもせず、ただ漫然としてベンチに座りこんでいた。 　警視庁公安部所属、組織壊滅に向け結成された捜査本部の一員でもあった風見は、この数か月間ひたすらに事件の後処理に追われ、寝食も忘れ忙殺される生活を余儀なくされてきた。 　しかし本日、ようやく目途が立ったのだ。今日はこれから久しぶりに自宅へとまともに帰宅できる。だというのに、風見は未だ帰途につかずにいた。 　次から次へと舞い込んできては山を作る仕事の数々。何も考えるな、とにかく手を動かせ。目の前の山を片づけることだけに集中しろ。この数か月、ずっとそういう状況に身を置いてきた。それは逆を言えば余計なことを考えずに済んだ時間であり、風見にとってある意味では僥倖でもあった。 　そして今、ようやく訪れたまともに息をつける時間は、必死で目を背けようとしてきたものに向き合わざるを得ない拷問とも言える時間だった。 　睡眠も栄養もろくに足りていない回転の鈍った頭にはさまざまな光景が浮かんでは消え、風見の心を乱した。 　組織壊滅の決定打となったあの日。 　あのとき見た光景が、あの瞬間からずっと、風見の胸の内にこびりついて剥がれなかった。 　あの日、幹部の捕縛に成功し、あとは各地にある組織の拠点を抑えるのみとなったとき、事件は起こった。 　組織が日本国内に保有する施設のうち、メインとなる都内のある研究所施設に爆弾が仕掛けられていることが幹部の一人の口から語られたのだ。 　組織が秘密裏に進めてきた、世の理を根底から覆しかねないとある研究。そのデータを、研究所内に在する数多の研究員に加え、近隣の一般市民までもろとも吹き飛ばしてくれようという、彼ら組織の最後の仕掛けだった。 　証拠となるデータをすべて消されてしまっては彼らが重ねてきた罪を正確に裁くことができない。何より、多くの人命がかかった事態を食い止めようと、捜査本部は現場へと急行した。 　結論を言えば、最悪の結果となるやもしれなかった事態は、ある三人の男たちの暗躍により、ほどなく収束した。 　風見の上司でもある警察庁警備局警備企画課所属、降谷零。米国は連邦捜査局所属、赤井秀一。そして、まだ年端もいかない子どもであるはずの、江戸川コナン。彼らの存在なくして、研究所爆破事件の収束はおろか、組織の壊滅は達成されなかったであろう。 　ふと、人の気配が近づいてくるのがわかった。 　この喫煙室は庁舎の最上フロアの一番端に存在しており、訪れる人間は限られている。しかしその限られた人間の大半を占める風見の同僚たちは、今日はもうすでに帰宅しているはずだ。ましてや今の時刻は二十二時を回ったところである。心当たりのある同僚以外で、この時間にこんな端に存在する喫煙室を訪れる人間はめずらしかった。 　はて、いったい誰が。風見は少し身構えて、喫煙室のただひとつの出入り口であるガラス張りの自動ドアを見やった。 　そしてすぐにガラス越しに見えた姿に、緊張は保ちつつも多少の警戒は解いたのだった。 「やあ。こんなところで会うとは」 「それはこちらのセリフです。赤井捜査官」 　スイッチ式の自動ドアを開いて室内に入ってきたのは、連邦捜査局捜査官、赤井秀一。先の事件において、合同捜査本部の一員であり、最大の功労者のひとりでもある男だ。 　なぜ赤井がここにいるのか。浮かび上がった疑問を、風見はすぐに頭の中で握りつぶした。 　組織の壊滅後、今日まで風見が奮闘してきたように、赤井もまた後処理のためにしばらく国内に留まっていたことは知っていた。こちらとの調整のために何度か警察庁ないし警視庁内に足を運んでいたことも把握している。風見が対応した案件もあった。だがそれだけだ。風見が対応する案件の外で、赤井が何をしているのか。誰と、何を話すのか。風見はそれを知るべき立場にない。 「君の上司に呼び出されてな。夕方から五時間会議室に缶詰めだ。なかなか参った」 　あえて聞くまいとした風見に気づいたのか気づかなかったのか、赤井はこともなげにこの場にいる理由を口にした。 　赤井の言う君の上司とは、誰を指すのだろうか。 　誰であったとしても、風見は今日、赤井がここに呼び出されたという話を聞かされてはいなかった。当然のことだ。風見が知るべき立場になければ、どの上司だって、どのような仕事の話にしたって、わざわざ話しはしない。 　風見の脳裏には遠い背中が浮かんでいた。 「遅くまで、お疲れさまです」 「それこそこちらのセリフではないのか。君、ずいぶんとひどい顔をしているぞ」 　赤井が手に持っていたペットボトルを風見の頬に押し当てた。頬に感じた冷たい温度に驚いて、思わずそのペットボトルを両手でつかむと、そのまま引き渡されてしまう。 「水を買ったつもりだったんだがな。よく見てみれば、その透明度でどうも甘いジュースらしい。俺には苦手な味だ。よかったらもらってくれ」 　赤井はそう言いながら、風見から人一人分の間をあけて同じベンチに腰を下ろした。流れるような所作で、取り出した煙草に火をつけている。 　風見は、どうやら頂戴することとなってしまったらしいペットボトル飲料を手に困惑した。 「心配しなくても毒なんか入っていない。そこの自販機で購入したものだし、キャップを見てわかるとおり未開封だ」 「いえ、そんな心配をしたわけでは」 「まあ飲まなくても別にかまわん。君にあげたものだ。好きに処分しろ」 「はあ」 　要はうっかり間違えて買ってしまった不要物の処分を押しつけられたということだろうか。 　視認できる限り、フレーバーウォーターと呼ばれる類のペットボトル飲料は、たしかにキャップとリングは剥離しておらず未開封と見える。 　風見には職業柄、人から与えられた飲食物はまず中身を疑ってかかる習慣がついている。しかし、これを渡してきたのは赤井秀一だ。 「では、いただきます」 　キャップを開けて、中身をひとくち、ふたくち飲んだ。うっすらとした果汁感とほのかな甘い香りが口に広がる。 「驚いたな」 「は？」 　赤井は意外そうに風見をうかがっていた。 「まさか本当に飲むとは思わなかった」 「あなたがくださったのではないのですか」 「いや、君が俺をそんなに信用してくれているとは思っていなかったものだから」 「信用って……いただいた飲み物を疑わないくらいの信用は互いにあると思っていましたが。私の思い上がりでしたか」 　赤井は、いつものポーカーフェイスをめずらしく崩して、目を丸くした。それから、「ああ、すまない。そうだったな」と、今度は目を細めて言った。 　確かに出会った当初、風見は赤井に対していい感情を持ってはいなかった。上司の降谷にとって因縁ある相手だったということもあるが、風見だってこの国を守る職務に就くものとしての矜持がある。組織壊滅のための協力関係が結ばれたとはいえ、外国の捜査官が我が物顔でこの国に入ってくるのを手放しに歓迎はできなかったのだ。 　けれど、そう短くはない間、この男のその力を、その正義を間近で見せつけられてきて、なお嫌えるほど、風見は度量の狭い男であるつもりもなかった。 　組織の壊滅にあたり、風見と赤井は仲間と言えるほどやさしい関係ではなかったが、協力者同士ではあった。風見が赤井の力量を認めたように、風見自身も、赤井や他の協力者たちに、少なからず信念を認められるだけの働きをしてきた自負だってある。 　そうして互いに信用を得たと、思っていたのは風見だけだったのだろうか。 　風見は決して卑屈な男ではなかった。もちろん過剰な自信家でもない。自身の力を過信もせず、卑下もせず、自分のあるべき立場を正当に判断できる男だと自らを理解していた。けれど、ある対象が関わると、その自信が揺らぐのだと知ったのはここ最近の話だ。 「そうむくれるな。すまなかった。最初に会ったときの印象が強く残っていたものだから。君はずいぶん俺を警戒していただろう」 「それは、確かにそうでしたね」 「だろう？　降谷くんの後ろに立って、怖い顔をして、じっと俺を睨みつけていた。そう、まるで――」 「番犬のように？」 　風見は赤井の言葉尻を奪って代わりに口にした。赤井は訝しげに眉を寄せる。 　風見を降谷の犬だと称した人間は何人かいた。降谷よりもさらに上の上司。相手が降谷であるとは知らないながらも、急な呼び出しに何を差し置いても駆けつける風見の姿を見て「まるで犬だな」と笑った同僚。そして今、風見の目の前にいるこの男だ。 「あなたがおっしゃったんですよ。初対面で、開口一番。忠実な番犬のようだと」 「……君の気に障るようなことだったなら訂正するが」 「いえ、事実そうですから。私は、降谷に手綱を握られた忠実な番犬です」 　沈黙の帳が落ちる。 　赤井は二本目の煙草に火をつけていた。 　風見は、懐から未だ取り出しもしないままの煙草に、もう手をつける気はなかった。もともと付き合いで吸うことが多いだけで、自発的に吸うことはあまりない。そもそも今夜、仕事を終えてこの喫煙室にきたのは、人気のない場所でただ頭を冷やしたかったからだ。一人になって、心を落ち着けたかった。ならば赤井という侵入者がいる今、ここはもう心を落ち着ける場所ではないのだから、早くこの場を去って、一人で暮らす自宅へ帰ればいい。赤井だって、上司との仕事が一段落ついての休憩か、それとも今日の仕事は済んだのか知らないが、風見がいては気も休まらないだろう。自分はいますぐこの場を立ち去るべきだ。そう思うのに、風見の足は動かなかった。 「あの少年、どこへ消えてしまったのでしょうか」 　風見は、ぽつりと独り言をこぼすように、赤井へ問いかけた。 　あの少年。江戸川コナンという少年がいた。彼は、そのあどけない外見と幼い年齢に似つかわしくない優れた頭脳を持ち、数々の難事件の解決の裏にはいつも彼の姿があった。 　江戸川コナンは、組織の壊滅後、しばらくしてからその姿を消した。消した、という表現がまさしくふさわしかった。まるで最初から存在していなかったかのように、忽然と姿を消したのだ。 　表向きは、外国に暮らす両親のもとへ行くとして周囲に説明されていたらしいが、はたしてそれは真実か。降谷の命を受けて風見が隠密に調査した結果によれば、江戸川コナンという人物がこの国から出国した形跡は過去十年間なく、江戸川コナンという人物の戸籍すら存在しなかった。 　その調査結果を降谷に報告した際、降谷は笑った。あのときのように。そして言った。「ご苦労だった。もうこの話はいい。彼のことは忘れろ」と。 「さあな。どこかでまた、ホームズごっこでもやっているんじゃないか」 　『あの少年』の一言だけで、誰を指すかを赤井はすぐに理解した。 「やっぱり、あなたも笑うんですね」 　そして、かの少年の働きが『ごっこ』なんて遊びの範疇に収まるようなものではないことを、風見などよりもよくよく知っているはずのくせに、そんなとぼけたことを言うのだ。降谷と同じ顔をして笑いながら。 「あなたも、とは？」 「いえ、うちの降谷と、あなたと、それからあの少年は、どこか似ていると以前から思っていたものですから」 「ホォー……ボウヤはともかく、君の上司が聞いたら気分を害するんじゃないか。俺と似ているだなんて」 「どうでしょう。少なくとも私は、あの降谷と肩を並べられるあなた方がうらやましいです」 　あのとき。あの日。研究所の爆破を食い止めるために建物の中に入ったのは三人の男たちだった。 　＊ 　当時、幹部の捕縛に人員を割いていた捜査本部は、多くの捜査員を問題の研究所から遠い距離に配置していた。爆破計画の発覚後、第一に行われたのは研究所近隣の所轄が先導しての一般市民の避難誘導だった。しかし情報が錯綜し、避難活動は滞り、周辺道路は混雑を極めた。当然と言えば当然だ。「近くに爆弾が仕掛けられているので今すぐ何もとらずに避難してください」などと突然言われて臨機応変に対応できる一般市民がどれだけいるだろう。そして地域一帯パニックに陥り、周辺の交通は麻痺。それは捜査員たちが現場に駆けつけようにも道が断たれているという意味でもあった。 　そんな混乱の中で、常識破りの手段でいち早く現場に到着したのは、降谷と、赤井と、コナンだった。 　研究所は東棟、南棟、西棟の三つの棟からなる建物だった。三棟それぞれに複数の爆弾が仕掛けられ、それらを統括する親となる爆弾が各棟の屋上に設置されていた。 　爆弾は時限式。組織は爆弾を時限式にして、またその所在を明かすことで、爆破を食い止めようと集まった捜査員たちまでも吹き飛ばし最後の復讐を果たす腹積もりだったのではないだろうか。とは、あとから降谷が推測した話だ。 　降谷たちはすぐに爆弾の解体に動いた。親の爆弾さえ解体できれば爆破は免れる。しかし精巧な爆発物解体の正確な手順については三人の中では降谷にしか知識がない。降谷がすべての屋上をまわり、解体にかかれるほど時間は残されていなかった。 　降谷たちは手分けして、それぞれ三棟の屋上へ上った。赤井が東棟、降谷が南棟、コナンが西棟だった。そしてコナンが所持していたある博士の発明品であるメガネ型のカメラを利用して、赤井とコナンそれぞれの視界を、映像として降谷が持つタブレットへと中継することで、三つの爆弾の同時解体に挑んだのだ。 　つまり降谷は自らも目の前の爆弾を解体しながら、タブレットに映し出される別棟の爆弾の映像を確認して、ほかの二人に解体手順の指示を出さなければならなかった。 　風見は、公安の仲間や、ほかの捜査員たちとともに、彼ら三人からは少し遅れて現場に到着した。通信機器を通じて彼らが爆弾の処理に動いていることを聞き、風見が指揮を執って、研究所内にとどまる研究員たちの避難誘導にあたった。 　研究所内にいた研究員たちは、非戦闘員であり、組織においてもろくに情報が降りてこない末端も末端の人間が多かった。ゆえに風見たちの避難誘導に素直に応じていた。しかし犯罪組織に関わっていることは事実である。避難には応じながらも、その後の逮捕を恐れ、逃げだそうとする者も少なくはなかった。それらを制圧しながらなおも避難活動を促す中で、耳に装着した通信機器からは、屋上で戦っている三人の男たちの息遣いが聞こえていた。 　降谷たち三人があのとき何をしてどう動いていたのか。その正確な状況を風見は当然ながらその目では見ていない。風見は地上に立ち、今自らがすべき使命に努め、ただただ、姿の見えない彼ら三人の無事と成功を願って、建物の屋上を見上げるしかなかった。 　だからこれらは、当時耳に装着していた通信機器から聞こえてきた音声と、のちに調査報告書から得た情報とを掛け合わせた風見の想像の光景にすぎない。けれどおそらくは正しいのであろうと思う。 　あのとき、三人は爆発物の解体に取り掛かった。 　降谷は万が一を考えたのであろう。三つの爆弾の解体を同時に進行しながらも、赤井とコナンへの指示を優先的に行った。 　降谷の的確な指示と、赤井とコナンの精緻な手捌きにより東棟と西棟の爆弾は無事に解体、解除された。残るは南棟の爆弾のみ。刻一刻と迫るタイムリミットを数えながら、降谷は目の前の作業に集中した。 　そのときだった。降谷の背後に人影が現れたのは。それは一人の男で、組織幹部の残党だった。拳銃を手に降谷の背中へと忍び寄る男の気配に、集中していた降谷は気づくのが一瞬遅れた。 　あわや、というとき、東棟の方角から音もなく弾丸が走った。弾丸は男の手を貫き、拳銃を取り落とした男は痛みと動揺に震え、東棟の方角を見やった。その頭に、今度は西棟の方角から飛んできたサッカーボールがめり込む強さで激突した。かくして男はそのままその場に昏倒した。 　降谷はそれを確認すると、男の手を貫いた弾丸も、男を昏倒に追いやったサッカーボールも、その出所を確かめることもせず、再び爆弾へと向き合った。そうしてタイムリミットまでわずかな時間をかろうじて残し、爆弾の解体に成功したのだった。 　すべては、事実としてある情報をもとに風見が頭の中で作り出した想像の光景だ。けれど風見は、あのとき東棟の屋上から鈍く光った銃口を見た気がしたし、西棟の屋上から高速で飛び出したサッカーボールに至っては確かに見たのだ。 　その後、ようやく応援の部隊や消防、正式な爆発物処理班が到着したことで現場の制圧は迅速に進んだ。 　騒然とした現場で、風見は三人の姿を探した。上司である降谷はもとより、短くない時間をともにしてきた赤井とコナンの無事を確かめようとした。 　三人は、溢れる人の群れから少し離れた場所にひっそりといた。隣り合って並ぶ彼らは、すでに幹部捕縛の際にそれぞれ軽くはない傷を負っていたというのに、この研究所に向かうまでにもまたよほどの無茶をしたのであろう。全員ぼろぼろの出で立ちだった。 　三人は、何事かを一言二言言い交わすと、労いあう様子もなく、目も合わせずにそれぞれ別の方向へ歩みだした。 　ただ、その別れる一瞬、三人とも同じ顔をしてささやかに笑った。穏やかに、少しだけ楽しそうな顔をして。 　そして何事もなかったかのようにそれぞれのあるべき立場へと戻っていったのである。 　赤井は連邦捜査局の仲間たちと合流し、コナンはケガをした一般人として救急に保護されていった。降谷は、風見の顔を見つけるなり、いつものように檄を飛ばし、公安の捜査員たちの指揮を執った。 　あの一瞬の、彼らの笑みは、たちまち風見の胸の奥底にこびりついた。得体のしれない痛みと焦燥感をともなって。 　彼らは仲間でも友人でもない。年齢も所属も、生まれも育ちも、きっと掲げる正義だって違う。しかし彼らは、それでも同じ場所に立つことができる同志だった。 　風見は、そのとき、彼らと自分との間に越えようのない透明な壁を見ていた。 　＊ 「うらやましい？　君は、誰かをうらやむような性質の男には見えなかったが」 　赤井は短くなった煙草を備え付けの灰皿に落とした。そしてすぐにまた三本目へと火をつけた。 「そうですね。誰かをうらやむなんて、愚かなこと。もっと若い未熟な時分以来です。このような青さがまだ自分の中にあったなんて、我ながら戸惑っています」 　風見は自分が何を言っているのか、表面では理解しつつも意味を考えることができなかった。睡眠と栄養不足がここにきて影響しているのだろうか。とにかく頭が馬鹿になっているような感覚はあった。タガが外れたのはいつからだったのか。赤井が初対面の話を持ち出したときか。赤井が喫煙室に入ってきた最初からか。それとも、もらったペットボトル飲料にはやはり自白剤かなにかが混入されていたのだろうか。なんて、いよいよ馬鹿な考えだと自嘲のため息が漏れた。 「恥ずかしい話です。あんな小さな少年までうらやんで。けれど私は、たしかにあの小さな探偵の足元にも及ばない。当然あなたにも。うらやましいです。あの少年も、あなたも。あの降谷と同じ高みにいて、対等に戦える力がある。私には到底たどり着けない境地であなたがたは生きている。私は所詮、降谷の後ろに控える忠犬にしかなれません」 　まるでこの世ならざると思えた降谷を、風見は心から尊敬し、その高潔さに憧憬と畏怖の念すら抱いていた。風見は降谷を、凡人にはおよそたどり着けない高みにいる孤高の光だと思っていた。 　しかしいたのだ。現れたのだ。孤高の光だった降谷の隣に、同じだけの力を持つ男たちがしっかりと立ち並んでいたのだ。 　風見はその彼らの姿を、地上から見上げていた。どうしてかそれが、ひどく口惜しかった。それは風見のあるべき立場を超えた感情だった。 「ふん、あの降谷、か。彼のおまけとはいえ、俺までそう高く評価してもらえるのは光栄だが、君は少し彼を見上げすぎではないのか」 　赤井は煙を天井に向けてふっと吐き出すと、ついさっき火をつけたばかりの三本目の煙草を躊躇もなく灰皿に落とした。赤井の指先から落ちていくまだ長さを残す煙草を、風見はつい目で追った。赤井は脚を組み直して風見に身体を向けた。 「確かに彼は強く賢い。優秀というべき人間だ。だが、そう。人間だろう。君が言う、まるで遠く高みにいる神か何かのような存在ではない」 「それは、同じ目線にいるあなただから言えることだと思います」 「……これは知らなかったな。君は存外頑固みたいだ」 　「今日は君の新鮮な一面がたくさん見られるな」と、皮肉めいて聞こえた赤井の声に、風見はようやく我を取り戻した心地になった。いくら疲れがたまっていたからと言って、自分は何を口走ったのか。たまたま居合わせた外部の人間を捕まえて、愚にもつかない話を長々と。赤井が三本目の煙草を早々に捨てたのは、きっとつまらない話を終わらせたい合図だったのだ。 　風見は、自分の身勝手を恥じ入り、また加害者は自分でありながらも、付き合わされた被害者である赤井に急激に同情した。 「すみません。変な話をしました。ご休憩中にお邪魔して申し訳ありません」 　慌てて風見はベンチから腰を上げた。これ以上長居しては、きっと互いのためによくない。赤井は妙な話に付き合わされて不快だろうし、風見だってこれ以上余計なことを口走ってしまいたくなかった。 「水、ごちそうさまです。失礼します」 「ああ、待て。風見くん」 　すぐにでもその場を立ち去ろうと足を踏み出した風見の手首を、引き留めるように赤井が掴んだ。風見は驚いて赤井を振り返る。 「あの、何か……？」 　赤井は風見の問いかけに返事はせず、風見の顔をまじまじと見つめると、何か合点がいったのかひとり無言でうなずいた。そしておもむろに立ち上がり、空いている片手を風見の顔に伸ばしたかと思うと、あっという間に風見は眼鏡を奪われた。抗議する間もなく、掴まれていた手首を強い力で引き寄せられた風見は、赤井の肩のあたりにしたたかに鼻をぶつけた。またその拍子に、風見が手に持っていたペットボトルが、鈍い音を立てて床に落ちて転がった。 　そうして風見は、気づけば背中にまわる力強い腕の感触と、密着する硬い身体の温度に包まれていた。有体にいえば、どうやら風見は赤井に抱きしめられていた。 「赤井捜査官？　これは、何を、あの、離してください」 　風見は困惑しながらも赤井から離れようと試みたが、強い力で押さえつけられていてどうにもかなわない。風見の両腕は、運悪くというのか、もしかしたら赤井の思惑通りなのか、上手いこと折りたたまれて赤井と風見の身体の間に挟みこまれていた。その上から身体ごと抑えこまれている体勢では、離れるのには不利だった。これはもはや抱きしめられているというよりは、拘束されていると言っても過言ではない。 　赤井には降谷と対等の力があるとは言ったが、まさかあの規格外の腕力の強さまで同等だとは。風見だって男であり、ましてや公安警察に籍を置く身だ。腕力にそれなりの自信はあった。しかし生憎、あの規格外の上司には負ける。そしてその上司と同等か、それ以上かもしれない赤井にも当然、単純な力比べで勝てるはずがなかった。 「まあ聞け。どうやら今の君には、慰めが必要らしい」 「は、なに、なんですか？　慰め？」 　じたばたと身体をよじる風見をものともしない赤井は、背中にまわしていた手のひとつを今度は風見の頭に乗せた。その手に押さえつけられ、赤井の肩に額を密接させられたおかげで、風見の視界は赤井のシャツの黒色いっぱいになった。 「先ほど、最初に顔を合わせたときから思ってはいたんだ。ずいぶんひどい顔をしていると」 「このところ、ろくに睡眠も食事もとっていなかったものですから」 「そうか。では降谷くんとは話をしたか」 「当然です。上司ですから、話をしないことには仕事が進みません」 「ご褒美はもらわなかったのか？」 「先ほどから何をおっしゃりたいのですか」 　赤井の意図がわからず、風見は混乱するばかりだった。あいかわらず頭を押さえつける手も、身体を抱く腕も解いてはもらえないままだ。 　ご褒美とは。慰めとは。いったい赤井は何の話をしているというのか。だが意図は不明ながらも、抱きしめる腕といい、どこか優しく諭すような声色といい、何かぐずった子どもでもあやすような態度を取られている気はした。 　それに気づいたとき、風見の中で警鐘が鳴り響いた。 　これ以上は、いけない。逃げなければならない。危機感が走るが、それでもやはり赤井の腕からは逃れられない。 「やめてください。からかって、馬鹿にしているのですか。妙な愚痴のような話を聞かせてしまって不快にさせたことは謝ります。ですからどうかもう」 　愚痴のようなもなにも、風見が赤井に聞かせた言葉の数々は愚痴と恨み節以外の何物でもない。言うべきではなかった。風見の立場で、赤井の立場に、いや、相手が誰であっても人に聞かせる話ではなかった。わかっていたのに。あの瞬間から今日まで、必死に目をそらし、抑えこんできたはずだったのに。 　もう勘弁してくれと懇願する風見に、赤井は「からかってなんかいないさ」と真摯な声で応えた。 「そうだな、我々は友人というには少し遠いかもしれないが、疲れている顔を見たら労ってやりたくなるし、落ち込んでいる姿を見たら慰めてやりたくなる。……互いにそれくらいの情はあると思っていたが、俺の思い上がりだったかな？」 　ほんの数分前に風見が突きつけた言葉を引用した赤井の言い分は、張りつめていた風見の心を揺らした。 「……いいえ、思い上がり、では……」 「ああ、ならよかった」 「しかし」 「いいから。一度頭を空にしろ。今はおとなしく慰められておけばいい」 　降参だった。風見はもう抵抗する気力さえ失せていた。そうして自然と、頭を空にしろという赤井の言葉を素直に聞き入れようとしていた。ぐちゃぐちゃと頭の中に溜まり思考を濁らせていたものを一度放棄して、今、風見を包む感触に集中する。 　風見の頭を押さえつけていた手の力が緩んだのがわかった。しかし風見はそれを幸いとせず、赤井の肩から顔を上げることもしなかった。頭上を覆う大きな手が、ゆっくりと風見の短い髪を撫でるのを、風見はそのまま享受した。 　大の男が大の男に抱きしめられ、優しく頭を撫でられる姿など、傍から見ればひどく滑稽だろう。だが、たしかな力でこの身を包みこむ硬い温度に、ゆるゆると緊張がほどけていく。目の奥に熱が集まる感覚がして、咄嗟に瞼を閉じたがもう遅い。滲んだ涙が、赤井の黒いシャツにじんわりと吸いこまれていった。 「！　っ……ふっ」 　一度堰を切ってしまえば涙は次から次へと溢れた。情けない。いい大人が、喫煙室とはいえ仮にも職場で、人の肩を借りて、何を泣いているというのか。せめて嗚咽だけはもらしてなるものかと、精一杯息をつめ堪えていたら、そのようなつまらない意地も赤井にはとっくに悟られていた。 「ほら、ちゃんと息を吐け。大丈夫、ここには俺しかいない」 　やわらかな声音で諭され、呼吸を促すように背中をさすられたら、その温かさにますます泣けてきて、つめた息を正直にもらすしかなかった。 「……っすみません」 「なぜ謝る？　立ち去ろうとした君を無理矢理引き留めたのは俺だろう」 「違うんです。すみません。赤井さん、すみません。嫉妬なんです。八つ当たりをしました。申し訳ありません」 　風見の中で燻っていたわだかまりがどろどろと溶けだしていた。 　今日、風見が赤井に向けて吐いた愚かな言葉はすべて、自分の不甲斐なさを他人に押しつけた身勝手な八つ当たりだった。 　あのとき、三人の姿を遠目から見たあの瞬間、風見の胸に去来したのは、嫉妬の感情だった。風見の立場に許されるはずのない、あさましい欲望だった。 「違うんです。あなた方には、感謝だってしているんです。すみません。それだって私の立場ではおこがましいけれど」 　しゃくりあげそうになりながら絶え絶えに話す風見の言葉を、赤井は黙って聞いていた。 「多くをうしなって、孤独な世界で戦っていたあの人を、きっとあなたとあの少年が救ってくれた。寄り添いあうようなやさしい関係ではなくても、あなた方の存在があの人を支えてくれた。――よかったと、思ったんです。それは本当です。でも」 　孤高の光である降谷は、きっと最初から孤独だったわけではない。けれどいつからかもうずっと、誰もいない静寂の世界で、降谷はひとりっきりで雨に濡れていたのだろう。 　降谷がこれまでの人生でどれだけのものをうしなってきたのか、風見はそのすべては知らない。 　だからあの瞬間、三人が同じ顔をして笑ったあの瞬間、心からよかったと、安堵したのも本当なのだ。ようやくひとりぼっちだった降谷の世界に肩を並べる誰かが現れたのだと喜ぶ気持ちはたしかにあったのだ。けれど。 「悔しかったんです。だって、降谷さんの隣には俺が立っていたかった」 　あの美しい人の手足となれること。忠実な犬として働けること。風見にとってそれは本望だ。誇りと言っていい。 　けれど、少しだけ。少しだけ、おこがましくもずうずうしい欲が芽を出した。 　あの人の孤独を埋める存在に、自分こそがなりたかったと、あの人の隣に並び立つ存在にだってなってみたかったと、そんな途方もないことを願ってしまったのだ。 　たとえば、降谷が冷たい雨に濡れるなら、傘を差しだすのは風見でありたかった。降谷を襲う凶弾があれば、風見が盾となって守りたかった。それが風見の欲に塗れた願いだった。 　けれど降谷は風見にそれらを許してくれない。冷たい雨に濡れた背中をせめて見送るどころか、いつ去ったのかも悟らせてはくれない。降谷を狙う凶弾があったことなんて、すべてが終わったあとで、降谷自身が一人で処理したそれを情報として知らされるだけだ。それが風見に許された立ち位置なのだ。 　赤井とコナンがうらやましい。彼らはきっと、傘を差しだすことはしなくても、隣に立って一緒に雨に濡れることはできるのだろう。降谷の盾にはならなくても、襲いくる凶弾にともに立ち向かえるのだろう。 　風見は決して卑屈な男ではない。過剰な自信家でもない。驕らず、腐らず、自分のあるべき立場を常に正当に理解して判断できる。しかし理解しているからこそ、その立場こそが歯がゆくて、不甲斐なくて仕方なかった。 「これはまたずいぶん難儀な話だな」 　それまで何も言わず風見の告白を聞いていた赤井がため息まじりに言った。呆れたようなため息に反応して、風見はびくりと身体を震わせる。 「ああ、違う、違う。最後まで聞け」 　風見を落ち着かせるように、赤井は風見の背中をポンポンと軽く叩いた。その手は正しく風見を安心させた。風見は強張った身体の力を抜いて、大人しく赤井の次の言葉を待った。 「ひとりぼっちだと思いこむ彼の隣に、いつだっていたのは君じゃないか」 「いえ、そんなことは」 「ほら、だから言ったんだ。まったく君はなかなか頑固で、難儀だ」 「なんですか、それ。……ありがとうございます」 　最初に慰めが必要だと言っていたとおり、赤井は今、風見を慰めてくれている。つまりこの赤井の言葉は、泣きすがる風見の弱った心をまさに慰めるため、あえて選んでくれている優しさなのだろう。ひとまずはこの場で風見を喜ばせるための建前ということだ。それを額面通りに受け入れられるほど風見は単純ではなかったが、あの赤井がここまで風見に心を砕いてくれているのだ。まずこんな三十も過ぎたむさい男を抱きしめてまで慰めてくれている時点で破格の待遇である。ましてや赤井への嫉妬と八つ当たりをぶつけた後だというのに。だから今は、赤井の優しさがただ嬉しかった。 　信用するに足る人間であることは知っていたが、思っていた以上に赤井は情の深い人間だったらしい。赤井の肩口は風見の流した涙ですっかり濡れていた。 「すみません、赤井さん。ずっと変な話ばかりして、ご迷惑を」 「いいや？　迷惑とは特に思っていない。じゃなかったら俺はとっくに帰っている」 　ようやく目から溢れる涙がいくらか静まり、風見は赤井の肩から顔を上げようか迷った。しかし、少し平静を取り戻してみると、いい大人がこんな場所で見知った人間に泣き縋った事実に、いまさらながら気恥ずかしさが湧いた。そうなると、赤井と顔を合わせるのにはまだ少し勇気がいった。 　すると赤井の手が再び風見の頭上を覆い、赤井の肩に押しつけるように力を込めた。風見の迷いを察した上で、まだ顔を伏せていろ、とでも言外に伝えてくれているのだろうか。ならばまだこのまま赤井の厚意に甘えるべきか、否か。 　どうしたものかと悩んでいると、耳元に赤井の声が響いた。 「まあ、そうだな。ひとつ言っておくとすれば、俺は君を降谷くん同様に優秀な人間だと評価している。だがやはり君は、少々彼を見上げすぎだ」 　風見の背中にまわった赤井の腕が、固く風見を抱きなおすのがわかった。 「――そう見誤ってやるな。彼だって、大事なものの前ではきっとただの男さ」 　刹那、風見は背後からおぞましいほどの殺気を感じた。咄嗟に赤井から離れようとしたが、これまで以上に強い力で抱きこまれていて、やはり腕はほどけなかった。振り返って殺気の正体を確かめたいのに、風見の視界に広がるのは赤井のシャツだけだ。 　だが焦る風見に対して、間近に感じる赤井の気配はなんとも呑気なものだった。背後からくる鋭い殺気は止まないというのに、焦るなり、身構えるなりする様子はまるでなく、どこか愉快そうに笑ってさえいるような、そんな軽い気配だった。 　赤井には見えているはずの殺気の正体は何だというのか。 「赤井秀一！！」 　喫煙室の自動ドアの開閉ボタンを乱暴に連打する音が聞こえたかと思えば、開きだしたらしい自動ドアを待ちきれないように怒声が響いた。 　この声は。風見には聞き覚えがありすぎる声に、殺気の正体をやっと把握する。同時に血の気が引いた。今、風見にとって一番会いたくなかった人がきてしまった。 　降谷零。件の風見の上司だ。 「おっと」 　足音が背後から力強く近づいてきたと同時に、赤井が一歩身体を横に引いた。必然、赤井に抱きしめられたままの風見の身体もつられて傾いた。遅れてビュッと風を切る音が横切ったことから察するに、おそらくは降谷が赤井に殴りかかったのだ。すんでのところで赤井は避けたらしいが、降谷はなぜ殴りかかったのか。二人の仲が芳しくないことは以前より知ってはいるが、合同捜査での協力を経て、少なくともひと目見るなり殴りかかるような関係の悪さは脱したはずではなかったのか。降谷はいったい何を考えているのだ。 　あいかわらず顔を赤井の肩に押しつけられたままの風見には赤井のシャツの色しか見えない。すぐ近くにいるのであろう降谷の気配は感じられても、今この場がどういう状況に陥っているのか、風見にはわからなかった。 「危ないな。君の大事な部下に当たったらどうする」 「ではさっさと僕の部下から手を離してくれませんかね」 　背後から伸びてきた手が風見の肩を掴んだ。その瞬間、風見の身体は硬直した。 「風見？」 　肩を掴んだのは、風見を赤井から引きはがそうとしたのであろう降谷の手だった。しかし風見がその手に従わず身体を竦ませたことに気づいて、降谷は一度手を離した。訝しげに風見を呼ぶ声からは動揺が伝わった。 「彼は離れたくないようだが？」 「黙れＦＢＩ！　だいたいこんな場所で何をしているんだ！　赤井、あなたさっき帰ったのではなかったんですか」 「一服してから帰ろうとしたら彼がいたものでな。何か問題でもあったかな？」 「あるに決まっているだろう！」 　降谷と赤井の口論を聞きながら、風見は、降谷が発していた殺気の理由にようやく気づいた。 　降谷は風見に怒っているのだ。それはそうだ。現状、傍から見れば風見と赤井は何やらよからぬ誤解をされても仕方ない体勢でいる。しかも職場で、だ。公安たる風見がこのような場所で何をしているのだと、降谷が殺気を放つほどに怒るのも、二人を引きはがそうと躍起になるのも無理はない。 　すぐにでも赤井から離れ、降谷に謝罪をすべきだ。それから誤解であると、巻きこまれて敵意を向けられている赤井について弁明をすべきである。わかっているが、風見は顔を上げるのを躊躇してしまう。 　溢れる涙は止まったとはいえ、未だに視界は潤んでぼやけたままだ。まぶたは熱を持ち、腫れぼったい重さを感じる。きっと目も鼻も赤く染まっている。これがみっともなく泣いていた名残であることなど、この敏い上司でなくとも瞭然だ。尊敬する上司に、このような汚い顔を晒すなど、できればしたくなかった。ましてや、確実に求められるであろう、現状にいたる経緯の説明などできかねる。降谷の隣に立てない嫉妬を赤井にぶつけ、その赤井に慰められていたなどとは、口が裂けても言えるはずがなかった。 　風見は降谷に失望されたくなかった。この上司に失望されるのが、風見には何よりの恐怖だった。 「……風見、その男から離れろ。こちらを向け」 　降谷の命令がどこか頼りなく喫煙室に響いて、風見はハッとする。失望されるのが嫌だなんて、上司の命令に背くことこそ何より彼を失望させるはずだ。 　みっともなさなどいまさら取り繕いようもない。せめてこれ以上の醜態は晒すまいと、すぐに赤井から離れ降谷へと向かい合った。あれだけ強固に風見を閉じこめていた赤井の腕は、風見が身体を離すのに応じて、いとも簡単に解かれていた。 　背筋を伸ばし、泣き濡れたままの汚い顔で降谷を見据える。視界に映る降谷の姿があいまいにぼやけていて、その理由は涙の膜のせいだけではなく、そういえば眼鏡を外されたままだったことを思い出した。 　降谷は、風見の顔を見るなり目を見開き、その次の瞬間には赤井の胸ぐらを掴みにかかっていた。 「風見に何をした」 　降谷は鬼気迫る様子で赤井を睨みつけた。赤井は、胸ぐらをつかむ降谷の手首をぎりぎりと押さえつけながら不敵に笑っている。 　一触即発。そんな空気に一瞬圧倒されていた風見だったが、棒立ちになっていた脚を叱咤して、睨みあう二人の男の間に割って入る。 「ふる、降谷さん！　やめてください！」 　風見は二人の間に身体を滑りこませた。赤井を背にかばうようにして立ち、赤井の胸ぐらを掴んでいた降谷の手を両手で包む。 　見下ろす上司の顔は明らかに不満と不機嫌を訴えている。その圧の強さに冷たいものが背中を走ったが、さすがにここで逃げ出すわけにはいかなかった。 「こいつをかばうのか」 「かばうも何も、赤井さんは何もしていません」 「じゃあなんでおまえはそんな顔をしている」 「それは、その……」 　想定通り、みなまで言えるわけもない説明を求められ、風見は言葉につまった。 　そうして言いよどんだ短い沈黙の先を引き継いだのは、風見の背後にいる赤井だった。 「どこかの気の利かない上司が、優秀な部下にご褒美のひとつもくれてやらないというのでな。俺が代わりに慰めをくれてやっただけのことだ」 「……は？」 　もしや赤井が上手い方便でこの場を収めてくれるのでは、と、一瞬光明を見た気になっていた風見の期待は見事に裏切られた。それも最悪の形で、だ。 　これではまるで、風見が降谷への不満を赤井にもらしていたようではないか。たしかに赤井には愚痴を聞かせてしまったかもしれないが、それは己の不甲斐なさへの憤りであって、間違っても降谷への文句を連ねるような話ではなかったはずだ。なぜそんな誤解を招くような言い回しをするのか。 　降谷は、やはりそうした意味でとらえたのであろう。怒りがありあまるのか、あるいは部下に陰口を言われていた可能性にショックを受けたのか、呆然として言葉を失っていた。 「違います！　あの、違います。違うんです」 　風見は咄嗟に否定の声をあげた。しかしその先の弁明の糸口がわからなかった。ただ違うのだと馬鹿みたいに繰り返すが、これではむしろ今の赤井の言葉がまるっきり事実だと肯定しているようにしか聞こえない。 「違います。降谷さん。違うんです。本当に、違うんです」 　両手で包んでいた降谷の手に向かって、縋るように頭を垂れた。降谷の目に失望の色が浮かんでいないか、確かめるのが怖かった。 　失望されたくない。落胆もさせたくない。それらは風見にとっての恐怖だ。しかしそれよりももっと、少なからず降谷の心に影を落とすことになってしまうのが嫌だった。 「わかった。もういい」 　硬い声と同時に風見の手の中から降谷が手を引こうとするのを感じて、反射的に固く握りなおした。顔を上げた先で視線がかち合う。その目に宿る色が何色か、風見には判断がつかない。 　降谷は、自らの手を固く握って離さない手と、必死になる風見の顔を見比べてから、意外にも眉を下げて小さく笑った。 「わかったから。言い訳はあとで聞いてやる」 　困ったように笑う降谷に、風見は安堵と焦燥の相反する感情を同時に覚えた。 　降谷はすぐにまた表情を引き締めると、「来い」と、顎で喫煙室の外を示した。そこでようやく風見は降谷の手を離した。 　降谷は、後をついてこいと言うように最後にもう一度風見を一瞥すると、出入り口に向かって足を進めていく。 「君もなかなか難儀な男だな、降谷くん」 　降谷の背中に向けて赤井が語りかける。降谷は実に苦々しい顔をして肩ごしに赤井を振り返った。 「うちの部下がお世話になったようで。どうもご迷惑をおかけしました」 「迷惑なんてことはないさ。こちらもなかなか……楽しませてもらったんでな」 　バチリ、と、火花が散った音が聞こえた気がして、風見はすくみあがった。 「あなたのお話はまた後日伺いますので！」 　言い捨てると、今度こそ降谷は喫煙室を出て行った。 　風見も後に続こうとするが、赤井に何も言わず行くわけにはいかない。醜態を晒す風見を慰めてくれた礼と、その結果、こうして面倒に巻きこんだ謝罪をしなければならない。 　赤井を見ると、赤井は床に落ちたペットボトルを拾い上げていた。 「すみません、それ」 　先ほど風見が落としたペットボトルだ。もらい受けようと手を伸ばすと、赤井はフッと微笑み言った。 「何度会っても懐いてくれなかった近所の飼い犬が、思ったより心を許してくれていた。それが自分でも想像以上に嬉しかったらしい」 　受け取ったペットボトルを手に、風見は首を傾げる。 「なんのお話で……？」 「こちらの話だ。早く行くといい。怖い上司がお待ちかねだぞ」 　ガラスのドアの向こうでは降谷が腕組みをして片足で地面を叩きながら風見を待ち構えている。早く来いという無言の圧力を感じて、風見は慌てて赤井に向かって深く頭を下げた。 「赤井さん。今日は本当に、お世話になりました」 「ああ、いいさ。また後日な」 　言いながら赤井が自分のわき腹のあたりを二度軽く叩いたので、つられて風見も自分のわき腹あたりを確かめると、スーツのジャケットのポケットに先ほど外された眼鏡が入っていることに気づいた。いつのまに入れたというのか。 　取り出した眼鏡を掛けてから最後にもう一度会釈をして、風見は喫煙室を後にした。 「それはなんだ」 　風見が喫煙室から出てくると、降谷はまず一番に風見の手に持つペットボトルを見咎めた。 　赤井からもらったものだと風見が答えるなり、降谷はペットボトルを乱暴に奪い取った。そして飲み口に口をつけて思いきり天井を仰ぎ、中身を一気に飲み干してしまった。すっかり空になり軽くなったペットボトルを風見に再び押しつけると、ずんずんと早足で先に歩き出す。 　風見がその後を追いかけようとする間際、横目で見たガラスドアの向こうの喫煙室では、赤井が煙草に火をつけながら、肩を揺らして笑いをかみ殺していた。 [newpage] 「――それでおまえがまだいるかと思って席を覗いてみればいないし。かといって鞄はあるから帰ってはいないようだし。もしかして喫煙室かと見にきてみれば、あんな……いや、いい。とにかく黙って冷やしていろ。明日に響くぞ」 　降谷に言われるがまま、急ぎ帰り支度をさせられ、降谷の愛車に乗せられた（有無を言わさず助手席に押しこまれた）風見は、滔滔とまくしたてる降谷の話をただ聞かされていた。また乗車の際に、いつのまに準備したのか、濡らしたハンカチを渡され、上を向いて目に当てているよう指示されたため、それを忠実に守っている。 「君、食事はもう取ったのか？　ああ、いい。黙っていろ。どうせこのところろくに食事も睡眠も取っていなかったんだろう。自己管理も仕事の内だと何度言えば……いや、……すまない。話は着いてからにしよう」 　風見が口を挟む隙もなく喋り続けていた降谷は、ついに口を閉じ、運転に集中することにしたようだった。降谷の声が止めば、車内には空調設備が稼働する音とタイヤが地面を走る音しか聞こえなかった。黙っていろと言われた以上、風見ももう声を発することはできない。ハンドルを握るのは降谷だ。風見はとっくにぬるくなったハンカチで視界をふさがれた状態で、これからどこへ向かうのかわからないまま、黙ってシートに身を預けるしかなかった。 　車が止まった先はとあるマンションの地下駐車場だった。 　マンションは降谷のさしあたりの住まいだ。例の組織への潜入捜査のために作られた人格、『安室透』としての住居は、組織壊滅にともない、つい一週間ほど前に引き払っていた。そしてその後の降谷零の住まいとしてこのマンションを手配したのは、ほかでもない。風見だった。 　組織壊滅後、降谷は公安の仕事をこなしながら、変わらず安室透として喫茶店のカウンターに立ち、私立探偵の依頼を片づけ、師と仰ぐ毛利探偵のもとで助手の雑務を引き受けていた。 　そのうちに、江戸川コナンが米花町を旅立つのを見送り、喫茶店の同僚に安室透が持つレシピや技をすべて叩きこんで託し、私立探偵の看板をたたみ、毛利探偵事務所には今後毛利探偵の仕事に活用できるであろういくつかの置き土産を忍ばせた。 　そうして、安室透がいなくなるための準備を完璧に整え、安室透は米花町から姿を消した。 　江戸川コナンが忽然と姿を消したように、安室透もまた、人々の前から姿を消さなければならなかった。それもごく自然に、安室透の人生は今後もどこか別の町で続いていくかのように。安室透がこれまで関わったものたちに、ひとりの青年の実在を最後まで信じさせながら別れを果たすのが、降谷の、安室透としての最後の仕事だった。 「降りろ。簡単でよければ軽い夜食でも作ってやる」 　時刻はもう日付が変わるまであと十数分という頃だった。夜食を誘い文句に、降谷は風見を自宅に招いた。ここまできて風見に拒否権はない。そもそも降谷の車に乗せられた時点ですべては決まりきっていたようなものだ。地下駐車場から八階にある降谷の部屋までエレベーターで上がる間、風見も降谷も何も言わなかった。 　風見がこのマンションを訪れるのはこれで三度目だった。一度目は物件の下見のために、二度目は降谷が入居する直前の安全確認のために一人で訪れていた。つまり、この家が降谷の自宅になってからは訪れたことがなかった。 　玄関の鍵を開けた降谷に促され、風見は初めて、降谷の自宅へと足を踏み入れた。 　通されたリビングには、ほとんど物がなかった。降谷がこの家に越してきたのは一週間ほど前のことで、その間も仕事に忙殺されていただろうことを鑑みれば、未だ荷物が片づかずにあってもおかしくはないはずなのに、家の中は整然とし、殺風景な空間が広がっていた。 　殺風景な空間にあるのは最低限の家具や家電だけだ。キッチンに揃えられた調理器具の類の数はもしかしたら豊富なのかもしれないが、料理に明るくない風見にはよくわからない。 　人の家をジロジロと観察するのは不躾なことだとはわかりつつも、風見はある存在を探してリビングを見渡した。その風見のさまよう視線に降谷が気づいた。 「ハロならこの時間はもう寝ている。寝室だよ。あいつ、僕と同じで畳が好きでな」 　ハロ。降谷が唯一、安室透の生活から持ち帰った存在だった。 「物件探しでは苦労を掛けただろう。しかし君のおかげで、あいつにとっていい住処ができた。助かったよ」 「いえ、ご満足いただけたのなら幸いです」 　降谷の住まいを探すにあたり、降谷から出された希望条件はいくつかあった。その中でも、最重要だと念を押された条件は、『ペットを飼えること』だった。 　ハロは降谷が安室透の生活の中で拾った、元野良犬だ。飼い始めたのだと聞いたとき、風見は心底驚いた。あの降谷が、動物をそばに置くことを選ぶなんて、まるで想像できなかったのだ。 「崩していいぞ。貸せ」 　降谷は自らの脱いだスーツのジャケットをハンガーに掛けながら風見に手のひらを向ける。風見にもジャケットを脱げということだと解釈するが、ここが上司の家だと思うと、言われたとおりにしていいものか少し迷った。 「いいからとっとと脱ぐ。君のお堅い性分は仕事の上では美点だが、今はもう時間外だ。余計な気は回すな」 　降谷は、自分に倣えとでも言うように、ネクタイを外し、ワイシャツの第一ボタンも開けてみせた。 　結局、風見はそれに倣って、降谷同様に身なりをくつろげた。 「楽にして座っていろ。今何か作ってやるから」 「あ、お手伝いします」 「いらん。いいから座っていろ。上司命令だ」 　たった今、仕事の外だと言った口で、上司命令などを持ち出すからこの上司はまったくつかめない。しかし命令と言われてしまえば風見に逆らえるはずもなかった。 　カウンター式のキッチンに向かい合うよう設置されたダイニングテーブルは、このリビングの広さには不釣り合いに思える小ささだった。そのテーブルに納まる二脚しかない椅子のうちのひとつに風見はおとなしく腰を落ち着けた。 　カウンターを通して、降谷がシンクに向かい水を流す様子が伺えた。風見はこれまで降谷から手料理の差し入れを頂戴したことは何度もあったが、こうして降谷が台所に立つ姿を見るのは初めてだった。降谷はワイシャツの上にエプロンまでつけている。 　リビングの隅に、ペット用の自動給餌機を見つけた。忙しい生活の中でもハロの食事に事欠かないように設置したものだろう。よく見ればその近くに小さいボールが転がっている。あれもハロのための遊び道具だろう。この家に足を踏み入れた時、まず目についたのは玄関の壁のフックに下がっていた犬のリードだった。 　この家は、降谷とハロの家だ。 　降谷が安室透としての生活を始める前、降谷零として暮らしていた以前の家は、実に質素なものだったと降谷から聞いたことがある。それしか選べないわけでもない身分でありながらなぜそのような家を選んでいたかと言えば、「どうせすぐに出ることになる」からだそうだ。公安警察の身の上、風見もそれなりだが、降谷の仕事はさらに特殊な形態をしている。ひとところに留まる生活はそう長く続かないのだ。 　だからこの家だって、きっと降谷はそう長くは住まないであろう、一時的な住まいに過ぎない家なのだと思いながら風見は手配した。もちろんそれでも降谷の希望になるべく沿うよう吟味して選んだ家だが。 　もしかしたらそうではないのかもしれない。 　不思議な感覚だった。この家は、降谷が築く家庭と呼べる場所になりうる気がした。 「風見」 　名を呼ばれ、反応する。台所にいた降谷が目の前まで来ていて、風見を見下ろしていた。 「次はこれを使え。今、蒸しタオルも作っているから、できたら交互に目に当てろ。血行を促すことで腫れが引く」 　降谷は風見に冷たい濡れタオルを手渡し、テーブルの上に、グラスに注いだ麦茶を置いた。グラスの中の氷がカランと音を立てる。 「ビールの方がいいか？」 「そんな、とんでもないです。すみません。お気遣いいただいてばかりで」 「たいしたことじゃない」 　降谷の手が、スッと風見の目元に伸びた。風見は、一瞬ピクリと肩を揺らしたが、降谷の指が風見の眼鏡の下の目元を撫でるのをそのまま受け入れた。降谷の指先は氷のように冷えていて、未だ熱を持つ風見の瞼によくなじんだ。 「泣くときに下を向いて泣いただろう。それから目をこすったな。そうすると腫れやすいんだ。泣くときは上を向いて、目を触らずに涙を流しっぱなしにした方がのちの回復が早い」 　それは、いつか、どこかで降谷が経験した話だろうか。降谷には、下を向いて瞼を泣き腫らしたいつかがあって、上を向いて涙の痕跡をなかったことにしたいつかがあったのだろうか。降谷の涙など、風見は見たことがなかった。 　降谷は、壊れ物を扱うように、風見の下瞼をゆっくりと撫でていた。 「君のこれは、僕のせいか」 　違いますと、言いたかったけれど、それこそ何か違う気がした。 「……わかりません」 「うん。そうか」 　電子レンジから軽快な電子音が鳴る。降谷は風見の顔から手を離した。そして電子レンジから温まったタオルを取り出すと、「悪い、温めすぎた。少し冷ましてから使え」と言い、湯気ののぼるタオルをテーブルの上に置いていった。 　二十分もしない時間で降谷が作った『簡単な夜食』は、卵と鶏肉が黄金色にとろける親子丼だった。加えて、明らかにインスタントではないわかめと豆腐の味噌汁からは出汁と味噌の香りが立ちこめる。小鉢にはなすとみょうがの煮物、きゅうりとかぶとにんじんの漬物がそれぞれ収まっていて、どちらも当然のように自家製らしい。小さなダイニングテーブルに並べられた皿の数々は、風見にとっては十分に立派な食事だった。 「米は冷凍していたものだし、出汁もストックを使った。煮物は作り置き、漬物は切っただけだ。そんなおおげさなものじゃない」 　風見が、あれだけの時間でこれだけのものを作ったのかと驚くと、降谷はそう謙遜してみせた。 　いただきますと、風見が手を合わせると、降谷が「はい、どうぞ」と応える。 「美味しいです。今まで食べた親子丼の中で一番美味しい」 　本心から風見が言うと、降谷はまったく信じていない風に、しかしまんざらでもない顔をして「まったく君は食べさせがいがある」と、うなずいた。 　二人きりの食卓は静かに続いた。二人で向かい合って、黙々と箸を進め、咀嚼しては嚥下を繰り返していると、気づけばテーブルの上の食事はすべて食べつくしてしまった。風見が丼の底に残った最後の米粒を箸ですくいあげたとき、降谷が先に箸を置いた。 「腹は満足したか」 「もちろんです。ごちそうさまでした」 「うん。おそまつさま」 　降谷は席を立って、台所にまた入っていった。 「悪かったな。最近は安室透の方を片づけるのにかかりきりで、差し入れもしてやれていなかっただろう。君の食生活の乱れも睡眠不足も、もとをただせば責任の一端は僕にある。いつも仕事をほいほい投げてばかりで、君の忙しさもわかっていながらこの家の手配まで任せて、すまなかった。僕は少し君に甘えすぎていたのかもしれない」 　降谷はやかんに水を入れ、コンロの火にかけながら話す。カウンターを挟んだ向こうに立つ降谷は神妙な様子だった。 　風見は、そうした降谷のいつにない殊勝な口ぶりに違和感を覚えた。甘えるだなんて、降谷のような俊傑が、部下たる風見にそのような姿を見せたことがこれまで一度でもあったか。風見にそんな覚えはない。 「いいえ。すべては自分の至らなさの問題です」 　風見が答えると、降谷はコンロのそばの壁に背を寄りかからせて、「至らなさ、か」とつぶやいた。 「僕は、そんなにも至らない上司だったか。赤井にまで泣きつくほどに君を追いつめていたのか」 　自嘲するように話す降谷の顔がひどく悲しげに見えて、風見は、失敗した、と気づいた。 　降谷はこう見えて案外打たれ弱いことを風見は知っていた。いや、打たれ弱いと言うには語弊があるが、この男はこれで結構、繊細で、傷つきやすい性質なのだ。部下である風見が、上司である降谷に不満を持ち、あの赤井にその不平不満を垂れていたという事実に彼は今、明確に傷ついている。その傷が、降谷をこんなにも弱らせている。 　さらに言うなら、降谷は意外と子どもじみていた。だから、風見が職場にそぐわぬ行いをしていたことへの怒りはもちろんのこと、自分の部下が、ライバル視する赤井に心を許し泣き縋っていたことも気に食わないのであろう。子どもが自分のおもちゃを他人に取られるのを嫌がるのと同じ原理の独占欲だ。 　あの喫煙室での降谷の不機嫌も、今の降谷の傷ついた顔もそれですべて説明がつく。それは風見にとって本意ではない。 　風見は降谷に失望されることが何よりの恐怖だった。けれど、自分が抱える恐怖よりも、この人を悲しませることの方が何倍も嫌なのだ。 「それは違います。あなたは何も悪くない。すべては自分の身勝手な感情の問題です。自分が、分不相応な想いを抱いてしまったのが悪いんです」 　風見は、少し前まで隠し通そうと思っていた自分の醜さを何もかも降谷に見せてしまうことに決めた。 　降谷を傷つけるぐらいなら、風見のみっともなさをさらけ出して、失望してもらう方がよっぽどましだった。 「申し訳ありません。嫉妬をしました。身の程知らずであることは重々承知の上です。しかし、赤井捜査官と、……江戸川コナンくんが、あまりにも、あなたに近い場所に立っているものだから」 　嫉妬した、と風見が言葉にしたとき、降谷は急須と湯飲みを用意する手を止めて、信じられないものを見るような目で風見を見た。 「すみません。自分の立場で、おこがましい、ずうずうしいことだとは理解しています。けれど、どうしても思ってしまったんです。例の組織の件で、降谷さんと彼らの連携を目の当たりにしたら、ダメでした。隣には立てなくても、ずっとあなたの背中を見ていたはずなのは自分なのにと、腹から悔しさが湧きました」 　風見の視界に、リビングの隅にあるハロのための自動給餌機が再び入りこんだ。その横に転がる小さなボールも。ハロは今頃、おそらく寝室として使用されている和室で、穏やかな寝息を立てていることだろう。 　降谷の忠犬として正式な立場にあるのはハロだ。降谷はハロを、家族とも呼ぶような心を許す存在として選んだのだ。 　風見は降谷の手足となる有用な部下、ひいては忠実な犬を自負していた。隣に立てなくても、その許された立場で降谷を支える気概があった。しかしどうやら忠犬のポジションですら風見には力不足だったらしい。まさか犬と張り合おうなんて本気で思ってはいない。けれど、降谷のパーソナルな空間の中に居場所を用意され、降谷のそばに在ることを許されたハロを、うらやましく思ったのも事実だ。 　降谷が凶弾に立ち向かうとき、隣には赤井やコナンがいた。降谷が雨に濡れて帰る場所はこの家で、冷えた身体で、柔らかなハロの熱を抱きしめて安らぎを得るのだろう。風見は、その姿を、近づけさせてももらえない距離から見るしかないのだ。ときには見ることすら許されないのだ。 　いよいよどうしようもない。赤井やコナンに嫉妬するばかりか、ハロまでもうらやむだなんて、風見の頭はきっとどうかしている。 「……今日は、そうやって自分の中で燻る身勝手な想いを、また勝手にも赤井捜査官にぶつけて、却って慰めを頂戴してしまいました。あの方は本当に自分なんか敵いもしない器のお方です。申し訳ありません。赤井さんにご迷惑をおかけして、降谷さんにもお心遣いをいただいてしまって。至らない、不甲斐ない部下で」 　風見が申し訳ありませんともう一度口にしようとしたとき、ポロっと目から零れた何かが眼鏡のレンズに落ちた。それは続けてポロポロと零れ、レンズからもさらに滑り落ちて、椅子に座る腿のスラックスを濡らした。何か、なんて白々しい話だ。風見の目から次々に落ちる涙の粒が、レンズを滲ませ、風見の視界をぼやけさせた。 「あれ、あの、すみません。違うんです。そういうんじゃ、なくて」 　せっかく降谷が腫れた目元をどうにかしようと手を尽くしてくれたというのに、一度緩んでしまった涙腺は簡単に締まらなかったらしい。少し前に覚えた目の奥の熱がぶり返して止まらなかった。 　風見は眼鏡を外して、ワイシャツの袖で目元を乱暴に拭った。 「やめろ。こすったら腫れると言っただろう」 　目元を拭っていた腕を取られ、見上げるとすぐそばに立つ降谷が苦しそうな顔をして風見を見下ろしていた。 　降谷さん、と風見が呼ぶ前に、降谷が思いつめたように口を開いた。 「僕のことで泣くのなら、僕の前で泣け。……僕のことでなくても。頼むから、他の奴の前でそんな顔をして泣かないでくれ」 　頭の後ろに回った手に引き寄せられ、風見の顔は降谷の胸に押しつけられた。 「悪かった。おまえに甘えすぎていた。言葉にすることを疎かにしすぎていた」 　押しつけられた降谷の胸から、どくどくと速い心音が聞こえた。悪かったと、謝罪の言葉を口にする降谷の声はいかにも動転している。 　こんなつもりではなかった。降谷を悲しませるくらいならばと、風見は心の内を明かしたというのに、こんな風にまた泣いてしまっては、結局降谷を責めているのと変わらない。 　赤井の言葉がまるで正しいことになってしまう。 「違うんです。降谷さんは何も悪くありません。自分が勝手にいろいろと考えてしまっただけで」 　顔を押しつけられているためにくぐもる声で風見は必死に訴えた。 「降谷さんの右腕として、忠実な犬として、働けることは自分の誇りです。本望です。なのにすみません。それだけでは飽き足らず、自分があさましく、あまりにも強欲で」 　風見の頭を片手で抱えるようにしていた降谷の手が離れ、風見は両肩を掴まれた。そのまま降谷の胸から身体を引き離され、反射的に風見は降谷の顔を仰ぎ見た。 　仰ぎ見た降谷は、真剣なまなざしで風見を射抜いていた。 「聞け、風見。僕にはおまえが必要だ。右腕でも忠犬でも、名称なんてそんなものはなんだっていい。僕にはおまえがいてくれなきゃ困る」 　降谷の両手は、痛いくらいの力で風見の肩を掴んでいた。 「言わなくても伝わっているものだと思っていた。おまえは敏いから、僕はそこに甘えていたんだ。何も言わなくても、おまえはいつまでも僕についてきてくれるものだと勝手に思いこんでいた」 　肩を掴んでいた降谷の手が、今度は優しく風見の顔を両頬から包んだ。包む手の親指は、零れた涙の筋を拭うようにして風見の目尻を撫でる。 「ごめん。大事なんだ。僕はおまえが、何にも代えがたく大事だよ」 　降谷の言葉を理解したとき、唖然として降谷を見つめていた風見は、一気に熱が顔に集中するのがわかった。 　涙のための熱ではない。のぼせるような熱だった。 　恭しく、本当に風見が大事なのだと伝えるような降谷の仕草が、こそばゆくて恥ずかしい。風見を鋭く射抜く降谷のまなざしは、眼鏡を外したままの風見の足りない視力でも鮮明に感じられた。 　降谷から顔を背けたくても、風見の顔は降谷の両手に包まれてしっかり固定されている。わずかばかりの抵抗として、風見は目線だけを横にそらした。 「なあ、僕への不満があるなら僕に全部言ってくれないか。他の誰かじゃなくて」 　降谷がまるで懇願するように風見へと語りかける。 　風見は、少し逡巡したあと、頬を包む降谷の手に自分の手をそっと重ねた。 「降谷さんに不満があるわけでは」 「あるからそんなにおまえは泣くんだろう」 「自分はただ、自分自身が不甲斐ないだけで」 「本当にそうか？　おまえ、自分が本当にそんなにも足りない人間だと思っているのか。おまえの力は僕もよくわかっている。おまえはそんな風に自分を低く見積もる男じゃないだろう」 　風見は目を瞬いた。 　風見は、自分の立場をよく理解し、また自分の力を正当に測れる男だった。それこそが風見の強みだった。 　それを踏まえて、果たして今回、このもやもやと風見の心をかき乱した原因は、すべて風見の勝手な嫉妬と力不足のせいなのだろうか。 　風見の憤りは力の足らない自分自身へのものであって、降谷を責めるためのものではなかった。本当にそうだろうか。これまで風見は、降谷が孤独の世界にいることを知りながら、ずっと何もできずにその背中を見つめ続けてきた。それはなぜか。 　風見の力が及ばないのはもとより、降谷自身が、風見をそちらに行かせまいと遠ざけていたのではなかったか。 　風見は怒っていたのではないだろうか。何が何でもそばにいる自分という存在がいるのに、まったくこちらを振り向いてくれない降谷を、責めていたのではないだろうか。 　本当は、自分の立場に憤るよりも、降谷と肩を並べられる赤井やコナンに嫉妬するよりも、降谷のそばにあることを許されたハロをうらやむよりも、何よりも降谷の身勝手に、怒っていたのではないだろうか。 「あ……」 　たどり着いた答えに、風見が思わず声をもらすと、降谷は「ん？」と、眉尻を下げて笑って、続きを促した。 　その困ったように笑う顔は、風見を安心させるし、たまらない気持ちにもさせるのだ。 「ふっ、降谷さんがいけないんですよ」 　口をついて出たのは、あれだけ降谷は悪くないと否定してきたこれまでの自分の主張をあっさりと翻す、まさに降谷を責める言葉だった。 「俺がいるのに、あなたはいつもひとりぼっちみたいな顔をするから。俺はいるのに。何があっても、俺だけはあなたのそばを決して離れないと誓うのに」 「うん」 「あなた、いっつも言葉が足りなくて。全然こっちを振り向いてもくれず、いつもいつも、勝手にひとりで、何も言わずにどこかへ行ってしまうから」 「うん」 「わかりませんよ。俺だってそれなりにあなたのことは理解しているつもりですし、正直人並み以上には機転が利く自信はあります。それでもわかりませんよ。いくらなんでも、エスパーじゃないんですから。あなたが何を考えて、何を思って行動するのか、すべてを察することなんてできません」 「うん。そうだな」 「嫌なんです。俺は、あなたが傷つくのも、悲しむのも、つらい思いをするのも全部嫌です。俺を大事だと、必要だと言ってくれるなら、もっと近くに置いてください。赤井さんや、コナンくんには及ばないかもしれないけれど、ハロさんのようにあなたを癒す可愛げはないかもしれないけど、俺なりにあなたを支えられるだけの力は持っているつもりです」 「……ハロ？」 「あ、いえ、えっと……とにかく」 　あのとき。降谷たち三人が命を賭して屋上で戦っていたとき。 　風見は同じ高みに立てない自分が悔しかった。 　風見には風見のすべき使命がある。それはわかっている。しかしそれでも、降谷が自分を置いていったことが腹立たしくて仕方なかったのだ。 　何も言わずとも風見は風見で、すべき使命を果たすであろうと、信頼をおいてくれていたのだろう。尊敬する上司からのその信頼は幸甚の至りだ。それでも。 　同じ高みで戦える赤井とコナンは、それでも降谷の仲間ではない。同じ正義は掲げられないし、絶対の味方でもない。 　降谷の帰る場所、家族と呼べるハロは、それでも守られるべき存在だ。降谷が正義に身を投じるとき、きっとそばに置くわけにはいかないだろう。 　風見ならできる。 　風見なら、降谷と同じ方向を向いて、同じ正義に身を燃やせる。 　風見なら必ず降谷のそばにいる。 　それが、自分の立場を、自分の力を正確に自認できる風見の、絶対にゆらがない自信だ。 　それをまるでわかってくれない降谷に、風見はきっと、ずっと怒っていたのだ。 　風見は、重ねていただけだった手に力をこめて、降谷の両手をギュッと握った。 「肩を並べられなくても、あなたの安らぎになれなくてもかまいません。……それを担うほかの誰かに、嫉妬はしてしまうかもしれないけれど。でも俺は俺の立場で、あなたのそばにいつづけます。あなたの手足になって、あなたの犬として、必ずついて離れませんから。だからたまには、こちらも見てください。あなたには俺がいることを忘れないでください」 　決意表明のごとく、言いきった風見の宣誓を受けて、唖然として顔を赤らめるのは、今度は降谷の番だった。 　どうやら珍しく照れているらしい様子の降谷に、風見は眼鏡を外していたことを残念に思う。この秀麗な上司のそんな顔はめったに見られないから、もっとちゃんと見ておきたいと好奇心がうずく。しかしテーブルの上に置いた眼鏡を手に取ろうにも、頬を包む降谷の手を引きはがしてしまうのももったいない気がして、結局風見はそのままの体勢に甘んじた。 「風見。ごめん。……ありがとう」 　降谷は、恥ずかしそうに目を眇めながら、静かな声で、けれどしっかりとした発音で言った。 　風見は、あの日、あのときから、ずっと風見の胸の奥底にこびりついて剥がれなかった痛みが、すっと晴れていくのを感じた。 　降谷だって人間なのだと、当然のように言った赤井の言葉を思い出す。 　まったくその通りだ。風見は知っていたはずだ。この男の、自分の所有物に対しては子どものような独占欲を持つ幼さも。言葉足らずのくせに、自分の意図するところはすべて相手に伝わっているものだと思いこむ妙なところで無粋な性分も。普段、口ではいくら厳しい言葉を吐いても、情に厚くて、面倒見のいい優しさも。 　そうだった。この降谷零という男は神でもなんでもない。風見と何ら変わらない、ただ一人の人間だったのだ。 「せっかく冷やしたのに、またやり直しだな」 　もう涙も止まり、またしても腫れぼったく熱を持つばかりの風見の目元を指して、降谷が言う。 　風見の潤んだ目をじっと見つめて、降谷は訊ねた。 「おまえのこれは、僕のせいか」 　風見はわざと憮然とした態度を装って答える。 「ええ。そうですね。まったくすべて、降谷さんのせいです」 「うん。そうか」 　生意気な部下の返答を聞いて、降谷はひどく嬉しそうに笑った。 　もう遅いから泊まっていけ、という降谷の提案を二度ほど断り、最終的には「上司命令」を盾に強引に受諾させられた結果、風見は就寝に入るまでのすべての準備を終わらせていた。 　泊まりこみが続いていたため、鞄の中に着替えのシャツや下着は一式持ち合わせていたが、あいにく寝間着までは持参していない。風呂から上がって降谷から借りたスウェットを身に着けた風見は、ここでも「あの降谷さんでもスウェットなんか着るんだな」と、また降谷の人間味を知る。 　「失礼します」と声をかけ、事前に案内されていた寝室である和室の襖を開く。部屋の中では先に寝支度を済ませた降谷が、電気の消えた薄闇の中、低い机に向かって胡坐をかいて座り、電気スタンドの明かりのもとで本に目を落としていた。 「お風呂ありがとうございました。目を悪くしますよ」 「しかたないだろう。ハロが起きる」 　部屋の壁際には、ペット用の布団なのか、小さなクッションのようなものの上で身体を丸め、小さく寝息を立てるハロがいた。風見は穏やかに眠るハロを起こさないよう、慎重に近づいて、ハロの隣にしゃがみこんだ。 　風見は何度かハロに会ったことがあるが、こうして姿を見るのは久しぶりだ。ふさふさの身体を小さく上下させながらぷうぷうと鼻を鳴らすその愛らしさに、つい顔がほころんだ。 　もともと本気で張り合うつもりはさすがにないが、風見のような三十路も過ぎた大男がこの愛らしさに対抗しようだなんて、やはり馬鹿らしい考えだった。ハロと風見では、同じ忠犬でも役割が違うのだ。 　ハロとは降谷の忠犬仲間として仲良くやっていけたらいい、なんて、それもまた風見のような男が考えるには夢みがちすぎるのかもしれない。 　ところで、今晩、風見が貸してもらえる寝床はどこだろうかと、風見は部屋の中を探した。 　部屋の中には、ハロが眠る壁際とは反対の壁際に沿って、普段降谷が使用していると思われる和室用のヘッドレスベッドが設置されている。他に寝具の類はこの部屋の中には見当たらなかった。 　考えてみれば、ほんの一週間前まで潜入捜査のための生活をしてきた降谷が、客用の布団など持っているはずがないのではないか。風見はそれに気づいて、ならば自分は畳の上で寝るのか、と思い至った。最低限の家具しかなかったリビングには、ベッド代わりに使えるようなソファーはなかった。つまりそういうことだろう。仕事柄、寝床として整わない環境で睡眠をとることには慣れている。掛布団代わりにシーツの一枚でも貸してもらえたら御の字だな、と風見は内心で納得した。 「風見。おまえ、自分を強欲と言ったな。もっと欲張りになってもいいんだぞ」 　降谷は本を閉じて、ベッドに腰を下ろしていた。机の上の電気スタンドの明かりも落とされ、部屋の中は豆電球の小さな明かりだけで薄赤く照らされている。 　先ほどの話を持ち出され、風見は少しバツが悪い気持ちにもなったが、欲をかいていいと言われたことに頭をひねった。風見の要望次第では、シーツ一枚などと言わず、もっと上等な掛布団を貸してもらえるということだろうか。 　ほのかに暗く橙色に染まった室内では、降谷の表情までは風見には見えない。 「そうだな。右腕。忠犬。……たとえばそこに、恋人を加えてもいい」 　降谷が指すのは、今晩の寝床の話ではなかったらしい。しかしそれ以上に、まるで想像の範疇をこえていた話を投げかけられたことに、風見は混乱した。 「は……？　何を、また……何ですか、急に。自分があなたの恋人だなんてそんな、恐れ多い」 　狼狽してしどろもどろになる風見に呆れたのか、降谷は大きなため息をついた。 「あれだけ熱烈な告白をしておいておまえ……卑怯じゃないのかそれは」 　どうやら苦笑いを浮かべているらしい降谷の気配を感じ取って、風見はようやく合点がいった。 　先ほど風見が宣言した降谷の部下としての誓いは、確かに熱烈ともいわれるような告白だった。降谷は、その風見の決意をあえて冗談めかして話題に乗せることで、風見の「近くに置いてくれ」という願いに応える意思があることを示してくれようとしたのだ。 　これは馬鹿真面目に答えるような話ではない。ある程度気心が知れた者同士が交わすはずの、なんてことない軽口なのだ。 　せっかく降谷が歩み寄る姿勢を見せてくれたというのに、これは失態だった。仕事の上では察しは悪くないつもりだが、風見はこの手の冗談だとか冗句にはなかなか疎いのだ。 「まあいい。おまえのその変なところで融通の利かないお堅い性分は十分に承知している。今後じっくりわからせてやるから、覚悟しておけ」 「！　はい！」 　降谷は呆れながらも、風見の失態を許容してくれるらしい。ありがたいことだった。もちろん上司にばかり負担を強いるつもりはない。風見は早く降谷の軽口に合わせられる柔軟さを身に着けようと、降谷の右腕、忠犬たる男になるための覚悟をまた新たにした。 「よし、こっちに来い」 　降谷は腰かけていたベッドの中に入り、端に寄ると、半分空いたスペースをポンと叩いた。 　その動作と、こっちにこいという言葉を統合すると、つまり、風見にベッドに入れということだろうか。 　早速きた判断に困る戯れに、風見は次に自分がすべき言動に迷った。これは、なんと返答するのが正解なのか。しかし何が正解か、などと考えている時点でやはりまだまだ風見の頭は固い。精進しなければいけない。 「すみません。自分はどうすればよいのでしょうか」 　結局風見は素直に訊ねた。降谷と仕事をともにする中で得た教訓だ。間違いを無駄に重ねるくらいなら、素直に教えを請い、次回に生かす方が風見にとっても降谷にとっても、よっぽど有益なのだ。 　降谷は、一拍、間を置いてから、小さく手招きをして風見を呼んだ。風見は招く手に従って、膝でベッドへとにじり寄る。 　降谷のすぐそばまで風見がたどり着いたとき、降谷は風見の腕をとって、ベッドの中へと引っ張りこんだ。 「わっ、ふ、降谷さん！」 「どうもこうも、こちらへ来いと言っているんだからおとなしく来ればいいだけだろう」 　「あまり騒ぐとハロが起きる」といさめられ、風見は、言われたとおりおとなしくベッドにおさまるしかなかった。ひとつしかない枕の端に頭を乗せられ、そのすぐ隣でも降谷が同じく枕の端に頭を落ち着けていた。枕は幅が広い大き目のものだったが、そうは言っても、そんな間近で降谷の息遣いが聞こえることに風見はたじろいだ。 　シングルサイズよりは広いらしいベッドの中で、それでも降谷と風見は脚やら腕やらが当然のごとく接触している。下手に動くと何か洒落にならないような気がして、風見は寝ころんだまま直立不動するように、手足を閉じてピンと身体を張った。 　たしかに近くに置いてくれとは言ったが、ここまで物理的な話をしたつもりはない。 「あの、降谷さん」 　風見は天井を見つめたまま降谷に呼びかける。 　降谷は乱れた掛布団を直して風見にしっかり掛けながら、寝返りをうって、風見の方を向いた。 「何もしない。今日は、何もしないから。いいから隣にいてくれ」 　耳に吹きこむような降谷の声を聞いて、風見はあおむけの姿勢のまま、目線だけで隣の降谷を見た。 　何もしない、とは、今日のところはもう説教や叱責の類はなし、という話だろうか。 　いや、それよりも。 「よろしいんですか。隣にいても」 「うん？　僕から頼んでいるんだ。よろしいに決まっている」 　そうか。いいのか。自分は、この人の隣にいることを許されたのか。 　そばにいると誓ったけれど、近くに置いてくれと訴え、それには応えてくれたけれど。 　明確に「隣に」と降谷に言葉にされたことが、どうしようもなく風見を幸せな心地にさせた。じわじわと湧きあがる歓喜が、風見の胸中を明るく満たす。 「……はい。います。降谷さんが許してくださるのなら、喜んで」 　あふれる嬉しさに、どうしても目尻が下がり、口元が弧を描いた。 　しかし、すぐにあることに思い当って顔を引き締めた。こんなニヤニヤと締まりのない顔をして浮かれていては、降谷からそれでも公安かと叱責を受けるかもしれない。ときにははったりをかまし嘘を操ることも多い公安警察の仕事をこなすにあたって、感情が顔に出やすい風見は、以前から降谷に注意するよう指導されていたのだ。 　せっかく今日は何もしないと降谷が計らってくれたのだ。その心配りを無下にはしたくない。 　ちらりと横目で隣の降谷を確認すると、降谷は何かを耐えるように眉をしかめ、唇をかみしめていた。 「おまえ、本当にそのうち覚悟しておけよ……」 　やはり口が出そうになるのをどうにか堪えてくれたらしい。 　降谷の寛容に感謝と申し訳なさを感じながら、風見は神妙にして反省を態度で示した。 「申し訳ございません、降谷さん。精進します」 「……いや。まあ、徐々に、な」 　降谷はおもむろに上体を起こして、風見の顔から眼鏡を外し取った。流れるようなその動作を、風見はされるがまま、目で追った。すると降谷の右の手のひらが風見の両目に覆いかぶさり、視界を奪われてしまった。被さった手の上で、チュッと軽いリップ音のような音が鳴ったかと思うと、その手が離れていき、豆電球の明かりが逆光になって、影に隠れる降谷の顔が視界に映った。 「うん、きれいだ」 　降谷の表情は影になっていてよくわからなかった。 　食事のあと、降谷は、風見が涙の名残を翌朝に持ち越さないよう再び世話をしてくれた。だから今の行動は、どうやら腫れも赤みもきれいに消えたらしい風見の目元を見て、自分の仕事に満足したものなのだろう。 　けれど、何か、こみあげるものがあって、風見の胸の奥がことりと音を立てた。 「？　あ、はい……？　おかげさまです。ありがとうございます」 「はいはい」 　胸の奥からドミノ倒しでも起きたようにどんどん高鳴る鼓動の意味が風見にはわからない。風見は頭にたくさんの疑問符を浮かべながら、それ以上考えるのは一度やめることにした。 　もう夜もだいぶ遅い。明けて朝が来ればまた仕事だ。風見も降谷も、一刻も早く寝るべきなのである。 　降谷は風見の身体の上から腕を伸ばして、ベッドのそばの机の上に眼鏡を置くと、また布団に潜りこみ、風見の方を向いて横になった。 「ところで、今日は勘弁してやったが、僕、普段寝るときは下着しか身に着けないんだ。どう思う？」 「それはちょっと……身体を冷やすので服は着た方がいいと思います」 「なるほどなあ」 　くすくすと、笑い声をもらし、やたらと楽しそうな降谷は、その後もいくつかとりとめのない話をしては、風見の反応を見て、やはり楽しげに笑っていた。 　そうしているうちにどちらともなく睡魔に誘われて、互いにうとうととまどろみながら、覚束ない口だけで会話を続けた。 「風見」 「はい」 「この家さ、しばらくここに落ち着けそうなんだ。ハロも気に入っている。僕も、悪くないと思っている」 「はい」 「けど広いだろ。この家。あまり物を持たない生活をしてきた僕には、とてもじゃないがこの空間を埋めきれない」 「はい」 「……だから、今度、家の中の埋め方を教えてくれ」 「はい。自分でお役に立てるのなら」 「うん。……なあ。ここに越してきて、最初に買い足したのはあの椅子なんだ。さっき、おまえが座っていた。おまえがいつかこの家にきて……座ってくれればいいな、と思って……」 　そこまで言って、いよいよ降谷の呼吸が寝息のリズムに変わった。それに共鳴するように、風見の呼吸もまた、ゆっくりと落ち着いていく。 「……おやすみなさい。降谷さん」 「……ん、おやすみ、風見」 　就寝の挨拶を交わしたのを合図に、風見は意識を手放し眠りに落ちた。 　落ちる一瞬、すぐ隣に降谷の体温を感じながら、またこの人と「おやすみ」と言いあえる夜があればいいと、柔らかい気持ちで願った。 [newpage] 「ＦＢＩとの合同捜査の話がまた持ちあがっている」 　とは、朝、出勤のための身支度を互いに整えているときに、降谷が口火を切った話だ。 「調整に何かと手間取っているんだが……なにせうちの上層部の腰がなかなか重くてな。ほら、前回やつらがそこかしこで派手にバンバン銃をぶっ放してくれただろう。あれがまだ尾を引いている。しかしまあ、おそらく今月中には決定が下るだろう」 　例の組織の捕縛劇において、特に連邦捜査局の彼らは、ためらいなく銃を頻繁に使用していた。この銃規制国では、いかなる場合であろうと、一発の銃弾であろうと、発砲があったとなればそれはもう重大な事案となる。そしてその正当性を示すためには膨大な時間と人員を掛けた調査・手続きが必要となるのだが、彼らはそこのところを理解してくれているのか、いないのか。何度説明してもところ構わず発砲してくれたおかげで、その後処理に追われ泣きを見たのは風見、ひいては日本警察だ。 　もちろん闇雲な発砲ではなく、すべて必要に応じて、ときには危機に迫られての使用だったので、彼らを責められはしないのだが、厄介ごとを嫌う上層部が再び彼らと手を組むことに消極的なのもうなずけない話ではない。 　昨日、赤井が会議室に缶詰めにされたという話は、どうやらこの件についての打ち合わせだったようだ。風見は赤井の別れの挨拶が「また後日」だったことを少し不思議に思っていたのだが、そういうことだ。後日は近いうちに訪れる。 「上から決定をふんだくり次第すぐに捜査を進める。僕は君を引っ張るぞ。心構えをしておけ」 「はい！」 　風見が、ネクタイを締める手を止めて勢いよく敬礼をすると、降谷は目元をほころばせてうなずいた。 　ふと、降谷が、風見の首元に手を伸ばす。そして、まだ結ぶ途中で風見の首に垂れ下がったままだったネクタイを襟から一気に引きぬいてしまう。 「君、これ、昨日と同じネクタイだろう」 　降谷の言い方に咎めるような空気を感じた。 　泊まりこみが続く間、風見は下着などは着替えを持ちこんでいたが、ネクタイに関してはたったの二本を使いまわしていた。そして昨晩は本来なら自宅に戻るつもりでいたため、そのうちの一本はデスクの引き出しの中に置いてきたのだ。つまり今日風見が使用できるネクタイは昨日身に着けていた一本しかない。 「申し訳ありません。替えがないものでして」 「君なあ、こんな仕事とはいえ、いち社会人として身だしなみには最低限気を配れ。ほら、僕のを貸してやる」 「いえ！　そんなわけには」 「身だしなみも自己管理の内、自己管理も仕事の内、だ。いいから使え。上司命令だ」 　またしても伝家の宝刀、上司命令を持ち出され、風見は言葉につまる。こうなればもうありがたく拝借するしか風見には選択肢はない。 　降谷はクローゼットから取りだしたネクタイを風見の首に引っ掛けた。そしてあろうことか、そのまま手先を操ってネクタイを結びだす。器用にネクタイの先をくるくると操る降谷は、鼻歌まで歌ってどうやらご機嫌のようだ。 「降谷さん、何もそこまでしてくださらなくても。昨晩からこっち、お世話になってばかりでいいかげんに気が引けます」 　風見は、自分の胸元に集中しながら鼻歌を歌う降谷を見下ろして恐縮する。 　存外面倒見がいい降谷は、部下の世話をするのが、例えるなら愛車のメンテナンスをするように楽しさを覚えるものなのかもしれないが、さすがに世話になりっぱなしでは恐縮しきりで風見の身が持たない。 「いいだろ。君は僕の忠犬らしいからな。しっかり首輪をしておかなきゃ。どこかのよそものにさらわれでもしたら大変だ」 　ほら、できた。と綺麗な結び目を作った風見の首元をトン、と降谷が叩く。 　風見の首に下がるのは、紺と水色のレジメンタルストライプ柄のネクタイだ。降谷が身に着けていたのを何度か目にした覚えがある。 　なるほど、これは首輪か。言うなれば、愛車のメンテナンスというよりは愛犬の世話というわけだ。 「簡単に拉致されるほどやわではないつもりですが」 「そういう問題じゃない。僕以外にしっぽを振ってくれるなよ？」 　風見の首に下がるネクタイの先を降谷が掴んで、風見の顔を引き寄せた。かがまされて降谷の顔が間近に迫る。鼻先が触れるか触れまいか。降谷の整った顔は、至近距離で見るには心臓に悪い。 「自分がしっぽを振るのは、この国とあなただけですよ」 「そうしてくれ」 　首を引っ張られていた状態からパッと手を離され、風見は姿勢を正す。動揺をごまかすように、眼鏡の位置を直す仕草でそっと顔を隠した。それでも赤らむ頬は降谷には悟られてしまっているのだろう。風見の横顔を見た降谷がとても満足そうで、風見は複雑な思いに苛まれる。 　降谷が歩み寄ってくれようとするのは嬉しいが、昨晩から続くようなこの心臓に悪い戯れが今後も行われるのであれば、果たして自分の身は持つだろうか。一日も早く降谷のお遊びにソツなく対応できる精神力が欲しい。 　降谷に許されようとも、風見が降谷の隣に並び立っていられるためには課題が山積みだと改めて自覚する。 　先に身支度を済ませ玄関へと向かう降谷が「風見。早く来い」と呼ぶのを、風見は「今参ります。降谷さん」と、明瞭な声で答えて追いかけた。 　来る後日、風見がいつぞやの礼だとして、煙草をひと箱赤井に贈るのを目敏く見つけた降谷が、「うそつきめ！」と盛大に拗ねてみせ、「これが君の言う神様か？」と揶揄する赤井に、風見は苦笑いを返すのだった。 　＊＊ 　駅前の路上だった。 　近辺の雑居ビルから出た風見と降谷は、路上パーキングに止めていた車に乗りこもうとするところだった。 「目暮警部！　お待ちください！」 　年若い青年の声が響いた。広い車道を挟んだ向こう側の歩道に、捜査一課の目暮警部と高木刑事と話している高校生がいた。 　彼の名は風見でも知っている。工藤新一。新聞などをにぎわしている有名な高校生探偵だ。一時期はそのにぎわいも落ち着いていたようだが、最近また活躍が目立ちだしたらしい。 　隣にいる降谷は、工藤の姿をじっと見つめていた。 「声を掛けてきましょうか？」 　風見が訊ねると、降谷は、驚いたように風見を仰ぎ見た。 「目暮警部と高木刑事とは面識があります。取次ぎを頼めないこともないと思いますが」 　風見が続けて言うと、降谷は思案顔を見せたのち、ゆるく首を横に振った。 「いや、いい。いつかまた、自然に出会うことがあれば……そのときこそじっくり話でもしてみたいな。彼とは」 　道の向こうの三人のやりとりを眺めるのをやめ、風見と降谷は車へと乗りこむ。 　運転席の風見がエンジンを掛け、最後にもう一度、サイドミラーに映る高校生の姿を見た。 「そのときは、自分も隣に置いてくださいますか」 　助手席の降谷は、晴れやかな顔で言った。 「当然だ」

■降谷さん大好きすぎて思いつめちゃってやたら泣く風見さんを赤井さんが慰めたり、降風が始まりそうでまだ始まらない話<br />■うっすら赤風と言えば赤風だけど、赤井さんは降風ふたりまとめて憎からず思っている感じ<br />■そしかい後<br />■降谷さんと風見さんの一人称やら二人称やらが私の判断でころころ変わります<br /><br />※この世に実在するあらゆるものすべてに関係ありません。個人的な趣味による妄想の産物です。<br /><br />□ブクマや評価、コメント等ありがとうございます！<br />□以下は本文にいれられなかったちょっとした設定とエピソードです。一応ネタバレになるので、本文後に読んでいただけるといいかなと思います<br />□蛇足でしたら無視してください<br /><br />↓↓<br /><br /><span style="color:#bfbfbf;">＊赤井さんはあのフレーバーウォーターは間違って買ったわけではなく好きで買っていた。けど、偶然会った風見さんがなにやらひどい顔をしていたので、労うつもりでとりあえず持っていた水をあげてみた<br />＊後日、苦手なはずの例のフレーバーウォーターを普通に飲んでいる赤井さんを見つけて、風見さんはあれ？？ってなる<br />＊降谷さんは最初から自宅に風見さんがきてくれるのを想定して新居の希望条件を出していた。立地は風見さんの家からそこそこ近い距離で、広さも広めの家を指定。もちろんハロのためでもある<br />＊ゼロティー一巻までの時点で、安室宅の椅子は一脚しか描写がないので、この話では安室さん＝降谷さんは椅子を一脚しか持っていなかった設定</span>

犬の本懐

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＊ネームレスの夢主あり ＊過去捏造 ＊設定だけクロスオーバー的(某牧場のお話) ＊かっこいい降谷さんいません ＊性格崩壊している ＊スコッチの名前は景光のみ ＊ちょこっと流血表現あり ：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：： [newpage] 降谷くんのアイコンはずっと機嫌がいいみたい。 体育祭の中盤を迎え、２個目の出場を果たした彼はとてもいい笑顔で帰ってきた。 ４００ｍリレーでは親友くんがトップバッターに、１位でバトンを渡し続け、アンカーの降谷くんはそのまま一切の手を抜かずにゴールテープを切った。 彼に走り終えて待っていた三人は飛びついて喜び、クラスの応援席に大きなピースサインを見せてくれた。 他の走者が終わるまでその場で座って待っている間ももみくちゃにされている降谷くんに、女の子たちの黄色い悲鳴は止める気配がない。 しばらく聞いていたせいなのか耳がキーンとなり始めて、そろそろ悲鳴だけで意識が飛びそうだ。 そして応援席に帰ってきた４人にクラスたちの賛辞が送られ、それぞれが席に戻る。 彼は変わらず、私の隣だ。 「２個目の１位だな」 ―――ピコン！音符マークがゆらゆら。 楽しそうに言う彼は私から受け取った水筒から中身を飲み、一息ついてからこちらをジッと見てくる。 何かを考えているのか、ピコン！と次に出てきたアイコンは三点リーダーだった。 あの撫でてほしいアイコンじゃないのか、と少し残念になって思わず苦笑してしまった私に、心でも読んだかのように彼はちょこっとだけムッと口を尖らせた。 もちろん彼のアイコンもぐるぐるとした表示をしていたので、表情でこちらの考えが読み取れたようだ。 それにしても彼はクラスのいるところでここまで表情を変えるのも珍しいんじゃないだろうか。 あそこまで怒っているのを見るのは私も初めてだけれど、子供のように拗ねたりと表情とアイコンの表示が一致していていつもよりアイコンを見る時間が少ない。 というのも、彼が考えていることが分かりやすくなったのかもしれない。 一緒にいる時間も増えてきて、この力に頼らない時が遠からずありそうだ。 少し、寂しく思う。 「なぁ、ここの椅子２つ使ってるか？」 「ん？あぁ...そこのだったら今別のクラスに行ってるぞ」 「じゃ、借りるか」 ガタガタッと椅子を横に並べた彼は私から一旦離れて、間に二つの椅子を挟んだ先の椅子に座った。 そして頭に巻いていた鉢巻を下にずらして、首に巻く。 「うちわ持ってきてるか？」 「え？あ、あるよ」 「おしっ」 前の机に引っかけてもらっている私の鞄から小ぶりのうちわを取り出して見せると、彼は小さなガッツポーズを見せた。 何をするんだろうか、と彼を見ていると、こちらに背を向けて横向きに座り、お尻を後ろに滑らせて移動してくる。 少しずつ移動しては私の方を何回か確認し、また近づいてくる。 ２個目の椅子を少しだけ乗せた辺りで、こちらに首だけ振り返る。 「両手を上にあげてないと、危ないぞ」 「ちょ、まさか！」 ふらり、と上体がこちらに倒れてくる。 思わず両手をあげて彼から避けるようにしたが、まさかここでするなんて思わず声をあげてしまったが、出来ればもっと人の目がないところでそれもバランスの悪い場所でやめてほしい。 ―――ピコン！黄色いお花がゆらゆら。 アイコンの音と同時に、私の膝にくすぐったい彼の髪が触れる。 ちゃんとした位置にもぞもぞと動くたびにズボンから出ている素肌に髪がくすぐられ、こそばゆい。 声を出して笑いそうになるのを片手で塞ぎながら、周りの目が集中してくるので視線から逃れるために下を向く。 安定した部分が見つかって目元が緩く下がった彼の目と合って、グッと頭の重さが膝に乗る。 恥ずかしい。こっちの気も知らないで呑気に、楽しいとばかりに口元を上げた彼は羞恥心と気まずさに真っ赤になっている私の顔を眺めながら、持っていたうちわを取り上げた。 ―――ピコン！手がなでなでと動く。 「あっつ...」 彼はぱたぱたと扇ぎながら体操服の首元を少し持ち上げて、中に空気を送る。 勘弁してほしいと両手で顔を隠して視線から逃れるように縮こまりたいのに、膝にいる彼に顔を近づけるなんてもっと無理。出来る気がしない。 中途半端に背を丸めた私の様子を彼は気分良さそうにうちわで時折こちらに風を向けて、アイコンの音で急かす。 指の間から笑い声でも上げそうな彼を睨みながら、横から見える範囲に目を向ければ、クラスメイトの男子がこちらに砂でも食べたような顔をして見ている。 私にじゃない、彼に向けて。 女子もこちらの様子が見えているから、私が確認しなくてもおそらく同じような顔を浮かべてそうだ。 申し訳なさで奇声をあげたい。 まださっきみたいに頭を撫でるだけだったら平気だ。 猫の背中を撫でている気分で済むし、見られることも少ない。何より可愛い。 しかしこれはいただけない。 彼が寝そべっているのは周りに気付くし、無駄に長い脚は椅子に乗らずプラプラと機嫌よく揺れている。 いくらなんでもこれは辛い。クラスの女子が認めてくれたのか知らないが今までと変わらなく接してくれている分、こんな姿を見せることになって本当に辛い。 さっきから彼を見てきてた女子たちの声が聞こえない。 「...ぃ...」 少し顔から手を離して横目で隣のクラスを見てみれば、やっぱりこっちを見ていた。 開いた口も塞げないぐらいに固まっている。そして彼のほうに視線を向けている。 恥ずかしい、恥ずかしいと再び顔を手で隠せば、ぺしぺしとうちわで手を叩かれた。 「おい、大丈夫か？」 ―――ピコン！汗がたらりと流れる。 彼の叱られるかもと焦った子供のような様子が指の間から見える。 私があまりにアイコンを無視しているから、怒っていると勘違いした彼に私は大丈夫だと伝えるために小さく頷く。 つー。 でも熱くなっていてもう少し冷ましてからじゃないと顔をあげられない。 手を退かすことが出来ない。 「...なぁ、本当に大丈夫か？」 ―――ピコン！汗がたらりと流れる。 「...う、うん...だ―――」 ぽたり、と手の平に温かい液体が乗った。 汗じゃない。さらりとした感じじゃなく、どろりとした感じ。 「あ、れ...？」 くらくらと頭に上った熱が逃げ場なく、どこかに出ようとしている。 手の平に次々とこぼれていく液体が手首に伝っていく。 顔の下にあった彼の表情が驚愕を浮かべて、うちわを放り出して私の膝から転がり落ちる。 引っかけている私の鞄の隣に同じく掛けてある彼のバックから、真新しそうなタオルを取り出して、顔を隠していた手に触れて横にずらす。 すぐさま彼のタオルを鼻に押し付けられた後、ずらしていた手を戻して押し当てて支える。 「しっかり持ってろ」 ―――ピコン！エクスクラメーション。 「ぅ、うん」 彼の手が離れてもタオルが落ちないのを確認した後、私の顔を彼の肩に乗せると椅子に乗っていた私のお尻に手を差し入れてグッと持ち上げた。 「ふぇっ！？」 「救護テントに運ぶから口は閉じてろ」 ―――ピコン！ 「！」 抱っこされた私のお尻を腕で支えて、背中に手を回す。 軽々と持ち上げた彼はそのままトラックの外側に沿って走る。 すれ違う人や周りの視線に釣られてこちらに向かれる視線。 「いやああああああああ！」 「きゃああああああああ！」 「えええええええ！？」 男女の声が応援の声をかき消す。 さっきまでとは比べ物にならない多くの視線が彼に注がれている。 それに抱えられている私にも好奇や憎悪が向けられて、必死で彼の肩に顔を押しつけて顔を隠す。 彼の家の柔軟剤かもともとの彼の香りなのか、優しい香りが私の流れるものの独特な匂いに混じる。 このまま早退したい。 そう願いながら、救護テントへと乗り込んだのだった。 [newpage] 調子に乗ったと思っている。 「確かにご褒美の内容に膝枕を止めなかった俺も悪いとは思うが、さすがにちょっとは人の目を気にしてやれ」 「...」 ご褒美に浮かれて、彼女がキャパオーバーで鼻血を出してしまった。 膝枕の柔らかさを堪能しつつ、極上の癒しとなる彼女の手の温もりで撫でられたいと思っていたら、周りを気にしていた彼女が真っ赤になってしまった。 いつもなら可愛らしい照れだったりするのだが、手に隠された部分から覗く部分は赤いのに手が異様に白く見えた。 思わず声を掛けてみたが指の隙間から見える彼女の目は潤んで、さらに少し濁っている。 頭に血が上っていると思った瞬間、小さな水音が聞こえて彼女の手首から赤い血が流れた。 まずい、と持っていたうちわを捨て転がるように膝から落ちてタオルを取り出した。 そして彼女の手を掴んで鼻にタオルを押しつけて、彼女に持ってもらう。 今彼女が歩ける状態かも危ない。元々足を捻っているので、フラフラだ。 だったら俺が抱き上げて運ぼうと上向きになってしまう横抱きを避け、子供を持ち上げる抱っこをする。 思わずだったので彼女のお尻を触ってしまったが、弾力のある感じと抱きしめる時に感じていたいい香りに包まれた時には、歯を食いしばることしかできなかった。 なので、口を閉じてろと冷たい言い方をしてしまったが、受け答えしている余裕なんてなかった。 走っている間に背中を支えていた手がちょうどブラのホック辺りだったり、体操服で制服よりも薄いその布地から揺れる彼女の胸が少し触れたりして、本当に俺が危ない。 周りの悲鳴などが聞こえていたから彼女は顔をあげて俺のアイコンを確認なんてできないと思ってる。それだけが救いだ。 真っ赤にならないように努めて、救護テントに彼女を運べば、中で待機していた養護教諭が驚いた様子でこちらを見ていた。 俺は彼女を椅子に下し、鼻から血が出ていたので運んできたと伝えて、隣の椅子に腰を下ろす。さっきまで考えていたことも忘れはしないが、遠くまで離して心を落ち着かせる。彼女の心配が優先だ。 彼女を見た養護教諭は、軽い逆上せだと教えてくれたが、そんなに暑かったかしらと首を傾げていた。 二人で苦笑いを浮かべて誤魔化したが、まさかここまで恥ずかしがり屋だとは思わなかったので反省する。 とりあえず保健室を解放して、鼻血が止まり次第、休むことになった彼女は、こちらに向いて申し訳なさそうに荷物を持ってきてほしいとお願いしてくる。 確かに俺はまだ種目もあるし、無くなる可能性だってある。 分かったと頷いてもう一度荷物を取りに戻って養護教諭に渡してから、応援席に戻った。 そして、席に戻った俺の隣に、景光が座ってさきの言葉を言ってきた。 怒っているような、困っているような、複雑な表情。 俺は、反省の意味も込めて項垂れていた。 「とにかく３つ目のご褒美が後日に改めろよ？」 「...無しにしないところが優しいな」 「ま、まあ、親友のことも大事だからな、俺は」 「ありがとな」 ニカリ、と白い歯を見せて笑う景光にお礼を言えば、さっきまでいた彼女のぬくもりが残っている椅子を撫でた。 弁当を持って、保健室で食べることを許可してもらおう、と考えながら。 午前中の種目が終わって、昼休み。 ３つ目の障害物リレーもなんなく１位で終え、養護教諭に保健室で彼女と食べたいと告げれば、ちょっとだけ嫌な顔をされたが周りの先生からの後押しがあってなんとか許可してもらった。 とりあえず、椅子と机で食べて後片付けしたら匂いが残らないように窓を開けることは言われた。気持ち悪くなっている子が来た時に、悪化させるからだそうだ。 しっかりと守ることを伝えたあとに、彼女の弁当と自分のを持って保健室に入った。 横になっていた彼女に声をかけてお昼にしようと誘った。 「保健室で食べるなんて初めて...」 「俺も」 起きていた様子の彼女は軽く崩れていた髪を直して、俺の隣に腰掛ける。 ３つ目の種目も１位だったと伝えた後に、ご褒美は後日だとからかいながら言えば、彼女のちょっとだけ驚いた後少し怒った顔が入り混じる。 「...人前で、恥ずかしいのは嫌だよ...」 「そ、それは本当に悪かった」 「反省してるんだね？」 「...してます...」 「うん。嘘はついてないみたいだね」 ちょっとの間が気になるけど、と笑う彼女に、散々言われたのだと言わなかった。 景光たちが彼女の前で暴走する俺がどれだけ怖いのかと説明された。 何人かの女子に意見を求めていたし、そのすべてが俺の早急すぎる対応に非難の言葉をぶつけてきた。 さすがに彼女に嫌われたくないので、焦らずゆっくりと進もうと決意した。 あと、少しのロマンチックもまぜながらだったな、うん。 二人で食べ終わった弁当を片付けて、窓を開けておく。 カーテンを開けてさっきまで寝ていたベットに腰掛けた彼女は、外からの風に気持ちよさそうに目を閉じていた。 「降谷くんも、こっちに座る？」 「...あ、あぁ」 スプリングの生生しい音にドキドキしながら座り、熱が顔に出てないことを祈りながら風に当たる。 少しでも冷めてくれると助かるが、やっぱり梅雨近くなのかちょっと湿度が含まれているようだ。 「残りは騎馬戦とクラス対抗リレーだっけ」 「あぁ、さすがに終わり近くには戻ってくるんだろ？」 「どうだろう？この足だし、救護テントか保健室から教室に戻されるかも」 「そうか...」 残念に思った。 彼女に間近で勇姿が見せられないことと、今の点数なら優勝して喜びを分かち合うのが出来ないことに。 でも足が早く治ってほしいとも思っている。一緒に帰って寄り道もしてみたい。 色々なことがこれからたくさんある中で、彼女と共有したい。 「早く、治って」 「うん。そしたら、一緒にタオル見に行こう？」 「タオル？」 「血まみれにしちゃったし、その...それに、で、でーと...してみたい、から...」 「あぁ...デートしよう...」 隣に置かれた手を重ねて、どちらともなく指を絡めて握り合う。 ゆっくりとした時間が流れ、二人の静寂も心地いい。 賑やかになっていく校庭に合わせて、放送が聞こえはじめる。 そろそろ、集合の時間。 離れがたいと感じつつ、絡めた指を自分から離す。 「戻る」 「...うん」 ベットから立ち上がり、彼女の頭を一撫でして机の上にあった二つの弁当を手に取り、保険室の扉に近づく。 扉に手をかけて、もう一度振り返って彼女を見れば、彼女はこちらに体を向けてうろうろと目が動いていた。 「どうした？」 「...あ、えっと...」 行かないでと思っている感じではない。ここ最近、なんとなく彼女の思っていることが分かってきた気がする。でも、困っている様子でもない。 何かに迷っている、それが一番しっくりとくる。 「ちょっと待って...！」 ゆっくりとベットから降りた彼女はひょこひょこと足を気遣いながら、こちらに来る。 俺の前に来た彼女はもごもごと口の中で言いにくそうに言葉を選ぶ。 さっきまで握っていた手は何度も開いたり閉じたりして忙しない。 「何？」 「...っ、ちょっと屈んで！」 「あぁ」 彼女の目線に合わせる。 視線が合うとパッと目を逸らしながら赤くなる様子に、可愛いと思う一方でまた鼻血が出るかもしれないとヒヤヒヤする。 「...あっちで応援出来ないから」 「そうだな...」 ぎゅうっと瞑った目を開けた彼女は、決意が揺るがないように強い目でこちらを見てきた。 熱のせいだろう、潤んだ瞳にドキリと跳ねた。 肩に彼女の手が乗って、ちょっとだけ屈む体勢を低くさせられた。 「わ、私からの３つ目のご褒美と、頑張っての気持ちだから！」 頭に巻かれた鉢巻に触れるそれに、既視感がある。 目の前に広がる彼女の首元と体操服から覗く、汗に少しぬれた肌。 押しあてられた柔らかい、熱をもった唇の感触を感じて、すぐに離れる。 額に全身の熱が集まって今度は俺が倒れそうになる。 離れた彼女は恥ずかしさで真っ赤になっている顔を今度は隠さず、肩に置いた手をゆっくりと離していく。 「絶対に、勝ってきてね」 不器用に笑った彼女の顔に、理性が限界まで擦り切れていく。 駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ！ 滑り落ちていく手を取りたい！離れていく彼女をもっと近くに抱きしめたい！ 額に感じた熱を直に己のそれに重ねて、交わりたい！ ぐるぐるとした考えがどんどんと理性が切れていく。 初めて、初めて求めてくれた...。 俺の顔が赤くなるなんてどうでもいい。そんなの彼女の全てから与えられるものに比べたら小さな問題だ。 カッコ悪くてもいい。 するり、と手に持っていた弁当が落ちていく。ガシャンと大きな音を立てた。 「...っふ、ふるやくん？」 びくりと反応した目の前の彼女に、ぞくりとした欲が沸き立って... 「乱してやりたい...」 「え...？」 ボソリ、と囁く程度の声が、自分でも驚くほど低い声が、出た。 誰か止めてくれと、思ってないことを願ってしまう。 養護教諭でもいいから、俺の理性が持つ間に――――！ がらり。 「集合だっていってんだろ！ゼロ！！」 ガツン、と頭の後ろを殴られた。 痛みで熱が冷めていく。目の前の彼女がキョトンしている。 頭を押さえ、殴ってきた相手を、下から睨み上げた。 「ヒロ...」 手に持っているチームカラーのバトンで肩を叩きながら、俺を見下してくる。 「放送なってんだから、行くぞ」 「...あ、ぁ」 おそらくバトンで思いっきり殴ってきたのだろう。 ある程度の硬さのバトンは少しだけ凹んでいる。だが、それに助けられた。 もう一度彼女を見れば、ひらひらと手を振り頑張ってと言ってくれた。俺と景光に向かって。 おう、と答えた景光は俺の腕を掴んで引きずっていく。 俺も一回手を上げて答えて、扉を閉める。思いっきり弁当を忘れたが、教室に届ける時間はなさそうだ。 引きずっていく景光に俺は本気の感謝を伝える。 「助かった...」 「とりあえず、有り余ったもんは相手にぶつけてくれ」 「そうする」 鉢巻に乗った想いを手に触れて、ギュッと締め直す。 「潰す」 負けなんて許さないとばかりに、この後の騎馬戦でなぎ倒す俺のせいで何人かが救護テントに運ばれたのは仕方のないことだ。 結果、黄色優勝で終わった。 彼女の気持ちに答えた俺はゆるゆるとした笑顔で、保健室の彼女に抱きついたのだった。 【でこちゅーしてみた彼女】 やっぱり素肌に当たらない結末だったけど、それが助かったと思っている。 膝枕で鼻血を出すなんてと思ったが、後日友達たちにあれはすっごい恥ずかしいよねって言われて安心した。 なんかクラスの女子が私に同情的になったのは何故だろう？ 優勝したってことでクラスはお祝いムード。何もしてないのにクラスから感謝された。 狼を猛獣にしたおかげだって言われたけど、よく分からない。 【でこちゅーされた彼氏】 初めての彼女からの触れ合いに理性ぱーんするところだった。 景光の助けがなかったら、ベットに逆戻りでした。あっぶねー。 騎馬戦で上に乗って、ジャブの要領で次々と帽子を回収していく。背後の気配にも敏感。 一人勝ちしたし、クラス対抗リレーで彼女の分まで走って１位に大きく貢献した。 報告した後、抱きついたけど抱きしめただけだ。それ以上はしてない。 【親友の天の助けが届いた親友】 クラスの男子たちと新たな賭けを始めた。今度はクラス委員(勝者)を抜きに。 初キスがいつぐらいになるかを昼休みに集計をとった。 高校２年の間が一番多い。少ないのは高校卒業後。ちなみに景光のみ。 一人勝ちの場合、ジュースが送られてくる。 そしてその後、タイミングよく邪魔をした。俺のこの力は俺のために使う！！ 【なんか他の先生に後押しされた養護教諭】 カップルで使わせたくないんだけど...え？彼なら大丈夫ですか？ ええー...漫画みたいになったら自費で買い直してくださいよ、皆さん。 え？結婚までするつもりだって？大人になってない子供の言うことを信じるなんて皆さんも若いですね。 ...うっさい、独身でいる理由は捻くれたこの性格のせいじゃない！ 婚活がうまくいかないだけですぅう！！ .

イベント第二弾！といっても後編。<br />触れ合いのしたい彼氏の暴走に彼女がどうなってしまうのか、というお話。<br />あらすじとするなら、体育祭で３つの種目でそれぞれ1位を取ったらご褒美がもらえる降谷くん。<br />１つ目、頭撫でてもらえた。<br />一方彼女はモテまくる彼に愛想よくできないことに悩んでいます。以上。<br />次はどうしようかと思っている内容ですが、アンケで書いてみようかと思っています。<br />というのも、どっちが先のほうが皆さまのご期待に添えられるか気になるからです。<br />もちろん両方書きますが、片方が遅くなるのでご了承ください。<br />では、始まり。<br /><br />2018年08月18日付の[小説] デイリーランキング 46 位<br />2018年08月18日付の[小説] 女子に人気ランキング 14 位　ありがとうございます！<br /><br />2018年08月19日付の[小説] デイリーランキング 33 位　ありがとうございます！

降谷くんの頭の上にはそれがある。１１

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　シュテルンビルト。人口・百万人強。 　山に囲まれ海に面した、石畳が美しいその都市は工業が盛んであり、広大なブロックス工業地区をはじめ、オーシャンズ地区、ニューモルゲン地区などの幾つかの地区に分かれている。 　街の心臓部はシュテルンメダイユ地区とされ、三権がそこに集中。約五十万の人が住み、メダイユの中央にはシュテルンビルトの象徴とされる、女神の彫像が建てられている。 　メダイユ地区はゴールド・シルバー・ブロンズの三つのエリアに分類され、その半分を占めるのはブロンズだ。様々な人種や職種が集まる為活気に溢れ、市民の生活の中心となっている。 　次に広いシルバースには、ブロンズよりも少し所得の高いミドルクラス以上の市民が住んでいる。公的施設や商業施設などが多く存在し、多くの人が仕事や買い物にと集まる、メダイユ地区の中でも中心といえる場所だ。特に繁華街と呼ばれる中心部は、朝から翌日の明け方まで人が消える事はない。 　工学が発展し急速に成長と遂げたこの街には様々な工業製品が溢れていおり、工業地帯で作られるそれらはシルバーを中心にシュテルンビルトに広まっていく。 　六年前には、自動車と呼ばれる物が発表された。蒸気をエンジンとした二人乗りの乗り物。これはまだ試作品とされ、普及するには安全性が確保されておらず、一般的には販売されていない。一般市民の手に渡るにはまず、道の確保や様々な規制が必要とされたが、その手続きの終わりは一向に見えない。 　人々の足はまだまだ馬車に頼る事に成るだろう。それでも、近い未来にはそれが当たり前になる世の中になる事が約束されたような物だった。 　ニ年前には電話が発明され、人々は家に居ながら様々人との連絡が出来るようになった。けれど電話の導入には大規模な工事が必要とされ、シルバーや商業施設から順にそれは行われた為、二年経ってやっとブロンズの各家庭にも届く事となった。 　そして、都市の中心・シルバーよりも更に上とされる場所がある。 　シルバーの中、高い壁に囲まれ。貴族と呼ばれる階級の人間だけが許されたゴールドは存在した。 　シュテルンビルトには未だ、階級格差が残っている。 『貴族は絶対である』 　貴族と呼ばれる人間達が、ここで出来ない事はない。それは歴史が作り出したものであり、幾度法が改正されてもそれが覆る事はなかった。 　奴隷制度が存在していた百年以上前と比べれば、まだ良い。市民は自由な生活を手に入れ、貧困の差は多少あるにしろ平穏な生活を送っていた。決して住みにくい訳ではない。けれど、貴族の存在は一般市民にとっては脅威だった。 　政府や企業、軍隊にもその力は強く及び、シュテルンビルトに携わる主要機関の半数は貴族で構成されている。市長は市民から選出という流れは数十年前の法改正時に勝ち取った権利だが、内部の貴族は財力と武力とで全てを意のままに、結局は市長以下全ての議員さえも難なく抑え付けてしまった。 　貴族が犯罪を起こしたところで罰せられる事もない。市民の金銭を巻き上げ、殺したところで、何の問題にもならない。 　元々彼らはプライドが高く、基本的には市民を相手にしようともしない人間が多い。昔に比べれば友好的な人間も増え、相互に関わる犯罪は少ない事だけが不幸中の幸いだと言えるかもしれない。 　けれど、問題が全くないという訳ではない。年間数百人の市民が何らかのトラブルに巻き込まれ、声を上げる事も出来ずにいた。 　もちろん、軍の上層部の半数も貴族である。彼らの一言で、強大な力は簡単に動くのだ。助けを求めた所で、ストップがかけられてしまえば、軍は動けない。 　全てに貴族が関わっているとなれば打つ手はない。逃げ出すまでもない。けれど、常に貴族の動向を気にしていなければならない生活。 　人々はそれでも、現状に満足し、しばしば起きる犯罪は仕方ない物と諦め、涙を飲むしかなかった。 【ブロンズ】 　住宅街や個人商店などが多く存在し、昔ながらのシュテルンビルトの風景を残している。 　木造と石造りの物が混在しており、一部舗装されていない道も存在する。 　シルバーやゴールドに比べると質素だが、他地区に比べれば充分発展を遂げている。 【シルバー】 　ブロンズに比べ、住宅よりは商店や公的施設が多く存在している。 　道路は綺麗に舗装され、他地区に比べ治安も良い。 　街の中央には、シュテルンビルトの象徴女神像があり、その周りは公園になっている。 　繁華街は一日中賑わい、酒屋やレストランが集まる区域では明け方まで灯りが消える事はない。 　シュテルンビルトの中心と言える場所。 ・鏑木酒店 　昼間は普通の酒屋、夜はバーになる。 　多少広い敷地とはいえ、二つの顔を持つ店としては少々小さい。 　半分に分けられたスペースに、カウンターと幾つかの椅子とテーブルが置かれていた。 　酒屋という事もあり、アルコールの種類は多い。 　メニューは簡単なつまみが多く、腹にたまるものと言えば、マスターの作る炒飯。フィッシュ＆チップスは、アントニオのお気に入り。最近、ビーフストロガノフがメニューに加わった。 　この店のマスターは、鏑木虎徹。日中の酒屋の店主は、兄である鏑木村正が行っている。 　鏑木酒店はシュテルンビルトでも有名の「良質の酒を扱う店」。揃えている銘柄も良く、金額からピンからキリまで。低所得層から高所得層まで、万人に満足して貰える店構えになっている。 　各方面から商品を認められており、ブロンズから、シルバー。更には、ゴールドにも酒を届けに行く事がある。 　店の裏には、虎徹の母である安寿と村正が住んでいる実家が隣接している。 　二階部分にも部屋があり、小さなキッチンとベッドがあり、そこで寝泊まりも可能だが、現在は誰も使っていない。 ・軍本部 　シルバー中央。司法局に隣接。 　広い敷地内には、訓練所や宿舎なども入っている。 　シュテルンビルトの犯罪の取り締まりから、街の防衛などと、様々な仕事を担う。その力は強大で、市民にとって街を守る強い味方でありと同時に、貴族の武力による抑圧の象徴にもなっている。 　数年前に、ワイルドタイガー捜索部隊が設置された。 　階級制であり、七人の元帥が軍をまとめている。バーナビーの育ての親、マーベリックは元帥の一人で、中心人物。事実上の、大元帥であると言っても過言ではない。マーベリックも貴族の一人であり、対外的には市民と歩み寄ろうという姿勢を見せるが、その内では貴族により完全統治を目論んでいる。 　バーナビーは准将。将官は、軍に於いてはかなり上の地位ではあるが、准将は将官の中では一番下。また、准将位の地位であれば多く存在する。 　さらには、バーナビーの与えられた仕事は部隊長であり、それまでは将官の下である佐官の地位の人間が務めていた。(それをバーナビーは恥と思っている。タイガーは皮肉を込めて、将軍と呼んでいる) 　四将官の下には、三佐官、三尉、士官、一般兵となっている。バーナビーの年であれば一般兵が通常、大きな成果を上げても士官程度。バーナビーの待遇は異例中の異例だと言える。 ・バイソン・フーズ 　アントニオが経営する、バイソン肉を取り扱うシュテルンビルト唯一の店。鏑木酒店と同様、ブロンズからゴールドまで様々な世代に人気の店。価格も比較的リーズナブルな物から、超高級肉までと幅広く取り扱っている。 ・虎徹＆バーナビー宅 　シルバーステージの一角にある、賃貸アパート。 　広めのワンルームで、ロフト部分が寝室。二部屋ずつで左右対称ペアとなった部屋が四部屋で一棟。虎徹とバーナビーはペアになっている。 　互いの存在には未だ気付いていない(バーナビーが他人に興味がなく、人との接触を避けている為。必要最低限の挨拶くらいはする。毎日会うので、斎藤さんは知ってる) 　鏑木酒店まで五分。軍本部までは二十分程度。 他に、軍アカデミーや朝市を開催する市場などが存在する。 【ゴールドステージ】 　高い塀に囲まれ、中には約一万人の貴族が住む。 　他ステージに比べ何倍も大きな住宅が並び、 　十六箇所ある入口では通行書が必要とされ、貴族は出入り自由だがそれ以外の人間は軍で許可証を発行してもらわなければならない。 　軍関係者であるバーナビーは出入り自由、タイガーは塀を乗り越えて勝手に侵入。タイガーの隠れ家も存在するという噂がある。 イワン、ネイサン、ユーリの家がある。 【ワイルドタイガー】 　シュテルンビルトに現れた義賊。貴族の犯罪を見逃さず、自ら手を下し市民を助ける。 　ツバの広い黒い帽子。漆黒のマントに身を包み、構えるのは銀色のサーベル。黒いマスクに隠された目元。隙間から覗いた琥珀の瞳。 　紳士的な振る舞い。丁寧な口調。それでいて、悪者には容赦しない。決して人を殺める事はなく、下される制裁。 　彼が制裁を下した証として、その場には【ＷＴ】の文字が残される。 　『正義の壊し屋』と呼ばれ、民衆に支持されているが、貴族からは恨みをかっている。軍には「タイガー捜索部隊」が設置されている。 　腕時計の中に仕込んだワイヤーを使用し、華麗に街を駆け抜ける。 　剣術が得意で様々な流派を混ぜたような独自の剣使い。銃の扱いにも慣れているが、バーナビーには負ける。 　愛馬の名前は『クロ』。タイガーとおそろいのマスクで目元を隠し、毛は漆黒。頭が良く、タイガーに従順。時折、彼を助けるような行動を自らとる事もある。 　故・雨宮友恵が自作した絵本のヒーロー。 【鏑木・Ｔ・虎徹】 　三十八歳。 　ワイルドタイガーの正体であり、鏑木酒店におけるバーのマスター。 　明るい性格で、ゴールドからブロンズ、また他地区への知り合いも多い。 　両親は他国であるオリエンタルタウン出身。虎徹が幼少の頃、シュテルンビルトに移住し、酒店を経営。 　父親はまもなく他界。安寿が一人で細々と切り盛りしていた酒店も、兄・村正が継ぐ事で立て直した。 　婚約者である雨宮友恵を貴族との事故に於いて失い、それ以降貴族を憎むようになる。自暴自棄になっていた時期もあるが、友恵の仇を取る為、シュテルンビルトの貴族体制を壊そうと考える。貴族の犯罪を見逃す事無く、自らの手で解決。 　五年近くシュテルンビルトを離れ、剣術や武術、軍事戦術、ついでにカクテル等のバーテンダーとしてのいろはを学ぶ。その頃に斎藤と出会った。 　暗闇が苦手で、友恵を失ったあの絶望を思い出してしまう。人を失う事への恐怖が強い。 　バーナビーと出会い、何時の間にか言葉に出来ない感情を持った。彼の事を認め、放っておけないと思いながらも、その気持ちはまだ認めない。 　得意料理は炒飯。最近、ビーフストロガノフを覚えた。 　正体を知っているのは、兄である村正、隣人の斎藤、情報屋のベン、親友のアントニオ。そして、もう一人…。　 【バーナビー・ブルックスＪｒ．】 　二十五歳。 　シュテルンビルト軍准将・ワイルドタイガー捜索部隊部隊長。 　アカデミーを卒業して二年。二十四の若さで、准将に上り詰めた異例の存在。軍元帥の秘蔵っ子と人々のやっかみを受けるが、その完璧な性格ゆえ実力でカバーしている。 　軍の学校を首席で卒業。スポーツ万能、成績優秀、容姿端麗。軍の女性士官の間で、こっそりとファンクラブが設立されている。 　四歳の時、シュテルンビルト工学の第一人者だった両親を失い復讐に燃える中、貴族による犯罪組織ウロボロスの存在を知る。 　元である貴族体制を壊さなくては意味がないと、軍のトップへを上り詰める事を心に誓う。 　ワイルドタイガーに個人的な恨みはないが、トップになる為に自分の功績を上げなくてはいけないと思い、彼を追う。本当に自分のやっている事はあっているのだろうかと葛藤しながらも、タイガーを追う事を止められない。 　虎徹と出会い、彼に触れ、心を許すようになった。特別な感情を持ちながらも、自らにはすべき事があるとその想いに蓋をする。今はただ隣に居られるだけで良い。素直になれない性格で、虎徹とは良くぶつかる。 　必要最低限の生活を送れば良いと思っていたが、虎徹の影響で改善されている。ビーフストロガノフが好き。納豆は嫌い。 　剣は型にはまった物で、あまり実践向きではなく、タイガーに良くからかわれる。けれど、彼と対峙する事で大分実践的になった。 　銃の腕はタイガーより上だが、彼を追う場面で使用する事はない。(タイガーを殺す事無く、捕まえる事が目的の為)　 　 【雨宮友恵】 　虎徹の元婚約者。 　高校の時からの同級生で、孤児院で働いていた。院や近所の子供達に良く自作の絵本を読み聞かせていた。 　ワイルドタイガーは、友恵の描いた絵本のヒーロー。 　十年前の夏の日。飛び出した子供を庇う為、貴族の馬車に接触。飲み物を買いに行っていた虎徹の前で車輪に巻き込まれた。 　重傷にも関わらず、医師は全員、同病院に運ばれた貴族の治療に携わってしまい、息を引き取る。 　『虎徹君。あなたはいつまでも、私のヒーローで居て』 　残したその言葉は、虎徹をワイルドタイガーへと導いた。 【鏑木村正】 　虎徹の兄。鏑木酒店店主。 　タイガーの正体を知る、数少ない人物。仏頂面で、怒っているのかと良く誤解されるが、心優しい人物。 　酒の知識が深く、目利きはシュテルンビルト一だと言っても過言ではない。 　鏑木酒店の裏で、安寿と二人暮らし。 【アントニオ・ロペス】 　バイソン・フーズ店主。 　虎徹の高校時代からの親友で、二十年来の付き合い。友恵の事も知っている。 　タイガーの正体を知り、虎徹がタイガーとして動いている際に、代わりにバーの店番をする事もある。 　巨体で男らしい姿に似合わず、編み物が得意。フィッシュ＆チップスが好き。 　ネイサンを苦手だと思いながらも、友人として一目を置いている。 【イワン・カレリン】 　ゴールドステージに住む、貴族の一人。 　四年前、シルバーの繁華街で金を巻き上げられそうになって居た時、虎徹とアントニオに救われ、以降二人を慕っている。 　生粋の日本オタクで、特に忍者が好きであり、タイガーの真似事をしようとしては二人に止められる事もしばしば。 　虎徹の握ったおにぎりが好きで、特に紅鮭に目がない。梅干しは少し苦手。 【ネイサン・シーモア】 　シュテルンビルト軍少佐・ワイルドタイガー捜索部隊副隊長。 　貴族出身であり、その財力を使い蒸気エネルギー社「ヘリオス・エナジー」のオーナーの一人を務める。が、こちらは名前だけで、軍の仕事を中心に行っている。 　アントニオと出会い、その尻に恋に落ちた。 　彼の紹介で虎徹と知り合い、三人で一緒に居る事が多い。その性格のせいもあり、相談役を買って出る事も多い。 　虎徹の正体やその動機は知らないが、過去に何かがあったという事には気付いている。何時か虎徹がその過去を語ってくれる事を待っている。 　バーナビーを上司として迎え、その危うげな様子が気になって仕方がなかった為、虎徹の店に連れていった。案の定、虎徹によって変わっていくバーナビーの姿に、兄のような姉のような温かい気持ちを向けている。 　 【ベン・ジャクソン】 　ブロンズにある「ジャクソン」というレストラン店主。 　裏の繋がりが広く、情報屋としてタイガーに情報を売る。虎徹の正体を知る一人。 　孤児院で働いていた友恵を介して、虎徹と知り合った。同機を知り、その考えに同意。協力するように。 【ユーリ・ペトロフ】 　シュテルンビルトの司法官。 　五年前まで海外に留学し、法について学んでいた。 　職務中笑顔を見せる事はなく、情に流される事無く決断を下す。 キース・ホァン・カリーナについては後日追記。まだちょっとキャラに迷ってますのです(´･ω･`)

義賊ワイルドタイガーとブルックス将軍。誰得？俺得！なシリーズの設定をまとめてみました。一応大まかにはこんな感じの世界観です。今後、修正追加していくかもしれないです＾＾話の続きは…ゴニョゴニョ。　 ※バフィーさんが描いてくださった素敵漫画と多少異なる点があると思います。申し訳ありません。御了承下さい。

【兎虎パロ】マスク・オブ・タイガー設定まとめ

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スコッチが好きだった。 いやだったじゃないわ。今でも好きだわ。好きッチだわ。 本誌で見たスコッチにうっかり惚れ早く数年、原作開始時には既に死んでる推しに涙を流しつつ、すっっっくない出番に発狂し、考察を重ね、またも発狂していた月日もあっという間で、気付けばCVが判明するわ、平時の口調ではないとはいえそれでも数コマ分は喋って口調が判明するわ、下の名前は判明するわですっかり公式からの供給は多くなった。 あとはもうスコッチ生存説に人生を賭けて涙を流すだけじゃね？なんて、公式からの供給に身震いし村を焼かれながら待ち構えていた筈だった。 だのに。 通勤途中ホームから名も知らない誰かに突き飛ばされ、あれよあれよと言う間に人身事故ってこの世からサヨナラバイバイ。 さてはオメェーアンチだな！ くっそ！ちぢませスコッチことちぢッチ予約して、ようやくゼロ茶で警察学校編が始まるって時によぉ！！ ふざけんなよ！どこのアンチだオラァ！！ 心残りと言えばそれくらいだ。 ぱちり。 大きな声と眩しい光で目を開ければ、目の前には美人とダンディズム全開のイケメン。 は？待って？ どゆこと？？ 驚きのままぱちくりと目を瞬かせていると、隣にはめちゃくちゃ可愛い赤ちゃんがいた。 え、めっちゃ可愛いな。ぷにぷにの桃色ほっぺにまんまるの小さな紅葉の手。可愛い。 おもむろに赤ちゃんに手を伸ばし、触ろうと試みたものの、視界に入り込んだ自分の手は大人らしい大きな手ではなく、赤ちゃんと同じまんまるの紅葉の手だった。 ん？ いやいや。待って？ ぎゃーっと声を上げたつもりだったのに、実際耳に届いた声は、赤ちゃんが泣いてるような高い声に更に驚く。 これってつまり？ 私赤ちゃんになってる？ ははっ、んなバカな。…………ウソだろ。 驚き桃の木山椒の木。 どうやら私は、死んだあと所謂転生というのをしたらしい。 しかも前世の記憶持ち。 逆に昔のことを引き合いに出したり、不自然な子供になったりとぶっちゃけ人生ハードモードになるから消して欲しかった。 それはそうと。 私が一番最初に見た美女とイケメンは正真正銘血の繋がった私の両親らしく、私も二人の遺伝を見事受け継ぎ可愛らしく整った顔立ちだ。 そして隣にいた赤ちゃん。名を秀一くん。今世の私の双子の片割れらしい。 秀一くん、もとい秀一も端正な顔立ちで、今はまごうことなく美少女だが、これは将来パパさんのようにイケメンになる予感しかしない。 秀一は、この歳の子に比べたら結構大人しく、ちょっとぽやぽやしてる気がする。 どうも双子の片割れである私のことが好きなのか、私の姿が見えないとすぐぐずり初め泣き出す。 最初こそ、可愛いー！と言いながら思ったより強い握力で絶対に離すものかと握り込むように繋がれた手も、いつしか鬱陶しくなってくるもので。 だってさ、ほんっと文字通り私が隣に居なきゃ泣くんだよ。ぎゃんぎゃん。 私は私で現状把握として家の中を見て回りたいし、なんなら文字を勉強したい。新聞を読みたい。 如何せん中身はいい歳した大人なのだ。やりたいことがやれない。それが辛い。 肉体年齢に引っ張られるのか、どうも感情が抑えることが難しくてダメだ。 イラっときたらすぐ手を出してしまっている。 よく、ベシッと秀一を叩き泣かせてしまい、ママさんに怒られる。こんな嫌な片割れだと言うのに、秀一はそれでも私にベッタリなのだ。訳がわからないよ。 あーもう。秀一、またギャン泣きしながら私を探してる。手がね、めっちゃ彷徨ってる。ごめん、ウケる。 ベビーベッドから脱走して部屋を徘徊してるのがママさんにバレるだろバカ。 あっ、やべ。見つかった。 はぁ〜…秀一あんなマジでふざけんなよこの野郎。 時は流れ、私も5歳程になった。 正直通じなかった英語も、ママさんの英才教育のおかげで日常会話は申し分なくできると自負している。 しかもこの体、どうも元のスペックがよかったのか記憶力はハチャメチャにいいし、身体能力も高い。 そこで思い出したのだ。 待って。私のママはメアリーで、パパは務武、双子の片割れは秀一で、最近できた弟は秀吉。 あっ、あっ、これ赤井家じゃない？つまりここはコナンの世界じゃない？？ そう結論づければ、全てが合点がいった。 元々頭はそんなに良くなかった自分が、今は記憶力が良く、加えて身体能力がべらぼうに高い。 両親があの二人で、双子の片割れが観覧車の上で殴り合いするくらいのことを仕出かすんだ。そりゃ身体能力が高い訳だ。 申し分ない頭に、申し分ない身体能力。 これはもう二次創作界隈でよく聞く、救済ってやつをやってやろうじゃないか。待ってろ景光。下心しか存在しなくて大変申し訳ないし、こんなクソ女に目をつけられて可哀想だが、ガンガンアプローチして目指せ入籍からのハッピー結婚生活。子供は男の子と女の子一人ずつで、日本の赤坂で暮らそう。 そう決心した私の行動は早かった。 ママさんに頼み込み、到底5歳児が勉強する以上の教材を買ってもらいひたすら勉強。 同時にパパさんに乞い願い、截拳道を習った。 秀一は5歳になっても私にベッタリで、必然的に一緒に勉強したり、截拳道を習ったりすることになったのだが、前世と打って変わって出来のいい私の双子なのだから、秀一もまた優秀だった。 私は焦った。そりゃそうだ。負けず嫌いの気がある私が、前世の記憶持ちなんて好条件持ち合わせているのに、私と違って人生初めての子に負けるなんて、それこそどうなんだと。焦りに焦って、努力に努力を重ねて頑張った。 全ては景光との明るい結婚生活のためだ。待っとれ景光。 「ひろみつってだぁれ？」 「私の将来の伴侶」 「はんりょ？」 「将来結婚する人って言えばいいかな？」 「え、マコトちゃんシュウとけっこんするんじゃないの…？」 「しないけど。というかできないに近いし、できてもしない」 「や、やだ！マコトちゃんはシュウとけっこんするの！」 「え、無理。景光のほうが5億倍いい」 「…う、ぅわぁあああぁああぁあん！」 「こら！マコト！また泣かせて！」 「あまりにも理不尽」 はいはい、泣くな泣くな。秀坊。 あと大絶叫してギャン泣きしながら私に抱きつくな。涙と鼻水がつく。汚い。 あれから早十年。 私と秀一は15歳になり、物語通りパパさんは死んだ。 秀一はどうもパパさんの死の真相を知りたいからと、FBIになるためアメリカに留学するということになったが、私は私で予めパパさんにもママさんにもアメリカの諜報機関に務めたいと話していたので、渡米についてはすんなり了承を出していたが、秀一については渋っていた。 だが、私も秀一も意志が堅く、主に秀一だけ強引に渡米留学。 アメリカの大学は、入るのは簡単だが卒業するのが難しい。私の頭なら普通にやってれば無事卒業できると思うが、多くを学び、多くを経験しておくことに越したことはない。 だから秀一。悪いが誘われても遊びに行けないからな。 私には景光の自殺を止め、そして結婚し景光を養うという下心…もとい使命があんだ。 だから一人で行って来い…っておいおい。一人で行って来いって。何が「じゃあ俺も行かない」だ。お前が誘われたんだろ、お前は行って来いよ。 ま、別にいいけど。 私は知り合いと一緒に射撃場行くから。 …あ〜はいはい。お前もついて来んのね。一名さま追加で〜す。電話するか。 なにはともあれ。 さざ波回も無事終え、ママさんがパパさんのような雄々しい口調になりました。父親役も務めるってさ、そんな口調にならなきゃいけないことか？ま、こちとら別にもう親に引っ付いていなきゃ生きて行けないって歳でもないし、いいんだけど。 無事大学も卒業し、秀一はFBIへの就職のため専門職の職務経験を経ているところだが、私も私でCIAへの面接のため日々お仕事頑張ってます。知ってる？CIAって面接めっちゃ待たされるんだぜ？大体数ヶ月から半年。最悪一年らしい。 どうも秀一は、私もFBIになると勘違いしているのかそういう体で話を進める。否定するのも面倒臭いし、そのままにしているが、これって私がCIAに入ったらどうするんだろう。 秀一は今でも私にベッタリで、私が一人暮らしのために不動産を見に行こうとした時、さも当然のようについてきたし、なんなら一緒に住むという話で進められていた。 勿論、寝言は寝て言え。ふざけんなよと一喝したのだが、駄々をこねられ剰え別々に暮らしてもいいが合鍵を作るし勝手に家に上り込むし、一日のスケジュールを毎朝聞くために電話すると言われ、その条件を飲む義理はないがそしたらそしたで面倒臭いことになりそうな気がしたので一緒に暮らすことを了承した。 マジでどう思うよこれ。仲良しさんか。嬉しそうにすんな。実質仲良しだから問題ない？仲良しでもないし問題しかないから嫌がったんだが。はいはい、冗談だよ。ひっつくなアホ。 はぁ〜早く景光と結婚したい。 この世界って画像ないからニヤニヤしながら推しの顔を眺めれない。ハチャメチャに好きなんだけど、景光の顔。すっげぇマジ好き。 秀一も降谷さんも顔がいいが、景光の顔はドチャクソ好み過ぎて好きしか語彙力が追いつかない。 あぁ〜景光〜結婚してくれ〜。 「まだヒロミツとかいう男と結婚するなんて言っているのか」 「まあそれが人生の目標であり全てにおいての指針だからね」 「……1度も会ったことないだろ」 「ない」 「却下だ」 「喧しいわ」 「そんな会ったこともない男と結婚なんて、俺は認めるわけにはいかない」 「お前の許可は要らないんだっつってんじゃん。しつこい」 「……………だめだ」 「しつこい」 「………やだ」 「可愛く言ったら言う事聞くと思うなよ。そもそもぶった言い方して私が思い通りに動いたことないだろ」 「ない。だがそんなサバサバした所が俺は好きだ」 「そ。煽てても無理だと思うけど」 「…………チッ」 チッじゃねぇわ、喧嘩売っとんのかワレ。 拗ねて引っ付くな。 構うのも面倒臭くてされるがままになっていたら、抱き着いてスリスリし始めたのでウザいの一言と一緒に一発頭を叩いてやった。 [newpage] CIAに無事合格し、数年の訓練ののち念願叶って諜報員になれたのだが、秀一にはCIAに行くなんて言ってなかったし何より私がなりたかったのは潜入捜査官だった。なので、まあ、CIAから合格通知が来た瞬間家を出たよね。生まれた時から私にベッタリだった秀一が心配じゃないわけがないが、彼もいい歳した大人なので頑張ってもらいたい。というか頑張って貰わなければ困るのだが。 本命は黒ずくめの組織だが、そう易々と本命に辿り着けるとは思っていないし、他の組織への潜入捜査が何年掛かるかもわからない。だが黒の組織に潜入したいなんて立候補もできないためもうここは運だ。運に任せよう。半ば投げやりだったのだが、天は私に味方した。初っ端で大本命黒の組織を引き当て思わずガッツポーズをした。 いやでもまだひよっこの潜入捜査官にあんな巨大シンジゲート任せるのすごいと思う。判断が。超大胆。 さて。 無事に黒の組織に潜入し、暫く経ったが、問題が一つ出て来た。 双子の片割れこと、秀一だ。 私と秀一は二卵性双生児のため双子にしてはそっくりと言えるほど似てはいないが、赤の他人にするにはあまりにも似ている。 しかもCIAとFBIは同じ諜報機関であるが、お互いの潜入捜査官の情報を交換してはいないために、秀一が潜入捜査に入り、私と双子であることが露見する可能性が高い。 いや、高いというよりかその可能性しかない。 その場合どうするつもりなんだろう。CIAとFBIは。 ぶっちゃけ支障しかきたさないと思うんだが。なんせどっちかがNOCとバレれば、自動的にどっちも怪しいってことになる。 秀一のNOCバレのタイミングはわかるし、私も景光を匿えればそれでいいからな、超本音は。 なんてうんうん唸っていたら、タイミングの良いことにツーマンセルを組むよう紹介された。 おいおい、秀一、失踪したと思ってた双子の片割れが目の前に現れたからってその反応はやめといた方がいいと思うぜ。バレバレだから。 二人きりになり、盗聴器がないか入念に調べ、外に人がいないかを確かめると秀一は珍しく声を荒げて問い詰めに来た。 「なぜお前がこんなところに…！いや、それよりもなぜ俺の前からいなくなった！」 「大、声抑えろ。仕方ないだろ、そういう仕事なんだから」 「…っ！……、…その仕事は理解した。だが俺の前から居なくなる必要はなかったはずだ」 「いや冷静に考えろって。[[rb:CIA > 私]]と[[rb:FBI > お前]]が一箇所に集まってるよりバラけてるほうがいいに決まってるでしょ」 「…だからってなぜ一言言わなかった」 「言って納得するとは思えなかった」 「俺はそんなガキじゃない」 「ガキだよ」 「…歳は一緒だろ」 「精神的なやつがだよ。生まれた時からずっと私にベッタリだったじゃん」 「否定はしない」 「いや、そこはしろよ反抗期の筈だろ」 留学する前くらいからずっとママさんに反抗期やってたクセに私にはそれが一切なかった。 なんでだ。 驚く程私にベッタリだった。大丈夫か赤井秀一。キャラ保ててないぞ。 「…ずっと、」 「あ？」 「ずっと、一緒だっただろう…俺たちは」 「は？何の話」 「生まれる前」 「ん？」 「生まれる前からずっと一緒だっただろう、なら、死ぬまで一緒に居て何か問題があるのか」 「……。……、……………うまれるまえ？」 「ああ」 生まれる前！？ えっ、すまん、マジで何の話？ 生まれる前？前世か？前世の話をしているのかコイツは。待って。前世こんなやついなかったぞ。というか景光の女拗らせて喪女オタクしてたからそんな仲の良い友達とかもいなかった筈だし、ガチ恋同担拒否やってたからオタ友達もそんなにいなかった筈なんだが。…自分で言って悲しくなってきた。 えっ、じゃあコイツマジで何の話してんの？怖過ぎかよ。今後の付き合いを改めたい。 ごめん、帰っていい？ 「……なんだ、俺が覚えているからてっきりお前も覚えているのかと思ってたが、違ったのか」 「あー…ごめん、何の話か説明求めていい？」 「………生まれる前」 「うん」 「雲の上で一緒にいようって言っていたんだ」 「……誰が？」 「お前が」 「…誰に？」 「俺に」 うっっっっっそ。 あー、なんか知ってるぞ。 あれだろ確か。前世とは言えないけど生まれる前の記憶があるっていうやつだろ。私も前世そういう話大好きでよくネットで調べてたから知ってる。 いや、でもあれって覚えているのは3歳とかの年齢で大人になるにつれて忘れるものの筈だけど。 はっ、もしかして、瞬間記憶能力や超記憶症候群じゃないにしろ、私が今世ハチャメチャに記憶力があるように、コイツも記憶力があって辛うじて今でもその時の内容を覚えているとかなのか？うわっ、どうしよう、私と言う前例があるから根っこから否定できない。でも覚えてるか普通？ というか、仮にそれをよく信じたな赤井秀一。 私てっきり秀一は非科学的なことは信じないタチだと思ってたけど。…いやでも「全ての不可能を除外して最後に残ったものが如何に奇妙なことであってもそれが真実となる」だったか？ でも私自身は、前世で死んで、目を覚ましたら今世だった。だから私に秀一の言う雲の上での記憶はない。 そもそもそれは本当に私だったのか。一緒にママさんのお腹に飛び込んだから言ったのは私だってならわかるが、恐らくそれは覚えていないだろう。なんせ生まれる前の記憶だ。期待はしていない。 あーでも、だから秀一は生まれてからずっと私にベッタリだったのか。 私が、雲の上で「ずっと一緒にいよう」って言ったから。 えっ、言葉鵜呑みにし過ぎじゃない？ はぁ〜、もういい。降参。「ずっと」は無理だろうけど、暫くはまだ一緒にいる。それでいいでしょ。丁度ツーマンセルも組まされて、組織内でも双子のスナイパーで売り始めれたし。 えっ、暫くっていつまで？そりゃあ私が景光と結婚するまでだ。 わっ、バカ、抱き着くな。 押し倒すな。擦り寄るな。 イヤイヤじゃねぇよ聞き分けの悪いガキかお前は！ 私と秀一のツーマンセルは中々優秀で、最近ようやくコードネームを頂戴した。 秀一はライ、私はグレーン。 そしてコードネームを頂戴するにあたって、同じ時期に秀一がスリーマンセルとしてバーボン・スコッチと組むことになったらしいのだが、おい待ってくれ。つまりそれは私一人で任務をこなせってことか？ まあ、秀一に常にベッタリくっつかれるよりマシか。 いやそれよりも。 秀一スリーマンセルするって？それって？つまり？ 生景光に会える！ えっ、どうしよう、数十年焦がれた推しが目の前に現れてしまう。 いくら私がママさん譲りの美少女と言っても、推しに会えることを想定して見た目は入念に整えていたとしても！ 推しに会った瞬間自我を保てるかわからない。 どうしよう、そもそも景光のタイプじゃない見た目だったらどうしよう。いや、だとしても頑張ってアピールするけども！ 180cmある女はやっぱ守備範囲外かな！？くそっ！仕方ねぇ！足削るか！ 待てよ、確か景光って私のプリティーシスターMASUMIと交流あったよな！？本誌で見たときは、えぇー！子供がお好きなんですかー！？じゃあ子供はサッカーチーム組めるくらい作りましょう！？とか言ってたけど、もしかして小さい子が好きとかだったらどうしよう！えーん、だとしても好きー！顔が好きッチー！ 落ち着け、落ち着け。まだ慌てる時間じゃない。 まだ大本命景光に会ってすらいないんだ。 まだ存在を認知しかしていないんだ。 ぶっちゃけ先が思いやられるけど、ガチ恋喪女だから仕方ない。 まずは秀一に紹介してもらうのでも、自分からアプローチかけるでもいいから初めましてをすることから始めなくては。 あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛どうしよう、生景光とか見ただけで足が震えて全身の穴から水が出る自信しかしない。 おらぁ秀一スコッチ紹介しろください。 「初めまして、僕はバーボン。不本意ですが、貴女の片割れとスリーマンセルを組んでいます」 「初めまして、スコッチだ。今まではバーボンと組んでいたんだが、知っての通り今はライも入れて三人で組んでる。宜しくな」 ミルクティー色の髪を煌びかせ、海の色の瞳を持つ褐色の男と、烏の濡れ羽色のような艶やかな黒髪に特徴的な猫目に顎髭を生やした男。 無理です。 すごい、あの、顔が、顔が好き。 えっ、どうしよう、目の前に推しが、紹介しろとは言ったけど、お前、マジで紹介するんかい、てっきり嫌がると思ってたダメ元で言ったけど。うわっ、すごい、顔が好き。顔が良い。 後光差してない？すごく…すごい…。語彙力が死ぬ。 降谷さんも顔が良い。すごい。こんな顔の良い男が潜入捜査官やってる事実すごい。 さっきからすごいしか言ってない。 ぶっちゃけ顔の良い男なんて現在進行形で隣にいる男で見慣れてるつもりだったけど、やっぱ前世からの推しは違うわ。すごくすごいです。顔が大好き。結婚したい。どうしよう、結婚願望がガンガン高まる。これが推しの力。パワーが強い。 大丈夫？私今自我保ててる？顔面崩壊してない？隣にいる秀一が何も言わないってことは顔面は崩壊してないんだろうけど、足は？足は震えてない？産まれたての子鹿みたいな震え方してない？バイブレーションして膝が残像出してない？というか私立ててる？ もう脳が完全宇宙猫。 こうなったら私が降谷零になって景零をすれば実質景光とゴールインできるのでは？？あっ、だめだ！私が降谷零になると超王道CP赤安が成立してしまう！やめろ！期待するような目で私を見るな赤井秀一ぃ！ くそ、どんなに頭を働かせても冷静になれねぇ！むしろ発想が悪化する！なんだよ降谷零になれば景零だからゴールインできるって！バカか！バカ以外の何者でもないわ！ 「…私はグレーン。前はライとツーマンセルを組んでたけど、今は知っての通りフリー。よろしく」 「グレーンに用があるなら、まず俺を通してもらう」 「…おや、随分過保護なんですね」 「そ。心配性過ぎるからもっと言ってやって」 「言われてるぞライ」 「問題ない」 「問題大有りだ、過保護め」 大丈夫！？ ちゃんと人間の言語話せてた！？ ゴリラ語とかになってなかった？まあ降谷さんは突然ゴリラ語を話し始めてもゴリラ語で返してきそうだけれども！ はぁ〜ニコニコしてる景光あまりにも可愛すぎでは〜！？同人ッチか！？同人ッチなのか！？陽気ッチなのか！？じゃあ渋谷ッチはクールッチなのか！？はぁ〜〜いっぱいちゅき〜〜！可及的速やかに結婚したい。 その場は握手をし、二言三言交わして解散した。 やっべ、マジで動悸息切れが激しい。推しってすごい。誰か救心くれ。 [newpage] いやぁ、ほんと景光好き。 あれから、恐らく公安的には少しでも情報を集めたいのかコンタクトを求めてくることが多々あった。 半ば仲介人みたいになっている秀一はあまり乗り気ではないらしい。が、推しが情報欲しさとは言え会いたいと言ってるんだ。行かないわけがない。 ただ、流石にFBIもとい秀一との擦り合わせなしでの公安との接触は私の目的である景光救出作戦に支障をきたし兼ねないので、しっかりと打ち合わせをしておくことになったのだが。秀一が始終不機嫌で困った。 仕方ない。秀一はまだあの二人が公安だと知らないから、ただ単に組織の人間が私に接触を図ろうとしているのが不満なのだろうけど。 やっぱ紹介なんてするべきじゃなかったと、ブツクサ言っているが、別に秀一に紹介されなくても勝手に私から凸すると言うと、面白くなさそうにそっぽを向いてしまった。おいおい、ガキかお前は。 取り敢えず、方針も粗方固まったし、景光に凸しに行きますか。 二人っきりで会うんだからこれは実質デートでは？と思うのはやめておこう。 デートとか考えてみろ。挙動が不審になるし、現実を受け入れなさすぎて外出を拒否してしまう。 やっぱ酒飲ませて口を軽くさせるよね。 うんうん、考えてなかったわけじゃないけどマジか。私こういう性格してるからあんまり男女の駆け引きとかできないんだけど。だって情緒はあるだろうしムードってもんもあるだろうけど、回りくどいじゃん。面倒臭い。だから喪女だったのか。なるほど。わはははは、笑えねぇ。 基本的に秀一と飲むことしかなかったし、宅飲みばっかで、外に出てバーに行ってもやっぱ秀一と飲んでるし、お互い好きな酒煽りながら銃の話したり飲み比べしたりそんなんばっかだったからな。前世は、逆に全然飲んでなかったし。仕事の付き合いで飲みに行くこともなかった。 あー、くっそ、これなら他人と飲みに出かけておくべきだったわ。 もう自分のコードネームの酒飲まない？だめ？ 「意外と飲めるんだな」 「ま、よくライと飲んでるし」 「次、俺が選んでいいか？」 「別にいいけど」 彼女にコロネーションを。 マスターにそう告げるスコッチ。 コロネーション。あ〜結構度の強いやつを押し付けてきたな。これは完全に泥酔させる気満々じゃねぇーか。 残念なことに私はよく秀一とウイスキーボトル開けまくってるからそう簡単に酔えないのだけど。 それはそうと、私そんなにカクテルに詳しくないのだ。 記憶力がいいから覚えるのも早いけど、そもそもカクテルを煽ることが少なかった。だって飲む相手が秀一だけだったからウイスキーストレートばっかだった。 スコッチが私に「何か俺にも選んでくれよ？」って言ってきたけど、すまん、じゃあスコッチをとしか言えない。あっ、グレーンウイスキー飲む？いやでも気持ち悪いしやめよ。 「あー、そうだね、じゃあカミカゼを」 「…へぇー、カミカゼね」 「前飲んだとき美味しかったから。…ウォッカは嫌い？」 「いや、有り難く頂戴するよ」 出されたグラスを取り、小さな高い音を鳴らして乾杯。すごい、私今めっちゃ色気のある大人の女性みたいじゃない？ あっ、コロネーションおいしい…今度秀一に勧めてみよ。 「私、あんまりカクテル詳しくないんだけど、スコッチ詳しい？」 「まあ、それなりにだけどな」 「んじゃ、教えてもらっていいかな？美味しい酒はライにも教えたい」 「………ふーん、いいけど、[[rb:その酒 > コロネーション]]は勧めないほうがいいと思うぞ」 「…なんで？」 「ライって甘口の酒飲まないんじゃないか？それは甘口じゃないが、辛口ってわけでもないし」 「あー、…よくわかったね。私たちって辛口ばっか飲んでるから甘口そんなに飲まないよ」 「…じゃあ次はグレーンもライも好きそうなカクテルを選ぼうか」 「よろしく」 えっ、楽しい。 それからスコッチとは何度か一緒に飲みに行ったけど、特に男女の駆け引きもなく、美味しいカクテルを紹介されたり、銃の話をしたり、仕事の愚痴をこぼしたりと、まるで友人のような距離感で過ごした。 どうしよう。景光と結婚したいとは言ったし、今でも思ってるけど、今の関係くっっっっそ楽しい。 なんなら最近の楽しみはスコッチと飲みに行くことになってきてる。おかげで秀一が不機嫌で面倒臭い。宥める私の身にもなれ。だが基本的に「てめぇの機嫌はてめぇで取れ」派な私が実際に秀一を宥めることなんて、ごく僅かなのだけれど。 というか、コイツ。宮野明美はどうした。原作は知っているし仕方ないとは言え、同じ女性として考えてみれば、コイツどうかと思うぜ。 ま、おかげで秀一が組織を抜けるタイミングはわかってるから、NOCバレ後私が宮野明美を掻っ攫う準備を進めれるし問題はないのだけど。 ただ、人間関係にはノータッチだからてめぇのケツはてめぇで拭けよ秀一。 さて。 秀一にも内緒でコソコソと景光を匿う準備を進めてきたが、最近秀一がスコッチは俺たちと同じ潜入捜査官じゃないかと勘繰り始めた。 正解。マジ大正解。えっ、わかったはいたけど私の双子の片割れ優秀すぎない？ついでにバーボンもそうだよ。降谷零って言うんですけど。 同時にジンがスコッチを怪しんでると情報を加え、私と秀一はもしもの時はスコッチを保護しようと結論づけた。 そして、秀一に再三スコッチを追う時に銃の弾丸は抜けと言っておいた。これなら降谷さんの足音にうっかり気を逸らされても、景光が死ぬことはないはず。 頼むぞ秀一。 カンカンと足音を鳴らし、金属の階段を駆け上がる音が響く。 原作通りスコッチはNOCバレし、秀一と共に保護に当たっているのだが、スコッチがヘマをしたとは思えない。NOCバレの原因は私も知らないため、あらゆる可能性を警戒し、組織と降谷さんには死んだことにし、私と秀一の保護下に置くことになった。勿論一個人である二人で組織に狙われていた死人を匿うなんてことはできない。秀一は私より古巣に融通が効く。そこをうまく利用させてもらう算段なのだが、問題はこの計画がうまく行くかどうかだ。 だからこそ、綿密に前々から準備を進めてきた。 パァン。 秀一と繋がっていたBluetoothヘッドセットから銃声が響く。 あとは、降谷さんに偽死体ッチを見せ、早急に回収してトンズラかまして待機場所である私の現在地まで運んでくる手筈。 「真琴。俺だ、今からそっちに向かう」 「OK、それより、うまくいった？」 「ああ」 「ぅっし、つけられないようにしろよ。バーボンとかに」 「…ふっ、抜かりないさ」 っっしゃあ！流石秀一。やればできる子。 帰ったらうん年ぶりに飯作ってやるよ！ うへぇ、どうしよう。セーフハウスとは言え景光が我が家に…！落ち着かなさすぎてさっきから部屋の中ずっとウロウロしてるんだが私。 珈琲の準備でも…！いやダメだ。確か公安って目の前で作った料理かコンビニとかで売ってるやつぐらいしか他人の飯食えなかったんじゃなかったっけ？豆、豆を挽いておくのもアウトか？ 一応しばらくの間はこのセーフハウスで暮らすことになるけど、うんうん、ちゃんと下着類とか必要最低限の必需品は揃えてるし。 あと何すればいいかな！？ 「真琴」 くぁwせdrftgyふじこlp。 もう着いたんか秀一早い。 やっべドキドキし過ぎて平静を保てれない。 ご苦労様と声を発しながら後ろを、秀一に向き合う。 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛景゛光゛だぁ゛。 うわあああ大丈夫か！？はっ、胸の血…！は、血糊だ。一瞬焦った、計画知ってるのに焦った。 それにしてもすごい怪訝そうな顔してるけど、まあそうだよね！いきなりFBIですって言われても信じないよね！でも私も秀一も証明できるもの持ってないし、ここは説明頑張って信じてもらうしかないね！ 「無事だった？スコッチ…いや日本の公安警察、諸伏さん」 「っ、なんだ、グレーンには本名までバレてたのか…」 「説明した通り、ライは連邦捜査局の赤井秀一捜査官。私は中央情報局の赤井真琴捜査官。通常、同郷とは言え古巣が違うからこうやって組むことはないんだけど、私と秀一の場合は特殊でね。ほら、双子だから組むしかなかったわけなんだけど。…ほんとは他国の捜査官を助けるなんてご法度なんだけどさ」 「俺はスコッチ程の優秀な捜査官がむざむざ死ぬのを良しとしなかった」 「し、私も元々そのつもりで組織に入ったからこうして助けたわけ。OK？」 「…成る程。ライの場合は俺にFBIの保護下にでも下して組織を潰す駒にしたかったか、公安警察に対しての人質にしたかったわけか？…グレーンは、一体何のつもりだ」 え゛っ゛。 言っていいの？ 貴方が好きです付き合ってください下心しかありませんでしたって？ えっ、言っていいの？？ いやでも私今まで超我慢してたよね。特にキャラ。 生まれたての子鹿みたいな足の震えも抑えてきたし、景光が喋る度に「はわわ」とか言いそうだったのも、「顔が良過ぎて超好き結婚しよう」とも言いそうだったのも、全部耐えてたからもうネタバラシしていいよね？？ 秀一も、俺もそれが知りたいと言わんばかりに視線を投げかけてくるし、もうぶっちゃけていいよね？？ 我慢が切れた私の行動はそれはもう滑らかで、早く、それでいて優美だったと思う。自画自賛。 景光の前に片膝をつき、スッと右手を差し出し、左手を自分の胸に置く。そして真顔で一言。 「スコッチ…いや諸伏景光さん。前世から好きでした、結婚を前提に付き合ってください」 誰よりも驚いた秀一に隣の部屋に投げ込まれ、ここ十年くらい聞いたことない程の声量で質問責めにあったのだけど、まだ景光に説明終わってないし戻っていい？あ、だめ？んじゃあ戻るわ。 怒るなって。 [newpage] あれから数ヶ月後、景光を私たちの本国、アメリカに送り、秀一のツテのもと、証人保護プログラムで架空の日系アメリカ人になってもらい、FBIに保護されることとなった。 そのことは秀一の上司のジェイムズさんと、ジェイムズさんをいれても片手で数えれる程のごく少数の人間しか知らない。 景光とは、共同生活の中でだいぶ仲良くなったと思う。私のプロポーズは、まあ、秀一が嫌がりまくってなあなあになってしまったが、それを抜きにしても私たちはある程度の信頼関係は結べたと思う。その証拠に、景光は私の作り置きした飯を食えたのだから。 ついでに秀一は飯が作れないから、必然的に私の料理オンリーだったのだけど。 それはそうと、景光を本国に送って数ヶ月後私たちはNOCバレした。 予めFBIとしての任務のため動くと聞いていたので、恐らくそれでNOCバレするだろうと逃げる準備を完了させ、秀一の電話を受けた瞬間荷物を持って組織からさよならバイバイした。 勿論、宮野明美を連れて。 秀一は、恐らく宮野明美に助けの手を差し伸べる余裕はないと思う。だって私も結構逃げる準備に時間を有したんだ。 宮野志保は、まあ言っちゃなんだが、組織は彼女に利用価値を見出してるし、そう簡単に殺すことはないだろう。 宮野明美を連れ本国に帰り、景光同様証人保護プログラムを受けてもらう。 こっからはとっても忙しかった。 ジェームズさんが上と交渉し、組織の壊滅に必要な人材だからとあの手この手でFBIとCIAの合同チームを設立し、私と秀一を同じチームに引きれたのだが、日本に警察だったらこうはならなかっただろうなぁとしみじみ思う。 別に日本警察を卑下してるわけじゃなく、ほら、日本警察って上下関係厳しいし組織内の秩序に重きを置くじゃん。だから、血の繋がった家族である人間をチームには普通入れないよねって話なわけで。 日本に赴き、キールの奪還作戦を受けたり、秀一と私が死んだことになったり、観覧車の上で秀一と降谷さんがバトルしたり。 組織を壊滅まで追い込んだり。 ウケたのは、秀一と違って私はほんとに死んだことになってたんだけど、秀一の話曰く、私も秀一もだいぶ降谷さんに嫌われていたらしい。 秀一の場合は、単純に馬が合わなかったことと、言わずもがなスコッチの件での確執。 私はNOCバレした秀一の双子の片割れイコールこいつもNOCだったしそいつらと仲良かったお前もNOCじゃないのかと飛び火で酷い苦労を強いられたことと、なんと顔が似てるからで嫌われてたらしい。いや(笑)前者はわかるけど顔が似てるからってお前な(笑) まあ、全部終わった後、貴方の大事な幼馴染は生きてますよとネタバラシをしたら、だいぶ態度は緩和されたのだけどね。 景光のNOCバレから組織壊滅までの数年。 私はあることに気付いた。 それは。 私ってもしかしたら景光に対しての恋愛感情持ってなかったのかもしれない。 ってことである。 如何せん、前世は一度も恋したことなどないガチガチのガチの喪女だったから景光への最推しのアイドルに対する感情を恋愛感情だと完全に勘違いしていたのだ。 実際、この数年ずっと景光とコンタクトを取り合い、頻繁に会話を楽しんでいたが、組織でスコッチとグレーンとしてバーで飲んでいたとき同様程良い距離感がすごく楽しかった。 出会う前のように頻繁の結婚したいなんて思わなくなったし、付き合いたいかと問われれば逆に違う気がする…ともなっていた。 そう気付いたときには全てが遅かった。 なんせ、景光本人には結婚してくださいとまで言ってるようなものだったものの、今になって「やっぱそういう意味で好きじゃなかったです」なんて言えるわけがない。口が裂けても言えるわけがない！ どうしよう！ 最低なクソ女じゃないか！他人だったら「よくも景光を弄んだな！」と五億回殺すところだが…はっ、そうか死んで詫びよう！ 全てに対して軽率でした申し訳ありませんと遺書を残して死んで詫びよう。 おし！遺書良し！拳銃良し！ 一度ガチで死んで、偽装だったとは二度も死んでる身だからあんまり死に対して恐怖心はないが、飛び降りも入水も首吊りも薬も死んだ後の体のことを考えると怖くてできない。じゃあもう拳銃しか残ってないよね！それにほら…一応日本警察に申請出して拳銃の所持が認められてるし私…。 ちゃんと遺書に謝罪文も書いたし、私の遺産はプリティーシスター真純に譲渡するとも書いた。 おっし、おっし、死んだるで。 セーフティーを下ろし、カチリと米神に押し付ける。 いざ、いざ！ 「っ！な、にやってるんだ！！」 パァン！ 突然手を捻られ、銃弾は床の貫通していた。 いや、待って、さっきの声ってまさか。 「こ、の馬鹿野郎！何してるんだ！」 「…え…なんでここに」 「…っ、折角堂々と外を歩けるようになったから…会いに来てみれば…、っなんで死のうとしてた！」 「え、えーと…これには深いわけがあってね…」 手から奪われた拳銃が景光の後ろに投げ捨てられる。やめろ、暴発したらどうするんだ。 言い澱みながらフラフラとテーブルに置かれた遺書に視線がいく。それにいち早く気付いた景光は遺書を掻っ攫い、封をビリビリと破き、中を見る。 あっ、あっ、ちょっと待って。それを読まれるとほんと困るんですが、あの、話を聞いて、マジで。 あばば、やべえことになっちまった。 「……これに書いてることは、」 「あっはい」 「…本当だからこんな馬鹿な真似したんだよな」 「………」 どうしよう、気まず過ぎて今すぐ秀一にヘルプを要請したい。 そもそも軽率に本気で死ぬ予定だったから、あの遺書には景光にプロポーズしたはいいけど、段々男女の関係ではない距離感に満足してしまい、恋愛感情と友愛を履き違えてしまった先走りの発言であったことに対する謝罪と、あとは真純への遺産譲渡、秀一に対してずっと一緒に居られなくてごめんと書き綴っていた。それを、今全部本人目の前に読まれてる。 死ぬ程恥ずかしい。殺せ。 「…その、私めの不誠実な発言のせいでこの様な事態になってしまったこと深くお詫び申し上げます死なせてください」 「……」 「…え、と、その、初恋もまだの喪女でして、だから友愛と恋愛を吐き間違えたと言うか、あの、いっそ殺せ」 ひええええ。恥ずかしいはずかしい、ほんと、もうこの空間無理だから殺してくれ。 ずっと無言で、形の良い眉をきゅっと寄せている景光の顔もすごく好きなんだけど、それはあくまで最推しだから好きだと理解してしまった今では私なんぞのためにご尊顔に曇りを与えてしまった事実が只々申し訳ない。 どう見ても人の心を弄んだ最低なクソ女の図です。殺せ。 気まず過ぎて俯いて出来るだけ顔を見ない様に努めたが、恐らく今の私の顔は顔面蒼白と言った感じだろう。実際目の前の最推しに最低なクソ女っぷりを露見させてしまい、申し訳なさで死にたくなってる。 市中引き回しでも磔でも甘んじて受ける覚悟ですので、今すぐ殺してくれ。 うっ泣きそう。 いや泣くなよ。 「…俺のことが、嫌いってわけじゃないんだろ」 「はい…」 最推しとして、友人として好きです。なんてすごく話が拗れそうだから黙ってお口ミッフィー。 「なんで死のうとしたんだ」 「…えー、と、そのですね…合わせる顔がなかったというかなんというか…申し訳なさ過ぎてというか…」 「……、…お前たちは俺や宮野明美の命を助けたのに、なんでお前は簡単に死のうとするんだ…」 「いやだって…プロポーズ紛いなこと言っておいて言った本人がやっぱお友達として好きなので無しで。とか最低過ぎるでしょ…」 「死ぬ理由にはならないだろ」 「なるんだよ、これが」 「…じゃあ」 「ん？」 最推しに不誠実な発言をしたから十分死ぬ理由にはなるんだよ！ わかれ！この思い！ なんて、グズグズ考えていたら景光は決意したような瞳でスッと私を射抜く。 「お前が要らないってなら俺が貰う」 「何を」 「お前の命」 「はい？」 命。 …はっ、そういうことか！ 私を公安の協力者として使おうってか。そういうことか。うーん、気まずいっちゅうねん。 いいから死なせてくれよ。または二度と姿を見せないように努めるから景光の中で私という存在を消してくれ。 ん？あれ？景光さんなんで私の手を握ってるんですかね？ 「真琴、俺は…お前が好きだ」 「………ん？」 「お前に近付いたのは、組織の有益な情報を保持していないかを調べるため…要はハニトラだな。だけど、今は純粋にお前のことを好いている。な？俺も十分不誠実だろ？だからお相子じゃないか？」 「ん？んん？別に不誠実じゃなくないか？」 「お前がどう思ってようと、結局俺はお前を手離せそうにないし、どういう形であれ逃す気はない」 だから、お前が要らないなら俺が貰うけど、いいよな？ 耳の横で発せられる吐息交じりの低い甘みを帯びた声が、脳に響く。 握られた手が、熱い。 言葉の意味を理解すると同時に、体の芯から熱が発し、皮膚を赤く色付ける。 えっ、えっ、まって。あの、なんでそんな蕩けるような瞳で射抜いてくるんですかね。 め、メーデーメーデー！秀一ー！助けてーー！ 景光から漸く解放されたのは三日後であったし、体がくっそ重い上に腰が死んだせいで別の意味で泣いた。ぜ、前世込みでも初めてだったんスよ私…それを…だ、抱き潰しやがって…。 私の体の不調を双子のシンパシー的なやつで感じ取った秀一が、それから幼少期のように私にベッタリになるし、景光を威嚇しまくってて大変な思いをしたのは、景光から解放されてすぐのことだった。 [newpage] 双子の片割れ 名前は赤井真琴。男前でサバサバした性格だが、テンパるとキャラが崩れる。 秀一に対しては双子の片割れ程度の認識しか持っていない。ただ、本人は雑に扱い気味だが情はあるので無意識に一緒にいることが多い。 「生まれる前に雲の上でずっと一緒にいようと発言した」件に関しては本気で驚いたけど、突拍子も無い事案は自分で経験済みなので、すんなり信じたし、自分の発言なら仕方ない。責任を持とうと、割と本気でずっと一緒にいる。 景光に対しては、喪女特有の大事故勘違いを起こしてずっとガチ恋だと思っていた。けど、実はアイドルに対する好きと同義だったと関わってから知ったので頭抱えた。どうしてこうなった。 人様の心を弄んだ最低なクソ女なので早急に死にたいと実行したら、最推しに見つかって、そのまま逃さない発言からの食われた。前世込みで初めてだったのに…。 これからすごく苦労する。 双子の片割れ 生まれる前に雲の上でずっと一緒にいようと言われたから、本当にずっと一緒にいた人。 本来なら三歳頃から薄れて忘れていく筈の記憶を、持ち前の高い記憶力でずっと覚えいていた。双子の片割れ大好きだし、相手はサバサバ男前な性格をしているとわかっているから、はっきり口にして行動に移さなきゃ勝手に離れていくと理解していたので、この小説の秀一はずっとわかりやすく行動していた。 双子のシンパシーも存在している。から片割れの不調はすぐ気付くし、大体言いたいこともわかる。逆も然り。 知らない間に大事な片割れが勝手に死のうとしてたし、景光に食われてたしで大忙し。 絶対に離れないからな(有言実行)。 自殺回避マン 実はハニトラ目的で近付いたけど、駆け引きもへったくれもない友人のようなやり取りが楽しくて好きだった。 飲み会の回数を重ねていくにつれて好意を抱き始めた後にNOCバレで双子に命を救われた。感謝しかない。 プロポーズされたのは普通に驚いたが、自分も好意を抱いてたし、両想いってことか好都合だな。 雲隠れ時は何度もメールでやり取りしたり、仕事の手伝い(雑用)をしたり、逆にお願いして(公安の)仕事をさせてもらったり、宅飲みしたりと交流はあった。 漸く組織も壊滅させ、堂々と出歩けるようになったし会いに行ったら、あらびっくり。 拳銃を米神に押し付けて自殺を図ってるところで焦った。 お前は俺を助けたのに、お前は俺を置いて死ぬのか。 実は好きっちゃ好きだけど、恋愛的な意味で好きではないと自覚したから死にます。と思っていると知って、焦ったけど嫌われてないならまだ望みはある。よし今度は人目を憚らずガンガンアプローチしようと決意。 要らないならくれと発言した時の、テンパりようが平時の性格とのギャップで可愛くってそのまま食ってた。 割と我慢が効かないタイプ。 以降秀一に目をつけられるが、笑顔でお義兄さんと返せるくらいにはメンタルは強い。

景光ガチ恋勢が赤井秀一の双子の片割れに転生しててんやわんやするも、結局なんか違った話。案の定赤井に対して当たりがきついですがやっぱ愛はあるのでセーフだと言い張る。<br />誤字はスルーお願いします。<br />表紙素材お借りしました[‪<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/60635209">illust/60635209</a></strong>]‬

景光と結婚したかっただけなんです、最初は。

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注意！ ・シリアスだけは耐えられません。シリアスな雰囲気を壊したくない方は5、6ページは飛ばしてください。 ・降谷零とスコッチの幼馴染みが主人公です。 ・スコッチの本名は「緑川景光」になっています。 ・「微勘違い」のタグが必要なのか作者も悩み中です。 ・設定はふわふわ。 ・書いてる人のコナン知識はにわかです。 ・書きたいとこだけ書く自己満足小説。 ・何かしら地雷がある方はお逃げください。 [newpage] スコッチが、NOCだとバレた。 "スコッチはNOCだ。見つけ次第始末しろ" バーボンとしての携帯の画面に映された文字を見て全身が凍りつき、背中を嫌な汗が伝った。 [chapter:4人目] 何故。どこから。 そんなことが頭を過ったが、とにかく優先すべきはスコッチの、緑川の身の安全だ。 とにかく早く合流して、あいつを逃がさなければ。 "追われてる この前拠点にしてた廃ビルに隠れてる" 降谷零の携帯に緑川からそうメッセージが入ってはいたが、それ以来連絡は途絶えている。 緑川が身を隠しているというビルにたどり着き、屋上へ続く階段を駆け上がる。 このビルの部屋は狭く家具もほとんど置いていない。見つかった時のことを考えると隠れるには不向きだ。だとすれば向かう先は屋上。 できればもっと見つかりにくい所へ隠れろと言いたいところだが、追われているようなのでそれどころではなかったのだろう。 息を切らして必死に足を動かす。頼む。頼むから間に合ってくれ。 荒々しく扉を開けると、そこに、いた、のは。 「っ！！！」 同じ様に信じられないというふうに驚いている緑川と、厳しい目付きをしているライ。そして。 「(うそ、だろう…？)」 「やれ。」 パァン ジンに指示され、緑川の頭目掛けて拳銃の引き金を引いた、一之瀬の姿だった。 緑川の頭に赤が散り、その体ががくりと崩れ落ちた。 唖然としてその光景を見つめていると、ジンがこちらを見て馬鹿にしたように笑った。 「遅かったなバーボン。残念ながら今回はてめぇお得意の探りよりも優秀な犬がいたようだぜ？」 バーボン、というその名に反応するように、一之瀬が暗い瞳をこちらに向けた。そこには何の光もない。ただ冷たく暗い闇が底無しに広がっていた。 こいつは、こんな目をする人間だっただろうか。 一之瀬の瞳は、こんなふうに暗く澱んだ黒ではなく、心安らぐ夜の静けさのような黒ではなかっただろうか。 「…ジン、そちらの男性は？」 震えそうな声を必死に押さえつつ、一之瀬に鋭い目線を向ける。一之瀬は俺が初めて見るような空虚な視線をこちらに向けた。 「スコッチの古巣の連絡員だ。以前からこちらとコンタクトは取っていたが、ついに寝返る気になったらしい。手土産はスコッチの命だ。」 なんだ、どういうことだ、ジンはなにをいっている……？ そこからのことは、よく覚えていない。 ただジンにもライにも不審がられてはいなかったので、最低限バーボンとしての体裁は保てていたのだと思う。 そのまま個人で使っているセーフハウスに戻り、リビングの扉を閉める。 ばたんという音は、果たして扉の閉まる音なのか、俺が座り込んだ音なのか。 「緑川……、一之瀬……、」 どうして、こんなことに。 心の中で、俺を支えていた決定的な何かが音を立てて崩れ去っていくのが分かり、頬を伝った涙がぽたりと床に落ちた。 それから数時間は現実を飲み込むことができず、ただぼんやりと泣くことしかできなかった。 しかし涙が枯れた頃、俺はふらりと立ち上がった。 「……一之瀬が、裏切るわけない。」 そうだ。一之瀬が、俺達を裏切るわけない。あいつとはずっと支え合って生きてきた。きっと今回だって、何か考えがあってのことのはずだ。じゃなきゃあいつが、緑川を撃つはずない。あいつが、友人を殺すなんてあり得ない。 "きちんと説明してくれ" ぼんやりとした思考のまま、一之瀬にメッセージを送る。 思いの外すぐに返事は来たが、そこに書かれた文面に俺は息を飲んだ。 "俺には分からないんだろ？俺は緑川に押し付けたから。俺が本当に組織に入ればお前らの気持ちだって分かってやれるし、緑川だって死ねば潜入捜査をやめられる" お前は、お前には分からない。お前は、緑川に全部押し付けたから！！！ 確かに俺は、一之瀬にそう言った。酷いことを言ったと、今でもはっきり覚えている。 でもまさか、それがお前を追い詰めることになっていたなんて思いもしなかったんだ。なぁ、一之瀬、俺が、俺の言葉が引き金になったのか？ 分かろうとしてくれたお前を分からないと突き放したから、そんなことするはずないのに、緑川に押し付けたなんて言ったから、だからこんなことになってしまった？ 俺が、お前を追い詰めたから？ だから、俺達を裏切ったのか？ ……だから、緑川を殺したのか…？ 信じたくなかった。嘘だと言ってほしかった。あの一之瀬が、俺達を裏切るなんて。 しかし俺が目の前で見たあの光景も、間違いなく現実だった。 緑川に銃口を向け、その引き金を引いた一之瀬の姿。 きっと、それが全てなんだ。 元はと言えば俺の言葉が原因だったのかもしれない。 それでも俺は、信じていた一之瀬に裏切られ、そして緑川という大切な幼馴染みを殺されたという事実に、どうしようもない怒りを覚えた。 心の奥底で大切にしていた、どんなに血で汚れようとも支えになってくれていた物。言葉では言い表せないが、絶対に失いたくなかった物。 それを粉々に打ち砕かれ、許せないという恨みや怒りが込み上げてくる。 …きっともう、あいつは俺の信じていた一之瀬ではない。 「一之瀬、お前は、お前だけは…、」 絶対に、俺が。 その決意を後押しするように翌日公安から、一之瀬が裏切り、緑川を売ったという情報が伝えられた。 [newpage] 緑川を救うために緑川を殺すことを決めた。 何を言っているのか分からないと思うが、俺の中では筋が通っているので問題ない。 この前まで、俺は緑川に嫌われてまであいつを救うべきか悩んでいた。しかしその悩みは存外すぐに消え去った。 緑川が俺を嫌っているからなんだと言うんだ。確かに大切な友人である緑川に嫌われているというのはちょっと…、かなり…、いやとても滅茶苦茶堪えるが、それでも俺は緑川に死んでほしくはなかった。 それが何故緑川を殺すことになったかと言えば、これにはちょっと複雑な理由がある。 緑川景光：廃ビルの屋上で拳銃自殺 ここまで緑川の死因が見えた時、俺はふと思ったことがある。 緑川が自殺をするとして、何故屋上なんて場所でそれを行うのかということだ。自殺しようとする人間が、わざわざ屋上に？それとも屋上へ行かなければいけない理由があるのか？ そこまで考えたところで、はたと気づく。 緑川が自分の意思で自殺をしたのではなく、それを強要されたとすれば？ 例えば、そう、考えたくはないが、緑川がNOCだとバレて、こちらの情報を隠すために自殺をしたとか。 それはただの推測だったが、そう考えると驚くほど辻褄が合うのだ。勿論証拠はないが、他の三人を助けた時だって可能性を模索して結果的に助けられたのだ。ならば今回だって緑川のNOCバレという可能性を考えても無駄ではないだろう。 さて、ではどうして緑川はNOCだとバレるのだろうか。 何か緑川がミスをしたということも考えられないわけではないが…。 緑川がそんな重大なミスを侵すような捜査官だとは思えない。降谷の有能さが異常なのでついその影に隠れてしまうが、緑川だって普通以上に有能なのだから。 だとすれば、一番最悪なのはこちらの人間の裏切りだ。 …信じたくはないが、一度連絡員達の素性を洗い直してみようか。 まさかと思いながら始めた素性の洗い直しだが、数いる連絡員のPCをハッキング(連絡員のまとめ役をやっている者の特権だ)していると、そのうちの一人の時にとんでもない事実を目の当たりにすることになった。 『……は？』 その人間のメールボックスには、明らかに怪しいと言うか、完全にアウトな内容が綴られていた。 まぁ簡単に言うと、この連絡員は組織に情報を売って私腹を肥やしているとんでもない裏切り者だったのである。 組織とのメール内容を確認していき、最後の一通を読んだところで俺の思考は停止した。 "スコッチは公安からのNOCだ" 血の気が引いて、頭が真っ白になった。 この馬鹿は一体何をしてくれた？ メールの送信時間は五分前。まだそう時間は経っていないが、確実に緑川の命に危険が迫っていた。 そして直後、緑川から俺と降谷へメッセージが送られてきた。 "追われてる この前拠点にしてた廃ビルに隠れてる" どうする。このままじゃ、緑川が、あいつが。あいつの命が危ない。俺に初めて友人というものを教えてくれた、誰よりも優しい男。緑川が死ぬなんて、絶対に許されない。 混乱する思考を落ち着けるため、一度大きく深呼吸する。 駄目だ、落ち着け。焦っても緑川は助けられない。 それに下手をすれば降谷まで危険に晒される可能性がある。降谷の死因が見えたことはないが、それはつまり無事であるというわけではないのだ。"どんな状況であろうと"死んでないだけで、酷い目に合う可能性は十分にある。 こういう時だからこそ、慌てるな。 まずやるべきことは主に二つ。 最優先事項は緑川の身の安全だ。これは絶対に、何に変えても死守する。 次に、裏切り者の身柄の拘束。名前は分かっているので個人の特定はできている。これ以上の情報漏洩を防ぐために、こちらもできるだけ早く行わなければならない。 考えろ。緑川を救うためにはどうすればいい。隠れ続けるのは無理だ。いや、たとえできたとしても、報告を聞く限り、あの組織は緑川の死を確信するまであいつを追い続けるだろう。それでは駄目だ。なら、どうすれば。 『……そうか、"死を確信させればいい"。』 そうして俺は一計を案じることにしたのである。 最初に俺が取った行動は、ハッキングしたPCで組織の人間にメールを送ることだった。 "スコッチの居場所を掴んだ。組織と合流したい" メールのやり取りの中で、この裏切り者は近々公安を辞めて組織へ寝返るつもりだと言っていた。 それを利用して今回スコッチの命を手土産に組織に寝返るつもりだという旨のメールを送る。つまりは成りすましである。 組織の方もスコッチの居場所を探しているらしく、すぐに待ち合わせ場所を指定するメールが返信されてきた。 車を運転し待ち合わせ場所に向かう。暗い路地裏で内心焦れったく思いながら待っていると。 「てめぇが公安からの犬か。」 『あぁ…、あんたがジンか。』 さて、これからスコッチを殺して緑川を救出する。何があっても、絶対にだ。 「スコッチの居場所が掴めたってのは本当か。」 『あぁ。この先にある廃ビルの屋上だ。本人から連絡が来た。』 組織の幹部、ジンを助手席に乗せて車を発進させる。向かう先は嘘でも何でもなく、本当に緑川のいる廃ビルだ。 「公安からの情報はどれだけ引っ張ってこれる。」 『ある程度は。とりあえず手付金は捜査官一人分の命だ。』 「ハッ、惨めなもんだな。今からスコッチの絶望した顔が目に浮かぶぜ。」 そして車内での会話で気付いたのだが、どうやらジンは俺のことを完全に裏側の人間だと認識しているらしかった。 まぁあの裏切り者、メールで散々情報流してたもんな。腹は立つが、正直嬉しい誤算だ。信用されているようなので幾らか俺も動きやすい。 廃ビルの近くに車を停め、屋上への階段を登っていく。早く緑川の無事を確かめたくて駆け出したくなる足を必死で抑えた。 「ジンと、…その男は誰だ。」 屋上への扉を開ける寸前、背後から突然声をかけられる。振り向くと、そこにはニット帽を被った長髪の男がいた。 「スコッチの命を手土産に寝返ってきた。政府の犬は気に入らなかったらしいな。」 ジンがそう言うと、その長髪の男は一瞬厳しい目付きになったが、すぐに「そうか」と興味無さげに視線を外した。 俺も興味は無いので特に気にせず足を進める。そんなことより今は緑川の無事を確認したい。 ガチャ 「え、あ、おまえ、なんでここに、」 重たい扉を開けると、そこには驚いた様子の緑川がいた。良かった、まだ生きていた。見たところ怪我もない。 「よぉ、スコッチ。」 「な、ジン…！なんで、お前が、そいつと一緒に…！」 「残念だったなぁ、スコッチ。こいつはどうやら飼い主を変えたらしいぜ？」 「なにを、いって…、」 ジンと一緒に現れた俺に、緑川は声を震わせながらこちらを見ていた。 その震えが裏切られたことからなのか、それとも俺に対する嫌悪感からなのか、俺には分からない。 どうせ死因を見たところでこの前と変わらないだろう。見る必要はないし、見たくもない。俺だってそう何度も緑川に嫌われていることを再認識するのは辛いんだ。 その死因を視界に入れないよう、黙って銃口を緑川に向けた。 「なぁ、うそだろ…？」 信じられないという目をする緑川に、まだ俺は自分が友人として好かれていると勘違いしそうになる。そんなはずないことは、もうよく分かっている。……友人に嫌われるって、結構きついんだな。 グリップを握り直し、照準を緑川に合わせる。そして。 「やれ。」 「っ！！！」 パァン 俺が引き金を引いたのと、降谷が扉を開けて屋上に入ってきたのは同時だった。 その後、ジンは満足したように降谷とライ(そう呼ばれていた)を連れて屋上を出ていった。何やら次の任務について話があるらしい。 俺はスコッチの死体の処理を任され、全員が出ていった後にさっと緑川に駆け寄る。 『良かった…、本当に…、緑川…！』 倒れた体を起こしてやる。細く小さいが確かに動いている脈拍。額に散った赤のせいで分かりにくいが、呼吸もきちんと確認できる。 緑川は死んでなんかいない。ちゃんと生きている。 当然と言えば当然かもしれない。しかしこうして確認するまで、正直気が気じゃなかった。何より銃口を友人に向けるなんて経験は二度としたくない。頭がおかしくなるかと思った。 俺が撃ったのは、麻酔針を仕込んだペイント弾だ。 組織の前で"スコッチは死んだ"のだと思い込ませれば、緑川は生きてこの場から脱出できる。潜入捜査からは離脱せざるを得ないが、命あっての物種だ。 緑川はまだすぅすぅと眠っていたが、起きるのを待ってはいられない。俺にはやらなければいけないことがまだ山程ある。 まず裏切り者の身柄の確保。メールという証拠もあるし、これは比較的簡単に事が済む。 問題は俺がそいつに成りすましてしまったことによる弊害だ。まず、俺は絶対に正体がバレないよう、組織の人間として振る舞わなければいけない。 もし俺が組織に協力する気が微塵もないと知れれば、危険な目に合うのは俺だけじゃなく、俺が殺した"はず"の緑川もだ。 図らずも、俺は公安であることを隠して組織に潜入することになったわけである。 しかし組織の方だって馬鹿じゃない。こんな突貫工事の潜入捜査、見破られる可能性も十分にある。 そこで俺が考えたのは、公安との繋がりを本当に一切絶ってしまうことである。 裏切り者のことも、俺のことも、上層部のみに真実を話し、降谷含めそれ以外の人間には真相を隠し続け、俺が裏切ったと伝えてもらう。 そうすることでたとえ組織に探られても、俺は本当に公安との繋がりが全く無い状態なので正体がバレることはないだろう。敵を騙すにはまず味方から、だ。 そして緑川。こいつには暫く俺の家に監禁されてもらう。死んだはずの人間なのだ。仕方無いだろう。 緑川のことも上層部のみに伝え、他の人間には隠しておこう。でなければ俺が裏切ったという辻褄が合わない。……あと、できればそのうちに俺をもう一度友人と認めてくれればいいなと思っている。だってこの世界でたった五人の大切な友人の一人なんだ。嫌われているのは仕方無いとしても、悪いがそう簡単には諦められない。 さて、善は急げだ。 俺は寝ている緑川を車に乗せ、そのまま自宅へと帰宅した。 降谷からメッセージが来ていたが、それに対しては"裏切り者"として返信する。 降谷には悪いことをしたしたな。裏切られた挙げ句目の前で緑川を殺されてショックを受けているだろうし…俺はまぁ、たぶん恨まれているだろう……う、降谷に恨まれてると思うとちょっとへこむな。 許してくれとは言わないから、今度は組織の中でできるだけお前をサポートさせてくれ。今のところ俺にできる償いはそれぐらいしかない。 …緑川には、どうするか。いや、黙っていよう。正直俺が緑川に潜入捜査という辛い仕事を押し付けたのは事実だと思うし、降谷もそう言っていた。 今は緑川に余計な心配をかけたくない。……まだ俺を心配してくれるのならばだが。まぁどちらにしろ気苦労にもなってほしくないらかな。うん。やっぱり黙っていよう。 自宅に戻り、緑川をベッドに横たえる。とりあえず見た目があれなので赤いペイントだらけの顔は拭っておいた。 それから公安の上層部と諸々の連絡終え、俺の案は「その命に危険がない限り」という条件付きだったものの認可された。 これで、漸く一段落ついたわけだ。 緊張が溶け、そのせいか急激に眠気が襲ってくる。 そして俺は、緑川にもう一度友人になってもらえるだろうか、なんて柄にもなくちょっとドキドキしながらベッド近くの床に座り込んで、視界に入った"それ"に満足しながら意識を手離したのだった。 緑川景光：ーー うん、うん。じょうできだ。 [newpage] はっと目が覚めると、そこは"スコッチ"の俺が使うセーフハウスではなかった。 俺は、確か公安のNOCだとバレて、屋上へ逃げ込んで、それで、俺は、一之瀬に、撃たれ…？ ん？なんで一之瀬に撃たれた俺は"目が覚めた"んだ？あれ？もしかして俺生きてる？ 衝撃があったはずの頭を触るが、そこには勿論風穴なんて無かった。 右手を開いたり閉じたりし、腕を伸ばしても違和感はない。いつも通りだ。 俺、本当に生きてるのか…。 死んだと思ったら生きていて、なんだか変な気分になりながら辺りを見回すと、ベッドの近くにいる見慣れた黒い頭。 「一之瀬？！」 ベッドに背を預けてそのまま眠りこけていた一之瀬に声をかけると、はっとしたようにあいつはこちらを振り返った。 『緑川…？起きたのか…。』 一之瀬の声は寝起きでぼんやりとしていたが、それ以外はいつも通りの一之瀬だった。 あの時の、俺に銃口をむけた時のような暗い瞳ではなく、静けさを纏った黒い瞳。 あぁ、こいつ、裏切ったわけじゃなかったんだ。 一之瀬の目を見ればそんなことはすぐに分かった。 小さい頃からずっと一緒だったんだ。大事なことをいつも黙っているこいつに関しては、分からないこともたくさんあるけれど、分かることだってたくさんある。 「…なぁ、一之瀬。お前が裏切ったわけじゃないことは分かった。だから何をするつもりなのか、隠さないで教えてくれ。」 確信を持ってそう言うと、一之瀬はちょっと驚いたような表情をした。しかしすぐにいつもの無表情に戻って少し考え込むと、公安にいた裏切り者のこと、そしてそいつに成りすまし、周りの人間には一切を隠して一之瀬が潜入捜査をすることになったことを話してくれた。 「…それ、ゼロも知らないのか？」 あいつ知らなかったらとんでもない勘違いしてそうだけど、大丈夫だろうか。 『、いや、降谷には全部話した。』 「そうか。なら大丈夫か。」 ゼロが知っていてくれるなら、少なくとも一之瀬は一人じゃない。あいつなら一之瀬が危険な目に合ってもどうにかしてくれるだろう。暫く俺は出歩かない方がいいし、今はゼロを頼りにするしかない。 「……一之瀬、ありがとな。助けてくれて。」 『！』 俺がぽつりとそう言うと、一之瀬は目を見開いて俺を見た。お、珍しい表情、じゃなくて。 「いや、そんなに驚くことないだろ。」 大切な友人が命を助けてくれたのだ。礼を言わない奴がどこにいる。 変な奴だなと思っていると、次いで投げ掛けられた一之瀬からの言葉に俺は思わず声を上げた。 『……お前、俺のこと嫌いなんだよな？』 「はぁぁぁぁぁ？！？！？！」 嫌い？俺が？一之瀬を？は？ 「そんなわけないだろ！！！」 『え。』 こちらは当たり前のことを言っているのに、一之瀬は本当に驚いたような顔をする。なんでだよ！俺お前のこと大好きに決まってるだろ！ 「なんでそんなことになってるんだよ！俺達友達だろ？！」 『え。』 いやなんでそこで驚くんだよ。え？俺達友達だよな？俺だけがそう思ってるとかじゃないよな？それわりとショックっていうかもしそうだったら悪いが泣いて落ち込むぞ？ 『…俺は、お前の友人なのか。』 「…一之瀬は違うのかよ。」 『そんなわけないだろ。』 「うん知ってたけど安心した。」 相変わらず即答するあたりこいつは友達大好き人間なんだと思う。じゃあなんでこんなことになってる？ 『……お前は、俺のことが嫌いなのかと思ってた。』 「いやだからなんでだよ。」 『……俺が、全部お前に押し付けたから。この前の定期報告の時、お前は何も言わなかったが、降谷と同じ様に思ってただろ。』 「！」 一之瀬の言葉に、俺はぴしりと固まった。 確かにあの時、俺は一之瀬が俺に辛い仕事を押し付けたのだと感じていた。 でもあれは追い詰められていたからで、こうして冷静に考えればそんなはずないことは当たり前のように分かる。だって一之瀬はいつも俺達を助けてきてくれたのだから。今回だって。 『そんなつもりじゃなかった。でも降谷に言われた通りだ。お前にとっては押し付けられたようなものだろ。…本当に、悪かった、緑川。』 「っ、やめろよ！」 目を伏せて謝る一之瀬に思わずそう叫ぶ。 違う、謝らなきゃいけないのは俺だ。何も悪くないお前にそんなことを言わせた俺の方なんだよ。 「違うんだ、一之瀬。…俺、あの時すげぇ追い詰められてて、」 『…あぁ。』 「とにかく誰かに、苦しいのを押し付けたくて、」 『…あぁ。』 「それで、お前が、お前が優しくしてくれるから、だからお前に…。ごめん、謝らなきゃいけないのは俺の方なんだ…。本当にごめん。」 『…そうか。』 この前は素直に言えなかったことを吐き出すと、一之瀬はただ静かにそれを聞いてくれた。あぁやっぱり。もっと早くこうしてれば良かった。一之瀬がただこうして聞いてくれるだけで、びっくりするほど心が軽くなるんだから。 『…俺は、別に怒ったりしてないから謝らなくていい。お前が生きてくれてて、俺の友人でいてくれるなら、それでいい。』 「一之瀬ぇぇぇ…！」 そう言って珍しくふわりと微笑んだ一之瀬に、思わず半泣きになりながら抱きつく。 なんだよお前聖人かよ。なんで怒らないんだよ怒れよ。あでもお前に本気で怒られたからたぶん結構へこむからやっぱり怒らなくていい。 「うっ、ぐす…、ていうか、俺に嫌われてるって勘違いしてたのに俺を助けようとしたのか？」 『俺がどんなに緑川に嫌われててもお前が死ぬなんて絶対許せなかったから死んでも守るつもりだった。』 「もうほんとなんなのお前イケメンかよ！！！でもお前が死んだらまじで怒るからな！！！」 こいつ本当友達のこと大好きだよなぁ。まぁ俺達も一之瀬のこと大好きだからどっちもどっちなんだろうけど。でも一之瀬の場合はこのどストレートな表現がなんとも言えず恥ずかしい。なんでこいつ何の恥ずかしげもなくそんなこと言えるんだ？あ、一之瀬だからか。 そんなふうに思っていた俺は、一之瀬が一つ大事なことを隠しているなんて考えもしなかった。一之瀬は隠すのがうまいって、昔から分かっていたはずだったのに。 [newpage] 次ページは小話です。 いつもの如くシリアスブレイカーです。 全員揃ってキャラ大崩壊警報発令中 時系列はさようなら。 暫くはシリアスなお話が続くのですが毎回最後に小話ぶちこむ予定です。理由はシリアスだけだと作者が死んでしまうからです。 とても短い。 シリアスだけでいいよって人は7ページへどうぞ。 →次ページ「お前ら演劇するぞ」 [newpage] [chapter:お前ら演劇するぞ] 「女子高で下着泥棒が出たっていう仮想訓練しようぜ。」 『は？』 萩原がいきなり言い出した言葉に、俺は意味が分からず聞き返した。 「「「「やる。」」」」 いつもなら俺だけでなく他の奴らも追撃をかましてくれるのだが、今日ばかりはそうでもないらしい。 テーブルの上に散らばる空き缶とつまみ。 部屋に充満するアルコールの匂い。まぁ端的に言うとこいつらベロンベロンに酔っているのである。 俺？こういう時は一人素面の奴が必要なんだよ。こんなことになるなら酔ってしまった方が良かったのかもしれないと今更ながらに後悔しているが。 「助けて景子刑事！私のパンツが盗まれたの！」※酔ってる 「落ち着いて零子さん！あなたのパンツは私が必ず取り返して見せるわ！」※酔ってる 降谷と緑川がノリノリで演技を始める。言葉遣いは女っぽいそれだが、声はいつも通りの男の声だ。やめてくれ何の地獄だこれは。 というか女子高設定なので降谷はまだ分からないでもないが、緑川、お前が女役になる必要はあるのか？ 「零子さんのパンツの特徴は？」 「黒のトランクスです！裾の所に"唸れ猛獣"ってプリントしてあるの！」 降谷お前それ去年の誕生日に緑川がふざけてお前にプレゼントしたパンツだろ。履き心地が良いから結構愛用してるって言ってたやつ。 俺は昨今のJKの実態なんぞ知らないが、たぶん"唸れ猛獣"ってプリントされた黒のトランクスを履いてるJKは日本中どこ探してもお前だけだと思うぞ降谷零子。 すると萩原が「違うぞ降谷！」と言って降谷を指差した。 「JKなら色は白だろう！分かってないな！」※酔ってる いや分かんねーよ。 「はっ、そうか！…間違えたわ！白のトランクスよ！」 降谷お前は何に納得したんだ？ 「容疑者はこの二人ね！」 すると赤い顔をしながら緑川が伊達と松田の方に顔を向ける。 松田の方は缶ビール片手に馬鹿にしたように緑川を嘲笑った。 伊達の方はやけにキリッとした表情をしている。 嫌な予感しかしない。 「俺が盗んだのは青の縞パンだ！」※酔ってる 「俺はナタリーのパンツ以外興味ない！」※酔ってる おいこいつら二人とも逮捕しろ。 もうほんと勘弁してくれ。大人の男どもが輪になってパンツだなんだと話すなんて見苦しいにも程がある。 「なんですって！その二人を捕まえて！」 相変わらずの女キャラで俺の方を見る緑川。おいやめろ俺に振るな。 しかし他の奴らもじっと俺を見ていて、どうやら続きは俺に託されたらしい。 仕方無い。ここは適当にこのふざけた演劇を終わらせてこの見苦しい会話をやめさせよう。素面の俺にこの状況はきつすぎる。 『…月に代わってお仕置きよ☆』※無表情だが酔ってる あぁほんとうに、しらふはきついな、うん。 [newpage] 一之瀬君 メンタルは強いが友人に関してはナイーブ。 今まで死因がどれぐらい見えるかで好感度測定してたから、救済して死因が見えなくなると相手が自分に好意を抱いているのかどうかがいまいち分かってない。 今回の景光君との「え？お前俺のこと好きなの？」みたいなやり取りを他の同期組とも後々やることになる。漏れなく全員に、俺達友達だろうがアタック(物理含む)をされることになる予定。 救済された人 助けられた。一応オリ主に作戦の全容は聞いたけどそれをトリプルフェイスが知らないということを知らない。あいつが知ってるなら大丈夫か、と思ってる。 お前俺の友達だろ？！そうだろ？！と慌てて勘違いを是正した。 アベンジャーなトリプルフェイス 裏切られたと思って激おこ。あいつだけは許さない。友人だったからこそ俺が。 不穏な雰囲気撒き散らしてる。

うーん、難産。漸く書けましたがなんか違う…！とは言いつつも4人目救済します。景光君の死亡フラグ回避したと思ったら今度はトリプルフェイスが不穏な雰囲気を漂わせまくってます。たぶんラスボスはトリプルフェイスです。いろんな意味で。<br />あと2、3話で本編は終了すると思うのでそしたら思う存分後日談書きます。正直こっちを早く書きたい。<br />あとこの前ふと見たらブクマとかいいねの数が凄いことになっててびっくりしました。本当にありがとうございます。<br /><br />※追記(8/24) お礼&amp;報告<br />・8月18日付の[小説] デイリーランキング 6 位<br />・8月18日付の[小説] 女子に人気ランキング 5 位<br />・8月19日付の[小説] デイリーランキング 2 位<br />・8月19日付の[小説] 女子に人気ランキング 6 位<br /><br />えええええなにこの順位本当に本当にありがとうございます！！！！！<br />最初見たとき「ん？見間違いかな？まぁ夏だからね、しょうがないね」とか思ってたのですが凄く嬉しいです。<br />評価してくださった皆様、本当にありがとうございます！

4人目

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ヒュウ…と風が通り抜ける。僅かに砂を孕んだ渇いた風だ。 その風を受けて、数メートル先に立つ男の外套が翻った。 じっと相手を観察しつつ、ランサーは全身に力を行き渡らせる。 先程は、声を掛けた途端の素晴らしい反応速度と判断力でその場を離脱されてしまい、よくよく観察する暇もなかったが。 どうやらすぐさま仕掛けてくるような血気盛んなタイプじゃないらしい。背後にマスターだろう少女を庇い、じっとその場に佇む様子をいいことに、上から下へ観察する。 上げられた髪は雪のような白銀。僅かな風に靡く様は、見た目の印象と違って柔らかい髪質なのかもしれない。髪と同色の睫毛は伏せられ、その長さを際立たせる。秀でた額にすっと通った鼻梁は知的さを窺わせ、鋭角な頬のラインに細い頤は精悍さと同時にどこか儚さを感じさせた。褐色の肌が月光を弾き、どこか艶めかしい。身を鎧う黒は身体のラインを際立たせ、存分に鍛えられているだろう身体を惜しげもなく晒し、細く締まった腰を強調させる。纏う紅い外套が、冷静沈着そうな男のイメージに反して挑発的だった。 ―――これは。 ランサーは、密かに舌なめずりをする。極上の獲物を見つけた獣のように。 そして、少女が男に告げた。 「あなたの実力、見せて頂戴」 その言葉に応えて、男がふっと伏せていた瞳を開いた。 降り注ぐ月光に似た、灰がかった銀の眼差し。研ぎ澄まされた刃のように鋭い、静かな澄んだ瞳。煙るように美しい―――。 その瞳を見た瞬間、ランサーは息を呑んだ。 そして思わず、こんな闘いの瞬間を目前にしたランサーらしからぬことに、余所事を呟いていた。 「お前―――美人だな……」 向かい合った男が、それまでの鋭い表情を崩して瞬きを繰り返した。 「……は？」 男が背後の少女を振り返る。そして再びランサーに視線を戻す。また少女へ。そしてランサーへ。ランサーはその間ずっと、男を見つめていた。 ようやく、ランサーの視線が自分に向けられているに他ならないとわかり、その瞳にありありと困惑と不審を載せて、おずおずと口を開いた。 「…………………私が、か？」 僅かに首を傾げ、自分を示すように片手を軽く胸に当てて。 ―――やべぇ、可愛い……。 「勿論。すげぇ美人」 「……なッ？！」 かくん、と目と口を見開いた男の背後から、少女がひょいと顔を覗かせた。こちらもまた、タイプの違う美少女である。 「あら。あんた見る目あるじゃない」 「凛？！」 無防備に敵に姿を晒すんじゃない、とランサーから視線を外さぬまま腕で押さえようとする男に構わず、少女――凛は、腰に手を当て仁王立ち。 「美人でしょ、こいつ。我ながら良いのを引き当てたと思ったわ。この私のサーヴァントなんだから、実力は勿論、見た目も伴ってないとね」 凛の言葉に、ランサーはうんうんと頷く。 「美人主従で羨ましいこった」 「きっ君達はッ！ 先程から一体何を言っているのかね？！ よりにもよって私を美人などと…！ 目が腐っているのか？！」 羞恥にか怒りにか、頬をうっすら染めて高ぶった感情に灰銀の瞳が煌めく様は絶品。これを美人と言わずして何と言うのか。 どうやら相手のマスターは話のわかる相手らしいし、しばし闘いはお預けと、幾分身体の力を抜く。 「おいおい嬢ちゃん。まさかこいつ、これだけの容姿のくせして、自覚がねぇのか？」 そんなランサーの様子を正確に読み取ったのか、凛も幾分身体の構えを解いたようだった。本当に、話がわかる。 「そのまさかよ。それどころかせいぜい十人並みとか言うんだから、十人並みが笑っちゃうわよ」 「はあ？ まさか本気じゃねぇだろう？」 「生憎だけど、こいつは心底本気よ。謙遜してるわけでもないわ。ほんっとーに、本気で、自分は並だと思ってるんだから！」 言い様、どん、と結構手加減なしで傍らの男に拳を当てる。 ―――わかる、わかるぜ嬢ちゃん。こんな銀の水晶みてぇな奴が、自分は道端の石ころだとか言ってたら、そりゃあむかつくぜ。 ランサーは内心で凛に同調し、深く頷いた。 「事実だろう…。それに、それを言うなら君達の方が余程美人だと思うが」 「う～む、美的感覚がおかしいってわけじゃあねぇのか…」 「綺麗なものは綺麗、可愛いものは可愛いって感じる感性はちゃんとあるのに、どういうわけか自分には適応されないみたいなのよね」 ランサーと凛が、じっとりと男を見つめる。今この時は、この２人の方が余程主従っぽいその息の合った様子に、うっと男の腰が引ける。 「な、何故私がそんな目で見られねばならん！ というかだな、君達…何やら変に意気投合しているようだが、今が聖杯戦争中で君達は敵同士だということを、よもや忘れてはいないだろうな？！」 「「あ」」 同時に声を上げるふたりに、男は心底呆れたといった風に溜息を吐く。 「…あー、なんかやる気が削がれちまったな。それもこれもお前が美人なのが悪いっ」 「またそれかっ。目が腐っているのは君の責任であって私は関係ないっ」 びしっと指を突き付けられ、言い返す男に凛がにっこりと微笑んだ。 「――あら。私の目も腐ってるって言いたいの、アーチャー？」 「り、凛、私は別に――、……君、またうっかりか」 凛の綺麗な笑顔に心なしか顔を青褪めさせた男――アーチャーは、ふう、と息を吐いた。 「ちょっと、話を逸らさないで……って、あら？ …あ、あぁっ！」 しまった――！！ と、優雅からは程遠い様子で頭を抱える凛。 「ほー、お前アーチャーか」 ランサーはふむふむと頷く。 聖杯戦争で喚び出されるサーヴァントは、伝説に残る英雄達である。そういった英雄達は、大抵弱点から死に様まで伝説中に語られているものだ。つまり、名を知られると言うことはその戦術から弱点までも敵に知られてしまうということだ。故に、彼らはマスターからもクラス名で呼ばれる。真名がばれないようにとの配慮だが、かといってクラス名も大声で吹聴するものではない。当然クラス名からそのサーヴァントの得物はわかってしまうし、各クラス固有のスキルもある。戦争が進めば各々の状況も互いに把握していくだろうから自ずと知られてはいくだろうが、隠せる内は隠しておくに越したことはないのだ。 凛も可能な限り隠しておくつもりだったのだろうに、こんな序盤も序盤からばらしてしまうという自らの失態に悶絶している。 ランサーとしては、別段自分のクラスを隠すつもりはないので、こちらも告げてしまおうかと思ったところへ。 「…まあ、そう気にするな、凛。こちらもこの男のクラスはわかっているしな」 「ほう？」 「えっ」 ランサーと凛が、アーチャーの言葉に同時に声を上げる。 ランサーは、まだ己の得物である槍を出してはいない。見た目でわかることと言えば、まともに喋っていることからバーサーカーではない、ということくらいだろう。以前に顔を合わせたこともない。或いは、どこぞで自分を見かけて、その時にクラスを知ったのだろうか、とランサーは推測してみる。 ランサーは、言ってみろ、とアーチャーへ顎をしゃくる。 「君はランサーだろう？」 躊躇いもなく言い放つその様子に、迷いは一切見られない。万一違っているなどとは微塵も思っていない、揺るぎない問いかけ。 「ふん、正解だ」 それまでのどこかだれた雰囲気が引き締まる。アーチャーを見据えるランサーの瞳は鋭く変わっていた。 だが、ランサーは空手のままで、にっと笑った。 「なんで俺のクラスを知っていたかは興味のあるところだが……お互いのクラスを知ったところで今回は分けってことにしねぇか」 「…このまま退くというのか」 「ああ。殺り合うにゃあどうもタイミング外しちまったし、取り敢えず偵察って役目は果たせたしな。仕切直しが必要じゃねえか？ 俺もそっちも」 「……」 アーチャーは凛の答えを待つように黙して語らない。サーヴァント単体のランサーはともかく、確かにこういった場面での判断はマスターの領分である。 「…そうね。そちらが退いてくれるというのならこちらに追う理由はないわ。邪魔された結界の解除をしなくちゃいけないし」 マスターたる凛の判断に、アーチャーは何を思うか瞑目する。 「よし。じゃあ俺はこれで退かせてもらうぜ。次逢うまでやられるんじゃねぇぞ、アーチャー！」 言い放って、ランサーは地面を蹴った。あっという間に凛達の視界から消える。 今宵も満足のいく闘い――どころか闘いすらできなかったが、それでもランサーは満足だった。非常に好みな主従と遭遇できたのだから。特にアーチャーがイイ。口許には笑みが浮かんでいた。 一方、校庭に残った凛は、踵を返して校舎へ引き返す。 アーチャーは校庭の端を見つめたが、何の気配もなかった。今も、先程までも。 難しい顔をしたまま、アーチャーは凛の後を追う。 それから数分後、学校に残っていた最後のひとりが校庭を横切っていった。先程までそこで何が行われていたのか知る由もなく、故に何事もなく。 何も、その夜は起こらなかった。

昔書いたものを発掘したので投下します。原作オープニングの槍弓邂逅シーンを腐らせてみた。…と思ったら、原作改変？続きはありません。安定の弓スキーですのでご了承下さい。 ちなみに、ストックにEXTRA妄想ネタがあるんですが、次回投下するならどっち？ どちらも本戦前の主従契約までしかないんですが、投下するとなると手直ししないとなので。残念ながら腐ってはいませんが、よろしければご回答を～。【4/26追記】アンケートありがとうございます！圧倒的にマスターエミヤですね！了解しました。ファイル破損で危うくアンケート取り消しの危機が発生しておりましたが（実際ここに書きかけた）、辛うじて復旧できた！ので、後日上げさせて頂きます～。

ファーストインプレッション

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1000819#1

鏡の前で前髪を直してから、体全体が映るように数歩後ろに下がる。今着ている服は日頃好き好んで趣味として買い集めていた名のあるブランドのものだ。あまり派手ではないけれど、この時のために毎晩クローゼットの中をひっくり返すようにして服を選んだのだから、センスが悪いと思われることはないだろう。それでもやっぱり不安になって何度も何度も鏡に写った自分を上から下まで食い入るように見つめてしまう。これでもそれなりに名のある店の美容師なのだ。かっこ悪いところなんか見せられない。 特に今日は、崇と会うのだから。 …あれから数日。預かっていた猫のナルも元の飼い主の家に戻ったのを機に、俺は毎日店に行っていた。客が多くくるの日曜日に休みを取るのはなかなか難しいので、店長にも無理を言ってその日を空けてもらえるよう頼んで、その代わりそれまでの日は働き通していたのだ。忙しかったけど、崇と休日を過ごせると思えば楽なもんだ。逆に浮かれすぎて、他のスタッフに注意されたっけ。とにかくそれくらい楽しみにしていたのだ。 忘れ物がないか、カバンの中を見返す。…崇からもらったメモが挟まっている手帳をみてふと微笑んだ。 よし、抜かりないな。 昨日磨いておいた皮のブーツを履くと、俺は家を出た。外の風は暖かくて、空は澄み渡っている。遠くに見えるビルの群れ、その向こうに崇がいるのだと思うと緊張と期待で胸が高鳴った。最寄り駅までゆったりと感慨に浸って歩いていた足が、どんどん早くなっていく。急がなくても時間には全然余裕があるのに、気が急いて仕方ない。 崇にあうのは二週間ぶりになる。その間、テレビなどでは崇の姿を見ることはあっても直接連絡を取り合うことはあの時以外はなかった。画面の中で無邪気に笑う様子をみて、幾度となく会いたい気持ちは募っていった。 けれどやっぱり思うのは、彼と自分の住んでいる世界が違うということ。 きらびやかな世界に体一つで乗り込んでいって笑いを取る崇と、指先と口先の器用さで生きてきた俺。似ているようで、全く違う生活を過ごしてきた。 そんな崇に、この思いを伝えられる日はくるのだろうか。 考えても、答えは出なかった。 それでも今はただ、崇に会いたい。その思いでいっぱいだった。 あぁ、いつからこんな思いを抱くようになったんだっけ…。届かない遠い青空にため息を吐きながら、俺は昔のことを思い出していた。 確かあの時は、こんなに晴れていなかった。むしろ雨が降っていて…。 [newpage] 予報外れの天気雨が店の窓を強く打つ。ザーザーと耳障りなノイズのせいで店内に流れるピアノの音がかき消されてしまっていた。店内の床を掃きながら窓から空を見上げ、ため息をつく。雨の日は嫌いだ。外に出れば濡れてしまうし、湿気のせいで髪が広がったりするからヘアスタイルを整えるのが大変になる。おまけに、お客がこない。がらんとした店内にはお客さんは誰もいなくて、暇そうにスタッフルームでお茶をする者がいれば、俺みたいに掃除をしたり、はたまたカット用のマネキン相手にカットの練習をする者が数名いるだけだ。みんな会話がなく、この空みたいにどんよりとした空気が漂っている。 「みんな、元気ないねぇ」 箒の柄に掌を乗せて、一旦あたりを見回す。そういう俺も、普段おしゃべりだと言われているのが嘘みたいに大人しいから、人のこと言えたもんじゃないけど。 「まぁ、こんな天気やからな」 後ろから暗い声が飛んできた。振り返ると、客室用の椅子に座って本を読んでいた又吉がこちらを向いている。外からはいる暗い照明と窓ガラスを伝う雨の雫が顔に不気味な影を落とし、なんとも異様な姿だった。これでも、服のセンスはいいしこの店で一、二を争えるスタイリストなのに、外見で損してるよな、絶対。まぁ俺はそこまで悪い顔ではないと思うけど、漂う妖気的な何かを感じてしまうのは否めない。 そんな又吉が、ふと窓の外に視線を向けた。つられて俺も外を見る。 「雨、止まねぇかな…」 「そのうち止むんちゃう？天気雨やし」 「早く止んで欲しいなー」 口を尖らせ文句を言えば、又吉はクスリと笑う。不気味だ。 「気ぃ短いな、自分」 「悪いかよ、だって暇なんだもん」 「そんなこと言われても…」 「またきちはいいよなー本読んでればいいから。俺はもうダメだ。話してないと沈黙に耐えられねぇ。暗い！暗いんだよ！まったく…」 やるせなさにその場で腕を突き上げバタバタと意味もなく動かす。それに又吉が笑うから、もっと変なポーズをする。また笑われた。 そんなことを数回もやれば、雨の日もまぁいいかな、なんて思ってしまって 結局又吉の隣に座った。気がつけば、もう又吉は本の世界に飛んでいる。あぁ、まただ。 降りしきる雨の音が店の中に響く。 俺はすることもなく窓の外を眺めていた。眺めながら、こんどはどうやって又吉を笑わせてやろうか考えてもいた。ここで奇声を発したら、ただうるさいだけで笑わないよな。どぉすっかなー、なんて。 ここからは店の入り口が見える。雨のせいで霞んでいるが、大きなパラソルが開いていてその下にいくつも椅子が並べてあって、晴れていたらそこでお茶を飲んだり雑談したりお客さんと会話したりできるスペースになっているのに、今はこの雨で、誰も…。 あれ？ 俺は思わず立ち上がった。勢いよく立ったせいでガタンと大きな音が響き、みんなの視線を集めてしまうことになったが気にしない。俺の目は、外に集中したまま。 店の前に一人の男が立っていた。男はこちらを向いていないから表情を伺うことができないが、この大雨の中傘も持たずずぶ濡れで立ち尽くす姿はどこか悲しげで、彼は傘を持つ人々にも避けられて人波に乗ることもなくただぼんやりと、空を眺めていた。 こんな雨じゃ風邪を引く。 そう思った時には体が動いていた。俺はスタッフルームにあるロッカーからコートと傘をとると、そのコートを羽織る。 「ちょ、綾部どこいくん！？」 俺の様子をみて慌てて又吉が引き止めてきた。 「すぐ戻る！」 振り返るのも面倒でそう叫ぶと、そのまま店を飛び出した。傘を広げ、先ほどみた男を探す。どこにいった…？ ジーンズの裾が雨水で濡れるのも厭わず走る。すると、少し先にあの男の姿が目に入った。 灰色の空と降りしきる雨に切り離されたような黒い姿。 俺は迷わずその背に近づくと傘を差し出した。狭い傘の中に二人ではいると、どうしても肩が濡れてしまうが気にしない。 ずぶ濡れだった彼は、それにゆっくりと振り向いて俺の目をみた。黒く大きな瞳が俺を見つめる。雨で張り付いた黒髪から雫が落ち、それが顎を伝い落ちていった。その途中、厚く血色のいい唇の上を通り、思わずドキッとする。整った目鼻立ち、湿った白い肌。その男は驚くほどかっこよかった。その姿に思わず見惚れてしまい、言葉が紡げなくなる。傘を握りしめたままぼーっとしていると、向こうが先に口を開いた。 「…何か…」 低く這うような声だった。機嫌が悪いのかもしれない。それでもよく通る綺麗な声だった。 「あぁ、えっと…その…」 口達者な俺が上手く話せないくらい、戸惑っていた。それくらいかっこよかったのだ。目も逸らせずに俺はうろたえる。 「その…」 視線を彷徨わせていると、彼のコートが目に留まった。どれだけ長い間外にいたのだろう、黒い布地のそれは雨水をたっぷり吸い込んでいて、まとわりつくように彼の体を覆いすっかり型崩れしている。 …初めは傘だけ渡して帰るつもりだった、だけど。 「このままじゃ、風邪を引きます」 相手のコートを掴み、必死にそう訴えかけた。濡れた感触も、雨の音も、今は気にしていられない。驚いたように見開かれた目が俺を見つめている。 「一緒にきてください」 そう言って相手の手を取り、店の方へ歩き出した。 「え、ちょっと…」 彼は何かいいたげにしていたが、悪いけど無視した。握った彼の手が冷たかったのもあるが、…今、自分の頬が赤くなっているのを見られたくなかったのもある。そのまま無言で雨の中、黒い彼と真っ赤な俺は歩いた。 俺は、まだこの人と一緒にいたいという欲望に勝てなかったのだ。こんな強い衝動がどこから溢れてくるのかわからない。なぜこんなに感情が揺さぶられるのかもわからない。 だけど、この手を離したらもう二度会えなくなるかもしれないと、そう、思ったのだ。 店に帰ってきた俺は傘を畳むと、そのまま進もうとしてふと足が止まった。手を引いていた彼が立ち止まったのだ。 「どうかしました…？」 顔を覗き込むと、なんだか神妙な顔つきをしていた。それがばちりと視線があって、おろおろとうろたえる。あれ、なんかさっきと雰囲気が違う。 その人は数歩後ろに下がると、視線をあちこちに彷徨わせて店の中を見回していた。彼が退いたあとの床には、濡れていたせいで小さな水たまりができている。 あぁ、そうか。 「大丈夫ですよ、今お客さんいないんで」 そう声をかければ崇びくりと肩をはねさせた。弾みで雫が髪先から落ちる。 なるべく警戒されないように人当たりのよい笑顔を浮かべていたのだけど、変だったかな。 すると、行き場のない手を彷徨わせながら崇は首を振った。 「あの…濡れるから…」 か細い声で彼はそう言った。なんだ、そっちか。どんだけ遠慮深いんだよお前。 「濡れた床は拭けば済みますが、貴方が風邪を引いたら簡単に治りませんよ？」 呆れ笑いを含めてそう言うと、まだ動かないその人を半ば強引に引っ張って店の中に引き入れた。 生ぬるい空調が効いた空気が頬を撫でる。 中に入った瞬間受け付け嬢や他のスタッフに変な目で見られたけど、気にせずどんどん奥に進み、メインフロアの横にあるカウンターテーブルの奥、ソファがあるテーブルに案内した。着くやいなやその人から体温を奪っているだろうコートを引き剥がし、近くにあるロッカーからハンガーを拝借しそれにかける。水を含んでいるせいでそれはずっしりと重かった。あとでタオルで拭いておかないと。 「そこに座っていてください。…座ってください！」 声をかけても突っ立ったままの男の肩に手を置いて無理やり座らせる。まったく…。 「タオルとってきますから、待っててくださいね」 「あ、はい…」 俺の気迫に押されたように小さくなってソファに座るその人は、こくりと頷いた。 「…あれ、誰なん？」 「え？」 スタッフルームに入ってタオルを物色していると、又吉に話しかけられた。こわばった表情で突然の来客に対応に困っているようだった。 「あぁ、あれは…」 言おうとしてはたと気がつく。俺、あの人の名前知らない…。 「…誰だろう？」 「はい？」 腕を組み首を傾げた俺に、又吉は眉間にシワを寄せた。いや、そんな顔されても知らないものは知らないんだから答えようがない。 「店先で傘も持たずに歩いてたから、つい」 「ついって…綾部の知り合いちゃうんか？」 「うん、知らない」 開き直ってペロリと舌を出すと、呆れたのかため息をつかれた。あれ、笑ってくれなかった。 「お前なぁ…そんなやつ店に連れてきて大丈夫なんか？」 「だーいじょうぶだって！ほら、雨上がるまで雨宿りさせるだけだからさ！ね？いいだろ？」 お願い、と両手を合わせる。すると又吉は肩を竦めた。 「俺に言われても…店長になに言われても知らんよ」 「でもほっとけないだろ？」 小声でそう言って、スタッフルームのドアからそっとフロアの方を覗き込む。連れてきた彼は寒いのか腕をだいていたが、おとなしくそこに座っていた。おどおどと店内を見回す姿は、思わず声をかけたくなってしまう。まだ話の途中だったけど、タオルを手に思わず飛び出してしまった。 「あっ…」 取り残された又吉が何か言った気がするが、俺にはあの人のことしか気にならなかった。 俺が近づくと、その人は顔をあげた。 「お待たせしました。どうぞ」 いつものくせでそう言うと、俺は持ってきたタオルを広げて肩にかけてやった。彼がきていたシャツは濡れたせいで少し透けていて、かけるときかなりドギマギした。なんか、さっきから動悸が激しい。彼を見る度に心拍数が上がっていく、とても妙な感じだった。 たぶんあれだ、顔が悪いのだ。彼の整った顔立ちが俺を不安定な気持ちに追いこんでいるに違いない。 俺は二つ目のタオルを広げると、その頭にタオルを覆いかぶせた。 「えっ…」 「じっとしててください」 そう釘をさし、俺は拭く作業を開始。人の髪を拭くのは、仕事柄慣れているので特になにも考えていなかった。強いていえば、ちらちらとうつる黒髪とがたいの良い体にラブラドールレトリーバーを思い浮かべていたけど…。でも、本当に他意はなかった。だから不意に手を重ねられて驚いてしまったのだ。 「っへ？」 「あ、あの、自分でできますから…」 タオルの隙間から覗かせた目が俺を見つめた。ああこの目だ。なぜかわからないけど、この目で見つめられると…。 「あ、ごめんなさい…」 慌てて手を引き、俯いた。なんだ、この感じ。さっきから頬が熱くて仕方ない。心臓の高まりも収まらない。なんでこんなに…この人に…感情を乱されているのだろう。 当の本人は、タオルを受け取ると力任せにがしがしと髪を拭いていた。そんなに力一杯やったら髪痛むのに、なんて頭の隅では思うのだけど、自分のことで精一杯になっていたから、注意することはできなかった。 もったいないなぁとおもう。彼の髪は、タオル越しでもわかるくらい柔らかくて、綺麗な黒色で、手入れをすればかなりよくなるのに。 ぼんやりと見つめていると、視線があってしまった。というか、俺立ったままだから、明らか変に思われただろう。慌てて、彼の向かいのソファに腰をおろす。 「え、と、綾部、さん」 急に名前を呼ばれ、肩がはねた。なんで名前…あ、スタッフのバッチつけたままだったからか。この美容院のものがみんなつけているスタッフバッチには、しっかりと名字が書かれているのに、忘れていた。 「は、はい…」 少し緊張して、膝を正し背筋をぴんと伸ばした状態で返事を返す。彼はといえば、こちらを見ることなく俯いたままだったけど。 「…その、ありがとうございます。」 律儀にも、その男は頭を下げた。つられてこちらも頭を下げる。 「いえ…こちらこそ急に声をかけてごめんなさい。なんか…放っておけなくて」 素直に声をかけた理由をいい、なんとなくそれが気恥ずかしくなって頬をかいた。彼は、そんな俺に大丈夫です、と呟く。 「そういうのは、慣れてるんで」 さも当たり前といったように、でもどこか疲れたように彼はそう言った。俺はその意味がわからなくて、首をひねってしまう。…慣れてる？ 「あの、そういえば、なんで傘も持たずに歩いていたんですか？」 聞いてはいけなかったかな、なんて思いつつもそう問いかけてみた。男は特に機嫌を悪くした様子もなく、むしろ少し苦笑しながら答えてくれる。 「傘、あげちゃったんですよ、女の子に」 「え？」 「傘さして歩いてたら、木の影で立ち往生してる子がいて。話しかけたら、突然降られたせいでそこから動けなくなっちゃったらしくて、それで」 その時のことを思い出してるのか、呆れたように彼は笑う。 「俺、傘一本しか持ってなかったのに、あげちゃったんですよ」 彼の話を聞きながら、思わず笑ってしまった。なるほど、男の建前であげたはいいけどその後どうするかかんがえてなかったわけだ。それで、仕方なく土砂降りのなか歩いてたと。 正直な感想は、すごいと思った。そんな見ず知らずの人の為に傘を譲るのなて、もし俺だったら…可愛い女の子だったら一緒にいれて駅まで行ったな、うん。そうだ、そう考えると、この人も少し抜けてるところがある。一緒にいれて帰ればよかったのに。 「なんだか、面白いひとですね」 あえてそれだけいって、クスクスと笑い声を立てた。初対面でこんなこと思うのは失礼だけど、本当にバカなやつ。 でも、まぁ、嫌いじゃない。 「バカにしてます？」 男は俺に笑われたのが気に食わないのか、少しむすっとする。それも子供が拗ねているみたいでさらに笑いを誘った。 「ええ、少しは」 「あ、そこ言っちゃうんだ」 「すみません、つい」 「ついそうさせる何かが俺にあるというのか…」 拗ねたかとおもったらがっくりとうなだれる。本当に、忙しい人だ。ころころと変わる表情に、さっきまでの憂鬱な気分がどっかいってしまったみたいに晴れていく。不思議な気分だった。ついさっきそこで出会ったばっかりなのに、まるで前から知っていたみたいだ。この人といると、懐かしくて、穏やかな気持ちになる。 これは、なんなんだろう。 胸の奥が暖かくなる感覚。 この人の挙動に、表情に、声に、惹かれていく。もっと、どんな顔をするのかみたい。白い肌に、長いまつ毛に、その髪に触れたい。 愛し、い？ …まさか、な。 「…綾部さんって、結構お人好しですよね」 ハンガーにかけたコートにタオルを押し付けていたら、彼にそう問いかけられた。横目で相手をみると、力任せに拭いたせいで髪の毛が寝癖みたいにあちこち跳ねているんだけど、当人は気づいてないらしい。気の抜けた顔がおかしくて、笑いそうになるのを必至でこらえる。 「言ったでしょう？放っておけなかったんです。そうですね…貴方が見返りを求めず傘をあげたみたいに」 胸ポケットにいれていたくしを出すと、無防備にこちらをみていた彼の髪をとかしてやる。少し驚かれたけど彼は抵抗することなく、むしろとかしやすいように少しうつむいてくれた。ある程度髪型を整えると、相手の顔に手を添えて上を向かせる。…うん、さっきよりはマシだな。前髪をいじっていると、ばちりと目が合った。あ、近い。 「……貴方も十分お人好しですよ」 お得意の営業スマイルとともに鼻先にちょんと指で触れてやれば、彼はカッと顔を真っ赤にした。え、なにその反応。 思わずこっちまで頬が熱くなってきた。これだけ近かったらそれがバレる、あわてて距離をとると顔を背けた。おかしい、これくらいいくらでも女の子相手にやったことあるのに、今までで一番ドキドキしてる。 「……崇」 ぽつり、とかれがそう呟いた。その声に彼の方をみると、未だに顔を赤くしたままの彼。そっぽをむいたまま、ぶっきらぼうに言った。 「俺の名前、崇」 「…崇…？」 そういうとちらりとこちらをみて、唖然としてる俺と目が合うと再び視線をそらし小さく舌打ちした。 「俺のこと、知ってて声をかけて来たのかとおもったけど、違うんだな。あんた、正真正銘のお人好しだよ」 彼は悔しそうに、でもどこか嬉しそうにそう言った。 そのときはまだその言葉の意味がわからなくて、ただ雨が上がらなければいいのにってさっきとは矛盾した思いを抱えながら彼の横顔をみていた。 俺がやっと理解したのは、遠巻きに俺を見ていた受付嬢があわてて近づいて来た時、崇が去ったあとだった。 今ならわかる、雨上がりのあの青空に溶けるような優しい笑顔を浮かべていた、崇の気持ち。 それと同時に、気づいた俺の気持ち。 他の誰にも感じたことがなかった、強く惹かれるこの感じ。 崇に、もう一度会いたい。会ってもう一度話をして…触れたい。その思いは日に日に強くなっていくばかりだった。 これはただの憧れじゃない。 これは…。 [newpage] まぶたの裏に差し込んでくる光が眩しくて、俺は目を覚ました。タタン、タタン、と規則的に揺れるのが心地よくて、ついうとうとしてしまった。最近働き通しだったから、疲れてんのかな。 顔を覆うようにして目をこすり、椅子にもたれていた体を起こす。今乗っているのは、通勤のときに乗ってる電車だ。今日の待ち合わせが仕事場ある駅の前なので、いつもより遅めの時間だからか乗客はそんなに多くない。そのせいで気が抜けて眠ってしまった。 それにしても、懐かしい。 崇とあったのは夏の終わり頃だった。あれから月日はたって、今は春。時間がすぎるのが早い、と夢見心地に思い出していたあの日を思う。 あのあと、自分の気持ちに切りがつくまでずいぶんと悩んだ。今まで女しか愛したことがなかったから、崇に特別な感情を抱く自分が信じられなくて、なんども思い直した。俺は、崇が好きじゃないって。 その思い込みも、崇が店に来たときに簡単に崩れ去ってしまったけど。 あの時はびっくりしたなぁ。予約もなしに突然来たもんだから、スタッフが慌てちゃって…それをいいことに俺が担当になるようにいいくるめることができたからよかったのだけど。 また会えたことが嬉しくて、こんなに高い美容室に来るのは初めてだって言われて、そのきっかけが俺なのかな、なんて思い上がってしまって…。 今もそうだ。こういう風に食事に誘ってもらえて、死ぬほど嬉しくてしかたない。だから、舞い上がってしまう。 …せめて、気の許せる友達でいられればいい。少しでも崇に近づけるなら、たとえ苦しくても構わなかった。 崇が好き。 きっと伝えることなどできないだろうけど、ずっとそう思っているから。 電車がいつもの駅に到着して、ゆっくりと動きが止まった。俺は立ち上がると、ドアに向かって歩く。 開いたドアの隙間からは、暖かな春風が吹き込んできた。少し目を細めると、その視界の端に、桜の花びらがふわりと舞い上がった。 崇に、会いに行こう。 俺は一歩を踏み出した。

■君に会いに行こう■髪を切りにきた鯨人吉×モテモテ美容師綾のパラレル小説です。■色々あってだいぶ日にちが空いてしまいました。そしてどうしてもいれたかった過去編…今回はそっちがメインになってしまいました。シリーズ完結はいつになることやら…。※実際の人物及び出来事とは全く関係のない妄想のみのお話です。ご理解した上許せる方のみご閲覧お願いします。

キャンセル料が足りません

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[chapter:降谷零が乱藤四郎のぱぱになる話] 「家庭を持つ…？」 「ああ、降谷君、その容姿のせいで群がってくる女達に迷惑していただろう？潜入捜査にも支障が出るからと、偽装結婚をしてもらう予定だったのだが……………まあ、条件に合う相手はこの日本には存在しなかった。」 「当たり前でしょう。仕事は明かさない、帰ってこない、挙句の果てには潜入捜査が終わったら離婚するだなんて、女性からしたら最悪です。」 「私も何か手はないかと色々考えてね、日本中を駆けずり回ったんだよ。 部下が。」 「部下が……」 「そうしたらね、君の妻にはなれないが…… 子どもにならなってもいいという子が現れたんだ。」 「は？？？？」 [newpage] この日俺はいつもの如く出勤していた。三徹目を更新しており頭は痛いわ座りすぎで腰は痛いわで不機嫌極まりなかった。ぐぅ、と鳴った音を無理やり黙らせるかのように栄養補給ゼリーを流し込む。次から次へとやって来る資料に怒りを覚えてどんどん顔が死んでいく。 そもそもこの資料はもっと上の奴らが整理するべき資料なのでは？？？俺はこの案件には関わってはいない。なんで俺のところにこの資料が届くんだ。 「ブラック死ね。」 思わず口に出せば風見が寝てくださいと言ってきた。 「風見、三徹目にもなると一周まわって眠くなくなるんだ。」 「寝てください。」 さっきも聞いたぞそのセリフ。 「癒し……癒しがほしい………ハロォ………」 「降谷くんはいるかね？」 「はい、私はここに。」 「話があるんだ。着いてきてくれ。」 今の今までの溶けかけの体を正し背筋を伸ばす。 こいつか俺に資料を押し付けたのは。だって上司だし。 実際はそうではないのだろうが働いていない頭がめちゃくちゃな推理でどいつもこいつもを犯人にしたてあげた。 連れてこられたのは上司の部屋だった。 「お話というのはどういったものでしょうか。」 「あぁ、君にはね、家庭を持ってほしいんだ。」 そして話は冒頭へ戻る。 「待っ、待ってください！成人した女性ならまだしも子どもだなんて、そもそも、親が許さないでしょう！！！」 「その子は親をかなり前に亡くしているらしい。その子を育てている施設の責任者には許可をもらっている。もちろんその子自身も父親が出来ることを楽しみにしているそうだ。」 「しかし…っ、潜入捜査中、子どもの世話をする暇はありません！」 「そのくらいは自分で出来る年齢だ。料理も掃除も馬の世話もできるらしい。」 「だっ、だとしても、…………………えっ馬？？？？？」 「そういうことで、決定事項だ。あちらさんももう到着しているだろう。」 「は！？ちょっと待ってください私はまだ…っ、というか馬の世話って何ですか！！？詳しく教えてください！！！」 「さぁ、顔合わせに行くよ。」 上司の態度で分かっていた。この提案に拒否権はないのだと。しかし、守るべき日本人を、しかも子どもを自分のために利用するだなんて俺の誇りが許さなかった。 そして馬の世話ができるだなんてどういう事なんだ。 もはやどうも出来ずに、早々と歩く上司の後を追った。 「この中にいらっしゃる。あとは君に任せたよ。じゃあ僕はここで。」 ええ……嘘だろ、あまりにも丸投げすぎないか。安室透ならまだしも、この降谷零は子どもと接するのが苦手なんだ。いや好きなんだけど。好きなんだけど子どもの方から逃げていくんだ。りんごを手で割って犬にあげただけなのに目撃していた小学生は悲鳴を上げて逃げていった。何だっていうんだ。 (腹を括るか………) ギィ、と少し重たい扉を開けた。 その瞬間、目に映ったものは 「はじめまして、ぱぱ♡」 たなびく金色に、海を閉じ込めたような青色の瞳。 心做しか桜の花びらが見えた気がした。 「……………きみ、が？」 「うん、これからよろしくねっ」 無邪気に笑う少女。なるほど、これは確かに 「似て、いるかもな」 「えっ？？」 一致しているのは金髪、特徴のある交差した前髪、青い瞳。娘ですと言えば通じそうなくらい条件が揃っている。 「ああ、すまない。聞いているとは思うが、俺がふるやr「ちょっと待って！！！！！」 「えっ」 「ダメだよ！そんな簡単に本名名乗っちゃ！！！僕が隠しちゃったら………じゃなくて、バラしちゃったらどうするの？？？」 「あっ、えっしかし、僕を呼ぶ時困らないか？」 「僕は子どもなんでしょ？ぱぱって呼ぶもん！」 なんかこう、ぱぱって、気まづいというか、ハイトクカンが…………いや決して危ない趣味など持ち合わせていないが。 「ぱぱより別の呼び方ないか？」 「えー…じゃあお父さんにする…」 「ああ。えーと、俺は君のことをなんて呼べばいい。」 くるりとこちらを向いて彼女は言う。 「粟田口乱だよ。乱って呼んでね！」 彼女の髪からふわりと香ったのは心地よい畳の香りだった。 「ええと、じゃあこの書類に必要事項を記入してくれ。分からないところはいいから。」 それは子どもとして迎えるために必要な書類。見たところ12、3歳と思っていたが予想に反して、彼女の書いた生年月日から計算すると９歳になった。嘘だろこの見た目で小学生か！？随分と大人っぽい…。 「はい書けたよ」 そう言って渡された紙面に間違いがないか入念に確認していく。ああ、やはり間違いがあった。 「ここ、間違えてるぞ。性別が男になってる。」 学校の提出書類でやると担任にからかわれるミスだ。「お前、女だったのか笑笑笑」とテンプレのごとくにからかってくる。まあ俺はそんなミスしたことないが。 「？？？？」 「だから、ここ。性別のとこ。」 分かっていないような顔だったので丁寧に指を指して教えるが、彼女は首をかしげてこう言った。 「僕男だよ？？」 「えっ」 「ねえねえ安室さぁん！なんでLINE教えてくれないのぉ！！？」 「あむぴ〜〜！この前スーツ着て歩いてたよねぇ！思わず撮っちゃった〜〜！！」 「てか梓さん安室さんと近くない？？安室さん、ああいう女は裏あるから気をつけて！」 何なんだお前らは。何故たかが客に店員がLINEを教えると思っているんだ。撮っちゃったってそれ盗撮だからな。犯罪だからな。挙句の果てには梓さんにまで…………。 「ねぇ聞いてるぅ？？？？」 ない胸を寄せたところで無いものは無いんだ。色仕掛けは諦めろ。 カウンターに座っているコナンくんに助けを求めるも彼は分厚い本に夢中で見向きもしなかった。いや本は僕に関わらないためのカモフラージュかもしれないが。常連の女子高生3人組はそんな哀れみの顔を向けないでくれ。余計辛くなる。 そろそろ顔が死んできた。 不意に、キィ、とドアの開く音がした。入ってきたのは… 「お父さんっ♡」 「乱！？」 僕のむすめ………いや、息子の乱だった。男だということは判明したが本人の希望により女子として通っている。ランドセルの色は可愛らしい赤だった。 「なっ、ポアロには来ちゃダメだって言っただろ！？」 「ごめーん！でもお父さんのご飯食べたくて……だめ？？」 「ﾝっ…………しょうがないなぁ…」 ほのぼのと話している中、ポアロにいた全員からの視線が2人に突き刺さっていた。 粟田口乱さん 乱藤四郎 刀の付喪神。 親はかなり昔に亡くなっている。(乱藤四郎の本体を打った親〝粟田口吉光〟は鎌倉時代の人物) 本丸では初鍛刀だったため、料理や掃除など基本的な家事は一通り出来る。 本丸の畑は初期刀加州と一緒に作ったので畑作りもお手の物！ 馬の世話だって難なくこなすよ！！見た目は12歳くらいだと思うけどパパさんの年齢に合わせて9歳に設定したよ！ ぱぱになったふるやれ まさか息子だとは思っていなかった。思いの外聞き分け良い子で驚いた。親が亡くなっていると聞きわりと本気で父親やろうとしてる。 引き取って１週間でもうすでに親バカになりつつある。

クロスオーバー有りです。ご注意下さい。<br />ご都合主義なのでいろいろ操作ありです…。<br /> <br /><br />降谷さんと乱ちゃん似てるなぁって前から思ってたんですよね！それはもう降谷さんがゼロシコデビューする前から！！ 溜まりまくった妄想が爆発してしまった結果の小説です……<br /><br />夢タグついちゃっていたので編集しました！申し訳ありませんでした。<br /><br />続くか…………？？？？

降谷零が乱藤四郎のぱぱになる話

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※このシリーズはちゃんねる形式を主軸にしたＴＩＧＥＲ＆ＢＵＮＮＹとＦａｔｅ／Ｚｅｒｏ(型月ワールド)のクロスオーバーです。 ※世界観レベルのクロスオーバーな為、幾らかの捏造と独自解釈があります。 ※ＦａｔｅキャラのＮＥＸＴ設定などのキャラ崩壊も存分に含まれております。 ※そういったものに違和感や不快感を生ずる可能性がある方へ予め断っておきます。 魔術師がネット？次世代戦略だよと割り切っている人はしあわせになれるでしょう。どうぞ。 [newpage] [chapter:【６０年に】魔術師のお茶会　３４５回目【一度の儀式】] 1　名前：時計塔の名無しさん ここは我々魔術師のスレです。 秘匿主義に反しない程度ならなんでもオーケー。 またーり語りましょう。 （以下、前スレや過去ログ倉庫のリンク諸々） 551　名前：時計塔の名無しさん 東の島に関するニュースペイパーより。 【恐怖の殺人鬼の暗躍留まることを知らず。現代日本のジャック・ザ・リッパーか】 【連続儀式殺人。犯人の行方未だ掴めず】 地域限定は 【冬木市、地方官庁から厳戒態勢を指示】 【NEXT犯罪の疑惑？謎の連続失踪・誘拐】 【海浜公園の西側倉庫街にて火災】 こんくらいかな。 552　名前：時計塔の名無しさん 乙ー。ジャパンニュース班は引き続き頼む。 553　名前：時計塔の名無しさん K先生が出立してもう＊日か……。果たして>>５５１に上げられた事件は関係あるか否か。 554　名前：時計塔の名無しさん Ｋ先生が関わっているかは五分五分。但し不自然な火災の件は十中八九ってところだろうね。 555　名前：時計塔の名無しさん ゾロ目ゲトついでに今更だと思うが、こんな情報を上げて置いて意味はあるのだろうか。 556　名前：時計塔の名無しさん　ID:fazr8r1n 知っておいて損はない筈だよ。少なくとも杯を巡る諍いが気になる一味は悶々しなくていい。 それに日本語は堪能でない僕は翻訳済みの事件詳細を探してくれるジャパンニュース班には感謝している。 ウェイバー・ベルベットはそう蚊帳の外を気取ったレスを書き込んだ。我ながら感心する程度の白々しさである。冬木市に定住の老夫妻の仮初の孫として住処を得ている彼は、自分に与えられた部屋の机のＰＣから祖国の匿名掲示板を開いていた。あちらに居た頃から愛用している交流所には自分と似た価値観を持つ者が集い、日々の些細な事柄から重要な情報、無駄な知識を得る機会をくれる。そしてウェイバーにとっては今一番に頼れる情報源でもある。 ちなみに彼のサーヴァントはそこら辺の見える範囲で巨大な体躯を横にしてＴＶを眺めている。肘杖で頬を支えてもう片方は時々尻を掻いている様はまごうことなきゴロゴロするおっさんスタイルである。もうとうの昔に叱責というかツッコミを発したウェイバーは、仕事オフモードの絶賛くつろぎ中のおっさんと背中合わせにしながら時計塔の学生を中心としたスレッドを注視していた。 570　名前：時計塔の名無しさん　ID:fazr8r1n 過去の資料を持っている人まだかな。 571　名前：時計塔の名無しさん 俺ら学生には概要しか分かんないもんな。 ……いやまさか教員とかそんなことチラッとしか思いついてないよ？；； 572　名前：時計塔の名無しさん ID:cLo***ktwa おいすー＾＾調べたきたよー。その前に俺の身元について詮索はなしなｖ 杯を巡る諍いについてだが、余り期待しない方がいいぞ。 なんせ前回だけでも６０年前の話だ、それより前を遡るだけでも外部からすれば絶望的。 大まかに述べられてかつ明確なことでも ・前回は杯が途中で消失（破壊された？）した。 ・狂戦士のマスターは自滅した。 ・非正規の職が召喚されていた。 ぐらいしかでてこない。 573　名前：時計塔の名無しさん ｷﾀ─ｗｗﾍ√ﾚｖｖ～(ﾟ∀ﾟ)─ｗｗﾍ√ﾚｖｖ～─!! そして情報すくねぇー('Д`；；) 574　名前：時計塔の名無しさん 杯が途中でってことは、勝者が出なかったってことだよな。 575　名前：時計塔の名無しさん そもそも当時の魔法が実存したかも怪しいしな。いや俺らが言っちゃ駄目なことかもしれんが。 576　名前：時計塔の名無しさん 今回も結局杯出てこなくてまただよ（呆）なオチになるのに１０００ドル 577　名前：時計塔の名無しさん Ｋ先生が取ってくるのに１００ポンド 578　名前：時計塔の名無しさん 少なっ！おま先生馬鹿にしてるわけ！！？ そんな私は杯は取れなくていいからＫ先生が無事に帰国して下さいますよう神にお布施の２００００ドル 579　名前：時計塔の名無しさん お前絶対先生信者だろ。まあ俺も５０００ポンドはお布施しておくか。 580　名前：時計塔の名無しさん　ID:kerigoRg0 じゃあ僕は今度こそ聖杯は完成するのに全財産でも投げ打っておこう。はした金しかないけどね。 581　名前：時計塔の名無しさん にしても狂戦士は安定というかうん分かっていた（備考話）ってとこだな。 582　名前：時計塔の名無しさん 狂戦士は前々回と初回でもマスターを自滅に追いやった通称マスター殺しの職だからな。 上位の魔術師は選びはすまい。よほど蔵庫に自身があるか短期決戦を望む愚か者でない限りな。 583　名前：時計塔の名無しさん 有名どころでは教会の七位か？蔵庫が無尽蔵にありそうなのは。 584　名前：時計塔の名無しさん 七位は参戦しないだろ。不老不死の化け物扱いされている執行者なんて教会や協会、御三家にも疎まれてもおかしくない。 それに杯は依頼されてでも求めはしないだろうし。 585　名前：時計塔の名無しさん 七位以外だとアトラスの次期院長候補か？ 彼女もこの度の参戦候補に挙げられてたけど、彼の地というか島国に点在しているソースがないな。 586　名前：時計塔の名無しさん 次期院長候補殿なら現在中東にいらっしゃる。ソースは現場で見知りあった同僚。 杯の儀式も行われているだろうと耳にしても予想通りの素知らぬ顔のようで。まああの人も『』への到達方法は杯に頼らないやり口だからな。 587　名前：時計塔の名無しさん にしても狂戦士かぁ、デメリットの方が大きいしＫ先生も先ず選ばないよなぁ。無難にスタンダートな三大騎士のどれかだろう。 588　名前：時計塔の名無しさん ああ運が無い。私がＫ先生のお供として付いてこれたならば儀式の正体を間近で目視できただろうに。 589　名前：時計塔の名無しさん 諦めろ、儀式を執り行う彼の地では俺達魔術師にとって鬼門どころか獄門だ。 野次馬が火中に飛び込む蚊になるなんてチラシの裏に載る価値もない笑い話に過ぎん。 590　名前：時計塔の名無しさん >>551にもあげられているけど、何処の莫迦か知らないが禁忌を犯している奴も居るみたいだし……てか魔術師としてだけでなく人として許せないよ、無関係な不特定多数を狩っているなんて。 591　名前：時計塔の名無しさん あっちのリッパー（殺人鬼）って杯争いの参加者で確定なのか？ 592　名前：時計塔の名無しさん ほぼ断定でしょ。 バンピだったら現地の参加者の誰かがさっさと捕まえるなり処断してる、魔術師なら尚更つーか執行者が動いている。 ここまで派手にやって未だ捕まらないから職を持っている可能性が激高。裏付けるように儀式殺人も行っているしな。 593　名前：時計塔の名無しさん　ID:fazr8r1n >>592の言うとおり。しかも職を持っててこんなたいそれた、秘匿主義を破る危険どころじゃない真似、現場監督が絶対に看過しない。僕だったら他の参加者全員に特別手当を払ってでも討伐を命じるね。 594　名前：時計塔の名無しさん 成る程。参加者としても列記としたルール違反者てことか。 スレも活発してきた。時計塔から世界各地の『現代系』が集まってきて各々の意見と情報を出し合ってくる。それほどこの度の話題、杯を巡る諍いこと聖杯戦争は注目に値する内容なのだ。この流れなら、切っても離せないあの話題を出せるかもしれない。 その前に、ウェイバーは先日のサーヴァントとの反省会を反芻する。 「バーサーカーのマスターはあのバイクという機械馬と輝く虫の使い手ではないと？」 「そーゆーこと。大体ライダーなら分かってるでしょ。彼から魔力らしいものは殆ど感じられなかった」 ライダーが真名を叫んで全陣営に啖呵のような挑発をした夜。倉庫街に集まったのは既に現場に居たセイバーとそのマスターかもしれない女性とランサー。現れたのはアーチャー。ランサーのマスターであるＫ先生ことケイネス・エルメロイ・アーチボルト。バーサーカー。そして間桐雁夜。他にも何名か隠れて窺っていたかもしれないが、とりあえずはこれだけの聖杯戦争関係者が顔を出した。 雁夜は自動二輪車を滑走させて飛び込んでから堂々とバーサーカーのマスターだと名乗り上げた。フルフェイスメットを外して素顔まで晒していた。黒髪黒目で平凡な顔立ちだか逆に整いすぎているのが特徴かなとはウェイバーの第一印象だ。その前のダイナミック登場がインパクトあり過ぎで乗り手のギャップが含まれる。 バーサーカーがアーチャーと一戦交えつつ、周囲の警戒を怠らない。意外と隙が無かったとはライダー談。修羅場慣れしているのかもしれない。やがてアーチャーが押され始めた時、何故かバーサーカーは視界に入っただろうセイバーに攻撃指標を変えるという謎の事態が発生する。バーサーカーの暴走は雁夜本人にも想定外だったらしい。止めろと命じても聞いていなかったから。 その折、ケイネスがランサーに自分を守れというサーヴァントとして当たり前のことをわざわざ令呪を使って指示したこともあったが、そんなことより雁夜が護身にと何処からか出した蟲の方が厄介だった。数十体の光球のような物体は各陣営に群がり、ライダー達にも襲い掛かったがゴルディアス・ホイールを牽引する飛蹄雷牛（ゴット・ブル）によって難無く払われ、ついでとばかりにバーサーカーを轢き飛ばした。 バーサーカーが強制的に霊体化されて間もなく雁夜は退散した。かき回すだけかき回して逃げるとかと罵る暇も無い鮮やかな退場だった。他も引き際だと察しており、各々が炎上するコンテナの山だったものを後にした。これがスレッドに上げられた【海浜公園の西側倉庫街にて火災】真相と顛末である。 「あの光る虫……魔術にしてはちと妙だった」 「出生は魔術でも経過にＮＥＸＴが交じったものだろうね、アレは。ＮＥＸＴだとしたら、発動者特有の青い発光がある。でも雁夜は体も目も光ってなかった。てことは間桐雁夜は魔術師でもＮＥＸＴでもないってことだ」 「蟲は用意されたものか」 「護身用アイテムってところだろうね。これらを総合して、彼のバーサーカーのマスター発言はフェイクであり、本当のマスターは雁夜以外の誰かってことになる」 「詰まり影武者か！ならば敵ながら天晴れな男よのお！」 豪快に笑うライダーを暢気だなと見上げつつ、内心はウェイバーも雁夜を評価していた。あの挑発に乗ったのはケイネス先生のように高い矜持で持ってたからでなく身代わりを主張する為だったのだから。残念なのはその算段をウェイバー達が見破ったということ。裏付けるような情報をウェイバーが持っていたということである。 その情報こそが、ここからが今日の聖杯戦争中の自分にとっての本題だ。 [newpage] 601　名前：時計塔の名無しさん　ID:fazr8r1n 他に杯を巡る儀式で気になるといえば某所の蟲使いなんだけど、いや現時点じゃこの件もまだどうこう言えないし、ただ話題に出てないなーって。 ぶっちゃけ、どう思う？ 602　名前：時計塔の名無しさん 某所に立ってた板な。あれ御三家のＭ家の悪霊憑きの当主で間違いないんだろうか。 603　名前：時計塔の名無しさん 悪霊憑きって言ってやるなよ。この板でももう禁句というか死語というか……世界の根源に反発しているとしか。 604　名前：時計塔の名無しさん そうそう。私達、というかこの板では『次代』と用語にも登録されているでしょう？ 605　名前：時計塔の名無しさん 一般世間の共通語として述べられないのもお約束。だってここ、魔術師の社交場（笑）ですから。 606　名前：時計塔の名無しさん 不特定多数に観測される社交場ですけとねーｗｗｗ 釣り？メアリー・スー？メンヘラ？好きに受け取るが宜しいですけど。 607　名前：時計塔の名無しさん そもそも次代とは起源体現者だ。或いは自発的な起源発症者とも言われる。まあ俺らが勝手にそう解釈しているだけだけどな。 608　名前：時計塔の名無しさん ブルジョワ火使いはおそらく『情熱』。精神と肉体の性別相違を包括しつつ抑えられない熱情を敢えてあのような形で昇華させていることからだ。 青薔薇は『冷静』だろうな。実はまだ十代なんだろう？その年で女王様キャラっていうのも作るのは簡単ではないし、素から高飛車とも思えない性格だろうしな。余程自分を切り替えるのが上手いのだろう、それが氷もとい水という属性にも現れている。 609　名前：時計塔の名無しさん 雷使いは『天真爛漫』か？そもそも雷属性はああいった破天荒かつ炎以上に直情的なタイプが目立つからな。 610　名前：時計塔の名無しさん 牛と日本被れと相棒英雄らはよく分からないな。肉体強化や変化の起源は読み難い。 611　名前：時計塔の名無しさん 忍者は『自由自在』でいいんじゃないか？牛は『守る』。相棒英雄らは揃って『武』だと思う。 でもって風使いは『飛翔』だ。 612　名前：時計塔の名無しさん 相棒英雄は『百万力』でいいんじゃないか？能力名そのままだし。あと風使いは『飛翔』で合ってるから。 613　名前：時計塔の名無しさん 狂気は『断罪』で風使いは『飛翔』だよ間違いないね。 614　名前：時計塔の名無しさん 風使いの起源は『飛翔』で確定している。 相棒英雄は『百万力』だとすれば生涯その力は喪われないだろ。しかし片割れが減退してしまった件と矛盾してしまうなぁ……実際なんだろう。 615　名前：時計塔の名無しさん 狂気は『裁断』もしくは『贖罪』だろうね。彼の起源が単なる『殺』や『死』じゃ無差別な殺人鬼と変わりなくなってた筈だ。まあ『殺』や『死』という物騒な起源体現者といえば直視のＭＡＧＡＮなんだが。 ちなみに風使いは『飛翔』しかあるまい。 616　名前：時計塔の名無しさん ＳＢの風使いの起源はほぼ間違いなく『飛翔』だろうね。 SkyHigh…この名前を当てた人はよほど本質を見抜くことに長けている人物だったんだろう。おかげで彼は魂から己そのものを体現させるに至らせた。 名前は重要な因だ、どれくらい本質に近づけるかで引き出せる効能も断然違う。 最大限に起源を活かせる人間を眺めると、こっちが眩いくらいに羨ましい限りだ。 「スカイハイと言うとあの大空を翔る現代の英雄のことか！」 うわ、と何時の間にか寛いでたおっさん改めウェイバーのサーヴァント、ライダーが背後からＰＣ画面を覗き込んでおり、朗らかな低い音声を浴びせてきた。もう逮捕劇終わったのかとやや首だけ振り返れば、ＴＶは今回のＭＶＰ、今のスレ住民もこの偉丈夫も指している通称『風の魔術師』がインタビューを受けているところであった。 マッケンジー家のＴＶには普通に衛星中継からシュテルンビルド名物ＨＥＲＯ　ＴＶが放送されている。ウェイバーは最低限の知識と時折眺める程度の興味しかなかったが老夫婦が揃って気に入っており視聴を欠かしておらず予約録画も当たり前だった。そんな二人は折紙サイクロンとドラゴンキッドファンである。明らかに孫を見守るみたいな感覚である。 一方ライダーは一つ視聴してからは大戦略シリーズ並みに嵌ってしまい、子供のように目を爛々と輝かせながらＴＶに噛り付いていた。箱を壊しても出て来ないよと呆れながら叱ればでは何処にいるのだと詰問されて、詳細を返せばではシュテルンビルドとやらに行こうさあビザを取って出発だと興奮収まらない様子を必死に鎮めたりするのにウェイバーはとかく苦労した。 曰く、「現代の英雄も素晴らしい！あれだけの将星がたった国一つに収まるには惜しい！惜しすぎる！余の臣下となって世界を征服するべし！」 とまあ征服王らしい無茶苦茶なことをのたまわくのだった。国一つどころか世界経済に微力ながら関わる存在だというのに全員をスカウトとか怖いもの知らずである。 特にスカイハイを偉く気に入ったようで。 曰く、「天を縦横無尽に駆け大気を愛馬の如く手繰るその技、あれこそ正しく天の賜りものである！是非余の臣下に加えたい。そして臣下になるべし！」 だから無茶言うな。世界中のスカイ廃を敵に回す気か。そして口癖が感化されてるよおっさん。 ちなみに、ウェイバーからすればＨＥＲＯはＴＶアニメやドラマで登場する勇者とか超人達と大差ない存在だと思っている。実在はしている、同じ世界空間に居るのだと理解はしているが、遠い異国の地の人だし、偶に感動とかがひとしおだけで心情はあんまり沸かない。この感覚は雲の上の人物に対するものに似ているかもしれない。スレッドでも述べられていたように、ＮＥＸＴは自発的起源発症者、起源体現者としか認識していない。悪霊憑きなんてもう差別用語でしかないことも知っている。……それだけなのだ。 とゆーか蟲使いの話題が早くもズレてしまった。どこかでさり気なくでも軌道修正しないと。 620　名前：時計塔の名無しさん 大体次代を悪霊憑きって呼んでるのってジジババだけだよな。明日お前らが次代になったらどうすんだっつーのｗ 621　名前：時計塔の名無しさん 魔術師が明日突然、次代になってしまったらって明日地球が滅亡するのと同義だよねー。 622　名前：時計塔の名無しさん もし俺が次代になってしまったら。 １．我々からの名誉進呈される（※次代内容による） ２．一族郎党から省かれる ３．魔術師としての人生＼(^o^)／ ていうの余裕だわｗｗｗｗｗｗｗｗ余裕だわｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗ 623　名前：時計塔の名無しさん そうなったらもう今までの自分捨てるかいっそ自決するしかないわね。 Ｋ先生なら後者かしら……。 624　名前：時計塔の名無しさん おいやめろばか例えにする人も選べよ。 625　名前：時計塔の名無しさん　ID:fazr8r1n Ｋ先生がもしも次代化したら、か。うん僕もあの人自決するしか結末見えない。エリートの純粋培養ほど耐えられないよな。世界が変わるどころじゃない。いきなり地獄に突き落とされるに等しい。 626　名前：時計塔の名無しさん Ｋ先生タイプといえばでうちにもあった嫌な事件思い出すよな……。 627　名前：時計塔の名無しさん １０年以上昔のことかな……ある魔術師が次代化した事件がこの時計塔にあったよ。 隠し切れないし魔術で誤魔化しようもなかったそうな。 628　名前：時計塔の名無しさん 家も上流、魔術継承も行われた矢先に目覚めてしまった次代。あれほんと悲惨だったな。 俺魔術師だけど実質一般人化している家に生まれてほんと良かったって思った。 629　名前：時計塔の名無しさん 俺もー、とっくの昔に没落しているけどそれで良かったって思う。てゆーか今のご時勢で良かったって思う。 俺もしくは両親が次代になったとしてもだーれも気にしないんだもん。 630　名前：時計塔の名無しさん 次代の能力の度合いによってはもう一つの危惧に引っ掛かるかもしれないから油断するなよ。 631　名前：時計塔の名無しさん 当時の主席だったそうじゃないか。教師も何名か非常に惜しい人材を失ったと嘆いていたとか。 632　名前：時計塔の名無しさん　ID:cLo***ktwa 私、同年代だったから知ってる。その人、当時の留学生だったＴ家の当主とも交流が深かった。彼も酷いショックを受けていたわね。 633　名前：時計塔の名無しさん　ID:fazr8r1n Ｔ家の……そうか、だからＭ家の当主にも同情的だったんだな。 634　名前：時計塔の名無しさん それに我々からの名誉扱いに対して反発してたのも頷けるな。次女が抵触してたんだって？ 635　名前：時計塔の名無しさん　ID:kerigoRg0 我々からの名誉……ね。実際は体の良い実験動物、サンプルに成れという暴虐を正当化しているだけさね。まあ僕のこの言い方自体あちらの名誉毀損に等しいけど。 636　名前：時計塔の名無しさん こんなところに来る奴の時点でもう我々からの…から外れているよ。 637　名前：時計塔の名無しさん 蟲使いも名誉認定されるよな。 魔術師で次代、しかも起源と利用する魔術がほぼ一致しているって研究莫迦どもからすればご馳走じゃないですか。 [newpage] 数ヶ月前、誰かがこの板に貼った、虫使いのＮＥＸＴスレッド。当時のウェイバー含めた時計塔の学生からすれば色んな意味で衝撃的だった。オカルト板でない、寧ろ正反対の場所で立てられた魔術師の生家の自分語り。しかもスレ主の正体が聖杯戦争を作った御三家の一角の当主だということ。聖杯戦争も暗に挙げられていたこと。聖堂教会の執行者も深く突っ込んでしまったこと。その他折々含めて時計塔スレは騒然と化した。時計塔以外の魔術師も多数集っただろうスレは考察、検証、応援、萌え発言等々が溢れかえその加速ぶりは時計塔スレッドの歴史にも数えられる宴のようでもあった。……魔術協会に通報？しませんよそんなこと。 ちなみに件のスレッド過去ログを読了したライダーはお決まりの台詞を誇らしげな仁王立ちで決めるのであった。 「真偽を明らかにしたいならば、その御三家の一角を制服すればよかろう！」 この馬鹿！ばかばかぁ！とウェイバーの怒声と両拳が飛んだのはお約束。 御三家の陣地は何れも強力だ。特に最初からこの土地に身を置いている遠坂家と間桐家の敷地は要塞といってもよい。魔術師が迂闊に踏み入れたら生きて帰れたとしても五体満足で居られる保証などない。まあこの征服王の宝具ならば攻め入るだけなら問題は無かろうが。攻め入るだけなら。 「仮に間桐家に突入するとしよう。でもってあのスレッドの話を全て真実とする。其処にはバーサーカーの本当のマスターが居る。遠坂家から養子に出された娘も居る。さて見つけたらどうなる？」 「真実が証明されたとすれば手に掛けるなど無粋。悪しき翁から浚ってやろう」 「そうだねライダーはそう行動するだろうね。でもその前に代行マスターの間桐雁夜が帰ってくるだろうね」 「あの足ならばすぐに駆けつけるだろうなぁ」 「遠坂家の当主も来るだろ、娘を預けている同盟の窮地なんだから」 「アーチャーのマスターだから、あの金ぴかも付いてくるな」 「更に遠坂代表と師弟関係な教会代表のマスター――――消去法でアサシンだろう、アーチャーに敗れたのはフェイク――――これも加わってくる。……どういうことか分かるな？」 「……………うん？」 「即座に包囲網組まれるってことだよばかぁ！」 顔を熟れたトマトみたいにしたウェイバーは、ライダーこと行動力はあるが戦略の視野がちょっと足りないおっさんの頬へ鉄拳を唸らせるのであった。勿論ダメージは０しか出ない。 ライダーの意見は理解している。虫使いスレッド＝間桐家の事情の方程式そのままならばウェイバーだって手助けしたい。だが敵陣地に特攻する理由としては短慮過ぎる。単純に一番恐ろしいのは間桐・遠坂・教会代表が裏で組んでいるという事実だ。藪を突いて蛇どころか獅子と狂犬に挟み撃ち。征服王イスカンダルであっても七つの陣営内三つに取り囲まれたらその時点で詰み、デットエンドである。其処まで説明して自分のサーヴァントの一旦上げた腰を下ろさせるのには大変苦労した。めっちゃ苦労した。 「ふむ。要するに小僧はしばし様子見するという判断なのだな」 「そう。この同盟を攻略するんなら手順が大切だよ。先ず間桐雁夜を見つけて話をする。同盟を持ちかける。それから彼の兄について確認すればいいんじゃないかな」 「よかろう。では今宵の方針はバーサーカーのマスターとの接触だな」 ライダーは口元を盛大に皺寄せていた。成長する子供を見るような慈しんだ目をしながら笑んでいた。それから背中を遠慮なく叩かれたが自分の提案が通りかつ誉められるのは悪くない。だがウェイバーの懐疑は完全に消えてはいなかった。ほぼ有り得ないけど、万が一あの語りがフェイクで、奴らが聖杯を得る為に手段を選ばない輩だったら……やはり包囲網にかかってしまう。さりとてこの同盟を崩す手法も今のところ有効な手段はさっき挙げたのくらいしか思いつかない。……どうしたものか。 645　名前：時計塔の名無しさん にしてもアレほんとうに何処までが事実なんだろうね？俺らからしても半信半疑だし。 646　名前：時計塔の名無しさん 言える事は蟲使いの境遇がないわー。マジないわー。ってことだけ。 魔術師どころか人間の扱いじゃねぇし養子話の自傷のくだりなんか変に想像力働かせて吐いたわ。 647　名前：時計塔の名無しさん　ID:fazr8r1n 養子話といえばさ、気になるとこあるよね？ 蟲使いの話が全部事実なら杯探しの争いで御三家の内二つが裏で同盟結んでいるってことじゃね？ 648　名前：時計塔の名無しさん あ 649　名前：時計塔の名無しさん あ 650　名前：時計塔の名無しさん ……そうなるな。 651　名前：時計塔の名無しさん 御三家ズリィー、つーかＴ家ずりぃーなオイ。しかもよくよく考えれば監督役の教会も取り込んでいるってことじゃんか。 652　名前：時計塔の名無しさん 教会の神父も参加者で師弟関係って件ね。確かにこれＴ家が滅茶苦茶有利じゃん。 653　名前：時計塔の名無しさん ただでさえアドバンテージあるっていうのによ。 Ｋ先生や御三家以外の参加者が不利なのに更にんなズルって。 654　名前：時計塔の名無しさん　ID:kerigoRg0 ズルとか言われてもあちらもそれくらい勝ちに行きたいってことだろう。 655　名前：時計塔の名無しさん 儀式っつっても聞くだけで分かる仁義無き戦いだからな。つかしっかり戦争て明記されてるんだし。 逆にちょっと言い方悪いけどＫ先生は結局はボンボンだから、魔術師同士の神聖な決闘と思い込んでそう。 656　名前：時計塔の名無しさん Ｋ先生にこのこと教えられないかなぁ……つーかなんで誰も先生に教えてないんだよ。 657　名前：時計塔の名無しさん　ID:fazr8r1n そりゃ、そもそもあの人ネットするような人？ 658　名前：時計塔の名無しさん ………………。 659　名前：時計塔の名無しさん …………Ｋ先生、携帯電話すら持ってないもんな。 660　名前：時計塔の名無しさん 持ってないんじゃない。持たないんだ。あの人純粋培養だからさ……。 661　名前：時計塔の名無しさん そだね、純粋培養だもんね……。 662　名前：時計塔の名無しさん　ID:kerigoRg0 こりゃ負けるかもしれんね。┐(´ー｀)┌やれやれ やや通夜染みた空気を醸されるレスを眺めながら、生徒には随分慕われていたようだね、とほくそ笑む。幾ら神童と謳われ時計塔で最上の功績を遍歴にしていたとしても、現代の先鋭化された情報網を着手していない魔術師に勝算は殆ど無かろう。先日自分のサーヴァントに再生不可能な負傷を与えた件もあって今最も早く脱落して欲しいマスターだがこの様子なら今夜決行する作戦も先ず九割以上成功するだろう。油断は禁物だが。 ここで、スレにも先程上げられていた蟲使い＝間桐家ことバーサーカー陣営についての検証に切り替える。バーサーカーのマスターは間桐雁夜でなく間桐鶴野だ。衛宮切嗣はその事も含めた『虫使いのＮＥＸＴ』を既に把握している。 鶴野はアーチャーのマスター遠坂時臣と同じく本邸で穴熊。ただしこちらは弟を代行マスターにすることでバーサーカーによる遊撃を可能にさせている。鶴野は魔術師としては半人前と自他共に認められている。だがＮＥＸＴという時と場合と応用によっては魔術をも凌駕する特殊能力を備えている。それも間桐の蟲とは非常に相性が良い。 冬木には青い光を放つ虫が漂っている。季節外れの蛍と呼ばれるそれは、未遠川を中心とした水辺に生息している。おそらく偵察用の蟲だろう。雁夜が使用していた蟲も蒼い輝きを放ちながら己の身を固めていた。こちらは言わずもなが戦闘用。サーヴァントなら一振りで薙ぎ払えるだろうが、それ以外の人間だと駆逐される割合の方が高い。こうまでなれば魔術と大差がない。それにその特異な性質上、切嗣の魔術とは相性が悪いのかもしれない。更に彼の二月ほど前からの幽霊じみた行動の目撃情報からして、他にも何らかの仕掛を影に施しているのだろう。最強のサーヴァントに魔術と超能力の合わせ技を持つマスター。放置し過ぎると厄介なことになるかもしれない陣営だ。 次に考察するのは間桐家の目的についてだ。鶴野は聖杯を望んでいるか否か。半年以上昔の発言からして微妙なところである。本当に聖杯を欲していないのならば、間桐臓硯から解放されたいだけならば翁を切嗣が処分して戦争への辞退を促せばいい。だが実は聖杯を求めていたら、臓硯への疑似餌でなく間桐家全体が欲しているとすれば……その可能性は無きに非ず。そもそも彼らの確定出来ない問題に切り込むよりは素直に障害として処理した方がデメリットは少ない。 雁夜は二輪車を駆使しており、冬木市の地理を網羅済みで、バーサーカーと兄のＮＥＸＴ・魔術の混合物である蟲を侍らせている。ライダーほどではないが追跡は困難だろう。鶴野は本邸に身を隠しているのは間違いない。さてどう崩すかと。 思い浮かんだ策は、間桐家の子供達だった。鶴野の実子、慎二。遠坂家からの養女、桜。二人の存在は舞弥からの報告で確認されている。冬木の殺人鬼の影響あってしばし休学を与えられている子供達は殆ど間桐邸の内側に……と思ったが慎二は本邸とは別所に暮らしていることが先程判明した。雁夜とほぼ行動を共にしているが、離れれば無防備な子供そのものに違いない。一人の時を狙って舞弥か自分が向かえばすぐにかどわかせるだろう。明晩にでも鶴野を引きずり出す生餌になって貰う。だが今夜の狙いはあくまでランサー陣営のみに定めている。二兎追うより確実に一兎ずつ撃ち抜く。 そうして次々と算段を立てた切嗣に、不測の事態が降りかかる。無線から発信音。舞弥からの連絡である。昼時だからと三回点滅させてしまったものの手に取り応答する。部下から伝えられた内容に、切嗣は一瞬耳を疑った。 「――――なんだって？バーサーカーが――」 [newpage] 「にしてもちょっと引っ掛かるんだよねぇ」 「なんだ？些事だとしても申してみよ」 「さっきバーサーカーはマスター殺しって別名があるってこのスレでも上げられていた。まあ聖杯戦争の資料を少し調べればすぐ出てくる事項だけどね。でもって今回のマスターが雁夜の兄だとして……」 こめかみを撫でて記憶を引き出そうとするウェイバー。逡巡する主にライダーは繋ぐ言葉をじっと待った。目蓋を伏せて、何度も読み返したログを想起する。情報が正しければ確か…… 「…蟲使いって魔力が足りてないって身内に言われてたよね。なのに大量の魔力供給になるバーサーカー……これって……」 このことを知っているのは聖杯戦争に参加しているものだけだ。だから時計塔スレッドには例えとして投げてみようと思った。蟲使い＝間桐鶴野がバーサーカーをサーヴァントに選択した場合はどうなるかと。 しかし、質問を書き込もうとする直前のレスが、ウェイバーの興味を大きく引いてしまった。 「あ、今は駄目だ」 「何が？」 「ｋｗｓｋ、と」 670　名前：時計塔の名無しさん　ID:wiza***m*2 Ｋ先生のことが気になる奴らに朗報。 彼の地の此処と同系統にて目撃証言を集めているぞ。 671　名前：時計塔の名無しさん ｋｗｓｋ 672　名前：時計塔の名無しさん　ID:fazr8r1n ｋｗｓｋ 673　名前：時計塔の名無しさん ｋｗｓｋ（ﾊﾞｯ 674　名前：時計塔の名無しさん　ID:wiza***m*2 気持ち分かるが脱ぐな。ただあちらの此処だからな。翻訳は出来んぞ。 直リンは避けて載せておく。 【冬木で見かけた外国人について語る】 分かっているだけでも ・リアルマ○フォイと赤毛巨乳の美人とかどうみてもＫ先生と婚約者様です本当にありがとうございました。 ・婚約者様が絶世の美男子をよく連れ立っている。 ・現地人の少女と交流を深めているようだ。 ・観光仲間のコミュニティを形成しているようだ。 675　名前：時計塔の名無しさん とりあえず…………なん……だと……。 676　名前：時計塔の名無しさん あの神経質なＫ先生がコミュニティ……だと……。 677　名前：時計塔の名無しさん それ以外にもツッコミどころ多すぎ！ｋｗｓｋ！ 678　名前：時計塔の名無しさん ちょ、日本語ムリポの奴らの為にもｋｗｓｋ！ 679　名前：時計塔の名無しさん　ID:wiza***m*2 先ずは絶世の美男子についてだが恐らくＫ先生が召喚した職じゃないだろうか。 婚約者様に大層可愛がられている描写が多く、逆にＫ先生からは辛辣な感情を向けられているようでまるで間男みたいな扱いになっている。ていうか間男でいいやイケメン爆発しろ。 Ｋ先生或いは婚約者様或いは間男と接触している主な人物 現地の少女 まだ年端も行かない学生（ミドルスクールらしい）。切欠は目撃されていないので正体は掴めず。ただ成人男性が複数保護者として迎えに来るか付き添っていることもあるのでおそらく上流階級の子か。 現地に慣れていないＫ先生や婚約者様にオーバーアクション多めの英語で積極的なコミュニケーションを取っている。 スーツ美少年 １０代後半か２０代前半。小柄で白人、金髪緑眼。 Ｋ先生の後から目撃報告されている。いつも銀髪美女とセットになっている。銀髪をエスコートしていたりと気取らない紳士ぶりで一部では王子様扱いだ。 主に間男に接触している。二人並んだのを目撃した際に高確率で黄色い声が飛んでるそうな。 銀髪美女 ２０代前半くらい。白のような銀髪に赤目とアルビノな容姿。いつもスーツ美少年とセットになっている。 無邪気な子供みたいなところが多く、一部ではお姫様と呼ばれている。スーツとは仲の良い姉弟みたいだ。 こっちも主に間男と接触しているというか、スーツと並べる際一歩距離を取っていて目を輝かせていた、もしかして腐…？ スカジャン美少年 １０代後半か２０代前半。スラブ系白人、金髪紫目。日本語が非常に堪能かつ重度の日本フリーク。 彼自身の行動範囲が広く、Ｋ先生を含めた観光客と交流している目撃報告が多く、同スレでも頻繁に登場している。スーツと銀髪とも交流が目撃される。あとＴ＆Ｂにめっちゃ似ている連れが存在するが、おそらく仕事仲間だと推測される。 次から特に印象的な話から書き溜めるぞ。 質問も受け付ける。それとジャパンニュース班に協力を要請する。 このレスから間もなく質問が大量に書き込まれた。これから持ち出した当人がＫ先生情報をバラ撒きながら質問をさばいていく流れだろう。これはしばらく話題は変えられない、気になる箇所が多すぎる。ウェイバーだって質問側に普通に交ざっている。 「てかあの人が他人それもバンピとコミュニティとかこてってデマ？マジ？」 「なんだ小僧、子鹿がどうかしたのか」 「一般人だよ。しかもこのスーツと銀髪ってセイバー達のことだよね、まさか先生たちも同盟組んだ？うわヤバい僕達孤立する？」 「おおこのスカジャン美少年とやら、おそらく余も会ったことがあるな」 「ちょっとそれ詳しく！いや待て、ライダーには後でこの冬木で見かけた外人スレを見て貰うから…………え……」 質問が被らないように更新をしたが、またもや驚くべき事態を目にすることに。こんなところで、こんな形でウェイバーは知ることになる。 「どうした、呆けた顔をしおって」 「ライダー、ついさっきとかで、巨大な魔力、感じなかった？」 「む」 焦りと驚嘆と戸惑いを合わせて三分割したようなウェイバーに言われてみればとライダーは眉根を顰めた。 時間帯は正午を過ぎたばかりなので気のせいかと疑ったが、どうやら違うようだ。ウェイバーはもう一度今来たばかりのレスを確かめて、書き込んだ。……と思ったら既に今の心境を書き込んでたようだ。 691　名前：時計塔の名無しさん 流れぶった切って悪いが現地で速報きた。 『白昼堂々の抗争か？新都でバイク轢き逃げ』 この被害者が間男らしいんだが……。 692　名前：時計塔の名無しさん なんだと 693　名前：時計塔の名無しさん (ﾟДﾟ)！？ 694　名前：時計塔の名無しさん　ID:fazr8r1n どういうことなの ――――to　be　Continued…

とある英国の匿名掲示板、大別するとオカルト板に立てられる通称【時計塔スレ】。文字通り時計塔で現代っ子よりの学生が立てているスレ。魔術の秘匿云々があるのでオカルト板でよく取り上げられている術やアイテム以外はフェイクがかかっている。学生を中心に現代系魔術師がよく現れている。大体は教師への愚痴。それから現代社会への肯定と否定、魔術社会の悲観と懸念が混雑している。※ちなみにこの時点でキャスター討伐指令が出されています。<br />■4/24DR35位ありがとうございました。以下タグ返信「これはいいスレ」ありがとうございます。最近流行の憑依系スレを参考にしました。そこからメタ部分を撤去したイメージで作っております。<br />「安定の」まさに切嗣。そして立つフラグ。「最後ホント～」そうですねぇ、とりあえず言えることは、やはり槍兵は幸運Eやなぁ…てことです。<br />「まさかの～」(・∀・)ﾆﾔﾆﾔ。彼女は次回に登場決定しております。<br />■続けてコメント返信。ゆな様へ:まあ大丈夫ですよあれくらいじゃ死なないですよ鯖だし。と晃条は冷淡にフォローします。<br />■“妄蛇”蛇さまへ:まさかでなくても。です。ほんと黒おじさんは元気だから昼でも積極的だなぁ。と晃条は他人事のようにコメントしました。■白空さまへ:ブクマコメ共にありがとうございます。パァンされたんでしたっけ。この話でもそんなことは無いように気をつけたいですね。四次ライダー陣営も出せたことだし私もちょっとワクワクしてきたりします。

虫使いの聖杯戦争　４【現代式魔術師達の考察】

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注意事項 ・【本丸追い出されたと思ったら名探偵の世界だったでござる】の番外編 ・刀剣乱舞と名探偵コナンのクロスオーバー ・ホラー案件重視 ・でも怖くない ・深く考えて書いてないから捏造＋ご都合主義すみません ・キャラの口調が迷子（知識不足でスミマセン） ・なんでも許せる方向け [newpage] 内容の濃い夢を見ると目が覚め直後って今が夢の中か現実かわからないことってあるじゃない？ 提出期限が迫ってる書類に追われる夢とかな・・・起きた瞬間書類の期日確認するとかあったわ・・・懐かしいね。 「・・・・うそやん」 目が覚めた俺がいたのは現代風な部屋じゃない・・・・本丸の自室だった。 バッチーーーン 思いっきり自分の頬を引っぱたいてみた・・・痛い。 え？え？・・・どういうことだ！？なんで起きたらここにいるの！？俺は本丸追い出されたはずじゃん！？ 俺はコナンの世界軸に落ちたはずじゃん！？スリルとサスペンスに最近ホラーが加わりつつあるちょっとアレな世界で生活していたはずなの、なんでここにいるの！？ え？まさか・・・刀剣男士の誰かが 「主、起きているか？」 「っ！？」 襖の向こうから初期刀の声が聞こえた・・・・切国の声だ・・・ 嫌な汗が噴き出す・・・どうしようどうしよう・・・・開けた瞬間また斬りかかってこられたら・・・こんのすけ・・・こんのすけ・・・！！ 「まだ起きてないのか？入るぞ」 「入るな！！！」 「！・・・・なんだ、珍しいな起きてたのか・・・朝餉の準備が」 「い、いらない！！体調が悪いから・・・今日は寝てるっ」 「体調が？・・・なら薬研に診て」 「いい！誰も寄越すな！部屋に入るな！！」 「どうしたんだ・・・あんたらしくないぞ、何かあったのか？」 「なっ・・・何でもない、寝たら治るから・・・誰も、部屋に入るな・・・離れに近づかせるな！」 「・・・・・わかった、伝えておく」 襖から切国が離れて足音が遠ざかっていくのを聞いて息を吐き出し、深呼吸する・・・ 「大翼様っ！！」 「っ！！」 聞き慣れた声に意識が引っ張られる 目の前には俺の部屋の天井・・・・・夢・・・で、良かった・・・ ベットから起き上がってすぐに着替えを始め、バイトに出かける準備をした 正直食欲なんて微塵もわかない・・・それくらいさっきの夢は衝撃的だった なんていうかリアルすぎて・・・本当に本丸までまだ審神者をしていた時に戻ったかのようだった・・・ 違う、俺はもう本丸から追い出されて、刀剣たちももういない、いたって関わっちゃいけない・・・夢と現実ごっちゃにすんな！！！ あ～・・・何かこう言うのあったよな・・・話で・・・蝶になってる・・・いや、俺は変わらず人間だが・・・・ 「どうしたの？」 「えっ！？あ、ごめんね、大丈夫だよ江戸川ｋ」 「主？」 息が止まった なんで・・・俺は今まで八千代にいた、カウンターで仕事していた・・・なのに、なんでまた本丸にいる。 どうしてだっ・・・何も、感じなかった・・・いつもだったらなにかしら前兆的なものがあるはず・・・・・・？ まて、あの時・・・本丸の夢を見て起きたとき、こんのすけに起こされたとき・・・ 「主・・・？どうかしたの？」 「っ！！」 「主？」 小夜・・・が、襖の向こうにから声をかけている。 自室・・・本丸の俺の仕事部屋・・・文机・・・資料棚・・・・パソコン、端末・・・提出書類・・・ そのままだ・・・普通に本丸運営をしていた頃のまま・・・ 「・・・・なんでもない」 「本当？」 「あぁ・・・仕事の続きするから・・・」 「休憩は・・・」 「しない、急ぎの書類あるから・・・集中したいから、誰も近づかせるな」 「・・・わかった」 不自然にならないように小夜に言うと小夜の小さな足音が部屋から遠ざかっていくのが聞こえた 多分不自然丸出しだろうけど・・・前の俺は休憩と聞いたら部屋から飛び出して暇そうな刀剣捕まえて遊び倒そうとしてたんだから・・・まぁそれはいい・・・状況確認・・・・・ここは本丸、だけど多分政府の用意したっていう隔離された本丸ではない。 切国も小夜も、襖の向こうから俺に声をかけるだけでこの部屋に入ってくる気配はない 普通に本丸運営していた時は切国は俺を起こすっていう役目を持ってたから普通に自室に入ってきた、確かに入室の許可を求めることもしたが 俺が入室許可出す前に襖開けるような奴だった・・・あいつ卑屈のくせに図々しいとこあんだよな・・・・それは置いといて この部屋には向こう、刀剣側からは勝手に入ってこれないのか？そもそも俺は出れるのか？この部屋から・・・・いや、やめとこう。 ここから出ないほうがいい、これだけは確かだ・・・ここを越えられたら多分俺はその時点でゲームオーバーだ てことになると、とりあえずこの部屋をちょっと調べてみる必要があるな・・・・ なんか・・・何かあるはず・・・・・・ 「大翼様っ！！」 「へぁっ！？」 考え事してる時に九重の声が聞こえて飛び上がったら八千代に戻っていた え、えぇ～・・・・なんていうかもう・・・これはどっちなんだ？ 多分、今俺はさっきまで仕事をしていた八千代にいた・・・けど、どうにもいつもの八千代とは思えない 誰もいない、開店してすぐだからじゃない、誰も八千代の中にいない、八雲さんも千代さんもいない・・・たぶん、この空間には俺しかいない 休みだったか？いや、いや休みだったらそもそも八千代には入れない じゃあ今の状況はどういう状況だ？俺は寝てるのか？それとも起きてるのか？ ・・・・俺・・・・こうなる前ってどうしてた？ そうだ、最初本丸で目を覚ました・・・その前、俺は仕事終えて寝たか？俺は何してた？それ思い出せば、なんでこんな意味のわからん状況になってるのか・・・理由が分かるはず 「[[rb:主様 > ぬしさま]]」 「！！！」 「お話が」 そう俺のことを呼ぶのは、記憶する限り一振 多分、コイツが全ての元凶・・・・部屋はいつの間にか本丸の自室に戻っていた やっぱり襖の向こう側から声が聞こえる・・・中には入ってこれないのか 「なんだよ」 「主様の体調がすぐれないとお聞きしました」 「もう平気だよ、仕事してるから」 「ではお手伝いをいたしましょう、お任せ下さい」 「書類関係は機密のものもあるって言ってるだろ、だからこんのすけ以外」 「主様、おかしな事を」 「・・・・・・」 「こんのすけなどおりませんよ」 「・・・そうだな、今はいないな」 「今はいないのではありません、最初からいないのですよ」 なるほど・・・なんとなく読めてきた・・・多分これ、俺を孤独だと思わせたいんだな ここで頼れるのは刀剣・・・いや、コイツだけだと思わせいんだ・・・こんのすけはいない・・・現実のこんのすけに本当に何かしようもんなら担当さんや雪華さんが黙ってない・・・・ あぁ・・・そっか 「お前、珍しいな」 「？・・・何がですか？」 「いつもだったら二言目には髪をといてくれと部屋に入ってくるのに」 「・・・・主様の許可もなく入室することは」 「そもそもそこから変だ、お前・・・いつも俺が許可出す前に襖を開けるだろ」 「・・・・・」 「部屋の中に入るのは俺が許可出したあとだけどな」 「・・・・・」 「入れないのか？」 「・・・・入ってよろしいので？」 「いや、さっきも言ったが仕事中だ」 「・・・主様は、少し変わられましたね」 「俺が変わったなら、それはお前らのおかげだな」 「・・・・昔の主様の方が、好ましかったです」 「そうか、ならまた・・・・ 俺を斬りつけるか？」 バツンッ 真っ暗になった。 つーか俺・・・結構冷静だな・・・こんな肝座ってたっけ？？ でもなんつーか・・・不思議と怖くはないんだよな、いや、あいつの声が聞こえたときは確かに怖さを感じたんだけど それ以上になんか、大丈夫だというか・・・安心感っていうか・・・なんでだろう。 ていうか、シャットダウンしたみたいに真っ暗なんですけど、何これどうしたらいいの！？ ホラゲならここで青白い顔がバーンと出てきて、心臓に衝撃を与えるっていう・・・・ 「こいつは驚いたな」 「！？」 「まさかあの狐がこんな手段に出るとは思わなかったぜ」 「な、なんっ・・・」 「まぁ今回の件は『こっち』にも非があった・・・まさか君があそこに居るなんて思わなかった」 「・・・・なんでっ」 「せっかくあの世界の転生に成功したのに、君に死なれたら元も子もない・・・・他に横取りなんて以ての外だ」 「お前がっ」 「だから早く起きたほうがいい、こっちは俺が引き受けよう もうすぐ会いにいくぜ、主」 [newpage] 「鶴っ・・・・・あっ・・・？」 目を覚ますと、病室。 なんか機械が周りにたくさん置かれていて・・・起き上がろうとしたけど上手く力が入らないし、所々痛い・・・ よく見ると腕には包帯と点滴・・・あと呼吸器がつけられてる・・・・なんで病院？何があったけ？ 周りを見回してもただの個室の病室で誰もいない・・・・花瓶には綺麗な花が活けてあって、折り紙で作った鶴がいくつかサイドテーブルに置かれてあった ・・・・最後に見たのは・・・間違いなく鶴丸だった で、俺を変な空間に閉じ込めたのは小狐丸・・・・だな、多分切国や小夜の声も小狐丸の仕業だろ・・・初期刀と初鍛刀のあいつらを信頼してたのは間違いないから、安心させて、襖を開けさせようとしたってとこか・・・・あの部屋は多分、誰かが張ってくれた結界だろうな、あの部屋の中で安心できたのはそのおかげか・・・ んで、度々こっち側に場面が変わってたのは・・・・ ガチャ 病室の扉が開いて見慣れた３名が入ってくる 俺がまだ起きてると気づいてないのか・・・険しい顔してる・・・正直美人のその顔はマジで怖いよ、やめなさい他の患者さんの心臓止めかねないから。 「顔怖っ」 掠れたスッカスカの声しか出なかったがそれでも俺の声が聞こえた３名は弾かれたようにベットの方へ振り向くとそのまま駆け寄りギャン泣きされた・・・ ギャン泣きされるほど俺の状態ヤバかったのだろうか・・・まさかこんのすけまで泣くとは思わなかった わんわん泣きながらもナースコール押して看護師さん呼ぶこんのすけ、お前まじ有能な・・・さて、泣き終えて、俺の診察も終わったら話を聞こうか 正直何も覚えてないから説明求むと言った俺に３名は顔を見合わせ、そして話してくれた なんてこったい、どうやら『黒の組織』絡みの事件に巻き込まれたようだ・・・ 秘密組織のくせに全く忍ばないドンパチを繰り広げ建物爆破・・・・流石ですわ破壊神。 そんで？その場にはバーボンさんもいればFBIさんもいて？江戸川君も灰原さんもいて？？ 少年探偵団と蘭さん・・・・と俺は一緒にいたらしい、なんでいたんだ、と思ったらその建物内でなんかイベントをやっていてそれに一緒に参加してたと・・・よくある脱出ゲームみたいなちょっと規模の大きいやつ・・・それで遊んでる時に建物破壊されたと・・・あぁ～・・・なんか覚えがあるようなないような イベントに誘われたのは思い出した・・・子供たちがチラシ持ってきたんだよな、そんで俺の休みの日に合わせて遊びに行った・・・けどもまさかその裏で組織とドンパチしてたとは・・・ 「あ～・・・一つ聞きたいのだけど・・・俺の五体、満足ですよね？」 「えぇ・・・あの爆発に巻き込まれてさほど大きな怪我もなかったのは奇跡だと」 「あ、そう・・・良かった」 「しかし、やはり記憶が曖昧なのは爆発の影響なんですかね」 「ん～～～・・・イベント参加してたのはなんとなく思い出しつつある、んだけど・・・抜けてるところがかなりあるかも？」 「まぁ、事件の方はかたが付いてますし、大翼様が関わったことではありませんから特に問題ないかと」 「だな・・・・・ところで俺どのくらい意識戻らなかったの？」 「２週間よ」 「・・・それはまた・・・随分と・・・」 「大翼様、あなた一度心臓が止まっているんです、かなり危険な状態だったんですよ」 「・・・・だろうな」 「だろうなって・・・」 「小狐丸に捕まってたからな」 「・・・・はっ」 地を這うようなこんのすけの声に「だから怖いって」と宥めたあと 意識を失っている時に体験したことを全て話した 俺の話を全部聞き終わると、九重はすぐに病室を飛び出して彩花さんもその後に付いて病室を出ていった 「・・・２回くらいな、本丸から自分の部屋と八千代に移動したことあったんだよ」 「・・・・・」 「一回目はお前、２回目は九重が俺のこと呼んで本丸から引き離してくれた」 「・・・・・」 「ありがとな・・・やっぱり俺の管狐は最高にできるやつだ」 「・・・・・当たり前です、私は大翼様のこんのすけですからね」 その後、病室に飛び込んできたのは安室さん・・・やめてください、あなたのそのゴリラパワーで突進された今度こ本当の意味で死ぬる。 滅茶苦茶泣かれた後、風見さんも飛び込んできて号泣され、毛利さんと蘭さん、コナン君も飛び込んできて涙の嵐・・・す、すごい・・・俺愛されてるぅ 次の日からそれこそ少年団やら八雲さんと千代さん、八千代の常連さんたちが見舞いに来てくれた・・・一番煩かったのは黒羽・・・・マジ耳元で泣き喚くのやめろ。 そしてFBIまで病室に来た時にはなぜか両手を前に差し出さなければいけないような気持ちにさせられた・・・そして赤井さん、あなた赤井さんとして出てきていいのか？ FBI勢揃いで俺に一枚の写真を見せてきた 「この男に、見覚えはないか？」 赤井さんから見せられた写真には『鶴丸国永』が写っていた 「担当様、ご報告です・・・・大翼様に『鶴丸国永』が接触をしたようです・・・いえ、今回仕掛けてきたのは『小狐丸』のようで・・・まだ神力が残っていたようですね 自分の神域に連れ込もうとしていたようですが、大翼様とのやり取りで動揺し失敗・・・そこから逃げ出すのに『鶴丸国永』が手を貸したと・・・当たって欲しくない予感が的中してしまいました 『鶴丸国永』は半神半人・・・・未だ、神力を有していると見て間違いなく 加えて・・・現在確認されてるこの世界に転生を果たした４名もその可能性があります」 [newpage] 「やぁ！驚いたぜ・・・まさか君が転生に失敗するなんて思ってもみなかった！！ ん？随分怖い顔をしているな・・・おいおい、別に転生に成功したのは俺だけじゃないんだぜ？八つ当たりはやめてくれ 君んとこの三日月だって成功してるんだ・・・まぁあいつは記憶なくして世帯持っちまったが・・・思い出した時が見ものだな！それよりも俺より厄介なのは誰かわかるだろ？君だってそいつらが一番主から信頼を勝ち得ているとわかっていたから彼らのふりをして主を丸め込もうとしたんじゃないか・・・でもな？せっかくここまで来たのに君らに邪魔され、主を取られるわけにはいかないんだ・・・悪く思わないでくれよ？ さぁて、こっちの邪魔者は消した・・・次は[[rb:現世 > あっち]]・・・驚きの結果を君に齎そう・・・大翼」

とりあえず番外編はこれで最後ということで。<br />最後まであんまり怖くなくてホラー案件というタイトル詐欺でスミマセンm(_)m

【番外編】名探偵の世界なのにホラー案件多すぎワロエナイ【伍】

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10008862#1

この国の国民は、バーコードを所持する事を義務付けられている。 それは彼らから自由を奪う行為であり、新たなビジネスを生むきっかけになった。 基本的にバーコードは1人1つ。 それ以上所持する事は、例外なく認められていない。。 ………だけど1つだけなんて、誰が決めたの？ シャワー室で、水音が絶え間なく反響する。 少し熱めの湯を浴びながら、アイチは自分の左胸のバーコードにそっと触れた。 記憶を失う前から存在する、2つ目のバーコード。 何故記憶を消されたのか、そして自らの身に何があったのか。 今のアイチには、わからない事ばかりだ。 それでも楽しく生活出来ているのは、きっと櫂のおかげなのだろう。 だが左胸のそれについては、まだ彼に話していない。話してはいけないような気がするのだ。 きゅ、とコックを捻って湯を止め、濡れた体をタオルで拭いてシャワー室を出た。 彼に借りたシャツとズボンを着て、素足で廊下を歩く。 リビングに移動し、珈琲を飲みながらテレビを見る櫂に顔を見せた。 「終わったか？」 『うん。次どうぞ』 「アイチ、ちゃんと髪を乾かせ。水が滴っている」[newpage]『櫂君が年上だからって、子供扱いしないでよっ!!』 「ほぅ。酒や煙草を買えない未成年が大人か」 言葉を詰まらせ、ふてくされたように背を向けてソファーに座る。 チャンネルを変えたくてリモコンに手を伸ばしたが、寸での所で届かなかった。 背後から、櫂が抱き寄せたからだ。 腕の中にすっぽり収まる自分の体は、つくづく小さいなと思う。 「アイチ」 名前を呼ばれて振り向けば、優しい翡翠色の瞳に覗き込まれる。 そうなると、もう勝てっこない。 観念したように嘆息し、彼女はぼそぼそ口を開く。 『………どうせ僕は子供だよ』 「そう拗ねるな。お前は充分、女らしくなった」 ちゅ、と頬にキスを落とされた。 どうしよう。 恥ずかしすぎて、爆発する。翌日。 アイチの潰れた喉を治療する為に、病院に行った帰り道。 ちょっと寄る所があると言った櫂は、小さな雑貨店に入ったっきり出て来ない。 入り口で待ってろと言われた彼女は、先程から暇そうにバイクの上に座っていた。 暇だなぁ。 櫂君、早く帰って来ないかな。 そう思っていると、目の前を1台のパトカーが停止した。 運転席の窓ガラスが降り、金髪の警官が親しげに笑う。 「よぉ、アイチ!!元気か？」 『三和君、こんにちは』 彼女はバッグから筆談用のメモ帳を取り出し、文字を書いた。[newpage]幸いにもアイチは文字を覚えていたので、読唇術を知らない彼との会話は筆談になる。 どうやら、生活を送るうえで必要な知識は残されたらしい。 「ていうか、お前何で1人なんだ？櫂は？」 『お店に入ったきり出て来ない。三和君はお仕事？』 「今は昼休み中。アイチ暇なら俺と、」 「デートの申し込みはお断りだ」 突然、背後から聞こえた声に2人は驚いて振り返った。 『か、櫂君!?』 「アイチ、待たせてすまない」 そう言うと、自分の物だと言わんばかりに彼女の腕の中に収めた。 どんな反応をしたら良いのかわからなく、困惑していると三和が呆れたように口の開いた。 「かーいー。独占欲が強いと嫌われるぜ？」 「………ところで、お前は何故ここにいる。また仕事か？」「ま、そんなとこかな」 悪戯っぽく笑う彼は、年齢より幼く見えた。 櫂は心底嫌そうな顔をしつつも、諦めた風に肩を落とした。 その様子を見たアイチは服の裾を引き、眉を寄せながら口を開く。 『櫂君、僕は邪魔にならないように先に帰っているね』 「道は覚えているか？」 『大丈夫だよ。過保護だなぁ』 くすくすと笑い、彼女は2人に手を振って帰って行った。 先程より不機嫌になった櫂の肩を叩き、三和はパトカーのエンジンをかけた。 「ここで立ち話もあれだし、喫茶店にでもどうだ？」[newpage]家に帰ったアイチは、リビング等の部屋の掃除をしていた。 櫂は仕事が忙しい時は家の事に構ってられないので、暇を見つけては彼女がするようにしている。 機械油にまみれのTシャツを洗い、汚れた床を磨いたりするだけで時間はあっという間に過ぎていく。 一通り家の中を綺麗にすると、疲労感から眠気がじわじわ襲ってくる。 なんだろう。 もの凄く眠い……まだ3時頃なのに、珍しいなぁ。 近くの毛布を持ってきて、ソファーの上に横たわって目を閉じた。 喫茶店に移動した彼らは、とりあえず飲み物を頼んだ。 「………で、用件は何だ。早く帰りたい」 「なんだよつれねぇな。せっかく来てやったのに」 「仕事でないなら俺は帰るぞ」 席を立とうとした時、三和が意図的に話を切り出した。「アイチの事だけどさ」 ぴくりと顕著に反応した彼は、ゆっくりとこちらを向いた。 やけに真面目な表情をするので訝しげに首を傾けると、テーブルの上にある物を置かれる。 一見ただの錠剤のようだが、これの効果を知っている櫂は目を丸くした。 「……………何故、お前がこれを持っている」 「勘違いすんな。前に検挙したマフィアから、押収したやつだ」[newpage]「そうか」 「その様子だと、この薬が何なのかわかってるみたいだな」 櫂は目の前の錠剤ーーーーー通称ピルを睨んだ。 この辺りの組の下っ端が、女を従順させるのに良く使用する。 中には依存性を高める為に麻薬を混合させる輩がいる為、服用して死亡するケースが頻繁にある。 だが、アイチの名前と錠剤が結び付かない。 「ーーーーーまさか、」 「そう。そのまさか、だ」 三和がこの場所に訪れたのは、仕事の為じゃなかった。 『錠剤を飲んでいたであろう』アイチの様子を見る為だった。 警官という職業に就くと、薬に犯された人間が嫌でも判別出来るようになる。 だから彼女と再会した時、勘違いであってくれと願った。 「櫂、俺だって信じたくなかった。だけど今日会って、もうわかっちまったんだ」「……………これを服用していたという事は、記憶を失う以前のアイチは…」 この錠剤が意味する事………それは、彼女が売春婦であった事を表していた。 『………ーー!!……』 誰？ これは何の声？ 『………いで、止めて………!!』 この声は……僕？ 周りの男の人達は、一体……… 『…ろせないのは………ない……せめて、喉だけでも』 何？ 怖い 止めて 『ほら、動くなよ』 『ーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!』[newpage]がばっとソファーから起き上がり、周囲を見渡した。 夕方を迎えた空は赤く映え、室内に同じ光を差し込ませる。 心臓が激しく脈打ち、呼吸が苦しいくらい乱れた。 今のは何？ 夢？ 額に張り付く髪をかき上げ、肺が空になるまで息を吐く。 震える体を抱き締め、目元に滲む涙を拭う。 ごしごし服の袖で拭いていると、不意に家の鍵が開く音がした。 櫂が帰って来たらしい。 慌てて鼻をかみ、普通を装いながらリビングのドアを開けた。 『お帰りなさい』 「あぁ。ただいま」 「悪いが先に風呂に入る。腹が減ったら、冷蔵庫の物を食っていろ」 『じゃ、湯沸かし器のスイッチ入れるね』 そう言って体の向きを変えた時、彼女は櫂に釘付けになった。 シャツの下から覗いた彼の体に、入れ墨と複数の古傷ーーーーーーーそして、右の肩甲骨にもう1つのバーコードがあった。「？アイチ、どうした？」 『…………な、なんで……背中に、バーコードが…それに、その傷』 自分の首とよく似た傷が、体を赤黒くはしっていた。 「………そういえば、まだお前に話していなかったな」 『櫂君？』 苦笑いのように眉を寄せ、彼女の頭を撫でた。 その様子があまりにも頼りなくて、思わず櫂の腕を掴んだ。 だが、すぐ離されてしまう。[newpage]「風呂入って来る」 『あ……』 そして、そのまま顔も見ないで脱衣所の奥に消えて行った。 アイチは左胸に手を当て、顔を歪めた。 一方の櫂は、頭から冷たい水を浴びていた。 ぽたぽたと頬を伝って流れる水が、涙のように思えた。 その時何故か、あのお節介な親友が脳内に浮かび上がった。 櫂は自嘲気味に笑い、腕の入れ墨に触れた。 ………三和。 だから無駄だと言ったんだ。 俺は 俺達のようにバーコードを2つ持っている奴らは どんなに努力しても、生き残れない 絶対に

ちょっと頑張って続けてみました。櫂君とアイチの過去が、僅かに明かされます。前もって言っておきます。2人は付き合ってません。あと、これは続きますwwww／追伸。この作品が24日付けのDRの85位にランクインしました!!!!!!皆様、有難うございます!!!!!!!

バーコード・リーダー／それぞれの秘密

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　新幹線なる特急列車は、その速さの割にひどく快適な環境を維持し続けながら乗客を運んでいた。 　心地よさすら感じる揺れの中、僕はイヤホンから流れる新曲を聞きながら何をするでもなく時を過ごす。 「見て、ヴィィ。あれがこの国の一番高い山よ」 　隣に座る彼女は、傍から見ればぬいぐるみにしか見えないであろう精霊と共に窓の外の光景に目を向けていた。 「あの和風のサーヴァント……かつ、かつし……ええと……」 「葛飾北斎」 「そう、北斎。彼女の描いた富士山も良かったけれど、本物も同じくらい美しいわね」 　山頂に雪が残るそれに淡い微笑みを浮かべながら、彼女、アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァは言葉を紡ぐ。 　彼女は見慣れたドレス姿ではなく、涼しげな白のワンピースで身を包んでいて。 　ほっそりとした肩やその肌の白さに、僕はそっと視線を逸らす。 「ねぇ、カドック。あのカメラが付いた携帯端末を貸してもらえるかしら。せっかくだから一緒に撮りたいのだけど」 「ん……ああ」 　確かに、彼女が座っている窓際の席なら、富士山と共に写真が撮れるだろう。 　そしてそれは、この小旅行におけるいい記念になるだろう。止める道理もない。 「どうぞ、皇女様」 　彼女に言われるがまま、その小さな手の平に端末を手渡す。 「ここを押せばシャッターが下りる。撮った後の加工がしたければこのアプリを使うといい」 「ありがとう、カドック。随分と用意がいいのね」 「ッ……君のためじゃない」 「ふふ、そう」 　頬を赤らめながら告げた僕に、彼女はくすりと嬉しそうに微笑んだ。 　ああ、くそ。正直に告げられない自分にも、隠すのが下手糞な自分にも腹が立つ。 「撮るなら早く撮った方が良い。あの山が見えている時間はそう長くないだろうから」 「？　富士山は関係ないでしょう？」 「は？」 　不思議そうな顔をするアナスタシアに、こちらもまた疑問符を浮かべる。 　富士山と撮らないのなら、彼女は何と一緒に写真を撮るつもりなんだ？ 　そんな疑問を抱く僕は、しかし、 「ほら、もう少しこちらに寄って、カドック」 「っ！！」 　こちらの腕を抱き、密着という表現が似合う程に身を寄せてきた皇女様によって思考回路をショートさせられた。 「あ、アナスタシア……」 「もっと笑いなさい、カドック。旅行中の写真だもの、楽しげな方がいいわ」 　腕から伝わるひやりとした体温や、柔らかな女性の身体の感触、そして何より、今にも頬が触れ合いそうなほどの彼女との距離に戸惑う僕を他所に、アナスタシアは平然と言葉を紡ぐ。 　相変わらず自由奔放なお姫様だ。信頼の裏返しとは分かっているが、それにしたって質が悪い。 「…………」 　何か言おうと思ったが、この状況では何を言っても彼女の思う壺だろう。 　甘えられればよし、慌てふためかれてもそれはそれでよし。 　大方そんな行動理念の上で彼女は僕に身を預けてくるのだろう。 　迷惑な話だ。こちらが断れない事を分かっているだろうから余計に。 　より一層頬が熱を帯びた事を自覚しながら、彼女と同じく、レンズへと視線を向ける。 「はい、チーズ」 　彼女の号令と同時、シャッター音が鳴り、画像ファイルが生成される。 　液晶に映っているのは楽しげな様子の美少女と、その隣で仏頂面をした隈の深い男だ。 「綺麗に撮れたわね」 　誰に聞いても「片方を切り取るべきだ」と感想が上がりそうな写真を前に、しかしアナスタシアは嬉しそうに笑い、それから僕の方へ視線を向けた。 「皆とのグループトークに送りましょうか」 「勘弁してくれ……」 「マシュとそのマスターも送っていたでしょう。おふぇ、おふぇり……」 「オフェリア」 「そう、オフェリアとそのサーヴァントも」 　彼女の言葉に、つい先日グループトークに投稿された写真を思い返す。 　北欧の針葉樹林をバックに映った彼女は、自撮りどころか旅行写真に慣れてなかったらしく、ひどくぎこちない表情でカメラに収まっていて。 　その隣では、あのバビロニアでビーストIIと大決戦を果たしてみせたサーヴァントがそんな彼女を微笑ましげに見守っていて、不仲そうで意外と上手くやっているのが見て取れた。 「ああ見えて彼女は、ああいった内輪のノリに加わるのが好きだからな」 「貴方は違うのかしら？」 「キャラじゃないだろ。どう考えても」 　げんなりとしながら返した僕に、アナスタシアは悪戯っぽい表情で、 「私との写真を皆に見せつけたくはないの？」 「ない。……この写真を見るのは僕だけでいい」 「！　……そう、なら仕方ないわね」 　赤面しながら告げた言葉に、彼女は目を丸くし、それから嬉しそうに笑ってみせた。 　そして、こちらの肩へ頭を乗せ、そっと身を預けてくる。 「そういう事なら、印刷して部屋にでも飾ろうかしら」 「浮かれてるカップルでもそこまではしないぞ」 「浮かれているカップルではないの？」 「……待ち受けにするから、それで勘弁してくれ」 「待ち受け？」 「ほら、こうやって……端末にずっと表示されるようにした。これならいいだろ」 「ふふ、四六時中私を見ていたいなんて情熱的ね」 　くすりと微笑み、こちらの手をそっと握ってくるアナスタシア。 　そんな彼女の手の平を握り返しながら、僕は言葉を紡ぐ。 「部屋、もっと広い方が良かったんじゃないのか。カルデアに連絡を取れば、今からだって変更が効くはずだ」 「いいのよ。あまり広くても掃除が大変になるだけだもの。一ヶ月しか滞在しないのだし」 「家事なんて、君が気にする事じゃ……」 「それに」 　なおも食い下がろうとする僕を、アナスタシアは上目遣いで見つめてきて。 「狭い家の方が、ずっと貴方を近くに感じられるもの」 「ッ……」 「それではいけないかしら、カドック」 「……いや、納得はできた。君がいいならそれでいい」 「その言い方だと、貴方は嫌と言っているように聞こえるのだけど」 「恐れ多いって話だ。雷帝にでも知られたら何をされるか……」 「障害の多い恋って燃えるわよね、カドック」 「障害というか天災だろ、彼は」 「恋という点は否定しないのね」 「…………」 　返答はせず、代わりに手をより強く握った僕に、アナスタシア幸せそうに微笑み、すり、と肩に頭を擦りつけてきた。 　僕が、カドック・ゼムルプスが彼女を誰よりも大切に想っている事は、もはやカルデアの誰もが知っている事だ。 　あの、長いようで短い、人理修復の旅を経た者ならば、誰でも。 　彼女の頭に、こちらの頭をそっと傾けながら、僕はあの色鮮やかな日々の事を思い出していた。 　 　―――聖杯探索(グランド・オーダー)。 　その長い旅路は、レフ・ライノールの手によって重傷を負いながらもキリシュタリア・ヴォーダイムが先手を打っていたためにどうにか生き延びた僕らAチームの７人と、そして、僕らが動けぬ間にたった一人で冬木の特異点を修復してみせた数合わせのマスターの、合わせて８人で行われた。 　辛く、苦しい戦いだった。 　名だたる英霊たちとの戦闘は常に死と隣り合わせだったし、チェイテ城にピラミッドが刺さり、その上にヒメジキャッスルなる新たな城が乗った時はさすがに眩暈がした。 　そんな旅は、しかしついに終焉を迎え、世界は安寧とその未来を取り戻した。 　功労者の僕らにはそれぞれ１ヶ月の休暇が与えられ、ほとんどのマスターたちは各々のサーヴァントと共に旅行に出かけた。 　旅行先は故郷だったりサーヴァントの所縁の地だったりするのだが、僕はそのどちらでもなかった。 　藤丸立華。 　僕らと共に人理修復を果たしたマスターであり、そして、僕以上に平凡だった少女。 　彼女は魔術師ですらない一般人でありながら、人理修復において誰よりも結果を残してみせた。 　その貢献度は、あのキリシュタリアでさえ「彼女がいなければ人理修復は果たせなかった」と公言する程。 　妬みはなかった。 　彼女もまた、僕らと共に旅をした仲間だったから。 　だが、興味はあった。 　彼女がどのように生きた結果、今のようになったのか。 　どのような世界で生きた果てに、今に至ったのか。 　それを知りたくて、僕は旅行先を日本に決めた。 　彼女の生きた国。彼女が育った世界を見るために。 「狭いわカドック。もう少し詰めてちょうだい」 「これ以上は落ちる。限界だ」 「そう。なら貴方の腕の中に納まるしかないわね」 「それは……暑いだろ、多分」 「魔力でどうとでもなるわ」 「無駄遣いにも程がある……」 　新幹線と電車を乗り継ぎ、ようやくたどり着いたアパートで、僕らは言葉を交わしていた。 　……二人、同じベッドの中で。 　これは別に、彼女と僕がそういった関係にある事を示しているわけじゃない。 　端的に言えば、認識の違いから来るミスゆえだ。 　カルデアによって僕のために手配されたアパートは、家具なども備え付けられており不便さを感じる事は無いように思えた。 　だが、問題点が一つ。 　カルデアにて人理修復を共に行ったスタッフと、支部の一般的な職員との意識の差だ。 　具体的に言えば、彼らは『サーヴァントが生活する』という認識を持っていなかった。 　当然と言えば当然の事だ。 　本来であれば、サーヴァントは所詮使い魔。霊体化も可能な彼らに衣服や食事は必要ない。 　もちろん寝具も、不必要な物の一つだ。 　そんな理由で、このアパートにはシングルベッドしか用意されていなかった。 『君が使え、アナスタシア。僕は床で寝る』 　そう伝えた僕に、しかしネグリジェを身に纏った彼女は平然とした顔で、 『一緒に寝ればいいでしょう？　私と貴方の仲なのだから』 『君と僕の仲だからだ』 『そう。ならこうしましょう』 『？　何か他に策があるのか？』 『ええ』 　頷いた彼女は、自信満々な表情で、 『―――貴方がベッドで寝なければ私が床も寝ます』 『自分を人質にするのか君は……！！』 『さぁ、どうするのカドック？　私を床で寝かせるつもり？』 『ぐ……』 　そんな卑怯な脅しに屈し、僕は彼女と寝床を共にする事になった。 　風呂上がりだからだろうか、いつに増していい香りがする彼女に胸の高鳴りが止まらない僕を他所に、腕の中でアナスタシアが笑う。 「私を人質にした途端に折れるなんて。ふふ、本当にかわいい人」 「別に、君のためじゃない。君を床で寝かせたなんて知られたら、雷帝に何をされるかと思っただけだ」 「そう。ところでカドック、私腕枕がないと不眠で雷帝様に泣きついてしまいそうなのだけど」 「照れ隠しすら許してくれないのか君は」 「恥ずかしがる貴方も好きだけど、素直に伝えてもらった方がやっぱり嬉しいもの」 「……僕が悪かった」 　言って、彼女にそっと腕を差し出す。 　そこへゆるりと頭を乗せ、アナスタシアはふわりと微笑んだ。 　幸せそうな、華に似た微笑み。ただそれだけで、世界を救えた意義を見出せる。 　誰よりも愛おしい彼女を見つめながら、僕は言葉を紡ぐ。 「君は良かったのか？　旅行先が、縁も所縁もないこの国で」 「ええ。……故郷には、哀しい思い出もたくさんあるもの」 「ッ……ごめん」 「謝る事ではないわ。貴方は優しい人ね、カドック」 　そっと僕の頭を撫でてから、彼女は言葉を続ける。 「興味がなかったわけではないのよ？　こたつは時期的には難しいけれど、この国のラーメンには心惹かれるものがあったから」 「夕食にも食べたアレか……随分気に入ってるんだな」 「ええ。魂が求めているのだと錯覚するくらいには」 「そんなにか……」 　このアパートの近所のラーメン屋で夕食を取ったのだが、そこでもアナスタシアは熱心に麺を啜っていた。 　汗を流しながらも熱気を纏ったまま食を進める姿に僕は一抹の不安さえ感じながらその汗を拭いてやっていた。 　無論太る事への不安ではない。サーヴァントの体型は変わらないし、仮に太ったとしてもそれで彼女への想いが変わるわけでもない。 　僕が不安だったのはもっと別の事だったのだが、 「随分と心配そうにしていたわね、カドック。溶けて消えてしまうとでも思ったのかしら」 「…………」 　哀しいかな、彼女にはすべて筒抜けだったらしい。 「それが怖いなら、どこかへ行ってしまわないよう抱きしめていたらいいと思うのだけど」 「そうしたら僕の熱で君が溶けてしまうかもしれないだろ」 「ふふ、それもそうね」 　楽しげに微笑み、それから彼女はそっと僕の手を握ってきた。 「このくらいなら、問題ないかしら」 「……ああ、多分」 　頷き、その手を握り返す。 「本当は、どこでもよかったの。貴方との旅は、いつだって心が踊っていたから」 「アナスタシア……」 「…………」 　微笑む彼女を前に言葉を無くし、ただその空色の瞳を見つめる。 　それだけで、ちっぽけな胸の内は満たされた。 　儚く美しい、氷の皇女。 　彼女と共に駆け抜けた旅は、鮮烈で、過酷で、眩いばかりの色彩で溢れていた。 　そしてそれは、これからも続いていく。 「目一杯羽を伸ばしなさい、カドック。肝心な時に倒れてしまわないように」 「ああ、そうさせてもらうよ。……君が休ませてくれるなら、だけど」 「私が引っ張らないと、貴方は踏み出さないでしょう？」 「……それもそうか」 「ええ、そうよ」 　だから、とアナスタシアは微笑んで、 「ちゃんとついてきてくれるわね？　カドック」 「……ああ、もちろん」 　彼女の言葉に頷きを返す。 　二人で歩んでいく日々。 　それがこれからも続いていく事に、胸の内が喜びで満ちる。 　そんな安堵を得たからか、不意に睡魔が襲ってきた。 「……ごめん、アナスタシア。そろそろ眠る」 「そう。残念だけど、続きはまた明日にしましょう」 「明日は、そうだな……布団を買いに行かないと……」 「私は、このままでもいいのだけど」 「君が良くても僕の心臓がもたない」 「カドック」 「……僕の寝相が悪くても文句言うなよ」 「ええ、もちろんよ。寝ぼけて何をしても、私は貴方を許します」 「僕が僕を許せなくなるから止めてほしいんだけど……」 「ふふ、どうしようかしら」 　楽しげな彼女を見ている内に、いよいよ瞼が重くなってきた。 　それを察したのか、アナスタシアはそっと僕の頬に手を添えて、 「おやすみなさい、カドック。どうかよい夢を」 「……ああ」 　優しい笑みを浮かべた彼女に、僕もまた笑みを浮かべ、 「おやすみ、アナスタシア」 　最愛の彼女に見守られながら、深い眠りの海へと沈んでいったのだった。 　そんな風に、僕と彼女のたった１ヶ月の同棲生活は幕を開けたのだけど。 　翌朝。 「……アナスタシア」 「何？　カドック」 「これは一体どういうことだ……？」 　震える手で彼女に見せつけたのは、カルデアのマスター８名が集うグループトーク。 　そこには『カドックなら私の隣で寝てるわ』というコメント付きで投稿された、健やかに眠る僕とその腕の中でドヤ顔をかます皇女様の自撮りと、 『わ！　おめでとうカドック！　アナスタシアさん！　今度お祝いするね！』 『おめでとさんカドック！　パーティーの仕切りは任せとけ！』 『さすがはカドックだ。君とサーヴァントの信頼関係には目を見張るものがある。ここはひとまず祝福させてもらうとしよう』 『ええと、その、こういう時どう言えばいいのか分からないのだけど、ともかく二人ともおめでとう。お幸せにね』 『大事にしてあげなさいよカドック！　アナスタシアも酷いことされたら私に泣きつきなさい。相談乗ってあげるから』 　総勢５名からの祝福のメッセージがあって。 「どうしてこんなことに……」 「あら、言ってなかったかしら？　あなたは独り占めしたいタイプのようだけど、私は見せつけたいタイプなの」 「……君は、本当に……」 　自由奔放すぎる彼女に思わず頭を抱えるも、心底幸せそうな彼女に何も言えなくなるのだけど。 　それはまた、別の話。

カドックとアナスタシアが日本で幸せに同棲してるのを見たかったので書きました。「よかった」「続き読みたい」という方はぜひブクマしてください。励みになります。

カドックとアナスタシアが日本で同棲する話

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このページはクッションです。キャプションの注意事項をよく読んでください。 本文は次ページからです。 [newpage] [chapter:13] 　監督生としての業務、大量な授業の宿題、それからRSAにDAと、何かをじっくり考える間もなく飛び回っているうちにあっという間に十一月が終わってしまい、早足でやって来た十二月が城を真っ白なインクで塗り替えてしまったかのように立香には思われた。魔法動物飼育学の授業のためにハグリッドの小屋に行くのに、雪を溶かさずにいられる日は最早一日もなかったし、それは温室で行う薬草学も同じことだった。しかも薬草学に限って言えば、雪の重みで温室が一台潰れかけた。使われていない温室だったからまだ良かったが──しかし、そうだとしても、立香達レイブンクローとスリザリン合同の薬草学の一時間のうち半分が除雪と補修に使われてしまったのは、無論OWLを控えた立香達にとっても、そしてスプラウトからみてもかなりの痛手だった。 　監督生の仕事の中には、迫るクリスマスに向けて飾り付けの監督をすることも含まれていた。監督と言っても、ほとんどこちらがやっているのだが──しかしこの時間は立香にとって好都合だとも言えた。二人組で作業していたのだが、その組のもう一人がハーマイオニーだったのだ。そういうわけで立香とハーマイオニーは高いところに登ったり、はしごを探して走り回ったりすることなく悠々と杖で飾りを操り、天井近い梁に装飾を行うことが出来ていた。 「それにしても、」 　学期終わりに近い、休暇前最後のDAの前の日、ハーマイオニーは呆れを声に滲ませながら立香に言った。 「ハリーとチョウ、もう少し歩みを早めても良いんじゃないかしら。」 「期待はあんまりしない方が良いと思うけどね。」 　確かに、ハーマイオニーの気持ちはよく分かる──チョウときたら、最近どうにも調子が悪い。どうにもハリーのことを意識するたびに、それが引き金となってセドリックが死んだことを思いだし、そうして自分がやっていることが死に別れた恋人に対して不誠実ではないかと考えているようなのだ。窓の側でぼうっとしながら舞う雪を見ているのは日常茶飯事で、酷い時には階段から落ちかける。女子トイレで泣いているのもしょっちゅうだ。レイブンクローの寮生の多くが彼女のことを当然心配し始めているのだが、その始まりがセドリックの死ということもあって、どうにも手を差し伸べては引っ込めるという繰り返しになってしまうのだった。 　そしてそれは、立香にも同じことが言えた。 「それに、人の恋路にあんまり顔を突っ込みたくないし……馬に蹴られて死んじゃう。」 　だから立香が返せるのは、曖昧な答えだけだったし、それに、お世辞にも立香が恋愛経験が豊富だとは言い難かった。つまり、やはり、こうなる──傍観者が一番だ。 「何で馬？」 　しかし、立香の言を聞いたハーマイオニーが不思議そうな顔でこちらを見つめた。そういえば──馬に蹴られるというのは日本語的表現に過ぎた。 「ああ、えっと……日本の定型句……諺みたいなものなんだけど、まあ、魔法界的に言えば人の恋路を邪魔する奴は箒に轢かれて死んじまえ、的な……ともかく、人の恋を邪魔するなんて、何て野暮なんだって感じかな。」 「なるほどね……でもそれにしたって遅すぎるわ。かたつむり並に。そもそも、ハリーが鈍感なのが悪いのよ……まあそれは、」 「ロンもだけど。」 　立香が付け加えると、ハーマイオニーは猛然と頷いた。その理由は明白だ──去年のクリスマスダンスパーティーに決まっている。 「うーん、でも、イギリスってどうなの……でも、やっぱり[[rb:付き合って > 恋人になって]]下さい、いいよ、みたいなのは無いでしょ？」 「え、うーん、そうね……いるにはいるかもしれないけれど。」 　ハーマイオニーが首を捻る。 「でも、日本だと一目惚れとかで、初対面でそう言ったりする人もいるんだよね……恋人同士、の概念がもう少し軽いというか……何だろうなあ。」 　立香がそう言うと、さらにハーマイオニーが首を捻った。 「不思議……じゃあ、真剣じゃないけど恋人ですっていうのが横行してるの？」 「さあ、ねえ……？」 　立香も首を捻りながら飾り付けを続ける。 「でも、ともかく、あんまり首突っ込んでも良いことがないのは確実だと思うけど。」 　明日の夜には事が動くよ、と立香は口に乗せかけた──しかし黙っている方が無難だろうと思い直した。どうせ、すぐ知ることになるのだから──そしてその歩みも一歩踏み出したとはいえあまりにもぐずぐずしているとハーマイオニーが苛々することになるのだから──そしてそれは賢明な判断だった。さもなくば、向こうの方からロンとアーニーが吹き飛ばしてきたクリスマスのモール飾りが立香達を直撃していたことだろう。 　そしてその日の夜が、今期最後の上級生向けRSA最終日だった。内容は、予告通り守護霊の呪文だった──はずだった。というのも、杖を振って練習しているはずだったのが、いつの間にやらいつぞやの無言呪文の理論を議論した時と同じような形に、つまり話し合いのようなものに転じてしまっていたからだった。 「そもそも、」 　立香が杖をひょいと振ってセントバーナードの形をした守護霊を出して見せながら言った── 「守護霊の呪文……この言い方はあんまり良くないかな……守護霊っていうのは、一番幸福な思い出を強く念じることで出せるって事になってる……つまり、守護霊自体は完全に自分の中から生まれたものってこと。幸福の[[rb:実体化 > ・・・]]って言っても良いかもしれない。幸せにかたちを与える……そしてそのかたちは勿論人によって違うし、それにその時々の精神状態で、微妙に変化したりする……。」 「でも、基本的には思い出の実体化ってこと？」 「そうだね……。」 　質問に答える。外の吹雪で真っ白に染まる窓のように、いつの間にやら黒板は、守護霊をどうにか論理的に理解しようとした努力の跡で埋まっていた。そして教室にいる皆といえば、杖を円軌道にくるくる回しながら何事かを考えているなり集中するなりしてそれぞれの方向に努力をしているようであった。しかし七年生のうちの数人はどうやら守護霊を出すのに成功して意気揚々と立香の半ば独り言のような意見に色々と言ってきていた。 「とりあえず、守護霊の元になる記憶はどこにあるんだ？」 「記憶は……多分肉体の中だと思う。じゃないと、脳は何をしてるんだって話になるわけで。」 　立香がうんうんと考えながら答えた。 「でも、幸せっていうのは精神活動だよな……。」 「それに、吸魂鬼に魂を差し出すわけじゃあないだろうし。」 「となると……、」 　立香はいつぞやに聞いたような、聞かなかったような話を思い出しながら呟く。 「精神っていうのはまあ、つまるところ意識……もしくは指向性……だから、肉体にある記憶を単体では読み込めない……魂は物質界にはないし……といったら吸魂鬼はその実とんでもないところにアクセスできるゲテモノ動物って所になるけど……でも、肉体が失われても魂が綺麗に残っていれば理論上はかつての自分を復元できるんだっけ……っていうか、それがサーヴァ、ともかく……。」 　立香はいつの間にか自分がぐるぐると歩き回っていることに気がついて、慌てて黒板の前まで戻った。いくつもの困惑したような目が立香を見上げていた──仕切り直すように軽く咳払いをしてから、立香は続けた。 「ともかく、幸せな記憶は肉体の中にある。守護霊が肉体を分割したり、もしくは血を使ったりするものでない以上、守護霊自体は精神の領域の魔法なはず。つまり、やってることは単純で……幸せな記憶を脳が拾い上げて、それを精神が受け取る……で、それを現実を改変できるまでに増幅させることで、それと反応した魔法力が結果的に現実を改変する……って、結局また最後はイメージの話になるわけだけど。」 　立香がそう言い切ったところで、少し冷えた室内に突然ふわりと暖かい風が吹いたように思われた。そしてその源が、ちょこんと立香の肩に乗った。重さはなく、ただ、銀の輝かんばかりのその姿が、肩の上でふわりとうずくまっている──野うさぎだ。立香の知る限り、野うさぎをここで出せる魔法使いは一人しかいない──そして彼女はすぐに見つかった。 「ルーナ！」 　そう立香が呼びかけると、ルーナはぱたぱたと笑顔でこちらに駆け寄ってきた。野うさぎは相変わらず快適そうに、立香の肩の上に乗っている──それをルーナがちょんちょんとつつきながら言った。 「よかった。あんたのおかげで……」 　白百合のような表情が、少し薄暗い部屋の中で、守護霊が放つ銀色の光に照らされた。 「できた……あたし、できたんだ！」 　次の日のDAの後、立香はしっかりとチョウとハリーが部屋のヤドリギの下に残っているのを見届けてから外へ出た。どうもどうもさあお二人さん、良いクリスマスを──しかし残念なことに、チョウのことはまだしも、ハリーには今夜ろくな事が起こらないであろう事は立香のよく知るところではあった。 　何が起こっているのか、或いは何が起こるのかを知っているから、立香は全く寝付けやしなかった。談話室の窓の側にある椅子に一人で腰掛け、吹雪が打ち付ける窓から森をじっと見据える。毎年恒例になった森の飾り付けも、この吹雪の中では見る影もなかった。白、あるいは闇が見えるもののすべてだった。神秘部の廊下はきっと冷たいだろう。そこに倒れ伏して血を流しているのなら、きっと彼は──アーサーは──自分が血を流し、そして冷たい床に体温をみるみるうちに奪われていくのをただ一人で感じているに違いなかった。意識が霧散していくのを、つまり、自分が死につつあるのを──自分が分解されつつあるのを──きっと生き残る、いや、生き残らなければならない。立香にはその確信があったが、だからこそその死に迫っていく感覚がひしひしと感じられた。気まぐれにやった数占いもただの占いも、同じ結果を示すばかり──身近な人の命の危機、それから蛇のモチーフ──そうしてようやく吹雪が収まってきて、地平線が明るい色に染まりだした時、寮の扉がばーんと勢いよく開いた。 「……マクゴナガル先生。」 　少し憔悴したような、蒼白な顔のマクゴナガルが扉の向こうに立っていた。 「やっぱり、ここに入れるんですね……。」 「それであなたは、」 　マクゴナガルはこちらを一瞥するとすぐに苦しそうに目を細めて言った。 「ベッドにも入らず何を？」 　その理由を探すように、マクゴナガルの目がうろうろと揺れる。立香は立ち上がった──色々な記号やらなんやらをごちゃごちゃと書いた羊皮紙を持って──そしてそれを振るようにして掲げながら言った。 「先生はあまりお好きじゃないようですが……占いです。嫌な予感がして……蛇による命の危機……先生が来たということは、」 「ここではやめておいた方が良いでしょう……詳しいことは、校長先生がお話し下さいます……。」 　まだ本格的な夜明け前といった頃合いの城内は、寮から一歩外に出てしまえば足下からひしひしと忍び寄るような寒さに包まれていた。立香もマクゴナガルも終始無言で、城の中を足音だけを響かせながら歩いていった。どこに行くかは分かっていた──校長室だ──そして一行はガーゴイル像の目の前に辿り着いた。 「フィフィ・フィズビー……校長先生がお待ちです。お行きなさい……。」 　現れた螺旋状の段に立香が乗るのを待つようにしてから、ガーゴイル像は動き出した。マクゴナガルは来ないらしい──或いはアンブリッジを警戒しに行くのか──ともかく、そうして辿り着いた校長室では、心配そうな顔のハーマイオニーが所在なさげに手を組んだり解いたりしながら、椅子にもぞもぞと座っていた。 「リツカ……これは一体？」 　ハーマイオニーが心配そうな声を上げる──立香がそちらを一瞬見やってから右を向くと、ダンブルドアがちょうど上の方から降りてきて、背もたれの高い椅子に座るところだった。どうやらハリーの状態を分析するのに使ったらしい銀の道具が、机の上に書類と共に置きっぱなしになっている。それから、見回すと肖像画の幾つかは不在のままになっていた──恐らく聖マンゴか、あるいはブラック邸だかに偵察か見張りか斥候に行っているのだろう。 「生きて、いるんですか。」 　ダンブルドアの瞳を覗き込んだ時、立香の口から出たのはそんな言葉で、しかもその立香自身の口調が自分で思っていた以上に追い詰められているので、立香は心のどこかで他人事のように驚いた。 「生きて……血が零れて……体が冷えて……。」 「生きておる。酷い状態ではあったがのう……して、それをどう知ったのじゃ？」 「これを。」 　立香が掴んだままだった占いの痕跡をダンブルドアに差し出すと、ダンブルドアはそれをしげしげと見つめた──しかしダンブルドア自身が占い学という科目を取りやめようと思っていたぐらいに占い学を面白いとは思っていないからか、明らかに途中まで読んでそれから先を放り出してしまったようだった。 「リツカ。誰が？」 　震える声のハーマイオニーが立香の手を握りながら言う。それに立香は首を振って、静かにダンブルドアの方を見つめる──ダンブルドアがその視線を受けて、ようやく口を開いた。 「アーサー・ウィーズリー……つい数時間前、魔法省の内部で蛇に襲われたのじゃ。重体じゃった……しかし、ミスター・ポッターが夢を通じてそれを見たようでのう、早々にその危機を伝えてくれたので、事なきを得ておる。今は、ロンドンの聖マンゴ魔法疾患障害病院に入院中じゃ。ウィーズリーの子供達とミスター・ポッターはそのすぐ後、[[rb:あそこ > ・・・]]に行ったので、もうこの城にはおらぬ。」 「アンブリッジ先生はさぞかしカンカンだったでしょうね……。」 「そうじゃったのう。」 　ダンブルドアが厳しげな表情を少しだけ緩め、少し懐かしむような、そして愉快そうな顔を覗かせた。 「まさに、目と鼻の先から逃げ出したわけじゃからのう……とはいっても、君たちは学期が終わるまで待つ必要があるじゃろう。」 　その言葉通り、アンブリッジのその日の形相ときたら、見たことのないくらい素晴らしいものだった。立香は心底授業がなくて良かったと思った──もしあの剣幕のアンブリッジの授業を受けたら、レイブンクローの一人や二人、アンブリッジに楯突いてしまうかもしれない──ただ、あまりにも校内を右へ左へ怒りの形相で走り回るようにしているので、何度も出くわす羽目にはなったが。とはいっても、今日のアンブリッジに話しかけようとする人も、通路を塞ごうとする人も、スリザリン生たりとて誰一人いなかった。つまるところ、アンブリッジが通るところそのすべてに、海を割ったような道ができあがっていたのだった。 　立香達が学校を出発できたのは、その次の日のことだった。学期が終わったのだ──校門前にトランクを引きずって辿り着くと、そこにはもうハーマイオニーとマクゴナガルが待っていた。セストラルが曳く馬車はそこにはいない。しかし交通手段は想像がついた──あまり想像したくはないのだが。 「それで……、」 　立香は恐る恐る、といった体で言った。 「[[rb:誰が杖腕を上げるんです > ・・・・・・・・・・・]]？」 「上げたいというのなら、お任せしますが。」 　答えたマクゴナガルの声は、やりたきゃどうぞのその裏に、是非そうして欲しいという念がこもっているように思われた。硬直する立香と目線で圧をかけるマクゴナガル。ハーマイオニーだけが[[rb:あれ > ・・]]の狂ったような走り方を知らないので、不思議がっている──立香は仕方ないとばかりに腹を括ってから杖腕を上げて、すぐに後ろに飛び退き、できる限りの勢いで耳を塞いだ。 　少なくとも飛び退いたことは一定の功を奏したが、耳を塞いだのにはあまり意味が無かった。静かな校門前に突如として現れたのは、どぎつい紫色をした三階建ての[[rb:夜の騎士 > ナイト]]バス──それも、積まれた金物鍋を根こそぎひっくり返したかのような、はたまた去年ドラゴンから窃取した金色の卵から出る音を一瞬に凝縮したような音を伴って。そんな破滅的で過激な爆発音のような音が、この時期にしては珍しく少しだけ暖かい、午睡という言葉が似合うような雰囲気を見るも無惨に吹き飛ばす──左隣にいたマクゴナガルがこれだから、やれやれとでも言わんばかりに──立香が思うに間違いなくそう思っていたに違いないのだが──首を振り、ハーマイオニーは目を見開き唖然としてこちらを振り返った。 「こ……これは……？」 　バスからは、座席が滑って後方にぶつかるようながらがらがっしゃんという音も、数秒遅れて聞こえてきた──そこに、紫の制服の青年が、ぴょんと飛び降りて挨拶しようとした。 「ようこそ、夜……」 「そう騒がなくてよろしい、ご苦労様な事です……さあ、乗りなさい。乗り心地の保証は出来ませんが。」 　しかしマクゴナガルは無残にも途中で青年の決めぜりふをなあなあな口調で遮った。そしてしゅんとする青年をよそに早く早くとばかりに立香達のトランクを中に突っ込み青年に二十二シックル渡すと、立香とハーマイオニーをも中へと追い立てた。 「ロンドン、セントラルスクエアまで……気を付けて過ごすのですよ。」 「マクゴナガル先生もお気をつけ……」 　しかし、最後まで言うことは叶わなかった。バスが急発進の姿勢を見せて、立香もハーマイオニーも口をつぐまなければいけないという必然性をありありと感じたからだった──この頃にはハーマイオニーにもこのバスがどんな無茶な運転をするのか少しは察しがついていたのだ──そしてバスが再び静かなはずのホグワーツ校門前に耳のつんざぐような音を響かせたと思えば、立香の視界からは忽然と、巨大な城も何も消えて無くなってしまったのだった。 　その代わりに見えたのが、緑の牧草地帯と長く走る一本の道路だった。バスは高速道路を、ありがたいことに逆走はせずに、しかしながらその他すべての法定速度と交通マナーをありとあらゆる意味で無視しながら爆走していた。しかしながら高速道路上と言うこともあってか幸運なことに揺れは少なく、ついうっかりものを話そうとして舌を噛むことは免れられそうだった──ハーマイオニーが半ば叫ぶように言った。 「とんだバスね！」 　しかしその声も、雑音に紛れて途切れ途切れだ──立香も必要以上に大きく頷きながら大声で返す。 「うん……多分……」 　バーン、どんがらがっしゃん──またしても酷い音を立てながら景色が変わる。どこかのヘアピンカーブの田舎道──床にまともに打ち付けて痛い尻をさすりながら椅子を立てて座り直して立香は言う。 「姿現し、姿くらましをバス全体って大規模で……継ぎ接ぎやってるんだと思うんだけど……まあ、そりゃあこんな音になる……ともかく、これは序の口で、細くなったり太くなったり急停車……するかも……」 「細く……何ですって？」 　ハーマイオニーが素っ頓狂な声を上げた時にはもう遅かった。前方から観光バス二台がやって来る──空間の横軸の縮尺が一気に変わり、人がもやしのようになって──そうしてバスはまたぶいぶいと上機嫌にカーブを飛ばして走り出した。 「なるほどね……。」 　ハーマイオニーがため息をつくと、バスが急停車した。どうやら誰か一人を降ろしたようだ──そしてまたバーンと酷い音を立てて、今度は高層アパートの狭い路地を、ご機嫌にバスは爆走し始めた。 　じゅげむじゅげむごこうの何とやら──ともかく誰かこのバスに逆走やらコース外走行やらを教えてやってくれと願うばかりの数十分だか一時間だか、はたまた数時間だかが過ぎてようやく、バスがロンドン市街を走り始めた。ハーマイオニーは見るも無惨にぐったりしていたし、酔い止めを口に放り込んでいたはずの立香ですら放心状態だった。そして、クルックシャンクスとドゥムジときたら籠の底にぱたりと落ちて、死んだように眠っていた。 　そうしてやっとの思いで辿り着いたセントラルスクエアは、ロンドンでは珍しく数センチの雪に覆われて真っ白に染まっていた。近所の子供達だろうか、微笑ましい家族団らんといった体でいくつもの雪だるまが現在進行形で作られている。それをなでるように見つめながら到着した、グリモードプレイス十二番地──立香達が近づくと、滑るようにしながら膨張して姿を現す──に気付く様子のある子供は誰一人いなかった。それを若干の含み笑いで一瞥してから、立香とハーマイオニーはトランクを引き連れて建物の中に入った。 　出迎えはいつもの金切り声で叫ぶブラック夫人だったが、その声を聞きつけてか、静かだった屋敷の上の階からどたどたという音が響いてきた。そうかと思えば、すぐにロンが埃っぽい廊下に姿を現して、その上唖然としてハーマイオニーを凝視した。 「ハーマイオニー！君、スキーに行くんじゃなかったのか！」 「あのね、ロン……。」 　ハーマイオニーはじれったそうに答えた。 「私達にどれだけ宿題が出たか、思い出してみたら……ともかく、私、気がついたのよ。のんきにスキーなんてしてる場合じゃないって……でもね、」 　ロンが吹き出すのをこらえるような表情を見せたので、ハーマイオニーはロンをじとっと睨み付けてから続けた。 「スキーって面白いのよ、あなたは足に板をつけて雪山を滑るなんて頭がおかしいだなんて言うんでしょうけど。いい……それで、ハリーは？」 「それが……。」 　後ろからやって来たジニーが、困惑と失意を目に浮かべながら言った。 「あれからずっと……ええとね、パパのお見舞いに行ってからずっと、上の部屋に……バックビークと一緒に籠もっているのよ。」 「はあ？……ハリーが？」 　ハーマイオニーが声を上げ、ロンとジニーが頷く。 「僕たちをずっと避けているんだ……何だか知らないけど。」 「分かったわ。」 　ハーマイオニーがばっと顔を上げたかと思えば、自信たっぷりに言い放った。 「[[rb:私が > ・・]]ハリーを引っ張ってきてあげる。ロンとジニー、リツカは部屋で待っていて！」 　その後ハーマイオニーに連れられて降りてきたハリーは、酷く憔悴しているような面持ちではあったものの、ジニーからの操られていないという保証、それから、自分は自分のベッドから一歩たりとも動いていないというロンの言葉を受けて、少しはほっとしたようだった。 　グリモードプレイス十二番地での立香の部屋は、病人だった頃の名残で一人部屋のままだった。だから、夕食後にハリーが訪ねてきた時、状況は奇しくも七月にハリーと話した時によく似ていた。しかし今度は立香も元気で、雪が桟に積もる窓の前の応接セットだったと思わしきソファに、向かい合って座って外を眺めていたのだが。 「僕が、」 　ハリーが重い口調で言った── 「蛇の中にいたんだ。[[rb:確かに > ・・・]]、ウィーズリーおじさんを噛んだのは僕だったんだ。僕がちゃんとホグワーツにいたっていうのは分かったけど、いくら何でも……今回のは、」 「引きずられすぎだって事だよね。ダンブルドアには会ったんでしょ？」 　立香が静かに尋ねると、ハリーは頷いて、しかしすぐに首を振った。 「ダンブルドアに会った……目を合わせた時、傷跡が痛んで……それで、」 「衝動的に殺したくなった？」 　ハリーが唇を噛みながら頷いた。 「まあ、言い方は悪いけど、合理的ではある……」 「何が？」 　怒ったような戸惑ったような口調で言ったハリーに、立香は机に肘をつき指を組みながら、しかし目はしっかりと見つめて答えた。 「ヴォルデモートが直接ダンブルドアを殺すより、ハリーに殺させた方が実のところ成功率が上がる……それに、失敗したとしても、ハリーにもダンブルドアにも大損害を与えられるわけだから。」 「成功率が上がる……？」 「だって、ダンブルドアは躊躇せざるを得ないから。」 　ハリーはそれを聞くと、下を向いて黙り込んでしまった。歯を食いしばって、何かを考えている──ウィーズリーおじさんを自分が襲っていないことは分かっている、だけど、それなら何故自分はこんなものを見る羽目になったのだろう、この奇妙なものは一体──この辺りだろうか。 「夏に……」 　立香が声をかけると、ハリーがはっとしたように顔を上げた。 「言ったよね、ハリーとヴォルデモートはその傷で繋がっているって。これ自体は、呪いを……特に強力な呪いを……跳ね返したことの反動みたいなものだからしょうがないんだけどね。それで、そのせいで、ハリーはヴォルデモートの感情が昂ぶった時、それに引きずられるようになった……そして、今のところヴォルデモートはそれに気付いていないんだと思う。いつ気付くかはさておき。」 「気付いていない？」 　ハリーが怪訝そうに立香に聞いた。 「うん……多分。今のところね……ハリーから向こうに今のところ何も流れていないからだと思う。ヴォルデモートはまあ、要するに人殺しだとか色々やって、その分感情の出力がでかいのか何なのか……でも、」 「もし気付いたら？」 「うん……。」 　気がついたらどうなるかなど明白だ。ハリーが皆を伴って神秘部に行き、予言を手に取るのだ──そして死喰い人が押し寄せ、不死鳥の騎士団が救援に入る。そして、シリウスが殺される。 　そして、この休暇がシリウスと話すには恐らく最後の休暇になる。組んだ指が悲鳴を上げた。重いものが腹の底に溜まっているかのようで、全て吐き出したいような気分が、唐突に湧き上がった──それを更に指を締め付けることで必死に押さえ、立香は再び口を開く。 「植え付け。……考えの、記憶の……行動の。」 「つまり……？」 「ハリー、あなたが利用される可能性があるってこと……。」 　ハリーが目を見開いた。 「だからハリー、あなたはその、ヴォルデモートとあなたの間にあるそれを塞ぐ努力をしなきゃいけなくなると思う……少なくとも、私がダンブルドアならそうする。」 「でも、そんなのどうやって？」 　ハリーが首をかしげて言うのに、立香はただ一回頷いてから口を開く。 「閉心術……心を閉じる。外部からの侵入を防ぐ……誰が教えることになるのかは、」 　一瞬、立香は口をつぐんだ。不自然な間にならないうちに急いで口を開くが、何を言うべきか再び考えあぐねる──しかし、今教えたところで何のメリットもない。 「分からないけど。」 　ハリーには申し訳ない──立香はそれをスネイプが教えることになるのをよくよく知っている──しかしその情報は間違いなくハリーの楽しいクリスマスをぶち壊すには十分すぎるだろう、と立香はなんとか自分を納得させた。ハリーは不思議そうに、しかし何も言わず、何かを言いたげな顔をしているのであろう立香を見つめるばかりだった。 [newpage] [chapter:14] 　ベッドの足元に積もったかのように置かれるプレゼントを待ちわびてわくわくと床につくクリスマスイブも、そのプレゼントをひとつひとつ開封して喜びに浸るクリスマス当日も、瞬く間に過ぎていった。ハーマイオニーがくれた宿題計画帳は実に役に立ったが、その実役に立った日数自体はハリーとロンに比べてひどく少なかった。というのも、その日の午前中めいいっぱいをかけて立香とハーマイオニーが部屋に籠もってさっさと宿題を片付けきったのに対して、ハリーとロンは宿題なんぞいざ知らず、とでも言わんばかりにプレゼントに夢中になっていたからだった。 　その日の午後にはアーサーの見舞いのために聖マンゴ魔法疾患障害病院に行った。聖マンゴは、寂れた大型服屋のなりをして、ロンドンの中に居を構えていた。クリスマスだというのに喧嘩したらしい、鼻の穴にミカンを詰めた魔女の脇をすり抜け病室に行くと、アーサーが元気そうに──いや、何かを誤魔化すような元気さで──こちらに挨拶した。立香が知る通り、アーサーときたらどうやら縫合を試したようだった──しかし、とても残念なことに蛇の毒が糸を溶かしてしまったらしく治療の甲斐なく終わり、さらにモリーにそれを見とがめられるおまけまでついていたのだが──とはいっても概ね元気そうで、ハリーからのクリスマスプレゼントである銅線とネジ回し、それから立香からのフロッピーディスクに目を輝かせて喜んだ。 　それから嵐のような剣幕になったモリーを置いて、立香達は逃げるようにして上の階に向かった。五階でまず出くわしたのは、懐かしの──そして今思えば実にかわいげのある──元、闇の魔術に対する防衛術教師のギルデロイ・ロックハートだった。ロンの杖から忘却術の逆噴射を浴びせられ、すべての記憶を綺麗さっぱり失ったロックハートは、しかし実に奇妙なことに──そして少し納得も出来ることに──サイン魔としての性質を復活させていた。もしかしたら、彼の魂の根底に、サインという行為がきっちりしっかり刻みつけられているのかもしれなかった──ともかくどうしたものかと頭を悩ませる羽目になるサイン入り写真一山を、立香達はロックハートから受け取る羽目になった。 　その後に立香達が出会ったのが、ネビルとネビルの祖母、それから、ベラトリックス・レストレンジの磔の呪文によってその精神のことごとくを破壊されてしまったネビルの両親だった。肉体的苦痛は──つまり外傷は──与えないはずの磔の呪いであるが、精神への作用に影響されたのだろう、ネビルの両親はその年とは思えないほどやつれ果て、顔には生気のひとかけらもなかった。恐らく記憶もほとんど引き出せない状態には違いないのだが、ネビルのことを少しは、息子としてではないにしろ認識しているらしかった。アリス──ネビルの母親──は息子へ風船ガムの包み紙を渡し、ネビルはそれを捨てることなく大事そうにポケットへしまい込んだ。 　クリスマスが終わると、シリウスは段々と夏に見せたあの塞ぎ込みを取り戻し始めた。バックビークと二人、最上階の部屋に引き籠もったのだ。そこから流れ出る憂鬱は冷気のように屋敷中に蔓延したが、立香がそれの影響を受けることはなかった──というよりも、立香も元々憂鬱だったのだ。この休暇がシリウスと話す最後の機会と分かっているにもかかわらず、シリウスが引き籠もっていることにほっとして、何も言い出せない自分に。そして、たまに降りてきたシリウスを、避けるようにしてしまう自分に、嫌気が差していた──食事の時も、目線を合わせようとしなかった──それにシリウスが気付いているかどうかまでは分からなかったが。決して良い印象を与えなかったことは確かだと、立香は思っていた。 　そうしてとうとう、ホグワーツ出発の前日を、立香は迎えてしまった。その日の日中、更に立香を憂鬱にさせる出来事が発生した。スネイプとシリウスの大喧嘩だ──ハリーへの閉心術講義を発端とした──そうして激しい言い合いを、役に立たないだとか、臆病者だとか、あとはスニベルス、だとかをしている途中に、アーサーが全快だと言って帰ってきたことが唯一の救いだった。場の空気は硬直したが、少なくとも二人の喧嘩は収まった。立香はそれを、柱の陰からそっと眺めていた──そしてため息をついた。何を話したものか、そもそも、話すことに意味があるのか。その日の夕食が終わっても結局何も考えが纏まらず、立香はまた部屋に引き籠もってしまった。 　だから、[[rb:それ > ・・]]は、立香にとって想定外のことだった。夕食が終わって早々に部屋に引き籠もり数十分、部屋の扉がノックされたのだ。立香は部屋の明かりもつけず、窓際の向かい合ったソファのひとつに腰掛けて、延々と降り積もっていく雪を眺めていた。だから一体誰が、と思って扉を開け、部屋の戸口に明かりを灯すまで、それが誰だか認識できなかった。 「いいかな？」 　昼間の剣呑はどこへやら、憂鬱と心配を湛えた顔のシリウスが、戸口の所に立っていた。立香は唖然としてシリウスの顔を凝視した──そのあまり、頭が真っ白になった──しかし口は勝手にどうぞ、と言って、いつの間にやら立香とシリウスは応接セットに向かい合って座り、何を言うでもなく暫く窓の外を見つめていた。かなり満月に近いが少し欠けた月が、光の足りない窓辺を照らしていた──シリウスが口を開く。 「ハリーから聞いたかな、その……」 「あなたとスネイプ先生の喧嘩の根本的な原因について？」 「……そうだね。」 　話はそこから始まった──立香は目を伏せながら答える。 「スネイプ先生が、ハリーに閉心術を教えることになった、と。……残念ながら、」 　シリウスの顔に少し憤然としたものが戻るのを見て、立香が急いで付け加えた── 「あまり適所適材だとは思えないですが。」 「そうだ。」 　シリウスは、どうやらスネイプへのものらしい怨嗟をこれっぽっちも隠さずに、どろどろとした口調で言い募った。 「ダンブルドアが教えるべきだ……少なくともスネイプに任せるのはわたしとしては許しがたい。スネイプが閉心術の授業を利用して、ハリーにどんな苦痛を与えるか……。」 　全くもってその不安は正解だと、立香は知っている。スネイプはハリーの嫌な記憶やら見られたい記憶やらなんやらを、色々掘り返すことになる──そしてその逆も然りだということも。そしてその痛手は、スネイプにとっての方が、恐らく大きい──そしてその記憶の重みは、ハリーにとっても自分だけでは解決できない程度には大きいものになる──だから、立香は肯定も否定も口に出さず、ただ一階曖昧に頷いた。 「リツカ、君に頼みがある……まさにそのことだが。」 　シリウスが急に真剣な顔になる──そして身を乗り出し、小声で言った。 「いざとなったら……つまり、スネイプがハリーに苦痛を与えたりしたら、だが……ハリーに閉心術を教えて欲しいんだ。」 　場の空気が一瞬凍った──勿論、凍らせたのは立香だったのだが。確か──立香はできうる限りの記憶力を総動員して頭を探った──閉心術の話をまともにしたことがあるのは、ルーピンただ一人だったはずだ。そしてそのルーピンも、立香が本当に閉心術がきちんと出来ているかどうかの確証は持っていなかったはず──なら、 「それを誰から、」 　聞くしかなかった── 「聞いたんですか？」 　立香の細めた鋭い目線に、シリウスが一瞬驚いたような表情を見せた。立香の反応が想定外だったに違いなかった──その冷たさという方向性が。しかし、シリウスはそれを振り払うかのように首を振ると、申し訳なさそうに口を開いた。 「君が倒れている間に、スネイプが君を看に来たことがあった……何せ、体の方は完治していたのに、目覚める気配がなかったからね……勿論、リーマスが止めたのだが、ことが起きたのはリーマスが呼ばれて席を外した時だった……」 　シリウスは一旦言葉を切って、立香の目をじっと見つめた。 「スネイプは[[rb:何か > ・・]]を君に使ったらしい。わたしはたまたまその時の奴の独り言を聞いていてね……曰く、完全に閉じきっていて、まるで見えやしない、と。今日ようやく合点がいったというわけだ……君は閉心術を使えるんだろう、とね。」 　スネイプが──いや、おかしな話ではない。三年の時に立香がスネイプに与えた不信感は、スネイプが立香にそうする、つまり、[[rb:レジリメンス > 開心]]を使うには十分であったに違いない。しかも、自分は既に成人していると堂々と宣言し、そしてセドリックの遺体を持って帰ってきたあの時となれば尚更だ。スネイプ曰く、閉心術をマスターしていれば夢から閉め出せるということなのだから、スネイプを閉め出せたのは立香が日頃から隠したいことをせっせと隠し続けた成果に違いないのだろう。特にあの時は、考えていること見ていることの全部が全部隠さなければいけないことだったことは間違いない。 「そうですね、否定はしません……ですが、」 　立香はできるだけ慎重に、ゆっくりと答えた。 「閉心術が出来るからといって、開心術が出来る保証はありません。開心術と閉心術はセットです……閉心術を教えるには、私自身が開心術ができないといけないので。」 「経験がない？」 「少なくとも、試したことはありません。」 　立香の答えに、シリウスがうーんと考え込んだ。 「しかし、あのスネイプよりはよっぽど適性がありそうにわたしには見えるが……。」 「と、言うと？」 　立香の問いに、シリウスはしばし逡巡したように押し黙った。視線をそらし、窓の外で降っている雪のひとひらを見つめ──そうしてこちらに視線を戻す。 「君はどうにも、人の気持ちを推し量るのに慣れていそうに見える。そして、それを組み込んで先のプランを練るのにも……わたしがはじめて君に会った時……叫びの屋敷でのことだが……君だけあの中で、ハリーとロン、それからハーマイオニーとは全く別の視点に立っていた。去年になって、君は自ら自分が違う時を生きているのだと宣言した……だが、……いや、」 　シリウスは目を細めて、しかしじっと立香のことを凝視した。 「[[rb:君は何を見ている > ・・・・・・・・]]？」 　再び、部屋には静寂が舞い降りた。しんしんと降る雪が、部屋中の音という音を吸い込んでしまったかのようだった。シリウスの目は立香が見たことのある中では一番真剣な色をして、そして立香の頭の中を射貫こうとしているかのように立香に突き刺さる。それが痛くて、立香は目線をそらしてテーブルの縁を凝視し、そして続ける言葉を考えあぐねていた。 　どうして──いや、実はシリウスは心のどこかで自分の死期を悟っているのではあるまいか。無意識下で──ふとそんな考えが立香の中で首をもたげた。これを今聞くのは、今聞き逃したらシリウス自身が答えを失うからだと知っているからであるまいか。意識せずとも、これが最後なのだと、感覚的に察しているのではあるまいか──まるで死期を悟った猫のように。シリウスはどちらかというと犬ではあるが──立香は恐る恐るといったように、小さく口を開いた。 「もし……もし、私が……私に、」 　口から言葉がこぼれ落ちた── 「未来が見える、と言ったら、信じますか……。」 「信じよう。」 　対してシリウスの返答は単純だった。 「我々……いや、外で動ける騎士団の連中が、何を守っているのかぐらいは想像がついているんだろう？」 　そうだ──彼らが守っているのは予言で、この世界にはそれが普通に存在する。だとするなら、それが見えると言ったところで、シリウスにはたいした問題ではないのだ──ただ、それは予言にいくら似ていたとしても、本質的には全く違う。視座が違う。外側から内側を観測する視点と、内側から内側を推し量る視点。介入可能か、そうではないかという点──立香が思いを巡らせながら、この言葉の風呂敷をどう畳もうかと考えあぐねているうちに、シリウスが先に口を開いた。 「その未来で、ハリーは幸せになっているか？」 「どうして！」 　立香は思わず机に手を打ち付け、立ち上がってシリウスをきっと睨み付けた。 「まずハリーのことを聞くんですか。どうして自分のことを聞かないんですか。どうして未来の話をしているのに、まずするのが他人の心配なんですか。どうして……それじゃ、まるで、」 　ささくれだった感情の波が、その先の言葉によって急に引き、そうして立香は座り直して下を向きながら言った。 「その未来にあなたがいないってことを、あなた自身が知っているみたいじゃないですか……！」 　唇を噛み、返答を待つ。シリウスはしばし考え込み、そうして今暫く、部屋は静寂に包まれた。窓にひらひらと舞う雪が当たる音が、階下で話すハリー達の声が、アーサーとモリーの会話が、聞こえてくるような気がする──シリウスが、北極星を見上げるような声で答えた。 「わたしはすっかり、ここでの生活に嫌気が差していてね。全く、スネイプも嫌なところをつくものだ……ああそうだ。わたしは騎士団の役に立てていない。それが不満で仕方ないとも。外に出られないこともだ……ハリーが幾ら私に捕まって欲しくないと思っているとはいえ、誰が戻りたくもないこんな古くさい埃だらけの陰気な屋敷しもべがいる家に、延々と閉じこもりたいと思うか？」 「それは……でも、だからといって、自分が死ぬことを、どうして放り出しておけるんですか！」 　シリウスは首を振った。 「放り出してはいない……そうだ、だから幾つか聞いておかなければいけないな。」 　目を見開いた立香を、じっとシリウスが覗き込んできた。その目に浮かぶ感情の色が、果たしてどんなものなのか──立香はそれを知っているような、知らないような気がして戸惑った。確かにそれとよく似た目を見たことがあった。歴史の果てで、今はなき玉座で──しかしそれとも少し違うような温度が、そこから少し滲みだしていた。 「ハリーは幸せになるんだろう？」 「……はい。そうなると思います。」 　シリウスが口元に笑みを浮かべる。 「それで、わたしの死は……わたしが死ぬことで……わたしは、」 　鋭い眼光が立香を射貫く。 「[[rb:役に立つ > ・・・・]]ことができるのか？」 　役に立つ──そのことばは、立香にとって卑怯に過ぎた。その単語自体にはどんな色もない、温度もない──というよりも、どんな属性をもつけられるフラットな単語だというのが正確だろうか。しかしどこまでも冷たく冷え込む役立たずという言葉を、そしてそれと真っ向のベクトルを持つ役に立ちたかった、ということばを、立香は知っている。そのことばに──そして立香に、命をかけて、そして一度は命を散らした女の子のことを、立香はよく知っている。 　だから、そのことばは立香に刺さる。そのことばが、立香を殺す── 「どうして……どうして、」 　喉から漏れるのは、絞り出したような細い声だ。 「役に立ったから満足だって、そう言って死んでいく……そうですよ。その通りですよ……あなたの死が、ハリーを救う。でも、残された人はどうなるんですか。どうしてあなたが……当事者であるあなたが、自分の未来を諦めるんですか。」 　ハリーがヴォルデモートに乗っ取られかけ、そしてそれを閉め出すことが出来たのは、シリウスの死のおかげだった。シリウスの死による悲しみが、ハリーの心から外部を閉め出した──そうでなければ、きっとハリーはヴォルデモートに乗っ取られていただろう。そうしてハリーが死に、ダンブルドアも死ぬかもしれない。そうなれば魔法界は再び暗黒時代を迎える──しかし、シリウスには、シリウス自身には、自己保存の欲求があって然るべきではないか。自分の生きたいというエゴを、どうして押し通さないのか。生き残るために、どうしてできる限りの足掻きを続けないのか。 「諦めてなどいない。勿論死なないようには抗うとも……だが、こんな状況だ。特にわたしに関しては、外に出る危険が大きいことは分かっている。だが、殺されるということはつまり、わたしは外に出ることになるということだ。君の言い分からすれば、外に出て、ハリーのために戦う……悔いがないわけではないが、それで死ぬのならまあ、ジェームズに自慢できる人生になるというものだ。」 　シリウスは一旦言葉を切って、ふうと息を吐き出してから先を続けた。 「残された人、か。ああ、確かにハリーは悲しむだろう。ウィーズリーの子供達も、ハーマイオニーもそうかもしれない。君は既に悲しんでいる……が、ともかく、いいか。わたしがハリーを救って死ぬのだとして、ハリーを救えたことを誇りに思うのは[[rb:わたし > ・・・]]だ。それで満足だと思うのも無論[[rb:わたし > ・・・]]だ。つまり、ハリーを救うことも、そうして死ぬことに満足するのも、わたし自身のエゴでしかない。ハリーが本当に救われたのかということも、本質的には全く関係ない。わたしはわたしのエゴを通す。それを背負って死ぬというのなら、ただこの倦怠とした今を引き延ばすために生き続けて野垂れ死ぬよりかは、」 　シリウスの目が、少しだけ悪戯っぽく細められた。 「ずっと[[rb:わたしらしい > ・・・・・・]]とは、思わないか？」 　そうだ──シリウスはその瞬間、確かに立香を見通していた。立香の戦う理由はいつだって生き残るためで、そしてできれば仲間を助けることだったけれど、立香自身が命を投げ出すことは誰も立香に許しやしなかった。人類最後のマスター。だから立香は命を狙われ、そしてずっと、守られていた。立香が最終防衛ラインで、立香自身に生き延びることへの覚悟はあれど、だからこそ、生身の人間が命を擲つというのに、理解は出来ても納得できていないのだ。 　その上、立香の中ではもう既にシリウスが死んでいるのだということを、シリウスは立香よりもよく理解してさえいた。既に悲しんでいる──つまり、こうやって立香が何かを言おうとしていること自体が、立香がこうして悲しんでいるからこそ、立香にとっては死人との会話なのだと言っているのだ。開いてみればその通りだった。立香の中でシリウスが死んだのは、夏にダ・ヴィンチと話して結論に至ったあの時だ。 　未来を視るものにとっては結局、今というのは過去に過ぎない。そして、その未来を変えようとしない限り、今は認識の埒外にあり続ける。 　やるせない思いに、歯を食いしばった。どうにも出来ない未来を受け入れなければいけないのが悔しかった。そして、その未来をむしろ晴れ晴れとした顔で受け入れようとするシリウスが、なぜだかとても眩しかった。 「つまりシリウス、あなたは……、」 　手のひらに食い込んださほど伸びてもいない爪が、妙に痛かった。 「誰かを救って死ぬことも、それから、誰かを救うことそれ自体も……自分のエゴなのだ、と……だから、それの責任はすべて自分のものなのだと……そう言うつもりなんですか。」 「そうだ。」 　シリウスは何を迷うことがある、とでも言いたげに力強く頷いた。 「君がわたしにこうして、わたしが死ぬと話したのは、君がわたしを救えないと分かっているからだろう？君はどうにも、わたしを避けていたし……わたしに言えたことではないがね……だが、その君がわたしを救いたいと思うのも、結局の所は君のエゴだ。君がわたしを救ったとして、それでわたしが幸せになる保証はどこにもない。わたしの終わりはわたしの責任だ。わたしは君に、ただ何となく救いたいというだけでわたしの生き様の中身を変えさせるつもりはない。それでも救いたいというのなら……」 　シリウスがふっと笑う。 「わたしのエゴを塗りつぶせるようなエゴでかかってくるといい。」 　その笑顔が抜けるような青い空のようで、あるいは、どこまでも透明な海の底を見つめているようで、ことばが出なかった。それを覆せるような強いことばが欲しくて、歯を食いしばって探してみても、何もなかった。分かったのは、違うということだけだ。立香とシリウスが。無論当たり前のことだったが──文字通り立香とシリウスの生きる世界は違う。 　シリウスの言った通りだ。立香が見ているものは違う。シリウスと立香の見るものはねじれていて、決定的に交わりはしない。 　物語の外側の人間と、物語の内側の人間。それが同じものなど見れるはずもない。いくら立香がその結末に寄り添おうと、立香は帰らなければいけない場所がある以上、この内側の人間には絶対になりえない。 　思ってみれば、シリウスには覚悟があり、そして立香にはなかったという、それだけの話だった。そもそも立香がここに来たのはカードとなってしまった立香の仲間を助けるためであり、介入して誰かを助けるためではない。そしてその誰かを助けるというのは、実のところその任務には関係ない。だからこそ、言ってしまえばそれはエゴなのだ。誰かを救いたいというのは。死んで欲しくないと願うのは。誰かが目の前で死ぬのは嫌だという、立香自身のエゴなのだ。 　だからこそ、シリウスの覚悟に立香は負ける。それがシリウスの生き様なのに対して、立香のそれはあくまで目的に付随したものに過ぎない。弱いのだ──その覚悟の前に、ここから[[rb:出られない > ・・・・・]]からこその覚悟の前には、立香は対抗できない。 「しかし、随分奇妙な縁もあったものだ……わたし自身は占いなんて糞食らえ、と思っていたんだが。」 　シリウスがふと、過去を振り返るような懐かしむような目をして言った。いきなりの転換に、立香が戸惑ってシリウスをじっと見る──シリウスが言った。 「そうは思わないか？ヴォルデモートが狙っているのは予言だ。ハリーに関する……それでまあ、ジェームズは殺された。まあ、恨んでいるわけではないがね……それでわたしは君に死を予言されたわけだ。だが、ハリーが幸せになるということは、いずれ、当然ヴォルデモートは倒されるということだな？」 　確かに言われてしまえばそうだった。ヴォルデモートは予言などなければジェームズをあの時殺しはしなかっただろう。激戦の中でどうなるかはいざ知らず──そして、その予言があったからこそ、その予言を巡る戦いで今度はシリウスが命を落とす。同じ理由で死ぬ親友二人。その事実に今更気がついて唇を噛むも、問いに答えないわけにもいかず、立香はただ一回頷いた。 「そうか。ならよかった……しかし、ここにいる騎士団の、どれだけが生き残るか……わたしがいなくなったら、悪戯仕掛け人もリーマスと[[rb:あれ > ・・]]だけになるのだな。」 　シリウスの言葉に、立香の口からただ一言が漏れた。 「悪戯仕掛け人は……不滅です。」 　その意味を、シリウスはきっと正確に読み取った。だからこそ外の月を見上げ、そうかと一言漏らした後に黙り込んだ。月は相変わらず仄かな光を立香達に投げかけ、しかしどんな感情の色をも見せようとはしなかった。そうしてしばらく経ってから、シリウスが何かを飲み込んだような顔で立ち上がり、立香に言った。 「最後に聞きたいんだが……どっちが[[rb:先 > ・]]だ？」 　立香が心を絞って答える。 「一年半前、ハリーに借りを作った方が……その借りに殺されます。」 「そうか。」 　シリウスの答えは単純で、そして何かをそぎ落としたような、すっきりとした声音だった。その表情を立香が見る間もなく、シリウスは立香に背を向けた──そうして手をひらひらと振り、部屋から出て行った。引き留めることも、何かを言い返すことも出来なかった。 　けれど、と立香は思う。シリウスは誰かを救うのは結局、自分のエゴだと言った。しかし、それが悪いことなのだとは、余計なお世話なのだとは言わなかった。救いたいのなら救うに足りるだけのエゴが必要なのだと言っただけだ。 　立香にシリウスは救えない。それは立香に事情があるのと、立香がシリウスのエゴに勝てないからだ。 　けれど、誰かを救いたいということ自体は間違いではない──はっきりしただけだ、と立香は思った。立香が描かれない死から誰かを救うのも、シリウスの見方からすればエゴなのだとしても。そして、エゴだからこそ、その責任の所在が立香にあるのだと、改めてはっきりしただけなのだ。 　だとするならば、今求められているのは彼女と同じ責任だ。自分のエゴによる行動の責任──そして、そのエゴで表面上は救われる、誰かの未来に対する責任なのである。 [newpage] [chapter:15] 　ロンドンからホグワーツへの帰り道の交通手段は、残念なことに──しかし往路のことを考えれば当然なのだが──[[rb:夜の騎士 > ナイト]]バスだった。実に快適な旅路だった──ロンは立香の知る限り六回も椅子をひっくり返したし、ハーマイオニーはジェットコースターという呪文をぶつぶつと呟きながら、目を覆ってしまっていた。かくいう立香も酔い止めを容量ギリギリまで飲んで、窓の外ばかりを見つめていたのだが。 「昨日聞こうと思って聞きそびれたんだけど……。」 　ふらふらしながら到着した校門前からトランクを引きずり、何とか寮まで持って帰ってから十数分後、立香達は再び集まって、校庭の湖の畔に座っていた。外の空気を吸っていないと、どうにも気分が悪かった──往路よりも復路の方がとんでもない運転だった──のに加えて、ハリーが立香に聞きたいことがあると言ったのだ。湖の畔の見晴らしは良い。だから校庭の範囲内では、内緒話に最適なスポットと言っても良かった──酔いを覚ますように首を振ってから、ハリーが続ける。 「君、確か三年生の時にルーピンと、閉心術が何とかとか、話していなかったっけ……。」 「……よく覚えてたね。」 　立香が驚きながら返事をする。確かに、ルーピンにハリーが守護霊の術を使えるように教えてくれないかと頼みに行った時、ルーピンがスネイプから聞いた話を──つまりディメンターには閉心術がそこまで有効でないということを──立香に言ったのだ。本題ではない些細な会話だったから、まさか覚えているとは思わなかったが──立香が続ける。 「それで、結局……誰が教えることに？」 「スネイプ。月曜の六時からだ……。」 　げんなりとした声のハリーが、辟易とした様子のじとっとした目で立香を見つめる。 「それで、君とルーピンが話してたことだけど……君、閉心術が出来るの？」 「うん……まあ、出来ているんだと思うけど。多分？」 　立香はふらっとした口調で言ったのだが、ハーマイオニーは期待に目を輝かせてそれに食いついた。 「ねえ、それってどんな魔法なの？手持ちの本には書いてなくって……。」 「ええと、ね……。」 　頭の中から急いでスネイプの台詞を拾い上げて再構成──立香は口を開いた。 「閉心術の対になる魔法に開心術っていうのがあるんだ。この開心術を使うと、使った魔法使いはその使った相手の心の中に侵入できる……例えば今まさに考えていることを読み取ったり、他にも当人が忘れているような記憶ですら引っ張り上げたりね。それを防ぐための魔法が、閉心術。」 「つまり、開心術はその人の秘密なり何なりをつまびらかにできて、閉心術はそれを防ぐ、ということね？」 「まあ、概ねそんなとこ。」 　立香が頷く──すると、ロンがいかにも何だそりゃと言いたげな口調で言った。 「でも、そんなのどうしろって言うんだ？心を守るだなんて。杖を使う感じの魔法じゃないんだろ？」 「それはそうだね……いや、まあ、最初は使うかもしれないけど。ハリーの場合、寝てる間をどうにかしたいわけだから、最終的には杖なしで撥ね除ける必要があるかな。」 　ハリーとロンが呻いた──しかしハーマイオニーだけが興味津々といった様子で身を乗り出す。 「心を防衛する……確かに杖なんて最終的には役に立たないわ。でもそうなると、どうやって……そっか、イメージね。」 　ハーマイオニーが自分で言いながら頷いた。 「守護霊の術だって、幸せな記憶が引き金になるんだもの。でもどんなイメージを？城塞とか？」 「うーん……。」 　スネイプは感情を無にしろ、と言った。しかしながら感情を無にすることは難しい──そもそも感情に無の状態などあるのか。ものの見方の問題かもしれないが、立香にしてみれば、フラットという言い方の方が親切だ。波の立たない一直線。マイナスもプラスもなく、自分から抜け出して、一段上から── 「俯瞰、」 　自分で言ってみて、そして納得した。確かにこれは俯瞰だ。自分の感情の枠から抜け出して、そして状況を俯瞰してその場での最善を尽くす、そのフレームワークに、閉心術はとてもよく似ている。 「そう、俯瞰。自分を一次元引き上げて、自分自身を俯瞰する……感情をフラットにするっていうのは、そういうこと。少なくとも、私にとっての閉心術は、そういう魔法だと思う。」 「一次元上げる……つまり……分かったわ、そういうこと！」 　ハリーとロンがますます首を捻るのに対して、ハーマイオニーがばっと立ち上がって声を上げた。そして木の枝を足下から拾い上げ、ざくざくと足下に線を引いていく。 「こんな風に、軸が二本だと……、」 　ハーマイオニーが描いたのはX軸とY軸だ──ハーマイオニーが続ける。 「感情は絶対にこの中央以外のどこかにある。だけど、ここにもう一本軸を追加してあげれば……。」 　更にZ軸を追加。立香も立ち上がってその図を眺めた。 「この軸から見た時、この点はゼロの位置にある。そういうことなんでしょう？」 「非魔法族の数学的には、まあ、そういうこと……おっと、置いてきぼりになってる……。」 　嫌な予感がしたのが命中していた。ハリーとロンが数学などちんぷんかんぷんという顔をして、唖然としてこちらを見ていたのだ。 「ええとね、ともかく……写真があるとして、その写真が心だとするでしょ？」 　立香が言うと、ハリーとロンが胡乱げにこちらを見つめた。 「でも、その写真を横から見たら、厚さが殆どないわけ……一次元上げるっていうのは、まあ、そういうこと……。」 　立香は懸命に説明したつもりだったのだが、ロンはやれやれこれだから、と言いたげにため息をついた。 「なあ、ハリー。僕、全く出来る気がしないんだけど。」 「うん……。」 　ハリーも頷いてため息をついた。 「私に説明できるのはこのくらいかな……後は実践しないと。」 「ちょっと待って。」 　立香が話を切り上げようとすると、ハリーが立香をいきなり制止した。 「実践って、もしかして……」 　言っている間にも段々ハリーの顔から血の気が引いていく。 「スネイプが僕の心に侵入するってこと？」 　立香は黙った。そして何も答えなかった──しかしそれが最大の答えになることは十分立香自身理解していたし、ハリーも理解していた。ハリーの顔から徐々に生気が失われ、やがて真っ青になった──そしてそれに釣られるようにロンも口をあんぐりと開けて唖然としたが、ハーマイオニーだけが厳しい顔で口を真一文字に結んでいた。 　次の日、つまり月曜日の夜、立香はロンとハーマイオニーと一緒に立香にはまだ出されてもいないアンブリッジの宿題を図書室で片付けていた。その図書室はNEWTとOWLを控えた五年生と七年生で埋まり、羽ペンが羊皮紙の上を走るカリカリという音と、ページを捲る音、或いはため息ばかりの静かなものだった。そしてハリーがスネイプとの個人授業が終わってやって来たのは、日も刻々と暮れ、ランプに火をつけるか杖先の明かりで本を照らすために皆が杖を取り出して振り始める、そんな時間だった。 　ハリーは見るからにぐったりとして顔を顰め、蒼白にしていた。足取りはまだしっかりしていたのだが、それと同時に今にも倒れそうな雰囲気もした。ハーマイオニーと立香で急いで椅子に座らせると、ハリーは一瞬窓に映る自分の姿を──或いは痛む傷跡を──見やってため息をつき、黙りこんでしまった。 「どうだった……その、ハリー……大丈夫？」 　心配そうに口を開いたのはハーマイオニーだった──ハリーが首を振りかけて、しかしそれでまた痛んだのか顔をますます顰めて答えた。 「うん……大丈夫……なのかな……でも……、そう、」 　ハリーが顔を上げて立香達の方をじっと見た。 「気がついたことがあるんだ……。」 「と、いうと……？」 　立香が聞くと、ハリーが小さく頷きながらこそこそと言った。 「僕……さっきの訓練で思い出したんだ……ウィーズリーおじさんが襲われて……それから僕がずっと夢の中で進んでいた廊下……神秘部の前なんじゃないかって……。」 「って……つまり君は、例のあの人が夜な夜な熱望している……というか……探しているもの……武器が、魔法省の中にあるって言うのかい？」 　ロンが恐る恐る小声で聞くのに、ハリーが確信めいて頷く。 「うん。神秘部の中だ……間違いない。裁判の時、たまたまその扉の前を通った……それから、おじさんが護っていたのもその扉だった。」 「なるほどね……。」 　ハーマイオニーが何か気がついたようにため息を長くついてから言った。 「リツカ、スタージス・ポドモアのこと……覚えてる？」 「うん……じゃあやっぱり？」 　立香が白々しくならないように気を付けながら返した──しかしそこにロンが割り込む。 「お二人とも、一体何の話をしているんでしょうかね……僕たちに分かるように説明してくれる日は……」 「分かった分かった。だから、スタージスはその扉の中に忍び込もうとして捕まったの。でも、スタージスが侵入するのは、味方だってことに矛盾してる……となれば、察しはつくよ。多分、利用された……見張ってた所を服従の呪文にかけられたか何かじゃないかな。」 　立香が言うと、ハーマイオニーが少し驚きつつも頷いた。 「そういうこと、服従の呪文……それなら納得ね。そこだけちょっと疑問だったから……。」 「で、」 　あまりそこには興味なさげだったハリーが言った。 「それで……神秘部には何があるんだい？ロン……君のパパが何か言ってなかった？」 「そこで働いてる奴のことを無言者って呼ぶのは知ってるけど……。」 　ロンは顔を顰めていた── 「連中が何をやってるのか、知ってる奴なんていないらしいし……武器を置いておくにしては妙な場所だなあ。」 「ねえ、なら……」 　ハーマイオニーがハリーの方から立香へと振り返る。 「リツカも何か知らない？ニホンのことでも、こっちのことでも良いのだけれど……でも、神秘部みたいなものってニホンにもあるのかしら？」 「神秘部、ね……ありはするよ。タイムターナーくれたのはそこだったし……ともかく、変人の集いだっていうのは確か。非魔法族風にいうならマッドサイエンティスト。」 　立香が考えあぐねながら答えると、ハーマイオニーも一緒になって考え込んだ。 「でも……それなら、筋は通ってるわね……魔法省が開発だか研究している極秘事項を、ヴォルデモートは盗もうとしているんだわ……。」 「まあ、その辺りが妥当だとは思うけど。……ハリー、あんまり傷跡擦ると血が出てくるかもよ？大丈夫？」 　いつの間にか傷跡を両手で押さえるように擦っていたハリーに立香が言った。 「うーん……ただ……あんまり僕、閉心術が好きじゃないんだ……。」 　ハリーが気が滅入ったような口調でぼそっと呟いた──それにハーマイオニーが応じる。 「そりゃ、何度も繰り返して心を攻撃されたら、誰だって嫌になるわ……ねえ、ロン。ハリーを連れて先に談話室に行っていてくれる……私はここを片付けるから。」 「分かった。」 　ロンは素直に答えて立ち上がると、ハリーに手を貸しつつ自分の宿題を回収すると、その場を後にした。段々人がまばらになって図書室が少し静かになる。しかし、ハーマイオニーは片付けるでもなくぼうっと自分のレポートと、それから窓の外を暫く交互に見つめていた──そして十分ハリーとロンが遠くに行ったと確信が持てるぐらいの時間が経ってから、ハーマイオニーが立香に言った。 「実際……閉心術って、そもそも……[[rb:向き不向き > ・・・・・]]があるわよね？」 　心配そうな口調だった──立香が頷く。 「多分。昨日の様子を見るに……それと、今までの様子を見るに……ハリーはあんまり向いてないのかもしれない。まだ。思考と感情を切り離すところから始まるから……。」 「そうよね……。でも、逆に言えば……」 　ハーマイオニーがじっと立香の目を見据えた── 「私の方が向いている。違う？」 「それは……ううん、間違いなく向いていると思う。」 　閉心術というのは一種の才能がすべてを決める技能のうちのひとつである。立香のように外的視点、或いは外的な──つまり[[rb:メタ > ・・]]な要因のある場合は別として、その才能の上から訓練を積まなければ習得は叶わない。そしてその才能とは、自分の経験や感情を閉じ込める──俯瞰する才能だ。しかし、それを持っている場合は──スネイプが将来的に言うこととマルフォイがやることから鑑みるに──二ヶ月もあればある程度の結果が伴うらしい。 　そしてその経験を俯瞰して何か問題に対して解を導くだとか最適な行動をとるというのは、冷静な時のハーマイオニーの得意分野だ。 「リツカ、閉心術って……私にとっても役に立つ魔法だと思う？」 「え？」 　虚を突かれたように立香が答えると、ハーマイオニーがもどかしげに言った。 「だからね、リツカ……ハリーは例のあの人と繋がらないように閉心術を学ぶことになったけれど、閉心術って本当は心の中で思っていることを露呈させないように心を閉じる魔法なんでしょう？」 「うん。それで、役に立つって……ちょっと待って。ハーマイオニー……あんまり良い案に思えないんだけど……。」 　ハーマイオニーの思考の行く先に思い至って、立香は恐々と言った──だがそれにハーマイオニーは何か文句ある、とでも言いたげに、そして平然と言い放った。 「いいえ、とっても良い案だと思うわ……だって、いずれ例のあの人は姿を現すもの。それで、戦争が始まるかもしれない……そうなったら、まず狙われるのは[[rb:わたしたち > ・・・・・]]。マグル生まれの……つまり、あの人達に言わせてみれば、穢れた何とやらよ。少なくとも、前の時はそうだったって書いてあったもの。その時、もしヴォルデモートが私をとっ捕まえて、ハリーの情報を聞き出そうとしたら……あるいはヴォルデモートでなくても、死喰い人の誰かがそうしたら。それに、私は私の両親を守らないといけない。いざとなったら、魔女の子供がいたってことも忘れさせないといけないかもしれない。でも、私の記憶からは消せない……だから私はその居場所を、隠し通さないといけないわ……あの人達は人質にするぐらい、きっと平気でやるもの。」 　半分は実際にそうなって、半分は分からない──だが、その半分、つまり前半が確実に起こることを、立香はよく知っている。ハリーに死喰い人の手が及ばないように──つまり、ハーマイオニーの両親から何かを聞き出されないように、更にはハーマイオニーの両親に何かされないように──ハーマイオニーは両親の記憶を消し、さらにはオーストラリア、つまりヴォルデモートが手を出しにくい海外に移住させる。その覚悟の内心を、立香は知らない。そのモノローグは記述にない。だからそれがどれだけの苦痛をもたらしたか、立香には分からない──だからこそ、その言葉を立香は無碍に出来なかった。 「ハーマイオニー、あなたの心の裡に踏み込むことになっても？」 　立香がじっと、ハーマイオニーの瞳を見つめる。ハーマイオニーは少しだけ目を細め──そして、眩しいくらいの笑顔を浮かべた。 「私、自分が言っていることの意味くらい、はじめからずっと分かっているわ……あなたも、そうでしょう？」 　次の日の朝になってみると、レイブンクローのテーブルとグリフィンドールのテーブル、そして職員テーブルが、アズカバンからの死喰い人十人衆の集団脱走劇で持ちきりになっていた。ダンブルドアとマクゴナガルは何やら真剣そのものと言った顔で額を突き合わせて何事か話し合っていたし、寮監のフリットウィックはケチャップの瓶にそれが書かれた予言者新聞を立てかけて微動だにしない。アンブリッジも何やら様子が変で──鼻節を折られた形になる訳なのだから、それはそうなのかもしれないが──オートミールを無心で掻き込んでいるように見えた。そして一分に一回はダンブルドアとマクゴナガルの方を見て、顔を顰めてはまた食事に戻るのであった。 「ブラックの手引きか……ともかく、これでますます僕らは危険になったって訳だ。」 　アンソニーが鳥の足に齧り付きながらもごもごと言った。 「違うかい……ただ、まだここに来たりはしないだろ？」 「だろうね。」 　立香も豆を自分の皿に取り入れながら頷く。 「ダンブルドアが健在な以上……でも、アンブリッジと魔法省はどうするかな。教育令が出ることに、蛙チョコレートを十数個賭けても良いけど。」 「その賭けは成立しないと思う……。」 　そこに寝ぼけ眼のルーナがやって来て、立香の隣に座りながら付け加えた。 「だって、誰も教育令を出さない方に賭ける人はいないと思うモン……。」 「ええ、全くその通り……。」 と──立香の後ろから声がして振り返ると、決然とした表情のハーマイオニーが何かを拾うような振りをしながら立香に耳打ちした。 「ボードが……私達が病院で会った、神秘部に勤めていた人が殺されたわ。それにこの大脱走。もう、なりふり構ってはいられない……リータ・スキーターに次のホグズミードでハリーの話を書かせようと思うの。ルーナを説得しておいてくれる？」 　一見、話が通じていないようにも思えるその言だった──が、立香は瞬時に理解して頷いた。そしてハーマイオニーはそのまま何事もなかったかのように、宿題を片付けないとというような表情でその場を後にし、立香はインク瓶をひっくり返していなくて良かったという表情でまた豆に向き直る。ルーナが何を話していたのだろうと不思議がっていたが、今詳しいことを話すわけにはいかない──何故ならそれがちらりとでもアンブリッジの耳に入れば、アンブリッジが何らかの手段で絶対に止めにかかるからだ──しかし、ルーナにRSAの後で、とだけ言うと、立香も急いで豆を掻き込んで、授業に向かうべく大広間を後にした。 　そういうわけで、年明け前からの続きで守護霊の術を扱ったその日のRSAが終わると、いつもの大教室には立香とルーナの二人が残ることになった。ルーナは今日も好調で、自分の守護霊であるウサギと戯れるばかりか、下級生に対してふわりとした、しかしどこか核心を突いたようなアドバイスをしていた。それが少し傲慢ではあるが感慨深くて、立香は窓の外を暫くぼうっと見つめていた──ルーナがそんな立香を暫くじっと見てから言った。 「あたしに、何か頼み事があるんだよね……？」 「……あ、うん。ごめん、ぼうっとしてた……そう。頼み事。重要なこと……。」 　はっと気がついて、すぐに言い募る。その様子を見るルーナがうんうんと頷くのを見届けてから、立香は先を続けた。 「ハリーの話を、ザ・クィブラーに載せて欲しいんだ……記事はこっちで用意するから、ルーナのお父さんに送って欲しいの。」 「ウン、いいよ。」 　呆気ないほどすぐに、ルーナは頷いて続ける。 「あたしのパパ、そういう役に立つ記事は、絶対に載せると思うモン……そんな重要な記事だし。」 「確認するけど……。」 　その即決っぷりに喜ぶべきか心配すべきか悩みながら立香も言った。 「その出版で、アンブリッジがルーナに目をつける可能性が、ないわけじゃない……まあ、子に親はどうしようもないから多分ないけど……でも少し目がきつくなる可能性は十分にある。まあ、そうなったら圧力かけてみるけど……それでもやる？」 「勿論……だって、今ってすっごく良いタイミングだモン。ハリーも、ずっと変な目で見られ続けるのは嫌だと思う……いつ書くの？」 　ルーナの晴れ晴れとした顔に、立香も笑顔で返す。 「多分、バレンタイン近くのホグズミード。寄稿者は、リータ・スキーター……。」 「だったら、あたしも行く……どうせ、ホグズミードには行くつもりだったし。」 　くるくると回りながら、ルーナが楽しげに言った。 「そうしたら、すぐにでもパパに記事を送れるし……そうすれば、バレンタインの次に出る号に、多分間に合うモン。」 　ルーナが言った良いタイミング、というのはまさしくそうだった。日刊予言者新聞の不完全な説明のおかげで、ホグワーツの皆が若干、それ以外の唯一の説であるヴォルデモート復活に関心を寄せ始めていた。そして、それが更に浮き彫りになったのは、皮肉にも翌日、水曜日に出された教育令二十六号だった。教師は、自分が給与の支払いを受けて教えている科目に厳密に関係すること以外は生徒に対し一切の情報を与えることを禁ず──少なくとも、と皆が思った──アンブリッジ達魔法省は、どうやら自分達生徒に教えて欲しくないことがあるらしい。 　それもあってか、ハグリッドがちょうど同じ日に停職になったことを、誰も彼もが話題にしなかった。皆の最大関心事と言えば、死喰い人の脱走と、その死喰い人に殺された家族について、あとは教育令二十六号であった──そしてそれが癪に障るらしいアンブリッジと言えば、ますます自らの使命に精を出した。つまり、いつハグリッドか或いはトレローニーの首を飛ばすかということなのだが。しかし、今のところそれはまだだった──だが、その二人の精神的疲労は見ていられない域に達しようとしていた。 　そのハグリッドは立香をはじめハリー達に暗くなってから小屋を訪ねることを禁止した。アンブリッジにとって都合の良いことが起きようと、悪いことが起きようとそれだけ、学校生活は切り詰められていく──それの唯一の救いがハリーにとってはDAのようで、DAはますます活が入り、そして立香のRSAの方も、死喰い人の脱走によって皆のやる気は増すばかりだった。 　立香とハーマイオニー自身の予想通り、ハーマイオニーはすぐにコツを掴んだ一方で、ハリーの方は全く進展がないように思われた。更に言えば──本人の言なのだが──むしろ後退しているように思える、とのことだった。 「毎日毎日、神秘部の入り口を……あの黒い扉を……見ているんだ。全く開かない……そろそろうんざりしてきた。それに、傷跡はずっと痛いままだし……。」 　この前のように図書室で勉強していると、ハリーがこそこそと三人に言ってきた。ロンが欠伸をして、ハリーの方を振り返る。立香はそれに、じっと耳を澄ます──そして口を開いたのはハーマイオニーだった。 「多分、病気の場合とおんなじじゃないかしら……。」 　ハーマイオニーが心配そうに言った。とは言っても、ハーマイオニーはそういう苦労を殆どしていないのだが──そして続ける。 「熱が出たりなんかするじゃない？病気は一旦悪くなってから良くなるのよ。」 「いいや……スネイプとの練習のせいで酷くなっているんだ。」 　しかしハリーはきっぱりと厳しい口調で言った。 「もう何回目だか……あの扉が開いてくれれば良いのに。もう扉を見つめて立ってるのは、さっきも言ったけどうんざりなんだ。」 「扉が開いたら、それはヴォルデモートに神秘部への侵入を許したってことになりかねないから、勘弁して欲しいな……。」 　立香がため息をつきながら言うと、ハーマイオニーが猛然と頷く。 「そうよ。それだけはいけないわ……そもそもね、ハリー。ダンブルドアはあなたに廊下の夢なんか見ないで欲しいのよ。そうじゃなきゃ、スネイプに閉心術を教えるように頼んだりはしないわ。うーん、何がいけないのかしら……。」 「何がいけないって……僕はちゃんとやってるよ！」 　ハリーが憤慨したように言う。 「君もやってみれば良いだろ……スネイプが頭の中に入り込もうとするんだ……楽しくてしょうがないって訳にはいかないだろ！」 　立香とハーマイオニーが黙り込む。立香達のことは、ハリーには秘密にしていた──そして、スネイプがそうしようとすることがハリーにとってどれだけの苦痛なのか分かっていたから、口を開けなくなったのだ。だから次に何かを言ったのは、それをハリーと同様に知らないロンで、その口調はゆっくりと考えあぐねている様子ではあったがそこまで深刻そうではなかった。 「もしかしてだけど……ハリーが心を閉じられないのは、ハリーのせいじゃないかもしれない……。」 「どういうことだい？」 　ハリーにロンが答える。 「だって、そうだろ、ハリー……スネイプがもし本気でハリーを助けようとしていなかったら……もし、ハリーの心をもう少し無防備にしようとしていたら……。」 「それはないと思う。」 　その言を途中で立香は遮った。 「スネイプはまあまあ大真面目……まあ若干恨みがありそうだけど……でも、スネイプのことはダンブルドアが信用してる。それに、私達はダンブルドアを信じてる……だから、スネイプは信用できる。違う？」 　立香の言に、ハーマイオニーが頷いた。 「リツカの言う通りよ。ダンブルドアを信用しなかったら、私達、私達以外に誰を信用すれば良いの？」 　残念なことに──立香は唇を噛んだ──この中で、一番信用ならないのが立香自身だというのは立香にははっきり分かっていた。話していないことが多すぎたし、そしてそれは話せるようなことでもなかった。いつかしたハーマイオニーとの約束が果たされるのは、いつになるのだろう──立香が何を背負っているのか教えて欲しいという約束は。 　果たせる確証は全くなかった。それでも、ハーマイオニーは立香を信頼してくれている──山ほどの不安要素と大量の宿題、それからRSAにDA、ハーマイオニーとの密会などで雪の吹き付ける一月はあっという間に過ぎていく。そうして二月になり──ホグズミード行きの日となり、立香はルーナを連れてホグズミードへ向かった。三本の箒には、もう既にハーマイオニーとリータ・スキーター、そしてすぐ後に失意の──振られた──ハリーがやって来た。誰の邪魔が入るでもなく──とはいっても立香は立場上姿を隠す必要があったのだが──インタビューは終わった。ルーナは幸せそうな顔をしながらそれを持ってすぐに郵便局へ、ハリーとハーマイオニーは一足先に帰り、その後を立香が追いかける。 　ここからだ、と立香は思う。すべてが転がり始める。目にもとまらぬスピードで。止めることも出来ない勢いで──それが幸せなことであろうとなかろうと。 　そして、立香に出来るのは──それが[[rb:流れ > ・・]]に沿っているかを見極めて、そして然るべき時に然るべきものを排除することだけだった。 [newpage] [chapter:16] 　ザ・クィブラー編集部は──というよりは、ゼノフィリウス・ラブグッドは──とんでもなく仕事が速いに違いなかった。というのも、ザ・クィブラー三月号が発行されハリーの元に届いたのは、土曜のグリフィンドールにとって散々だったクィディッチの試合を終えた後の月曜日、つまり、インタビューから両手の指で収まる日数しか経っていない二月十九日の月曜日のことだったからだ。 　だから、学校中のトレンドは未だに脱走死喰い人衆のことで、皆がその詳細を知りたがっていた。そしてその機運にぴったりとした解答を、ハリーの記事はもたらすことになった。ハリーはアンブリッジから罰則一週間を命じられたが、その犠牲はハリーにとっても最早大したことではなかった。そのアンブリッジときたら、最も感情的な悪手をとった──教育令第二十七号、ザ・クィブラーの所持禁止。そして、その効果は抜群だった──学校中の、少なくともスリザリン以外の誰も彼もが逆に、アンブリッジが禁止したのだからそれこそが真実なのだと活気づき、一斉にザ・クィブラーを読んだ挙げ句その殆どがハリーを信用する側に回ったからだった。 「だから、見てないって言ったでしょ……。」 　その次の日のRSAで、立香は教室中を──大量のザ・クィブラーを隠しもしない教室を──見渡しながらため息をついた。 「でも、私達にとって、とっても良いことが起こったのは間違いないよ……[[rb:何 > ・]]とは言わないけど。」 　あからさまに何か匂わせて含み笑いをする立香に、教室中がくすくす笑いで包まれた──アンソニーが言った。 「じゃあ、リツカもやっぱり最初から信じて、」 「シーッ……あのね、外交問題になるんだってば……でも、いつか、」 　立香はしっかり九月を見つめながら言った。 「大手を振って言えたら、すっきりするだろうな……で、今日は先週の血縁ごまかしに続いて、もし、あれが政権を握ったとして逃亡生活を送る時に役立つ話とか、呪文のことだけど……。」 　そんな話が現実味を帯び始めていたのも、すべてハリーのおかげだった。ここ三回のRSAの中で──内容はすべて、想定される七年目をいかに生き残るか、特に非魔法族生まれがどう逃げ切るか或いは誤魔化すか、そしてそうでなくとも身の危険を感じた時の逃亡生活のススメ、という訳なのだが──今回が間違いなく一番議論が盛り上がった。ヴォルデモートが復活し、その許に十人の手下が帰還した。その帰結ほどわかりやすく納得できるものを、魔法省は出すことが出来なかったのだ。そういう意味では──というよりも、ハリーを退校処分あるいはダンブルドアを解雇できていない時点でそうなのだが──魔法省の現時点での大敗をこの騒動は意味していた。 　そしてハリーをはじめロンとハーマイオニーがその状況下で更に警戒する原因となったのが、その次の日の昼休みに中庭でハリーが話した、昨日見たという夢のことだった。曰く、とある部屋に潜伏していたヴォルデモートの下に、ルックウッドが合流したということだった。もと神秘部職員、つまり無言者だったルックウッドはとある事実を知っていた。この前悪魔の罠に殺されることとなったボードが、例え服従の呪文に操られていようと絶対にそれを取り出すことなど出来なかったということを──つまり、ハリーが知る由はないのだが、予言を取り出せるのは予言の関係者のみに限られるということを。ついでに、ヴォルデモートは自分がいかに数ヶ月を無駄にしたかを思い知った。そして、その数ヶ月を無駄にさせた情報をもたらした、エイブリーはかなり危ないということだ──ハリーが続けた。 「僕があの人だった……多分、エイブリーは……。」 「どうだろう。磔の呪い辺りは掛けられたかもしれないけど。でも、向こうにとってもどんな……言い方は悪いけど……役立たずでも、人員は貴重なはずだからね。」 　考え込むような体をとりながら立香はそう言ったのだが、ハリーがうーん、と疑問で返した。しかし、少なくとも生きているはず──何故なら神秘部に来るから──立香が何を言ったものかと悩みながらハーマイオニーの方をちらりと見ると、ハーマイオニーは目を痛めそうな視線を中庭の向こうで首なし帽子を売っているフレッドとジョージに向けていた。何やら考え込んでいるようだった──そして暫く経ってようやくそこから目を外すと、今度はじっと目の前のどこかに焦点を合わせながら言った。 「だからボードを殺したのね……武器を盗み出そうとした時、何かおかしなことが……防衛機構みたいな魔法が……ボードの身に起きたのよ。だからボードは聖マンゴに入院する羽目になった。でも、私達が会った時、癒者が言ってたこと、覚えてる……？」 「治りかけだって言ってたね……だから、口封じに殺したって訳。声を取り戻して、自分が何をさせられたかを喋る前に。もしかしたら、ルシウス・マルフォイが服従の呪文を掛けたことすら、覚えているかもしれない……少なくともあいつにとって、魔法省にいる手駒っていうのは便利なはず。失うのは痛いだろうし。」 　ハーマイオニーに頷きながら帰結を続けると、ハーマイオニーも確信めいて頷いた。 「少なくとも……そうだわ、スタージス！リツカ、服従の呪文じゃないかっていつか言ってたわよね……きっと彼もそうなんだわ。ねえハリー、あなた、裁判の日にルシウス・マルフォイ見たっていつか言ってなかった？」 「あ……うん。……そうか！あの時にムーディのマントを着たスタージスが、実はあそこに立っていて……」 「それでルシウス・マルフォイの野郎にやられたってか？」 　次々とハリーとロンが言うのに、立香も頷く。 「多分、そういうことなんだと思う。スタージスが、騎士団の任務をすっぽかしたのもそのせい……つまり、服従の呪文がかかってちゃ、忠誠の術がある騎士団本部には入れない……だって、秘密の守人じゃないから。守人の時どうなるかはちょっと分からないけど……でも、ともかく、スタージスはそうして捕まった。そしてヴォルデモートは遂に、自分がいかに無駄足を踏んでいたのかを知ってしまった……。」 「それで、ハリー。ルックウッドはヴォルデモートに、どうやって武器を手に入れるかを教えたのね？」 　ハーマイオニーがハリーをじっと見つめながら言うと、ハリーは小さく頷いた。 「全部が全部聞いたって訳じゃないけど……そんな風に聞こえた。だから今度、神秘部に送り込まれるのはルックウッドじゃないかな……。」 　空を見上げながら言うハリーに、ハーマイオニーが縋るように言った。 「それはまずいわね……ハリー。難しいことは分かってる。でも、お願い……そういうことを見ないために、閉心術の訓練はあるのよ。」 　そしてその日の真夜中過ぎ、誰もいないホグワーツの景色を一望できる談話室で、立香は守護霊にメッセージを託した。内容はこうだ──元無言者ルックウッドが主人の下に帰還。これで恐らく十分だ。ルックウッドがそのやり方を知っているのは明白で、そしてそれを彼の主人に伝えることぐらいは事情を知っている騎士団員なら容易に想像がつく──そして立香の守護霊は一回ワンと吠えるような仕草を見せると、窓をすり抜け見えぬ地面を蹴ってあっという間に見えなくなった。無事に届くと良いが──ロンドンのどこかにいる、ルーピンの下に。 　その閉心術について、立香がついにRSAで話すことになったのは明くる二月二十七日の火曜日のことだった。皆の真剣な顔が、いつもの大教室に並んでいた。今回のこの閉心術という魔法に関しては、上級生にはムーディがちらっと言ったらしいのだが、結局立香しかそれを詳しく知るものがいなかった──なので必然的に立香は黒板の前に一人で立ち、そしてそれをルーナ達レイブンクロー生達に見つめられている。 「あんまりメジャーな魔法ではないけど、魔法界には開心術っていう魔法が存在する。この魔法は人の心の裡に秘めたものを暴き立てる、そういうことが可能になる魔法。そして、私が今日のテーマに書いた閉心術っていうのは、その干渉から逃れようとする魔法のことを指すんだ。」 　立香が黒板に閉心術と開心術の二言を並べて書くと、静かな教室に手が挙がる。 「確か、はじめの時にリツカが言ってたよね……心の防衛。あっちの得意技だって。でも、隠すだけだと、何かを隠してるってことがバレバレだ。だろ？」 　そう言うアンソニーに、立香も頷く。 「そう。だから、心全体を押し隠すっていうのは危険。でもはじめっから重要なことだけ隠すようなイメージでやっていくのは難しい。だから、安全な校内にいる間に、考え方だけでも身につけてもらえれば、何かどうしても隠さなければいけないことが出てきた時に、もしかしたら役に立つかもしれない。」 　考え方だけでも──閉心術の実地訓練は、特にハリーとスネイプという組み合わせになってしまうと困難を極める。無論、悪感情を持ってはいない知人同士や友人同士でもだ。何故なら、その相手の心の裡に入り込むことになるから──それを立香はハーマイオニーのとそれで痛いほど理解した──だから立香が教えるのはあくまで理論だ。理論的に考えるのが得意な人材が揃ったレイブンクローで、理論的なことを教え、そして各にその方法を考えてもらう。つまり、言ってしまえば実地はせずに後は放置。しかし──そうでもしないと、立香自身がそれ自体に耐えられなくなるでだろうことは十分分かっていた。 「閉心術を使う場合、自分の感情を経験から引き剥がすことが重要になる……方向性としては守護霊の術と真逆って言えるかもしれないね。守護霊の術は言うなら[[rb:精神 > こころ]]に魂を守らせる魔法だったわけだけど、閉心術は魂に……つまり状況に対して俯瞰的でいられる感情的指向性の薄いものに、精神を守らせる魔法。肉体に保存されている記憶に感情的解釈をつける精神を、守るための魔法……。」 　言っていて立香は自分で納得した。確かに同じような難易度と言うことで筋は通る。両方とも、自分の構成要素を意識的に分解する必要がある魔法だからこそ、出来る人と出来ない人がいると言わしめるまでの難易度を誇るのだろう。 「つまり、隠したいことに対しては、状況分析的な気分でいろってことかい？」 「そうだね。」 　一人の疑問に、立香は頷いた。 「非魔法族の数学的に言えば、xy平面上に図形を作画して、そこにz軸を足して横か上から見る感じかな。次元を上げてその軸から見れば、一見その物体は消失して見える。分からなければ、厚さが極小の紙を横から見ようとするって言い換えても良いよ。」 　立香が薄い紙を杖でつついてから、皆の上空でくるくると回転させる──それを暫くじっと見ていたルーナが、唐突に口を開いた。 「ということは、見られても良いものは、この横から見た時の面に展開すれば良いの？」 「そうなるね。それに、こうやって厚さをなくすのは、できるだけ最小限にとどめた方が良い。例えば逃亡している家族だとか友達の居場所だとか、重要な情報とか。記憶の偽造が出来るならそれに越したことはないけど……さすがに自然な形で書き直すのは自分じゃ無理だと思う。」 　記憶の偽造──スラグホーンがダンブルドアに提出した、分霊箱に関する記憶に行われた処理だ。しかし、明らかにその記憶は偽物だとダンブルドアは気付いた。なぜならかなり強引な手法だったからだ──そういうわけでダンブルドアはハリーに記憶の再回収を命じることになる。ということで、これはあまり良い手段ではない。 「ウン……ウーン？」 　しかし、ルーナは立香の話を半分も聞いていたか怪しかった。そして何やら首を捻って、まるで[[rb:だまし絵を実体化 > ・・・・・・・・]]しようとでもするかのような表情で、眉を寄せる。いつもふわふわとした印象ではあるルーナだが、今度こそ綿毛のようにどこかに飛んでいきそうな──しかし、その思考を飛んできた質問が邪魔をする。 「じゃあ、やっぱり隠す物は最低限にした方が良い……でも、開心術を使われているっていうのはどうやって見抜くんだ？」 「そうだね……えっと……、」 　半分上の空ながら、しかししっかりと必要な情報を立香が答えた。 「目を合わせてじっと見つめることが開心術では重要になってくる。あとは呪文……[[rb:レジリメンス > 開心]]ってやつ……でも、熟練した場合は呪文も杖もいらないだろうし、もしかしたら目を合わせる必要もないかも……つまり、同じ空間にいるだけで良いってこと。多分あの人は、目を合わせる必要ぐらいはあるとは思うけど……でも、閉心術の考え方が分かっていれば、ある程度は侵入に気付きやすくなるかもしれない。」 　そうして暫く議論なり何なりをしてから会合が終了すると、皆はそれぞれの宿題やら何やらに戻るべく、寮に帰っていった。シリウスと話した後二回の満月を迎えた月が、今度は見えないぐらいの細さになって、桟にうっすら埃のついた窓の外から立香を見下ろしている。部屋の明かりは殆ど消え、そして、その部屋に残っているのは立香と、どこか遠くを見つめるような表情で椅子に座り、考え事をしているルーナだけだった。立香の見たことのないような顔だった──そして、どこか知らない場所へ行ってしまいそうな。無性に心配になって、立香は窓に寄りかかって視界の端に月を入れながらルーナの方を伺った。静かなものだった──暫くそうしていると、不意にルーナが顔を上げ、そしてこちらをじっと見つめた。 「あんたに頼みたいことがあるんだ。あたしが[[rb:出来てる > ・・・・]]か、試してくれない……？」 「いい……え、今なんて？」 　反射的に答えそうになったのを押し殺して、半分抜け落ちたルーナの言葉を立香は聞き返す。 「ウン……だから、あたしに開心術を使ってみて欲しいんだ……あんたができるなら、ってことだけど。」 「えっと……いや、出来はするけど……。」 　その意味をルーナが分かっていることを立香は十分理解していながら、言外に聞き返す。その意味を分かっているのか、と。ハーマイオニーの時もそうだったのだが──誰かを、立香を、自分の心の中に招き入れて良いのか、と。勿論、完全に閉心出来るのなら別なのだが──舌を噛む立香とは対象的に、ルーナは北極星にも似た笑顔を見せる。 「[[rb:いいよ > ・・・]]。」 　だから、立香は杖を振る。じっと見つめたルーナの目は、底知れない海のような、はたまた遠い星空のような色で、そしてそこに立香自身の橙を綺麗に写し取っていた。まるで向かい合った鏡のようだ──そして立香の魔法で教室が、そしてその目の色が薄れていく。 　そうして気がつくと、立香は色とりどりのドレスの波の中にいる。違う。これは──去年のクリスマスダンスパーティーの時だろうか。そしてその輪の中心で、黒いドレスローブの立香と、星空を写したようなドレスをまとったルーナが、くるくると、楽しそうに踊っている。 「ウン。あたしが言うのも難だけど、ここから見ると、何だか星の海の中で踊ってるみたい。」 と──声がして立香が横を見てみると、そこには制服のローブを着た、あの頃よりも少し背の伸びたルーナが、眩しそうに目を細めながら立っている。つまり──これの意味するところはただひとつだ。ルーナ自身が、立香とルーナが見るビジョンを完全に制御しているということで、つまるところ、それはルーナが立香が言ったことを完膚なきまでに理解して、見事なまでの閉心術を実行しているということだった。 「これは……。」 「一回、あんたと一緒にこうやって見たかったんだあ、あたし達が踊ってるところ。だって、勿体ないモン……それにあの時、あんまり余裕なさそうだったし。」 　曲が終わり、また始まる。立香がルーナをふわっと持ち上げると、違う角度から当たったライトがルーナの姿にまた別の雰囲気でもって色をつける。すべてのシーンが美しいある種の映画が存在するが、これはまさにそれだった。あの時立香の心の余裕が見せなかった光景が、ルーナの記憶の中で現像されているかのようだった。 「ウーン……踊り終わっちゃった。次に進まないと……。」 　記憶の中の立香達が門外漢な曲がかかり始めたのでダンスホールを後にすると、すぐに隣にいたルーナが言った。 「まだあるんだ……でも、そのためにはこの次元から降りないと……。」 「ちょっと待って、」 　次元を降りる、という言葉に唖然として立香がルーナをじっと見つめる。 「次元を降りるって……一体、何をやったの？」 「ええと……あんたの言った通りにやってみただけなんだけど。」 　ルーナは首をかしげた。 「隠したい物から低い次元に入れて……それで、螺旋階段みたいに。」 「……。」 　何ということだ──立香は半ば呆れ、そして半ば舌を巻きながら思った。レイブンクローの中でも想像力に優れるルーナは、言葉のその先をも理解したらしい──どうやら軸を一本足すだけでは飽き足りなかったようなのだ。そして、立香の想像が追いついていれば、なのだが、本人のイメージに沿うならば螺旋階段のように大量の軸を追加した。そして、そこに色々な記憶を順次格納したらしかった。 「あ、そっか……私がこの軸を見なければ良いんだね。」 　考える間にも、ルーナはにこにこと言い放つ。そして、また景色が変わる──今度は立香達は水面を歩いていて、その水面には立香とルーナが顔を出している。第二試合の記憶だろう──そうして立香とルーナは、螺旋状に連なった記憶の階段を降りるかのように、四年間をゆっくりと巻き戻った。 　ルーナが何故そんなことをしたのか、立香は次の日の朝になってようやく理解した。どうやら立香は、ここ最近思い悩んでいた様々なことで、ルーナをも心配させていたらしい。例えばシリウスのこと、ハーマイオニーのこと、それからハリー達、そしてDAに間もなく訪れる崩壊を──顔に出さないように努力はしていたのだが、ルーナは人の雰囲気には敏感だ。それで、ルーナは立香を元気づけようとした──そしてその帰結が、立香とルーナとの思い出の再演だった、ということなのだろう。 　立香がどんなものであっても構わないと言ったその言葉に、立香はいつか返すことが出来るだろうか。 　今はまだ、と立香は思った──今はまだ、だけど、いつかは。何でもいいと言ってくれた、だからこそ、立香が何者であるのかを、ルーナに明かす時が来て欲しい──いや、来なければならない。 　そうしている間にも、転がるように時は過ぎる。トレローニーが首を切られたのは、それから一週間と少し後のことだった。夕食時だったので、騒ぎの元になった玄関ホールは、夕食をとっていた生徒達が何だなんだと集まり超満員になっていた。そしてその輪の中心には、泣き叫ぶトレローニーと勝ち誇ったしたり顔のアンブリッジがいた。だが──アンブリッジには大変不幸なことに──アンブリッジは教師を解雇できても、城から追い出す権限は持っていなかった。だから、事態の顛末はこうだ──トレローニーは解雇されたものの北塔に留まり、そしてその後釜には、ダンブルドアが見つけてきた教師であるケンタウロスのフィレンツェが座ることになった。 「アンブリッジはもうカンカンでしょうね。というよりもまあ、カンカンだったのだけれど、実際。」 と、次の日の夜、図書館で勉強している時にハーマイオニーが言った。 「だって、元々半人間が嫌いなそぶりがあるわ。ハグリッドのこともあるでしょう……だから、フィレンツェなんて受け入れるはずもないわ。」 　とはいっても、どうやらハリーの授業にも立香の授業にも、アンブリッジは現れなかった。どうやら他の学年の時に視察に行ったらしい。だが、今のところ、アンブリッジはフィレンツェに攻勢に出られないようだった。恐らく──いや絶対──あの蹄で蹴られることを考えるのが嫌だったのだろう。そういうわけで、フィレンツェの占い学の授業は安泰だったし、ハグリッドの首が切られることもなく、比較的平和なまま立香達は四月を迎えることと相成った。 　そして問題が起こるのがその四月だというのを、立香はよく分かっていた。第一条件はDAが守護霊の術の練習を始めること、そして、第二条件は──イースター休暇前最後の練習となるタイミングのDAであること。その日にやって来るのは恐らく崩壊で、つまるところ、アンブリッジだ──そして立香はどうしても、自分の名前が書かれた名簿をアンブリッジに見つかることを阻止しなければならない。外交上の問題を生じさせることになるからだ。それと同時に──ここが重要なのだが──この会合の名前がダンブルドア軍団、だということを向こうに知らせる必要があった。 　立香が呪いのかかったインクを鞄に潜ませ、少し遅れて必要の部屋を訪れると、皆が必死な顔をして守護霊を出そうと奮闘していた。しかし、既に守護霊を出せるようになった生徒もいる──例えば白鳥の形の守護霊を朗らかに見つめるチョウ、カワウソとウサギの守護霊がじゃれ合っているのを眺めるルーナとハーマイオニー。アンソニーはまだ無形だが、丸い盾のような形状を維持して得意顔だ。マイケルやテリーもアンソニーと一緒に銀色の厚ぼったい雲のようなものを出しながら奮闘している──そして、暫く見て回っていると立香の姿を見つけたのであろうハリーが、こちらへ駆け寄ってきた。 「レイブンクローは上々だね……リツカが教えてたんだっけ？」 「うん。特にルーナはすぐ出来るようになって……チョウも何回目かで。アンソニーは、何だろう、最早守護霊の有形なんじゃないかってぐらい堅いよ、あれ。マイケルもテリーも、あとちょっとって感じかな……。」 　立香が上機嫌で言うと、ハリーが頷く。 「僕もそう思った……こっちも、ハーマイオニーは出来るようになったしね。それに、あっ……シェーマス！」 　初参加のシェーマスの杖から見事に何かが出たらしい、ハリーが叫ぶ。 「ハリー！今見たかい？何か毛むくじゃらのが……。」 「見た！いいね……。」 　全体としての出来映えも中々に上々だった。部屋中をくるくると舞う様々な動物たちの守護霊。或いはもう少しで形になりそうな銀色の雲。そして── 　必要の部屋の扉が開き、そしてすぐに閉じた。扉に背を向ける格好だったハリーが怪訝そうに振り返る──しかしその視線の高さには誰もいない。何故なら、その高さが間違っているからだ──だから先に入ってきた人物と目が合った立香が、恐る恐るといった体を取り繕いながら、ゆっくりと言った。 「ドビー……どうしたの？」 　ドビー──二年生の時にハリーがルシウス・マルフォイの家から救い出した自由な屋敷しもべ妖精だ──は、ハーマイオニーが作ったのであろう帽子を七段に被り、少しコミカルなようにも見えた。しかしドビーは恐怖に目を見開き、見たこともないような様子で震えている。そして、ハリーの方をじっと見つめた──ハリーがただ事ではないと察知して、不思議そうに声を掛ける。 「えっと……ドビー、何しに？」 「ハリー・ポッターさま……。」 　ドビーは今や体中を震わせ、そして機会があれば自分を罰そうとしているかのようだった。それを同じく察知して取り押さえようとするハリーから後ずさりながら、ドビーは続ける。 「ハリー・ポッターさま……ドビーめはご注進に参りました……でも、屋敷しもべ妖精というものは、喋ってはいけないと戒められてきました……。」 「ドビー、あなたは自由な屋敷しもべ妖精でしょ……。」 　立香が注釈をつけると、今まさに壁に向かって突進しようとしていたドビーがぴたりと固まった。 「そうでございます……でも……。」 「いいから、」 　その隙を見逃さなかったハリーがドビーを捕まえて言った。 「一体何があったのか、話してくれないかな……。」 「ハリー・ポッター……あの人が……あの女の人が……。」 　ドビーはそれでも何とか自分の鼻を殴ろうとしながら言った──暫く無言だったハリーが、はっとして、そして同時に恐怖を滲ませた声で言った。 「アンブリッジ？」 　ドビーが頷いて、そして今度はドビーを捕まえているハリーの膝に頭を打ち付けようとした──それを何とか持ち上げることで止めてから、ハリーが続ける。 「でも、アンブリッジがどうかしたの？ドビー……このことはあの人にばれて……まさか、」 　打ちひしがれたようドビーの表情に、ハリーの顔色がみるみるうちに変わる。 「あの女が来るのか？」 　その言葉に、ドビーが糸が切れたかのようにわめき散らした。 「そうです、ハリー・ポッター、そうです！」 　その時時間が止まったのは、きっと立香の錯覚ではなかっただろう。皆は唖然としてドビーとハリーをかわりばんこに凝視し、振りかけた杖の動きが止まった。さあっと奇妙な困惑の色をした空気が部屋に蔓延する。しかし、誰も動けない──ハリーが叫んだ。 「何をぐずぐずしてるんだ！とっとと逃げろ！」 　時計が動く。皆が出口に向かって疾走する中、立香はそれとは逆向きに進みながら鞄から瓶を取り出す。証拠を消すため──ドビーを抱えたハリーが出口に向かって一直線に走り出していたハリーが振り返った。 「リツカ！何をしてるんだ！」 　怒鳴り声──それに立香も声を張り上げて返す。 「行って！[[rb:私の名前 > ・・・・]]が見つかるわけにはいかない。マントがあるから大丈夫！」 「分かった！」 　ハリーが走り出す音を聞きながら、しかし振り返ることはせずに立香は移動式の黒板の元へと疾走する。たどり着けなくても構わない、呪文さえ届いてしまえば──手前十メートル弱の所から器用に団体名の所に防水呪文を掛けて、そして勢いもそのままにインク瓶を投げつける。命中──ガラスの割れる嫌な音と、インクが滴るぽたり、ぽたりという音。そして── 「リツカ！早く！」 　何と──背後から声がしたと思って振り返ってみれば、ルーナがまだそこにいた。立香はそもそも、この教室から逃げるつもりが毛頭ないのに──背後の扉が今にも開きそうな、そんな音を立てている── 　立香は走った。間に合う幸運を祈って。そして、天井に身を隠すのにちょうど良い[[rb:梁があること > ・・・・・・]]を祈って──そして、 「[[rb:夢幻召喚 > インストール]]！」 　その言葉と共に、ルーナの腕を掴み引き寄せる。そして上方へ──[[rb:今できたばかりの > ・・・・・・・・]]梁へと飛び上がって着地し、宝具で姿を隠す。勿論カードはロビンフッド──目を白黒させるルーナを落ちないように抱えながら立香は下を伺った。 　扉が開いたのはちょうどその時だった。入ってきたのは、パンジー・パーキンソン──マルフォイと同級生の、スリザリン寮監督生の一人だ。嬉々として辺りを見回っている──しかしついぞ彼女が見つけたのは、残念なことに、永久粘着呪文をかけられたインクでべっとり汚れた、ダンブルドア軍団の文字だけが辛うじて読み取れる何かのリストだったと思わしきものだった。とはいえ、戦利品と言えそうなものはそれだけだった──なので、パンジーはそれをうぇーとでも言いたげに摘まみながら、アンブリッジの元へと走り去っていってしまった。 　部屋が再び静かになる。 「やれやれ……。」 　立香がため息をついてひょいと梁から飛び降りつつ言った。ルーナは一瞬の出来事に困惑気味で、マントの裾をしっかり掴みつつも、しげしげとこちらを不思議そうに見つめている。どう言ったものか──しかし、 「ウン……すごく緑だね。」 と──突拍子のない感想がルーナの口から飛び出して、立香は思わず吹き出した。梁に飛び乗ったことだとか、色々あるだろうに──緑。確かに緑だ。そして、心配して何だか随分と損をした気がして、立香は笑みをこぼす。そうだ、ルーナは別にこんなことを気にしはしないだろう。彼女にとって、不思議は日常茶飯事だ。だから立香がいきなり妙なコスプレを披露したところで、別に大したことでもないに違いない──そして同時に、そこに踏み込まない方が良いことも分かってくれているのだ。 「じゃあ、帰ろっか……緑の……裾は念のため持っておいて。寮に着くまで……持っている間は視覚的にも聴覚的にも透明でいられるから。」 「ウン。でも、何が起きたんだろう……？」 　必要の部屋から出ようとする立香の歩みにとことこと着いてきながらルーナが言った。 「密告か、脅されたか……それは分からない、けど、多分明日から、何かが変わる。」 　立香はそれに考え込みながら答えた。三月後半からずっと、立香はマリエッタの様子は気に掛けていた。そして立香が思うに、ではあるが、自分から進んで密告しに行くほど、追い詰められていないようには見えたのだ。しかしそれと同時に、DA前には少し挙動不審な節があった。真相はハリーに聞かなければ分からない、が──扉の動きを観察する人が誰もいないことを確認して、急いで扉の隙間から抜け出る──少しでも良いから、皆にとって希望的な話を聞きたかった。 　ダンブルドアは学校を去る。アンブリッジが校長となり、しかし校長室はその椅子をアンブリッジには与えない。高等尋問官親衛隊が跋扈するようになり、一時も油断できなくなる──が。 　唯一立香のみが知っていて、そして希望的なニュースがある。今年でアンブリッジとはおさらばだということだ。しかし──それを伝えることは叶わない。だとするなら、立香に出来ることは──立香はレイブンクロー塔近くまで戻ってきた時に、冴えたアイディアを思いついた。 　投資だ。 [newpage] [chapter:17] 「いい……絶対に、スリザリンを、刺激しちゃ駄目。分かった？アンブリッジが校長に就任したこんちくしょう、とか言ったら駄目。遂にあいつらには減点する力がついた……だから、何事に対しても不敬にならない程度であ、はい、そうですか。いいね？」 　その次の朝、何を言わずとも談話室に緊急集合したレイブンクロー生に対して、立香は懇々と説いた。立香の後ろの壁には、新しい教育令が貼られている。教育令第二十八号、アンブリッジの校長就任──つまるところ、立香のこれは非常事態宣言とも警告ともとれる、いわば平穏な学校生活を送るためのススメ、というわけであった。 　しかしながら立香にも、学校中に流布していったダンブルドア逃亡の尾ひれのついた話を止めるほどの影響力があるわけではなかった。幾つか紹介しよう──ファッジの頭がかぼちゃになった、ダンブルドアは決めポーズをしてから去っていった、現場にいた闇払い二人がかわいいチワワに変えられてしまった、などなど。しかしながら大体の、つまり何が起こったのかの根幹は誰もがしっかり分かっていた──ダンブルドアの逃亡だ。 　立香がハリーから実際の話を聞いたのは、その日の朝食後の休み時間のことだった。曰く、ハリーはマルフォイの足掬い呪いによって捕まった。そして、アンブリッジに引き連れられ、校長室へ。校長室にはファッジとダンブルドア、キングスリー、ドーリッシュ、パーシーがいて超満員。ダンブルドアの言外の指図でハリーがDAの初会合が今日だったという供述をすると、アンブリッジがマリエッタを連れてきた。 「挙動不審なのを心配して、アンブリッジが部屋に呼びつけたらしい……それで、魔法運輸部にいるお母さんの話を持ち出して、ちょっと聞いてみたら教えてくれたって。」 「つまり、脅迫だね……後ろ暗いことがある時に家族の話題を出されると、どうにもこっちには人質がいるんだぞって脅しつけられているような気分になる。でも、私の寮のマリエッタが迷惑掛けたね……。」 　半分安堵しながら立香がハリーに言うと、ハリーは首を振った。 「ううん、いいんだ……いや、怒ってはいるけど……それに、君の責任じゃないだろう？」 　そうだとも言えるがそうでないとも言える。立香はやろうと思えばマリエッタを昨日一日具合が悪そうだから休んで欲しいと言って寮に閉じ込めることも或いは可能だっただろう。それをしなかったのは、あくまで立香の恣意的なものだ。 　ハリーは続けた──マリエッタはキングスリーの記憶修正を受けて、昨日が初会合だったと言った。それから、ダンブルドアは名簿の題名がダンブルドア軍団だったことを口実に自らが罪を被った。だが、それ以外のみんなは、ハリーを含め、咎められることはなかった──何故なら校長が責任を取ったかたちであるのと同時に、誰が構成員だったのか皆目見当がつかない状態になったからだ。 「あのインク、アンブリッジが頑張って剥がそうとしたけど無理だったみたいで……。」 　ハリーが立香に半分面白がりながら言った。 「そりゃあそうだよ。」 　そこには立香も胸を張って返す。 「じゃなきゃ、永久粘着呪文の名折れだと思わない？」 　少なくとも、おかしな噂話のうちにもひとつだけは正しいことがあった。つまり──ダンブルドアがファッジとその手下をコテンパンにやっつけてから、決めポーズをして──といってもフォークスを掴むためにやったのだが──ホグワーツを去った、ということだ。 　立香が投資先を発見したのは、その日の一限と二限の間にある休み時間のことだった。彼らはその辺りの小部屋で、こそこそと周囲を気にしながら内緒話をしていた──立香がそこに入ると、一瞬ぎょっとしたような顔をしてからすぐに、ぱっと明るい表情を見せた。 「リツカ！昨日ぶりだな！」 　フレッドだ──何やら箱の中身を確認していたのを中断して、こちらに手を振った。 「うん、で、それ花火？」 　立香もそれに返しつつ、単刀直入に言った──フレッドとジョージが顔を見合わせる。 「情報が漏れているのか？」 「ううん、まあ、勘……でもどうせ、ダンブルドアもいなくなったことだし、二人が何かやるんじゃないかと思ってね……。」 　立香がにこにことしながら言うと、ほっとしたようにフレッドとジョージが頷いた。 「ならば……、」 「耳寄りな情報だ。」 　代わりばんこに道化のような口調で二人が言った。 「俺たちはこれを、昼休みに学校中に解き放つつもりだ……」 「だから、」 　ジョージがウインクしながら言った── 「授業が終わったらとっとと昼飯を食べに大広間に行くべきだ。」 「巻き込むのは本意じゃないからな。」 「なるほど、親愛なる新校長に新進気鋭なプレゼント、と……。」 　立香が含み笑いをしながらまとめると、フレッドとジョージはにやにやしながら頷いた。 「何せ、あの校長にはもっと笑いが必要だ……」 「それを俺たちがボランティアで提供するのさ。」 「じゃあ、これも私から、新進気鋭のクリエーターに投資ってことで。」 　そのにやにやを写し取りながら、立香は封筒をひとつ差し出した。グリンゴッツの印が押されている高級感のあるものだ──それを怪訝そうに見つめるフレッドとジョージであったが、とりあえずと言わんばかりにびりびりと封を開けた──そして中から出てきた硬めの紙をじっと見つめる。 「これは……」 「小切手。まあ、好きに使って……土地借りるのに相当使っちゃうでしょ。ダイアゴン横丁に……確か九十三番地、手頃な大きさで売り出し中だったはず。」 「ああ、それなら、」 　フレッドがにこやかに言い放った。 「この機を逃しちゃならんと思って、昨日の夜にもう借りたさ……別に学校に留まる理由も薄れてきたんでね。」 「店舗も建設中だ。まあ、お察しの通り、かなりのガリオンが吹っ飛んだ……。」 「でもまあ、その価値はある、でしょ？」 　立香が訊くと、フレッドとジョージが同時に頷いた。 「ならば、この小切手、ありがたく頂こう……」 「何せ開店だ。資金はあるに越したことがないからな。」 「じゃあ、とりあえず、今日の昼を楽しみにしてるから……。」 　立香がそう言いながら手を振って部屋を後にすると、フレッドとジョージは目を輝かせながらまた準備を再開したようだった。今日の騒ぎを、立香自身とても楽しみにしていた──花火だ。祭りである。反撃の狼煙でもある──飛び回るドラゴンや蝙蝠に彩られた。しかし、ことが始まるまでは大人しくしておいた方が良いだろう──立香はその後の授業へ急ぎ、そしてその授業が終わるとすぐに昼食へ降りていった。 　立香がアンブリッジに対して内緒にしなければならないことが、その日の昼にひとつ増えた。花火に対して三回も、消失呪文を使ったことだ──消失呪文を使用することによる花火の増殖レートは十だ。つまるところ、立香は一個の花火を二十八個にまで増やしたということである。とはいっても、その増殖数のトップをかっさらっていたのは、色々な呪文を試したアンブリッジ自身で間違いないのだが。 　ともかく、そうやって立香が増やしたせいかどうかは定かでないが、その日の午後、城中は嬉々愉悦といったようなパニック状態に包まれた。金の火を噴くドラゴン花火、煙を吐き出しながら飛び回る蝙蝠型、ちょろちょろ動き回るネズミ花火。殆どの先生が、それを愉快そうに見つめながら、それの対処にアンブリッジを呼び出した。言い分はこうだ──何せ、この線香花火を追い出す権限が自分にあるのか分からなかったもので。確かにそうだ。授業中に話して良いのは自分の授業に厳密に関係することだけである。そして花火はどの授業にも厳密に関係しない。そういうわけでアンブリッジは校長就任日の午後をぼろぼろになりながら校内を走り回ることに費やす羽目になった。 　勿論、アンブリッジ以外の先生は全員、誰が犯人なのかということに感づいていた。しかし、そんなことをアンブリッジに注進する人はいなかった。そして、一部の先生は──立香の思い込みかもしれないが──犯人を応援する節さえ見せた。もっとやれ、と──そういうわけで実行犯であるフレッドとジョージは、立香がすれ違った時にさっと伺った様子では、非常にご満悦というような風に見えたし、全く罰せられてもいなさそうだった。 「全く、よく出来た花火だな……。」 　その日の夜、レイブンクロー塔から花火鑑賞会をしていると、近くにいたアンソニーが声を上げた。 「だろ？少なくとも、せいせいした……アンブリッジに噛みつかなくて済みそうだ。暫くは。」 「ウン……綺麗。かわいいのもいるし……あっ、あっちで豚が空を飛んでる！」 　ルーナも上機嫌で窓の近くをうろちょろして言った。 「本当だ……いや、本当に粋なことをしてくれるね、あの二人……。」 　立香がやれやれという呆れ尊敬を込めて呟いた──あの二人、が誰だかは誰しもが理解していた。なので、その次の日にフレッドとジョージの二人が朝食の席に着くと、その皿の上にはどこから出てきたのか大量の蛙チョコレートやら何やらが置かれることとなった。 　しかし、この騒ぎによる幸福感は、少なくともハリーには長持ちしなかった。閉心術の授業が──立香の知る限り最後の授業が──その二日後に行われたからだ。そしてそれは、ハリーがスネイプの最悪の記憶を見てしまう授業だった。 「だから、スネイプが、もう基本は出来てるから僕一人で続けられるって考えたんだ……。」 　ハリーがそうもごもごと言ったのは、イースター休暇の初日、図書室でハーマイオニーにどうして閉心術の訓練をもうやらないのかと三度も訊かれた後のことだった。 「何度言えば……」 「じゃあ、夢は見なくなったの？廊下の夢は？扉が開いたことはないでしょうね？」 「まあね……」 　ハーマイオニーの弾丸のような詰問に、ハリーが目を逸らしながら答えた。しかしながら、当然ハーマイオニーは、これに関しては全く信用していなかった──そして憤慨しながら言った。 「夢を抑えられるって、あなたが確信を持てるまでは辞めるべきじゃないわ……訓練は。ええでも、そうね……ハリー、ロン、とりあえず勉強の予定表は作ったから、進めておいて。あと六週間しかないんだから……私とリツカは、ちょっと先生に質問してくるわ……。」 「スネイプに？」 　やめてくれ、と言わんばかりに立ち上がったハリーに、ハーマイオニーが首を振る。 「違うわ、古代ルーン語……それじゃ、また後でね。」 　しかしながら、質問などではないことは立香もハーマイオニーも分かっていた。手近な小部屋を見つけてそこに入り、施錠──ハーマイオニーが言った。 「どう思う？」 　無論、スネイプの閉心術の訓練のことだ──立香がなるべく正直に答える。 「あの様子じゃ、スネイプの方が追い出したように見えるけど。まあ、きっと何かあったんだと思う……。」 　何か──ハリーは憧れていた自分の父親がかつて酷く傲慢で、そしてスネイプをいじめて楽しんでいたのだということを知ってしまった。彼自身は、見物人の目の前で辱められる屈辱を、その思いをよく知っている。だからこそ、スネイプに対して何も言えなくなってしまった。しかしそれと同時に、スネイプはよりにもよってハリーに哀れまれるなど、ハリーがどう思っていようともっての外だった──そういうわけでスネイプはハリーを追い出し、そしてハリーはスネイプに会いに行くことを拒絶した。 「もう一度頼みに行ったら再開してくれたりは……？」 「あれは多分無理だと。」 　休暇前最後の授業で見たスネイプは、鉄の鎧で覆い隠してはいるものの、どこか憔悴しているような雰囲気があった。頼みに行くだけ無駄だし、そうするべきでも──今踏み込むべきでも──ないだろう。立香が首を振りつつ言うと、ハーマイオニーがため息をついた。 「まあ、そうなるわよね……でも、そうね……。」 　ハーマイオニーがこちらをじっと見つめた。 「リツカ。それでもハリーは、閉心術を続けるべきだと思うわ。違う……？」 「分かってる。……シリウスにも、いざって時にはって頼まれてる。もし何かあったらって……でも、もうちょっとだけ待とうと思う……何かがあったのは、きっとスネイプだけじゃない。ハリーの方も……だから、ハリーの整理がつくまでは。」 　とはいえ、それをゆっくりと待つための時間は、勉強に費やされる羽目になった。六週間後にOWLが迫っていたからだ──しかし立香はそこまで心配していなかった。何故か冴えまくった記憶力は今のところ健在だったし──ダ・ヴィンチにそのことを軽く訊いてみると、ダ・ヴィンチは世界の仕組みを知っている人間がその内側にいる弊害なのではないか、と推論した──それに、箒で飛び回る以外に今のところ、苦手な魔法がなかったからだ。 　休暇終了間際には、グリフィンドールと同じくレイブンクロー塔にも進路指導の張り紙が出された。夏学期の最初の週に、五年生全員が寮監と面接して将来について話し合うこと。日時も貼ってあって、立香のそれは火曜日の午後になっていた。そしてその下には大量の職業紹介パンフレットが置いてある──確かに、と立香は思った──魔法界は人口が少ない。となれば、こうして学校に直接リクルートしに来るのは、ある意味当然のことである。 　しかしながら、レイブンクロー塔にはどうにも、立香が認識している限りすべてのパンフレットがあるようには思えなかった。魔法省の堅い職業だとかグリンゴッツはあるが、なぜだか魔法事故惨事部だとかそういう面白おかしなラインナップがない。誠に遺憾なことに寮差別である。そういうわけで立香が偏った職業紹介パンフレットを交換しようとグリフィンドール塔を訪れると、グリフィンドール塔ではちょうど、フレッドとジョージがハリー達に相談を持ちかけようとしているところだった。 「あら、リツカ……どうしたの？」 　さすがに合言葉が通用しなくなり、太った婦人の肖像画を叩いて中に入れてもらった立香にハーマイオニーが訊いた。 「そのパンフレット……職業紹介の？」 「うん。でも、何か偏ってて……被ってるやつをとりあえず持ってきて、何か交換できそうなのがあればと……。」 「おや、愛すべきパトロン様じゃないか！」 と──立香が言い終わるか終わらないうちにフレッドとジョージもこちらに気付き、立香がいる戸口の方へと手を振った。 「ちょうどいい……こっちに来いよ。ちょうど、次の騒ぎについて話そうと思っていたところだったんだ。」 「次の騒ぎ……イースター休暇の後のこと？」 　立香が何とかパンフレットを落とさないように抱えてフレッドとジョージ、それからハリーとロンがいるテーブルにつきながら言うと、フレッドがにやっと笑った。 「そうだな……でも今回にはちゃんと目的がある。」 「校長就任祝賀じゃなくてな……。」 「と言うと？」 　フレッドとジョージを交互に見つめて聞き返すと、二人は目を見合わせてから、今度はハリーの方を向いた。 「ハリー、君のことでジニーが相談に来た。」 　そう言いながらフレッドが足を組む──弾みで小冊子が幾つか床に落ちるのに構わず、ジョージが先を引き取る。 「シリウスと話したいんだって？」 「はあ？」 　ハーマイオニーとロンが同時に声を上げて、ハリーを凝視する──そのハリーは何故そうしたいかという所を訊かれたくないからか、何気ない口調で答えた。 「うん……まあ、そうできたらと……。」 「冗談でしょう、ハリー？」 　ハーマイオニーがそれを遮って詰問する。 「アンブリッジと魔法省がこぞって暖炉を見張ってる。手紙はなんであれ検閲が入る。そんな中でどうしようって、」 「そこで俺たちの出番なのさ。」 　ハーマイオニーを遮って、ジョージがにやにや笑いを浮かべながら言った。 「ちょっと騒ぎを起こせば良いのさ……お気づきだとは思いますがね、」 　ジョージがそのにやにや笑いを更に深めて、天を仰ぎながら言った。 「俺たちはこのイースター休暇、実にまっとうな学生として静かな日々を送っていた……。」 「まあ、せっかくの休暇を台無しにする趣味は俺らにはない。そういうのはあちらの仕事だ……まあ、ともかく、俺たちは休暇を存分に楽しんだ。休業期間というわけさ……」 「だが、」 　再びジョージがこちらを向き直って言った。 「明日からは通常営業だ。そしてせっかく何かするなら、ハリーがシリウスと軽く話を出来るようにしてやってはどうだろう？」 　疑問形だが、しかし本人達にとっては確定──ハーマイオニーがため息をつきながら、懇々と一から説明するような口調で言った。 「それ自体は止めないわよ……でもね、騒ぎで気を逸らせたとして、一体どうやってハリーはシリウスと話をするの？」 「アンブリッジの部屋だ……」 　ハリーが言った──愕然とするハーマイオニーを尻目に、立香が頷いた。 「確かに、アンブリッジ自身が自分の部屋の暖炉を見張るはずがない。だって意味がないから……つまりハリー、アンブリッジの部屋に侵入して、その暖炉を使って話す、その方策で良いの？」 「それしかないと思う。」 　頷くハリーに、ようやく硬直から復帰したハーマイオニーが詰め寄る。 「気は確か？第一、どうやってあの部屋に入り込もうっていうわけ？」 「シリウスのナイフ。一昨年のクリスマスに、シリウスがくれたんだ……。」 　ハーマイオニーは助けを求めるように立香を一瞬見たが、すぐに諦めて今度はロンの方を向いた。 「ねえロン、あなたはどう思うの？」 「さあ……でも、ハリーがそうしたいんだったら、それはハリーの問題なんじゃないか？」 　困惑しながらも言うロンに、ハーマイオニーが呆れたようなため息をついた──一方でフレッドが顔を輝かせる。 「さすが真の友、そしてウィーズリー一族らしい答えだ……。」 「よーし、それなら俺たちは、明日の最後の授業の直後にやらかそうと思う。何せ、授業から解放されたみんなが廊下にどっと溢れた時が、一番効果があるからな……ハリー。」 　ジョージが真剣そのものの表情でハリーにぐっと顔を近づけた。 「俺たちは東塔のどっかに仕掛けてアンブリッジを部屋から引き剥がす。何せ、東塔には寮がないからな……それで、多分君に保証出来る時間はそうだな……」 「二十分は軽い。」 　フレッドも意気揚々と言った──それにロンが不思議そうな顔で言葉を投げる。 「一体何をやるつもりなんだ？」 「弟よ、見てのお楽しみだ……」 　フレッドが微笑んだ。 「どっちにしろ、明日の午後五時頃、おべんちゃらのグレゴリー像の方に歩いていれば、否が応でも見えるさ。」 　そうして二人が立ち上がる──フレッドが不意に立香に近寄ってきて、小さく耳打ちをした。 「成功してもしなくても、どっちにしろ暫くお別れだ……投資分の面白さは、しっかり返すと約束しよう。」 　月曜の時間割で立香とハーマイオニーが一緒になるのは古代ルーン語だけなのだが、その時のハーマイオニーの様子は今まで見たどんな姿より追い詰められているようにも見えた。ハリーのことが心配でならないのだということは、立香にもよく分かっていた。しかし、立香にはハリーを止める理由が全くない。それに、ハリーがシリウスと話をすれば、閉心術の話も進めることが出来る。ハーマイオニーにその先を知る由はないのだが、立香には、ハーマイオニー自身立香がハリーを全く止めようとしないことについて何か理由があるのではないかと薄々感づいているように思われた。 　そしてそのXデー、もとい犯行時刻がやってきた。頭上から盛大に響き渡る破裂音やら爆発音を狼煙として、その騒ぎは始まることとなった。立香も急いで教室を飛び出し、おべんちゃらのグレゴリー像の方へと走った。猛烈な臭気と得体の知れない色をしたガスが、何やらただ事ではないことをひしひしと伝えてくる。逃げ惑う生徒の悲鳴が、なぜだか知らないが爆発音に良い感じの風情を添えていた──そうして階段を駆け上がること数分、立香はようやく犯行現場に辿り着いた。 　沼である。 　沼、としか言いようがない。六階の東側一面が、見事なまでに茶色く染まり、底知れぬ深さの沼に変貌していた。立香はその向こう岸に、アンブリッジの姿を見た──とても素晴らしい表情で唖然として、首を左右に振りながら犯人捜しをしている。その後ろには次々と高等尋問官親衛隊が集結して、しかしどうすることも出来ずにおそろいの表情で唖然としていた。生徒達は沼の縁に立って、つついてみたりしているが、全く事態を何とかしようという気配は見えない。先生達も遠巻きに見つめているが、そちらも同じような様子──と、立香はマクゴナガルをその人波の中に発見した。見間違えでなければ──いや、見間違えであるはずがないのだが──目尻が完全に笑っている。口を押さえても手遅れだ。とはいっても、アンブリッジはそっちの方など見もせずに唖然として、そして引き続き犯人捜しをしている──と、 　耳を劈くような頭に響く爆発音が、下の階──恐らく五階──から聞こえてきた。そしてそれと共に、酷い匂い──糞爆弾。アンブリッジの顔がはっとして、すぐに五階へ繋がる階段へと駆けていく。それをあたふたと追う親衛隊──立香達最前列の見物人も、それについて行くようにそれぞれ最寄りの階段から、下の階へと降りていった。 　糞爆弾と臭液爆弾による誘導は、一階に辿り着くまで続いた。掃除が大変そうだ──そんな他人行儀なことを思いながら立香もそれに追従するように降りていくと、ついにアンブリッジとフレッドとジョージが対面した。玄関ホールだ──いつかのトレローニーの解雇劇と同じように、周囲の壁に見物人が張り付くように立ち、真ん中には主役の三人と高等尋問官親衛隊が立っている。アンブリッジも親衛隊も満足げだ──どうやら遂に追い詰めたとでも思っているらしい。残念なことに、全くそんなことはないのだが。 　そうしてフレッドとジョージはちょっとした言い合いをした後に、アンブリッジの部屋から箒をドアを突き破りつつ呼び寄せて、自分達の店舗がダイアゴン横丁に出来たと宣言してから良い笑顔で飛び去った。空は立香の見た中でも五本の指に入りそうな夕焼けで、この脱走のさなかに引き起こされたすべての不潔な出来事──糞爆弾とか──を、皆の頭から吹き飛ばしてしまった。何にせよ、それは誰もが認める素晴らしい大脱走だった──勿論、学校中の親衛隊以外の生徒がやんやの喝采で見送った。そしてどうやら──後に寮生から聞いたことではあるが──あの悪戯大好き性悪ポルターガイストのピーブズが、あろうことか、彼らに敬礼をしたらしかった。 [newpage] [chapter:18] 「でも、どうやってあの二人は、ダイアゴン横丁なんかに店を手に入れたんだ？だって……高いだろ？ガリオン金貨が一山ごっそり要るはずだ。」 　ロンがぶつぶつとモリーに怒られることを心配しながらもそう不思議がったのは、その次の日の変身術の授業でのことだった。その日の内容はカップに足を生やしてレースさせることだったのだが、皆は昨日の大脱走劇のせいでまだ浮かれて杖がおぼつかない状態だった。とはいっても、マクゴナガルでさえ少しだけ上機嫌そうにしていて、生徒がカップを割りかけても、厳しい視線のひとつも飛ばしやしなかったのだが──ロンが続けた。 「ともかく、僕の責任じゃないにしても……いや、絶対あの二人を止めるのは無理だったけど……あの二人がどこからそんな金貨を手にしたのか、ママはきっと知りたがるだろうな。」 　立香とハリーが一瞬でアイコンタクトをとった──立香が口を開く。 「ううん、そんな心配するような方法じゃないよ。」 「じゃあ一体、何をしたって言うの……マンダンガスが何かとんでもないことをさせていたんじゃないかって、考えていたのだけど……。」 　怪訝そうなハーマイオニーに、立香は堂々と、しかし小声で言い放った。 「それはね、ハーマイオニー……フレッドとジョージに私とハリーが、去年の三校対抗試合の賞金を丸々投資したからだよ。あとそれから、個人的な投資もいくらか、ね。」 　ハーマイオニーが雷に打たれたように硬直した。その弾みでカップが机から転げ落ち、ガシャンと音を立てて割れる──それで我に返ったのか、急いで魔法で修復しながらハーマイオニーは唖然とした口調で言った。 「ハリーにリツカまで！まさか！」 「だって、ねえ……新進気鋭のクリエーターは支援しないと。きっととんでもない店を作るよ。まあ、フィルチ的にどうかは置いといて。」 「全くその通り……別に後悔もしていないよ。」 　立香とハリーが続けて言うと、遂にハーマイオニーは頭を抱えて黙り込んだ。 「それ、最高だ！」 　それとは対照的にロンは喜色を満面に浮かべて、立香とハリーを交互に見ながら言った。 「ともかく、僕のせいじゃなくなった！ママは僕を責められない……」 「じゃあ、まあお母さんに伝えといて……。」 　その言葉を立香が遮りつつ言った。 「私達が資金援助をしてたってことがはっきりすれば、少なくとも息子が犯罪に関わってるかもしれないっていう恐怖からは解放されるでしょ？」 　昼休みになると、ロンが晴れやかな表情でフクロウ小屋へと駆けていってしまったので、立香はハーマイオニーとハリーと共に中庭でサンドイッチを摘まみながら話をすることになった。というのも、朝からハーマイオニーがハリーに、執拗にシリウスが何を言ったのかを聞き出そうとしていたのだ──そしてハリーの見せた素振りは、ロンがいないところで話したいというものだったからだ。 「それで？」 　ハーマイオニーが包みを綺麗に折りたたみながら言った── 「シリウスは元気そうだった？何を話したの？」 「うん……ええと……まあ、元気そうだった。ルーピンもいて、とりあえずシリウスは一人きりじゃなかった……。」 　ハリーは何か迷うような口調でそう言ってから、視線をしばらく迷わせて、そして立香の方をじっと見つめた。 「シリウスとルーピンは、僕に閉心術の訓練を再開して欲しいって言ってたんだ……。」 「ほら、やっぱりそうじゃない！」 　立香の知らないところで度々スネイプと話し合うよう催促をしていたらしいハーマイオニーが勝ち誇ったように言った。 「ハリー、閉心術はあなたに必要なのよ。だからシリウスもルーピンもあなたにそう言ったんだわ……」 「うん、でも……。」 　ハリーが一旦口をつぐみ、逡巡する様子を見せた。どうスネイプの記憶を迂回して話をしようか考えているようだった──暫くしてからハリーは一旦立香を見直し、それから中庭のオブジェの方に視線を逸らして言った。 「シリウスが言ったんだ……色々あったせいで、今の状態だとスネイプと僕が閉心術を続けるのは絶望的かもしれない。僕自身がそう思うんだったら、」 「私に頼め……シリウスはそう言ったんでしょ？」 　立香がハリーをじっと見つめて言葉を引き取ると、ハリーは小さく一回頷いた。 「ハリーがスネイプから閉心術の訓練を受けるって話があった日の夜に、シリウスと色々話をしてね……その時に頼まれたんだ。もし、ハリーとスネイプの間に何かあって、それで閉心術の訓練の継続が不可能になった場合は私が後を引き継げって。そうして欲しいって……でも、」 　立香は一旦言葉を切ってから昨日とは打って変わってどんよりとした空を見上げて言った。 「その判断はハリーに任せる。これ以上誰かを心の中に入れたくないっていうのは当然の心理だから……。」 「ちょっと、リツカ！」 　黙り込むハリーとは対照的に、ハーマイオニーが立香に突っかかった。 「ハリーは続けないと駄目！シリウスもルーピンもそう言っているんだし、そもそもダンブルドアがそう望んでいたのよ。だから、」 「……分かった。」 　ハーマイオニーが叱責を言い募る前に、ハリーがぼそっと言った。 「やってみるよ……リツカ、いつなら空いてる？」 「うーん、今日はRSAの私の教室があるし……明日の夕食後とか？」 　考え込みながら立香が答えた。 「場所は……そうだね、必要の部屋はまだ使える。欲しいものを今までと別に念じさえすれば……。」 　確かネビル達もそうやって七年目に必要の部屋を使っていたはずだ──立香は割と冴えたことを思いついて、ハリーににっこりと微笑んだ。 「分かった。私が先につくようにするから、明日の夜七時に、マントを着てあの廊下に来て。扉の合言葉は……そうだね、[[rb:魔法省はみんな間抜け > MMM]]。これでどう？」 　魔法省はみんな間抜け──今はなきフレッドのDA名前案を持ち出すと、ハリーは懐かしんだような表情になると同時に、こらえきれずに吹き出した。 「うん……分かった。君も道中気を付けて。」 　進路相談の面接が行われたのは、その日の午後のことだった。立香が中庭でハリー達と別れフリットウィックの部屋へ行くと、フリットウィックは既に準備万端といった様子で、彼専用の魔法の椅子の脇に置かれた机に大量のパンフレットを積み重ねていた。ラッキーなことにアンブリッジはいなかった──ハリーの面談にはいたらしいのだが──なので立香も余計な目を気にせずに、フリットウィックに一礼してから、彼が座るぷかぷかと浮いた椅子の目の前にある普通の椅子に腰掛けた。 「ミス・フジマル。この面談は君の進路について話し合って、この先どの科目を継続するか決めるための指導をするものだ……なのだが。」 　フリットウィックは一度ため息をついて首を振った。 「君は全科目を相当の成績で収め続けている。そうなれば、ここにあるパンフレットのどの職に就くとしても、全く問題はなさそうだ。それに、君は日本で職に就くという選択肢も持っている……君自身は卒業後に何をしたいとか、そういうことはあるかな？」 「ええと……。」 　立香がこの世界にいれるのは、もしくはこの世界がこのディティールでもって存在するのは長くてもあと二年強なのだから、立香にとって進路相談ほど意味のないことはない──とは当然言えるはずもない。そんなことに自覚的なのは、立香だけでいい。この世界の[[rb:未来 > 終わり]]なんてことを、考えるのは── 「実は、そこまで考えてなくって……勉強するのが楽しいっていうのが率直なところで……。」 　半分は本当で半分は嘘だ。立香は魔術が碌に使えない。だから、この世界で魔法が使えるというのが少し嬉しくて、その分どんどん勉強してしまうということ。もう一つは授業をとっていることで、あらゆる種の変化やトラブルを、特に何かが筋から逸れることを見極められるということだ。そして残りは、タイムターナーを合法化するためにやったことを惰性で続けているということ。 「それでは、今やっていることからやりたいことを見つけてはどうかな？」 「と、言うと……[[rb:レイブンクロー自習同盟 > RSA]]のことですか？」 「そう。」 　フリットウィックが眼鏡の位置を直しながら言った。 「君が色々なことを我々の寮生に教えてきたというのは風の噂に聞いている……具体的にどんな計画でやって来たのか、聞かせてもらっても良いかな？」 「そうですね……。」 　立香は思い出しながら列挙した── 「夏学期はオリエンテーション一回と、前半が時代としての恐怖に対する対抗……つまり、主に服従の呪文などに対する防衛戦略です。低学年には歴史から入って武装解除や環境で相手を妨害する……例えば閃光弾とか……方法を、高学年には盾の呪文とそれの無言呪文を扱いました。」 　フリットウィックが黙って頷き、立香に先を促した──それに頷き、立香は更に記憶をたどる。 「その後二回、服従の呪文についてと、相手を上手く妨害していかに逃げるかというワークショップをやりました。その後は学期の終わりまで、戦闘状態で生き残る戦略を扱いました。例えば、低学年には粉々呪文や爆破呪文などでの砂塵による防衛や、物を動かして遮蔽する防衛を、高学年には捕縛呪文や戦闘での駆け引きに使える魔法薬。最後には守護霊の術をやって、冬学期に入りました……。」 　冬学期──アーサーの負傷とシリウスとの話から始まり、DAの発覚やフレッドとジョージの逃亡に彩られた今。 「最初は引き続き守護霊の術を。その後に数回色々な復習をしてから、恐怖の時代を生き残る……つまり、あの人の支配下に学校が置かれてしまった場合を想定した話をしていました。あの人のことです、恐らく戒厳令やマグル狩りに弾圧、禁句処理なんかをやるでしょう……そうなれば逃亡しなければならない人も出てきます。その時にどうやって逃げるかだとか、或いは血縁を誤魔化す方法だとか、その時に役に立つ呪文などをまず扱いました。その後に数回呪文の話に戻って、それから最近は応急手当や魔法薬、癒術なんかを少々……って感じです。」 　立香はそう言い終わるとフリットウィックの顔色を窺った──フリットウィックはにこにことしながら言った。 「素晴らしい。元々一カ年計画だったのかな？」 「はい、まあ一応……。」 　立香がおずおずと頷くと、フリットウィックはますます笑顔になった。 「一年となれば、出来ることも限られてくる。あの授業の現状を鑑みて実用一辺倒の路線で教えるなら、かなり良い線だ……それでは、もし時間が七年あるとしたら、はじめに何を教えようと思うかな？」 「そうですね……。」 　もし七年あったら──一年生は十一歳だ。しかし、この系統のことを教えるとなれば、はじめはその必要性から入るべきか──立香は答える。 「近代史ですかね……魔法史はかなり昔から入ります。ですが、この分野に関しては対抗すべきものは昔ではなく今にあります。そうなると、近年何が起こったというのをまず教え、その上で学ぶ必要性と展望を示していくべきではないでしょうか？」 「ほう。」 　フリットウィックが頷き、そしてぐいと立香の方へと前のめりになった。 「ならば、私は君に良い進路を提案しよう……ここ、ホグワーツで闇の魔術に対する防衛術を教える、というのは？」 「……本気ですか？」 　立香は目を白黒させながら言った──教師。闇の魔術に対する防衛術の教師──そもそも立香にはこの世界での未来がないであろうに、フリットウィックが勧めてきたのは他者を未来へ導く仕事だ。首を振る──少し良いと思ってしまった自分に──そして、考え込んだ振りをしてから思いついた言い訳を口にした。 「縁起でもないですよ……何せあの椅子、いつからか一年以上持たなくなったんでしょう？」 「まあ、そうだね。」 　しかしフリットウィックは笑顔のままだ。 「だが、私はそのジンクスがもうすぐ解けるのではないかと思っていてね……。」 　図星だった。ヴォルデモートが死ねばその呪いは解ける。しかし幾ら長くともその年が立香にとっての終わりになる──つまり、それはどちらにしても叶わないということだ。 「そうですね……。」 　立香は真剣に考え込む振りをしながら答えた。 「考えてみることにします。」 　魔法省はみんな間抜けという合言葉で扉が開くちょっとした部屋、という立香の要求に応えた必要の部屋の内部は、床に魔方陣を書いたあの時やDAの時とは打って変わって、低めの机がひとつとふかふかとしたソファー二つという、少しグリフィンドール寮にも似た雰囲気の部屋に様変わりしていた。その周りにはいくらかの本が、少し埃を被りながらも置いてあったり、或いは何か実験でもしていたのだろうか、小瓶に入った魔法薬や妙な道具などがてんでばらばらに置いてあり、まさにいわばちょっと部屋が欲しい時の部屋、というような様相を呈していた。 　ハリーがやって来たのは約束通り、夕食が終わった後の午後七時だった。立香がその部屋に入った時と同じように、ハリーも一歩足を踏み入れようとして唖然としたようだった──透明マントを着ているので姿は見えないが、扉が開いたまま固まったので恐らくそうだ──しかしすぐに扉が開けっぱなしなのはまずいと気付いたのか中に入ったらしく、再び扉が閉じられ、部屋は仄暗いランプと幾つかの蝋燭の光で照らされるばかりとなった。 「必要の部屋っていうのは……、」 　マントを脱ぎながらハリーが言った── 「本当に言葉通りなんだね。トイレに行きたい時にトイレが現れたとか、確かダンブルドアが言ってたけど……。」 「それに、物を隠したい時なんかはそうやって隠したい生徒が代々色々置き去りにした部屋が出てくるよ。」 　立香が付け加えて言った。 「それに広いスペースが欲しければそうなる。……まあ、座って。」 　立香の目の前のソファにハリーが座り、少し何かが軋むような音がした。しかし、すぐに部屋は沈黙に包まれる──立香が口を開いた。 「スネイプは閉心術について、何を言ってたの？」 「ええと……心を無にしろって。でも、」 　立香が頷いて先を引き取った。 「心を無にするって考えてる時点で心を無にすることに矛盾してる。それが成立するには、心を無にするって考えている自分を観測するだけの自分を、つまり自分自身を俯瞰するような自分を作って、それをキープする必要がある。」 「この前言ってた、写真を横向きにすると厚さがないっていうのと同じこと？」 　首をかしげるハリーに、立香が頷く。 「自分の根幹を切り離す……それを切り離す要因はまあ何でも良いんだけど、例えば悲しみとかは強力かもしれない。その悲しみに浸るだけの自分と、それより過去の自分を作り出せるから……ともかく、閉心術では感情と思考の切り分けが重要になる。あんまりハリーは考えたことないかもしれないけど……ともかく、」 　立香はハリーをじっと見つめながら言った。 「とりあえずやってみよう。私はハリーが夢であの廊下をどこまで進んでしまったか、調べようとする。ハリーはそれを何とか防ごうとする。いいね？」 「……スネイプは、」 　ハリーが怪訝そうに立香の方を見つめ返した。 「僕の小さい頃の思い出とか、嫌なやつばっかり引き出してたけど……。」 「ああそれは……。」 　立香はため息をついた。 「そういう惨めな思い出を引き出す理由がスネイプにはあったのかもしれないし、ないしはハリーが嫌なことを見たくないがために閉心術を身につけるのを期待してたんじゃないかな……。」 　圧倒的に前者だと思うのだが──つまり学生時代いじめられていたスネイプが、輝かしい学生生活を送るハリーの惨めな姿を見たいと思っているに違いないということだが──首を振って気を取り直してから立香は続けた。 「でもまあ、私にそうする意味はないし、そう踏み込むのが良いことだとも思えない。その点、ハリーの記憶の中とはいえハリー自身の考えじゃない神秘部の廊下の夢を探るっていうのは、理にかなってると思ったって訳……準備はいい？」 「……いいよ。」 　ハリーが頷いたのを確認して、立香が杖を上げる。ハリーは何事かに集中するかのように、ぎゅっと眉を寄せた──合図を送る。 「三、二、一……[[rb:レジリメンス > 開心]]！」 　魔法は術者自身のイメージに大きく依存すると考えている立香だからこそ、立香が使う開心術で立香自身が見ることになるビジョンは立香にとってのこの世界における記憶のイメージに似通った物となる。そして、そのイメージの元となるのは、ダンブルドアが持っている憂いの篩による記憶再演だ。そういうわけで立香は今、目の前に神秘部の暗い廊下とその先にある黒い扉を眺めていた。 　立香の脇を、何かの気配が駆け抜ける。恐らくヴォルデモートの妄念だ──それを追うようにして廊下を歩くと、その黒く重そうな扉がぱっと開く。立香もそれを追う──枠を抜けると、立香は見覚えのある円形に扉が並ぶ部屋の中に立っていた。 　吹き抜けるような風が吹き、一つの扉が開く。立香はそれを追いかける──その部屋の中は煌めくような光に満ちていた。コチコチという時計の針の音が四方八方から聞こえた。その時計の文字盤を覆うガラスやランプが光を反射して部屋中を照らしているのだと立香は分かった。そして、その光源は──奥の方に釣り鐘型のクリスタルがあり、それの中で渦巻く風と漂う卵が、部屋を一面明るくするだけの光を湛えているのだった。 　とはいってもそこまでじっくり見ている暇もなかった。またその風が立香を先導したのだ──釣り鐘の奥にある扉がぱっと開く。立香がそこを通り過ぎると、背の高さの何倍もあろうかという棚が見渡す限り何列も聳え立つ部屋に辿り着いた。そしてその棚には、気が遠くなるほどの数のガラスの玉が埃を被りながらも置かれていた。風は進む。棚に取り付けられた燭台に棚の番号が書いてある──五十一。だが、どこまで進むかは立香も知っている──九十七。立香が風を追って走る──が、視界に横切りにずらしたようなノイズが走った。だるま落としのように風景が狂っていく──反撃されようとしているのだ。このまま放っておけば、やがて逆にこちらに侵入されかねない──立香は自己暗示のため、意識的に[[rb:接続解除 > disconnect]]と心の中で唱えながら、後ろへと飛び退いた。 　視界が切り替わる。 　目に映るのは少し古風な小さめの部屋。目の前ではソファに座ったハリーが、荒い息で眉間に皺を寄せ、そして首を振っていた。立香も目を瞬かせ急な変化に慣れさせると、少ししかめ面をしながらじっとハリーの方を見つめた。 「聞くけど、九十七列目に実際に辿り着いたことは？」 　ハリーは息をようやく落ち着かせ首を振る。 「ない……と思う。多分。」 「ならいいけど……。」 　立香はため息をつきながら続けた。 「少なくともスネイプが訓練を打ち切ってからも夢は続いてるっていうのはよく分かった。ハリー、気になるのは分かるんだけど、夢を見ている間にどうにかして閉め出そうとしないと駄目。そもそも夢を見ることを阻害できれば一番良いけどね……。」 「しょうがないだろ、」 　ハリーもため息をつきながら返した。 「毎夜毎夜同じ廊下の夢を見てごらんよ……先に進みたくなるのも仕方ないと思わないかい？」 「……でもまあ、それは分かるけど駄目。どこに落ちるか分かったもんじゃないし、」 　立香は多くのサーヴァントの夢に入り込んだことがあるし、その中にはかなり危険な奥深い場所もあった──それをふと思い出して少し感慨深げになりながら立香が続ける。 「それに、閉心術の訓練なんだから……でもまあ、最終的には何とか私を締め出した。私が戦略的撤退をしたのもあるけど……どうだった？」 「うーん……何か、スネイプの時はバケツをひっくり返すような感じだったんだけど、君は何か矢というか、狙い澄ましてるような感じがして……その分追い出すイメージはつきやすかったかもしれない。バットで打ち返す、みたいな……。」 　ハリーが首を捻りながら答える。ハリーの言うことは恐らく正しい──スネイプは何でもかんでも嫌な思い出を漁ろうとしたのに対して、立香はハリーがどんな物を見ているかを知った上で、その記憶にアクセスをかけた訳なのだから。 「まあ、バットで打ち返すっていうイメージは良いかもね……何せイメージ勝負の世界だし。」 　立香も頷きながら続ける。 「じゃあ、もう一回やってみよう……今度は私があのガラス球の部屋に入る前に閉め出せるように……。」 　しかしながら、その後数回繰り返しても立香は確実にガラス球の部屋まで辿り着いた。ハリーはうんうんと唸って頑張っていたのだが、もしかしたら原因は閉心術とは所にあるかもしれないのだった──つまるところ、ハリー自身が、立香が再演した記憶にある部屋をよく見て回りたいとどこかで考えている節がある可能性が高いということだ。 　OWLまで一ヶ月を切ると、とうとうRSAでの全体講義は打ち切らざるを得なかった。五年生と七年生に、そんな暇はなかったのだ──談話室も図書室も、果てはその辺りの空き教室まで勉強する生徒で溢れかえった。中には受験期にも似た試験ノイローゼを発症する生徒も出始めて、そんなときにはマダム・ポンフリーが出動して次々とその生徒の口に鎮静剤のような物を放り込むのであった。 　にもかかわらずクィディッチ試合だけは通常運行で行われた。まず行われたスリザリン対ハッフルパフの試合は、モンタギューが姿をくらますキャビネット棚からトイレへの旅──フレッドとジョージの犯行なのだが──から回復しなかったためにハッフルパフが辛勝、最終試合はグリフィンドール対レイブンクローで、グリフィンドールがもし勝てばグリフィンドールが優勝という得点差だった。しかしながら、当のグリフィンドール生は全くそれに希望を持てず、絶望的な顔をしているようだった。そしてそれもこれも、すべてはロンのキーパーとしての能力のせいだった。つまり、ロンのキーパーとしての成績は精神状態に大きく依存し、そしてこれまで殆どの試合でことごとく惨憺たる結果を残してきてしまっていたからである。 　試合当日、立香がロンの方を遠目で眺めていると、ロンはなぜだか楽観的になっているようにさえ思われた。どうやらこれ以上悪くはならない、と開き直ってしまったらしい。ハリーとハーマイオニーが心配そうな目で見つめる中、ロンはチームに呼ばれて行ってしまった──二人がため息をついたのを、立香は見逃しやしなかった。 　しかし、ハリーとハーマイオニーに合流することは叶わなかった。何故ならそのグリフィンドールの対戦相手が言うまでもなく立香の自寮であるレイブンクローだったからだ。そういうわけで立香は頭の上に動く鷲の人形のような物を載せたルーナを引き連れ、レイブンクロー生の集う応援席へ向かった。 　澄み切った晴天の中で、試合は行われた。レイブンクローはクィディッチに熱狂的ではないのだが、楽観的ではあった──ロンが今回もひどいプレーを見せるに違いないと思っていたのだ。そうでなくても、フレッドとジョージの穴埋めに入ったビーターもあまり良い成績ではなかった。だから、勝てると信じ込んでいたのだ──残念ながら監督生である立香を除いて。 　立香はこの試合で何が起こるのかをよく知っていた。まず、レイブンクローが得点を上げる──スリザリンが歌い出す──そして立香はピッチの向こうの観客席をじっと見つめた。立香が知る通りに事態が展開するのなら、ハグリッドがハリーとハーマイオニーのところに現れるはずだ──発見。何やらハグリッドは二人に囁き、そして二人が座席を後にする。多分立香の所へは来ないだろう──何せ立香はもう既に[[rb:面識がある > ・・・・・]]し、それに時間のロスになる。そうするぐらいならハグリッドも、立香に伝言だけ伝えることを選ぶだろう。 　立香がわざわざそういう席に陣取ったのには理由がある。ハグリッドが立香を連れて行かないことを選ぶように仕向ける理由が。というのも──そうでもしなければ、いつもの四人の中でロンの好セーブを見る人がいなくなる。映画版でも当然カットされてしまったそれを、立香が見なければ誰が見るのだ──そういうわけで立香はレイブンクローの応援席からロンを密かに応援しながらクィディッチの試合を眺めていた。 　レイブンクローのゴールを逃したクアッフルをもう一度アンジェリーナが拾い直す。レイブンクローのキーパーも負けじとゴールの裏側へ──しかし間に合わない。風を切る鋭い音と共にボールがゴールを通り抜け、グリフィンドールが得点──しかしそれをレイブンクローのブラッドリーが拾い、そのままグリフィンドールのゴールへと突き進む。ブラッジャーも何のその──というのもグリフィンドールのビーターのコントロールが悪いから──そのままロンの目の前まで一直線に飛んでいく。ゴールポストは三つだ。どこに投げ込むかの駆け引きが始まる──左側のゴールを狙う──ように見せかけて──右へ鋭くボールが飛んでいく。しかし、野生の勘か何かか──ロンはそれを見切っていたかのように右へ飛ぶ。クアッフルはロンの右手の手のひらに阻まれた──それを急降下してきたアンジェリーナが奪い去り、そのままレイブンクローのゴールへととんぼ返り。ブラッジャーが当たろうと少しぶれただけでお構いなし──そのままゴール。しかし、今度は阻まれる──そしてまたレイブンクローのチェイサーがクアッフルを向こうのゴールまで運んでいく。 　敵ながら素晴らしいゴールセーブだと、レイブンクローの全員が感嘆せざるを得なかった。その日のロンの調子はべらぼうに良かったのだ──立香の目の前で何回もロンはスーパーセーブを見せた。しかもそのロンの調子に牽引されるように、グリフィンドールチーム全員の調子が上がっていったのだ。そして── 　ホイッスルが鳴った。立香達の観客席の十数メートル上空で、ジニーがチョウの目の前を横断するように突っ切って、スニッチを奪取したのだ。試合は勿論、グリフィンドールの勝利だった──そしてレイブンクローは負けた。しかし、スリザリンの下卑た応援歌をかき消すようなグリフィンドールのロンへの賛歌は、むしろ聞いて胸がせいせいした。青空へと何度も胴上げされるロンの表情は歓喜に満ちあふれ、今朝方の不安の影もない。そんな姿を見てしまえば、レイブンクロー生は悔しがると言うよりも憑き物が落ち満足気な様子だった──少なくともスリザリンは、あの耐えがたい卑劣な歌を暫くは歌わなくなるだろう。 [newpage] [chapter:19] 「ロン、とっても良かった。本当に……私達レイブンクローとしてもあれだけスリザリンの……特に親衛隊の……鼻を折ってくれたら、もう何も言えないよ。おめでとう。」 　立香がロンの手を握りぶんぶんと振ると、ロンは照れ笑いながらもかっこつけて答えた。 「ほら、まぐれってやつさ……でも見ただろ？何回もゴールを弾いたとこは。フェイントも見切れたし……あれが一番冴えてたと僕は思うね。」 　次の日の午後のことだ。昨日と同じく風の吹き抜けるような青空の下、立香とハリー、ハーマイオニー、そしてロンは湖の畔にあるブナの木の木陰で勉強をするため、という名目で落ち合った。ロンだけがその名目をすっかり信じ切っていた──そもそも彼はみんながヒーロー扱いしてくれる談話室から出たがらなかったようなのだが──そしてここでも昨日の自慢話を続け、そしてハリーとハーマイオニーはどう話を切り出したものかと悩んだ挙げ句、懇願するような視線を立香に向けていた。 「……それに、ジニーがチョウの目の前からスニッチをかっさらったのを見たか？あれは……」 「そういえばハリーにハーマイオニー、」 　立香は内心ハグリッドにため息をつきながらロンを遮って言った── 「試合中にハグリッドにどこかに引きずられて行きやしなかった？」 「はあ？」 　ロンが驚いたように言った。 「ハグリッドが君たちを？見間違いじゃ……、」 「それがね、」 　ハーマイオニーがため息をついて首を振りながら言った。 「見間違いじゃないのよ……。」 「それっていつ頃だったんだ？僕がセーブしたところの一つや二つは見たかい？」 　ロンが期待と不安を込めて、ハリーとハーマイオニーを交互に見た──ハーマイオニーが酷く申し訳なさそうに言った。 「ごめんなさい。そうしたかったわけじゃないの……でも、見られなかったの。ハグリッドが私達を連れ出して……。」 「それで、一緒に森に来て欲しいって言ったんだ。断れなかったんだよ……巨人のところから帰って以来、どうしていつも傷だらけだったのか教えてくれる気になったんだ。」 　ハリーも続けて言うと、ロンはいよいよがっくりとうなだれ、そして困惑と不安の入り交じった顔で立香の方を見た。 「でもリツカ、君はハグリッドに呼ばれなかったろ？僕の試合、見ててくれたよね？」 「ちゃんと見てたよ、ロン。」 　立香はロンの背中を叩いて慰めながら言った。 「まあそれは、ハグリッドがハリー達に教えたことを、私がずっと前に嗅ぎつけてたからだけど。」 　ハリーとハーマイオニーの話は五分とかからなかった。話している間にもロンの口はみるみるうちに開いていって、その短い話が終わる頃には欠伸でもしそうなぐらいの大口を開けてハリーと立香とハーマイオニーを順に凝視した。 「巨人を一人連れて帰って、森に隠してた？しかもリツカ、君、そんなことずっと僕たちに言わなかったっていうのかい？まさか。そんなことないだろう？」 「それがね、隠してたんだよね。私は隠してたつもりではなかったんだけど。」 　お願いだから夢だと言ってくれ、とでも言いたげな口調のロンに、立香が諭すように言った。 「私が会ったのは、ハグリッドが帰ってきた日の夕方。ちょうどグロウプを森に繋いでるところで……ともかく、連れて帰ってきちゃったものは、しょうがないって訳……話さなかったのは、ほら、悩み事が増えるし、その時点では大した問題じゃ……。」 「大した？」 　ハリーが言った。 「むしろ巨大な、」 「巨人だけにね……。」 　立香がそれを遮りながらため息をついて言った。 「ともかく、ハグリッドは首を切られる可能性が高くなって、だから私達にグロウプに英語を教えるように頼んできたって訳……？」 「そうね。」 「正気じゃないぜ。」 　ハーマイオニーが渋々頷き、ロンが天を仰いだ。 「ほんとそうね……でも、約束させられたのよ。私も、ハリーも……。」 「だったら破らなきゃいけないな。」 　ロンがばっさりと切り捨てるように言った。 「考えてもみろよ……だって、OWLまであと何週間だ？それに、僕たち……というかハリーはあと一インチで追い出されるぞ。」 　ロンは親指と人差し指を近づけるジェスチャーをした──そしてどこかうんざりとした口調で続ける。 「そもそも、僕らがハグリッドの愉快な仲間に関わって良かったことなんてあったか？ノーバートも、アラゴグも……ともかく、やるべきじゃないな。」 「でも、約束したのよ……。」 　ハーマイオニーが小さな声で言った。 「まあ、ね……なら、僕たちは賭けるしかないな。」 　ロンがため息をついた。 「ハグリッドが追い出されない方に。」 　立香以外の全員が、ハグリッドが追い出されない確率はハリーがOWLの占い学でO・優をとる確率より低いと悲観視していたのだが、ラッキーなことにハグリッドは追い出されることなく、OWL試験が行われる六月がホグワーツにやって来た。ホグワーツは夏の様相を呈し、輝かんばかりの芝生に湖面に反射する光が生徒を外へ外へと導こうとしているようであった。しかしそんなことを気にする余裕がある五年生と七年生は誰一人としていなかった。そしてそこを付け狙う商売まで始まったとあれば、監督生である以上、立香は勉強時間を割いてまで出動する羽目になった。 「エディ！エディ・カーマイケル！その辺りに隠れてるのは知ってる！マクゴナガル先生を連れてきても良いの？」 　その日立香がパトロールしていると、レイブンクローの六年生、エディが明らかに怪しい物品──その名をバルッフィオの脳活性秘薬──をハッフルパフの五年生に売りつけようとしているのに偶然出くわした。勿論エディは立香を見るとげっといわんばかりに逃げ出し、それを立香が自慢の健脚で追いかけたわけだが。しかしエディもなかなかのものだった──そうしてエディは教室に立てこもり、その扉を立香が叩きまくるという構図が完成したのである。 「マクゴナガル先生！怪しい……、」 「ああもう分かったよリツカ！もう売らないから！」 　エディが降参とばかりにドアを開けたので、立香はため息をついて言った。 「もう……全く、ただの詐欺ならまだしも、自分でも効果が分からないものは売らない。誰か死んだらどうするわけ……。」 「すまん。」 　ただ、その立香のパトロールは、ハーマイオニーの首級を合わせたところですべてを取り締まるには全くもって足りていなかった。あの手この手で精神集中、頭の回転、眠気覚ましの物品を売りつけようとする輩がごまんといたからだ。勿論それは、フレッドとジョージがいなくなったことで誰が悪ガキ大将の座に座るかの争いの一環ではあったのだが──ともかくそういう類いの取引された物品の中に、立香が知る限り本当に効果があるものは一つたりともなかった。 「ああいう手合いがいたせいで、」 　図書室で勉強していたテスト開始一日前のハーマイオニーが聞いたこともないような苛々声で立香に言った── 「私達の勉強時間が短くなるのよ。あれこそ、例のなんとかかんとか親衛隊が取り締まったらどうな訳？」 「どうだろう……。」 　立香もため息をついて返す。 「でも、アンブリッジはそれを取り締まろうと取り締まらなくとも自分の功績が上がるわけではないから、やらないと思うけど。」 　実際そうなのだろう。五年生がかなり多かったからなのか何なのか、最近親衛隊は活動のなりを潜めている。それは減点されないという意味では都合が良いのだが、一方で職務怠慢とも言えた。職務怠慢の咎で減点の権利を剥奪すべきである──立香は半分本気でそんなことを思いながら、来るテストへと向けて呪文学の教科書一式を引き寄せた。 　来る六月十日、OWL最初の試験は呪文学の筆記から始まった。ノイローゼ気味になりつつある生徒達がいつもと違って小さな机が間を開けて並べられた大広間の椅子に一人ずつ座る。問題用紙と解答用紙は既にひっくり返された状態で机上に置かれ、あとは生徒達全員の着席を待つばかりだった。OWLもNEWTもどうやら同時に行うらしく、全員が大広間に収まるまでには暫くかかった。そのテスト特有の奇妙で嫌な静寂が続いた後、前に座っていたマクゴナガルが何かを確認してから始めてよろしいと言って砂時計をひっくり返す。テスト開始──立香が問題用紙と解答用紙にそれぞれ記名してからじっと問題用紙の最初を見ると、最初から出鼻をくじかれたような気分になった。 　物体を飛ばすために必要な呪文を述べよ。 　恐らく、[[rb:ウィンガーディアムレヴィオーサ > 浮遊せよ]]のことだろうが──しかし、飛ばすというよりは浮かす、のような気もするし、飛ばすだけなら追い払い呪文なんかでも代用できる──立香はため息をついて解答欄を見やり、書けるだけ書いておこう、と開き直ることにした。 　その日の午後は実技だったのだが、ここでも立香は立香の解答用紙を採点することになる誰かと同様に試験管を困らせることとなった。すべては立香の無言呪文超理論──つまり本質的に呪文を唱える行為は必要ないのではないかということ──のせいだった。つまるところ、呪文の効果のテストにはなったが呪文を唱えることのテストにはならなかったというわけである。エッグスタンドを円軌道に回転させ、ネズミを綺麗な橙色に変色させ──立香の左隣の机でアルファベット七つ後のマルフォイがテストを始めた頃には立香のテストは中盤にさしかかっていたのだが、マルフォイは立香の様子を見ると口をぱくぱくとして唖然とし、最終的にはその後入ってきたハリーの方を見ることで気を紛らわせようとしていた。 「あなた、唱えてなかったでしょ？」 　テストが終わってから、立香のアルファベット一つ後のハーマイオニーが立香を凝視しながら言った。 「まあ……だってその結論にRSAで至ったからね……。」 「どういうこと？」 　怪訝そうなハーマイオニーに、立香がこそこそと言った。 「つまり……魔法の大本はイメージで、呪文っていうのはそのイメージを刺激するのに効果的な言葉であるに過ぎない……だからこそ、呪文を唱える必要は、本質的にはないんじゃないかってね。」 「……なるほどね。」 　ハーマイオニーが何か得心したように頷いた。 「でも、今考えるには時間がないわ……でも、来年になったらどうせやるんだもの、テストが全部終わったら考えてみることにするわ……。」 　次の日の変身術も同じような有様でなんとか抜けると、その次は薬草学だった。それが終わると闇の魔術に対する防衛術。これもまた呪文系の科目で同じ現象が起きたが、立香はいつの間にか諦めの境地に達していた。少なくとも無言呪文が出来るというのは悪いことではないはずだ。というのも、なぜだか呪文を唱える気に全くならないのだ。立香のどこかの部分が、この程度のことに呪文を唱えるエネルギーを使うのは全くの無駄だと叫んでいるようにも思えた。そしてそれはこういうことのエキスパートであったオルガマリーの記憶かもしれないのだが、立香はそれを頭のどこかに押しやって、平静を保つことにした。 　金曜のテストは古代ルーン語とマグル学で、それを抜けると土日二日間の中休みだった。しかしながら、立香の普段の人生でもそうだったように、テスト期間中の休みなど休みでも何でもなかった。月曜日の魔法薬学のために勉強をするうちにいつしか休みは過ぎ、月曜日の朝を迎えている自分に立香は気がついた。魔法薬学は簡単な問題が幾つか──特にポリジュース薬の効果とか──あり難なく突破、実技にも特に問題なく、火曜日を迎える。試験対策に殆ど意味がなく時間を分けても大丈夫という判断からか、グリフィンドールには水曜日に行われる占い学の試験がレイブンクローは午前に配置された。結果は言うまでもない。立香は起こることを知っている以上、どうとでも解釈が出来る──というわけで立香は、恐らく数週間以内に魔法省のエントランスにある噴水が全壊することになると、水晶玉を覗き込みながら述べることとなった。 　その日の午後の魔法生物飼育学を終えると、次の日は天文学と数占いだった。天文学に関しては星がないとどうにもならないので、実技試験は夜行われることとなった。そしてその夜──立香の知っての通りの事件が起こった。アンブリッジによるハグリッド襲撃だ。ハグリッドに失神光線は効かなかった──そしてアンブリッジを止めるべく割り込んだマクゴナガルにそれは命中した。マクゴナガルが倒れる──恐らく試験官だろうが、誰かが南無三と叫んだ──そして最終的にハグリッドは校門から弾丸のように逃げていき、一連の事態は終幕を迎えた。 　天文台は騒然としていた。全員が唖然とし、ハグリッドの小屋と試験官を交互に見つめ、どうしたものかと首を捻る。しかし、当の試験官も唖然としてものも言えない──そしてそれから一分ほど経って、ようやく試験官は弱々しい声で試験があと五分で終了することを告げた。 「あの悪魔！鬼！何てこと！」 　試験が終わって塔から降りると、ハーマイオニーが使える限りの罵詈雑言を尽くして怒りの形相であえぎながら言った。 「冗談じゃないわ！真夜中にハグリッドを襲うなんて！」 「まあ、トレローニーの二の舞を避けたかったに違いない。」 　近くにいたハッフルパフのアーニーがうんうんと頷きながら応じる。すると今度はロンがひょっこりと顔を出して、恐れおののくような感心するような微妙な表情で言った。 「でも、まあハグリッドはよくやったよな？……どうして呪文が跳ね返ったんだろう。盾の呪文が使えるわけでもないだろうし。」 「巨人の血のせいね……。」 　ハーマイオニーが少し落ち着いて震えながら言った。 「巨人を失神させるのは、とても難しいのよ……でも、マクゴナガル先生は……。」 「少なくとも四人の呪文に当たったように見えた……全部失神の呪いだと良いんだけど。」 　立香もため息をつきながら言った。 「少なくとも、何か混ざるよりは一つの方がまし……でも、明日辺りに聖マンゴに移送されるかもしれない。」 　試験最終日、六月二十日の木曜日の午後に行われる魔法史が、最後のテストだった。立香は試験中に何が起こるかを知っていたから、気が気でなかった。この試験が終わればノンストップだ。神秘部に行き、そして恐らく出てくるのであろうカードを回収する。シリウスはきっと死ぬのだろう。立香はそれを見逃して、そうしてカードと戦うのだ。死喰い人達と戦うのだ──立香はシリウスが死ぬのを目の前にした直後にカードと戦うことが出来るのか、自信が全くなかった。 　しかし、ただ確信だけがあった。それでもやるしかない以上、自分はそうするのだ、と。 　魔法史のテストの最後の答えをきっちり書き込んだのは、事態が起こる直前だった。ハリーの上げた大きな叫び声と椅子から落ちる鈍い音が、羽ペンが羊皮紙を引っ掻く音ばかりが響く大広間に木霊のごとく反響しながら鳴り響いた。皆の羽ペンがピタリと止み、その音より前に座っていた生徒は何とか後ろを見ようとし、後ろに座っていた生徒は前へ乗り出そうとした。そしてすぐに、試験監督をしていた教授がどたどたとやって来て、ハリーを外に連れ出した──立香はハリーの斜め右後ろ十数メートルの机についていた──そして二人が見えなくなっても、大広間はまだ唖然とした雰囲気に包まれていた。 　ようやく試験が終わったのは、それから十数分が経った頃だった。立香は解答がひとりでに回収され試験終了を告げられると、ばっと立ち上がった──そして同じくそうしたロンとハーマイオニーと目を合わせた。何か尋常ではない出来事が──恐らく夢か何かが──起きたのだということは事情を知っている立香でなくとも、何となく想像がついているようであった。三人は目にもとまらぬ早さで駆けだした──ハリーがまずどこへ行くかを知っていた立香が先頭だった──そしてハリーと出くわしたのは立香達が駆け上がった階段の、二階にある踊り場でのことだった。 「ハリー！」 　ハーマイオニーが引きつったような表情で叫んだ。 「何があったの？大丈夫？気分が悪いの？」 「どこ行ってたんだ？」 　ロンは問い詰めるような口調だった──ハリーがそれに急き込むようにして答えた。 「一緒に来て……早く！話したいことがあるんだ。」 　空き教室を見つけるまでに暫く時間がかかったが、何とかそれを見つけ出すと、ハリーを先頭に立香達はそこに飛び込み、すぐに施錠した。ハリーはそれでも信用ならないとでも言うように、そこに背を凭れかけさせた──ハリーが言った。 「シリウスがヴォルデモートに捕まった。」 「え、」 「どうしてそれが？」 　ハーマイオニーとロンが次々に声を上げた──しかし立香はハリーをじっと見つめながら静かに言った。 「[[rb:見ていい > ・・・・]]？」 「うん……。」 　ハリーが頷く──立香が杖を振る。 　視界が切り替わる。 　廊下を通って円形の部屋へ。その中から正しい扉を選び取り、次の部屋へ進む。その時計の部屋を、それの主は足早に通り抜ける──随分と急いている。この演出の意図は立香には分からない──ハリーを急かそうとしているのかもしれない。或いは閉心術を使われる前にことを済まそうとしているのか。ともかくそれはきらきらと輝く部屋に見向きもせず、天井の高いガラス球の部屋に──予言の間に──辿り着く。九十七列目の標識までは僅かの間だった。そうしてその通路を通り、奥へ。その奥には黒い襤褸切れのような姿になった誰かが、身を丸めて苦しみにあえいでいる。 　ハリーが夢の中で自分の姿を自認したのだろう、忽然とそれがヴォルデモートの姿をとった。そうして黒いローブから突き出た死体のような白い手が杖をうずくまる誰かに向ける。誰かの顔は見えない──[[rb:クルーシオ > 苦しめ]]──誰かがのたうち回り、そしてヴォルデモートが杖を降ろすと、またその動きが止まった。 「ヴォルデモート郷が待っているぞ……。」 　そしてヴォルデモートの口から甲高い、歓喜の色をした声が放たれた。誰かが顔を上げる。はじめはぼやけていたイメージが、解像度を引き上げたかのようにはっきりとした形を持つ──血まみれのやつれた顔のシリウスが、床に這いつくばって、しかし眼光だけは鋭くヴォルデモートを見つめ返していた。 「殺すなら殺せ。」 　シリウスがかすかな声で返す──それを鼻で笑うようにヴォルデモートが冷たく言った。 「言われなくとも最後はそうしてやろう……しかしブラック、まず俺様のためにそれを取るのだ……今までの痛みが本当の痛みだとでも思っているのか？考え直した方が良いとは？時間はたっぷりある。誰にも貴様の叫び声など聞こえぬ……。」 　ぶつっとスイッチを切ったテレビのように視界が暗転する。そうして再び視界が回復すると、ハリーが椅子から落ちている──もう良いだろう。[[rb:接続解除 > disconnect]]と内心で唱えつつ後ろ飛びで、立香はその記憶から離脱する。 「……一体二人は何をしているんだい？」 「シーッ、集中が途切れるでしょう……。」 　回復した聴覚がまず捉えたのは、ロンとハーマイオニーが何事かこそこそと言い合う声だった。視覚は目の前のハリーの瞳を捉える。立香はハリーの目の前で、ハリーに杖を向けて立っている──立香は体を確かめるように首を数回振って、杖を降ろした。 「リツカ！戻ってきたわ……。どうなの？」 「それで、一体何をしていたんでしょうかね？」 　口々にハーマイオニーとロンが言うのを手で制して、立香は考え込みながら答えた。 「開心術……ハリーが見たものを覗いたんだけど……」 「はあ？君、スネイプみたいに開心術が使えたのか？」 「ともかく、」 　立香はロンを無視しながら続けた。 「ハリーは確かに夢の中で情景を見た。神秘部の中、小さなガラスの球が山ほどある部屋の九十七列目に、ヴォルデモートの欲しいものがある。その奥でヴォルデモートがシリウスを拷問してそれを取らせようとする情景を……。」 「最後には殺すって言った！」 　ハリーが声を荒げ、しかし膝をがくがくと震えさせながら言った。 「リツカ、君だって見ただろう……殺されるんだ！シリウスが！もうこの学校には騎士団はいない！助けに行かないと……。」 「い……今、何て？」 　ロンが恐る恐るといった様子でハリーの顔色を窺いながら言った。 「だから、助けに行くんだ！神秘部に！シリウスを！」 　ハリーは分かってくれ、といわんばかりに大声を上げた。しかし、立香はともかくロンとハーマイオニーが呆然としているので段々苛立ちを募らせているようにも見える──ロンがおずおずと言った。 「でも……でも、ハリー……。」 「何だよ？」 　ロンが猫に睨まれた鼠のように黙り込んだ──ハーマイオニーがその先を引き取った。 「あのね……あの……どうやって、ヴォルデモートもシリウスも……どうやって神秘部に入ったのかしら。誰にも気付かれずに？だって今、夕方の五時なのよ。そうでなくても二人は世界一の賞金首なのに……大勢の人が働いてるのよ……。」 「知るもんか！問題なのは僕たちがどうやってそこに入るかだ！」 　ハリーは声を荒げたまま言った。 「どうせヴォルデモートのことだ！透明マントとかなんかを使ったんだ……ともかく、いつ行っても神秘部は空っぽだった……。」 「違う。ハリーは神秘部の夢を見ただけ。夢と言うよりは、ヴォルデモートの妄念が形を持ったもの、といった方が正確だろうけど。だからそこが空っぽだったのは、それがヴォルデモートの理想の形だっただけって言う可能性も十分有りうる……。」 「でも、ロンのパパのことは本当だったじゃないか？」 　立香の一応の反論に、ハリーが勢いよく食ってかかった。 「あれが本当なら、今回のことも本当じゃないって言える根拠がどこに有る？」 「でも、今回のは……あんまりにも有り得ないわ！」 　ハーマイオニーが何とか押しとどめようと、半ば叫ぶように声を上げた。 「ねえ、シリウスはずっとグリモードプレイス十二番地にいたのよ。一体どうやってヴォルデモートがシリウスを捕まえるっていうの？」 「シリウスが外に出ちゃった可能性は有るな……神経が参ってさ。」 　ロンが考え込みながらそれに応えた。 「ともかくずっと、あそこを出たがってたじゃないか……？」 「でも何故？ヴォルデモートが武器を取り出させるのにシリウスを？」 　ハーマイオニーが必死に言った──ハリーが怒鳴り声で答えた。 「そんなこと知るもんか！でも理由なら山ほどあるだろ！シリウスの一人や二人痛めつけたところで、あいつが何か感じるとでも？」 「まあ、騎士団の一人ってだけで攻撃するには十分だけど、それならもっと手頃なのがいたはず……。」 　立香がため息をつきながらぽろっと言ったが、全く鎮火する気配がない──しかもそれをロンがさらに追い炊きした。 「あのさあ、今思いついたんだけど……シリウスの弟、確か死喰い人だったよね？多分弟がどうやって武器を手に入れるかの秘密をシリウスに教えたんじゃないかな？」 「ねえ、悪いけど、あなたたち、辻褄が合ってないわ……それに証拠もない。ヴォルデモートとシリウスがそこにいるかすら分からないのに……。」 　ハーマイオニーが少しヒステリックに言った──それにロンが詰め寄る。 「ハーマイオニー！ハリーが二人を見たんだ！リツカだって確認したんだろ？」 「まあね……でも、ハリーは自覚的になった方が良い。ヴォルデモートは、シリウスがハリーにとって代替の利かない最後の家族なんだって知ってる。」 「何が言いたいんだ？」 　ハリーが立香を睨み付けた──それにしっかり目線を返しながら答える。 「ヴォルデモートはね、シリウスでハリーが釣れるってことをよく分かってる。あれにとっては多分、海老で鯛を釣るぐらいの感覚だと思う。でも、ハリーはシリウスが窮地と聞いたら助けに行かざるを得ない。だから、今回のこれはハリーをつり上げるための罠って可能性が十分有る……。」 「それがどうした！僕らが助けに行かないと、シリウスは死ぬんだ！マクゴナガルは聖マンゴで、もう僕らが話せる騎士団はここにはいない！助けに行く以外にどうしろって言うんだ？」 「ハリー！」 　つい立香は怒鳴って、そしてすぐにはっと気がつき語気を抑えながら言った。 「助けに行った自分が死ぬことを考えたことはないの？相手はヴォルデモート。しかも復活したてのほやほやでもない。死喰い人を十数人も引き連れてる。さすがに分が悪いと、」 「あいつが何人手下を引き連れていようがそんなの関係ないだろ！何にも見なかったように振る舞う？心を閉じる？助けられるのは僕らしかいないんだ。やるしかないだろ、」 「だからね！」 　立香がハリーの怒鳴り声を遮るべく叫び返した。 「こういう場合は！まず！今何が起こってるかを把握するところから始めるの！いい？シリウスが本当にグリモ、」 　しかし立香の口が強制的に閉じられた。教室のドアが開いたからだ──そこから入ってきたのはジニーと、グリモードプレイス十二番地のことを知らないルーナだった。つまるところ、立香は秘密の守人ではないので、グリモードプレイス十二番地について他人に教えられない、という法則を体感することになったわけだ──ジニーが戸惑いながら言い争っていましたという姿勢の立香達四人に挨拶をした。 「こんにちは……？ハリーとリツカの声が聞こえたように思えたのだけど。一体どうしたの？」 「何でもない。」 　ハリーがぶっきらぼうに言った──それにジニーが眉を上げる。 「私にまで八つ当たりする必要はないわ。何か私に出来ることはないかと思っただけよ……。」 「じゃ、ないよ。」 　ハリーが早くどっかへ行ってくれという口調で言い放った──ルーナが不思議そうな顔で立香を見つめた。 「リツカ、何を話してたの？」 「うーんと……話が込み入っててね……。」 　立香がため息をつくと、ハーマイオニーが突然声を上げた。 「待って。待って、ハリー……この二人に手伝ってもらえるわ。リツカも言いかけてたでしょう？まずこういう場合に重要なのは、事態をしっかり把握して、作戦を立てること。じゃないと、私達なんて十数人の死喰い人に殺されて終わりよ。シリウスを助けるなんて無理。いい？まず、シリウスが家にいるのか、きちんとそれだけでも確かめるの。本当にシリウスがいないなら、もしかしたらクリーチャーが何か見ていたかもしれないわ。」 「シリウスが拷問されてるのはいまなんだ！ぐずぐずしていたら、」 　ハリーが怒鳴った──それに静かに立香が返した。 「ヴォルデモートはすぐにはシリウスを殺さない。シリウスが本当に拷問されているにせよ、ハリーが釣れるまで殺しやしない。だって、またハリーが夢を見て殺したって分かったら、ハリーが行く意味がなくなる。だからまだ、暫くは平気なはず。」 「苦痛を受けてるのは変わりないだろ！」 　ハリーが叫ぶ──図星。立香が黙り込むと、今度はハーマイオニーが言った。 「でも、もしヴォルデモートの罠だったら？ともかく、確かめるのよ──アンブリッジの暖炉を使って。あの時みたいに、もう一度アンブリッジを遠ざけるのよ。でも、見張りが必要なの……そこに、ジニーとルーナが使えるわ。」 「うん。やるわよ。」 　話の流れを全くつかめてないであろうジニーが、それでも即座に強い語調で答えた。 「シリウスって……もしかしてスタビィ・ボードマンのこと？」 　今度はルーナだ── 「そうだけど違う。」 　立香だけがルーナに突っ込んだ──ハリーがそれを恨めしげに見つめた後、食ってかかるように言った。 「オーケー、手早くそうする方法が考えられるなら、賛成するよ。そうじゃなきゃ、僕は今すぐ神秘部に行く。」 「どうやって？」 　ルーナが訊いた──ハリーが苛々と答えた。 「それはどうだっていいだろ、」 「いいわ。」 　ハーマイオニーがそれを遮って、考え込むようにうろうろとしながら言った。 「いいわ……そうね……まず誰か一人がアンブリッジを探して、別の方向に追い払う。口実は……いつもみたいに……ピーブズが何かとんでもないことをやらかそうとしているとか……。」 「僕がやる。」 　ロンが即座に言った── 「ピーブズが変身術の部屋をぶち壊してるとか何とか。変身術の部屋はアンブリッジの部屋からうんと遠いからな。それに、途中で本当にピーブズに会ったら、そうできるかもしれない……。」 　誰も主が聖マンゴに入院中の変身術の教室を壊すことに反対する様子がない──ハーマイオニーが頷いて続けた。 「いいわ。じゃあ、それから……生徒をあの部屋から遠ざけている必要もあるわね。じゃないとスリザリンか親衛隊か誰かが告げ口するもの……。」 「それは私とルーナがやるわ。」 　ジニーが快活に答えた。 「廊下の両端に立って、誰かが首締めガスを流したって警告するの……元々はフレッドとジョージの計画だったけど。」 「いいわ……それでリツカ、尋問官親衛隊を……というかマルフォイを足止めできる？マルフォイさえ止めておけば、多分ぐっと安全になるはずよ……。」 　ハーマイオニーに立香が頷く。 「ドラコを探して止めとくんだね。分かった……まあ、テストの話でもするから大丈夫。」 「それで、私とハリーが部屋に入る。透明マントを使って……そうすればハリーはシリウスがいるかどうかを確かめられる。その間私は部屋を見張る。あの部屋、窓が弱点だっていうのはこの前分かったもの……。でも、これだけやっても五分も持たないと思うわよ。」 　ハーマイオニーの提案が終わると、ハリーが若干落ち着いて頷いた。 「それだけあれば、十分だ……さあ、行こう。」 「今から？」 　ハーマイオニーが度肝を抜かれたような顔でハリーを見た。 「勿論だ！」 　ハリーが再び怒った──ハーマイオニーがため息をつく。 「いいわ。じゃあ、マントを取ってきて……みんな、幸運を祈るわよ。」 [newpage] [chapter:20] 　マルフォイは立香が階段を一階分降りて暫く歩いたところで捕まった。フィルチの事務室付近──その周りにはゴイル、ミリセント・ブルストロード等々の高等尋問官親衛隊の面々のいくらかも揃っている。ラッキーだ──立香が近づくとその足音に気がついたのか、ぱっとマルフォイが振り向いた。 「誰……何だ、リツカか。」 「うん。ドラコ、テストお疲れ様。親衛隊のみんなも……ところでこんな所に集って何を？」 　立香が不思議そうに尋ねると、マルフォイが胸を張った。 「勿論仕事だ。校内をこれから見張りに行くところでね……何せ、OWLにNEWTが終わったところではしゃぐ連中が湧くって、フィルチさんが言っててね。」 「まあ、それはそうかも。というか、絶対そうだと思う……テストが終わったっていうのにね……でも、主席も昔言ってた。こういうテスト終わりの日は監督生業務が捗るって……なんせ夜間外出持ち込み違反、談話室での大パーティー。試験で疲れてるんだから、寝かしてくれたって良いのにね……。」 　立香がやれやれと天を仰ぎながら言うと、マルフォイも頷いた。 「まったくだ……ところでリツカ、君、テストで一体何をやってたんだ？」 　テスト──呪文学やら変身術やらの無言呪文のことか──立香はすぐさま思い出すと、苦笑しながら言い返した。 「ああ、えっとね……無言呪文。聞いたことぐらいはあるかもしれないけど……呪文を唱えずに魔法を使う技術なんだけどね。まあ、今年レイブンクローで自習同盟やってる間にいつの間にか出来るようになってたっていうか……。」 「自習同盟……ああ、アンブリッジ先生がいつか言ってたな。レイブンクローに気概のあるのがいて、実際全体の成績も上がっているらしいから将来有望だしとか……リツカのことか。まあ、それはそうか。」 　マルフォイがやれやれとばかり首を振って言った。 「一体どうして自習同盟なんてやろうと思ったんだ？苦労が増えるだけだろう。」 「まあ、それはそう……でも実際、効果が出てるし、効率も良い。自分の理解度も上がるよ。それに、」 「あら、ちょうど良いところに、ミスター・マルフォイ。」 と──いくら何でも早すぎないか、それともこの程度なのか──立香の背後からどたばたという捕まった誰かが暴れるような音と、そして特徴的な猫なで声が聞こえた。立香が振り向く──するとそこにはピンクの服を着たアンブリッジを筆頭に、ワリントンと彼に捕まったロン、クラッブと捕まったネビルがいて、その二人は大暴れすることで何とか拘束を逃れようとしているところだった。黙っとれ──立香は一瞬だけそんな視線をロンに送ると、すぐにアンブリッジの方へ微笑みながら向き直った。 「アンブリッジ先生。テスト監督お疲れ様です……ところで、」 　立香は後ろの暴れる二人を指さした── 「これは一体何の騒ぎで？」 「あら、ミス・フジマル。見ての通りです。」 　アンブリッジもロンとネビルの二人を指さした── 「この二人は私を嘘を言っておびき寄せようとしたのよ。ですから捕まえました……きっとこの連中の仲間が、私の部屋から私を引き離したかったのでしょう。」 「それはお疲れ様です。まあ、テストが終わったばかりですからね……フラストレーションが溜まっていたのかもしれませんが、ともかく、ちょうどドラコとも今日は監督生業務が捗りそうだと話していたところです。」 　立香はしれっと捕まった彼らが一体何をしていたのやら、という態度でアンブリッジに言った──アンブリッジにハリー達とつるんでいるところをそこまで見せなかった成果か、すっかり信じ切ったアンブリッジが頷いた。 「ええ、そうでしょうね。……それなら、ミス・フジマル、私の部屋の周辺で何かおかしなものを見なかったかしら？」 「さあ……。」 　立香はため息をつきながら首を振った。 「二階をじっくり見て回ったわけではないんです。モンタギューが医務室で薬を飲んでいるのは見掛けましたが。この分だと学期末までにはなんとかなりそうに思えます。」 「勿論ですとも。」 　アンブリッジがにたっと微笑んだ。 「ええ、あの犯人をみすみす取り逃がしたのは癪ですけれどね、それはそれ、これはこれ。しっかり元の状態に戻して親御さんの下に戻すのも校長としての務めです。」 「……それで、僕に何の用だったので？」 　もう少し時間稼ぎできると思ったのだが──マルフォイが怪訝そうに会話に割り込み、アンブリッジの注意を引き戻してしまった。 「ああ、そうでした。ミスター・マルフォイ。私としたことが。」 　アンブリッジはますますニタニタ笑いを深くして言った。 「この賊の仲間を捕まえに行くのです。そこの尋問官親衛隊も来るのですよ……それでは仕事があるので、ミス・フジマル。あなたも監督生としての見回りをお願いします。」 「了解しました……お疲れ様です。」 　アンブリッジとその愉快な仲間はそのまま足音をどしどしと立てながら階段の方へと歩いて行ってしまった。拘束されたロンの視線が目に痛い──助けてくれ──しかし立香は小さく首を振った。まだだ──助けるにもタイミングがある。そしてそのタイミングは今ではない。少なくともハリーとハーマイオニーがアンブリッジを森に連れて行くために外に出てくれなければ、助けようもない。 　今のうちに、と立香はローブの中を確認した。立香が連れてきたロビンフッドのカードと、四年間で回収したカードが四枚、杖がしっかりと収まっている。とりあえず、報告任務があるので守護霊を飛ばす──要情報、シリウスの居場所、神秘部でないか要確認。それから立香はこっそりとマントを脱いでロビンのカードを使うと、宝具を発動して、そしてマントを着直した。ロビンのカードによる透明効果のどこが便利かというと、例えロビンのマントの上からマントを羽織ろうと透明化されることだ。そうして立香は中を盗み聞きすべく、アンブリッジの後を追って二階へと上がっていった。 　立香のたった一人による救出作戦は、しかしながらとても華々しく行われた。タイミングとしてはスネイプがやって来て出て行き、そしてアンブリッジがハリーとハーマイオニーを連れて外に行った数分後のことだ。まず立香がやったのは、こんなことで使ってごめんと謝りつつ、エウリュアレのカードを[[rb:夢幻召喚 > インストール]]することだった──髪が解けて白の花飾りがついた黒いヘッドドレスがひとりでに現れる。白いVネックのドレスは膝丈で、さらりとしながらも優雅な印象を醸しだす。そしてアクセントに入る黒色のふわりとした生地は、その白いドレスと層をなすように、本来のエウリュアレの衣装よりも多く顔を覗かせている。繊細な腕輪や足の飾りは立香には縁遠いもので、何だかこそばゆいような申し訳ないような気持ちになった。 　ともかく──立香はローブを羽織り直すと、アンブリッジの部屋の扉の前に立った。作戦は非常に単純かつ効果的なものに違いなかった──扉を叩く。 「アンブリッジ先生は所用でいない……ああ、何だ、リツカか。」 　出てきたマルフォイが言った── 「何か見つけでもしたのか……いや、」 　マルフォイが、立香はマルフォイだけでなくハリー達の友人でもあることを思い出すのには数秒とかからなかった。つまり、助けに来たのではないかと察したのだ──しかし通常手段ならともかく、立香の戦略にはその数秒が致命的だった──立香はにこやかに口を開いた。 「[[rb:どうも > ・・・]]。」 　エウリュアレ、ステンノの姉妹の恐るべき所はその神性でもって周りの人を半魅了状態に出来ることだ。更に言えば、エウリュアレには異性を対象とした[[rb:魅惑の美声 > ・・・・・]]というスキルがある──そういうわけで、部屋の中がどうなったかというと、 　耳を劈くような爆発音が至近距離で鳴り響いた。そしてしばらくの間部屋はもうもうとした白煙に包まれる。まさに大惨事──そして何か臭いものが部屋中を飛び回る中、したり顔のジニーとルーナがふわふわとした表情のロンとネビルを引きずりながら部屋から出てきたのは、立香がカードを排出してからすぐのことだった。 「助かったわ。何をやったのかは知らないけど……。」 　ジニーが酷い状態の部屋のドアを後ろ手に閉めながら言った。 「男子がみんな固まったら後はたいしたことないわね。ミリセント・ブルストロードは失神光線で一発だったし、それに杖も簡単に奪えたわ。まあ、この二人の男子も今は使い物にならないけど。」 「それはごめん。男子にしか効き目がないんだけど、男子には効き目が抜群のやつだから……。」 　立香はため息をつきながら、しかし半笑いで言った。 「私が責任持って浮かせて連れて行くよ。まあどうせ、そのうち覚めるだろうしね……。」 「それで、どこに行くの？」 　ルーナが不思議そうに尋ねた──立香が答える。 「とりあえず、ハリーとハーマイオニーを追いかける。まあ、森だね……首尾よく行ってれば、多分、ケンタウロスがアンブリッジをどうにかしてるはず。」 「部屋の外でずっと見てたの？」 　ジニーが若干ぶつくさと言った──立香が申し訳なさそうに返した。 「だって、アンブリッジには効かないからね……。」 　ロンとネビルは、立香達が校庭を横切り禁じられた森に入ろうとしたところで目を覚ました。二人は自分がどうして捕まっていたのかとハリーとハーマイオニーがアンブリッジとどこかへ行ってしまったことまではよく覚えていたのだが、その後の記憶が覚束ないようだった。 「何かすごいものを見た気がするんだけど、」 　ロンは狐につままれたような顔をしながら首を振った。 「全然思い出せないんだ……何で僕たち、禁じられた森に入ろうとしてるんだ？」 「それはね、あなたたちがずっと忘却呪文でも掛けられたみたいにぼやぼやして動かなくなってる間に全部事が済んでたからよ。」 　ジニーがキビキビと言った。 「あのね、私の蝙蝠鼻くその呪い、今までで一番上手く行ったのよ。ロンが見てなかったのは残念。ね？」 「ウン。」 　ルーナも頷いて続けた。 「リツカが入ってきたとき、何かあんたもマルフォイもみんなぼうっとしたから、あたし達が全部片付けたんだ……杖もあるよ？」 「なるほど？」 　ロンがいまだ不思議そうな表情から抜け出せずに、しかしそれを振り払おうと首を振りながら言った。 「それじゃ……まあ……ハリーを追いかけるにして、どうやって神秘部に行けば良いんだ？」 「足下気を付けて……さあねえ。」 　立香が森の中に入ってすぐにあった倒木に注意を促しながら言った。 「まあ、それはちゃんと合流してから考えれば良いんじゃないかな。でも、空を飛ぶぐらいしか方法はないと思うけどね……。」 「どうやって逃げたんだ？」 　森の中程まで進んだ辺りで、立香達はハリーとハーマイオニーを見つけることが出来た。二人ともぼろぼろではあったが、どうにかこうにか無事なようだった──むしろ無事じゃないのはこちらの方で、ロンは唇を酷く腫れさせジニーは長いひっかき傷を頬に作りネビルの右目の上には紫色のたんこぶが出来ているのだが──ハリーの問いに、ジニーが答えた。 「リツカが男子全員に呪いをかけたのよ。」 　ジニーは立香の方を一瞬見やって言った── 「それで、私達はまずミリセント・ブルストロードをやっつけてから、無防備なあいつらを失神させたりして、杖を奪ったってわけ。今頃は私の蝙蝠鼻くその呪いに足止めを食らっているでしょうよ……。」 「ともかく、」 　ロンがジニーを遮り、ハリーとハーマイオニーに杖を返しながら言った。 「アンブリッジは本当にリツカの言う通りケンタウロスに連れて行かれたのか？」 「ええそうよ。私達もケンタウロスに攻撃されかけたけど……グロウプが追って行っちゃったから何とかなったの。」 　ハーマイオニーが答えた──ルーナが不思議そうに言う。 「グロウプって誰？」 「ハグリッドの弟……ともかく、それは置いといて、ハリー、あの人はシリウスを捕まえたのか？それとも……。」 　ロンの切羽詰まった声に、ハリーが頷いた。 「捕まえたらしい。だけど、シリウスがまだ生きているのは確かだ……ただ助けに行こうにも、どうやって行けば良いのか……。」 「じゃあ、やっぱり、みんなで飛んで行くしかないと思うよ……。」 　ルーナが言った──立香以外のみんなが唖然としてルーナの方を見つめた。 「まず言っとくと、全員が何かするわけじゃ……、」 「あら？私、あなたたちと同じぐらいシリウスのことは心配しているのよ。それに子供だって言うんならここにいる全員たいした差はないし……リツカ以外。」 　ジニーが一瞬立香の方を見ながらハリーに食ってかかった──それにネビルが加勢する。 「それに、僕たちDAはみんな一緒だったよ。何もかも例のあの人と戦うためだったんだろ？今こそ何かするチャンスだ……それなら、僕たちも行かないと。手伝いたいんだ。」 「そうだよ……それに、あたし、ロンドンに行く方法を見つけたモン……。」 「何？」 　夢見心地なルーナの声を、ハリーが鋭く問い詰めた。 「ハリー、後ろ。……たくさん来てるよ？」 　ルーナの声に、ハリーが振り返った──ハリーの側にいた全員が振り返った。そしてそれを確認した──確認できない人もいたが。ともかく、ハリーの向こうの木立から、何頭もの黒い骸骨みたいな馬のようなものが──セストラルがハリーとハーマイオニーへめがけてのっそのっそと歩いてきていた。少なくとも十頭近くいる──ハリーが苛々と呆れを混ぜたような奇妙でぶっきらぼうな声でため息をついて言った。 「いいよ。分かったよ……仕方がない。どれでも選んで乗ってくれ。」 　しかしそれは簡単な話ではなかった。セストラルを見られるハリーと立香、ネビルとルーナは置いておいて、ハーマイオニーとロン、それからジニーにはセストラルのセの字も見えないわけである。そういうわけでその三人に関しては、立香とルーナが手分けして乗せるのを手伝うことになった──ハーマイオニーが立香に渡されたセストラルの見えないたてがみを掴みつつ、何とかバランスを取って言った。 「ねえ、私、ちゃんと乗れているのかしら……このまま飛ぶのよね。飛ぶのよね……？」 「まあ、そうするしかないよ、ハーマイオニー。」 　立香はため息をつきながら答えた──ハーマイオニーからしてみれば自分が何の支えもなく地面から浮いているというのは怖いに違いないのだが──しかしここで止まるわけにはいかなかったからだ。 「これからこのままロンドンに行くしかないんだからね。」 　ハーマイオニーはため息をついて黙り込んだ──そしてそれを聞いていたらしいロンも恐る恐る馬の首だと思っているところに触りながら、ぶつぶつと言った。 「無茶だ……見えたら良いんだけどな……。」 「見えない方が良いと思うけど。」 　立香がセストラルにまたがりながら答えた。 「その方がまあ幸せだってこと……ハリー、全員乗ったよ。」 「分かった……準備は良いね？」 　ハリーの声に、全員が力強く頷いた。 「オーケー……それじゃ、ロンドン、魔法省、来訪者入り口……どこだか分かったらだけど……。」 　それを見届けて、ハリーが恐る恐る言った──セストラルが理解するのか不思議がっているような声音だ──だがセストラルは鳴き声は上げないにせよ、すぐに両翼を広げた。そしてあまりにも短い助走と共に急上昇──やれやれ、馬に乗れるようになっておいて良かった、と立香は内心安堵した。 　セストラルは飛行機より速く飛んでいるに違いなかった。何故ならホグワーツから一番近いと思われるグラスゴー国際空港からロンドン近くのヒースロー空港に飛ぶにしても一時間半程度はかかるのに、それよりも圧倒的に早くロンドンの魔法省の電話ボックス前に辿り着いたからだった。ついでに言えば、その速度にしては風圧だとか何だとかそういう不快感が少なすぎた。恐らく、そういうところはセストラル自身の魔法でなんとかしているのだろう──立香がそう思いながら馬からひょいと降りる横から、ロンがセストラルから落ちて墜落する音がよく聞こえてきた。 　そこは魔法使いの好みそうな、所謂マグルのいない典型的な寂れた路地だった。古びたガス灯がオレンジの光を明滅させて辺りを照らす。目に映るものはそのオレンジの光を帯びているが、明らかに廃業したオフィスとパブ、それから観光客から見えにくいところへ押し込もうとでもしたのかごみの溢れた大型ごみ容器、そしてガラスの数枚なくなった旧式の赤い電話ボックス。しかもその中にある電話ときたら、ボックスごと吹っ飛ばされたとしか思えないような角度で辛うじて壁に引っかかっていた。壁にはスプレーの落書きが全面になされていて、いかにも、な雰囲気を醸し出している。 　木の葉を隠すなら森の中──とは言っても意外と生きている葉と死んでいる葉の色の違いは特殊な訓練をした人間ならすぐ見分けられるらしいが──という通説通りなら、少なくともこの立地はあまりセンスが良いとは言えない。しかし、その立地に文句をつけるのは立香の仕事ではない──皆がセストラルから降り、セストラルが生ゴミをむしゃむしゃと食べ始めたところでルーナが少しわくわくとしたような口調で言った。 「それで、ここからどこ行くの？」 「こっち。」 　ハリーがその電話ボックスを指さした──ハーマイオニーがおずおずと言った。 「全員入れるとは思えないわ……。」 「まあ、四次元ポケット式になってることを祈るしかないね。ムーディのトランクみたいに……。」 　本当にそうであると良いのだが──立香が言って、中に入る。するとその次にロン、ハーマイオニー──この辺りで通常満員だと思うのだが──それからネビルにルーナ、ジニー、そして体を押し込むようにハリーが電話ボックスに入り、ドアを閉めた。 「誰かダイヤルして！番号は……、」 「了解、六、二、四、四、二、でしょ？」 　ハリーの声に、立香が答える。 「そう！」 　懐かしの黒電話方式──斜めになっている電話のダイヤルを立香は急ぎながら慎重に回す。がたつきながらもなんとかその五桁の数字を打ち込み終わると、録音はじめのようなジーッという音が一瞬してから、電話ボックスに落ち着いてなめらかな女性の声が響いた。 「魔法省へようこそ。お名前とご用件をおっしゃって下さい。」 「ハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、リツカ・フジマル、ジニー・ウィーズリー、ネビル・ロングボトム、ルーナ・ラブグッド……、」 　ハリーはここまで一気に言い切って、一度息をついた── 「ある人を助けに来ました。魔法省が先に助けてくれるなら別ですが！」 「ありがとうございます。」 　その内容や、ましてハリーの息切れなど全く構いもしない自動音声は先ほどと殆ど同じ声音で言った。 「外来の方はバッジをお取りになり、ローブの胸におつけ下さい。」 　立香はバッジを取り出すと、ぎゅう詰めになっている六人に投げて渡した──ハリー・ポッター救出任務。しかしながら、ロンドンの町をやって来たであろう外来者がすべからくローブを着てくるというのは問題があると思うのだが──しかしそれは今考えることではないので大人しくバッジをつける──また案内音声が再開された。 「魔法省への外来の方は、杖を登録いたしますので、守衛室にてセキュリティ・チェックを受けて下さい。守衛室はアトリウムの一番奥にご、」 「分かったから！」 　ハリーがその語尾を遮る大声を出した── 「さあ、早く出発できませんか？」 　返事はなかったが効果はあった。電話ボックスの薄汚れた床が突如がたがたと震え、歩道がせり上がり始めた──つまり、立香達が降下し始めたのだ。やがて目線の高さにセストラルの蹄が映り、そして見えなくなった。落ちるのではないかという不安な軋む音を立てながら──そろそろ油を差すなりメンテナンスをしたらどうだろうか、だが、魔法道具に油を差すという概念はないか──辺りは闇に包まれ、たまに感じられる加速度だけが立香達が確実に降下していることを示していた。やがて、足下の方から金色をした光が差し込んできた──そしてやがてそれが大きくなった。 　目の前に魔法省のアトリウムが現れる。黒基調の石造り、高い天井。外光が入らない地下宮殿。しかも今は夜だからか照明も半分ほどに落とされていて、その薄暗さも相まって不穏な雰囲気を醸し出していた。そしてその先には、成金趣味の複数の黄金の像で構成された噴水──立香が占い学のOWLで破壊されると予言した例のあれ──そして、そこから更に奥には一台のエレベーターが見えた。 「魔法省です。本日はご来省ありがとうございます。」 　そのアナウンスと共に電話ボックスの扉が開く。押し込められていた皆が突き飛ばされたように転がり出ると、エレベーターはまた上に戻っていった。そこまで遅い時間でもないだろうに、魔法省エントランスは無人だった──或いは皆定時に帰ることが出来たのか──そしてそれがまたどことなく不穏な雰囲気を助長させていた。 「こっちだ……。」 　その雰囲気に気圧されたのか小声のハリーに従って、立香達はエレベーターの方へと向かった。途中守衛室へ立ち寄ろうとしたが、そこは無人だった──やはり定時──ともかくそれにハリーが一層表情を硬くし、皆の間に走る緊張感も高まった。 　金色の門を抜け、エレベーターに入ると、ハリーがすぐさま九と書かれたボタンを押した。エレベーターはこれもまたがたがたとあまり好ましくなく、しかもかなりうるさい音を立てながら下へ降りる。不安そうに泳ぐハリーの目が、こんな音に誰も関心を持たない魔法省の異常な現状を物語っているようだった。やがて目的地の暗い廊下に辿り着き、エレベーターが止まる。立香にもよく見覚えのある廊下には両端に松明が灯り、ゆらゆらと揺れる光が七人の影をぶれさせて、立香達を余計不安にさせようとしているかのようだった。 「オーケー、いいか……。」 　一行が例の扉の目前に迫ると、ハリーがたしなめるように言った。 「どうだろう……何人かはここに残って、見張りとして立って……それで……。」 「やめておいた方が良いと思う……分断するのは。」 　立香が言葉の先がなくなったハリーに少し堅い口調で言った。 「背後から襲いかかろうってやつがいたら、ここに立ってる人は危ない。それよりは、みんながみんな手の届く場所にいた方がまし。」 「よし、それがいい。」 　ロンも頷いた。そして皆が追従してうんうんと頷く。それを見たハリーはため息をつき、そして諦めたように扉を開け、ついてくるように言って神秘部の中に恐る恐る、そして慎重に入っていった。 [newpage] [chapter:21] 　扉の中には立香もよく知る、時計を模したのだろうか、十二枚の扉がある円形の部屋が広がっていた。いつも通りほの暗く、そして人気が全くない。部屋の扉といえばどれも棺桶のような不吉な黒色、同じ姿形で、一体どうやって無言者が自分の勤務する部屋を見分けているのかは永遠の謎だ──ともかく、全員が部屋に入りネビルが後ろ手に扉を閉めると、部屋は青白い松明の光に照らされるばかりになった。そして急に──何の音もなく唐突に──円形の部屋の壁と共に扉がぐるぐると回り始めた。 　どうしてどの扉から入ってきたか、或いは出てきたかを分からなくする仕掛けがあるのか立香には分かりかねた。しかし、神秘部が通常の空間法則に従っていないことは間違いなく、恐らく神秘部に入ったドアの時点で四次元ポケットのようになっていて、ここでの扉は空間をつなぎ合わせるリンクのようなもので本体は別の所にあるに違いない──もし繋げ合わせて作られているなら魔法省すら回らなければならないから──しかしそんなことを考えていられたのは立香ともしかしたらルーナだけで、他の全員は唖然として回り続ける壁を見つめていた。 「やられたわ……このくらい、同じような扉が並んでる時点で気がついても良かったのに。」 　ハーマイオニーが、壁の回転が終わってすぐに言った。 「次からは、ちゃんと印をつけることにしましょう……それで、どうするの、ハリー？」 「入り口が分からなくなったのは問題ない……シリウスを見つけるまで、出て行く必要はないんだから……でも、」 　ハリーの言葉を立香が引き取った。 「部屋を探さないと。時計が沢山置いてあって、奥にクリスタルの輝く釣り鐘がある部屋を……その先に、あのガラス球の部屋があるはず。」 「そう。……じゃあ、どれか試してみよう……。」 　ハリーはそう言って、手頃な扉を一つ開けた。細長い長方形の、天井にランプが沢山吊り下げられた部屋だった。机がいくつも置いてあり、そこには数枚の書類も残されている。しかしその部屋で一番目を引くのは、巨大な水槽だ──緑の養液で満たされ、そしてそこには半透明の白い半球にも似た物体が、触手のような糸を伸ばしながら怪しげに漂っていた。 「マッドサイエンティストの部屋……ってところ？」 　立香が言うと、ロンが不思議そうに返す。 「サイエンティスト？……ともかく、なんだい、これは。」 「さあ……。」 　ハリーが怪訝そうに言った──ルーナが目を見張る。 「水蛆虫かな？魔法省で繁殖してるんだって、パパが……、」 「違うわ……脳みそよ。」 　全くその通りである。脳みそ──もしやここは記憶か、或いは精神の出所の研究でもしているのか──がいくつも、その水槽には浮いている。はっきり言って悪趣味だ。はたしてそれが、誰の脳みそなのか──果たして魔法使いか、それとも非魔法族か、或いは生者のものか死者のものか──魔術世界では首だけでも生きている状態を保つことが出来ると誰かが言っていたようなと思いながら、しかし、気分が悪くなってきたので考えるのを無理矢理中断した。 　そしてそれは、他のみんなも大概にして同じようだった。 「出よう、」 　ハリーが首を振りながら言った。 「ここじゃない。別のを試さなきゃ。」 「ここにも扉があるよ？」 　ロンが部屋の奥を指さした──幾つかの扉が並んでこちらを向いている。しかし、この部屋は夢には出てこない──そういうわけで立香達は部屋を後にし、扉を閉める前には忘れずに試し済みという焼き印をつけた。 　また壁が回る。どこが目的地に通じる扉か分からない以上、ひとつずつ試していくしかない──ハリーがまた真正面にある扉を開けた。そして、その中に入っていく。そこは──立香の想像通りではあったものの、目の前に現れると不意に現実味を帯びて、立香は唇を噛んだ──所謂、死の間だった。薄暗い長方形の形をした部屋で、真ん中に向かって段々に窪んでいっている。その段々は石のベンチのようにも見え、大学の大講堂かホールのようだ──しかしその中央にあるのは演説台でもなくモニターでもない。石造りの大きな、しかし古びたアーチがぽつりと聳え立っていた。 　と── 　あまりにもそれが唐突だったので、立香は一段階段を踏み外した。立香が映画の中で食い入るように見つめた白い靄のような、薄衣のようなベールが、一瞬かたちを持ったからだった。そしてそのかたちが、立香にもよく見覚えのあるものだったからだ。ほんの一瞬だったが── 　確かにそれは、今はなき所長、オルガマリー・アニムスフィアのかたちをとった。あの日赤く染まったカルデアスに消えていったあの姿を。少しだけ分かり合えたのではないか、と思ったあの日の姿を── 「……カ、……リツカ！」 　不意に立香の腕を誰かが掴んだ。意識が引き戻される。辺りを見回す──立香は吸い寄せられるようにしてどうやら死の間の中央まで降りてきていたようだった──そして立香の側ではまだぼうっとしたハリーがアーチを見上げ、そしてルーナがルーナ自身が驚いているような表情で、立香の腕を掴んでいた。 「ええと……ルーナ？」 　訳が分からず、立香がルーナに怪訝な声を漏らす──しかしルーナは目を細めて首を振った。 「ここには誰かいる……でも駄目だよ。一方通行だモン……。」 「ねえ、ハリー、リツカ……戻ってきて！」 　ハーマイオニーもそう言いながら、ずかずかとアーチめがけてやって来た。 「私達、何のためにここに来たの？シリウスよ！シリウス……拷問されているんじゃなかったの？」 「シリウス……！」 　立香の隣でハリーがはっとした──そしてじりじりと後ろ歩きで下がってからゆっくりとアーチに背を向けて言った。 「行こう。」 「もう……私、さっきっからそうしようって……それじゃあ、行きましょう！」 　立香はルーナに引きずられるようになりながらももう一度だけベールの方を見た。まるで幻覚だったかのようにそこには誰もいない。そして、まだカードの気配もない──引き寄せられるような感覚も。その代わりに[[rb:既に死んでいる > ・・・・・・・]]シリウスに対する罪悪感と言い返せなかった歯がゆさが、立香の心の中をじわじわと侵食しているような気がしてならなかった。 　開かずの間を経て、立香達はようやくクリスタルの釣り鐘がきらきらと煌めく、時計ばかりがある部屋の扉を発見した。目が眩むようなまばゆさだった。明かりに慣れない目を数回瞬いてから左右を見渡すと、夢の中では不明瞭だった奥の方まではっきりと見通せる。懐中時計から大きな古時計までありとあらゆる、立香にとってはアンティークものの時計がその場にはあった。そしてその針が進む音が、転がる台の上のメトロノームのように響き合いながら合わさり、そしてなぜだか拡散するという奇妙なメロディーを絶えず奏で続けていた。 　その部屋の奥にはクリスタルの釣り鐘と、その裏には唯一の扉があった。その釣り鐘は、まさしく時を象徴しているようだった──卵が孵ってハチドリが生まれては、また卵へと戻っていく。円に始まりはない──これはルーナが二年後にレイブンクロー塔の扉に向かって言う台詞なのだが──それを体現したような様子に、みんな少なからず目を奪われた。しかし──一瞬でそれから目を覚ましたハリーが、引きずるようにして特に夢中になっていたジニーを引き剥がし、扉の前に連れて行った。 　緊張が走る。最終目的地前──全員が杖を構え、少し強張った顔でお互いの姿を確認した。ハリーが頷き、ドアを押す──あまりにも呆気なく開いたドアを抜けると、そこには天井の高い、ガラス球ばかりが棚一面に置いてある部屋が広がっていた。妙な寒気が部屋を包み込んでいた──青白い蝋燭の光が立香達の顔に仄青い影を落とす──しかし進まないわけにもいかず、意を決したようなハリーの後について、立香達も恐る恐る前進した。 「九十七列目の棚だったよね？」 　立香が言った──ハリーが頷く。 「ああ……五十三。五十四は……。」 「右に行くんだと思うわ。」 　ハーマイオニーが通路を指し示しながら言った──ハリーは頷き、そして立香達に杖を構えるように指示した。一行は天井までガラス球の並ぶほの暗い通路の間を忍び足で歩いていた。明かりが乏しく、先は真っ暗だ。時々妙に明るく光るガラス球が、その場所の気味悪さを助長させていた。 　じりじりとした自分達が立てる足音以外の音は全く聞こえなかった。それはそうだ──なぜならここに拷問されているシリウスなどいないのだから──しかしどこかに死喰い人が潜んでいるはずだった。しかし、その影は見えない──そうして立香が敵の位置を把握できないまま、一行は九十七と書かれた、燭台のついている腕木が突き出す棚まで辿り着いた。 「シリウスは一番奥にいるんだ……。」 　ハリーが色のない口調で言った。 「ここからじゃ、ちゃんと見えない……。」 　そうして通路を進む。一寸先は闇ではあるものの、争った影も形もない。さすがにハリーの様子に段々と焦りが見えてきた。シリウスはここにいるはずだ、いなければならない、いないとおかしい──そんな思考が立香には聞こえてくるような気さえした。もしかしたら、実際に聞こえているのかもしれなかった。 　立香達はそうしてすぐに列の端まで辿り着いたが、当然そこには誰もいなかった。ガラス球の上にはうっすら埃が積もったままだ。物音は全くしない。自分達の呼吸の音が響くばかり──ハーマイオニーが怪訝そうに言った。 「ハリー？」 「なんだい？」 　不機嫌そうなハリーが答えた──ハーマイオニーがおずおずと続けた。 「ここには……シリウスはいないと思うけど。」 　ハリーは首を振って黙り込んだ。そうしてから確かめるように辺りを右往左往して走り回る。それを見るハーマイオニーの顔には憂慮の色が漂っている──もしかしたら、これは罠なのかもしれない、と。今まさに、敵がどこかにいるのかもしれないと、ハーマイオニーが思い至っていないわけがなかった。当然だ。シリウスがいないとなれば、次に思い当たる節がそこなのだから──ハーマイオニーの深刻そうに潜められた目を、立香が凝視する。そして頷こうとした途端──突然、ロンが口を開いた。 「ハリー……これを見た？」 　ロンは棚の埃っぽいガラス球を指さした。 「これ……これ、君の名前が書いてあるんだ。」 　始まる──ハリーが不機嫌そうに一歩近づき、きょとんとした。 「僕の名前？」 　そう、ハリーの名前だ──シビル・パトリシア・トレローニーからアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアへ。闇の帝王そしてハリーポッター。もう十数年も前、とあるパブで行われた予言だ。ハリーの、ハリーの両親の、そしてスネイプの運命を変えた── 「これ、何だろう……こんな所になんで君の名前が？」 　ロンが不安そうに言った──そして棚を見渡す。 「僕のはここにないよ。……僕たちの誰もここにはない。」 　しかしハリーはそれを聞きながらも、ガラス球に手を伸ばす──もうすぐだ──ハーマイオニーが言った。 「ハリー、触らない方が良いと思うわ。」 「どうして？これ、僕に関係あるものだろう？」 　ハリーの声が遠く聞こえる──立香は耳を澄まし、それを待つ。 「触らないで、ハリー。」 　ネビルの声──ハリーの声がすぐに響く。 「僕の名前が書いてあるんだ。」 　指がガラス球を包み込み、そして、持ち上がる。ハリーが手に収めた球をじっと見つめる──振り返る。 「よくやった、ポッター。」 　立香の斜め前に、プラチナブロンドの長髪の男が立っている。怜悧な気取った声。ルシウス・マルフォイ──こちらに杖を向け、そして悠然と底冷えする笑みを顔中に湛えていた。 「さあ、こっちを向きたまえ。そうら、ゆっくりとね。そしてそれを私に渡すのだ。」 　どこからともなく現れた死喰い人の集団は、あっという間に立香達を取り囲んだ。中には、かの有名なベラトリックス・レストレンジもいる──ネビルの顔が明らかに強張った──そして全員が立香達に、特にハリーに杖先を向けていた。 　シリウスはここにはいない、どうやら自分達はヴォルデモートに騙されたらしい──そしてなぜだか分からないがハリーの持つガラス球に入っている予言が重要なものらしい。幾つかの棚の破壊と数分の言い争いで分かった事実は、ハリーを打ちのめすには十分だったに違いない。しかし──それに打ちひしがれることなく、ハリーは手立てを考えているようだった。そして更に幾つかのガラス球が犠牲となった直後、ハリーが立香の瞳を一瞬だけじっと見つめた。この局面で目線を合わせる意味を立香が分からないわけがなかった──僕が今だって言ったら棚を壊せ──立香がその刹那で理解し数ミリ単位で頷くと、ハリーはまたルシウス・マルフォイらとの時間稼ぎの問答へと戻っていった。 　死喰い人の注意を引かないように、というのが中々に至難の業だったが、ハリーがそれを受け持ってくれたので立香は何とか全員にハリーからのメッセージを伝えることが叶った。全員がその言葉を待った──待った──そして。 「しかし闇の帝王はご存じだ。」 　ルシウス・マルフォイの言葉が、立香にとっての一歩手前の合図だった── 「お前が愚か者ではな……、」 「今だ！」 「[[rb:レダクト > 粉々]]！」 　呪文が高い天井に反響しながら響き渡る──六方向に放たれたその呪文は、見事に効果を発揮した。狙われたが悉く爆発し、金属製の部品とガラス球が入り交じった雨あられが、長年積もっていた埃と共に舞い上がってから降り注ぐ。クリスタルのシャンデリアが床に当たって粉々に砕けるような、或いは悲鳴のような音が辺りに木霊した。倒れた棚はその衝撃で、その隣の棚をもなぎ倒す。そうしてまたガラス球が落ち、割れて──ハリーが叫んだ。 「逃げろ！」 　言われなくとも全員が逃げ始めていた。立香は傘のような障壁を張ってガラス片を防ぎながら走った。数メートル前にはルーナのプラチナブロンドの髪が揺れていたが、視界が悪い。ハリーは見えない──それに割れたガラス球から飛び出す予言の数々が、その現場を混乱させていた。 　行くべき所は分かっていた。ハリー達が逃げ込む時計の部屋ではない。ルーナ達の方だ──立香は辛うじて見える髪を追いかける。途中、誰かが立香を掴もうとする──無言で反撃。クラゲ足の呪い──そして振り返ることなくルーナが消えた扉へ飛び込む。目視でジニーとロン、そしてルーナを確認。[[rb:コロポータス > 閉じろ]]──気持ちの悪い粘着質な音と共に、扉が勢いよく閉じた。 　妙な部屋だった。机もなく椅子もなく、また蝋燭やランプのひとつもない。にもかかわらず太陽光でも入ってきているかのように部屋はきらきらと明るかった。それから石造りのシンプルな壁に、高い天井。一年生の時に見た鍵ばかりが飛び回る部屋にも少し似ている。しかし、今回飛んでいるのは──かたちが不明瞭な金色の光。この部屋だけが妙に明るいのは、これが自身で発光しているからだろう──ロンが不安げに言った。 「ハリー達は……。」 「少なくともはぐれた。でも多分、ハーマイオニーとネビルと一緒にいるはず……でも戻るのも危険。この部屋にいるのも……、」 　立香は辺りを見渡す──立香達が入ってきた扉のひとつに加え、部屋の反対側には左右にひとつずつ、合わせて二つの扉がある。立香達が使った扉に加え、どちらかから死喰い人が入ってくる可能性は否めない──そしてそれならばどこに逃げるかも考えておかなければならない──立香が部屋の中心から慎重に移動して右側の扉をうっすらと開くと、底知れぬ闇とその奥から強い光源が覗いている。太陽だ──つまり逃げるべきは右だ。しかし、今のところ追っ手はやってこない──ジニーが息も絶え絶えに言った。 「それで、私達……どうすれば？」 「なんとかみんな脱出させる。騒ぎに気付いて闇払いが来るにせよ、もう少し時間がかかるから……もし、ここに死喰い人が来たら、右の部屋に。絶対にそっちからは来ないから……。」 　立香が確信めいた強い口調で言った──不思議そうな顔をしながら全員が頷いた。立香の確信に突っ込んでいるほど悠長にはなれないと分かっていたのだろう──現在位置からは左手に変わった予言の間へと続く扉の外からは、ルシウス・マルフォイの吠える声、それから荒々しい足音。間違いなくこちらに二人は向かっている──そして少し遠いが右からも足音が聞こえる。間もなく挟み撃ちだ── 「どうしてこっちにすぐ逃げないんだ？」 　ドアをすぐに開けられるように左手でノブを握り、右手はしっかりと杖を持ちながらロンが小声で言った。 「こっちからは来ないんだろ？」 「冥王星をあんまり吹っ飛ばしたくないからね……。」 　一見意味不明なため息を漏らしながら立香は答えた。 「碌なことにならない気がする……それに、どうせあの部屋に逃げ込んだことはすぐに分かるよ。だったら足場のしっかりしたこの部屋で撃退する方が効果て、」 「[[rb:アロホモーラ > 開け]]！」 　立香の言葉が途中で途切れる。両側の扉が、示し合わせたかのように同時に開き、死喰い人四人がなだれ込むように部屋に入ってきた──だが全員が、まるで目を焼かれたように顔を顰める。杖をこちらに向けているのだが、その杖先は震えて安定していない。合点がいった──恐らくこの部屋が集めているのは希望だ。パンドラの箱だか或いは守護霊だか、もしくは精神を研究しようとしているのかは分からないが都合が良い。彼らに対するこれは、強力なエネルギーになる──立香がロンに目配せする。ロンが小さく頷く──三、二、一── 「[[rb:エクスペクト・パトローナム > 守護霊よ来たれ]]！」 　立香とルーナが同時に叫んだ。杖先から銀の塊が飛び出す──かたちをなし、殆ど肉体を得たかのような姿のセントバーナードとウサギが死喰い人達を壁際まで吹き飛ばした。それを傍目に見ながら、立香達はロンが開いた扉へ走る──そして暗闇の中に逃げ込み、[[rb:コロポータス > 閉じろ]]。扉がくっつき、一時的に部屋が静かになった。立香は辺りを見渡す──自分達はどうやら、暗闇の中にぽっかりと浮いているようであった。そして先ほど立香が見た太陽は、立香の後方百メートル程度の位置に浮いて、その部屋唯一の光源として強い光を放っていた。 　その部屋にあるのはどうやら太陽系と、制作途中と思わしきその外側の銀河系のようだった。太陽系に関してはそれぞれの星のスケールは若干調整されているようであったが、かなり精巧な出来になっている。太陽近くを回る水星に金星、そして地球とその周りを回る月──もしかしたらこれに何か影響をもたらすことで、カルデアスのように何か本物に影響が出るのではないかと考えると怖かったが──しかしルーナが冥王星を作中で吹っ飛ばした時には何もなかったので恐らく大丈夫なのだろう、とはいっても冥王星は最早惑星の枠から外されてしまうような軌道を描いていたわけで──ともかく一行は惑星には触れないようにしながら、じりじりと扉から後退した。 「変な感じ……。」 　ジニーがぽつりと呟いた── 「地面がないのに地面を踏んで歩いてるみたいな気分。」 「まあ、そうかもね……。」 　立香も頷きながら続ける。 「とりあえず、この部屋のどこかに最初の円形の部屋に戻る扉があるはず……伏せて！」 　入ってきたのとは違う方角からの足音に気がついた立香が叫ぶと同時に、進行方向右側にあったドアのひとつが吹き飛ばされるように開いた。 「いたぞ！」 　男の声が響く──本来数光年の距離を超えて──立香が庇うようにルーナとロン、ジニーを背後に立たせ、声の方向に杖を向ける。男に続いて数人が、部屋に入ってこようとする──そして銭湯のその男の口が開く── 「アバ……、」 「……！」 　残念ながら──立香は思った──ある程度魔法に習熟した者同士が争う場合、死の呪文は一番使うべきではない呪文だ。今のところ死の呪文を無言で発せるほど強い意志で世界を書き換えられる魔法使いは登場していないし、それに何と言っても呪文が長めだ。七文字もある──そういうわけで立香は失神呪文でそれを止め、叫んだ── 「[[rb:左に逃げて > ・・・・・]]！」 　右手側に盾の呪文を張りながら、立香が走り出す。その後ろに三人がつく──飛んできた呪いをある時は立香の盾が、あるときはルーナ達が吹き飛ばした。そしてある時は呪文が宇宙ごみか何かに当たり、小規模な爆発を引き起こす。流れ星が落ちていく。それに数歩分を吹き飛ばされながらも、全員が走る──足下はどこまでも真っ暗で、いつか落ちるのではないかという不安がつきまとったが──星の始まりと終わりの横を、星座の横を、底知れぬ闇への入り口を横目に走る。残り五十メートル。二十五メートル。扉まであと少し──少し──ロンがぱっと扉を開けた。円形のホールが目前──しかし突如として、目指していた扉の二つ左隣にあった扉が開いた。顔の見えない、大柄な男がルーナの足首を今まさに掴んで杖を向け、何か呪いをかけようとしている──時が止まった。 　正確ではない。時が止まったかのように思えた。すべてが限りなく遅くなり、そして立香の意識が急加速した。 　状況を把握──立香の数メートル後方に死喰い人が一人。今まさにルーナに何かしようとしている。恐らく無言呪文で、そして杖先からルーナまでの距離が向こうの方が短い以上、今から杖を振って何か間に合うかは疑問。ガンドは──ルーナの体自体が障壁になっている。何か、ルーナに当たらずに死喰い人を阻害できる方法──と、不意に立香の目に、太陽系が映った。何故かは分からない、が、立香は気がついた──太陽と月、地球がその順番に一直線で並んでいる。 　皆既日食── 　何かが頭の中で千ピースパズルの最後の一個のように嵌まる音がした。途端、立香の口から得体の知れない、立香には意味の全く分からない呪文が漏れる。きっとそれは──自分が少し浮くような感覚。しかし、世界からの疎外感のような相応の痛みこそあれ、[[rb:いつものような > ・・・・・・・]]物理的な痛みはない。出血もない。意識の途絶も、ダメージもない──魔術だった。 　立香の右手の指から、どこからともなく槍のようなかたちに輝く光が現れた。そしてその槍はルーナを避けるように屈折する。そして──時間が元通りに動き出す。立香の目の前で、血しぶきが飛んだ。 　その死喰い人がルーナの後ろに糸が切れたかのように倒れていた。脇腹に致命傷レベルの傷を負っている。にもかかわらず何故か死ぬような気配が微塵もなかった──呆然としながらも立香はルーナを助け起こす。ルーナも唖然としていた──しかし怪我はないらしい。立香には何が起こったのかさっぱり分からなかった。立香の知らない魔術だった。そしてきっと、考えてみれば、ここは天体の部屋なのだから──[[rb:天体科 > アニムスフィア]]のホームであり、彼女の魔術の一つであるのには間違いなかった。しかし、考えている暇はない──いつ死喰い人がやって来るかも分からない。ルーナがしっかり立てるのを確認すると、立香はルーナの手を引きながら、ロンが開けたまま押さえているドアから最初の円形の部屋へと飛び出した。 [newpage] [chapter:22] 　ルーナと一緒に半ば倒れ込むように円形のホールに戻ると、立香はすぐに扉に杖を向けた。永久粘着呪文──気味の悪い音を立てながら扉がくっつく──少なくとも、この部屋から死喰い人は来られない。逆にこの部屋に立香達も入れなくなった。しかし、問題はないだろう──この部屋に戻る記述はなかったのだし、それに、これで困るのは神秘部職員だけだ。まあ、あとで適当に大使館経由で謝っておこう──立香が一瞬だけ呑気にそう考えていると、部屋の反対側から声が聞こえた。 「ロン！リツカ！ジニー！ルーナ……みんな大丈夫？」 　ハリーだ──その向こうには気絶したハーマイオニーをネビルが支えている。 「こっちは全員無傷。擦り傷かすり傷は置いておいて……ハーマイオニーはどうしたの？」 　立香がハリーと、そしてハーマイオニーを見やりながら答える。それを聞いたハリーは立香達の方に駆け寄ってきて、特に外傷のない立香達を確認し安堵のため息をついた──しかしすぐに顔が強張る。 「何の呪文か分からない……無言だったから。でも、なんかの呪いにやられたのは間違いないと思う。」 「無言呪文ね。となると、下手なことしない方が良いかな……。」 　立香の魔術礼装のスキルを使えば恐らく一発回復できるだろうが──しかし立香のタイムリミットも迫っている。カード回収の──なので、今体に負担をかける魔術をみすみす使うわけにはいかない。さっきのあれは置いておいて──あれが一体何なのか、立香は全く分からなかったのだが──立香は辺りを見回し、そしてネビルの血を流した顔に目を留めた。 「ネビルは？物理的に殴られでもしたの？」 「ぞうばよ。」 　ネビルがほがほがと頷いた──ハリーが補足する。 「ドロホフがやったんだ。蹴られた──それにネビルの杖もやられた。君たちは？」 「行き先を間違えてね、パンドラの箱……希望の部屋みたいなのに逃げ込んだんだけど。」 　立香が言った──ルーナがにこにこと先を引き取った。 「でも、あいつら、希望が苦手みたいだった……だからあたしとリツカで守護霊を使って四人撃退したんだ。そこから惑星がいっぱいの暗い部屋に逃げ込んで……とっても変なところだったよ。床もなかったし……暗闇にぽっかり浮かんでたんだ……。」 　それを今度はジニーが引き継ぐ。 「暫くは大丈夫だったんだけど、死喰い人が右からやって来て……みんなで左の扉に逃げたの。でも、左の扉も沢山あって……そのうちの一つから一人出てきて、ルーナの足を掴んだのよ。でも、それは……、」 　ジニーが立香を見た──立香は頷く。 「私が撃退した……多分、あいつに限っては暫く動けないと思う……致死傷で動けないレベルなんだけど、死なないようにする呪い……みたいな……。」 　立香の所感を正直に述べると、ハリーが首を捻った。しかし、それについて議論する暇はなかった──ハリーが立ち上がる。 「とりあえず、ここから出る扉を見つけないと……。」 　ハリーが一つの扉の前へ向かい、全員がそれに追従する。ハーマイオニーの支えに、ネビルに加えてロンが入る──と、 　建物一つ吹き飛びそうな轟音と共に、ホールの反対側にある扉が開いた。そこにいたのは、髪を振り乱す悪人面の女──ベラトリックス・レストレンジ。ハリーが扉を急いで開き、皆がそこに突っ込んだ。 「いたぞ！」 　ベラトリックス・レストレンジの声が神秘部中に木霊した。みるみるうちに足音が、立香達の逃げ込んだ部屋に迫ってくる──皆で手分けして[[rb:コロポータス > 閉じろ]]を使い、扉を塞ぐが間に合うか──そもそもそれの反対呪文が[[rb:アロホモーラ > 開け]]な以上、少々の時間稼ぎにしかならないが──視界の端でルーナが最後の一つの扉へ向かっていった。そして、その扉は── 「ルーナ！逃げて！」 「コロ……わぁぁ！」 　間に合わなかった──扉が開き、五人の死喰い人がなだれ込んできた。一方ルーナは吹き飛ばされる──立香が着地地点に急いでクッション呪文をかけると、ルーナは一回それに柔らかく受け止められてから、ゆっくりと地面に座るように着地した。気絶してはいない──が酷い咳き込みようだった。どうやら扉が明け放れた時に、その粉塵を酷く吸い込んだらしい。しかし──手当てしている時間はない。ベラトリックスが叫んだ── 「ポッターを捕まえろ！」 　ベラトリックスが机を乗り越え、立香の目の前を飛ぶように横切ってハリーへ迫った。ハリーが部屋の反対側に疾走する──そしてそれ以外の死喰い人四人は、そのハリーを追って一目散だ。少なくとも、ここからハリーが出られるようにしなければ──確か。立香は思い出す──確か脳みそが彼らの気を引いた。ロンが戯言呪文か何かに当たらなかった以上、立香がその代わりを埋めるしかない──立香はあえて声に出して呪文を唱えた。 「[[rb:ウィンガーディアム・レヴィオーサ > 浮遊せよ]]……、」 　杖先は緑の養液に浮かぶ半透明の脳みそへ。脳みそはふわりと溶液を滴らせながら浮き上がり、立香の指示を待つ──効果は抜群だった。その場にいた全員が、脳みそのふよふよと動く触手かリボンのような何かを見つめ、唖然としていた。しかも、一番質が悪いのはあからさまに正気の立香が誰に脳みそを飛ばそうかと考えていそうな表情で脳みそを浮かせていることだ、と立香自身思った──死喰い人が一歩後退する。 「誰にしようかな天のか……走って、ハリー！」 　言うまでもなかった。ハリーが走り出す──そして予言を壊すわけにはいかない死喰い人が、杖を振ることはせずに疾走する──しかしその周りに向けては呪文が幾つか飛び交った。近くにいたネビルと咳き込み続けるルーナ、ジニー、そして伸びてしまったハーマイオニーを庇いながら──しかしロンは見えない──立香は収まるのをしばし待った。やがて部屋の反対側に再び辿り着いたハリーが、一つの扉へ飛び込んだ。死喰い人五人全員がそれに続く──そして部屋はまた静かになった。 「ハリー！ハリーが！」 　ネビルがなんとか聞き取れる声で言った。 「多分ハリーはあの球を持ってる限り殺されはしない……それより……みんな無事？ハーマイオニーは元から気絶、ルーナの咳き込みはさっきから……ロンは？」 　ロン──ネビルと二人で探してみると、すぐに見つかった。水槽の脇にばったりと倒れている。しかし、どうやら気絶しているだけのようだ──ネビルが言った。 「よがった……ぎぜづしでるだけだ。」 「ネビル、あんまり喋ると骨が変なところに行くよ……、」 　立香がたしなめる──が、ネビルは立香の言葉を遮って立ち上がった。 「なら、いがなぎゃ……！」 「ネビル！」 　まだ鼻血も止まっていない、傷だらけの顔に傷だらけの顔──しかしネビルは決然とした表情でハーマイオニーの杖を拾い上げると、そのままハリーの後を追って一切の迷いなく扉を抜けていった。友をただ助けようというその眩しさ──心が眩みそうになるが──立香にとってもそろそろ潮時だった。そろそろ騎士団がやって来る。そろそろシリウスが──首を振った。この部屋に残された人の中で今満足に動けるのは、ジニーと無言呪文の範疇ならルーナだ──唇を噛みながら、しかし静かな口調で立香が二人に言った。 「ネビルに加勢してくる。ジニー、ルーナ……ロンとハーマイオニーをよろしく。」 「分かったわ。……ハリーとネビルをお願いね。」 　ジニーのその声と、ルーナの首を縦に振りながらする咳き込みを確認してから立香は扉の前に立つ。一度深呼吸──ローブの中の出しやすいところにいれた二枚のカードを確認。セイバーとバーサーカー。アルトリアとヘラクレス。何が起きても──本当に何が起こっても──立香のやるべきことは一つだ。カードを回収すること──立香は自分に向けて一回だけ頷くと、扉を開いて死の間へと踏み出した。 「あいづらに、ぞれをわだじじゃだみだ、ハリー！」 　ネビルが立香から四、五段石段を中央に向かって降りたところで、死喰い人に羽交い締めになりながら喚いていた──それにベラトリックス・レストレンジが杖先を向けている。ベラトリックスはかなり生き生きとして、有頂天になっているようだった──それはそうだろう。ネビルの両親の気を狂わせたのは彼女張本人で、その息子がほいほいと罠に乗せられやって来た訳なのだから。 「クルー……、」 「[[rb:プロテゴ > 護れ]]！」 　わざと発声し、注意を引きながらネビルの方に盾を展開──ベラトリックスが放った磔の呪いが跳ね返り、石段の一つに直撃して一メートル強のひび割れができる。加勢に虚を突かれた死喰い人達の隙を使う──ネビルを羽交い締めにする死喰い人に[[rb:レラシオ > 放せ]]を直撃させ、ネビルを奪還──ハリーが唖然としてこちらへ叫んだ。 「……リツカ！？」 「ハリー、無事？予言は？」 　立香が直近の死喰い人の方に杖を向けながら返す──ベラトリックスが立香を舐めるように見回した。 「へえ、健気なお嬢さんが一人、ポッターの助けに来たって訳かい？さあて……。」 「いや待て、ベラトリックス……。」 　ルシウス・マルフォイが嬉々として数段下から立香に杖を向けるベラトリックスをたしなめた── 「こいつは極東の大使の娘だ……殺すな。服従の呪文を掛ければかなり使える。」 「そうはいかないと思いますけどね。」 　ルシウス・マルフォイとベラトリックスを順にちらっと見ながら、立香がにこやかに返した。 「それに、私一人だとお思いで……？」 「何を……、」 　ルシウス・マルフォイが怪訝そうに立香に言った──立香は少し悠然と微笑む。この部屋に通じる幾つかの扉から、息を殺すような気配が何となくだが伝わってきていた。機を待っているかのような──立香はそこに誰がいるのか知っている。誰が来たのかを──その中に、今日を乗り越えられない人がいることを知りながら──今だ、とばかりに立香は叫んだ。 「[[rb:私達は > ・・・]]、[[rb:ここにいる > ・・・・・]]……！」 　その声が高い天井に反響し、一瞬だけ死の間が静まりかえった。何を言っているのだ、と死喰い人達が唖然としているのだ──しかし確かにその一瞬は隙だった。そして、ドアの向こうにいる彼らは、それを逃すほど鈍くはなかった。 　ドアが二つ、唐突に開いた。五人の魔法使いがここに駆け込んでくる。ルーピン、トンクス、ムーディ、キングスリー──そしてシリウス。全員が杖を構え、臨戦態勢だ──失神呪文の赤い光線が階下へと降り注いだ。ハリーがその呪文を避けながらこちらへ走ってきている。死喰い人はどうやら、騎士団に気をとられてハリーが逃げたのに気がついていない──立香はハリーに駆け寄り腕を掴むと、ネビルと同じ段まで引っ張り上げた。 「君、騎士団が来るって……？」 「さあね。でも誰か来てたのは分かった……危ない！」 　立香が盾の呪文を使うのと同時に、ハリーのいる段を赤い光線が穿った。そこから更に上に数段避難──と、立香達の左から忍び寄るように死喰い人が一人、扉から出てきてこちらへと向かっている。[[rb:デパルソ > 吹っ飛べ]]──それを五段ほど吹き飛ばし、ハリーの方に向き直る。立香の背中側では、大量の光線と粉塵と魔法が、雨あられのように飛び交っている──立香が半ば叫ぶように言った。 「ともかく、警戒して……ムーディ先生！」 　視界の端で立香はムーディを捉えた。立香達から上方数段分のところでドロホフと戦っている──ネビルを蹴り飛ばした張本人だ──だが、ムーディの顔を呪文が直撃する。何かが飛び出て──丸くぬめぬめとした何かが──目玉だ。ムーディの目玉──だがそこにはベルトのような物がついていた。どうやらありがたいことに義眼の方だった──[[rb:アクシオ > 来い]]で立香は床に落ちる前にそれをキャッチし、ネビルに押しつけると、こちらへ杖を向けようとするドロホフの前に飛び出した。 　ドロホフが立香に奇妙な杖の動きを見せた──ハーマイオニーに使った呪文と同じ物だろう──立香が横に振り払うようにしながらその杖先数メートルに小さいが分厚い壁を展開。鏡のように呪文が跳ね返り、背後の石段に当たって爆発を引き起こす──足下にいるのは不利だ。ハリー達を一瞬の手の動きで上に上がるように促しながら立香自身も一段飛ばしで階段を上がる。失神呪文と思わしき魔法を躱し、そっくりそのまま失神呪文を返す。階下ではキングスリー達からと思わしき地響きの音やら粉塵が飛んでくる──と、立香の後ろで声がした。 「いいぞ！」 　シリウスだ──ハリーを保護しにやって来たらしい、ドロホフと戦う立香の後ろで、ハリーの頭を石段の影に引っ込めさせているのが見えた。失神光線が飛んできていた──しかし立香にはそこに関わる余裕はない。ドロホフがまた何やら杖を振る──また同じ動きだ。その動きさえ完成しなければ恐らく魔法は発動しない──立香はいつぞやにイリヤが言っていた作戦を行使。盾の呪文で手首を拘束し、そのまま自分はドロホフに向かって突っ込む──そして自分を魔法で吹き飛ばしつつ、そのエネルギーを乗せてドロホフを蹴り飛ばす。物理的に殴られるとは思っていなかったのだろう──自分はネビルを蹴り飛ばしたくせに──ドロホフが階段上の部屋の壁に衝突し、頭を打ったのかふらふらと崩れ落ちた。どうやら失神したようだ──それに一応石化呪文を上掛けして、立香はシリウスの下に戻る。 「いいぞじゃ……危ない！」 　今度は緑の光線──おそらくは死の呪文──が四人の元に飛んできて、皆がそれぞれ飛び退いた。石段が大きくえぐれる──全員が無事にそれを躱し、その出所を見つけようと粉塵舞い散るアーチの方を凝視した。ちょうどその時──誰かがこちらの近くに吹っ飛んできて、身を打ち付けながらも下に落ちていった。ピンク色の髪──トンクスだ。死んではいないが──そしてそれをやったと思わしきベラトリックスが冷たい高笑いをしなが次の騎士団員はどこだとばかりにアーチの脇を突っ切って駆けていく。 　シリウスが数段上にいる立香へと決然と叫んだ。 「リツカ！ハリーとネビルを頼む！外に出るんだ！」 　そして敵をとるべく階段を突進し、駆け下りようとする──立香が思わず叫び返した。 「それがあなたの[[rb:生き方 > ・・・]]ですか！」 「そうだ！」 　シリウスは振り返りもしなかった。立香の言葉の意味が分からなかったわけではないはずだ。つまり、今行けば自分が死ぬ──しかしながらシリウスは立香にクリスマスに言った通り、そんなことを微塵も気にしていなかった。気にしているのは専らハリーの未来のことであり、そしてここにいる子供達の未来のことだった。自分の未来と他人の未来を天秤にかけることはしない。そもそも、それが殆ど同一の物なのだ。つまり、すべては自分のエゴなのだと、他人の幸福な未来を願うことも、自分の生存と同じかそれ以上のエゴなのだと──そしてそれを全く曲げることもなく、ひたすらまっすぐにシリウスはベラトリックスの方へと迷わず突っ込んでいった。 　シリウスが突っ込んでいった前方では、それ以外にも様々なことが起きていた。キングスリーは痘痕面のルックウッドと無言呪文の応酬を繰り広げている。ルックウッドと分かるということは、キングスリーがいつの間にか仮面を吹き飛ばしたということだ。つまり優勢──また一本緑の光線が飛んできたのを石を投げて曲げると、立香はハリーとネビルの元に駆け寄った。 「二人とも、立てる……動ける？」 「うん……ただ、ネビルはさっき呪文を避けた時に足をくじいたみたいだ。」 　ハリーが答えた──確かにそのようで、ネビルは足首を押さえて呻いている。しかし、足が勝手に踊っているよりは遙かにまし──立香はネビルにハリーの首に手を回すようにさせて立ち上がらせると、自分は盾の呪文を発してハリー達を庇いながら、脳の間の方へとじりじりと後退し始めた。──と、 　警戒していなかった後ろから、爆発音のような音が聞こえた。急いで振り返る──ハリーとネビルが揃って仰向けになってひっくり返っていた。そして、そこにはルシウス・マルフォイ──ハリーの肋骨に杖を突きつけ、何事かを言っている。立香が杖を向ける──ハリーが予言をネビルの方へと投げる──ネビルがそれを受け取り、ルシウス・マルフォイがそれを取ろうと飛びかかる── 「[[rb:インペディメンタ > 妨害せよ]]！」 　[[rb:デパルソ > 吹っ飛べ]]──ハリーと立香の二人の呪文を受け、ルシウス・マルフォイはものの見事に台座の元まで吹っ飛んだ。そして、その台座では今まさにシリウスとベラトリックスが戦っている──もう一撃加えようとして立香が振り返って杖を上げると、立香達とルシウス・マルフォイの間に、ローブをぼろぼろにしたルーピンが庇うように立ちはだかった。 「行け……行くんだ！早く！」 　ネビルが予言をローブのポケットに突っ込んだが、しかしながらネビルの足は殆ど機能していなかった。ルシウス・マルフォイに吹き飛ばされた時に更にいくらか悪化させたらしい、あらぬ方向にひん曲がっている。それをなんとか立ち上がらせようとして、ハリーが腕の間に手を入れて引っ張り上げる──ネビルのローブが裂けた。 　三人の中で時間が止まった。ローブの裂け目が徐々に大きくなり、ポケットに到達する。先ほどネビルが予言を入れたポケットに──そしてそこから小さなガラス球が零れ出す。ネビルが手を伸ばす──しかし届かない。立香は慌てる振りをしながら、しかし冷静にそれを見送る──そして。 　ガシャンという小さな音が聞こえた。戦闘音にかき消されるほどの呆気ない音だった。ガラス球が割れたのだ──そしてそこから煙のような人影が──トランス状態のトレローニーが──現れて、予言を語る。しかし、その声はハリー達はおろか一番近くにいる立香にも届かないほど小さかった。そして、予言が終わったのか跡形もなくかき消える──予言が遂に消失した。 「ハリー、ごべんね！」 　鼻にかかったような聞き取りにくいもごもご声でネビルが言うのが、酷く遠くに聞こえた。予言が砕ける音は、立香にとってそれ以上の意味があった。タイムリミットだ。シリウスが死ぬまでの──そして、ネビルが次の一言を叫ぶ。 「ダブルドー！」 「えっ？」 　ハリーが聞き返す──ネビルがもう一度言った。 「ダブルドー！」 　ダンブルドア──いつものあごひげを湛え銀のローブを着たダンブルドアが、見たこともないような──学校に吸魂鬼が入った時よりも酷い──怒りを露わに、立香達の背後に立っていた。つまり、脳の間の入り口からやって来たのだ──そして目にもとまらぬ早さで階段を駆け下りていく。 　ダンブルドアを見た死喰い人が逃げ出すまでは、あっという間のことだった。そしてそれを、ダンブルドアは子犬を捕まえるがごとく、ひょいひょいと連れ戻しては拘束する──しかしそれに気がつかず戦いを続けている一組がいた。 　シリウスとベラトリックス・レストレンジ──何か覚悟を決めたようなシリウスと、対照的に狂ったような笑みを浮かべるベラトリックス。赤い光線を、シリウスが躱す──シリウスが叫んだ。 「さあ、来い。今度はもう少し上手くやってくれ！」 　背筋に氷が差し込まれたような感覚。毛細血管の一本一本が毒となって、体に染み渡っていくかのような── 　総毛立って立香はアーチを見下ろした。カードがもうすぐ降りる──何かを待っているような感覚。勿論、何を待っているのかは分かっている。死だ。シリウスの死──そしてそれは起こった。 　もう一本の閃光が、シリウスの胸に直撃した。 　シリウスの顔に、何故だか──そして確かに[[rb:笑み > ・・]]が浮かんだ。どんな神経をしていたら、今自分が死ぬというのに笑みを浮かべていられるのか、立香には分からない。だが確かにシリウスは微笑んでいた──その上、確かに立香の目を射貫くような目線を送ってよこしたのだ。 　時が止まったかのようだった。シリウスがゆっくりとアーチの間にかかったベールの方へと倒れ込みながら、唇を動かしている。信じたくなかった。何故そんなことを言うのか、言うにしてもどうしてあろうことか立香の方を向いて言えるのかが理解できなかった。だが、確かに── 　[[rb:Thanks > ありがとう]]、と彼の唇は動いた。 　そしてその瞬間に、世界が変わった。 　どこかの広大な原っぱに立っているような幻覚。空には金色の雲が流れ、そしてどこかからか鐘の音が鳴り響く幻聴。アーチだ──立香は二重に現実を見た。一方の現実ではダンブルドアが台座に駆け寄ろうと、ハリーが階段を駆け下りようとしている──そして、もう一つの方ではその金色の野原にアーチが立っていて、その真ん中には大きな釣り鐘がかかっていた。 　幻聴は幻聴で、まだ鐘の音は鳴り始めていない──しかし鐘が鳴ったら終わりだ。誰かが死ぬ。そうすれば、まだ聖杯が機能していれば、きっと時が巻き戻って、立香はまたシリウスが死ぬところから見直す羽目になるだろう──最期の言葉をもう一度見ることになるだろう──きっと鐘はすぐにでも鳴り出すということは分かっていた。シリウスの死を感情から切り離す。その死を二次元的文字列に押し込んで、一時的に俯瞰する──戦わなくてはならない。これ以上、[[rb:今日 > ・・]]この日に死なせるわけにはいかない。 　死ぬことにはなっていない。 「クラスカード、バーサーカー、セイバー……[[rb:夢幻召喚 > インストール]]！」 　叫ぶ。バーサーカーの装いが現れてすぐに、二枚目のカードが上書きされる──セイバー。右手には黒く染まった星の聖剣。ざっくばらんと切り取ったような薄闇色のスカートの上には、特徴的な模様の入ったオーバースカート。黒く染まった鎧が数枚──それからコルセット。胸の部分は白で模様の入ったしっかりとした闇色の鎧で覆われるが、肩は露出している。セイバーの時にはあった腕部分を覆う服がないのだ──そしてその代わりには黒い長手袋、そして手首を保護するような軽い鎧。足は手袋と同じ色をしたロングブーツで覆われる──そして最後に、髪はポニーテールの一つ纏め──それを黒いリボンがリリィのような体裁で縛り付けた。 　魔力放出で一気に距離を詰める──そうだ、と立香は思った。金色の雲、光が溢れる晩鐘が鳴り響こうとする世界。なるほどこのカードを選択したことは正しかった──立香が足をつけているのは二重になった世界のどちらかは分からない。しかし、今までの経験上、周りにそこまで被害は出ないはずだ──それに今は何か結界のような物に半分覆われているような気がした。石段を飛ぶ。剣の柄をしっかりと両手で握る。 「……卑王鉄槌。極光は反転する。」 　駆ける姿は矢の如く。視界から殆どすべてが消え失せる。見るべきものはただひとつ、そこにあるクラスカードただ一枚のみ。闇色をした光が、金色の光を打ち砕かんと手を伸ばす── 「光を呑め、」 　シリウス──そんな絶叫が背後から聞こえた気がして唇を噛み、しかし迷わず剣を立香は振り抜いた。 「[[rb:約束された勝利の剣 > エクスカリバー・モルガン]]……！」 　噴出した黒い光は、金色の空を見事に穿った。それと同時に魔力不足でカードが立香から飛び出す。エクスカリバー──魔力消費が激しいということは十分分かっていたが、一発撃ってすぐ排出されるとは──飛び出した勢いはそのままに、立香はアーチのある台座へ激突した。 　すべての声が遠かった。しかし、立香は確かにその時美しい光景を見た──金色の空が解けて崩れていく。鐘は鳴ることはなく、ただ静かにアーチの間に鎮座してこちらを見下ろし、やがて空と同じく金色の光となって崩れ落ちる。世界が崩壊する夢のようだった。天国自体が堕天したかのようだった。そしてきっと、それはあながち間違いではなかった──ベールのその先にそれはある。必然的に──それにカードは同調してしまったのだろう。 　金色の光が発散し、そして収束する。一枚のカードとなって、台座に寝転ぶ立香の元にゆっくり煌めきながら降りてくる──立香はそれを右手を突き上げるようにして掴んだ。勿論、絵柄は分かっていた──アサシン。そして戦った相手はキングハサン──こと、山の翁。立香には分かっていた。立香がこのカードを[[rb:夢幻召喚 > インストール]]したところで、立香が呼び寄せられるのは彼な訳はない。今一体、彼はどうしているのだろう。カルデアに帰還したのか、或いはハサン全員がここに囚われてしまったのか──立香は立ち上がろうとしてそれに失敗した。そしてその拍子に視界が開け、ようやく立香は辺りを見回せた。 　若干ひび割れたと思わしきアーチの向こう側で、ハリーが階段の中腹に立ってもがいていた。それをルーピンが押さえつけている──シリウスは死んでなんかいない、と。シリウスは死んだのだ──そして彼自身がその責任を持って行ってしまった。立香にはどうすることも出来ないところへ。しかし、このハリーの悲しみはどうなるのだ──この悲しみをシリウスが救うことは出来ないのに。 　ダンブルドアはその反対側で、死喰い人達をひとまとめに見えない縄で拘束しているようだった。一方ムーディは先ほど階段から転げ落ちたトンクスを蘇生するため、這いつくばりながらも階段を降りていく。そしてそれを、ムーディの目を持ったネビルが複雑な表情で見つめている。キングスリーは──見つけるのに時間がかかった。ベラトリックスに呪いをかけられ、崩れ落ちるところだった。そして、それを見たハリーがルーピンを振りほどき、ルーピンが静止しようと必死になる中、ベラトリックスを追いかけて脳の間へと駆けていった。 　立香の仕事は終わった。 　ダンブルドアが一瞬部屋を見渡した。ここにはもう死喰い人は残っていない──それを確認するとすぐに、ハリー達を追いかけるべくか、或いは残りの死喰い人を先に片付けるためは知らないが脳の間の方へと駆け上がっていった。そして部屋は、天井からぱらぱらと落ちる石の破片──多分大半は立香のせいだが、対城宝具を室内で使ったにしては被害が小さい──が、石の地面を打つ音だけになった。 　部屋の向こうでルーピンが動いていた。ダンブルドアがハリーを追ったので、もう安心と踏んだのだろう。ネビルの足の状態を確認すると、ムーディの義眼を受け取った。そしてムーディの方に駆け寄り──ムーディは何とかトンクスの蘇生に成功していたが、トンクスは動けるほどにはなっていない──義眼を渡す。ムーディはなんとかそれを受け取り眼窩に嵌めて、その間にルーピンがムーディに応急手当を施した。そして、ルーピンが次にキングスリーの方をちらりと見る──キングスリーは頭を押さえているようだったが、何とか立ち上がった──そしてルーピンがこちらを見ると同時に、脳の間の扉がばっと開いた。 「リツカ！」 「リツカ、ネビル……！」 「よいしょ……。」 　三者三様の声を上げながら、ルーナとジニー、それから失神状態から回復したらしいロンがハーマイオニーを背負って死の間へと入ってきた。どうやらハリーが駆けていくのは見たらしかった──そしてダンブルドアがそれを追うのを。だから、安心してこちらに来たのだろう──あっという間に階段下まで降りてきたルーナが、立香の手を引っ張って立香を助け起こした。 「あんた、学期末には怪我する決まりでもあるの……？」 「かもね……。」 　立香は苦笑しながら返す。 「ルーナはもう喉治ったんだ。大丈夫だった？」 「ウン……あの後ダンブルドアと、ハリーと、それから死喰い人……ともう一回ダンブルドアしか来なかったし、全員あたし達のことなんかそっちのけだったモン。」 　ネビルの無事を確認したのか、ジニーとロンもこちらに駆けてきた。 「おーい……大丈夫……？」 「一応ね……。」 　立香が手を振り返す──ロンとジニーが笑顔になった。シリウスが死んだことを知っているのか知らないのか──多分はっきりとは知らないのだろう。手ひどくやられたぐらいは分かったかもしれないが。何せ戦闘音は激しかったし──立香が何を言おうかとためらっていると、ネビルを背負ったルーピンもこちらに降りてきて、立香の状態を確認した。 「大丈夫かな？骨が折れているとかは……？」 「多分ないと思います。まあ、骨が折れているのが分かるまで何度も怪我をするっていうのもそれはそれで微妙な気分ですが……。」 　ルーナの手を借りながら、台座の縁に身を起こして座る。かなり全身を強打したようではあったが、骨が折れてもいなければ血管が切れてもいないし筋肉も断裂しそうになっていないというのはいいものだ──と少し内心ほっとしていると、不意にロンが辺りを見回した。 「リツカ、シリウスはどこに行ったの？」 　現実に引き戻される。シリウス──立香に馬鹿みたいな言葉を言いながらベールの奥に引き込まれていったシリウス。ありがとう──何に対してだろうか。立香がその死を告げたことならば、一体何故──その答えを探すために立香はしばし黙り、そして立香以外に現場にいたルーピンも何から言ったものかと悲痛な顔をした。ネビルは発声できる状況になかった──そして立香が口を開く。 「シリウスは死んだ。」 「えっ……、」 　ロンとジニー、そしてルーナも息を呑んだ。そしてルーピンが立香のことをじっと凝視した──もしかしたらシリウスから何か聞いていたのだろうか──立香が続ける。 「ベラトリックス・レストレンジと戦ってる最中に、このアーチに倒れ込んだ。ベラトリックスのが致命傷だったのか、それともこのアーチがそうだったのかは分からない……。」 「じゃあ……それじゃあ、」 　ロンが言った── 「ハリーがベラトリックス・レストレンジを追いかけていったのは……、」 「うん。復讐のためだと……でも、多分それは叶わないと思う。だけど、そろそろ決着がつく。ヴォルデモートが多分来る……それで、墓穴を掘る。もう魔法界は、こんなことが起きた以上、ヴォルデモートの復活を隠しておけやしないし。」 　立香がため息をついた。ようやくハリーにとっての苦難の一年が終わるのだ。そして立香自身にとっても──それが、つまりこうして結末が決まったことにほっとしている自分が歯がゆかった。悔しかった──だがシリウスは自分のために死んでしまった。だから、立香はどこに怒りをぶつけていいのかが分からない──ネビルがぼそぼそと呟いた。 「べらどりっぐず・れずどれんじ……。」 「ネビル……ううん。そうだね……シリウスは確かに、ベラトリックス・レストレンジに引導を渡された。でも……、」 　言葉が口をついて出た。 「シリウスはベラトリックス・レストレンジに殺されるために殺されたわけじゃない。シリウスはここに来れば自分は無事では終われないって分かってた。死ぬかもしれないってことも……死にたいわけじゃない。でも、シリウスは……」 　アーチは相変わらず揺らめいている。何事もなかったかのように。そこに鐘などなかったかのように。そこに消えていった命などどこにもなかったかのように──もうない口を代弁するように、立香は言葉を続ける。 「自分の終わりが誰かを救うことによってのものなら、それでもいいと……それにそうして自分が死んだとしても、それは自分自身の責任なんだって、そう言ったんだ。」 [newpage] [chapter:23] 　セストラルに乗って揺られた行き道に比べ、帰り道はかなりの大所帯ではあったはずなのだが、事態を収拾して戻ってきたダンブルドアがポートキーを作ったおかげで全員が一瞬でホグワーツに帰還した。それも、ホグワーツ二階にある医務室へだ──おかげでマダム・ポンフリーはカンカンになりながらもほっとした様子ですぐに皆の治療に取りかかることが出来た。ロンは親衛隊との一悶着で出来た傷以外は殆ど何もなかったし、ハーマイオニーの呪いは若干の数日続く後遺症は残ったものの、その本体はルーピンがあっという間に解いてしまった。ジニーはロンと同じく無傷、ルーナはうがい薬を処方されたが、一回うがいしただけでマダム・ポンフリーは満足そうに薬を片付けた。ネビルの足は折れていたが、数回マダム・ポンフリーが杖を振っただけで治ってしまった。やはり怒られたのは立香で、全身の酷い打撲だけだったというのに、毎年毎年ああだこうだと心配され、いつの間にかまずくなくなっている飲み薬を支給された。 　次の日にはヴォルデモートが復活したということが日刊予言者新聞日曜版の一面記事に掲載された。立香のベッドを囲うようにしてみんなでじっくり読んだのだが、そこにはルーナが記事を売って大もうけしたと胸を張った、ハリーのインタビューも掲載されていた。ハーマイオニーは日刊予言者新聞のしたたかさにため息をついたが、ハリーは殆ど気にしていないようだった。 　学校にも変化が起きていた。立香が帰ってきた夜遅くにダンブルドアがアンブリッジをケンタウロスから救出したのだ。しかし、心神喪失状態であるのにはほぼ間違いなかった──ロンが試すようにぱっかぱっかと音を鳴らすと慌てて飛び上がるのだが、それ以外のすべてには無反応だった。マダム・ポンフリー曰く単にショックを受けただけだというのだが、その口調が若干辛辣なこともあって、その単に、というのがどのくらいのレベルなのは全く分からなかった。 　それから、フレッドとジョージの置き土産の沼は、今や小さな水たまりへと姿を変えていた。フリットウィックがものの数秒でやっつけたのだ。しかし、その周りにはロープが張ってある──どうやら記念らしかった。もしくは彼なりの賛辞か。ともかくその水たまりを名残惜しそうに見つめる人は後を絶たなかったし、そうでなくとも順調に営業をしているらしいウィーズリー・ウィザード・ウィーズの噂は、ホグワーツ中から消えることはなかっただろう。 　生徒達も変わった。最早ヴォルデモートが復活したと分かった以上、ハリーのことを冷たい目線で見る生徒はいなくなった。その代わりに、父親が今回の騒動で捕まった複数人の生徒が、奇妙な目で見られるようになった。それから、スリザリンの元高等尋問官親衛隊は、それなりの苦難を歩むことになった。道にいきなり小石が現れて蹴躓いたり、糞爆弾が投下されたりとそんなことではあったのだが、しかしながら少々行き過ぎな制裁もあったことには間違いがなかった。 「ようやく言える。ヴォルデモートが復活した……休暇中、各々よく気を付けるように。有事の際の魔法使用は認められているので、命の危機と思わしき時には躊躇わないように……。」 　立香が医務室から退院したのは、学期が終わる前の日の朝のことだった。マダム・ポンフリーが立香をベッドに縛り付けたのだ──なので退院したその日に急遽開催された学期終わりのRSA会合は、半ば今年の纏めだか終わりの言葉だかという体になってしまった。時期的には仕方のないことだった──教室中に溢れかえっているレイブンクロー生を見ながら立香が続けた。 「でも、まだホグワーツの生徒を狙うほどには精力的に活動できないと思う。まず、魔法省が奔走してる。死喰い人達を見つけようとね……まあ、それが効果的かどうかは私達に知る由はない。それから、ダンブルドアがいる限りは、何度も言ってるけどホグワーツは安全。特にこの寮は、絶対にあいつらが入りようがない。合言葉がないからね。だから、出来れば六年生以下の人は来年もホグワーツに戻ってきた方が良い。」 　来年──その安全の前提が崩れる年。崩壊が始まる年であり、結末が始まる年でもある──しかしながらそれを感じさせないほど、窓の外の空は抜けるように青く広がっていた。 「多分アンブリッジは今日辺りにこっそり出ていくと思う。こっそり、の部分は成立しないと思うけど。つまり、ともかく、来年になれば、少しは闇の魔術に対する防衛術の授業はましになる……。」 「じゃあ、リツカの講義はこれで終わり？」 　ルーナが訊いてきた──立香が首を振る。 「ううん、続けようと思う……というのも、私達には時間がないから。きっと、決着までは時間がそこまでかからないから……何かが始まる前に、私達は身を守れるだけの最低限の力を身につけないといけないから。」 　シリウスの死を噛み砕くのには何日もかかった。しかしあの日、立香がアーチの前に座って思い至ったことがすべてだった。殺されるために殺されたわけではない──もう誰も、意味もなく死んだのだと、或いは何故死んだのかと疑問に思いながら死なせはしない。そして出来ることなら、そうである死もそうでない死も、立香の両手に収まるだけでもいいから救いたい。言うならば、立香のエゴだ──立香の行動で記述されない死者を救う。大広間に横たわった沢山の人、と形容されてしまう名もなき死者を──立香は続けた。 「私は未来を目指す。私達が私達としていられるこの場所を、あいつらごときには邪魔させない……そのための一年間だったし、次の一年もそうするつもり。一年間、どうもありがとう……それから、七年生のみんなは、卒業おめでとう。苦しい時もあるかもしれない。でも、良き未来が来るって、私は信じてる。」 　立香の予想──というよりは知っての通り、アンブリッジはその日の夕食時、こっそり城から出て行こうとした。出て行こうとした──無論上手く行かなかった。ピーブズがアンブリッジを発見したのだ。そういうわけでピーブズは、マクゴナガルから借りた歩行用の杖とチョークを詰めたソックスで、盛大なお見送りをした。交互に殴りながら追い出したのだ──追われるアンブリッジを大勢の生徒が玄関ホールから見物したのは言うまでもない。寮監たちは一応それを止めようとしたのだが、その一応ときたらティッシュ一枚より軽いと言わざるを得なかった。極めつけはマクゴナガルだった──自分の歩行用の杖をついうっかりピーブズに貸してしまったのでアンブリッジを追いかけてはやし立てられなくなったのを非常に残念がっているのを、立香は確かに耳にした。 　次の日の宴会に、立香は参加していなかった。穴を埋めるためだった──自分のやったことの穴だ。ルーナは立香にとって大事な友人になった。だから、そのルーナがいじめられるということで結果的に埋まっていたところに、穴が空くことになったのだ──探し人はすぐに見つかった。ハリーだ──ちょうど誰かに向かって話しかけている。おそらくはニックだ──首なしニック。グリフィンドールの寮付きゴースト──そしてハリーは、死者が──死んでしまったシリウスが、どうして戻ってこないのかを訊いていたのだ。 「僕にあの場所の話をしないで……リツカ？」 「……ハリー。よかった。ここにいたんだね。」 　立香を見つけて少し吃驚した様子のハリーに、立香は静かに微笑みかけた。 「……シリウスを探していたんだよね？」 「読んだの？」 　ハリーが少し不機嫌そうに言った──立香は首を振る。 「読んでないよ。でも分かる……私にはゴーストが見えないけど、ハリーはシリウスがゴーストになって戻ってくるんじゃないかって、そう思った。違う？」 「うん……でも帰ってこないんだってニックは言ったんだ。逝ってしまうって……。」 　立香は頷く。 「ハリー、ゴーストはみんな、やり残したことを持ってる。それで、ゴーストになればその執着を存在の根拠として生きざるを得ない。それに、ゴーストに一度なってしまえば記憶だけに囚われて前に進めなくなる。成長どころか変化もしなくなる……シリウスがそれを望むとは、私には到底思えない。」 「でも、それでも、」 　必死に拠り所を探すような表情のハリーに、立香は静かに首を振る。ハリーが少し怒ったように、立香を睨み付けた──立香は静かに言った。 「シリウスはね、ハリーを守ることを望んだ。のうのうと生き抜くことを是とせずに、守るためなら死んでも構わないって……そしてその死は自分の責任なんだって。自分のエゴで誰かを守って、そして死んでいくのは自分のエゴなんだって……それが、自分らしい生き様なんだって言ってたよ。でもそんな言葉で、残された人は……守られた人は救われると思う？ハリーはそれで救われる？……それでも私には、シリウスを止められるだけの力がなかった。」 「救われないよ！救われるわけないだろ！そんな言葉が幾らあったって、シリウスは……シリウスは……。」 　戻ってこない──その言葉を言ってしまえばそれが事象として確定してしまうと思っているかのように、ハリーは口ごもった。窓の外の校庭は、裏腹に燦々とした日光に照らされて、柔らかな風が吹いていた。夏がやって来ていた。そして、五年目が終わろうとしていた──立香が続けた。 「逝ってしまった。シリウスが、最後に何て言ったか分かる……？」 「シリウスが？」 　ハリーが不思議そうな声を上げて言った──立香がゆっくりと答える。 「ありがとうって。そう言って、笑顔で死んだ。本当に、酷い……馬鹿だなあって思ったよ。お人好しにもほどがあるでしょ。だって私、クリスマスにあそこに行った時、シリウスにあなたはそのうち死ぬって伝えたんだよ。それを言った私にありがとうって、どうかしてると思う……でも、それがシリウスの生き様だった。私達がよしとしなくても、シリウス自身がよしとして、そのまま死んでしまった……言い逃げ、勝ち逃げ、本当に酷いやつだと思う。」 　生き様の中身を変えるには、そのエゴを塗りつぶせるぐらいのエゴが必要だ──そうシリウスは言った。そしてそうできるだけのエゴは、世界の外側にいる立香には縁のないものだった。世界の外側にいる限り、世界の内側の強い意志に介入する権利はない。資格もない。当然義務もない。 　しかしそれでも誰かを救うのは間違いではない。立香が立香の所属するレイブンクローから死者を出したくないというのは、立香自身のエゴだが悪いことではない。良いことではないかもしれないが──そしてその責任は立香に帰ってくる。未来に対する責任が。 　廊下にふと暖かな風が吹く。 「君は……、」 　ハリーがおずおずと言った。 「ずっと前からセストラルが見えてたの？……君の知っている人が誰か死んだの？」 「そうだね……。」 　歴史の辻褄の中に消えていった沢山の死を立香は見た。町を襲うワイバーン、選抜される人々、崩壊の未来を知りながら未来のために必死にもがいていく人々を。亜種特異点では、沢山の理不尽な死を。それでも──立香の口から出たのは、最初に見た死のことだった。 「上司……って言えば良いのかな。生きていればもしかしたら、友達みたいになれるかもしれなかった。向こうはどう思ってるか分からないけど……大変なことを沢山乗り越えようとしてきた人で、すごく頑張ってたと思う。でも……私とその人が出会ってすぐのことだったんだ。その人はその人が友達だって思ってた人に殺された。抵抗する暇もなかった……多分、敵は取れたんだと思う。そんなことをしたって、戻ってくるわけじゃないんだけどね。」 　そしてそれから一年の時が経って、また一人、大切な仲間を失った。しかもそいつときたら、シリウスなんかよりもっと酷い言い逃げの権化のようなやつだった。ずっと隠し通したかと思えばいきなり出てきて、種明かしをしてそのまますべてを持って行ってしまった。さよなら、ドクター・ロマンティック──出来ることなら一回くらい馬鹿と言って殴りつけたかったけれど──しかし、それによって確かに立香達は救われた。救われたのだと胸を張って言い切れる。 「救うのは救う側の人間の仕事。でもそれに救われたかどうかを決めるのは、救われた側の人間の仕事。だから、私はその死が決して無駄じゃなかったって証明するために生き続ける。生き残る。そうしてその人が見られなかった分の未来を私が見るんだ。」 　ハリーが立香の方をじっと見て、少し泣きそうな顔で、しかしはっきりと言った。 「つまり、君が言いたいのは……僕を守るって言ってベールの裏側に逝ってしまったシリウスの死の意味を決めるのは僕自身だってこと？」 「どう取るかは自由。でも、私はそう思ってる。」 　立香は少し歌うように言いながら、再び校庭を見つめる。 　ダ・ヴィンチとはまだ話す時間を持てていなかったし、ロンドンに帰るまでそんな時間はなさそうだが、そうでなくとも立香には思い当たることがあった。オルガマリーの所在のことだった。 　かつて三年生の頃ダ・ヴィンチが立香に言った突拍子もない説が、立香の中で遂に現実味を帯びていた。誰かが──つまりオルガマリーが──言ってしまえば立香に取り憑いているのではないかということだった。そしてだからこそ、立香にはゴーストが見えないのではないか。オルガマリーが自分を見えなくするためにゴーストを見えなくしたのか、或いは。しかし、少なくとも彼女にこちらを助ける気はあるように思われた。吸魂鬼を撃退した時も、神秘部でルーナを助けようとした時も、きっと彼女が何らかの手段を使ったのだ──立香はそう思っている。 　立香が持つもう一本の杖は、恐らく本来は彼女の物なのだろう。つまり、立香はいつか彼女と相対することになるということだ。それがいつであるかは分からない。ただ、カードを回収し終えた時がきっとその時だ。残り二枚──キャスターとランサー──そうしてきっとこの旅は終わる。 　ハリーが立香を倣って、校庭を眺めた。そよ風が依然として緑の芝生を悠々と揺らしている。次の一年でこの安寧は終わる。ダンブルドアが死に、暗黒時代が戻ってくる──この校舎が明るくいられるのも、それを迎える一年後までの間だけだ。 　それでも── 　しかし、立香は[[rb:それ > ・・]]を見つけてしまった。 　その次の日、監督生としてホグワーツ特急に何とか全員を乗せきり、そして立香自身も乗り込んだ後、すぐのことだった。汽車が発車しようと汽笛を鳴らす。慌てて乗り込んだ立香の傍らには、同じく監督生業務を終えたハーマイオニーが何とかトランクを引き上げて荒い息をついていた。 　立香達がいたのは中方の車両だったが、ロンが任されていたのは後方の車両だった。マルフォイも立香とハーマイオニーと同じく中方にいたが、そちらの窓側ではなく反対の窓側の席に座り、何やらクラッブとゴイルと相談をしているようだった。だからそれを見つけたのは、立香とハーマイオニーだけだった。そしてその意味を分かったのは、立香ただ一人だった。 　ゆっくりと動き出した汽車の窓から、立香は誰か忘れ物でもしていないだろうかと、プラットホームへ目をこらした。トランク類はなかった。しかし──ハーマイオニーが前方数メートル先を指さし、 「何、あれ……、」 と── 　日の光を浴びて煌めきながら、しかし確実にその周辺に暗雲を立ちこめさせるかのように、或いは冷気をまとわせ空間に穴を開けるかのように、[[rb:それ > ・・]]は無造作に地面に置かれていた。 　薄紫から紫色に輝く短剣だった。しかし、特徴的なのはその色ではない。[[rb:かたち > ・・・]]──歪なかたち。ねじ曲がったようなかたち。見間違えるはずがない。こんなものがこの世界に通常存在するわけがない。それでも存在するということは── 　[[rb:破戒すべき全ての符 > ルールブレイカー]]がここに落ちているということは── 　立香はすぐに周囲を一瞬で見回した。ここには誰も挙動不審な人物はいない。ならば駅の方か──しかし列車は徐々に速度を上げる。そして、[[rb:それ > ・・]]の前を通り過ぎ── 　突如として、それは消えた。 　金色の光の粒に、歪な刀身が分解された。そうして天に昇るようにして、そのかたちを崩壊させる。汽車は更にスピードを上げ、そうしてプラットホームが見えなくなる。唖然とする立香の方を、ハーマイオニーが心配そうに見つめた。しかし、それに反応する余裕は、立香にはなかった──痛いほど急激に思考が回転し始める。 　確かにあそこには[[rb:破戒すべき全ての符 > ルールブレイカー]]が落ちていた。そして消えた。重要なのはどちらか──前者ではない。むしろ後者だ。前者はカードを取り逃がしたことを意味するものの、実際次のカードが分かったということに過ぎない。現状被害も出ていない。問題なのは後者だ。それも、今までにないほどの問題だった。 　消えた、という現象の意味するところは、カードが排出されたことに他ならない。そうでなければあの消え方はしない。カードでなくてはカードに影響を及ぼせない以上、立香以外がカードを回収することは有り得ないのだから。つまるところ、誰かが自分の意思でカードを排出したということを、消えるという現象は意味するのだ。 　そしてもう一つ──立香は重大なミスを犯した。[[rb:それ > ・・]]に盛大に反応してしまったことだ。そしてそのカードをどうしたいのかを、本来どうするべきなのかを、筒抜けにしてしまったことだった。 　恐らくそのカードの使用者は、どこかで立香を見ていたに違いない。そうでなければあの場所に[[rb:破戒すべき全ての符 > ルールブレイカー]]を置くわけがない。そういうわけで、その誰かは立香がそのカードの関係者だと知ってしまった。そして、その誰か、には立香の方にも何となく心当たりがあった。何故なら彼は三年生の頃から立香を疑ってかかっているに違いなかったし、それに、既にカードを見られていた。 　これはある意味テストであり、そして今となっては宣戦布告であった。つまり、向こうは自分がそれを持っているのだと示し、立香の出方を窺った──そして立香はそれに、戦々恐々とした顔と、回収しなければいけないという意思で反応した。しかし、立香が何故それを回収しようとするのか彼には知る由がない。そして、きっと彼はそれを現に使用しながら生きているに違いない。その短剣が、あまりにも役に立つからだ──そして。 　立香はそれを回収しようとしている。だからこその宣戦布告──その意思はいずれ彼と衝突するとはっきりした以上、それは宣戦布告以上の何物でもないのだ。それがなくともやっていけると知っているのは、この世界の外側にいる立香だけなのだから。 　ただひとつ、ましなことがあるとすれば──本当に希望的観測なのだが──彼自身は立香がその所持者を彼だとはっきり分かっていることを知らない可能性があるということだ。どういう仕組みでこの世界にカードが降りてきているのかを、彼は知る由がない。それが内側にいる人間の限界だ。だから、拾いものをしたと、そのぐらいの感覚かもしれない。だから、それがそこにある意味──彼女のカードが彼の下に来たという意味を、そもそも彼女が誰なのかを、彼は知ることが出来ないだろう。 　だから立香達が出来る推理が成り立たない。だからそこにそれがあるべき理由が分からない。そして、立香達がそれを理解していることを知る由はない。 　とはいってもそれで出来ることといえば、相対する時期を引き延ばすことだけだ。しかし、意味はあるだろう──学期中に無闇な戦闘は避けた方が良い。仕掛けるなら天文台の戦いの時だ──彼が学校から逃げだそうとする時。そのタイミングが恐らくベストで、一番影響が出にくいように思われる。 　話し合いで済めばいいのだが──それが楽観的すぎるのは分かっていた。トロールに蛇、吸魂鬼、ドラゴン、死の間のアーチ、と今まで戦ってきた相手は魔法動物か物ばかりだ。しかし今までも可能性があった──対人戦。それが今ようやく、巡ってきただけのことだった。 　戻ることは叶わないスピードで、汽車はロンドンへと進んでいく。いつになく不吉な旅路をたどりながら。それでも、来年最後のその時までは、最後の安寧の一年間を──立香はそう思いながら、列車の窓から目を逸らすと、不思議そうなハーマイオニーを連れて、ハリーを探しに列車後方へと向かっていった。

聖杯に保存されていた在りし日の記憶。覆しようのない死の影が、その死の意味を突きつける。ヴォルデモートの復活とその否定、暗雲立ち込める五年目が、目覚めとともに始まろうとしていた。<br />これは5-下です。はじめましての方は1-上【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9371023">novel/9371023</a></strong>】から御覧下さい。<br /><br />▼注意▼<br />FGOの最新(知識は二部二章、内容はセイレム)までのネタバレが含まれている恐れがあります。<br />プリズマ☆イリヤの設定を一部借用している(ちゃんと説明はする)ので、設定的なネタバレが含まれます。<br />当然ながらハリー・ポッターシリーズ(ファンタスティック・ビースト含む)に関してはネタバレしかありません。話の設定上メタネタも含まれます。<br />クロスオーバー及び二次創作という性質上、気に入らなくなったらすぐに読むのを中止してください。<br />できるだけまともな理由はつけている(もしくは設定が存在する)つもりですが、クロスオーバーにありがちな事態の全てが含まれる可能性があります。<br /><br />▼作者の前提知識(つまり今後ネタバレする可能性があるもの)▼<br />SNのVita版及びUfoとDeenのUBW、HF、ホロウのVita版<br />FGOのこれまでのストーリーとイベントストーリーほぼ全て(幕間を除く)<br />Apoアニメ、Zeroの本とアニメ、プリズマ☆イリヤの漫画(~10)とアニメ<br />エクストラのゲーム(玉藻ルートだけまだ終わっていない)とアニメ、CCC(持っているがまだやっていない)、エクステラ(メインストーリー終了)<br />空の境界の本とアニメ<br />ロード・エルメロイⅡ世の事件簿全巻(8巻発売おめでとうございます)<br />ハリー・ポッターシリーズ1−7巻及び映画<br />ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅<br />呪いの子<br />＊できるだけここに挙げていない作品に関してはネタバレを避けるように努力しますが保証はできません。<br /><br />以下ただのコメント<br />5、遂に完結です。11万字あります。最長記録4-下の8.6万を更新しました。ちょっと読むのに時間かかるかもしれないのでお気をつけください。<br /><br />三分割すると書くことなくなってきました。6は75％くらい進んでいます。ここまできたらあとはタイピング速度でもって無心でごり押しするのみです。意識は後付け手は頭の道具……<br />衣装もあと二セット考えるだけです。古いやつもフルカラーにしたのでいつかどこかに出そうかと思います。<br /><br />前回の5-中、沢山のいいね、ブクマ、コメント及びスタンプ等、ありがとうございました。<br /><br />▼謝辞▼<br />8/19付けDR84位、女子49位、男子67位に入りました。いいね、ブクマ、コメント及びスタンプなど、ご支援ありがとうございました！<br />6は九割書けてますが校正と七の待機があるので暫く着地準備でもしながらお待ち下さい。

変異特異点 夢幻魔法界ホグワーツ 5-下

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[[jumpuri:前編 > http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1000897]] ３３７ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] タクシー確保おおおおおお！ ３３８ 名前：今日のところは保険金で[sage] まじか虎スレＧＪ！！！ ３３９ 名前：今日のところは保険金で[sage] ＧＪ！！意外と時間かかった？ ３４０ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] なかなか止まってくれなくてｗ あの人も相当焦ってたんだな… 古着屋絆創膏が意外な形で役に立ってくれた。 おまいらほんとＧＪ。 ３４３ 名前：今日のところは保険金で[sage] ヒーロー系のスレ覗いてきたけどすごい速度だな。ぜんぜん追いつけない。 ログとってくれてる人が居なけりゃ検証なんかも全部流れちゃってるレベル。 ここ状況の割りにまったりすぎるんじゃないかという気がしてきた。 ３４４ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] 実況速度になったらおまいらついてこれなくなるだろ？ この状況下で祭りになり過ぎない奴らと連携が取りたかったわけだし、だからこそここには俺一人だけ派遣されてきたの。 オフラインではもう一人サポートついてるけどな。 これでも気を使ってるのよ（ﾄﾞﾔｧ ３４５ 名前：今日のところは保険金で[sage] ドヤ顔すんなし…この状況下で… ３４６ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] 悪乗りのすくつから来たので多めに見てほすぃ(´･ω･`)ｺﾞﾒﾝﾈ ぶっちゃけ俺らにとってはＷＴだから、きっと何とかしてくれるって無意識の信仰があると思う。 心配は心配なんだけど。ヒーローだって一人の人間だってわかってはいるんだけど。 あと俺らのＷＴは湿っぽい話は嫌いなんだぜ！ 希望があるうちからお通夜モードにはなるな！（ﾄﾞﾔｧｧｧｧ ３４７ 名前：１７４番窓口[sage] あえてのドヤ顔ｗ つか信頼を通り越して信仰になっている件。 状況の割りにふざけてるように見えるかもだけど、スレ外で八面六臂の真剣勝負してるよ。 俺含めてここの住人がついてこれる様ほんとにカキコ控えてる。 本気出されると指が見えないんだ、ぜ… ３４８ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] このスレから現場参加組も出て速度落ちたしな。 ほんとに実況慣れして無いのな。 電話の方ではじゃんじゃん連絡取り合ってるけど、カキコまでする余裕無いみたいね。 ３４９ 名前：今日のところは保険金で[sage] むしろかきこできてるおまえがおかしい ３５０ 名前：１７４番窓口[sage] 今の多分常連その２だな。 無理すんなよ、ってみてないかな。 ３５１ 名前：今日のところは保険金で[sage] ノシ ３５２ 名前：今日のところは保険金で[sage] もういいｗ >>１７４番窓口、選手の入れ替えって引き続き起こってるの？ 俺体あいたんだけど、参加できるかな。 ３５３ 名前：１７４番窓口[sage] いや、入れ替えはほとんど起こってない。 皆さん順調に見切れてる。 ３５４ 名前：３５２[sage] そっか… ３５５ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] 変則でよければ、街に出て仲間を見かけたら電話をかける簡単なお仕事 とかもあるけど？ 偽２４というと聞こえが悪いが。 ３５６ 名前：３５２[sage] なるほど。それやらせてもらうわ。 ３５７ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] わかってると思うけど、オリジナルは全力でスルーだぞ。 ただし、オフラインには連絡入れて欲しいんで特定されて欲しいんだけど。おｋ？ ３５８ 名前：どうも、現場で電卓たたく方３５２です[sage] おｋ。 ３５９ 名前：行きますよ、おじファン[sage] ＲＯＭりながらこの件に参加してた兎スレ民ですが、特定したのでオフライン組につなぎますね。 常日頃妙に仕事熱心な先輩だと思ってたけど、おじさんが原因か。 ３６０ 名前：どうも、現場で電卓たたく方３５２です[sage] おま、もしかして ３６３ 名前：どうも、現場で電卓たたく方３５２です[sage] やっぱり今日最低限の仕事だけ終わらせて早退しやがった後輩！…許す！！ でも今後のために一言。 俺らの仕事は金がらみだけど、人と人とのやり取りは大事だぞ。 現場に行かなきゃわからない事もあるんだ。 ３６４ 名前：行きますよ、おじファン[sage] レス打ってる暇があったらさっさと出てきてください先輩。今社の前です。 あなたネットはパソコン派でしょう。 スレとの連携は俺がスマホでやりますから。 ３６５ 名前：１７４番窓口[sage] 電卓さん落ちたかｗ 一応俺も知り合いだったけど、兎民の方がレス早かったな。 ３６６ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] 健闘を祈るよ、バディｗ 初期のＴ＆Ｂみたいだなｗｗ ３６７ 名前：今日のところは保険金で[sage] こんなんだっけ？ 密着取材とかあったけど、そんなズバズバした物言いじゃなかった気が。 いや、おじさんから後輩手厳しいって話は聞いたことあるけど、そこはオフレコでしょ？ ３６８ 名前：１７４番窓口[sage] 出だしのギクシャクぶりとＢＢＪのズバズバぶりは特に虎廃が詳しい。 実は不仲説が出たのもＷＴファンからだし、クールキャラと熱血キャラ（っていうか素）でうまくやっていけるのか注目（心配）してたんだと。 ３９２ 名前：ペットショップ短足専門[sage] 救援物資、冷めちゃってるだろうなあ…保温になるかと思って袋２重にしといたけど… ３９３ 名前：今日のところは保険金で[sage] 季節が季節だからな… ３９４ 名前：ペットショップ短足専門[sage] せめてささやかに増量したマスタードが効いてくれるといい。 ３９５ 名前：今日のところは保険金で[sage] ささやかというか細やかというかｗｗ ３９６ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] ほろりときた(´；ω；`) この件がうまく収束したらみんなでマスタード増量オフしよう。 ４０２ 名前：１７４番窓口[sage] 演技派の奴だけ1人2人、直接ニアミス報告上がってるな。 何度も接触して不審がられないように避けてるから、かえってそれらしくなってるかも。 ４０３ 名前：今日のところは保険金で[sage] ご本家であの逃げっぷりだろ？ 接触避けるってどうやって？ ４０４ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] こっちは連携取れるからな。神出鬼没も可能さ ４０５ 名前：今日のところは保険金で[sage] そうか、おじさんの方はバックアップが水面下だもんな… ４０６ 名前：今日のところは保険金で[sage] タクシーの人早く合流してやってくれ… もう送り出してるんだよね？ ４０７ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] うん、こっちの面子に同業者がいたから、位置は把握してんキターーーー(゜∀゜)－－－!!! ４０８ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] すまんタイプ中に接触報告が ４１０ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] とりあえず一回だけ叫ばせてくれ 本日始めて確認されたおじさんの笑顔ＹＡＨＨＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯ！！！！！！ ４１６ 名前：今日のところは保険金で[sage] ＴＶ ４１７ 名前：今日のところは保険金で[sage] ヒロズに招集!? ４１８ 名前：今日のところは保険金で[sage] 自分から接触しに言ってどうする！！！ ４１９ 名前：１７４番窓口[sage] タクシーの人から情報入った。 虎スレが忙しくなったんで俺から。 おじさんは秘策があるといって出て行ったそうだ。 ４２０ 名前：今日のところは保険金で[sage] 秘策？ ４２１ 名前：１７４番窓口[sage] 内容は分からん。旧スーツ着て移動してるから見かけたら声援送ってやってくれ。 ルートは十中八九招集かかった場所まで直線距離だ。 見切れ職人は任務続行、近づくなよ。 ４２２ 名前：今日のところは保険金で[sage] （涙） ４２４ 名前：今日のところは保険金で[sage] 秘策ってなんだろうな ４２６ 名前：今日のところは保険金で[sage] 目撃した！ ４２７ 名前：今日のところは保険金で[sage] 声届いたかなあ…ワイヤーワークで一瞬だったぞ… ４２８ 名前：今日のところは保険金で[sage] ＷＴをこんなにかっこいいと思った事はない ４３６ 名前：今日のところは保険金で[sage] 不安なのは俺だけ？ なんぼ仕事スイッチ入ってもおじさん…だろ…？ ４３７ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] 安心しろ。俺らもちょっと不安だ。 ４３８ 名前：今日のところは保険金で[sage] おい、かけらも安心できないぞ ４４３ 名前：今日のところは保険金で[sage] ＴＶ ４４４ 名前：今日のところは保険金で[sage] え ４４５ 名前：今日のところは保険金で[sage] お ４４６ 名前：今日のところは保険金で[sage] ピンチになってんじゃねーか！！！ ４４７ 名前：今日のところは保険金で[sage] もう手が出せねえよ！！ ４４８ 名前：今日のところは保険金で[sage] だまれじっきょう ４４９ 名前：今日のところは保険金で[sage] やめてくれだれか ４５０ 名前：今日のところは保険金で[sage] あ ４５１ 名前：今日のところは保険金で[sage] なにおきた？ ４５２ 名前：今日のところは保険金で[sage] おとうさん？ ４５３ 名前：今日のところは保険金で[sage] 中継切れた… ４５４ 名前：今日のところは保険金で[sage] ＴＶ！どうなった！！！１１！！ ４５５ 名前：今日のところは保険金で[sage] おい…たのむよ何とか言ってくれ何でうつんねえんだ ４６０ 名前：１７４番窓口[sage] 位置情報きた！ ＢＢＪと一緒にいるぞ！ ４６１ 名前：今日のところは保険金で[sage] 新スーツ着てる！メカニックのサポートが戻ったのか！？ ４６２ 名前：今日のところは保険金で[sage] 社内でも何か動きがあったのか ４６３ 名前：今日のところは保険金で[sage] 屋上で何が… ４６４ 名前：今日のところは保険金で[sage] 詮索は後だ！カーチェイス始まってる！みんな巻き込まれんな！ ４６５ 名前：今日のところは保険金で[sage] ここで怪我人出したらあの人が泣くぞ！ ４６６ 名前：今日のところは保険金で[sage] おｋちょっと交通整理行って来る！ ４６７ 名前：今日のところは保険金で[sage] 中継切れる前に出てきた女の子は？ ４６８ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] ほっといて次の行動には絶対移らないはずだ 無事だと思うけど ４７０ 名前：今日のところは保険金で[sage] っぶねいますれちがった ４７１ 名前：今日のところは保険金で[sage] 運転すげえ… ４７２ 名前：今日のところは保険金で[sage] ＢＢＪも市民はよけてくれるんだよな ４７３ 名前：今日のところは保険金で[sage] ＷＴのこと以外はまともそうだったんだよな、みんな ４７４ 名前：今日のところは保険金で[sage] 正気に戻ってくれ… ４７５ 名前：今日のところは保険金で[sage] 残り面子の様子がおかしくないか？ 何か屋上で交戦してる気配が… ４７６ 名前：今日のところは保険金で[sage] …この上不吉な事言うなよ、何と戦ってるっていうんだ ４７９ 名前：今日のところは保険金で[sage] 今トレーラーみたいなのとすれ違ったけど、ＷＴ追いかけてる？ ４８０ 名前：１７４番窓口[sage] トランスポーターだね。多分スーツで位置を把握してるって。 ４８１ 名前：今日のところは保険金で[sage] 虎スレ民が目撃情報から大まかな位置情報提供してタクシーの人も後追ってるみたい ４８２ 名前：今日のところは保険金で[sage] どこへ向かってるんだろう ４８３ 名前：今日のところは保険金で[sage] ただ逃げてるだけか？今チラッと見たけどＢＢＪ殺気立ってるよな ４８４ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] なわけあるか！逃げない諦めない！ 誰かを助けるために障害物は全部ぶっ壊す！それがＷＴだ！ ４８５ 名前：１７４番窓口[sage] お前は今オフラインに専念しろ ４８６ 名前：１７４番窓口[sage] 情報を総合すると、Ｔ＆Ｂが今まで衝突したり活躍した場所を巡ろうとしてるみたいだ。 敵側に記憶に影響を及ぼすＮＥＸＴがかんでるって説が有力で、元の記憶に揺さぶりを掛けようとしてると予想。 先を読んだ連中が今ルート上の一般市民を減らすべく奔走中。 ４８７ 名前：４８３[sage] すまんかった。理由なく一般人を巻き込むはずないよな ４８８ 名前：今日のところは保険金で[sage] 気が気じゃないのはみんな同じさ。俺らに出来ることをしよう 2次被害は出させねえぞ！ ４９３ 名前：１７４番窓口[sage] 他のヒーローズが何者かと交戦ってのは本当っぽい。 炎と電撃が目撃されてそれっきり。 今避難その他のフォローが出来るのは俺らと２部ヒーローだけだ。気を引きしめるぞ。 ４９４ 名前：今日のところは保険金で[sage] ２部？ ４９５ 名前：１７４番窓口[sage] ＴＶにはほとんど映らないけど、軽犯罪と避難誘導なんかをメインに動く２軍が出来てるんだそうだ。今期から。 ４９６ 名前：今日のところは保険金で[sage] それは知らん ４９７ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] おまえらほんとうに関心薄いな… ４９８ 名前：今日のところは保険金で[sage] 女の子… ４９９ 名前：１７４番窓口[sage] >>４９８信じるしかない。そっちは俺らじゃ手出しできないからな。 初期からずっと情報収集向きのＮＥＸＴ居ないか探してるんだけど、本人にとってもデリケートな能力ってこともあって実用レベルの人材が見つからないんだ。 状況をどれだけ把握してるかは分からないけど口の達者な奴が２部とＴＶの面子をこっちに巻き込みはじめてる。 みんなも無理せず走行の邪魔にならないように行動してくれ。 ５００ 名前：今日のところは保険金で[sage] おｋ ５７２ 名前：今日のところは保険金で[sage] 日が暮れてきたな… ５７３ 名前：ペットショップ短足専門[sage] 補給一回だろ…いい加減思い出せＢＢＪあの人がもたねえぞ… ５７７ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] ＢＢＪが正気に戻ったぞ！タクシーの人とメカニックも合流だ！ バディ奪取おめでとうＷＴ！！！！！！！ ５７８ 名前：今日のところは保険金で[sage] よかった… ５７９ 名前：今日のところは保険金で[sage] 黒幕の件とかまだこれからなんだけど、でもよかった 本当によかった ５８２ 名前：今日のところは保険金で[sage] この後の展開どうなるんかな 誤解じゃなくて陰謀的な事件だろ、そういう時って相手の規模も大きいもんなんじゃ？ おじさんもだけど、この町も、どうなるのか ５８３ 名前：１７４番窓口[sage] 黒幕情報きたぞ。 なんとおじさんとこのトップ、予想通り記憶をいじるＮＥＸＴだそうだ。 ５８４ 名前：今日のところは保険金で[sage] トップって…あのメガネ…？ ５８５ 名前：今日のところは保険金で[sage] というかイボ ５８８ 名前：今日のところは保険金で[sage] それが黒幕って、ヒーロー制度そのものに関わってくるよな まじでこの後どうなるんだろう ５８９ 名前：今日のところは保険金で[sage] 尻尾掴まれた上、不特定多数に拡散してるからな。「今回の件」についてはもみ消しにはならないと思うが… つか、ＢＢＪの件もこいつが真犯人とかマジか ５９０ 名前：今日のところは保険金で[sage] うえ… ５９１ 名前：今日のところは保険金で[sage] はぁ？ ５９２ 名前：今日のところは保険金で[sage] ちょっとついていけなくなってきた ５９３ 名前：今日のところは保険金で[sage] とりあえず、知り合いってことでおじさんを中心に考えようじゃないか ５９６ 名前：今日のところは保険金で[sage] 兎スレが意外と静かだな ５９７ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] 暴動起きそうだからオンライン組には情報流してないんだ。 悪いとは思うんだけど。 落ち着きありそうなオフラインとはやり取りしてるよ？ ５９８ 名前：今日のところは保険金で[sage] 間違ってはないと思う、よ ６０４ 名前：今日のところは保険金で[sage] 表の方の事件の情報まだ錯綜してるな… ６０５ 名前：今日のところは保険金で[sage] ヒーローＴＶはぶつ切れたまんまだしな ６０６ 名前：今日のところは保険金で[sage] 一応おじさんには味方が戻ってきたわけだけど、俺らはこの後どうする？ ６０７ 名前：今日のところは保険金で[sage] トランスポーターはＪタワーに向かってるみたいだから、周辺の人払いと、荒事に対応できそうな技能持ちの待機、ってとこかな。 ６０８ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] 後はいつもの巻き込まれ対策でいいと思う。街頭ＴＶが沈黙したんで第三者の動きは落ち着いてきたし ガワかぶった時点で冤罪の方はとりあえず安全 ここから先は、彼らの仕事だ ただ、真実がどこまで明るみに出るかは、わからんな 陰謀系はやっぱり誰かが泥をかぶって内密に処理される可能性が高い ６０９ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] まあ、どう転んでも食うに困らない程度の事は、してやるつもりで居るんだろ？お前ら ６１０ 名前：今日のところは保険金で[sage] まあな ６１１ 名前：今日のところは保険金で[sage] 出来ることが、あるなら。 ６１２ 名前：今日のところは保険金で[sage] 気になるのは、他ヒーローの消息が分からないことだな。屋上はもうだいぶ前に空らしいんだよ ６１３ 名前：今日のところは保険金で[sage] ７企業ビルは高いから目視できるところがほとんどないんだよな 確認するのに時間食った ６１４ 名前：今日のところは保険金で[sage] どこ行ったんだろう ６１５ 名前：今日のところは保険金で[sage] 一般ニュース待ちになるのかなあ… ６４８ 名前：今日のところは保険金で[sage] ＴＶ ６４９ 名前：今日のところは保険金で[sage] おいテレビつけろ！ ヒーローＴＶ映ってんぞ！ ６５０ 名前：今日のところは保険金で[sage] テレビテレビ！！！！ ６５６ 名前：今日のところは保険金で[sage] やりやがった… これを放送とか、判断下したの誰だ(゜∀゜）ＧＪ ６５７ 名前：今日のところは保険金で[sage] リポーターが真面目に聞こえる… ６５８ 名前：今日のところは保険金で[sage] ＨＴＶにしちゃ淡々としてるな ６５９ 名前：今日のところは保険金で[sage] でもいい緊張感だ ６６０ 名前：今日のところは保険金で[sage] ああ、事態動きそうなのかな。前フリっぽい流れだ ６６１ 名前：今日のところは保険金で[sage] 全員Ｊタワーに居るのか ６６３ 名前：今日のところは保険金で[sage] 何だ！？ ６６４ 名前：今日のところは保険金で[sage] 今タワーで爆発あったぞ！ ６６５ 名前：今日のところは保険金で[sage] 近くの奴無事か！？ ６６７ 名前：１７４番窓口[sage] 連絡あった。 瓦礫による被害なし。一応人払いする方向で動いてたからよかった。 ６６８ 名前：今日のところは保険金で[sage] 中映ったぞ ６６９ 名前：今日のところは保険金で[sage] 望遠ｋｔｋｒ どこから撮ってんだろ ６７０ 名前：今日のところは保険金で[sage] おい…様子がおかしくないか…？ ６７１ 名前：今日のところは保険金で[sage] タイガー、なんでだかれてんだよ ６７２ 名前：今日のところは保険金で[sage] ＢＢＪ、なんでうごかないんだよ ６７３ 名前：今日のところは保険金で[sage] いきてんのか？いきてるよなあ！？ ６７４ 名前：今日のところは保険金で[sage] うそだろ ６７５ 名前：今日のところは保険金で[sage] あのこ…！ ６７６ 名前：今日のところは保険金で[sage] おそいよなにしてたんだひろず ６７７ 名前：今日のところは保険金で[sage] 一般人ずっと同行してたのか？ ６７８ 名前：今日のところは保険金で[sage] …見せないでやってくれ… 現場で親の遺体なんて…ヒーローズ！ ６７９ 名前：今日のところは保険金で[sage] 何か出てきた ６８０ 名前：今日のところは保険金で[sage] 黒タイガーって、これか ６８１ 名前：今日のところは保険金で[sage] ＷＴの近くにちらばってんのってもしかして ６８２ 名前：今日のところは保険金で[sage] １体に苦戦したのか…？ ６８５ 名前：今日のところは保険金で[sage] だれか・・・ ６８８ 名前：今日のところは保険金で[sage] 止まった？ ６９１ 名前：今日のところは保険金で[sage] なあ、ひとりたりなくないか ６９２ 名前：今日のところは保険金で[sage] 穴の辺りにもう１人居た、よな… ６９３ 名前：今日のところは保険金で[sage] 位置的に奥へは行かないはずだし… ６９４ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] 写さない、触れないって事は、そういうことだろ ６９５ 名前：今日のところは保険金で[sage] 気分悪くなってきた・・・ 助けられないパターンがあるのも、知ってるけど、今回特に、片足突っ込んでるから・・・ ７０１ 名前：今日のところは保険金で[sage] いや無理だろ隠蔽とか ７０２ 名前：今日のところは保険金で[sage] もう拡散してｒ ちょ ７０３ 名前：今日のところは保険金で[sage] ヘリ ７０４ 名前：今日のところは保険金で[sage] 音どこから拾ってんのかと思ったら… もう近くに居たのか ７０５ 名前：今日のところは保険金で[sage] 完全に出待ちしてたろこれ ７０６ 名前：今日のところは保険金で[sage] ボンジュールで鳥肌たった なにこれ刷り込まれてるの？普段そんな見てないのに ７０７ 名前：今日のところは保険金で[sage] 演出派手すぎるよ…いいのかこれ… ７０８ 名前：今日のところは保険金で[sage] この女性、ヒーローＴＶのプロデューサー？じゃね？ ７０９ 名前：今日のところは保険金で[sage] Ｊ事件のときに見た顔だ ７１０ 名前：今日のところは保険金で[sage] そうか、あの人か…！ ７１１ 名前：今日のところは保険金で[sage] でもよくやってくれた…！これでもう逃げられねえ ７１４ 名前：今日のところは保険金で[sage] イボてめえ！ ７１５ 名前：今日のところは保険金で[sage] 人質とか… ７１６ 名前：今日のところは保険金で[sage] あ ７１７ 名前：今日のところは保険金で[sage] うわ ７１８ 名前：今日のところは保険金で[sage] 生きてた！！！ ７１９ 名前：今日のところは保険金で[sage] タイガーーーー！！！！！！ ７２０ 名前：今日のところは保険金で[sage] おじさあああああああん！！！！！！１！！！ ７２１ 名前：今日のところは保険金で[sage] うあああああああよかったよおおおおお(つД`)゜・。 ７２２ 名前：今日のところは保険金で[sage] 心配かけさせやがってええええええ！！！！おかえり！ ７２３ 名前：今日のところは保険金で[sage] おかえりいいいいいいいい。゜(´Д`)゜・。 ７２１ 名前：今日のところは保険金で[sage] よかったあああああよかったああああ ７３６ 名前：今日のところは保険金で[sage] どうしようこんなときなのに セリフとかいいよおおじさんんん(つ∀`) ７３７ 名前：今日のところは保険金で[sage] マイペースすぐる… でも、あー、ヒーローだよ。ヒーローだ。おじさん。 ７３８ 名前：今日のところは保険金で[sage] あーやべえ力抜けたｗありがとうさすがにもうちょっと安心だｗ ７３９ 名前：今日のところは保険金で[sage] なみだでてきたｗ(つ∀`)゜・。 ７４０ 名前：今日のところは保険金で[sage] 慕われてんな…当然か ７４１ 名前：今日のところは保険金で[sage] 涙とまんねえ… ７４６ 名前：今日のところは保険金で[sage] おじさんはかっこよすぎるよ！！ｗ ７４７ 名前：今日のところは保険金で[sage] あ ７４８ 名前：今日のところは保険金で[sage] しまった… ７４９ 名前：今日のところは保険金で[sage] 拘束しとけば… ７５０ 名前：今日のところは保険金で[sage] いや待て、揺さぶりかければ戻るんなら、尋問のしようはあるんじゃないか？ ７５１ 名前：今日のところは保険金で[sage] そうか ７５２ 名前：今日のところは保険金で[sage] だな ７５３ 名前：今日のところは保険金で[sage] まあ、正々堂々闘ったヒーローズに恥じない程度に人道的な尋問であることを祈っとこうか ７５７ 名前：今日のところは保険金で[sage] ヒーローＴＶをこんなにかぶりつきで見たのは初めてだ ７５８ 名前：今日のところは保険金で[sage] 俺も ７５９ 名前：今日のところは保険金で[sage] インタビュー始まるぞ ７６０ 名前：今日のところは保険金で[sage] おいおじさん！！！ ７６１ 名前：今日のところは保険金で[sage] 病院行け！！！笑顔で答えてる場合じゃないでしょ！！！！ それ重症でしょ！！！！ ７６２ 名前：今日のところは保険金で[sage] またそうやってむちゃを…！！ ７６３ 名前：今日のところは保険金で[sage] 誰か止めろよ！ＴＶクルー！！！ ７６４ 名前：今日のところは保険金で[sage] 後ろで写メ撮ってるやつ自重！ ７６５ 名前：写真屋[sage] めんご。あまりのかっこよさに無意識だった。 医療班が身構えてるから一応ギリドクターストップではないらし、い…？ ７６６ 名前：今日のところは保険金で[sage] しかもここの住人かよ！！ ７６７ 名前：写真屋[sage] 現場に駆けつけてんの、本職除いたら半分かそれ以上シュテ民だぞ。 そもそも２次被害阻止に廃クラス中心であの辺走り回ってたから密度が半端ない。 ７６８ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] ヒーローの町シュテルンビルトで廃クラスが何人いるか考えたら…後は分かるな？ ７６９ 名前：今日のところは保険金で[sage] 何それ怖い ７７０ 名前：今日のところは保険金で[sage] どういうことなの･･･ｗ ７７１ 名前：今日のところは保険金で[sage] もしかして普段も結構動いてんのか？ヒーロー廃って… ７７２ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] ここまで派手に動くことはまれだよ せいぜいどこに居ても避難ルートを意識するのが癖になってたり隙あらばヒーローを影ながら助ける会とかが結成されるくらいで ７７３ 名前：１７４番窓口[sage] 目が泳いでいますｗ ７７７ 名前：今日のところは保険金で[sage] 引退！？ ７７８ 名前：今日のところは保険金で[sage] 聞き間違いじゃないよね ７７９ 名前：今日のところは保険金で[sage] え？ＢＢＪ？ ７８３ 名前：今日のところは保険金で[sage] そんなことより病院はよ… 今後の身のフリとか事件の詳細とかは後でええやんか ７８４ 名前：来たぞ、虎廃だ[sage] いや、うん、事実だけどｗもうちょっと動揺しようよおじスレ…orz そして虎スレ民が息をしていない中マイペースに[[jumpuri:次スレ > http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1005228]]へ

マターリ話そう【人助け】までがタイトル。<br /> シュテルンちゃんねる強制新生活板（主に事件に巻き込まれて新生活を余儀なくされた人や普段の生活に何かしら影響が出た人が集う板）より<br />原因が犯罪者ではなくワイルドタイガーだった人たちのスレのひとつ。<br />ワイルドタイガーに恨み言を言うスレではないので冗談みたいなまったり住人。本人降臨はしません。モブ江さんやモブ蔵さんが無双してます。<br />時系列は言わずもがな。前スレ同様ゆっくり進行になるはずだったスレが一気に加速、そして…<br /><br />2000万人も居るシュテルンビルトだもの、こんな人たちが何百人か居てもいいじゃない。<br />◆むしろネタとしてはこっちが本命だったんですが。長い前フリであったｗ<br />　１～３スレ平行してつじつまを合わせながら進めてたんですが、最終的に残念なことになってる箇所がちらほら。（どっさり？）<br />好きなアニメは正座してみる方なので、気軽に見返すって習慣がなくて、ほぼ1回きりの記憶にしたがって書いてます。<br />時系列がおかしかったらごめんなさい。タクシー運転手の情報網なめんなよ？ｗ<br />後編です。

（後編）【ワイルドに】ＷＴファンのおじさんについて

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1000960#1

数多の英雄が一人の少年と一人の侍と戦いを観ていた。 目まぐるしく動く両者、刀と刀の打ち合いで火花が飛び散っている。 ｢いやぁ、まさかここまで成長しているとはね｣ ｢そうですね、総合的にはともかく単純な剣技であれば私たちに迫る勢いですね。凄まじい成長をしていますよハチマンは｣ ダ・ヴィンチとアルトリアがそう呟くが頬には一筋の汗が流れている。 たった数ヶ月で自分達の土俵に上がりつつある少年に戦慄せざるを得ない。目の前にいる少年は決して戦闘類の才能はなかった。いくら[[rb:英雄 > じぶん]]達が指導しているとはいえここまでの成長は想像を遥かに越えていた。 一旦距離を取る八幡。全身に強化魔術を施して高速戦闘を行っただけあって呼吸は荒くなり汗も多く流していた。 対して目の前の相手はどうだ。呼吸も荒げておらず全身を強化した自分よりも速く巧く余裕を出している。魔術という概念を使えないでいるにも関わらずまだまだ底を見せていない、否。実力の半分も出していない侍。 ｢ふむ、強くなったな八幡｣ ｢.....そう言われてもな。汗一つ流せることが出来ないんじゃ実感がわかないよ。さっさん｣ 恐らく、純粋な剣技であればこの場にいるセイバーよりも勝っている剣聖、佐々木小次郎。 ｢フッ、そう自身を卑下するな｣ ｢まあさっさんがそう言うならそうなんだろうけど｣ 指先に魔力を込めて何もない空間にルーン文字を刻んでいく。空間に固定されたルーンを自身が持つ刀で横一閃で斬る。 刀身には先程刻まれたルーンが浮かび上がり魔力のオーラが纏っている。 ｢.....ん？｣ ｢なんだ....｣ ルーン魔術を教えているクー・フーリンとスカサハは先程刻まれたルーンがどんな効果があるかわからなかった。否、読めなかった。自身の知っているルーン魔術とは違っていた。 ｢なあ.....スカサハ｣ ｢よく見ておけセタンタ。ここからは未知の領域だ｣ 柔和な笑みを浮かべるスカサハ。 今から起こることを心踊るかのように待つスカサハ。 クー・フーリンもそれ以上追及せず黙ってこの戦闘を見届けることにした。 先に動いたのは八幡だった。瞬時に投影した短刀を投擲する。 弾丸に勝るであろう速さで小次郎に迫っていくが上段に構えた物干竿で放たれていた短刀を一閃。弾くはおろか一刀両断。短刀を真っ二つにした。 ーーー.....短刀の影に 同じ角度、軌道、速度でもう一つの短刀が迫ったが、斬り下げた物干竿を次は斬り上げる。 キィンと音が鳴り響き、短刀はまた同じように真っ二つとなった。 時間にしてみればほんの数秒の戦闘だが二人の戦闘を見ている者、特にハサン・サッバーハと剣士や騎士は驚愕する程のことだった。 ｢呪腕の、静謐の、あれが出来るまで何年掛かった｣ ｢.....2年ほど時間を費やした｣ ｢私もそうですね｣ ｢そうか.....よもやこの短期間であの技術を｣ 暗殺教団の教主である歴代のハサン・サッバーハはこれ位の技術は出来て当然のことだ。 だがこれはあくまでも彼らの立っている土俵の話であって常人では考えられない程の高等技術、いや神業だった。 同じ角度と軌道と速度それを同じように投擲するのは機械であっても難しいことだ。風向きや風力が変わればいくら機械でもいずれかがズレが生じるだろう。 それをたった数ヶ月、それも剣術、槍術、体術を同時に訓練を受けてあの技術を身に付けるのは専科百般のスキルを持つ百豹のハサンであっても無理だろう。 なにせ、百豹のハサンでさえこの技術を習得するのに半年掛かったのだから。 対する小次郎もぶっちぎりでおかしい技術だった。 投擲された短刀は200キロはゆうに越えていた。それを上段から真っ二つに斬り伏せ、影で隠れた短刀を斬り上げによる一刀両断。二つの短剣の感覚は1秒にも満たなかっただろう。 ｢弾くならわかる。避けるのも出来るだろう。だが.....一刀両断だと｣ ｢脱帽ですね。この芸当は佐々木氏にとっては普通のことなんでしょうね｣ 円卓の騎士の中でもトップの実力を持つランスロット、ガウェインも驚愕する他ない。 魔術を用いない。太陽の恩恵もなければ精霊の祝福もない。あるのは技術。 聖剣もなければ神造兵器も持ち合わせていない。あるのは日本刀。 にも関わらず己の剣技のみでこの高みにいる一人の剣聖に感服するしかなかった。 ｢....本当にすごいな｣ 果たして今の芸当が出来るのに何年、いや何十年かかるだろうか。もしかしたら一生かかってもできないかもしれない。 だから今出来る自身の全てを目の前の剣聖にぶつける。 正当方では勝てない。剣術を含め全てが格上の相手だ。未熟者では勝ち目がないのはここにいる誰もがわかっている。実際この戦闘の間で自分の首は幾度落とされたかは十を越えてからは数えていなかった。真剣勝負であればとっくに死んでいる。 勝つなどと愚かなことは望まない。ただ一太刀、成長した自分を見せる。 構えた刀がするりと抜け落ちる。否、手放した。 ｢.......ッ！｣ この場にいた全員が虚をつかれた。 足元まで落ちた刀を蹴りあげたのだ。投擲とは比べ物にならない速さで小次郎の喉を狙う。 ーーーこの肉体を経て、いや生前を含め、身を躱すのはいつ以来か..... それでもなお小次郎には届かなかった。 不可解なことがある。 これまで八幡の攻撃には二重三重と一つの攻撃であとに続くような連撃をしていた。先程の投擲がまさにそうだ。 確かに武器を手放し油断を誘い虚をつくような攻撃ではあった。 だが明らかにデメリットの方がデカイ。武器を手放すというのは無手になること投影による武器の生産は可能だが、投影された武器は質が格段に落ちる。打ち合いは勿論無理なことだ。 では体術はどうだろうか。八極拳、ルチャを含め基礎の段階で武器を持った剣聖には手も足もでないだろう。 未熟者ではあるがこんな一か八かの賭けにかけるような男ではないと誰もが知っている。 刹那 虫の知らせというべきか第六感というべきか。自分の首が落ちる[[rb:映像 > ビジョン]]が脳裏に浮かんだ。そのイメージは自分に降り注ぐ物だというのは考えるまでもなかった。 背後からの奇襲。気配も殺気も完全に遮断しての攻撃。手には蹴りはなった刀が握られていた。 小次郎の首目掛けて斬る。 ｢.....ッ！、はぁぁあぁぁああ！！｣[newpage]結果は背後に無理向き様、物干竿で腹を斬られて訓練は終わった。 気合い一閃。初めて声を上げて斬り伏せた小次郎。八幡はというと斬られた激痛により悶えていた。 勿論トレーニングルームでは腹から血は出ることも切り口が出るわけもなかったが腹を斬られたという痛みは出る。 そんな悶えている八幡の様子を小次郎は今もなお、冷や汗をかきながら見ていた。 自身の剣技と似たような事が出来る英雄の言葉が浮かぶ。 ―――戦場に事の善悪なし.....ただひたすらに斬るのみ あの時の八幡の目はそれだった。 殺す等という雑念すら排除された一閃。明鏡止水に近い状態だった。 こんな現代であの目はしていけない。あの目は明らかに戦士の目だ。 全力で無我夢中に振った剣がたまたま八幡に当たった。 今までは寸止めで決着をつけていたがとうとう斬らせることを成し遂げた。 ｢空間転移、ありゃ神代物だぞ。教えて出来るもんじゃねえ｣ 冷や汗をかいているのは小次郎だけではない。この場にいた全員が驚愕している。 何せ召喚された英雄に空間転移が出来るのはメディアしかいないからだ。 ｢お主が見て、現代の魔術師がアレが出来るか｣ ｢理論上は可能よ。でもその理論を一から全てを理解しているのは片手で数える位しかいないでしょうし、その理論を魔術として展開するのは現代の人間じゃ無理ね｣ ｢で、あろうな｣ そう言ってスカサハは八幡の元に向かっていく。 ｢おーい、大丈夫かー｣ﾍﾟﾁﾍﾟﾁ 未だにうずくまって悶えている八幡の背中をかるく叩く。 ｢返事しろー。へーんーじー｣ﾍﾟﾁﾍﾟﾁ ｢い、痛い｣ 辛うじて声に出したがそれ以上は口に出すことはなかった。 そして、これとばかりにフフンと笑みを浮かべる。 ｢どれ、少しの間膝を貸すとしよう｣ﾎﾟﾝﾎﾟﾝ 自身の膝をポンポンと叩く。すると拒絶するかのように頭をブンブンとふる。恐怖なのか痛みなのか震えが一層大きくなった。 ｢遠慮するな｣ 無理矢理膝に置かせて頭を撫で始める。その表情は慈愛に満ちていて、撫でる手つきは優しく母性の塊であるようだが、撫でられている本人はというと生まれたての小鹿の如く震えていた。 ｢さっきの魔術？あれってそんな難しいのか？｣ 痛みが収まったのか質問攻めにあった八幡は呆気らんと答えた。ただし膝枕状態でだ。痛みが収まってもスカサハは離してくれなかった。 ｢あのね。空間転移なんて魔法に近い代物なのよ。私が習得するのに何年も掛かったのだから｣ ｢そうなのか｣ ｢そうよ。少なくとも坊やが出来る魔術じゃないわ。どうやってやったのかしら｣ 興味津々で聞こうとするメディアを含めたキャスター陣営とその他面々。しかし八幡は何故そんな興味を持つのかわからないでいた。 ｢あんなの基礎の応用だろ？｣ 言葉も出ない。絶句した状態だった。 神代の魔術をあんなの扱い。しかも基礎の応用と言ってきた。 ｢ちょっと実践するから。そんな難しいことじゃないと思うけどな｣ スカサハの膝から離れる。そしてポケットからルーンが書かれた紙を短刀の柄の部分に巻き付ける。 ｢このルーンはさっきさっさんとの時に刻んだルーンと一緒だ。といって強化魔術でもなんでもなくて、まあマーキングみたいなもんだな。俺の感覚だと空間転移って点から点の移動だろ。例えば俺をAとしてこの短刀をBとするだろ｣ そして短刀を投擲する。100m程離れていったがいつの間にか短刀の位置に八幡が移動していた。再び元いた場所に向かって短刀を投擲し空間転移して元の位置に戻った。 淡々と行っていて簡単そうに見えるが、高等魔術をそう短時間で出来るようなことじゃない。 開いた口が塞がらないとはまさにこの事であった。 ｢まあこんな感じで、あらかじめマーキングした短刀を投げる。そして練で全身に魔力を流して円でマナとオドを感知するだろ。で、マーキングした短刀を感知して、放出系魔術で自分自身を放出させて短刀の位置に転移するって感じ？まあなんとなく感覚でやっているから｣ ｢.......も.....ん..よ｣ ふつふつと呟いているメディアを他所に軽い口調で説明を続ける。 ｢いやさ、いちいちここから学校まで移動がめんどくさいから瞬間移動出来たら楽になるなーって思って色々試したらなんか出来てよ。まあここから学校まで20kmぐらいあるけど円を強化魔術で強化してマナをふんだんに使ったら出来た。名付けて『飛雷神の術』という｣ ｢なんなのよー！｣ うがーとばかりに八幡に突っかかるメディア。胸ぐらを掴みブンブンと振り回す。 ｢何が感覚よ。すごい繊細な魔術じゃない！こんなめんどくさくて短縮された魔術なんて誰も出来ないわよ！｣ ｢えぇー｣ これは圧倒的な魔力操作が可能な八幡だから出来ることであって他の面子では出来ないことである。確かにやっていることは基礎中の基礎である。 本人は気づいていないが他の魔術師が聞いたら卒倒する程の技術である。 魔術を魔術で強化するというのは出来るものではない。異なる魔術を組み合わせることははまらないパズルのピースを無理矢理嵌め込むということに等しい。そうなればバラバラになるのはわかりきっていることだろう。 簡単に説明すれば、ドラクエでメラというものがある。威力や規模をあげるのであればMPを多く消費するメラゾーマを使用すればいいだろう。優秀な魔術師やメディア等がその例だ。 だが、その魔力やそもそもその術式を知らない八幡はどうすればいいか。 ―――強化すればいいじゃね メラをメラゾーマ並みに強化した。基礎の下級魔術であり魔力の消費もかなり少なくなっている。 術式が全く違う魔術を見事に融合させた。 ｢いやいや、メディアさんのほうがすごいだろ。弾幕ゲームばりの魔弾に爆散させるし空も飛べるし｣ ｢.....坊やもやろうと思えば出来るでしょ｣ ｢いやいや、流石に.....｣ 拗ねてそっぽを向いているメディアを宥めようとするが、聞く耳を持たなかった。 その後、墨を取り出して自身の血を混ぜて東洋の龍の絵を描き実体化させ龍の頭部に乗り空を飛び回ってメディアにこう言った。 ｢ほら、俺なんてこんな回りくどい事しないと飛べないし、何より俺自身は飛んでないし。自分自身で空飛べるメディアさんには敵わないって｣ 然り気無く墨を触媒にした超高等魔術を繰り出してきた。 墨に周を練り込み魔力に固定化させ自身の血を混ぜる魔術とは異なる呪術を融合させ、変化系魔術と放出系魔術を合わせて龍を実体化させ操作系魔術で空を飛ぶ。 やっていることは呪術を除いて基礎魔術の応用。それ故にメディアのプライドはズタズタに引き裂かれた。 本人には悪意がなくメディアを立てる為に自身の魔術を披露させている分余計にタチが悪かった。 流石に回りにいた全員がメディアに同情した。[newpage]あれから数々の魔術を披露し続けてメディアがとうとう泣き出した。エミヤをはじめ正座をされて説教をされて何故叱られたのか本人は納得がいかなかった様子だったが。 そんな八幡は今、うどん屋にいた。 ｢うまい｣ 近所にあるうどん屋をたまたま訪れてみたが値段も安くうまい。心の中で行き付けにしようと決めた。 うどんを食べる途中で小次郎との戦闘を振り替える。 戦闘は鮮明に思い出せる。何もかもが格上の相手で負けることが当たり前の戦いだった。 剣速も比べるまでもなく遅かった。では技術は。言うまでもないだろう。小次郎は剣技のみで円卓の騎士に匹敵するう実力を持っているのだから。 かつて一度だけ見た小次郎の秘剣『燕返し』 あれは技術云々の技ではなくナニカを超越していた。文字通り次元が違うのだろう。 人生を剣に掛けても到達できない剣の極致。真似できるものではない。 ｢我流であそこまでいけるかよ｣ 手探りながらではあるが八幡も自身の型をつくっている。 しかしそれは邪道であり、決して剣技とは呼べないものである。 ｢へぇー、これがこの時代のうどんなのね｣ ―――――ゾクッッッッッッ 直後その場から離れる八幡。店内にいた店員や客は八幡の起こした奇行に不気味がるがそんなことは目に入らないかのように目の前の人物から目が離せなかった。 凛とした顔立ちの誰もが認めるであろう美女。表情は笑顔を振り撒いているがそれ以上の気迫・闘気が肌にビリビリと感じさせた。 現代とは似つかわぬ格好、着物を身に纏い。何よりも単刀している四本の刀だ。あれはモデルでもなければレプリカでもない。正真正銘人を斬る刀であり、人を斬った殺人刀だ。 ｢あれ？驚かせたかな｣ こんなに避けられると思わなかったのかポリポリと頬をかく美女。その顔は困惑を浮かべており故意ではないことは明らかであった。 そんなことはお構い無しに警戒を崩すことのない八幡。 彼には見えるのだ。彼女の気迫・闘気が形となり仏とも鬼とも違う見た目をしているもの。歴史の教科書で見たこと事もあるあれとそっくりだった。 ｢.....不動明王｣ ポツリと呟いた言葉だったが彼女を動かすには十分な言葉だった。 カッと見開かれた眼光と直後、その場から更にほんの少しだけ身を引いた。 僅かな時間。その間に両者には攻防が繰り広げられた。 それはイメージでの戦闘でしかない、しかし自身のイメージ相手にぶつけそれを返すという高度なモノだった。 ノーモーションで抜刀した美女に三寸程身を引いた八幡。刀は空を切り直後に剣を取り出し斬りかかる八幡だったが、空いた片手でもう一つの刀を掴み抜刀するその直後。 ｢おい｣ ビクッっと二人が肩を震わせる。声を出した方に顔を向ければ店の大将が腕を組んでこちらを見ていた。 ｢坊主、飯は最後まで食ってから席を立て。トイレならしょーがねーがな。そして嬢ちゃん、いつまでも突っ立てねえで注文しねえか｣ ｢あ、あははは.....｣ ｢.....うす｣ 流石に店主にそう言われては従うしかない。客は神様という言葉があるがそれは店側がいう言葉であって二人が言う言葉ではない。店のルールに従わないのはただ迷惑なだけだ。 元いた席に座ってうどんを食べ始める。その隣には先程の美女が座りはじめた。 ｢おじさーん。うどん一つ！｣ ｢あいよ！｣ 笑顔で注文してニコニコとしているが、チャリンチャリンと鯉口を切っている。 こう言った行為は相手を挑発する事なのだが、生憎八幡は鯉口を切る意味がわかっていないようでただ不快でしかなかった。 ｢あの、うるさいんですが｣ ｢あ、.....ごめんね｣ まさかそう言われるとは思っていなかったのかシュンと落ち込む。 そんなことはお構い無しにうどんを食べ続ける。チラリと横を見ればまだ落ち込んでいる様子が見れた。罪悪感が芽生えたのか意を決して話しかける。 ｢少し、いいですか｣ ｢え！何かな！｣ キラキラと眼を輝かせる。話しかけられることが好きなのか。それともただ静かなのがいやのか。 こんな人があの歴史上の人物な筈じゃない。 しかし彼女から発せられた剣気と、ボンクラな自身でも感じ取れる桁外れの気迫。 ｢めちゃくちゃヘンなこと言うけど...｣ ―――　　　あり得ない？　　　　　　　そりゃそうさ！！！　　 　　　　何百年も[[rb:過去 > むかし]]に死んでる？　　　　　　　知ってるよ！！！ 　　　　　　　　　　　　　　全部承知しているさ！　　　普通に承知しているさ！！ 身内にもそういった[[rb:サーヴァント > そんざい]]はいる。だが目の前の彼女はサーヴァントのソレじゃない。今の今まで、どういう原理かは変わらないが[[rb:戦国 > かこ]]から[[rb:現代 > いま]]まで生きていたと。 ―――それでも尚...ッッ ―――それでも他に言いようがない...... ｢宮本武蔵さん..........？｣ ｢あれ？私、君と会ったことあったけ｣ ｢いえ、会ったことはありません｣ その反応は........ ｢新免武蔵守藤原玄信。武蔵だけで大丈夫よ｣ 当たりだった。 ｢君の名前は何て言うのかな？｣ ｢比企谷八幡です......｣

100パーセント趣味で書いた駄作です

《強化クエストⅠ　壱》

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Nobutunaが集会所に足を踏み入れた時、既に騒がしい二人が目に付いた。 騒いでいるのは、大剣を背負った赤い髪のハンター。 もう一人のドレッドヘアが特徴的なランス使いが、騒ぎたてるハンターに対して適当に相槌を打っている。 嫌な予感を感じ取ったNobutunaが、そっと踵を返す。 が、一足遅く。 出口まであと一歩というところで、後ろからガシリと肩を掴まれた。 「いいところに来たな！！」 にこやかに肩を掴んだのは、先ほど騒いでいた赤髪のハンター―Ashである。 その後ろに佇むドレッドヘアのハンター―SEVENは、『ちょうどいいところに道連れが！！』という本音がありありと表情に出ていた。 「お前、ヒマだよな？」 「いまからクエストに・・・」 「そうかヒマか！！じゃあ付き合え！！」 「人の話を聞けぇ！！」 勝手に話を進めていくAhsに、Nobutunaが抗議の声を上げる。 だがAshはそんなことなど気にも留めず、矢継ぎ早に話を進めていく。 「実は、ギルド主催のイベントのチケットが三枚手に入ったんで、BillyとオレとSEVENで見に行こうかと思ってたんだけど、Billyがどこにもいなくて・・・」 「兄様なら少し前から出掛けているわ」 凛とした少女の声に、Ashのマシンガントークが止まる。 振り返ると、ザザミ亜種の装備に身を包んだ少女が立っていた。 「ようTharros、クエスト帰りか？」 「ええ」 銀髪のツインテールを揺らして、Tharrosと呼ばれた少女が答える。 その背に背負われているのは、華奢な体には見合わないほどの武骨なハンマー。 暴虐の名を冠すBillyの妹であるTharrosもまた、暴虐女帝の名に相応しいほどの実力の持ち主であることを、Nobutunaは身にしみるほど理解していた。 「なに？Billyはん出掛けてるの？」 「ハチミツを取りに、数日前から」 用事でもあった？と首を傾げるTharrosに、レウスが！！とAshが叫ぶ。 「レウスがすごいんだよ！！ギルドナイトが闘技場で、ばっさばっさと薙ぎ払って・・・！！」 「Ashそれ説明になってない」 興奮するAshを宥めながら、SEVENが要点を掻い摘んで説明する。 明日行われる予定のギルドナイト認定試験。 そこでデモンストレーションとして現役のギルドナイトが金銀夫妻の狩猟を行うイベントがあり、一般のハンターでも観戦することができる。 全席予約で事前販売されるそのチケットをAshが購入したのだという。 そこまで聞いて、Nobutunaが納得したように話を引き継いだ。 「つまり三枚チケットを買って、BASで見に行く予定だった・・・と」 「そうなんだよ！！それなのにBillyいねえし！！」 「前日にいきなり言われても、予定っていうのがあるじゃん」 まあ俺はヒマだったけどね、とSEVENは肩を竦める。 未だAshに肩を掴まれたままのNobutunaは、長い話になりそうだ、と咥えていた煙草に火を点けた。 「他の奴らを誘えばいいじゃねえか」 「そうなんだけどさあ・・・」 意見を発するNobutunaに対して、バツの悪そうにAshが口籠る。 「jackはMr.と薬草を採りに行ってるし、SkyはFaltに無理やりガルルガ狩りに連れて行かれたし・・・」 「Rikuは？」 「最近見てない」 「じゃあ二人で行って来いよ」 「勿体ないだろ！！せっかく三枚買ったのに・・・」 ショボンとするAshはまるで、へそくりしていたマタタビを目の前で横取りされたアイルーのようだった。 項垂れるAshにしょんぼりとした耳と尻尾が見えるのは気のせいだろうか。 「まあ、そういうときもあるってこった。じゃあ俺はこれで・・・」 そそくさと立ち去ろうとするNobutunaを、ジトリとした目でTharrosが見つめる。 「・・・」 「・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・ああもう！！わかったよ、行けばいいんだろう！！行けば！！」 Tharrosの無言の圧力に負けたNobutunaが、半ばヤケクソに叫んだ。 ガバリと体を起こしたAshの表情は、これでもかというくらいに満面の笑みだった。 「本当かNobutuna！！」 「いいよ、行ってやるよ！！ただし夕飯はAshの奢りだからな！！」 「よっしゃー！！じゃあ今すぐネコタクの手配してくるからな！！」 さきほどまでの落ち込み様はどこへやら。 走って行くAshを眺めながら、SEVENが嬉しそうにNobutunaに話かける。 「Nobuちゃんありがとう！！正直あの状態のAshと二人きりになるの嫌だったんだ」 「そりゃあ、誰だって嫌だろうよ。変な罪悪感しか湧いてこねえ」 諦めたようにして、二人はAshを追いかける。 すっかり静かになった集会所後にして、Tharrosはひとり農場へと向かう。 「・・・別に、嘘はついていないもの」 胸に一抹の罪悪感を抱きながら、Tharrosは兄とその友人に思いを馳せた。 ＊＊＊ 「Nobuちゃん、こっちこっち」 「慌てるなって！！Ashも余所見してないでちゃんとついてこい！！」 先を急ぐSEVENを追い、浮ついているAshの手をひいて。 保護者になった気分で、Nobutunaは指定の席へと向かう。 今回使われる闘技場は通常と同様、上部に観覧席が設けてあった。 ただし、いつもと違って広さは倍以上ある。 馬鹿みたいにだだっ広い闘技場を上から眺める機会なんて、そうそうないだろう。 感嘆の溜息を洩らしながら、Nobutuna一行はようやく目的の席にたどり着いた。 「うおお・・・！！テンション上がってきた！！」 「ほんとにAshは、リオレウスが関わると子供みたいにはしゃぐよね」 「SEVENだって、ディアブロスが関わるとテンションあがるじゃねえか！！」 「当たり前じゃん！！」 「お前らいい加減にしろー。静かにしないと周りに迷惑だろーが」 緩やかに諌めるNobutunaの声に、素直に二人が従う。 いつもこうならいいなぁとぼやくNobutunaの手に、「黄金芋酒」と書かれたラベルの貼ってある瓶が握られているのをAshは見逃さなかった。 「なんで酒持ち込んでんだよ！！」 「いいじゃねえか。折角の祭りだし」 「祭りじゃねえよ！！れっきとした試験だ！！」 「の割には、屋台とか出てたけどね」 「お前も買ってんじゃねえよ！！」 「Ashも欲しかった？」 「いらねえよ！！」 「こっちならあげる」 「人の話を聞け！！」 「うるさいですよ、静かにしていただけませんか？」 大声で叫ぶAshに、隣に座るハンターから声がかかった。 立ち上がって「すいませんでした」と平謝りするAshを横目に、SEVENとNobutunaは素知らぬ顔である。 「お前らのせいだ・・・！！」 小さく唸るAshに、はいどーぞと氷樹リンゴを使ったリンゴ飴が差し出された。 「食べないの？」 マスターベーグルを頬張るSEVENから差し出されたそれを大人しく受け取り、Ashは席に座り直す。 「別に・・・こんなんで機嫌直したわけじゃないからな・・・」 「ツンデレ乙」 ボソッとしたSEVENの呟きを聞き流しつつ、Ashは闘技場の中央へと目を向ける。 楽しみを隠し切れない表情をするAshに、Nobutunaが苦笑した。 「そんなに楽しみか？」 「もちろん。去年も来たんだけどさ、本当にすごかったんだぜ」 「レウスが？」 「レウスもだけど、ギルドナイトもすごかった。今年も同じ奴らが出るって聞いてたから、SEVENとBillyにも見せたかったんだ。今回はNobutunaになっちまったけどな」 来年こそはBillyを誘うんだと、Ashは子供のように無邪気に笑う。 なんとなく罪悪感を感じながら、Nobutunaは「そうだな」とだけ答えた。 『皆様、お待たせいたしました。それでは本日の催しを開始いたします』 場内アナウンスが流れると同時に、リオレウスとリオレイアが入れられた檻が運び込まれる。 それぞれ金と銀の輝きを持つ希少種が闘技場に解き放たれた。 一目でG級モンスターだとわかる二頭は悠々と、歩みを進める。 『今回は昨年同様、G級ハンターの資格を持つ現役のギルドナイトが、デモンストレーションとしてリオレウス希少種とリオレイア希少種の討伐に挑戦いたします。それではお楽しみください』 アナウンスが切れ、闘技場の扉が開かれた。 ギルドナイト特有の紅い装備を身に纏い、二人のハンターが闘技場へと現れる。 二人ともが帽子を目深に被り、顔を確認することはできなかった。 一人は後ろ髪だけを伸ばしており、もう一人は帽子から僅かに髪が出るくらいの短髪。 両者の髪は、レイア希少種と同じく金色をしている。 「やっぱり、去年の奴らだ！！」 「顔見えないのに分かるの？」 「二人とも金髪だし、持ってる武器も一緒だ！！」 「おいおい・・・それだけじゃ一緒だって分からないだろ？」 「いいや、一緒だ・・・」 Ashは興奮気味に、二人のギルドナイトから目を離さずに答える。 「あの雰囲気は、絶対に忘れない」 後ろ髪が長いギルドナイトは双剣を、もう一人はランスを手に、火竜へと向かっていく。 悠々としていたリオレイアが、接近する二人に気づいて咆哮を上げた。 ビリビリと空気が震える。 「さっすが、G級・・・」 観覧席にまで響くほどの咆哮をものともせず、双剣使いがリオレウスの足元へと潜り込む。 剣を抜きざま、素早く的確に切りかかる。 金属をぶつける音を鳴らして、腱を狙って切りつける。 何度か切りつけたところで、不意に左へと双剣使いが転がった。 直後、金色の火竜が彼のいた所に滑り込む。 双剣使いは立ち上がるとそのまま、鬼人化の構えを取った。 このまま乱舞に持ち込む気だろう。 背後に迫る銀火竜など気にも留めず、彼は金火竜へと切りかかる。 振り向いた銀火竜が、双剣使いに狙いを定めた。 突進のために一歩下がろうとしたリオレウスに、ランス使いが盾で力任せに殴りかかる。 がごん。 ひどく鈍い音だった。 脳に響く衝撃に、銀火竜が怯む。 目を眩ませる銀火竜の腱を狙って、ランス使いが突きを繰り出す。 彼もまた、何度か切りつけたところで後ろに下がった。 そしてそのまま、見当違いの方向へと突進していく。 数秒違いで襲いかかったのは、金火竜が吐き出した火球。 一つも掠ることなく、ランス使いは金火竜の足元へとたどり着く。 双剣使いがバックステップで下がり、代わりにランス使いが突進の勢いを利用して金火竜にカウンターを叩き込んだ。 さきほどとは比べ物にならないほどの重低音が響き渡る。 あまりの衝撃に倒れ込む金火竜に向かって、待ってましたとばかりに双剣使いが乱舞を繰り出す。 もはや、切れ味が落ちるのなんて気にしてはいない様だった。 何度か弾かれつつも、固い鱗にようやく亀裂が入る。 切れ味の落ちたまま、鱗と鱗の繋ぎ目に切りかかっていく。 前方で銀火竜が吼えた。 咆哮に紛れて、水音が聞こえる。 ぶつり、と何かが切れる音も聞こえた。 鱗を剥がれ、肉を削がれ、腱を切られた金火竜が吼える。 タイミングを計っていたランス使いが、大きく見開らいた目にランスの先端を突き出す。 鋭く頑丈な鉄はいとも容易く、柔らかい眼球を突き潰した。 『ぎょるああああぁぁああぁあ！！！？？？』 激痛に金火竜が鳴く。 その喉に、砥がれないままの双剣が襲い掛かる。 ぎゃりぎゃりと、不協和音を奏でながら刃が鱗を削っていく。 すぐ傍を通り抜けた火球が、金火竜を照らし出した。 金の鱗が赤く染まったのは、灼熱の火球のせいか、はたまた飛び散った血飛沫か。 ランスの突きによって腱を切られた銀火竜が倒れ、同時に、絶命した金火竜も倒れた。 「なんだ、これ・・・」 酒を飲むのも忘れ、Nobutunaは目の前で行われる狩猟に釘付けになっていた。 まるでソロのような立ち振る舞い、それでいて連携のとれた動き。 見たことのない狩りの仕方に、目を奪われた。 「やっぱり、すっげぇ・・・」 呟くAshの瞳は興奮で潤んでいる。 誰もかれもが、言葉を発することさえ忘れ、たった二人のギルドナイトから目を逸らせずにいた。 銀火竜に切りかかっていた双剣使いが、ポーチから砥石を取り出す。 最低ラインまで切れ味の落ちた双剣を砥ぐ最中に、倒れていたリオレウスが立ち上がった。 ランス使いが、リオレウスから距離を開ける。 その目には紛れもない憎悪と、憤怒が満ち溢れていた。 リオレウスが大きく息を吸う。 双剣はまだ、砥ぎ終わらない。 吐き出された火球は一直線に、双剣使いへと放たれる。 「危ねぇ！！」 観覧席にいた誰かが叫んだ。 火球が炸裂した闘技場に、黒煙が立ち込める。 「っ・・・どうなった？」 さっき叫んだのとは違う誰かが呟いた。 皆が一様に、闘技場に視線を向ける。 黒煙が晴れたそこには、盾を構えるランス使いがいた。 その盾には黒い煤がこびり付いている。 火球が当たる直前、双剣使いの前で火球を食い止めたようだった。 だが、双剣使いの姿は見えない。 銀火竜が目標をランス使いに絞り、突進の構えを見せた。 だが、ランス使いは避ける素振りを見せようとはしない。 会場が俄かにざわついた。 「なんで、動かないんだよ・・・！！」 「怪我でもしたのか！？」 焦ったような呟きが聞こえる。 迫りくる銀火竜を前にランス使いは未だ、盾を構えたまま動かない。 あと少しでぶつかると思われた、その瞬間。 とん、と軽い音を立てて、ランス使いの背後にいた双剣使いが跳び上がった。 盾を構えたままのランス使いの、その背中を足場にして跳躍したのだ。 会場全体に、息を呑む音が響く。 彼らは動けなかったのではない、わざと動かなかった。 リオレウスが接近するタイミングを見計らって、確実に仕留めるために。 跳び上がった双剣使いが、空中で体を捻る。 狙うは、首。 突進のコースで構えるランス使いが、迫る銀火竜に向かって槍を突き出す。 狙い澄まされたタイミングで、二種類の刃物が銀火竜へと振るわれた。 重力の加わった双剣が首を、突進の勢いを乗せたランスが喉を。 それぞれ切り裂いて、刺し貫いた。 『！！―――――――――――・・・・・・』 叫び声を上げる事もなく、銀火竜がその命を散らせる。 しん、と静まり返った会場で、二人のギルドナイトは深く一礼した。 そして静かに、出口へと歩んでいく。 『以上で、デモンストレーションを終了いたします。筆記試験を受ける方は、６番ゲートまで・・・』 アナウンスもそこそこに、呆気にとられていたハンター達が口を開き始めた。 「なんだったんだ今の」 「あれがG級・・・」 「やらせじゃねえの？」 「どうやるんだよ、そんなの・・・」 多くのハンターが席を立つ中、座ったままのAshにSEVENが興奮気味に話かける。 対するAshもやや興奮しているようだ。 「いまのすっごかったね！！一回やってみたくない！？」 「双剣じゃなきゃ無理だな。それか弓か・・・とにかく軽い武器じゃないと」 「軽い武器でもやりたくはねえな・・・。あんな状況でタイミング合わせるなんて、普通じゃ無理だ」 「う～ん・・・」 Nobutunaの意見に、SEVENが考え込むようにして唸る。 そして名案とばかりにAshへと提案した。 「Ashちょっと頑張ってみてよ。クック先生あたりなら行けるんじゃない？」 「大剣持って跳べってか？」 「大丈夫。俺が跳ぶ」 「支えられるか、そんな重量！！」 二人のやりとりを眺めながら、酒瓶を開封していなかったことを思い出し、柄にもなく熱中してしまったとNobutunaは苦笑した。 すっかり忘れ去られていた瓶をあけて一口含む。 キンキンに冷やされていたはずの酒は、生ぬるい温度になっていた。 ＊＊＊ 「いやあ、遊ばないと早いよね」 「そうだね」 二人のギルドナイトは、備え付けられた控え室に向かって歩みを進めていた。 先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えないくらい、非常に呑気な雰囲気である。 「Ashが来てたみたいだね」 「SEVENとNobutunaも居たね。まったく冷や冷やしたよ。SEVENはともかく、Nobutunaまで来てるとは思わなかった」 「確かに」 彼らは狩猟中に見つけた見慣れたハンターに、驚きを隠せないようだった。 饒舌に話す双剣使いに、ランス使いは淡々と受け答える。 「ばれるかと思った？」 「なんの為に普段滅多に使わないような武器を使ってると思ってるの？」 「こういう時の為だと思うけど」 会話は一旦途切れ、靴音だけが廊下に響く。 目的の部屋の前に来て、ランス使いが口を開いた。 「毎回思うんだけど、Billyってどっちが素なの？」 やけに饒舌になるよね、と苦笑するランス使いに、ニヒルな笑みを浮かべた双剣使いが返す。 「Rikuこそどっちが素なの？」 寡黙になると男前だよね、と言う言葉に、ないわーとランス使いが呟いた。 「私はいつだって男前ですよ」 「そうですね」 饒舌だったBillyが寡黙に、寡黙だったRikuが饒舌に。 会話を続ける二人のギルドナイトは、すっかりいつものBillyとRikuだった。 「ほんと、Billyはんとだとやりやすいわ」 「ほとんどソロの動きだしね」 「粉塵いらなかったし。でも、ランスとかまじないわー。重すぎるっしょ」 「ハンマーとそこまで変わらないよ」 「私からしたらハンマーも十分重いんですけど」 「非力だね」 「弓使いですし」 他愛もない会話をする二人が互いに笑いあう。 これがさっきのギルドナイトと同一人物だとは、誰も思い浮かばないだろう。 「それにしてもさ、こんなの緊急でも非常事態でもないのになんで召集がかかるかね」 「たまにはこういうのもいいんじゃない？」 「まあ、Billyはんにとってはねえ・・・」 今回の報酬として、Billyが上司にハチミツ30個を要求していたことをRikuは知っていた。 「よくもまあ、ハチミツの為だけに金銀夫妻を相手取ろうとしたよね」 「そういうRikuだって、文句言いながら了承したじゃない」 「まあRikuですからね、はあい」 「まあ、それでもさ、罪悪感がないわけじゃないんだけど」 自身が非常勤のギルドナイトであることを、二人は誰にも伝えてはいない。 Billyの妹である、Tharrosを除いて。 「たとえNobutunaでも、言うわけにはいかないでしょ。非常勤のギルドナイトは隠密がルールだから。狩猟団に所属できるのも、そのおかげだし？」 「確かにそこはありがたいけどね」 通常、自分の猟団を贔屓しかねないための措置として、ギルドナイトが狩猟団に所属することは禁じられている。 例外として非常勤のギルドナイトは、緊急招集時以外は猟団に所属することが許可されている。 それはひとえに実力者が必要だからだ。 王国を脅かす脅威を退けるための、G級の実力を持つ者が。 だからこそ、非常勤のハンターに猟団への所属が認められるのだ。 だから彼らも、MHDという猟団に所属していられる。 「でも、腐れ縁にもほどがある」 「それは確かに否定できない」 もともと彼らはソロでハンターをしていた。 それなりの実力を持つソロハンターがぶつかる壁として、素材の横取りがある。 クエスト帰りの疲弊しきった頃を狙って、集団で取り囲んでその日の報酬を奪っていく。 そんな悪質な猟団も存在していた。 BillyとRikuも何度かそういう手合いに狙われたことがある。 もちろん、その度に撃退していたが。 初めて出会ったのはMHDに所属する数年前。 集会所で出会い、ソロ同士ということでギルドカードを交換し、帰る方向が同じだったので一緒に帰ろうということになった。 Billyを迎えにきたTharrosと合流し、そこでたまたま素材を狙う連中に絡まれた。 武器を持ち出し問答無用で襲い掛かる相手に、Tharrosはハンマーで、BillyとRikuは素手で立ち向かう。 ほとんど無傷でなぎ倒し大半を伸したところで、たまたまそれを見ていたギルドナイトに声をかけられた。 そこからは彼らの意思など関係ない。 勝手に手続きを済まされ、気が付けば非常勤ギルドナイトの資格を与えられていた。 特に気にすることもなくハンターを続け、Nobutunaに誘われてMHDに加わり、そこで二人は再会する。 これを腐れ縁と言わずして何と言おうか。 「もう、五年くらい前になるのか」 「懐かしいねぇ」 「おい！！そこのアンタら！！」 感傷に浸る二人に、背後から声がかかった。 聞き覚えのありすぎるその声の主を、確認するまでもない。 表情を切り替えて、Billyが振り向く。 予想通り、肩で息をするAshがそこにいた。 「僕らに何か用ですか？」 柔らかい声と表情でBillyが問いかける。 一歩遅れて振り向いたRikuの表情は、先ほどとは打って変わって非常に固い。 若干の気後れを感じながら、Ashは口を開いた。 「用っていうほどのことじゃないんだけど・・・」 口籠るAshが下を向く。 いつもの彼らしくない行動を不思議に思いつつも、BillyはAshの言葉を待つ。 やがて意を決したように、Ashは勢いよく顔を上げた。 「アンタらさ、やっぱりすごかった。オレなんかには想像のつかない狩りだった。去年も見てたけど、なんていうの？格が違うっていうのかな・・・とにかくすごかった！！それを伝えたかっただけなんだけど・・・」 言い終わってからバツの悪そうにするAshは、自分でもなんでこんなことを言いに来たのかわかっていないようだった。 興奮冷めやらぬ状態で浮かれていたのだろう。 ありありと想像できる様子を思い浮かべながら、Billyが微笑んだ。 「わざわざ言いにきてくれてありがとう。そんな風に言ってもらえてうれしいよ」 「そんな、礼言われるほどのことじゃ・・・」 「Ash！！他の人に迷惑かけるんじゃない！！」 姿の見えないAshを慌てて追いかけてきたのだろう。 息を切らせたNobutunaが走ってくるのが見えた。 その後ろを走るSEVENも見える。 「ここ『関係者以外立ち入り禁止』ってか書いてあったぞ！！何勝手に入ってきてんだ！！」 「は？そんなモン見てねえけど！？」 「どんだけ周り見えてないんだよ！！すいません、ウチの奴が迷惑かけました」 「迷惑なんかかけてねえよ！！」 「うっさい！！お前も謝れ！！ふらふらほっつき歩きやがって・・・！！」 Nibutunaに引きずられるAshを見送って、二人はドアをくぐる。 ドアを隔てて聞こえるNobutunaの怒声と、負けず劣らずのAshの声に、思わず噴き出した。 「なんていうか・・・Nobutunaも保護者が板についてきたよね」 「うん・・・」 でも、それでこそMHDらしい。 そう笑い合って、BillyとRikuは紅い装備を脱ぎ捨てた。 ＊＊＊ 「つかBillyはん、『僕』は似合わないと思うよ」 「そう？」 「印象が違いすぎて、逆に有りかもしれないけれど」 「まあ、もう終わったことだし」 ハチミツを両手に抱えたBillyと、Billyが持ちきれなかったハチミツを背負うRikuは、一週間ぶりにポッケ村へと帰ってきた。 村の入り口で待ち構えていたTharrosに出迎えられ、少々の愚痴を聞かされ、三人で並んで集会所へと向かう。 相変わらず騒がしい集会所に足を踏み入れると、目敏く見つけたAshが走り寄ってきた。 「Billy！！久しぶりだな！！元気してたか？」 「ちょっとAsh、私のことは気にしてくれないの？」 へらへら笑うRikuを「だってRikuだし」と一蹴して、AshはBillyに話かける。 「タイミング悪かったから行けなかったけど、来年こそは一緒にいこうぜ」 「何のことかわからないけど、善処はする」 「ちょっとちょっと～Billyはん聞いて～。Ashったらすごく面白かったんだよ～」 SEVENが加わってさらに騒がしくなる一団から一歩離れて、Tharrosの隣へとRikuが移動する。 「Tharrosさん、もしかして不機嫌？」 「そう？」 無表情がデフォルトの少女は、機嫌が判別しにくい。 少し考えて、Tharrosは呟いた。 「兄様とRikuは、もしもの時にどっちをとるのかと、不安になっただけ」 MHDをとるのか、ギルドをとるのか。 紫の瞳を細める彼女の頭に手をのせて、Rikuは笑みを浮かべた。 先程までのへらへらした笑みではなく、Tharrosを安心させるための心からの笑みだった。 「そんなの、決まってるでしょ」 「・・・わたしは不安にならなくてもいい？」 「ええ」 きっとそれは本心であると、そうTharrosは自分に言い聞かせる。 兄もRikuも、この猟団が好きなのだと。 そう思いながら、少女はクエストボードへと歩み寄る。 途中すれ違ったNobutunaに、「浮気には気を付けて」と忠告することを忘れずに。

久しぶりにナルガを狩りに行ったら５分で瞬殺されました。１週間触らないだけで腕って落ちるものですね■とりあえず、ギルドはこんなお祭りのようなものを開催するとは思わない。■捏造注意

表裏の境界

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突然だけど僕、緑谷出久は無個性だ。 本来なら４歳の時に発現するであろう個性が発現せず、昔からまあ色々苦労したものである。 たしかに小さな子供からしたら周りと違うものはからかうには打ってつけの存在だと思う。悪気はないんだろうけど。 そんなこともあって、僕は夢であったヒーローを諦めようとした。でも、やっぱり困ってる人を見過ごせない、助けたいという思いは冷めることはなかった。 こうなったら何がなんでもヒーローになってやる！！ そう固く決意した僕は小学校の時ぐらいからかな、空手とか柔道とか合気道とか…まぁ武術に関することすべてを学び始めた。自主練としてランニングとか食事とかも気を付け始めた。あと怪我とかも治せるように処置も学んだ。 たまに挫けそうになったこともあったけど、無個性の僕は他の人の何倍も頑張らないといけない。必死の思いで食らいついた。 そして、その頑張りが報われたのかあのヒーロー輩出率の高い超有名な雄英高校に入学することが出来た。 クラスメイトや教師に恵まれ、僕は無事雄英高校を卒業した。 その後は色んな事務所を転々としながらヒーロー活動をしてきた。周りからはうちにおいでよ、なんて勿体ない勧誘の言葉をもらうけど僕は色んな場所で、色んなヒーローに会い、そして多くの人を助けたいからとその誘いを断ってきた。 だから僕は今も尚色んなところを転々としているわけで。 色んなところをまわって気付けば数年の月日が経っていた。 そんなときだ。 「え、僕が教師、ですか？」 「そうだよ！」 雄英高校の校長、根津校長先生から連絡があったのだ。 内容は、雄英で教師をしてくれないか、とのことだった。 なんで僕なんかが、と思った。 そんな僕の考えはお見通しだったのか根津校長は理由を話した。 「君の最近の活躍はめざましいからね！それに君は我が校でもいい成績を残していたし。だったら是非ともうちで教師でもって思ったんだよ！」 「いや、お気持ちは嬉しいですけど…僕でいいんですか？だって僕一応無個性な訳ですし…」 「何を言うのかな！君は立派なヒーローだよ。現に他のプロヒーローはみんな君を評価してるし今でも勧誘があるし。君は謙虚すぎるんだよ」 「はぁ…」 「で、この件は受けてくれるかな？」 ここまで校長先生が言うんだし…それにせっかく僕のことをかってくれてるんだ。僕はその期待に応えねば。 「わかりました。そのお話、お受けします」 [newpage] 今年から雄英高校の教師として働く。話では担当は今年の新入生のクラスの副担任。 うわぁ、よりにもよって一年生の担当かぁ。これからを左右する大事な子達なのに僕に任せるなんて何を考えるんだ校長先生！ て、今くよくよしててもしょうがない！正式な担任の方に甘えちゃうかたちになっちゃうかもだけど僕なりに頑張ろう！ そう思いながら職員室に入るとまぁ見覚えのあるプロヒーローの方ばかり。まぁ元々雄英の教師はプロヒーローの人ばかりだけど。 「緑谷さん」 「ん？あ、相澤くん！」 僕に話しかけてきたのは僕の二つ下の後輩の相澤消太くん。今はプロヒーロー、イレイザーヘッドとして活躍している。 「うわぁ、久しぶりだね！元気にしてた？」 「はい。緑谷さんも元気そうで。ところで緑谷さんは1Ａの副担任ですよね。俺はそこの担任なんでよろしくお願いします」 「相澤くんが担任なんだ？あぁ良かったー。僕教師とか初めてだからよくわかんなくて…頼っちゃうばかりになっちゃうけどよろしくね」 「いえ、こちらこそ。困ったことがあれば全て俺に聞いてください」 「うん！」 「じゃあ行きましょうか。生徒ももうクラスにいるでしょうし」 「うん。どんな子がいるんだろうなぁ」 担当するクラスについた。僕がいた頃と全然変わってなくてビックリした。 「全員いるか」 おぉ、相澤くんいきなり行くね。あ、僕も続かないと。 「今日から君たちの担任をすることになった相澤だ。で、こちらは副担任の緑谷さんだ」 「あ、えっと緑谷です！教師とか初めてなんですけどがんばりますのでよろしくお願いします」 ふぅ、緊張したけどなんとか言えた…。それにしても生徒かぁ。なんか良いなぁ。 ガタンッ ん？ガタン？ 「「デク/出久さん！？」」 音がしたとき二人の生徒が立っていた。 なんか見覚えが…あ。 「かっちゃん？と焦凍くん？」 うわ、すごい久しぶりだ！最後に会ったのがえっと、かっちゃんたちが小学校の時だから…約十年？ホントに久々だった！ 「おい半分野郎…なんでてめえがデクのこと知ってんだよ？」 「それはこっちの台詞だ。お前こそ出久さんのことなんで知ってんだよ」 「あ"ぁ！？幼なじみだわなんか文句あるんか！！」 え、なんであの二人喧嘩してるの。てかかっちゃんこわ！！あと言葉悪いよ！焦凍くんイケメンになったなぁ。モテるんだろうなぁ。 「…緑谷さん、あいつらとは面識が？」 「ん？うん。かっちゃんとは家が近所だったから幼なじみでね、焦凍くんはエンデヴァーさんの家にお邪魔したときに仲良くなったんだ」 「そうですか。おい二人ともうるさいぞ、早く席につけ。じゃないと除籍にするぞ」 除籍…容赦ないな相澤くん。まぁ昔から時間は有限、合理的に考える子だったからしょうがないか。 「かっちゃん、焦凍くん席に着こう？相澤くん怒ると恐いからね。話はまた後でするから」 そういうと二人は嫌々ながらも席に着いてくれた。 そのあとガイダンスがあるにも関わらず外で体力テストとかをやった。(ガイダンスの意味…) 今日はもうこれで終わりだから生徒は帰る、はずなんだけど… なぜか今僕は1Ａの教室にいてそこにはかっちゃんと焦凍くん、他のＡ組の子達もいる。 「えっと…？」 「デクゥ…説明してくれるよなぁ…？」 「こいつとのこと、話してくれますよね？」 「えと、さっきも言ったけどかっちゃんは幼なじみで焦凍くんとはエンデヴァーさんの家にお邪魔したときに仲良くなっただけだよ？」 「てめぇ色んなとこ行ってるって言ってたじゃねぇかよ！」 「エンデヴァーさんの事務所にいたときだよ！偶然なの！」 「俺んとこには顔出さなかったってのにこいつのとこには行くのかよ？あぁ！？」 「だから偶然だって！あとかっちゃんのとこ行こうと思っても忙しくて行けなかっただけだよ！」 「出久さん、爆豪と知り合いだったんですね。俺初めて知りましたよ」 「いや、別に君に話すことじゃないかと思って…」 「俺と色んなことしてくれたのに、言ってくれなかった」 「おい色んなことってなんだよデク！！」 「ただ一緒に遊んだだけだよ！？焦凍くんもなんで紛らわしい言い方するの！？」 「なんか大変そうだなぁ緑谷先生」 「そうだな。いつもヒーロー活動してるときとは全然違うし」 「てか爆豪と幼なじみとか驚きだよね！」 「轟とも面識あるとか…」 「しかもあの相澤先生の先輩なんだろ？」 「なんか…すごいね」 「おい、緑谷さんはいるか…て、なにしてんだお前ら」 「あ、相澤くん！」 「あんたには関係ねぇー！！」 「悪いが先生には関係のないことだ」 「お前らなぁ…。こっちは緑谷さんに用があるんだ、ガキに付き合ってられるほど時間はない。行きますよ緑谷さん」 「わ、わかった。じゃあかっちゃん、焦凍くん、みんなもまた明日ね！」 はぁ、相澤くんのおかげでなんとか助かった…。本当ナイスタイミング！！ 「ありがとう相澤くん、助かったよ」 「緑谷さんあんたタラシ過ぎでしょ…」 「？」 「…とにかく、まだ残ってる書類とかあるので手伝ってもらっていいですか」 「う、うん！もちろんだよ！早く終わらせて休みたいもんね！」 「(ま、俺もあいつらと変わらないが…)」 こうして僕、緑谷出久は雄英の教師として楽しく平和に働き始めた。 「出久さん、今日家に来ませんか？」 「おい半分野郎！！デク誘ってんじゃねえよ！！」 「爆豪落ち着けって！！」 そう、楽しく… 「爆豪くん！ここで爆破は危ないからやめたまえ！」 「轟さんも対抗して凍らそうとするのはやめてください！」 「ぎゃあー熱いーー！！！」 「ひっ、こっちは寒ぃ…！！」 へ、平和に…？ 「お前たち少しは黙れ！！除籍されたいか！」 ……… …とにかく頑張ろう。

こんばんは、いずもです！<br />今回初めて僕アカの小説を書きました！最近すごくハマってて映画も観に行きました！めっちゃ面白かった！グッズ買えるかと思いきや全然なかった…。やっぱ人気なんですね、パンフレットしか買えなかったです。漫画の方も環くんがいいですね！めっちゃかっこよくてかわいい！<br />あ、今回も勢いで書いてしまったので誤字脱字とか諸々あると思いますが温かい目で見てくれたら嬉しいです。<br />あと投稿も遅めでいってるのでご了承下さい。

無個性ヒーロー、デク！教師になります！！

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※クッションページ※ 　作者の脳内の欲望のままに書き綴っています。 　本誌を追ってはいますが単行本は一部所持、アニメも少しづつ視聴中です。 　小説に必要な所を優先的に選んで所持、視聴しています。 　原作沿い・救済による原作改変・キャラ改変・捏造設定満載。 　ジン成り代わりの為、外見はジンのままですが中身は別人となります。 　ジン成り代わり主(以下、ジン成主)の成り代わり前の人物は原作知識のある女性ですが、詳細は決めておりません。成り代わり後の性認識は男性です。 　成り代わり前の人物を成り代わり夢主、または二次創作オリキャラとして捉えるかは読者様へとお任せします。 　 　本編中は行きすぎてる感はあるものの公安幼馴染組(降谷さん、スコッチ)とのブロマンス強め。 　途中からジン成主以外の一人称視点や三人称視点も交えながら本編は進みます。 　最終的にはジン成主×スコッチのＢＬ要素含みます。 　後日談ではＢＬ要素、成人向け要素が入ります。 　公安贔屓の為、ＦＢＩがやや不遇。 　ストーリーの都合上、キャラ同士の信念によるすれ違い有。その為、名探偵にもやや厳しい展開が入ります。 　厳しめの意図はありませんが、不快に思われた場合は引き返すことをオススメいたします。 　スコッチの名前バレ有。単行本はの方はご注意ください。 　各職業、症状、その他もろもろについては、一度調べていますが基本的に妄想とご都合主義で構成されています。 　以上を踏まえてお楽しみください。 ※スコッチの本名は名前発表後、仮名の緑川唯から緑川景光(愛称：景/ヒロ)へと変更しています。 ※本誌にて、苗字が正式に発表されたら苗字も修正予定です。 ※また、組織時代の偽名は緋色光。原作時の偽名は江戸川グレイで設定してます。 [newpage] 　アジトの前を警察が包囲している。あの方はいねぇが…ラムは来ていることだろう。 　アジトのシステムを停止させるために、秘密裏に公安で開発させていたプログラムの入った記憶媒体をコートのポケットの中で撫でる。そろそろ行くか。 「兄貴どちらへ？」 　持ち場を離れようとした俺にウォッカが声をかける。 「中央管理室に行ってくる。あそこに手を出されると事だからな」 「でしたら俺も…」 「いらん。お前はバーボンと共にここを守れ。俺が戻ってくるまで任せたぞ」 「はい！」 　ウォッカの横に居るバーボンと視線が合う。口の端に笑みを浮かべ体をひるがえした。 「すぐに戻る」 　そう言い残して中央管理室へと向かう。幹部でないと使えないセキュリティカードを使いセキュリティドアを抜けてたどり着いた中央管理室。普段、ここにいる奴らも防衛に駆り出されて今いない。まあ、ここの操作はラムの持っている端末でも操作できるからだろうが…人間がいないのは好都合だ。 　中央管理室の名の通り、中央監視装置を備え、それ以外の重要な装置も全てこの部屋に詰まっている。扉続きに隣はサーバールームだ。 　自爆システムの起爆装置もここにある。起爆スイッチはラムやボスが持っているがシステムを壊しちまえばスイッチはなんぞただのゴミだ。記憶媒体を取り出し、中央監視装置の前に立つ。 　―！ 　―！ 　―！ 　物陰から響いた銃声は記憶媒体を持つ俺の腕を打ち抜き、両足の腱をも打ち抜いた。 　四肢を撃ち抜かれ、床に沈む。抵抗らしい抵抗をしない俺にラムはひどく落胆したようにため息を吐き、俺の持っていた携帯と記憶媒体を壊した。ついでとばかりに俺の持っていたＡＰＴＸ４８６９をあるだけ飲ませて中央管理室から出ていく。なんとも詰めの甘いことである。これぐらいで俺が動けなくなるはずないというのに。慢心しがちなラムらしいことだ。 「ぐっ…お゛え゛っ…っ。え゛っ…」 　体を起こし、血に染まった指を喉奥に突っ込む。物理的な刺激と血生臭さに胃の内容物が床に散らばった。固形物と液体に混じり赤と白のカプセルがいくつか見える。もう一度、胃の内容物を吐き口を拭う。全て吐き出せたかどうかはわからんがあまり時間を無駄にするわけにはいかない。 　携帯を探されていた時に投げ捨てられたお守り袋を上手く動かない指を無理矢理動かし拾い上げる。その中から本命のプログラムの入った記憶媒体が血に濡れないように取り出し、パソコンへと差し込んだ。セキュリティというセキュリティをぶち抜いて立ち上がったプログラム。許可を求めるウィンドウにエンターキーを叩く。 「ここで俺を絶望させようって魂胆だったんだろうが甘い。これも全て計算の内だ」 　主電源が落ち、非常用電源へと切り替わる。これで監視カメラは使えない。自爆システムも別のプログラムに破壊され停止した。俺の役目はここまでだ。 　血に染まったお守り袋から探偵バッチを取り出す。 「コナン」 「黒澤さん!?なんでこっちに!?兄ちゃんに連絡するんじゃなかったの!?」 　バッチからは驚いた名探偵の声が響く。 「少し、トラブってな…携帯が壊れた…。なに、役目は果たしたから突入させろ」 「ちょっと!?黒澤さん!?黒澤さんってば!?」 　バッチの向こうから名探偵の焦る声を聞きながら床に崩れ落ちた。激痛に視界が霞む。霞んだ視界の中、吐瀉物の中に半分ほど溶けた赤と白のカプセルが見えた。 [newpage] 景光視点 　素顔を晒し、組織のアジトを見上げた。万が一作戦が失敗した時、コナン達を巻き込まない為に江戸川グレイとしてではなく緑川景光としてこの場に立っている。 　アジトの明かりが一度消え、一分もせずに再度明かりが点き、少しして携帯の着信がなった。陣かと思えば、画面に浮かんでいるのはコナンの名前。首を傾げつつも電話に出る。 「コナンどうした」 「兄ちゃん！黒澤さんがシステム落としたって！」 「なんでお前に…」 「携帯が壊れたらしくて…探偵バッジで…」 　嫌な予感がした。それは携帯の向こうにいるコナンも同じようでその声からは不安が感じ取れた。 「わかった。ゼロと合流したら俺はあいつの捜索に当たるから安心しろ」 「うん…兄ちゃんも気をつけて」 　コナンとの通話を切り、拳を握る。こんな状況で陣の携帯が壊れるなんてありえない。壊されたのだろう。陣が裏切り者だとバレた。それでも自分の役目をやり遂げ、連絡があったということは止めを刺されずに放置されているのだろう。…早く迎えに行きたい。だが、俺は多くの仲間も背負っている。ゼロと変わるまでは、せめてそこまで行かないとあいつを迎えに行けない。 「景光…ジンになにかあったのか」 　隣にいた赤井の問いに頷く。 「バレて襲撃されたのか…携帯が壊れたらしい。だが、あいつらしいよ…役目はやり遂げている。コナンのバッチにシステム停止の連絡があったそうだ」 「…そうか」 「作戦は予定通りに…ゼロと合流したら俺はあいつの回収に向かう。協力者を…あいつを切り捨てることはできない」 「わかった。…では降谷君の所まで君をエスコートしてやろう」 「やめろよ気持ち悪い…だけどまあ、背中は任せた」 　苦笑しながら赤井と拳を合わせた。普段のような軽口が、ジンのもとに駆けつけたい俺の気持ちを落ち着ける。仲間を犠牲にするわけにはいかない。だから…できる限り、予定通りに、俺と赤井で道を切り開く。 　辺りを見回せば、仲間達の視線は俺に向いている。俺は…指揮官とか向いてないと思うんだけどなぁ…任されたからにはやるが。 「突入！」 　声を張り上げる。俺の号令と共に公安だけでなく日本警察の精鋭とＦＢＩの精鋭で構成された突入チームがアジトへと突入を開始する。 　外では狙撃されることはなかったが、抵抗とばかりに銃撃戦が始まった。下っ端といえど組織に目をつけられた犯罪者だけあって手強い。いくらか銃撃を続けるうちに投降してくる奴らもいたが、最後まで抵抗してくる奴らもいた。できるかぎり殺さないように無力化していく。 　俺と赤井が最前線を突き進み、ついに知った顔が現れる。赤毛にツリ目、左目の周りに特徴的な蝶のタトゥーの女と白銀の髪にサングラスと帽子の男。キャンティとコルン。話は聞いていたが直接顔を見るのは組織を抜けてから初めてだった。二人の視線は現れた俺と赤井に向けられ、キャンティの表情は怒りと驚きを浮かべている。コルンの表情ははサングラスと帽子に隠れて見えない。 「ライ…スコッチ…二人とも生きていたとはね！どうやって生き返ったか聞きたいところだけど…ここで地獄に送り返してやるよ！」 「出てこなければ…死ななかっただろうに…残念だ」 　二人は拳銃を構える。狙撃手といえど、射撃が下手なわけではない。元より軍用ヘリを乗りこなし、それで銃撃する腕がある。重火器のスペシャリストと言った方が正しい。 「二人とは戦いたくなかったんだけどなぁ」 　とは言いつつも、キャンティへと向けた銃口は下ろさない。油断したら死ぬのはこちらだ。 「相変わらずあまっちょろいねスコッチ。そんな考えの癖にこちらに向けられたままの銃口にゾクゾクするよ！」 「キャンティも相変わらずだなぁ…」 　自分に正直なキャンティに苦笑する。変わらないんだ。俺が組織にいた時と。悪人で犯罪者なのは間違いないけど、嫌いじゃなかった。組織の人間としては仲間思いのところとかも。まあ、裏切り者には容赦ないけど。 「ジンも可哀想にね！あんだけあんたの事可愛がってたのに裏切られてたんだからさ！」 「…俺は組織は騙してたけど、あいつを裏切った事はねぇよ」 「戯言を！」 「陣は全て知っていて俺を組織へと入れた。俺を組織から追い出したのも陣。俺もライも全部は陣の手のひらの上。それどころか組織もこの日だってあいつの台本通り」 　キャンティとコルンは信じられないと言わんばかりの表情を浮かべている。俺と赤井に狙いをつけていた銃口は俺だけに向けられていた。 「黙りな！ジンが組織を裏切るわけないだろう！シェリーだってジンは殺したんだ！そんな奴が組織を裏切るなんて！」 「スコッチ…ライ…バーボン…全部、ジンのスカウト…」 「コルン、あんた何を！」 「バーボン…ＮＯＣ疑われた…あれ、本当だとしたら…あの時からジンは組織を裏切っていた」 「黙ってなコルン！」 　言い争う…というよりはキャンティがコルンに食って掛かってる様子に昔も何度か見たなと思いつつ、ここであまり時間をかけるわけにもいかないと思ってたらずっと黙っていた赤井が口を開いた。 「さすがだと言っておこうか…コルン。相変わらず、状況の把握が早くて助かる」 「黙れライ！…っ！」 　叫んだキャンティの体が突然ぐらりと傾く。見覚えのある倒れ方に辺りを見回せば、物陰から予想していた影が現れた。 「なんでここにいる！コナン！」 「ガキ…！」 　銃口がコナンへと向けられる。頭の中に庇わないととよぎる前に体が動く。だが、その動きも一発の銃声と拳銃がはじかれ、床に落ちる音で止まった。 「もう少し冷静に対処するべきじゃないか景光？」 「一度やらかしてるお前には言われたくねぇかな」 「一度やらかしてるから冷静に対処できたと行ってほしいな」 「言ってろ」 　不敵に笑う赤井。憎たらしいほどに男前である。そんな赤井をサングラス越しに睨みつけるのは拳銃を撃ち落とされたコルンだ。予備の拳銃も持ってるだろうが赤井に銃口を向けられたままでは取り出すこともできないようだ。 「それで、ボウヤはなんでここまで。君が来たということは何か理由があるんだろう？」 「うん…システムが復旧された。復旧するまで探偵バッジの通信は繋がってたんだけど…黒澤さんの呻き声以外に…機械音見たいな声で…無駄なあがきご苦労。警察やＦＢＩ、役たたずどもに運命を共にするといいって。それとは別に爆発までの残り時間が…あと三十分ってアナウンスも…。多分、そいつが逃げるまでの時間だと思う」 「電話か無線入れてくれればいいだろ！お前が来る必要ない！」 「システムが復旧してからは通信が妨害されてんだ！無線も電話も探偵バッジも使えない！本部の人達にも伝えたけど、本部の人の判断なんか待ってられなかった！敵も味方も関係なく殺されかけてるのを黙って見てられるかよ！それにここに来るまで本部から十分かかった！残り二十分で爆発する！爆発するまでに黒澤さん見つけて脱出しなきゃならねぇし、敵味方皆殺しにしようとした奴は捕まえなきゃならねぇ！あんな奴逃がしてたまるか！」 　怒りと正義感に燃えているコナンに久しぶりに大暴走してるなとどことなく思う。だけど、急いで駆けつけてくれたおかげで時間に余裕があるのも確かだ。そこには感謝しかない。だからといって危険に飛び込んできた事を許すつもりもないが 　コナンのいう通りあと二十分もしたらここは爆発するのだろう。管理室以外のアナウンスがなかったのは制圧した場所で捜査する警察とＦＢＩまでも始末するためか…。本当に容赦がない。 「わかった…ここまで来たら戻るより俺達についてきた方が安全だろう。一人で突っ走るんじゃないぞ」 「…おう」 「あと、帰ったら説教だ」 「…ん」 　コナンはこれでいい。さて、問題はコルンだ。拘束して、仲間に回収してもらう手もあるがどうせなら自分で逃げてもらった方が早い。ので、頑張って交渉といこうか。 「聞いたなコルン。どうやら、お前らの上の人間はお前らごとここを吹き飛ばすらしい。幹部すら捨て駒にする組織にこのまま忠誠誓うのか？」 「キャンティに手を出した…お前らの言うこと聞くとでも…？」 「ごめん、おじさん。おねーさん興奮して話聞いてくれなさそうだから…眠ってもらったんだ」 　コナンの言葉にその場にいる全員が内心あー…と思っただろう。おそらくコルンすらも。爆発するって言われても信じないだろうし…まず、喋らせてくれない。それを考えたらコナンの行動はファインプレーだ。 「十分くらいしたら起きるからおねーさん抱えて逃げなよ。黒澤さん…ジンもあんたらが死ぬのは望んでねぇはずだから」 「それは俺も同意だ。あいつ気に入った奴は殺さないし、死なせたくないみたいだからさ。このまま投降してくれるならどうにか上には話つける…。待遇が気になるなら、アイリッシュやキュラソーも作戦に参加してるから聞いてみたらいい」 「生きているのか…」 「生きてる。カルバドスとピスコは不参加だけどな」 「カルバドス…テキーラは…？」 「テキーラは陣も予想外だったみたいで…あいつも悔やんでたよ」 「…そうか」 　ポツリと呟いたコルンは倒れているキャンティを抱き上げ、立ち上がる。 「…ひとまずは従う。ここにいても…裏切られて、殺されるだけなら…」 　そう言って、出口へと向かっていくコルンを見送った。コルンの姿が角を曲がり姿を消したところで先に進む。ここに来るまで見覚えのない幹部は無力化してきたし、キャンティとコルンが来たってことは残りは古参幹部のみ。次に待つのはおそらくバーボン、ゼロとウォッカだろう。ベルモットとキールはその先か。まあ、ウォッカ以外は味方である。残り二十分弱。急がないと。 　次のエリアが見え、銃を構える。コナンは念の為俺と赤井で挟んで真ん中だ。赤井が先導し、俺が殿。駆け込んだ部屋では俺達に反応したウォッカの銃がゼロに蹴り飛ばされていた。…お前、足音だけで判断して蹴っ飛ばしたろ。いくらなんでも早すぎる。 「なっ…バーボン。てめぇ…なにしやがる！」 「すみませんね。ウォッカ。二人がここに来たってことはラムとボス以外で残ってる組織の人間あなただけなんですよ。大人しく投降してくれますか？」 「は？え…赤井に…スコッチ!?」 　怒りと焦りが混ざったものから混乱したものへとウォッカの表情が変わる。さすがにちょっと可哀想になってきた。 「すまんなウォッカ。コルンもキャンティを連れて投降した。ついでに他のやつらは大体確保している」 「俺達の後に控えているベルモットとキールもこちら側だ。諦めろ」 「ま、まだ兄貴がいる！」 　赤井とゼロの言葉にウォッカが反論するが陣が組織最大の裏切り者なんだよな…。 「まだ気づかないのか？」 「な、何がだ!?」 「陣が連れてきた三人ともＮＯＣ。あいつだってこちら側というわけだ」 　戸惑うウォッカにゼロが悪い顔してるけど、そんな時間ないので切り込むか。 「楽しそうなところ悪いけど…陣が停止させたシステムが動き出してるらしい。ついでに爆発まで残り…十五分ちょっとってところだな。陣がいるはずの中央管理室までの道教えてくれ。爆発もだが…多分あいつ自身も危険な状況だと思う」 「やけに帰りが遅いと思ってたら…やはりバレていたか。教えたい所だが…システムが復旧しているのなら中央管理室は幹部用のセキュリティカードが必要でな…。あいつがバレたのだとしたら俺のも使えるかどうか…一度ベルモットと合流して彼女のセキュリティカードを…」 「ま、待ってくれ！兄貴が組織を裏切ったってのは信じられねぇが…兄貴が危ないってのはどういうことだ！」 「中央管理室でシステムを停止させたのにここに戻ってきてないということはラムにバレて、致命傷を与えられて放置されていると考えられるんだ！お前にかまってる暇はない！」 　詰め寄るウォッカを切り捨てるように突き飛ばし一人で先に進もうとするゼロ。まだ冷静なように見えてるが…俺以上に焦ってるのがわかる。きっと、戻ってこない陣を待っていた時間はゼロの心から冷静さを奪っていったんだろう。らしくない。 「ゼロ！」 　呼び止めればゼロの動きが止まる。 「ベルモットを連れてくる時間はない。お前と赤井、コナンはそのまま先に進め」 「ヒロ！何を！」 「ウォッカ。あいつのこと心配してくれるなら手伝ってくれ」 「ヒロ！こいつは生粋の組織の人間だぞ！」 「ゼロ…時間がない。お前ならわかるはずだ。お前がやるべきことが」 　ゼロは俺より生き残らねばならない。俺が預かってた同僚達も俺よりゼロが率いるべきだ。そして、組織壊滅の功労者もゼロがふさわしい。ゼロの表情はこちらからは見えない。でもそのきつく握り締めた拳はよく見えた。悪いゼロ。 「ウォッカ。頼む。お前しか頼れる奴がいないんだ」 「…。兄貴が裏切ったということを信じたわけじゃねぇ。だが、兄貴が危ねぇってなら話は別だ。俺が忠誠を誓ったのは組織じゃねぇ、兄貴だ。案内する。ついてこい」 「ありがとう。ウォッカ。すぐ追うから先行ってってくれ」 　管理室に向かうウォッカから視線をコナンへと向ける。 「…コナン、勝手に突っ走るんじゃないぞ。ちゃんと二人の言うこと聞けよ？」 「うん…」 「赤井、二人を頼んだ」 「わかってる」 「ゼロ、悪い…行ってくるな」 　コナンから赤井、そしてゼロへと視線を移し…先に行ったウォッカを追うために振り返った。 「緑川！」 　ゼロの声が響く。 「必ず陣を…黒澤を連れ戻せ！協力者を守るのが俺達公安だ！」 「当然です！…降谷さんもご武運を！」 　ゼロの言葉にそれだけ言い残して走る。後方からゼロの行くぞという声と先に進む足音が聞こえた。あっちは任せて大丈夫だ。ゼロも赤井もコナンもいる。ベルモットとキールも合流するからきっとこの戦いを終わらせてくれるだろう。 「悪い。待たせた」 　追いついたウォッカの背中に声をかける。少しだけ振り向き、俺を確認したウォッカは前を向いた。 「待ってねぇ。お前が来なくても俺だけで兄貴を助けるだけだ」 「それは頼もしいな」 「…お前、俺が裏切ると思わねぇのか？」 「んー…ウォッカが陣の事慕ってるのは疑ってないからなぁ…まあ、俺がお前に殺されても陣が助かるならそれでいいかな」 　ウォッカの問いに笑って答えれば今度はギョッとしたようにウォッカが振り返る。サングラスで見えないけど多分、すごい目見開いてるんだろうな。 「ふざけんじゃねぇ！お前殺したら兄貴に恨まれんだろうが！」 「ははっ…やっぱりお前陣の事よく見てるな」 「…お前、なんで組織から抜けたんだ。死んだことになってまで」 「いやー、あの頃いろいろあってなぁ…赤井を組織から追い出すついでに追い出されたんだよ。ジンとバーボンに」 　自分のセーフハウスで寝れなくなって、少しでも安心できる場所…陣のセーフハウスに転がり込むことが多くなったあたりで抜けさせられたんだよな。あのまま、組織にいても足でまといになっただろうから二人の判断は最良だったんだと思う。陣は陣で自分で立てた作戦でダメージ受けるし…あの時期一番ゼロが大変だったんじゃねぇかな…。 「…兄貴は、あの人は…最初から組織を騙していたのか」 「さー？俺達が組織に入る前までは普通に従ってたと思う。脅されてもいたらしいから仕方なくだろうけど…そこのところどうなんだろうな…。昔から一般人離れしてたから…逃げようと思えば逃げれたはずなんだけどなあいつ」 　十六で拳銃に突っ込むような奴だぞ。実働部隊に入った経緯とか聞いても拳銃持って脅されようがベルモット一人…他に人間いても逃げられたと思うんだよなぁ…。こうして組織を追い詰めれたのもあいつの手腕ってのが大きいし。まあ、聞いても教えてくれないんだろうけど。 　ぽつぽつとウォッカに問われるままに陣の事を話しながら進むうちに一つのセキュリティドアの前でウォッカが立ち止まる。 「ここが中央管理室だ…。クソッ！俺のも使えねぇのか…」 「…なんとかできないか？」 「なんとかするに決まってんじゃねぇか！兄貴の命が掛かってるんだ！」 　手持ちの端末をセキュリティドアに繋げて、何かしら操作していくウォッカ。たぶんセキュリティドアへのハッキングだろう。慣れた手つきで端末を操作するウォッカにベルモットじゃなくウォッカに頼んだのは正解だったと自分の判断を褒めた。 「残り時間は？」 「…十分切ってる」 「すぐに開ける」 　その言葉通りに１分ほどでセキュリティドアが開く。開いた扉からは冷たい空気と吐瀉物の臭い。そして、ここに来るまでにも嗅ぎなれた血の臭いが漂ってきた。 「陣！」 　中央監視装置の前で黒い影が倒れている。見慣れた銀髪はところどころ血に染まり、床にも血痕や血だまりが残っていた。 　駆け寄って陣を抱き起こす。その体は予想したよりも軽く、銀髪から覗いた顔は見慣れたものと違い幼く…出会ったばかりの頃の陣の顔そのものに見えた。嫌な予感がよぎり、陣のものであろう吐瀉物に視線を向ける。溶けて崩れた赤と白のカプセルが…いくつも…いくつも…落ちていた。 「スコッチ！兄貴は！」 　覗き込んできたウォッカの声にハッとし、恐る恐る陣の首筋に手を当てる。ひやりと…冷たい肌に息を飲んだ。 　―…―… 　小さく触れた脈にひどく安心する。まだ… 「生きてる。でも危ない」 　撃たれてるなら止血だけでもと陣の体を見れば、両手首と足首が撃ち抜かれているのがわかった。そして、無理やり傷口に布を詰めて止血されている。痛々しいがなんというか…さすがとしか言いようがない。 「生きてるなら急がねぇと！時間もねぇんだぞ！」 「ああ…」 　陣を抱き上げて立ち上がる。中央監視装置のキーボードにはコナンとの通信が途切れた後に自爆システムを止めようとしたのか血がついていた。中央監視装置の画面を見る。コナンから聞いていた時間より余裕があった。きっと、気を失うまで攻防を続けてたんだろう。できる限り犠牲を抑える為に。でも、それでお前が犠牲になったら意味ないじゃないか。 「ウォッカ。自爆システム止めることできるか？」 「ああ、そんなことより兄貴だろ！」 「その陣が最後までシステム止めようとしてたんだ。やらないときっと怒られる」 「だぁああ！できないってわかったらすぐに逃げるからな！」 　画面を見ながらキーボードを叩き始めるウォッカ。やっぱり、こいつ組織にいる人間にしては甘いなぁ…。俺が言えたことじゃないんだけどさ。 「悪いな…無理だったらアジトにいる人間避難させる為に館内放送だけでもしたい」 「注文が多いこった…悪いが自爆システムは時間内じゃどうしようもねぇな。館内放送は…こっちに主導権取り戻したぞ」 　インカムをこちらに差し出したので陣を片手で支えて受け取ろうとして、陣をウォッカに取られた。インカムは中央監視装置の上に置かれている。まあ、片手で持って陣落とすよりはいいか。 「先に行ってってもいいぞ」 「お前を置いていったら兄貴に恨まれる」 「…そっか」 　インカムをつけ、放送を開始しようとして…俺の声のままで果たして、組織の人間は言う事を聞くだろうかと気づいた。警察やＦＢＩは本部から連絡が来てるだろうから大丈夫だろうが…組織の人間はそれを聞いても疑うだろう。視線を陣に向ける。たぶん、組織の人間に効果的なのは陣だ。陣が裏切った事は幹部でも知らされていなかったのだから…組織のナンバー３の陣ならおそらく組織の人間も避難するだろう。変装なしで演じるの苦手なんだけど…やるしかない。 「あ、あー…こんなもんか？」 　陣の声に合わせ、陣の言いそうな事をまとめて放送を開始した。 「アジト内にいる人間に告げる。ラムがアジトの自爆システムを起動させやがった。俺以下の幹部もそれ以外も役立たずだとよ。信じねぇ奴もいるだろうが俺もラムに撃たれて満足に動けん。組織に忠誠を誓った俺でこれだ。俺ですらラムとボスにとっては役立たず…ゴミでしかなかった！お前らはどうする！このまま組織への忠誠を誓ったままアジトとともに死ぬか！こんなくだらねぇ組織の為に！俺達の事を役立たずと言った奴らの為に死ぬか！…爆発まで残り十分。組織の処刑人はお役御免だ…降伏して生きるか…ここで死ぬか…まあ、逃げきる自信がある奴はあの包囲網から逃げてもいい。…どうするかは、てめぇらで選ぶんだな」 　放送を切る。これで逃げないやつは残念ながらどうしようもない。できる限り逃げてくれることを祈るしかないな。インカムを外してウォッカを見る。わかりやすく驚いていた。 「意外と似てたろ？さぁ、行こうぜ」 「あ、あぁ…これで変装もできたら男版のベルモットじゃねぇか…」 「できるぞ？」 「お前そっちで組織入ればよかっただろうに…」 「身につけたの組織抜けた後だから無理だなぁ」 　なんて話しながら脱出できそうな場所を探して走る。窓はあるがどこも防弾ガラスで、はめ殺し窓だそうだ。この辺りは重要エリアで非常口もないから走り抜けるしかないらしい。俺では陣を抱えて走れないのでそのままウォッカに任せた。十五の時点で俺よりちょっと小さいくらいの陣は俺じゃ抱えて走れないんだな…。多分体重も似た様なものである。たぶんまだ今の状態の陣のが軽いけど。 　重要エリアを抜けた辺りからは、椅子や机でバリケードが張られていた。所々銃痕や血痕が残っているからこの辺りまでは戦闘区域だったんだろう。生きている人間の姿は既になかった。 「ウォッカ、陣抱えてるんだから気をつけろよ」 「言われなくても」 　転がる薬莢、そして数は少ないがいくつかの死体がバリケードと合わせて行く手を阻む。陣を抱えたウォッカが通れるぐらいにバリケードを退かしたりしながら進んでいくが予想より時間がかかり、あちらこちらから爆発音が鳴り始めた。 　徐々に煙が立ち込めていく中、あと少しで脱出出来るという所で頭上から爆発音が響く。咄嗟に隣を走るウォッカを突き飛ばした。 [newpage] 成主(黒澤陣/ジン) 　瀕死。 緑川景光(江戸川グレイ/スコッチ) 　ピンチ。 降谷零(バーボン/安室透) 　名探偵と赤井、ベルモット、キールと共にラム倒して、ヘリでボスの元にでも向かってるんじゃなかろうか。兄貴分と幼馴染が危ないことはもちろん知らない。 江戸川コナン(工藤新一) 　安定の無茶。でも、そのおかげでスコッチ達に自爆システムが作動していることを誰よりも早く伝えられた。ラムに問い詰めたり、きっと主人公らしいことしてる。 赤井秀一(沖矢昴/ライ) 　多分ラムを無力化のために撃つのはこっち。死んだと思ってるジンの声が館内放送から聞こえてきてわずかに動揺した隙に撃ったとかそんな感じ。 キャンティ 　起きてたら時間かかりそうだから眠ってもらった。成主が裏切ったいうことが信じられない。 コルン 　キャンティよりは冷静。分が悪いので脱出優先。キャンティ抱えてるためあっさりと確保される。 ウォッカ 　今まで出番らしい出番無かったから頑張ってもらった。組織より兄貴な人。 　成主抱えたまま、突き飛ばされた。 ベルモット 　合流して成主とスコッチ居ないことにショック受けたけど、降谷さんに引きずられてく。 キール 　バーボンとベルモットの事は伝えられてなかった。たぶん赤井このやろう状態。 　最初からハピエン予定と宣言してるのでご安心ください(酷いネタバレ)。そして、ハピエン予定でも大怪我しないとは言ってない。主人公庇って怪我するって王道ですよね。 　公安二人との話を優先してばっかりだったからラストくらいウォッカ活躍させたかった。ウォッカは組織にいるけどどこかいい人であってほしい。どっかで警戒心が少年探偵団レベルってあった気がするんだけどそれは低いのか高いのか…低いんだろうな…。 　アジトの自爆システムはバ○オ式というか、小さな爆発繰り返しながら炎上させるタイプとかそんな感じ。一気に爆発させたら面白くないもんね。たぶん出入口とか真っ先に炎上してるし崩れてる。 　名探偵は中にいる人が危ないって思ったらきっと本部飛び出すよね。スケボー爆走させて駆けつけると思う。本部にいるはずの両親？有希子さんは止めるけど、優作さんがあの子を信じるんだとかいって見送るんじゃないかな。拳握って血を滲ませながら。んで、自分はできるだけ早く上層部説得して避難活動とか手伝ってる。子供に来た敵幹部の話とかって上の人信じそうにないよね。 　道中までに名探偵は知り合いの人見つけたら爆発までの時間伝えながら駆け抜けるし、知り合いは皆捕まえようとするけど主人公的な運命で捕まえられないんだよ。そして、スコッチ達と合流。 　組壊編のはずなのに成主視点少なすぎるって思ったけど、まあ仕方ないかな。元々、成主をボス戦まで連れていくつもりなかったので。この小説の主人公は成主だけども、コナン世界の主人公はやはり名探偵だと思ってるんですよね。ボスと対決するのはシルバーブレット三人。成主はあくまでもサポートです。 　成主２周目で人っぽくなったけど、やっぱり勝手に一人で完結させて一人で死ぬ人間だわと。二人を生かす為なら二人を生かす為のパーツに喜んでなるし、そんな状態だと自分の命についての約束守る人じゃない。哀ちゃんも工藤夫妻の言葉も二の次だわ。だからといって生きるの諦める人ではなくなってはいるけども。スコッチも降谷さんも大変だね。 　そして、スコッチも自分が犠牲になることいとわないから降谷さんが一番大変。頑張って降谷さん。 　降谷さんの正気度削りつつ、残り二話。頑張っていきましょー。

　ジン成り代わり主が組壊の為に最後の裏工作する話と組織のアジトに突入するスコッチの話。<br /><br />　ようやく組壊編。長かった…。そして純黒編ほどではないけど長めになってます。<br />　相変わらず主人公誰だっけな感じですがお楽しみください。<br /><br />　最終的にジン成り代わり主×スコッチの救済ハッピーエンド予定。だけど本編はブロマンスとＢＬの間ぐらいになりそう。<br />　スコッチに夢を持ちまくってる作者が書いてるので楽しんでいってください。<br />　職業とか詳しく知らないところは全て妄想とご都合主義で補ってるのでおかしいところがあってもご了承お願いします。また、誤字脱字等発見したら報告していただけると喜びます。<br /><br />11/11　キャプション、タグ変更、クッションページ追加しました。

銀の弾丸の為に

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夢主の名前は「桜」で固定しています。 ご了承ください。 また、スコッチの苗字が発表されていないため、「緑川景光」で統一させていただきます。  作者が圧倒的公安派なので、主人公組・FBI厳しめになるかも。 警察学校組は救済ルート。 原作改変になると思います。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 久々に警察学校時代の同期勢揃い、となったわけだが。 5人中、4人が腹を抑えてうずくまるというのは中々の絵面だ。ちなみに唯一元気そうに、顔を緩ませて子どもたちに頬擦りをしているのは零である。 松田君、萩原君、伊達君の3人は、それぞれ一発ずつ零と緑川君の腹に拳を叩き込んでいた。場所が悪かったのか3連続だったからか、はたまた渾身の力を込めたからか。 3発食らった緑川君は腹を抑えて撃沈し、零は「俺もお前たちに文句言いたかったんだ。……俺より桜や子どもたちと会いやがって！」と1発ずつお返ししていた。 零と緑川君とで殴った力に差があったとは思えないので、零の腹筋の鍛え方がとんでもないのだろう。零の腹筋、すごく固いから……。 それで零による仕返しを1発ずつ食らった松田君、萩原君、伊達君も腹を抑えて撃沈し、計4人がうずくまるという光景になったわけだ。 零に抱っこされ、すりすりと頬擦りされながらも「だいじょーぶ？」と心配そうにする子どもたち優しい。 「降谷……お前、また強くなってね……？」 「どこ、目指してんだ、お前……！」 「吐くかと、思った……」 時間が経つにつれ徐々に痛みが収まってきたのか、腹を抑えながらもゆっくりと身体を起こし始める。 緑川君は3発も現役お巡りさんたちのパンチを食らったからか、未だに復活の兆しはない。……いや零と緑川君も現役お巡りさんなんだけどね？潜入捜査中だから警察の籍は表向き消されてるけど。 「そんなに力を入れたつもりはないんだが……」 3人の言葉に、困ったように零が眉を寄せる。そして一華と誠二に頬にキスをしてから床に下ろした。 「鍛え方が足らないんじゃないか？」 ──もちろんそんな零の言葉に、全員が「ふざけんなよ降谷テメェ！」と叫ぶことになる。 前世の記憶もある零は、今世で幼い頃から効率よく身体を鍛えていた。同期たちも鍛えてこそいるが、その期間が異なるのだ。 零の鍛え方と彼らの鍛え方を同一に考えるのは酷というものだろう。零ってば、前世ですら警察学校時代に化け物扱いされてたのに……。 床に足をつけた子どもたちは、何とか身体を起こして「イッテェ……」と呟きながら殴られた腹部を撫でる緑川君に近づく。 緑川君と目線を合わせると、口々に「だいじょーぶ……？」と首を傾げた。ちなみに子どもたちは、緑川君のことを“ひーくん”と呼んでいる。 ぺちぺちと頬を軽く叩く子どもたちに、苦悶の表情を浮かべていた緑川君はデレっと口角を緩ませた。 「大丈夫だよ〜！」 この通り！と腹部から手を離し大丈夫だとアピールする緑川君に、子どもたちも「よかったー！」と嬉しそうだ。可愛い。 ただしその子どもたちの姿を見ていた零だけは「ホォー……？」とどこか不満そうだが。子どもたちを取られたからって人に当たるのはやめた方がいいんじゃないかな。 このまま放っておくと、いつまでも話は進まない。 床に放置されていた購入してきたばかりの食材を持ち上げると、それに気づいたらしい零が、緑川君を睨みつけながらも荷物を運んでくれた。 「ほら、みんなお腹空いたでしょ？ご飯作るから、手伝ってね」 「あ、俺も材料色々と買ってきたんだが……。ギョウザか、たまにはいいな」 「でしょ？ちょっと多いかなって思ってたけど……零と緑川君もいるなら良さそうね」 零はこの細身の身体のどこに入っていくのか、と首を傾げるくらいによく食べる。 子どもたちが産まれてからはきちんと一口ずつ口に運ぶようになったが、産まれる前までのお茶碗をもってご飯をかき込む姿も好きだった。 それでほっぺたに米粒をつけるところもあって、前世なんかは零にもこんな可愛いところがあったんだなと感心したくらいだ。 普段は格好いいくせに、無防備にご飯を頬張る可愛い姿に、思わず胸がきゅんと高鳴った──というのは余談である。 「一華、誠二。一緒にギョウザ、包もうな」 「うん！」 「パパとするー！」 大きく頷く誠二と、嬉しそうに零の足元にしがみつく一華。 零は二人の頭をくしゃくしゃと撫でると、「もちろんお前らも手伝えよ」と同期たちに声をかけた。 ギョウザは食べるだけでなく、一緒に作るのも楽しいのだ。ベースのタネに、色々とアレンジしてロシアンルーレットのようにしても美味しいしね。 キッチンには、零が購入してきたらしい食材が並んでいる。 これはこれで別メニューになるけど、働き盛りの成人男性が五人もいるのだ。多めに作っても、残さず食べてくれるだろう。 いつの間にか私の足元で、何をするの？と言わんばかりに私を見上げている誠二と一華。二人の頭を撫でてから、ギョウザ作りを始めることにした。 [newpage] ギョウザをある程度包み終え、その都度フライパンで焼いていく。焼けたものから皿に移してテーブルに運び、一華と誠二、そして同期4人に先に食べ始めてもらうことにした。 一応彼らも手伝うと申し出てはくれたのだが、零が「お前らが手を出すと手間が増える」とばっさり切り捨てたのである。 前世の経験で知っているのだが、彼らは決して料理ができないというわけではない。ただ、その……男の料理！というか、シンプルなチャーハンだとか丼物だとか、そういう料理の方が得意なのだ。 美味しいことには美味しいんだけど、レパートリーが多いわけでは無いから、同期で集まる時といえば前世の頃から専ら料理担当は零だったのである。それを私が手伝う、みたいな。 今世では前世よりもレパートリーが増えたから、私も料理が出来るようになったので少し嬉しい。零とキッチンで並んで、同期や子どもたちに料理を作る。前世では、決して出来なかったことだ。 「はい、追加出来たよー」 新しいギョウザが焼け、お皿に移してからリビングに運ぶ。最初はお酒を飲むつもりだったらしい松田君、萩原君、伊達君の3人は、緑川君と零もいるならと飲むのはやめたらしい。 グラスに入ったお茶を飲み、子どもたちに構いながら食事を進めている。 いつもよりも人数の多い、賑やかな食卓。子どもたちも楽しそうだ。 「こっちも出来たぞ」 私はギョウザを焼くことに専念していた間、零は別の料理を作ってくれていた。さっぱりとするサラダとスープ。 ちなみにサラダのドレッシングも零の手作りだ。サラダの内容によってドレッシングの味も変えるのだから、さすがだと思う。 「桜もゼロも、まだ食べないのか？」 「もうすぐ全部焼き終わるから。そのあと食べるよ」 「焼き上がるまでの時間で、その量がなくなるとは思わないからな。気にするな」 緑川君の言葉に、軽く首を横に振って答える。 どうせもうすぐ作った分のギョウザが全て焼き終わるし、既に出来上がっているギョウザや料理はまだまだ多い。 焼き上がるのに数十分もかからないし、その短い時間でこの量がなくなるとは思えなかった。 「一華、誠二、どう？みんなで作ったギョウザ」 きれいに包まれているのは零や、手先の器用な松田君、萩原君の包んだもの。少々タネが多くて皮が閉じきっていないのは伊達君の包んだもので、大きさがバラバラなのは緑川君。形がいびつになっているのは、一華と誠二が包んでくれたものだ。 私の包んだものは特筆することもない普通の形だと思う。 まだ手の小さい一華と誠二は、上手にギョウザを包むことは出来なかったけれど。それでも、一緒に料理をする楽しさというのは伝わっているだろう。 最初の何個かは、一華と誠二の小さな手を零の大きな手で包み込んで、一緒にギョウザを作るという微笑ましい光景も見ることが出来たし。 零と一緒に、初めて作ったギョウザ。 キラキラとした目で「できた！」と嬉しそうに零を見上げた瞬間、零が汚れていない手の甲で額に手を当て天を仰いだのは、可愛さにやられたからだろう。一華の時と誠二の時と、2回とも仰いでいた。 わかる。うちの子たち、本当に可愛いよね。 「よし、これで最後だな」 ギョウザをフライパンに並べ、火をつける。これで全てのギョウザを焼き終える。 その間に零は空いた皿や汚れたボウルなどを手際よく洗ってくれた。 ギョウザが焼き終わるまでには、まだ多少の時間がかかる。かといって常にフライパンを見ていなければならないというわけでとなく、時折確認しながら、基本は放っておけば良いだけだ。 「桜……」 洗い物が終わったらしい零が、タオルで手を拭いてから私の後ろに回る。そしてそのまま手を伸ばし、後ろから私に抱きついてきた。 零の方が身長が高いため、必然的に多少かがむことになる。零が私の首筋に顔を埋め、その拍子に、髪の毛でくすぐっていく。 「……こんな日が来るなんて、思ってもみなかった」 ぽつり、と零が呟く。 背後から──リビングからは、同期たちの賑やかな声。きゃあきゃあとはしゃぐ、子どもたちの笑い声。 前世では、同期たちと警察学校卒業後に集まることも出来なくて。私たちの子どもなんて、想像すらしてなくて。 これが叶ったのが、なぜか私たちが前世の記憶を持っていたから。 別に神様なんて信じてるわけじゃないけど──本来は、ありえないであろう、前世の記憶に。 感謝したのは一度や二度の話ではない。 「……大丈夫。きっと、これから先も、何度も見られるわ」 この平和な光景を。平和な日常を。 私たちは、ずっと守っていきたいのだ。誰一人欠けることなく、ずっと。 「ああ……そうだな。その通りだ」 耳元でくすりと笑う零も。 きっと、同じことを思っているに違いない。 [newpage] 久々に早く帰宅することになった俺は、一華と誠二に会いたい！とうるさいヒロを連れて帰路についた。 いつも食事は桜に任せっぱなしなので、たまには俺が夕飯を作ろうと食材を購入。ヒロもいるからと、いつもよりは多めだ。 ちょっとしたサプライズも兼ねて連絡はいれなかったが、帰宅しても、桜や子どもたちの姿はどこにもない。 この時間だから、恐らく近所のスーパーに買い物に出かけているのだろう。桜の買ってくる食材が何かわからないから、料理を始めるのは桜が帰宅してからにしようか。 まだいつもの夕食までに時間がある為、急いで料理を始めることもないだろう。 まさか、帰宅した桜と子どもたちの他に、同期がいるとは思ってもいなかったが。 久々に同期5人で──前世の記憶がある俺と桜からすれば同期6人になるが──集まることになるとは思わなかった。 公安として潜入捜査を行ってるため、極力連絡は取らないようにしていた。俺とヒロが連絡を取らなくても、今世は桜や子どもたちが様子を伝えてくれるからな。 が、さすがに帰宅して顔を合わせた早々に、同期たちに腹に一発ずつ食らうとは思わなかったが。 腹筋は鍛えているのでそれほどの衝撃はなかったものの、ヒロは耐えきれなかったのか床に沈んでいる。 あー、すっきりした。とでも言いたげな同期たちだが、俺もお前たちに言いたいことがあるんだぞ？ 「お前らもちょっとそこに並べ」 「は？なんでだよ」 「お返しだ。……俺よりも、桜や子どもたちと会いやがって！」 公安として、組織の幹部として。 現在ふたつの顔を持つ俺は、たしかに前世よりもはるかにプライベートな時間はとれている。 しかし、だからといってそれで満足かと問われれば、もちろん不満に決まっている。本当は俺だってもっと家族との時間を作りたいし、もっと家族サービスしてやりたいのに。 いやちょっと待てそれただの八つ当たり……！とかなんとかまくしたてる萩原の腹に１発。 ちょっと落ち着けって、な？と宥めようとする松田に１発。 潔く握りこぶしを作り耐えようとする伊達に１発。 全員が悶絶し、腹を抑えて床に沈んだが──少し、力を入れすぎただろうか？これでも加減したんだが。 突然のことに一華と誠二は戸惑っているらしく、俺や同期たちを何度も見比べている。困ったように眉を寄せる子どもたちの、なんと可愛いことだろうか。さすが俺たちの子だな。 「パパ、いじめちゃ、め！」 「うんうん、いじめは悪いことだからな。注意できて一華は偉いなぁ。でも、パパのこれはいじめじゃないぞ」 「……ほんと？」 「ああ。3人が大げさなだけだよ」 例え相手が俺であっても、きちんと咎めようとする一華。既にその小さな体にはしっかりと正義感というものが宿っているらしい。 誠二もほっと安堵の表情を浮かべるあたり、同じような心配をしていたのだろう。この子たちの将来が楽しみだ。 一華と誠二を左右の腕で抱き寄せ、身体に押し付けるようにして2人を抱き上げる。 どうやら3人の反応を大げさなのだと言った俺の言葉を信頼してくれたようだ。パパ〜と俺を呼びながら服を握り、ニコニコと笑う子どもたちに、つい頬擦りしてしまったのは仕方がないだろう。 時間が経つにつれて痛みが引いていったらしい3人は俺に対して随分と勝手なことを言ってくれる。前世の記憶を頼りに、効率よく鍛えているだけじゃないか。前世の警察学校の頃から思っていたが、俺のことを散々化け物だなんだと大げさなんだよ。 一華と誠二の頬にそれぞれキスをしてから、そっと床に下ろす。 「鍛え方が足らないんじゃないか？」 という俺の言葉に、非難轟々だったのは予想外だったが。 くだらないやり取りをおさめたのは、俺の愛する桜だった。床に置いていた食材の入った袋を手に持ち、ご飯を作るからねと声をかけてくれたのだ。 今まで松田と萩原が荷物を持っていたようだし、それなりに買い物はしてきたのだろう。桜から荷物を受け取れば、「ありがとう」とにっこり笑ってくれた。 袋の中にはいくつかの食材と、ギョウザの皮。もうひとつ床に転がっている袋には酒が入っているあたり、つまみにでもしてギョウザをつつくつもりだったのだろう。 それなら俺が買ってきた材料で、サラダやスープくらいは作ろうか。どうせ明日は今のところ用事はないから、今日使うか明日使うかの違いだ。 ぎゃあぎゃあと、賑やかな同期たち。 楽しそうに笑う子どもたち。 こんな光景を目にすることが出来るなんて、前世では想像すらしたことがなかった。 子どもたちに一緒に作ろうなと声をかければ、子どもたちも嬉しそうに頷いてくれた。 ああ、本当──こんな些細なことですら、幸せだ。 ところで子どもたちが「みてー！」と俺に見せてくれた黄色いクマのぬいぐるみ。 黄色い身体と青い目が「パパのいろ！」なのだと教えてくれた。この色が欲しいとめったに言わないワガママを口にした子どもたちは可愛すぎると思うんだが。 ・強くてニューゲームした彼女 同期5人のうち4人が床に沈むシュールな光景を呆れてみていた。 前世の、警察学校時代の戯れのようで懐かしい。 子どもたちの前ではきれいに箸を持ってお行儀よく食事をする旦那が、前世や今世の出産前など、茶碗を掴んでご飯をかきこむ姿も好き。 前世では特に、ギャップにやられてた。 普段はカッコイイくせに、そういうところ可愛いのはずるい！ 夫婦＋子どもたち＋同期たちでギョウザを包み、出来た先からひたすら焼いていく作業。 ギョウザの包み方ひとつにも個性が出るものなんだなと、少し面白かった。 楽しそうな同期や子どもたちの姿についついほっこり。 この平和な光景を守るためにも、やっぱりさっさと組織は壊滅させるべき。 このあとギョウザを全て焼き終え、子どもたちにあーんしてもらいながら食べることになる。可愛い。 ・強くてニューゲームした彼 帰宅早々、同期たちに一撃ずつ食らうも、それほどのダメージは受けなかった。 逆に、愛する妻と子どもたちに自分よりしょっちゅう会いやがって！という八つ当たりをする。 俺だって会いたいのに、組織のせいで……！ たぶん公安の仕事だけだったら死ぬ気で仕事終わらせて基本定時で帰ってた。もし時間外に事件起きたら、家族の時間を邪魔しやがって！と迅速に解決し公安でも伝説を残してそう。 でもたった1発殴っただけで床に沈むなんて、鍛え方が足らないんじゃないか？ ※自分がめちゃくちゃ力強い自覚はない。鍛えてるからと思ってる。 美味しいものは食べるのも作るのも好き。 特に自分の作った料理を妻や子どもたちが「美味しい！」とニコニコしながら、いっぱい食べてくれるところとか。そうかそうか、よしパパもっと作るからな！ 張り切りすぎて、ついつい料理作りすぎるのは前世からの癖。だって美味しいって言ってくれるから……。 このあと皆でギョウザを作る。 子どもたちの手を取って一緒に包んだ後、子どもたちが嬉しそうに見上げて来たのでノックアウト。 俺の妻と子どもたちが、こんなにも可愛い！！ ・同期たち 松田、萩原、伊達の3人で降谷と緑川に１発ずつ食らわせる。 緑川は3連続で沈んだが、降谷はピンピンしてるのでやべぇと思ってたら反撃をくらった。 この化け物め……！※褒め言葉 自分がある意味異常だと理解していない降谷に、鍛え方が足らないんじゃないか？と言われて「お前と一緒にすんな！」と怒り気味。 でも子どもたちに心配してもらえたので役得かもしれない……？ 降谷夫婦の料理は、記憶のない前世の頃から好き。 今回は夫婦が料理作ってくれてるので、さすがに酒飲むのは控えた。 ただし飲まないとは言ってない。このあと子どもたちが寝静まってから晩酌する予定。 出来たてのギョウザは美味いし、子どもたちがはふはふしながら食べるの可愛いし、あーんってしてくれるのが癒し。 爆処組は手先器用だろうし、お手本のようなきれいな包み方をしそう。 スコッチは比較的きれいなんだけど、タネの量がバラバラだから大きさが違いそう。 伊達さんは男だしタネがっつりいれて閉じきれなくて、隙間からタネがこぼれてそう。 ※全て作者の偏見と妄想です。 美味しいギョウザが食べたいので、降谷一家と同期組に食べてもらいました。 ますます食べたくなってきた……。 降谷さんはお行儀よくご飯食べてそうなイメージしてたんですけど、ぜロティでご飯かきこんでる姿にきゅんっとしたのは作者だけではないはず。 え？何？降谷さんご飯かきこんでる？？え？可愛い。 きちんと「いただきます」してる所も良き。 いっぱい食べる君が好き！！

夢主と降谷さんが、記憶を持ったまま逆行人生を送るお話。<br /><br />夢主の名前は「桜」で固定しています。<br />ご了承ください。<br /><br />また、スコッチの苗字が発表されていないため、「緑川景光」で統一させていただきます。 <br /><br />作者が圧倒的公安派なので、主人公組・FBI厳しめになるかも。<br />警察学校組は救済ルート。<br />原作改変になると思います。

愛する人と、逆行人生を14

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３ 　少年バーナビーは、かつてはワイルドタイガーのファンだった。 　それは、自分もハンドレッドパワーのNEXT能力を持つことに起因する。同じ能力を持ち、活躍するヒーロー、ワイルドタイガーに憧れを抱いていた。 　そして握手会で、こう、尋ねた。 「ハンドレッドパワーで、どうすれば死んだ人を救えますか。」 　それは残念ながら無理なのだと、タイガーは答えた。 　なんて馬鹿な質問をしたのかと今なら思う。 　家事で両親を亡くしたばかりのバーナビーは、言葉のとおりタイガーに縋るような気持ちで助けを求めた。 　そして。少年、バーナビーは絶望する。 　家政婦と出かけて離れた場所にいた自分には、両親を助けることはできなかった。そして、死んだ二人も、助けることができないのだとワイルドタイガーは言う。 　なんて無力なのだろう、ＮＥＸＴというのは。 　“その力は人を救うためにある” 　嘘つき。 　無理なら、じゃあどうしてパパとママが死ぬ前に、助けてくれなかったの。 　タイガーの嘘つき。 　そうして、大好きだったタイガーも、自分の能力も、バーナビーは憎むようになってしまった。 　惰性で生きた。 　生きる目的も見出せぬままだ。能力の使い方も忘れてしまった。 　ヒーローTVなんて、見もしなかった。 　 　なのに、 　颯爽と、ワイヤーでビルからビルへと飛び移る青い影。 　その姿に、目を奪われる。 　数年ぶりに間近で見たタイガーは、幼いころに見た姿そのままだった。 　気付けばその姿を、追いかけていた。 「バニー？」 　突然名前を呼ばれてはっとする。 　見ると、虎徹が何時の間にか病室に来ていて何の断りもなく椅子に座っていた。 　ああ、もう。 　そして、また目を逸らす。 　その瞳を自分に向けないでほしい。アイパッチを外したあなたの素顔は、それでも、あまりにもヒーローなのだ。 「今日は変わらず、ここにいたな。」 　すぐ、諦めると思った。 　いくら突っぱねても彼はやってきて、そして逸らした僕の目までも捉えようとする。 　硝子の向こうの彼は、それでも綺麗な目をしていた。 　この世に神様なんていない。 　作られた見せかけだけのヒーローは、案の定、肝心の人命を救助できずに、今、人の命を奪おうとしている。 　…ということにして、僕は元KOHを追い詰めていた。 『事故での怪我は大したことはありません。しかし、検査したところ別のものを見つけましてね。あなた、ずっと気付かないフリをしていたでしょう。』 　結論、僕が入院しているのはワイルドタイガーとは全く関係の無い、それよりも前から患っていた病気の為だ。 『発見が遅れていたらどうなったことか。いや、それでも…遅過ぎました。』 　そうか、死ぬのか。 　自分の人生は、本当に何も無かったな、なんて思う。生きて、親の残した会社を継いで、生きて、生きて、生きて。 　生きて、…どうなる？ 　やっと終わりが来た。自分の番がやっと。そう思った。 『分かってんだぞ、生きるのを諦めたような目をしやがって。』 『順番待ちなんてそんなもんは無ぇんだ。』 　腹いせに、病気のことは内緒にしておいてやろうと思った。この人が、自分のせいで死なせたと自責の念に苛まれれば、いい気味だ。そう思った。 『笑った顔が見たいから。』 「今日はさ、近所のドーナツ屋で土産買ってきたんだ。騙されたと思って食べてみ？ぜってぇうめぇから！」 　逃げても追いかけてくる、あなたの瞳。 　捨てずに肌身離さず持っていた、サイン入りヒーローカード。 　諦められなかったのは、僕自身だ。ほら、こうして。今日も来た、僕を探してくれた、笑いかけてくれた、と心の底でほっとしている。馬鹿馬鹿しい話だ、彼は、罪滅ぼしに僕の元に来ているにすぎないのに。 　腹いせではなく。 　僕は自分の為に、彼に真実を言えないでいる。 　加害者と被害者。その関係でしか、貴方を繋ぎとめることはできないでしょう？ 「僕、甘いものは嫌いなんです。」 「甘えたのバニーの癖に？」 「だから！僕はバニーじゃなくてバーナビーだと、何度言えば分かるんです！」 「ホラほら！…ん！ふぁべられるよー！おいひいよー！」 　と、僕のことは一切構わず、今度は自分で食べて見せて、美味しいのだとアピールをする。僕のことを赤ん坊か、もしかしたら野兎とでも思っているのだろうか。大きくため息をつく。 「…馬鹿馬鹿しい。」 「あにぃ？」 「いい加減にしろってんですよ、あなたのそういう態度にはほとほと呆れ…ん！！」 　食べさしのドーナツをそのまま口の中に突っ込まれる。彼の齧ったところから、チョコレートが溢れ出していた。 　口の中が甘ったるい。悪びれもせず、「な？美味いだろ？」と、キラキラしながら尋ねてくる彼を見ながら、今日も胸やけは避けられないなと確信し、それを咀嚼する。 　もはや、行動を訂正する気概さえ湧かない。 「…甘いです。」 「だろ？美味いだろ！」 「甘いだけです、美味しいとは一言も言ってません。」 「いんや、顔に書いてあるぞ？幸せそうな顔しやがって。」 「は？」 　ぎくりとする。自分がどんな顔をしているのか、もはや把握できない。昨日の今日で間接キスなんて、変な気持ちになって当然ではないだろうか？意識しているのはきっと僕だけなんだろうけれど。悔し紛れに言ってみる。 「うるさいです。デリカシーの無いことばかり言って、きっと娘さんにだって嫌われているんでしょう。」 「な、んなことねえよ！」 「無職の父親なんて、辛いだろうな。奥さんはこのことには？何て言ってるんです？」 「…。」 　そう一息で言ってやると、急に黙り込んだ。 　どうしたのだろうか？視線を下げ、物憂げに俯いてしまった彼の表情に、何故だか釘付けになる。 「…どうしたんです？」 　つい、口が滑る。どうして自分が、彼のことを気遣わなくてはならないのだろうか。 「奥さんに離婚届けでも突きつけられました？」 　追い打ちをかけるような発言をしてしまう自分に、少し安心した。しかし、素直じゃないな、とも。 　彼が、ようやく顔を上げ、僕の方を見た。 　 　その表情に、はっとする。 　その表情は、まるであの時と同じだった。記者会見の様子は、病院内のテレビで見た。質問攻めに遭う彼の表情は、あまりにも痛ましく、加害者である彼は、そこでは被害者のような顔をしていた。 　なんて顔してんだ、この人。 　僕はその時、そう思った。 　事件の真相は、昔ワイルドタイガーに捕まえられた強盗犯の弟の、逆恨みの犯行だった。引き金になったのは確かにワイルドタイガーかもしれない、でも彼は自分の正義に基づき、行動をしただけだ。客観的にそう思うのは僕だけではない。チャンネルを変えればそういう風にコメントをする番組だってあったし、ネットを見ればそういう意見は多数あって、けして少数派ではないのだ。 　でも僕は、あえて言わなかった。彼が、そんな顔をするから。 　何故、自分の正義を、彼は信じられないのだろう。 　ぎり、と。今日も隠したヒーローカードを右手で握る。 「また、そんな顔して。」 　 　つい、口が滑ってしまった。 　いらいらするのだ。ワイルドタイガーは死んだんだ、とか、諦めきったその表情とか、全部、全部！ 「諦めきった顔をしてんのは、あんただろう。あんたの正義なんて所詮そんなもんなんだ。世間に叩かれただけで折れてしまうような脆弱な、見てくれだけの。」 「違う。」 「じゃあなんでそんな顔するんだ、ワイルドタイガー。」 　目を、細めて。こくりと喉を鳴らした彼は、ゆっくりと話し始めた。 「俺が昔捕まえた男ってのが、つい最近、ムショで命を絶ったそうだ。それを聞いた今回の犯人、弟は、俺に復讐することを決めた。…どうなんだろうな、これ。俺、誰一人救えてない。犯罪者の家族を犯罪者にしておいて、そして、そいつを俺が殺しちまったんだよ。犯罪者だろうが関係ないだろ？俺は兄弟ふたりとも殺しちまった。しかも、市民も、お前も巻き込んで。」 　言葉を切って、また続けた。 「俺の嫁さん、もう死んじまったんだ。俺のヒーローとしての生き方を誰よりも理解して、応援してくれた人だった。どんなときでもヒーローでいる、そうアイツと約束したから、だからアイツの死に目にだって逢えなかった、それはあいつも望んだことだ。笑って見守っててくれてる、そう思ってた。でも、」 　僕のワイルドタイガーは、あまりにも馬鹿で、愚直で。そしてあまりにも、 「でも、きっと今は怒ってる…！」 　正義を、信じ過ぎてる。 「それが、あなたの。」 「…え？」 「あなたの、正義だ。ワイルドタイガー。」 　犯人はどうして命を絶ったのか。なんの遺書も残されていなかった二人の心の内など、本当の真相など誰にも分かりはしない。残されたのは、心無いマスコミのバッシング、好き放題想像したことをぺらぺら喋る専門家のコメント、ヒーローに失望する市民。 　ヒーローを、それでも信じ続ける市民。 『ワイルドタイガーは、悪くない。』 『昔助けてもらった、今でも信じてる。』 『やめないでほしい。』 　そして、ワイルドタイガーの正義。 　 　ぽかんとする彼を見ると、なんだか今日は、彼より幾分か優位に立てたような気がした。 　気分は思いのほか、悪くない。 [newpage] ※　※　※　※ 　 「今日、病室から出ても構わないって先生が！良かったですね、ブルックスさん！」 　ただし、病院からは出られませんけどね、と。いつも世話をしてくれる担当看護師のシンシアは、ぺろ、と舌を出した。外に出られないのは仕方ないが、庭くらいには出たい。ずっと寝たきりだった自分には、気分転換にいいと思った。 「あっ、けど。病室留守してる時に、来たらどうします？」 「は？」 「彼ですよ！彼！毎日お見舞いに来る、あのひと！」 「…ああ、別に何も言わなくていいですから。適当にあしらっておいてください。」 「え、じゃあお話できちゃうかも！わっかりましたぁ、それでは失礼しますねー！」 　さすがKOHと言うべきか、虎徹はナースたちの間ではかなりの噂になっているらしく、中でバーナビー派とタイガー派なんて二分されているらしい。彼女たちの間ではこの前の事件に対して特に印象が悪くなったわけではないらしく、毎日見舞いに来る彼を見て、むしろ印象は良くなったのだと言う。 　シンシアいわく、 「私はどっち派でもないの、二人派。」 　と、どうでもいい情報をくれた。しかも意味不明だ。 　ゴールドステージ一の総合病院だけに、院内の庭は、かなりの広さと快適さを兼ね揃えていた。庭に出ると、昼前からたくさんの患者と見舞客が談笑している。夫婦だろうか、暖かい日差しを浴びながら、幸せそうに笑い合う男女が、ベンチに座っていた。 　 　その近くにある、空いたベンチに腰掛ける。気付けば、無意識の内に彼の姿を探していた。 　きっと今日は病室に僕がいないのを見て、だっ！と叫ぶに違いない。そうしてあの人は、また僕を探すのだろうか。 　別の病気で入院していると知ったら彼はどんな反応をするだろうか。怒るかもしれない、僕が被害者なのは変わらないから、安心するのかもしれない。なんだ、じゃあもう来なくてもいいのか、と。 　そこまで考えて、胸にチクリと刺すような痛みを感じた。 　 「もしかして、ブルックスさん？」 　すると、突然声をかけられ、ビクリとする。 　顔を上げると、男と、女。数人が自分を見下ろしていた。なんだか嫌な感じだ。 「ああ、やっぱり。ホームページで見た顔と同じだぞ。」 「え、あの？」 「ああ、申し遅れました。私達、実はこういう者で。」 　差し出された名刺には、ゴシップ誌の社名が書かれていた。有名な、あることないこと無茶苦茶に書く雑誌。 　あの記者が、こんなところにまで？ 「さすがに病室内は無理だったが、院内に張っていた甲斐があったな！」 「ええ。それにしてもすごい美形ね、会社経営以外にモデル経験あったりしません？」 「取材させてくださいよ、いいでしょ？あんたの会社の宣伝もしてやるから。」 　口々に言われ混乱する。病院の中にまでやってくるなんて、非常識極まりないことだけは間違いない。 「あの、何なんです？私は入院中なんです、あんまり騒がないでもらえますか。」 「ええ、騒ぐつもりはありませんよ。教えてもらいたいだけなんです、ワイルドタイガーについて。来てるんでしょ？」 「…ワイルドタイガー？ずっと前に一度来て以来、さっぱりですよ。あなた方もそう記事に書いてあったじゃありませんか。何を、」 「ええ表面上はそうしてあります、その方が面白いですから。でも、毎日来ているのは調べで分かってるんです。マスク外したってバレバレ。」　 　…全部予想通りだ。コイツらにとって真実なんてどうでもいいのだ、人目を引くものであれば、それで。 「あぁ、そう。じゃあアンタ達の面白がりそうなことは何ひとつ答えられそうにないので、そろそろ解放してもらえます？」 「いやいやブルックスさん、それとは別にね、面白いネタがありまして、是非これはご本人に直接訊かないと、って思いまして。ねぇ？」 　と、仲間内でニタニタしながらこちらを窺ってくる。あまりにも不快なその態度にいらいらが募る。 「なんなんです、はっきり言ったらどうなんです？」 「あなたの入院している、本当の理由について、ですよ。」 　瞬間、さっと血が引くという感覚を覚える。 　地面が揺れていないか。 　きっと僕は今、ひどい顔をしている。 「こちらのツテでね、病院関係者に聞いたんですよ。ワイルドタイガーが毎日必死に見舞いに通ってる人間が、本当は全然関係ない病気で入院していたなんてね。見出しは『無駄足タイガー！失笑のみまいにち』。はは！面白いでしょ、これ、見舞いと毎日をかけてるんです。」 　ハハ、と記者たちが笑っている。 　彼が知ったらどうなるだろうか？怒るだろうか、ほっとするだろうか、失望するだろうか。 　二度と見舞いには来ないだろうか、そうだろう。 　それだけは確実だ。 「…やめてください、」 「はは、あ？」 「そんな記事、書かないでください。」 「なんだ、いきなり態度が変わったな。なあアンタ、何でそんな嘘ついてんだ？もしかしてタイガーのファンか？アイツ変な層からの人気もすごかったからなぁ。アンタもそのクチ？ん？」 「タイガーを独り占めできて嬉しかったですか？」 「もう何かしてもらった？」 「いやだ、ここ病院ですよ？キス以上のことはできませんよ、」 「いやでもトイレがあるし浴室も、」 　最低だ、下品で、粗末なクソ野郎ども。 「それ以上喋るな。」 「はい？」 「彼をこれ以上汚すな。その口を黙らせることだったら、僕にだってできる。」 「おお、…こわいこわい。どうやって黙らせるって？」 「僕はＮＥＸＴだ。」 　えっ、と。一瞬にして奴らが引くのが分かった。ＮＥＸＴ差別はまだ根強い。特に、コイツらのようなえげつない記事を書くゴシップ誌の関係者には、そういう輩は多い。 「ハンドレッドパワーだ。タイガーと同じ能力。」 　勿論、使うつもりなんてない。 　こんなことを言えば何を書かれるか分からない、そんなことはどうだって良かった。彼の正義は、誰にも汚されてはならない。彼から気を逸らす、そのためにならいくらだって僕は汚れたって構わなかった。 「そうだよ、事故での怪我なんてとっくの昔に治ってる。アイツは騙されてるんだよ、僕は、今事業でＮＥＸＴ関連の研究もしている。それに奴を利用しているだけだ。分かったら、帰れ！！好きなだけ書けばいい！！」 　このクソ共が！！そう怒鳴れば奴らは激昂する。 「…んだと、この、ご希望通り書いてやるよ！アンタの会社もこれまでだな、社員に土下座の準備でもしとけ！」 　記者も怒鳴り散らして、帰ろうとした、その時。 「おい、待て。」 　それを呼び止める声が、低く、響いた。 　そんな、まさか。 「あっ、ワイルドタイガー…っあ！」 　彼は、すぐに彼らに近づくと、そのままリーダー格らしき男を殴った。 「か、鏑木さん！」 　慌てて駆け寄り、さらに追い打ちをかけようとする彼を抑えた。 「バニー、離せ。」 「何を考えてるんです、こんなことしたらまた、」 「この野郎、タイガー！よくもこんなこと、ヒーローが暴力沙汰とは世間が黙っちゃいねえぞ！」 　ほら見ろ、どうするんだ。何を書かれるかわからない。騙されて毎日見舞いに行ってる、可哀想なタイガー。そんな記事の方が、幾分か心象が良いのに。 　それなのに、何をしているんだこの人は。 「ああ、好きに書けばいい。」 　何を言うんだ、この人は！ 　来週号を楽しみにしとけよ！と、ヘタな捨て台詞を残して、記者たちは去ってしまった。医者や看護師たちがようやく駆けつけてきて、何があったのかと聞かれたが、別に何も、と答えた。少しのざわめきを残した庭で、ベンチに二人きりになる。 　唐突に訪れたこの空間に、どうしていいか分からなくなる。 　あ、と気付く。 　そういえば彼は、いつからここにいたのだろう。 「バニー、」 「あ、鏑木さん。アンタ馬鹿ですね、こんなことして、評判の悪いアンタが、もっと悪くなる、笑えないな。」 「お前、」 「そうそう、僕そろそろ病室に戻らないと。検査があるんです、お引き取り願いたいのですが、」 「バニー！」 　 　と、肩をつかまれる。 　目が合った。誤魔化しようのない、まっすぐな瞳。きれいな瞳。 「お前、俺のせいで負った怪我、とうに治ってたってのは本当なのか。」 　やだ、そんなところから聞いてたんですか。 　そうですよ、そう答えて頷いた。 　僕の顔を見ないでください、そう続けたら、彼はこう言った。 「…よかった。」 　それはそうだろう、自分のせいで死ぬかもしれない人間が、実は別の病気だったのだ、そりゃ安心するよな。 　そんなことを考えていると、ぎゅっと強く、抱きすくめられる。 　力強い腕に包まれて、心の底からじんわりと暖かくなる。 「鏑木さん…？」 「良かった、本当によかった、バニー…！」 「え、え？」 「記事のことなら気にすんなよ、どうせ何書かれたっていっしょだ。お前があんな馬鹿にされるなんて俺が耐えらんねぇ。ああ、バニー…。」 　もう一度、ぎゅ、と強く抱きしめられる。 　思っていたのと違う彼の反応に、戸惑う。失望したのではないのか、 　嘘をついていたこの僕に。 「腹、立たないんですか？」 　聞きたくないのに、聞いてしまう。 「なんで？」 　屈託のない、彼の顔。 「俺はこれからも、お前が治るまで見舞いに来るだけだ。」 　…もう少しだけいいだろうか、嘘をついても。 「ほんとに良かった、全部嘘なんだな、俺のせいで死にそうってのも、全部。治るんだな？」 「…はい、治ります。」 　“発見は…それでも、遅すぎました。” 「退院するまで、って約束でしたもんね？」 　次も、許してくれますよね？僕がどんなに嘘つきでも。 ４へつづく 　 　 　 　 　 　 　 　 　

元KOH虎徹が、傷付けた市民バーナビーの見舞いに通う話。なんか、中々終わりませんね！自分の誕生月の間に終わらせられるのでしょうか！そして兎虎要素の少なさ！すんません！！次辺りでいちゃつかせたい、そしてもう少しお付き合いいただければ嬉しいです。

硝子の向こうの君３【兎虎】

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※ナギの素性バレした後の設定です。 新春アイドリッシュセブンinHawaii～ドタバタスペシャル～ [chapter:事のはじまり] ”ピコン” 壮五の携帯電話から音が鳴る。 時刻は23時。こんな時間に何だろうと携帯を手に取る。 ”緊急招集：お兄さんの部屋” 短いメッセージがお兄さんこと二階堂大和から届いていた。 緊急招集って僕はまた何かしてしまったのだろうかと壮五は頭の中でぐるぐると回想するが、特に思い当たるところはない。 とにかく待たせてはいけないと部屋を出て、隣の大和の部屋をノックした。 「早いな。ソウ」 すぐに扉が開いて大和が顔を出す。 「なんですか、緊急招集って。僕、なにかまずいことしましたか？」 「違う違う。まあもう一人来るからちょっと座って待ってて。ソウはなんか飲む？」 大和は中に壮五を招き入れると、自らは扉に向かっていった。どうやら何か飲みものを持ってくるらしい 「それなら僕が」 「いいよ。ソウはここで待ってて、お兄さんが呼んだんだし。コーヒーでいい？」 「はい。お願いします。」 大和が出ていくと壮五はカーペットの上にとりあえず座った。 違うとはいわれたが、リーダー直々の呼び出しに少し緊張していた。コーヒーをもってくるということは飲みの誘いでもないらしい。 壮五がうんうんとうなりながら、頭をひねらせていると”コンコン”とノックの音が響いた。 「はい。」 壮五が扉を開けるとそこにいたのはナギだった。 「あれ、ナギくんも呼ばれたの？」 「YES。ソウゴもでしたか、ヤマトが緊急だというので、ココナの鑑賞をきりのいいところでやめてきたのですが・・・ Hmm。ワタシとソウゴとヤマトですか？不思議な組み合わせです。」 「そうだね。大和さんはあと一人って言っていたから僕ら３人だけみたいだね。」 「お。ナギ、意外と早く来たな。二人とも呼び出して悪かったな。とりあえず部屋入っちゃって」 後ろからお盆に３つマグカップを乗せた大和がやってきた。 促されて３人は部屋に入る 「大和さん。コーヒーありがとうございます。」 「夜中に悪いな。こっちはナギのやつな」 「Wao！ヤマトありがとうございます。でも、こんな時間になんですか？わざわざ部屋に呼び出すなんて」 ナギに聞かれると、大和は束になった紙を取り出した。 「これ、今日マネージャーから相談されたんだわ。」 紙の束の一番上には”年始特番　アイドリッシュセブンinHAWAII"と書いてある。 「Oh!ハワイですか？」 「そう。年始の特番で、俺らがハワイを観光しながらクイズとかやってく特番の話があるみたいなんだ。」 「すごいじゃないですか。年始に特番がもらえるって」 「だから、この仕事はぜひ受けたいってマネージャーも言ってた。でもな・・・とりあえず、ソウ、企画書に目とおしてもらえるか」 大和はガジガジと頭をかきながら壮五に紙を手渡す。 「Humm。そうですね、ちょっとすぐには返答できないですね。」 ナギが顎に手をあてて考えるしぐさをする。 その横で企画書に目を通す壮五の眉間にもしわが寄っていく。 「マネージャーから他の奴らにはまだ内密にソウとナギにだけ相談してほしいって言われたんだわ。なんとなくわかると思うけど、俺ら以外は絶対やりたいって言うだろうしな。 まず、マネージャーが一番心配していたのは警備。ソウもだけど、特にナギ。もしオファーを受けるならどうするか、えっとなんだっけあいつ、レオナルド的な」 「ソルヴァルトですね。OKです。もちろん相談します、ワタシのせいでみなさんに危険な目に合わせるわけにはいきません。 そうですね。確かに長時間の飛行機移動と、HAWAIIという土地では日本と違って警備が必要かもしれません。」 「おう、頼むな。ソウのほうはどうだ？」 「僕はもう逢坂の人間ではないので、多分問題ないと思いますが・・・まあ、ナギ君の警備がいてくれればいいかなと」 「そうだな。この辺の判断はナギのほうにまかせる。もし必要だったら社長に直接相談してくれても構わないってマネージャーは言ってたぞ」 「OKです。せっかくの機会なので前向きに検討シマス」 「で、もう１つはその企画書の内容だ。」 「そうですね、ちょっとこれは僕は無理かなと。」 「OH、ソウゴ。断るということですか？」 「いや、そうじゃないんだ。僕もみんなと一緒にハワイロケなんて、やってみたいんだけど、この企画書なんていうか」 「そうなんだよなー。俺ら全員ハワイ行ったことない前提で書いてあるんだよ」 「Why!?ワタシもですか！？」 「ああ。俺らはともかくナギが行ったことないのはおかしいだろってマネージャーにも言ったんだけど。なんかアイドリッシュセブンはそういう何にも知らない感じがいいって言われたらしくて・・・」 「まあ、確かに僕らはバラエティー班なところもありますし、初めての土地で初めての経験っていうのが絵的にもイメージ的にもあってるかもしれません。」 「多少話せば、１、２回はいったことある感じで大丈夫になるだろうってマネージャーは言ってたけど・・・ ソウ、お前さんハワイいったことあるよな？」 「はい。家にいたころは年に１、2回は行ってました。親戚にハワイで事業を起こしている人がいて、夏休みの間その人の所にお世話になって語学の勉強とかもしていました。」 「だよなー。俺も親父の別荘がハワイにあってさ、日本じゃ羽伸ばせないからって年に1回は行ってたわけ。今更ハワイあんまり行ったことないです感出すの正直厳しいっていうか、なんていうか」 「そうですねワタシもよくパーティーや会議でハワイには行ってました。でも、観光はあんまりしたことないのでそこは大丈夫かもしれません。」 「なるほど、ナギはそうなるのか。じゃあナギはOKだな。問題はオレとソウ」 「うーん。変に慣れてる感じが出て、僕らの家庭事情に興味を持たれるのは正直避けたいです。」 「それは俺もそう思う。でもなー、やりたいよなーこれ」 「そうですね。みんなとハワイ絶対楽しいですよね。」 「では、大丈夫ではないですか？楽しそうであればOKでないですか？少しマネージャーには負担ですが、もし二人のそういうところが出てしまったときはカットしてもらえばいいのでは？」 「あー。なるほどね。俺らが楽しそうにしてればTV的にはいいのか」 「そうですね。こういう企画だと僕らはまとめ役にまわることが多いから、リアクションも陸くんや三月さん。環くんに任せてれば意外となんとかいけるかも。」 「やばいと思ったらマネージャーに言ってカットしてもらうようにすれば何とか・・・その方向で相談してみるわ。サンキューな、ナギ。」 「いえ、ワタシもみなさんとハワイ行きたいです！なので警備のことはお任せください。」 「頼んだ、俺も前向きにマネージャーと相談するわ」 大和はにかっと笑った。しかし、すぐに顔に手を当て渋い顔をした。 「どうしたんですか？大和さん」 「ヤマト、まだなにかありますか？」 「いや、ハワイって確か13時間くらいかかるよな？」 「そうですね。そのくらいだったと思います。」 「ソウ、ハワイまでエコノミーでいったことある？」 「え・・・・ない、です。」 「ナギは、あるわけないよな」 「ワタシの体にあのシートは狭すぎます！この間の移動とてもつらかったです」 「この間って2時間くらいのやつだろ？国内線の。」 「確かに最初にエコノミーに乗ったときナギ君すごいびっくりしてたよね。」 「あれを13時間！？ワタシには耐えられません！！」 「ナギ！声がでかい」 「Sorry。」 「いくら最近仕事増えてきたからって、俺らとマネージャー、万理さん含めて9人分ビジネス・・・はありえないよな」 「そうですね。人数が多いですから。」 「お兄さんも無理な気がしてきた。」 「大和さん。あきらめないでください。ほら、えっと・・・三月さんの横とかだったらちょっとは広く感じるかも」 「ソウ、それミツに言ったら殴られるぞ。でもほらミツってうるさそうじゃん。」 「ミツキはとてもはしゃぎそうです。」 「あいつら海外いったことあんのかな？なかったらうるせーぞ」 「まあ、そうかもしれませんね。」 三人とも遠い目をしている。 「決めた。お兄さんソウの横の席じゃなかったらこの仕事しない！」 「え、大和さんそんなこと」 「イイエ、ソウゴ。移動時間の睡眠はとてもタイセツです。私たちにはそれを求めるケンリがあります。」 「そうだ。いいこと言ったナギ！」 「確かに。エコノミーで移動するならせめてずっと寝ていたい気がします。」 「飛行機の座席もマネージャーに言っとくわ」 「よろしくお願いします。」 その後3人で思いつく限りの懸念事項を話しあった。 後日マネージャーと大和が相談し無事、この番組を受けることが決まった。 「「「「ハワイ！？」」」」 寮の共同スペース。7人が集まった所にマネージャーが紙の束を抱えてやってきた。 その紙の束を1冊ずつ配ると 「年始特番でハワイロケの番組が決まりました！」 と宣言した。 それを聞いた、一織・陸・三月・環の4人が声をそろえた。 大和・壮五・ナギの3人は事前に知らされていた為すでに紙の束をパラパラとめくり以前にもらったものとの違いを確かめている。 「ハワイってすげえ！年始の特番とか！俺たちめっちゃアイドルじゃん」 三月が興奮している 「うん。なんかハワイって芸能人って感じ！」 陸もそれに同意する 「オレ、海外はじめて。うまいもんあるかな」 環が目をきらきらと輝かせる 「四葉さん。仕事ですよ。それに兄さんも、七瀬さんも今更自覚したんですか？」 一織があきれたような声を出した。 「なんだよ、一織は楽しみじゃないのかよ」 「そんなこといってないでしょう。ただ気になることがいくつか」 一織はそう言って束の中身を確認している3人とマネージャーを見比べた 「あ、あの。実は大和さんと壮五さん。ナギさんには先に相談をさせてもらっていました。 私も少し気になるところがあったので・・・」 「まあ、3人が納得したうえでオファーを受けたなら、私はいいと思いますが。」 「えーなんだよ。そーちゃんたち知ってたのかよ。ずりー」 「しょうがないだろ。俺らの事情によっちゃあ受けれなかったかもしれないんだから。 マネージャー、いろいろ無理言って悪かった。これならなんとかなる。ありがとうな」 「うん。これなら大丈夫だと思います。ほんとにありがとう、マネージャー。」 「スバラシイです！これで、ワタシもみなさんとハワイ楽しめます！」 「いえ、私もぜひこの仕事は受けたかったので、みなさんに妥協してもらえてほんとにありがたかったです。これからの流れなのですが、パスポートをまずとってもらいたいんですけど・・・」 「七瀬さん、あんまりはしゃがないでくださいよ。機内は空気圧も変わって乾燥もしやすいですから。早く寝てしまってください。」 「うるさいな。しょうがないだろ、楽しみなんだから。」 一織が隣に座る陸に言った。陸は頬を膨らませながら拗ねたように言う。 アイドリッシュセブンのメンバーは一人を除いてハワイ行きの飛行機の中にいた。 飛行機は離陸体勢に入っている。 「そーちゃんやばい。めっちゃ怖い」 「大丈夫だよ環くん。飛行機は世界で一番安全な乗り物って言われてるんだ。それに死ぬときは一瞬だから」 「やめろよ！そういうこと言うの」 「うっせーぞタマ。もう飛行機なんて何回も乗ってるだろう」 環はぎゅっと壮五の腕をつかむ。浮遊感がしばらく続いて、シートベルト着用のランプが消えた。 「何回のってもやっぱ慣れねえ、なんでヤマさんもそーちゃんも平気なわけ？」 「タマとは経験が違うからな」 「なんかその言い方ムカツク」 「まあまあ、環くんもそのうち慣れるよ。ほら、外綺麗だよ」 「ほんとだ。すげー」 飛行機の窓からは遠くなっていく街の光が見えていた。環はすぐに外の景色に夢中になる。 窓ぎわの席から環・壮五・大和の順番で座っている。 宣言通り壮五の隣を確保した大和だったが、外が見たい、そーちゃんの隣がいいという環に負けてこの順番になってしまった。 通路を挟んで万理がいるので大和は内心ほっとしていた。 「すみません。大和さん通路側になってしまって」 「まあ、通路な分ちょっと広く感じるからいいって。それにしてもナギのやつ裏切りやがったな」 「そうですね。まさか別便で合流とは」 この飛行機にはメンバーの一人のナギは乗っていない。 企画書には別の仕事のため、別便で合流と書いてあったが、警備の都合で違う便。おそらくビジネスクラス。もしかしたらファーストクラスで来るのだろうと二人は思っている。そしてその予想は当たっている。 「まあ、警備の都合じゃしょうがないわな」 ”はあ”と大和は息をため息をつく 「こっちにもナギ君のSPを何人かまわしてもらってるみたいなんで、今回はしょうがないですね。」 「やはりそういうことでしたか」 大和の前の席から一織が顔をだした。 大和たちの前の席には 窓際から、三月・陸・一織の順で座っている。万理の前にはマネージャーがいる。 「日本からハワイ行きの便なのに北欧系の顔立ちの方が多いと思ったんです。それなら安心ですね。」 「イチ、盗み聞きはよくないぞ」 「すみません。お三方の間でどういう話し合いになってたか気になってしまって。」 「まあ、ちゃんとやるから気にすんなって」 「うん。大丈夫だよ」 「お二人のことは信頼してますが、なにかあったら言ってくださいよ」 そういうと一織は顔をひっこめた。 「頼もしいですね。一織くんは」 「そうだな。明日、起きたらちょっと打合せするか。」 「そうですね。そっちのほうが僕も安心です。」 「そーちゃん。ヤマさん。」 外の景色を見ていた環が壮五の袖をひっぱった 「環くん？」 「オレ、そーちゃん達がなに心配してるのかわかんねーけど、オレにも言えよ。ヤマさんも」 「うん、ありがとう。環くん。」 「おう、ありがとうなタマ。」 大和は腕を伸ばして環の頭を撫でた。ぽんと最後に頭を軽く叩く。 「じゃあ、とりあえずお兄さんは寝たいからよろしく」 そういって大和はアイマスクと耳栓をつけて枕も完璧に装備してしまった。 「え、ヤマさんねるのはぇー。」 「ごめんね、環くん。僕も寝ていいかな？」 壮五もアイマスクを取り出す。 「マジかよ。つまんねーじゃん」 「でも、もう深夜だし、すぐに電気も消えると思うから。環くんも眠いよね？環くんは眠い眠い眠い」 「やめろよ。それ・・・・くぁ」 環は大きなあくびをして、諦めたように目をつぶった。それを見届けた壮五は安心してアイマスクをつけ目をつぶった。 大和との作戦通りすぐに眠気はやってきた。 実は飛行機ですぐ眠るために、昨晩は日付が変わるころまで二人で晩酌をし、今朝5時に起床。 今日は仕事が最低限しか組み込まれていなかったため、そのまま軽くジョギングをして、襲い来る眠気を我慢して、現在に至るのである。 おかげで翌朝、CAが朝食を運んできて万理に起こされるまで大和と壮五はぐっすりと眠ることができた。 その後は、万理と一織が席を変わって大和と壮五と3人で少し打ち合わせをしたり、また眠くなったら寝たりしているとホノルル空港へ到着した。 「エコノミーでもなんとかなりましたね。大和さんの作戦大成功でした。」 壮五が到着ロビーを歩きながら大和に言う 「だろ？寝てればなんとかなるんだよな。まあ、体はバキバキだけど」 バキバキと肩を鳴らしながら大和が答えた 「なんだよ、二人で楽しそうにして」 後ろから三月が言う、 「七五三にはあの席はちょうどよかったかもなー。お兄さんには狭くて」 大和が肩をすくめる 「七五三っていうな！」 三月の蹴りが大和の腿にあたる 「いってぇ！」 「壮五、お前も笑ったな！」 口元を押さえて笑っている壮五を三月が睨む 「ふふ。ごめんなさい。可愛くて」 「かわいいっていうな！」 三月が壮五の腕を小突く 「ちょっとミツ、俺と扱い違くない？」 「おっさんに手加減はいらねえだろ」 「お兄さんです！」 「もう、いい大人がなにしてるんですか。」 「楽しそうでいいねえ」 「そうですね。いいロケになりそうです！」 じゃれる大人3人組を、一織、万理、マネージャーの3人が楽しそうに目を細めた。 [newpage] [chapter:１日目] 「新年、明けましておめでとうございます！ アイドリッシュセブンです」 ハワイの某所のプライベートビーチ。 それぞれのカラーのアロハシャツにハーフパンツ、レイを首からかけた7人が年始の挨拶をする。 「ここは、なんと！ハワイです！アロハー」 「すごいね、三月！ハワイなんて芸能人みたい！」 「七瀬さん。私たちアイドルなんですけど」 「俺もなんかハワイって芸能人ぽくて、すげぇワクワクしてる！」 陸と三月が楽しそうにはしゃぐのをみた一織が緩みそうになる口許を引き締めた。 「オレは、美味しいものが食べたい。あとみんなで来れて嬉しい」 「Yes！タマキ！ワタシも素敵な仲間たちとここにこられてうれしいです！」 6人の到着からしばらくして合流したナギが環を抱き締める。 「みんなでハワイなんて絶対楽しいよな！」 「楽しみすぎてカメラ忘れないでくださいよ。」 一織がカメラのほうに目線をやる。今はオープニングの撮影中である。 とはいってもほとんどセリフはなく、ほとんどフリートークだ。今回のロケは年始のまったりとした雰囲気にあわせて、いつものアイドリッシュセブンの仲良しな雰囲気を出したいとセリフらしいセリフはなく、何をやるかだけが決まっていた。 「この中では、壮五と大和さんとナギがハワイには来たことあるんだよな」 「はい。何度か、でもメンバーでくるとやっぱり全然違うと思うので楽しみです。」 「そうだな。俺もこうやってみんなで来るのは新鮮だな。」 マネージャーと話し合った結果、壮五と大和とナギはハワイに来たことはあるが、回数や頻度などはぼんやりとぼかすこととなった。 「これから三日間、観光しながら様々なゲームなどをしつつハワイを堪能していきます！」 「ゲームって、なんですか？」 「俺も詳しくは聞いてないけど、えっ？なに？こここで早速ゲームです！」 「急！お兄さんついていけない」 「えっと、アイドルらしく爽やかにビーチフラッグ対決です！優勝者にはご褒美があります！」 「Oh...いきなりビーチフラッグですか。」 「ビーチフラッグってどういうの？」 「砂浜に旗をたてて、走ってそれを取り合う競技だよ。環くんは背が高いから有利だと思うよ」 「こら、壮五。それだと俺が不利みたいじゃないか。まあ、解説ありがと。じゃあ、ちょっと移動するぞ！」 砂浜に7人が寝転んで並ぶ、その先には4本のフラッグ。一回戦目は7人が4本のフラッグを取り合う。 三月が抗議した結果、並び順は真ん中から端にむかって背の順になった。つまり、三月が中央に寝転び、両端にナギと環がいる。 三月とナギの間には一織と壮五、環と三月の間には陸と大和だ。 フラッグは4本無造作にたててあり、環の位置からは実質1本しか狙えない。 「オレ不利じゃね？」 寝転ぶと環がぼそりという 「タマはリーチもあるし、運動神経一番良いんだからこんくらいでちょうどいいんだよ」 「じゃあ合図お願いしまーす」 三月が言うとスタッフが空砲を掲げる。 "バン！" 音とともに７人が飛び出す。 反射神経が一番早かったのはやはり環でついで三月、ナギは少し出遅れた。 環はそのままぶっちぎりで唯一狙えるフラッグを手にした。 三月が狙ったフラッグは誰も狙っておらずそれをそのまま手にする。 激しく砂に飛び込んでゲットした三月は 「なんか俺かっこわるー」と叫ぶ ナギ、壮五、一織は同じフラッグを狙い、 3人ともほぼ同時にフラッグに飛び込んだ。 3人の手によって弾かれたフラッグは、一織のほうに飛んでいき、いち早く体制を立て直した一織がそれを掴んだ。 「Oh!イオリ！なんでこちらにくるんですか！？」 「兄さんには瞬発力も足の早さも敵いませんから、逢坂さんと六弥さんは慣れてなさそうだなと思ったので、まあ。思ったより逢坂さんの足が早くて焦りましたけど」 「環くんと踊ってるから、それなりに鍛えられてるからね。でも砂浜はやっぱり違うね。自信あったんだけどな」 壮五は楽しそうに笑っている。 「って七瀬さん！？大丈夫ですか？」 焦った顔の一織が倒れている陸に駆け寄った 「うわっ」 大和がフラッグを拾う直前にタイミングに陸の声が響いた。 大和はそのままフラッグを拾い、後ろを振り向くと顔面から砂浜にダイブする陸がいた。 「陸！？」 声をかけると同時に一織がかけよってくる むくりと顔をあげた陸の顔面には砂がついていてる。 「砂に足とられちゃった。砂浜で走るのって難しいね」 「まったく。砂を払うので少し目つむってください。」 陸は目をつむって、一織のほうに顔を出していて、一織は顔を覗き混むようにして陸の顔を払っている。 「メッゾも大概だけど、お前らも距離感おかしーよな」 三月が旗をひらひらさせながら寄ってきた 「なっ！あのベタベタしてる人たちと一緒にしないでくださいよ！ ほら、七瀬さん。もう大丈夫ですよ」 一織はすっと立ち上がる 「ありがと一織。」 「なあ、そーちゃん。オレらいまディスられた？」 「そうだね。心外だな」 「さあ、２回戦いきますよ！」 大和、三月、一織、環の順に砂浜に寝そべっている。フラッグは２つ。今度は均等な距離に置かれている。 「さっきは棚ぼただったからなー。お兄さん自信ない」 「よく言うよ。しっかり走れるくせに」 「四葉さんと取り合うんですか。難しいですね。」 「いおりん相手ならよゆー」 「ムカつきますね」 「では、２回戦いきますよ」 壮五がいうと、陸が空砲を掲げる "バン！" 4人はほぼ同時に飛び出し、環が頭ひとつでる。 環が手を伸ばしてフラッグをとる瞬間、一織がフラッグにむかって飛び込むが、手が届く前に環の手にかっさらわれた 「よゆー。」 いまだに砂に飛び込んでいない環がニヤニヤと笑う。しかし息はあがっていて、束ねた髪からのぞく首筋に汗がつたっている 「くっ…イケメンなのがさらにムカつきますね」 砂浜に寝そべったままの一織が悔しそうに眉間にシワを寄せた。 「重い！どけよおっさん！」 もうひとつのフラッグのところでは三月の上に大和が乗っている。フラッグは三月の手にある。 飛び出しは三月のほうが早く、あとから来た大和と少しずれて砂に飛び込んだ。 その結果、フラッグを手にした三月の上に大和が重なった。 「えー。お兄さんもうだめ。起き上がれない。」 大和は三月の頭の上にのっている顎をぐりぐりする 「いてぇ、まじでやめろって」 「Oh!ヤマトとミツキずるいです！ワタシも混ざります！」 「え、おいやめろナギ！」 ナギが走ってきて大和の上に重なる 「Hmm。やはりヤマトはゴツゴツして全然心地よくないですねー」 ナギは口を尖らせて不満そうだ 「お前、乗ってきてそれはないだろ！」 「そうだぞ！重い！どけ！」 「はいはい。そこの距離感おかしいピタゴラトリオ。早くどかないと兄さんが潰れてしまいます。」 「Oh!キュートなミツキが潰れては困ります」 「へいへい」 2人が退いて、三月がようやく起き上がる。 「決勝は俺と環だな！」 「みっきーとじゃ勝負になんねーから、ハンデあげてもいーよ」 ニヤニヤと環がいう 「な！いらねーよ！」 「いやいや、ミツもらっとけって。あいつまだ砂に飛び込んですらいないから。」 「そうですね。三月さんけっこう満身創痍ですけど、環くんあの様子だとまだ本気じゃないですよ」 「え、嘘だろ。」 「おー。そーちゃんよくわかってんじゃん。まだ70ぱーくらい。」 「まじかよ。ハンデ、お願いします。」 三月はきれいに頭をさげる 「ミツキ、男らしいです！」 「男らしい？んですかね？」 「いいよー。」 協議の結果、環は三月の１ｍ後ろからスタートすることになった。 「じゃあ、いくぞー。」 今度は大和が空砲を掲げる "バン！" 二人はほぼ同時に飛び出し、環がリーチの差でぐんぐん距離を詰める。 ほぼ同時に二人とも砂に飛び込んだが、環の指先がフラッグを掴む。 そのまま派手に砂が巻き上がった 「くっそー！環、腕なげーんだよ！」 「ふふん。オレの勝ち！」 三月が悔しそうに砂にこぶしを打ち付けた横で、環はごろんと仰向けになった。 「やっぱりタマが勝ったな」 「環はすごいなー。三月もこういうゲームはすごい得意だよね？！」 「そうなんだよ陸。俺、十さんとかとやったことあったから自信あったのに」 「OH！十氏には勝てたのですか？」 「いんや、2メートルくらいハンデつけてもらってやっとって感じ。」 「えー。じゃあ、オレ、みっきーに2メートルハンデにすればよかった。龍兄貴に勝ちて―」 「それは、プライベートでやってください。兄さん、ご褒美はなんですか？」 「あ！そうだったな。」 三月がようやく砂から立ち上がり、司会台のほうに歩いてカードを確認する。 「ご褒美は！ハワイで超有名！リゾートハワイアンホテルの最上階レストラン。”DISH”での豪華ディナーです！」 「よっしゃ！うまいもん食える！・・・でも、オレ一人？」 「いや、メンバーの中から一人連れていけます！」 「まじで！じゃあ、・・・・いおりんで！」 「「「「え！？」」」」 「はぁ！？なんで私なんですか！？」 三月・大和・陸・ナギの驚いた声と一織の声が重なった。 スタッフもびっくりした顔をしている。 壮五は一瞬驚いた顔をして、ほっと息を吐いた。 「だって、いおりん食レポうまいじゃん。オレ、うまく料理のおいしさとか伝えられねえし」 「まあ、そこは否定しませんけど。それだったら私じゃなくても」 一織含め全員がここはMEZZO”でのディナーの画が欲しいのだろうとわかっていた。 だから、環が圧倒的に有利なビーチフラッグのご褒美がペアでのディナーなのである。 「いおりんがいい。だめなの？」 眉を下げて、捨てられた子犬のような顔で環がいう 「まったく、まあ、しょうがないですね。」 これ以上ごねてやらせ感がでてはいけない。もし絶対MEZZO”での画がいいならスタッフが何か言うだろうと思ったが、とりあえずなにも言われないのでどうやら求める絵よりはガチ感を優先したようだと一織は判断した。 「ありがと。いおりん。」 「どういたしまして。」 「最年少2人が豪華ディナーか。マナーには気を付けるんだぞ」 にやにやしながら大和がいう。 「もちろんです。いいですか四葉さん。私は逢坂さんより厳しいですから」 「え、いおりんもガミガミいうの？」 「そんな言い方だと、僕が普段からガミガミ言っているみたいじゃないか。 一応環くんには最低限マナーは叩き込んであるから、一織くんよろしくね。」 「了解しました。任せてください。」 「はい！OKです」 スタッフの声が飛んできて、カメラが止まった 「これから一旦ホテルに移動して、ホテルで撮影後、四葉さんと和泉一織さんは着替えてレストランに移動。ほかの4人も夕食の撮影になります。」 7人はロケバスへ移動する 「ちょっと四葉さん。」 「なに、いおりん」 「なにじゃないですよ。ディナー、なんで私にしたんですか。あそこはどう考えても逢坂さんですよね！？いくらあなたでもそこはわかるでしょう」 「うん。MEZZO"がいいんだろうなーとは何となく思ったけど、レストランの名前が出た時そーちゃん一瞬いやな顔した。」 「え？」 「なんかやな思い出でもあるんだったら、そんなとこにそーちゃん連れてきたくねーし」 「まったく・・・あなたって人は。しょうがないですね。」 「ありがと、いおりん。」 「あとで一緒に兄さんに怒られてくださいよ。」 「やっぱみっきー怒ってる？」 「まあ、カメラがあるうちは怒らないと思いますが・・・寝る前が怖いですね」 「王様プリンでなんとかならねー？」 「あなたじゃないんですから！まあ、お説教が短くなるように、しっかりディナーはやりましょう」 「おう。もちろん」 「まったく、環のやつ何考えてんだ。あれはどう考えてもMEZZO”だろ」 「まあまあミツ。タマにもなんかあるんだよ」 「ミツキ、まだ怒ってはいけません。あそこのカメラ撮っています」 「うそ、マジで。移動中も撮るとか聞いてねえ」 「ゆるゆる旅番組感を出したいんじゃないの。ほら、笑顔笑顔」 大和が三月の肩に腕を回した。 「わかったから、上から体重をかけるなおっさん！」 「あら、ばれちゃった？」 3人はカラカラと笑った。 「壮五さん。大丈夫ですか？」 「え？大丈夫だよ。陸くんこそ、さっき転んだの大丈夫？」 「うん。特にどこも怪我してないし、大丈夫です！・・・壮五さん、なにか気になることでもありますか？」 「困ったな。そんなに顔にでてたかな。」 壮五は眉をさげた。 「俺はたまたま壮五さんの方を見てて、レストランの名前が出た時、ちょっと一瞬変な顔したなかなーって思って・・・」 「カメラ映ってたかな。」 「多分、映ってないと思います。環と三月の方むいてたから」 「ならよかった。」 「でも、環は気づいてたかも」 「そうだね。環くんはよく見てるから。きっと気づいて一織くんを指名したんだよね。 あとで三月さんに怒らないように言っとかなきゃな。」 「聞いてもいいですか？レストランのこと」 「大したことじゃないんだけど、ハワイにくると必ず行ったレストランでね。行く度に将来の取引先になる人に紹介されたり、結婚相手の候補を連れてこられたり、とにかくあんまりいい思い出がないんだ。」 「結婚相手ですか！？うわぁ、なんかドラマみたいですね。」 「僕はまだ小学生とか中学生だったかな。そんな歳の子供に結婚相手なんて、おかしな話だよね」 「壮五さん。」 陸が壮五の両手を包み込むように握った 「あ、ごめんねこんな話。」 陸はふるふると頭を振った。顔をあげて壮五と目をあわせる。 「このハワイロケ絶対楽しみましょうね！壮五さんのハワイは俺らとの楽しい思い出に上書きしましょう！」 そういってにっこり笑った。 壮五はびっくりして目をぱちくりさせている。しばし陸を見つめると、ふにゃりと破顔した。 「そうだね。そうなるといいな」 「絶対なりますよ。」 「おーい、そこ2人！置いてくぞー！」 ロケバスから三月が声を荒げる。やっぱり少し怒ってるねなんて二人で顔を見合わせて、ロケバスに走った。 ホテルに着くと、さっそく部屋に案内される。 ホテル到着から再びカメラが回されている。 「すごいホテルだな。俺こんなところに泊まるのはじめてだわ。」 三月がエレベーター内でキョロキョロしながらいう。エレベーター内も装飾が至る所にされている。 「俺も！なんかリゾートって感じでわくわくする」 「オレはなんか落ち着かねー」 環は始終ソワソワしている。 「にしても、俺らの部屋ずいぶん高い階なんだな。」 スタッフが押した階は60階だ。ちなみにホテルは65階建てである。 「今回部屋割りとか聞いていないけど、どんな感じなんだろうね。」 「オレ、シングルだったら泣く」 「このホテルでシングルはないと思うぞー」 環が泣きそうな顔で大和にしがみつくと、大和がよしよしと頭をなでた。 そしてエレベーターは60階に到着した。 エレベーターを降りスタッフの後についていく、フロアは全面に絨毯がひかれ、各客室のドアも豪華な装飾が施されている。 廊下の突き当りにあるひときわ豪華な扉の前でスタッフが止まった。 「みなさんにお泊りいただくのはこちらのお部屋です。」 スタッフが扉を開ける。そこにはベッドがある部屋ではなく、ホテルなのに玄関があった。 「え！？どういうこと？」 三月が声をあげると、紙が大和に手渡された。 「俺？えっと、みなさんに泊まってもらうのは、このホテルで一番高い部屋。ラグジュアリースイートです。ってえぇ！？」 「マジで！？」 「ほんとに？」 「番組の編成費とか大丈夫なんですか？」 騒ぎだしたところで、こんなところで騒ぐなと言わんばかりにスタッフに部屋の中に押し込まれる。 玄関のようなところから奥にはいると大きなダイニングテーブルと、ソファが鎮座するリビングのような空間が広がっていた。 「広い。寮の共同スペースぐらいあるんじゃねえの。」 「そうですね。そのくらいあるかと思います。」 「りっくん！ソファやべえ、めっちゃ沈む」 「ほんとだ！景色もすごいね！」 ひろくとられた窓からはビーチを一望できる。青い空に青い海。まさに絶景である。 「えっと、今回はこのホテルの全面協力のもとこの部屋を特別価格でご提供いただきました。 この部屋には主寝室と２つのゲストルームがあるので、７人全員この部屋で泊まっていただきます。だってさ。 えっとその部屋っていうのは・・・」 リビングからつながる扉は４つある。 そのうち一つを三月があけた。 「えっと、ここはゲストルームだな。ベッドがふたつ並んでる。」 三月が開けた部屋はセミダブルサイズのベッドが２つ並んでいる部屋だった。それでも普通のホテル１室分くらいの広さがある。 「こっちの部屋もそうですね。ゲストルームだと思います。」 一織が扉をあけて確認する。 その部屋は三月が開けた部屋よりわずかに広く、セミダブルベッドの横に１つ小さいサイズのベッドがあった。おそらく子供用のエキストラベッドだろう。 「お、ミツにぴったりのサイズのやつがあるな」 「言うと思った。俺でも小さいから！」 「こっちの部屋は壁が青いんだね。可愛いね。」 陸が顔をのぞかせていう。全体的にシックな雰囲気の部屋だがこの部屋だけは壁の下半分が青と水色のストライプで上半分がクリーム色でやさしい雰囲気になっている。 「じゃあ、ナギの近くの扉が主寝室か？」 「いいえ、ここはBathRoomです。」 ナギが扉を開けるとそこにはシャワールームと広いバスタブがあった。バスタブの横には大きな窓があり、部屋から見える絶景がそこからもみえる。 シャワールームはガラス張りだ。 「すげぇーなんか、あれみてぇ」 「タマ！ストップ！未成年がそんなこといっちゃいけません！」 大和が環の口をふさぐ。 「よくみるよね、こういう高級リゾートホテル！ほんとに来れるなんて夢みたい！」 「陸はピュアでいい子だなー。」 三月が陸の頭を撫でた。 「じゃあ、逢坂さんのほうにある扉が主寝室ですか？」 「そうみたいだね。」 そう言って扉をあけた壮五がしばし固まった。 「どうしたんですか？」 「ゲストルームのベッドって2個と3個だったよね？」 「そうですね。なので主寝室は2人かと・・・」 「まあ、主寝室だからしょうがないかと思うんだけど。」 そう言って壮五が扉を全開にすると、そこにはキングサイズのベッドが一つ。 そしてベッドの向かいには先ほどみたのと同じようなバスタブとシャワーのセットがまたもやガラス張りで設置されていた。 「うっわ。エッロ」 「こら！ミツ」 「hmm。まさしくリゾートですね。」 「この部屋、二人で寝るんですよね？ベッド一つしかないですけど。」 「そうだろうな。キングサイズだし、まあいいんじゃね？」 「大和さん、他人事だと思ってるでしょう」 壮五が大和を睨む。 「まあ、こういうのはだいたいMEZZO”君だし」 「そうですね。お二人とも地方で二人で泊まってるんですから今更大丈夫でしょう？」 「一織くんまで・・・」 「Ouch!ヤマト。続きがあるみたいですよ！」 「えっと、なになに。部屋割りはくじで決めてもらいます。って、まじかー」 スタッフがボックスを差し出した。そこからは７本の棒が伸びている。 「棒の先がハートの人が主寝室。ダイヤが青い壁のゲストルーム。なにもない人がもうひとつのゲストルームです。ほい。じゃあ選んで」 大和がいうと全員の手が一斉に伸びる。 「お兄さんは静かに眠りたい。」 「どうか3人部屋になりませんように！」 「Why!?あのベッドはミツキにピッタリです！」 「シャラップ！ナギ」 「どこでもいいですけど、主寝室は避けたいですね。」 「俺は壁が青い部屋がいいな。」 「なんか、僕、やな予感しかしないんですけど。」 「じゃあ、引くぞ、せーの！」 棒の先をみて壮五が固まる。そして、壮五の前には環が赤いハートをぷらぷらさせる。 「そーちゃん。オレと一緒のへや」 感情が乗らない声で言った。 「ハハッ、まじかよメッゾ！」 三月がそれを腹を抱えて笑っている。三月の持つ棒の先にはなにもついていない。 「クジなのに主寝室を引き当てるとは、なんていうか。流石ですね」 一織が感心するように言った。 「おー。なんか褒められた？いおりんはみっきーとなんだ。」 「ええ。兄さんと二人部屋だと家族旅行みたいですが、」 一織はなにもついていない棒の先をみながら険しい顔をしている。 「一織嬉しいくせに！」 「そりゃあ、まあ、嬉しいに決まってるじゃないですか！」 陸が一織の肩を叩くと、一織は照れ隠しのように怒った。 「一織がデレた！大和さん今の聞いた！？俺の弟ちょー可愛いんだけど！」 「まってミツ。お兄さんは今夜の睡眠が心配でそれどころじゃない。なあタマ、交換しねえ？」 「はー？！やだし。ヤマさんあの部屋でそーちゃんと二人にしたら危ない気がする」 「まあ、俺もなんとなくそれはわかるぞ。」 三月がうんうんと頷いた。 「Oh!ヤマト、ワタシと熱い夜をすごすのが嫌ですか！？」 「ナギ、お前ココナのDVDとか持ってきてないだろうな」 「オフコース！もちろん持ってます！」 「なんで持ってんだよ！？」 「大和さんとナギか、楽しそうだな。」 「七瀬さんは身体に触りますから、六弥さんの相手をしないで早く寝てくださいよ。」 「わかってるよ。」 「そうだぞナギ！夜更かしなんかしたらDVD没収だからな！」 「Oh!ミツキ、ゴショーデス」 「誰があのベッド寝るんですか？六弥さんは無理ですよね？」 「俺が寝るよ！この3人だと一番小さいし、」 「いや、陸。3泊4日だから持ち回りにしよう。な、ナギ」 「No!私の長い足が飛び出してしまいます！・・・さてはヤマト、私だけ別便だったことネニモッテいますね」 「うるせえ」 「そろそろ移動の時間が迫ってるので、その辺でいいですか？」 一織の一言でスタッフをみるとADが腕を全力でまわしている。 「えっと、じゃあ荷物運んでまたリビングに集合な！」 「あの、三月さん。」 大和、三月、陸、壮五、ナギの5人がショッピングモールを歩いている。 この中にあるレストランで夕食の収録をするためだ。 先を歩いている三月に壮五が後ろから声をかけた。 「どうした？壮五。」 「環くんのことなんですけど」 「え？環？」 「あの、さっきのビーチフラッグのご褒美の件、怒らないであげてほしいんです。」 壮五がいうと三月は片方の眉をあげて訝しげな表情をする 「えっと、あの場面では僕を選ぶのが妥当だったのは多分環くんもわかってたと思うんです。 でも、僕があんまりあのレストランに行きたくないのを顔に出してしまったみたいで・・・それで気をつかってくれたんだと思うんです。」 「はぁー」 三月は盛大にため息をついた 「まったく、そうならそういやぁいいんだよ。まったく、環は。イライラして損した。」 「すいません。」 「壮五は謝んなって・・・いや、やっぱり壮五も悪いな。いくら嫌な思い出があるからって顔に出したらダメだ」 「そうですよね。反省してます。」 「だからおしおき！」 そういうと三月は壮五の額を指ではじいた。 「いたっ」 「これでチャラ。もう謝んなよ。それに、さっきはああ言ったけど壮五はあんまりそういうの顔にでないから、相当嫌だったんだろ？よかったな。環に気づいてもらえて」 「・・・はい。」 「よし！じゃあ俺らもディナー腹一杯食べるぞ！」 「そうですね」 「夕食の前に！クイズです！」 ハワイで有名なハンバーガーチェーン。５人が席につくと、三月が手元の紙を読み上げた。 「えー。お兄さんおなかペコペコなんだけど」 「俺も。早く食べたい」 「はいはい。クイズは早抜け形式で、最下位の人はこちらの特製ハンバーガーを食べていただきます！」 テーブルにおいてあったお盆の蓋を取るとハンバーガーが出てくる。見た目は普通である。 「このハンバーガーは、唐辛子よりからいジョロキアいりのハンバーガーです！ソースにたっぷりとジョロキアが使われています！想像しただけで口が痛いな」 「えー。辛いの苦手なんだよな。」 「壮五さんは、得意そうですよね」 「そうだね、僕が食べたら罰ゲームにならないんじゃないかな。ちょっと心配だな」 「いやいや、さすがの壮五も辛いんじゃないか？」 三月はそう言ったが、内心ではこれは壮五抜きで考えられていたなと冷や汗をかいていた 「OK！勝てばいいのですね」 「その通りだ、ナギ！勝者にはここの名物牛肉100%のジューシーハンバーグをつかったアボカドダブルバーガーを食べていただきます！」 「それはうまそうだな！よし、お兄さんやる気でてきた」 「最初からやる気だしてくれよ。じゃあクイズの内容を発表するぞ。 第一回アイドリッシュセブン！個人的クイズ！」 「個人的クイズ？」 「事前にメンバーのみなさんに答えてもらったアンケートをもとにクイズを作りました。 他のメンバーのアンケートの結果を予想して答えてください。だそうです！あのめっちゃ多いアンケートこれだったのか！」 「あの答えるの大変だったやつ。どうりで相談しないでくださいって言われたわけだ。」 「まずじゃんけんをして司会を決めてください。司会の人は罰ゲーム回避です。だって」 「まじか、よし、」 大和は気合いをいれて腕をまくる 「Oh!ヤマト、やる気ですね。負けませんよ」 「「「「「じゃんけんぽい！」」」」」 「やった！俺、司会♪」 勝負はあっさりついて陸の一人勝ちだった。 陸はスタッフからカードを受けとる 「うわぁ、なんか司会って緊張するなー。よろしくお願いします♪」 残りの4人の前には早押しボタンが置かれた。 「じゃあ、第一問！和泉一織に聞きました。 一番尊敬しているメンバーは？」 "ピンポン" 「はやい！大和さん！」 「兄さんです」 大和が一織の口調を真似て言う。 横の壮五が口元を抑えて笑っている。 「正解！大和さん、一織そっくりですね！」 「やりぃ！いち抜け。簡単だったな」 「まじかよ。あいつめっちゃいい弟じゃん」 三月は感激をおさえるようにこめかみに手を当てている。 「ちなみに理由は、周りにしっかりと気を使って、トークをまわすのはもちろんですが、メンバーのなかで男気が一番あってかっこいいからです。だって」 「いおりー。お兄ちゃんは嬉しいぞ～」 三月は目を潤ませた。 「じゃあ、第２問いきます！大和さんに聞きました。犬派？猫派？」 「あー、これなんて答えたかな。」 大和は頭をかいている "ピンポン" 「壮五さん」 「犬派！」 「なんでそう思いますか！？」 「えぇ！理由も？えっと・・・・・大和さん、環くんのことすごい可愛がってるし、ほら、環くんって大型犬っぽいっていうか・・・」 「わかる！あいつ、いつも耳ついた服着てるしな！褒められると尻尾が見えるっていうか。それに、嫌いな奴には番犬ってかんじ！」 「まあ、タマのことは好きだけど・・・」 「ぶっぶー」 陸が大きく手の前でバツをつくった。 "ピンポン""ピンポン" 連続して音がなった 「ナギのほうがちょっとはやかった！ナギ！」 「Yes!Catデスね！」 「ぶー。」 「Why!?」 ナギと壮五と三月は大和の方を見る、大和は目を反らした。 「おっさんなんて答えたんだよ！」 「大和さん。ヒントお願いします。」 「えぇ。お兄さんが？えっと、すでにペットっていうか」 「わかった！」 "ピンポン" 「三月！」 「ルンバ！」 「正解です！」 「ムサシだ！」 ムサシとは、大和が自室のルンバにつけている名前です。 と放送ではテロップが入った。 「第３問！次の問題で最後です！壮五さんとナギの一騎打ちですね！」 「これは、ナギに負けてもらわないとなー」 「壮五が食べてもバラエティ的にはちょっとなあ・・・・・」 「はい！がんばります！」 「NO！ワタシ辛いのNGです！」 「お！これは壮五さん有利かも。四葉環に聞きました！」 「MEZZO”の名にかけて、負けられない・・・・・・」 「ソウ、負けたらタマがすねるぞー」 「そうだぞー。がんばれー」 「ジーザス。完全にアウェーデス。」 「今、一番ほしいものは？」 ”ピンポン！” 「壮五さん！」 壮五がすばやくボタンを叩く、勝ちを確信した顔をしている。 「王様プリン！」 「ムリでーす。ワタシ、ハラペーニョ食べられませーん」 「ぶっぶー」 「「「「えぇ！？」」」」 ４人の声が重なる。 「びっくりだよね、俺もそうだと思ったんだけど。環もかわいいやつだよね」 「なになに？・・・あいつ！」 三月が目頭を押さえる 「なんだって、お・・・そっかぁ、確かにそんな話、したな。ナギもいたぞ、この話してた時」 「Oh。いつですか？」 「えっと、１週間くらい前かな。」 「ちょっと、おっさん！ナギにヒントだしてどうするんだよ。」 「しまったぁ！」 「hmm、一週間前ですか・・・・・OH!思い出しました！」 ”ピンポン！” 「ナギ！」 「Vacation！お休みです！メンバー全員そろっての！」 「大正解！」 「え、環くん、もしかして疲れてるの？」 「違う違う、１週間くらい前にな、タマとナギと話してた時、タマがオレらと海外行くのすげぇ楽しみって言ってたんだ。あいつオレらとこういうロケ、すごい楽しいみたいなんだよ。」 「ほんと、そういうとこ可愛いやつだよな。」 「なー。でも、俺ら全員で旅行ってしたことないだろ？全部こういうロケでさ。 だから、もし全員休みが被ったら、１泊２日でもいいから旅行いこうなって話したんだよ」 「タマキ、とても喜んでいました！」 「そっか。よかった。プライベートで旅行。いいですね」 「俺も！行きたい！」 「でもなあー。全員の休み２日被らせるって・・・・・・」 「そうだな。ありがたいことに今は仕事がいっぱいだしな。」 「Oh・・・それではやっぱり無理ですか？」 「いや、今からマネージャーに交渉すれば・・・お兄さんにまかせなさい！」 「リーダーかっこいい！」 「さすが！リーダー！」 「よろしくお願いします。」 「タマキ、きっと喜びます！」 「おっと、スタッフさんが焦り始めたから先に進めるぞ！えっと、じゃあ罰ゲームは壮五だな！」 「最悪の展開だな・・・・・」 「いや、えっとさすがの僕でも、ジョロキアはだめかもしれないじゃない、です、か。」 「いいか、壮五！ちゃんとリアクションしろよ！」 「三月さん！それじゃあほんとに辛くてもヤラセみたいじゃないですか！」 「おっと、そうだな。」 ５人が再び席につくとそれぞれの前にハンバーガーが運ばれてきた。 「「「「いただきます」」」」 まずは、壮五以外の４人がハンバーガーにかじりつく 「うまっ！」 「おいしーい」 「すげえな、肉！って感じ、でもアボカドがいい感じに肉汁を中和して、こんだけでけえけどぺろっといけそう！」 「うーん。デリシャスです」 それぞれが感想を口にする。 「じゃあ、壮五、食べてみろ！」 「じゃあ、いただきます。」 壮五がジョロキアバーガーを一口食べる。 「「「「・・・・・・」」」」 ４人が固唾をのんでみている。 壮五はしばらく咀嚼して、ゴクンと飲み込む。 顔色は変わらない。 「・・・・えっと、まだソースまでたどり着いてなかったみたいで、 ・・・・・・もう一口食べますね。」 もう一口今度はさっきより大きめに口をあけてかぶりつく。 またしばらく噛んで、飲み込んだ。 「あ、えっと・・・辛い・・・です。お、お水をもらっていいですか？」 壮五の目は泳いでいる。 「ソウ。無理は、しなくていいぞ。お味はどうだ？」 「とても。おいしいです。」 「うそだろ！？スタッフさん、陸に当たったらと思って辛さ控えめにしたんじゃね？壮五、一口食べさせて」 三月が口をあーっとあけると、壮五が手に持っていたハンバーガーを三月の口に運ぶ。 三月はばくりと噛みつく、1回、２回、噛むたびに目が開いていく。 バタバタと手を出し、机をたたく、それをみた陸が慌てて水をさしだした 三月は勢いよくその水を飲み、口のなかのハンバーガーを胃に流し込む。 「かっら！！はぁ！？かっらいんだけど！？馬鹿じゃないの！？」 涙目で悪態をつくと、ゲホゲホと咳き込む 「またまたぁ、ミツはおおげさなんだから、さすが！バラエティー担当！ソウ、お兄さんにもあーんして」 大和がそういって口をあける 「え、いいんですか。」 「いいから、恥ずかしいんだけど。」 「じゃあ」 壮五はおずおずと、ハンバーガーを大和の口に運んだ。 大和の口が動くたび、眼鏡の奥の瞳が潤んでいく。大和はなんとか飲み込むと目の前のコップの水を飲み干した。 「かっらって、いうかめっちゃ痛い！呼吸がいたい！ありえねえ、」 大和もごほごほとむせている。 「Oh、二人ともソウゴの辛くないは辛いに決まっているのに、オロカです。」 「ごほっ、ナギ、俺たちトリオだよな。」 大和がナギの左腕をつかんだ。 「What!?」 「げほっ、そうだな、俺たち3人でピタゴラだよな」 三月が右腕をつかむ。 「ほら、ソウにあーんしてもらえ」 「そうだぞ、こんな機会なかなかないぞ」 「No!ワタシはレディーにあーんしてもらいたいです！」 「ごめんね、ナギくん。」 「ひぇ！ソウゴ！楽しんでますね！」 「そうかも」 「Nooo!」 叫ぶナギの口に一口大にされたジョロキアバーガーが、壮五の手でいれられた ナギの白い顔はみるみる赤くなっていく。 ゴクンと喉が動くと、大和と三月を振り払って目の前の水を飲み干した。 「ごぼっ、げほっ、ソウゴ、ワタシはあなたの舌をDr.に診せることをオススメシマス」 「そ、そんなにかな。」 「「そんなにだよ」」 「なんか、みんな食べてると気になるなあ、俺にも一口もらっていい？」 「「「絶、対、ダメ！」」」 ピタゴラトリオの声がきれいに重なった。 「なあ、いおりん。これ着替えた意味ある？」 環は向かいに座る一織に声をかけた。 「ありますよ、さっきのアロハシャツから少し上等なものになったので、襟がしっかりしてますし、先程までハーフパンツにサンダルだったのが、パンツと靴になったでしょ」 ホテルでスタッフに渡された服に着替えたふたりだが先程までビーチフラッグをしていた格好とさほど差異がない。 「アロハシャツはハワイでは正装になるので、これでいいんですよ。ほら四葉さん。見てください。夕日がすごいですよ」 「めっちゃきれー。すげぇな」 時間は夕方。ビーチフラッグのご褒美の高級レストランDISHにやってきた二人は窓から見える水平線に沈む夕日に感動する。 二人はアロハシャツを着たウェイターに窓際の席に案内される。 席に座るとスタッフがカメラの準備をしはじめて、ディレクターがかけよってきた。 「一織くん。四葉くん。ここは食レポはもちろんなんだけど、フリートークがメインだから。せっかく高校生二人組だから学校のはなしとかしてくれると嬉しいかな」 「わかりました」 「オレ、がんばる」 「お、四葉くんやる気だね。よかった。正直一織くんを指名したときは肝が冷えたけど、メッゾの絵は部屋だけで十分だし、この二人の組み合わせも悪くないね。じゃあ、よろしく」 「「はい。」」 一織はディレクターがどうやら思ったよりは怒ってないようだと胸を撫で下ろした。 次々に運ばれてくる料理に二人は舌鼓をうつ。 なにを食べても、うまいしか言わない環を一織がたしなめつつ味の解説をする。 しかし、うまいという環の表情はほんとうに無邪気でおいしそうで、スタッフたちは顔をほころばせる。 ディレクターも改めていい組み合わせだと頷く。 「なんかこうしてると学校みたいだな」 メインディッシュが終わり二人の前には今はなにもない。残りはデザートが来る予定だ。 「そうですね。こうやってお昼は食べますから。」 「みっきーの弁当うまいんだよな」 「二階堂さんのデコ弁もかわいくていいと思います。男子高校生に持たせるのはどうかと思いますが」 「いっつも、いおりん嬉しそうじゃん。」 「んっ。まあ、ありがたいですね」 環の言葉に被せるように咳をして、一織は照れ臭そうに言った 「ヤマさんたちはさ、高校たのしめーっていうよな」 「そうですね。酔うと必ず言いますね」 「俺はさ、別に学校きらいじゃないけど、俺らが学校いってる間にみんな仕事してるって思うとなんか悔しい気持ちになる。」 「それは、わからなくもないですね。私たちが高校をきちんと卒業できるように調整していただいていますから。どうしてもほかのメンバーよりは仕事が減りますし」 「そー。仕事が減って悔しーじゃなくてなんつーのかな。俺らが起きる前にそーちゃんとかヤマさんとかみっきーが出てって、帰ってきてもいなくて、風呂入ってもう寝るか―って時に帰ってくることあんじゃん。」 「よくありますね。私たちが寝た後に帰ってきて次の日も早くて顔が見れないこともありますね。兄さんは仕事が重なることが多いので会うこともありますが、私の場合特に逢坂さんは何日も顔を見ないことがあります。」 「俺はみっきーのが会わねーかも。そーちゃんは相方だから。そういうときさ、俺がその仕事ちょっと手伝ってやりてぇっていうか」 「私たちは未成年ですから、兄さんたちの仕事は手伝えませんよ」 「わかってし」 「歯がゆいですよね。」 「そう、それ！いーって感じ。」 環は、いーっといいながら歯をみせる。 「守られているんですよ。」 「なにから」 「いろいろなものからです。だからいーってなるんですよ」 「いおりん変な顔」 一織が環の表情をまねると、環がふっと笑い始めた。 「あなたの真似をしたんですけど！？」 まったく失礼なひとですね、ごめんって。 そうやりとりをする二人はやはり高校生で、スタッフ達は微笑ましくそれを見ている。 高級なレストランなのに教室がみえてくるようだ。 「こちらがデザートになります。」 二人の会話が途切れたタイミングを見計らってデザートがでてきた。 プリンアラモードだ。 プリンの上には王様プリンのタグがささっていてアイドリッシュセブンinHAWAIIの文字もかかれている。 「いおりん！王様プリン！」 環は嬉しそうに目をキラキラさせている。 「えっとこれは、四葉さん用にということではなく？あ、はい。」 スタッフから一織がなにか紙をうけとった。 「なあ、食べていい？」 「だめですよ。ちょっと待ってください」 「えー。」 「実は今日私たちが食べたメニューは、DISHの新しいコースメニューで通常のコースメニューよりリーズナブルなものになっています。」 「リーズナブルって？」 「低価格ということですよ」 「え、そうなの？みんな高そうだったし、めっちゃうまかったじゃん」 「そうですね。とてもそのようには思えませんでしたけど。こちらのコースはこれから1年間アイドリッシュセブンとのコラボレーションコースとして、ここDISHでいただくことができるそうです。そして、このデザートですが王様プリンを使用したこのコースのための特別デザートで、７人をイメージしたプリンアラモードです。」 読み終えた一織はまじまじとデザートをみた。 環も同じようにプリンをみつめて、あっ！わかった！と声をあげた。 「いおりんがブルーベリーで、やまさんがキウイ、みっきーがオレンジで、俺がこの水色のゼリーみたいなやつ、そーちゃんはぶどうで、ナギっちはパイナップル、で、りっくんが苺」 プリンの周りにちりばめられた果物の名前を環はメンバーと共にあげていく。 「なるほど7色のフルーツですね」 「俺だけゼリーなんだけど」 自分だけゼリーであることに不満そうにぷくりと顔をふくらませた。 「水色の果物は存在しませんからね」 「えー。」 「まあまあ、王様プリンが四葉さんみたいなものじゃないですか。」 「まあ、そうだな」 環はふふんと満足そうに笑う。 「いただきましょうか。」 「おう。」 デザートをペロリと平らげた二人はごちそうさまでした。と手を合わせた。 そこでOKですと声がかかりディレクターが歩いてきた。 「二人ともよかったよ。自然体でいい画がとれた」 ディレクターは満面の笑みで、やった！と環は喜び、兄さんに怒られずにすみそうですねと一織も笑った。 機材を片付け、二人がスタッフのあとについて店の外に出ようとすると、四葉さん。和泉さんと後ろから声がかかった。 二人が振り向くとそこにいたのはアロハシャツを来た品の良さそうな初老の男性だった。 「えっと、私たちになにか？」 一織が警戒しながらいうとディレクターが飛んできて、一織の横にならんだ。 「本日は撮影許可をいただきありがとうございました。」 頭をさげたディレクターに一織も倣って頭を下げ、環もそれをみてあわてて頭を下げた。 「二人ともこちらはここのオーナーさんだ。」 頭をあげたディレクターがコホンと咳払いをしていった。 「失礼しました。お料理とても美味しかったです。それからあの特別コースも作っていただきありがとうございました。」 一織は再び頭を下げた。環も料理うまかったです。ありがとうございました。と頭を下げる。 「そういってくれると嬉しいね。頭をあげて。少し二人と話がしたいんだけどいいかな？」 オーナーがいうとディレクターはもちろんです。といって、下で待ってるからと先に行ってしまった。 「あの、お話というのは？」 「そんなに固くならなくて大丈夫だよ。私は君たちのファンでね、君たちに会えてとても嬉しい。普段はあまりこういう取材は受けないんだけどね。君たちが来ると聞いて、はりきってしまったよ。」 オーナーがにっこりと微笑んで、握手してもらってもいいかな？と手を差し出した。 「そうだったんですね。ありがとうございます。このような所で私たちのコラボレーションメニューが出ることはとても光栄です。」 オーナーの手を握って、一織は再びお礼をいう。一織が手を離して、続いて環が握手をするとオーナーが環の顔をみて口を開いた 「壮五君は元気かな」 「オーナーさん。そーちゃんのことしってんの？」 「四葉さん！」 「あ、知ってるんですか？」 「あはは、いいよ。そうだね、壮五君はよくここに来ていたから。あまり楽しそうな姿は見たことなかったけど、数年前からご両親は見かけるのに見なくなったからどうしたのかと思っていてね。風の噂でアイドルになったと聞いて、君たちのライブ動画をみたんだ。壮五君があんなに生き生きしてるのは初めてみたよ。アイドルにはまったく興味はなかったけど、気づいたら君たちのファンになっていてね。アイドルと言うのは元気をもらえる素晴らしいものだね」 「ありがとうございます。」 「本当は少し壮五君に会えるかなって期待してたんだけどね」 「あー。俺がいおりん指名しちゃったから」 「いいよ。わかっているさ。彼にとってはここはあまりいい思い出の場所じゃないからね」 「オーナーさんがそーちゃん応援してたっていうのは伝えとく」 「ありがとう。」 「あの、つかぬことをお聞きしていいですか？」 「どうぞ」 「私たちとのコラボメニューをやってしまったら、その、逢坂さんのご両親や親戚などは、こちらに来なくなってしまうと思うのですが」 「君たちは壮五君の家のこともよくしっているんだね。確かにうちにとってＦＳＣ関係のお客さんは少なくない。でも、それよりも私は君たちを応援したいと思ったんだ。 それに実は近いうちにこのホテルリニューアルをして少し値段がさがる予定なんだ。それにあわせてうちも客層を変える必要があってね。だから心配は無用だよ」 「そうですか。安心しました。」 「それにね、私たちの味を気に入ってくれるお客様はそんなことは気にしてないよ。」 「それは失礼しました。」 にっこりと微笑むオーナーに一織もふわりと笑った。 「あ、そうだ。サインもらっていいかな？」 オーナーはどこからか色紙をとりだした。 「もちろん大丈夫です。あ、どうせならメンバー全員のものをまた後日お持ちしましょうか？」 「それは嬉しいな。じゃあ、店用と私用に２枚お願いしてもいいかな？」 「はい。ではお預かりしますね」 「あ、それから。二階堂さんにも、またの来店をお待ちしておりますって伝えておいてくれるかな。」 「二階堂さんですか？」 「彼もお父さんとよく来てくれていたからね。話したことはないけれど」 「そうだったんですか。伝えておきます。」 「オーナーさん。応援してくれてありがと」 一織と環はオーナーに深く頭を下げると店をあとにした。 「まだ口のなか辛いんだけど」 「俺も。タマじゃないけどプリンたべてえ」 一足先にホテルに帰ってきた５人は陸と壮五以外口を開けたり閉めたりしながら部屋に向かう。 一度スタッフとマネージャーと共に部屋に入る。 「今日の撮影はこれで終わりなんですけど」 マネージャーが申し訳なさそうに口を開いた 「なに？なんかトラブル？」 「いえ、そうではなくて。この番組後々ＤＶＤ化する予定でして」 「え、そこまで決まってんの！？すげえじゃん」 「はい。ありがたいですよね。それでその特典映像用に就寝前の一時を撮っておいていただきたいんですけど。あ、もちろんこちらで選別しますので」 「りょーかい、マネージャー。全裸にならないように注意するわ」 「ヤマト。セクハラですよ」 「じゃあカメラは、」 「まあ、こういうのはミツだよな」 「おう。まかせといて。」 マネージャーとスタッフは三月にカメラを渡すと部屋からでていった 「まじかー。部屋の中までかよ」 「正直もう寝たいけどな」 「そうですね。今日はよく動きましたし」 ソファーに座った大人組が弱ったような声を出す。 「えー。大和さんたち寝ちゃうんですか？俺、トランプとかやりたかったんですけど」 そう眉を下げたのは陸だ。 その表情に3人は慌てて背筋を伸ばした。 「いやいや、まだ寝ねぇよ。ちょっと一息ついてただけ」 「そうそう。まだ映像とらなきゃいけないみたいだしな。」 「トランプ、いいよね。ファンの人も喜ぶんじゃないかな」 陸の顔にぱあっと笑顔が浮かぶ その嬉しそうな表情に3人は疲れが吹き飛ぶ気がした。 「Hmm、ただトランプをするだけではナンセンスです」 「また、なにをいいだすんだよお前は」 「ミツキ、我々はエンターテイナーです。いつでもドキドキをとどけなくては」 胸をはって演説をするように言うナギに陸が目を輝かせた。 「そうだね！どうしたらいいかな」 「最下位は罰ゲームというのはどうでしょう」 「まあ、定番だよね」 「内容は？脱ぐか？」 「おっさんが脱げよ。」 ナギのハイテンションに疲れが戻ってきたようで大人組は考えることを放棄したようだ。 「ナイスですねヤマト。素晴らしい夜景をバックに入浴映像というのはどうでしょう」 「おっさんがよけいなこというからだぞ！」 思いがけずナギが乗ってしまったので三月が大和の頭をはたいた 「タマとイチは？いつ帰ってくんの？」 「ああ、さっき一織からもうすぐ帰るって来てたけど」 「あの、三月さん」 「わかってるって、怒ったりしない」 「あれ？ミツ昼間すげえ怒ってたじゃん」 「あの時のミツキとても怖かったです」 「ただいま戻りました」 「ただいまー。」 不思議そうに大和とナギが三月を見ていると、一はと環が部屋に戻ってきた。 「二人ともおかえり。お疲れ様」 「おかえり、環。ちょっとこっちこい」 壮五が二人に笑いかけると、三月が自分が座っているソファの隣をポンポンとたたいて環を呼んだ 環は恐る恐るそこに浅く腰かけて、腕を組む三月の顔色をうかがっている。 「みっきー怒ってる？」 「三月さん」 「兄さん、あの」 ３人がほぼ同時に口を開いたタイミングで、三月は両手で環の頭をつかみ、ワシワシと撫ではじめた 「えっ、えっ？なに？」 「環、お前壮五がいやがってんの気付いて一織にしたんだってな！偉いぞー！」 「へ？」 「違ったかな。僕が嫌な顔したから一織君にしたんだと思ったんだけど。陸君にも心配されてしまったし。」 「まあ、そう、だけど。そーちゃんに気つかわせたくなかったのにばれてたとか、かっこわりぃ」 「ごめんね・・・・いや、ありがとう。助かったよ」 「兄さん、四葉さんレストランでも頑張ったのでもっと誉めてあげてください」 一織がいうと三月はさらに乱暴に環の頭をかきまぜて、やめろってみっきーと嬉しそうに環が笑った。 「じゃあ一緒に頑張った一織くんはお兄さんが誉めてあげよう」 「別にいりませんよ」 口では拒絶しながらも一織は大和に大人しく撫でられている。 「あ、そーちゃん。レストランのオーナーさんが、応援してるってよ」 「へ？」 「ああ、オーナーさん。私たちのファンで今回も特別に取材をうけてくれたそうですよ。逢坂さんがアイドルになって楽しそうな姿を初めて見たとおっしゃっていましたね。それから私たちとのコラボレーションメニューもはじめてくださるそうですよ」 「そー、めっちゃうまかった。王様プリンもでた」 「確かにあそこの料理はうまいよな」 「ああ、二階堂さんにもよろしくといわれました。」 「げっ、覚えられてたか。流石一流レストラン。でも俺らのファンにはちょっと高くないか？」 「ホテル自体の値段が下がるそうで、それに合わせて客層も変えるそうですよ。なのでＦＳＣの関係者が減っても問題はないし、それに、そんなことで客が離れるような味じゃないと仰ってらっしゃったので逢坂さんは気にする必要ないですよ」 ビシリと一織がいうと壮五の肩が大袈裟にはねた。 「敵わないな」 壮五はそういうと嬉しそうに笑った そういえばサインほしーってと環がサイン色紙をとりだして全員でまわして書いた。 大和が最後に書きおわる。 「お兄さんオーナーさんに挨拶したいからどっかで時間見繕ってこれ持っていくわ」 サイン色紙をひらひらとさせながら大和がいって、チラリと壮五をみた 「僕も行っていいですか」 「そう言ってくれると思ったよ」 「オーナーさんもそーちゃんにあいたがってたから喜ぶと思う」 「今後、このようなことがないように逢坂さんと二階堂さん行きたくない場所を教えていただいてもよいですか？兄さんに怒られるのかとひやひやしたくないので」 「ちょっと待った一織！そのまえにトランプだ」 「トランプ？」 一織が渋い顔をすると、三月は手に持っていた小型カメラを掲げた。 「室内で撮れってさ。特典映像用」 「だからトランプやろうよ！」 「最下位はバスルームでセクシー映像です！」 陸とナギが嬉々として一織につめよる。 「はぁ！？」 「え、一織いやなの？」 眉間にシワを寄せた一織に、陸が眉を下げる。 それをみて、一織がたじろいた。 「かわっ・・・ゴホンっ、いえ。そういうわけでは・・・」 「なにやんの？トランプってナギっちとそーちゃんめっちゃつえーじゃん。ふこーへーだぞ」 「えぇ、そうかな。」 「カードゲームはポーカーフェイスと戦略がダイジデス。アイドリッシュセブンの頭脳派でミステリアスな我々が負けるわけありません！」 壮五が心当たりがないというように首を傾げるが、ナギが壮五と肩を組んで親指をたてた。 壮五は苦笑いを浮かべている 「じゃあ、ババ抜きにしようぜ！ほとんど運だろ？」 「兄さん、ババ抜きは・・・・・・ああ、まあいいんじゃないですか。」 三月が提案すると一織は一瞬渋い顔をしたものの同意した。 「じゃあやるか。カメラつけるから座れー」 「はーい。」 リビングのソファに７人が座る。 お誕生日席の位置に三月。そこから時計回りに陸、環、大和、一織、壮五、ナギの順である。 「さすがに7人だと一人の手札すくねえな」 「お、俺あと2枚！」 「ええ、環すごい！俺、全然だよ」 そういう陸の手元には6枚ものカードが残っている。 「じゃあ、じゃんけんな！」 じゃんけんの結果大和の一人勝ちでそこから時計回りにはじまる。 「じゃあ、私が一枚引きますね。」 「なんかババ抜きなんて久しぶりだな」 一織が大和の手札を引く。揃ったようで一織のてもとから2枚カードが減った。 「二階堂さんはあまり参加しませんからね。」 「ヤマトとミツキとソウゴが飲んでいるときに私たちはよくしていますよ。」 「そうなんだ。やっぱりナギくんの一人勝ちかな？」 話しながら一織、壮五、ナギの順にカードが巡っていく。 「お前らただでさえ表情よめねえのに、しゃべりながらやるんじゃねえよ」 「Oh...sorry。ミツキ。ポーカーフェイスはカードゲームの基本ですから、さあ。どうぞ」 ナギが手元で美しく扇形にカードをひろげると、不服そうな顔で三月が一枚ひいた。 「おっし！来た！」 三月の手から2枚の揃いのカードがテーブルの上に出され、手元は2枚だ 「どっちがいいかな。うーん。」 陸が悩んだ末1枚三月から引く。 「やった！揃った」 満面の笑みを浮かべてテーブルの上にカードを置いた 「手持ちが多いんですから、揃うに決まってるじゃないですか。」 「なんだよ一織。俺が三月の横だからすねてんの？」 「はぁ？私は逢坂さんや六弥さんから引きたくなかったのでこの位置を敢えて選んだんですよ」 「イチ！それずるいぞ！」 「賢いといってほしいですね」 「お！揃った！ヤマさんこれあげる」 3人が話しているうちに陸からカードを引いた環が揃いの2枚をテーブルの上に置いて、残りの１枚を大和に向けてぴらぴらさせている 「まじかよ。」 「やった！俺一番！ごほーびねぇの？」 大和が嫌そうにカードを受けとると、環が目を爛々と輝かせた。 「あー。考えてなかったな。・・・そうだ！環。これもって撮って！撮影係に任命する」 「えー。あとでプリンくっていい？」 「あなたさっき食べたじゃないですか」 「わかった。あとでお兄さんが買ってきてやるから」 「よっしゃ！じゃあここからは一番だった俺が撮影しまーす」 三月からカメラを受けとると環はカメラにピースサインを作った そして一人一人の手札を撮影しながら"ふーん"とか"ははぁーん"とリアクションを取る そして壮五の手札を写したとき、げぇっと舌をだした 「ちょっと、環くん！」 「そーちゃん、ババじゃん」 「なんで言うんだ！」 「だってわかった方が面白いじゃん」 「えぇ」 環がへらりと笑うと壮五が頭を抱えた 「逢坂さんのところでしたら私は安全ですね」 「Hm...これは困りましたね」 壮五の両脇の二人がそれぞれリアクションをとる 「お兄さんもしばらくは大丈夫そうだな。はい、イチどーぞ」 「そうですね。逢坂さん、ひいてください。」 「ありがとう。あ、ナギ君ちょっとまって」 壮五が一織から引いたカードが揃い机に出すと徐に手元でカードを混ぜ始めた。 「oh・・・ソウゴ。そんなことをしなくても」 「ふふ。ナギ君さっき環くんの眼の動きとか見ていただろうから。念のためだよ。」 「ソウゴ私のことを買いかぶりすぎでは？」 「どうかな。」 「これ、ババ抜きだよな？」 「なんか違うゲームに見えるね」 ニコリと笑いながらする壮五とナギのやりとりに三月と陸がひそひそと話す 「環くん。ちょっと三月さんの方に行ってくれるかな」 「えー、俺教えねえよ」 「いいから、こっちこいって環」 環が渋々三月のほうに歩いていくと、壮五は手元のカードを扇状に広げた。 「さあ、どうぞ。」 壮五の手元にあるカードは3枚 ナギは顎に手を当てて考えるようなしぐさをする。 そして手を伸ばしカードの上をさまよわせるが壮五の顔はにこっと笑ったままピクリとも動かない 「壮五のポーカーフェイス。私には難しいです。りく！助けてください。」 「俺！？えっと、壮五さん。どれがババですか？」 「りっくん、そんなの聞いて教えてくれるわけないじゃん。それは俺にもわかる」 「えぇ、でも壮五さんやさしいから教えてくれるかなって」 「六弥さん、一番右ですよ。」 「ちょっと一織くん！？」 「意外なところから裏切りが来たな、ソウ」 「イオリのいうことを信じましょう。では。」 ナギは壮五の手札から中央をひいた。 「What!?ナゼですか？」 ナギが頭を抱える。引いたカードはジョーカーだ。 「ありがとう。一織くん。」 「いえ、私は六弥さんは一番右を引いた方がいいですよと言ったんですよ」 「Oh!ジーザス！こんな初歩的な手に引っかかるとはワタシとしたことが」 「なに？いおりん嘘ついてたの？」 「違いますよ。六弥さんが勝手に勘違いしたんですよ」 「性悪DKには天罰がくだりますよ」 ふっと鼻で笑う一織をナギが睨みつける。 「こらこらナギ。お前ならミツに渡せるだろ？」 「おっさん！俺が単純みたいな言い方すんじゃねえよ」 「フム。そうですね。三月にこの手札を渡すのはいともたやすいことです。」 カラカラと大和が笑いながら言うと、ナギは表情を戻した。 「言ったな。ナギ。」 「YES。」 ナギはそう言ってバチンとウインクをすると手元の札を軽くシャッフルし三月の前に出した。 手札は4枚だ 「環、少しこちらへ。」 立っていた環の腕を引っ張り、耳元でなにやらささやく。 「りょーかい。まかせろ！」 「さあ、三月。どうぞ」 環はぐっと親指をたててナギの後ろに回る。 三月が恐る恐る手を伸ばしカードの上をさまよわせると、ナギは嬉しそうな顔をしたり悲しそうな顔をしたりコロコロと表情を変える。 ナギの後ろの環も三月の手の動きにあわせて首を縦にふったり横に振ったりするが、それはあまりナギの表情とは合っていない。 ナギの手札が見えているはずの壮五に助けを求めるがにこりと笑顔を張り付けたままだ。 「さっき環になんて言ったんだよ、ナギ」 「さあ。」 そう笑うナギの顔はファンタジーから飛び出してきた王子様のようだ。その顔に三月の頭はますます混乱する。 「あー。もうわかんねえ！これだ！」 三月は最終的に環が横に首を振ったものを引いた。 「あー。ジョーカーじゃねえかよ！」 「三月は単純でSocute!です」 「腹立つな！環になんか言ったんじゃないのかよ！」 三月は環がナギに”なにか”を吹き込まれて、ジョーカーを選びそうになっているのにわざと首を横に振っていると推測したのだ。 「確かに、ワタシは環に美しい私の後姿をしっかり収めてくださいといいました。」 「俺、ちゃんとみっきーにヒント出したのに！」 「ひきょーだぞ！ナギ！」 「これも戦略ですよ。三月」 さらりと前髪をかきあげるナギに、三月はイケメンむかつく！と地団駄を踏んだ。 「えー。三月、ババもってるの？」 「そうだ。引けよ、陸。環は後ろに回るな！」 「みっきーのけちー」 環は三月と陸の間に移動し、カメラは三月のカードを選ぶ陸の横顔をとらえている。 うんうんと悩む姿を緩んだ顔で眺めている大和・一織・壮五もばっちり映っている。 「よし、これ！」 選んだ一枚を勢いよく引き抜いた陸は、柄をみてガッツポーズだ。 反対に三月はあーっと頭を抱えている。 「こちらにこないうちに上がらせてもらいたい所だけど・・・まあ、そううまくはいかないわな。」 「私は四葉さんに罰ゲームがよいと思っていたんですが、まあ、二階堂さんか兄さんでも問題ないですね。 ・・・・あ、逢坂さん。どうぞ」 「え、一織君あがりじゃないか。困ったな。僕もあまり向いてないからナギ君か大和さんがいいかなって思ったんだけど。」 「いおりん。もうちょっとリアクションしろよ」 「そうですね。罰ゲーム回避は嬉しいですね。」 「そーじゃなくて、やったーとかそういうやつ」 「そういうのを私に求めないでください。」 「hmm...私がカードゲームで後れを取るとは情けないですね。」 そういうナギが壮五からカードを引くと、絵柄が揃い、手札は2枚になった。 「ナギ、もう上がり近いじゃねえかよ。」 三月が陸に向き合うと三月の後ろで一織と環が覗き込んだ。 陸が三月のカードを取ろうとすると先ほどのように環が首を動かしている。 「ちょっと、四葉さん。それは反則ですよ。兄さん一回混ぜた方がいいですよ。」 「え、まじか。陸ちょっとまて」 「えー。一織なんで言っちゃうんだよ」 ふたたび広げられたカードを真剣な顔で陸が選ぶ、環は一織によって三月の手札が見えない場所に移動した。 「じゃあ、これ！」 「悪いな。陸」 陸の引いたカードはジョーカーだ。 「えぇ！どうしよう」 眉を下げる陸は大きな犬のようだ。 「まじか、こんなところまで来る？」 大和が困ったように声をあげて、陸の手札からカードを引こうとする。 大和がカードの上を手を動かすとある一枚のカードの上で陸の顔がぱっと明るくなった。 「んっ。失礼。なんでもありません、続けてください。」 一織はそういいながら環を大和の真後ろ、陸の顔が良く撮れる位置へ移動させた。 大和が再び手を動かすと、陸の顔は険しくなり、また同じカードの上で明るい顔になった。 大和は助けを求めるように周りを見るが、大和と陸以外のメンバーは笑いをこらえるように顔をそらしている。 どうにでもなれだ。と一人で決意して、陸が笑顔にならないカードを引く。 それは案の定、普通の手札だった。 陸の顔をちらりと見ると眉がさがり、垂れた尻尾と耳が見えるような表情だ。 「やまさん、りっくんいじめんなし」 環が陸の頭をよしよしとする 「お兄さん泣きそう」 大和は眼鏡を押さえた。 その周で、壮五はあがり、連続でナギもあがった。 陸も順調に枚数を減らして、大和は再びジョーカーを引かなかった。 しかし、それによって三月がジョーカーをひくことはなく、とうとう大和と陸の２人になった。 陸はジョーカーと手札の２枚。大和は１枚だ。 大和が陸の手札２枚から１枚を選ぶのをほかのメンバーが食い入るように見つめている。 大和の手が動くたび、陸は喜びと絶望の表情をころころといれかえている。 「誰よ、ババ抜きだったら運っていったの」 大和は心底不服そうにつぶやいた。拗ねたように頬を膨らませている。 「おっさんそれきついから。陸の隣に座ったおっさんが悪い。」 「ミツ、それでお前その位置なんだな。ほんとにこの兄弟は・・・」 お兄さん泣いちゃうと大和がうなだれた。 陸は不思議そうな顔をしている。 「そーちゃん、どっちがいい？」 「え、僕？そうだな。大和さんも陸君もしっかり体鍛えてるから、どちらでもいいと思うけど、・・・・・・陸君がそういうのはあんまりイメージがなくていいんじゃないかな。ねえ、一織君。」 「もし、七瀬さんがサービス入浴シーンなんてことになったら、熱狂的なファンの方の反応が楽しみですね。」 壮五が一織に同意を求めると、一織はふっと笑った。それを聞いて壮五の表情は少し青ざめた。 「僕もやっぱり大和さんのほうが安心してみられるかなって思います。」 「・・・・・・わかったよ。頭がいい人たちの意見は聞いとくべきだな。俺も天使に怒られたくはないからな」 大和がカメラに入らないくらいの音量でつぶやくと、ふっと息をはいて、陸の手札に手をかけた。 ガラス張りのバスルームから満点の星と漆黒に染まる海。華やかな街並みが望める。 泡風呂にされた浴槽には大和が淵に腕を乗せるようにして浸かっている。 鍛え上げられた二の腕には水が滴り、いつもはボリュームのある緑色の髪の毛も湿気を含んで少しおとなしくなっている。 大和の目は外の景色に向いていて、少し疲れたような横顔に水滴がつうっと伝っていく ふいに、大和がこちらを見る。 眼鏡越しに目が合って、ふっと笑われた。 「なに？お兄さんに見惚れちゃった？・・・それとも、景色に嫉妬した？ははっ、ごめんな」 腰を上げた大和の上半身が泡ぶろから出てあらわになる。 肩から、胸、腹、臍、そして際どい所に水が滴り、目線が釘付けになる。 ”今からはお前さんだけだから” 大和の手の平が近づいてきて視界が真っ暗になると同時に甘い声とリップ音が響いた。 「あー！もう二度とやらねえからな！」 「ヤマト！セクシーでした！」 「おっさん思い切っててよかったぜ」 「俺、どきどきしちゃいました。」 「大和さん。すごかったです。」 「ヤマさんまじ18禁。俺の教育に悪い」 「さすが、二階堂さんですね。」 腰にタオルを巻いてバスルームから出てくる大和にメンバーが声をかける。 大和はお兄さんお嫁にいけないと顔を覆った。 それから少しだけ、今日の感想などをメンバーで話した映像を撮った。 「さあ、取れ高も十分だろうし、今日は寝るぞー」 三月の号令で各々の部屋に引き上げる。 「環くん。今日はありがとう」 「別に。」 キングサイズのベッドに寝転ぶ環の横に、壮五が寝転びながら声をかけた。 「君には本当に助けられてばかりだね。」 「そーちゃんが楽しそうなのが、俺も嬉しいから。みんなでせっかく来てるんだし、仕事だけど楽しくやりたいし」 「ふふ。そうだね。僕もハワイが好きになりたいな」 そう笑う壮五に環はがばりと起き上がった。 「え？僕変なこと言ったかな。」 「そーちゃんがそういうこというのめずらし。」 「楽しいんだよ。あ、そうだ大和さんがマネージャーに休みの交渉してくれるって」 「へ？なんで？」 「旅行。みんなで行きたいんだろ？」 「え！？まじで！？」 「マジだよ。いつになるかはわからないけど」 「俺、めっちゃうれしー！・・・・あれ、なんでそーちゃん知ってんの？」 「ああ、実はね・・・・・」 「一織。ありがとな」 「へ？なんですかいきなり」 「俺のこと尊敬してくれてるんだろ？」 「ええ。もちろんですけど今更どうしたんですか？」 「なんか、いつも一織は言ってくれるけど、ああやって人の口から聞くと改めて嬉しいって言うかさ」 「なんのことですか？」 訝し気な顔をする一織にクイズのことを話す 「そういうことだったんですか。あれ。」 「な。相談するなって言うからなんかいつもより素直に書いちまった気がするんだよな、俺」 「……私もです。」 少し照れる一織の頭を三月の手が撫でた。 [newpage] [chapter:2日目] 「おはよーございます。現地時間で午前５時です。今、俺らは絶景がみれるというところに向かっている最中です。なんでこんなに小声かというと・・・」 少し間を開けて三月が手に持っていた小型カメラを後部座席に向ける。 バンの最後尾では陸と環がお互いによりかかるように寝ており、その前の2人席では大和が、1人席では一織が目をつぶっていた。 「4人ともぐっすりですね」 「朝早いからしかたないね。」 三月が座る横からナギの声が、反対側から壮五の声がして三月がカメラを向ける。 窓際にナギ、その横に三月。通路を挟んだ一人席に壮五が座っている。 「まったく。にしてもナギが起きてるのはめずらしいな。」 「私は昨日の移動中にぐっすり眠りましたし、飛行機は得意ですから。一織がめずらしく寝ているのは時差ボケのせいもあるでしょう」 「ああ、そうかもね。昨日は到着からけっこうあわただしかったから、あんまり気にしてなかったけど。三月さんは大丈夫ですか？」 「俺はどっちかっていうとまだ興奮しててアドレナリンが出てる感じだな。お前らとの旅行めっちゃ楽しいから」 「ワタシもです。」 「僕もです。」 ひそひそと内緒話をするように3人は近づいて、笑っている。 「そういえば、昨日はちゃんと寝れたか？壮五、環と一緒のベッドだったんだろ？」 「OH…MEZZO”はベッドを共にしたわけですね。」 「ナギ君。誤解を招く言い方をやめてくれないか。僕らはMEZZO”での泊まりの仕事だと基本同室なので、普段と変わりませんよ。キングサイズのベッドでしたから狭いということもなかったですし。」 「でも、今朝、環が悲鳴上げただろ？あれはなんだったんだ？」 「私もびっくりしました。そのあとケンカしていませんでしたか？」 「確かに何言ってるかはわかんなかったけど何となく声は聞こえたな」 「ああ、あれは・・・・・・。僕が少し早く起きすぎてしまって、せっかくだからシャワーを浴びようと思ったんです。でもあの部屋のシャワールームってその」 「スケスケですね！」 「まあ、そうだね。全部が見えるようにはなってるわけじゃないんだけど、上半分だけはくっきり見えて下はスモークな感じのガラスだったんです。環君は基本ぎりぎりまで寝ているタイプなのでシャワーを浴びていても起きないだろうなと思ったんですけど」 「珍しく環が起きた。」 「そうなんです。そしたら悲鳴上げたあとに”朝から何見せるんだこのエロエロバイオレット！”って怒られてしまって、でも僕としては普通にシャワーを浴びていただけなので怒られる意味がわからなくて、むしろ環くんが寝るときはきちんと服を着ていたのに、いつの間にか上だけ脱いでいて。あのベッドに上半身裸の環くんのほうが目の毒というか。それを指摘したらお互いヒートアップしてしまいまして。朝から騒がしくしてしまってすいません。」 「Oh・・・MEZZO”です。」 「メッゾだな」 三月とナギがあきれたようにいうと、それどういう意味ですかと壮五が首をかしげた。 「ナギの部屋は？結局あのベッドは誰が寝たんだ？」 「oh!あの三月サイズのベッドですね！」 「エクストラベッドな！」 「あれは昨日陸が寝ていました。昨晩はカードゲームで最高にエキサイティングだったので、私は興奮して寝付けなかったのです。仕方がないので、陸と大和とココナ談義をしようと思い、ベッドに横になったまま話していたのですが。大和がこう言ったのです。 ”リク、ナギが眠れないから子守唄歌ってほしいってよ”」 ナギが眼鏡をくいっと上げるしぐさをした 「大和さん激似。」 「大和さん完全に怒ってるよね。それ」 「No、壮五。大和は興奮する私を心配してくれたのです。そして、陸が子守歌を歌ってくれました。」 「へえ、いいなー。俺も聞きたかった」 「想像するだけで、癒されますね」 「YES。陸の歌はとても優しくて私の心もだんだん静まっていきました。歌っている途中で陸は寝てしまったのですが、私とヤマトも陸の穏やかな寝顔を見てすぐに寝ることができました。これが尊いということですね」 3人は再び後ろを振り返って陸の寝顔を見た。 「陸君はほんとにいい子だよね。」 「YES。陸という天使があの部屋にいたことで、私と大和のバトルは避けられました！」 「やっぱり、大和さん怒らせてるんじゃないかよ！」 三月がペシリとナギの頭をはたく 「三月さんは一織君と同じ部屋でどうでしたか？」 「俺らは結構兄弟でロケとかあるからさ、壮五と一緒でいつも通りかなって思ってたんだけど・・・・・・」 三月は後ろで寝ている一織の顔をちらりと見る。一織は静かに寝息をたてている。 「兄弟で泊まるって言ってもいつも仕事だからさ、一織割と常に気はってるんだけど、今回は相当楽しいんだろうな。昨日環と行ったレストランでなにを食べたとか、俺はどうしてたとか、ビーチフラッグの時の話とかしゃべってたら、突然返事が返ってこなくなってさ。 びっくりして見たらあいつ寝落ちしてんの。なんかその寝顔みたら急に可愛い弟だなっておもった・・・・って、お前らニヤニヤしすぎ」 「え、そんな顔してますか？」 恥ずかしそうに話す三月の両脇の二人は緩んだ表情で三月を見ていた。 「三月、一織にデレデレですね！うらやましい。私も三月の弟になりたいです！三月兄さんに甘えたいです！そう思いませんか？壮五」 「そうだね。僕も兄弟がいないから・・・・・三月お兄ちゃんはうらやましい。かな」 「ナギはともかく、壮五のお兄ちゃんはなんか破壊力高いな・・・・。よし！お前らお兄ちゃんが甘やかしてやる！」 そう言って三月は両手を伸ばしてナギと壮五の頭をわしゃわしゃと撫でた 「えー。俺も甘やかしてよ、三月お兄ちゃん♪」 後ろの席から大和が顔を出した 「起きてたのかよ。おっさん」 「昨日ナギに睡眠妨害された哀れなお兄さんを甘やかしてよ、お兄ちゃん」 「なんかややこしいなそれ、ほら、頭出せよ」 素直に大和が前のめりになって頭を差し出すと三月はそれを両手でぐしゃぐしゃとかき混ぜる 「お兄ちゃん、乱暴なんですけど！」 「はは。いいじゃん」 「あなたたち、せっかくセットしていただいたのにグシャグシャじゃないですか。」 不機嫌そうな声が飛んできて、目を開けた一織が腕を組んでいる。 「お、イチおはよー。なんだ？三月お兄ちゃんがとられてやきもちか？」 「三月兄さんに甘やかしてもらっていました！私も三月兄さんがほしいです」 「あはは、ごめんね。三月お兄ちゃん借りてたよ。まだ返したくはないけど」 「っ！逢坂さんまで悪のりしないでくださいよ！兄さんは私の兄さんですから！」 バンの中に一織の声が響いて”いおりんうっせー”と環の寝ぼけた声が聞こえると、大和と壮五とナギはカラカラと笑った。 恥ずかしがる一織を三月が俺の弟はお前だけだよと必死でなだめていた。 「皆さん、移動お疲れさまでした。ここからカメラ回すのでお願いします。朝日の見えるところまではだいたい４０分くらい歩くので今のうちにストレッチをお願いします。」 車が駐車場に止まって7人が外に出るとスタッフが声をかけた。 「環くん。起きて」 「ねみー。し、さみー」 「さすがに朝一は肌寒いな。ちゃんとストレッチしろよー」 「それはおっさんだろ、陸起きてるか？大丈夫か」 「ん。なんとか」 「まったく、しっかりしてくださいよ。ちょっと六弥さん？勝手にいかないでくださいよ」 「Sorry。見たことがあるところだと思いまして」 ふらふらと歩きだしたナギを一織が止めた。 一瞬憂いを帯びたナギの瞳はすぐに元に戻った。 「まったく、どいつもこいつも」 それを見逃さなかった三月が小さな声でつぶやいた。 「改めましておはようございます。七瀬陸です。俺らは今朝日が見える絶景穴場スポットに向かう途中です！」 「思ったより傾斜があるので、こちらに来られる方はスニーカーを履いてくることをお勧めします。」 「寝起きの身体にはけっこう酷かもな、しっかりストレッチしてからじゃないとお兄さんにはつらいな。」 整備はされているが、砂利道のような傾斜を7人が上っていくのをカメラが追う。 先頭にいるのが陸・一織・大和なので3人が中心になって進んでいく。 「メッゾ君達ついてきてる？」 大和が振り返ると環と壮五が並んで歩いている。 「大丈夫ですよ。朝の空気が爽やかでいい運動ですね」 「ねみぃ。そーちゃん。おぶって」 「えぇ、さすがに無理だよ。」 「そうだぞ環！ちゃんと歩け！」 環の後ろを歩いていた三月が思いっきり環の背中を叩いた。 バチンと気持ちのいい音がする 「いってぇー！みっきーひでえ」 環と三月がじゃれはじめて、壮五が後ろをふとみるとナギがなにかを確かめるようにキョロキョロしながらゆっくりと歩いている。 その場に立ち止まりナギが追い付くのを待った。 「ナギ君」 目の前に壮五が来たのを気付いていない様子のナギに苦笑しながら声をかける 「Oh,壮五。すいません。考え事をしていました。」 「来たことがある場所なのかな。」 遠慮がちに聞いた壮五にナギは答えない 「ごめん。詮索したいわけじゃないんだ。不快にさせたかな。」 無言のナギに壮五は謝る 「違います壮五。確証が持てなくて・・・来たことがあるような気はするのですが、なに分夜間だったので」 「夜に？こんな場所に？」 今7人が来ているところは観光名所やホテルが立ち並ぶところとは離れた場所で少し山の中に入ったようなところだ。 「ええ、1度だけ、美しいレディーと夜間の逃避行を」 バチンとウインクをしたナギに、ごまかされたのだと壮五は思った。しかしそこを追求する気はなかった。 「ふふ。ナギ君らしいね。でもそんな態度だと三月さんにデコピンされてしまうよ」 「Oh!三月のデコピン痛いです！」 とりあえずナギが戻ってきたことに安堵する。 「そこの二人組、早く来いよ！」 ちょうどよく三月の声が飛んできた。 しばらく歩いて開けた場所にでる。 そこからは海が眺められ、オアフ島のビーチが一望できる 「はあ、すげえな。ここ」 感嘆の声をあげたのは大和だ。 空が白み始め、日の出まではあと少し。 「ねえ、あそこに見えるの俺らが泊まってるホテルだよね！？」 「そうですね。こうしてみるとすごいところに泊まらせていただいてるんですね」 「そーちゃん！あれなに？」 環が指を指した先には船に引っ張られる鮮やかなパラシュートが見える 「へ？ああ、パラセイリングか。」 「パラ？なに？」 「パラシュートにぶら下がって、船で引いてもらうんだよ。結構な高さまであがってるんじゃなうかな」 「面白そう！俺やりてー！」 「そうだね。楽しそうだよね」 「まじかよお前ら、あれ結構な速さだし、中途半端に高いから結構こえーぞ」 「ヤマさんやったことあんのかよ」 「まあな。」 「おっさんびびってんのかよ！」 「うるせえ」 「まあ、残念だけど今回は難しいかもな」 「えー。」 「えー、じゃありませんよ。ほら見てくださいよ日が昇りますよ」 水平線から眩い太陽が顔を出す。光に照らされて街も海も明るくキラキラと輝き出す。 一同はただその様子を見つめていた。 「ここは、こんなに美しいところだったのですね」 先程まで会話に参加していなかったナギがポツリと呟いた。 6人がはっとしてナギを見ると、朝日に照らされた美しい横顔に一筋涙がつたう。 その美しさにメンバーもスタッフも言葉を失った。 太陽が昇っていく。ナギの顔に落ちる影も角度を変えて、 「Oh!みなさんどうしましたか？」 突然いつもの調子に戻ったナギに誰一人反応できない。 「OK、ハワイの朝日に照らされる美しい私に見とれてしまったのですね。しかし、私が愛しているのはレディーなのでメンバーといえど男からの熱視線はNO、thankyouです」 「はぁ、お前ってほんといい性格してるよ。心配して損した」 やれやれと三月は首を振った 「What!?」 「でも、ナギの気持ち分かるな。大好きなメンバーとこんな綺麗な景色みせてもらえて、俺も泣きそう」 少し見上げるくらいの角度まで昇ってしまった朝日を見つめながら陸が眉を下げる。 「そのとおりです。私は大好きな友人達とこの景色を見れたことを誇りに思います。」 ナギのその言葉に全員が改めて景色を眺める。 「まったく、恥ずかしいことを平気でいう人ですね、あなた達は」 「一織は感動してないの？」 「そうはいってないでしょう。」 「よかった。」 「ナギ。」 「ミツキ！お説教ですか？デコピンですか？」 高台からの帰り道、最後尾を歩く三月が少し前を歩いていたナギに声をかけた。 「いや、別に怒ってねえよ。あれはすげぇ絵になってたしな」 「当たり前です。私の美貌をもってすれば」 「ナギ、ここは好きになったか？」 ナギの言葉に被せるように三月が聞いた それに驚いたように目を何度か瞬かせるとナギは笑った 「もちろんですよ三月。もう追手に震えて真っ暗闇にうずくまっていた私はここにはいません。」 「は？追手？」 「色男にはいろいろあるものですよ、三月」 ナギはウインクをすると、ヤマト！慰めてくださいと走りだしてしまった。 "ちょ、ナギ！重い！"文句をいいながらも嬉しそうな大和の声が聞こえる。 三月も少し早足になった。 「朝食争奪！第２回個人的クイズ！」 朝日を眺めてから7人が訪れたのはハワイの有名なパンケーキの店だ。 横並びに並んだ7人の手元には回答用のボタンがある。 「今からみなさんには朝御飯をかけてクイズに挑戦してもらいます。こちらの名物パンケーキを４人分。マラサダを２人分ご用意しました。早抜けした人から自分の食べたいものを選ぶことができます。朝から甘いものがきついであろう壮五とおっさんのために甘くないパンケーキもあるから安心しろよ。そして、最下位の人の朝御飯はこちら」 三月が勢いよく手元の箱を開けるとそこにあったのはまるで寿司のような見た目のなにかだ。 「なにそれ、寿司？」 環が興味津々に覗きこむ 「こちらは、ハワイ名物のスパム握りです！ほんとは無しでもいいけど倒れられたら困るからスタッフさんが優しさで用意してくれたぞ！」 「全然食欲をそそられませんね」 「あれ、意外とうまいぞ」 「確かに、二階堂さんにはお似合いですね。お酒とよく合いそうです」 「イチ、それ誉めてるのか？」 「どうでしょうね」 「一織、おっさんをいじめんなよ。おっさんにパンケーキなんて似合わないからしょうがないだろ」 「やだ、この兄弟。陸、癒して」 「大和さんはビールが似合うから大丈夫ですよ！」 「りっくん、それフォローになってねえから」 「お兄さんもうだめ。」 「拗ねたおっさんはほっといて、ちなみに、前回に続き司会者は一抜け扱いになるので好きなメニューを選べます。と、いうことでじゃんけんするぞー」 「「「「はーい。」」」」 数回繰り返して壮五が司会の座を射止めた。 「司会なんて緊張するな。」 「壮五、朝食はどれにする？」 「僕は甘いものが苦手なので、エッグベネディクトが乗ったプレーンのパンケーキでお願いします。」 「それでは、はじめますね。第1問！僕、逢坂壮五に聞きました。え、これ難しいんじゃないですか。好きなアーティストは誰ですか、個人名でお答えください」 "ピンポン" 「環くん」 「そんなの超簡単じゃん。龍兄貴」 「環くん。ちゃんと答えて」 「トリガーの十龍之介・・・さん」 「もちろん十さんのことは好きだけど残念はずれ」 「はあ？」 "ピンポン" 「陸くん」 「天に」 「ゴホン。失礼しました。七瀬さんどうぞ」 「・・・トリガーの九条天さん！」 「九条さんのことももちろん尊敬してるよ。でもはずれ。ちょっと難しいかもね」 "ピンポン" 「三月さん」 「じゃあ、トリガーの八乙女楽さん！」 「八乙女さんも大好きだけど。すいませんはずれです。」 「トリガーの誰かじゃないのか？検討つかねえな。ソウ。ヒント」 「えっと、あんまり回答としては適切じゃないというか。ナギくんならわかってくれるんじゃないかな。」 「ナギ？」 "ピンポン" 「はい、ナギくん」 「私には壮五の気持ちよくわかります。推しというのは甲乙つけがたいもの、私が壮五であればこう答えます。アンケート用紙にトリガーのメンバーそれぞれのいいところを書いたあと。誰一人欠けてもトリガーではないので、私には一番など決められません」 「すごいよナギくん！正解です！」 「はあ？そーちゃんいつもちゃんとアンケート答えろって言うくせに」 「ごめんね。なんか相談しちゃだめだから自分で止められなくて、え、これみせるんですか？ 恥ずかしいな。」 スタッフがなにやらボードを壮五に手渡す。壮五がそれを裏返すとそこには細かい字で真っ黒になったアンケート用紙の一部が拡大してあった。 「これが全文です。まあ、要約するとナギ君が言っていた感じです。」 「うわ、お兄さんひいちゃうんですけど」 大和が茶化すと壮五はすぐにボードを伏せてしまった。 番組放送後、有志によって解析されたアンケートの全文がトリガーに伝えられ、お礼を言われて壮五が顔を真っ青にさせるのはまた別の話だ。 「では、私はこちらのフルーツがたくさんのったパンケーキをいただきます。」 「じゃあ、次いきますね。第2問。六弥ナギ君に聞きました。もし、メンバーと1日だけ入れ替わるならだれがいいですか？」 ”ピンポン” 「大和さん！」 「キュートな三月と入れ替わって、ココナのコスプレをします！」 「ヤマさんきめぇ」 大和がナギのような口調で答えると環がぼそりといった。 一織も軽蔑するようなまなざしを送っている。 「俺じゃねえよ！ナギがいいそうだろ？」 「違います。」 「えぇ、オレ結構身削ったのに・・・・・」 「甘いですねヤマト。コスプレはやるのももちろん楽しいですが、推しのコスプレをしてもらってこそ至高。 というわけで、ミツキ！ぜひお願いします！」 「やらねえよ！」 「三月じゃなかったら誰？壮五さんヒントお願いします。」 「ええっと、ナギ君らしい・・・・・かな。」 ”ピンポン” 「一織君」 「入れ替わる必要などありません。私が1番美しいのですから」 「えー。一織そんなこと思ってたの！？」 「私じゃありませんよ！六弥さんが思ってそうなことを言ったんです！わかるでしょう！？」 「イオリ正解です！もちろん、私はあなたたちがとても大好きですが、一番美しいのは私ですから入れ替わる必要などありません。」 「言い返せないのが腹立つな。」 「まったく。お兄さんは今朝の感動を返してほしいよ」 「一織くんは朝ご飯どれにする？残ってるのは・・・・・」 机に残っているパンケーキは２種類。マンゴーがたっぷりのっているものとハートや星などで可愛らしくデコレーションされた写真映えがしそうなものだ。 「私は・・・・・マンゴーの方をいただきます。」 そういう一織の目はもう一つの方を見ている。 「いおりん、ほんとにいいの？」 「もちろんですよ！私マンゴー好きなので！」 「そうだったか？お兄ちゃん初耳だなー」 「逢坂さん！次行ってください」 三月がわざとらしく言うと、一織が先を促して、他のメンバーはにやにやと一織をみていた。 「じゃあ、次行くね。第3問。僕、逢坂壮五に聞きました。今までで一番苦戦した曲は？」 ”ピンポン” 「三月さん」 「LOVE＆GAME。壮五、十さんに絡みに行くの苦労してただろ」 「それももちろんそうでしたけど、違いますね」 「自信あったのに」 「なんて書いたんですか？ああ、これは納得ですね。」 壮五の手元の資料を見た一織がうなずいた。 ”ピンポン” 「大和さん」 「miss you...」 「正解です。」 「そっか！確かにあの時は大変でしたよね」 「僕たちが先行する形でデビューすることになった曲ですから、失敗はできないと思っていましたし、そのほかにもまあいろいろあるんですけど」 「俺がわがままだったから？」 壮五が言葉を濁すと環が眉をさげた。 「違うよ。環くんはまだ高校生だし急に仕事をしっかりしろって言われても難しかったと思う。僕が背負いすぎて厳しく言いすぎてたところもあるし、あの時のmiss you...はただなんとかMEZZO”を形にしようと必死だったから苦労したというよりは思い入れがある曲って感じかな」 「俺は、miss you...すげえ好き」 「僕もだよ。」 環が壮五を見ながら言うと、壮五がふにゃりと笑う。 「はい、なんか変な空気になった！壮五、次行け！環はあの可愛いパンケーキでいいな！？」 「みっきー、正解したの俺じゃねえから、混乱しすぎ」 「ミツ！お兄さんのお手柄だから！お兄さんは可愛いパンケーキよりマラサダがいいな」 「大和さん、マラサダってなんですか？」 陸が大和に尋ねる 「えーっと、穴の開いてないドーナツ・・・・・だよなあ」 「まあ、少し違いますけどそんな感じですね。」 大和が首をかしげると壮五もすこし自信なさげに答えた。 「へえ、おいしそうだな」 「第4問です。和泉一織君に聞きました。今、一番ほしいものは？」 「それ昨日、環のやつが問題になってたな。」 「そうなんですか。四葉さんはどうせ王様プリンが答えだったんじゃないですか」 「ちげえし、休みがほしいって書いた」 「え？確かに最近忙しくさせていただいてますが、疲れてるんですか？」 「ちげえし、全員の休みが被ったら、ヤマさんが全員で旅行連れてってくれるって言った」 「・・・・・そうですね。それでしたら私も休みをいただけたら嬉しいですね」 「だろ？いおりんがほしいもの想像つかねーな。」 「うーん。三月もなにも思いつかない？」 「いや、いくつかあるけど、兄弟としてはずせないプレッシャーが・・・・・・」 膠着状態がしばらく続くと、大和が資料を覗き込んだ。 「いや、イチらしいっていうか。さすがイチというか」 「少し自分の答えが恥ずかしくなりますね。」 「Oh,ソウゴは何と答えたのですか？ちなみに私はココナの限定DVDボックスと書きました！」 「え、言っていいのかな？大丈夫ですか？僕はTRIGGERのコンサートチケットにしました。すいません。」 「お前さんたち予想通りすぎてクイズにならないだろ。まあ俺も睡眠時間って書いたけど。すまんイチ」 「まったく、グループのことを考えてるのは私だけですか。四葉さんのほうがまだ可愛らしい答えですね」 ”ピンポン” 「あ、三月さんどうぞ」 「来年の、いや放送するころには今年か。今年のメンバー全員の予定。」 「さすがですね兄さん。」 「私たちの予定ですか？マネージャーに確認すればよいのでは？」 「六弥さん。特にあなたですよ。あなたの予定は一筋縄ではいかないでしょう」 「なんでいおりん予定聞きてーの？いおりんも旅行いきてーの？」 「イチはツアーがしたいんだよ。俺らの全国ツアー。だから今から来年の予定を聞いておきたいってこと」 「嬉しいよ、一織くん。僕もやりたいな全国ツアー」 「一織、前からいってたもんな、ここのところバタバタしてアイドルらしい活動があまりできてないからツアーがしたいって」 「まあまあそこもマネージャーと今から相談していこう、意外となんとかなるんじゃないか？ハワイもこれたんだし、な、ナギ」 「YES！なんとかします。私も久しぶりにレディーたちに会いに行きたいです」 「ツアーやりたい！俺も！」 「わかってますよ七瀬さん。じゃあまたマネージャーと相談しておきます。」 「これが放送される頃には決まってるといいな。あ、俺パンケーキでお願いします！」 「ではこれが最後です。残ったのは環くんと陸くんだね。和泉三月さんに聞きました。もし、メンバーと1日だけ入れ替わるならだれがいいですか？」 ”ピンポン””ピンポン” ほぼ同時に2人がボタンを押した。 「どっちが早かったかな？」 「私には四葉さんが少し早かったようにみえました。」 「YES、タマキのほうがはやかったです」 「ごめんね陸君。環くん、どうぞ」 「やりぃ！みっきーが入れ替わりたいのは俺！」 「正解」 「よっし！マサラダ！」 「マラサダだよ、環くん。」 「兄さん、なんで四葉さんなんですか？」 「え、わかるだろ！？」 「可愛い三月君は1日だけでも環の身長になりたいんだよな！」 「うるせえ！おっさん！」 「俺スパム握りだけかー。足りるかな」 その後、朝食の撮影に移る。 鮮やかな見た目のパンケーキが並ぶ。 いただきますの合図とともにそれぞれが食事をはじめた。壮五とナギは優雅にパンケーキにナイフを入れて、三月が一織に半分こしようと提案し、しょうがないですね。といった一織は可愛らしい飾りの乗ったパンケーキに眦を下げた。 豪快にマラサダに食らいついてうめーという環の横で、これはいけるかもなとヤマトも舌鼓をうっている 陸はお皿にのせられて1握りのスパム握りを意外とおいしいね。といいながらあっという間に食べ終えて寂しそうな目でほかのメンバーの食事風景を見ている。 「あの、陸君。足りたかな？僕あんまり朝からいっぱい食べる方じゃないからよかったら少し食べる？」 その子犬のような表情に最初に根を上げたのは壮五だった。 「おい、壮五！だめだぞ、陸が最下位なんだから」 「ごめんなさい。そうですよね。」 「あー。でもなあお兄さんも2個はさすがに入らないから陸が食べてくれるとうれしいんだけど」 「ちょっと、あんまり七瀬さんを甘やかさないでくださいよ」 「リク、朝食を抜くのはよくありません。こちらをどうぞ」 そういったナギは一口大のパンケーキをフォークにさすと陸の口に運ぶ 「え、いいの？」 陸はそれをぱくりと食べた。 「おいしい！ふわふわだね！」 目をきらきらと輝かせて喜ぶ陸の顔をカメラがとらえる。 「りっくんずりー。俺もパンケーキ食べたい」 「はい、OKです！」 環が不平を口にしたところでカメラは止まった。 「まったく、おっさんも壮五も陸に甘すぎ。」 「すいません。つい。」 「いいだろ？別にこのグダグダ感が俺らっぽくて。ほら陸食べろよこれ」 「いいんですか？いただきます。」 大和が１つマラサダを残った皿をうけとっておいしそうにマラサダをほおばった。 「そーちゃん、それもう食わねえの。ちょうだい」 「これあんまり甘くないけど」 「いい。俺あんだけじゃたんねーから。」 「タマは若いな―」 「あなたたち、後で言わないでくださいよ。」 「わかってっし、な。りっくん。」 「うん。でもほんとにおいしいね！壮五さん、俺ももらっていいですか」 「いいよ。」 おいしそうに食事をほおばる二人に自然と笑顔がうかんだ。 一行は朝ご飯を食べ終えると昨日ビーチフラッグをしたビーチとは別のビーチにやってきた。 「午後からはこちらで撮影しますので、それまで自由時間です。だいたい11時くらいに戻ってきていただいてこちらで昼食をとっていただいてから撮影を開始します。ただ、ここはプライベートビーチなので周りに商業施設などがあまりなくて・・・・・せっかくなのでビーチで遊んでいただければと思います。」 「遊んでいいの！？」 今日の予定を説明するマネージャーに目をきらきら輝かせたのは環だ。 「はい。あ、でも日焼け止めだけはしっかりお願いしますね。」 「わかった。気を付けて見ておくよ。水着はあるのかな。」 「はい、午後の撮影用とは別に用意してありますので着替える方は万理さんに言っていただいて車の中で着替えてもらえればと」 「マネージャーは？一緒に遊べる？」 「陸さんすいません。私は打ち合わせがあるので」 「当たり前でしょう。バカなんですか。」 「うるさいな。だってせっかくだから一緒に遊べたらなって思って」 「マネージャーの水着が見たいとは、陸もナカナカですね。」 「違うよナギ！そういう意味じゃないよ！」 ナギがニヤリと笑うと陸は真っ赤になって否定する。 「マネージャー、昨日の特典用のカメラってあるか？あれ水かかっても大丈夫な奴だろ？」 「あ、はい。ありますけど」 「せっかくだからここも撮っとこう。素材は多いほうがいいだろ。」 「三月さんありがとうございます。助かります。」 「まかせとけって。」 三月がカメラを受け取ると、それでは私はこれでとマネージャーはスタッフの方に行ってしまった。 「りっくん、あそぼーぜ！バンちゃんに水着もらいにいこ」 「うん！俺、海はいりたい！」 「まったくしょうがない人たちですね。ちゃんと日焼け対策だけしてくださいよ。」 環と陸と一織は車の方へかけていった。 「あれ？ナギはいかないのか？」 「レディーのいないビーチなどいる意味がありません。」 「ナギっちー、バンちゃんがボール持ってきてくれた！ビーチバレーやろー」 ナギが絶望の表情をすると、環の声が車の方から響いた。 環の手には空気を入れるタイプのボールがある。ココナの絵が入っている。 「ココナをアタックするなんてNO!です。許しませんよ！」 ナギは車の方に走っていってしまった。 「結局ビーチで遊ぶことになりそうだな。あいつは」 「そうですね。」 「お兄さんはその辺ぶらぶらしてくるわ。ちゃんと時間までに戻るから安心して。」 大和はそう言うとひらひらと手を振ってビーチの外に歩いて行ってしまった。 「おっさん。この辺詳しいのかな。」 「昔よく来ていたと言っていたので、知っているのかもしれませんね。」 「・・・・・・わりい、壮五。カメラ頼めるか？」 「え、はい。大丈夫ですよ」 「俺、大和さん追っかけるわ」 「よろしくお願いします。」 「まかせとけって」 三月はにっこり笑ってやまとさーんと駆け出して行った。 「お兄さんについてきても面白くないよ」 「それは俺が決めるからいいんだよ。」 追いかけてきた三月と合流すると大和は小さな声でつぶやいたが、ばしりと背中を叩かれて二の句を告げなくなってしまった。 それから特に何を話すでもなく並んで2人は歩く。大和の足は迷わずに進んでいく。 海岸沿いの道路から1本横に入り、車通りは少ないがしっかりと車幅がとられた道を進む。 マネージャーの言った通り観光地のようなごみごみした商業施設は皆無で、延々と続く囲いの間からテレビで見るような豪邸が見えたり隠れたりを繰り返している。 「ここさ、いわゆる高級別荘地。マスコミが張り込んで居ようものなら警察が飛んでくるような場所なの」 ぼそりと大和がつぶやいた。そして、2メートルはありそうな格子の門の前で足を止めた。 格子の奥には真っ白な2階建ての建物がある。みるからに広い庭にはプールもある。 「で、ここが千葉志津雄の別荘。今もそうなのかは知らねーけど」 「俺がついてきてよかったのかよ」 「勝手についてきたんだろ。」 「そっか。そうだな。」 「だから勝手に聞いてて。こっちに来ると、親父とおふくろと俺と3人でさっきのビーチまで行って。普通に3人で遊んでたわけ。 今考えれば、行き帰りの便は別々だったし、あそこのビーチも3人だけ。変な状況ではあったんだけど、俺はまあ、楽しかったんだよ。 それでこの別荘に来ると若いお兄ちゃんとかお姉ちゃんとかが遊んでくれて、ここに来れるのは嬉しかった。親父が俳優で、おふくろが奥さんじゃないって知った後も、ほんとは来たくなんかなかったけど、おふくろが親父と大っぴらに会えるのはやっぱりここだったから、しょうがないから来てた。まあ親父とは目も合わしてやらなかったんだけど。 昨日タマとイチがいったレストランも親父とおふくろとよく行ったとこ。親父がオーナーさんと知り合いで、バラバラに行って周りから見えない席に通してもらって。日本じゃそんなことできないから、おふくろも嬉しそうだったな。」 「大和さん」 「アイドリッシュセブンに入ったばっかりの俺だったら、今回のロケ断ってただろうな。ここは楽しかった分しんどいところだから。でも、ミツやあいつらと一緒なら楽しくなるだろ？きっと」 「・・・当たり前じゃん！」 急に振り返った大和にポカンとしたあと三月は大声で返した。 「ばか！大声出すなって」 大和が三月のくちを塞ぐと同時に別荘の扉が開いて中から女性が顔をのぞかせた 「走るぞ！」 「えっ、え？」 大和が三月の腕をつかんで走りだした。 しばらく走って海岸沿いの大通りに戻ると、三月の腕を離してはぁはぁと荒い息を整える 「さっきの、家政婦さん。住み込みの。あの人怖いから、千さんも頭あがんない。まあ、あの人がいるってことはまだ親父のなんだなあそこ」 「なんで逃げたんだよ」 「あー。なんとなく？」 「なんだよそれ。にしてもでっかい別荘だったな、流石、日本一の俳優」 「中にミツよりでかい虎の置物あるぞ」 「は？なんのためだよそれ」 「さあ、」 「今度来たらさ、あそこ貸してもらおーぜ」 「えぇ、マジでいってる？」 「マジ！俺プール付きの豪邸とか入ってみたい！」 「はいはい。ミツは可愛いですね」 「可愛いっていうなおっさん」 「ハワイに来たら、ビーチアクティティ！ということで、今からアレに乗ります！」 浜辺に水着とライフジャケットを着用した7人が並んでいる。 三月の合図でカメラが海を映し出すと、そこにはボートに引っ張られるバナナボートがあった。 「めっちゃ楽しそー」 「俺、ああいうのやったことないから嬉しい」 目をらんらんと輝かせたのは環と陸だ。 「あれ、振り落とされるようなやつじゃないですか」 「お兄さん眼鏡どうしたらいいの」 一織と大和は嫌そうな顔をしている。 「壮五、ああいうのは私たちには似合いません。逃げましょう」 「僕はああいうのやってみたいけどな。」 裏切られました！とナギが叫ぶとカメラが止まった。 「七瀬さん。あれ大丈夫なんですか？」 「大丈夫だよ！」 「いいか、陸。やばいと思ったらすく落ちるんだぞ。無理やりしがみついてるほうが危ないからな」 「わかった。」 一織が苦々しそうに言うが陸は自信満々だ。三月がアドバイスをすると陸は勢いよくうなづいた。 7人はバナナボートに乗り込む。 先頭から環、一織、陸、壮五、大和、ナギ、三月の順だ。 先頭がいいと言った環。陸になにかがあった時のために一織と壮五が挟み、隙あらば逃げようとするナギは大和と三月が囲った。 大和の眼鏡は固定されている。 ボートはゆっくりと動きだし、徐々にスピードをあげていく。 それにしたがってボートは海面を跳ねるようになった。 「めっちゃはええ、サイコー」 「これは思っていたよりスリリングですね」 「えぇ、ちょっと思ったより恐いんですけどお兄さん落ちていい？」 「Noヤマト！いなくならないでください。」 「びびってんなよおっさん！まだまだこれからだろ」 三月の言葉が合図のようにまたぐんとスピードがあがりボートの振動が大きくなった 「うぁ、わ、」 陸が声をあげると、壮五はカメラに見えない方の足で陸の足をつついた。 これは乗るときに決めたいつでも落ちれるという合図だ。 陸がそれに気づいたかは定かではないが、ボートが再び激しく跳ね、着水したとき陸の身体が放り出された。それをみた壮五も手を離す バシャンと激しく音をたてて二人の体は海に落ちた。 壮五はすぐに陸と合流し、岸のマネージャーに大丈夫だよと手を振った その間にもボートは進んでいく。 軽く左右に降るように先導するボートが動き、最後尾の三月は大きく揺さぶられる。 「わぁあ」 バシャリと音をたてて三月のからだが着水した。 「うお、ミツ、落ちた？」 「もうムリです止めてください！！」 ナギが叫ぶと先導していたボートが急カーブをして、バナナボートも傾き４人も海へと落ちた。 「ふはっ、めっちゃ楽しかった！もう一回やろ！」 「まあ、思ったよりは楽しかったですね」 「えぇ、若いってこえぇな。お兄さんはむり。あれ？ナギ？」 海面に3人があがるがナギの姿がみあたらない。 「うぉ！」 「四葉さんどうしました？」 「たまきー私を岸へ返してください」 環の肩にナギが乗っかっている。 びしょ濡れで生気を失ったような顔はいつもの面影はまったくない。 吹き出した大和をきっかけに笑い出した3人をナギはじろりと睨んだ その後ボートに引き上げられた７人は着替えとメイクをすませ、次のロケへと移動した。 「やってきました！ここはハワイ最大級のショッピングセンターです。いやあ、さっきのバナナボート、サイコーだったよな！環」 「めっちゃ楽しかった！もう一回やりたい」 「陸は最初に落ちちゃったけど楽しめたか？」 「うん！すごい楽しかった！またやろう！」 「ええ、お兄さんは遠慮するわ」 「私もビーチから眺めさせていただきます。」 大和とナギが大げさに拒否を示すとえーそうですか・・・と陸が眉を下げた。 「僕でよければ付き合うよ」 「壮五さん！」 「おっさんのおごりでまた行こうな！」 「それがいいですね。」 「やった！ヤマさんサイコー！」 環が大和に飛びつく 「お兄さんなにもいってないんですけど」 大和は環の大きな体を受け止めながら困った顔をした。 「さて、ここからはこちらのショッピングセンターでお土産を買いにいきます！せっかくなので一部を視聴者プレゼント！」 「これは、選ぶ人のセンスが問われますね。一人一人からですか？」 「いや、ここからは大人組と子供組に別れます！」 「え、私この3人制御する自信ないんですけど、誰か交換しませんか」 一織がナギ、環、陸の3人を見る。 「悪いな一織、俺らにはうまい酒を探すっていうミッションがあるから」 三月がにやりと笑う 「また酒かよ！ほんと大人って意味わかんねえ」 環が唇を尖らせた。 「その土地ならではの酒を楽しむって言うのも大人の旅行の醍醐味なんだよ。タマにはわかんないだろうけど」 「俺はプリンがあればいい」 「OKです」 カメラが止まると一織が三月の方に走り寄ってきた。 「兄さん、ほんとにこの4人で行くんですか。」 「ああ、みたいだな。大丈夫だろ？万理さんそっちについてもらうし」 「なんだよ、一織。大丈夫だよ、買い物するだけだろ？」 一織が暗い顔をしていると陸が後ろから顔をだした。 「あなたが天にいにはどれがいいかな？とか言い出しそうで怖いんですよ。」 「うっ・・・・・気を付けるよ」 「あと四葉さんも、六弥さんもきちんとハワイらしいものを選んでくださいよ！」 「わかってし、いおりんもロップちゃんとか選んじゃだめだかんな」 「な！そんなことしませんよ。だいたい私は・・・・・・」 「大丈夫かな」 ブツブツと言い始めた一織を壮五が心配そうな目で見ている。 「まあ、店もある程度決まってるみたいだし大丈夫だろ。さあ、お前たち動きますよー」 大和の合図で7人は移動をはじめた。 「それではこちらの店でお土産を選んでください。」 子供組の４人が案内されたのはハワイのお土産がすべてそろっていそうな巨大なお土産店だ。 入り口にはよく見るナッツ入りのチョコが積みあがっている 「これは、選ぶのが一苦労ですね。」 「何がいいかな？やっぱり食べ物かな」 「食べ物はだめですよ。なにか形の残るものでないと」 「いおりん、りっくん、見て！」 思案する二人の耳に興奮する環の声が聞こえた。 環の手に抱えられていたのはぬいぐるみだ。 「これ、王様プリンそっくりじゃね？」 黄色の丸いフォルムのぬいぐるみは確かに環が愛する王様プリンにそっくりだ。 「四葉さん、それ裏面見ましたか？」 「裏？」 環が裏を確認すると、うわっと声を出してそれを放り投げてしまった。 それをキャッチしたのはナギだ 「Oh・・・これは」 その人形の裏にもなぜか顔があり、海外独特のリアルなタッチでにやりと笑っている 「全然可愛くねえ！なんだよそれ」 「マラサダ君とかいてありますね」 「どのへんがマラサダなんでしょうか。」 「ねえ、これどうかな」 3人が思案していると陸の声が響く 陸がいたのは置物などが置いてあるコーナーで陸の手の中にはハワイの海岸に虹がかかっている写真立てがあった。 「虹って俺らっぽいじゃん」 「少し子供っぽいですが悪くないんじゃないですか？」 「とてもいいと思います」 「りっくんさすがだな！」 えへへと笑う陸になんとかなりそうだと一織はほっと息を吐いた。 大人組が案内されたのは少し高級な店構えの衣料品やアクセサリーが並ぶ店だ。 「おっとこれは、センスが試されるな。2人に任せた」 「えぇ、俺だってこういうの苦手なんだけど、壮五」 「僕ですか？そうですね。予算はどれくらいですか？」 壮五がスタッフに聞くと大体の額を教えられた。 「けっこう大丈夫そうですね。ハワイアンジュエリーなんかどうでしょうか」 「「ハワイアンジュエリー？」」 壮五が先導し、アクセサリーコーナーに行くとカメラがまわりはじめた。 「ハワイアンジュエリーは彫りが特徴のジュエリーです。一つ一つのモチーフに意味があって、例えばこれはウミガメのモチーフですがハワイ語ではホヌといって幸せを運んでくれる海の守り神なんですよ」 「へえ、詳しいんだな」 「僕結構アクセサリーとか好きなので、このロケが決まってから少し勉強したんです。」 「確かにソウは結構持ってるよな。あんまりつけてるのは見たことないけど」 「似合う服をあまり持ってなくて」 「なるほど、これはどんな意味だ？」 「それはマイレという葉っぱですね。絆を結ぶという意味があります。」 「絆か。いいな」 「ならこれはどうだ？シンプルでいいんじゃないか」 大和が手に取ったのは横長の葉の彫が入ったプレートが両吊になったペンダントだ。 シンプルだが存在感がある 「素敵ですね、いいと思います。」 「おっさんにしてはいいセンスしてるんじゃないか」 「うるせえ」 他にもいくつかプレゼントになりそうなものを見繕って、地酒のそろっているショップで再び撮影をし、夕食をとってホテルに戻るころにはすっかり遅くなっていた。 酒の店で地元ならではのおつまみがそろっていたこともあり盛り上がりすぎてしまったのだ。 大人組がホテルの部屋につくと、マネージャーがカメラを三月に手渡した。 「できれば、晩酌の風景を撮っていただきたいのですが・・・・・・」 「わかってるって、大丈夫」 「お疲れ様、マネージャー」 「おやすみなさい」 三月が親指を立てるとよろしくお願いしますね。とマネージャーは扉をしめて去っていった。 「ふう、今日もなかなかハードだったな。」 「ミツ、どうする？さっき買ってきたやつ飲んだほうがいいだろ？」 「でもこれ結構強いですよね」 「ああ。それ一旦グラスかなんかに開けといてさ、中身いれかえればいいだろ？」 「さすが、バラエティ担当。でもプルタブあいちゃうだろ？」 「それは開けた後っぽいところから撮り始めればいいんだよ」 「なるほど、勉強になります」 三月は備え付けのキッチンから大き目のグラスを取り出すとそこに中身を移し替えた。 そしてあらかじめ買ってきていたお酒に見えなくもない色のフルーツジュースを缶に注ぐ。 「でもちょっとは上機嫌になってくれよ。二人とも」 中身が入れ替わった缶を3本もって壮五と大和の座っているソファに腰かける。 「お兄さんを誰だと思ってんの」 「僕はあんまり自信がないな。」 「あれ、兄さん。おかえりなさい。」 「おう、一織。悪い起こしちゃったな。」 ゲストルームから眠そうな顔をした一織が顔を出した。子供組は大人組より早く帰ってきていて、昼間ビーチではしゃいだこともあり就寝していた。 「晩酌ですか？」 「ああ、特典映像用。」 「は？正気ですか。」 途端に一織の眉間に皺が寄る 「安心しろってイチ、これジュースだから」 大和が先ほど三月が中身を入れ替えた缶を指す 「ああ、そうですよね。マネージャーがそんなこと許すわけないですよね。」 「そうそう。だから安心して寝てろって」 「わかりました。おやすみなさい。」 眠そうに目をこすりながら一織が部屋に戻っていった。 「イチがあれだけ眠そうってことは、ほかの子供たちはぐっすりだな。」 「朝からはしゃぎっぱなしでしたから。」 「俺らもさっさとやるぞー」 「ミツ。ある程度撮ったら本物飲んでいいんだよな？」 「おっさん元気だな！まあ、俺も飲みたいけど」 「僕もお付き合いしますよ。」 「ソウはほどほどにな。」 「カメラこの辺で大丈夫かな。じゃあ撮るぞ」 三月が録画ボタンを押した。 「カンパーイ」 録画がはじまったのを確認して、3人は缶をぶつけた。 そして口をつける。 「うまい！」 「日本ではなかなか味わえない感じのビールですね。」 「少し果実っぽいっていうか飲みやすいな。あ、和泉三月です。」 「逢坂壮五です。」 「お兄さんです。」 三月がカメラに向かって手を振ると2人もそれに続いた。 「なんだよお兄さんって、おっさんだろ？」 「お兄さんですー。」 「ぶーぶーいってるおっさんは置いといて、せっかくなのでさっき買ってきたお酒を飲んでます。」 「子供たちはもう寝てるから、ここからは大人の時間だぜ」 「きゃーおっさんかっこいいー」 「ミツ、棒読みひどくない？」 「かっこいいですよ。大和さん。」 「壮五のそういうところほんとイケメンだよな。」 「へ？僕ですか？」 「そうそう、さらっと褒めるところ。ナギもだけど、もてそう」 「そんなことないですよ。それをいうなら三月さんの方が男らしくてかっこいいじゃないですか」 「お、そうか？」 「はい。憧れます」 「ミツは漢字の漢ってかいて、おとこ！って感じだよな。見た目は別として」 「おっさん一言多いんだよ。」 「そこがギャップでいいと思います」 「壮五、フォローになってねえから」 「あ、ギャップといえば、今日の空き時間に陸んと環くんとナギ君と一織くんと僕でビーチで遊んでたんですけど」 「ああ、あの時な。」 「遊ぶってなると今日の買い物の時みたいに自然と年齢で別れることが多いじゃないですか。」 「そうだな。」 「僕はてっきりあの子供組４人だったら一織くんがリーダーだろうなって思ってたんですけど、ひっぱってたのは環くんで、陸くんやナギくんの体調にも気遣ってて、一織くんは少し文句をいいながらもすごく楽しそうにしていて意外だなと思いました」 「環はそういうところあるよなー、意外とちゃんとしてるっていうかお兄ちゃんっていうか」 「イチもツンデレなんだよな。タマにひっぱられて素直に高校生らしくなるところあるよな」 「僕らといるときは甘えてくれてるんだって思うとすこし嬉しいですよね」 「タマは少しソウに甘えすぎだろ」 「そうだぞ、壮五。お前だって俺らの3人の中では最年少なんだから甘えろ！」 「三月さんだって僕とあんまり変わらないじゃないですか」 「まあそうだけどさ。」 「そういえばあの時二人ともどちらへ行ってたんですか？」 壮五が聞くと三月はちらりと大和を見た。まずいことを聞いたかもしれないと壮五が口を開きかけたとき大和が笑った。 「あのあたり、すげえでっかい家がいっぱいあってもの珍しくてうろうろしてたんだよ。な、ミツ」 「そうそう、どの家もひろくてさプールがついてんの」 「ああ、確かに。あのあたりは確か別荘地でしたよね。」 「なに？ソウ、詳しいの？」 「い、いえ。確かスタッフさんが言ってたような」 大和が壮五ににこりとほほ笑むと、壮五は慌てて否定した。 「ああいう別荘にみんなで泊まりたいなーってミツと言っててさ」 「そうそう、プール付き！」 「いいですね。プールサイドでバーベキューとか。」 「おお、いいな！先輩に頼んでみるか」 「え、大和さんまじで！？」 「接待はおまえらでしろよー」 「まかせとけって」 「じゃあ、そろそろ寝ましょうか。」 「そうだな。おやすみー」 「おやすみ。」 三月がカメラの停止ボタンを押した。 「こら、壮五。気をつけろよ」 「すいません。つい。僕もあの辺りは懐かしかったところだったので・・・・・・もしかして千葉志津男さんの別荘があのあたりに？」 「そ。つい懐かしくてな。」 「さすが千葉さんの別荘だったよ。あんなの俺ドラマでしかみたことない」 「多分ソウの家のほうがでかいぞ。」 「え、そんなこと・・・・・」 「なくはないだろ。こんど来る機会があったらさ、親父に頼んでみるから。」 「大和さんまじで！？」 「ほんとですか。」 「だからお前たち、千さんたちもついてきちまうかもしれねえから接待しろよ」 「よろこんで！」 「はい。」 「ほいじゃあ、これから本番と行きますか。」 大和は徐に立ち上がると冷蔵庫からグラスを取り出した。 「さすがに炭酸抜けちまったかな。」 「まあまあ、いいじゃないか。改めて乾杯」 「「乾杯」」 「んー！うまい！」 「これぞ大人の旅の醍醐味だよなー」 「そうですね。」 [newpage] [chapter:3日目] 「おはようございます。和泉三月です。」 薄暗い室内。手に持ったカメラで三月は自分の顔を映した。小声でぼそぼそと話すのは三月らしくない。 「現在時刻は4時。可愛いわが弟に寝起きドッキリを仕掛けたいと思います。」 くるりとカメラのむきが変わるとスヤスヤと寝ている和泉一織が映し出された。 その顔はいつもよりは幾分幼く、穏やかである。 「一織。起きろ。」 「ん。にい・・・さん？」 「一織」 「にいさん。今日もかわいいですね。」 寝ぼけ眼で、三月の顔を見つけた一織がふにゃりと笑った。 「おい、一織！おーきーろ」 「へ、え、なんですか？」 「寝起きドッキリ！今のとったからな！」 「え。ちょっと、私なにかいってましたか？」 「内緒」 ガバリと起き上がった一織が焦った顔をカメラに向けた。 「一織、ごめんって」 「まったく、私にくらい教えてくれてもいいじゃないですか。」 「いやいや、そしたら一織完璧にしあげてくるだろ？」 「当然です。」 カメラをいったん止めて、一織は身なりを整えている。 三月はこのドッキリを一織にもいってなかったことを謝った。 「で、次はどちらの部屋に行くんですか？」 「まあ、テレビ的にはメッゾがラストだろうな。」 「そもそも、逢坂さんまだ寝てるんですか？あの人起きてそうじゃないですか。」 「ああそれは大丈夫。昨日飲ませたからな。」 「えぇ、逆に大丈夫なんですか、それ。」 「さあ、」 「兄さん。私二階堂さんを起こすのは嫌なんですが・・・・・・」 「それは俺も嫌だ。できれば壮五を起こして、起こしに行ってほしいんだけどな。」 「そうですね。でもメッゾは最後でなければいけませんね。あ、兄さんこういうのはどうでしょうか」 一織が提案すると三月がうなづいて2人は部屋を出た。 「和泉三月です。」 「和泉一織です。」 「今からこちらの部屋で寝ている、ナギ、陸、大和さんを起こしたいと思います。」 「3人とも素直に起きてくれますかね。」 三月が部屋の扉を静かに開ける。 1番奥のベッドにはナギが、手前のベッドには陸が寝ている。手前のベッドの横のエキストラベッドには布団にくるまって顔は見えないが恐らく大和が寝ているのだろう。 「大和さんめっちゃまるくなってる。」 「あ、まったくこの人は」 布団がめくれて、パジャマから陸の腹がでているのを見つけた一織が布団を戻した。 「こらこら一織、今から起こすんだぞ。」 「ああ、そうでした。つい。」 「じゃあ、ナギから起こすか」 「はい。」 「ナギ、起きろ！」 「六弥さん、起きてください。」 「Hmm....」 2人が声をかけるとナギは寝返りをうってしまった。 その時はらりと布団が落ちて、ナギの上半身があらわになる。 「え、なんでこの人服着てないんですか。ちょっと、兄さん」 「うぇ、まさか下はいてないとかないよな。」 三月が布団をちらりめくる。 「大丈夫、下着はつけてる。一織、起こすから布団死守しとけよ」 「わかりました。」 「ナギ、ココナはじまるぞ。起きろー」 その瞬間ナギの瞳がぱちりと開いた。 「ここな！？」 「おっとナギ、起きあがるな。おはよーございます」 「Goodmorning三月。ここなは？」 「六弥さん。寝起きドッキリですよ。おはようございます。あと、布団がめくれると困るので動かないでください。」 「Why?なぜですか？私の美しい体を映してはいけないですか？」 「だめだ。」 「じゃあ、兄さん。次は七瀬さんですね」 「おう、ナギは動くなよ」 2人は陸のベッドの横に移動した。 「ほら、一織。起こせよ」 「私ですか？七瀬さん。起きてください。」 「ん。誰・・・」 一織が陸を軽くゆすると寝ぼけながら向きをかえる。 「てんに・・・」 「起きてください七瀬さん！」 一織が叫ぶように陸を揺すった。 「わっ！なんだよ一織、そんなおっきな声ださなくたっていいだろ」 陸は一瞬で目を開けると耳をふさぐようなしぐさをした。 「あなたがなかなか起きないからでしょ。」 「おはよー、陸。寝起きドッキリ大成功」 「グッドモーニング、リク」 「三月、ナギ、おはよー。」 「あはは。お前寝癖すごいぞ」 陸の頭はいろいろな方向にはねている。 「え、ほんと？恥ずかしいな。」 「起きたところ悪いけど、陸、大和さん起こしてくれないか？」 「俺？なんで？」 「いいから。な。」 陸に起こされたなら、寝起きの大和の機嫌も和らぐだろうという和泉兄弟の作戦だ。 もっとも先ほどの一織の大声で起きてしまっている可能性は高いが 「じゃあ、大和さん。おきてくださーい。朝ですよ」 陸が小さなベッドの上で丸まっている布団の塊に声をかける。 「んん・・・・・・」 もぞりと大和が動く。 「大和さん。朝ですよー」 布団の中から手が伸びて枕もとの眼鏡を大和の右手がさぐって、布団の中に連れ去っていった。 「大和さん。起きてくれると嬉しいんですけど」 なかなか起きない大和に陸が頬をかく。 「おい、起きろよおっさん！」 三月が勢いよく布団をはぎ取った。 「やだ、ミツのエッチ」 大和は備え付けのパジャマを着ていて、眼鏡もしっかりとかけている 「二階堂さん。それで寝起きは厳しいですよ」 「イチがおっきい声だすから起きちゃったんだろ。」 「それは七瀬さんが」 「じゃあ、お兄さんはもうひと眠りするから。」 「だめに決まってんだろ！」 「じゃあ、入る前に、俺と大和さんで中見てくるからちょっとまってろよ。」 大和と三月が先行して主寝室に入った。 「なんで先に見てくるの？」 「昨日、逢坂さんを飲ませたそうなので」 「Oh!放送コードにひっかかりますね。」 がちゃりと音がして2人がでてきた。 「あれ、大丈夫か？」 「まあ、布団とらなきゃ大丈夫なんじゃね？」 三月と大和は微妙な顔をしている 「そうだな。じゃあ行くぞ」 三月がカメラの電源を入れる。 「こちらは主寝室です。MEZZO”の二人が寝ているのを起こしに行きたいと思います。」 扉を開くとキングベッドの上で2つの塊が寝息を立てていた。 「はあ。MEZZO”は超超なかよしですねー」 肩まで布団をかぶった二人は拳1つ分くらいの距離を開けて向かい合って寝ている。 「せっかくのキングサイズなのにほとんど使ってないじゃないですか。」 「はは。そうだな。」 「イチ、布団抑えとけよ。」 大和がカメラに入らないくらいの音量でいうと一織が布団に体重をかけた。 「壮五ー、環ー起きろー」 三月が壮五の頬をぺしぺしと叩く。 「ん・・・・三月さん？」 「おぉ、壮五の寝起きってあんま見れないから新鮮だな。おはよ。壮五」 「おはようございます。って、え。なんで環くんこんな近くに・・・・・・」 壮五が起き上がろうとするが、なにかがひっかかっているのか起き上がれない 「ソウ、そのままでいい。起きろタマ。お兄さんが王様プリン食べちゃうぞー」 「え。ヤマさん！？王様プリン？」 ぱちりと目を開ける環 「うぉ、そーちゃんちけぇ！」 「ああ、ごめんね。なんか僕寝ぼけてたみたいで。」 「別に大丈夫だし。あったけえし」 「あの、2人の世界に入らないでもらっていいですか。」 「いおりんいたのかよ！」 「俺もいるよ」 「私もいます」 「あと、撮ってるからな。これ、寝起きドッキリだから」 「ええ、まじか」 「撮ってたんですか。恥ずかしいな」 壮五は布団の中に顔を隠してしまう。 「以上、和泉三月の寝起きドッキリでした」 「お前らなあ、寝起きドッキリあることぐらい想定しとけよ。」 「え、なんのことですか。」 「いや、これは俺たちもわるいぞ、大和さん。」 「あー。まあそうだな。」 「とりあえず、自分の格好見て見ろよ、壮五」 三月が布団を剥ぐと、壮五は下着一枚で、環も上半身裸だった。 2人の足は絡まるように重なり合っている。これのせいで壮五は起き上がれなかったのだ。 「うぉ、そーちゃん！昨日俺に脱ぐなって怒ったくせに脱いでんじゃん。」 「えっ、え、ごめんね。全然覚えてないんだ。」 「俺らが飲ませてこの部屋に放りこんだからな。」 「悪い。壮五なら絶対起きちゃうだろうなって思ってさ。」 「どっちがリスキーか微妙なところだけどな。」 「俺もさっき思ったわ」 「まあ、MEZZO”ファンは大喜びだと思うのでいいんじゃないですか？」 「いいなあ環。俺も壮五さんと寝たい。」 「マネージャーが6時に迎えに来るから準備するぞー。」 現在の時間は4時30分である。 「まだぜんぜんあんじゃん。俺寝るからそーちゃんあとで起こして」 「えぇ、しょうがないな。」 「ソウは甘いな。お兄さんもあと30分寝るから起こして。」 大和は環の隣の開いてるスペースに寝転がってしまった。 「大和さんもですか」 壮五はあきれたように笑いながら環の足をはずして起き上がった。 「ハワイでしかできない体験をしましょう！ということで、本日の体験はこちら！射撃です！」 三月の後ろでは実銃を構えたインストラクターがにこりとほほえんだ。 「先ほど俺らはインストラクターの方に指導をうけたので、実際にやってみたいと思います。じゃあ環からな」 「うっす。なんか銃ってアイナナ警察思い出すからやだな。」 環は目を保護するようのゴーグルと音を緩和するヘッドフォンをつけて的を狙う。 ”バン”と大きな破裂音と衝撃が環を襲う。 「うお、めっちゃビリビリする」 環が手をパタパタとふっている。打った弾は的の端に穴をあけた。 「え、全然真ん中いかねーんだけど」 再び銃を構えた環の横顔は映画のように様になっている。 そのまま続けざまに4発打った。 「手、ちょーいてーし、まじむずい」 環の的に空いた穴はすべて中央からは大きくはずれている べーっと舌を出した環に一同は安心したように笑う。 「なんだよ」 「いや、四葉さんがあまりにもギャップがあるので」 「はぁ？」 「様になってたってことだよ。」 大和が訝しげな顔をした環に言う。 「ましで！？やった」 嬉しそうに笑った顔はすっかりいつもの環だった。 「じゃあ次は壮五な」 「お願いします。」 ゴーグルとヘッドフォンをはめ、銃を握る壮五の手はわずかに震えている。 「おい、ソウ大丈夫か？」 大和が問いかけるもその声は聞こえていないようだ。 銃を構え、銃口がまっすぐ的を向いたとき、壮五の手から震えが消え、目から光が消えた。 けたたましい音と共に放たれた5発の銃弾は的の真ん中を綺麗に貫いている。 まわりがそれを呆然と眺める。 「Wao!流石器用ですねソウゴ！私も負けていられません！」 静寂を打ち消すように大きな声を出したのはナギだ 「お、おぉすげえな壮五！次はナギだな！」 「Yes!ソウゴ、交代しましょう」 ポンっと肩を叩かれはじめて気がついたかのように壮五は振り返った。 そして的をみて、しまったという顔をする 「ソウ、はやくこっちこいよ」 大和に促され、やっとゴーグルとヘッドフォンを外した壮五は早足でメンバーに合流する。 ナギの射撃が始まる。 「ソウ、ちょっと出てもいいって」大和に促され射撃場を後にしようと歩き出した。 後ろからはナギの″パーフェクトです！当然ですね！″という声とスタッフの慌てたような一旦止めます！という声が響いた。 その声に驚いて引き返そうとする壮五の背中を大和は強くおした。 「すいません。僕のせいですよね」 どこにいくわけでもなく、射撃場の近くの道を歩きながら壮五が言った 「んー？ミツだったら怒るかもな」 「大和さんは怒らないんですか？」 「俺から言わせればスタッフの爪が甘過ぎ。俺が千葉志津雄の愛人の子なのも、ソウがＦＳＣの御曹司なのも、ナギが特殊な立場なのも業界内じゃ公然の秘密ってやつだろ？なのに企画内容がこれじゃあな。そりゃあ仕事なんだからしっかりやるべきかもしれないけどさ、俺らアイドルだし、特にソウとかナギはバラエティー班でもないんだからさ、ボロがでて当然だろ？」 「そうですかね」 「昨日のビーチだってさ、俺の昔の知り合いにあってもおかしくないだろ？もし会ってたらお兄さんあんなにバナナボートではしゃげないって。あ、スタッフの悪口いってたのミツには内緒な。あいつすげえ怒るから」 大和が笑って。ミツは全力だからなー。と呟いた。 「もっと、上手く外せると思ったんです。」 ポツリと壮五がこぼす。大和は何もいわず、続きを待っているようだ。 「ハワイに来ると、必ず射撃の訓練をさせられたんです。日本では関係ないけど、海外に出れば使う機会があるかもしれないからこれぐらい知っておけと。」 「はあー。さすが」 「やるからには完璧でないと気がすまないのが父ですから、結局あんな感じに。銃を握ると、なんかスイッチ入っちゃうみたいで」 「あのソウは怖かったな。お兄さん背筋が震えちゃった」 「カット。ですよね」 「だろうな。アイドルが銃の扱いが上手いなんてヤバイだろ」 「おーい、二人とも！やっと見つけた。」 後ろから声が響いた 二人が振り返ると三月が走って来ていた。 「おう、ミツ。わりい」 「すいません。三月さん。」 「謝んのはあと！壮五とナギの部分カットすることになったから」 「で、どうするんだ？」 「じゃんけんして、勝ったやつだけやったことにする！今からじゃんけんの部分と、俺と一織と大和さんの部分撮るから早く戻るぞ！」 そういうと三月は踵を返して走り出した。 「悪いことしちゃいましたね」 「だからあれは企画が悪いんだって」 「おい！走れよ！」 「はいはい。」 「ハイは、一回！」 「「はーい」」 「「申し訳ございませんでした」」 ナギと壮五がプロデューサーに頭を下げている。 「いや、こちらも悪かったよ。さすがに無理があったね。」 プロデューサーは笑う。 「でも逢坂くんのあの映像が使えないのは残念だな。ゾクッとしたよ。今度、銃がでてくるドラマに推薦しとくよ」 「ありがとうございます」 壮五が勢いよく頭を下げるとプロデューサーはまた笑った 「そーちゃん、大丈夫？」 「大丈夫だよ。ごめんね」 「ソウゴはともかく、私の美しいショットがカットなのは解せません」 「普通のアイドルは、銃の反動にびびらずに、5発とも正確に真ん中にあてるなんて、できねえの！」 「そうなのですか！？」 ナギは心底驚いたような顔をした。 「まあ、硝煙を七瀬さんに吸わせることを避けられたので結果的にはよかったんじゃないですか」 「そうかもしれねえけど。壮五、まだ隠してることないだろうな。」 三月にじろりと睨まれて壮五は考えるような仕草をする。 「えっと、あとはセスナの操縦が」 「Oh!!ソウゴ、見た目は子供、中身は大人ですね！」 「え？中身も見た目も大人なつもりなんだけど」 「そーちゃん、そーじゃねえよ。」 「真実はいつもひとつ！だね！」 陸がビシリとポーズを決めると、壮五は首をかしげる。それをみて周りはゲラゲラと笑った 「第三回個人的クイズー。」 「これ、地味に恥ずかしいよな」 「わかります。」 大和が呟くと、一織がうなずいた。 「最下位の人は、あることに挑戦してもらいます」 「なんですか？あることって」 「俺もしらない。」 「えぇバンジーとかじゃないだろうな」 「No!ＮＧです！」 「まあ、それはおいおいわかるから、じゃんけんするぞー」 「「「はーい」」」 じゃんけんの結果、勝ったのは一織だ。 「それでは、私は罰ゲーム回避ということで、第三回。個人的クイズです。ずっと思ってたんですが、私たちのクイズよりハワイに関するクイズをしたほうがいいのでは？」 一織の指摘にスタッフの苦笑いが響いた 「こら、一織そういうことをいうんじゃない！」 「そうですよ、イオリ私達のこと知りたいファンの皆様も多いはずです」 「そうだぞ、ナギいいこと言った」 「はぁ。まあ、そうですね。はじめますよ。それでは第一問。私、和泉一織に聞きました。」 「いおりんテンション低いぞ」 「うるさいですよ。うわ、これは恥ずかしいですね。」 「一織、早く」 「七瀬さんは黙っててください。改めて、私、和泉一織に聞きました。寮生活をはじめて一番変わったことはなんですか」 "ピンポン" 「四葉さん」 「朝ちゃんと起きるようになった」 「それはあなたでしょう。それに逢坂さんに起こしてもらってるだけじゃないですか」 「最近は一人で起きるし！・・・たまにだけど」 "ピンポン" 「七瀬さん」 「ご飯が楽しみになった！みんなと食べるのおれはすごい楽しいよ」 陸が笑う 「んっ・・・、違います。まあ、少し惜しいですね。ちなみに複数人同じことを書いている人がいるようです。」 "ピンポン" 「逢坂さん。」 「僕も書いたから恥ずかしいんだけど、人の気配がしないと落ち着かなくなった。かな？」 「正解です。ちなみに、二階堂さんも同じようなことを書いてました。はい、次いきましょう！」 「イチ、お兄さんまで巻き込まないで」 早口でまくしたてる一織と赤面する大和を他のメンバーがニヤニヤとして見る 「一織と大和さんなんか可愛いね」 「次、いきますよ！」 「「はーい」」 「第２問。逢坂さんに聞きました。最近言われてショックだったことは？ん？これは、嬉しかったことじゃないんですか？」 「うーん。僕ってテレビで見てるとそう見えないんだなと思ったらちょっとショックだったんだよね。」 不思議そうな顔をした一織が聞くと壮五は苦笑した。 「ああ、なるほど。」 "ピンポン" 「四葉さん」 「真面目」 「違います。逢坂さんが真面目なのはいいところでしょう。」 「だって、そーちゃんいっつももう少し面白くなりたいっていってんじゃん」 「もう少し臨機応変に対応できたらとは思うけど違うよ」 "ピンポン" 「兄さん」 「実在しているんですね」 「え、どういうことですか」 「壮五ってなんか白いし、整いすぎてて現実感ないときないか？あれ？俺だけ？」 「まあ、わからなくもないですが、違います」 「僕、三月さんにそんな風に思われてたんですか」 「イチ、ヒント」 「四葉さんや十さんと一緒の仕事が多いから、ですかね。」 「わかった！」 "ピンポン" 陸が勢いよくスイッチを叩いた 「七瀬さん」 「意外と背高いんですね！」 「正解です。」 「俺もたまに壮五さんと並ぶとビックリするときあるもん。」 「なんでですか、日頃一緒にいるじゃないですか」 「だって、やっぱり環の隣にいるとちょっとだけ小さく感じるっていうか。」 「意外と九条が背が高いのと一緒だよな。あいつもでかいのに囲まれてるからちっこく見えるけど」 「それはそうかもしれませんね。九条さんの身長は、陸くんと変わらないですから」 「ミツと並ぶとびっくりするよな」 「うるせえぞ！」 放送時に全員の身長が表示され、三月はテレビの前でまた叫ぶことになった。 「次、行きますよ。第3問。七瀬さんに聞きました。メンバーと1日だけ入れ替わるなら誰がいいですか？ちなみに、七瀬さんは二人、名前を挙げています」 "ピンポン" 「六弥さん。」 「私と三月です！」 「なぜですか？」 「美しい私と、キュートな三月になりたいに決まっています」 「違います」 一織は心底理解できないという顔をしている "ピンポン" 「二階堂さん」 「イチとタマ」 「理由は」 「メンバーと高校生活してみたいから」 「大和さん大正解です！なんでわかったんですか？」 「リクよく言ってるじゃないか、学校楽しそうだなーって」 「なんで二人なの？」 「一織といれかわって環と学校いくのも、環といれかわって一織と学校行くのも楽しそうだなーって、今も修学旅行みたいで俺はすごい楽しいけど」 陸のキラキラとした笑顔にまぶしっと三月が顔を覆った。 「第四問行きますよ。残りは四葉さんと兄さんと六弥さんですね。」 「そろそろ挑戦する内容を教えてくれてもよくねえ？」 「そうですね。えっと最下位の方に挑戦してもらうのは」 一織がスタッフから受け取ったボードを裏返すとそこにはバンジーの文字があった 「お兄さんあたっちゃった？」 「ネタバレしてんじゃねえよ！」 「え？1人じゃなくて2人ですか？わかりました。次の問題で抜けられなかったお2人にはバンジージャンプに挑戦してもらいます。」 一織がつげると回答者席の3人からえーっという声があがった。 「それではいきますよ。最終問題です。二階堂大和さんに聞きました。」 「ええ、お兄さん？」 「最近一番嬉しかったことはなんですか」 「あー、まじかー。それかー。ロケバス戻っていい？」 「ダメに決まってるでしょう だいたい、恥ずかしいならこんなこと書かなければいいじゃないですか。」 「いやぁ、お兄さんそれ書いたとき少し飲んでてさ」 「自業自得ですね」 「大和さんが恥ずかしがることってなんだ？」 「キザなことですね」 「いおりん、ヒント」 「四葉さんや七瀬さんみたいなことですね。」 「環くんがずっと言ってたことだよ。僕も嬉しかったな」 "ピンポン" 「このロケ！」 ボタンを押したと同時に環が叫んだ。 「四葉さん。正解です。まったくいじらしいですね私たちのリーダーは」 「やめろ、生暖かい目で俺をみるな」 「大和さん意外と楽しんでるよな」 「ヤマト、素直になるのも必要ですよ」 「うるせえ、お前らとハワイ来るの楽しみにしてちゃ悪いかよ」 「大和さん、俺もすごい楽しいです」 「俺も！やまさん！」 「僕も楽しいですよ」 カメラから隠れるようにしゃがんでしまった大和にマジ照れのリーダーとテロップがはいった。 「というわけで、これから兄さんと六弥さんにはバンジージャンプに挑戦していただきます。」 「Nooooo!」 「一織、あれ見ろよ」 三月が指をさす先にはADがスケッチブックを持っていた。 「バンジージャンプには司会者も挑戦してもらいます？」 一織が片眉をつりあげる 「一織も挑戦するんだ！がんばって」 「なんでですか！？」 「確かに、今回は誰も司会者が免除とは言ってなかったよな」 ニヤニヤしながら大和が笑う。 「冗談ですよね」 恐る恐る一織がまわりを見渡すが首を縦に振る人はだれもいなかった。 「もう無理です。私はもうだめです。」 三月と一織に半ばひっぱられるように生気をうしなったナギはロケバスへの道を歩いていた。 バンジージャンプに挑戦した3人は収録を無事終えた。 最初に挑戦した一織はカウント後しばし躊躇した後飛び降りた。 普段あまり発しない一織の焦ったような声が響き、あがってきて憔悴したのを三月が精一杯なぐさめた。 次に挑戦した三月は直前まで強気であったが、ジャンプ位置にたつと途端に口数が減った。 兄さん、頑張ってください。という弟の声に押されカウントで飛び降りたのだが うおぉぉと野太い声が響いた。 「やってみたら意外といけた」と笑った兄を一織は宇宙人をみるような目でみていた。 問題はナギである。 器具をつけたあとも柵にすがりつくナギを和泉兄弟は困ったように見つめていた。 「ここなを帰ったらみてあげますから」 という、いつもの口説き文句も今のナギには無意味だ スタッフが焦りだす頃合いに三月が口を開いた。 「ナギ、帰ったらココナのコスプレしてやるから」 「兄さん！？」 「魅力的ですが・・・それでも私は無理です！」 「2期！２期の衣装も着てやる！」 ここなの２期の衣装は１期に比べてヒラヒラ度が上がる。三月が頑なに拒否してきた衣装だ。 「三月・・・ほんとですか。」 「男に二言はねえよ！」 腕を組んでふんぞり返った三月にナギはようやく己の足で立ち上がった。 カウントされる間も、ここな・・・私に力を、とブツブツいいながらゼロ！の声と共に空中に飛び出した。 ナギは悲鳴も上げず、ただ呆然自失の状態であった。 自我を取り戻したナギは足が震えるなどと文句をいいながら三月と一織にひっぱられている。 「ナギ、歩けよ。」 「No.今の私は子羊のように足が震えています」 「六弥さんもがんばったんですから、兄さん褒めてあげてくださいよ」 「そうですよ三月。二人とも！伏せてください」 いやいやと言っていたナギが突然二人の頭を抱えてその場にしゃがんだ。 「あ、ばれちゃったかな？」 「だからやめときなっていったのに」 若い女性の声が聞こえ、パタパタと走り去るような音が聞こえた 「Oh、ファンのレディーたちでしたか」 「隠し撮りしてたのかな？よく気づいたな、ナギ」 「カクシドリ・・・そうですね」 「六弥さん。なにと勘違いしたのか知りませんがその顔、戻していただいていいですか？」 ギロリと睨むように一織はナギを見る。三月も心配そうな顔でナギを見ている。 「顔？私の美しい顔がどうかしましたか」 そういうナギはどこか上の空だ。見かねた三月がナギの頬を両手でつねってのばす 「ナギ、怖い顔してるぞ。」 「四葉さん風に言うと知らない奴みたい、ですかね。」 三月が手を離すとナギが頬をさする 「Sorry。少し気が昂っていたようです。」 「そうだぞナギ、せっかくのイケメンが台無しだ」 「そんな顔をしているのは私が許しませんよ。私たちはアイドルなんですから。アイドル、六弥ナギでいてもらわないと困ります」 「・・・・・・三月！一織！」 ２人の名前を呼ぶとナギは熱烈なハグをする。 「早く帰って、三月と約束したことを大和に自慢します！」 そういって駆け出すナギはすっかりナギで、兄弟は顔を見合わせて笑いながらその背を追いかけた。 「２時間にわたってお届けしてきた、新春アイドリッシュセブンinHawaii、ドタバタスペシャルですが、そろそろお別れの時間です！」 「この番組そんなタイトルだったんだな。」 「え、言ってなかったけ？１回も？」 「言ってなかったですね。確かに」 大和の指摘に三月が慌てて壮五も同意した 「そんなところも私たちらしいんじゃないですか？」 「ドタバタだね！」 一織があきれたように言って、陸が笑う 「そうだな。お別れはこのビーチから夕陽と共にお送りします。」 ７人のいる場所はビーチで、あたりはオレンジ色に染まっている。 水平線の上でオレンジ色の太陽がまさに沈もうとしているところだ。 「夕陽がきれいですね」 「なんかせつねーな」 ナギと環が顔に濃い影を落としながら落ちる夕陽を眺めている つられるようにほかのメンバーも夕陽に視線を向ける。 ゆらゆらと揺れるオレンジ色の海面が刻一刻と色を変えていく。 夕陽が水平線に落ちるのをただ眺める７人をスタッフもなにも言わず、ただその横顔をとらえている。 オレンジ色の太陽が水平線に隠れるとはっとしたように三月がカメラの方をむいた。 「ついつい見とれちゃいました。画面越しにみても充分きれいだと思うけど、やっぱり生でみるのはすげぇ感動した。」 「また、来たいな」 ぽつりとつぶやいたのは陸だ。 「うん。ちょー楽しかったし」 「そうですね。日本ではできないような体験もさせていただきました」 環、一織がふっとカメラに向かって笑う 「７人のハワイ！今までで一番楽しかったです！」 「奇遇だね。僕もそう思ってたよ」 ナギが興奮したように言うと、壮五がふわりとほほ笑んだ。 「また、来れるかな？」 海をじっとみつめていた陸が不安げな表情で振り返った。 「陸、来るんだよ。いつでも来れる」 がしがしと陸の頭を大和が撫でる。 「プライベートで来てもいいけど、また来年もこうやってやれるように今年も頑張らないとな！」 大和の言葉に全員がうなずいた。 暗くなったビーチに照明がついた。 その明かりのもと、７人が改めて横並びになる。 「陸、締めの挨拶頼んだぞ」 センターに立つ陸に三月が促した 「俺？」 「あなたがセンターでしょう」 「う、うん。みんな楽しんでもらえたかな？俺らも撮影なの忘れてほんとに楽しかったから、楽しいのが伝わってくれたら嬉しいな。 ハワイはほんとに楽しいから、みんなも仲のいい友達とか、家族とか、大事な人と来てサイコーの思い出を作ってほしい。俺らは最高の思い出ができたよね！？」 陸が問いかけると６人がうなずく 「またこうやって７人で思い出が作れるように、今年も俺たちは全力で駆け抜けていきます！それでは」 「「「「「「「アイドリッシュセブンでした」」」」」」」 「OKです！お疲れさまでした」 ディレクターの声がかかり撮影が終わった。 「終わっちゃったね」 ぽつりと陸がつぶやく 「りっくん、しんみりすんなって」 「そうだぞ陸、大和さんがまた連れてきてくれるからな！」 「そうだぞ、お兄さんがいくらでもって・・・・・・三月君！？」 「さっきの大和さんかっこよかったですね」 「来年も来れるよう頑張る。二階堂さんもいいこと言うじゃないですか」 「私も感動しました。」 ナギが泣きまねをすると陸が笑って、明るい空気が戻る 「みなさんお疲れさまでした。」 「みんな、お疲れ」 マネージャーと万理が７人を労う 「これで撮影は終わりです。と言いたいところなんですが」 「へ？まだなんかあんの？」 言いづらそうにするマネージャーに、大和はつい責めるような口調になってしまう。 「おい、おっさん、マネージャーいじめんなよ」 「そうですよ、マネージャーも大神さんも頑張ってくれていたんですから」 「やまさんひでえ」 「レディーには優しくですよヤマト」 「マネージャーも仕事だからしょうがないよね。」 「えぇ、お前らさっきお兄さんのこと褒めてなかった？ソウ？」 唯一、大和を責めなかった壮五に助けをもとめる 「えっと、マネージャー。まだ撮影があるってことかな？」 壮五はわざとらしく視線を外して、マネージャーに聞いた 「お兄さん泣きそう」 「特典映像用に寮のような映像を撮ってほしいといわれていまして、お手数なんですが、あのホテルの部屋についていたキッチンを使って料理をしていただければと・・・・・」 「いままでみたいに小型カメラでとればいいのか？」 「はい。料理も簡単なもので大丈夫ですので」 「りょーかい。明日の朝ご飯、俺がつくってやるよ」 三月がにっと笑う 「じゃあ、夕食がてら買い物に行こうか」 万理の提案で一同はショッピングモールへむかった。 [newpage] [chapter:最終日] 「おはようございます。和泉三月です。今日はハワイの食材を使って朝ご飯を作ろうと思います。 アシスタントは壮五にやってもらいます」 カメラに向かって三月がしゃべる。手元にはずらりと食材が並んでいる。カメラを持った壮五はくるりとカメラを自分の方に向けるとひらひらと手を振ってすぐに三月にカメラをもどした。 「7人。いや、今日はマネージャー分も入れて9人分作るから結構骨がおれるな。」 「なにを作るんですか？」 「それはできてのお楽しみってね」 三月は手際よく食材を刻んでいく。それを逃さないように壮五はカメラを動かす。 手を動かしながらも食材の説明をする三月はとても楽しそうだ。 「いいにおいがしますね。お腹すいてきました。」 フライパンにバターを引いてそこに地元の魚の切り身を入れるとじゅわりといい音が響いた。 その時ガチャリと音がして部屋から一織が顔を出した。 「兄さん、逢坂さん。おはようございます。」 寝起きとは思えないほどキリリとした表情の一織が挨拶をする 「おはよう一織君」 壮五はそれに返してカメラを一織に向けた 「あれ、もう撮ってるんですか。起こしていただいたら手伝ったのに」 「いやあ、気持ちよさそうに寝てるからさ。一織、皿運んでもらっていいか？」 「はい。」 一織はすぐに三月の手伝いをはじめた。息がぴったりでうらやましいなと壮五は思う。 「壮五、そろそろできるからおっさんたちと環起こしてきてくれないか？」 「ふふ、わかりました。」 「なんで笑ったんだよ」 急に笑った壮五を三月が訝しげな顔で見る 「いえ、ハワイなのに寮みたいだなと」 「そうだな」 三月も楽しそうに笑った 壮五は3人部屋に行っていつものようにメンバーを起こす。 エキストラベッドからはナギの長い脚がはみ出していて、思わずカメラに収めてしまう。 素直に起きた陸とは対照的に今回は本気で寝ている大和を起こすのは一苦労で、結局三月につかっていないフライパンを借りていつものようにけたたましい音でたたき起こすはめになった。 環も変わらず上半身裸で寝ているから、半分寝ぼけた状態の環に無理やりいつものTシャツ着せて半ばひきずるように食卓につれてくるころには壮五の顔には若干の疲労が浮かんでいた。 一織はマネージャーと万理さんにラビチャを送って、もう少ししたら来てもらうように依頼した それまでにメンバーの食事風景を撮影する。 寮のテーブルより大きいテーブルに7人が座る。 そこに豪華な朝食がならんだ。 「いつもの風景ですね」 「でも最近はあんまり全員揃わねえから、久しぶりな感じするな。ほら、壮五もそれ適当において座れよ」 席にすわりながら一織と三月が言う。 座席もいつもの寮と同じだ。 壮五はカメラを全員が撮れる位置にセットすると席に着いた 「めっちゃうまそう、食べていい？」 「だめだよ環、いただきますしてから」 待ちきれない環を陸がたしなめる 「そうだぞタマ、ほら、手あわせろ」 大和の号令で全員が手を合わせた 「「「いただきます」」」 いつもの寮の朝の声が高級ホテルのスイートルームに響いた 一通り舌鼓をうったころにマネージャーと万理も合流し共に朝食をとった。 フライトの時間まではフリーだというので、せっかくだからと全員で1日目に一織と環が尋ねたレストランのオーナーに色紙を届けた。 応援してるよ。味方はいっぱいいるからねとほほ笑むオーナーに壮五は頭を下げ、今度は堂々とメンバーと来てねと言われ大和は苦笑した。 一昨日行ったショッピングモールで各々お土産を買って件のマラサダ君を見た大和は八乙女にあげようと購入していた。 陸は壮五にハワイアンジュエリーの説明を聞いて、天にいにあげたらつけてくれるかな。と不安そうな顔でマイレのモチーフがはいったチャームを２つ購入した。あのブラコンが七瀬さんにもらったものをつけないわけないでしょうと一織はあきれたように言っていた。 三月と壮五は特に気に入ったハワイのビールを十さん用にと購入し、リバーレへのお土産は万理に選ばせた。 残りの時間はビーチに繰り出して本気で遊んだ。特に大和がはりきっていたのは帰りの飛行機でぐっすり眠るためだ。 空港につき、やはり別便で帰るナギに大量のお土産をそれくらい運べと押し付けた。 「とても楽しかったです。ハワイが好きになれました。みなさんのおかげですね」 バチンとウインクをするナギにそういうのはファンにやれよと大和があきれた。 「じゃあ、ナギさん。気を付けて帰ってください」 「Yes。今度来るときは同じ飛行機で来れるようなんとかしてみせます！ みなさん、しばしのお別れですね。私がいなくて寂しいでしょうが、私にはエコノミーは狭すぎるので、これは仕方のないことなのです。」 「うるせえ、さっさと行けよ。」 大和が悪態をつくとヤマトは素直じゃないですねと言ってナギは搭乗口に向かっていった。 その後ろをどこから湧いてきたのか北欧系のブラックスーツの集団が追いかけていく 「まったく規格外だな。あいつは。俺らもそろそろいかなきゃまずいよな、マネージャー。」 「そうですね。行きましょうか」 ハワイを飛び立つ飛行機の中。行きとは違って飛行機の外はまだ明るい。 昨日みた夕焼けと同じオレンジが広がっている。 席順は行きと同じ。エコノミーの座席で座る6人は心なしかお互いに寄っている。 「なんか、さみしー」 滑走路を走り出した飛行機、ガタガタと揺れ、不思議な緊張感が走る機内でぽそりとつぶやいたのは環だ 「そうだね」 静かに壮五が同意した。 「やめろよ。しんみりするだろ」 前の座席に座っている三月がいう。窓の外を見つめる瞳は少しうるんでいる 「楽しかったですね。」 一織が独り言のようにいう 「また来たいな」 聞き取れないくらいの音量で大和はつぶやいたが、離陸の音にかき消されそうな言葉はメンバーの耳には届いていた。 「また来ましょう！絶対。俺は来たいです。」 ポンと音がしてシートベルトのランプが消える。 ハワイはすでに遥か下で島の輪郭がはっきり見える。 陸の言葉に、短く5人が同意した。 しんみりとした空気に身をゆだねると瞼は自然と降りて、日常へと近づいていく。

3周年楽しみですね！<br />前作からの振り幅ｗ<br /><br />真夏なのに新春スペシャルとは何事。でもハワイだからセーフ！<br />アイドルと言ったらハワイだよな。でもそーちゃんも大和さんもナギ君も行ったことあるよな絶対。エコノミークラスでハワイとか無理ゲーだろうなというところからはじまりました。<br />長かった。<br />明るいバラエティだけど少しずつ昔の思い出が見え隠れするのを、新しい思い出で上書きしていってほしい。<br /><br />・ナギの素性バレした後の設定です。

アイナナinハワイスペシャル

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ATTENTION！ ・この作品はただの俺得です。 ・八幡が空白並みの演算能力と暗殺教室の生徒以上の運動能力を持っています。正にチート。 ・俺ガイルメンバーはE組には居ません。 ・原作無視かもしれません。 ・八幡のキャラ設定が少し変わってます。 ・続きは期待とコメント次第？書くかわかりません。 　それでもよければどうぞ！ [newpage] 「今日は用事あるんでサボりますよーー」 『ニュヤ！？ちゃんと学校に来てください！君には聞きたい事が山ほどーーー』 「用事はテメェが殺した俺の家族の墓参りだ。命日なんだよ今日が」 『……！？』 「いつまで惚けてるつもりだ死神？テメェが奪ってきた命なんてノミにも等しいかもしれないけど、人殺しが今のうのうと教師やってるなんてアイツらが聞いたらどうなるんだろうなぁ？」 『ぐっ……！関係ありません！！例え先生を糾弾されることがあっても君たちにちゃんと向き合うって決めてるんです！！』 「それは人に言われた事だろうが。義務であって本心じゃない。まあどうでもいいけど」 『……………』 「人殺しが教師やってるなんてある事ない事をネットにばら撒いたらアンタは近いうちにクビになり、約束は守ることが出来なくなる。アンタは不味いんじゃないのか？」 『君はどこまで知って……』 「というわけでじゃあね♪殺せんせー」 『待っーー』 ブチッーーツーーツーー 『よかったのですか？マスター？』 「律か。お前ハッキングで携帯に乗り移るのかよ……なんでもアリか」 『比企谷さんの家のパソコンなどは侵入出来ませんが』 「やるんじゃない。てゆーかお前も大概チートじゃねぇか」 『……比企谷さん。今の話って』 「くれぐれも内密に頼む。殺しはするさ。けど、それは今じゃない。最大のチャンスを作る為の布石だしな」 『……分かりました。今日は墓参りですね』 「ああ、14時からな。その間はデートでもするか？お前が見たい街を見せてやるよ」 『！！はい！行きたいですマスター！』 「りょーかい。律、支度は……要らないんだったな」 ザァザァと降る雨の音に比企谷は顔を少し歪ませる。いつもと変わらず黒パーカーを着て財布と携帯、律の視界用小型カメラを持ち、靴を履いてドアを開けた。 「ホント、雨は嫌いだ……」 家族が死んでた時も雨は降っていた。まるで空が涙を流してるようで嫌気がさした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 潮田「比企谷くん来ないね……」 赤羽「ひょっとしてサボりじゃない〜？俺もサボりたかったな〜」 茅野「まあ連絡しようにも比企谷くんの連絡先知らないし……」 杉野「よくよく考えれば謎が多いよなー。比企谷も殺せんせーも、比企谷が不登校になった理由も分からないし」 3ーE組にとって比企谷は特異な存在だ。規格外の化け物でありながら手の内を全く見せない。住所も理事長以外、全く知らないらしいし、連絡先も知らない。狡猾な男と思えばペテン師であり、正体が全く分からない。 赤羽「まあ、今度聞けばいい事じゃん」 赤羽は謎が多い比企谷を見据え、少しニヤッとして悪い顔を浮かべていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「久しぶり、母さん、父さん、小町」 墓の前で傘をさして膝をつく、ズボンが濡れようと構わなかった。傘の下でライターをつけ、線香をつけ、墓碑に置いた。 「今は元気……かもしれないな。楽しい人生って訳じゃないがそれなりにやってるよ」 雨の中、三つの缶を置く。一つは甘酒、一つはブラック、一つはマックス缶コーヒー、家族が好きだったものだ。 「……仇は必ず……見ていてくれ父さん、母さん、小町、絶対……絶対に殺すからさ」 声が震えるが涙は出ない。だけど、胸が痛くなり目が熱くなる。こんな目が覚める話なんてなければ良かったのにといつも呟く。 過去は過去だ。いつか決別しなければならない。なんて事を言うつもりは絶対にない。決別する時が来る時はない。来なくてもいい。 決別する時は俺が全てを成し遂げてからだ。 「……喫茶店でも入るか」 似合わない自覚はあるが、どうせサボりだ。優雅にマックスコーヒーでも飲もう。 八幡「…………あァ？」 喫茶店見つけたと思ったら椚ヶ丘の生徒がいた。えっと、モブ1とモブ2だな。名前なんてどうでもいい。まあ一応名前書いておこう。読者的サービスで。 メタいな…… 瀬尾「………あ？ッ！？テメェ比企谷！？」 八幡「はいはーい、みんなの嫌われ者の比企谷ですが何か？」 果穂「なんでアンタがここに居るの！？」 八幡「喫茶店だからに決まってんだろ。馬鹿なの？死ぬの？」 瀬尾「はぁ！？テメェ調子こいてんじゃねぇぞ！！E組のくせに！！」 八幡「そのE組の俺に一回もテストで勝てない奴が随分と偉そうだなぁ？負け犬根性染み付いてるんじゃない？モブ1」 瀬尾「テメェ…！！」 八幡「くっくっく、ここは喫茶店だぜ？ギャーギャーギャーギャー喧しいんだよ。発情期ですか？モブ1君」 ギャーギャー喧しい声は無視してイヤホンをつけ、喫茶店に入る。 八幡「お爺さん、お婆さん。相席よろしいでしょうか？」 コクリと頷き、俺は座る。 チラリと奥の婆さん爺さんを見る。アレは変装だ。結構完璧だから中身は分からないけど変装メイクが出来る菅野の仕業だろう。なら中身はE組の誰か、身長からして潮田、茅野だろう。 そして変装してまでここに来る理由、復讐だな。ささやかな意趣返し。何があったんだよ全く…… ここから見える場所でなんかのアクションを起こすなら恐らくマンションの窓枠……いた。 コーヒーを狙う人間が2人。千葉に速水だ。注意を逸らすために2人は誘導してるのだろう。緊急なので片方はトイレに行った。 つまりは下剤か。球に改良した奥田特性の下剤、アイツらコンビニまでダッシュだろう。雨の中、プライドの高い彼らはトイレ貸してくれなんて言わない。 「てことは走らすタイミングでもなんかあるのか？」 『はい！調べた結果、木の上に三つの携帯の反応があります。電波からしてE組で間違いないです！』 「ふっ、ザマァ」 イヤホンから律の声が聞こえ、静かにほくそ笑み呟いた言葉は雨にかき消され、モブ達には聞こえなかった。 ーー5分後 果穂「な、何かお腹痛くなってきた……」 瀬尾「お、俺も……」 八幡「あっ、因みにトイレさっきお婆さんが入っていたから当分出ねぇよ？何でも便秘らしいから」 瀬尾「なっ！？」 八幡「ここから100メートル辺りにコンビニあるからそこへ行きなよ。まあ誇り高きA組様がまさか民間トイレを借りるなんて傑作だけどね笑」 瀬尾「クソっ！！」 果穂「ちょっと！！抜け駆けすんな！！」 おーおー醜い。トイレの為にあんなギャーギャー騒ぐとか何それ面白すぎ……なのでとりあえずパシャリ、と1枚写真を撮っておいた。そしてモブ達に見られないように袖口で口元を隠しながらうっそりと笑った。 八幡「んで？乗っかってやったけど説明してもらえる？潮田くんよぉ？」 潮田「やっぱりバレてた……いつから計画に気づいてたの？」 八幡「推測と予測、まあコンビニの道になんかあんだろ？」 潮田「凄いね……比企谷くんはサボって何してたの？」 八幡「企業秘密」 その後、潮田は全容を話してくれた。前原が食らった理不尽的な暴力に殺せんせーが過剰に反応。仕返しという名の復讐に出たらしい。 八幡「さて、帰りますか」 潮田「比企谷くんはこの後どうするの？」 八幡「どうもこうもしねぇよ。帰って飯作って寝るだけだ」 潮田「もしかして一人暮らし？」 八幡「ああ、じゃあな」 俺は喫茶店から出た。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 前原「フェイズ2だ！」 磯貝「急になんだよ」 前原「比企谷が丁度いたんだ。尾行だ尾行！！」 岡野「何言ってんの……」 前原「だって住所どころか連絡先まで知らないんだぜ？それに謎過ぎる比企谷の意外な一面が見れるかもしれないんだぜ？」 一理あった。潮田、茅野以外のメンバー、磯貝、岡野、岡島、菅野、速水、千葉、奥田、矢田、倉橋は確かに…と呟く。 殺せんせー「ニュ、仕方ありませんねぇ」 矢田「殺せんせーも行くの？」 殺せんせー「彼には聞きたいことがあるので」 前原「よし！尾行開始だ！！」 「「「おー！」」」 そういうと全員は尾行を開始した。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 矢田「どこ行くんだろ？」 速水「家じゃない？やる事なさそうだし」 岡島「これで謎が明らかに……！」 前原「あっ、曲がった」 比企谷が道に曲がる事を見ると全員は足音を立てずに次の道を曲がった。 しかし……曲がった瞬間、いやもう曲がる前から…… パチュ！バシュ！！ 殺せんせー「ニュヤ！？」 八幡「チッ、二本か……まあ考え無しに上出来だろう」 「「「「「「！！？？」」」」」」 比企谷は既に銃を構えて撃っていた。殺せんせーが曲がると予想した時間に狂いはなく、撃った発砲音は雨にかき消され、触手二本が千切れた。 八幡「さて……と。テメーらなんで尾行してた？」 前原「い、いつから気づいてた？」 八幡「最初から、尾行してた時に」 菅野「どんな察知能力だよ！？」 八幡「別にさ？気づかないフリしても良かっんだけどよ。そこのタコ。テメェ次やったらアンタの秘密、国家機密事項を全てバラす。記憶改竄が知ってる奴らに回る前に情報を世界にばら撒くなんて簡単だしな」 茅野「なっ！？」 岡野「アンタ正気！？そんな事したら…！」 八幡「俺たちのメリットが減る、か？んなわけあるか。そのタコがなんで教師やってるか考えてみろや。 何故わざわざピンポイントでE組の教師やってると思う？E組に特別な肩入れがあるからだ。E組に居られなくなればどうなると思う？ まあヒントはここでしゅーりょー。お疲れ様でしたー」 前原「ちょっ！おい！」 八幡「ついて来たきゃ勝手にしろ。俺ん家はもてなす菓子なんてねぇからな」 茅野「……まあ殺せんせー以外はいいし、私達もついていかない？」 速水「……そうする。みんな行こう」 八幡「じゃあね♪殺せんせー」 僕らは気付くべきだった。比企谷八幡、この生徒はどの生徒とも当てはまらない。異質な存在だということに…… 殺せんせーの触手を難なく弾き飛ばした。それも二本初見でだ。つまり比企谷くんの予想と予測、推測、騙し討ちはカルマ君の比じゃない。 まるで底が見えない正体不明の化け物は殺せんせーだけじゃない。 比企谷くんにも言えてしまうことだった。 「ここが俺ん家だ」 ーー第9話ーー完

特にないぜ！では行こう！

もしも八幡が『 』並みの力を持って暗殺教室に居たら 9話

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※注意事項※ 1)　組織側のため残酷な表現があります。 　　具体的には女主もスコッチもガンガン人殺します 2)　景光/スコッチの背景事情はオリジナル設定 3)　お話しの都合上、ウィスキートリオがトリオでいる時間が原作より短め 4)　降谷零/バーボン、赤井秀一/ライに厳しめになる予定 5)　女主チートのため、ご都合主義です あとは適当に… 感覚的に合わないな～ならバッテンお願いします 警察学校組は救済予定ですー [newpage] スパイという仕事は、なかなかにヘビーだ。 作戦基本、バックアップは存在しない。単体で敵陣へと忍び込み、自ら敵と同じリスクを負うことで機密を得る。この機密にしたって、本拠地に持って帰ればスパイ自身は厄介者扱いされて…時には同じ豚小屋に放り込まれることも。臭いものにはフタをしろ、ということだ。そんな危険な任務に就いて正常で居られるのはとんだ変態が紛い物のどちらかだろう。 「や～ん、ちょうかわいいぃ」 きゃんっとハートマークが着きそうな甘い声でいう。両手を口元に添えて首を傾げれば、男たちは虚を突かれたような顔をする。対して、黒いスーツを纏った男は直ぐに居住まいをただし、こちらに敬意を表する。 「ノチェロ様っ　どうしてこのような場所に！」 「やーねん、こんな所お仕事以外で来ないわよ。バカなの？アホなの？組織の一員としてはあまりに短慮な発言だったことを恥じてこの場で自決する？」 「お、おたわむれを」 「本気よ」 そっと男のスーツからハンドガンを拝借する。薬室に一発残っていることを確認し、弾倉を抜いて手渡した。男は見るからに動揺していたが気にせずにっこりと笑いかけ、ぽんと肩を叩いた。改めて目の前の男たちを確認する。この部屋にいるのは五人、わたしと自決を勧めた男、それに…生きている男が二人、死んでいるのが一人。 「ノチェロ、　噂のコードネームってやつか」 「ええ、そうよ。あなたたち、…あ、後ろのカカシちゃんも含めてね。　末端の名無し（ノーネーム）とは違う、幹部の一人でーす！」 白人の男にお茶目に答えれば、場の緊張感が増す。それもそうだろう、組織の末端の仕事…それもお使いレベルのお掃除の確認に、急に幹部が現れたのだ。その心中は察するに容易い。 「新しい狙撃手よね。　この前、うっかりジンに廃棄されちゃった子たちの代わり？」 「はい。　どちらか優秀な方を、次の仕事に使います」 「白人（コーカソイド）はともかく、黄色人種（モンゴロイド）の狙撃手なんて珍しーぃ。　なに？学校のカリキュラムで弾の討ち方習ったの、おにーさん？」 お気に入りのヒールを鳴らして近づけば、お兄さんはグレーの瞳に緊張を強めた。短い黒髪、涼やかな目元、顎のラインには似合わないおヒゲ。ブカっとしたパーカーを着ているので判りづらいが、体つき、筋肉は程よくといったところだろう。白人と並ぶと小柄が目立つが、スナイプに支障はないだろう。 「…はい、そんなところです」 「んー、キレイな英語ね。　≪どこのハーフ？　母国語はちゃんと喋れるのかしら≫」 日本語で話しかければ、お兄さんはすこし間を置いてから懐かしい言葉で返してくれた。 「はい、…日本人、ですか？」 「ええ。　そんなに驚くことでもないでしょう、組織（うち）のフィールドは日本だもの。ギターケースの中身が気になるわ。　あなたの恋人、出身地は？」 「ドイツ」 「お名前をお伺いしても？」 「ヘッケラー＆コッホのPSG-1…　確認しますか？」 「いいえ、ありがとう」 ちらりと白人の男を確認すると、焦燥と苛立ちが見えた。まあ、ぽっとでの小娘に存在を無視された挙句、自分よりひょろっこいアジア人を贔屓にされたのだ。そりゃあ頭にくるだろう、シャツの上からでも解るボディービルダーのような筋肉。プライドの高そうな高いブランドシャツに、血統書付の恋人。趣味が悪い、なによりタイプじゃない。 「ターゲットはこちらで回収するわ、今回の状況報告もわたしから」 「はい、よろしくおねがいします」 「オイ、　ちょっと待てよ！」 何かと振りかえれば、白人の男が鬼の様な顔で怒鳴りつけてくる。 「幹部さまだかなんだかしらねぇが、このターゲットを仕留めたのはオレだぞ！」 「…そうね、多分報告書にもそう書いてあるわよ。　まあ、報告書を書くのわたしじゃないけど」 「ふざけてんのか！？　こっちのなーんも仕事しなかったもやし野郎相手にして去ろうってか？　評価されるべきは、オレだろ！」 「そっちのお兄さんとは話しをしただけ。　それと、仕事の評価をするのはわたしじゃなくて、依頼人（クライアント）よ」 「ッ　乳臭ぇガキがっ舐めやがってっ！」 白人がぐわりと大口を開けて襲い掛かってくる。黒いスーツの男がハンドガンを抜くが、それよりもお兄さんが動く方が早い。白人の足を払い、肩と腕を掴み押し倒す。腕を捻じり上げ相手を抑え込む一連の動きは見事なものだ。白人は悲鳴を上げるが、身動きはとれない。そういう固め技なので当然なのだが、彼は極東の技に明るくないようだ。 「わたしは日本人だからね、白人だらけの組織でかなり浮いているの。　犯罪組織に礼儀もルールもあったもんじゃないから、こういう態度をとられても仕方のないことだと思うわ。　でもわたしは幹部で、それなりにワガママが通る＿＿＿だから、格下にはわたしの礼儀とルールを守ってもらうことにしているわ」 「なっ」 狼狽する白人を放って、黒いスーツの男からハンドガンを拝借する。何をしようとしているのか察したのか、お兄さんが腕の力を緩めたが遅い。しゃがみ込んでお魚のように開けている白人の口に銃口を押し込む。 「乳臭いガキでも、あなたよりずぅーっと偉いの。知ってた？」 ニッコリと笑ってトリガーを引く。ガンッという爆発音とともに白人が動かなくなる。ヒールに血がつくのはゴメンだ、立ち上がりさっさと身を引く。黒いスーツの男にハンドガンを渡し、外で待機していた黒服たちにターゲットの死体を回収するように命じる。 「白いデカブツの方をスカウトしたのはあなたよね？　幹部さまに刃向うようなおばかちゃんを引きいれた責任はとってもらうわよ」 「っ　はい、お手間をおかけいたしました」 「手間をかけさせたことを許しましょう。あと、そこのお兄さん」 白人から退いたお兄さんが、慎重にこちらに向き直る。緊張に身を固くしているのが解る。なのでにっこり笑って近づいた。とんっと胸に手を当てると、心臓の音が少しだけ大きくなるが…直ぐに平静さを取り戻す。 「…あなた女の趣味、とっても悪いわ」 「！」 「もっとあなたにお似合いの素敵な、オトナの女性にかえることをオススメするわ」 大きな手を取ってちうと指先にキスをする。 「縁があれば、また会いましょう。　上で待ってるわ」 「…どうも」 ひらひらと両手を振って、その場を離れた。 その後は何時も通りに仕事を熟した。と、いってもわたしは黒服ちゃんに命令して、その結果を纏めて上が望む形で報告する。形が違えば、そうなるように手間を加えて調整を…幹部と言ってもやることは雑だ。わたしの仕事はその程度だが、その程度をきちんとこなせば最高のスタートレートホテルでゆっくり休むことができる。シルクのネグリジェでベッドに寝転がり、今回の報告書に目を通す。 （あのお兄さんの名前…　唯川（ゆいかわ）光（ひかり）ねえ。　日本人（ジャパニーズ）、年齢は25歳、　…警察を目指していたが、卒業前に不祥事を起こして退学…　その後、日本にいられなくなり渡米し、狙撃の腕を使って裏稼業を始める。　警察学校時代の実射成績はトップクラス、おおこれは凄い） 全国警察拳銃射撃競技大会の優勝者に勝る成績だ、これが本当なら素晴らしい才能だ。…これほどの腕なら、警官よりも特殊部隊の方が才能を生かせる。だからこそ気になるのは、これほどの腕前をもつ男が、なぜ退学処分になれたのか。 （不祥事、ね） そういうの、わたしすっごく気になっちゃう。 身内の探り屋に詳細を探らせるようにお願いした。＿＿＿＿＿＿さて、ここからは黒の組織幹部としてではなく、わたし個人として考察しよう。あーーーーーんっ末端狙撃手時代のスコッチに会えるなんて最高！このまま待てば…彼は仕事の成果を認められ、例のあの人からコードネームを与えられる。その後、ライとバーボンが加わり…組織は工作員の話題で持ちきりになる。理由は定かではないが、結果としていえばスコッチがNOCであると断定される。その後自決、…それから原作が始まる。ってことは、 「原作が“いらない”っていっているなら、わたしが“貰っても”問題ないよねー！」 ぼふんっ！とベッドにねっころがって、これからの算段を立てる。ふっふー楽しみだなあ、愉しみが増えたなあ。バーボンもいいけど、わたしはしょうゆ顔が好みなんだよね。はやく欲しいなあ、ぜったいに＿＿＿＿わたしのものにしーちゃおう。 「はいドーンッ　襲名式におっじゃましまーす！」 組織が所有しているリゾードビルのスイートで、それは行われていた。スキップで登場したわたしに、ルームにいた男たちは一様に顔色を変える。聞いていた通りの面子だ、お兄さんの姿を確認してにやあ～と笑えば、グレーの瞳が少しだけ揺れる。 「ノチェロ、どうしてこちらに？　今日は、」 「ハーイ、ウォッカ。解ってる、襲名式でしょう？　あの方から聞いてるわ、ついでに言えばその書類を作ったのもわ・た・し。　今日は口煩いジンは一緒じゃないのねぇ」 「兄貴はこういうのはお好きじゃありやせんから」 ピンとウォッカが持っていた書類を指で跳ねる。ウォッカは笑顔のわたしを見た後、「よくお似合いです」と言葉をくれる。深いナイトブルーのドレスは今日の為に誂た逸品だ。グレーで刺繍された繊細なダマスクとちりばめられたジュエリーストーン。ベールに添えたカナリヤ色はわたしが一番好きな色だ。ジンではこうはいかない、ウォッカのこういう細やかな心遣いができるところをわたしはとても気に入っている。 「何か緊急のご用件でも？」 「うん！　あのね、この二人ジンの配下…実行部隊に入るのよね？」 「ええ、今回は二人とも狙撃手ですからね」 「ふふ　カルバトスとー…　スコッチ」 ＿＿＿＿初めて会った時と同じ、黒いインナーにだぼっとしたパーカー。いや、ちょっとだけ体つきが良くなった。実戦の中でより柔軟な筋肉がついたのだろう。成長している、良いことだ。成長は彼の死を、より確実に遠ざけてくれる。なので遠慮なく…ガバーッとスコッチに抱きついた。 「もぉーーーーらいっ！」 「っ！？」 「の、ノチェロ！？」 「スコッチはわたしが貰うわ！　ジンにはそう伝えておいてちょうだい」 ウォッカが何か言っているが無視だ。ぎゅううとだきつくと、わたしはスコッチの胸下あたりしかない。あの頃より厚くなった腰に両腕を回すと、わたしの指先同士がわずかに掠れる。濃いタバコの匂いに隠れて、硝煙の香りがした。ぺったりとほっぺをくっつけて見上げれば、両手をあげて降参ポーズをしているスコッチの姿。動揺を隠しきれなくなっているグレーの瞳ににっこりと笑えば、目元が僅かに痙攣する。 「ですが、こちらもすでに仕事が組まれていて…」 「仕事の時には“わたしから”貸し出すわ。　それに直ぐに補充があるはずだから、仕事に穴が開くことはないはずよ」 「補充ですかい」 「ええ。　…最近、組織内の“推薦”でお掃除（イレイザー）を担当している子がいるでしょう？　腕の良い左利き（サウスポー）、かなり優等生みたいじゃない」 くんと背伸びをして回した腕をスコッチの首へと持ち上げる。「だっこ」と言えば、スコッチはちらりとウォッカを見たあと、「失礼します」といってわたしの腰に腕を回した。腕に遠慮なく腰かけても体幹は揺らがない。慣れないのか手が彷徨っているが、彼の肩に寄り掛かれば場所を見つけたように腰回りを支えてくれる。うんうん、良い子。紳士的な対応が嬉しくて髪を撫でる。さらさらしてさわり心地が良い。にこにこするわたしをみて、スコッチは笑った、だがグレーの目が探る様な色を潜めきれていない。ふっふーそういうのがかわいいんだよねえ！ 「実戦向き。　わたしが後押ししてあげるから、すぐに幹部にあがれるはずよ。その子をジンにつけてあげる、だからこのお兄さんはわーたしの」 きゅっとスコッチの頭を抱きしめれば、ウォッカは諦めたように溜息をついた。 「兄貴には、…」 「わたしの黒ウサギちゃんが伝えにいってるわん。　あ、それと、この前ベルモットが清掃係（ハウスキーパー）探してたわよ。プライベートな案件らしいけど、恩を売るには調度いいんじゃない？　この前のお仕事でジン、貸し作っちゃったんでしょ？」 「…」 「情報（これ）は、チップ代わり。　ジンによろしく伝えてちょうだい。ウォーッカ」 とんとスコッチの背中を叩く。「行きましょう」と言えば、一度だけウォッカを見た。ウォッカはソフトハットを弄りながら「行け」とだけ言う。帰り際、カルバトスに「あなたも頑張ってね～」と言えば、小さく礼を返された。うんうん、良い子だねえ。部屋から出ると、スコッチが戸惑い勝ちの声で訊ねて来た。 「前に」 「ええ、覚えていてくれたなんて光栄だわ」 「…どうして俺を」 「幹部に昇進したから。　あ、そうだ昇進おめでとう。お祝いはお仕事が落ち着いたらしましょうね」 ちうと額にキスするとぱっと距離が開く。その所為で、プリンセスホールドになってしまった。言葉に詰まるスコッチに、柔らかく笑って告げる。 「…約束したでしょう、上で待ってるって」 「！」 「ちゃんと来てくれて嬉しいの、だから一番に迎えに行くって決めたのよ」 「…それだけ、か」 「あら失礼、わたしにとっては十分な理由」 ぎゅううと抱きしめれば、ためらいがちにスコッチの手が…わたしの髪を撫でる。最初は触れるだけ、その後は髪を梳くようにして撫でてくれた。うんうん。 「荷物は？」 「隣の部屋に」 「じゃあ恋人を迎えにいって、わたしのホテルに移動しましょう。　ねえ車はある？　ここまでホテルマンに送ってもらったから、足がないの」 「ボロ車でよければ」 「十分よ。　ふふ、こんな格好で行ったら恋人に嫉妬されちゃうかも」 楽しくて足をパタパタさせると、「パンツ見えるぞ」と言われた。エッチと返せば、男なんでと当たり前のように返される。それは楽しみだ。これからどうなるかなあ、楽しみだなあ。ぜったいに死なせてなんてあげないんだから。 [newpage] 「乳臭いガキでも、あなたよりずぅーっと偉いの。知ってた？」 そういって、ためらいなく一人の命を奪ったのは…レースのイブニングドレスに身を包んだ少女だった。 鈴がなるような声で英語を操り、さくらんぼ色の唇で俺の手にキスをした。黒いたっぷりとした髪に深い朝焼け色の瞳の、あどけない笑みを浮かべる可憐な娘。 彼女は、ノチェロ…クルミのリキュール。 黒の組織において、酒やカクテルの名前（コードネーム）は幹部を意味した。 工作員として組織の末端に潜り込み、初めての仕事で“幹部”にお目にかかれるなんて幸運に他ならない。上官の話が本当なら、いままで日本の…公安所属の工作員は、誰一人として組織の中枢に辿り着けていない。幹部の顔を見る前に、任務あるいは正体がバレて殉職したという。俺はどうやらツイているらしい。しかも探れば、相手は組織における実質のNo3に位置しているらしい。 ノチェロの主な仕事は、組織の息がかかった企業の運用・運営。資金繰り。戦術支援を初めとした、支給品のバックアップ…。ラムを黒の組織の屋台骨とするなら、彼女は組織の看板を整える整備士だ。世界各国に拠点をもつだけの強大な犯罪組織、それはつまり、規模に比例してそれだけでかい金が必要であるということ。組織が社会に根刺し、何らかの目的の為に活動している以上、経済への関わりは不可欠だ。目的が崇高であればあるほど、どうあがいても金がかかる。先の話が真実なら、組織の金は彼女の指先ひとつ…ネズミが忍び込むのにこれ以上贅沢な穴はない。 （問題があるとすれば、それは） ノチェロを名乗る彼女が、想像以上に幼い同郷の人間であったということだ。 組織で仕事を熟し続けて一年と少し…俺は、狙撃手としての腕を評価され“あのお方”からコードネームを与えられた。 幹部昇進である。考えていた以上に早い展開に、本局は混乱しているようだった。これまで公安警察の工作員が行動を怪しまれてきたのは、あくまで“手は汚さず”に内部に忍び込むことを徹底したから。同じリスクを背負わずに、上手い蜜だけ吸おうとする奴らなど、スパイでなくとも鬱陶しがられるのは当然の理屈だ。その点、“狙撃手”として接触した俺はあらゆる関門をパスすることができた。狙撃手に求められるのは巧みな話術やまどろっこしい麻薬のルートでもない、“死”か“生”だ。指定されたターゲットの息の根を止める、これだけのことを確実に熟せばすぐに俺の地盤は確実なものとなった。死の数だけ、組織における信頼が積み重なる。そして俺は血に染まる＿＿＿＿だが、これでリスクを負うことの重要性が立証された。公安はこれから、工作員のアプローチを再検討するだろう。 最低限、それまでの間、俺は幹部である必要がある。名無し（ノーネーム）からは脱したが、狙撃手である俺はコードネーム持ちとしても弱い。狙撃手の様な実行部隊は、代えが効く駒だ。今回の昇進にしたって、先の任務で狙撃手のポストに穴ができたからこそ。今のままでは、俺はただの歩兵。…もうひと押し、何かが欲しい。例えば、コードネームをもつ…代えの利かない重要な役割をもつ幹部との関係性。実行部隊を仕切るジンはダメだ。彼は危険すぎる、警戒心が強く妖しきは罰せよの行動理念に則り、ホワイトカラーであっても容赦なくトリガーを引く。大した餌ももたない今、彼にアプローチをかけるのはハイリスクだ。 だからこそ、襲名式の事件は俺にとっては渡りに船であった。 「ベッドに降ろして、そうそっち」 俺の車で移動した先は、当然のごとく５ツ星の最高級ホテルであった。ノチェロが望むまま、抱き上げて移動すれば、最上階のVIPルームに通された。格別に広いというわけではないが、調度品のひとつひとつに歴史を感じる重厚感のある部屋だ。いくつものベールに覆い隠されたベッドへと彼女を下ろせば、細い肩がふうと息を漏らす。 「つかれたあ～　車で移動しただけだけどつかれた～　あ、スコッチ靴脱がして」 ぴんと白い足が持ち上がる。パンツ見えているぞ、バカ。望まれるまま足を膝の上に置いて高そうなミュールのフックを外す。同じように逆の足も脱がして、ベッドサイドに置いた。 「今日はこの部屋しかとってないの、だから悪いけど一緒に寝てね」 「はあ？」 当たり前のように、ベッドをポンポン叩かれた。唐突過ぎる内容に思わずそんな声がでてしまう。はっとするがもう遅い。眠いのだろう、とろんとした目をしたノチェロが「なによ、不満？」と頬を膨らませる。いやいやいやいや待て、そうじゃなくて。 （おいおい、こんな子どもを抱くなんて冗談じゃない…！） 必要があれば、女と夜を明かすこともある。こんな仕事をしているから、欲を吐き出すという行為はどうにも生活から切り離せない。だが、それと、これは、別の話だ！改めて、ベッドの上で肘をつくノチェロをみる。…柔らかそうな頬、手に触れた足の感覚…声音。大きく見積もっても、十代後半がいいところ、対してこっちは二十代後半のおっさんだぞ！？ 「…聞いても、いいか」 「んー？」 「お前は」 「ノチェロでいいよ。他にも、シェルクンチーク、ノーチャ、のんちゃん、って呼ぶ人もいるかなあ。スコッチの好きな呼び方して」 「…ノチェロ、は　その、いくつになる？」 「ん？」 「年齢だよ」 女性に対して年齢の話がタブーであることは承知で。ノチェロはきょとんとした顔をしたあと、天気の話をするようにあっけらかんと答えた。 「んーと、今年でにじゅう」 （にじゅう…！？） 「にじゅう…に、だったかな？」 「にじゅうに！？」 まてまてまて、じゃあ俺と初めてあったとき彼女は二十歳、あるいは二十一歳だったということか。 若すぎる、想定より年齢が上だったが、それにしても若いだろう。一体何歳の頃から、組織にいるんだ。 「あ、なんか勘違いしているかもしれないから言っておくね。べつにエッチなことしましょう～って誘ってるわけじゃないから」 「は、はあ…？」 「本当に一緒に寝たいだけよ」 にこっとわらうノチェロ。いや、それもそれでどうなんだ。これはどういう反応が正しいんだ。言葉を選びかねている俺に、ノチェロは四つん這いで近づいてきた。 「ねーえ、お風呂いれてー。　あ、お腹すいていたらルームサービス取って良いよ。でも、一番風呂はわたしね」 「あ、ああ、わかった」 「そしたらスコッチもお風呂はいって、一緒にねよ。明日は9時に起してね」 「明日は、何か予定があるのか」 「それは明日のお楽しみぃ。　ねえねえ、お風呂入れたらついでにそっちのクローゼットからパジャマとって。スコッチが一番気に入ったパジャマでいーよ」 「俺が？」 「うん。お兄さんの好みが知りたいの」 …本当に、なんなんだこれ。 取り敢えず言われたことは熟した。飄々としているが彼女も組織の幹部、機嫌をそこねたらどんな風に豹変するかわからない。注意を払いながら、彼女の望む言葉を返す。いやでもパジャマは良くわからなかった。とりあえずスケスケは衛生上宜しくないから、しっかりとした布のかわいらしいデザインをチョイスした。それを広げたノチェロが「少女趣味？」と見てはいけないものを見たという風に笑ったが、違うからな。っていうか、それお前が買って来たんじゃないのか！？ 「じゃあ、おやすみ～」 （？？？？？？？？） 普通に寝やがった。しかも熟睡だ、多少物音を立てても全く起きる気配がない。…警戒心ゆるゆるすぎないか？よく組織で生き残ってこられたな、この子。 ベッドを抜け、妖しまれない程度に室内をチェックした。盗聴器、監視カメラはもちろんのこと、ルームサービスの注文履歴、持ち込み私物、使用している備品…。何が、後で役に立つかはわからない。だから、全て記憶するというのが、俺のやり方だ。良く知る友人からは非効率的と言われたが、こればかりはしょうがないと言わざるをいえない。性分なのだ。 結局発信器の類もひとつも見つからず、俺は大人しくベッドに戻った。持ち込んでいる私物は服と靴のみでパソコンもない。つまり、現状俺ができることはないということ。素直に眠ることにする、…こんなふかふかなベッド久しぶりだ。となりに眠るノチェロからはフローラルな香りがする。最近はドキツイ香水のセレブか、娼婦ばかり相手にしていたから、こういうのは久しぶりだ。ちらりと見れば、あどけない寝顔がそこにある。 俺には兄弟というものがいないが、…妹がいるというのは、こういう雰囲気なのだろうか。ただの記号だろうが、なんども「お兄さん」と呼ばれたことを思い出す。ああ、それこそ兄と妹のようじゃないか。二人とも日本人、年端もぴったりだ。それが彼女の作戦なのかは解らない、だからこそ注意が必要だ。 （情はいらない、俺はただの狙撃手） 冷静に、粛々とあれ。＿＿＿＿＿あどけなくとも、彼女も犯罪組織のひとりなのだ。 あの日、彼女が男を殺した景色（シーン）を思い出す。同情など必要はない、“俺は彼女を何時だって殺せる”。 目覚ましがなくても、何時も通り5時に目が覚める。むくりと起き上がると体が重い、…ああ、やっぱり寝るには地面かせんべい布団に限る。贅沢をし過ぎると、逆に体が言うことを聞かない。隣を見るとノチェロはまだ夢の中だ。涎でてる、良い夢を見ているのかもしれない。 （さて、まずは…） 枕の下に隠しておいたハンドガンを抜き取り、ジーンズの背に押し込む。昨夜仕掛けて置いた仕掛けを確認する…どうやら俺がポカして気づかなかった侵入者はいないらしい。ギターケースの…ノチェロ曰く恋人も問題ない。服装は1日分しか携帯していないので着替えは不要だ。洗面を借りて軽く身を整える。ルームサービスと朝食の予約はしてないようだ。朝飯はどうするつもりなのか、これからどんな仕事を任されるのか、考えることは絶えない。ちくたくと進む時計の秒針を数え、周囲を警戒しながら時間が過ぎるのを待つ。地味だが、狙撃手もスパイも“待つ”のが仕事だ。今更苦に思うということはない。 「ん～…　ねむっ」 9時。ジャストにノチェロを起した。眠り足りないのか、ぺたりとベッドの上に座ってもちゃもちゃと口を動かしている。ウサギかな。ふわあという大きな欠伸をしている彼女に、「朝食は」と聞けば、「洗面つれてってー」と別の答え。…はい、わかりましたよ。子どものように手を伸ばす彼女の体を抱き上げて、洗面へと連れて行った。 45分経過すると、インターホンが鳴った。目覚めの紅茶を淹れれば、マズイと言われ微妙に気分が悪いところに来客だ。「でて」と言われたので、警戒しながらも開ければ黒服たちが数名控えていた。後ろ手にハンドガンを構えながらむかえれば、仰々しく辞儀をされる。 「スコッチ様、おはようございます。ノチェロ様とお約束があり参上させていただきました」 「…身分を証明できるものは」 「ないわよ、だって名無しのカカシちゃん（ノーネーム）だもの」 何時の間にかノチェロが後ろにいた。俺が驚いて振り返ると、彼女は大らかに笑って「はいってー」と踵を返す。ぱたぱた走る彼女の後ろを「失礼いたします」と黒服が続いた。…数は4人、中肉中背の男。黄色人種、顔の作りからして中国人（チャイニーズ）か。まあ、整形していなければの話だが。 ノチェロが腰かけたソファを中心に、黒服たちがトランクを開きはじめる。資材を広げる黒服に混じり、ひとりの男が郵便物の様なものを彼女に手渡し始める…あの男がリーダーか。 「ノチェロ」 「んー」 「仕事をするなら、俺は邪魔だろ。　外で待機するか」 「どうして？　傍にいてよ」 …そう来るか。 「俺が見てもいい書類なのか」 「問題ないよ。　傍にいてくれなきゃジンから貰った意味ないじゃん」 こっち！とソファをぽんぽん叩く…座れということらしい。大人しく指示に従う、ちらりと見れば彼女が目を通している書類は解読できない言葉で書かれていた。ロシア語か。俺の目線に気づいたノチェロがにまりと笑った。 「ね、問題ないでしょ？」 「…ああ、そうみたいだ」 「ねえ、スコッチは英語上手ね。日本語は母国語だから当然だとして…他に喋れる言葉は？あと識字も」 「中国語を少し」 「繁体字？簡体字？」 「簡体字」 「中国語は両方マスターして。　あとロシア語とドイツ語、余裕があればイタリアとエジプトもいこうか」 「…」 突然の無茶ぶりに頭がフリーズする。固まる俺に、ノチェロはにっこりと笑って膝の上にのしかかってくる。 「あと、体の作り方が甘い。狙撃手に接近戦は不要だと思ってる？　今日からわたしの護衛を兼ねてもらうんだから、もうちょっと何でもこなせるようになって貰わないと。…それこそ、アメリカドラマのスパイみたいに」 「…限度があるぞ、俺はそんな器用じゃなし、俳優でもない」 「出し惜しみしちゃイーヤ」 言いながら、膝の上で寝返りをうちロシア語で指示を出す。 「あと、スコッチ用に勉強資材をおねがい。　それにBCCにアポとって、アッカーソン大佐を空けてもらえるように調整を」 「畏まりました」 「ジンのお仕事が終わったらフロリダに飛ぶわよ。そこでスコッチはネームド用のブートキャンプといきましょう」 「…拒否権は、ないんだな」 「ふっふーん、もちろん！　あと美味しい紅茶の淹れ方も教わって来てね！」 口元をひくつかせる俺に、ノチェロは嬉しそうに抱きついて来て死刑宣告をくれる。…任務の前に、彼女の無茶ぶりに殺されそうな気がしてきた。これならただの狙撃手でいた方がマシだったかもしれない。 [newpage] ノチェロ/×××× 　組織のNo3、経済関係を担当している。うら若い少女だが、その実力は折り紙つき。黒い髪に茶色い瞳の小柄な少女。ミモザの花を愛し、家族は愛犬三頭だけ。 　ノチェロの役割は＝＝＝。＝＝は、あの方によって＝＝を＝＝＝＝＝＝＝にされ脳は＝＝＝にされている。【SECRET】、【SECRET】…組織が目論む最初の被験体とされた。産まれた時に親はなく、物心ついて初めて見せられたのは＝＝＝＝＝の姿だった。それの所為で記憶が弾け、前世を思い出すに至る。 　目的は＝＝を＝＝＝＝事。そのために組織の力を使って、＝＝＝＝＝＝を“＝＝”している。 ××景光/スコッチ/唯川光 　組織の狙撃手。ノチェロの配下。仕事の腕は確かだが、軽薄な口調のため組織では浮いた存在。実行部隊に関わる以外は彼女に付っきりのため、「＝＝の狗」と揶揄されることも。愛銃はアキュラシーインターナショナルのAS50、SIGSAUERP226。 　公安警察からの特殊工作員として組織に潜り込む。公安で初めて幹部まで昇進した工作員。警察学校を中退したことになっているが、実際は卒業資格を特別に与えられており…警察学校の全工程を踏む前に＝＝“＝＝”に＝＝＝＝＝＝。狙撃の腕は、日本の＝＝＝＝＝＝を含めてトップレベルに達している。 　先天的に＝＝＝＝が乏しいが、＝＝するフリは得意。銃社会でない日本において、＝を嫌煙せず、躊躇いがない特異性を持つ。生まれながらの＝＝と称されることもあるが、要は「＝＝を＝す」ということに対して＝＝感を抱かないということ。 組織の目的 　あの方は【SECRET】【SECRET】されることにこだわった。不老不死ではなく、人間がもつ＝＝＝＝を＝＝＝＝ことを目指した。始まりは、あの人の＝＝＝＝が＝＝な＝＝で＝＝＝＝＝ことだった。 　その後、著名な科学者とともに研究をスタート。近づく＝＝＝＝に、非合法な研究に手を出し始める。離反するものもいた。＝の教育係であったノチェロ＝＝＝そのひとり。優秀な彼女は＝＝され【SECRET】【SECRET】…＝だけで生きる人間、＝＝の＝＝とされる。 　あの人自体は、すでに＝＝＝＝＝も同然。あるのは＝＝＝＝＝＝と＝だけの＝＝か。その為に研究は二分し、【SECRET】…＝を＝＝＝＝＝を研究するチームと、【SECRET】…＝＝＝＝を＝＝＝＝チームに分かれた。灰原哀/シェリーは後者の研究に関わっていた。 重要情報の為、情報を規制されております＝＝＝＝

組織に転生した女主　×　どうせNOCバレする公安の狗スコッチ　

どうせNOCバレする公安の狗なら、わたしがもらってもいいよね？

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トントントントンとリズミカルな金槌を叩く音があちこちから聞こえる。そこらじゅうに材木やペンキの缶が散らばる風景は普段の教室から一変していて、近づいてくるお祭りのムードをいやでも盛り上げる。 「今年の文化祭こそ、彼女作るぞ！」 段ボールで作った円柱にペタペタと赤いペンキを塗りながら、高らかに真広が宣言した。 「それ言うの、何回目だよ」 俺は発泡スチロールを丸くくり抜きながら答えた。 「いーや、今年こそマジだかんな！だって来年は受験だし、最後のチャンスだろ」 「…お前みたいなタイプが落ちるんだろうな」 「りょーたぁ、お前もちょっとは危機感持てよ～。男ばっかの学校で、まともな恋愛もしないまま終わっていいのかよ～」 「さあ、俺は別に興味ないし」 「俺はやだよー」 「うっせえな、やだじゃねえ」 すがり付いてくる真広をシッシッと追い払う。 まともな恋愛かあ。 まともじゃない恋愛なら、俺だってしている。というより今がまさにその時だ。 あれから俺は足しげく世界史準備室に通い、何かにつけては春田先生に会いに行っている。 世界史のノートは毎回提出して、先生からのコメントを楽しみに待っていた。先生は赤ペンで「ここはテストに出るかも～」とか、変な語呂合わせの年号の覚えかたを教えてくれて、真の世界史王者を目指せ！とヘタクソな猫の絵を書いてくれたりした。後からあれが虎だったと知った時には愕然としたものだ。 ある時、昼休みに準備室に行ったら、先生はコンビニの唐揚げ弁当を食べていた。 「春田先生、いっつもそれですね。たまには野菜も食べないと、バランスが大事なんですよ」 「だって俺、料理できねーし。この年で母ちゃんの弁当持ってくるわけにもいかないだろぉ」 「だったら、俺が作りますよ」 「えっ、マジでえ？」 手作り弁当なんて重いって思われるかと心配したけど、俺が作った弁当を見たとたん先生は歓声を上げて、 牧の飯、うっめーな！ と目を輝かせながら食べてくれた。 その姿が子供みたいに可愛くて、俺はちょっと期待しそうになる。 先生にとって俺はただの生徒かもしれないけど、同じ生徒たちの中では一番だって、思ってもいいかな…？ そんな自惚れがあったから、自分の気持ちを抑えられなくなっていたのかもしれない。 「誕生日プレゼントですか？」 いつも通り世界史のノートを取りに行くと、春田先生が言った。 「そ。文化祭の前日だろ？俺いつも牧にはお世話になってるし、何かしてあげたいなって思って」 「はぁ…」 「何か欲しい物とかある？」 欲しい物と言われても、野球と勉強以外に取り立てて趣味もないし、ハムスターは好きだけど勝手に飼えないし、観葉植物…は人に貰うような物でもないし。 俺が答えに詰まっていると、先生は急に思い付いたように明るい声で言った。 「あ、そーか、あれだな！俺みたいなオッサンに誕生日プレゼントなんて貰っても嬉しくないもんな！」 「ちょっ…それ、どういう意味ですか」 「どういうって…そりゃあ牧だって、可愛い女の子から手作りクッキーとか貰ったほうがいいだろ～？」 「何それ？すげーベタだな！ってか俺は…」 次の言葉が見つからなくて無言で春田先生を睨み付けると、先生は困惑した表情でこちらを見ていた。 「俺は……春田先生ってほんと何も見えてないですよね」 「牧？」 「じゃあ、プレゼントの代わりに俺にキスして下さい」 「…はっ、えぇっ？」 ガラガラガラ！！！ 春田先生が驚いて後ろに飛び退くと、立て掛けてあった脚立が大きな音と共に倒れた。 「そういうことなんで」 早口で言うと、急いで準備室を飛び出す。 なんだ？ なんだ今の？ 俺、何を言った？ かあっと頬が熱くなって、走りながら手を当てる。 今引き返して、何動揺してるんですか、こんなの男子校のノリですよって言い訳しようか。そんな考えがぐるぐると頭の中を駆け巡るけど、足はどんどん準備室から遠ざかっていく。 こんなにコントロールが利かない自分に戸惑って、でもはっきりと今気付く。 もうダメなんだ。 自分の気持ちに嘘はつけないんだ。 それくらい…先生のことを好きなんだ。 * 文化祭の当日、俺のグレーな気持ちとは裏腹に空は憎らしいほど蒼く澄んでいた。 天気がいいから人の入りもなかなかで、さっきから真広はナンパに成功したS女子学院の女の子達と楽しそうに綿あめやらドーナツやらを食べていた。 「凌太、みかんゼリー食うか～？」 「いらない」 「なんで、お前これ好きじゃん」 「今そーいう気分じゃないんだよ」 頬杖をついてプイと横を向くと、なんだよ怖ぇなーほんとごめんねーと真広が女の子達に謝っている。 その様子をチラリと横目で見て、ふと思う。 もしこの輪に入って、何となく盛り上がったままこのうちの一人と付き合って、たまにデートするようになる。 そしたらこれ俺の彼女って周りの友達に紹介して、何だよ凌太抜け駆けかぁー？なんて囃し立てられながら、ごく普通の恋愛をする。誰を憚るでもなく、堂々と人に言える普通の恋愛… やめよう。 こんなとこで現実逃避したって何も変わるわけじゃない。 俺は男で、男のくせに男が好きで、これから先も辛い恋に耐えなきゃいけないんだ。 ふいに日だまりのように暖かな春田先生の笑顔を思い出して、鼻の奥がツンとした。 * 「あーあ、文化祭も終わりか」 あっという間に二日間が過ぎて、暮れゆく秋の夕日を浴びながら俺は教室の窓から顔を出した。 階下では最後のイベントであるフォークダンスが始まって、めでたくペアの女の子をゲットした奴も、玉砕して男同士でふざけ合いながら参加する奴も入り交じって輪を作っている。 明日になれば、一生懸命作った工作物もいっせいに取り壊して、またいつもの日常に戻る。こうやって高校二年の秋も今までとおんなじに終わっていくんだ。 窓の外から聞こえる喧騒に妙に感慨深い気分に浸っていると、カタリと教室のドアが開く音がした。 「…牧？」 「は…るた先生」 珍しくグレーのジャージを着た先生が、俺の方へゆっくり歩み寄る。 「フォークダンス行かないの？」 「別に…興味ないですし」 こないだのことが気まずくて、ぶっきらぼうな返事になってしまった。 「ははっ、牧ってもっと優等生タイプかと思ってたけど、結構猫かぶってるよね」 「は？普通に優等生ですけど」 「そっかー？なんか話してみるとけっこう口悪いし、勝手にすぐキレるしぃ～？」 「キレないよ！」 「ほら、教師にタメ語」 「…」 なんだか春田先生の緊張感のないいつもの調子にリズムが狂ってしまう。 「それに…俺にキスしてとか言う」 「ばっ、それは、冗談ですよ！ほら男子校のノリってあるじゃないですか！そんなのいちいち真に受けて…」 必死に取り繕う言葉を並べようとしてふと先生の顔を見れば、いつになく真剣な目をしてこちらを見ている。 柔らかな風が吹いて、ふわりとベージュ色のカーテンが揺れた。 窓から射し込むオレンジ色の光が先生のシャープな顔の輪郭を浮き上がらせる。黒く揺れる二つの瞳には、先生を見つめる俺の姿が映っていた。 「誕生日、おめでとう…遅くなってごめんな」 そう言うと、春田先生は左手で俺の頬を優しく包み込み、静かに、顔を近づけて… そっと唇にキスをした。

おっさんずラブパラレル小説<br />高校生の牧くんが春田先生に恋するお話です<br />この頃からグイグイ押してく体質だったのかなと

16才・牧くんは片想い3

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ハーレム本丸の燭台切光忠・貞ちゃんが来た！ こちらは何処にでもいるごく普通の程々オタク成人女子が、死んだら燭台切ってしまった伊達男に成り代わるお話です。 亜種でもなく、女士でもなく、顕現された本丸がブラックでもない、ごく普通の刀剣男士・燭台切光忠への成り代わりストーリー。 だがしかし、その本丸は女士しか顕現出来ないという特殊な霊力の男審神者が主を務める、別名ハーレム本丸だったのです！ 主以外は女士しかいない、『今まで女子校だったけど、今年から男子も受け入れるよ、でも入学できたのは僅か数人だったよ！』という設定のハーレム学園ストーリーに紛れ込んでしまったかのような成り代わり主のお話になります。 ただしラノベ的ハーレム展開は今のところ有りません。 成り代わり、圧倒的女士率の高さ、創作男審神者、世界設定捏造など、読むのをためらうかもしれない設定が目白押しです。 どれか一つでも気に入らない言葉が有りましたら、お手数ですがお引き取りをお願いします。 大丈夫、私のスルー能力は５３万です、細かい事は気にしません、出されたご飯に文句は言いませんという方のみ、この先へお進みください。 [newpage] 燭台切光忠（成り代わり）視点 うちの本丸は女の子ばかりなので、主のお洗濯ものは彼女たちとは別の場所に干す所が有る。 今まではそれを干すのも必ず女士の誰か、という話だったので、もういっそおんなじ所でも構わないんじゃないかとも思うけど、主的には女士のパンティーとかブラジャーとかと一緒の所に自分のトランクスがはためいているのは視界の暴力だと断固としてそれには頷かない。 まあ今は私が来たから、内番とか用事が無い時はお洗濯機から私が自分の分とまとめて持っていけばいいだけの話だ。 シーツなんかの大物は雨続きの時は乾燥機フル活用だけど、こんな天気のいい日はやっぱりお日様の力でパリッと乾かしたい。生地が痛むとかはこの際置いといて。 物干し台が並んだ庭の一角、さんさんと降り注ぐ太陽の光の下、何枚ものシーツがはたはたと風に翻る様は見ていて気持ちがいいものだ。 「終わりましたー！」 「やっぱり男士がいると物干し竿にシーツを掛けるのも楽ですねえ」 ずおちゃんと亀甲ちゃんと一緒に、からっぽの洗濯物入れを持ちながら干された白いシーツの波を眺めている。 「さて、今日のお洗濯は終了だ。お疲れ様でした！」 「お疲れさまー！さあ、今日はもう内番も無いし、何をしましょうかねえ」 「僕は今日は午後に出陣だから、それまでのんびりするよ」 ずおちゃんと亀甲さんがそんな事を言いながら屋敷の中へと戻っていく。私もその後ろからとことこついていくのだった。 「行ってきまーす」 今日は午後に何もない私は、たまには外で甘い物でも食べようとこっそりゲートの使用許可を出していたのだ。 お出かけするのに内番ジャージは…まあ、アニメなら兎も角今の私はさすがにしない。 燭台切光忠と言えばカッコいい、カッコいいと言えば燭台切光忠だけど、イケメンはぶっちゃけ何を着ても余程ひどい服でない限りはカッコいいので中にＴシャツ、ジャケットとパンツでお出かけだ。 行く先は万屋モール。一振りで出かけると物凄く注目されないので少し気が楽。 一時期よりは減ったけど、女士の皆とお出かけするとやっぱり結構見られるので。 美人やかわいい子達とお出かけするのはそれでもとても楽しいけど、偶には一振りで出かけたくなるものだ。 けど一振りで出かけると、やっぱり誰かと一緒に来たいなあと思ってしまうのも事実なんだけど。 ふらふらとモールの中のショップを見て回るのはなかなか楽しい。 今はもう自分では付ける事の出来ない可愛いアクセサリーとか綺麗な髪留めとか、手に取って見ていても誰かへのプレゼントだろうなとデフォルトで思われているようだ。 さすが燭台切光忠、伊達男へのその大多数の認識はありがたい。 もちろん今の私に似合いそうなシンプルなペンダントとかちょっとお高そうな時計とか、その辺りも隙なく見て回っているんだけどね。 朝の内番的お洗濯タイムが終わってすぐに出てきたんだけど、歩き回ってたら結構時間が経っていた。つまりもうお昼だ。 そろそろどっかのお店に入って食べようかな、と思っていた時だった。 「あれ？おーかねひらさーん！」 視線の先に、うちの大包平さんを見つけた。今いる階をぐるっと見て回って、ちょうど最初に入った店先に後ろ姿を見つけたのだ。 「む？ああ、光忠か」 店先の商品を眺めていた大包平さんは、私に声を掛けられてようやく気が付いたみたいだった。 大包平さんは仕様で、というか万屋とかにお出かけの時はパンツスタイルの時が多い。あんまりスカートとか穿いてるのを見た事無い。結構似合うと思うんだけど。 けど今の格好も男装の麗人というか、女子校で憧れのお姉さまポジというか、うん、悪くはない。 因みに鶯丸さんはわりと何でも着てる。ジャージからシックな色合いのワンピースからジーンズにTシャツまで日々適当だ。 ふと目に付いた服を買って、そのまま箪笥に入れた物を適当に着ているみたいで、隣の部屋の大包平さんに見た目が良いのだからもう少し身なりに気を使えとお小言を貰っている。 「光忠だよー。大包平さんもお買い物？」 「ああ。まあ、そんなところだ」 「もうお昼だけど、もしよかったら一緒にご飯食べない？」 「ふむ。まあ構わんぞ。確かこの二階上にピザの美味い店が有った。そこでいいか」 「いいね！」 目当てのお店はお昼前とあって少し混んでいる。とはいっても十分も待てばお席がご用意されるみたいだ。 …ちょっと時間が有るのかあ。なら、ひとっ走りいって来るかな。 「大包平さん、ちょっと僕買い忘れた物が有るからちょこっと行って来るね。すぐ戻るから！」 「ああ。先に席に着いているから、迷子になるなよ」 大包平さんは特に引き留める事も無く私を見送る。さーて、さっきのあのお店に行って来なきゃだね。 私が買い物を済ませて店に戻ってみると、ちょうど大包平さんが案内をされる所。 連れが来たようだと店員さんから私に視線を移すので、お待たせ！と言って一緒のテーブルに着いた。 このお店はおしゃれなイタリアンがメイン、美味しいお店らしくもう満席だ。 「チーズいっぱいのピザ美味しそうだねえ、あ、でもパスタもいいなあ」 始めてきたお店のメニューを見るのって、なんだかすごく楽しいよね。大包平さんが美味しいって言ってたし、どれにしようか迷うなあ。 「ここは一皿の量が多いからな、男士も結構来ているぞ」 彼女の言葉にくるりと辺りを見回すと、確かに結構男士も多い。 「ほんとだ。大包平さんは結構食べる方？」 「ああ。鶯丸もだぞ」 「そうだねえ。鶯丸さんおやつでもガッツリ食べてるもんね」 結局ピザとパスタをそれぞれ半分ずつシェアして、サラダは二種類頼んでこれもやっぱり半分こだ。美味しい物は出来るだけたくさんの種類を食べたいからね。 「はい、大包平さん」 「おう」 運ばれてきた料理を素早く分け分け。特にピザとパスタは熱いうちに食べないとね！ サラダはバジルソースのとクリームチーズのソースの二種類で、どちらもシャキシャキ野菜にかかるソースが非常に美味です。 ピザはバンビーノ、ツナとコーンとベーコンたっぷりで食べやすくて美味しい逸品。 パスタはペンネマカロニのアラビアータ。大包平さん甘いのも辛いの好きだからパスタはこれを選んだ。 デザートはカラタナとチョコティラミスで締めたけど、ちょっとお昼にしては食べ過ぎ？ 私は特に問題ないけど大包平さんはどうかな…？と思ってちらりと見てみたけど、向こうも特にお腹が苦しいとかいう事はなさそうだ。 美味しいご飯に大変満足してお店を出ると、外はまだまだ騒がしい。 あ、そうだ、大包平さんにアレを渡しておかなくちゃね。 「これ、鶯丸さんにお土産だって言って渡しておいて貰えるかな」 小さな紙の手下げに入っているのは、透明な袋に入っている小さなぬいぐるみが二つ。 大包平さんがあの店で見つめていた、可愛い赤と緑の猫のぬいぐるみが二匹だ。 袋の上の方は閉じていないので、覗き込めばすぐに中身がなにかは分かる。 「これ見た時、鶯丸さんに似てるなって思って買っちゃったんだけど、よく考えたら男士の僕の部屋にぬいぐるみを置くのもちょっと恥ずかしいなって。だから、鶯さんにお土産って事にしちゃおうかなって思って。もう一つは大包平さんに。お使いを頼むんだから、そのお礼」 輝く光忠スマイルで戸惑う大包平さんにグイッと押し付ける。 「おい、光忠」 「あのお店、美味しかったね！いつか貞ちゃんや伽羅ちゃんが来た時に行きたいなあ。良いお店教えてくれてありがとうね、大包平さん」 「…」 「あ、僕まだ買物してから帰るから、また本丸でね！」 手を振りながらそう言い捨てると、私はその場から離脱した。 とっとこ人ごみを駆け抜けて階を移動すれば、大包平さんも追ってこなかった。 大包平さん、どっちかと言うと可愛いもの好きなのにそれを隠したがってるんだよね。 男士ならともかく、女士なんだから目いっぱい女士生活を満喫すればいいのになあ。 私だって可愛いアクセサリーとかぬいぐるみとか部屋に飾りたいし買いたいけど、燭台切光忠がそういう物を誰かへのプレゼント用途以外で買うのはイメージ的にマズいかなと思って控えてるのに。 ピンクの花柄エプロンとかリボンのついたハンカチとか、花の形のイヤリングとか、私の好みは実はわりと少女趣味も嫌いじゃない質なので、堂々とそんなアイテムを買える彼女たちがちょっとうらやましかったりするのになあ。 そんな事を思いながらあちらこちらの店を楽しく覗いて、夕方近くになってから本丸に帰還した。 [newpage] 大包平視点 光忠は俺に人形を押し付けると、そのまま人ごみに紛れる様にして逃げて行ってしまった。 恐らくは、俺があの店にいた時にこの人形を見ていたのを見られていたのだろう。 「全く。気を使い過ぎなんだ、アイツは」 粟田口の短刀達や脇差くらいならまだしも、一応は大人の成りをした俺が人形遊びとは少々気恥ずかしい物が有る。 だから見ているだけにしておこうと思っていたのに、こうして実物を貰っては返すのも逆に馬鹿らしいではないか。 お使いのお礼、だなどと理由をつけて俺が断りづらい状況を作り出して、その上土産は鶯丸の為なんだと逃げ道を塞がれれば、俺はもうこの人形を持って帰るしかない。 女ばかりの本丸でたった一人の男士。 込み入った事を相談できる相手も無く、会いたいと願う伊達の刀もいない。 いつも笑って見せてはいても、心中は穏やかでない時もあるだろう。 そんな焦りを見せるのは些か伊達ではないと、辛くとも前を向いて胸を張ってまっすぐに背筋をしゃんと伸ばして。 「伊達男の矜持、か」 光忠がそうでありたいと願うなら、こちらもそれに合わせなければなるまい。 ・ ・ ・ ・ ・ 「土産だ」 本丸に戻りそのまま真っ直ぐ隣の鶯丸の部屋を訪れ、のんびりと茶を啜っている奴に袋から取り出したぬいぐるみを渡してやる。 緑の猫を模したふわふわのぬいぐるみを見て、鶯丸は首を傾げた。 「ずいぶんと可愛らしい土産だな。お前が買ったのか？」 「いいや。光忠からだ」 ほお、と言って緑の猫をしげしげと眺める鶯丸。 「お前の猫とお揃いか」 「使いを頼むのだからと、駄賃代わりにな」 「ふ、良かったじゃあないか。お前の部屋の可愛い物を並べた棚に飾ると良い」 「な？！き、貴様それを何故知っている？！」 あまり大っぴらに飾るのも恥ずかしいと、造りつけの棚に布を被せて、来客中は見えない様にしていたはずなのに！ 「お前が席を外した時に、ちょっとな。良いじゃないか、今のこの身は摩訶不思議だが女の体だ。可愛いもの好きでも特に恥ずかしがることも無いんだぞ？刃生を謳歌した方が良いだろう」 「俺はお前の様にお気楽には出来ておらんのだ。…あとで光忠に礼の一つも言っておけよ」 「勿論だ。美味い茶を振舞ってやらねばな」 [newpage] 燭台切光忠（成り代わり）視点 「光忠！」 「え？主？どうしたんだい」 「いいから！早く来てくれ！」 帰った私を見るなり、主に物凄いあわてた様子で手を引っ張って行かれた。 周りの女士たちはどうしたんだと驚く者もいれば、訳知り顔でうんうんと頷いている子もいる。 バタバタと走って行けば、そこは鍛刀部屋だった。 部屋の中にはいつもの通りに小鍛冶さんと妖精さん、そして三日月さんがいた。 「おお、主。光忠が帰ってきたと聞いた途端に飛び出して行ったなあ」 「三日月さん？」 主は三日月さんが持っていた一振りの短刀を私に見せる。 「光忠！ほら、さっきの鍛刀でやっと来てくれたんだよ！太鼓鐘が！」 「さだちゃんが」 主の手に有るのは、確かに太鼓鐘貞宗。私が何度も何度も白金台を周回して、それでも来てくれなかったあの貞ちゃんだ。 時の政府の鍛刀システムが変わったのか、今まで特別な場所でしか会えなかった刀が鍛刀できてくれると通達が有って数日。 いきなり数珠丸さんが鍛刀で来てくれて、主と青江ちゃんが驚きながらも喜んでいたのが頭の隅をよぎる。 それでも、伊達の刀はやっぱりなかなか来てくれなくて、でもそれは主の所為じゃないしと笑顔で過ごしていたここ最近。 「あ、あるじ、貞ちゃん、貞ちゃんが」 「おお！噂の貞ちゃんにようやく会えるぞ！」 けど、とうとううちの本丸にも貞ちゃんが！ 「け、顕現！」 「おお！光忠が帰って来るまで顕現するのを待ってたんだ」 「最初に会うのなら、やはり知己の刀がいた方が良いと思うてな。そら、しっかりせい光忠」 「う、うん。三日月さん、僕どこかおかしくないかな」 「大丈夫、光忠はいつもカッコいいぞ」 「よっしゃ、それじゃ顕現行くぜ！」 主がその手に持った太鼓鐘貞宗の依代に霊力を込めた。 一瞬後に眩しい光。 舞う桜吹雪。 『俺は太鼓鐘貞宗！ド派手に暴れようぜぇ！』 ああ、本当に貞ちゃんだ。 あんなにあんなに頑張って白金台をまわったのに、とうとう私の本丸には来てくれず、したがって細川と伊達の回想も回収できなかったあの貞ちゃんだ！ 「おっ、そこにいるのはみっちゃんじゃねえか！」 「さ、さだちゃ…」 うう、駄目だ、あの地獄の周回でも来てくれなかった貞ちゃんが今私の目の前にいると思うと、もう何と言っていいのか分からない。 「さだ、さだちゃ、うう、ぐす、さだちゃん」 あああああ、駄目だ、もう勝手に感動で涙が溢れてしまう。だって貞ちゃんが！私にとってはあの幻の貞ちゃんが！ 「なんだいなんだい、そんなに俺が来て嬉しいのかい？待たせたなあ！これからはずっと一緒だぜ！」 「うう、いっしょ？一緒なんだね？」 「おう！」 「主、さだちゃんが、一緒だって。一緒だって」 「ぅぅ、よ゛、よ゛がっだな゛あ光忠！」 「よきかなよきかな。そら、うれし涙も悪くはないが、あまり泣くと目が腫れるぞ」 「う、うん、カッコよくないね…貞ちゃん、ちょっと待ってて、顔洗ってすぐ戻るから！」 ああああ、もう、貞ちゃんの前でカッコよく決められないなんて、燭台切光忠の名折れだよ！ 鍛刀部屋から飛び出して一番近い井戸で顔をザバザバ洗う。あ、ヤバい、ハンカチしか持てない！ 「おやおや、いきなりやってきたと持ったら急に顔を洗って。ほら、タオルだよ」 「あ、歌仙ちゃん。ありがとう」 歌仙ちゃんがいたのに気が付かなかった。見れば、野菜を詰めた籠を手にしている。畑帰りかな？ ありがたくタオルを借りると、遠慮なくごしごし拭かせてもらう。 さっぱりした所で、走って来たせいで服が乱れていないかとあちこち直して背筋を伸ばしてみる。 「えっと、僕、どこか変じゃないかな？髪の毛はねてたりしない？」 「…ああ、いつも通りのカッコいい光忠だね。どうしたんだい、そんなに慌てて」 「貞ちゃんがね、来たんだよ！ああ、どうしよう、会った早々カッコ悪いとこ見せちゃったよ。貞ちゃんにはいつもカッコいいとこ見せたいのに」 いつでもカッコいいみっちゃんを貞ちゃんには見せたいのになあ。 私がちょっとさっきの姿を反省していると、歌仙ちゃんは少し乱れていたらしい前髪をさらりと指で直しながら微笑む 「ふふ、どんな光忠も君の貞ちゃんは嫌いになったりしないだろう。主達も待っているんだろう？早く戻っておやりよ」 ああ、歌仙ちゃんマジ女神。いつもそうやってふんわり笑顔で私の背中を押してくれるのだ。 「うん！ありがとう歌仙ちゃん！また後で貞ちゃんを紹介するね！」 二、三歩歩いた所で歌仙ちゃんを振り返って笑顔でそう言うと、私はまた鍛刀部屋に取って返した。 「お、お待たせ貞ちゃん！主、僕が貞ちゃんを案内してもいい？」 部屋に入ると何やら話をしていたらしい主と三日月さんと貞ちゃんが私の方を一斉に振り向いた。 あっ、これ私お話の邪魔をしちゃった？お邪魔でした？空気読めませんでした？ そんな私の思いを読み取ったのかどうなのかは分からないけど、主は笑顔を見せてくれる。 「もちろん！」 「へへっ、これからよろしくなみっちゃん！」 私の目の前に立って、にっこりと笑ってくれる貞ちゃん。ああー、夢じゃないんだあ。 あの貞ちゃんが、いま、ここに！現実に！ うれしいなあ。 この調子で大倶利伽羅も来てくれると良いんだけどなあ。 「うん！ようこそ貞ちゃん、僕らの本丸へ！」 [newpage] 太鼓鐘貞宗視点 何処かの本丸で俺を喚んでいる声がする。 どうか来てくれ、太鼓鐘貞宗を心底待っている奴がいるんだとこいねがう声を頼りに、俺はこの本丸に降り立った。 『俺は太鼓鐘貞宗！ド派手に暴れようぜぇ！』 舞い散る桜吹雪の向こうには男審神者と綺麗な刀、そして俺の知っている刀が一振り。 「おっ、そこにいるのはみっちゃんじゃねえか！」 「さ、さだちゃ…」 燭台切光忠、同じ城に一緒にいられた時間は短いが、気が合って気安い呼び方をしあう懐かしい刀。 その刀が、泣きそうな、というよりももう泣いている姿で俺の視界に飛び込んできた。 なんだあ？ みっちゃんは伊達にいた時間は短くても、早々泣いている姿を見せるほどやわじゃあない事くらいは俺だって知っている。 という事は、俺の前で泣くほど辛い事がここで起こってるって事か？ いや、でもぱっと見じゃ悲しいとか辛いとか、そういった負の感情は見当たらない。 俺がここに来て、それが嬉しくて泣いてるって事か。 主や傍にいた美刃の言葉に俺の前からパッと走り出していったみっちゃん。 「…なあ、みっちゃんは大丈夫なのかい？俺に会えて嬉しいのはともかく、泣くほどの何かが有るのか？」 「そうだな、まずはお前さんの体を確認してみてもらえるか。胸とか、何か違和感はないか？」 「へ？」 その美刃、三日月宗近の話によるとここは世にも珍しい女士ばかり顕現される本丸なんだそうだ。 今見たみっちゃんはどう見ても男士だったけど、今まで女士しかいなかったこの本丸にようやく来た初めての男士だったと。 ちょいと自分の服の隙間から胸やら股間やらを覗いてみれば、なるほど確かに俺の体も女体で顕現されているようだ。 「でもさ、女士だろうが男士だろうが伊達の刀はそんな事くらい気にしないぜ。ここの伽羅や鶴さんはみっちゃんと仲良くしていないのかい？」 大倶利伽羅や鶴丸国永。 伽羅はなんだかんだ言って優しいやつだから、自分が女士でも一振りだけ男士のみっちゃんの事を避けたりしないと思う。 鶴さんもみっちゃんと面識はなくても気の利く刀だから、その辺りは上手く折り合いをつけてくれると思うんだが。 そう思って言った言葉だったが、なんとこの本丸にはどちらもいないらしい。 周りは主以外は女士ばかりで、縁の有る刀もいない。 織田にいた事も有るけど名前を貰う前の事だし、うぬぼれでなくみっちゃんは、燭台切光忠は俺たち伊達の刀だ。 たった一振りで、寂しがり屋のみっちゃんはどんな思いだったんだろう。 「俺の前じゃあ、大倶利伽羅に会いたいとか、太鼓鐘と話がしたいとか、そんな事ひと言も言わないんだ。光忠は優しいから。でもさ、他の本丸の燭台切を見てると伊達の皆と本当に楽しそうに仲良くやってて。だから、絶対に伊達の刀に来てほしかった。ありがとう、太鼓鐘貞宗。うちの本丸に来てくれて、本当にありがとう」 そう言って主は俺の手を取って頭を下げた。 「気にするなよ主。俺が着たからにゃあ、もうみっちゃんに寂しい思いはさせねえぜ。でもな、みっちゃんが俺たちに会いたいって言わないって事は、それだけ主やこの本丸の刀を気に入ってるって証拠でも有るんだぜ。主達に気を使わせたくない、無理をさせたくないって思うくらい、ここはみっちゃんにとって大事な場所だって事さ」 「そうだな。だがなあ太鼓鐘、お前が来てくれて俺も嬉しい。俺たちがどんなに心を砕いても、やはり届かないものは有るからな。どうか、光忠と仲良くしてやってくれ」 「あたぼうよ！俺が来たからにゃ、大船に乗ったつもりでいてくれよな！伽羅や鶴さんだってきっとすぐに来るさ！」 外から誰かが駆けてくる音が聞こえる。多分みっちゃんだ。 泣いた事を気にして、顔を洗ってきたんだろう。さっきと違って真っ直ぐ俺を見て綺麗に笑う。 みっちゃんはやっぱり笑顔が一番だぜ。今までの分もこれからは俺が構いまくってやるから、覚悟しとけな！ [newpage] 「あ、切光くーん！」 「あれ、夜天様のとこの」 「うん、夜天様のところの燭台切光忠だよ！」 またまたある日、万屋モールで八手様のところの燭台切光忠を見かけた。うちの歌仙ちゃんを大好きなあまりちくちく嫌がらせをしてきた可哀想なみっちゃんだ。 まあその事はもう済んだ事。今では時々連絡を取り合ったりする仲になっている。 同位体の呼び方って、親しくないなら他所の僕とか燭台切とか言えばいいんだけど、八手様のところの燭台切は切光くんって呼ばせてもらってる。向こうが私を呼ぶときは、光忠君だ。 こんな所でせっかく会ったんだしと、切光君おすすめのカフェを教えてもらった。 漫画に出てきそうな豪華な盛りつけのプリンアラモードとか、アイスが美味しいクリームソーダとか、昭和レトロなメニューが売りらしい。私も早速プリンアラモードとアイスピーチティーを注文する。 「そうだ、うちにもとうとう貞ちゃんが来たんだよ！貞ちゃんが！あの貞ちゃんが！えへへ、すごいよねえ！」 「へえ。良かったじゃないか。君のトコ貞宗派これで全振り揃った訳だ」 「うん。やっぱり刀派が一緒に揃ってると、なんだか見ていて安心するっていうか…」 「あー、長船は君だけか」 「う、うん。でも、貞ちゃんが来たんだし、これからきっとくるよねって主とお話してるんだ」 注文したプリンアラモードとお茶が来た。プリンにアイスに季節のフルーツに生クリームと細長い足つきのお皿からはみ出んばかりの盛り付けだ。 切光くんはアイスレモネードとガトーショコラ。ぅぅ、あのしっかりみっしり詰まったチョコレートケーキって、物凄い誘惑だよね。 「…相手のケーキをそんなに見ない。全く、君も燭台切光忠なんだから、いつでもかっこよくしててよ」 そう言いながらもケーキを切り分けてフォークで差し出してくれる。乙女ゲーならスチル付きで主人公が顔を赤くしながらあーんして貰う所だが、相手は見慣れた同じ顔なので遠慮なく頂いた。美味しい。 モグモグしていると、切光くんは小さくため息をつきながらレモネードに口を付けた。 「君、本当に甘い物に目がないね」 「うん。この前三日月さんに、『お菓子をあげると言われても知らない人についていっちゃだめだぞ』って注意された。僕を子供だと思ってるんだよね、三日月さん」 「三日月さんに言われるって、相当だよ君」 「僕だって、知らない人にはついて行かないよ。大体、僕は普通の刀剣男士なんだから、誘拐しようとする人なんていないよ」 「その油断が怖いんだよ…」 「そう言えばさ、ちょっと困ってるんだよ。貞ちゃんの事で」 「へえ。貞ちゃんは鶴丸さんと違ってそう悪戯もしないし、誰とでもすぐ仲良くやれるし、特に困る事なんて無さそうだけど」 「うん、貞ちゃんはいい子だよ。すっごく僕の事心配してくれる、すっごくすっごくいい子なんだけどね…」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「えー、そんなわけで今日からこの太鼓鐘貞宗が新しい仲間になりました。皆、慣れないうちは助けてやってくれな」 「太鼓鐘貞宗だ。ずいぶん待たせちまったようだが、その期待に恥じない働きを見せるぜ！よろしくな！」 「貞宗の兄弟は皆いるのかあ。色々教えてくれよな」 「もちろんですよ。ねえ、亀甲姉さん」 「ふふ、色々と教えてあげようじゃあないか、そう、色々とね…」 貞ちゃん顕現のその夜、歓迎の宴が本丸で行われた。 僕も腕に寄りをかけて、貞ちゃんが初めて食べるご馳走を一生けん命に作った。 お祝いの宴とか歓迎会の有る時のキッチンは戦場さながらで、歌仙ちゃんや堀川君をメインに時間との闘いだ。 それでも、私たちの作ったご飯を皆が美味しそうに食べてくれるのはやっぱり嬉しい。 ドンドン作らなきゃね！ 「貞ちゃん、食べてるかい？」 ようやくキッチンも一息ついた所で、歌仙ちゃんや堀川君が貞ちゃんの所で一緒に食べておいでと言ってくれた。お言葉に甘えて私は貞ちゃんの元へといそいそとエプロンを外して伺った。 「お、みっちゃん。物を食べるって、すげー楽しいなあ。どれもみんな美味いぜ！」 ああ、貞ちゃんのお日様みたいな笑顔が眩し過ぎる。 本当にね、君は僕の太陽だ。 骨付き肉に豪快にかぶりつく姿も愛らしい。 貞ちゃんの汚れた手をお手拭きで拭いてあげていると、不意に今私の住んでいる場所の事を尋ねてきた。 「なあなあみっちゃん、みっちゃんは三条の離れに一緒にいるんだって？」 「あ、うん、女の子ばっかりの所に僕が入ってもどうかなあって思って」 ここにもだいぶ慣れたとは思うんだけど、新しく部屋を貰うとなるとまた面倒だし、私は未だに三条の離れにお邪魔させていただいている。 「三日月達だって女士だろ？なあなあ、俺みっちゃんと一緒の部屋が良い！俺も一振り部屋だって決まってるわけじゃあないんだろ？ならいいじゃん」 私の話をふんふんと聞いていた貞ちゃんは、とんでもない事を言いだした。 「え？えっと、僕は男士で貞ちゃんは女士だから、一緒の部屋は拙いんじゃないかなあ？」 刀派の同じ男士が一緒の部屋にいるなんてよく聞く話だけど、私と貞ちゃんでは話が違う。 「何だよー、俺とみっちゃんの仲じゃん。みっちゃんが気にしなけりゃ俺も気にしないぜ！」 「えええええええ？！いや、あの、僕は気にしない、いや、気にするっていうか、別に貞ちゃんが嫌いとかいやとか言うんじゃないんだけど、やっぱり気になるっていうか」 「おっと、そこまでだ太鼓鐘よ。光忠と同室になりたければ、この三条派を打ち倒してからにして貰おうか」 「三日月さん？！」 「そうですとも！光忠は三条の弟分のようなもの！そうそうかんたんにはわたしませんよ！」 「今剣ちゃんまで？！」 何だか剣呑な気配を漂わせてきた私たちをよそに、主はのんびりとお酒を飲んでいる。 「いやあ、俺の光忠モテモテだなあ、なあ歌仙」 そうだけど、そうじゃないでしょ！主、ここは主がビシッと言ってくれないと。 「そうだねえ。ほら夜天、あんまり呑みすぎるとまた二日酔いになるよ。ちゃんと水をお飲みよ」 そんな私の願いは届かず、主は歌仙ちゃんにお水を飲まされている。そこへ、長谷部くんがずいっと割り込んできた。 「主、ささ、目出度い席なのですからもっと呑んでも良いんですよ。歌仙、主は俺に任せてお前は光忠を助けてこい」 あ、それはそれでいいかも。ここでもカッコよくて頼れる初期刀の権力は絶大だ。 歌仙ちゃんが一言貞ちゃんに言ってくれれば、まあ仕方ないかなって納得してくれるかもしれない。 「長谷部、お主はそうやってぬしさまを酔い潰して色々と悪さをしようと企んでいるでしょう。ぬしさま、この小狐がお守りしますからね、ちょっと酔い覚ましに庭でも散策いたしましょうか」 「ああー、そんな事言って庭で何かしら仕出かそうとしてるんじゃないのぉ？これだから野生の獣は油断ならないんだよ。ねえ主、俺がついてるから心配いらないよ？」 主争奪戦が始まってしまった。そうなると歌仙ちゃんはそれを諫めるのに忙しい。 ああ、こっちはこっちで騒がしいし、もう、どうしようかな。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ [newpage] 「貞ちゃんね、僕と一緒の部屋が良いっていうんだ。僕、一人部屋の方が良いから、一緒になるのはちょっと…無理かなって」 貞ちゃんはいい子だし、一緒にいるのはとても嬉しいし楽しいんだけど、寝るときは流石にマズいよね？ これが血のつながった実の妹の面倒を見る為だとか言うなら全然オーケーだと思うけど、貞ちゃんは妹じゃないからなあ。 いや、私は凄く凄く仲良くしたいと思っているけど、本丸には同派の貞宗のお姉さんたちもちゃんといるので、お部屋を同じにするなら彼女たちの方が良いんじゃないだろうか。 切光くんもこちらの事情（私以外全振り女士）は知っているので、あー、うん、とか困った様に微笑んだ。 貞ちゃんが悪いわけじゃないんだけど、いまだに三日月さん達と何やら会うたびに私の部屋の居住権をかけて勝負しているみたいなのだ。 あの、私の意見は… けど私が口を出すと更にこじれそうな予感もするし、黙って静観するしかないか、と相談はしたけどこれって愚痴言ってるだけだなあと少し反省していた時だ。 かちゃん！と何かが床に落ちる音が聞こえた。 誰かスプーンでも落としちゃったかなとあたりを見回すと、何故か物凄く注目を浴びている。 「？」 さっきの音の発信源はこの店に来ていたどこかの本丸の貞ちゃんだった。 食べていたパフェのスプーンを取り落とした音だったらしい。 呆然とした顔でこっちを何故か見ているけど、パフェ本体を倒したわけじゃないからスプーンを替えて貰えばオーケーだよ？ その貞ちゃんがすっくと立ちあがる。スプーンならお店のお姉さんを呼べば取り換えてくれるけど、それを待ちきれなかったんだろうか。 すたすたとお店のキッチンの方に行くのかと思いきや、何故か私のテーブルの前に来てピタリと止まった。 「あれ？貞ちゃん？どうしたのかな？」 「そ、そっちの俺は、みっちゃんに何か酷い事でもしちまったのか？」 「え」 貞ちゃんが青い顔で私を見ながらそう聞いてくる。貞ちゃんのお連れらしい鶴丸国永が、慌てて追いかけてきて貞ちゃんの手を取った。 「貞坊、他所の本丸の事だ、口を出すのは」 「だって！みっちゃんがあんな事言うなんて、顕現したばっかの俺が物凄い何かをやらかしたって事だろ？！すまねえみっちゃん！」 「え？！あ！ち、違うよ貞ちゃん！僕が、あの、僕が悪いっていうか！あの」 「ちょっと、二振りとも落ち着いて。ほら、貞ちゃん僕らの席に座りなよ。鶴さん、貞ちゃんのパフェ持って来てあげて」 切光くんが苦笑しながら冷静にその場をまとめようとする。 鶴丸さんと貞ちゃんは大人しく私たちのテーブルに移動した。切光くんの隣に鶴丸さん、私の隣が貞ちゃんだ。 「悪いな光坊。うちの貞坊も来たばっかなんだけど、うちの光坊と一緒の部屋でな。そりゃあ、仲良くやってるもんだから、今の君の言葉を聞いて、いてもたってもいられなくなっちまったみたいだ」 「うん、いいんだよ、うちの貞ちゃんも、君も、悪くないよ。あのね、僕が貞ちゃんと同じ部屋にならないのにはちゃんと訳が有るんだよ」 しょんぼりとしている貞ちゃんぐうかわ。ではなくて、そんな貞ちゃんの頭をなでなでする。超癒される。 もしかして貞ちゃんからフィトンチッド出てない？ 「訳？それって、俺が聞いても良いのか？」 「別に隠してるわけじゃあないからね。…僕の所に顕現した貞ちゃんはね、女の子なんだ。だから、男士の僕と同じ部屋で一緒に暮らすのはどうかなって」 貞ちゃんも鶴丸さんも驚いた顔で私の方を見てくる。そうだよね、びっくりしちゃうよね。 「女の子…女士って事か？」 「そう、刀剣女士。だから、僕じゃなくて同じ貞宗のお姉さんたちと一緒の方が良いかなって思ったんだ。貞ちゃんの事は大好きだけど、男士と女士じゃ色々と違う事も有るし、同じ本丸にはいるんだし、部屋は一緒じゃない方が良いかなって」 「そっか…別に、みっちゃんがそっちの俺の事を嫌いな訳じゃないんだよな？」 私の事情を聞いても、やっぱり少し心配そうに見つめてくる貞ちゃん。尊い。 「もちろんだよ！貞ちゃんが来た時、嬉しくてうれしくてちょっと泣いちゃったもん。カッコよくないけど、それ位嬉しかったって事さ」 「そっか…へへ、早とちりしちまって、俺の方こそカッコ悪いな。すまねえな、みっちゃん」 「いいよいいよ。その、僕の事心配してくれたんだってわかってる。ありがとうね、貞ちゃん」 「しかし、女士かあ。貞宗派の姉君と言っていたから、君のところの貞宗派は全員女士なのかい？」 「ううん。僕以外全員女の子だよ」 私がそう言うと、お店の中が一瞬ざわっとした。 「え？全振り？全振り女士なのか？！」 「うん。あ、戦働きは皆問題ないよ。見た目は違うけど、ちゃんと強いからね！」 あの地獄の練度上げで、付き添ってくれた彼女たちの強さは身に染みている。 今は極の練度上げで短刀ちゃんたちと一緒に出陣したりもするけど、練度が下がってもやっぱり強い者は強い。強者の貫禄半端ない。 「そうか…いやあ、しかし光坊も大変だな。まわりが女士ばかりじゃあ、ふんどし一丁で出歩くのも無理そうだ」 向こうの鶴丸さんが、少し重くなってしまった雰囲気を払拭するように笑いながら言う。 いやしかし、ふんどし一丁はないだろう…私トランクス派ですし。 「そうだねえ。でも、僕は離れの方にいるから夜は一振りで静かだし、全然問題ないよ」 「離れ？」 「あ、離れって言っても、僕一振りで離れを使ってるわけじゃないからね。小さめのお屋敷みたいな感じの離れで、三条の女士さん達が使ってるんだよ。そこにお邪魔させてもらってるんだ」 そう言えば、私あそこにいつまでもいても良いんだろうか。 本殿の方移動しても良いよとは主と歌仙ちゃんに言われているんだけど、部屋割りがまた大変そうだしなあ。 「へえ。三日月と一緒かい。アイツ女士だろうが男士だろうが、マイペースは変わらなさそうだな」 「うん。僕の事孫みたいに思ってくれてるみたいだね。…ちょっと子供扱いはどうかなあって思うんだけど」 「そりゃあ、仕方ないさ。だが良かったよ、貞坊、光坊はお前さんの事を嫌いだったりするわけじゃあないとさ」 鶴丸さんが貞ちゃんに笑顔を向けると貞ちゃんも笑ってくれる。 「ああ！へへ、すまねえなみっちゃん達。いきなり知らない本丸の俺が乱入しちまって」 「全然かまわないよ！だって、貞ちゃんだもん。ねえ、切光くん」 「うんうん、貞ちゃんだもんね！」 切光くんと顔を合わせてにこにこしてしまう。勿論自分の本丸の貞ちゃんが一番かわいいしカッコいいけど、他所の本丸の貞ちゃんだって大好きなのだ。 結論として、貞ちゃんイズ最の高。 [newpage] ハーレム本丸光忠成り代わり、貞ちゃんの回でした。 登場刃物 大包平：来たのは割と最近。とはいえ成り主よりは先。見た目はスーツの似合う仕事のできるお姉さん。可愛いもの好き。いつか自室を大っぴらにファンシーでメルヘンな部屋にしたいなと思っている。 鶯丸：他所の本丸の同位体と変わらず大包平を観察中。光忠は三日月と同じ様に可愛い孫枠として見ている。よしよし、抹茶ラテ飲むか？ 太鼓鐘貞宗：噂の貞ちゃん、満を持して登場。女士です。初めて会った光忠が何だか情緒不安定に見えた。本丸事情を聞いて、いない時の分までみっちゃんを可愛がるぜ！な気分。同じ部屋になりたい。が、みっちゃんが本当に困っているようなので、せめて本殿の隣室になりたい。 三日月は同室でなくても良いが同じ三条派の屋敷にいて欲しいので、太鼓鐘とは静かに火花を散らしている。 燭台切光忠（成り代わり）：貞ちゃんが来た！マジ？マジで？あの貞ちゃんが？！超フィーバー真っ最中。この世の春か。 この調子なら大倶利伽羅も来てくれるんじゃないかと希望を抱いている。 燭台切光忠（八手本丸所属）：なんだかんだで成り主のいわゆるメル友の位置にいる。 ぽややんかと思えば、急に殺伐としたりする成り代わり主を少し心配。 女士しかいないって、気にしてないように見えて結構なストレスだよね？とちょいちょい様子を見たり声をかけたり。やっぱりみっちゃんは出来る男だぜ。 歌仙ちゃんへの恋破れし男士。 太鼓鐘貞宗（どこかの本丸所属） 鶴丸国永（同上）：どこかの本丸の顕現したばかりの貞ちゃんと、古参の鶴丸国永。 貞ちゃんはみっちゃんと同室。大倶利伽羅と鶴丸国永はそれぞれ一振り部屋。 美味しいパフェのお店が有るよと燭台切光忠に教えてもらって、偶々時間が空いている鶴丸を誘ってやってきた。次は燭台切と来る予定。 燭台切二振りでお茶するのも珍しいなと気になっていたら、話の内容が衝撃的でつい声をかけてしまった。

ご注意！<br />こちらはごくごく普通の程々オタ女子が、燭台を斬った伊達男に成り代わるお話です。<br />ごくごく普通の刀剣男士に成り代わり、ただし顕現された本丸は女士しかいないハーレム本丸だったのです！<br /><br />成り代わり、圧倒的女士率、世界設定捏造、創作審神者などお気に召さない設定が有りましたらすぐに貴本丸までご帰還ください。<br /><br />随分長く時間を空けてしまいましたが、お待ちくださる方が一人でもいればと書いてます。<br />今年の夏は暑さが辛くて七月中はバテバテでした。<br /><br />一か月以上何も支部に上げていなかったんですが、そんな中でもたくさんのフォロー・コメントを大変ありがたく受け取らせていただいております。<br />これが有るから頑張ろうと思えるんですよねえ…<br /><br />またちまちま書いていこうと思いますので、見かけた時はお暇ならどうぞ読んでいってやってください。

ハーレム本丸に貞ちゃんが来たので欣喜雀躍する話

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注意※キャプションを読んでから読むことをおすすめします。 ・とても素人。 ・捏造ばかり。 ・何でも許せる人向け。 ・読んでからのクレームはやめて下さい。 以上が無理な人は回れ右でお願いします！ ──────────────────── 好中球課白血球識別番号1146番は、悩んでいた。 それは、いつも笑顔で手を振ってくる赤血球──識別番号AE3803番に最近全く会わなくなったことが原因だった。 彼女とは、ここ10日ほど会っていない。 そりゃあこの体には37兆2000億個もの細胞が存在するのだから、待ち合わせでもしない限り同じ相手に何度も会うことなんてまずないだろう。 だが彼女は不運体質らしく、細菌の駆除現場に何度も鉢合わせている。しかも方向音痴ときたものだから、何かと世話をやいていた。そのためか顔を合わせる機会が多く、また白血球を怖がらない変わった性格のため、世間話をする程度の仲になり、やがて俺は彼女に好意を持つようになった。 しかしここ10日はどうだろう。やけに平和な日が続き、レセプターはなんにも反応を示さない。平和なのは良いことなのだが、道に迷っている彼女にも出くわさない。 聞く話によると、骨髄球時代からの友人である面々とは何度か会って一緒にお茶までしているらしいのだ。羨ましい……。 あの3人とは、自分もよく行動を共にしている。しかし彼女が姿を現すのは決まって自分がいない時。何故だ…………。 いや、怖がられることの多い俺たちと親睦を深めてくてるのはありがたいし、それが自分の友人なら尚更いいのだか、やはり自分以外の男と仲良くしているのは面白くない。 悶々とひとり考えながらパトロールをしていると、頭上でレセプターが反応した。 ピンポーン♪ 久々にその音が鳴った瞬間、細菌ブッコロス！！！という思考にすぐさま切り替え、現場へ駆け出した。 現場は思いのほか近く、すぐに細菌の姿を捉える。素早く腰のホルダーからナイフを抜き、 「抗原発見！！！！ 死ねぇッッ雑菌野郎！！！！！！」 と細菌の首元をかき切った。 今回侵入して来たらしい細菌は全部で6体。自分が一番乗りだったため。その全てを1人で屠っていく。 その間に、チラチラと周りを確認する。トラブルに巻き込まれやすい彼女は、この場にいるのだろうか、と。 どうやら今回は鉢合わせなかったらしく、彼女の姿は見当たらなかった。 最後の細菌にトドメを刺したところで応援が到着した。 駆けつけて来た応援は、4989番、2048番、2626番とよく見知った仲間だった。 俺が1人で全ての菌を駆除したのを見て、4989番はつまらなさそうに言う。 「あーあ、こんなに早くお前が全部片付けちまうんならもっと赤血球ちゃんと話してれば良かったぁ〜！」 赤血球？今、赤血球と言ったか？？ 「は！？」 無意識のうちに、声が出た。 ちょっと待て。 「そうだなぁ、今日も可愛かったなあの子。」 「でも珍しくちょっと弱音吐いたりしてたなぁ。」 待て待て待て待て。 「ちょっと待てお前ら…ここに来る前赤血球と一緒にいたのか…！？そもそもアイツは俺の前じゃ弱音なんて一言も…………！？」 入ってきた情報に軽く混乱状態になる。 まず、またしても俺がいない時にこいつらが赤血球と共にいたこと。 そして、彼女が自分以外の男の前で弱音を吐いたということ。 なんだそれ。 「あんなにしょげた赤血球ちゃん、貴重だよなぁ〜」 「まぁ、俺らで励ましたから大丈夫だろ？」 「最後の方は笑顔だったし」 なんだそれ！！！ 「おいなんなんだその状況……？！？？しょげてたのか？あの赤血球が…？？それを励ました……だと…………！？」 思っていたことがそのまま口から滑り落ちる。3人はそんな俺を見て腹を抱えて笑った。 「ぶはっ！！1146番食いつきすぎ！！！」 「え？気になる？？気になる？？？www」 「あっはっはっは！！！！その顔まじでウケる！！！なんで俺がいない時に？って顔に書いてあんぞ！！！！」 ズバリと考えていた事を言い当てられた。 俺ってそんなに顔に出るタイプなのか…？ そう思いつつ、未だにひーひー言いながら笑っている3人に問いかける。この笑われようは正直イラっとしたが、彼女のことが心配だった。 「赤血球、何かあったのか？」 「おっ！！やっぱ気になるか〜！！！でもなぁ～…これは俺らが言っちゃいけない気がするんだよね〜！！！」 もったいぶるように、にやにやと4989番が言う 「だから教えな～い！！！」 殺意が沸いた。 笑顔でのたまう目の前の顔面をぶん殴りそうになったが、すんでのところで我慢する。 「1146番顔怖い！！なにその目！！？細菌殺す時の目じゃん！！！！やだ怖い！！！」 「俺が一番頼られてると思ってたのに……！なんで俺じゃなくてお前らが彼女の相談にのってるんだ………………？」 ギリィ……と音がなりそうなほど歯を食いしばる。 すると2048番と2626番に言いたい放題言われた。 「男のヤキモチは見苦しいぞ？」 「そーそー、そんなに赤血球ちゃんが心配なら直接聞いてみればいいじゃんか。やーい、ヘタレ。」 「そんなこと言ったって…最近全く会わないんだ、仕方ないだろ……。」 言い訳のように言うと、ダメだなぁと3人は首を振った。そしてなぜか、言い聞かせるように口を開く。 「そんなんだと赤血球ちゃん、他の奴にに引っ攫われるぞ。」 「実際、赤血球ちゃんモテるからな。俺ら好中球の中にも隠れファン多いし。」 「俺らみたいに探してかないと。偶然に頼ってるようじゃいつまで経っても捕まえられないぞ。」 「えっ？！？」 どれも聞き捨てならないことを言う3人に目をむいた。 「というか最後の！お前らそんなことしてたのか！？どうりで俺よりも赤血球との遭遇率が高いと思った！」 「黙らっしゃい！ヘタレに発言権は無いのだよ。」 「ぐっ…………！」 口をつぐむと、2048番がさらに続ける。 「お前、赤血球ちゃんのこと好きなんだろ？なんでもっと積極的に攻めないの？このまま何もしないで、他の男に取られてもいいわけ？？？」 赤血球が、他の男に取られる。そんなのいいわけない。 「それは嫌だ…………！」 「そう思うならすぐ行動！！とゆうか！なんで自分が一番仲いいって自覚も自信もあんのにそんなに奥手なんだよ？！！？！逆にすごいわ！！」 「いや、だってそう思ってるのは俺だけかもしれないし……。赤血球は誰とでも仲良くできるやつだから……。」 そう、所詮は片想いなのだ。だから今まであからさまに好意を伝えることはせず、彼女を助けることが出来ればそれでいいと思っていた。まぁその結果こうしてこじらせて友人3人に説教されている訳なのだが…………。 「1146番って変なところで遠慮するな？？」 「そんなヘタレのお前に二度とそんなこと言えなくなること話してやる！耳かっぽじってよぉ～～～く聴けよ！？」 「赤血球ちゃんはな、会う度にお前のことばっっか話してるんだよ！そりゃ～もう楽しそうに！」 「え………………？」 耳を疑った。今、なんて？ 「この前白血球さんに道を案内してもらって嬉しかった。」 「私が鈍臭いから迷惑かけてて申し訳ない。」 「いつも守ってくれる白血球さんはかっこいい。」 彼らから話される赤血球の言葉に、顔が熱くなる。 そんなことを、赤血球が？ 「ここまで懐かれてるのに、こじらせて片想い続けてるってどうゆうこと？？ありえんよ？？」 「これを踏まえて、1146番はどうしたいの？？」 「分からないとか言ったらぶっ飛ばすよ？？」 ずいずい詰め寄ってくる3人に、押されつつも俺は答えた。 「赤血球に会って、話したい。お前らに吐いた弱音を、俺が聞いて…相談にのってやりたいし、俺があいつを励ましたい…。」 「「「それで？？？？」」」 「俺を、俺だけを……頼って欲しいって…言いたい……。」 「「「かーらーの？？？？？？」」」 「す……好きだって……伝え…たい……。」 「「「それでよし！！！！！！！！！」」」 やっと言ったな！と彼らは満足そうに笑った。 ここまでされないと素直になれない自分にも驚いたが、ここまでするこいつらにも驚いた。 「お節介がすぎるだろ……。」 ボソリと言えば、 「お前が悪い。」 「見ててじれったい。」 「早く言えよ。」 3倍になって帰ってくる。 やはり散々な言われようだったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。 これだけ背中を押されたんだ、早く……早く彼女に想いを伝えよう。 「赤血球を探してくる」 そう言って駆け出そうとすると、2626番に止められた。 「おい待て1146番、そのまま行く気か？」 自分の姿を見てみる。いつも真っ白な作業着は、細菌の返り血で真っ赤に染まっていた。 「あ。」 そこで抗原を駆除したままだったことを思い出す。 「死体の処理は俺らでやっとくけど、お前は洗い場で返り血流してから行けよ！！そんな格好で告られるとか、赤血球ちゃんが可哀想だわ！！」 「す、すまん！頼んだ！！」 俺は慌てて洗い場を目指す。 さっさと返り血を流して、彼女を探しに行くために。 ──────────────────── 両片想いの彼らがくっつくまで、あと数時間。

前回【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10006576">novel/10006576</a></strong>】のちょっとした続きというかその後の白血球さんサイドのお話。<br />白→→→←←赤くらいの割合。<br />ズッ友の3人は2人のキューピッドだと思うんですよね！<br /><br />・白赤ですが赤血球ちゃんは出て来ません！<br />・またしてもズッ友3人が目立ちます！<br />・喋り方とかいろいろ捏造<br />・なんでも許せる人向け<br /><br />2018/8/20追記<br />2018年08月13日～2018年08月19日付の小説ルーキーランキング 62 位に入ったそうです！<br /><br />たくさんの閲覧、ブックマーク、いいねありがとうございます…！！！

想いを固める白血球

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？？？「これからお前にある人を好きになる力を与えよう」 　…うん？なんだ夢か？変な夢だったな。うちが誰かを好きにありえないから。何時ものように目が覚めて朝ごはんを食べ学校に行く準備をした後うちは家を出た。 　学校は夏休み明けでまだ浮かれた雰囲気が漂っている。それは必然的なものかそれとも先に迫る受験というものを忘れるためなのかわ分からない。うちは何時ものように友人達と他愛もない話をした後机に肘をついてぼんやりとしていた。すると教室の後ろからガラガラとドアが開く音。ふと見ればなんてことない登校時間ギリギリに登校してきた比企谷の姿だった。 　な〜んだ比企谷に首を向けた労力を返してよそんな風に思った刹那全身の血液が沸騰し心臓が沸き立つ感覚が。全身は熱を帯び頭はなんだかぼんやりとした感じで夢か現かわからなくなるような錯覚を覚える。何…これ？突然の事に答えを見いだせず困惑する自分。何でうちが一番嫌いな比企谷の顔が脳裏に思い出されるのだろう何で比企谷の顔を思い出すだけで胸が高鳴るのだろう。そんなの気持ち悪い…のか？自分の感情が良く分からなくなる。だからうちはその訳のわからない感情に蓋をするように机に突っ伏した。 　な…何でうちは比企谷の顔を見ているのよ。そんな風に思って何回も比企谷から目を反らしでもまた本能で比企谷の顔を見る事をしてしまっている授業中。そんな自分に困惑というか怒りというかそんな色々な感情を抱いていた。そして再びあいつの顔を見てしまう。…あいつ眼鏡を掛けると結構イケメンだなうちのタイプかも…。って何考えているのうち！？比企谷が好みのタイプとか絶対にありえないからうちが恋するとしたら葉山君みたいなかっこいい…って何でそこであいつの顔が思い出されるの！？あいつ性格は最悪だし…だけどあの時は実はうちの為に行動していたわけだし意外と優しいのかも…ってだから違うって！そんな訳のわからない何かに振り回されながら授業を受けていた。 　は〜あ疲れた。まじで疲れた。授業が全部終わって机にぐったりと突っ伏すうち。もちろんそれは授業に集中していたからでは無い。よく分からない感情に振り回されていたからである。心落ち着く昼休みにも足が勝手に比企谷が一人で昼飯を食べているところに向かおうとしてそれを止めるので必死だった。ふと思い出されるのは今日見た夢の事。…まさかね。あんな夢を正気にうけるほど私は子供ではない。さらに比企谷だよ。確かに少しは良いところもあるのかもしれないし顔は…まあ結構うち好みだけど。でも私が比企谷好きになることは絶対にない。第一絶対にあいつからもお断りだろうし。そう思った瞬間胸がぎゅっと締め付けられ泣き出してしまうような感覚に襲われた。…だから何なのよこの感情。本当は答えといえるようなものは分かっているでもうちはそれを必死に否定しようとして首を降る。すると友達から声をかけられた。 「どうしたの南？今日なんだか挙動不審じゃない？」 「そ、そう…？」　　 「うんなんか授業中も挙動不審だったし」 「そ、そうかなあ？」 「まさか恋でもした〜！？」 　それを聞いた瞬間心臓が飛び上がるような感覚を覚えた。何でもないはずの質問だけどどうしてこんなに動揺するのか。それは一つの答えを確実にしていた。…何で敢えてあいつなの。そうやって神様を恨んだ。いやまだ何かの間違いだそんな風に自分に暗示をかけようとするが。それでもあいつの顔が思い浮かんできてやっぱりその感情が間違いで無いことを証明して、だからもう私はその気持ちを認めその気持ちに蓋をする事を諦めた。そしたら色々と納得出来てしまった。それでも…。 「どうすればいいのよ…」 　散々うちはあいつに酷いことをしてきたそれくらいは自覚している。だからあいつはうちに少なくとも良い感情は抱いてないだろう。そんなあいつがこの思いを受け止めてくれるなんて都合が良すぎる。そうでなくてもあいつの周りには性格も良くて可愛い女の子たちがいっぱいいるのに。だから私はさっきとは別の意味で自分の気持ちに蓋をする事にした。青々しく瑞々しいままに。だけど心の奥底に沈んだ痛みは消えてはくれなかった。 　そんな友人にしつこく聞かれなんとかそれを躱していたら空は夕色に染まっていた。何となく気分を変えるために何時もとは違う帰り道を歩いていた。心あらずといった感じで歩いていると後ろから。 「これ落としましたよ」 　ああ。ボーとしてて何か落としたようだ。 「あっ、ありがとうございます…って比企谷？」 「相模！？」 　何でここに比企谷が…ってこの道があいつが何時も通学に使っている道なのだろう。どうして私はわざわざこの道を選んだのか、少し前の自分を殴りたくなる。それで何でなし崩し的に比企谷と帰っているの？横にあいつが居るだけで心臓がバクバクいっていてその音が隣に聞こえてしまわないかとヒヤヒヤしている。もう自分が自分で無いようだうちらしくない。これが恋というものかと身を持って納得していると。 「相模はいつもこの道を使っているのか？」 「いや…今日は何となくこの道を通ってみただけ。いつもは違う道使ってる」 「そうか俺と一緒だな」 「え…？」 「俺も何となくこの道を通ってみたんだ。運命かな？」 　そう微笑む比企谷。…ってあんた絶対にそんなキャラじゃないでしょ。何でそんな魅力的な笑顔でそんなセリフを吐いてくるの。うちを虐めたいの？その意味だったら抜群に効果出てるよ。だってさっき以上に胸がドキドキしているしでそれを隠すために必死だし。 　少しだけ沈黙が訪れる。だけどその沈黙は居心地悪くなくて不思議な感じだった。夕焼けを目を細めて見るあいつの横顔を見てやっぱりあの感情に付けた名前は間違っていなかったと自覚する。 「…どうした？」 「な、何でもないから///」 「そうか」 あっ、危なかった…。つい見とれてしまった。でももう自分の気持ちに逆らわなくなってから随分楽になった。…ってあれ？これってチャンスなんじゃ？比企谷と二人きりで帰宅って相当なチャンスだよね。そう自覚してから何だか落ち着かなくなってきた。でもこの少ないチャンスを生かさなければいけないそれは分かるのだが恋愛初心者のうちには何をすればいいのか全く分からない。だけどもたもたしているとこの時間は終わってしまうし。そう思ってうちが出した結論は。 「ねえ比企谷！」 「何だ？」 「う、うちと手を繋いでっ！」 　って何言ってるのよ？自分で口にしてひどく恥ずかしくなる。でももう言ってしまった以上どうすることもできなくて不安と緊張が混ざった感情に苛まれていると。 「えっ…どうして？」 　戸惑いが混じった比企谷の声。まあそうだよね。でもここまできたら食い下がれない。だからうちは。 「うっ、うちがそうしたいからいいでしょ」 「ええ…」　 「そ、それとも比企谷はうちと手を繋ぐの…いや？」 「いやそういうわけではないのだが…」 「じゃあいいでしょ」 　そう言って恥ずかしさを誤魔化すように強引に比企谷の手を繋ぐ。比企谷の手は男らしくゴツゴツしててちょっとだけ汗ばんでてでもそれが全然嫌じゃなくて。そして…暖かかった、とても。比企谷の温もりが強く感じられて多幸感が全身に広がった。この時間が永遠に続けば良いのに本気でそんな事を思った。 「相模…顔赤いぞ」　 「夕日のせいだからそれにそっちこそ」 「夕日のせいだ」　 「そう…」 　この夕暮れのなか二人で手を繋いで歩いているとふとまだいけるのではないかと思った。折角の機会なんだもっと先に進みたいそう思って。うちは。 「比企谷目瞑って」 「はあ？」 「いいから早く目を瞑れ」 「ど、どうして？」 「瞑れ」 「お、おう…」 　そうやって目を瞑る比企谷。やっぱりこいつ目が腐ってなければイケメンだなそう思って私はあいつの唇に自分の唇を近づけ…ようとして頬を軽く叩いた。 「おおう…」 「ふふ変な顔っ！」　 「お、お前…」 「何？期待しちゃった？」 「う…」 「比企谷には[[rb:まだ >. . ]]早いわよ。バーカ」 　そうやって駆け出した。 「お、おいちょっと待てよ！」 　そう言うが止まることは出来ない。だってこの頬の赤さはもう夕日で誤魔化せないくらいになっているはずだから。…認めよううちはキスをしようとしたけど恥ずかしくてやめてしまった。本当にビビりだなと自己嫌悪に陥りかけるがでも今の自分は凄く気分がいいのでそうはならない。確実に今恋をしている。それがいくら神様の不思議な力によってもたらされたものだとしても関係ない。あいつの事が好きな自分は確かにいるし後何よりも世界がキラキラして見える。逆にこんな恋という感情を教えてくれた神様に感謝したいくらいだ。 　これからまだ見ぬ未来に期待を馳せながらオレンジに染まった街を頬を紅くしながら駆け抜けていった。 　…これらの一幕を思い出しベットの上で悶えるのはまた後の話 　 　 　

まだやめたくない。だからもう少しだけ。後1〜2作お付き合い下さい。<br />さがみんの性格に違和感を感じるかもしれませんが。さがみんはデレたらこうなります(確信)。だから問題ありません。<br />八幡の性格も変わってますが…まあそれはね。気にしないで。

八幡の事が大好きになる病にかかったさがみんの話

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真っ白なドレスが目に沁みる。 憧れたことが一度もなかったわけではない。けれど心は弾むことはなく目の前で愛を誓われる瞬間は胸が痛んだ。 わたしの傍らに立つ姿が眩しくて後退りをしてしまいそうな足を必死に止める。 震える手で指輪の交換を終えて、ヴェールを上げた彼と初めてキスをした。 おめでとう、と幾度となく贈られる祝福の言葉に泣きそうになりながらひたすら頭を下げた。 誰もがこの結婚が幸せなものだと疑わないような笑顔だった。父も、他の参列者も。だから水を差すような真似はできなかった。 「初めまして、降谷さんの部下の風見と申します。この度はおめでとうございます」 部下を代表して出席してくれたという彼はわたしに深々と頭を下げた。 「降谷さんを、よろしくお願いいたします」 慌てるわたしを前に彼はそう口にした。その言葉にはひどく重みがあってわかりました、とは簡単に言えなかった。けれどこうして、初対面で恐らく年下の女相手に真摯に向かい合ってくれる彼に対して何も返さないわけにもいかなかった。 「力不足とは思いますが、お役に立てるように頑張ります」 力不足どころかわたし自身は無力だ。実際に役に立つのは父の力だが、これ以上の返事が思い浮かばなかった。 その後も代わる代わる様々な人が挨拶に訪れた。その年代も性別も様々だったけれど彼がいかに慕われているのかだけは伝わってきた。それに応える彼の無邪気とも言える笑顔を前にようやく、面識もなかった見合い相手のわたしと結婚したのか理解できた気がした。 本当の目的が父の持つ力だというのは知っていたけれどなぜ、と思う気持ちがあった。 でも今はあの人は彼らを守りたいのではないかと思う。警察という縦社会の中で実力だけでは補えないものが必要だったのではないだろうか。そのために、いたかもしれない愛する人より彼は愛のない結婚を選んだ。それはあまりに直向きな信念で、ずっと自分の立場のことしか考えていなかったわたしの薄っぺらさが浮き彫りにされたようでただ恥ずかしかった。気が付けばわたしは泣いていた。黙って奥歯を噛み締めていると隣の降谷さんがハンカチでそっと涙を拭ってくれた。口を開くと声を上げてさらに泣き出してしまいそうで、お礼も言えず俯くばかりのわたしの手を力強い手のひらが握っていた。 起きて一瞬どこにいるのかわからなかった。ほんの少しの間、夢を見ていたようだ。肌はまだ汗ばんだままだけれど息は整っている。ただ体を動かすのが億劫で仕方ない。うつ伏せたわたしの体を温かい手が撫でている。まるで眠りに誘う魔力のように心地がいい。 「明日から3日ほど家を空ける」 ぼんやりした頭で何とかその言葉を理解した。 恐らく仕事だ。彼はこうしたことが不定期にある。昔はもっと長期間に渡って不在になることも珍しくなかったらしいからまだ落ち着いた方なのかもしれない。 「気をつけて、行ってきて…くださいね」 「うん。それで……なんだけれど…」 「はい…？」 「そろそろ……だけど……僕…帰って……どうかな」 彼の言葉が上手く聞き取れない。体が睡眠を求めて眠くて仕方ないし頭がふわふわしている。それでも何かわたしの意思を問われているのはわかった。けれど、いつも零さんの判断は正しい。重い瞼を何とか持ち上げていると青い瞳がわたしの顔を覗きこんでくる。無意識に頷いていた。 「ええ……是非」 「本当に？」 よかった、と嬉しそうな声につられてわたしも笑みを浮かべた気がする。 その記憶を最後に瞬く間に眠りの淵に落ちていった。 ＊＊＊ 家事が一段落して、わたしはリビングの椅子に座って風に揺れるカーテンを眺めていた。こうして独りでいるとどうしても色々考えてしまって良くない。 あの結婚式から半年が経つ。わたしはかつて降谷さんと呼んでいた彼と同じ姓を名乗るようになっていた。 親に言われるままに連れ出された見合いで出会った彼はわたしを妻に欲しいと言った。当初からそれが本心だなんて思うほどおめでたくもなくて、父の圧力のせいなのではないかと案じていたし、そのために引き裂かれたかもしれない彼の恋人を思ってずいぶん悩んだ。 けれど彼の目的が父の後ろ楯なのだと知ってどうしたらいいのかわからなくなった。それを肯定するかのように彼は徐々にわたしとの距離を詰めてきた。小さな抵抗なんて何にもならなかった。味方のいないわたしの戸惑いをよそに父が最初からその気だったせいもあって話はどんどん進んでいく。気がつけば式の日取りを決める段階まで進んでいた。 けれど今思えばそれも必然だったのではないかと思う。確固とした決意を持った彼に対し安穏と過ごすばかりのわたしでは太刀打ちできるはずがない。 それに父はわたしに愛情を注ぎながらも本当は娘ではなく息子が欲しかったことも知っている。たとえ義理であろうと、しかもあれほど有能な人が息子となるのは父の自尊心を少なからず満たしたに違いない。結婚に強く反発できなかったのはどこかで自分が男でないことに負い目を感じていたせいもあるかもしれない。 もし、わたしに愛する人がいたなら恐らく状況はもっと違っていた。その人が望むなら駆け落ちだって考えたかもしれない。 だがもとより彼の気持ちは守るべきものに向いている。夫婦になれるのであればわたしがどんな人間でも構わないのだろう。 零さんはわたしを抱くけれど子どもはいない。まだ結婚して半年。今いなくても不思議ではないがこの先もそのつもりはないのではないか。 抱かれる際に度々体に噛みつかれることを思い出す。血が滲むほどではなくとも暫くは歯形が残る跡を見るたびその意図を思い怯えている。 これは口に出せない彼の苛立ちや怒りに近い感情の表れではないか。表面では丁寧に扱っていてくれても奥底にはわたしに対する負の思考があるのではないかと、その可能性を頭に浮かべるたび恐ろしさと申し訳なさが押し寄せてくる。 昔は、自分も両親のように結婚して子どもを産むものだと疑わなかった。だってまさかこんな結婚をするとはあの頃は想像しなかった。今の状態ならば、子どもは作らない方が正解なのかもしれない。 もし母が生きていてくれたら、と何度願ったかわからない。 わたしと同じように父と見合い結婚した彼女なら、きっと何かしらのアドバイスをくれただろう。 少し感傷的になったせいで目元に浮かんだ涙を拭ってからテーブルの上に置かれた1枚の紙に視線を落とした。 『離婚届』と書かれたその用紙を目にするのはもう何度目か。 記入欄はあらかた書き込んでいて、用紙の左側については夫の署名とふたりの印鑑を押印するのみだ。 もちろんこれを出すつもりはない。練習というか、心構えというか、いずれ来る本番の予行のようなものだ。それに将来これを突きつけられるのはきっとわたしの方だ。 いずれ、零さんが力を付ければわたしの利用価値はなくなる。その頃には父自身の影響力も弱まっているだろう。それまでに彼は本当に愛する人を見つけてしまうかもしれない。もしかするとその人との間に子どもを授かってしまう可能性だってある。 そうすればわたしをどうするかなんて彼の自由だ。いらないと、放り出されてしまう。その時、わたしはどうすればいいのかとずっと考えている。 甘やかされて苦労知らずの世間知らず。これといった取り柄もない女が独りで生きていくには難しい世の中だ。 仕事は未だに続けている。放り出された時に無職では色々と不利でもあるからそれを許してくれたことには感謝している。 父は結婚したら辞めるべきだと強く主張していたが零さんは好きなようにしていいと言ってくれた。 『きみがそうしたいならそれは必要なことなんだろう。僕のことは気にしなくていいんだよ』 恐る恐る相談したわたしに零さんは穏やかな声でそう答えた。投げやりでもご機嫌取りでもない。ただわたしの不安に正面から応えてくれたように感じた。 ふと左手に目を向けるとそこには贈られた結婚指輪が光っている。 どんなデザインがいいかと尋ねられて、できればシンプルであまり目立たないものがいいと答えたわたしの意見が反映されたものだ。 零さんは意外にもわたしのことを見ていてちょっとした理由で指輪を外したまま忘れているとどうしたのかと彼に指摘されることが何度もあった。 慌てて指輪を取り出すとそれを取り上げてわたしの指に嵌めてくれる。 そんな彼との暮らしは不安なことばかりではない。きちんと家に帰って来てくれる。話を聞いてくれる。 わたしの好物も覚えていて、唯一特技と言えるピアノを今でも聴きたいとリクエストしてくれる。 それは、父の後ろ楯を自らの力に変えるまでの間だけなのかもしれない。 だけど今は、今だけはわたしに優しくしてくれる。優しいだけじゃなくて必要なことを教えてもくれる。 ひょっとしたら多少は憎からず思って貰えているのではと甘い考えが浮かぶ。わたしの欠点のひとつだ。 でももう少しだけ頑張ってみよう。 きっとまだ、わたしの努力が足りない部分がある。もし、彼の隣に立つ価値のある人間だと認めてもらえればもしかしたらちょっとは本当の夫婦に近づけるかもしれない。 離婚届を丸めるとゴミ箱に投げた。コントロールの悪さのせいで端にぶつかって床に転がる。 こんなことを何度も繰り返している。毎回離婚届を貰ってきては書いて、悩んで、捨てる。結局わたしは、この結婚に愛がないと知りつつも淡い希望を抱いてしまうのだ。 ため息を吐いて立ち上がる。ふらふらと向かった廊下の姿見で自分を映してまた嘆いた。せめてもう少し器量良しだったらよかった。化粧をしたって零さんの隣に立つにはあまりにお粗末である。だったらもう知性を磨くしかない。 ……しかし知性というのはどう磨けばいいのだろう。 父が教育熱心だったこともあってある程度の知識はあるが知識と知性は似てるようで多分違う。滲み出る知性、なんて表現をするくらいだから黙っていてもそうとわかるようにならなければならないのだろうか。それを言うなら、零さんがまさしくそうだ。ただ佇んでいるだけでもその横顔から知的な気配がする。わたしはといえば気を抜けば詐欺に遭いそうだと知人から評価を受けるくらいだ。肩を落としどうしたものかと廊下でうろうろしていたら、鍵が開く音がして玄関のドアが開いた。 「お帰りなさい」 考えるより先に出た言葉にドアの鍵をかけながら零さんがただいま、と応じる。 「あの……」 確か彼は3日ほど帰ってこないはずではなかっただろうか。今日はまだ2日目でしかもまだ夕方の明るいうちだ。 わたしの視線が余程わかりやすかったのが苦笑が返ってきた。 「予定より早く終わったんだ」 差し出された袋を反射的に受け取る。中身を覗くと紙袋が入っていた。その表面には可愛らしい魚がプリントされている。温かくほのかに甘い匂いが鼻を擽った。 「もしかして、たい焼き？」 「そう」 「嬉しい、ありがとうございます」 先ほどの悩みはどこかへ、行儀悪いと思いつつもつい紙袋の中まで見てしまう。甘いものはみんな好きだけれど、こういったものはひときわ嬉しい。だって喫茶店やお茶屋さんではケーキや羊羹は出てもたい焼きはなかなかお目にかかれない。ましてや出来立てなんて自発的に買わなければ食べる機会は少ない。 たい焼きを見ながらそんなことを考えていたけれどはっと気がついて荷物を受け取ろうとしたわたしの手はやんわりと断られてしまった。 彼の荷物よりも真っ先にたい焼きに食いついた自分が情けない。促されて仕方なく袋だけを手にリビングへ向かう。 零さんがわたしの好きなものを買ってきてくれた、それだけで気持ちがいくらか軽くなる。やっぱりもう少し前向きになって考えてみよう。きっとまだ出来ることはある。 夕飯の支度をしなければならないが少し早いからお茶にしてもいいかもしれない。何しろせっかく温かいものを買ってきてくれたのだ。今食べた方が絶対美味しい。 ほうじ茶か緑茶か。呑気にリビングで考え込んでいると名前を呼ばれた。 振り向くと、そこには投げ捨てたはずの離婚届を手に立っている零さんがいた。 しわくちゃに広げられた用紙からしてわたしが記入していたのも見られてしまったのは明らかだった。 そういえば、ちゃんとごみ箱に入れた記憶がない。 「これは、なんだ」 明らかな怒りを宿した眼差しと、地を這うような声にわたしはたい焼きの袋を抱えたまま震え上がった。

※夢小説です。ご注意ください。<br /><br />権力者の娘として何不自由なく育った頭の弱い夢主が降谷さんと(多分)政略結婚して色々悩むお話です。<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9950069">novel/9950069</a></strong><br />と繋がっている設定ですが、これだけでもギリギリ読めるかと思います。<br /><br />いつも作品にコメントやいいねをありがとうございます！<br />本当に心の支えになってます。

愛のない結婚に悩んでいる

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「風見さん、好きなタイプとかってありますか？」 昼下がり、庁舎内。作業の息抜きに部下と他愛もない話をする。休憩がてらにするただの世間話。そこに他意は無く、会話に中身がないのがほとんどである。だから、部下からこんな質問が投げかけられるのもよくあることだし、自分の返答もまたその場のノリが含まれていることが大いにある。例えば、お昼で行ったランチが美味しかったとかこの映画が面白かったなどなど……。彼らもそれが分かっているから、適度な相槌や同意をしてくれる。つまりなにが言いたいのかというと、こういう会話と言うものは本当にただの他愛もない、脊髄反射でおこなう会話のキャッチボールなのだ。 ところで、自分の好きなタイプはこれと言って特にない。強いて言えば、好きになった人がタイプとでも言っておこう。なので、冒頭の質問にはこう答える。 「そうだな……。特にはないが、好きになった人がタイプ、だな」 当たり障りのない返答。しかし、嘘ではない。こういった場合だと、勿論部下はもう少し掘り下げた質問をしてくれるはずだ。 「ほほう。それじゃあ、年齢は？年上、同い年、年下だったらどれがいいですか？」 案の定だったが、選択肢のある質問は答えやすくてかなり助かる。ここでもうひとつ自分の好きなタイプを記しておこうと思う。年齢は年上か同じ年齢がいい。まあこれも強いて言えば、だが。けれど、年下が駄目ということではなく、一緒に居て気が楽なのはと考えると、やはり同じ歳か年上というだけだ。彼らにも同じように返事をする。 「同い年か年上だな。」 「へぇ、そうなんですね。どうして年下は外したんですか？」 「うーん、大した理由ではないんだが、一緒に過ごすなら、って考えるとそうなった」 なるほど……、と部下が目を丸くする。納得しているのかそれとも自分らしい回答だったのか、彼らが小さく、なるほど、と呟いている。自分的にはもう少し軽く捉えて欲しかった所もあり、 「ま、今の俺にはそういう出会いや恋愛の機会も程遠いけどな」 そう付け足し、ニッと笑えば、部下も自分の笑い声につられて、ですよね、なんて笑い始めた。何度も言うが、これはあくまでも世間話。そう世間話なのだ！ そんな午後の部署内に談笑が響き渡る中、廊下のある方向から室内からでも聞こえる程の靴音が耳に届く。その音を聞いた自分を含めた全員が一瞬静かになりざわめきだす。なにか外であったのだろうか、そう口々にしているとその音は段々こちらに向かってどんどん大きくなっていく。音がこの部屋の前でピタリと止む。どうやら目的はここらしい。ある意味ホラーだ。こんな昼間から勘弁してほしい。ただ作業の合間に楽しく喋っていただけだというのに、自分達は一体何かしでかしてしまったのだろうかと、ここにいる者全員が不安に駆られはじめる。 ガチャッ、とドアノブを荒く回している音が室内に響けば、辺りは緊張感に包まれた。先程までの穏やかな休憩はどこへやら。誰かの唾を飲み込む音がさらに緊迫感を煽る。心臓はこれでもかというくらいバクバクしている、ああまた血圧上がったな……。 全員がドアノブに刮目すれば、グレーに近いオフホワイトの重さのある扉がバンッ、と勢いよく開くと、そこには見知った人物が物凄い形相で立っていた。 「ふ、降谷さん……？」 恐る恐る声を絞り出しその人物の名前を呼ぶ。が、自分の呼び掛けに返事を全くせず、高級そうな革靴をこれでもかと言うくらいカツカツ、と廊下で聞こえていた音よりもさらに大きく鳴らしながら鬼気迫る表情でこちらへやって来る。その姿はまるで何かに取り憑かれたかの様で、幽霊や妖怪よりも彼が怖すぎる。夏なのに寒いし、鳥肌が立ちまくりだ。 一体誰が標的なのだろうか。この場にいる全員が彼に捕まりたくない一心で顔を俯かせ、彼を視界に入れないようにする。死刑宣告を受けるのは一体誰だ……。 カツンと音が鳴り止む。誰の前で止まったのかというと、それは、自分の前だった。下を向いている自分の視線には綺麗に磨かれた焦げ茶色、彼の靴がそこにはあった。顔を上げれば、褐色肌の顔立ちが美しい般若と目が合う。その瞬間、ああ、自分は終わったなと確信した。 周りは自分達が彼の標的から外れたことで安心したのか、胸を撫で下ろしその表情は歓喜に満ちている。一方死刑宣告を受けた自分はまさに蛇に睨まれた蛙のようだった。くそう、お前らあとで絶対絶対仕事増やしてやる……！ 「かぁざぁみぃ！」 「は、はひ……！」 目の前で降谷さんが人差し指を自分に向けてくる。近い近い。人を指さすなと教わらなかったのだろうか。反射で彼と距離を取ろうと図るが、失敗してしまう。より彼と距離が縮んでしまった。 「お前の好きなタイプが年下じゃないなんて初めて知ったぞ！」 「や、だって話したことなかったですし」 「なんっで、教えてくれなかったんだよ！」 「そう言われましても……」 自分と降谷さんのやり取りを見た、周りがざわざわし始める。好きなタイプって、あれか、もしかして、さっきの話を聞かれていたのか？まじか……。どういう方法で聞いていたのかを考えるのはこの際やめておこうと思う。きっと碌なことがない。しかし降谷さんに話していないことがどうだと言うのだろう。なにか差し障ることでもあるのだろうか。一瞬ばかり思いを巡らせていると、彼の指と顔がさっきよりもぐっと近くなった。 「風見ッ！」 部屋中に響く大きな声で自分の名前を呼ぶ。なんだ、今度は何を言われるんだ。胃がストレスで締め付けられている。痛すぎて辛い……。 「いいか、僕は絶対にお前を落とす！ぜっ、たい！に、だ！」 「えええええ……」 くるん、と踵を返し部屋から颯爽に出ていく。最後に扉の前で、降谷さんが風見！大好きだぞ！とだけ言い残し消えていった。なんだろう、さっきの降谷さん既視感あるな……、某番組で芸人がスポーツ勝負で負けた時に凄い形相でセリフを言っていたのとよく似ている。あの番組面白くて好きなんだよな。むしろその人が乗り移っていたんじゃないかって感じだった。しかも顔は般若だったし、もうホラーよりホラーしていてまるで言葉にならない。あまりの出来事に脳が現実逃避をしてしまっているみたいだ。 「風見さん、風見さん。大丈夫ですか？」 「あ、ああ」 呆然と立ち尽くしている自分に部下の一人が声を掛けてくる。それをきっかけに脳が正常に処理しようと動き始める。降谷さんはなんと言っていたのだろう。そうだ、絶対に落とすとも大好きだとも言っていた。あの表情と威圧では宣戦布告をされているようにしか思えなかったが、間違いで無ければ自分は上司である降谷さんから告白をされたのか？なぁ、と周りにいる部下に声を掛ける。 「俺は、その、あの人に告白されたのでいいのか？それともなにか決闘を申し込まれたのだろうか？」 しばし沈黙が流れる。ここにいる全員、何が起こったのか分からない状態に陥っているのが分かる。自分だってそうだ、あの状況で冷静でいられる方がおかしい。それにしても、自分もまだ混乱しているようだ。これは部下に尋ねる話ではないことをしてしまったなと後悔する。 照れと焦りを隠すために眼鏡のブリッジを指で直し、咳払いをひとつ。 「すまない、さっきのことは忘れてくれ」 さ、仕事に戻るぞ、その一言で我に返った部下達がまた各々作業に戻っていった。自分の上司はいつだって何をするのだって全力で本気だということを、さっきの衝撃で頭から完全に抜け落ちてしまい忘れていた。忘れていたのだ。 余談だが、今日の出来事がのちの公安部三大珍事件のひとつとして語り継がれることになるのは、また別の話だったりする。ちなみに残りの二つもあの年下上司絡みだということだけは言っておこうと思う。 「かーざーみー！なんで逃げるんだっ！」 「ひぃいいいっ！すみません、すみません！」 ああ、運命の女神様。自分は一体何をしたというのでしょうか。 宣戦布告という名の告白を受けた(自分は忘れていたかったのだが)次の日から、自分は昼休みが来るたび降谷さんに追いかけられていた。動物でもそうだが、追いかけられると本能的に捕まりたくないという衝動から逃げ出してしまう。経緯はこうだ。昼休憩が始まるや否や、何処からともなく現れた上司に一緒にお昼を過ごそうと迫られたのだ。 脳では降谷さんだと思っていても勢いが強いと、逃げなければいけないと本能が体に告げる。気が付けば自分は部屋を飛び出し、捕まるまいと庁舎内の廊下を走っていたのだ。自分ではない足音が聞こえる、これは降谷さんのものだ。決して後ろを振り向いてはいけない、振り向けば……。 ふと耳元にこの珍妙な光景を見かけたギャラリーの声が届く。楽しそうに他人事だと思って、こっちは命がけなんだ！上司は上司でひたすら自分の名前を連呼しているし、とてつもなく恥ずかしいったらありゃしない。 しばらく走り続けていたせいか、息が上がりスピードも段々落ちはじめてきた。風見と呼ばれ、トントンと自身の右肩を叩かれ手を置かれる。ああ、ここまでだな……。 観念して、後ろを振り返ればそこには、人好きのする笑顔を携えた上司が紙袋を持って立っていた。 「風見、お昼一緒に食べるぞ」 「ひ、ひゃい……」 語尾にハートが付いていそうな声音。そして逃げられまいと自分の手をぎっちり握りしめられる。さらば、安息の昼休み。降谷さんとの攻防の末、自分はこの上司とお昼を過ごすことになってしまったのである。 「つ、疲れた……」 部署に戻り、自分のデスクに顔を突っ伏す。 簡潔に話すと、降谷さんの作ってきた弁当を食べながらひたすら降谷さんから口説かれるという謎の時間を過ごした。弁当は流石というか、これはとてつもなく美味しかった。胃袋から掴まれていそうな気がしてならないが、彼のご飯ならまた食べたいと思ってしまうほどには、虜になってしまった。あ、これもう完全に胃袋掴まれてるな。それから、口説かれた内容は、まぁ、ここでは割愛しておこう。 上司と昼休みを一緒に過ごすイベントを経験して以降、降谷さんがこっちへ寄る時間があれば必ず誘われるようになった。自分が逃げ果てた末に捕まることがあれば、部署の扉を開けたら立っていたこともあり、登場の仕方、誘い方はその時々によって違っていたが、それは庁舎内ではもはや名物になりつつあった。 最初は野次馬如く、好奇心で今日も仲が良いねや頑張れなど声を掛けられたり応援まがいのことをされたりもしたが、人と言うものは恐ろしいもので、この非日常に馴れてしまうとそれは日常と化してしまい、周りの人間は、ああまたいつものあれか、というように、この攻防戦に対してもはや誰も何かしらつっこむことをしなくなってしまったのだ。 また、彼なりの法則があるみたいで、何が何でも自分と一緒に居たい時は必ず逃がさないようにどんな手を使ってでも捕まえようとするが、逆に、もし出来るのなら一緒に居たいなという時は自分の意志を尊重してくれ、逃してくれることがある。 それと、絶対に捕まえたい時には、口説きながら迫ってくることが多いことも分かった。よくこんなにも沢山の口説き文句が出てくるなというくらい、言葉や表現が多彩だ。が、彼が本当に忙しい時にはこちらへ全く来ないこともあった。 最初は本当になにかの冗談かと思っていた。しかし、ここ最近の彼の言動から降谷さんは有言実行を遂行する人間なのだと、改めて思い知らされた。つまりは、自分のことが恋愛的な意味として、本気で好きなのだということも思い知らされた訳だが。ここで疑問が湧いてくる。なぜその対象が自分なのか。降谷さんの見目は男の自分から見てもとても綺麗だと思う。世の女性が放っておかないわけないし、降谷さん自身も選り取り見取りのはずだ。そんな彼がこんな自分を好きになった理由が知りたい。彼が好きになったかと言えばそれはまだ分からないが、ただの上司から気になる上司になりつつはあった。 そんなある日。 いつものように降谷さんとの昼休みの攻防戦を繰り広げる、今回は庁舎内鬼ごっこのパターンだ。体があの日から降谷さんに走り迫られたら逃げるということを覚えてしまったようで、気が付けば廊下をまた全力疾走していた。さらに、前回会ってから間が少し空いているので、何としても自分と過ごしたいと思っているはずだろう。 「僕のファムファタル、待ってくれ！というか、いい加減僕から逃げるの止めないか！」 「ファムファタルってなんですか！降谷さんが追いかけてこなければ逃げないですよ！」 「今日は久しぶりに僕の風見に会ったんだ！ぜーったいに捕まえるからな！」 「自分はいつ貴方のものになったんですか！自分は自分のものです！というか、普通に誘ってもらえばお昼くらいご一緒させてもらいますから！」 「……言ったな？」 足音がピタリと止んだ。つられて自分も走る足を止め、恐る恐る後ろを向く。革靴をコツコツ鳴らし、ゆっくり歩きながらこちらへ近づいてくる上司がいた。そうして自分の前で立ち止まり、自分の左手を持ち上げ指先にリップ音をひとつ落とす。上目遣いで自分の瞳を真っすぐ見据え、一言。 「風見。僕と一緒に昼休みを過ごしてくれないか」 「は、はい……」 自分は彼の豹変ぶりに目を丸くし呆然と立ち尽くしてしまう。口からはぽろりと肯定の返事が零れる。 か、顔が良すぎる……！この人でなければ許されない、むしろそれを知っていて利用している節がある、誘い方だと思う。こんな風にされて断れるほどの鋼の心臓は持ち合わせていないし、今まで凄い勢いで迫られていた分、こういうのは些か心臓に悪いような気もする。ギャップ萌えと言うのだったか。彼の美しい顔立ちは男の自分でも思わず惚れてしまいそうだ。恐ろしい……。 とまあ、彼の『きちんとしたお誘い』を受けてしまった訳だが。 降谷さんと過ごすときは大体空き部屋や休憩スペースなどが多いが、今日は天気が良いから外に出ようと提案されたので、中庭へ行くことにした。大の男二人がベンチに並んで座るのはむさくるしいような気もするが、降谷さんは喜んでいるみたいなので、よしということにしておく。 「どうだ、僕に落ちてくれたか？」 「ふぐっ！？」 いきなりすぎて口の中のものが気管支に入ってしまい噎せてしまった。隣で彼が若干申し訳なさそうに謝りながら、飲み物を渡してくれる。大きく深呼吸をし、落ち着かせる。 「どうだって、言われましても……」 困惑で眉根を寄せる。聞くなら今だろうか。最初からずっと気になっていたこと、疑問に思っていたこと。理由とでも言うのだろうか。彼が自分を好きだという理由。 「降谷さん、聞いてもいいですか」 「なんだ」 「どうして自分なんですか……？降谷さんなら、」 「そうだなぁ」 考え込むように右手を顎の下に置き、瞳は空を見上げ、うーんと小さく唸る。そんな仕草をしていながら、答えは初めから決まっていたらしく、悩んでいる時間はそこまで長く感じなかった。 「君の、運の強さに惹かれた、かな」 「はぁ……」 「というのは半分冗談で。君なら僕の運命を変えてくれそうな気がしたからさ。初めて君を見た時、そう感じたんだ。一目惚れというやつだな。まあ、実際そうだったし」 「えっ……？」 「はは、いずれ分かるさ……」 『なにせ君は初めて僕が掴み取った運命だからね』 ニッと歯を見せ降谷さんは笑う。最後になにか言ったような気がしたが、それはよく聞こえなかった。自分の強運さに惚れられたなんて、喜べばいいのやら複雑な気分だ。しかも、反応にも困る理由でなおさら複雑だ……。 「で、だ、風見。この週末君休みだろう。なんと、僕もたまたま休みなんだ。僕とデートしないか！というかしよう！」 「は、はぁー？いきなりですね……」 「いきなりじゃないさ。休日に好きな子と出掛けたいと思うのは当たり前じゃないか。それにもっと僕のことを知ってもらいたいし、な」 器用にウインクをする。星が流れそうなほどの滑らかな瞬きだった。その流れ星が自分の頭に突き刺さる。これは、イエスかはいの選択しか残っていないみたいだ。しばし逡巡したのち、 「分かりました」 頷いた後にそう言えば、彼は大きくガッツポーズをした。とても嬉しそうな顔をしている。そんな風に思ってくれるのであれば、休日の一つや二つ彼と一緒に過ごすのも悪くはないだろう。 その後、日も跨がないうちに上司から連絡があった。週末のデート（降谷さん的にこの言い方がとても重要らしい）は水族館になったようだ。メールの文面自体は簡素なものだったが、昼間のあの顔を思い出せば、なんだか楽しみでしょうがないというような雰囲気を醸し出していた。 「すみません、降谷さん、お待たせしました」 「大丈夫だよ。僕も今来たところだ」 週末、約束の日がやって来た。待ち合わせ時間の十五分前に到着するよう向かうと、そこにはすでに降谷さんの姿があった。年相応より少し若く見える彼の服装は、とてもおしゃれに着こなされている。普段の降谷さんはスーツ姿や周りから目立たないような衣装が多いので、私服姿を見るのは新鮮だ。 「君、その服よく似合っているよ」 「そんな滅相もないです……。降谷さんの方こそ、恰好いいですよ」 な、なんだこの甘酸っぱい感じは！少女漫画ではないんだぞ、しっかりしろ風見裕也！男二人でなに照れ合っているんだ！しかし、普段褒められることが滅多にないため、お世辞と分かっていてもこういう風に言ってもらえて嬉しい。 お互いそわそわした雰囲気のまま、目的地である水族館へ向かう。週末の昼前ということもあってか、そこは沢山の人で溢れかえっていた。降谷さんは事前に入場チケットを購入していたらしく、一枚を自分に手渡してくれる。 「え、悪いですよ！自分の分くらい払いますって！」 「いいんだ、君を誘ったのは僕なんだから。受け取ってくれ」 「……ありがとうございます」 戸惑いを含んだ声色でお礼を伝える。しかし、降谷さんは本当になにも気にしていないようで、むしろ満足気に微笑んでいた。ぐぬぬ、スマートすぎる。 ゲートを潜り抜け、中へ入っていく。薄暗い室内には大小様々な形が違う透明な水槽が左右や上下に並んでいる。そこには多種多様な海の生き物が揺蕩い共存している。水族館なんて本当に久しぶりなので年甲斐もなくはしゃいでしまう。それは隣にいる降谷さんも同じだった。目当ての場所まで、アラサーの男性二人が立場も忘れてはしゃいでいる姿がそこにはあった。 「おお……！」 「これは凄いですね……！」 目の前には今まで一番大きな水槽。ここのメインともいえる巨大なアクアリウムだ。あまりの美しさに言葉を失う。上手く表現できないと言った方が正しいのだろうか。自分と降谷さん、二人並んで静かにこのガラスの向こうの世界をじっと見つめる。するとどうだろう、周りの雑音が掻き消され、なんだかまるで二人きりの世界にいるような錯覚に陥る。ふと隣を見れば、降谷さんの瞳がこの目の前に映る青のグラデーションの様で美しく、思わず惹きつけられてしまう。キラキラと輝かせるその目はまるで子供みたいで。 自分の視線に気づいた彼が楽しそうに、いひひ、だなんて無邪気に笑う。そんな上司の姿があまりにも可愛くて不覚にもときめいてしまった。 可愛い？ときめいた……？そうか、自分はどうやら少しずつほだされてしまっていっているようだ。どことなく胸がぎゅっと締め付けられる、この感情は。 周りが混雑してきた。もっと見ていたかったが、ここから移動した方が良さそうだ。 未だ夢中になっている彼に肩を軽く叩き声を掛ける。 「降谷さん、そろそろ行きましょうか」 「そうだな。……って君、」 「え？」 彼が驚いた顔をしているので、どうしたのかと思い目線の先を追うと、彼の手を取っている自分の手があった。無意識にしてしまっていたらしい。ぎょっと大きく肩を揺らし、その行為に慌てふためく。 「いや、これはわざとではなく！……すみません」 「ふはっ。いいよ、むしろ風見から手を繋いでくれるなんて思ってもなかったから嬉しいよ」 はぐれないようにもっとしっかり繋いでおこう、そう言って彼は自分の手を優しく包み込んだ。自分が招いたこととはいえ、これではなにかあった時に離すことができない。隣にいる上機嫌な彼に柔く非難する。 「他の人に見られてしまいますよ……」 「ここは薄暗いから、誰も見やしないさ。それに皆このガラスの向こうの海に夢中だ」 そう言われてしまうと、返す言葉もない。眉を下げ、小さく分かりましたと呟き、彼と手を繋いで残りの館内を過ごすことになった。本当に嫌ならば振りほどくことも出来る。自分がそれをしなかったのは、その行為が嫌だと思えなかったから。事実、彼よりも先に触れてしまっていた。あとは、この非日常な出来事（彼から言わせればデート）が存外楽しくもっと続けば良いのにと思っている自分がいるから。 夕暮れ時、近くの海が見える公園を二人で歩く。ほぼ丸一日遊んで過ごしていた。普段の彼とは違う素に近い、年相応よりも幼い彼を知ることが出来た。こうして一緒に出掛けることがなければ、この先も知ることはなく、ただの上司と部下のままだっただろう。 彼が欄干に両手を付き、海を眺めている。その後ろで彼の背中を見つめる自分。今ここにいるのは数時間前に見せた無邪気な彼ではなく、いつも以上に大人びた男性の彼がいた。自分の視線に気づいた彼が振り返る。 「ん？どうした、風見」 「いえ、なんでも、ないです……」 「ほんとかー？」 目を細めふっと微笑む。溶けるような夕陽の朱色と彼の髪色が合わさり、彼の絹のような柔らかな髪からまるで甘い蜂蜜がキラキラと風に靡き流れていっているみたいだ。男の自分から見ても彼は美しい人だと、ずっと前から思ってはいたが、こんなにも煌めいていただろうか。目を凝らしても変わらず見え方は同じだった。そこで自分はこの現象についてひとつの可能性に辿り着く。可能性というより、この場合感情といった方が正しい。 いつか誰か言っていた、　　をすれば世界は色づいて見えるようになる、と。 実は、薄々感じてはいたのだ。最初はこんな風に見えなかったはずなのに、今はここまで色鮮やかに映えている。 ああ、そうだ、自分は彼のことを———。 「一日過ごした訳だが。どうだ、僕のこと好きになってくれたか？」 彼が首を傾げ尋ねる。こういうちょっとした仕草でも様になっているから、イケメンってやつは本当恐ろしい……。 考え込むように右手を顎の下に置き、若干伏し目になるよう地面を見てうーんと小さく唸る。でも、答えは最初から決まっているので、フリだけだ。散々振り回されたのだ、自分だって少しくらいもったいぶっても許されるだろう。長い沈黙のあと、彼の瞳を逃さないように見つめ、ゆっくり口を開く。 「……そうですね、黙秘します」 「な、この期に及んでまだそう言うのか！」 「はははっ」 悪戯っぽく笑えば、先ほどの大人びた色っぽさ漂う彼から一気にいつもの彼に戻った。そっちの方が心臓に悪くなくてずっと良い。自分のこの気持ちはまだもう少しだけ彼には言わずに秘めておこうと思う。なんだかんだ、この関係も嫌いではないから。 昼時の庁舎内。廊下をせわしなく走る自分とその後ろには上司の姿。もうこの時間帯の名物として有名になってしまった。 「ちょ、ちょっと降谷さん！」 「観念しろ、かざみぃっ！僕とお昼食べるのはすでに決定事項なんだ！」 「だから、一々追っかけてこないで下さいってば！」 延長戦。 けれど、僕が降谷さんに完全に落ちてしまうまでそう時間は掛からないだろう。

前回とは打って変わってラブコメ色強めなお話にしてみました。が、全体的にみたらまた少女マンガチックになってしまいました。コメディー感伝わってくれ……！！！感じ的には、降→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→風から降→→→→→→→→→→→→→←←←風になるまでで、こっちの降谷にはガンガン行こうぜ！というコマンドしかない仕様で進みます。逆に風見さんには、最初はただの上司だったのがいつの間にか……！みたいにしてあります。<br />二人には特に降谷には風見という人間を自分で掴みとった運命だと思っています。なので降谷にこの言葉を使わせたくなるという……。<br />ですがなにも考えずに読んでください！ちなみに、作中で出てくるメインの場所は自分が今はちゃめちゃに行きたいところを二人に行ってもらっただけなので、前作と繋がってるわけではないです。動物と触れ合いたい……。<br />それから作中最初の辺り名前もないモブ部下が会話に出てきますが、降風的には全く問題ないです。ただの部下です。<br /><br />前回、沢山のブクマありがとうございます…！！！凄く凄く嬉しかったです！！！<br />今回の表紙はヒアルロン酸さん（<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/69416774">illust/69416774</a></strong>）からお借りしました、ありがとうございます！<br /><br />8/20：ルーキー70位に入りました、本当にありがとうございます…！<br />　　　また、沢山のブクマやいいねもありがとうございます、嬉しいです。<br />8/22：08月14日～08月20日付の[小説]ルーキー58位に入りました、ありがとうございます！

年下上司に迫られてます

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「よぉ、お前ら、久しぶりだな」 無人島生活最終日。試験時間が終わり-クラスの担任である鶴喰先生がやってきた 「お久しぶりです鶴喰先生。リーダーとしてがんばりましたよ」 代表として俺が挨拶しながらキーカードを渡すと紙を渡された 「それでクラスのリーダーの名前を当てとけ。わかんなかったら書かなくていいから。後は掃除して目的地に来てくれ。後、キーカードの返却は後で」 説明だけして鶴喰先生は帰った 「相変わらずだね鶴喰先生……」 「案外無人島に置いておくべきなんじゃねえのかあのクズ」 やめとけ飛沫。あれでも仮にも教師だ それに……あの人のスタイルでここまでできたというべきだな 「まあそんなことより……フィニッシュだよ、八幡」 いつもボーっとしている生煮がマジだった 「わかってるよ」 Aクラス 戸塚弥彦 Bクラス 白波千尋 Cクラス 龍園翔 そしてDクラスは－－－ 島にいた連中は全員1箇所に集められるのだった 「よう綾小路」 「比企谷……」 偶々1人でいたので他のみんなの目を盗んで綾小路に話しかけてきたが嫌な目をされた 「悪いが帰ってくれ」 「そんなつれない態度取るなよ。一応Dクラスとは組んだ中じゃないかよ。それで堀北はどこだ？」 「あいつはリタイアだ。それに……利用したのまちがいだろ」 やっぱりこいつ気づいてたか…… 「まあ俺は緩やかに学園生活を送りたいんだよ」 緩やかに学園生活を送りたい、ね…… 俺たち(過負荷)がいる限りそんなのありえないのに 「これより試験結果を発表する！」 綾小路以外にも茶々を入れようと考えていたがAクラスの担任の真嶋先生が拡声機を使った 「そういうわけでじゃあな、綾小路」 俺はそう言って『特例』の綾小路から離れた 綾小路side 「この試験に取り組み色々大変だったかもしれないが君たちがここまでがんばったことに敬意を表する。ご苦労だった」 真嶋先生からの、迷いのない言葉に生徒たちが安堵する 「ではこれより特別試験の結果を発表したいと思う」 俺は勝利を確信していた AクラスとCクラスが手を組んだこともわかっていたので、最終日直前に堀北はリタイアさせて、俺がリーダーとなった そしてまったくわからなかったが-クラスはわざと俺たちにキーカードを見せた。もしやこれでどういった作戦か不明だが、あの場で-クラスは確実に堀北がリーダーだと気づいたはずだ これによってAクラスとCクラス、そして-クラスは100ポイント減ることになった 仮に-クラスがDクラス以外のリーダーを当てても貰えるポイントは50。それにできる限り遠くから見たが-クラスもCクラスのようにポイントをどんどん使っていたから残りポイントは限りなく少ない つまりこの勝負は俺の勝ちだ 「まずは最下位からだ。最下位は……Cクラスの0ポイント」 「なに……？」 龍園はショックよりも、事態が理解できない程度だった やはり龍園は堀北をリーダーにしたようだ。となるとAクラスも…… 「続いて4位は-クラスの100ポイント。3位はAクラスの120ポイント。2位はBクラスの140ポイント。そして1位はDクラスの200ポイントだ」 この結果どの生徒も驚いた。特にDクラスは歓喜の声でいっぱいだった そう、このオレもだ…… なぜならオレたちはボーナスポイントも入れて125はあったはずだ……じゃあ25ポイント分はどこに……！？ 「…………って、普通ならいいんだけどな」 「「「「ッ！？」」」」 いつの間にか真嶋先生の隣に、そして拡声器を奪って、-クラスの鶴喰先生は声を出していた 「いやいやマジですごいな。俺だったらこんな試験やってらんなかったぜ。だが、残念なお知らせだ。お前ら全クラスのポイントは……0だ」 無慈悲煮に冷徹に冷酷に、真嶋先生は真実を言った 全クラスのポイントが0……？つまりそれって……！ 「あっ、説明不十分だったな。正確にはお前たちが1週間がんばったポイントは-クラスのものになる。-クラスの特別ルールによってな」 -クラスが全クラスのリーダーを当てた場合そのポイントは全て-クラスのポイントとなる…… 全クラス……つまりDクラス……オレがリーダーだったとわかっていたのか……！？ オレが……負けた……！？ あの男によって作られたオレが……負け……？ ありえないことに戸惑い、この試験に1人勝ちした-クラスを見ると…… 全員気持ち悪い満面の笑顔だった 八幡side なに見てんだ綾小路の奴？しかし意外だったな、綾小路がリーダーって。なんかそういうのやらなさそうだと思った 「なんでだよ！？」 その時Dクラスから指された 「お前らだけが俺たちにキーカードを見せたのになんで……！？」 段々と声が小さくなってきた。まあどうでもいいが 「やっぱりなにか企んでいたんだね比企谷くん」 Bクラスの一ノ瀬もやってきた 「…………」 「……ちっ」 AクラスもCクラスも続々とこっちを見てくる 「……別に、ただ適当に書いたら当たったんだよ。俺って運ないけど今日はついてたわ」 「そんな理由でボク達は納得できないよ」 と、納得できないらしく全員帰ってくれない だがどれだけ睨んでも仕方がないこと。ちゃんと真嶋先生からいわれたろ、結果を受け止め、分析し次の試験へと活かせって まあ分析できないほど気持ち悪いのが俺たちだけどな 「行くぞお前ら」 こっちは話すことがないので帰る準備するのだが…… 「まてお前たち」 そんな時1人の教師がいた。たしかDクラスの…… 「茶柱先生……でしたっけ？」 「ああ、そうだ」 名前を確認したら茶柱先生は一枚の紙を出した 「これがなにかわかるか？」 「さあ？数字がたくさんありますけどなんでしょね」 「お前ら-クラスがこの無人島で使ったポイントだ」 うそぉー！？ 「そんなの持ってくるのはいかがなものかと？」 「そうだな、では口で説明してやろう。1日目、110ポイント消費、2日目216ポイント消費、3日目187ポイント消費……よくこれだけのポイントがあったな。2日目で300ポイント以上だな」 「いや水上バイクがあったので使わせていただきました」 「そんなことはどうでもいい。お前たちが使ったポイントは0になるはずなのに、次の日になると必ず300ポイントが入っていた。システムの不調ではなくな」 「「「「ッ！？」」」」 茶柱先生のその言葉で全クラスが驚愕した そう、俺たちはこの無人島で毎日湯水の如くこのポイントを使いまくったのだ だがポイントは減ることはなかったのだ 「鶴喰はなにも言わなかったがこれに関しては説明がなくてはならん。答えろ-クラス」 紙を突き出されて問いかける茶柱先生 そしてすぐに茶柱先生の体は釘という釘に刺されたのだった 「がッ……！？」 「別にどうでもいいじゃないですか」 俺は釘漬けした茶柱先生に異議を申し立てる 「結局は結果が気に入らないだけですが仕方ありませんよ。例え仕事はきっちりできていても大手のコネを持つ方がすごいと思われ、絵がとても上手いのにそこら辺の空の写真が圧倒的に全世界からいいねがこようが、不良品以下のクラスに惨敗されようが、結局は！なにも変わらないんですよ！だから……負けを認めろ」 「…………はっ！？」 釘漬けにされた茶柱先生の体には一本も釘が刺されてなかった 特別試験のルールが説明された時と一緒だ 「まあその内教えてあげますけど今はもう帰りたいんで勘弁してください」 俺たちは海に浮いてる船をめがけて歩き出したが、そろそろ膝まできそうなところ 「えっ……？」 「なにあれ……？」 「冗談だろ……？」 後ろからそんな声が聞こえるが普通だろ？ 人が海の上を歩くことなんて？ 俺、夭歌、いたみ、怒江、飛沫、青黄、生煮の-クラスの全員は浮いて歩いていたのだ 「とりあえず俺たちは先に行ってますね。お前らも結果に不服を持つなよ。まだまだ勝負はあるぞきっと」 負けて残念に思う他クラスにエールする俺。なんていい人 特別試験一回目 結果 A、B、C、Dクラス 0ポイント -クラス 660ポイント 結果に不服はないが…… 勝つのはわかっていたがもっと他クラスが節約をがんばってくれればよかったのになぁ。だってそしたら小遣いが増えるじゃん フィーです 今回の1番の被害者は茶柱先生ですね…… 過負荷だから少々八幡が酷いと思う方、申し訳ありませんがこのままいきます 前回の質問で-クラスが勝ってほしいというコメントが多かったのでそうさせていただきました 次回は-クラスがどうやってリーダーを知ったかという説明話です 多分つまらないですが次回もよろしくお願いします

実力生徒と-クラスの結果発表

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いよいよ、今日が初戦公式練習日だ。 あの日結局バタバタとしてしまい、朝一番猿飛に連絡して繋がらず、タイミング悪くコールバックされても今度俺がでれなくて、結局ちゃんと話をせずにこの日になってしまった。 留守電に猿飛から一晩の宿の恩と後日実家に結構な礼の品が届いた。 結構何度かその後連絡したものの、すれ違い連絡取れず仕舞だった。 昨日の搬入日は結構時間が取れたのだが猿飛が忙しそうだったので声を掛けそびれた。 今日は今日で上杉のピットに行き、猿飛を呼んで貰ったら工場の方が忙しく昨晩蜻蛉帰りしたと言われた。 ここまでタイミングが合わないと何だか見えない障害があるようだ。 その事を政宗様にいうと、 「それは面白いsituationだな！障害があると燃えるってか。」 と言われた。 燃えやしないが、これだけ連絡が取れないと少しムキになってしまいそうだ。 それならと昼休みの時間を見計らい、電話をしようと携帯電話を取り出した。 するとつんざくような爆音に遮られ此処で電話をするのを諦めた。 その音がする方をみると真っ白な跳ね上げのウィングがついたトラックが見えた。中を見せない為の物か、Kファクトリーの積載車だ。 Kファクトリーのイメージカラーは純白であり関わる物全て白で統一している。 初めて見る今回の車両もきっと白いボディカラーだろう、と電話をするのに場所を移動しようとした瞬間、周りにざわめきがおきた。 もう一度Kファクトリーのトラックに向き直ると従来のイメージカラーとは全く逆の漆黒のボディカラーの車がでてきた。 ずっと上杉イコール純白、と決まっていたのに予想を覆された。 漆黒の車両はピットに移動され、ドライバーが降りてきた。 これも予想外だ。 上杉はドライバーもピット要員の服装も白のはずだった。 しかしそのドライバーの服装は車両と同じく漆黒のレーシングスーツだ。 真っ白なKファクトリーのピットの中に其処だけ闇が有るような印象を受けた。 ドライバーも以前の人間ではないと聞いた。意外性ばかり目立つのでドライバーはどんな人物だろうかと一般に販売されるパンフレットに目を通した。 (unknown) なんだこれは。 通常ドライバーの顔写真や経歴などが書いてあるはずのスペースはunknown、と書かれてあるだけだった。 稀に車両やドライバーの決定が遅れ、パンフレットにこう書かれる時がある。 武田のピットがPCを取り巻きざわめいた。 すぐさま俺もその輪に入った。 「どうしたんですか何か解ったんですか」 と高坂さんに聞くと 「あの、ドライバー本当に素性を明かさないつもりらしいです。」 入手したデータを見せて貰ったが、何もあのドライバーの事が分かるような物はなかった。 経歴や素性が解らないのでは対策を打てない。ましてや宿敵と言われる武田にしてみれば大打撃だ。 「良くない事とは思いましたが、猿飛にそれとなく聞いたことがあったんですが、猿飛自体もドライバーの件はずっと知らなかったみたいです。」 と高坂さんは言った。 件のドライバーは黒いヘルメットを脱がないままで上杉謙信と何かを話した。最終点検を待ち、そのまま練習走行に行ってしまった なんとも、不可解な人間だ。 みんなその正体不明な人物に視線を注ぐ。 上杉の車両が慣らしの2、3周走った後そこにいた全員がどよめき、息を飲んだ。 なんだーーあの走りは。 趣味の領域の俺がぱっとみただけで上位に入る走りだ。 正体を明かさないにしても名のある人物でないとあの走りは出来ない。 あの走りである程度素性は判るはずだ。 するとモニターを見ていたはずの高坂さんが、急ぎ武田社長の元にかけていった。何かを話しているのだが周りの音にかき消されて聞こえない。 なにか近寄りがたい物を感じ、俺は高坂さんの見ていたモニターを覗きこんだ。 しかし画面は違う画面に変わっており情報を見ることは出来なかった。 なにか不味いことでもあったのだろうか。武田社長と対照的に見る見る顔色が悪くなっていく高坂さんが、心配になる。 練習走行一回をみた百戦錬磨の武田のだれもが意気消沈し、うなだれた。 去年の年間チャンプの武田が。 初戦が終わった。 伊達・武田の順位は2位だった。 成績は上々だが前例ではありえない点数差がついた。 打ち上げの席で山県さんが武田の成績で初めてだと沈んでいた。 珍しく武田の酒の席がそうそうとお開きになった。 政宗様が、 「なにか、ひっかかるぜ、あの上杉のdriver！」 といいながら武田のオッサンと差しで飲んでくると、苛々した空気を纏い、武田社長に声を掛けに行った。 俺は酒の席だというのに静かな高坂さんが気になり話しかけた。 「なにか昼間から調子が悪そうですが大丈夫ですか。」 と聞くと 「すいません。情報を提示しなければいけない立場なのに何もできなくて。。。」 と頭を下げられた。 素人の俺がネットで調べても何もひっかからなかった。 レース玄人の高坂さんが調べられないと言うことは全く持って「unknown」の人物だと言うことだ。 「でも今回のレースでしっかりデータを取ったので次はバッチリですよ！」 と高坂さんは笑顔でいった。 しかしーーー 俺はその笑顔に何か、陰を感じた。 何かひっかかった俺は 「あの上杉のレーサーに心当たりでもあるのですか。。。？」 過ぎた言葉だと思ったが言った。 すると高坂さんは 「いえ、全く存じ上げないんですよ。これから頑張って探します。」 これから忙しくなりますよ、次は負けませんよ。と笑顔でいった。 俺は何か引っかかりながらも高坂さんと別れた。 [newpage] 「Ｈｅｙ！真田幸村！今日こそ優越をきめようぜ！！」 ｙｏｕ ｓｅｅ?と蒼い甲冑の男が腰にある刀を構えた。 「いざ！尋常に！！！某は負けませぬぅ！！」 紅い槍を持った男も負けじと槍を構えた。 その後激しい打撃音が響き渡る。俺はそれを縁側で見つめていた。 隣には斑の服を着た男が座っている。 「片倉の旦那ァ、どうしたんだいその御髪はァ、だいぶサッパリなすったねぇ」 と軽い感じで髪を切ったことを指摘された。 数日前政宗様の一言で伊達の重鎮が大騒ぎになり、政宗様が席を辞した後、近くにいるお前のせいだと槍玉にあげられ切腹とまで行かずとも、出家しろと重鎮に言われた。 政宗様を信じた俺は直ぐ様脇差しを後ろ髪に当てすっぱりと髪を切った。政宗様が乗り込んできて重鎮を宥め誤解を解いたが切ってしまった髪は戻りはしなかった。ｻﾞﾝﾊﾞﾗになった髪を後で整えてもらったらだいぶ短くなってしまった。 ーーどうせ此処まで話さずとも、この件は耳のいいこいつには筒抜けだろう。あれだけの騒ぎだ。 どうせ馬鹿だのといってくるのだろう。 「最近あついからな。ちょうどいい。まぁ、またすぐ延びる。」 というと、斑の服の男の目が細く、なった。 「この間越後に用向きがあったんでさァ、片倉の旦那のお口に合うかわかんねぇけどこれ、飲んでみてよ。」 といきなり話をすげ替えられ斑の服の男が徳利を差し出してきた。 酒か？と口を空けると芳醇な深い熟成された香りが漂った。 「そうだよ？なんか割水をしていないからかなり強いみたいだけど、ザルのあんたたちならこれくらいはいけんじゃねぇのかってさ。」 と俺は味見したら口の中爆発したかと思ったけど、と笑いながら説明をした。 ザルとは心外だ。 確かに俺も政宗様も酒には酔いにくい方だが。 「では夕餉の際に出すとしよう。」 と酒を手に、女中に渡そうと立ち上がった。 「あ、そうそう！道中の川に鮎が一杯いてさ、これもお土産。そうそう、今日は暑いから酒もよく冷やすといいよ。」 その酒を造ってる爺さんが冷やすとまた格別だっていってたよと竹籠に熊笹の葉を敷き詰めた物を差し出してきた。 竹籠が動いた。近くで取ってきたのだろう。 「すまないが一緒に厨まで持って行ってくれるか」 と廊下を歩き出した。 厨にいた女中に土産を渡し、今来た道を戻る。 斑の服の男は後頭部に手をやり肘を上げながら前を歩く。かなり無防備なその様に悪戯心が働いた。 廊下の角の戸袋の死角になっている所で前を歩く男の身体を背後から捉え、開いている横の部屋に引き込んで障子をしめた。 男は一緒ビクッと身を動かせたものの甘んじて俺の腕の中に収まった。 「短い髪は嫌か？」 とかき抱いた人物の耳のそばで囁いた。 すると、 「、、、、、なんだか、片倉の旦那っぽくない、、」 と拗ねた子供のように俯きながら小声で言った。 「ーーーちょっと、びっくりしたよ。。でもそうゆう片倉の旦那の正しいところ、嫌いじゃない。。。」 と言うのが早かったか、俺はその男の顎を手を添えてあげ、男の頭に着けている防具を外して床に落とした。 「、、、、久し振りだな。。。」 顎に置いていた手を頬に伝わせて撫でた。 首筋に口を這わせながら頬にある手と逆の手で内股をなで上げる。 「てめぇ、、、、俺とした約束、破っちゃねえだろうな、、、」 首に噛みつきながら仰け反って浮き上がった筋を舐め上げる。 「ーーーーそん、、なッ、、、怖いこと、、出来るわけないっ、しょ、、、」 口先だけで強がりをいう。 「怖いか。。それだけ俺はお前に執着しているんだ。」 わかるだろう？と首筋を吸い上げて紅い印をつけた。 内股をなで上げていたら感じ始めたのか、足が震えている。 腕を引き向かい合うように身体を反転させた。 すると男はうっすらと頬を赤く染め、涙目の上目遣いで睨んできた。 余りにも憂いのある表情にたまらなくなり、口を吸った。 「俺はそれだけ、お前を愛しているんだ。佐助ーーー」

現代小十佐です。シリーズ12話いきました。前世記憶ありの佐助の苦悩話です。<br />2ページ目回想シーンと少しいちゃいちゃシーンがあります。嫌いな方はご遠慮下さい<br />また俺得車話が多くてごめんなさい。<br /><br />見に来て下さった皆様、素敵なタグ下さった方、ポイント下さった方、皆様ありがとうございます。生きる糧でございます。

空は蒼く。拾弐

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風見はすこぶる好い男である、と僕は思う。 冷静沈着、着実な仕事をするし、何よりゼロの片腕に推薦されている。おそらく彼の同期内の比較でも相当優秀な部類に入るだろう。 表舞台に立てない僕に代わり憎まれ役を買って出る際も、求められた役目を過不足なく実行して余計な口をきかない所が気に入っている。 時にミスもあれど、同じ失態を繰り返さない様、僕の求めている指示以上の仕事が出来る様に日々努力しているらしい。片腕として板についてきてからは、叱責する機会は徐々に減ってきた。このザマでは一月持たないなと冷めた目で見ていた頃の自分が知ったら、あれは一体誰だと肝をつぶすに違いない。 元から優秀な男が更に死に物狂いで努力するのだ、今の風見は降谷零の手に十分に馴染み、よく手入れのされたナイフの様だ。なくても死にはしないが、なければないで僕自身の能力を限界まで活かしきる事が出来ず、それなりに苦渋を舐めさせられるだろう。 この国を僕が支えていく上で最早欠かしたくないと思えるまでの存在になった、それこそが彼の何にもまして非凡な才能だと内心思っている。その様に大切に思える人間は同期の彼らを亡くした以上、もう二度と現れないと思っていた。風見、本当にすごい事なんだぞ。絶対に本人に伝えるつもりはないが。 だからそんな好い男の風見が上層部のお眼鏡に適い、見合いを勧められるのも至極当然の話だろう。 僕を見合いの槍玉に上げたいとしてもそこは潜入捜査中の身、配偶者の身に危険が迫りかねない。そこで、今や名実ともに「降谷のバディ」として一部の高官に噂される様になった風見の出番だ。僕のサポートの為に昼夜なく働いているお陰で、風見には彼女を作る暇もないだろうとやや後ろめたく思っていたので、これは千載一遇の好機だった。 ちなみに「降谷の飼い主」とか言っている輩もいるらしい。狂犬に人間様の言う事を聞かせられる腕の持ち主だからだと。該当者はその後謎の資金流用疑惑やら匿名の内部告発やらで失脚したらしいがすこぶるどうでもいい。ちなみにその話をしてくれた小うるさい人物には、面白い潜入任務とか滅茶滅茶面倒な書類仕事に取り掛かる名誉を授けてやった。僕は同僚の成長の為なら心を鬼に出来る人格者だ。閑話休題。 「上司として風見をよく見ているお前から見て、彼はどんな女性がタイプだ。その他見合いで引き合わせる女性に関して参考になりそうな情報があれば教えてくれ」 と黒田管理官から頼まれたのが一昨日。それから仕事の合間を縫っては、風見の伴侶として、ゼロの片腕の妻として相応しい女性の理想像について考え続けている。 今後もずっと片腕の保証がない？それはそうだろう。しかし今は僕の片腕だ。 だいたい風見の様な出来た男と連れ添うのだから、それに相応しい女性でなければ僕どころか世間だって許し難いだろう。いいじゃないか、片腕を自分の為に誂えるのと要は同じだ。ゼロの片腕の妻としてどこに出しても恥ずかしくない女を選びたい。 まず第一に仕事に対して理解がある事。これは絶対に外せない。 公安刑事自体、家族には公安所属である事を話せないのだが、ことゼロの片腕ともなると扱う機密も国家を揺るがしかねない規模になる。当然業務内容は説明する訳には行かないので、夫が日夜突然の連絡で呼び出されたり、連日の泊まり込みになる業務を言い渡されたりしても深い追及はせずに家庭を守る能力が必要になってくる。この男女共同参画社会において昭和以前の家庭の妻像を押し付けるのはどうかと思う部分も僕自身持ち合わせてはいる。だが実際問題、国の運命や僕自身の命が懸かった危機的状況ではいくら風見が家庭人であろうと即時動いてもらわなければ話にならない。家事育児の平等な分担はいささか現実的ではない。 　いきなりハードルが高すぎると思うかもしれないが、こういう場合には公安刑事の親族を宛がうのが一番手っ取り早い。 自身の幼少期の経験から仕事について分かりが良いし、刑事の妻としての意識は母親から学べるから苦労が少ない。 黒田管理官やゼロ所属の人間、それから警視庁公安部の知り合いの中で年頃の未婚女性の親族がいる者に声を掛けてもらえないか管理官に後で頼んでみよう、と僕は脳内でリストの一つにチェックをつけた。 次に風見の性格を踏まえた上でどういったタイプが相性がいいか考えてみる。 お淑やか、楚々としたお嬢さんといった人柄で清楚、堅実、家庭的…風見が割合に聞き役に回る事が多いだろうから、うるさくない程度にはお喋りでも構わないだろう。 そうそう、風見は忙しいとすぐに自分の食事や睡眠をないがしろにしがちだから、その辺を嗜めたり、手料理で健康を管理する事も重要だ。 するといつかの時の風見がふわりと脳裏に浮かんだ。 『降谷さん、今日は6時間寝てますよ！』と誇らしげに実に大した事ない報告してきた風見、それと『降谷さん、今日のお弁当も凄く美味しかったです。特にきんぴらが絶品で…』とふにゃ、と相好を崩してきた時の風見だ。睡眠時間の報告の際は確か『当たり前の事をどや顔で報告するな』と鼻を摘まんでやった気がする。『ふ、ふりゅやはんひゃめてふらはい』とふがふが言われて笑いを堪え切れなかった。 どちらもいつもの強面からすると想像がつかないとあいつの部下二人からは言われそうだが、降谷零の前では時たま見せる可愛らしい表情だった。 以前日本人らしからぬ顔であまり好きではないのだと自らの事を漏らした時、『降谷さんのお顔、私は格好良くて好きですよ。貴方がこの国を守っているときの顔は他のどんな人よりも日本人らしいです。だからそんな事言わないでください』と眉尻を下げて言われた。正直なんかもうよく分からない衝動に支配されそうになったが、これは不味いと何かが警告を鳴らしてきたので必死に耐えたのもいい思い出だ。 それも今後は嫁にバトンタッチである。仕方がないが自分が一等可愛がっていたせいなのか、やはりどこかもの寂しい気分になる。 せめて僕以上の料理の腕で風見を喜ばせてやってほしいと条件を書き足した。 「降谷さん、…風見さんのデスクで何を…？」 無心になってガリガリやっていたら声を掛けられ、ああ、と生返事をする。 おずおずとしたこの声は、風見班でも最年少の部下である山本だ。明るいムードメーカーだがお調子者なのが玉に瑕、それでも大事な案件では今の所やらかしていない。年長でバディの栗原が朴訥な男なのでなかなか良いバランスの二人ではないかと評価している。 「風見さんは今外出されていますけど…」 「よし、出来た」 「ええと…それ、何です？とお聞きしても」 「別に好きに見ていいぞ」 いつも通り上司のデスクに向かうとそこには自分の上司の上司が腰かけていた。 また何の説教だろうかと身構えたが、どうもそうではないらしい。 山本が恐る恐る覗き込むとそこには恐ろしい量の箇条書き一覧が手書きされていた。文字ちっさ！そして多！！ええと何々… ・清楚で良い所のお嬢さん風 ・煩くない程度に家庭の会話を盛り上げ風見を楽しませられる ・それなりに高学歴（ある程度以上の教養は欲しい所） ・語学力（最低でも英語とのバイリンガル、できればトリリンガル以上） ・交渉力 ・美人 ・黒髪で長い方がいいが限定はしない ・穏やかで一緒にいると癒される人柄 ・でも型にはまり過ぎず時には冗談などで空気をなごませる ・趣味や自分の世界を持ち、夫不在時にもそれなりに生活を謳歌できる ・仕事に理解を持ち詮索は一切しない ・料理上手、特に和食（僕以上のレベル） ・睡眠の質・量を管理、アドバイスできる（出来れば有資格者） ・歌が上手いor楽器演奏が出来る ・子育ての負担がやや重くなっても周囲の助けを借りてこなせる ・自分で自分や子供の身を守れる（出来れば柔道か合気道初段以上） ・床上手 ・寝顔が可愛い …（以下A4サイズの紙の一番下までびっっちりと続く） 「…………すみません、見ても降谷さんが怖いって事しか分かりませんでした…」 「いや分かるだろ！どう見たって風見の妻になる人間に僕が求める条件だろうが」 「いやいや条件細かすぎ、多すぎですよ！！！この条件に全て当てはまる未婚の女性っていくら何でも探すの難しすぎじゃないですか？！」 「ちなみに公安関係者から探すつもりだ」 「もっとハードル上がったぁ！だいたい何ですかこの床上手って」 「大事だろ？」 お綺麗な顔のこの上司は事もあろうに片手の指で輪っかを作り、もう片方の手の指を抜き差しさせる。 「いや大事かもしれませんけど縁談でそれ確認するの無理ですから！そのやらしいジェスチャーもしない！！あああ激しく動かすのストップです！！」 あの優秀な風見さんですら四六時中振り回されているのを間近に見ている。 それを風見さんの部下である自分がどうにかできるとは思っていなかったがこれは酷い。 動きを止めた降谷さんに、ようやく話を聞いてくれたかと思いきや、この上司は更にとんでもない事を言い出した。 「無理も何もない。僕は必ずこの条件に当てはまる女性を見つけ出し風見と婚姻すると言わせてみせる…！だいたい縁談だろうがその手の調査は朝飯前だしな」 無駄にきりっと恰好つけないで欲しい。あと最後の台詞は思ってても口に出さないで欲しい。公安部の他の人間も周りに集まってきているのが見えないのだろうかこの顔の良さは国宝級だけど風見さんに関しては残念な準キャリアは？ 「多分ですけどそれ風見さんは一言も頼んでないですよね！？」 「頼まれてはないが風見に相応しい女性を、と思ったら自然とこれ位の能力は必要だろうとなってしまうんだ…どうしよう僕の片腕が優秀過ぎて怖い…」 「えーと、（もう面倒なんでそこはスルーしよう…）…英語力と交渉力は何で必要なんです？」 「もし海外任務時に風見が非合法組織に連れ去られ、相手方の交渉役に配偶者だからと選ばれたとしても、とっさに気の利いたやり取りができた方がいいだろ？」 状況設定が酷く限定的過ぎないだろうか。…というか、うん。まだ確信は持てない。 「…次行きましょう。歌が上手いor楽器演奏ができるについては」 「ああ…風見がどうしても眠れない時、単に睡眠の質改善のアドバイスだけに留まらず、子守歌とかピアノとか、色んな方向からアプローチできるとなおいいかと思ってな」 ピアノか…。風見さんは前に、降谷さんはギターも弾けるんだ本当に何でも出来る人だな、と笑いながら話していたのを何故か思い出してしまった。 いやこれやっぱり降谷さん自身が基準になってるな？どうしましょう風見さん、貴方の上司はシャレにならないパワハラ働いてきてます。 「最後の一行。風見より長生きする、は」 「勿論、風見より先には絶対に死なない人間じゃないとな。死んだらアイツを悲しませる事になるんだ、それ位は根性と気合でどうとでもしてもらわないと」 僕には出来ない約束だから。そんな声なき声が確かに聞こえた。 「確かに、拘りが強すぎるのは認めよう。でも、風見を預けるんだぞ？一生、風見の傍に居て辛いときも悲しいときもアイツを支えられる人間じゃなきゃ、風見はあげられない…。僕が風見にできるこれが、精一杯の愛情だ」 何処かが酷く痛いみたいな顔をして笑うこの人は、自分が今どんな表情をしているかなんて全く眼中にないに違いなかった。なんだか山本が怒るのも筋違いな話だが、きっとこの場に風見さんがいたら、もっと烈火のように怒って、そしてとてもとても悲しむ。何故それが一番近くに居る筈のこの人には分からないんだろう。そう思ったら、上司の上司相手に向かって啖呵を切ってしまっていた。 「降谷さん。降谷さんが風見さんの事をとても真剣に考えてこの条件を挙げたのは非常によく理解できました。でも俺は、既にこの条件に当てはまる人を知っています」 「…誰だ、それは。教えてくれないか」 「全然嬉しそうじゃありませんね、降谷さん。…答えは俺の目の前に居る人です」 ちょっとだけ目を見開いた降谷さんは、すぐに冷静さを取り戻し皮肉気に口を開く。 「…………僕は、アイツより長生きする保証なんてしてやれない。だいたい、何だそれは？女性と言ったじゃないか。アイツは子供に懐かれる、良い父親になるだろう。女性じゃない僕にはアイツに家族も与えてやれない。何の確約も出来ない」 「子供が欲しいって、風見さんがそんな風に言ってたんですか？結婚もそうです。風見さんが望まない事はしないんじゃなきゃ、本当の思い遣りなんかじゃありませんよ！」 「！」 「風見さん、俺にいつも降谷さんの話をして下さいます。あの人にも大事な人間が出来たら、ご自身を大切にして下さるんだろうか、って風見さんが心配する時の顔は、何だか淋しそうです。それが何でなのかなんて、俺に聞かないで下さいよ。でも、降谷さんが長生きする覚悟さえすれば風見さんの悩みも心配も後は万事丸く収まる、そういうもんじゃないんですか？」 『それ位は根性と気合でどうとでもなる』んでしょう？ それがこの人にとってどれ程困難で酷な要求なのか十分に理解した上で、それでも山本は口にする。 あ、それだ。何かがすとんと、これ以上はないという程に腑に落ちた。 それが答えだと理解すると同時に僕は手を伸ばす。 「いだだだだだだだ痛い痛い痛いです降谷さん！！！」 「いっちょまえに僕に説教垂れやがって…」 クソ生意気な山本の頬をぐにぐにと力任せに引っ張りまわしてやる。 「本当に申し訳ありませんでした以後口を慎みますだから離して下さい痛いです…！」 その必死過ぎる謝罪を聞いて少し胸がすく思いがした。 「だが、…礼を言うよ」 苦言を仕方なく聞いてやっていたつもりだったのに、いつの間にかこちらがやり込められていた。自分が無意識に気づかない様にしていた事柄にもついに気が付かされてしまった。 気付いてしまったからにはもう、離してなんかやれそうにない。 真っ赤になった頬を手で摩りながらも謎の礼を言われた彼ははてな？を顔中に浮かべていた。その表情が余りにも可笑しくて噴出しそうになる。 「あ、」 山本が声と共に指さしたそこ。 課の入り口ドアからこれ以上ないタイミングで現れた僕の片腕は、僕を見つけるなり小走りに駆け寄ってきた。 「降谷さん！？今日は登庁のご予定ではなかったのでは。…何か急ぎの案件ですか？」 緊急事態に備えて、片腕としては当然のその対応。でも僕はつい先程までとは明らかに違う人間になってしまった様だった。頭の先からつま先まで風見という男をしげしげと眺め回してから、うん、やはり好い男だと自分の心に確認を取る。 その神経質そうな顔立ちも、一見して怒ったようにも見える仕事モードの表情の乏しさも。本当は意外な程表情豊かで涙もろい人間なのも。全てが好ましく見えるのは、つまりそういう事なんだろう。 「うん、て…急ぎなんですね？どの様な…ともかくも場所を変えましょう」 思わず声にも出してしまったらしい。言ってしまったものは仕方がない、これを利用しよう。こいつには逃げ道を用意してはならない。 「うん、いや急ぎなんだが、そういう意味の急ぎじゃないんだ。ただ君に伝えたい事があって、」 風見の手を両手で優しく包み込み、極力甘い声で囁く。 「え、」 「……どうか聞いてくれないだろうか？」 やや距離を詰めて、5㎝足らずの身長差を意識して小首を傾げる。 いわゆる上目遣いって奴だ。使い古されて手垢が付きそうだしこれがハニートラップなら絶対にやらない。 だが思いの外純情で僕の顔面が好きらしいコイツには多分ベタ中のベタが一番効く。 「……っえ、は？」 風見の左手を取り、薬指の根元に軽くリップ音を立てて口づける。 まだ混乱しきっていて何をするでもない風見の瞳を見つめながら、その手の平を自分の頬にすり、と寄せた。 「…きみが好きだ。どうか僕と結婚してくれないか」 永遠にも思える数秒が訪れて、気づけばそれなりに騒がしかった周囲の人混みがシン…と静まり返っていた。 ギャラリーの最前列で山本も、いつの間にか栗原までもが息を殺して見守っていたのに今更ながら目をやった。 あ、そういえばここまだ職場だったわ。まあいいか。 「…いです」 「ん？何だ」 「貴方なんか大嫌いです……！！！」 僕は声を出さず微笑んだ。 だって君の手も頬も今まで見た事がない位血色が良い。右手で目を覆う様にするのは、一体何を隠すためだろう。 「ここまだ職場だったけどまあいいかとか思ってるんでしょうが全っ然良くないっ、頭沸いてるんじゃないですか！？」 「わあ凄い僕の心読めるのかそういう所も好きだ。敬語がちょっと崩れるの可愛いな」 「人の話を聞け！！！」 「聞いてるさ。僕が冗談言ってるんじゃなく本気も本気なの、お前なら分かるよな？」 「……っ」 わなわなと震える風見の顔は青くなったり赤くなったりを往復し、見ていて可哀想な位だ。 「風見さん！」 「風見さん、今です！あの時の『私が…』の続きを言ってください！」 「山本ォ！！！栗原まで、絶対に許さんからなァ！！！」 一際大きくほとんど悲鳴のような声で叫ぶなり、風見は「急用を思い出したので失礼します！」と苦しすぎる言い訳で入ってきたドアを飛び出していった。 「待て風見！返事を聞かせてくれ」 それで、『私が』、何なんだ？一刻も早く君の口から直接教えてほしかった。 余裕のない態度に自分でも笑いが出る。本能が早く早くと両足を急き立てる。 風見を追い掛けてドアを飛び出すと同時に、背後から波が打ち寄せてくる様にどよめきが起きる。 口笛、冷やかす声、拍手、野次と声援、それら全てが混ざった音。 実にありきたりで詰まらないこれが、他の誰でもない僕らの幸せの在処を示してる。 君も分かっているんだろう、なあ。風見。 [chapter:白薔薇の花言葉、あるいは祝祭の響き] 『あの人にも大事な人間が出来たら、ご自身を大切にして下さるんだろうか。 ………私が、…』 『何でもない。忘れてくれ』 （私が、貴方の[[rb: 大切なもの> それ]]になれたなら、いいのに、）

※糖度高めなギャグ※モブ部下二人、名前付いてます※優しい世界 <br />風見の見合いの世話を全力でさせてもらう！な降谷さんのはずがもう打ち切り漫画並の急展開。<br />降谷さんの求める風見さんの奥さんの条件って、無意識に自分が基準になっているといいなーという。<br /><br />協力者～の続きの展開に悩みちょっと息抜きで作成。<br /><br />表紙お借りしています：<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/40035416">illust/40035416</a></strong><br /><br />追記:08月14日～08月20日付の[小説]ルーキー77位に入りましたびっくり！ブクマ、いいね、スタンプ本当にありがとうございます嬉しいです！

白薔薇の花言葉、あるいは祝祭の響き

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　研二くんがこちらへきてからしばらく、時間的には一ヶ月弱ほどの時間が経った。 　つい先日あたりから、彼に変化がみられるようになった。悪い夢を見ているのか、ひどく魘されるようになった。 彼は基本的に寝付きがいいし、ご飯を食べて、お風呂に入り、寝る準備をしている間にすでにうとうとし始めている。そして一緒にベッドに入っていつものように拍子を取ってやれば、すぐに夢へと旅立ってしまうくらいだ。 　逃げて、早く、熱い。 　眉間に皺を寄せて、クーラーが効いている涼しい部屋なのに汗をかいていた。初めてそれを見た時、私は焦って彼の小さな肩を揺すりながら声をかけた。跳ね起きるように目を覚ました彼は、泣きながら私に抱き着いてきた。怖い夢を見たのかと聞いても、ただ首を振ってつらそうな顔をするだけ。 　私にできることは、彼が寝付くまで、ひたすら拍子を取ること。しっかりと抱きしめて、大丈夫だよと言ってあげることだけしかなかった。 　その日を境に、彼は時折魘されるようになり、その度に、私が起こして、あやして、ようやく再び眠る。このことから、夜勤のシフトは卒論のこともあるからと店長に話をしてしばらくなしにしてもらっている。 そして、それが見られるようになってからは、それまでは抱っこするのもハグをするのもあまり積極的ではなかった彼が、積極的に自分で催促するようになったのだ。ん、と手を差し出してくる姿はとてもかわいい。 　簡単に言えば、不安なのか、人肌恋しいのかはわからないけど、とりあえず引っ付き虫になった。 　今も、資料片手に卒論の本文をガタガタと打ち込んでいる私の膝の上に座り、しっかりと引っ付いている真っ最中である。 　ちょっと、というかそれなりにキーボードを叩き難いのだけど、たまにぐりぐりと頭を摺り寄せてくる姿が結構かわいいので、好きなようにさせている。それから、時折こちらをじっと見上げてくる姿もかわいい。ぜんぶかわいい。 「おねえさん」 「なあに」 「なんでもないよ」 　こんなやりとりが、卒論という強敵との戦闘でいい感じに癒しになる。 　自分の魅力をわかっているのか、にっこり笑いながらすり寄ってくるのだから、これをかわいいと言わずしてなんという。思わず手を止めてぎゅっと抱きしめ返せば、楽しそうな笑い声が聴こえてくる。 　これを癒しと言わずして、なんという。 　――彼が来るまでは、ちょっと広いこの家にひとりで、私室に籠ってデスクトップの液晶と向かい合って、レポートを作ったり、卒論を作成したり、そんなことばかりやっていた。 　息抜き程度にパソコンをやったり、部活を引退するまではカメラを片手に、部員の子たちと色んな所に行って写真を撮ったりしていた。 　何をするにしても、私は結局この家に帰ってくればひとりだった。ご飯も面倒くさいとかお金がどうとかいったけど、ひとりで食べたって美味しく感じないし、まるで同じ行動を繰り返すロボットのようだと思ったことは少なくない。 　彼が何者で、どうして家にいたのか、とか気になることはあるけど、聞かなくてもいいかなぁと思うのは多分私のわがままだ。このままでいいと思っている。もしかしたら唐突に、あの日突然現れたようにいなくなってしまうとしても、今はこのままでいさせてほしい。 「研二くんはかわいいなぁ」 　そういいながら、こつん、と額と額を合わせると、目を丸く見開いた彼と視線が絡み合う。 　それから、彼は小さい手をぺたっと私の頬に当てて、むにむにと動かす。 「おねえさんの方がかわいいよ」 　眦が下がった垂れ目が、ほんの少し細められて。さらりと頬を撫でる指が、柔らかいはずなのに、そう思えなくて。そう言って笑った彼は、なぜだか子どもに見えなかった。 　思わず、本当に研二くんなのかを問うように名前を呼びかければ、彼はきょとんとした様子で首を傾げた。その仕草はどうみても子どものもので、私は無意識に安堵の息を吐いていた。 　それからしばらく研二くんを堪能し、卒論を書く作業に戻ったが、どうにも進まないので今日はやめることにした。できないときにやろうとしてもダメだ。できると思った時に、いっきにガッと進めたほうがいい。意地を張ってダラダラと時間を浪費するのが一番よくない。 　さて、作業をやめるにしてもどうするか。 　作業を保存してパソコンを閉じていれば、あれから背中とソファーの間に回り込んでコアラになっていた研二くんがひょいっと顔を出した。 「もうやめるの？」 「うん。時間も時間だからね」 　消される直前に見たパソコンのディプレイに表示されていた時間は、十七時過ぎ。そろそろ、晩御飯の準備をしなくては。 「今日は何が食べたい？」 　パソコンを閉じると、研二くんはいそいそと正面に移動してきた。最近よくやる抱っこの催促だ。 「なんでもいいよ」 　抱き上げながら立ち上がり、キッチンへと向かう。 　バイトをしているうちについた腕力のおかげで、彼を抱き上げるのは苦じゃない。 「なんでもいいよが困るんだよねぇ」 「うーん、おねえさんは何かないの？」 　しっかりと首に手を回して引っ付いてくれるのは嬉しいけど、研二くんがしゃべるたびに首元がちょっとくすぐったい。何よりクーラーですっかり冷えてしまった肌に、子どもの体温は丁度いい温かさだ。ぐりぐりと頬を摺り寄せると、くすぐったいよ、と言いながら自分もすり寄ってくる。かわいいの暴力である。 　じゃれながらそうだねぇ、と言って冷蔵庫を開けて中を見た。 　昨日は餃子だった。やってみたいと言われたので一緒に作ったら、研二くんの手先が器用すぎてどっちが作ったかわかる程度でちょっとへこんだ。お昼はその残りと玉ねぎスープだった。 　一通り、難しいものでなければ作れそうな材料はそろっている。料理をローテするというのは意外に難しい。何にするか悩んでいれば、とんとんと小さい手が肩を叩く。どうしたのか、と冷蔵庫を閉じて顔を見れば、少し遠慮がちにこちらを見上げていた。 「おねえさんがいいなら、またオムライスが食べたいな」 　秒で返事をした。上目遣いにやられたとか、そういうわけではない。 [chapter:　小さい萩原くんは距離を縮めている。] 卒論と戦闘中のおねえさん ・かわいいしか言ってない。料理のレパートリーが増えている。 研二くん ・悪夢から助けてくれるお姉さんの引っ付き虫になっている。

萩原くんは、小さいときからお姉さま方にかわいがられてそうな感じがするなとふと思いつつ。<br /><br />最近涼しいですが、また暑くなるそうなので皆さま体調にはお気をつけくださいませ。<br /><br />素敵な表紙をお借りしました【illust_id=58264431】<br /><br />※萩原さんがショタ化している。<br />※優しい目で見てほしい。<br /><br />追記<br />・2018年08月13日～2018年08月19日付の[小説]ルーキーランキング31位<br />・2018年08月14日～2018年08月20日付の[小説]ルーキーランキング27位<br /><br />ありがとうございます(^ω^)

小さい萩原くんは距離を縮めている。

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降谷零という男は社会人になってこのかた、大型連休とやらにとんと縁がない。お盆どころか、カレンダー上は祝日が固まっているはずの正月すらまともに休暇を取れた試しがないのだ。 そして、今年のゴールデンウィークも例に漏れず。降谷は人のまばらな庁内で、もう何時間もPCにかじりついていた。 「はぁ・・・だめだ、集中力が切れた」 酷使した目をぐりぐりと揉みほぐし、うんと伸びをして窓の外を見遣る。 まだ薄暗い早朝に登庁したが、いつしかとっぷりと陽は暮れていた。いったいどれだけの時間、メールや文書に目を通していたのだろう。 「ままならないな」 ぽつりと漏れた独り言は、彼にしては珍しいほんの小さな弱音だった。 例の組織を実質的壊滅へと追い込んでから、月日は矢のように流れ。ふと気がつけば、１０年もの歳月が過ぎていた。 降谷も以前よりずっと責任ある立場となり、周囲からは「次の昇級も間も無くであろう」と一目置かれている。彼はそれに見合うだけの、いや、お釣りが出たっていいくらいの努力と献身で日々を走り抜けてきたのだ。 今の仕事にやりがいもある。自信もある。待遇に不満は、あるにはあるが、遠く無い将来に解決できる算段だってついている。 だがしかし。 ここ数週間、降谷は仕事に没頭すればするほど、耐えがたい焦燥が募るのを感じていた。それは、彼がキャリアと共に積み上げてきた自負心をもってしても抑え込むことができない、どこまでいってもついてくる何か。 まるでお前の一部だとでも言いたげなそれに、降谷は嫌という程覚えがあった。 若い頃には認められなかったが、今の降谷ならこの気持ちにふさわしい名前をつけることができる。 そう、これは間違いなく「迷い」だ。 しかも、なぜこいつに悩まされる羽目になっているかだって、およそ見当がついている。 今、再びあの選択を迫られているからだーーかつて毛利小五郎を「違法作業」に巻き込んだ、あの時のように。 降谷が迫られている選択。 それは要するに、捜査上の違法行為を認めるか否かーーという二つに一つである。 今回、降谷が違法捜査を視野に入れざるを得なくなったのは、例の組織の系譜に連なる宗教団体の急激な活動拡大に関係していた。 降谷がかつて潜入していた例の組織は、瓦解する直前まで、資金源の一つとして日本のとある新興宗教団体を抱えていた。 その宗教団体は、組織の指示のもと、国家転覆を目論んだ数々のテロ行為を実行に移してきた過激派であった。 特に、化学兵器によって多くの犠牲者を出した同時多発テロ事件は当時世界中を震撼させ、日本の犯罪史に大きく名を残している。 例の組織の崩壊と時を同じくして、その宗教団体も警察の強制捜査により認証認可取り消し処分を受け事実上解体したが、後継団体が今もいくつか存在している。 今回、そのうちの一つに小さな動きがあった。 その宗教団体はSNSを通じ、かつての凄惨なテロ事件を知らない若い世代を信者として集めることに成功している。 教団本部で定期的な集会が開催されているのだが、最近そこで高学歴信者に対し幹部候補への勧誘が頻繁化しているというのだ。 何か大規模なーーそれこそ、新たなテロを企てているかもしれないと、公安含め各機関が警戒を強めているところだ。 詳細は教団幹部の中で厳密に情報管理されており、潜入させている捜査員からはまだこれ以上の報告はあがっていない。日に日に「教団幹部から捜査員へ勧誘の声がかかるのを待っていては遅いのではないか」との懸念が高まっている。 風見以外の部下には告げていないが、降谷には一つの案が浮かんでいた。しかしそれは明らかな違法作業でありーーいずれ、自らの首を絞めることになるだろう。 その違法作業とは、捜査員が目をつけていた幹部候補の信者Aを半ば無理やり協力者にするというものだ。 信者Aには捜査員が半年ほど前から徐々に接触をはかっているが、まだ十分な信頼関係を築いたとは言い難いらしい。 本来であればもっと時間をかけてから協力者になるよう依頼すべきだが、一刻の猶予も争うこの状況で悠長なことは言っていられないのが現実だ。 では、どのようにして速やかに対象を協力者とするか？ 協力者を得るセオリーとしては、対象者のトラブルを解決して恩を売るというというやり方がある。人間の弱みにつけ込み、短時間で信頼を得ることができるのだ。 しかし都合の悪いことに、今回の信者Aは家族や仕事や金銭の面でこれといったトラブルを抱えていないらしい。 そこで降谷は、信者Aが自ら借金をするよう罠を仕掛け、その借入口を捜査員が手助けしてやるという筋書きを考えた。 はっきり言って、公安の違法捜査の中でもかなり汚い手法であるし、リスクも高い。事が露見すればただでは済まないだろう。急いて事を仕損じた公安職員の末路の悲惨さは、降谷とて十分に知るところだ。 しかし、降谷は自分の優秀さを過不足なく理解している。いっそ息苦しいほどに。 降谷がその気になれば、今回のヤマも、闇に葬ることなど造作も無いだろう。 その手のやり口に詳しい捜査員にも目星をつけてあるし、あとは指示を下して実行に移すのみの状態だ。 しかし。 何度でも言うが、これは明らかな違法行為である。 いくら日本人をテロの脅威から守るためとはいえ、信者Aの人権を著しく侵害していることには変わりない。 この事実が、降谷を二重の意味で苦しめた。 一つは、違法行為が国家にとって不正義であるという点だ。 国家権力の代行者としての警察組織に身を置く降谷にとって、正義とは、国家のそれである。国家が正義に「法の遵守」を含めている以上、違法行為は国家ーーそして降谷にとっても不正義だ。 彼がどれほど日本のためを思って違法行為に走ったとしても、国家や警察はそれを正当化してはくれない。それはどの公安職員にとっても同じだ。 彼らは国家維持のために時として自分の判断で違法行為をせざるをえない状況に置かれるが、もしそれが明るみに出てしまったとしても、捜査の一環であったことは墓まで持っていく必要がある。 公共の安全を守るという正義を守るために、一方で、法を破るという不正義を重ねることは、降谷に内面化された国家正義の根幹をいつも激しく揺さぶるのだった。 そしてもう一つは、彼の違法行為によってめちゃくちゃにされるであろう信者Aの人生は、どんなものでも賠償されないという現実だ。 若い頃は「自らの違法作業は自らカタをつける」などと息巻いていたが、今ならそれがとんだ思い上がりだとわかる。 たとえ降谷の命をもってしても埋め合わせできないことなど、世の中に掃いて捨てるほどあるからだ。 例えば、日下部誠が引き起こした一連のテロ事件からはもう１０年経つが、容疑者として報道されたという事実は毛利小五郎やその家族を今も苦しめ続けているという。 今回のことで言えば、信者Aを協力者にすることによって、信者Aを含む多くの日本人の命が救われるかもしれない。 しかし、彼の借金は帳消しにならないし、そうなると家族や友人との関係も今まで通りというわけにはいかないだろう。彼の失われた人生は、もう二度と戻りはしない。 誰かを救うために、誰かを傷つけること。 公共の福祉とは最大多数の幸福だろうが、守るべき幸福は、人数に掛け算して勘定できるのだろうか？ この二重の苦しみが、降谷に決断を迷わせるのだ。 降谷の中にいくつもある正義がせめぎ合い、結論など到底出るべくも無い。しかし、彼の立場は決心の先送りを許さないだろう。そのこともまた、降谷は十分すぎるほどわかっていた。 選択の時までに残されたのは、おそらくあと数週間。他にできることはやりつくした。 その時が来れば、優秀な僕はきっと最善の決断を下すだろうさーー降谷は、まるで他人事のようにそう思った。ああもう、本当にクソ食らえだ。 「・・・あの子なら、どうするだろうな」 降谷の脳裏にふと、懐かしい少年の影がよぎった。 その幼い見かけからは想像もつかないほどの類い稀な頭脳を駆使し、いつだって不可能を可能に変えてきた奇跡の存在。自分が傷つくことなどちっとも恐れず、ただ目の前の人を助けることに一生懸命だった、小さい背中。 江戸川コナンーーいや、工藤新一なら……… 降谷がかの少年に思いを馳せようとしたところで、突如、ポケットに入れていたスマホが振動でメッセージの着信を告げた。 「メール？誰からだ」 何か妙案が思いつきそうだったのに、と降谷は舌打ちしながらスマホを取り出す。プライベート用のスマホが鳴るなんて滅多にないので、仕事中とはいえ、誰からの連絡か気になったのだ。 「えっ」 送信者の名前をみた瞬間ーー降谷の胸はドキリと大きく高鳴り、慌ててもつれる指でロックを解除した。 なんという、なんというタイミングか！ 降谷に連絡をよこしたのは、今まさに降谷が瞼の裏に思い描いていたーー工藤新一、その人だったのである。 あまりにも間が良すぎて、監視でもされているのではないかと周囲をきょろきょろ見渡してしまったのも仕方ないだろう。 工藤新一、そしてーー江戸川コナン。 その名が降谷にもたらす全能感、多幸感、期待感、楽観、嫉妬、諦観、その他もろもろを言葉で表現するのは極めて難しい。 ただ確実に言えるとすれば、降谷にとって彼という男は、何を差し置いても殊のほか特別だということだ。 ーー１０年前。彼の才知、勇気、そして諦めない心に、どれだけ救われただろう。 彼のおかげで失わずに済んだものを数えれば、まったく本当にキリが無い。 かつて絶望に片足を突っ込んで命を燃やしていた降谷は、少年に「死ぬな」と言われて、初めて自分が生きていることを思い知らされたのである。 今の降谷がいるのは彼のおかげであるし、また一方で、一時とはいえ彼の背中を守っていた自負もある。命を預けあった彼との格別な絆は、今でも降谷の中でいっとう輝きを放っているのだ。 とはいえ。 今となっては彼からの連絡など、年に一度あるかないか。彼がアメリカへと拠点を移してからは、実を言うとほとんど顔を合わせていない。 珍しいなと思いながらメールを開くと、予想を裏切る文面に降谷は液晶画面に釘付けとなった。 「これは暗号・・・か？」 <<ご無沙汰しております、工藤です>> という簡単な挨拶の直後に、数行にわたる数字の羅列。 １行目の挨拶はともかくとして、その後ろに続く数字は一見して意味不明だ。明らかに、普通の文面ではない。 年月日、IPアドレス、緯度経度などあらゆる可能性を一瞬にして検討したが、表示通りの数字から読み取れるそれらではないと降谷は結論付けた。 これは恐らく、暗号だ。 わざわざ暗号を寄越してくるなんて、もしかして何か危険に巻き込まれているのでは？これは助けてくれというメッセージなのか？そもそも、これは彼自身が打ったメッセージだろうか？ 途端に、降谷の体にピリリと緊張が走った。 しかし、もしそうだとすれば悠長に「ご無沙汰です」なんて挨拶文を入れるだろうか。 これは工藤なりの「危ないことはありませんよ」という意思表示に見える。少なくとも、降谷ならそうするし、さらに言えば、そのあたりの共通認識が彼との間で相違していたことはただの一度もない。 「とりあえず、コイツを解読しよう」 突如として舞い込んできた謎の暗号。 降谷は、先ほどまでとは打って変わって、自分がいたずらっ子のように生き生きとした表情をしていることには気づかなかった。 工藤から送られてきた暗号は、何てことはない、警察庁にある特定の窓の場所を示す簡単なものであった。 ものの５分もかからず解読した降谷は、桜田通りに面したその窓へと歩みを進める。狙撃等の可能性を考えて、警戒はそのままにゆっくりと窓の外を確認した。 そして、降谷は本日二度目の驚きに、勢い窓枠へと飛びつくことになる。 「工藤君！」 分厚いガラスの向こう、警察庁の前を通る道路で真っ赤なシェルビー・マスタングに背を預けて佇んでいたのは、他ならぬ工藤であった。 艶っぽい紺のストライプスーツをぴったりと着こなした立ち姿は実に美しく、瑞々しい筋肉を服の上からも想像させるような色気がある。腕時計からネクタイピンに至るまでどれも彼のために誂えたように隙がないが、ほんの少し短めに裾上げされたスラックスから覗く足首に絶妙な抜け感があって何とも洒落ている。 どこにでもある無機質な街灯の光でさえも、工藤新一に降り注ぐそれはまさに舞台のスポットライトだった。 明らかに、周囲の風景から彼だけが浮き出て見える。 ーーこの絶対的な吸引力・・・間違いない、彼だ！ 降谷は、彼が他の誰かの変装でないことを、実に非合理的な直感で結論付けた。 ややあって、スマホに視線を落としていた彼が、ふと顔をあげて降谷の姿を見つける。 すると、以前より少し大人びた美貌がニコっと笑みを浮かべてひらひらと手を振った。そして、親指で車の方をクイクイと指し示す。 なるほど「こちらへ降りて来い」ということらしい。 緊張で詰めていた息をは〜っと吐き出して、降谷は肩を大きくすくめた。自分を呼びつけるためにあんな暗号を送ってきた工藤に、妙な脱力感を覚える。 人さわがせで、でも愛嬌があって憎めない。 「まったく勝手な・・・」 工藤は、仕事中であることも、そしてそれが膠着状態に陥っていることもなぜか承知の上でここにやってきたのだろう。 彼の思い通りになってやることに悔しさを覚えないでもないが、降谷は久しぶりに味わう高揚感に逆らうことができず、荷物をまとめるためにそそくさとデスクへ走った。 手早くPCをシャットダウンしオフィスを後にした降谷は、エレベータの中で「格好良い再会のセリフ１０パターン」を脳みそフル回転で考えていたというのに。 いざ顔を合わせたとたん、 「あれ。降谷さん、ちょっと太りました？」 という工藤の可愛げない一言で、せっかく用意していたそれらはすっぽーんとどこかに飛んで行ってしまった。まったく、本当に台無しだ！ 「太ってないよ！これでも鍛えてるんでね」 「ぷっ冗談ですよ。怒ってます？」 「別に。っていうか君ねえ、呼び出すならもっと普通にやってくれよ」 「すみません。でも、久々に暗号なんてちょっとワクワクしたでしょう？」 「フン。君にしては手応えのない出来だったけどな」 工藤の言う通り、年甲斐もなく胸を踊らせてしまったのは事実なので、悔し紛れに文句をつける。 すると、工藤は拗ねたように唇を尖らせて反論した。もう彼も２７歳になるというのに、そんな仕草がかつての小さい姿を思い起こさせて降谷はくすぐったかった。 「腹減ってたんですよ。降谷さんが手こずると夕飯が遠のくんで、手加減してあげました。で、もし良かったら今から食事に行きませんか？」 「断られるとか思ってないくせによく聞くね。でも良いのかい？久々の帰国なんだから、他にも友達とかいるだろう」 「ゴールデンウィークでみんな旅行に出かけちゃってますよ。それに、今やっと警視庁で用事を終わらせてきたところなんです」 「連休だってのによく働くね」 「降谷さんに言われたくないですよ。労働基準法って知ってます？」 「知るか、そんなものクソ食らえってなもんだ」 「でも降りてこられたってことは、今日は帰れるんですよね？」 「まあ暇ってほどじゃないけど、ひとまず一段落だよ」 「んじゃ、どこか美味しいところ行きましょうよ」 「そうだね。それなら、僕がとっておきの店に連れて行ってあげようか」 この辺りは降谷の庭だ。高校卒業と共に渡米した工藤よりよっぽど土地勘に自信があるし、何より少しは年長者として格好をつけさせて欲しい。 「マジ？やりぃ！」 「・・・ところで、この車が見えた時点で分かってはいたが」 「えっと、お察しの通り、赤井さんも一緒です。いいですよね・・・？」 「・・・まあいいよ。君に免じて、その車に乗ってあげるさ」 工藤が助手席のドアに手をかけると、会話の終わりを察した赤井がバックミラー越しに視線を投げてくる。 奴の目元にうっすら浮かんだ皺が、お互いに年齢を重ねたのだと降谷に思い知らせた。そんな赤井の緑色の瞳が、乗らないのか？と問いかけてくる。 こちらの敵意など全く意に介さぬ赤井の態度は、あの頃と何一つ変わらない。 ーー赤井には組織の件で長らく憎しみを抱いていたが、それが見当違いの逆恨みであると知ったのはもう随分と昔のことである。 それからは、工藤を間において命を預けあう時期もあったが、組織壊滅後は自然と疎遠になっていった。 なぜなら、赤井という男の存在自体が、失った仲間の命やかつての自分の未熟さをまざまざと思いこさせるからである。 赤井に対する憎しみや極端な反抗心は、ゆっくりと時間をかけて、やわらかな感傷へと姿を変えていた。そして、仲間たちを救えなかった辛い記憶と共に、それは今も降谷の心に深く爪痕を残している。 赤井は、降谷の感傷にいつまでもつきまとういわば影のようなものだ。 さて。 赤井との再会にしんみりしかけた降谷だったが、工藤と赤井のペースに乗せられて、塩辛いセンチメンタルは長続きしなかった。 先ほどは「赤井に対する恨みはもうない」などと気取って人生を振り返った降谷であったが、赤井に対して友好的になったかと言えば、全くもってそうではない。 いわば、優秀なオスに対する本能的な反発というやつが、もう脊髄反射レベルで降谷にファイティングポーズをとらせるのだ。 まして、降谷という男のプライドはエベレスト級である。基本的に、自分よりデキる男はすべからく好きでは無い。 赤井のやることなすことが気にくわないのは、もはや八つ当たりに近いものがあった。 運転中も「今のところ右折だって言っただろう？！」「こちらの方が早いと思ってね」「赤井さん、おもしろがって煽んなよ。余計腹が減るぜ」などと賑やかに過ごし、あっという間に目的地へ着いてしまったというわけである。 適当なパーキングに車を停め降谷の先導でたどり着いたのは、私道の奥にひっそりと佇む料亭であった。 暖簾も看板もなく、一見するとまるで旧家の私邸のようだ。足元の灯篭がなんとも情緒たっぷりで、奥へと続く飛び石が庭への想像を掻立てる。 門扉の立派な屋根瓦をみた赤井が「ホー」と感嘆するのを聞いて、降谷はふふんと得意げに笑った。 「降谷さん、ここ？」 「ああ。たまに使うんだけど、ここの料理はどれも逸品だよ」 「へー・・・」 すっげー高そう、という工藤の心の声が聞こえてくるようで降谷は可笑しかった。 アメリカで成功を収めている彼の年収からいえば、この程度の食事なんということはないはずだ。 まして、彼の父親は世界的小説家で、その印税や映画原作料の収入たるや、想像を絶する額に違いない。 そんな家庭で育ったのだから、このような高級料亭などいくらでも食べ慣れているだろうに、いつまでも少年らしい新鮮さを失わない彼の何と愛嬌のあることか。 「たまの帰国だ。どうせなら、美味しいものを食べたいだろう？」 「確かにな」 「お前には聞いてないぞ赤井」 「まあまあ2人とも・・・」 門の内側で待ち構えていた着物姿の女性が、静々と頭を下げて出迎える。 他の客と鉢合わせしないよう、来店の際には必ず彼女たちが案内するのだ。 さて、先ほどは降谷に「赤坂の料亭なんて、政治家の会談みたいですね」なんて冗談めかして笑っていた工藤だが、女性が出迎えてからは堂々と後ろに従っている。 その切り替えの早さに、さすがだなぁと降谷は舌を巻いた。 彼のような年頃の若者は、このような店に連れてこられても大抵はおどおどと気後れしてしまうものだが、そこはやはり工藤新一である。贅沢を贅沢であると認識してはいるのだろうが、一歩そこに入ってしまえば、小さい頃から身につけてきたのであろう立ち振る舞いがいかにも場慣れしていて美しく、同行者の降谷としては鼻が高かった。 通されたのは、庭に面するこぢんまりとした個室であった。 座敷から板の間に至るまで隅々まで趣向が凝らされており、いやでも食事への期待が高まるというものだ。 店の者が辞したところで、降谷は機嫌よく工藤に話しかけた。 「この店は盗聴器チェックも万全で、密談には持ってこいなのさ」 「なるほど」 「さて。ここは和牛ステーキがメインの懐石料理なんだ。おまかせで頼んであるけど、一品料理もあるから、気になったやつはメニューから遠慮なく頼んでくれよ。今日は僕がご馳走するから」 「えっ。そんな、悪いですよ」 工藤は、ポーズではなく本当に申し訳なさそうに眉を下げた。そこがまた可愛げがあって、降谷はますます気分を良くする。 「たまには、人生の先輩に格好つけさせてよ」 ウインクしてそう告げた降谷の気遣いに、ここは素直に受け取るべきだと工藤は感じ取ったのだろう。困ったようにはにかむと、メニューを開きながらわざと生意気な口調で続けた。 「いいんですか？じゃあ・・・降谷さんの財布がすっからかんになるまで、ステーキ頼もうっと」 その言葉を聞いた瞬間ーーゾクリ、と降谷の背中を甘い何かが走った。 それは、未来ある若者に投資する自己満足のような、水商売の若い女に手のひらで転がされる喜びのような、何とも言えない甘い痺れだった。 男は年をとると、誰しもこういう気持ちになるのだろうか？ 降谷は未だかつて経験したことのない感覚にやや頭が混乱する。 財布と言わず給与口座ごと差し出したくなるのをぐっとこらえ、降谷はなんとか笑顔で相槌をうった。 「工藤君、お酒は飲むんだっけ？」 「はい。あ、でも今日は車なので遠慮しておきます」 「ボウヤ、別に気にするな。帰りも俺が運転する」 「え？でも、悪ぃよそんなの。赤井さんだって酒飲みたいだろ？」 「酒なら君の家で飲めばいいさ」 「でも・・・」 「それに、帰りはお前を乗せて首都高をドライブしたい気分なんだ。付き合ってくれるだろう？」 「・・・サンキュ赤井さん。じゃ、お言葉に甘えて」 なーにカッコつけてるんだか、と赤井の甘やかな表情を実に白けた表情で眺めていた降谷は、工藤の視線が自分へと向けられた瞬間にさっと背筋を伸ばした。 「降谷さんは？」 「ビールをもらうよ。赤井、お前は一生コーラでも飲んでおけ」 程なくして運ばれてきたビールとコーラで、男たちはひとまず互いの再会に乾杯した。 思えば１０年前、ここにいる３人は誰がいつ死んでもおかしくない状況であったわけで。それが今こうして再会し酒を飲み交わすことができているのだから、人生どうなるかわからないなあと降谷は思う。 失いすぎてきた彼だからこそ、失わずにすんだものを目の前にして、その気持ちを何と表現すれば良いか検討もつかない。 いくら憎まれ口を叩いたって、降谷にとって工藤と赤井は、何にも代えがたい戦友なのだ。 何かがこみあげるたび、降谷は言葉にならないそれを苦いビールといっしょに流し込んだ。 ウェットな男心はさておいて、降谷は久々に味のする酒を飲んだような気がした。 たとえ家でひとりグラスを傾けていても、どこか気が張るような日々だったと今更ながらに思う。 いつ何時でもあらゆる事態に対応しなければならないという気負いがあったし、仕事をやり遂げる苦しみも喜びも、心から分かち合える相手がいなかった。 降谷の走る速さについていける者が居ないというのが大きいだろう。 そういった意味で、工藤や赤井との会話というのは非常に小気味良いものである。 一を言えば百を理解する男たちとの会話は、スリリングでエスプリが効いていて時間が経つのを忘れてしまうほどだ。 特に工藤に関して言えば、降谷をして「まいった」と言わしめるほどの能力の持ち主であるというのに、ふとした瞬間に降谷に対して見せる憧れとも年下の甘えとも心配性な弟分ともつかないキラキラがあまりにも良い塩梅すぎて、絶妙に降谷の自尊心をくすぐってくるのである。 であるからして、降谷の酒は大いに進んだ。 仮に酔い潰れたとて、降谷の口から出た情報を悪用するような男たちではない。 いわば、ここは降谷にとっての安全地帯だ。乾いた喉に染み渡るビールが美味くて美味くて仕方なかった。 「工藤君は、最近仕事のほうはどうなんだい？順調？」 「どうですかね。まあおかげさまで、忙しくさせてもらってます」 「表向きは大学教授だっけ」 「ちょっ、表向きって何ですか。ちゃーんと大学でセンセイやってますよ」 「ボウヤはこう見えて意外と面倒見がいいからな。学生からのウケも良い」 「意外とは余計だってーの」 世界で３本の指に入るアメリカの名門大学で、工藤は教鞭を取っている。 本当は、大学卒業後は探偵事務所を構える予定だった。 しかし、在学中に学会等を通じてコネクションを作り上げる過程で、大学教授という高い職業権威は異国の地でやりたいことをやり通す上での大きな武器になると気がついたのだ。 実際、犯罪プロファイリングをはじめとした行動科学や法医学等の分野で名を上げることで、各界の要人やFBIから個別に捜査依頼が舞い込む形となっている。 組織にとらわれず自分のやりたいことを貫き、かつ、実に効率よく人々の信頼を得ているのだ。 工藤にとって、大学教授と探偵の二足の草鞋は、理想的なライフワークだった。 「この間、書店で君の犯罪プロファイリングに関する著書が平積みされていたよ。まったく、そんなに忙しいのによく執筆活動にまで手が回るね」 「程よく手を抜きながら筆を取る方法は、身近にお手本が居るんで」 「ぷっ。あの世界的な小説家に対して失礼だろ」 「父さんと違って俺は締切守りますからね」 「ハハ。でも君、大学の外でもヤンチャしてるってきいてるけど」 「・・・さすがに降谷さんはよくご存知ですね」 「君が各国の要人や警察機関に捜査協力しているのは、この業界では有名な話さ。どうせ、そこのFBIともしょっちゅう一緒に仕事しているんだろう？」 「そうでもないですよ。ま、赤井さんと組んでやってるのはせいぜい仕事の１、２割ってとこですかね」 「適度な距離感と刺激が長続きのコツだ」 「何それ、熟年夫婦みてー」 赤井の真面目くさった言葉がツボにはいったのか工藤がクスクスと笑っている。降谷はこれっぽっちも面白く無い。 「しかし、FBIから協力要請が来るたびに赤井を指名しているのかい？そりゃ知った仲だからやりやすいだろうけど、FBIがよく聞き入れているな」 「そこは何というか、なりゆきで」 「ボウヤは長官に貸しがあるからな。見返りとして俺を駆り出すくらい、何てことないのさ」 「長官に貸しって・・・君、本当にいろいろ規格外すぎるよ。何がどうなったらFBIの長官に恩を売れるのさ」 「まあその、色々ありまして・・・ただ赤井さんは人質みたいなものですよ。FBIにとっての不利益をもたらさないように、僕は赤井さんという首根っこを掴まれているというわけです」 「俺としてはFBIをクビになったって痛くもかゆくもないんだが、それでもボウヤのワトソンでいるためには居心地のいい場所でね。まあしばらくは上の好きなようにやらせている」 どうやら、工藤と赤井は今でも一緒に謎を追いかける間柄らしい。その事実は、じんわりと降谷の胸に鈍い痛みをもたらした。 １０年前に例の組織へ立ち向かっていた頃。 数え切れないほど辛いことがあったが、コナンや赤井と力を合わせて知略を張り巡らせたあの体験だけは、間違いなく降谷にとっての青春といえた。 それは実に眩しいモノクロームで、現在の生活がどれほど色鮮やかに充実していようとも、薄れかけた白黒のそれとはもはや比べようも無い。どうしようもなく癪だけれども。 しかし、そんな降谷を置き去りにして、工藤と赤井は今でもしのぎを削りその頭脳をたたかわせ、西へ東へ事件を解決しに出向いているという。きらきらしい青春の続きがそこにはあった。 例えるならば、卒業と共に引退した部活のチームメイトたちが、実は社会人チームで今でも汗を流していると知らされた時のような気分だ。 降谷の立場を考えれば致し方なく、それは実に馬鹿馬鹿しいジェラシーだが、しかし偽らざる本心だった。 「何だか・・・楽しそうだなあ」 つい、羨むような言葉がぽつりとこぼれてしまう。 すると、工藤はグラスを傾ける手を止めて、ほんの少し考えてから口を開いた。 「・・・降谷さんが居れば、ぜってーもっと楽しいっての」 それが叶わぬことであると、降谷も工藤もわかっている。わかってはいるが、俯き加減の工藤が浮かべた笑みに自分と寸分違わぬ切なさが垣間見えて、現金なことに降谷はいくらか心が晴れた。 それからは降谷の近況などをぽつりぽつりと話していたのだが、入り口へ近づいてきた人の気配に、３人は誰からともなく口を噤んで耳をすませた。 「失礼します。お連れ様がお見えです」 「連れ？覚えが無いが」 「あ、すみません。僕が呼びました」 「工藤君？」 「どうぞ入ってください」 カラリと開いた襖の向こうには、綺麗に頭を下げる店の者と、ものすごく居心地の悪そうに肩を丸めた男が立っていた。 降谷は見覚えのありすぎるその姿に、思わず目を見張る。 「風見！どうしてここに」 「実は今日、風見さんにちょっとした用事をお願いしていたんです。それで、さっきその顛末をメールでやりとりしていた時に、そのうち食事でもぜひって話になって」 「じゃあ今ちょうど夕飯食べているところなんで、来ませんか？って工藤君が言うものですから・・・」 風見からすれば社交辞令というか、まさか本当に食事に誘われるとは思ってもみなかったのだろう。 工藤は世界中から注目される高名な学者であり、かつ各捜査機関に影響力を持つ探偵でもある。その多忙さは想像もつかない。 であるからして、貴重な機会を逃すまいと風見が駆けつけた心情は降谷には理解できたし、この気兼ね無い空間を邪魔された文句をぶつける気にはなれなかった。 「・・・構わん。座れ」 「し・・・失礼します・・・」 音も立てず恐々とした足取りで降谷の隣におさまった風見は、実に恨みがましい目で工藤のことを睨めつけた。こんな高そうな店！しかも降谷さんや赤井まで居るなんて！聞いていないぞ！とその顔にはっきりと書いてある。 やっとこさ仕事に一段落つけてきたところだというのに、仕事よりよほど気疲れしそう状況に置かれ、風見は思い切りため息をつきたい気分に襲われた。 「ところで、お前が工藤君に頼まれた用事って？」 「いや、その・・・」 「構いませんよ風見さん。実は、赤井さんと僕がつい最近逮捕にこぎつけたミシガン州の連続殺人犯が、日本でも一人殺害したと自供しまして。死体遺棄した場所にもおおよそあたりがついたので、風見さんに連絡したという経緯なんです」 突然だったのに、ご対応本当にありがとうございました。と工藤が丁寧に頭を下げた。 工藤なら他にいくらでもツテがあるだろうに、なぜ風見に連絡したのか。そこにひっかかるものが無いではなかったが、あまり表沙汰にできない事情でもあったのだろうと降谷は察する。風見は工藤がコナンであった時分に相当な借りがあるので、大抵のことなら断れない。面倒ごとを押し付けるならうってつけだ。もっとも、風見の立場を著しく危うくするような頼みごとなど工藤はそもそもしないだろうが。 それから工藤といくつか事務的な確認を交わした風見は、話が一段落したところを見計らって、「それにしても」と口火を切った。 「こうやって顔を合わせるのはほぼ10年ぶりになるのか。テレビや雑誌なんかではよく見かけているけれど・・・工藤君、本当に立派な青年になったね。また会えて嬉しいよ」 「恐れ入ります」 それは、飾り気のない実にシンプルな賛辞だった。自分が格好をつけ損ねた降谷は風見がちゃっかり上手いこと挨拶を済ましたのが気に食わず、フンと鼻を鳴らす。 それから風見の分のビールが運ばれてきたのを合図に、風見を交え改めて再会を祝す杯が交わされたのだった。 [newpage] 警視庁公安部に所属して以来、これほどまでに気安い酒の席に呼ばれたことはなかった気がする。グラスのビールを傾けながら、風見はこの不思議な空間にじんわりと身体が馴染んでいくのを感じていた。 降谷とはかなり長い付き合いになるが、実のところ、こうして酒を飲み交わしたのは今日が初めてであった。 いやむしろ、食事を共にしたことすらこれまで一度もなかったのである。 降谷は公私をきっちり線引きしているというか、その生活にどれほど私的な要素が残されているのか不思議に思うことすらある。彼ほど警戒心の強い人間が、接待等の仕事ではなく全くのプライベートで誰かと酒を飲む姿というのが風見には想像もつかなかった。 それがどうだろう。 隣で工藤や赤井と言葉を交わす降谷の姿は、未だかつて見たことがないほど、年相応のただの男に見えた。 ーーそろそろ焼酎に行こうかな、いや日本酒なら工藤君も付き合えるんだっけ、あっここのしめ鯖すっごく美味しいから頼もうよ。などなど。 全く変哲の無いそれらのやりとりが、風見には純粋な驚きの連続だった。 仕事では滅多に表情を変えない降谷が、日本酒をぺろりと舐めた工藤がその辛口さに眉をぐっとひそめるだけで大笑いしている。赤井が「新一は甘口派だ」と知った顔で口を挟めば、「うるさいお前はコーラも禁止だ、水だけ飲め」と途端にムキになる。 降谷という男はその優秀さ、冷徹さ、そして美しさも相まってどこか外界との間にうっすらとした膜を張っているような印象がある。その皮膜が、どうだろう、今ではすっかりと溶けて工藤や赤井に親和していた。 かくいう風見も、１時間も経った頃にはすっかりこの場に打ち解けてしまった。 それだけ、二人ーーとりわけ工藤という青年は不思議な力を持っているとしか思えないのである。 聡明で、好奇心旺盛で、社交的で、物怖じせず、甘え上手で、その上甘やかし上手ときている。キザで自信家で少々推理バカなところはあれど、決して彼の魅力を損なうものではなかった。 「ところで降谷さん。ずっと前から気になってたんですけど」 「何だい」 「降谷さんって彼女いるんですか？」 「ッゴホッ」 思わず風見は蛤の炊き込み御飯を勢いよく喉に詰まらせた。 な、なんてことを聞くんだこの青年は。降谷の周りの人間が気になって気になって仕方ないこのセンシティブな話題を、こうもあっさり尋ねるとは。 「君さぁ。前もそれ聞いてきたけど、本当は興味ないんでしょ？」 「え〜そんなこと無いですよ」 「いや、絶対そうだね。僕がなんて答えるかを楽しんでるだけだろ」 「おっバレてる」 ニヤリ、と工藤は悪い笑みを浮かべた。その様子を見て、風見は彼の怖いもの知らずぶりに胃が痛くなる。 「恋人は居ないよ」 「あれ。『恋人はこの[[rb:日本 > くに]]さ』じゃないんです？」 「そういうのはもう卒業したの」 「何で？かっこいいのに」 「・・・君も歳をとればわかるよ」 それから降谷は大吟醸をぐいっと煽り、空になった徳利を振った。やれやれと肩をすくめた工藤が、ドリンクメニューを降谷に渡してやる。 「別に恋愛を諦めているわけじゃないんだ。昔よりプライベートの時間もうんと増えたし」 「へぇ。てっきり、危険で忙しい仕事だからって恋愛を遠ざけているのかと思いましたよ」 「危険って言ったって、命にかかわるような現場に出るようなことはもうほとんど無いよ。忙しさのほうも、人付き合いできないってほどじゃない。だから恋人は大募集中さ」 「応募殺到でとんでもないことになりそう」 「嬉しいこと言ってくれるね。ほらお肉もっとお食べよ」 「どうも。でもまーこう言っちゃなんだけど、フツーの女の人が降谷さんと付き合って幸せになるのって・・・難しいかも」 すると、黙々と手酌でビールを飲んでいた風見が突然、聞き捨てならぬとばかりに工藤の発言に食いついた。 「工藤君、いくら君が世界的な名探偵だとしてもそれには賛同しかねるな。降谷さんはそれこそ超がつくイケメンだし、抜群に仕事がデキるし、部下を守る男気もあるし、本当に厳しいがそれは相手を思っての優しさだし、料理上手だし、ギターは弾けるし、女性の扱いも上手いし、あとイケメンだし・・・恋人になった女性が幸せになれない要素なんて、どこにもないだろうっ」 「イケメン２回言いましたね」 「とにかく！この人は国のために心身を捧げてこられたんだ。俺は、この人が幸せになってくれないと納得できない。今だって、なぜ恋人がいないのか不思議なくらいだ」 いつの間にか風見の目元は随分と据わっている。酔いが回っていると傍目から明らかだった。 降谷は、初めてみる風見の意外な一面に、ぱちくりと瞬きしてしまう。 風見とはもう随分と長い付き合いになるが、彼が自分をこのように評価してくれているとは初耳であった。 なんとも面映いので、それをごまかすようにおちゃらけた口調で工藤をけしかける。 「まったくだ。自分でもなかなかの優良物件だと思うんだけどね。どうして恋人が居ないんだか、教えてくれよ名探偵さん」 「自分で言いますかフツー。まあいいや、こんなの推理でもなんでもないですよ。ねぇ赤井さん」 「ああ」 「どういうことだ？」 前のめりになって尋ねる風見を一瞥した赤井は、天井に向かってふーっと煙を吐き出すと、意地の悪い笑みを浮かべた。 「そう、風見君。こんなものは推理とは言えない。ただの経験則だ。でも俺たちにはわかる。なぜなら降谷君も俺たちも、同じ病に罹っているからだ」 「病？」 「ああーー好奇心という名の熱病さ」 「好奇心・・・」 風見が口の中で反芻しているうちに、赤井の言葉を工藤が引き継いだ。 「極端な話ですが、例えば降谷さんは自分の結婚式の真っ最中だったとしても、ひとたび事件が起こればきっとそちらを優先するでしょう」 「確かに降谷さんならやりそうだが・・・だからといって降谷さんが恋人を蔑ろにしているとは言わないで欲しい。何せ責任感の強いお人なんだ。それに、仕事と私どっちが大事なの？なんて、日本中のカップルにありふれた話じゃないか」 「おっしゃる通り。でも、降谷さんが仕事を優先するのは愛国心や職務全うへの責任感からだけじゃない。その根底には、謎や脅威に対する好奇心があるんです。ここを女性に理解してもらおうというのがまず難しい。女性からすれば降谷さんの中に、恋人である自分ですら充たせない部分があると突きつけられるわけですからね」 「・・・ううむ、否定できないな。なら、いっそ恋人には隠してしまえばいいじゃないか。降谷さんほど優秀なら、デートしながらこっそりトイレなんかで指示を飛ばして事件を解決することも可能だろう。っていうか、実際何度もあった気がするなあ」 しかし風見の提案に対して、チッチッチ、と工藤が人差し指を振った。 「そうすると、また別の問題が出てきます」 「なぜだい？何も知らない恋人は幸せなはずだ」 「ええ、恋人は幸せでしょう。しかし、今度は嘘や隠し事という毒が降谷さんを蝕みます」 「工藤君・・・こう言っては何だが、我々は職務上、人に嘘をついたり隠し事をすることなど呼吸するに等しいんだよ」 「分かっています。しかし、降谷さんはかつての過激な潜入捜査の反動で、嘘をつくことや自分のアイデンティティに過敏なところがあります。今だって誰よりも上手く嘘をつくし、必要とあらばどんな人格もなってみせるんでしょうが、それは彼の精神を傷付ける諸刃の剣です。だから、仕事絡みで恋人に言えない秘密が積みかさなったり、そういう事態を避けるために事件への関与を避けて自らの好奇心を抑えつけるようなことが続けば、自ずと結果は見えています」 「家族にも仕事の話などできないのが公安刑事の宿命だ。それは降谷さんだって承知のはず」 「ええ、そりゃもちろん。でも降谷さんが求めているのは、仕事での役割演技をリセットさせてくれる相手です。恋人を作るためにまた一つ新たな顔を作るようでは本末転倒。別に仕事の内容なんて一つもわかってくれなくてもいいんです。ただ、降谷さんが嘘をつかず信念や好奇心を曲げずにすむよう、そっとしておいてもらえれば」 まあそれが難しいんですけど、と工藤はため息をつく。 「じゃあ、降谷さんのそういう仕事主義で愛国主義で好奇心旺盛でいろいろ繊細なところもひっくるめて好きだし、細かいことは聞いたりしない！と言ってくれる女性と付き合えばいいだろう。どうだ、これなら文句あるまい？」 「そう。そういう女性を恋人に出来れば言うことなしです」 「何だ、解決したじゃないか」 「ただ風見さんもご経験あるでしょう？相性のいいタイプと、好きになるタイプが違うってやつ」 「・・・・あー・・・・」 グサグサと思い当たる節があり、風見は言葉につまった。 「赤井さんや僕もそうですが、降谷さんは自分が過剰な好奇心を抱えたある意味でのアブノーマルだと自覚しています。目の前で事件が起これば他人事だろうと無神経に首を突っ込むし、寝食を忘れることだって珍しくない。だからこそ、いわば座標の原点のような役割をしてくれる女性に惹かれてしまう。自分が社会の最頻値から外れていっても、引き戻してくれるようなね。そうなると、自然と規範的で過干渉な女性が多くなる」 「なるほど・・・」 「そういう女性とは最初のうちは上手くいきますが、僕らの逸脱性に愛想をつかされたり、逆にこちらが抑圧感に耐え切れなくなったりで、結局のところ破綻するんですよ」 毛利蘭ともそうだったのか？という言葉を風見はすんでのところで飲み込んだ。 工藤にとっては学生時代の淡い思い出に過ぎないのかもしれないが、彼の青春を血なまぐさい事件に巻き込んだ当事者としては、その質問があまりに無神経に思えたからだ。 「話は以上ですよ。どうです？推理でも何でもない、ただの経験則ですが」 聞き手に徹していた降谷は水を向けられると、ハハハと乾いた笑みを浮かべながら観念したとばかりに肩をすくめて見せた。 「いやあ・・・全部見てた？ってレベルで言い当てられて正直怖いくらいだよ」 「そういえば、降谷さんってポアロで働いてた梓さんと一時期マジで付き合ってましたよね？」 「？！え、そうなんですか降谷さんっ」 「ああ。工藤君知ってたんだ」 「ええ。彼女みたいな芯があってきちんと叱ってくれる女性、降谷さん好きそうですから」 「そうそう。それでいて天然で童顔でかわいいところがたまらなくタイプだったな・・・」 「降谷さん面食いですしね」 「ねぇ工藤君。君の話によると僕はつまり、仕事に理解があって、事件があれば飛んでいっても許してくれて、でも時には僕が行き過ぎたところがあれば指摘してくれて、かつそれは束縛や過干渉じゃなくて、芯が強くてきちんと叱ってくれて、ちょっぴり天然で、童顔で、とびきりかわいい包容力のある人じゃないと長くお付き合いできないってこと？」 「とんでもない条件の多さですね・・・」 風見はがっくりと肩を落とした。上司に恋人のいない理由が、まさかこんなにも根深いだなんて誰が想像しただろう。降谷の求めるような女性など、日本中を探したって見つけられる自信がないーーと風見がもはや諦めムードで再びビールのグラスに手をかけた時、降谷が突然ピンと人差し指を立てた。 「・・・待て。待て待て待て。何かものすごく心当たりがあるような」 「えっ？！本当ですか降谷さん！」 「ああ。なんかこう、あとちょっとのところまで出かかってるんだが・・・」 「そんな奇跡的な存在がいるなんて・・・！降谷さん！悪いことは言いません、可及的速やかにその女性を確保すべきですっ」 うーんうーん、と顎に手を当てて降谷は再び考え込む。ああ、日本酒を３合も空けたせいでさすがに彼も思考が鈍っているのだろうか。いつもの精彩を欠いている。まったく、こんな大事な時に！風見は地団駄を踏みたい思いだった。 縋るようにして向かいの工藤を見遣れば、爆弾を落とした張本人だというのに彼は呑気にA5和牛のステーキを頬張っていた。うんめー！とニッコリする笑顔は年齢よりも随分幼くとびきりかわいらしい。 そこで、風見の頭にピコンと電球が点灯した。 公安の仕事に理解があるばかりか自身も類まれな才能を発揮して世界中を飛び回り、降谷と同じく好奇心に取り憑かれているがゆえの処世術も身につけて頼もしく、かと思えば変なところでとんでもなく天然で自分の魅力には無頓着で、いつまで経ってもティーンのような若々しさを保ち、母親譲りの美貌は知性の芳香をまとってもはや目眩がするほどに蠱惑的で、人間としての器が大きく、とにかく人を誑し込むのはピカイチなとびきりかわいい人物ーー。 「いやあ！降谷さんの求める女性像って、まるでくど・・・」 「ーー降谷君。君の年じゃ、そう選り好みしている場合ではないんじゃないか？」 しかし、風見の言葉はちょうど赤井の一声にかき消されてしまった。 それまで沈黙を守っていた赤井が、まるで狙ったかのようにやや大きめの声音で被せてきたことに、風見は驚いて彼を振り仰ぐ。 ーーわざと、じゃないよな？ 「うるさい赤井！貴様の方が年寄りだし、同じ独身だろうが！それとも何か？身を固める予定でもあるのか？」 「別にないが」 「ハッ笑える！どうせ休日も一人寂しく過ごしているくせに」 「別に寂しくなどないさ。確かに恋人は居ないが、俺にはボウヤが居るからな」 「えっ・・・工藤君、休みまでコイツと一緒にいるのか？」 「うーん。それが不思議なんですけど、次の日が休みっていう夜には、ほぼ必ず赤井さんが車にしこたま酒とツマミを積んでやって来るんですよ。たまたま休みが被るみたいで」 「たまたまって・・・まあいい、それで？」 「え？特別なことは何もないですよ。撮りためてたサッカーの試合とかサスペンスドラマとかを観ながら酒を飲むだけです」 革張りのソファで足をゆったりと伸ばした男二人が、今流行りのFBIドラマの結末をああでもないこうでもないと推理しながら、洒落たロックグラスを片手にチーズをつまむ。 そんな穏やかで気兼ねない光景が、降谷と風見の頭にぼんやりと浮かんだ。 「それで酔いが回ってくると、必ずボウヤがチェスで勝負しようと言い出すんだ」 「そうそう。で、ベッドにチェス盤持ち込んで酒片手に対戦するんですけど、一局終わる前に絶対どちらかが寝落ちしちゃうんですよね。相手が長考するともう起きてらんなくて」 「寝相で蹴飛ばすせいか、朝起きたら駒はバラバラに散らばっているし。勝負の行方は毎回わからずじまいなのさ」 いい年した男二人が一つのベッドにごろんと寝転んでチェスなんざ、赤井と工藤だからこそ絵になるものの、すごい独身のこじらせ方だなと風見は面喰らう。学生の頃によくやる徹夜で麻雀みたいなノリなのだろうか。の割には上品で、妙に背徳の色気が漂っている。 「何それ・・・すっごく楽しそう・・・」 そして、どこがどう刺さったのかは知らないが、降谷は実に羨ましいという表情で歯嚙みしていた。 「・・・お手洗いに行ってくる」 心なしか、足取りもトボトボと元気がない。風見は無性に、上司の背中をさすってやりたい気分になった。 [newpage] 水菓子を平らげたところで、名残を惜しみつつも宴はお開きとなった。 赤井はコインパーキングへ車を取りに行き、降谷は会計がてら店の者に話があると言って工藤と風見を先に追い出した。おおかた、次の会談でこの店を使う段取りをしているのだろう。 シンと静まり返る店の表で工藤と二人きりになったとき、風見はこの幸運に感謝した。 というのも風見は、どうしても工藤に聞いておきたいことがあったからだ。そうできれば、降谷の居ないところで。 チャンスは、今しかなかった。 「工藤君。今から君に聞くことは著しくルール違反だとわかっているけれど、どうか許して欲しい」 「？」 「できれば降谷さんにも黙っていてくれ」 「・・・一体何の話です？」 「君はーー降谷さんの協力者なのかい？」 サアア・・・と初夏の爽やかな風が二人の間を吹き抜けた。 アルコールでふわふわと浮つく思考を必死に押さえつけながら、風見は工藤をまっすぐに見据えた。いや、しらふじゃないからこそ、こんな思い切ったことが聞けるのかもしれない。 先ほど工藤にも言った通り、こんなものはルール違反もいいところだ。 まったくもって、公安刑事にあるまじき振る舞いである。 しかし、風見はとうとう欲望に負けたのだ。工藤新一を理解したい、自らが理解できる範疇に当てはめたいという欲望に。 それはつまるところ、工藤に対する劣等感であり、独占欲の表れと言えた。 もし工藤が降谷の協力者なのだとすれば、これまで幾度となく降谷や風見の窮地を救ってくれたことにも説明がつく。 工藤と降谷の間でどういう駆け引きがあるのかはわからないが、そこは降谷がうまくグリップしているのだろう。 降谷に全幅の信頼を置く風見としては、工藤の「厚意」の裏をいちいち疑わなくてすむようになるというわけだ。 それに、いくら工藤が抜きん出た才能の持ち主だとしても、協力者となったからには公安ーーひいては体制側でのコントロールが容易くなる。 公安刑事は使う側、協力者は使われる側だ。無論、風見も協力者の扱いは心得ている。 そのプライオリティは、若き天才に対する自己顕示欲をいくらか満足させてくれるものだった。 とはいえ、風見とて工藤という青年の善良さはよくわかっているつもりである。これまで彼から受けた恩を考えれば、ますます罰当たりというものだ。 工藤を知った気になって嫉妬心を慰める俗悪さは、彼について野放図に書き立てるマスメディアやその聴衆ともはや変わらないだろう。 しかも、工藤が降谷の協力者だと想像するだけで、今度は心の片隅が疎外感に悲鳴をあげそうになるのだから手に負えない。 全くもって何もかもが、風見の身勝手だ。 それだけ工藤という男は、狂おしいほどに魅力的で、持たざるものを絶望させる存在だった。 ああとにかく、口から飛び出した言葉はもう取り返しはつかない。風見は、半ば祈るような気持ちで工藤の言葉を待った。 「・・・困ったなあ」 「工藤君・・・」 「風見さん。僕は、降谷さんの協力者じゃありませんよ」 工藤の返答をある程度予想していた風見は、用意していた反論を遠慮なくぶつけた。 「でも納得がいかない。君が今日僕に例の死体遺棄について連絡してきたのは、君らの捜査の都合もあるだろうけど・・・被害者が、降谷さんの追っている新興宗教の信者だったからだ。君は、被害女性が何らかのカギを握っているとわかっていた。違うかい？」 「へぇ・・・もうそこまで調べがついていましたか」 「ごまかさないでくれ。君がこういった案件を持ち込むのはこれが初めてじゃない。しかも、どれも結果的に降谷さんを助ける形になっている。君がいくら能力とコネを余るほど持ち合わせていると言ったって、それなりに骨の折れることだ。加えて、降谷さんに見返りを求めている様子もない。総合的に考えて、君が降谷さんの協力者だというのが一番自然だ」 勢い責め立てるような口調になってしまい、風見は言葉を切るといったん息をついた。 ばかな、自分に工藤を責める権利などありはしないのに。 工藤は風見の言動に気分を害した様子は見せなかった。ただ、ほんの少し遠くを見つめると、先ほどよりも幾分か柔らかい口調で風見に語りかけた。 「ねえ風見さん」 「何だい」 「・・・僕が降谷さんと協力者の話をしたのは、後にも先にも１０年前に一度きりですよ」 「１０年前？」 「東京地検公安部所属の検事が起こしたテロ事件、覚えてますか？」 「エッジ・オブ・オーシャン爆破の？ああ、もちろん覚えているとも」 「あの時。降谷さんは散々僕を巻き込んだあげく、最後まで僕に『協力者になってほしい』とは言いませんでした。ただ、僕が協力者にならざるをえない状況を作ったんだと。それだけです」 「それは・・・あの頃まだ君が小学生の姿だったからだろう？」 「ふふ。あんな無茶ばかりさせておいて、小学生だから協力者にしないって？」 「・・・すまない、詭弁だった」 「降谷さんが僕を動かすために毛利探偵やその家族の尊厳を犠牲にしたことは、今でも許していません。僕に直接依頼するなり何なり、とにかく他にいくらでも方法があった。でも・・・だからこそあの時分かったんです」 「どういうことだい？」 「あの人はそうまでして、僕を協力者にしたくないんだってこと」 コツン、と工藤は足元の小石を蹴った。 「僕を協力者にするということは、降谷さんは選択をしなければならない」 「何を、選ぶというんだい」 「ーー正義ですよ」 風見の中で、徐々にパズルのピースがはまり始める。 「正義・・・って、つまり・・・？」 「そう、正義とはつまり何か？アリストテレスからルソーからマルクスまで、人類の知性の粋を集めても一つの答えが出ていない。あるいは、あらゆる答えが導きだされているとも言えます。とにかく、人間は太古の昔に共同体を築いたその瞬間から、公共善と自身の道徳観念の間に矛盾を抱えてきた。どちらとも、正義と呼ばれうるものです」 「・・・・」 「あなた方は公共の、つまり国家正義の代行者です。しかし、それ以前にひとりの人間でもある」 「ああ」 「風見さん。あなたは、一つの正義を選べますか？」 ドキリ、と風見の心臓が大きく跳ねた。 たっぷり時間をかけて組織に希釈された風見の道徳心が、にわかに呼び戻され、動揺が走る。 なんとか平静を装うと、風見はわざと若者に言って聞かせるように答えた。 「工藤君、それを選ぶのは俺じゃないんだよ」 「おっしゃる通りです。あなた方は国家正義を代行する責任がある。国家が案件によってうまく使い分ける正義をね。あなた方は正義を選ぶ必要がない」 でも、と工藤は続ける。 「いるんですよ。目の前で苦しむ人も、国家の大義も、両方諦められない欲張りで不器用な人が」 「・・・降谷さんは、そんな素振り一度も・・・」 いや、本当にそうだろうか？ 例えばかつて公安検事の協力者だった羽場一二三の処遇についても、降谷は他の公安刑事の知らぬところで手を回していた。 そのやり方は工藤の言う通り決して器用ではないが、降谷なりの葛藤の末にああいう結論に至ったのかもしれない。 そう考えると、あれもこれもと風見の中に思い当たる節が出てくる。 降谷は多くは語らない。迷いや苦しみなど、降谷の口から聞いたこともない。 しかしそれは降谷の一面に過ぎなかったのだろう。 迷いは弱さだと入庁して以来厳しく教え込まれてきたが、今になって思うと、それは的外れのような気がしてくる。 強いものだけが、己の選択をし続けることができる。選択する者だけが迷うことができる。降谷のそれは、弱さではなく、メンタルタフネスだ。 そして風見の知る限り、降谷はコナンーー工藤新一に出会ってからというもの、決定的な選択をしないですんでいる。それは一体誰のおかげか？ その事実に思い至った瞬間、風見はハッと目が覚める思いがした。 そうか、そういうことだったのだ。 「降谷さんにとって、君は唯一の希望だ・・・君は目の前で困っている人を決して見捨てたりしない。どんな困難な状況にあっても、諦めた試しがない」 「アハハ、買い被りですよ」 「君が全てを救い上げてくれるのではないかという祈りに近いものがある。もはや崇拝といってもいい。だが、君をひとたび協力者にしてしまえば、君は体制側に管理されて思うように動けなくなるだろう」 それは、風見にとって確信だった。 「君は降谷さんの良心で、善意で、道徳で、つまり正義なんだな」 最後のピースがはまり、風見は視界がぐんと広がるような気分だった。 つまり、工藤を協力者にするということは、降谷自身の正義を否定するということだ。だからこそ降谷は工藤を協力者にできなかった。彼の才能やコネクションがどれほど魅力的だろうとも。 そして工藤はというと、降谷の心情をつぶさに理解し、協力者になることは避けつつも、彼が苦境に陥った時は必ず手を差し伸べている。 「僕はただ・・・降谷さんに選ばせたくないんです。あの人があの人で居られるように」 風見は喉元がぐっと熱くなった。ああ、彼は降谷にとっての奇跡そのものだ。 「君は・・・なぜ降谷さんのためにそこまでしてくれるんだい」 ひどく掠れた風見の問いを受けて、工藤はきょとんと首を傾げた。 そして、照れ臭いのか頬をぽりぽりとかきながら視線を明後日の方向にやると、ややあって内緒話をするように、小さな声でこうつぶやいた。 「男の友情・・・なーんて言ったら、ナマイキって怒られますかね」 えへへ、とはにかむような笑顔があまりにーーあまりに屈託がなく、風見はただひたすら言葉を失った。 お手上げだった。 ちんけなジェラシーなんて、もう見る影もない。 胸がつぶれそうなぐらいぎゅっと締め付けられて、呼吸が苦しかった。 「・・・降谷さんが羨ましいよ」 工藤は、夜空に輝く恒星だ。 手を伸ばすだけ無駄だとわかっていても、焦がれずにはいられない。 「あれ？風見さんだって降谷さんと同じくらい僕を心配させてるくせに、よく言いますね」 「え」 「でもまあ、男の友情に免じて許してあげます」 え、えっ、それってつまり、つまり、つまりーー？ 工藤の言葉の意味をうまく咀嚼するまえに、風見の思考はザリッと砂利を踏む足音で中断された。 「降谷さん？遅かったですね」 「・・・っごめんね、ちょっと話し込んじゃって。お待たせしたかな？」 「全然。あ、赤井さんもちょうど来たみたいです」 ブロロローーと低いエンジン音が閑静な住宅街に響き渡り、シェルビー・マスタングが姿を見せた。やべー近所迷惑だよな、と工藤はそそくさ帰るそぶりをみせる。 「降谷さん、今日は本当にごちそうさまでした。とても美味しかったです」 「こちらこそ。久しぶりに君に会えて、本当に嬉しかったよ」 「風見さんも、色々ありがとうございました」 「いや・・・」 気の利いた言葉も出てこない風見は、まだまだ工藤に言いたいことがあるはずなのに、それきり口をつぐんでしまう。 「降谷さん、働きすぎてぶっ倒れないようにね」 「たまには休みでもとって、君の住む街に遊びに行こうかなあ」 「え？マジで来てくださいよ。客間空いてますし」 「そんなこと言うと本当に押しかけるからね」 「アハハ。じゃあこのあたりで失礼します。お二人ともーーお元気で」 そして美しいお辞儀ひとつすると、工藤は車に乗り込み、赤坂を後にしたのだった。 「・・・工藤君って、本当に不思議な子ですね」 そう思いませんか？と問いかけても、なぜか降谷の返答がない。 降谷さん？ともう一度声をかけようとして、風見はごくんと飲み込んだ。 平素は冷たく伏せられている降谷のブルーグレイの瞳が、今は街灯の橙色を閉じ込めて、濡れたようにゆらゆらきらめいていたからだ。 彼の視線は、奥の曲がり角に消えた車をいつまでも追っているように見えた。 「・・・ああ、すまない。何か言ったか？」 今何を口にしても、野暮になるような気がした。 風見はさてどう返事したものかと視線を彷徨わせ、そこで偶然あるものに気がつく。 「あれ？降谷さん。胸ポケットに何か入ってますよ」 「？これは・・・」 降谷のジャケットから、細長い紙のようなものがほんの少し頭をのぞかせていた。 よく見れば、それは先ほどまで食事をしていた店の箸袋である。 折りたたまれた紙を広げると、そこには丁寧な文字が並んでいた。 「・・・杯戸南病院」 「工藤君の字ですか？」 「ああ、間違いないな」 「杯戸南病院といえば、たしか今日出たホトケの財布に診察券が入ってましたよ。担当医は最近アメリカから帰国したばかりの、冠動脈バイパス手術の権威だったそうで・・・」 「・・・風見。その医者、アメリカでどの病院に居たか調べろ」 「はっはい、わかりました」 降谷はぶつぶつと何かをつぶやきながら腕をくんでいる。 新興宗教団体、遺体で発見された女性信者、アメリカの連続殺人犯、杯戸南病院、帰国したばかりの外科医ーー。 降谷の中でそれらの情報が糸のように繋がっていくのが風見からもみてとれた。降谷がこの集中力をみせたときは、たいてい事態の収束が近い。ーー例の信者を協力者とする計画も、もしかすると実行せずにすむかもしれないな。 取り急ぎ部下に連絡を取るために風見が携帯電話を取り出したところで、降谷が箸袋をひっくり返した。 「！」 「？裏にも何か書いてありましたか？」 「・・・まったく・・・何て子だ」 <<日本は任せました>> 小さな余白にはたった一言、それだけが書き記してあった。 「・・・なあ風見」 「？」 「こんなにも切なくて苦しいのが友情だっていうのなら・・・僕は今日初めて、友情ってやつを思い知った気がするよ」 「降谷さん・・・」 どこから聞いていたんですかアナタ、とか、それってもはや友情じゃなくて・・・など、諸々を風見は言いかけて、やめた。 風見だって降谷のことを笑えない。 小さな箸袋を後生大事に抱えて立ちすくむ上司の気持ちが、痛いほどわかる。 いい年をした男二人の頭をいっぱいにするだけしてさっさと行ってしまった工藤という青年が、憎たらしくて、どうしようもなく愛おしかった。 彼に誇れるように。 ーー守ってやろうじゃないか、この国を。 [newpage] 「・・・ただならぬ雰囲気だったが、風見君とは何を話していたんだ？」 赤坂からしばらく走らせ、頃合いを見計らって赤井は尋ねた。 工藤を車に乗せた時、バックミラー越しに見えた風見の表情が妙にシリアスで気がかりだったのだ。 「別に？ただ、降谷さんのことどう思ってんのって聞かれただけ」 おや、と赤井は片眉をあげる。思いの外核心に迫るやり取りだったようだ。 「興味深い。君はなんと答えたのかな」 「男の友情って言っといた」 「ハハッ！それはいい」 「何だよ。別にフツーだろ」 「ボウヤの言う友情とやらでひどく思い悩む降谷君が目に浮かぶよ」 「？意味わかんねー」 赤井には降谷の荒れ狂う心境が手に取るようにわかった。 工藤という罪作りな男は、こうやってあらゆる人間の心に引っかき傷を残していくのである。 まして、人生の岐路で深く工藤と交わった降谷はなおさらだろう。 工藤の引力にあらがえる人間などそうはいないのだ。 無論ーー赤井とて例外ではない。 「ククク・・・ではちなみに、俺のことは？」 「え？」 「俺のことはどう思ってくれているのかな」 「えー・・・赤井さん？赤井さんは・・・なんつうか・・・うーん・・・」 「つまり？」 友達？同僚？家族？などとつぶやきながら、どれもしっくりくるようでこないらしく、頭を抱えている。 自分のことでうんうんと悩む工藤の姿に、赤井は相好を崩した。 ああ、できればずっと俺のことで頭を一杯にしておいてほしいものだ。 「俺の・・・」 「君の？」 「俺の・・・ワトソンだよ！あーもー、これでいい？」 はい終わり！とばかりに両手をあげる工藤に、赤井は今日のところはこの辺で許してやろうと笑った。 シャイな彼に深追いは禁物だ。 「ああ、実に光栄だよ。君に一番と言ってもらえて」 「って、言ってねーけど？！ちゃんと聞いてた？！」 「君にとってのワトソンっていうのは、つまり一番ってことだろう」 「へーへーそうですか」 自信満々に赤井が言い放つと、工藤はふてくされた顔で手のひらを振った。はいはいわかったよ、のポーズである。 こうやって年下の工藤にぞんざいにあしらわれるのも、赤井はたまらなく好きだった。 「・・・じゃあ、あんたにとっての俺は？」 さて、何とこたえたものかな。 赤井は肺いっぱいにスモークを吸い込みながら、ちらりと工藤を盗み見た。 工藤はというと、自分から聞いておいて、ややもしないうちに意識を車窓の外へ飛ばしていた。 どうせ自分の答えと対になるように「ボウヤは俺のホームズだよ」とお決まりが返ってくるとばかり思っているのだろう。 のんきに酔い覚ましの缶コーヒーを飲む工藤を尻目に、赤井はニヤリと口角を上げた。 「お前は俺の命だよ、新一」

【あらすじ】<br />エッジ・オブ・オーシャン爆破事件から約十年後、降谷は再び違法作業に手を染めるかの選択を迫られ、最悪な気分でゴールデンウィークを迎えていた。そこに偶然、帰国していたらしい工藤から食事の誘いで連絡が入る。降谷、工藤、工藤の仕事のパートナーである赤井、そして部下の風見と4人で久しぶりに気兼ねない酒を味わうことになり……<br />工藤との時間が楽しければ楽しいほど、なぜか切なさが込み上げる、降谷に与えられた束の間の休息の話。(と、やっぱり抜け目ない赤井の話)<br />********<br />・ゼロの執行人から１０年後、降谷と工藤と赤井と風見でまったり飲む話<br />・工藤新一に焦がれすぎて頭やられ気味の男たちが、思わぬ形で想いを返されて、結局余計にこじらせるホモソーシャル<br />・ゼロの執行人ネタバレ＆過去描写として安梓を匂わせる発言含みます<br />・表紙は素敵な素材お借りしました。ありがとうございます。→<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/70140058">illust/70140058</a></strong>

工藤新一をこじらせた男たちの話

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【２０１５年５月６日（水＆祝）◆四葉】 「おはようお姉ちゃん」 　いつも通り私は六時起床。洗顔をすませたら、入れ替わりでお姉ちゃんも洗顔。 「おっはーー四葉！　いつも通り早いわね」 「お姉ちゃんは今日、サヤちん達と会うんだっけ？」 「うん。でもさ、まずは朝食準備しちゃおうか」 　二人で役割分担して朝食準備。私は食パンを焼きながら、平行作業で牛乳を準備。焼き終わるとマーガリンを塗る。最近はなぜかトーストが主食のメニューが増えている。お姉ちゃんはフライパンでスクランブルエッグとベーコンを焼いていた。 　簡単なサラダと食パンとスクランブルベーコン。お姉ちゃんはイタリアンを、私は青じそドレッシングをサラダにかける。糸守の時にはありえなかった東京で慣れてきた私たちの朝食。朝食さえも洗練されて都会に染まってきているように思う。 　学校の友達達も朝食を食べる派は似たようなメニューらしい。だから、ここではきっとこれが自然なのだ。ただ意外だったのは、朝食を食べない友達も結構多いこと。信じられない、私は絶対これだけは抜けない。特に早起きの私が朝食を抜くということはありえない。きっと一時間目が終わる前に餓死すると思う。 　今日のお昼過ぎまでの予定は特にない。ゴールデンウィークは仲の良い友人達はみんな出かけていた。昨日の深夜に田舎や旅行などから三人帰宅、そして今日のお昼頃に一人が帰宅する。四人の友達との約束は今日の二時だ。それまでに洗濯と掃除をすませるくらいしか、やることがなかった。 　お姉ちゃんのバイトシフトが過密でゴールデンウィークはどこにも出かけず、一人で過ごすことが多かった。家を出るのは、姉のバイト先がほとんどだった。 　姉のバイト先では大型連休の出勤の対価として、特別に私の分まで昼食と夕食のまかないをいただけるので食事をしに行く。なので会話するのもお姉ちゃんのバイト先の人がほぼメイン。すっかり顔なじみなので居心地は悪くない……が、同じ歳の友達との会話とは比較にならない。だから今日のお昼すぎの約束は楽しみだった。 「じゃそろそろ行くわね。どう、似合うかしら？」 　準備が出来たお姉ちゃんが部屋から出てきた。 「ちょっ！　なに、いつの間にそんな洋服とかそろえたん？」 　最近どんどん女子力をアップしているお姉ちゃん。澄寿さんに感化されたのか、すっかり東京女子になっていたのは知っていた。でも今日のお姉ちゃんのレベルは、今までと数段違った。 「その帽子、いつ買ったん？」 「ああ、これ？　澄寿が貸してくれた」 　まだそれは特別っていうほどではない。帽子は変化のほんの一部分。私が驚いたのはそのスカートだった。 「いつの間にそんなミニスカート買ったんよ？」 「あーこれ？　ちょっと前に、ね」 　日焼け防止の長い袖付きの黒い手袋。可愛らしいけど肩口が開いた白いトップス。そして黒いミニスカート。今までのお姉ちゃんではなかった。一体何が起きたん？そんなにセクシーなミニスカ穿いて、パンツ見えたりしないん？　化粧もいつもより派手な気がするんですけど？ 「ちょっとサヤちん達を驚かせようと思って。四葉までこうも驚いてくれて楽しいわね。訛ってるってことは相当驚いてる？」 「ビックリやわ。パンツ見えんか心配やわ」 「案外見えないし、ちゃんと見せパン穿いてるし。じゃ、行って来るね！」 「そっか、安心した。行ってらっしゃい！」 　いつも通り小さく三回手を振ってドアの向こうへ消えるお姉ちゃん。仕草は姉で間違いないけど、衣装と化粧を含めて今日はなにか別世界の姉だった。 [newpage] 【２０１５年４月２６日（日）◆瀧（in三葉）】 　ゴールデンウィーク前の日曜日に澄寿とショッピングの約束をしていた。でも、テンションがあがらない。多分もうじき生理な気がする。私の場合先に情緒不安定になって、恐らく今日の夕方あたり体調の変化が出てくるだろう。でもこの精神的な不安定さや不安はそれだけが理由ではないと思う。 　三葉であることにはずいぶん慣れた。いえ、もう三葉のままでいるのかもしれない。私は一生自分を思い出すことなく、宮水三葉として人生を終えるのかもしれない。短大に入学してからそんなゆううつな気分に襲われる。 　もし、万一にも三葉が元に戻ったとして、はたしてこの環境についていけるのだろか？　いくら日記を毎日書いていて、ちゃんと三葉が読んだとしても適応できるの？ 　本来の自分はどういう環境なのだろうか？　元の自分を覚えてないのに、元に戻ってしまって自分として生活していけるの？ 　駄目だ、やっぱり今日は精神的に感情が安定しない。いえ、短大に入学した頃からずっと不安な思いに駆られているような気がする。それが積み重なって、特に今日は目に見えて心が曇っていた。元に戻っても戻れなくてもゆううつだと、きっとそれが分かっているから。 「今日のお姉ちゃん、一段とテンション低いね。生理？」 　四葉の質問は合っているようで少し違う。 「ううん、まだ。多分もうじきかな」 　生理のせいだけじゃない……と言おうとしてやめた。その説明をするのは無理があるからやめた。 「顔色悪いし、今日のお出かけやめたら？」 「大丈夫だよ。それに何かしていた方が紛らわせる」 　澄寿と会うのにメイクの準備。百均で買った鏡を自分の部屋の机に置く。自分の顔と向き合う。 　すっぴんの自分の顔。 　間違いなく自分の顔。 　でも、きっと本当の自分ではない顔。 　駄目ね、テンションが一ミリも上がらない。 　澄寿とは中野駅で待ち合わせ。今日は初夏に向けて洋服を買いに行く約束をしていた。 「お待たせー」 　先に来ていた澄寿に挨拶する。 「やっほー三葉。って、顔色良くないけど大丈夫？」 「うん。なんか気分が乗らないの」 　新宿駅でお手洗いへ。化粧直しにと鏡越しに自分の顔を見る。テンション低かったから今日はメイクも気合いが全く入らずにそこそこ。きっとファンデーション等、ムラがあると思う。余計に顔色が悪く見える。この顔の持ち主は宮水三葉。その向こう、そのずっと先に本当の自分がいるはず。鏡の向こうを凝視しても答えは見つからない。 　――もう、私はこのままなのかな？ 　短大に入るまでは希望を持っていた。入学直前にもし入れ替わりが終われば、うまくリセットできる気がした。新生活と同時に入れ替わりが解けるなら、と期待を持った。でも裏切られた。駄目、思考がループしている。朝から同じ不安と絶望感に襲われたままだ。 「三葉、大丈夫？」 　なかなか戻らない私を心配して澄寿が来てくれた。 「私は、三葉なんだよね？」 　ぼそっと自然に呟いてしまった。 「ちょっと、本当に大丈夫？　今日はもう帰ろうか？」 　頭の中で霧がかかっているような感覚。こんな呟きを聞かれたらまずいって分かっているのに、声が出てしまった。 「大丈夫、お店には行くよ。きっとその方が気が紛れるから」 「そう？　でも無理しちゃ駄目だよ」 [newpage] 　色んなカジュアルショップをウィンドウショッピングする。短大生活の為に、初夏用の洋服を買いに来るのが目的だった。適当に散策しながら並んで歩いていると澄寿が話しかけてきた。 「そういえば、ゴールデンウィークに同郷の友達と会うんだっけ？」 「うん。一応彼女たちがこっちに来た時に少し会ったけど、時間がなかったから少し話すだけだった。だから久しぶりにランチするの」 「うっふっふー」 　何か企んでいる時の澄寿の笑い方。意外にお茶目でいたずら好きなのは、もう知り尽くしている。 「っで何？」 　何を企んでいるのか気になったので伺ってみる。 「せっかくだからさ、サプライズはどう？」 「サプライズ？！」 　目一杯の化粧をして、とびっきりのお洒落をして二人と待ち合わせる、それが彼女の提案だった。 「友達は田舎から来てまだ間もないんでしょ？　三葉って分からないくらいお洒落を決め込まない？」 「あっ、それ面白そう！」 「さて、企画は決まった。衣装探しへ張り切って行こ！」 「うん！」 　お陰でテンションが上がった。驚くサヤちん達を想像して楽しくなった。多分上手く澄寿にコントロールされている。そんなことはもう重々承知。私が彼女のことを良く分かるように、彼女も私のことを手に取るように分かっている。 　きっと、本当の三葉とサヤちんはこんな感じなんだろうな。 　私とサヤちんの関係はきっと三葉を通しての友達。もちろん同じ苦難を超えた仲間意識はあるが、やはり澄寿には届かなかった。仲間であって親友になるには、何かが一つ足りなかった。いえ、足りなくなったのかも知れない。あのままサヤちんとずっと一緒に過ごしていたら変わっていたのかも知れない。ただ、いくら仮定の話をしても答えは出ないことだけは分かっている。 　戦利品は白いオフショル。これは肩を少し出すタイプにした。これで大人っぽさを演出できそう。一目で気に入った。私の（三葉の？）白い綺麗な首から肩のラインを生かせると思った。 　太ももを際立たせるレースシースルーのフレアミニスカート。デザイン的には少しふわっとしているけどセクシーさがある。ひざ上約十センチくらいだけど、シースルー部分があるので、実質十五センチ。 　スカートは私が選んだんじゃない。トップに合わせた澄寿のコーディネートだった。初夏だから生足。黒のヒールを持っているから靴はいらないと思って買い物しなかった。 「帽子は私が貸してあげるよ。これに似合いそうなの持ってる」 「ありがと」 「サングラスも欲しいわね。あと手袋でセクシーさをアピールしたい」 　とりあえず会計を済ませて、サングラス探しに。その後はレースが付いた手首まで隠れる黒い手袋。 　二人でランチを済ませて帰宅した。 　早速試しに着てみる。 「これは、間違いなくあの二人を驚かせられる」 　朝のローテンションはどこかへ消えていた。 　――ありがとう澄寿。 　後日澄寿に貸してもらった帽子は、ツバ広のベージュに黒いリボンを巻いた麦藁帽子だった。なかなか高価そうでアダルティだった。これは最高の仕上げになる、さっすが澄寿だと思った。 　しっかし散財したわね。ゴールデンウィークに頑張ってバイト励まなくっちゃ！ 　サヤちん達との約束の日以外、もう一日休日頂こうと思っていたが、やっぱり返上してシフトを入れることにした。きっと店長は喜ぶでしょうね。少しだけ今日のショッピングで後悔した。 [newpage] 【２０１５年５月６日（水＆祝）◆瀧（in三葉）】 　今日はサヤちんとテッシーと待ち合わせの日。朝一番にいつも通り洗顔フォームを使って丁寧に顔を洗い、余分な油分等を落とし、乳液を塗りこんでから四葉と朝食準備開始。 　朝食後に再び洗顔。そしてサッパリ感のある化粧水を顔に広げ、仕上げには心持ち乾きが早目の乳液を顔中に伸ばして叩き込む。夜はしっとり系、朝のメイク前はサッパリ系。しっかりと使い分けをしていた。 『ちゃんとケアしないと、シミとかシワができるよ』 　高校三年の時に澄寿にそう脅された。寝癖などは一日で直る。でも、肌荒れやシミやシワなど作っては一生残るかもしれない。そうなると三葉に永遠に恨まれる。そう思ったからお肌の手入れは真剣に行うようになった。 　女の子にとっては、とても大切なものだと思うからすっごく気を使った。こうして一年以上毎日ケアしてきたので、モチモチの白い肌を維持していた。いつ三葉が元に戻ってもスキンケアに関しては叱られないと思う。 　顔に塗り広げた乳液が乾いてきたので次の作業に移行する。ここから先の化粧と呼ばれる作業は、基本的には大学に進学してからの日課となった。高校の頃は学校に化粧をして行くわけにはいかないので休日にしていただけだったけれど、卒業してからは毎日の作業になった。 　そろそろ日焼けが気になる陽射しになってきたので、パウダーファンデーションではなくＵＶ配合の『ＢＢクリーム』を顔に塗り広げる。少し気になるクマ等にコンシーラを乗せて隠し、アイブロウで眉毛をクッキリさせ形を整える。ビューラーでまつ毛を整えた後は、綿棒で目の周りの油分を落とし、汗でにじみにくいウオータープルーフのリキッドアイライナーを引いた。アイライナーは絵の得意な私の好きな工程だった。 　上まぶたにしか私はアイライナーを引かない。そして目尻ラインも控えめにする。そのいつも通りのスタイルを今日も徹した。 　そのかわりアイシャドウの濃い目の色を目尻に少し多めに置き『ラメ入りの涙袋用ライナー』を今日はいつもより厚塗り気味に乗せてキラキラ度をアップさせた。そしてアイシャドウの明るい色を下まぶたにブライトラインを普段通りに引く。その下にダークラインを引く人も多いが、私は絶対引かない。単純に私の好みではなかったから引かない。澄寿は涙袋の下に必ずダークラインを引いていた。 　上まぶたの二重ラインに中間色のアイシャドウを指で軽く入れ、アイライナー付近に再び濃いアイシャドウで軽いグラデーションを作ると目は完成。これくらい軽めで目ヂカラを少しアップさせたぐらいが私は一番かわいいと思っている。 　澄寿に教えてもらったメイクから自分なりに変更していき、今は完全に自分オリジナルになっていた。 　最後に唇とチークを仕上げていく。今日は二人を驚かせる為に、唇には澄寿から以前に貰ったリキッドルージュを塗ってシックかつ少し派手めにしてみた。普段の毎日メイクは色つきリップがほとんどで、色も可愛いピンクか自然に見えるベージュを使い軽めに仕上げている。長時間用（たとえばバイトの時とか）にリップティントも使うけど、ふんわりした透明感のあるかわいい系の物を使っている。だから今日はいつもよりずいぶんと大人っぽく仕上がった。 　チークは澄寿に借りてラメ入りにしたので、全体的にセクシーに仕上がった。私の毎日メイクでは発色の良いピンクのチークを頬の上の方に広げて、かわいらしさを演出していた。直接比較しなくても、いつもと全く違うと実感できた。 　こうして普段より丁寧に化粧していると一時間弱かかった。過去最長だった。お金の都合上、私はコスパの良いプチプラコスメしか持っていない。今日使った借り物のチークと貰ったルージュは澄寿の高価なデパコス。さすがに安定感があった。 　入念に鏡で最終チェック。うん、いつもと雰囲気が違う。やっぱり普段は女の子っぽいかわいい系に自然と仕上げていたんだなと、改めて思った。一応自撮りして澄寿にラインで画像を送った。 　即「いいんじゃない！」の返信が飛んで来る。澄寿検定に合格したので安心！ 　日焼け対策にＵＶクリームを首や胸元や腕と足などに塗り、ファッションの仕上げにイアリングを耳に付ける。あえてゴールドではなくプラチナ風のイヤリングにした。 　うん、いい感じね。 「じゃそろそろ行くわね。どう、似合うかしら？」 　四葉は驚いていた。よし、これならサヤちん達にサプライズできるわね。 　いたずら心が芽生える。楽しい。生理も終わったしテンションが上がっていた。クヨクヨしていても仕方がない。現状を受け入れ、少なくても今日は宮水三葉として女の子を楽しもうと思った。 [newpage] 　約束の時間より早めに到着。やがてサヤちん達が来るのが見えた。サングラスに帽子。大丈夫、私のことには気付いていない。ようすをうかがっているとスマホが鳴った。 『ヤッホー三葉！　到着したよ。人が多くて、どこにいたらいいの？』 　結構そばにいるんだけどね。多分君たちの視界に入っているわよ。 『じゃ、そこで待っていて。私も現着した。私が探すから動かないでね』 　スマホを見入っている風に装いつつ、徐々に二人との距離を詰める。まだ気付かない。いえ、テッシーは一度こっちに視線を向けた。照れたように視線を外した。そのテッシーに気付いたのか、サヤちんがむくれていた。テッシの腕をつねっている。 　むふっ。焼きもち焼いているわね、サヤちん。 　テッシーの方へ向かって一直線に歩いた。気付いたテッシー。腕を頭の後ろに回して照れている。 「お、ま、た、せ」 「ええ、人違いじゃないですか！」 　焦って声を上げるテッシー。サヤちんはテッシーを睨んでいた。ゆっくりとサングラスを外す私。二人の固まった表情に私はサプライズが満点だったと核心した。 「「み、三葉ーーーーーー！」」 　同時に驚くサヤちんとテッシー。これが見たくてどれだけ準備をしたことか。とっさにスマホで二人の驚愕している表情を写真に収めた。 「や、改めて東京へようこそ」 　新宿駅近くのサブウェイでランチしながら会話。 「ホンマに三葉やと気付かんかったぞ」 「私もやさー。すっかり東京の女子大生やね、三葉は」 　四月早々に会った時は、毎日メイクより更に軽めのナチュラルメイクだった。いきなりでメイク全開は驚かせてしまうと思ったから。でも今回は驚かせるつもりだった。 「上手く二人をサプライズできて良かったわよ。結構さ今日のために奮発したんだから」 　もちろん、これからの短大生活の為にはオシャレ着も必要。でも、奮発したのことに変わりはない。お陰で今日まで鬼のバイトシフトだったんだからね。 「もう一年半東京やもんね、三葉は」 「まーね。東京にはすっかり慣れた。それにもう女子大生だもん。これくらい当然」 　もっとも今日は少し背伸びした感はなくないけど。 「何か聞きたいことある？　相談したいことある？」 　気持ちに余裕が出てくると、二人の相談相手になろうかという気分になる。東京の物価が分からないとか、サヤちんからは生活感のある質問。テッシーは、方言がなかなか抜けないとか、会話のスピードについていけないとか、そういう人との距離感みたいなのを相談される。自分の経験や、自分の意見を全力で答えた。 [newpage] 【同日夕刻◆四葉】 　夕方にサヤちん達と会っていたお姉ちゃんが帰って来た。前々から疑問に思っていたことを今日聞くことにした。 「お姉ちゃんて彼氏を作る気ないんでしょ？」 　――私は彼氏がいないんじゃなくて、作らないの！ 　確かそう言っていた。 「そうね。今のところそういう気はないかな？」 「だったらさ、どうしてお洒落をしたりお化粧をするの？　普通は異性にモテたいからとかじゃないの？」 　お姉ちゃんは十秒程考え込んだあと、返事をしてくれた。 「女の子の権利かな？　可愛く着飾る権利。そして義務」 「権利と義務？」 「うん。ただ楽しいからしているだけじゃないわね。気分転換とかテンションを維持する為とか。女の子に許された権利？　そしてキレイであり続けなくてはいけないという重い義務。女の子って楽しいけどさ、時々ね……超面倒だなって思う」 やっぱりよく分からない。 「四葉にはまだ難しいかな？でもかわいくなって、ウキウキするってだけでいいんだよね、きっと」 　なんとなく、お姉ちゃんは私にではなく、独り言を言っている気がした。 「私には分からない」 「そうね、あともう数年したら分かるんじゃないかな？」 　そういうもんかな？ 『ただ、その四葉を見ることが出来るのかな？』 　今のは独り言？　ボソっと言ったからきっとそうだと思う。 　姉の言った意味が良く分からなかった。 　私がスポーツ女子だからおしゃれに目覚めない、そういうことかな？ 　私にハッキリ言っては悪いと思っての独り言？ 　まだまだ私はお姉ちゃん達の世界から遠いなと思った。 　洗面所に篭って化粧を落とし終えたお姉ちゃん。 「さて、一緒に買い物行って夕食作ろうか？」 「うん」 　一緒にスーパーで買い物。 「豚肉安いから買っておこう。厚切りベーコンも特売。保存きくから買っておこうね。キャベツも安いか。うん、今日は回鍋肉（ホイコーロー）にしようね」 　すっかりいつもの姉に戻っていた。いつもの信頼できるお姉ちゃんの姿だった。 「中華スープもつけて！」 「うん。簡素でもいいかな？」 「具なしでオッケー！」 「ワカメくらい入れようか？」 「だったら、卵とじの方がいい」 「んじゃ、卵買わなくちゃ。確か今朝で全滅した」 　いつも通りの姉との会話。 　大丈夫、何も変わっていないようだった。

この連載のifの内容は第０話を読んでください<br /><br />『番外編２』を投下です。<br /><br />ミニスカートＪＤの『瀧入り三葉』のリクエストいただいたので、遠慮なく執筆しました。一応完結させた連載なのでためらっていたので、後押しいただけて本当に嬉しいですね。<br /><br />二話分を一つに詰めました。本編で軽く流して書いた部分があるので、二話分をキッチリと描くとダブる部分が出てくるのでまとめて一本に。アイデアを振り絞って盛り込み。上手く本編への伏線も盛り込めたでしょうか？第１９話と第２０話の間に相当する部分です。ってこんな説明、書き手以外分からないでしょう。<br /><br />瀧君本来の男性の感覚と、三葉として生きて女性として身につけた感覚、その共存をメイクを通して描いたつもりです。ただメイク用語が盛りだくさんです。一般男子には分かりにくいかもしれませんが、番外編なので好きなように自由に書きました。<br /><br />映画では大人になってもあんまり三葉は化粧していなさそうですね。唇さえ色乗せしていないっぽい。基礎化粧のみ？眉くらいは軽くメイクしているのか？みなさんは大人になった三葉はすっぴんをイメージしますか？それとも、ある程度はメイクしているイメージ？奥寺先輩よりは軽めだとは思うんですが。

番外編２「サプライズ」

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　とある日の昼下り私は静かな喫茶店に座っていた。目の前には我が愛する妹(嘘じゃないよ)が座っている。ああやっぱり夏服でも可愛いなあ。どんな服でも似合う雪乃ちゃんにちょっと見とれていると。 「それでどうしたのかしら姉さん」 　そうちょっと不機嫌そうに言う雪乃ちゃん。ああこういう反応も可愛いななんか撫でられてちょっと嫌そうにする猫みたいに。だけどそういう反応をされるとちょっと虐めたくなるのが全国のお姉ちゃんの性。…ってそれは違う？まあそれはどうでもいいや。 「どうしたの〜雪乃ちゃん。そんな不機嫌そうにして」 「別に何でも無いわよ…」 「もしかして比企谷君との時間を邪魔されて怒ってる？」 「…っ。ち、違うわよ」 　雪乃ちゃんは分かりやすいなぁ。そこがやっぱり可愛いんだけどというかさっきから可愛いとしか行っていない気が。まあ雪乃ちゃん可愛いから良いよねっ！でもへえ…雪乃ちゃんも意外と乙女なんだね。 「まあそれはそれでいいんだけど。というかそろそろ本題に入るわね」 「ええそうして頂戴」 「単刀直入に言うね」 　そうやって私は雪乃ちゃんの形の良い耳に自分の口を近づけると小さな声で。 「雪乃ちゃんって比企谷君の事好きでしょ？」 　そう言った途端に雪乃ちゃんの透き通る程に白い肌が真っ赤に染まった。 「な、何言っているのかしら姉さんは、私が比企谷君の事が好きなんてありえるはずが無いじゃない」 　そう言う雪乃ちゃんは目が泳いでいて、というかそれ以前にその林檎のように真っ赤な頬が何より答えを示していて。 「へ〜そうなのか？」 「そ、そうよ姉さん」 「だったら…」 　また再び耳に近づけると。 「私が頂いちゃうわよ」 「…っ」　 　そう言った途端にビクンとする雪乃ちゃん。 「じょ…冗談はやめてちょうだい」 　そう言う雪乃ちゃんの声は酷く震えていた。 「冗談じゃないよ」 「へ…」 「冗談じゃないよだって私も比企谷君の事好きになっちゃったもの」 「う、嘘でしょ…」 「まあそう思うのも勝手だけど。…雪乃ちゃんが比企谷君の事好きじゃないなら私と比企谷がどうなっても問題ないわよね」 「………」 「素直になっちゃいなよ雪乃ちゃん」 　そして暫く沈黙。その後雪乃ちゃんは声を絞り出すようにして。 「わ、私も比企谷君の事好きだわ」 　そうスカートの裾を握りしめて告白する雪乃ちゃんはめちゃくちゃ可愛くて。 「あ〜可愛いっ！雪乃ちゃん」 　そう言って抱きしめて自分の頬を雪乃ちゃんの頬にくっつけてスリスリする。 「や…やめて姉さん。人目もあるから」 「じゃあ人目が無かったらいいの？」 「そ、そういう事では無いのだけど…///」 　こんな事昔では考えられないことだ。理由としては私と雪乃ちゃんの関係が些か良好になったとか後は雪乃ちゃんが柔らかくなったとか色々とあるけど。まあ一番大きな理由として挙げられるのは…まあ日々の鍛錬？で百合への抵抗が薄まったことだろう。私がこっそりと奉仕部を覗き見している時もあの二人の百合百合しい絡みは…まあ見ていて唆る。というか色々と捗る。まあこの話はここまでにしておくとして。私は雪乃ちゃんのすべすべもちもちな肌の感触を堪能した後。席に戻ると。 「じゃあ私達ライバルだね」 「ええ…そうね」 「そこでさ提案なんだけどさ」 「何かしら？」　 「私と雪乃ちゃんで比企谷君を共有しない？」 「え…？」 「だって私も大好きな雪乃ちゃんとは争いたくないし」 「ね、姉さん…」 「それにさ…」 　私は満面の笑みを浮かべて言う。 「お姉ちゃんと雪乃ちゃんのコンビが誰にも負けるわけないじゃん」 　そう比企谷君を狙ってる可愛くて魅力的な女の子はいっぱいいる。例えばいろはちゃんとかガハマちゃんとか後は結婚相手に飢えた静ちゃんが見境なく手を出す可能性もあるし。一人では負けてしまうかもしれない。でも二人なら負けるわけない、だって私と世界一可愛い雪乃ちゃんだよ。さいきょうだよ。 「姉さん大好きだわっ！」 　そう感極まった雪乃ちゃんは無意識でそう言った。くっ…何気なく言ったつもりなのだろうけど破壊力が抜群すぎる。いつの間にこんな天然たらしになって…お姉さん許しませんよ。お仕置きが必要だわそう思って。 「私も好きだわっ雪乃ちゃん！」 　そうやって抱きしめた、それも強く。お仕置きだから長くやる必要があるわね。ええ決して雪乃ちゃんのいい匂いとかさらさらの髪を堪能したいわけではないのよ。 「く、苦しい…。それとこれが格差」 　雪乃ちゃんが呻くがそんな事はまるで耳に入ってこなかった。 　後日雪乃ちゃんと私の二人で比企谷君を襲って既成事実を作って手に入れた事はまた別の話。やっぱり雪乃ちゃんと私のコンビは最強だね。ブイッ！ 　 　

本日二作目。原作より関係の良くなった雪乃陽乃姉妹。微百合だけどそういうの書いてて結構楽しかった。<br />書く気持ちを抑えきれないです。どうしたらいいのでしょうか。以上希常でした。

お姉ちゃんと雪乃ちゃんのコンビは最強なんだから

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放課後のチャイムが鳴る学校。担任の先生がホームルームの締めをすると、教室中には生徒たちが立ち上がる時の椅子の音が響く。西片の隣には、いつも通り高木さんがいる。彼は横目で彼女のことを少しだけ気にした。 「西片くん、ちょっと来てくれる？」 「は、はい！」 生徒がある程度帰った後、担任は西片を呼び寄せた。教卓へと向かう彼を彼女はただ見つめていた。 「来週の掃除当番のことなんだけど…」 彼と担任が話をしている姿を見て、彼女は席を立ち、教室を後にした。下駄箱へと向かい靴を履く。そしてそのまま、彼女は学校から出た。 5分ほど時間が経つと、彼と担任の話は終わった。彼は振り向くと、カバンを置いてある彼の隣の席に彼女の姿はなかった。 「あれ？高木さん、先に帰ったのかな」 カバンを手に取り、彼は急ぎ足で教室を後にした。 「下駄箱にもいないか」 彼女が下駄箱の辺りにでもいるのだろうと考えてはいたが、そこにも彼女の姿はなかった。 「いないのなら、帰るか」 校舎を後にし、グランド横のコンクリートの道を一人で歩く。夏の綺麗な空に、降り注ぐ太陽の光。今日はカラッとしていて、時折吹く風は気持ちよかった。 ふと、彼は考えた。 ー なんで俺、高木さんのことを気にしてるんだろう。 ホームルームが終わってから、ずっと隣の彼女を気にしていたような気がする。先生との話が終わった後も、高木さんがいるかどうかを確認していた自分がいた。 「わっ！！」 「え！」 校門の近くで、彼を驚かすように飛び出てきたのは高木さんだった。一人の世界に入り込んでいた西片は、突然の彼女に素っ頓狂な声を出した。 「わはははは！」 彼の驚き様を見て、大きく笑う彼女。 ー また、からかわれた 毎度のごとく湧いてくる悔しさ。彼はその悔しさを顔に浮かべる。それはルーティンで、お馴染みの光景だった。 「高木さん、先に帰ってなかったの？」 「ううん。西片を待っていたんだよ」 彼の顔に浮かんでいた悔しげな表情は、少しの間の彼女との雑談で消えていく。そしていつも通り、彼らは二人横並びで校門を出て行った。 「ねえ西片。ちょっと寄りたいところがあるんだけど、一緒に行かない？」 彼女からの誘いに、彼は敏感だった。自分の領地に踏み込ませて陥れる…、彼女についていくと悔しい思いをすることが多かった。それゆえ、いつも深く考える。これも日常だった。 ー 高木さんのことだ。きっとまた俺をからかうに違いない…。いや、今日こそ目にものを見せてやる。 彼は彼女の言葉一つ一つに警戒をし始めた。 「行こう、西片」 「う、うん」 そしてまた、彼らは歩み出した。[newpage] 「着いたよ、西片」 「こんなところ、初めて来たよ…」 高木さんと共にやって来た場所は、河川敷だった。普段帰る方向とは真逆の方向に進んだ頃から不思議には思っていたが、西片は目の前の景色に目を見開いた。 綺麗に整備された川に、透き通るほどの水質。斜面の草原は腰掛けると気持ちよくて、太陽の熱を吸収してほんのりと温かった。 緑の色が綺麗な草原に二人は腰を下ろすと、彼は彼女に声をかけた。 「高木さん、ここ知ってたの？」 「この前、お母さんと買い物に来た時に知ったんだ。私も驚いたよ、こんなところがあるなんて」 「そうなんだ」 静かな時間が二人を包む。気持ちの良い風が吹くと、彼らには穏やかな表情が浮かんでいた。 彼の中の警戒心は、この景色を前に少しずつ解けていった。 「私ね、西片とここに来れて嬉しいんだ」 彼女は、顔いっぱいに笑みを浮かべていた。それはいつもとは違う、からかわれた時に笑われる表情とは違った。彼には、優しくて、温かい笑顔に見えた。 ー 警戒していた自分が、バカみたい。 今日の高木さんは違った。いつもなら、色んなバトルをして、からかわれて、笑われて…。そんなシーンばかり頭に焼き付いていて、ついつい深く考えてしまう。今日の高木さんには、そんな面影はなかった。 暫く、2人はこの景色に浸っていた。夏の太陽は暑苦しいはずなのに、何故かここにいると心地いい。不思議な感触だった。 「帰ろっか、西片」 「うん、そうだね」 彼らは立ち上がると、草原の感触を確かめながら、美しく整備された河川敷を後にした。[newpage] 「私はここで。じゃあね西片、また明日！」 「うん、また明日！」 お互い手を振ると、彼らはお互いの家路へと向かった。 高木さんは少しの間歩くと、道の端に寄り、立ち止まった。 「言えないよね…」 胸にそっと手を当てて、鼓動を感じる。緊張の表れなのか、その回数は増していく。ふぅ、と深呼吸をすると、彼女は口を開いた。 「あそこが、恋愛に縁のいい場所だなんて…」 彼と一緒に行ったあの河川敷。普段は楽しく話しながら帰るのが当たり前だったが、緊張が邪魔をして、あの場所では彼に話しかけることが出来なかった。 「もう少し、話したかったなぁ…」 ー 彼をからかうのは、彼が好きだから。 恋愛を意識し始めると、急に緊張するのはなんでだろう。友達の壁を越えるのは、難しいことなのかな。 好きなあなたの笑顔を見たいから。もっと、近くで笑っていたいから。 「私の想いが、西片に届きますように」 FIN

どうも、Yです。<br />お久しぶりですね。<br /><br />前作の「空白の一日」をはじめ、いつも閲覧、ブクマや評価、コメントなどありがとうございます！<br /><br />今作は「隣のキミヘ」というタイトルでお送りします。<br /><br />いつも席が隣のキミヘ。<br />帰る時、隣にいるキミヘ。<br /><br />西片から高木さんへの、高木さんから西片へのお互いを気持ちを表現したタイトルです。<br /><br />それでは、本編へどうぞ！

隣のキミヘ

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心地よい秋晴れの日。学校からの帰り道で友達と別れ、鼻歌を歌いながら帰宅しているのは、私、藍沢捺華。この春、中学一年生になった。両親が働く病院の、緋山先生と冴島さんには顔はお父さん寄り、性格はお母さん寄りとよく言われている。 さてさて、今日は夕焼けがキレイで、とても気分が良い私。空気が少し冷たくて、私が大好きな天気。自転車をこぎながら、今日はいいことあるかもしれないな、と、もうすぐ一日が終わるというのにそんなことを考えてしまう、超ご機嫌な自分。 ｢たっだいまー！｣ 家に着き、ルンルンで帰ったことを報告するも、返事がない。今日は二人とも休みって言ってたのにな、と思いながらゆっくりリビングのドアを開けると、目の前の光景に私の機嫌は地下700メートルまで落とされた。 ｢ねぇ耕作？今日の晩御飯何がいい？｣ ｢そうだな……恵が作るものなら、なんでも｣ ｢ふふっ、じゃあ……耕作の好きな、クリームシチューにする？私が作ったクリームシチュー、いっつも美味しそうに食べてくれる｣ ｢あぁ。お前の作るクリームシチューは三ツ星だからな｣ ｢そんなこと言ってくれるの耕作だけだよ。じゃあ、作ろっかな｣ ｢もう少しだけ、このままで……｣ ｢ただいまもどりました｣ ソファーに2人仲良く座り、自分たちの娘が帰ってきたことにも気づかないバカ夫婦に改めて帰宅を知らせる。2人はびっくりして私の方を見た。お母さんは顔を火照らせて私に話しかける。 ｢なつ、帰ってきてたなら言ってよ！おかえりなさい！｣ ｢話しかけるも何も、ねぇお父さん？｣ 小学5年生の時に冴島さんに教わった、と言うよりも勝手に学んだ冷たい笑顔をお父さんにぶつける。私が言いたいことは分かっているはずなのに、ひょうひょうとしている。私の微笑みはまだ、冴島さんほどは恐ろしさがないようだ。冴島さんにこんなことを言ってしまったら、それこそ怖いけど。 ｢俺たちの邪魔をしないように気を使ってくれたんだろ。恵、クリームシチュー、作ってくれ｣ ｢わかった｣ ごめんね、なつ。と小声で私に行ってから、お母さんはキッチンへ向かった。本当に40代前半なのかと言うほど可愛いお母さんは、娘の私でも惚れてしまうほど。お母さんは私のことをちゃんと見てくれて、愛情を注いでくれるのだが、こうしてお父さんと話しているのを見ると、少なからず嫉妬する。その私の嫉妬に気づいている父。知っていて、お母さんといちゃついている。緋山先生いわく、独占欲の塊なんだとか。 ｢おかえり｣ ちゃんとあいさつはするお父さんも、私のことを大切に思ってくれているのだろう。だが、何か気に食わない。そこで私は、お父さんを少し懲らしめる作戦を立てた。 ｢できたよー！早く食べよ！｣ お母さんの声で、3人が食卓につく。私とお母さんが隣で、お父さんが向かい側。熱々のクリームシチューを口に運びながら、お父さんの様子を伺う。そして私は、早速作戦を実行することにした。 ｢ねぇお母さん｣ ｢なに？｣ ｢今日さ、一緒にお風呂入ろ！｣ ｢えっ？｣ ちらっとお父さんの方を見ると、私たちの会話を気にしていないように見えて、動きが止まっていた。完全に耳を傾けている。 ｢でもなつ、お母さんと一緒に入るの嫌なんじゃないの……？｣ ｢そんなことないよ。まぁ、最近は一緒に入ってなかったけど……たまにはいいかなぁって｣ するとお母さんは笑顔になって言った。 ｢うん！なつと入るの久しぶりだもんね！小学……6年生くらいからかな……｣ お風呂に入るというだけなのにこんなに喜んでくれたお母さんに笑みを浮かべた。お父さんは眉間にシワを寄せている。いやいや、母と娘が一緒にお風呂に入ることすら不満ですか？と心の中で突っ込みながら、作戦通りとガッツポーズをした。 ｢お風呂気持ちよかったねー！でもちょっとのぼせちゃった。なつ長湯するんだね！｣ わざとお風呂の時間を長くとったことにも気づかないお母さんに、そうだねーと返事をしてから、お父さんに話しかける。 ｢ほら、お父さんも入ってきなよ｣ ｢……あぁ｣ 素直に言うことを聞くお父さんに微笑みながらも、まだ私の父懲らしめ作戦は終わりを告げなかった。 ｢恵、この後……｣ ｢お母さん！洗い物手伝うよ！｣ ｢ありがとうなつ！｣ お風呂上がりにまたお母さんとの時間を作ろうとするお父さんを遮り、お母さんと洗い物を始めると、ようやく私のしようとしていることに気づいたらしい父。 ｢そんなことなら言ってくれ。俺をただの恵バカだと思うな。お前のお父さんなんだぞ？｣ ｢うん！分かってくれて、嬉しい！｣ そんな会話を想像していた私は、実際のお父さんの発言に眉間に深くシワを寄せた。 ｢恵。……それが終わったら、コーヒー入れてくれ｣ ｢？いいわよ。ちょっと待っててね｣ お父さんは、私が想像していたよりもずっと、お母さんバカだった。でも、私は作戦を実行し続けた。 ｢コーヒー、入れてきました｣ 持ってきたのが私だったから不満を覚えたのだろう。渋い顔で、小さくありがとうと答えてからコーヒーを手に取る。普通、娘に嫌な顔をする父など、酷いと思うのだろうが、私は全く思わない。お父さんは本当は優しいし、勉強も教えてくれて、とてもいいお父さんだと思っている。口が悪いというのはお母さんと同感だけど。でも、お母さんのこととなると私すらライバル視する。なんたって、お母さんとお父さんは8年経ってようやく結ばれた鈍感夫婦らしい。特に苦労したのはお父さんで、何度もアプローチをかけたのに、全く気づいて貰えなかったとか。やっとの思いで手に入れたお母さんだから、近寄ってくる者は全て撃退されるのだとか。だからと言って、娘にまで恵ガードを発動させる必要ないと思いますが？ ｢私、今日はお母さんと寝るから｣ ｢……捺華。お母さんはな……｣ ｢私の前でも恵ってよべばいいんじゃない？｣ 上から目線で言ってやる。するとお父さんは立ち上がった。 ｢……恵は、俺と寝るんだ｣ ｢は？｣ え、待ってください。なんですかこの大人気ない男は。こんなセリフを堂々と娘に言って恥ずかしくないのか。もはや謎だ。 ｢あのねお父さん。私だってお母さんと寝たいの｣ ｢……｣ ｢いつも思うけど、私にまでそんな対応はないでしょ？｣ ｢……｣ まだ承諾しないお父さんに向かって、言い放った。 ｢……それなら、緋山先生と冴島さんに言いつける！｣ ｢!?おいそれは…｣ ｢なにか文句でも？｣ これも、傍から見れば生意気な娘なのだろう。だけどきっとお父さんは気にしていない。自分だって相当私に強く当たっているのだから。 ｢ちょっと、何揉めてるの？｣ 心配性なお母さんが私たちの間に割り込んだ。お父さんが口を開こうとしたところに、私が先をとった。 ｢私がね、今日はお母さんと寝たいって言ったらお父さんが駄目だって！｣ ｢駄目とは言ってない。恵は俺と寝るんだと言ってるんだ｣ ｢え、それ同じ意味じゃん｣ ｢……とにかく、恵は俺のだから｣ 無駄に整った顔でそんなことを言えば、世の女性は心を撃ち抜かれるのだろう。現にお母さんも顔を赤らめている。私には全く想像もできないが。 ｢お、お母さんは、私のもの！｣ 私の対抗にもっと顔を赤らめたお母さん。それが気に食わなかったのか、私を見下してくるお父さん。私がお父さんにつめよろうとした時。 ｢二人とも！｣ またお母さんが割り込んだ。 ｢よく分からないけど、私のことで喧嘩するのはやめて！｣ お母さんはスタッフリーダーだから、責任感というものが人一倍強い。その事を忘れて言い争っていたことに、私もお父さんも困った顔をした。 ｢私は、2人とも好きだし、どっちかなんて選べないよ？だから……｣ お母さんは目をキラキラさせて言った。 ｢今日は3人で寝よう？｣ ｢｢……は？｣｣ ｢ねっ？それが1番いいでしょ？よし、そうと決まったら洗濯物干してくるね〜｣ 呆気に取られる私とお父さん。気まずい空気を先に破ったのは、お父さんだった。 ｢……悪かった｣ ｢私も…。ごめんなさい｣ ｢……久しぶりだな｣ ｢えっ？｣ ｢3人で寝たのなんか、捺華が幼稚園の時に１回あっただけだろ｣ ｢そうだね。お父さんもお母さんも忙しかったからね…。もしかしてお父さん、3人で寝るの楽しみだったりして？｣ ｢お前が中学生にもなってそれはないだろ｣ ｢にしてはご機嫌な気が？｣ ｢うるさい。お前のそういうところ、緋山そっくりだな。あいつの子なんじゃないのか｣ ｢かもね。こんな嫉妬深いお父さんじゃなかったかもしれないわ｣ お父さんが珍しく笑顔を見せた。私もつられて笑顔になる。これも全部お母さんのおかげ。お母さんには感謝した。 こうして、捺華の父懲らしめ作戦は、白石によって穏やかに幕が閉ざされた。だが、藍沢の恵バカは収まらず、結局、緋山と冴島に説教を受けたとか。

藍沢と白石はトロント行き前に結婚、出産。その子供が、藍白のバカ夫婦に苦労する話です。白石を愛しすぎている藍沢と、それが気に入らないしっかり者の娘をかきたかったのですが、やはり上手くかけませんでした。娘のキャラは、気にしないようにしてください。少しやりすぎたかもです。シリーズとしていますが、この話だけで終わるかも知れません。誤字は後々修正します。

藍沢捺華の父懲らしめ作戦

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　遠くて近い、お空の向こう。 　世界の端っこのようにどこまでも遠く、近所の空き地のようにすぐそこにある、けれどどこからも隔絶された不思議なお庭に、女神様がおりました。 　女神様はこの宇宙に生まれるすべての魔法少女を見守り祈りを導く、とても尊い神様で、いつも分け隔てのない、静かで穏やかな笑みをその優しい口元にたたえておられました。 　魔法の神様のこの女神様には、時間も空間も関係がありませんでした。 　だからどこにいてもなにがあっても、女神様は必ず魔法少女の最期の時にはお越しになられて、彼女たちの宝石のような魂の輝きを胸に抱き、悲しみも憎しみもない、素敵なお国へ導いてくださるのでした。ですから、魔法少女たちは安心して自らの魂の輝きを信じたまま、己の祈りにその生命を捧げることができておりました。 　ですが、いつからか、女神様のそのお姿は魔法少女の前からぱたりと消えてしまいました。しかもあろうことか、魔法少女たちでさえも太陽や星のように当たり前にそれまで存在していた女神様のことを、ある時もうすっかりと忘れてしまったのです。 　それはまるで呪いのようでした。 　欲の深いわるい悪魔がやってきて、女神様を捕まえて、自分のお庭に連れ去ってしまったのです。 　女神様は、幽閉された当初、とてもお心を痛めておられました。悲しむ女神様に、悪魔はたいへん気の毒そうな顔をして、女神様を慰めようとせっせといろんなものを女神さまに与えていきました。 　この鏡も、その一つでした。 　すべての宇宙、すべての世界、あり得た過去も起こり得る未来もすべてに通じる、魔法の鏡でした。幽閉されてもこれがあれば、外の世界をいつでも見ることができました。 　心優しく麗しい女神様は、自分のいない世界で戦う魔法少女たちに、それでも変わらずに分け隔てのない、静かで穏やかな笑みを浮か―――― 「あああああああああああああああああっ！！！！」 　――――べる理性なんてものはこの宇宙が始まる最初からどこにもなかったのかもしれませんでした。 「ほむらちゃん！！　ほむらちゃんだ！！！　ほむらちゃんだよほむらちゃん！！！」 　すっかり秩序が崩壊したような黄色い声で絶叫する女神様に、 　 「どうかしたの？　まどか」 　名前を呼ばれた悪魔がひょっこり顔を出しました。 　不思議そうに首を傾げながら、悪魔はエプロンで濡れた手を拭きました。夕飯のお皿をちょうど洗い終えたところだったのです。 　キッチンの流しはぴかぴか輝いて、さっきまでそこに立っていた悪魔の几帳面で真面目な性格を表していました。その隣のクッキングヒーターのお鍋には、夕飯のクリームシチューの残りがもう食べないの？と言わんばかりにおいしそうな匂いでこちらを誘っています。食器棚には色違いのお揃いのカップ、ハート型のグラタン皿なんかも違和感なく置かれています。女神様のために悪魔がしつらえた銀のお庭はなんだかとっても所帯染みていました。 　「お茶でも飲む？」と悪魔が女神様を見ると、女神様は魔法の鏡にかじりついてはしゃいでいました。 「ぴゃああああ！！！」「かわいい！かわいいよぅ！！」「最高すぎるよぅ！！！」 　と、女神様は我を忘れています。顔の筋肉も忘れたようにでれでれしています。 　女神様が初めて女神様になった時もそれなりにはしゃぎましたが、その比ではないくらいはしゃぎきっています。 「何か見えたの？」 「これ！！！　みてほむらちゃん！！！　これだよこれ！！！！」 　悪魔がほむっとした顔で女神様の隣にしゃがみこんで魔法の鏡を覗き込みますと、 「…………これ、は…」 　ぴしり、と悪魔の身体は硬直しました。 　そこに映っていたのは、どこかの世界の海浜のビーチ。 　青い空、青い海、白い砂浜、真夏の太陽。ビーチバレーにビーチパラソル。サマーバケーション溢れる波打ち際で、若い女の子たちが思い思いに楽しむ、その中で。画面いっぱいに映し出されていたそれは。 　可愛らしいフリルのついた水着を着た、長い黒髪の小柄な女の子で。病的なくらい肌が白くて、日傘を持って、サンダルを履いた、メガネで、三つ編みな、それは、 「ほむらちゃんだよぅうううううううッしゃあああああ！！！」 　歓喜のガッツポーズで女神様が雄叫びをあげました。 「嘘でしょ…」 　悪魔が愕然と力なく呟きました。 　この世の楽園を見つけたとばかりに目を輝かせる女神様とは対照的に、この世の地獄を見せつけられたとばかりに悪魔の目から光が消えています。 　それはとある世界にいる、もう一人の自分でした。ここにいる悪魔とは同じであって同じじゃない、同じじゃなくても全く同じ『暁美ほむら』その人に違いありません。 「何やってるの、私」 　魂が抜けたような声で白目をむく悪魔の傍らで、女神様はたまらないとばかりにじたばたと身体をくねらせて悶絶しています。 　鏡の中からは「えと…これ…どうかな？鹿目さん…」と恥ずかしそうにメガネ越しに上目遣いで顔を赤らめる自分の高い声が聞こえました。 「はあああーーーっ鹿目さん呼びいただきましたあああああああっ！！！」 　女神様の吐息の絶叫が悪魔の鼓膜を突き破りましたが、悪魔はすでに瀕死の状態でした。 　何せメガネで三つ編みの情けない自分は今の悪魔にとっては『闇に葬り去りたい黒歴史』第一位に輝いているのですから。 　そんな自分がまさか、水着デビューだなんて。 　悪魔は羞恥に死にそうなほどメンタルに深手を負っていました。 　いっそ死にたい召されたい。 「んもぉ〜〜〜〜可愛すぎるようほむらちゃん最高だよぅ！！　可愛い！！　可愛すぎ！！！！　ここ、ここのフリルのボリュームがほむらちゃんの慎ましやかでプリティな胸を際立たせて、ペラってめくりたくなっちゃうなって！」 「あなたに言われたくないわよ、まどか」 　死んだような目でひとりごちた悪魔の絶望声が、その薄い胸の上に引っかかることもなくすとんっと落ちました。 　女神様は何も聴こえませんとばかりに鼻息を荒くさせて叫びます。 「可愛い！！！　可愛いよ！！！　この世の天使だよぅ！！　ンもう可愛いねって褒めて褒めちぎって撫でて撫でて撫であげたい！！！　『上から下まで』ね！！！」 　鼻息荒く…というよりも呼吸が荒い。はあはあと乱れる呼吸に、何かとてつもない動物的な濃ゆい欲求が凝縮されています。 悪魔は、頭が痛くなりました。鏡の中では、水着姿の自分が釣竿を持って「釣れましたぁ」なんて高い声で微笑んでいます。身悶えてる女神様を見ながら、 　なんて大物を釣っちゃったのよ、と悪魔は内心穏やかではありません。 　女神様釣りあげちゃってるじゃないの、私。あの青魚だけで十分でしょうに。 　悪魔は自分のことが大嫌いでしたが、女神様が嬉々として鏡の中の自分をしきりに可愛いと言われるので、自分がこそばゆいやら妬ましいやらで、何やらフクザツな心持ちです。 「まったく…」 　呆れたように悪魔はため息をつきました。 　それから悪魔は、くすり、と小さく苦笑します。 「『人』らしくなっちゃって」 　悪魔は困ったように、けれど穏やかに表情を緩ませました。 　ここにきた当初の女神様は、戸惑うばかりでこんなにくるくると表情を変えることなんてありませんでした。 　何が楽しいことなのか、女神様はちっともわからなかったのです。 　『魔法少女を救う喜び』と『魔法少女を救えない悲しみ』。 　使命感からくるこの二つの気持ち以外、女神様には何一つ持っていませんでした。 　魔法少女を救うという願いを使命に生まれた女神様は、人を捨て、ただのシステムとしてこの宇宙に固定されていました。それは誰一人として女神様を認識することのできない世界。確かに『いる』のに、彼女がそこに『いない』世界。 　そんな世界にたった一人残された悪魔は、それが悲しくて悔しくてなりませんでした。 　ただ生きていて欲しい。 　魔法少女のために全てを捨てた優しい少女が、人として普通に暮らして幸せになって欲しい。 　悪魔のそのささやかな願いは、ある意味世界を呪いで包んだのかもしれません。 　それは間違いだと非難されるでしょう。断罪されることでしょう。 　けれど―――― 「はあ〜……、すき…」 　うっとりとした声で、鏡に向かって女神様が甘い春のような吐息を、ほぅっとつきました。 　その顔を見て、幸せそうに頬を緩ませる女神様を見て、一体誰が非難できるでしょう。 　ただ微笑みを浮かべ魔法少女たちを迎えに行くだけだった女神様が、息を吹き返したようにそのお心を弾ませて、普通の女の子がするように、当たり前の幸せを胸いっぱいに満たしている。 　それの何が間違いだというのでしょう。 　女神様は女神になってから、もうすっかり忘れてしまっていた大切な感情を悪魔に出会って思い出したのです。 　誰かを『好きになる』という幸せを。 　――――それがまさか自分に向けられるだなんて、思いもしなかったけれど。 　悪魔は苦笑します。 　悪魔としては、奪ったまどかの人としての記憶を世界に組み入れた後、女神様も感情を取り戻したら人として『鹿目まどか』にそっと還すつもりでいました。 　たった一人だけ世界から取り残される辛さを悪魔は嫌という程わかっていましたから、ただのシステムような女神様さえ、ひとりぼっちになんてしたくはなかったのです。だから悪魔は世界を引き裂いたあと、女神様のお側になるべくいて、寂しくないよう気にかけました。まどかの好きなものなら悪魔はなんだって知っていたので、美味しいケーキやお茶や、本や花や猫のぬいぐるみなど、あの手この手でせっせと女神様を介抱していました。 　女神様が感情を取り戻してからは、悪魔はひととして平凡に暮らすまどかの元へそっと還そうとしましたが、女神様は悪魔から離れたくないとなんと悪魔に駄々をこねて見せたのです。 　初めて自分の気持ちを他者にぶつけた女神様に悪魔はとても驚いて、そうして押し切られるように付き合い始めたのは、遠い昔のような、つい最近のことのような。 　まあ二人きりだし、仕方ないことだったかもしれないけれど…。 　自己評価が低く、他人の好意にたいそう鈍い悪魔はそう思いました。 　けれど女神様は、違いました。 　だいたい全部悪魔のせいなのです。 　女神様をこんなにわがままで欲しがり屋さんで、欲深くしたのは。 　だけど欲しがっても仕方ありません。ひとりきりだった女神様に感情を吹き込んで、甘いことも苦いことも、二人だけの秘密のいけないことも、全部教えてくれて、神様の全てを受け入れてくれたのは。 　他でもない悪魔なのですから。 　だから女神様は悪魔のことを好きになりました。 　といっても、女神様は女神になる前から、そうして女神になってからも、悪魔のことがずっと前から大好きだったのです。 　女神様の、『鹿目まどか』の心に最後まで残っていたのは、自分の『最高の友達』。 　暁美ほむらだからこそ、まどかは彼女のことを好きになったのです。 　神様になろうと人であろうと、その本質は何一つとして変わりがないのです。 　そう。 　全く変わりがないので、 　バァンッ！！ 　銀のお庭にある大きな窓が、勢いよく開け放たれました。 　悪魔ががんじがらめにリボンで巻いた窓でしたが、そんなものは最初からなかったかのように窓は全開に開けられました。 　そうして次の瞬間、ダン！　という大きな足音が響き渡りました。 　もう辛抱たまらんとばかりに、銀のお庭にある唯一の窓に女神様がそのおみ足をかけたのです。 「まどかァ！！？　待って！　ねえ待って！？」 　悪魔の焦った声があがりました。 　窓の向こうへ身を乗り出そうとする女神様を、後ろから必死に羽交い締めしています。 「離してほむらちゃん！！　私は行かなきゃならないのーっ！！」 　ぐぐぐぐ、と窓枠に手までついて外へ出ようとする女神様を、ぎぎぎぎと悪魔は踏み止めようと全力で引っ張ります。 「だって水着だよ！！？　あのメガネなほむらちゃんが私に向かって水着で誘ってるんだよ！？　私が行かなきゃ誰がイくっていうの！！！」 「ちょっそんな恥ずかしいこと大きな声で言わないで！？」 「…ほむらちゃんがベッドで私にたくさん言わせてきたことに比べたら、こんなことどうってことないんじゃないかなって」 「突然そこで冷静にならないで！？　あっあなただって喜んでたじゃない！？」 「だ、だってほむらちゃんそういうと興奮するんだもん！　嬉しくなってそれは私も言っちゃうんじゃないかなって！　だっ、だいたいずるいよ！　ほむらちゃんはいろんな時間軸でいろんな私といろんなチョメチョメしてきたんでしょ！！？　私自身は神様になっちゃったから、そういう世界線は『視た』けど実際に『触って』ないんだよ！？　むしろ嗅いですらいないんだよ！？　ずるいよ！　こんなのってないよ！　あんまりだよ！！　私だっていじらしくて初々しいほむらちゃんが私の下で『か、かなめしゃぁん…』ってすすり泣く姿をこの目でこの手で生の肌で感じたい！！」 　血走った目で血迷ったことを宣う女神様。 　静かに微笑みを浮かべる、宇宙の概念であったかつての女神様の姿は、そこにはありませんでした。 　もともと女神様は、暁美ほむらのことが大好きだったのです。それが人としての感情の息を吹き返し、完全に覚醒した女神様は、もはや邪神。 「やっと見つけた…！　私の理想的な世界を…っ！　私（女神）が降臨しても世界の法則に支障をきたさない世界…ッ！　メガネで三つ編みで敬語でなにもこじれてない純粋無垢な無印のほむらちゃんを私が…ッ、私がこの手で……ウェヒ、ウェヒヒヒヒヒッ…！！」 　女神様は特徴的な笑い声をあげました。 　魔法少女になろうと神様になろうと悪魔になろうと、願った人物自体の本質はどうやらそう簡単に変わるものではないようです。 　本質は変わるものではありませんが、ここまでこじれると変質はするようです。 　素晴らしい日本の言葉で、人はそれを「変質者」といいます。 「この時を、待ってた…！　来る日も来る日もほむらちゃん（悪魔）の目を盗んで私（女神）が登場しても無印ほむらちゃん（※無印：誰もツバをつけてない綺麗なメガネほむらちゃ）をもぐもぐぺろぺろ食べれr…共存できる世界を！！」 　女神様の告白に、悪魔は不可視の雷に打たれたような衝撃を感じました。 　魔法の鏡を使って自分好みの世界を探す女神様の姿を思い浮かべて見ます。まさにネットサーフィンの要領のそれでした。 　神様となるとやることが違います。 　それでも何と言っても神様です。 　神様ともなると、ヤることも違う。 　きっとやばい。絶対やばい。 「やめてまどか！！！　それ私（メガほむ）がもたないやつ！！！！」 　悪魔は耳だけは真っ赤にサーッと顔を青褪めました。自分（メガネで水着を着て無防備すぎる頭の痛い自分）がナニをされるかわかったものではありません。 　 「やめてーっ、まどか、だめよ！　どこにも行かないでーっ！」 「離してよほむらちゃんーっ！　それにほむらちゃんだって好きな人のものなら、なんでも欲しいでしょ？」 「う“、」 　その言葉に、悪魔はぐっとなんとも言えない顔になりました。 何せ悪魔は好きな人その人自体をいままさに監禁しちゃってる、宇宙史上最強のこじらせっぷりなのですから。 もはやぐぅの音も出ません。 「っ、……わかったわ、そこまでいうなら仕方ない。―――まどか」 　突然悪魔に低い声で呼ばれた女神様は、ピタリ、と暴れるのをやめました。 　後ろからとてつもない力の気配を感じ、窓枠に手も片足もかけたまま、恐る恐る女神様が振り返りました。 　そこには翼を広げた悪魔が、おぞましい色の力を体に纏わせて立っていました。 　ギラリ、と悪魔の紅い目が怪しく光ります。 　膨大な力の奔流に、女神様はゴクリと唾を飲み込みました。 「穏便に済ませたかったんだけど、聞き分けならない神様には躾が必要よねえ…？　さあ、女神様？―――その先を行くのなら、この悪魔を倒してみせてからにして頂戴！」 　ばさり！　と翼を大きく広げ、悪魔は艶然と笑みを浮かべてみせました。 　慄く女神に、まさに最終戦のラスボスのような風格でリンと悪魔らしく唇を歪めていた悪魔でしたが、次の瞬間にはチーンと白目を剥いてぐったり身体を横たえていました。時折ぴくぴくとなにも身につけていない身体が痙攣するようにかすかに動いています。真っ白な身体には無数の赤い跡が散らばり、シーツの上はそれはそれはここでは表記し難いチョメチョメの激しい攻防戦が繰り広げられた形跡が虚しく残っていました。 　開け放たれた窓のカーテンが、ゆらゆら揺れています。 　いろいろ絞り尽くされて精も魂も尽きた悪魔のすぐそこには、「ちょっとだけ！　ほんとにちょっとだけ！！　先っぽだけだから！！」なんて書き置きがーーーーーーー 　こうして女神様は、その翼を広げ、下界へとお越しになられます。 　一切の秩序を棚に上げ、まっすぐであたたかな金色の眼差しに期待と痴態と私利私欲で胸をいっぱいにさせて、ウワサが蔓延る不思議な世界の魔女狩り（もといほむ狩り）へ――――。 「待たせちゃって、ごめんね！」 　ツヤツヤしたお顔でニコニコと女神様はお出かけになられたのでした。

■　※注意：女神（の皮を被った邪神）様が暴徒と化してるよ！全てを許せる心の広いお友達向け…！<br /><br />■　公式のアルまど様降臨に気が違っていたのは私だけじゃない。私だけじゃない…はず。<br />　<br />　すこしでもたのしんでもらえたらさいわいです。

銀のお庭の脱走前夜

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伊達さんへの挨拶 家族になる約束をした数日後、忙しい零さんが仕事の合間を縫って予定をつけ、家族みんなで彼らのもう一人の大事な友人である伊達さんの家にお邪魔していた。 チャイムを鳴らして伊達さんが出迎えてくれて、私たち家族と一緒に零さんがいることに大きく目を見開いて、パチリと瞬きして。 そして、うちの子達の得意気な顔を見て納得した表情になり、玄関先から一歩前に踏み出し、零さんの肩をポン、と叩いた。 「ーーよう、久し振りだな、降谷」 「…そうだな、伊達。連絡を返せなくて悪かった」 「なに、元々ダメ元だったからな。気にすんな…お疲れさん」 ばつの悪そうな表情をする零さんに、伊達さんはニカリと笑ってバシバシと背中を叩き、それから私たち家族を家の中に通してくれたのだった。 伊達航視点 和泉さんや小さくなった同期達がナタリーや娘と楽しげに過ごしているのを眺めながら、少し離れた場所にあるテーブルの椅子に座って向かい合い、降谷と色々な事を話した。 俺からは主に結婚や子供が産まれた事の報告、そしてあいつらとどんな関わり方をしていたか。 降谷からは主にこいつが今まで何をしていたかを当たり障りなく、そしてこれからの俺との関わり方や、あいつらの正体につい最近気付いたとの報告などでーー、 「そうか…、伊達は自力で…気付いたのか…、そうか…」 「まあ、俺には結構ヒント与えられてたしな、11月7日の事件の際に」 「…はは、うん…ヒントな…ハハ…」 何故か遠い目をして乾いた笑いを零した降谷に内心首を傾げつつ、喋り続けて乾いた喉を潤す為に、ナタリーが用意してくれた飲み物に口を付け、 「ところで、どうして和泉さんとこ一家に付き添いされて来たんだ？」 何気なく聞いた言葉に対して、降谷がきゅっと表情を引き締めた。 そして。 「ーー報告があってな。…彩」 俺達の会話の邪魔にならないようにリビングの反対側で過ごしていた和泉さんに声を掛け、敬称のないその呼び方にん？と思えば、 同期達やナタリーに一声掛け、それからこちらに向かって来た和泉さんが降谷の元まで近寄り、寄り添う２人の距離の近さに完全に把握までは出来なかったものの、どこか察する事ができてーー、 「ーー俺たち、結婚する事にしたんだ」 「伊達さんに一番に報告しようって、みんなで決めまして」 照れたように告げた２人と、その報告の内容の嬉しさに、一瞬息を詰めて、こんな嬉しいことはないと、緩む顔を抑えられないまま。 「そうか、おめでとう」 大事な同期で仲間だと思い合っていた５人の内、半数以上が死んでしまったにも関わらず、今こうして全員が確かに幸せだと思える状況に立っている事が、 奇跡のようだと密かに思ったのだった。 幸せの滲んだ照れた顔のまま、ふと降谷が紙袋から封筒を取り出し、さらにそこから見覚えのある…二年ほど前に俺も書いた記憶のある一枚の書類を俺へと渡してきた。 「…あと、その、婚姻届の俺の証人欄を、お前に書いてほしくて」 ………、 ………………、 思わぬ頼みにグシャグシャと頭をかき、それでも収まらない気持ちに片手で目を覆って天を仰ぎながら深く溜め息をついてから、 「……あ゛ーーーくそっ！いいぜ名前くらい書いてやるから婚姻届でも誓約書でも借用書でも何でも持って来いってんだ！」 照れてしまった自分が恥ずかしくて、半分叫ぶように証人として名前を書く事を了承したのだった。 結婚報告にきた友人 同期達の正体に自力で気付いた友人に、さらに自信がゴリッと減った。自分の証人欄を頼む相手は伊達しかいないな、と思って報告がてら実行した。 証人になった友人 仲の良かった全員が自分の家に集った事に改めて奇跡を感じた。友人からの報告に嬉しい気分でいた所にオーバーキルを食らい、そういう所だぞ降谷ァッ！と内心叫んだ。 [newpage]毛利先生への挨拶 １ヶ月前まではいつも通っていたポアロを何だか懐かしく思いながら、そこにうちの子達だけで待ってもらい、私と零さんは二階の探偵事務所へと続く階段を上った。 コンコンとノックし、どうぞと言う声に扉を開いてーー、 「毛利先生、ご無沙汰しております」 「…彩ちゃんと…おま、安室くん？」 事務所の奥のデスクの向こう、新聞を読んでいたらしい毛利先生が久し振りに見た元弟子の姿に驚いたような顔をしたところに、 「ーー警察庁警備局警備企画課所属、降谷零と申します。…捜査の為とは言え、今まで身分を偽っていて申し訳ありませんでした」 「は………？」 腰をしっかりと曲げてきっちりと頭を下げて謝罪と名乗り直しをした零さんに、しばらく理解が追いついていないのだろう沈黙が続いて、そして。 「…ハアアアアアア！？！？！」 先生の渾身の大絶叫が事務所内に留まらず、一階のポアロにまで響きわたったのだった。 まず最初に嘘を疑った毛利先生が零さんに身分証明を求め、もちろんちゃんと懐から警察手帳が出てきた事に二度目の絶叫が生まれ、オーバーリアクションを取った毛利先生の肘がデスクの上の書類の山にぶつかって雪崩を起こし、散らばった紙を3人で慌てて拾い集めーー、 「ったく、驚かせやがって…あむ、降谷くん」 ようやく落ち着いた毛利先生と事務所のソファに向かい合って座り、あはは、すみません。と苦笑を浮かべる零さんの横で私も同じような表情を浮かべた。 「ところで、なんで彩ちゃんが付き添ってるんだ？」 当然疑問に思うだろう事への質問に、緊張でゴクリとつばを飲み込んだ。それから小さく深呼吸をして、零さんと一緒に真剣な眼差しで真っ直ぐ毛利先生を見つめて、 「彩さんとの、結婚のご報告に伺いました」 「それと、あの…婚姻届の私の証人欄、毛利先生に書いて貰いたいんです」 両親を亡くしたあの日から、ずっとお世話になってきた先生たちに、まるで親代わりの様に接してくれた先生に、どうしても証人となってほしかったのだ。 …その事を零さんに相談すれば、正体を明かさなくてはいけないのにも関わらず快諾してくれて、 私たちの言葉に、ポカンとしていた毛利先生の表情が徐々に喜びに染まっていく様子をくすぐったい気持ちで見つめた。 そして、 「ーーそうかそうか！おめでとう、彩ちゃん！…それに、降谷くんも」 まるで身内に対するような喜び方でお祝いの言葉をくれた毛利先生に、本当に周りの人にも恵まれたなあと改めて自分の幸せを実感して、 「…ありがとうございます、せんせい、」 少しだけ泣きそうになりながら返したのだった。 「…さーて！降谷くん！今晩暇か？」 婚姻届けへの記入を終えた毛利先生が、ニヤリと笑みを浮かべながら零さんを見た。それに対して零さんがえ、はい。仕事は抜けられますが…？と答えると、よぉし！と機嫌よく手を叩いて立ち上がり、 「じゃあ飲みに行くぞ！俺はお前のことを安室くんとしてしか知らねぇからな、一度腹割って話そうじゃねーか！この毛利小五郎が結婚生活のコツってのを伝授してやるよ！」 「あ、あはは…ありがとうございます…？」 妃先生とは不仲な訳じゃなくても、絶賛別居中の毛利先生からいったいどんなコツが語られるのだろうか…。きっと私が考えている事と同じ感想を抱いてしまって乾いた笑いを漏らしている零さんを眺め、ふふ…と小さく笑えば、零さんの肩に腕を回していた毛利先生がクルリとこちらを振り返って、 「つーわけで彩ちゃん、一晩旦那借りるな。それから、改めて結婚おめでとう。 …安心したぜ」 「っ、あり、がとうございます…」 「おー」 …ほんとうに、ほんとうに。 ありがとうございます。 溢れ出しそうになる涙にそっと目を閉じて、8年もの間お世話になった妃先生と毛利先生との記憶を瞼の裏で思い返すのだった。 結婚報告に来た娘のような存在 私にもう一度家族が出来たのは本当に毛利先生達のおかげだなぁと改めて感じた。お父さんと呼ぶことはないけれど、きっと似た存在としてずっと慕っていく。 証人になった父親のような存在 最初出会った時は今の蘭と同年代だったな…。女の子の成長は早いもんだ。この後降谷さんとのさし飲みで口酸っぱくあの子を泣かせるなよと言い聞かせる良きパパンポジション。 [newpage]降谷研二視点 後は提出するばかりになった婚姻届を目の前にして、自信なさげな表情でポツリと降谷が呟いた。 「…今更だが、お前たち降谷姓に変わること、嫌じゃないか…？」 パチリと目を瞬かせ、それから３人で顔を見合わせ、ふはっと笑ってから、基本的に自信満々な癖に変なところで臆病になる友人兼家族兼父親へのフォローを始めたのだった。 「なんだよ今更、別に嫌じゃないって。家族になるんだ、同じ苗字になるのは当たり前だろ」 「そーそ、降谷って響きも漢字も割と格好いいし、きらいじゃねーよ」 「…そ、そうか…？」 俺と陣平の言葉に少し照れたような顔で首を傾げる降谷に、珍しく即座に景光がフォローに入らなかった事に気付き、不思議に思いつつそちらを見れば、 「ぜーろ、みてみて！書いてみた！ふるやひろみつって！」 白い紙に大きくひらがなで書かれた文字を満面の笑みで掲げていた。 「ん゛っ」 呻き声と共にゴッ、と机に降谷が沈み込んだ。今まで散々見慣れた光景だが、正体のネタばらしをした今となっては生温い視線でその様子を見守り、 「……っておいヒロ！もう正体知ってるんだから子供のフリはやめろ！気色悪い！」 「そう言う割にはちょっとキてたろー？こういうの好きだもんな？ぱぁぱ♡」 「お前ぇえ…！」 ついつい今までの調子でベビトラに引っかかった降谷が景光にギャンギャン文句を言う様子にハハ、呆れた笑いを零したのだった。 ピリリリリ キッチンで夕飯の用意をしていた彩の方から着信音が鳴り、何となく全員でそちらを向いた。 えっ！担当さんから…！と小さく慌てた彩は、濡れた手を急いで拭いて、スマホを耳に当てて、 「はい、和泉…あ、じゃなかった降谷です！…あっ違った、まだ報告してなかっーーや、やめてください担当さんっ、えっ、…あ、はい…えへへ…降谷になりました。改めて報告に伺います…はい、それじゃあ」 ………、 これは………、 通話が終わった頃には降谷は両手で顔を覆い、再び机に沈み込んでいた。自分の名前をあざとく書いていた景光も、見せびらかしていた紙をそっと手放し、俺たちと同じように生暖かい目で降谷を見つめ始め、 …やっぱり我が家で一番攻撃力があるのは彩だよなあ、と頬杖をつきながらしみじみ思ったのだった。 降谷姓になった転生組 長男次男は完全にベビトラを止めたけど、三男は幼馴染みの反応が楽しくてからかい半分で続けてる。でも最近は彩の言動に頻繁に震えてるから、なんかもう御馳走様と日々生暖かい目を送る事となる。 ちょっと不安だったお父さん 小さい同期達に嫌じゃないと言われてホッとして、幼馴染みのベビトラには未だにちょっと引っかかって、最終的には奥さんの言動に完全にトドメを刺された。多分その内電話口での「はい、降谷です」という台詞をこっそり録音したりする。 無自覚に萌え殺していくお母さん この後感極まった降谷さんにいっぱいギュッギュッされて戸惑う未来が待ってます。 お読みくださり感謝です！後日談第一段の婚姻届に関するアレコレでした～！彩は親がいないし、降谷さんも原作描写的に多分いないだろうから、せっかくなら証人欄はそれぞれ大事な人に…と思い書きました。(本当は妃先生も出したかったんだけど私がキャラを掴みきれてなくて無理だったんです～ごめんね英理さん…) 短いですが今回はこの辺りで～！書きたい後日談ありすぎてどこから書けばいいのかホント迷っちゃう…

幸せ家族化計画後日談1<br /><br />・伊達さんへの挨拶<br />・毛利先生への挨拶<br />・降谷姓についての小咄<br /><br />本編では大変お世話になりました！これからドンドン後日談を投稿していこうと思いますので、引き続きお楽しみ頂ければ幸いです！<br />2018.9.19<br />※スコッチの名前を本誌で明らかになった本名に修正しています。<br /><br />@Honwaka_S<br />ツイッターでネタとかいろいろ呟いてます～～

幸せ家族　後日談1

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スマートフォンのアラームが響き、私が目を覚ますと一緒に寝ていたはずの 彼が布団にはいなかった。 けれど、その理由はすぐにわかった。 食欲をそそる良い匂いが私の嗅覚に届き、彼が調理中なのだと気づいた。 正直、まだ布団の中に閉じこもっていたい気もしたけれど 一昨日、昨日と彼と一緒に眠れたことが私の心も体も温めてくれた。 だから、多少の寒さなど気にしてられないとバスルームへ行ってシャワーを浴びた。 下着を着けて部屋に戻ると既に布団は片付けられていて 卓袱台の上にはご飯とお味噌汁に焼き魚と和食が並べられていた。 「よっ、おはよーさん」 「おはよう、悪いわね・・・色々と気を使ってもらって」 「何・・・どうせ今は休みなんだ。せいぜいご奉仕させていただきますよ」 「ご奉仕って貴方・・・朝から私の体に何をする気なの？」とからかうと 「何もしねぇよっ！ってか、何考えてんだっ！」と慌てる彼が可愛いと思いつつ 「はいはい、そういうことにしておいてあげるから」と言って座ると 彼も黙って座ったけれど頬が赤く染まってたのは見逃してあげた。 私達は食事を終えると彼は食器を洗いに、私は出社するための身支度を整えた。 昨日よりは遅かったけれど、それでもいつもより早いペースで仕事に行けることが 何故かしらと疑問に思ったけれど乙女チックな答えしか浮かばず 柄じゃないとすぐに思考を切り替えた。 「それじゃ、行ってくるわね・・・博士がどうするかわからないけれど 　任せてしまっても良いかしら？」 「ああ、俺が面倒見るから気にすんな。仕事頑張れっと・・・忘れるところだった。 　ほら、これ持ってけよ」 ランチクロスに包まれた小さなお弁当を受け取ると嬉しいような恥ずかしいような 気持ちで心がいっぱいになった。 「あ、ありがとう・・・」 「何・・・気にすんな、俺がいるときぐらいはちゃんとした昼飯を食えよ」 「ええ・・・そう、ね」 私は今の感情を言葉でどう伝えればわからず、彼を抱き寄せて唇を重ねた。 「今・・・私、凄く幸せ」 「あぁ・・・俺もさ」 そう言って彼も私の腰に手を回してきて、しばらく互いの温もりを共有した。 [newpage] （どうしようかのぉ・・・このまま帰るべきじゃろうか？） ワシは迷っていた。 ワシは限られたお小遣いで生活している身の上で、一泊したこのホテル代も 新一に申告して、新一からもらったものじゃ。 （もともとはワシのお金なんじゃがのぉ・・・複雑な気分じゃ・・・） まるで新一が自分の母親のように管理してくることに辟易して 昨晩からず～っと悩んでいた。 （じゃが・・・帰ればポアロで安室君のワシ限定の料理が待っているだけじゃしのぉ） 「って、ワシ限定の料理って聞こえは良いが決して良いものじゃないからのっ！」 と、部屋で叫び声を上げた。 （ワシは誰に伝えようとしたんじゃろ・・・） そうして、ポアロでの食事と新一の食事を天秤にかけてスマートフォンをとると 「あ、もしもし、新一か？今から朝食を食べに行くからのぉ♪」と伝えた。 [newpage] 忙しい仕事を終えて彼に”これから帰るわ”とメールすると ”気をつけて帰って来い”と簡単な返事が返ってきた。 昨日も行った何でもないメールのやり取りだけれど、 こんな簡単なコミュニケーションでも幸せを感じれるのだと改めて実感した。 家の玄関前に着くと既に夕食の良い匂いが漂っていて、家の中から 「新一、ワシはお腹ペコペコなんじゃ・・・もう食べてもいいじゃろ？」と 博士の声が聞こえてきた。 （意地悪しても博士が可哀想だし・・・というか私が寒いだけだしね） 私は鍵を開けて家に入ると明かりのついた家に帰ってくる喜びを感じた瞬間 「おかえり」と彼と博士から声をかけられた。 「ただいま、遅くなってごめんなさいね」 「何、夕飯も今出来たところさ」 「そうなの？博士のおねだりが玄関の外まで聞こえていたけれど」 「やっぱりか・・・博士は声が大きいからなぁ・・・。 　またお隣さんが怒ってくるぞ、気をつけろよな」 「うっ・・・何か言い返したいが何も言えない自分が不甲斐ないわい・・・」 シュンとなっている博士を余所に「お弁当、とても美味しかったわ」と 彼に空になった箱を渡すと彼は笑顔で受け取った。 「何か食べたいものがあればリクエストしてくれて良いからな」 「ええ・・・わかったわ。 　でも、貴方が調理してくれたものならどんなものでも嬉しいし 　美味しいのだけど・・・」 私達が二人の世界に浸っている最中、博士が割り込んできた。 「リクエストして良いのか？！ワシ、肉食べたい！肉、肉、にくぅぅぅっ！」 「博士には言ってねぇよ、ほら飯にしようぜ」 彼の一声で小さな卓袱台を三人で囲って温かくも美味しい夕食を私は堪能した。 [newpage] 夕食後、博士がホテルに帰り、私がお風呂に入って上がると彼が声をかけてきた。 「そういえば、志保宛に切手の貼ってない、差出人不明の封筒が送られてきたぞ」 「切手の貼ってない・・・差出人不明？」 「封筒の厚さからしてカミソリとかは入ってなさそうだけど・・・ 　どうすんだ？」 「気持ち悪いわね・・・燃やした方が良いかしら？」 私の言葉に彼は苦笑いを浮かべて「そこまでするか？」とたずねてきた。 「触ったのは工藤君だけかしら？」 「ああ、博士には触らせてないけど・・・」 「指紋を採取してみるわ」 「えぇっ？！博士の家ならともかくここで出来るのか？」 「ええ・・・部長の件があってから自分の甘さに気づいたの。 　備えあれば憂いなし・・・ってね」 「アハハハ・・・たくましいな・・・色々な意味で」 私は彼の感想には耳を向けず手袋をはめると彼から封筒を受け取って 指紋チェックの準備を始めた。

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Paramore LXXXI

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　いつもは人々が忙しなく通り過ぎていく街の雑踏が姿を変える。 　日の暮れかかった藍と橙の入り混じった空、夏の夜は短い。 　通りには屋台が並び、屋台に挟まれて出来た通路に密集した人々は、毎日の慌ただしさなんて嘘みたいにのんびりとしたペースで屋台を楽しんでいる。 　開けたスペースにあるステージでは、なんらかの催し物があっているのだろう。司会者の音声は至る所に設置されているスピーカーから流れているが、ガヤガヤと賑わっているこの人ゴミの中ではあまり意味を為していない。 『ここで迷子のお知らせをします。白地に朝顔の模様の入った浴衣を着た５歳の女の子をご両親が探しています……』 　こういった人が集うイベントでは恒例の迷子の放送を聞き、オレは握る手に力を込めた。強く握ったのはオレの手じゃない。数十分前からオレと繋がれている、オレよりほんの少しだけ小さい――灰原の手だ。 　身長はさほど変わらない、むしろ灰原のほうが若干高いくらいなのに手はオレのほうがちょっとだけ大きいのは、やっぱりコイツは女でオレは男なんだと実感する。 「……ちょっと痛いんだけど」 「オメーも迷子になったら困るだろ」 「ならないわよ。いくつだと思ってんの？」 「７歳……８歳か？　白地に朝顔の模様の入った浴衣だってよ。オメーのことじゃね？」 　隣を歩く灰原にちらりと目を配る。 　白地に大きめな朝顔の柄の浴衣。幼い子供が付ける[[rb:兵児帯 > へこおび]]でなく、ちゃんとした青緑の帯のせいか、普段より大人っぽく思えた。頭には、朝顔と同じ色の髪飾りまでつけて。 　正直、見た瞬間「可愛い」と思ってしまったことは否定しない。いまだって、実はしっかりと凝視できずにいる。 『あ！　女の子見つかりました！　良かったですね～。皆様ご協力ありがとうございました～！　では、続きまして……』 　再び流れてきた放送に「……どうやら私じゃなかったようね」と灰原はすぐさま皮肉を漏らす。 「でも、見つかって良かった」 　しずしずとそう呟いた灰原に「ああ」とだけ答えて、オレたちは人々の合間をすり抜けていく。 　繋いだ手はそのままに。 　[chapter:　夏の想い出] 『ちょっとお願いがあるんだけど』 　昨日の夜、灰原は電話口でそう告げた。 　オレが灰原に調べものの”お願い”をすることは多々あれど、灰原のほうから”お願い”なんてそうあることではない。だからなんとなく身構えて「なんだよ」と返した。 『明日、杯戸町でお祭りがあるじゃない？』 「ああ、大通りを通行止めにするヤツか」 『それに、一緒に行ってほしいの』 「……別になんも予定はねーけど、でもアイツらいまいねーだろ」 　アイツら、とは言わずもがな少年探偵団のことだ。 　ちょうどお盆にあたるいま、それぞれおばあちゃんの家に行ったり、親の休みの都合に合わせて旅行に行ったりとしばらく米花町にはいないと言っていた。 　アイツらがいないってのに祭りなんて行ったって……と思っていたところで、灰原は続けて喋り始めた。 『……できれば、あなたとふたりで行きたいの』 「……ふぇ！？」 　思わず変な声が出るのも致し方ないだろう。だって、歩美ならまだしも灰原からそんなこと言われるだなんて予想外にもほどがある。次に、これはなにか裏があるのでは……と考えてしまった。それくらい意外性があった言葉だったのだ。 『……ダメかしら……ダメなら別に』 　スマホから聴こえてくる声をしおらしく感じて「い、いや、ダメじゃねーよ！」と矢継早に答えていた。 　いま思えば、このときの灰原はどんな顔をしていたのだろうか。 　翌日祭りに行くことを蘭に伝えると、蘭は「ちょうど良かった！」と輝く笑顔を見せ、一枚の甚平を取り出した。 「最近浴衣買ったんだけどね、そのときに子供用の甚平売ってるの見かけて！　思わず買っちゃったんだ。明日これ着ていきなよ！」 　半ば押しつけられ、断ることも出来ずにオレは本日甚平を来て灰原を迎えに行くことになったのだ。 ＊＊＊ 「あ、みてみてあの子たち！　ふたりで手ぇつないで可愛い～！」 「浴衣と甚平着てる～！　デートかな？」 「あの年でデートとかないでしょ！　そのへんに親とかいるって～！」 　蘭と同じ年頃くらいの女が数人、かき氷を食べながら騒いている。目線を感じるからたぶんオレたちのことを言っているのだろう。 「……あなたが甚平なんて着て来るから」 「んなこと言ったらオメーだって浴衣なんて着てくんなよ」 「……似合わなかったかしら……」 　ボソリと、聞こえるか聞こえないかギリギリの声量だったのに、オレの耳はバッチリとその音を拾ってしまった。ここに光彦でもいれば「そんなことないです、とても似合ってます！」と褒めていただろうし、歩美でもいれば「哀ちゃん可愛いよ！」と満面の笑みを浮かべていたであろうが、いまこの場にいるのはオレだけ。 　あーくそ。聴こえないふりをする手もあったのに、なぜかオレの中でその選択肢は存在しなかった。 「んなことねーよ！　……たまにはいんじゃねーの」 　馬子にも衣装っつーだろ。 　思わず出掛かった照れ隠しを言葉にしなかった自分を褒めてやりたい。 　そんなオレの精一杯に対し、灰原は無言を貫いた。オレは赤くなった顔を見られたくなくて、並ぶ屋台を眺めた。目に映るものがなんの屋台なのかさえよく把握できないまま、繋がれた手と火照った顔の熱を感じていた。 　しばらく歩いて、遊歩道がある公園にたどり着いた。いくつか点在しているベンチに腰かけたいところだが、さすがに祭りとあって先客で埋まっていた。しょうがないから人気のまばらな階段に腰をおろし、屋台で買ったたこやきを袋から取り出す。 　パックを開けると、たっぷりのソースに少量のあおのりがかけられたつやつやのたこ焼き。馬鹿正直なオレの腹はぐぅと鳴った。なにせ、晩御飯は食べていないのだから、屋台から漂ってくる良い匂いでオレの腹は限界だったのだ。 「一緒に食べようぜ」 「……私は別に」 「腹へってねーの？」 「……ええ、そんなには」 「ふーん」 　付属のくしでたこ焼きを自分の口に運ぶ。正直、たこ焼き自体はそんな特別うまいってわけじゃない。ごく普通の、どこにでもあるたこ焼き。でも、屋台で買ったたこやきを祭りで食べる、ただそれだけのことで、たこ焼きの味は２倍にも３倍にも美味しく感じられるのだから不思議だ。 「オメー、やっぱ食ってみろよ、ほら」 　くしで掴み上げたたこ焼きをひとつ、灰原の口元に持っていく。 「絶対うまいから」 　半ば強引に押し当てると、食わざるをえない灰原は口を開けた。一口で食べるにはちょっと大きいそのひとつを灰原の口に押し込むと、灰原は熱かったのかはふはふと呼吸をしながら数度咀嚼して、ごくりと飲み込んだ。 「な、うまいだろ？」 　思わず笑顔で聞けば、灰原は「……たまにはこういうのも悪くないわね」とそっぽを向いた。 　たこ焼きを食べ終わり、行きとは別の通りに並んだ屋台を見て回る。 　定番のかき氷、わたがし、焼き鳥、とうもろこし、やきそば、からあげ、ポテト。屋台は食べ物だけじゃない。くじ引きや射的、金魚すくい。水笛やキラキラ光る玩具が売ってたりもする。灰原はなにを食べるでも買うでもなく、ただゆっくりと眺めて歩く。 　灰原が唯一足を止めたのは「電球ソーダ」なる、電球の形をした容器に入れられたジュースの屋台だった。底にライトが仕込んであるらしく、ライトで照らされたジュースが光って綺麗だ。さきほどから、変なジュース持ってるやつらがいるな、とは思っていたが、なるほどこれか。 　灰原があまりにじっと見つめるものだから「買うか？」と聞けば「結構よ」と返ってきた。 「見てたけど、かき氷のシロップをサイダーで割っただけなのね。だいたいの味の想像はつくわ。入れ物が物珍しいけど」 「……こういうのは味うんぬんより雰囲気だろ」 「そうね、吉田さんは喜びそう」 　ふふ、と灰原は笑うと「行きましょう」とオレに背を向けた。 　……なんだよその顔。 『吉田さんは喜びそう』 　そう灰原は微笑んだのだ。一瞬だったけど、とびきり柔らかく優しい笑み。 　祭りの空気のせいか、浴衣が醸し出す風情の影響か、歩美相手でも見たことないような表情に、オレの心臓はらしくなく早鐘を告げていた。 　一通り歩いて、屋台の一番端にたどり着く。陽はとっくに暮れていて、ポケットに突っ込んだスマホを見れば時刻は20時を過ぎていた。 「だいたい見終わっちゃったわね。そろそろ帰りましょうか」 「え、もういいのか？」 「ええ。あまり遅くなると迷子の案内どころか補導されちゃいそうだし」 「……言えてるな」 　つい乾いた笑いが漏れた。 　確かに、小学２年生のこどもがふたりきりで祭りに来ているのだから、いつそんな扱いを受けてもおかしくない。夜にこどもだけで外出すれば大人から声をかけられるし、最悪保護者に連絡が行く。この年のからだは、小回りが利いて便利なこともあるが、そういうところが不自由だ。 「でも、この不便さもいまだけよ」 「……え？」 　降ってきた声に顔をあげれば、灰原は笑っていた。どこか、物寂しげに。 「……灰原？」 「さ、帰りましょう。遅くなると、あなたの大切な[[rb:あのコ > ・・・]]が心配しちゃう」 　くるりと反転する灰原に「ちょっと待て！」と声をあげる。 「数分だけ、ここで待ってろ」 「え？」 「絶対動くなよ！」 　そう言い聞かせてオレはいま歩いてきた屋台の通りを走った。確かにそのへんにあったはず。……あ、あった！ 　目的のものを手に入れて、オレは再び駆ける。さっきは灰原とふたり、スローペースで歩んだ道を人混みを掻き分けながら全力で駆け抜けた。 「ほらよ！」 　灰原の元にたどり着き、オレはいましがた屋台で買ったものを差し出す。 「オメー、結局なんも買ってねーし。せっかく祭りに来たんだから、これくらいいいだろ」 　上がった息が整わないまま、灰原にそう告げた。 「でも」 「いいから！　こういうのは黙って受け取っとけ」 　つっけんどんに突き出すと、灰原はおずおず手を伸ばす。オレの手から受け取ったそれをまじまじと見つめて、小さく「綺麗」とこぼした。 「食っていいぞ」 　勧めてみたが、灰原は首を横に振った。 「勿体ないから、家でゆっくり食べるわ」 「……そっか」 　そう言われると悪い気はしない。 　灰原の頬がほんのり赤く見えるのは、祭り特有の橙の灯りのせいなのか、それとも、灰原が持っているリンゴ飴のせいかもしれない。 ・ ・ ・ 「……え？」 　翌日、オレはその一言を発してから言葉を失った。 　祭りのあと、灰原を送り届けたオレに灰原は言ったのだ。 「明日の朝、来て欲しい。大事な話があるから」と。 　そして、約束通り阿笠邸を訪れたオレを待っていた灰原の手には、ひとつのカプセル。 　それは、オレがあの日飲まされた、悪魔の薬の解毒薬。 「随分と待たせてしまってごめんなさいね。でも、ようやく完成したの。あなたはこれで、あなたの望む生活を送れることになる。あなたはもう、自由よ」 　オレはギリリと奥歯を噛み締めた。 　――ああ、だからか。だからおまえは…… 　灰原にとって、昨日の夜はなんだった？ 　思えば、昨日の灰原はどこかおかしかった。お得意の皮肉も控えめで、なにを食べるでもなく、買うでもなく。ゆったりとのんびりと並んで歩いた。 　まるで、あの祭りの景色を目に焼き付けるように。 　この不便さもいまだけ、そう言いながら、どこか寂しげだった顔。 　だいたい、オレとふたりで祭りに行きたいと言い出した時点でもうおかしい。 　思い出作りのつもりだったのか？ 　解毒薬を飲んで元の姿に戻ったら、もう関係ないとでも？ 　もしかしたら、どこか遠くの街や国に行くつもりか？ 　そもそも、灰原の手にある薬はひとつ。 　灰原は元の姿に戻らないのかもしれない。 　そんなことは、させない。 　いや、元に戻るとか戻らないとか、重要なのはそこじゃない。 　オレはあの祭りの夜を、ただの想い出として風化させるつもりなんてない。 「あのな灰原、オレが望むものは――」 　オレはこれからも……来年も、再来年だって[[rb:おまえと > ・・・・]]祭りに行きたいんだと伝えたら、灰原は素直に受け取ってくれるだろうか。

祭りの夜。<br />朝顔の浴衣を着た灰原とふたり――<br /><br />＊＊＊<br /><br />コナンパズルの浴衣イベントのあのカードがあまりに可愛くて可愛くて可愛くて……勢いで書いてしまいました。<br />あのコナンくん、哀ちゃん、そしてペアカード妄想が止まりません(笑)<br />でもパズルやカードを知らなくても読める内容です。<br /><br />※続きました→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10188713">novel/10188713</a></strong><br /><br />表紙はこちらからお借りしました→<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/68972664">illust/68972664</a></strong>

夏の想い出【コ哀】

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※※ATTENTION※※ きーちゃん（樹良）主催の曲シャッフル企画に参加させていただきました！ DCと刀剣のクロスオーバーです。 何でも許せる方向けです。 地雷の方は御自衛くださいませ。 先に謝ります。ごめんなさい、続きます。 ※女審神者の偽名が出ます。 よろしければどうぞ……! [newpage] 　その日は、雨が降っていた。 　冷たい水の滴が頬を伝う。それが雨なのか涙なのか、もうわからなくなっていた。ここで彼を待ってどのくらいの時間立ち尽くしていただろうか。 　 ――これが、最後だったのに。 　いつまでたっても、彼は来なかった。 ＊＊＊ 「……嫌な夢、見た」 　はあ、とため息を漏らす。 　なんで今更、あの日の夢なんて。と疑問に思えど、答えなんてわかり切っている。 「主、起きたー？」 「あー、うん。おはよう清光」 　障子の向こうから近侍であり、初期刀でもある清光の声が聞こえる。「入っていい？」と言う問いに「うん」と返すと、ガチャリと扉を開けて中に入ってきた。目をこする私の姿を見て少し意外そうな顔をした。 「珍しいね、主がこんな時間に起きるの。それに眠そうだし」 「うーん、ちょっと嫌な夢見ちゃって」 　時計を見ると、いつもより一時間は遅かった。 「げ、もうこんな時間！　今日の出陣予定は……って、ああ、今日はいいのか」 「まだ寝ぼけてんの？　ほら、顔洗って」 「うん、ありがと」 　清光に促され、洗面台へ向かう。 　いつも過ごしている本丸の和風な内装と違い、絨毯の敷かれている洋風のホテルに違和感を持った。 　……やっぱり、畳の方が落ち着くなあ。和室の旅館にしとけばよかったかも。 　洗面台の鏡に映る自分とにらめっこをし、ため息を漏らす。 ――もう二度と、現世に戻ってくるつもりもなかったんだけどなあ。 　そう、私は今、本丸ではなく現世……東都の米花町にあるホテルにいるのだ。 　その理由は、審神者である私に与えられた特別任務だ。 　特別手当が出るよと言う誘い文句とともに、時の政府から囮捜査をしてほしいとの要請があったのだ。 　きっかけは、米花町で起こった、歴史修正主義者による一般人への勧誘が報告されたことだった。 　米花町を一人で歩いていると、薄ら笑いを浮かべた人がどこからともなく現れて「歴史を修正しませんか」「変えたい過去はありませんか」と質問してくるのだと、まるで都市伝説化のような噂が流れているのだ。 　実際、過去にも同じような事例があったらしく、その歴史修正主義者を捕まえるために私が囮捜査をすることになったのだ。 　単なる噂であるに越したことはないのだが、事実ならば首謀者と繋がる手がかりを得られるかもしれない。 　何故、審神者である私が。そう思わないこともなかったけれど、どうやらあちらさんは霊力のある人間に狙いを定めているらしい。 　私が割と上位ランカーの審神者であり、優良本丸であると時の政府からもお墨付きだということで、なんと囮捜査の間の本丸運営は刀剣男士だけでも大きな問題は生じないだとかなんとかの判定をいただいた。私の本丸が認められているのは嬉しいけど違う、そうじゃないと思わずチベットスナギツネのような顔をしてしまった。 　加えて、もしもの時の為に結界を張ることや、時空の扉を開いて刀剣男士を現世にすぐに顕現させられる能力も認められてしまった。 　 　そして、決定打が一つ。 　なんと私、この米花町の出身なのです。 　しかも、審神者という職業が公になっていないがため、私の表向きの職業は東都内にある出版社で働いている編集者。コラムを書くために出身地の米花町でゆっくり過ごすという設定にしたらいいとかなんとか。いや、いいのかそれ。 こんなに囮にうってつけの人材は私しかいないと太鼓判を押されてしまった。解せぬ。 　流石に主不在の本丸はどうなのかと物申してみた所、やはりそう長くの囮捜査は時の政府としてもさせられないらしく、二週間との期限を言い渡された。 　されど二週間。長いわ！ 　我審神者ぞ！？　本丸の主ぞ！？ 　と思いながらも同じように話を聞いていた刀剣男子たちは「主の刀剣として誇らしいぜ！」やら「頑張れよ大将！」と、寧ろ賛成され背中を押されてしまった。 　どうやら刀剣男士としては「俺の主がこんなにすごい」と自慢できると捉えられたようで。 　長谷部なんて寂しがるかと思いきや「主不在の間、本丸はこの長谷部にお任せください」と輝いた笑顔を向けられてしまった。 　チクショウ！！　そんな顔をされたら行くしかないだろ！ 　そうして私は泣く泣く、もう二度と戻ることは無いと思っていた現世に舞い戻ってきてしまったのだ。護衛に一振り、顕現された状態で連れていくことができたので清光に泣きついた。「主一人じゃ不安だからね」と頭をなでながら笑って付いてきてくれたうちの初期刀世界一可愛いのにこんなに頼もしくてかっこいい。 　そして、現世で出歩く際は懐刀を忍ばせておくようにとのことだったので顕現を解いた乱も現世に連れていくことになった。 　と、そんなこんなで米花町にやってきた初日が今日なのだ。 　もうすでに気が重いよ……本丸が恋しい。もう二度とこの町の土を踏まない覚悟で審神者になったというのに。 　久々のベッドは寝心地が悪かった。本丸で過ごしているうちに随分と和風な暮らしになれてしまっていたようだ。 　二週間もこのホテル暮らしか……。旅館は流石に二週間も滞在するのはと思ってホテルにしたけれど、せめて和室のあるホテルにすればよかった。誰だよ、久々のベッドだ～とか言ってテンション上げたの。私だよ。寝心地が違いすぎて逆に落ち着かなかったよ。 　顔を洗って歯を磨き、清光のところへ向かうと、清光は机に地図を広げていた。米花町の地図だ。所々にマーカーが引かれている。 　私に気が付くと清光は「おかえり」と笑う。 「それで、今日はどうするの？」 「うーん、とりあえず一般人を装ってその辺をうろついてみるよ」 「主、本当に一人で大丈夫なの？」 「大丈夫大丈夫。乱もいるし、何かあったら真っ先に清光を呼ぶから」 　実は、護衛として連れてきてはいるが、清光とはあまり共に町を歩けないのだ。というのも、まあ敵さんもバカじゃないからね、刀剣男士を連れて歩いていたら審神者だと一発でばれてしまう。まあ、ばれないように変装してっていう方法もあるんだけど、なるべく避けるようにと言われている。 　護衛の意味がないわけではなく、何かあった際には心の中で呼べばすぐに目の前に現れてきてくれる。本丸にいる刀剣男士を顕現するよりも、あらかじめ現世に待機している刀剣男士を呼び寄せる方が圧倒的に早いし、霊力の負担も少ないのだ。本丸の刀剣男士を呼ぶ際には一度、時空を開かなきゃいけないからね。それに、乱も顕現さえすればいいのだから、安全対策はばっちりだろう。 「まあ、今日は夕方までには帰るし。ついでに買い物もしてくるね。あ、ご飯どうしようか」 「とりあえず今日の分は歌仙たちが作ってくれたのがあるから、それで何とかなるでしょ。主は折角なんだし、昼どこかで食べてきたら？」 「でも、私だけ食べてくるのも……」 「俺のこと気にしてくれるのは嬉しいけど、俺のせいで主が我慢するとか嫌だからね」 「あいたっ」 　軽くデコピンされた。清光は「わかった？」と顔を覗き込んできた。 「……わかったよ、ありがとう。じゃあ、おいしいのあったらお土産に買ってくるね」 「ん、わかった」 　地図を眺めながら、今日はどこら辺を歩こうかと思案する。 　久しぶりの現世。もしかしたら知り合いに会うかもしれないなあなんて思いつつ「行ってきます」とホテルを出ていった。 ＊＊＊ 　久しぶりの故郷。歩いていると懐かしさがこみあげてくる。変わっている所は結構ある。私が住んでいたころにはあった店がなくなっている代わりに新しい店ができて居たり、道が変わっていたり。 　それでもやっぱり、同じところを見つけるとなんだか嬉しくなる。 　……今日は、ちょっと思い出巡りでもしようかな。 　だめだ。あくまでもここに戻ってきたのは任務なんだから。 　まあ、もう結構知っているところを回っていたんだけど。 　ちょっと休憩しよう。時計を見ると午後三時頃。昼ご飯を食べるのも忘れていたし、どこか喫茶店か何かに入ってもいいかもしれない。 　スマホを起動して地図を見る。 　……喫茶店は、と。お？　ここなんていいかもしれない。ここから結構近いし、口コミもいい感じ。ほうほう、料理もおいしくて店員の愛想もいい、とな。 　位置も探偵事務所の下と言うことで、なら、噂話なども聞けるかもしれない。よし、ここにしよう。ポアロ、という喫茶店に狙いを定めた。 　スマホの地図を頼りにポアロにたどり着く。カランカラン、という来店を知らせる音が鳴る。 　店内にはテーブル席に三組、カウンター席に一人のお客さんがいた。 「いらっしゃいませー！」 　おお、可愛い。口コミに店員さんがいいと書かれていただけあるなあ。 笑顔が可愛い女性の店員さんにお好きな席へどうぞと言われ、丁度真ん中らへんのカウンター席に座る。この位置なら、耳をすませば他の席に座るお客さんの噂話も聞けそうだ。なんだったら、店員さんにも話しかけやすい。 何にしよっかな……。時間も時間だし、軽めに食べたい気もするけど、お腹すいているし……。 ん、カ、カルボナーラがある……！　カルボナーラ食べたい！ 本丸で過ごしていると、やっぱり必然的に和食が多くなってしまう。偶に洋食が食卓に並ぶこともあるんだけど、その中でもパスタはめったに食べられない。 　カルボナーラはパスタの中でも特別好きだし、一度目についてしまったらもうカルボナーラにしか目がいかなかった。晩御飯に差し支えちゃうかな、なんて考えよりも欲望が勝ってしまった。 　久しぶりすぎる外食に、しかもカルボナーラに目を輝かせていたのを店員さんになんだか微笑ましそうに見られてしまった。 　カルボナーラを注文すると、「お好きなんですか？」と声をかけられた。ちょっと照れながら肯定すると「じゃあ頑張っておいしく作りますね！」と言われたんだけど、天使なのかな？　短刀たちと同じくらい癒される。 　スマホを触りながら、周りの会話に耳を澄ませる。テーブル席には女子大生くらいの女性の三人組、老夫婦、そしてOLらしき女性の二人組が喋りながら食事を楽しんでいる。 　女子大生たちは、課題の話をしている。老夫婦は昨日のテレビがどうとか。OLは、会社の上司の愚痴を話しているようだ。 　今はめぼしい会話はない、か。でも話題なんてころころ変わるから、と聞き耳を澄ませる。 　あ、女子大生の会話が変わった。……ほう、イケメン店員がいるのか。 　イケメン、と聞いて思い浮かぶのはやはり本丸の刀剣男士達だった。普段彼らと過ごすようになってからはイケメンの基準がおかしくなってしまったように思える。 　しかも、皆見た目だけじゃなくて中身もいいからなあ。 　なんて思っているうちにカルボナーラができたようで、目の前に置かれる。 　うわ、おいしそう。メニューだけでも浮かれていた気分が、実物を目の前にするとさらに浮足立つ。 「いただきます」 　ああ～！　久しぶりのパスタ！　この食感が溜まらない！ 　カルボナーラのソースと振りかけられている胡椒がパスタに絡まって……え、うま。もう語彙力なくすんですけど。 　清光にも食べさせてあげたいなあ。 「カルボナーラ、本当にお好きなんですね」 　くすっと笑い、店員さんはそう話しかけてきた。 　うわ、恥ずかしい。食べるのに夢中になっちゃってた。 「えっと、随分と久しぶりに食べたので……。それに、ここのカルボナーラがおいしいから」 「へへ、腕によりをかけて作った甲斐がありました！」 　片腕をガッツポーズの様に曲げて笑う姿がすごくかわいい。 　癒されるなあ、なんて思いながらつられて笑顔になる。 　すると、それまで静かにコーヒーを飲んでいたカウンター席のおじさんが店員さんに話しかけた。 「梓ちゃんの料理はおいしいからねえ」 「もう、相変わらず嬉しいこと言ってくれるんですから！」 「ははは、本当のことだからねえ」 　親しげに話している様子から、このおじさんは常連客なのだろうと察せる。 「お嬢ちゃんはポアロ、初めてかい？」 「え、あ、はい。そうですね」 　おお、びっくりした。会話を振られるとは。 　それにしても、もうお嬢ちゃんという年齢でもないんだけどなあ。もうすぐ三十だとか考えたくはない。 「ここの料理、おいしいだろう？」 「ええ、とっても！　他の料理も食べてみたいです」 「今日は平日だからお客さんは少ないけど、休日は結構人が多いんだよ」 「へえ、そうなんですね。でも納得です。おいしいですもんね！」 「もう、お二人ともやめてくださいよ～！」 　店員さんはちょっと照れるように顔を赤くしている。 「梓ちゃん目当ての客もいるくらいだしねえ」 「そんなことないですからね！？　それに、どっちかというと、最近は安室さん目当てのお客さんの方が多いですし」 「安室さん？」 「はい。すごくかっこいいから女子高生のお客さんとか多いんですよ。今は買い出しに行ってるので、もう少ししたら戻ってくると思います」 　ああ、さっき女子大生が話してたイケメン店員さんのことかな。 「へえ、そうなんですね」 「あれ、あまり興味ない感じですか？」 「うーん、私の職場にもイケメンが多くてですね」 　ははっと乾いた笑いがもれる。安室さんとやらがどれほどのイケメンかはわからないが、常日頃刀剣男士たちの顔を見ているから今更イケメンに興味も何も……。 「そうだったんですね！　……あの、イケメンが周りにいると炎上とか気になりません？」 　私の返答に親近感を持ったのか、パッと弾けるような顔をしたかと思えば、今度は声を潜めて聞いてきた。 「炎上、ですか？」 「同じ職場だから距離が近いだ何とかって、SNSで拡散されて！」 「梓さんはその、安室さんって人と付き合っているんですか？」 「ありえませんよ！　やめてください、どこで誰に聞かれているか……！」 　梓さんは顔を青ざめさせてキョロキョロと周りを見渡した。 　そんな命を狙われているような反応をしなくてもって思うけど、まあ女子高生がその安室さんとやらを目当てにしているのなら仕方ないのだろうか。 「た、大変なんですね。あ、ごめんなさい、梓さんって勝手に呼んじゃって……」 「大丈夫ですよ！　榎本梓です。よかったら気軽に呼んで、常連さんになってくださいね！」 「ふふ、梓さんって商売上手ですね。私は加賀かれんです。私のことも気軽に呼んじゃってください」 　勿論、加賀かれんというのは偽名である。本丸が加賀国にあることで苗字は加賀。名前のかれんは、私の審神者名である金盞花の別名のカレンデュラからとった。かれん、なんて柄じゃないけれど。 「加賀さんはそういうの、ないんですか？」 「うーん、そうですねえ……。確かに職場ではイケメンが多いですけど、炎上とかはないですかね。ああ、でも偶に誰と誰ができてるとかの噂は流れますけど」 　どこの本丸の審神者と担当が、とか、刀剣男士と審神者が、とかは偶に噂になっている。とはいっても、炎上とは程遠いけど。 「まあ、私はちょっと、恋愛からは程遠いんですけどね」 「ええー、加賀さん、美人なのに」 「はは、お世辞でもうれしいです、ありがとうございます」 　職場恋愛がどうとかよりも、私にとって刀剣たちは家族のような存在だしなあ。それに、本丸に骨を埋めるつもりだから結婚も難しいだろうし。 　……まあ、なんといっても別れた元カレのせいが一番だ。 　審神者になる前、付き合っていた人がいた。 　高校の時からの付き合いだったんだけど、ある日連絡が取れなくなった。彼が警察官になったことは知っていたけれど、まさか連絡が取れなくなるだなんて思わなかった。何度電話をかけても、彼は出なかった。電話番号は変わっていなかったみたいで、留守電は残すことができたけど、留守電にいくら「声が聴きたい」と残しても意味はなかった。 　そして、あの雨の日……最悪な別れ方だったと、思う。 　彼と連絡が付かなくなってから、時の政府に審神者になるようにと勧誘された。勧誘、といっても、戦争だからほぼ強制的なものだった。 　現世には二度と戻れない可能性もあると聞いて、私は最後の賭けに出た。 ――これが最後だから、会って話を聞いて欲しい。 　そう留守電に入れて、彼を待っていたのに彼が来ることは無かったのだ。 　ああ、だめだ。思い出したら嫌な気分になってきた。 　考えないようにしよう。小さくため息を漏らす。 　そうだ、折角だから梓さんに聞き込みをしてみよう。 「そういえば、梓さん、あの噂知ってます？」 「噂？」 「はい。ここに来る途中で耳にしたんですけど、何でも一人で歩いていると、歴史を修正しませんか、とか、変えたい過去はありませんか、みたいなことを聞いてくる人が現れるって」 「ああ、その噂ですか！」 「！　知ってるんです？」 「知ってますよ～！　っていうか、実際お客さんで言われた人もいるみたいで」 「ええ！？」 　きた。やっぱり喫茶店はうわさが飛び交うから店員さんが耳に挟んでもおかしくはないのだ。 　それにしても、実際に言われた人がいたのか。詳しく聞いて、出現ポイントを絞れたらいいんだけど……。 「私もまさか、って思ったんですけどね。でも、そのお客さん、嘘つくような人じゃないですし……」 「どんな感じだったとか、言ってました？」 「そうですねえ……あ」 　カランカラン、と来店を知らせる音が鳴った。 　梓さんの話を聞きたいのに、梓さんは扉の方に視線を向ける。思わず舌打ちしたくなった。でも、来店なら仕方ないし、まだ時間はある。 「すみません、遅くなりました」 　…………………………は？ 　聞き覚えのある声に、耳を疑いたくなった。 　いや、そんな、そんなわけ。 「加賀さん、さっき話してた安室さんです！」 「ええ、梓さん、僕の話をしてたんですか？」 　ゆっくりと、視線を扉の方に向ける。 　そこには、両手に買い出しであろう食材やらが入っている袋を掲げた、褐色肌の男性が立っていた。 　さらさらの金の髪に、たれ目の青い瞳。 　記憶と重なるその姿に目が離せなくなっていると、向こうもこちらへ目線を向けた。そして、視線が交差する。驚いたように目が見開かれていく。 ――ああ、間違いない。零だ。 　見間違うはずがない。かつての、最悪の別れをした恋人がそこにいた。 　けど、どうして。どうしてここに、零がいるの？ 　それに、安室って何？　もしかして、結婚でもしたの？ 　 「……はじめまして、安室透です」 　零はすぐににこりと表情を取り作り、そう言ってきた。 　安室、透？　零じゃなくて、透？ 　ああ、とすぐにピンときた。きっと安室透は偽名なのだろう。 　初めまして、だって？　確かに零は、こんな丁寧な口調じゃないし、こんなにこにこと愛想を振りまいている、誰にでも親しくする好青年なんかじゃない。だけど、絶対人違いなんかじゃない。 　初めましてと言ったのも、わざわざ名乗りを上げたのも、本名を言うなという牽制のつもりなんだろうけど……。 　ああ、イライラする。 　まあ、こちらも本名を言われたら困ることは同じなのだ。 「はじめまして、加賀かれんです。先ほど梓さんから話を聞いていたんですけど、本当にかっこいいですね！」 　同じように、にっこりと笑って返した。多少嫌味を込めてしまったのは仕方がない。うん。 　零……安室さんはまた表情を崩した。動揺を隠せていない。 まさか私まで偽名を名乗ってくるだなんて思わなかったんだろう。私だってまさか数年ぶりに再会した元カレと偽名を名乗りあうだなんて思っていなかった。 　まあ、それも一瞬のことですぐに安室さんはにっこりと笑みを作った。 「はは、ありがとうございます。梓さんとどんな話をしていたんですか？」 「職場にかっこいい人がいると大変って話ですね、炎上がどうとかで……」 「加賀さんも職場にイケメンさんがいるみたいなんで同じですねって話してたんですよ～」 「……へえ？　加賀さんはどんなお仕事をされてるんです？」 「編集の仕事ですよ」 　安室さんはにこにこと話しているが、これは不機嫌な時の笑い方だ。 　懐かしいな。一見にこやかなのにうまいこと私にだけ怒気を向けられるだなんて、本当に器用だ。感心するところではないけど。 「そうだ、梓さん、お会計お願いしてもいいですか？」 「え、もう帰っちゃうんですか？」 　仕事について詳しく聞かれたりしたらボロが出てしまいそうだったから、何か言われる前にそう告げた。安室さんというややこしい人物に会ってしまったのだ。一刻も早くここを後にした方がいいだろう。 　本当は梓さんからもっと詳しく、歴史修正主義者に繋がるであろう情報を聞き出したかったのだが……それでも話を少し聞けただけで充分だとしよう。 　だが、そんな私の言葉に反応したのは安室さんだった。 「せっかくなので僕も加賀さんとお話ししたかったんですけど……」 　安室さんは残念そうに眉を下げていった。そんな様子に梓さんが驚きつつ私と安室さんを見比べている。 　……お話？　何を言ってるんだ、この人は。 　急に何の音さたもなく行方をくらませ、連絡さえ付かなくなったのは貴方の方でしょ？ 　あの雨の日、話がしたいという私の思いを無碍にしたのは、貴方じゃない。 　思わず頬をひっぱたいてやりたくなった。 　その気持ちをぐっとこらえ、笑みを作る。 「もう、梓さんのいう炎上の意味が分かりました。安室さんってすぐこんな誤解されるようなことを言うんです？」 「やだなあ、本心ですよ」 「その手には乗りませんよ？　それに、買い物をしないといけないのを忘れていて……梓さん、お会計お願いできます？」 　もう一度梓さんにレジを頼むと、梓さんは慌ててお会計をしてくれた。梓さんは何か言いたそうに私と安室さんを交互に見ていたが、「やだ、もうこんな時間」と時計を見て焦ったふりをすると口を閉ざした。 　お金を払って出ていこうとすると「あの」と梓さんに声をかけられた。 「ま、また来てくださいね！」 「……はい、また来ますね」 　安室さんがいないときにでも、と心の中で呟く。 　ここの料理がおいしかったからまた来たいのも嘘ではないし、梓さんの話をもっと聞きたかったのも事実だ。 　二週間もあるのだから、また来たいのは本当だ。安室さんがいないならの話だけど。 　ポアロの扉を開け、外に出る。 　あーあ、デザートとかも食べたかったんだけどなあ。 　そう思いながら歩いていると、グイっと腕を引っ張られた。 「待ってください！」 「……は？」 　振り向くとそこには安室さんがいた。思わず低い声が出てしまう。 「何ですか」 「いえ、実は僕、探偵をしているんです。なので、もしよければ……」 　探偵だって？　と訝しげに彼の顔を見ると、どこか余裕のなさげな顔で私の手に名刺を握らせてきた。何よ、その顔。握らせた上から、私の手を包むように掌を重ねてきた。 　振りほどこうとするが、力が強くて抵抗にすらならない。 「おあいにく様、探偵のお世話になる予定はないんですけど」 「いえ、案外役に立つんですよ？　例えば、何かに巻き込まれてしまった時なんて」 「そんなこと滅多にないでしょう？」 「かもしれませんね。でも、誰にも本当のことを話せずにいるときとか」 　カッと頭に血が上った。 　きっと安室さんは、私が本名を名乗れないような状況の何かに巻き込まれているのだと思ったのだろう。 　確かにそれは間違っちゃいない。本名を名乗れない状況下にあるのは確かなのだから。 　そして大方、自分が守ってやらなければとでも考えたに違いない。 ――ふざけないで。 　私は、確かに本名も名乗れないような状況だけど、それは私のやるべき仕事があるからだ。最初こそ審神者だなんて特殊な職に就きたくて就いたわけじゃなかったけど、今は誇りを持っているのだ。 　この国のために、この国の歴史を、この国の歩んできた姿を守るために、命をかけて戦っているのだ。 　だけど、それよりも、だ。 　自分は、名乗れないような状況になって、何も言わずに私の前から姿を消したくせに。 　私には、貴方に話せと？ 　自分に、頼れと？ 　バッと彼の手を振り払う。すると、安室さんは驚いた顔をした。 　私に振りほどけるとは思っていなかったのだろう。 　そりゃあそうだ。私のか弱い力で振りほどけるだなんて思わないだろう。実はちょっとだけずるをした。一瞬だけ手を重ねられている部分に簡易的な結界を張って手をはじいたのだ。 「貴方と話すことなんてありませんよ、安室さん」 　きっと、私の笑顔は完璧だろう。 　昔、怒っている私に対して「お前が怒っている時の笑顔は完璧すぎて怖い」と言ってきたのは零だった。 　安室さんの口がハクハクと動く。それは、音にこそならなかったが私の本名だった。 　もう、誰にも呼ばれるはずのない、私の名前。 　……ああ、零の口から私の名前が紡がれるの、好きだったな。 　私はスッと目を細め、安室さんを一瞥してから背を向けて歩き出した。 　あの雨の日、貴方は私に真実を告げずに去ることを選んだ。 　だから私も、選ぶ。 　この国の歴史を守るために、貴方と同じように。

曲シャッフル企画２０１８参加作品です！<br />企画参加作品なのに、間に合わなくて分けて投稿することを懺悔します……。<br />まだ三分の一程度しか書きたいところがかけてない（）<br />清光世界一かわいいよ……<br />なんで清光こんなにかっこよくてかわいいの？？<br /><br />最後にハピエンにするべく頑張って書きたい……。<br /><br />続き……<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10069035">novel/10069035</a></strong><br /><br />ランキング入ありがとうございます！！<br />Twitterの宣伝しときますね！←<br />Twitter……@1107_chinen<br /><br /><span style="color:#bfbfbf;"><br />あと乱ちゃん、顕現していないけど審神者の懐にずっといるので全部把握しています。<br />後に乱様になります、書けたら。</span>

もう二度と会わないはずだったのに

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日曜はそのまま終わった。 そして月曜。朝は何処かの誰かさんのチャイム連打にたたき起こされた。 「あ、新一！　もうやっと起きた。ほら、私が居ないとちゃんと起きれないじゃない。 　ほらほら、早く開けて！　朝ご飯作ってあげるから！　て言うか鍵返してよ。入れないじゃない」 朝早くから甲高い声で弾丸のように騒ぎ立てる様に、無言で頭を抱えた。 無視したい所だが、更にドンドンドンと扉まで叩く上、インターホンを見れば空手の構えすらしてくる彼女に大きく溜息をつく。 が、流石に近所迷惑だったのか、隣の阿笠博士が声を掛けてきた。瞬間コロリと態度を変え、さも約束をしていたのに破られたと言った風にしおらしく説明し……ている間に毛利家に一報入れることが出来た。 博士が「新一。開けてやったらどうだ？」と絆されるが今度こそ無視した。一度でも入れてしまったら元の木阿弥。彼女を調子づかせる訳にはいかない。 またも実力行使に出る前に、毛利のおっちゃんが飛んできて回収して行って助かった。 登校後も「新一！どうして無視したの!?」と迫られるが「約束してねぇし昨日の件を忘れたとは言わせねぇ」と一瞥してガン無視だ。またもわめかれたが、ハッキリ言って自分の怒りはまだ燻っている。なあなあで済ませられると思ったら大間違いだ。 「新一の薄情者！小さい男ね!?　最低!!」と全く反省のない罵りをしてくる癖に、帰る時は一緒に、と引っ付こうとする彼女に更に冷たい一瞥を与えた。 途中で英理さんが蘭に「夕飯の買い出しを手伝って頂戴」と連れて帰らなかったら、正直どうなったか分かったモンじゃない。 更に翌日は、前日の反省を踏まえて何時もより早い時間に登校し、朝練と称して時間を稼いだ。事情を悟った同級生の哀れみの視線が心に痛い。 まあ、教室に入った途端「新一！何で一人で登校してるのよ！」と文句を言われたが、「俺一人で起きれるって証明しただろ？もう迎えに来なくて良い」とバッサリ切り捨てた。やっぱりわめかれたが、アイツは俺にどうなって欲しいのだろう？ ただ、その日の夕方に両親が帰ってきたのは僥倖だった。 蘭と再会できてキャアキャア言っている母親を尻目に、父と視線で「お疲れ様」「お互いに」と会話してしまった。 もう何も言うまい。 その後は女二人の非常識な暴走行為をどーにかこーにか裁ききって(詳細は割愛させろ下さい)、一学期の終わりと共に渡米した。 ぶっちゃけ、伸び伸びと生活できた。日本の教育が悪いとは言わないが、自分としては実力主義のこちらの教育論の方が性に合う。 元々前世の記憶もあり、かなりの知識もあった事、学校はハイスクール…日本では高校に値する学校に通っていた事、そしてアメリカの高校は単位制である事も手伝い、あっと言う間に上に上がれるようになった。 そんな充実した日々を送って早4ヶ月弱。もう日本を恋しく思うこともなくなった……………のは、自分と父だけだった。 [newpage] 「新ちゃ～～～ん！　出掛けるわよ！」 「………何処に？」 「秘密。でも、きっと喜ぶわよ」 誰が、という突っ込みは届かず、あれよあれよという間に飛行機に乗らされていた。 …まあうん。何処に向かっているかなんて推理するまでもなかった。 「蘭ちゃ～～～ん!!　久し振り！」 「有希子さん!!　お久しぶりです。新一も！」 「………おう」 帰りたい。今すぐ回れ右しておうちかえりたい。 だが、パスポートは母さんの手の中。ついでに財布の中身も微妙。 不本意だが、彼女たちに従うしかない。一応父(缶詰)や毛利夫妻にも連絡を入れて、万が一俺だけが日本に残ることはないようにしておいて。 どうやら母は、蘭と連絡を取り合い、彼女が大会で優勝したお祝いに駆けつけたらしい。 いや、連絡は確かにあったし、自分も一度だけ電話を貰った。が、16時間の時差も考えずに朝5時にたたき起こされた不機嫌で「新一！私が居なくても大丈夫？元気でやってる？寂しいよ」なんて言ってきた彼女に、寝起きを理由に英語でどやしつけて以降は一度も話をしていない。 そして今も、自分のことは意識しても話は母とばかりだ。もうそのまま二人でどっか行っても構わないぞ？ そんな希望的観測は、残念ながら届かないけれど。 話を纏めると、蘭が空手部の大会で優勝した記念でお出かけをする、らしい。 至極当たり前のように行く流れになるが、蘭よ、何故親と行かない？　前世でも記念と称して自分を誘ってきたが、今思えばその時こそ別居中の両親に誘いをかける所だった筈だ。下見で時間かけないで「両親一緒にお出かけしたい」って言えば良かったのに、全く、意味が分からない。 そして、まるで当然のように二人は「私、彼処のアレが欲しいんだけど」「あら。それ位構わないわよ。もっと言って良いのよ～」と言っているが、おかしいだろう、普通。どうして赤の他人に湯水のように金をかける？　当たり前のように使う金の出所は何処だと思っているんだ。 本当に、前の世界でどうして誰も突っ込まなかったんだ。 まあいずれしろ、自分の意見は全スルーされる運命にありますが。 そうして連れてこられたのは、杯戸町のショッピングモールだ。一緒にある大観覧車が印象的だ。 二人に「あれ乗りた～い」と押されて一周し、それからは女の買い物の荷物持ちだ。本気で帰りたい。 だが、正午になる頃、蘭が声を上げた。 「あれ？　ハンカチがない！」 「ハンカチ？　あ、もしかしてあの…」 「はい。今日の朝にはあったのに、何処に落としちゃったんだろう…？」 泣きそうな顔の蘭と、チラチラこちらを見てくる母に大きな溜息をつき、思い当たる節を告げる。 「…それなら、観覧車じゃねぇの？　一度そこで荷物の整理してただろ。その時に落としたんじゃね？」 「！　そっか。さっすが新一！」 「やるわね、新ちゃん。じゃ、見つけてきてね」 「何でだよ!?」 何当たり前のように自分に言ってきたんだ!?　自分たちで行けよ!! 「だってそろそろタイムセールだし。ここを逃したらここに来た意味がないもの」 「お願いね、新一！　絶対に見つけてきてね！」 「お昼も見つけておくから、急いでね、新ちゃん」 言って颯爽と消えていった二人は、もしかして確信犯か。いや、違うと信じたい。 気が重くなりながら、取りあえずは観覧車に向かった。モールを出るにしろ、ここは一度通らなければないので。ぶっちゃけこのまま帰りたいが、帰りのお金ギリギリだし、途中放棄のペナルティで自分のパスポートを取り上げられたままアメリカに行かれては堪らない。 乗ったのは、72と刻まれたゴンドラだったと記憶している。従業員に聞いたが、ハンカチの落とし物は確認されていない。一度乗って回収しなくては。 そろそろ降りてくる。 そんな時だ。観覧車の制御盤が爆発したのは。 パニックになる乗客を背に、自分は頃合いを見計らった。止まらない観覧車を待っていては、落とし物は見つけられない。 あの二人の事だ。こちらの事情など知ったこっちゃないと言わんばかりに、手ぶらで帰った自分を責め立てるだろう。寧ろ現在、この騒ぎに気付いているかどうか。 持って居た携帯に連絡がないことに舌打ちし、降りてきたゴンドラに突進した。後で各種方面に怒られるのを覚悟の上で。 「――おい！　止まれ!!」 だが、そこに聞き覚えのある声があったことで、ゴンドラに足をかけたまま停止してしまった。 思わず振り返ったら、見覚えのあるサングラスの男。更に後ろには、もっと見覚えのある小太りの警部や女刑事も居た。 「降りろ!!」 男に声を掛けられたが、この時既に、自分の足は宙を浮いていた。降りるのはちょっと怖い。 それに気付いたのだろう。男は舌打ちしながら自分と一緒にゴンドラに入ってしまった。 [newpage] 「………ったく、何やってんだよボウズ」 「返す言葉もございません……」 サングラスの男…、松田刑事に睨まれて、流石にばつが悪くなった。自分でも無謀だったとは思っている。やっぱり止めたら良かった。 松田刑事は、ゴンドラ下の機械を引っ張り出して溜息をついた。 「…爆弾ですか」 「おう。まだ起動していないがな。…さて、どうするか」 取りあえず、自分の捜し物は回収して大人しく待つ事にした。プロが居るからには、自分が出る幕はないだろう。 ――そう、思っていた。再び大きな爆発が起きて、ゴンドラが止まらなければ。 「!!??」 「チッ…！　そういう事か…！」 松田刑事の舌打ちに爆弾を見やれば、起動していた。さっきまではなかったのに。 これは、まさか――― 「…ま、つだ刑事。それって……」 「水銀レバーで起動する仕組みだ。…おい、俺の電話を取ってくれ」 言われ、彼の懐から携帯を取りだせば、かつて見知った女刑事、佐藤刑事が電話してきた。 彼に代わって通話コールを押し、スピーカーモードで二人を会話させる。 プロである松田刑事からすれば、3分も掛からない爆発物。しかし、その時、爆弾の液晶パネルに「次の爆弾のヒントを爆発3秒前に提示する」と出た。 この時、自分は完全に思い出していた。 実時間で三年後、東都タワーで発生した爆弾事件のことを。 『ちょっと、どうするのよ!?　そこには一般人も居るんでしょ!?』 「そうだな…」 チラリ、と自分を見てきた松田刑事に、自分は自身の携帯を取り出してメモアプリを起動させた。 素早く文を書いて彼に見せると、松田刑事はニヤリと笑った。 「…ま、足掻いてみるよ。失敗したら悪いな」 『な、ちょ、松田く…』 ピ、と通話を切った松田刑事は、メール場面を出して自分に示した。 【覚悟はあるか？】 【死なない覚悟なら、幾らでも】 お互いに、不敵に笑い合ってしまった。 [newpage] 「よ！　覚えてるか、ボウズ？」 「えっと、確か、伊達さん、でしたよね？　萩原刑事や、今日の松田刑事と同僚だった…」 「おう。災難だったなあ、お前さんも」 臨時の救護室になったモールの事務所で、傍目だと年嵩に見える刑事に頭を撫でられた。 爪楊枝を加えたその人に苦笑しながら、自分は落ち着いて時を待った。 「ま、無謀なことをしたみてぇだけど、俺は感謝するぜ。お前さんが居てくれたお陰で、俺は親友を失わずに済んだってな」 「偶然ですが…」 「偶然だろうと、それに救われたなら礼を言うのが筋ってモンだろ。それに…」 ニヤリ、と笑った彼は、どうやら事を知っているらしい。 自分も肩をすくめて、沈黙で応える。 やがて、軽い足音を立てて一人の男が現れた。 「お、萩原」 「伊達。それに、工藤君だったな」 「はい。…それで」 「ああ。――君のお陰で、4年間逃がしちまっていた爆弾犯を確保させて貰った。その報告だ」 思わず喜色を示して立ち上がれば、萩原さんも自分に近づいて頭を撫でてきた。 「本当に、ありがとうな。お陰で俺も松田も、荷が下りた気分だ」 「いえ、お役に立てて、何よりです」 「謙遜するな。アイツも言ってたぞ。下手に口に出して相談しなかったお陰で、ヤツを油断させることが出来て、爆発も阻止できたって」 ――そう。かつての出来事を知っていた俺は、もう一つの爆弾の位置を、松田刑事が他の人に知らせるタイミングを遅らせる事を提案したのだ。 今回の爆弾は恐らく犯人の手動だったが、次の大きな爆弾は、恐らく時限式。何故なら、犯人はその目で施設の爆発を確認し、警察が無能である事を示したいからだ。 態々死ぬ確率の高い時間にヒントを寄越したのも、警察官が一人死ぬか、死なずにヒントを見れずに解体を完了させて爆弾を爆発させるか選ばせて、警察組織に大ダメージを与えたいが為。 ヒントなしで解体されないよう、もう一つの爆弾は一つ目の爆弾設置場所とは離れた所に設置し、自分はそれを悠然と見れる場所取りが出来る時間を稼ぐ必要がある。 いずれにせよ、犯人の描いたシナリオは、あの爆弾を解体させるべく警察が乗り込んだ時点で完成していた。 密かに確認すれば、爆発物には盗聴器代わりの携帯があり、自分たちの会話を聞いている可能性が高かった。口に出してしまえば、犯人はまたも逃げてしまう。 それを防ぐために、松田刑事とは携帯の文章でやり取りし、二つ目の爆弾の場所に見当を付けていた。 爆発3秒前のヒントが完全に出てくる前に、ある程度の場所をピックアップし、ヒントで確信を持った時点でコードを切る。プロからすれば、最後のコードを切るだけなら1秒あってお釣りが来ると言い切ったので、ちょうど良かったと言うのもある。 まあ、どちらにしろギリギリの綱渡りだったことは否定出来ないが。 ゴンドラを動かして下に降り、警部に報告する時も、「場所は分からなかった」と言ってしまえば、犯人はそれを信じるだろう。爆発しなかったと言う事は、ヒントを見なかったと同義名文だと信じている筈だから。 そうして犯人を泳がせ、文章で場所を示して密かに処理班が爆弾を発見、解除し、もう一つの爆弾の場所――米花総合病院がよく見える場所を張らせておくよう頼んだのだ。 結果は成功。犯人は確保され、4年も続いた爆弾事件は収束を迎えたのだった。 「っかし良かったのか？　お前さんの事は伏せたままで」 「？　俺が警察に助言した、なんて明言することに、何か意味があるんですか？」 「…あーいや。これ位の年頃だったら、そういったことを周りに言いたくなるんじゃねぇかって思っただけだが…」 「ああ、そういう事ですか。…自分はそういうのは、あまり興味がなくて…」 と言うか、前の世界で懲りた、というのが正しいが。 「そーかそーか。ま、それなら良いんだが…。所で、お前さん、一人で来たのか？」 「………いいえ。一応母と、幼馴染みと一緒ですが…、まだ来てないんですか、そうですか…」 一応、知らせはしたのだが、メールで。 【事件に遭遇した】と伝えたのに、返ってきたのは【ハンカチは？】だったので携帯を投げそうになった。 【回収したけど、動けない】と返したのに、【ふーん。何か騒がしいから、近くの店に寄るわよ】と、「おい、俺は良いのか!?」と言わせる程度にどうでも良い事だったらしい。 そして、それなりの時間が経ったというのに、迎えが来ないという事態に直面している。 ハアア…、と溜息をついていたら、表が騒がしくなった。 はて、誰が？と思ったら、扉がノックされ、人が入ってきた。 「！　父さん！」 「新一。迎えに来たよ」 現れたのは、父だった。その後ろには、目暮警部が居る。 「え、どうして…あ、いや。来るなって意味じゃなくてさ…」 「分かってるよ。お前の連絡を受けて、すぐに駆けつけただけさ。…今日はお手柄だったな」 「ええ。流石は優作君の子だと感心したよ」 「まあ、そうなった過程には小言を言わせて貰うけどね」 「…反省してます」 やらかした、と言うのは自覚ありです。はい。 その後、事情聴取を終えて父と現場を後にするが、ついぞ母と蘭は来なかった。 メールには【二人で遊んでるから、終わったら連絡してね】とあった。携帯を壊したくなる衝動を必死に耐えることで精一杯だった。 「………ハア」 「新一、大丈夫かい？」 「事件よりこっちの方で胃に来た…」 「ああ…。帰りに役所に寄るか」 「役所？」 「ああ。離婚届を貰いに、な」 「…………遂に、ですか」 「…済まん。まだ迷いはある。だが、今日から肌身離さず持ち歩くことにするよ」 どうやら、時は近いらしい。

どうも。最近リアルの忙しさと夏バテで筆を止めていた筆者です。<br />合間を縫ってどうにか完成したため、投稿します。<br /><br />今回の話で、短いですが中学生編は終了とします。<br />次は高校生編になりますが、初っぱなから急展開になるかもしれない事を予め予告します。<br /><br />これからも、亀並みの執筆になると思いますが、よろしくお願いします。

【逆行転生】幸せとは、人それぞれ～9～【厳しめあり】

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先週と同じく土曜日は課題を図書館で片付け明くる日曜日、広めの地下牢に6人の姿があった。 ハリーとその保護者スリザリンの2名にすっかり仲良くなったグリフィンドールの2名、それにリーマス・ルーピンの6名である。 前であれば満月間近になると体調を崩していたリーマスだったが、セブルス改良の脱狼薬の効果は素晴らしく少々怠さを感じる程度で過ごせていた。 「ここは…ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿のパーティーが開かれる地下牢…？」 「よく知ってるね、ハリー。ここなら多少大きな音を出したり、物が壊れたりしても構わないってセブルスが。」 魔法の練習をする場所を考えていたハリーの頭に真っ先に思い浮かんだのは必要の部屋であったが、レイブンクローの髪飾りの回収が済んでいない為、皆に教えてもいいものか悩んでいた。 そこでセブルスに相談したところ、顎に手を当てて少し考えたセブルスは「ふむ。」と頷くと 「あそこが良かろう。このフロアの奥に年に1回しか使われない広めの地下牢がある。」 と言った。 「あー。あそこなら誰も近付かないし、絵もかかってないからいいかも。」 「絵？」 「どこかのお爺さんにすぐ御注進に及ぶ人達も、覗きに来られないってこと。」 ハリーに答えながら、リーマスが悪戯っぽくウインクをする。 「なるほど。」 「やはりリーマスは知っていたか。丁度良い、連れて行って監督を頼む。」 「えっ、僕？ 職員でもないのにいいのかい？」 「馬鹿者。職員ではないからこそいいのだ。本来ならば我輩はポッターらを止める立場だ。」 「あぁ、そういうことなら。りょーかい。」 いつもの仏頂面ではあるが、眉間の皺も少なく穏やかに話す薬学教授に面食らっているドラコ達の様子も可笑しいが、それ以上に、ハリー以外の生徒がいるため仕方なくリーマスをファーストネームで呼んでいるセブルスの葛藤を思うと、口元がひくつくのを我慢出来ない。 因みにここ数日で、ハリーはリーマスをファーストネームで呼ぶようになっている。 「痛いです。」 ハリーの口元に気付いたセブルスが頬を摘まんだ。 「いいか。くれぐれも、危険な呪文は使わないように。後でリーマスに確認するからな。相応の事があったら我輩の研究室への入室を1週間禁止する。」 「そんなっ。セブルス成分が…」 「先生だ。そしてその様な成分は存在しない。危険な呪文を使わなければ良いだけであろう。分かったな。」 頬を摘まんだ指に1回ギュッと力を入れてから、セブルスは手を放した。 「ほらハリー。いちゃついてないで行くよ。」 「リーマス！」 「おお、恐い。」 おどけた様子で一番に部屋を出てしまったリーマスを、子ども達が慌てて追い掛ける。 ドラコだけが扉の所で向き直り 「ありがとうございました。失礼します。」 と挨拶出来たのは流石であった。 「まずは自己紹介からかな。私はリーマス・ルーピン。スネイプ先生と同級生で古い友人なんだ。今はダンブルドアからの依頼でホグワーツに滞在している。」 「ドラコ・マルフォイです。在学中にはグリフィンドールの監督生を務められたと、ハリーから聞きました。」 ドラコの言葉に、ハーマイオニーとネビルの目が丸くなる。 「マルフォイということは、ルシウス先輩とナルシッサ先輩の息子さんだね？二人によく似てる。」 「両親をご存知でしたか。」 「所属寮が違うから直接話したことはないけど、あの二人が並ぶと絵画のように綺麗で目立っていたからね。一度見たら忘れないよ。」 「…ありがとうございます。」 「ドラコ照れてる。」 「煩いぞ、ハリー。」 セオドール、ハーマイオニー、ネビルが続けて自己紹介をすると、リーマスは懐かしそうに目を細めてネビルの頭を優しく撫でた。 「もしかして、僕の両親もご存知ですか…？」 尋ねたネビルの声が少し震えている。 「そうだね…ネビルのお父さんには、ハリーのお父さんの悪戯を止める手伝いをして貰ったことがあるよ。」 「わーわー父親の黒歴史とか聞きたくないー。」 「ハリー、煩い。」 「うぅ、ネビルまで。」 「ハリーのお父さんがやらかす人だったのは分かったわ。ところで黒歴史ってどういう意味？」 疑問に思ったことは、聞かないと気が済まないハーマイオニーが口を挟んだ。 「無かったことにしたい過去のこと。確かに父さんはやらかしてるけど、リーマスも仲間だったんだからね。リーマス、それ以上何か話したら母さんの手紙皆に見せるから。」 「さあ！ 今日は何を練習するんだい？」 リーマスの変わり身の早さに、子ども達の笑い声が弾けたのであった。 「この間の人避けの呪文は、危険なことはないけど少し理屈を頭に入れないと発動しないと思うんだ。」 話しながらハリーが皆に羊皮紙を配る。 「これに理論を解説してあるから読んで覚えることを宿題にさせて貰って、今日は違う呪文を練習しようと思うんだけど…いいかな？」 「勿論よ。私達は教わる立場なんだもの。」 ハーマイオニーの返事と宿題という言葉にネビルの顔色が若干悪くなったが、皆頷いた。 「その羊皮紙はね。ジェミニオで増やした物で、今日を含めると6日で消失するように呪文を掛けてある。具体的には、金曜日の23:59までに別の紙に書き写さないと消えてなくなっちゃう。」 皆を見回したハリーは「頑張って写してね。」と、ニヤリと笑ってウインクをした。 「さて、それで今日だけど『エクスペリアームス』という呪文を練習したい。」 「武装解除か。」 「おぉ、流石ドラコ。」 即反応したドラコにハリーは頷く。 「ドラコとセオドールには前にも話したけど、魔法使いって魔法に頼り過ぎてて、杖を取られるとてんで弱いんだよ。」 「あー。確かにそうだね。」 黙って聞いていたリーマスも頷いている。 「だからね。エクスペリアームスを覚えたら続けて体術を教えてあげる。コツを覚えれば杖なんかなくても、ハーマイオニーがセオドールを投げることも可能になるよ。」 「僕確定なのは何故だ。」 「え。セオドールの背が高くて憎たらs(ry…羨ましくて、投げる機会を伺っていたから？ 痛い痛い痛い。」 「ハリーはちっちゃくて可愛いな。」 にこりともせずにハリーの頬を伸ばすセオドールに、皆がクスクス笑った。 ハリーとリーマスが、部屋の真ん中で杖を構えて向き合っている。 「今からリーマスに、わざと僕の武装解除を受けて貰う。どの魔法でも言えることだけど、呪文を成功させるのはイメージだ。相手の杖を弾いて、それが飛んで来て自分の手の中に収まる場面を映像で思い描く。」 説明しながら、ハリーはだらりと両腕を下げた。 「行くよ、リーマス。」 リーマスが軽く頷く。 「1.2.3。エクスペリアームス！」 呪文と同時に杖腕を上げ、右足も踏み込んだハリーの杖から赤い光が走るとリーマスの手から杖を弾き飛ばし、くるくると回りながら弧を描いてハリーの左手に収まった。 「凄い、ハリー！」 ハーマイオニーとネビルは大はしゃぎで拍手をし、ドラコとセオドールは感心してハリーを見ている。 「こんな呪文が使えるのに、何故狙ってインクを消せないのか謎だ。」 「それは言わない約束だよ、ママ。」 「そんな約束はしていないぞ、バカ息子。」 「とうとうドラコが否定を諦めたわ。パパも頑張って。」 ハーマイオニーが隣のセオドールを見上げて言うと 「僕はグレンジャーに投げられるまでは諦めない。」 と妙な決意表明をした。 「それ絶対諦めることになるパターンだよ。」 首を竦めて言ったネビルの言葉に、皆の笑い声が再び響いたのだった。 [newpage] 数回、ペアを組み換えながら練習を続けると昼食の時間になったので、大広間でサンドイッチやパイをゲットして来て庭の木陰で食べることにした。 こうすればリーマスも一緒に食事が出来るからだ。 これまでに杖を弾くだけならドラコがほぼ成功させるようになり、セオドールとハーマイオニーは8割程度、ネビルも6割は弾けるようになった。 「大切なのは成功体験なんだ。」 食べ終わったハリーは自分の杖の両端を摘まんで、目の高さまで持ち上げると杖を見つめた。 「皆も杖を買うときの、選ばれた感覚を覚えているだろう？」 「えぇ。握った瞬間にこれだと思ったわ。」 ハーマイオニーも杖を持ち上げて見ている。ちょっぴり目が寄っていて可愛い。 「目が寄っている顔は可愛くないでしょ…。」 「あれ？僕声に出してた？」 「はっきり聞こえたわ。」 ハーマイオニーにレジリられたのかと焦ったが、自分で言ったらしいので笑って誤魔化した。 「ハリーは食事中や授業中もたまに『かわいい。』と呟くぞ。スネイプ先生を見ている時だけだが。」 ドラコに指摘されて驚く。 「何それ、恥ずかしすぎる。閉心術どこ行った。」 「恥ずかしいのはスネイプ先生じゃないかな…。」 ネビルの言葉に皆は深く頷いたが、リーマスだけは必死で笑いを堪えている顔だ。 「あー。杖に選ばれることを、忠誠を誓うって言うでしょう。」 「あ、リセットした。」 「煩いよ、セオドール。」 最近、ハリーの使う言葉の意味を理解して来たセオドールにツッコまれる。 「つまり忠誠心があるってことは、何らかの方法で記憶する力が杖には宿っている。だから成功体験を積み重ねることで、呪文を成功させる癖みたいな物がつくような気がするんだ。」 「一気に言い切ったな。」 「セオドール達が茶々を入れるからよ。」 「ぶふぅ。」 リーマスが堪え切れず噴き出した。 「ごめんごめん。でもハリーの言ってることは一理あると思うよ。」 ハリーに横目で睨まれて、リーマスは慌ててフォローする。 「呪文を練習している時に、あ、これは絶対成功するって確信するような瞬間があって、一度その感覚を覚えた呪文はまず失敗しなくなるしね。」 「じゃあ午後はそれを踏まえて、失敗が増えてきたら呪文の練習は止めて体術にしましょう？」 「そうだね。ひとつのことを長時間続けるのは、集中力が落ちて効率が悪くなるし。」 「グレンジャーは、よほどセオドールを投げたいようだな。」 「あ、グレンジャー。スカートで体術はポッター以外の男には目の毒だから、何か配慮してくれ。」 リーマスは今度こそ堪えられず、声を上げて笑ったのだった。 午後はどうやら皆の興味が体術に移ってしまったらしかったので、武装解除は数回復習するにとどめた。 再び部屋の中央でハリーと向き合ったリーマスは、気付いた時には視界に天井が広がり、右側に片膝立ちでしゃがむハリーに覗き込まれていた。 「え？」 「リーマス、大丈夫？ 痛みはない？」 「あ、うん。どこも痛くない…けど、どうしてこうなってるの？」 少し離れて見ていた子ども達も、一様に目と口を開いてポカンとしている。 向き合ったハリーに掴み掛かって来てくれと言われて、踏み込んで確かにハリーのローブを掴んだと思ったのだが、今は仰向けに倒れていた。 いや、片手は今もローブを掴んでいる。 「ハリー、今のって柔術ね？」 マグル生まれのハーマイオニーが反応した。 「流石ハーマイオニー。見たことあった？」 「テレビで国際大会を見たわ。」 「なるほど。ただ僕のは自己流だから細かい所は違うと思うけど、コツを掴めば僕みたいなチビでも、リーマスみたいな大人を倒せるようになる。」 要は相手の勢いを利用して、投げたり足を払って倒す技だと説明されて納得する。 「今のはわりと正々堂々と技を掛けたけど、本当の暴漢に襲われた時はエクスペリアームスで杖なり武器なりを取り上げてから、相手の脛を蹴ったり手の指を捻り上げてもいい。成長して魔法力が増したらインカーセラスしちゃえばいいけどね。」 ハリーはニコニコしているが、子ども達は心なしか顔色が青くなっている。 「自分の杖を飛ばされることもあるだろうけど、杖を取り上げたと油断している相手だったら杖腕を杖ごと掴んで引き寄せて足を払ったり、男なら急所を蹴り上げれば一発さ。」 ハリーの最後の一言に、ハーマイオニーは顔を赤くしたが、男性陣はひゅっとなった。どことは敢えて言わないがひゅっと。 「あ。マグル育ちで、プライマリースクールの暴漢対策教室に通ったことがある人には通用しないこともあるから、気を付けてね。」 「マグル育ち恐い…。」 ネビルの呟きに、コクコクと頷くドラコとセオドールであった。 夕食後、セブルスの研究室で脱狼薬のゴブレットを煽って顔を顰めたリーマスは、大きく息をついた。 「エクスペリアームスをハリーに教えたのは、セブルスなんだよね？」 「そうだ。」 己の記憶にはないが、前に教えたのはそのようなので間違いではあるまいと肯定する。 「何か問題があったのか？」 何事かを言い澱んでいる様子のリーマスに問い掛けると、少し俯いていた顔を上げて徐に口を開いた。 「いや。術の完成度は完璧と言っていいレベルだと思う。ただ…」 「ただ、何だ。はっきり言え。」 「ハリーの構えがさ。例えば決闘とかのルールに則った様式的なものじゃなくて、明らかに実戦経験者のそれなんだよねえ。」 「………。」 それはそうだろう。 かの帝王を倒し、闇払いとして30年余りも実戦の最前線に身を置いて来たのだ。 今更背筋を伸ばして向かい合って礼なんて、チラとも頭に浮かばないに違いない。 「…決闘をさせたい訳ではないから、礼等は教えておらん。」 「あー、うーん。なるほど…？」 「それほど気になることか？」 「いやぁ、今日の練習見たらセブルスも凄く気になると思うよ？」 何をやらかしたのだ、あやつは…。 「あの両腕をだらりと下げたニュートラルな姿勢から、呪文と同時に跳ね上げる杖腕や踏み込む足も、柔術？の応用もとても11歳の子どもとは思えない。まるでベテランの闇払いみたいだ。」 すまんな、中身はベテランの闇払いなのだ。 「体術の方は結局投げ技までは行けなくて、静止した姿勢からでも杖腕を引き寄せることで掛けやすい、足払いを練習したんだけどさ。」 人避け呪文の練習予定がどうしてそうなった。 「上手く倒れられないと怪我するからって、僕とハリーでクッション呪文をかけて防いだんだ。その呪文も正確なことと言ったら、もう普通に教官として指導出来るレベルだと思うよ。」 馬鹿か、馬鹿なのかあやつは。 あぁ、実技以外は馬鹿だったな。1年生で使用する薬草の綴りも間違えていたしな。 「1年生の薬草の綴りを間違えるような教官では、指導される方はたまったものではない。」 「あはは、そっちか。能力が偏ったのかねえ。」 「偏っているのは間違いないだろう。」 暫く黙って考え込んでいたリーマスは頭をガシガシと掻くと、両手で自分の膝を叩いて立ち上がった。 「いくら考えても今は分からない、僕には想像もつかないような事情があるんだろう…ということが分かったから寝る！ 明日はいよいよ満月だし。」 「賢明だな。」 「……………。」 リーマスが穴の開きそうな程、私の顔を凝視している。 「何だ。間抜け面で見るな。」 「僕、初めて皮肉じゃなくてセブルスに誉められたよ。」 「そうだったか？」 「そうだよ！ びっくりって言うか気味が悪くて固まっちゃったよ！」 「………。」 失礼な奴だ。 「そうか、それはすまなかった。これより二度と、金輪際、貴様を誉めることはしないと約束しよう。明日は屋敷にアレも同席する。備えて早く休みたまえ。」 「えぇっ、ダメだよ！危ないよ！！」 「私もそう言ったが、ポーションマスターの調合した薬は絶対大丈夫だと言い張って聞かぬ。いざとなれば姿くらましが出来るそうだ。」 「は？」 顎が外れそうだが大丈夫なのだろうか。 「幼い頃から暴力を避ける為に、家や学校の屋根等に転移してしまうことがよくあったらしい。学用品購入の際、漏れ鍋付近まで私と付き添い姿くらましをして、これだったのかと納得したそうだ。入学前に杖を使用して試したら、漏れ鍋近くまで姿あらわし出来たと嬉しそうに報告された時の、私の気持ちが理解出来るか？」 辻褄合わせの嘘を多少、本当に多少申し訳なく思わないでもないが、『前』の記憶をごっそり渡されたときの私の衝撃程ではあるまい。 「セブルス、大変なんだね…。」 「…まあな。」 明日ハリーに会ったら、思い切り頬を伸ばしてやろう。 [newpage] 今夜は明日ホグワーツを発つリーマスの滞在する部屋で、旧友の息子として過ごすとドラコとセオドールに告げると、よろしく伝えてくれとの伝言と共にセブルスの研究室へ向かう。 規定通りノックを3回して名乗れば、珍しくセブルスが扉を開けてくれた。 ドアノブを掴む為に少し前屈みになっていたセブルスの顔がいつもより近くて、嬉しくなって頬を両手で挟むと引き寄せて、いつものように鼻にキスをする。 「新婚家庭…。」 リーマスの声が聞こえてハッとした時には既に遅く、ハリーの頬っぺたは盛大に眉間に皺を寄せたセブルスによって、ぎゅうぎゅうと伸ばされていた。 「痛いですごめんなさい。セブが開けてくれるときは、いつもは部屋に他の人がいないからついうっかり。」 「そうなんだ？ じゃあ僕は警戒のいらない人物として認められたってことだね。」 「リーマスは人当たりはいいけど、本当に大事なことに関しては口が固いからじゃない？」 「信用して貰えて嬉しいよ。」 「調子に乗るな。」 巻いた羊皮紙でポコポコと頭を叩かれた二人は、顔を見合わせて苦笑いをする。 「セブルスは本当、素っ気ないと言うか、つれないと言うか…照れ屋だよねえ。」 「あげませんよ。」 「うわ、ハリーが急に恐い。」 セブルスがげんなりとした顔でハリーを見遣った。 「ソレは、その魔力の漏れを大広間で放つのだ。特にダンブルドアが私に話し掛けると。最初は宥めていたマルフォイとノットも最近は見て見ぬ振りをするし、私の胃に穴が開く日も近いぞ。」 「セブの胃に穴なんか開けさせないよ。禁じられた森にいい魔法薬の素材があるから、僕採って来てあげる。」 「禁じられた森は、禁じられているが故にその名が付いている。頼むから大人しくしていてくれ。」 「無理です。」 「………。」 「セブルス、大変だね…。」 「…まあな。」 消灯時間まで間もなくとなったところで、3人は叫びの屋敷へ移動した。 暴れ柳の根元の瘤を、セブルスが浮遊術で操った枝で押さえリーマスを先頭に隠し通路へ入る。 通路を進むうち、ハリーは血の気が引いて来るのを感じていた。視野がぎゅうっと絞られるように狭くなって行く。 自分から一緒に来ると言い張ったのに情けないとばかりに、唇を引き結ぶと足に力を込めた。 (この先にあの部屋がある…。) 思わず目の前を歩く真っ黒いローブの背中を掴むと、こちらにチラリと視線を寄越したセブルスは歩みを止めぬまま少し振り返り、ローブから剥がしたハリーの手をしっかりと握った。 「大丈夫か。お前は、狭い所が苦手だろう。」 低く、静かな声が耳に心地好く響く。 頭の中にはあの時のセブルスが浮かんでいて、それを必死に振り払おうとしていたハリーは、一瞬意味が分からなくてきょとんとした。 「え？…あれ、そうかも…？」 「気付いていなかったのか。」 言われてみれば『狭い』という言葉をイメージするだけで、何やらざわざわと嫌な感じがする。 「私は心理学の専門家ではないので恐らくだが。幼い頃より、仕置きと称して物置に閉じ込められていたことを起因とする、潜在的な恐怖ではないだろうか。」 「酷いことを…。」 リーマスの押し殺した声が前方から聞こえて来た。 「なるほど。」 当のハリーはと言えば、言われて初めて気付いた自分の心の内に感心したような反応をしてしまった。 「だから、夜の禁じられた森は平気で闊歩する癖に、危険はないと分かっている筈の灯りのない薬品庫を恐れる。」 「薬品庫は目玉のホルマリン漬けとかも気味が悪いんですもん。」 口を尖らせて反論すると、セブルスがすっと目を細めてハリーを見た。 「ほう。夜の闊歩についての言及はなしか。今夜の満月は深夜であるから時間も潤沢なことだし、詳しくお聞かせ頂くとしよう。…さあ、入りたまえ。」 夜の禁じられた森のことは今更過ぎて、言い訳の必要性にすら思い至ってなかったハリーだったが、確かに入学してからも既に2回夜の森に入っている。 でも目くらまし呪文を掛けていたし、ユニコーンの血痕がないか確認しただけですぐ出たので、誰にも気付かれていないと思っていた。まぁケンタウルスは気付いているかもしれないが。 「目くらまし掛けてたのに何で知…って……え？」 背中に回されたセブルスの手に押されながら入った場所は、記憶にあった古びて薄汚れた暗い部屋ではなく、壊れていた家具は修復されさっぱりとしたシンプルな部屋に変わっていた。 先に入ったリーマスもポカンとしている。 「な…むぐっ」 疑問が出てしまいそうになったハリーの口を、後ろから塞いだ人を仰け反るように見上げると、『黙れ馬鹿者。余計なことは言うな。』と顔に書かれたセブルスと目が合う。 ハリーがコクコクと頷くと、ゆっくりと手を放したセブルスは未だ呆然としているリーマスに声を掛けた。 「レパロとスコージファイを掛けただけだ。造作もない。」 「そ…うか。あの頃は直したり掃除したりしようなんて微塵も思えなかった。どうせ壊しちゃうからレパロはともかく、埃の掃除はしても良かったな。」 「レパロも案外、毎回壊し甲斐が出てストレス発散になったかも。レパロの練習にもなるし。」 肩を竦めて自嘲気味に言ったリーマスに、ハリーが混ぜっ返す。 ハリーの言葉に少し目を見開いたリーマスは、くしゃっと表情を崩すと片手で顔を覆った。 「敵わないなあ、もう…。」 「コレの言うことを一々真に受けていては、身が持たないぞ。コレに出会った頃の私のように。」 「セブが酷い。でも好き。」 「そうか。いいから座れ。」 「セブルス、この間から思っていたんだけど、こんなに君のことを慕ってくれてるハリーをコレだのソレだのアレだの、他に呼び方はないのかい？」 どうやら気持ちが浮上したらしいリーマスが呆れ顔で言うと、ハリーがぱたぱたと手を振った。 「いいんです。他の人に対してアレとか言われるのって、パートナーみたいで嬉しいから…。」 ほんのり頬を桃色に染めて、最後の方は呟くような声で言ったハリーと、そのハリーを驚愕の表情で見つめたまま動かなくなったセブルスを交互に見遣り、リーマスは堪らず笑い出した。 「僕、こんなにムズムズして、でもそれがこんなに嬉しい満月の夜は生まれて初めてだよ。これで月が完全に丸くなる前に、セブルスの美味しい紅茶が飲めたら最高だったのに。」 リーマスの言葉に我に返ったセブルスが口を開いた。 「あ、あぁ。用意してある。扉に向かって左側の戸棚からティーセットを出せ…ハリー。」 「はぁい、セブ。」 「ぶくくくく。セブルス耳真っ赤。」 「ルーピンはいらないようだ。」 「わーん、ごめんってば。」 「あぁ、念の為、砂糖は入れるな。」 「それ、意地悪じゃなくて、薬学的見地から言ってるんだよね？！」 「無論だ。」 賑やかにティータイムを済ませた頃、セブルスが杖を振ってカップの乗ったテーブルごと部屋の隅へ寄せた。 「そろそろだ。ハリーは杖を出せ。」 「はい。」 「ルーピン。事前に説明したように、現段階では変身を完全に防ぐ効果は付けられなかったが、意識は完璧に保たれる筈だ。変身完了後にきちんと意識があったら、立ち上がらずに此方を見て、目が合ったら2回頷いてくれ。万が一それが叶わなかった場合、我々はホグズミート村外れの森に姿くらましで退避し、明日の朝迎えに来る。」 「了解。本当に少しでも危険を感じたら、迷わず退避してね。」 「分かっている。」 「…来た。」 苦しげに顔を歪めるリーマスを、セブルスとハリーは油断なく杖を構えて見守る。 意識が保たれる効果については『前』で実証済みではあるが、リーマスを安心させる為、一瞬も気を抜かないよう努めた。 どれほどの時間が経ったのか、荒い息を吐いていたリーマスの動きが止まった。 床に座ったまま、ゆっくりと両手を目の高さまで上げて不思議そうに眺めている。 次に頭を上げ、セブルスの黒曜石のような瞳で視線を止めると、しっかりと2回頷いた。 「お前は、リーマス・ルーピンか。」 セブルスのよく響く声が静かに尋ねると、リーマスはまたしっかり頷く。 「身体に痛みはあるか。」 今度はゆっくりと首を左右に振る。 「糖蜜パイを食べたい？」 ハリーが聞くと、リーマスはちょっと首を引いて驚いたような様子を見せたが、やがてしっかりと頷いた。 その返事を見たハリーがパッとセブルスを見上げると、セブルスも頷く。 「リーマス！！！」 駆け寄ったハリーは、狼の首に腕を回すようにして飛びついた。 「パイが食べたい狼さん。この指なら使えるかな？」 ハリーの言葉にリーマスと、セブルスまで首を傾げる。 「アクシオ！ 僕のスクールバック！」 バックを呼び寄せ、中をごそごそしたハリーはタイプライターを取り出した。 「なるほど…。」 マグル育ちのセブルスはすぐにそれが何か分かったようで、ハリーが用紙をセットし終わると近くに来てキーをいくつか叩いて見せた。 ガチャガチャと音がして紙にタイプされた文字を見て、ハリーが笑う。 Molasses pies（糖蜜パイ） 「セブったら！」 笑いながらハリーはリーマスの前へタイプライターを置くと 「ね！ これなら指を1本ずつ使って打てるでしょ？ ちょっと試してみて。あ、リーマス力持ちだから加減してね。」 ウインクをしてにっこり笑う。 人にしては長い爪の生えた大きな指を震わせながら、リーマスがひとつずつ文字を打って行く。 ほどなくして現れた文字は。 THANK YOU [newpage] リーマスの変身が解ける前にお子様ハリーは眠くなってベッドに潜り込み、レパロ＆スコージファイされた清潔なベッドはリーマスが使うことなく朝を迎えた。 特に散らかってはいなかったが軽く片付け、ハリーが眠っている間に増えた印字済みタイプライター用紙を全てスクールバックに突っ込むと、叫びの屋敷をあとにする。 早朝のホグワーツ城の庭は美しく、ひんやりと澄んだ空気を思い切り吸い込んだハリーのお腹が、空気じゃ腹は膨れないぞとばかりに大きな音で鳴った。 「ひゃあ、お腹空いた！ 恥ずかしい～。」 「お前は朝の支度で他の生徒達が起き出す前に、寮へ戻れ。」 「はぁい。あ、そうだ。」 「ん？」 身を屈めたセブルスの耳元へ口を近付けたハリーは、何も言わず小さなリップ音をさせて、頬というよりは顎のラインへキスをした。 「ハリー！！！」 「きゃー！ リーマスまた来月ねー！！」 「はいはい、転ぶから前見て走りなさいよー。」 軽やかに寮へと走って行くハリーを見送り、セブルスの研究室で朝食を出してくれるというので向かう。 「セブルスさあ。」 「言うな。」 「いつもあの手に引っ掛かってるよね。」 「分かっている。暫く気を付けるのだが、警戒が緩んだ頃にやられる。」 「流石スリザリン生だねえ。やられてる方もスリザリン生どころか寮監だけども。」 とてつもなく険しい表情をしてこちらを見ているが、耳を赤くしてキスされた顎を押さえている姿は全くもって恐ろしくもなんともない。 「糖蜜パイを4切れと、君の淹れてくれた紅茶に角砂糖を4つ入れた朝食がいいな。」 「気持ちが悪い…。」 「それにしても、糖蜜パイを食べたいかって聞かれたときは驚いたよ。」 その糖蜜パイを変身の翌日に、疲れ果てておらずに食べられるなんてとても幸せだ。 「変身時に甘いパイが食べたいと感じられるならば、それは肉食獣の本能に打ち勝ったことに他ならないとアレが言ったのだ。私も一理あると思ったから、あの質問をさせた。」 「うん、本当にそう思った。聞かれて糖蜜パイが頭に浮かんだ時、僕は人間なんだ…っ……てっ」 「泣くな。面倒くさい。」 「…セブルス、大好きだよ。」 「お前までやめてくれ。頭がおかしくなりそうだ。」 ひとしきり笑った(リーマスだけが)あと、ネビル辺りが見たらその視線だけで気を失ってしまいそうなほど不機嫌極まりない、眉間にこれでもかと皺を寄せ口をへの字にしたセブルスに城の門まで見送って貰う。 長々と彼の、次の服用までの体調管理についての説明を受けていると、スクールバックを肩に掛けたハリーが走って来た。 リーマスにぶつかるようにして止まると、スクールバックから小さめのボストンバックを出す。 「これ持って行って練習して！」 中を覗くと底が見えない。 「あ、検知不可能拡大呪文かけてあるから、タイプライターを出すぞって考えながら手を入れて。用紙類も入ってるから。」 「ありがとう、ハリー…。」 「面倒だから泣くな。」 「まだ泣いてないよー。」 「二度とあの様な戯れ言は聞きたくない。」 セブルスの言葉に、それまでニコニコしていたハリーの表情がすっとなくなり、肌にピリピリする魔力がリーマスへ向けられた。 「戯れ言って何？」 「感謝を伝えただけだよ。」 「いいから早く行け！」 「ねぇ、戯れ言って何…？」 いよいよ肌に刺さるハリーの魔力が強くなり、慌ててホグズミートへ逃g(ry…発ったリーマスであった。

セブルス贔屓…です。多分。<br />ルスネでもありません。<br />ハリーの被っていた猫が脱げ始めました。

泣いた狼

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　 　選んだ道に後悔はない。 　進んだ道に間違いなどない。 　ただ従順だったワケじゃない。 　全てを委ねていたワケじゃない。 　ただ、あまりにも眩しく、そして研ぎ澄まされた信念が、正義が。 　己にとって、生命を賭けるに値するものだと信じながら。 　手を汚す事も、誰かに恨まれようとも、憎まれようとも。 　それが己の選んだ道であるから、と心を奮い立たせて突き進む。 　追いつけなくてもいい。そこに自分が存在していなくても構わない。 　ほんの少し。何かを思い出したついでに振り返ってくれれば、それだけで。 　それだけで、思い残す事は無いと思いながら。 「……困った」 　数日ぶりの自宅。寝室のテーブル前に腰を下ろしている僕は動かしていたペンを止める。 　テーブルの上には数枚の便箋。もしかしなくても手紙を書いている最中だ。誰宛の物か、など言うまでもない。 　結構、言いたい事や思っていた事は沢山あったと思うのだが、いざとなると中々言葉に出来ないものだ。 　刻限は明後日。この機を逃せば、二度と彼に会えなくなってしまう。 　相応の覚悟はしていたが、まさかこんなに早くお達しが来るとは思わなかった。 　公安が絡む事件は何かと他方面から反感を買いやすい。それが表に出てこなかったのは、すべからず結果を出し続けてきたからに他ならない。その為の手段を選ばなかった時も多々あったが、この国を護る為とあらば何にでも耐えてみせた。 　自分の意思で選んだ道を、自分の意思で信じた人を裏切る事だけはするまいと、今日まで至らないなりに務めてきたつもりだ。 　しかし、先日の爆破テロ事件がある種のトドメとなり、曖昧だった公安部への反感が遂に表面化し、徹底して叩かれる羽目になった。まぁ、それだけならまた何とかなったのだが…… 　まさか、その矛先のほとんどが自分に向けられるとは。 　それでも、他の連中に累が及ばなかった事をまずは良しとするべきか。 　公安警察として自分なりに毅然と振る舞ってきたが、やはり煙たがっている連中はそれなりに存在していたらしい。 　 　――ゼロとの繋がりを他の連中に知られるワケにはいかない。 　――彼の立場を考えれば、君が取るべき答えは限られてくる。 　覚悟はしていた。ゼロの連絡役を拝命してから、心のどこかで。 　その腕ごと切り捨てられる覚悟を。違いがあるとすれば、切り捨てるのが本人であるか否か位のものだ。 　ここまでの騒ぎになってしまったのであれば、それも致し方ないのかもしれないが。 「どうせなら、貴方に直接切り捨てられたかったですよ」 　その方がまだ諦めもつく。受けるダメージは深刻かもしれないが。 　 「……」 　だが、そうだな。この処遇は妥当なのかもしれない。 　何より、この騒ぎにあの人を巻き込むワケにはいかない。上層部もそれを理解しているからこそ、僕を連絡役から降ろそうとしているのだから。 　刻限が明後日と言うのは、他ならぬ自分が明後日まで謹慎処分を受けているからである。 　おそらく、降谷さんに報せが行くのも謹慎が解けるタイミングだろう。だから、彼はまだ知らないでいる。連絡が来ないのがその証拠だ。 「さて、何を伝えようか」 　書類整理は手慣れたものだが、やはり手紙は難しい。 　元来、自己主張が強いワケでもなく、文字とは言え自分の思いを相手に伝えるのは中々に勇気がいる。 　しかし、重ねて言うがこの機を逃せば二度と彼に会えなくなる。 “安室透”としての彼に会う事は不可能ではないにしろ“降谷零”としての彼には、きっと。 「……とは言え」 　やはり駄目だ。気の利いた文章が思いつかない。ありふれた事しか書けてないじゃないか。 　こうしてる間にも刻限は迫ってきていると言うのに。 「気分転換に外に出るか」 　謹慎処分など知った事か。伊達に今まで公安務めしてないんだ。違法作業に比べたらどうってことない。 　僕は持っていたペンをテーブルの上に置き、早々と立ち上がった。 　＊　＊　＊　＊ 　自分が置かれた状況とは裏腹に大通りはとても賑やかだ。 　こんな平日の昼間に町に繰り出すなどいつぶりだろう。純粋な非番であれば普通に楽しめたと言うのに。 「……」 　賑わっているが、町はいたって平和だ。 　ありふれた日常。自分達が護るべきモノ全てがここにある。その為に必死になって走り続けてきたんだ。 　あの人と共に、同じ志を持った仲間と共に。今までも、そしてこれからも走り続けていくものだと信じていた――矢先の謹慎処分である。 　……でも、降谷さんの事だからきっと心配はないだろう。 　自分が心配しなければならない程、あの人はヤワじゃない。それでも根っこはやはり人間だから一人ではどうしたって限界がある。当初は、それだけがとても気がかりだった。今は、少し違う。 　あの事件を経て得られた物がある。それは、降谷さんが決して一人ではなかったと言う事だ。 　彼の隣には、周りには、彼を支えてくれる人が確かに存在していたのだ。そしてそれは、この国を護る為の大きな力として作用している。 　あの人は独りではなかった。その事実を知った時、自分の事の様に嬉しかったのを覚えている。 「……こう言う事も伝えた方が良いのか？」 　二度と会えないのなら、思っている事は全て伝えた方がスッキリするだろうか。 　逆に気味悪がられるかもしれない。そもそも僕に言われて喜ぶとも思えない。やはりやめておくべきか。 　それでなくても、仕事中は何かと手を煩わせてばかりだったし…… 「……」 　考えてみれば、面と向かって褒められた事は……遂に一度も無かったな。 　いや、褒めてもらう為に頑張っていたワケじゃないが、期待に応えられなかったのは心残りと言えば心残りだ。 「ん？」 　見慣れた通りの片隅に、不思議な雰囲気の古本屋を発見した。こんな場所に本屋なんかあったのか。僕が知らなかったのか、ここ最近オープンしたのか。 「ふむ」 　どうせ行く当てのない外出だったんだ、少しくらい立ち寄ってみるのも面白い。 　好奇心にかられ、僕は古本屋へと足を運んだ。 “猫の古本屋”と書かれた看板を確認し、扉を開く。 　内装は想像以上に古ぼけているが細かい所まで手入れが行き届いた空間だった。沢山の本棚にはビッシリと本が収納されており、テーブルと椅子も幾つか用意されている。 　何故だろう。この空間がとても広く感じる。 「いらっしゃいませ」 　っ！　慌てて奥の方に振り返ると、そこにはいつの間にか黒衣の若い娘が立っていた。 　店員だろうか。鮮やかな紫の眼がとても印象的だ。 「見ての通りの古本屋にございますれば。どうぞごゆるりと、きっと探し物も見つかると思いますわ」 「探し物？　いや俺は……」 「えぇえぇそうですわね。ですが、ここを訪れた方は必ずご自分の探し物を見つけてるのでございます」 　随分と意味深な言い方をする。そんな風に言われては本当に探し物をしに来た気分になってくるな。気分転換と考えれば悪くないかもしれないが。 「気に入った物がございましたら私の所までどうぞ。 　そこの椅子に腰かけて読書をしていただいても構いませんわ。時間は有限ではありますが、時にはゆっくりと身体を休ませる事も重要です」 「あぁ、ありがとう。では、お言葉に甘えさせてもらうよ」 　見たところ客は自分だけの様だし、少しくらいなら良いか。 　キョロキョロと辺りを見回す。ざっと確認した感じ、ジャンル毎に区分けされている様だ。右奥の方は文庫本、比較的入口に近い場所には漫画がギッシリと並べられていた。 「ん？」 　その時、漫画コーナーの本棚に一輪の花を発見する。 　薄い蒼の花弁がとても美しく、しかしそれは本棚の隅にそっと置かれていた。 　どうにも気になってしまい、僕はその花を手に取り、店主である娘に声をかけた。 「いかがなさいましたか？」 「大した事じゃないんだが……本棚の隅にコレが」 　手に取った花を彼女に見せる。 「あらあらまぁまぁ。それは“勿忘草”でございますわね」 「ワスレナグサ？」 「花言葉は大きく分けて二つ。一つ目が……」 “私を忘れないで” 「――ッ！」 　まるで心臓を手で掴まれた様な、そんな衝撃を受けた。理由はわからない。 　いや……わからないフリをしていたのだろうか。 「……」 　手に取った小さな花をもう一度見つめてみる。 「私を――」 　忘れないで。 　道端にひっそりと咲いている野花であったとしても。 　ただそこに、確かに花が咲いていた事をどうか忘れないで下さい。 「……」 　家を出る前はこんな言葉は思い浮かばなかったな。 　そうか、僕は忘れられたくないんだな。例え、もう二度と会えなくなるとわかっていても。 「お客様。何やら思うところがおありのご様子」 　小さな椅子に腰かけていた娘は静かに立ち上がる。 「ここでお会いしたのも何かの縁にございますれば」 「……あぁ、そうだな」 　ここは不思議な空間だ。 　少しくらい吐き出しても、誰も咎めはしないだろう。 　流石に事件の全貌を明かすワケにはいかず、その辺りは掻い摘んで端折ったが…… 　 「では、貴方様は今の立場を解任されるかもしれない危機に陥っていると言う事ですのね」 「解任はほぼ確定だと思う。 　良くて地方へ左遷、最悪の場合は警察そのものを辞めなければならなくなる」 「まぁ、それはそれは……」 　言わば、これは人柱……あるいは他の者への見せしめか。 　考えすぎと言われればそれまでだが、タイミングを考えるとどうしても深読みしてしまう。 「最悪のケースだけは避けたいところだが、こればかりはどうようもない。 　自分は飛び抜けて優秀ではないにしろ、それ相応のキャリアと実績を重ねてきたつもりだ。それ以上に警察官としての誇りがある。使命感と言ってもいい。 　この国を、そこに住まう人達を護る為に手段を選ばなかった時もあったし、それが災いして周囲からの反感を多く買っている事も自覚していた。 　だから、正直に言えばこれでも結構ショックが大きかったりするんだよ」 　ギュ、と拳を作りながら僕は見ず知らずの娘に己の心境を語っていた。 「貴方様がいなくなってしまったら、困る方も沢山いらっしゃるのではないのですか？」 「それは、きっと問題無い。彼等は優秀だ、俺がいなくなった穴もすぐに埋めてくれる。 　ただ、そうだな……少し欲を言えば、自分が確かにその席にいた事を忘れないで欲しいって位だな」 　テーブルの上に置いてある勿忘草の花弁に軽く触れる。 　忘れなければ、その意思は受け継がれていく。志半ばで逝ってしまった仲間の事も、もう此処にはいなくても自分達が忘れなければ、そうすれば。 　彼等が生きていた証を、生き残った者達が受け継いでいけばいい。 　風見裕也が確かに公安警察であった証を、そうやって受け継いでもらえれば。それだけで救われる、きっと。 　自分の今までの頑張りが決して無駄ではなかったのだと。 「それで……特にお世話になった上司に手紙を送ろうと思ってね。 　普段中々言えなかった事や思っていた事を一気に伝えるチャンスだと、いざ筆を取ったはいいが……気の利いた言葉が何一つ出てこなくて」 「そうでしたか。ですが、まだ警察を辞するかどうかも決まってないのにそれは些か早計ではありませんか？」 「うん、それはそうなんだが……彼はとても忙しい人だからね、これでも遅すぎる位なんだよ」 　今頃何をしているのだろうか。安室透としての日常を過ごしているのだと思うが。 　唯一の気がかりは、貴方がいつも独りぼっちだったと言う事。でも、今は違う。いや、自分が知らなかっただけで、本当はもっと以前からそうだったのかもしれない。 　寂しくないと言えば嘘になる。本音を言えば、これからも彼の部下として在り続けたかった。 　しかし、その為に周りを巻き込むワケにはいかない。自分一人だけで事足りると言うのなら、それが正義を貫く為に必要だと言うのなら、僕に迷いは無い。 「……ありふれた言葉でもよろしいのではありませんか？」 「え？」 「お手紙の話にございます。自分の思いを伝えるのであれば必要以上に意識する必要はございません。 　身体を大切に、あまり無理をしないように……そんな感じでよろしいのではありませんか？」 「そう、なのかな……」 「ですが、お手紙を完成させる為にはまだ足りない要素がおありのご様子」 　そう言うと、娘は奥の部屋に目を向ける。 「光蘭、光蘭」 　コウラン？　人の名前か？　 　特に何も言わず成り行きを見守っていると――程なくして、ひょっこりと現れたのは一匹の黒猫だった。首には鈴のついた赤いリボンが巻かれている。 　黒猫は実に軽やかな動きでテーブルの上に跳び乗り、僕と向き合う形になる。 「よォ、眼鏡の兄さん。辛気臭ェ顔してやがンなァ」 　開口一番、遠慮の無い一言を僕に向けて言い放った。 　目の前のいる黒猫が、物凄いフランクな物言いで、僕に向かって。 「な、なな、なっ――！？」 　思わず椅子から転げ落ちそうになるが何とか堪える。 　何だこれは！？　僕は夢でも見ているのか！？　猫が、いや動物が、人語を解するなど！！ 　対する黒猫は呑気に欠伸なんかしている。一体何がどうなっているんだっ！？ 「どうぞ落ち着かれて下さいませ、お客様。 　全ては夢幻の如く――夢から覚めれば露と消えるが[[rb:運命 > さだめ]]」 「ゆ、夢……？」 　なら、僕はやはり夢を見ているのか？ 「物の例えと言う物にございます。 　光蘭、果たすべき務めはわかっておりますわね？」 「あいよ。ちゃんと案内してくらァな」 　あ、案内？　どこかに連れて行くつもりなのか？ 「お客様」 　娘はス、と流麗な動きで人差し指を立てる。 「手紙を完成させるに辺り、貴方様には“決定的に足りていない”要素がございます。 　案内はそこの光蘭がいたしますので、お客様はただ後続するだけでよろしいですわ」 「足りてない要素……？」 「“大事なもの程目に見えない”――つまり、そう言う事になるのでしょう」 　大事なもの……か。それが何を意味しているのかはわからないが。 「眼鏡の兄さん、ボーっとしてねェで俺について来な。案内してやるよ」 　光蘭と呼ばれた黒猫はピョン、と危なげなく跳び下りる。 　夢であろうとそうでなかろうと、目の前にいる黒猫が口を利いている事実は変わらない。ならば、ここは話を合わせていた方が動きやすいか。 「わ、わかった。よろしく頼むよ」 「うーい」 　猫と共に古本屋を出る。それとなく振り返ると、満面の笑みを浮かべた彼女がフリフリと手を振っていた。 「務めを果たしたら、お客様と共に戻ってくるのですよ」 「わーってるよ。んじゃ行くぞォ」 　……こうして見ると、かなりシュールな光景だな。 　夢と現実の区別もままならない状態で、とりあえず僕は黒猫の後をついて行く事にした。 　 [newpage] 　大通りは相変わらず平穏そのものだった。 　太陽は真上に昇っているところを見ると、そろそろ昼飯時か。生憎と不摂生に慣れてしまった身体は空腹を訴えてはこないのだが。 「ところで兄さん」 「な、ちょっ！」 　人の往来ド真ん中で話しかけられても困るんだが！？ 　 「あー、その他大勢の事ァ気にしなくてもいいぜ？　現に俺達、注目も何もされてねェだろ」 「た、確かに……」 　ズレかけた眼鏡をクイ、と直しながら辺りを見回す。 「“[[rb:姿隠し > インビジブル]]”は俺達の[[rb:十八番 > おはこ]]なんでな。だから他人の目を気にする必要はねェよ」 「な、なるほど……」 　今サラリととんでもない事を言っていた気がするが、あまり深く考えない方が良いのかもしれない。 「それにしても、足りてない要素と言うのは一体……」 　何度考えても思い当たる節が無い。あの言い方だと、僕には何か欠けている部分があるみたいだ。 「そーだなァ。それじゃ、俺がいくつか質問すっから適当に思った事を答えてくれ」 「ん？　わかった」 　僕達は右の曲がり角に進む。このまま行くと米花町の五丁目に差しかかる。 「車の行き来が激しい交差点で、デカい荷物を背負ったじーさんばーさんがいたとしよう。お前ならどうする？」 「荷物の規模にもよるが、一緒に横断歩道を渡ってるな。普通に放っておけないだろう？」 「んじゃ次。場所は公園かそこらでいいか。とにかくお前さんはそこで大泣きしている女の子を見かけたとして、どうする？」 「まずは泣いている理由と原因を訊いて、解決の為に手を貸す。仮に迷子だったとしたら一緒に両親を捜したりな」 　この辺は職業柄見て見ぬフリは出来ないが。 「アンタ、公安警察にしとくの勿体ない程お人好しだなァ」 「そ、そうか？　と言うか、それは褒めているのか？」 「今のご時世、他人にそこまで目を向けられる奴は早々見つからないぜ。その点に関しては誇ってもいいぞ」 「え、えーと……ありが、とう？」 　やはり彼なりに褒めてくれたのだろうか。何だか異様に照れ臭い。 「あ、光蘭。ちょっと待ってくれ」 　先行する黒猫に待ったをかける。 　やはり五丁目となればこの道を通るのは半ば必然か。 「この喫茶店がどうかしたのか？」 「まぁ……個人的に何かあるワケではないが」 　僕達は一旦立ち止まり、窓越しに店内の様子を窺う。 　時間帯的にランチタイム真っ只中か。いつにも増して賑わっているのがよくわかる。 （降谷さんは……） 　いた。穏やかな笑みを浮かべながら調理をしている姿を捉える。 　一緒に務めている女性店員と共に、忙しないながらも店内はとても平和だ。 「何々？　もしかしてこの中にお前さんの上司がいるんか？」 「えっ！？　いやその、何て言うか」 「でもなァ、兄さんの上司って事ァ同じ穴の狢だろ？　それっぽい風体の客は見当たらないンだよなァ」 「ははは……」 　まさかカウンターの奥で調理中の青年が上司だとは言えるワケもなく、僕は適当に笑ってその場を誤魔化す。 　うん、あの様子だと僕の事はまだ知られていないみたいだ。それはそれで一安心か。 「すまない、時間を取らせた。行くとしようか」 「もういいのか？」 「あぁ、大丈夫だ」 　最後にもう一度、チラッと降谷さんの姿を確認し、僕達は先へと進む。 「もしかして、腹減ってたとか？」 「いや、どう言うワケが腹が空かなくてね。もう寄り道はしないから安心してくれ」 「ういよ」 　この会話を最後に、僕達はしばらく無言で歩き続けた。 　五丁目を抜けて、小学校の通学路を進み、小さな公園を通り過ぎて―― 　十分位歩いただろうか、住宅街から少し離れた道に差しかかる。 「さて、眼鏡の兄さん。コイツが最後の質問だ」 　ここで沈黙を破ったのは光蘭だった。まだ続いていたのか、その話。 　最後と言っていたが、今度はどんな質問をするつもりなのか。 「……ん？」 　ふと気がつくと、道路の真ん中で小さな白い犬がいた。 　首輪は無い。身体も少し汚れているところを見ると野良犬なのだろう。 　しかし、その小犬はまるで誰かを待ち続けているかの様にその場から動かなかった。 「さて、兄さん」 　光蘭はそのまま前進する。対する僕は――逆にその歩を止めていた。 　小犬が鎮座する傍ら……アスファルトに刻まれる様に残されているのは、まさか。 「人気の少ない道路を歩いていたその時、半ば暴走していた車に轢かれそうになっている小犬をお前さんは目撃した」 　声が出ない。身体が動かない。 　代わりに脳内をよぎったのは、フラッシュバックする過去の……過去の？ “――危ないっ！！” 「お前さんは“どうしたと思う？”」 「あ……まさ、か……まさか」 　その場に座り込み、両手で頭を抱える。 　僕、僕は……この小犬を…… 「助けた、のか」 　ならば、道路に残された“血痕”は、僕の物だと言うのか。 　よく見るとタイヤの跡も自己主張が激しい位に刻まれている。どれだけの速度で走らせていたのだろうか。 「兄さん。確か明後日まで謹慎かっ喰らってるって話してたよな」 「え？　確かに話していたが……」 「スマートフォンで日時を確認してみな」 　言われるがままポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。 「！？」 　液晶画面に記されていた日時を見て愕然とする。 　一週間以上も経過しているだと！？　つまり、タイムリミットはとっくに過ぎているって事になる。 「そんな！　なら、今ここにいる俺は何だって言うんだ！」 　あの人に何一つ伝えられないまま時間だけが過ぎていったと言うのか。 「――お前さんはこの犬コロを庇った。おかげてコイツには掠り傷一つ無い」 「……」 「思い出せたか？」 「……部分的にだが、小犬を助けようとしたのは間違いない」 　特に深い意味があったワケじゃない。 　本当に、本当に純粋に身体が勝手に動いていた。それ以外の理由は見つからない。 　道路の血痕が物語っているが、僕自身はタダでは済まなかっただろう。であれば本当に、今ここにいる僕は何だと言うのか。 「お前さんは心根の優しい人間だ。だから常に周囲に気を配れる。警察官と言う職業とも相性はよかっただろう」 　唐突に光蘭は語り始める。僕は無言のまま耳だけを傾ける。 「だが、そんなお前さんにも見えていなかったモンがあったんだよ」 「それは……？」 「他でもない“お前さん自身”さ」 　僕自身、だって？ 「アンタは周囲に気を配るあまり、致命的なまでに自分を顧みる事をしなかったのさ」 「……」 「なァ兄さん。俺にはちょいと理解できねェよ。 　何でアンタみたいな人間が痛い目を見なきゃならねェんだ？　どんな小さな命に対しても親身になって、心を砕ける様なお人好しのアンタが、どうして」 　……違う。僕は、そんな立派なものじゃない。ただ己の責務を果たしていただけだ。 　本当は、もっと大きなものを護れる様な存在になりたかった。本当は…… 　僕は、本当は何を望んでいたのだろう？ 「言っただろ？　アンタは周囲を気遣うあまりに“自分を愛する方法を忘れちまったんだよ” 　だから、躊躇い無く自分を犠牲に出来る。周りを生かす為にアンタは自分の命を投げ捨ててしまう」 　……そうなのだろうか。僕は皆に迷惑をかけまいと、出来る限り傷つかない様にと、円滑に事が運べる様にと考えながら動いていただけで…… 　皆が無事なら、それに越した事は無いと、そう思って。 　なら、どうして。 　どうして今になって降谷さんに手紙を送ろうなどと考えたのだろう。 「……」 　忘れないで。 　私を忘れないで。 　貴方が歩く道の端に、私と言う花が咲いていた事を。 　どうか、どうか忘れないで下さい。 「……」 　でも、本当は。 　本当は―― 「……！」 　声を殺し、頭を垂れる。 　ポタポタと零れ落ちる涙がアスファルトを濡らす。 「兄さん」 「う、うぅっ……俺は、ぼく、はっ……」 　選んだ道に後悔はない。 　進んだ道に間違いなどない。 　ただ従順だったワケじゃない。 　全てを委ねていたワケじゃない。 　ただ、あまりにも眩しく、そして研ぎ澄まされた信念が、正義が。 　己にとって、生命を賭けるに値するものだと信じながら。 　手を汚す事も、誰かに恨まれようとも、憎まれようとも。 　それが己の選んだ道であるから、と心を奮い立たせて突き進む。 　追いつけなくてもいい。そこに自分が存在していなくても構わない。 　ほんの少し。何かを思い出したついでに振り返ってくれれば、それだけで。 　それだけで、思い残す事は無いと思いながら。 　そう思いながら、本当は。 「兄さん。手紙、書けそうか？」 「……」 　必死に涙を塞き止めながらコクリ、と頷く。 「難しい話は後にして、とりあえず戻ろうぜ」 「……」 　僕はやはり無言のまま首を縦に振った。 　＊　＊　＊　＊ 「お帰りなさいませ」 　古本屋に戻ると、すぐに彼女が出迎えてくれた。 　テーブルの上には数枚の便箋にボールペンが一本置かれている。 「おう、戻ったぞ」 「た、ただいま」 　ただいま、と言うのも変な感じだ。 「どうやら、足りなかったものを手に入れられた様ですわね」 「まだ実感が湧かないが、多分」 「では、貴方様が置かれている状況も」 「それも、理解した」 　僕は店の奥に移動し、椅子に腰かける。店主の娘も向かいの席に座り、光蘭は軽やかな動きでテーブルの上に跳び乗った。 「しかし、やはりわからない。 　俺が交通事故に巻き込まれたとしたら、今ここにいる俺は一体何なんだろうって」 　あれだけの出血量なら病院に運ばれて即入院しているハズなんだが。 　小犬を助けたまでの記憶は取り戻したが…… 「まぁ、それはですねお客様」 「うん」 「文字通り“死にかけている”からに他ありませんわ」 　そうか、僕は死にかけている―― 「ちょっと待ってくれ！？　死にかけてる！？」 「ついでに申し上げますと、貴方様のケースは交通事故では済まされなくなってますのよ」 「な、何？」 「あれ、俺言い忘れてたっけ？　兄さんを轢き潰した奴な、まだ捕まってねェんだよ」 　それはもう立派なひき逃げじゃないか！　確かに事故じゃ済まされない。 「犯人捜しは貴方様のお仲間にお任せするといたしまして、話を元に戻しますと…… 　貴方様は現在“幽体離脱”をしている状態と言えましょうか」 　幽体離脱？　あぁもう完全に現実味を帯びていない。 「肉体は言わば魂の器。しかしながら、貴方様の肉体はその魂を収める程の生命力が損なわれている状態にあります。 　非常に危険な状態ではありますが、貴方様がここにいると言う事はまだ最悪の事態には至っていない証拠でもありますわね」 　それは喜んでいいのか悲しんでいいのか…… 「直前と直後の記憶が曖昧なのも致し方ありません。と言うワケで、張り切ってお手紙を書きましょう」 　ニッコリと笑って彼女はテーブルの上に置かれたレターセットを指さす。 　え、何の脈絡も無く話を軌道修正したぞこの娘。 「し、しかし……あれから一週間も経過している。今更手紙を出したところで……」 「何眠たい事言ってンだ兄さん。アンタが生きるか死ぬかの瀬戸際って時に、話を勝手に進める様な奴がいるかよ」 「えぇえぇそうですわね。タイムリミットは過ぎたのではなく延長されていると思って良いでしょう。 　これはまたとないチャンスではありませんか？　貴方様の人と成りを改めて周りの方達に知ってもらいましょう」 　色々と理解が追い付かない部分はあれど、確実に言える事は目の前にいる一人と一匹は僕の身を案じてくれている。 　しかし、幽体離脱となると在り方としては幽霊に近い。そんな状態でペンが握れるのか…… 　握っていたか、自宅にいた時既に。 　結構、何でもアリなんだなァ……状況とは裏腹にそんな事を考えながら僕はボールペンを手に取る。 「えぇと、拝啓「はいボツ」 　間髪入れずに添削入ったんだが！？ 「ンな堅苦しい導入は必要ねェんだよ！　もっと柔らかくいけ柔らかく！」 「い、いやいや！　だってコレ上司宛の手紙なんだぞ！？」 「上司だろうがなんだろうがお前さんの本音を伝える為の手紙なんだろうが！　回りくどい書き方せんで直球で攻めんかい！」 　死にかけてる状態で猫に説教喰らうとか、この先一生ない体験だろうな。 　なんてしみじみしている場合じゃない。とにかくこの便箋を埋めなければ。 　本音……本音か。 　僕は降谷さんの事を、本当はどう思っていたんだろう。言葉に表すのは中々難しいな。 「初々しいですわねェ」 「素直に喜べないんだが」 「ほれ、手が止まってるぞ兄さん」 　えぇい、こうなったらヤケクソだ。 　思いつくまま書いてやる。今は渡す相手が“上司”である事を忘れた方がよさそうだ。 　上司と言う枠組みを取り除けば、僕が降谷さんに対して何を思っていたのかがわかるハズだ。 「……」 　お変わりありませんか。元気で過ごせていますか？ 　私の方は、正直に言うと何とも言えない状況ではありますが、まぁ変わりは無いと思います。 　左腕の具合はどうですか？　完治するまでちゃんと診てもらわないと駄目ですよ。 　あの小さな名探偵の少年に会う事があれば、よろしく伝えておいて下さい。 　本当は自分で出向くべきではありますが、それがいつになるかわからないので。 　勝手な申し出ではありますが、重ねてよろしくお願いします。 「……」 　今日まで、貴方の部下として務められた事は自分にとって最高の誇りであり、また充実した毎日でありました。 　出来る事なら、部下の一人としてこれからも在り続けていきたかったのですが、どうやらそれは叶いそうもありません。 　唯一つ、願うならば。 　貴方がこれまで歩んできた道の端に、私と言う花が咲いていた事をどうか忘れないで下さい。 　貴方がこれまで歩んできた道の端に、風見裕也と言う存在がいた事をどうか忘れないで下さい。 　どうか、身体にはお気をつけて。 　貴方は決して独りじゃない。その事も、どうか忘れないで下さい。 「……結局、上司の枠組みは取れなかったか」 　ただ、今まで以上にスラスラと書けたと思う。 　 [newpage] 　 「兄さん兄さん。これだけじゃァ遺書と間違われるかもしれねェぞ」 「ん？　そうなる可能性も捨て切れないからな」 　死にかけていると言う事は、回復する可能性もあればそのまま死んでしまう可能性だってある。 「どっちに転ぶかはアンタ次第だろうけどよ、もう一押し必要だろ。肝心な部分が抜けてるじゃねェか」 「……やっぱり書かないと駄目なのか？」 『駄目』 　そんな声をハモらせて言わなくても…… 「……」 　そうだ、これが最後になるかもしれないんだ。 　伝えられるなら、やはり伝えておくべきだろう。どんな風に受け止められようとも。 「よし……これで」 　僕は最後の一文を書き上げる。 　これが、風見裕也が降谷零に伝える、嘘偽らざる本音だ。 　上司と部下と言う枠組みを取り除いた、僕と言う人間としての。 「よろしゅうございますわお客様。 　では、こちらの封筒をどうぞ」 「ありがとう」 　手紙を折り畳み、手渡された封筒に仕舞う。 「それと、こちらも」 　併せて渡されたのは手作りの栞だった。 「貴方様が見つけた勿忘草を押し花にしてこしらえました」 「なるほど……」 　随分と器用な事をするんだな。だが、とても綺麗に仕上がっている。 　僕は手紙と共に栞も中に入れ、封をする。 「完成だっ」 「うぇーい」 「おめでとうございます、お客様」 　一人と一匹が盛大に拍手を送ってくれる。 　たかが手紙一つで、などと思うだろうが僕にとっては何にも代え難い一時だった。 「後はどうやってその手紙を届けるか、ですが……」 　確かに、次の問題はそこだ。 　降谷さんは都内にいくつかのセーフハウスを設けている。しかし、問題はどのセーフハウス宛に送るかだ。 「面倒ですので直接渡す事といたしましょう」 「えっ！？　いや、第一俺は死にかけて幽霊同然のハズでは！？」 「そう言えばそうでしたわね。では古今東西の習わしに従い、置き手紙作戦でまいりましょう」 　 　作戦立てる程のものなんだろうか…… 　置き手紙、か。まるでラブレターを渡すみたいじゃないか。 　そんな上等な物でもないんだがな。 「ありがとう、色々と世話になった。後は俺一人でも大丈夫だ」 　本当に何から何まで不思議な時間だった。 　この古本屋の存在も、そこに住まう彼女達も。 　己の身に降りかかった災難を、何故彼女達は知っていたのか……そして、こんな僕に対して親身になってくれたのか。 　わからない事は多々あるが、今は手紙を完成出来た事を喜ぼう。 「それではお客様。最後に一つだけ」 「？」 「貴方様が災難に見舞われて一週間。そろそろ身体の方にも何かしらの兆候がありますでしょう。一時的に意識を手放す事になりますが……まずはそうなる前にお手紙をお届けになられた方がよろしいでしょう」 「ふむ、了解した」 「そして、意識を取り戻した時――貴方様がここではないどこかにいらっしゃるのであれば無事に生還を果たせたと言う事です。 　ですが、もしもまたこの場所に戻って来ていたその時は――」 　彼女は店の奥をクイ、と指さす。 「私達と共に、古本屋を営んでみてはいかがでしょうか？」 「そうだなァ。お前さんなら俺も歓迎するぜ」 　……この場所に戻って来ていたその時は……僕は生きる事が出来なかったのだろう。 　僕は自然と口元を緩めた。 「気遣い感謝する。だが」 「そうならない事を祈っておりますわお客様。いえ、どこの誰とも知れぬ方」 　僕達はその場で握手を交わす。 「それじゃ、行ってくるよ」 　僕は彼女達に背を向け、そのまま振り向かずに進む。 　あの人がそうしてきた様に、真っ直ぐと前を見据えながら。 　職場でもなくセーフハウスでもなく……となれば、行き着く先はやはりここか。 　昼間通りがかったポアロの前で僕は立ち尽くす。 　幽霊同然であれば僕の姿は皆には見えない。 　光蘭が姿隠しがどうこう言っていたが、アレは今思えば自分自身を隠す為に行っていたのだろう。 　普通に中に入ろうとしたら軽く心霊現象になってしまうな。 「うーん」 　仕方ない。典型的な方法だが…… 　僕はそのまま前進し、扉に近づく。 　そして、ほんの僅かな隙間に手紙を差し込んだ。 　これでいいか。ちゃんと降谷さんの手に渡ればいいのだが。 　ふう、とまずは一呼吸置く。 　さて、後は身体に戻るのを待つしかない、か。 　カランカラン…… 「！？」 　立ち去ろうとしたその時、ベルの音と共に扉が開け放たれた。 　見えていないと理解しつつも思わず後ずさってしまう。 　扉が開くと同時に挟んでいた手紙が地面に落ちる。 　しかし、扉を開けた本人はすぐに膝を折り、落ちた手紙を拾い上げた。 「手紙？　宛名は……安室さーん」 　扉はすぐに閉められた。拾ったのはポアロの女性店員。宛名を書いていたのが幸いしたか。 　拾ってくれたのが彼女で本当によかった。これで間違いなく降谷さんの手に行き届く。 「ふう」 　あぁ、安心したら一気に気が抜けてしまったな。 　ヨロヨロとした足取りでポアロに背を向ける。 　グラリ、と視界が回転したのはその時だった。 　丁度良いタイミングだ。手紙は無事に届いたし、思い残す事はもう……いや、まだ死ぬつもりはないが。 　あぁ、目がかすむ。僕はこの後どうなるのだろう。 　降谷さん。せめて、最後に―― 　＊　＊　＊　＊ 　公安警察で在り続ける以上、心を強く持たなければならない。 　でも、自分は自分が思っているほど強いワケではなかった。自覚はしていた、だから。 　だから、無意識の内に心を閉ざしてしまったのだろう。 　自分を顧みなければどんな重圧にも耐えられると、そう思って。結局は見て見ぬフリをしていただけだが。 　ただ、悪い事はかりではなかった。自分に向けなくなった視野は周囲を見ると言う点に置いては非常に役立った。 　自分は何も言われても、何をされても大丈夫。でも他人はそうじゃないから、皆が皆、自分と同じなハズがないから。 　傷つくのは自分だけでいいと、思い込んでいた。 　僕は心を閉ざしているから。どんな痛みにも耐えられるから。 　何よりも、貴方の部下で在り続けたかったから。 　いつか、いつの日か振り向いてもらえる日を信じながら。 　でも、本当は。 　本当は……誰かに助けを求めたかった。 　助けてほしかった。だけど、長く心を閉ざしていた自分には出来ない相談だった。 　だから、だから―― 　僕を、忘れないでいてほしかった。 （あぁ、僕は） 　目が覚めたら、どこにいるのだろう。 　天国や地獄の概念があるなら、僕はどちらに辿り着くのだろう。 　落ちていく。下へ、下へと。 　ならば、逝き着く先は、きっと―― 　ドサドサッ。 「～～ッ！？」 　突き抜ける様な痛みが全身を駆け巡り、思わず悶絶する。 　おそるおそる目を開いてみると、見覚えのある天井が視界に入り込んだ。 　見覚えがある、と言っても自宅でもなければ職場の仮眠室でもない。 「……警察、病院……？」 　痛みに耐えながら何とか起き上がる。 　間違いない、この内装は警察病院だ。収容され、そのまま入院していたのか。 　布団と一緒に転げ落ちたおかげで大したダメージにはならなかった様だ。これ以上傷を増やしたくない。 　そうか、僕はちゃんと戻って来れたのか。 　地獄に落とされる事も覚悟していたが、まずは安堵の息を吐く。 「……ん？」 　廊下を走る音？　随分と急いでいるみたいだが…… 　何だか、だんだんこっちに近づいてきている様な気がする―― 　ガチャッ！ 　気がする、ではなくそのものズバリで近づいていた。 　ノックも無く開け放たれた扉の先に立っていたのは、私服姿の降谷さんだった。 「……」 　耳が痛い程の沈黙が流れる。これはいけない、何か言わなければ。 「お、お疲れ様です」 　……ってそうじゃない！　どう考えてもこれは違う！ 「……ッ！」 　降谷さんは扉を閉め、大股でこちらに接近して来る。 　反射的に間合いを取ろうとするが、すぐ背後にはベッドがある。 　怒ってる。絶対に怒っている。思い当たる節がありすぎて逆に泣けてくるんだが。 　心を閉ざし、痛みに耐えられるだけの精神力を備えたつもりだが、この人の叱責だけは別格だ。存在そのものが別格と言うか……あぁ、今はそんな事を考えている場合じゃない。 　降谷さんはその場に膝をつくと、そのまま両腕を伸ばしてくる。 「ふ――」 　身体を引き寄せられ、抱き締められる。 　怪我を考慮してか、その力は思いの外優しかった。 「――手紙」 　ピクリ、と身体が反応する。 「読んだよ、全部」 「そ、そうですか……」 　どうしよう。これが最後だと、かなり好き勝手な事を書いてしまったからなァ。 　 「僕は元気だし、体調も崩していない。 　左腕の怪我も完治している。君の言う様な無茶も、ここ最近はしていない」 「それは、何よりです」 「コナン君に会いたいなら自分で行けばいい。あの子も君の事を気にかけていたから」 　あの少年が、自分を？　気にかけられる様なことをしたのだろうか。 「……何故、何も言わなかった」 　僕を抱き締める腕に力がこもる。ただ、その力加減は絶妙だった。 「それは……」 「何故、君だけが罰を受けなければならないんだ！　そうやって君は、いつも他人の事ばかり心配して！」 「降谷さん、落ち着いて下さい」 　どうしよう、どうすればいいのか。 　僕はただ、皆を巻き込みたくなかっただけなのに。 　自分の事で貴方の手を煩わせたくなかった。それだけだったのに。 「痛かっただろう」 「……！」 「辛かっただろう」 「……あ、貴方に比べたら、この位は」 　視界が滲む。駄目だ、これでは。 　強くあらねばならないんだ。どんな痛みも苦しみも耐えられる様に。 　 「僕なんか可愛い方だよ」 「そ、そんなことは」 「だって僕は“独りじゃない” 　君がそう言ってくれたんだろう？」 　……手紙の内容、覚えてくれていたのか。 　そうか。この人はちゃんと理解していたんだな。僕に言われるまでもなく。 「風見」 　その声色は、とても優しい。 　彼は僕の背中に回していた腕を解き、今度は両肩を掴む様に手を置いた。 「もう、いいんだ」 　ビクリ、と身体が強張る。 「君は優秀だ。でも、その為に自分を犠牲にするのはもうやめてくれ。 　確かに僕達は強くなければならない。必要とあれば汚れ役も買って出る。 　だけど、それは君一人が抱え込んでいいものじゃないんだ」 「で、ですが……」 「僕を頼れよ、頼ってくれよ。僕はそんなに撃たれ弱く見えるか？ 　他の連中だってそうだ。自分の身はちゃんと自分で守れるんだ、そうだろう？」 “もう一押し必要だろ。肝心な部分が抜けてるじゃねェか” 　本当に、いいのか？ 　この扉を開いてしまったら、僕はきっと耐えられない。 「手紙、全部読んだって言ったろ？」 「っ！」 「だから、伝わってる。君の言葉、ちゃんと僕に届いているよ」 　唯一つ叶うならば。 　貴方の傍に在り続けたい――支えになりたい。 　それが風見裕也が降谷零に送る、嘘偽らざる想いです。 　傍にいたい。支えになりたい。 　でも、それも叶わない。 　どうすればよかった。嫌だ、とハッキリ言えばよかったのか。 　それでは周りの人間にまで累が及ぶかもしれない。 　僕は大丈夫。 　どんな痛みにだって耐えてみせる。 　耐えて、耐えて、耐え抜いて。 　それで皆が護れるなら、貴方と共に戦えるなら。 　でも、本当は。 　顔を上げられない。目も開けられない。 　あれだけ見たかった彼の表情を直視出来ないでいる。 「もっと早く、この手を取っていれば」 　優しい手つきで降谷さんは僕の右手を取る。 「もっと早く、気づいてやるべきだった」 「……っ……う、ぁ……」 「君は本当によくやった。本当に……」 “よく頑張ったな” 　心が痛い。締め付けられる様に痛い。 　固く閉じていた扉が開いていく。 　痛いのに、堪らなく苦しいのに、辛いのに。 「ごめん。これじゃ身体に障るな」 「……」 　必死に首を横に振る。せめて声は出すまいと必死に堪えながら。 　でも、涙だけはどうにもならなかったようだ。 　そのたった一言で、僕の今までが報われた様な気がした。 　それだけが、嬉しかった。 「君はまず“自分を愛する方法”を思い出さないとな」 「自分、を……？」 「あのな、自分で自分を甘やかすなんて簡単な事なんだぞ」 「……はい、その……すみません」 　ズズ、と鼻をすする。 　甘やかすって……どうすればいいのだろう。 「そんな顔するなよ」 「でも」 「いや、別に責めているワケじゃない。 　本当に、君は随分と長い事苦しんでいたんだな」 　自分でもよくわからない。それだけ感覚が麻痺していたんだと思う。 　何も答える事が出来なくて、僕は流れる涙を袖で拭う。 「風見」 　名前を呼ばれると同時にクイ、と顎を上げられる。 　涙に濡れた視界に映るのは、間近にある上司の顔。 　互いの唇が重なる感触。 「――なら僕が、君の世界を変えてやる」 “だからもう、そんな風に泣くな” 　 　 [newpage] 　 　結局、僕は一カ月近く入院する羽目になった。 　見舞いに来てくれた部下の話によれば、僕を轢いた犯人は僕が眠っている間に自首してきたらしく、後は滞りなく事が運んだ様だった。 「本当にすまない事をした」と伝えておいてくれ、と言伝まで預かって。 　そう言えば、あの白い小犬は今頃どこにいるのだろうか。怪我が完治したらそれとなく捜してみようか。 　そして、僕の頭を悩ませていたゼロの連絡役の解任と処遇に関してはと言うと―― 「いやな、最初は俺等もお前の意思を尊重しようとしてたワケよ。 　でも、その矢先にお前がこんな状態になっただろ」 「にも関わらず、上の連中が強引に話を進めようとするモンだから」 「流石の俺等もキレたんで、お前が寝てる間に降谷さんにチクりました」 　あああああ、と話を聞いた時の心境を察してくれるとありがたい。 「いや～、あの時の降谷さんマジ凄かったのなんのって」なんて呑気に語るものだから余計に頭を抱えたくもなる。 　自分が眠っている間に警視庁で何が起こったのだろう……怖くてとても訊き出せない。 　兎にも角にも、そのおかげで僕は特別なお咎めは無く、これまで通り公安警察として務める事が出来る。 　勿論、連絡役も然りだ。半ば諦めていただけにこれは本当に嬉しかった。 　僕はまだ戦える。皆と共に、降谷さんと共に。 　そして、晴れて退院して現在に至る。 　 　退院後、更に一週間の自宅療養を命じられた為、本格的な職場復帰はもう少し先の話になる。 　素直に休んでいてもよかったのだが、何となく町を散策してみようかと思い至り、こっそりと外出する事にした。 　大通りは至って平和だ。平日の昼間と言えど、人の往来はそれなりに多い。 　見慣れた通り、見慣れた店舗、そして―― 「……？」 　僕はその場で歩を止める。 　大通りの片隅。ポッカリと空いた空間がそこにある。 「……」 　気のせいだろうか。あそこには小さな店が建っていた様な―― 「にゃあ」 　猫の鳴き声がした。足元を見てみると、そこには一匹の黒猫が僕を見上げていた。 　鈴のついた赤いリボンを首に巻いているところを見ると飼い猫と見受けるが…… 「おや？」 　更に言えば、僕と猫を鋏む様に何かか地面に置かれている。 　一輪の小さな花。淡い蒼色の花弁が印象的だ。 「……」 　僕は何も言わずそれを拾い上げる。 　この花は、確か……何と言う名前だったか。 「にゃあ」 　チリン、と鈴の音を響かせながら黒猫はそのままスタスタと立ち去って行った。 　僕は花を持ったまま、半ば呆然とそれを見送る。 「……あの黒猫……」 「風見？」 「うわぁぁあっ！？」 　飛び退く様に振り返ると、そこには降谷さんが立っていた。 　私服姿と言う事は、今は安室透として接するべきか。 「自宅療養中の君が何故ここにいる？」 「え、あ、そのっ！　少しだけ気分転換に……」 「まぁいいか。呼び出す手間が省けた」 　へ？　呼び出す？ 「君にどうしても会わせたい奴がいるんだ」 「私に、ですか？」 「きっと君も喜ぶ」 　その言い方だと、自分も知っている人物か。 　残念ながら心当たりがないのだが、そう言う事なら断る理由は無い。 「あれ、それは……」 「え？　あ、コレですか」 　さっき拾った花を降谷さんに見せる。 　すると、彼は意味深な笑みを浮かべながら花を掠め取った。 「勿忘草か。この時期で見かけるのは珍しいな」 　勿忘草……？ 「手紙と一緒に同封してくれたじゃないか」 「あ、ハイ。そう言えばそうでした」 「あの栞なら有効に使わせてもらってるから安心してくれ」 　そう、確か押し花にして…… 「……」 　そう言えば、この花を手紙に同封したのは何故だったのか。 「まぁいい。それじゃ、行こうか」 　グイ、と手を握られてそのまま引っ張られる。 「じ、自分で歩けますから」 「何だ、僕のエスコートじゃ不服か？」 「滅相もございません！」 　よろしい、なんて普段言わない口調で降谷さんは笑った。 　彼に手を引かれながら見慣れた大通りを歩いて行く。 「風見、勿忘草の花言葉って知ってるか？」 「花言葉？」 　そう言えば、どこかでそんな話を聞いた事があったような。 「意味は大きくわけて二つ。 　一つ目は“私を忘れないで”」 「……二つ目は？」 　僕の問いに、降谷さんは立ち止まる。 　僕の手を握ったまま振り返り、柔らかい笑顔を浮かべた。 　僕が拾った勿忘草は、ジャケットの胸ポケットに収まっている。 「――君を、愛している」 　勿忘草の花言葉。 　私を忘れないで。 　そして――“真実の愛” 　

ネタ的には以前書いた臨死体験ネタの亜種です。故に出てくるオリキャラも同一ッス。猫に至っては固有名称有です。<br /><br />供養しようと思ったんですが白い小犬(まぁ後の安室ハロ君ッスね)の件を加筆して完成させました。<br />何番煎じだｺﾉﾔﾛｳな部分が多々ありますが、何が言いたいかと言うとこんなに護ってやりたくなるアラサー初めて見たよって事です。<br />適度に捏造が混ざってますので何でも許せる方向けです。皆で裕也を労ってやろうぜ……！<br />追記：ルーキーランキング８２位入りました。感謝感謝です。

勿忘草の花弁と共に

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10015519#1

【ブランケット】 深夜１時終電はとうに過ぎて、眠らない街新宿の通りも、ひとがまばらになる時間、繁華街から少し離れた高層ビルとビルの間の薄暗い路地裏で、観音坂独歩は男たちにレイプされていた 気づくと俺を襲っていた男たちは居なくなっていて、俺はこの路地裏にそのまま放置されていた。路地裏の隅に服ぼろぼろで、股開いてどろどろになった女放置するとか、最低極まりな…　いや、もともと最底辺のくず野郎たちに襲われたのか、俺は…なんてぼーと考えながら、とにかく、ここにいつまでもいれない、帰らなきゃ… ブラは、ホックとれてるけど、まだ付けられる…パンツぐちゃぐちゃだけど履かないよりマシ、スカート…上着で隠せるかなこれ…シャツは…ボタン飛んでいるけどなんとかなるかな…押さえればいけるか？ストッキングはもうだめだな。脱いだ方がいい… ヒールは折れているけど、両方折れているならいっそよかった…携帯と･･･・サイフ…あぁ、最悪だ。現金だけとられている…いや？クレカが残っているだけよかった思うべきか？ あまりにも現実離れした出来事が自身の身に起きたからか、それともショックが強すぎて頭が一周回って冷静になっているのか、おかしくなっているのか 俺はなんだかいつもより前向きな考え方ができている気がする。そうやってすこしでも良かったことを探さないと神経が壊れてしまいそうだったのかもしれない 現に頭では、ぼーとそんな自分の回りを確かめていても、実行には写せていない、左手をのばしてケータイとサイフを拾ったぐらいしか体が動かない 腰が重くて、腹が痛かった 何度出されたのかわからない体液まみれの身体のにおいに顔をしかめる とにかく体を起こそうと、重い身体に鞭打って右手をうごかすと 「いったぁっ！！」 右腕の肘から激痛が走った。腕全体にひびくような鋭い傷み…その痛みではっと思い出す、そーいえば変な方向にずっと押さえつけられて曲げられていた…折れてはないとおもうけど、おそらく靱帯を痛めたかもしれない 「最悪…」 この腕でわ服も満足に直せないでわ無いか 壁に左肩をつけて体を起こす、足と左腕をつかって下着だけでもと時間をかけて着用した 履いた下着は誰のかわからない体液でひどく濡れていて、それがこの新宿の夜の風に冷やされて気持ちが悪い、体が痛い、重い、足を動かすのも億劫だ こんな新宿の路地裏で、服を満足に着ることもできない強姦された女がひとりなんて、自分がひどく哀れに思えてきて、目頭に熱がたまる、いやだ、こんな、こんなところで動きもしないでひとりで泣くなんて嫌すぎる だってもっと憐れじゃないか、俺は今まさに強姦されましたという現実を証明するみたいじゃないか 嫌で嫌でたまらないのに、溜まった涙はただこぼれるだけだった 身体が痛い、むなしさが募る　寂しい　誰か助けて欲しい 誰も居ない深夜の路地裏なんて、誰がいるというんだ 堰をきった涙は止まることがなく、止まらないならいっそ全部出してしまおうかと、声に出して、泣いた どうせ誰も聞いてはいない どうせ誰にも聞こえはしないのだから 左手に握った携帯が点滅している。ずっと前からかかっている何件かの着信に気づいて携帯を開くと、そこには愛しい愛しい同居人の名前が連なっていた 日付を変わった辺りから定期的に連絡が来ていたらしい。 その名前をみたとたん、また涙がでた 会いたい、会いたい…助けてほしい。いまとても声が聞きたい、優しく慰めてほしい、触れてほしい　そんな気持ちが溢れて止まらない かけ直そうとして…止めた。 だめだかけられない…同居人は極度の女性恐怖症だ。20年以上の付き合いのある俺ですら、女性的である部分を見せると顔色が悪くなるのに、こんなところをみせたらきっと拒絶される。あいつに、俺が女であるという理由で拒絶されるくらいなら、このままここにいた方がマシだ 携帯の電源を泣きながら切った。 声を押さえることなんて出来なくて、みっともなく恥も外聞も泣くただ泣いていると、 ふっとなにか明るいものに顔を照らされて眩しさに思わず左手で顔をおおった、しまった。 誰かいたのか、と身構える 「おや、あなたは…確か麻天狼の…」 観音坂さん、ですよね？ 見知った声に手を下ろしてみると、そこにいたのは黒い細身のスーツに七三わけの前髪を少しくずした、ヨコハマディビジョンの入間銃兎さんがいた なぜここに、どうしてこんな時間に、 「色々と聞きたいことがありそうな顔をしていますが、そんなことよりあなた、その格好…」 と自分の今の格好を指摘される はっとして両手で体を隠そうとして右手を動かしてしまい痛みでうなり声をあげてしまう 入間さんはこちらに向けていたライトを消してかけよってくる 「怪我をなさっているのですか？立てますか？近くに車を止めているので、そこまで歩けます？」 右腕を押さえる俺に彼はそういうと、近くに散らばっていた服を集めて俺に着せていく、シャツもスカートもどろどろだと分かると自分のスーツのジャケットを脱いで俺の肩にかけた ふわっとタバコとムスクの臭いがして顔が赤くなる。 「な、や、やめてください！そんなこんないいスーツが汚れてしまいますから！」といってジャケットを脱ごうとするが 「観音坂さん、私はこれでも警察官なもので、こんな夜更けに女性の泣き声が聞こえてくれば何かあったのかと様子を伺いたくなるし、こんな格好の女性をひとりおいていくなんてこともできないのですよ。これは、警察官でなくとも、まっとうなら男であれば当然ですがね？」と目を言われてしまえば黙るしかなく 「とにかく傷があちこちにできていますね、歩けますか？無理なら私が抱っこして連れていきましょうか？」 「だっ！あ、歩けます！歩けます！」 入間さんの肩に左手をかけて重い腰とだるい足をなんと持ち上げようと力を入れると、中にたまっていた体液がどろりと垂れて下着と太ももにひろがったのがわかり、ひっ　と声がでてしまった。それを我慢するように目を瞑ってやりすごす 無理矢理立ち上がってひきずるように歩きだす。 路地裏をでると車はほんとにすぐそばに停まっていた。ほんとに、こんな時間になんでヨコハマの人がこんなところにいるんだろうと不思議で仕方なかくて左側にいる彼の顔を見上げるが、彼は後部座席に座るようにドアを開けて促してくる　席につくと、運転席にまわった入間さんが席から、添えつけのティッシュとハンカチを差し出してくれた 「私は少し連絡をしてきますので、その間に拭けるところは拭いてしまってかまいませんよ」 安心してください、見たりしませんから そう言うと彼は車から降りてドアを閉めた。気づかれていたことに恥ずかしくなる、しかし気持ち悪いのは本当ではやく拭いてしまいたかった、このまま乗っていてこの高そうな車を汚すのも忍びなくて、俺はチラリと外でタバコを吹かす入間さん一瞥すると申し訳ないと思いつつ、ティッシュとハンカチをお借りした。このハンカチは、後程新しいのを買ってお返ししなければ 拭き終わると窓を内側から叩く、その音で入間さんが車に戻ってくると、大丈夫ですか？とまたこちらを気遣ってくれる、警察官としての業務的なものであるとわかっていても いまはその気遣いが素直に嬉しかった すこし、楽になりました。と返す　ほんとは全然楽になんてなってない、早く家に帰ってシャワーを浴びたいし、できることならさっさと病院にいきたい。そうだ、中だしされているのだから、避妊薬もかわなければいけない。 最悪最悪最悪、どうしてこう私は、私のせいなのか、私が･･･といつもの悪循環に陥っている間にも、入間さんは車を走らせて 気づくと24時間営業の大型のスーパーの前に止まる ここですこしまっていてください、といって中に入っていく。車の中でとはいえ一人でいると不安だったが、10分もたたずに入間さんは戻ってきた 後部席にビニールの袋を投げてくる 「その格好では、帰れませんよね？」 中を見ると女性用の下着とフリーサイズのTシャツと短パンがはいっていた 「え！？こ、こんな！うけとれませんこんな！」 さすがにここまでしてもらうわけにはいかないと声をあげると 「そうですか？あなたが帰れない…と泣いていたので、その格好のことかとおもっていたのですが、違ったようですね」 俺は、そんな、あんな大声で泣きながらそんなことまで口走っていたのかと、今更に恥ずかしくて顔がさらに赤くなる、聞かれているなんて思っていなかったのだ、いやでも大の大人があんな大声で泣きわめいたりするなんておかしいよな、俺のせい…か などとまたつもの思考回路に陥ってしまう 「それで、どうなさるんです？その格好のまま帰りますか？それともどこかホテルでも？」と聞かれて、 なるほど！ホテルという手があった。近場のどこかカプセルホテルにでも泊まって、明日の朝、ひふみが寝ているうちにこっそり帰れば・・・だめだ、現金を取られていた。クレカはあるが使うと同居人に後々ばれる、携帯の電源も切っているのだ、ホテルにとまったなどと後々ばれてめんどくさいことになるのは避けた方がいい、いまなお、めんどうくさいことになってるのだから、なおさらだ。 なら、この格好のままで帰るのか？あの人が待っている家に？ すっと入間さんの方を向き直ると。「家に帰ります、ので、すみません、服いただきます」 車を走らせる入間さんの横顔を眺めていた。入間さんは俺に何をされたのか、なぜあそこにいたのか、などは聞かなかった。かわりにあそこの近くを通ったのはほんとうに偶然だと言うこと、泣き声に気づいて見に行ったこと、などを話してくれた。 ３０分もすれば、マンションの前までやって来た あのスーパーの駐車場で着替えをすませた俺はぼろぼろの服をつめこんだスーパーの袋と薄汚れた会社の鞄を抱えると車を降りる。同時に降りた入間さんが、部屋まで付き添うと言ってくれたがさすがにそれは断った。ここまでくれば平気だと、今日はなんとお礼をしたらいいかと頭をさげる俺に入間さんは 「お礼なんていりませんよ、貴方に、麻天狼の観音坂さんにでかい貸しができた。それだけで充分すぎるほどの価値がありますからね。」 しかしそれでわ、俺の気がすみません。助けてもらって服まで買ってもらったのだから、なにかの形でお礼がしたかった ふむ、とひとつ考えるそぶりをしてからこちらに近づいてくると 「どうしてもお礼がしたいというのなら、貴方を襲ったであろう男たちの顔を、覚えていたら、いえ思い出せそうなら、そのとき教えてください。 全員しょっぴいてブタ箱に詰め込めば、まあ私の評価もあがりますからね。」 と彼は少し低い声で言う。すっと入間さんの赤い手袋が俺の頬に触れると、「H歴とはいえ、夜間はなにかと物騒です。女性が一人であんな時間まで仕事をするものではありませんよ。男は狼だと、よくいうでしょう？」 と 「まったくもって、おっしゃる。通りです」 今日その言葉を身をもって知った。嫌と言うほどに 「すみません、今のあなたに言う言葉でわなかったですね。しかし全ての男性が野蛮というわけでわありません。どうか、気に病まないように」 すみません、と口癖になった言葉を言う俺に入間さんは まるで子供をあやすようにほほを撫でてきた。なんだか、すごく久しぶりに女性扱いをうけた気がして、羞恥とは別の意味で頬が熱くなる。 「今の貴方を家に帰すのもどうかなとは思いますが･･･」 「あ、でも同居人も待ってるので･･･」 「伊弉冉さん、でしたねぇ。うん、だからこそなんですが･･･まぁ気をつけてください。本当に」 なんだか含みのある言い方だったが、時間も遅いので挨拶もそこそこに 入間さんにまたあらためてお礼の時間を取らせてください。と頭をさげると、俺は同居人が待つ家に帰るべくマンションへ向かった。 入間さんは俺がマンションのエントランスをくぐるまでずっと見ていてくれていた。なんて優しいのだろう。初めて会ったときは目つきも悪いし態度も悪くて、ただの不良警官だと思っていたのに、ラップバトルを通じて再度であってからはあまりの性格の変化に驚いたものだが、彼のラップスタイルをみるに、おそらく根っこはかわってないんだろうなぁ、まぁ人のこといえないけれど、なんてことを考える余裕ができていた。人と話をするというのはすごいな　心がすこし温かくなっている 俺は数時間前のことをすこしだけ忘れることができた。きっと気を使ってくれたのだ、俺が女性だから　男性として　女性に優しくしてくれたのだ 嬉しかったけど、このマンショにはいった瞬間から、俺はもう女性じゃない 俺は俺として性別は関係の無いひとりの人間に戻るしかないのだ。 本当のことを話したらきっとすごく傷つくだろう 女性として抱かれてしまったなんて、彼になんて話せばいい？話せるわけがない 彼にはうまくごまかすしかない。きっとうまくやれる。 そう信じて、 フリーサイズのTシャツとはいえ首回りがすこし大きい、ずり落ちそうなのを直して露出を少なくするためにスーパーの袋と鞄を抱え直す、身を縮みこませていればきっと大丈夫。 家の鍵をあけて、ドアノブを開ける　そーっとただいまぁといおうとしたのだが、玄関にはひふみが仁王立ちしていた 「どっぽ！！！！！こんな時間まで！なにしてたんだよ！！」 ガシッと肩に手をおかれて驚く、手にちからが入っていて少し痛い、 何でもない。少し仕事に時間がかかっただけだといいたかったのにひふみは続けて 「電話にもでないし！！かとおもったら突然電源きれてっし！なんなんだよ！こんなことっ！今までなかったから俺っち超心配して、ベランダで帰ってくんのみてたら、どっぽあのヨコハマのケーサツの人と一緒に帰ってくるし…」話ながらひふみの手の力がどんどん強くなってくる。俺の服に気づいたのかはっとした顔のあと眉間にしわをよせて怖い顔になる 美形が台無しだな　なんておもったが、この顔はまずい、真顔になったときよりまずい、泣きそうな顔だ。と思うも、ひふみはかまわず言葉を続ける 「なんであのケーサツの人と一緒にいたわけ？こんな時間に、なんでどっぽ服かわってんの？どっぽそんな服仕事行く時もっていってないよね？そのビニール袋なんなの？なんで目元腫れてんの？泣くことでもあったの？なんでケータイの電源切ったの！？なんで連絡よこさねーの？答えろよどっぽ！！」 どん！ と肩におかれた手にちからがはいりそのまま押される、玄関の壁に背中をうちつけて痛い、ばか野郎ただでさえ背中は傷だらけなのに押し付けんなといいたかったが、ひふみは俺の右腕にふれて、抱えていたビニール袋をはずそうとしてきた。 ビニール袋の中身はどろどろのスーツだ、さすがにこれを見られたら俺が何をされてきたのかひふみにばれてしまう、それは不味いと思ったがなにより、強い力で握られた右腕が、痛みを思い出したように熱くなって訴えてきた 「いったぁ！」 俺の声にひふみがばっと顔をあげる、 「ひふみ、右腕っ痛い」 彼はぱっと腕を離して優しく触れながら俺の右腕をみている、明るいところでみた腕は紫どころか茶色く変色していて、一見しただけでやばいとわかる。病院で見てもらわなければ確実になおりそうにない 「どっぽ、なにこれ、うで…どうしたの？」 ひふみの声色が少し落ち着いて心配そうに震える、いまならちゃんと話せそうだと、痛みに顔をしかめながら話し出す 「仕事で遅くなって、帰り道に盛大に転んだんだよ。右腕、変に打って痛いし、服とかは泥だらけにしちゃって困ってたら、偶然入間さんが声かけてくれて送ってくださったんだ」 「あいつが？ほんとに？こんな時間に？」 ひふみの顔が泣きそうな怖い顔からただただ心配しているという顔になる。これはこれで居たたまれなくて、目を会わせられずそのまま続けて話し出す 「そうだよ。だからそんな怖い顔しなくていい、連絡はその、できなくてごめん、こっちも慌てて、返すの忘れてた」 「このビニールは、その汚れたスーツが入ってる、だけ、あんまりにも泥だらけだから捨てようかと思って…」 ひふみはなお心配そうにこちらをみてくるので半分どころかほとんど嘘を言っているこちらとしては良心がとても痛む、話ができるうちに最後まで一気にまくしたてたほうがよさそうだと話を続ける 「服は！あの、入間さんが買ってくれたんだ…泥だらけでわ帰れないでしょうって、選んでくれて、ご厚意に甘えてしまったの、ほんとに悪いことしちゃったから、明日は休みだから先生にうで見てもらって、そのあとなんか礼になるものでも買いにいこうかと思っているんだが、ひふみは明日…ひふみ？」 チラリと見上げたひふみの顔が、さきほどとまたかわっている、表情がない、というか、じっとこちらを見て目を離さない、これは純粋に怒ってる時の顔だ…え、なんで？なんで怒るの？いまの話のどこにおこる要素があったのか、俺は自分で自分が言った内容を頭のなかで反芻するも何がいけなかったのかわからない。 ひふみは俺の服をじっと見ていると 「その服、あのケーサツのひとが選んだんだ」 その声音もやはり怒っているときのそれだった。怒ったときのひふみはこわい、普段にこにこしてる美人が真顔になるだけでも怖いのに、声が低くなって容赦がなくなる。それはこの長い付き合いのなかで何度も見てきたから知っている 「あ、うん…泥だらけでスーパー入れなくて…服とかも破れちゃったりとかして…て…は、ははめっちゃすごい転びかたしたから･･･すっげぇ恥ずかしくて･･･えっと･･･」 「ねえ独歩…俺っちに嘘ついてるでしょ」 ビクッと身体が固まった、 嘘だと見抜かれた、なぜ、完璧にごまかせたとおもったのに、嘘と言われて思わず身体が動いてしまった、あまりリアクションしたらばれてしまう気がして顔を見られないように俯いた 「なにいってんだよ！嘘なんて」 「ついてない？」 耳元にひふみの唇が寄せられる感触がする、息が髪と頬、耳にかかる。息は暖かいのに、とても、とても、冷たい声で「それも嘘だよね？」 このひふみはやばい、本能的にそう察してとにかく距離をとろうと左腕でつっぱねるが、その腕も軽くとられてしまう、バサバサと、左腕で抱えていた荷物が足元に落ちた。捕まれた腕を離してほしくてひっぱるがびくともしない、何度か腕を動かしてると大きめの服の首回りがずれてくるのがわかったが、かまうものか、とにかくひふみに離してほしくて、自分の部屋に逃げたくて必死になっていると、今度は右腕に触れていたひふみの手が、俺の左肩に触れてくる。 「どっぽ…ナニコレ…」 冷たい声が、すこし震えていて、俺はなにかあったのかとおもった。顔を上げようとするも、ひふみはつかんでいた左腕をさらに強く掴むとリビングに向かって歩き出した、引きずられて俺もリビングにむかう。ひふみのほうをみても前を向いていて顔が見えない 靴も満足に脱げてなかったので転びそうになった。 「ねえ！ひふみ！なに！するっ」 連れてこられたのはひふみの部屋だった。いまの状態で入りたくはなかったが無理矢理引きずられると、ひふみが身だしなみをチェックするために使っている姿見の前につれていかれた　鏡と向かい合う。鏡がなんだってんだ。左腕は解放されたが真後ろにぴったりと立たれてしまって動けない。仕方ないから鏡をみると ひふみは後ろから俺の開いた首回りに手を這わせて 「ねえ、どっぽ…この跡…何…」と赤く色づいたら鬱血痕や歯形が、はっきりと残るそこを、撫でた ライトの当てられた部屋で鏡にうつる自分の姿を改めてみて思ったのは、なんて、ひどい顔だろう　ということだった やつれて白い肌と細すぎる首、目の下の隈だけが濃くて、貧相な体に、胸だけはそこそこにあるアンバランスさが気持ち悪い、その自分の肌にいくつもついている擦り傷と、首回りにやけに濃く残る鬱血痕、歯形、は恐らく、首回りだけじゃなく、全身についているのだとわかる。スラッとだらしなくのびた四肢にも、強く握られた誰かの手の痕がいくつかみえて、同じように痕が残っていたからだ。 ひふみもそれを見つけたようで、背後にたっている彼がわなわなと震えているのがよく伝わった 「どっぽ…これ…さ、あのケーサツの人にやられたの？…そうなんでしょ？庇おうとして、嘘ついたの？まじで？」 後ろでひふみが何かいっている。声が震えていて泣きそうで、怒りとか色々含んでるのが、分かる。違うと言わなければ、それは違うんだよ彼は悪くない、そう言いたいのに声がでなかった 「否定しねーの？あっそ…」 そういってひふみがすっと俺から離れると自分の部屋のベッドサイドにおかれたマイクを手に取るのが鏡ごしに伺えた そうして部屋を出ようとするひふみの顔が、ひどく怖い顔をしていて、あんな、あんな怖い顔はいままでみたことがないくらいで、止めないといけないって 違うんだ　って弁明しないといけないってわかっているのに、俺はその鏡から視線をはずせないでいた、 思い出してしまった この首回りの痕も、歯形も 口許にうっすらついてる傷も足に残る手の痕も、全部全部全部全部…つい数時間前のことを 浴びせられた言葉を かけられた体液を 胎内に残された感覚を ありありと思い出してしまった 「あ、う…うぁ…、い、いやぁぁぁー！！！！！！」 俺は自分の体を抱き締めるようにして 立っていられなくなって、その場にしゃがみこむ。 競り上がってくる嘔吐感に抗えずその場に吐き出すも昼飯も満足にとれず、夕飯も食べてない俺の胃からでてきたのは、白くどろりとした液体だった。ああ、そういえば何回か飲まされた　ごほごほと咳き込んでしかし叫ぶことを、喚くことを止めれなかった。 「あ･･･あぁぁぁ･･･いやだ･･･うぅ･･･」 「どっぽ…どうしたの？」 俺の異常な反応に部屋を出ようとしたひふみが気づいたのかこちらに近寄ってきた しゃがみこむ俺の肩にそっとひふみの手がかけられる きれいに手入れされているとはいえ、女性に比べれば硬く、大きな手のひらが俺の、私の肩に触れた　どうしたって　男性の手だ 「ひっ！いやだ！！」 ばしっと彼の手をはたいた 触れられるのが恐怖だった。男の人に、触られる数時間前にやられたみたいに あのときのことがフラッシュバックして その手が誰の手なんか関係なく、動いていた。叩いて振り向いてから、驚いた顔で俺を見るひふみと目があった あ、やってしまった すぐに　ごめん　ちがう、ひふみ、あの…と声にだそうとするがでない 隣にいた彼が立ち上がるとそのまま部屋を出ていった。 「あ…あ、あぁ…」 彼がでていったドアの向こう側から、玄関の開く音と、閉じる音が聞こえた そんな、でていってしまった。勘違いをしたまま、ちがう、ちゃんと話をさせて欲しい 俺はひふみを傷つけたいわけではない、傷つけたくなくてついた嘘が、ひふみを傷つけている？　俺が嘘をついたから？最初から彼に連絡をしていなかったから　助けを求めていたら　素直に話をしていたら、そもそも私が襲われなければ　彼がでていったのは、私のせい…体が痛いのも、重いのも、右腕が腫れているのも私のせいで、彼を傷つけた報いが、この心の痛さなら仕方ないのか、もう一緒に住めないのか 「い、やだぁ……」 ぽとぽとと、涙が出た あいつらに襲われたことへの拒絶反応でも身体の痛みのせいでもない、 ひふみに、彼に　嫌われたかも知れない、もう一緒にいれない そう思うと、寂しくて、悲しくて、嫌だった。ぼろぼろと涙が止まらない 「いやだ、いやだ…ひふ、みぃ…ひふみぃっ」 声をだして、彼の部屋のフローリングを這うように進もうとして、右腕が痛む、立とうとして腹の気持ち悪さと重たさに足が動かない、どうして、ここまで歩いてこれたのに いままでだって一人で歩けたのに、いまさら、ひふみが居なくなったら、こんなにもダメになるなんて…そんなの、追いかけることもできないじゃないか 目の前が真っ暗になったようだった ここからどうやって立ち上がって、どうやって生きていけばいいのか検討がつかない ひふみが居ない生活なんて考えられなかった。 俺のそばにはいつもひふみがいて、私はいつだってひふみのそばにいたから それがあたりまえになりすぎていて、彼から与えられる言葉に甘えて、それが当然だとおもっていて、 失って初めてわかることがある なんて、どこかでみたセリフがよぎる 失う？彼を？ いやだ･･･いやだいやだ･･･ 「ぅ･･･うわぁぁぁあん･･･あぁぁっ･･･」 さっきの路地裏にいたときと同じように泣いている 声にだして聞こえているなら、駆けつけて欲しかった。 ねぇひふみ、私いま泣いてるの　どうしようもない絶望感に耐えられないどうしていまそばに貴方がいないの 貴方以外の男の感触が残る身体がいやでいやで仕方ないのに お願い、お願いひふみ置いてかないで 何もしないでいい、触れられなくてかまわない ただ、ただ俺の 　 「　　　　　」 左手で顔を覆って、フローリングに涙を落とした、 「ああ、ひふみ…ひふみごめ…ごめんなさ…」 嗚咽をこぼして泣きじゃくる、愛しい人の名前を呼ぶ 「どっぽ…！！」 どんなに呼んだって、答える声なんてない…とおもっていたのに 甘い声に勢いよく顔をあげると そこには今しがたでていったはずのひふみがいた。俺の前にかがみこんでこちらをみている。 その目はもう怒ってるものでも、泣きそうなものでもない、心配そうに細められる瞳にぐちゃぐちゃに泣き崩れている俺が映っていた。 「どうして…ひふみ…」 なんで、ここにいるの？俺に愛想つかしてでていったのではないのか 「俺っちがどっぽのこと見捨てるわけないじゃん！」 そういった彼は手にブランケットを持っていた。ふわりとブランケットを広げるとそのままブランケット越しに俺を抱きしめてきた ふわりと彼の匂いがする。普段リビングに置いている彼愛用のブランケットだとわかった。彼はまるで子供をあやすように背中をよしよしとなでる。 「どっぽ、こうされんのさ落ち着くっしょ。」 撫でられる背中が暖かい 触られてるのに今度は嫌じゃなかった 「いつもどっぽが俺っちにしてくれるっしょ？女の人にさ、近寄られてパニクってるときとか、こーやって背中撫でてくれるじゃん。あれさ、俺っちスッゲー好きなんだよね。」 ゆっくりと彼が話す声にとても落ち着く、大好きな声がすごく近くでするのに心臓がドキドキとゆっくりと動いているようだ。ハラハラと落ちる涙はまだ止まらない、 悲しくて泣いてるのか、なんで涙が止まらないのかわからない。 「俺っちまじであのケーサツの人にどっぽ奪われたんじゃないかって思って、頭にきてさ、ボコしにいこうかって本気で思ったんだけど」 物騒な言葉にひふみの袖を掴んで顔をあげるとひふみは安心させるみたいに笑う 「独歩の様子がおかしくて、なんかちげーなっておもって、ならいま俺っちがどっぽにできることってなんだろうって思ってちょっと外に頭冷やしにいってた。不安にさせたよね。ごめん」 ぎゅうっとひふみが抱きしめてくる。夜風に当たっていたのは本当のようで、頬にあたるひふみの頬が冷たい すこしの沈黙のあとに彼はいう 「さっきさ、玄関に落ちてた、どっぽの服、見た。」 冷たい頬が気持ちよくて擦りよせていると、ひふみがごめん　と付け加えていった ひふみの腕をつかむ手に力がこもる。見られた… ひふみにとっては何よりも衝撃的だろうものを、一番みられたくなかったものを またぽとりと涙がこぼれた 「あ、あの･･･ひふみ･･･あれは！」 「言わなくていいよ。分かったから…いや、まだちゃんとわかんねーけどさ、嫌な目に遭った…ってのはわかった。相手はケーサツのひとじゃないんでしょ？知らないひと？」 こくん、と頷く　頭を動かすと涙が落ちる 「何人？一人？」 「さ、さんにん…くらいいたと、おもう…仕事おわりに…声かけられて…路地裏…に…俺、俺！いやだって、い」 答えながら思い出していく 下品な声色も、伸ばされた腕、あいつらの、顔を 腹の奥鳩尾のもっと奥がぐるぐると気持ち悪い、吐き気がして俯くと、ひふみがまたぎゅう、と優しく抱き締めてくれた 「もういいよ、わかったから、うん。そっか…そっか…恐かったよね。助けにいけなくて、ごめんね」 そんなことない、ひふみが謝ることなんてない、俺が俺がもっとしっかりしてたら…言いたいのに声がだせない、だって彼の声の方が俺よりずっとずっと震えていて 抱き締められて触れる頬に熱い何かが触れたから 「なんで、ひふみも泣くの」 「だって、こんなのひでぇじゃん。どっぽなんも悪いことしてねーのに、なんでこんな目に遭うんだよ。ゆるせねーよ俺…どっぽに乱暴したやつらも、 そんなひどい目に遭ったどっぽに あんなひでぇこと言った俺も…ほんとに…」ｽﾞﾋﾞｯと鼻をすする音がした ごめん、　とまたあやまられて、腕をつかんでいた左手をひふみの頭においた。よしよしと撫でながら、こっちこそ、ごめん　　ちゃんと話しとけば良かったんだ。すぐに連絡すれば良かったんだ。ひふみがさらにきつく俺を抱きしめてくる。あまりにもきつくて少し苦しいくらいだ 「ひふみっ、あの」 「俺さ･･･いますげぇ自分がゆるせねぇの。独歩のこと助けられなかったのもだけど それ以上にさ 多分、俺どっぽから連絡きても、助けにいっても、固まって動けなかったかもしれねぇって思ったんだ」 女性として犯されている独歩をみて ひゅっとひふみののどがなる。俺はただその低い声をきくことしかできない 抱きしめられているから、顔が見れない 「あのケーサツの人・・入間さんだっけ？あの人がさぁ助けてくれたってこと？でいいの？俺さぁ･･･きっとあの人みたいにはできねーんだよ。スーツきてなきゃ、なんもできねぇーの･･･いまだってさぁ！」 肩がぬれていく、ひふみはだんだん声を荒げていくが、きっと今の俺より泣いている 「こうやって、ブランケット越しじゃねーと･･･世界一好きな人さえ抱きしめられないんだぜ？･･･ほんと、なっさけねぇ･･･情けなくて、どうしようもなくて」 悔しい ぽつりとつぶやかれた声が、一番深く心に響く　水滴が水たまりにおちて広がるみたいに ぽちゃん　と音をたてて　落ちていく彼の言葉 そんなに思い詰めないで　俺はそんなこといまさら気にしない、こうやって抱きしめてくれるだけで、幸せなんだ。 幸せだと感じているんだ 「どっぽ･･･俺もう、どうしたらいいんだろう。はらわた煮えくりかえるくらい許せねぇし、悔しいしで、ぐちゃぐちゃだ、俺どうしたらいい･･･独歩に何ができる？」 俺ね、独歩の泣き声聞こえて急いで戻ってきたんだ 好きな人泣かせることしか俺にはできないなんて、つらすぎるよ そんなことない。そんなことない。言葉にしたい、伝えたい こんなにも思われてる愛されてる ひふみが紡ぐ言葉の全てが俺の中に浸透する。こんなにもひふみが傷ついて、悔しがって泣いてるのに、その言葉の全てが俺に　愛してる　と伝えてくれている気がして 最低だ、なぜこんなにもうれしく思ってしまうのだろう どうしてこんなにも愛されてるんだろう 俺のなにがこんなにもこの人を魅了してしまったのだろう かわいそうな愛しい人、俺なんかをこんなに愛してしまって 彼の愛に応えたかった、今のままで十分幸せだと伝えたかった。 でもきっといま言葉で伝えても意味が無いんだ。 だから俺は、ひふみの身体を両腕で少しだけ離して、右腕が痛かったけどかまわない。 彼の頬を両手で挟むと、普段はきらめくシャンパンゴールドが、とろりと溶けそうな蜂蜜色に歪めて涙を流す大好きな瞳にキスをした 舌で落ちる涙をすくう あとから　あとから流れる涙を左、右、また左　ちゅっ　ちゅっと音をたてて キスをして掬った 彼の涙にキスをしながら、俺も涙が止まらなかった あぁ涙が止まらないのはきっと、今俺が幸せだと感じているからだ 襲われて痛くてむなしくて悲しくて泣いて おまえに見捨てられたとおもって絶望して泣いて おまえが戻ってきてくれてうれしくて泣いて 抱きしめてくれて幸せで泣いて 今日はずっと涙が止まりそうにない しばらくそうしていると、やはり腕が痛くなってきて、顔を離す、ひふみの涙がいつの間にかとまっていて、見ればハクハクと口を開けて真っ赤にしている 今日はいろんなひふみの顔をみる。 いつもころころと表情をかえるやつだけど、今日は特別にいろんな彼をみれた気がする 「うっ、どっぽ、あの･･･」 「ひふみ、ごめんね･･･いつも、俺のせいで怒らせたり、悲しませたりして、ごめんね」 彼の鎖骨に額を押し当てて、俺もちゃんと話そうとおもった。 そうじゃないと ひふみから受け取る愛が大きすぎてこぼしそうだったから 「でも、ありがとう、ひふみ、俺のことを大事にしてくれて、愛してくれてありがとう」 　 あのね、俺それだけで十分なんだ ひふみが俺を大好きだって言ってくれるだけで俺は今日あった最悪なできごとさえ幸せで覆ってしまえる おまえはすごいよほんとに　 本音をいうのはリリックを紡ぐのとは違って、どうしてこんなに難しいのだろう ちゃんと伝わっているだろうか、彼に届いているだろうか そればかり気になって、でも声にだすと自分の中の気持ちが少しずつ相手に溶けている気がした ありがとうひふみ、観音坂独歩として俺のことをすきになってくれてありがとう 最後はちゃんと彼の顔がみたくて眼を見て話した。 もう大丈夫、ひふみのおかげで、もう歩ける。ひふみが居るから俺は歩ける ねぇ、そばに居て ひふみにしかできないことなんだ 俺のそばにいてくれ それだけでいい ひふみは耳まで顔を真っ赤にして、おでことおでこをくっつけてきた、 うん と彼はいった まだきっと納得はできてないんだろうなぁ、悔しい気持ち悲しいのがごちゃごちゃでぐちゃぐちゃのまま、俺の幸せな気持ちが彼にも流れて、さらにぐちゃぐちゃになってると思った ならもっと、俺の幸せがひふみに流れていけばいい そうしてぐちゃぐちゃな気持ちを覆って 一緒に笑いたかった 俺はきっと今夜あったことを忘れないだろう レイプされるなんて最悪な出来事も、入間さんに助けられた恩も この右腕の痛みも　この幸せな気持ちも 全て 時刻はもう午前４時にさしかかっていて、明日はやめに病院にいくことを考えるとさすがにもう寝ないとまずい、いや、寝ても寝不足確定だろうな、眼も泣きすぎて腫れぼったい ひふみの部屋は泣いたり、吐いたりしたせいでひどく汚れていたのを二人で片付けた、ひふみは自分がやるからいいと言ってくれたが、任せっぱなしにしたくなくて自分も手伝った、とはいえ腕が痛くてあまり動けなかったが 風呂を行くように促されて、なんとなく一人になりたくなかった俺は彼に　一緒にはいろ？とらしくもなく声をかけると　彼は笑ってしまうくらい大げさに驚いて慌てて顔を赤くして、そ、それはまた！別の機会に！　などと、言っていた 冗談だよ、ばか。と笑った俺は　風呂からでたあと彼に反逆をくらうのだ 具体的にいうと、彼にくすぐられたり、苦しいくらい抱きしめられたりされて、気づいたときに彼のベッドで一緒にねていた ブランケット越しにしか触れられない彼に包まれて ブランケットからは彼の匂いがした

タイトルの通りな話<br />先天性女体化どっぽさん　ひふ♂ど♀<br />入間さんがでてきますが、銃独のつもりはありません<br /><br />ツイッターでツリー芸投稿していた物を手直し、加筆修正しただけです。<br />追記などはありません

先天性女体化観音坂独歩さんがモブにレイプされた話

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10015557#1

注意！ コナンの夢小説です。 (降谷さん落ち) これまでの話の続きです。 降谷さんがろくでもない男です。 夢主は転生主です。 名前がついています。 銃の構造など簡単に調べた程度で書いています。名称などに間違いがあるかもしれません。 捏造、ご都合主義満載です。 組織の壊滅など、今後の展開を捏造しています。 二番煎じ、n番煎じです。 勢いで書いたので誤字脱字、矛盾があるかもしれません。 それでもよろしければどうぞ！ [newpage] 　なぜジンが柚葉の携帯から電話をかけてきたのか。動揺しそうになる自分を抑えて降谷は冷静にジンに言葉を返した。 「ジン……だな？なぜお前が柚葉の携帯を持っている？どうやって拘置所から出た？」 「ハッ……んなことどうだっていいだろ。どこの警察も一枚岩じゃねぇみてぇだな」 　ジンの物言いに警察関係者から裏切り者が出たことを察する。しかも、日本警察だけではなく複数の捜査機関から。つい舌を打つとジンは愉快そうに笑った。降谷は会議室に戻り、自分のパソコンとスマホはUSBケーブルで繋ぐ。パソコンを操作して録音をしつつ、筆談で風見に柚葉の携帯の発信場所を調べるよう指示を出した。風見はすぐに頷いて会議室を出ていく。続いて他の部下にジンが収容されているはずだった拘置所へジンの所在の確認を取らせる。さらには次長にも事情を伝え、柚葉を警護しているはずのSPにも連絡を取ってもらった。 　指示を出している間もジンとの会話は続いている。 「柚葉もそこにいるのか？」 　もちろん降谷とてジンが柚葉の携帯のみ奪い、本人は解放したとは思ってはいない。しかし情報は正確でなければならない。降谷の言葉にジンは当然だと言うように再び笑った。   「俺がわざわざ逃がしてやるような甘いヤツだと思うか？」 「思わないな。なぜ彼女を狙った？俺への嫌がらせか？」 　降谷を誘き出すための餌であれば誰だって構わないはずだ。降谷たちの守るべき日本国民が巻き込まれれば、降谷たち警察官はそれを救いに行かなければならない。しかしジンはあえてSPに警護されている柚葉を選んだ。何か理由があってのことのはずだ。そう思って聞けば、すんなりとジンは答えた。 「お前への嫌がらせになるほどの価値がこの女にあるとは知らなかったが……俺を外に出したヤツがこの女を人質に使うことを条件にした。それだけだ」 　ジンを外に出した人間。十中八九警察官の誰かだろう。日本警察、しかもジンに関われるほどの者であれば、降谷の妻が櫻田次長の娘だと知っていても可笑しくはない。しかしわざわざ人質として指名するぐらいなのだから、よほど降谷を憎んでおり、みすみす妻を人質に取られた降谷が次長に見放されるのを期待している人物か、あるいは降谷だけでなく柚葉にも恨みを持つ人物であろう。前者であれば複数思い当たるが、後者はほとんど思い浮かばなかった。ほとんど、というか全くといっても良いほどだ。それほど柚葉は降谷の仕事に、父親以外のことで関わったことはなかった。 「(いや……一人だけいたな)」 　それはついこの間、降谷に嫌味を言ってきて柚葉に撃退された男、山河だ。あの件のすぐあと、山河は別件の失態が原因で左遷の辞令が下っていた。まだ警察庁に残っているが、来月には所轄に行くはずだった。もしも、山河が自分の左遷の理由が柚葉があの件を父親に話したからだと思っていたとしたら。柚葉が狙われた理由としては十分だった。 　山河はまだ警備企画課の人間だ。例えば他国の捜査機関に協力者がおり、取り調べのための引き渡しを理由にジンを連れ出したとしたら、拘置所の人間は疑うことなくジンを山河に預けてしまうだろう。もちろんこの計画は引き渡し相手の捜査官が黒の組織壊滅作戦のメンバーであり、身元がしっかりとした他国の者でなければならない。つまりは日本警察だけでなく他の捜査機関にも裏切り者がいるというジンの言葉は嘘ではないと言うことだ。いよいよ日本警察だけの問題ではなくなってきた。すでに降谷たちのただならなぬ様子にFBIを筆頭に何かあったと勘づき始めているものもいる。とにかく山河が裏切り者なのかどうか、それを確かめねばならない。降谷は部下に山河を調べるよう指示を出し、ジンに柚葉の安否を問うた。 「柚葉は無事なのか？」 「今のところはな。殺しはしねぇよ、まだ」 　人質を殺しては意味がないことなどジンには今更だ。少なくとも降谷がジンの前に姿を現すまでは柚葉が殺されることはない。ジンが自らの手で降谷を消したいと思っていることなど、組織に潜入していた頃からよく知っている。 「バーボン、てめぇと赤井秀一、それからシェリーと一緒にいたあの目障りなガキ……江戸川コナンだったか？そいつの三人だけで来い。場所は言わなくてもバーボンなら探り当てられるだろ？」 「待て！彼女の……柚葉の声を聞かせてくれ。でなければ行けない」 「ちっ……分かったよ」 　舌を打ったものの、ジンの声音は愉快そうだった。それに降谷は一抹の不安を覚える。しかし降谷が口を挟む間もなく、スピーカーモードに切り替えられたらしい柚葉のスマホが、一発の銃声を拾った。 「あ"あ"っ……！！！」 「柚葉！？」 　確かに柚葉の声で悲鳴が届く。すぐに殺しちゃいねぇよとジンの言葉が届いた。ほら、お前の夫からだとジンが柚葉に話し掛けしゃべるよう命令している声が続く。 「知り、ません……！」 　あくまで柚葉は降谷とは無関係を装っていたらしい。すでに降谷が柚葉を妻と認めた今、それは無駄に終わったが公安の人間の妻としては正しい姿だった。再度ジンは舌打ちをして、随分夫想いな妻みてぇだな、と嘲笑う。 「可笑しくなっちまう前に、来ることだな」 　一方的にそう言って、ジンは通話を切った。 ＊ 　時は少し遡る。 　不意に浮上した意識につられ、ゆっくりと瞼を押し上げた。ぼんやりとピントのあわない視界には見覚えのない景色が広がっていた。どこだここ。 「……起きたか」 　その言葉と共に突如男が目の前に現れる。銀髪しかも長髪、全身真っ黒で目付きが悪い。どこからどう見てもジンですね！声ももちろん聞き覚えがありますよ、前世で！……そうだ、そうだった。そういえば買い物行く途中で拉致られたんだった。手は体の後ろで柱も一緒に手錠を掛けられていて、身動きはほとんど取れない状況だ。あ、なんか既視感。これあれだ、純黒でバーボンとキールが捕らえられてたときのやつ！場所も寂れた倉庫の様だし違いは捕らえられているのが私一人で、見張っているのもジン一人だと言うことぐらいだ。あとは私が柱に上半身を預ける形で座っているといったところだろうか。 「どちらさまですか」 　立ったままのジンを見上げてそう聞く。柚葉ちゃんは降谷さんの潜入任務には全く関わっていなかった。だから目の前の男がジンというコードネームを持つことは元より、降谷さんの潜入先が黒の組織だということさえ知らない。柚葉ちゃんだったならば、この誘拐が‘‘櫻田家のご令嬢‘’を狙ったものなのか、‘‘降谷零の妻‘’を狙ったものなのか、それさえ分からなかったはずなのだ。だから安易にジンの名を呼んではいけないと、消えたはずの柚葉ちゃんが教えてくれた。 　ジンは私の問いに無関心なのか答えない。無表情のまま、銃を向けた。 「降谷零、安室透、バーボン。この中に聞き覚えのある名前はあるか？」 「……ありません。バーボンは、お酒のことではないのですよね？」 　ジンの方から今回は‘‘降谷零の妻’’としての柚葉を狙った犯行であると示してくれた。良かった。あんまり隠そうとするとボロが出かねない。しかしだからといってすぐに降谷零の関係者だということを明かすのは良策ではないだろう。少なくとも降谷零が安室透であった頃は安室透だけでなく降谷零ですら彼は独身者だったのだから。 「てめぇが降谷零の妻だということは分かってる。痛い目見たくなけりゃあ無駄な抵抗はしないことだな」 「どうやって調べたのかは存じ上げませんが、私は櫻田柚葉です。フルヤではありません」 　未だ私の持っている身分証も、戸籍上も私は櫻田柚葉のままだ。手続きをする時間がないのか、忘れているのか。降谷さんがどうなのかは知らないが私はすっかり忘れていた。いやだってうん、離婚するつもりだったし結局櫻田に戻るからいいかなって！だから嘘は言っていない。私は櫻田柚葉である。とはいえ、そんな詭弁、ジンに通用するはずもなく。 「いっ……！」 　ガンッと思いっきりピストルのマガジンの底で側頭部を殴られる。衝撃は収まらず、上半身が床に倒れ込んだ。がしゃりと手錠が音をたて、手首に食い込む。撃つんじゃなくて殴るんかい！頭を殴られたからかくらくらする。手錠が食い込んだ手も地味に痛いし、何よりも頭が尋常じゃなく痛い。 「降谷零の同僚が情報源だ。嘘は止めておけ」 　誰だよ同僚って！裏切りか！！倒れた体を起こすことも出来ずにいると、ジンに前髪を掴まれ顔を上げさせられた。 「くっ……」 「山河とかいうやつにてめぇを人質に使うよう指示された。恨まれてるみたいだが、心当たりは？」 　山河って誰！ん？山河……？あぁ、この前の陰口男か。え、あの程度で恨まれたの？別に父に告げ口とかしてないのに？ 「父の、部下の方にいらっしゃったかと……お会いしたことはありませんが」 　とりあえずこの間会った山河の叔父上と勘違いしたことにしておこう。降谷さんの妻でなければあの山河に会うことはおろか、父から名前を聞くことさえなかっただろうから。私の答えが気にくわないが、しかし言っていることに嘘はないと分かったのかジンは荒々しく前髪を掴む手を離した。再び体は地面とこんにちはだ。一々痛いんだよ！人質なんだからもうちょっと丁重に扱え！！ 　……にしても随分ぺらぺらと山河の名前だとか誘拐した理由とか教えてくれるなぁ。どうせ私のことも山河のことも事が済んだら殺すつもりなんだろうけど、にしたって状況が把握しやすくて助かる。漫画だと誰かが説明しなきゃだしそういう世界観なのかな。 　倒れ込んだときにぶつけたのか、米神あたりがじくじくと痛む。見えないからわからないけれど血でも出てそうだ。何度か失敗しながらも何とか上半身を起き上がらせることに成功した。ジンは勝手に動くことを咎めることもなく、冷めた目で私を見つめていた。いっそ人さえ殺せそうな視線に悪寒を覚える。目が合わないようにいつの間にやら擦りむいていた足から滲む血を他人事のように眺めていると、再びジンが私の前に立ち、ロックのかかったスマホを私の眼前に差し出す。 「パスコードは？」 　スマホは指紋認証と４桁の数字のパスコードで開く事が出来る。どうせジンのことだから力ずくで聞き出そうとするのだろうけど、簡単に教えてしまうのは悔しくて口を閉じ続けると、案の定頬を殴られた。今度は拳だったが、それでも威力は凄かった。口の中が切れたのか、血の味がする。いったいな！！降谷さんのこと殴ろうと思ってたけど殴られるとこんなに痛いのか……やめないけどね！降谷さんは一発殴る！！ 　痛みに思わず呻くと、再びジンにパスコードを聞かれた。もう一度殴られたいか？と言われ、大人しく教える。別に最初から抵抗せずに言えば良かったとか思ってない。 　スマホのロックが解除されると、ジンは勝手に操作しはじめる。そして目的のものにたどり着いたのか、ニヤリと笑った。そしてこちらを睨む。ひえっ。 　ジンはわざわざ私のスマホから電話をかけているらしい。あれ？柚葉ちゃんのスマホに確か降谷さんの番号入ってたような……。かけたことないけど、柚葉ちゃんだったときも、私になってからも。 　すぐに電話は繋がったのか、ジンが降谷さんの名前を呼んでいる。やっぱり！私が無関係装って殴られた意味……！忘れてた私が間抜けなんだけど！落ち込みつつもジンと降谷さんの会話を盗み聞く。といっても聞こえるのはジンの言葉のみだ。 「お前への嫌がらせになるほどの価値がこの女にあるとは知らなかったが……俺を外に出したヤツがこの女を人質に使うことを条件にした。それだけだ」 　な、なにそれ！？急にときめきポイントぶっこむのやめてくれない！？私を人質になることが降谷さんに対する嫌がらせになるの？いやドキドキしてる場合じゃないんだけど！！ていうかやっぱりジンはちゃんと一度捕まってたんだ。そりゃ流石の降谷さんも幹部取り逃がしたままで恋愛ごっこするはずもないか。にしたって色んなところから裏切り者が出てるとは大変だ。巻き込まないで欲しかった。 　私の内心に構うことなくジンと降谷さんの会話は続いていく。ジンは降谷さんと赤井さん、そしてコナンくんの三人だけでここに来るよう要求している。そして降谷さんに何か言われたのか、私に視線を向け、舌打ちをした。スマホを耳から離し、スピーカーモードに切り替えたジンは、唐突に銃を構え何の躊躇いも見せず引き金を引いた。 「あ"あ"っ……！！！」 　左腕の二の腕あたりに何かがかすったかと思えば、焼けるように痛み始めた。もちろんジンは殺すつもりはなく、脅しのために致命傷にはならない腕を狙ったのだろう。しかし痛みに慣れていない柚葉ちゃんの体は過剰に痛みを拾ってしまう。生理的な涙が浮かんだ。スマホから聞こえる、降谷さんの私の名前を呼ぶ声が酷く懐かしかった。 「ほら、お前の夫からだ」 　もうすでに降谷さんが私の名前を呼んでいるし、ジンももとより私の嘘など信じていなかっただろう。もう反抗する必要はない。ないが、 「知り、ません……！」 　だからといって従順になる必要も、ないはずだ。 　ジンが再度舌打ちをして、降谷さんに声をかけているのがどこか遠くに聞こえはじめて、いつの間にか再び意識を失った。 　　＝＝ 櫻田柚葉(→夢主) 誘拐されて殴られたり銃で撃たれたり踏んだり蹴ったり。 ちょいちょい降谷さんにときめいてる。 殴られるのめちゃめちゃ痛いね！？でも降谷さんは一発殴るよ！！ 降谷零 最愛(笑)の妻を誘拐された。 妻の関わることだけど事件なので冷静に対処できている。 けど撃たれたらしい妻の悲鳴にガチギレ5秒前。 ジン絶対殺すマンになるかもしれない。 ジン (元)NOC絶対殺すマン 実はバーボンが既婚者だっただけでも意外なのに政略結婚の妻を大事にしててさらに驚いてる。 バーボンの妻が反抗的でイラついてる。 けど事前情報では箱入り娘と聞いてたわりには度胸があるのでおもしれぇ女くらいには思っているかもしれなくもなくもない かもしれない。

お待たせいたしました……！<br /><br />コナン夢です。<br />(降谷さん夢)<br /><br />１話～５話の続きです。<br /><br />転生オリ女主(名前あり)です。<br />相変わらず降谷さんが夢主に横暴なろくでもない男です。<br /><br />ジンの口調が大変怪しいです。(こっそり直すかもしれません……)<br />ジンが夢主に対して暴力を振るっています。<br /><br />何でも許せる方向けです。<br />注意書きが大丈夫な方はどうぞ！<br /><br />いつも閲覧、ブクマ、評価、コメント、タグありがとうございます！嬉しいです！！

降谷零の妻は夫を一発殴りたい。６

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！あてんしょん！ ・軽くファンタジー(猫が脳内に直接話しかけてきます) ・オリ主います ・題名のとおり警察学校組が猫になっちゃいます ・更新激遅です ・警察学校組の口調が怪しい…… ・なんでもOKな方向け 以上を踏まえた上でお進み下さい ※萩原さんのオリ主に聞こえる声は『』 で表記させていただきます ＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿ 小さな物音で目が覚めた。重たい体を起こし、キョロキョロと周りを見回すとベッドの横で猫がピシッと固まったようにこちらを見て動かない。 猫？あれ、なんで猫なんか……。あぁ、そうだ。昨日拾ったんだった。 ｢猫ちゃん、おはよう。やっと目が覚めた？｣ 言葉が通じないのがわかっていても動物に話しかけちゃうのは人間の性だよね。うんうんわかる〜。 と、一人自分の虚しい行動に言い訳していると急に頭に声が響く。 『この人、誰だ？ 俺を拾ってくれたのか？』 こいつ、直接脳内に……？！！ そう思わざるを得なかった。え、いや、え、え、……え？？？ 状況的に考えてその言葉を発したのは目の前の猫だ(正確には発してはいないけど)。え、この猫喋れる系？いやでも今のは直接脳内に……。 ｢……もしかして君、私の言葉わかる？｣ 『え、この人何でこんなこと聞くんだ？まさか俺が人間だったのバレてる……？？』 ｢え、君人間だったの？！｣ 思わず猫にそう問いかけるとビクーッ！ と尻尾を思いっきり立て、私から少し距離を取った。 ｢あ、ごめん急に大声出して。私は倉橋香織。昨日このマンションの裏で寝ていた君を拾いました。君は？｣ 『……萩原、研二』 口からはにゃーにゃー、としか出ていないが私の頭にはハッキリとその名前が聞こえた。その瞬間、ビビーッと私の中をイナズマがかけた。 その名前を、私はよく知っていた。そう、何を隠そう私はいわゆる転生者というやつだ。記憶を思い出したのは確か小学二年生の時。よそ見しながら歩いていたら電柱に額を強打して思い出したというなんとも間抜けな思い出し方だ。 前世では世間一般的に言うオタクと言うやつだった。 ハマってしまったマンガは当然全巻揃え、グッズ等も沢山集めていた。そんな私が一番好きなアニメは｢名探偵コナン｣。そう、この世界だ。 だがこの世界に転生したいなんて願望は微塵もなかった。なんでかって？え？そんなこと聞く必要ある？米花町と言えば日本のヨハネスブルグよ？？事件発生率が異様に高いのよ？？ まあそれを知っていてその米花町を離れなかった理由は今が原作開始よりだいぶ前であるからだ。 まだ工藤新一の名は見かけたことがない。つまり、原作よりだいぶ前!!!そして極めつけはつい先日の高層マンションの爆破事件。日付は11月7日。あの時の私の口の中のコーヒーを返して欲しい。あのニュース見た時の衝撃で全部吹き出してしまったじゃないか。 閑話休題。 まあつまり私はコナンオタクの転生者で、つい先日今が原作開始七年前だと知ったわけだ。そしてそれを知るきっかけとなった人物(今は猫だけど)がどういうことか目の前にいる。彼も恐らく私と同じで転生したのだろう。 私と違うところと言えば、次元を超えない代わりに猫になってしまったところだろう。猫萩原さんもかわいい。 ｢……はぁー。萩原研二ねぇ……｣ 『俺のこと知ってるのか？』 ｢まあ、ニュースで｣ 転生者だと言えるわけもなく適当に誤魔化す。いやさすがに向こうも転生したわけだから転生については信じてくれるだろうけど自分が猫に転生した挙句見知らぬ他人に｢この世界はマンガの中の世界なんです｣なんて言われたらどうする？私ならキャパオーバーで知恵熱出すわ。 ということで今はまだ誤魔化しておくぐらいが丁度いいのだ。 にしてもたまたま拾った猫が萩原研二ねぇ。さて、これからどうするべきか。 ｢とりあえず、これから動物病院行こうか｣ 『エッ』 ＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿ ｢にゃー！｣ 『嫌だ嫌だ嫌だ！』 ｢あー、もう暴れないの！｣ 車に入れるのだって一苦労。萩原さん(猫)を動物病院の先生に渡すと暴れまくってにゃーにゃーうるさい。そして私には副音声のように頭に萩原さんの声が聞こえてくるものだから倍うるさい。 あなた立派な成人男性でしょ？ 病院くらいでそんな騒ぐんじゃないの！ ｢んー、これだけ元気だと大丈夫そうだけど一応検査してみますね｣ ｢はい。お願いします｣ 未だにその小さい体を懸命に動かしてどうにか逃げ出そうと暴れ出す萩原さんを横目で見ながら診察室を出る(ゲス顔で)。 今日はあまりお客さんがいないようで人が少ない。ロビーにある大きな時計で時間を確認し、一旦病院を出る。1時間ほどで検査は終わるからそのあいだどこかで時間を潰していてくれとのこと。 萩原さんに必要なものでも買いに行きますかね。 あれもこれもとつい色々買ってしまい予定より多めになってしまった荷物を持ちながらすっかりと大人しくなった萩原さんを特に異常はなかったが、少し痩せているからご飯をしっかり食べさせるように、という言葉と共に受け取った。 萩原さんが大人しく猫の餌を食べるとは思えなかったので餌は買っていない。猫でも食べれるものでなにか作ろうかと思いながら台所に立つ。 ｢萩原さん、好きな食べ物あります？｣ 『……酒？』 ｢適当に蒸かし芋でも作りますね｣ 『ごめんなさい』 酒とか答えやがった萩原さんにそう言えば大きな瞳でこちらを見ながら謝ってくる。 ｳｯ、可愛い……！ いやじゃなくて。 ていうか蒸かし芋は割りとガチで言った。調べたところ猫はいも類、豆類、麺類、ご飯、きちんと火を通した肉や魚なら食べれるそう。ちょうど芋もあるし蒸かし芋でいいかなと思ったが却下されてしまった。 蒸かし芋美味しいのに！ ｢じゃあ今食べたいものを言ってください｣ 『……ラーメン？』 ｢ただ茹でただけの麺なら食べれるそうですよ｣ 『そんなのラーメンじゃない！』 うるさい文句を言うでない。Go○gle先生がそう言っておられるのだ。じゃあ貴様は何を食べると言うのだ！ 肉か、肉をご所望か！ ｢じゃあ肉でいいですか｣ 『松坂牛』 ｢ふざけんな｣ 『君は、大学生か？』 ｢君じゃなくて香織。大学生ですよ｣ もぐもぐと小さな口いっぱいに肉を頬張りながら君、と言ってくる萩原さんに思わず指摘する。仮にもこれから一緒に暮らしていくことになる人に君だなんて呼ばれたくない。せめて名字でお願いします！ 『大学生のどこからこんな金出てくるんだよ……』 割りと立派なマンション。一人暮らしには大きなソファにベッド。そして先程用意した萩原さんのネコ用具などをその小さな首でぐるっと見回す萩原さん。 まあ、普通そうなるよね。 ｢両親が大学の入学祝いにお金出してくれたんですよ。このマンションと家具は。他はまあ高校から貯めてたバイト代があるんで｣ 『へぇー。あ、そう言えば大学ってどこの？』 ｢東都大学です｣ 『え、香織ちゃん頭いいの……？』 なんだその心底驚いたような顔は。失礼な。これでも私は東都大学に入学できるほどの頭は持っているぞ。 へー、東都大学ね……。まあそりゃ立派な入学祝いもくれる、か？ などとぶつぶつ言ってる萩原さん。実際にはにゃーにゃーだけど。 さて、これから2人でやっていけるのか。 ＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿ 猫拾ったと思ったら前世での推しの一人だった人 倉橋香織(くらはしかおり) 東都大学の学生 なんですかその顔は！私それなりに頭いいですよ！！ 実は転生者だった元オタク 警察学校組だいすき コナンの世界だと気付いた時は え、ちょ、ま、ここ米花町だよね？え？え？米花町ってあれでしょ？？日本のヨハネスブルグでしょ？？？終わったー！！私の2度目の人生終わったー！！！さよなら世界！！！！！ って感じだったけどその後ニュースやら新聞やら見るようになってから工藤優作の名前は見ても工藤新一の名前を見ないことから原作前だと知り原作開始前には遠い田舎に引っ越すことを決めた そして先日の事件で原作七年前だと知った コーヒーは犠牲になりました合掌 猫になった男 萩原研二 精神年齢－3歳。だって脳が小さいんだもの！ 猫になったから酒もラーメンも食べれないと聞いてショック 倉橋が猫のあざとさアピールに弱いことに気づいた(ゲス顔) そのうちきっと松坂牛貢がせる 名前を言った時の倉橋の反応が少し気になったけど詮索はしない つ、続いた……！！！この調子で行こう！！！ あんまり長々と書くのもあれなんで次は一気に松田さん編行きます()

つ、続きました……！！！<br /><br />いちの方ではいいね＆ブクマ200超えありがとうございます<br />感謝しかありません<br /><br />なんとルーキーランキングにも載せていただいて……！！！<br />ありがたいです<br /><br />萩原さんの口調が微妙に掴めていませんが目をつぶってください<br /><br />【次回】松田さん編！

警察学校組が猫に転生した話 に！

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それでそれで？と促されて、勇利は答えるのを少しためらってしまった。インタビュアーの催促に妙なニュアンスがあったからだ。 「その・・僕らはそういう関係ではないんです」 勇利が思い切って告白すると、手元のレコーダーを止めた彼女は慌てて謝罪してきた。「すみません。そんなつもりではなかったんです。不快にさせてしまったら申し訳ありません」 いざあっさりと頭を下げられてしまえば、実は勇利もどうしていいか分からない。手を前に出して、おどおどしながら「顔を上げてください」とお願いした。 それでその場はおさまったけれど、勇利のなかのモヤモヤは行き場のないままだ。 ヴィクトルは「周りからどう見られるかじゃなくて、勇利がどうしたいかだと思うよ」と割り切った反応だ。もちろん勇利だってできるものならば、とっくにそうしている。 できないから悩むのだ。昨シーズンとは明らかに違う環境は、勇利を一々ためらわせた。 自分が何かしようとするたびに、勇利は考える。それは本当に口にしていい言葉なのか。していい行動なのか。勇利がそれをする事で、コーチの不利益になりはしないか。 躊躇する気持ちが、ヴィクトルに伸ばしかけた腕を勇利に下ろさせ、愛を語るはずの口を閉じさせる。 そんなはずないのに、まるで世界中の視線が自分たちに向いているんじゃないかと勇利は疑っている。 『この話題はすごくウケが良いんですよ』 『ふうん、そんなことより勝生くん』 『愛しのコーチとの関係は順調？』 思い出すたびに気が重くなる。 誰が、なにが悪いとも断言できない。勇利とヴィクトルが人間的に深く結びついて、それを見た人がなにを思うかなんて、つい最近まで勇利は思い至りもしなかった。 現状、周囲からの視線が煩わしいというのが本音だ。 そのくせ放っておいてくれというには、自分の感情も行動も矛盾している。リンクに立つ時の勇利は、世界中にこの愛を見せつけたいと思っている。 「勇利、聞いてる？」 不意をつかれ、勇利は視線を泳がせた。やっぱり聞いてなかった、とヴィクトルはつまらなさそうに言う。二人の間にある料理は、ヴィクトルの側ばかりが減っていた。 「ごめん、ちょっと考えごとしてて」 「帰って来てから少し変だよ。もしかしてインタビュアーに嫌なこと言われたの」 ヴィクトルの雰囲気に圧されて、勇利はとっさに否定した。嫌なこと、というほどでもなかったし、ヴィクトルがどんな反応をするか考えたら、なんとなく頷いてはいけない気がした。 「何もないよ。彼女とても話しやすい人だったし」 「ならいいんだけど。俺も前ほど勇利のそばにいられないから、不安なことは隠さずちゃんと相談してね」 「うん、ありがとう」 隠しているつもりはなかった。ヴィクトルに言う必要はないと判断しただけだ。 今シーズンの調子は？ 新しい環境には慣れた？ コーチとの関係は順調？ よくあるインタビュー内容だった。 ロシアでの勇利の生活は、九割がたスケートとヴィクトルで構成されている。何を話しても内容がヴィクトルに触れるのは当然。インタビュアーが誘導したのではなく、ごく自然な流れだったし、勇利自身、初めのうちはとても気持ちよく答えていたのだ。 ただほんの小さな引っかかりに、勇利が過剰に反応してしまっただけ。 勇利から提供されるヴィクトルの話題を、皆が期待しているのを、このところ肌身で感じていたから、勇利がつい大袈裟に反応してしまった。 ヴィクトルみたいに愛想よく笑って、「愛しの勇利との関係？もちろん順調だよ」とリップサービスであしらってしまえたら良かった。それができないのはたぶん勇利に問題がある。 「勇利、勇利」 ヴィクトルの呼ぶ声に、またしても物思いに耽っていた勇利は顔を上げた。 「またぼんやりしてた」 「ごめん、考え事してて・・」 勇利の皿はほとんどが手付かずのまま残っていた。ヴィクトルはいつからそうしていたのか、頬杖をついて勇利のことを見つめている。 「食欲なかった？」 「そんなことないよ・・」 「ねえ、勇利」 「なに」 「悩みがあるなら打ち明けてほしい」 ゴクリと鳴った喉。ヴィクトルに聴こえてしまっただろうか。勇利は口元で笑って、「本当になにもないよ」と答えた。 ◇ 『愛を証明してみせる』そう言ったときは、まだ、目標に掲げたグランプリファイナルより先のことなんて考える余裕がなかった。リンクサイドに立つヴィクトルを、美女になりきって誘惑していたときも、演技後に一目散にコーチの胸に飛び込んだときも、勇利は目の前のことだけで精一杯だった。 悪いことをしたとは思わない。けれど国の代表としての立場だとか、世界中の注目を集める舞台だとか、そういう諸々を忘れ、ただヴィクトルとのスケートを目一杯楽しんだ、ある意味でのツケだとは思った。 今日のインタビューもそのうちの一つだったんだろう。勇利とヴィクトルのアヤシイ関係は、日本中の女性の注目を集めているのだそうだ。 そんなことに興味が湧くもの？ はじめ勇利は驚いて照れるばかりだった。 勇利は昔から私的な部分に注目されるのは苦手なのだ。しかし思わぬ反響に戸惑う一方で、結果として勇利達のスケートに関心を持ってくれる人が増えたというのは嬉しくもあった。 中心だけ穏やかな台風の目と同じで、勇利とヴィクトルは相変わらずトレーニング漬けの日々だったが、周りはちょっとしたお祭り騒ぎになっているらしい。 取材を受けるたび話題に登るので、日本の業界をとりまく状況については勇利もある程度聞き知っている。巻き起こったフィギュアスケートブームも、競技者の増加も、億単位の経済効果も、どれも悪いことじゃない。 ただほんの少しだけ勇利の気がかりは、世間から向けられている興味みたいなものだ。二人の関係や私生活のようなものへの好奇心だとかそういうのだ。 簡単に言うと、ヴィクトルと勇利が恋人同士なのではないかと噂が立っている。真偽はともかく、その話題に向けられる熱量がすごいのだ。 近頃はインタビューを受けていても、あからさまな相手だと大半そちらについての質問だったりする。 揃いの指輪の意図は？ 拠点変更は二人の関係が深まった結果？ そもそもコーチ契約を結ぶより先に私的な関係が先行していた？ 一度出てしまった噂は、どれほど信憑性がなくとも少なからず拡散する。残念ながら真偽を確かめず鵜呑みにする人もいなくはない。 元はといえば、勇利の身から出た錆だ。原因は勇利の弱さにある。今までの勇利は自覚できるくらいに、競技者としてのメンタルに問題を抱えていた。ヴィクトルはそんな勇利を献身的に支えてくれたのだ。 だからヴィクトルはコミュニケーションを大切にしたし、勇利の希望を優先して、ペアリングまで身につけてくれたのだ。 勇利は、ヴィクトルが否定しないのをいいことに、ずっとコーチとしてのヴィクトルに甘えてきてしまった。 昨年はそれでも良かったのかもしれない。選手である勇利を、ヴィクトルは矢面で守ってくれる頼もしい存在だった。 しかし今や選手に復帰したヴィクトルは、昨年のヴィクトルとは立場が違う。そもそもヴィクトルはロシアという国を代表する選手なのだ。 選手とコーチを両立しなければならないヴィクトルと、それを願った勇利。ならば勇利は当然、甘えるばかりの教え子から抜けださなくては。 勇利だけを見て、離れずそばにいて欲しい。心の支えとしてお守りのリングをはめていて欲しい。そういう勇利の甘えが巡り巡ってヴィクトルの不利益に繋がったのだ。 いよいよロシアに拠点を移して、新しい環境での二人三脚が始まったところだ。相変わらず寝食を共にし、二人してスケートに熱中している。そこにある不安の種はなるべくなら無くしてしまいたい。 ◇ スローモーションみたいだった。 ヴィクトルが、勇利の手をすくい上げる仕草も、彼が勇利の指先を握って、その口もとへ引き寄せるのも。全てが勇利にはゆっくりと、コマ送りに見えた。 「最高だよ、勇利」 もう一度、とヴィクトルから色っぽく促されて、勇利はリンク中央へ送り出される。従順に滑り出しながらも、勇利の内心は落ち着かない。 背後には日本の取材クルーがおり、今日に限りリンクサイドでのやり取りを撮影されている。ヴィクトルに指先へキスをされてから、勇利の意識はついついそちらに逸れがちだった。 勇利の予想通り、ヴィクトルは取材が入ろうとなかろうと、まるきりいつも通りだ。思わせぶりな色気たっぷりに勇利を褒めるのも、考え事して失敗する勇利への冴え渡る説教も、本当にいつもと変わらない。 先ほどの指輪へのキスは絶対に放送に使われる、と勇利は隠れてため息をこぼした。そして地上波で放送されようものなら、新しい振り付けでも練習の様子でもなく、キスのところだけ編集した動画が動画サイトやSNSにアップされ、世界中へ拡散される。それはもちろんロシアの人たちの目にも入るんだろう。 前はこんなこと気にもならなかった。外の世界と切り離された環境の長谷津では、二人の関係にまとわりつくものは何も感じられなかった。外部からの視線も、思惑も、勇利たちには届かない。勇利とヴィクトルの関係は、あくまでも勇利とヴィクトル、二人だけのものだと勇利は信じて疑いもしなかった。 でも本当はそうでないことに、ロシアへ来て、ヴィクトルが本来の立場に戻ったことで、勇利は気づいてしまった。 『ふうん、そんなことより勝生くん』あの時の言葉が、何度でも、勇利の脳内にリフレインする。 さっきは、ヴィクトルの唇が指輪へ触れる寸前に逃れるつもりだった。勇利は掴まれた手首を抜いて、冗談めかしてヴィクトルに微笑んで終わる。そういうのをシュミレーションしていた。せめてカメラの前くらいは常識的な距離感で過ごしたい。 大切なコーチがバイセクシャルだとあらぬ疑いを持たれぬようにしたい。きっとこの国で、良い印象にはならないから。 それが思ったように実行できずにいるのは、やっぱり距離を置くことが勇利の本心ではないからだと思う。 そもそも勇利は、ヴィクトルにされるキスもハグも嫌じゃない。むしろ好きだ。喜びを分かち合うようなハグも、ご褒美みたいな甘ったるい頬へのキスも、今まで当たり前にあったコミュニケーションだ。 それに、勇利を大切にしてくれるコーチをあからさまに避けることは、あまり良い事とは思えない。よそよそしい態度で勇利が接する事で、ヴィクトルに要らぬ心配をかけては本末転倒である。 己の甘えを律し、コーチの負担を減らしたい一方で、勇利は解決の糸口を見失っていた。 一体どうすれば・・。 困り果てた勇利の視界に、キラリと光るゴールドのリングがあった。 ◇ 「ごめん、勇利、今なんて？」 しまった、と勇利が思った時には遅かった。口に出してしまった言葉は取り消しがきかない。 昨夜の勇利は、眠れなくなるくらい一晩中考えていたから、寝不足も裏目に出ていた。すっかり考えることにくたびれた勇利は、朝のリビングでくつろぐヴィクトルを見た途端、「指輪をはずして欲しい」と言っていた。 ちょっと驚くかなくらいには考えていた。でも実際のヴィクトルは、全然ちょっとくらいの驚きようではなかった。どころか、その驚きがみるみる怒りに変わったのが、ヴィクトルの様子から手に取るように分かった。 ヴィクトルはおもむろにソファーから立ち上がり、勇利へと迫ってきた。 口に出す寸前までは、実のところ勇利は甘く見ている部分があった。事情を話せば、ヴィクトルもわかってくれると思っていたのだ。勇利が突拍子も無いことを言ったとして、ヴィクトルはまず「それはなぜ？」と勇利の言い分を聞いてくれる人だ。勇利よりずっと余裕のある大人だ。 「絶対に外さないよ」 勇利は呆気にとられて、それから彼の剣幕に圧されて、ちょっと言葉がなかった。「何も言わずに指輪を外して」なんて、一方的な言い方をしたのがよくなかったのかもしれない。 「酷いな、もう俺は必要ないって？」 思いがけない誤解に勇利は目を丸めた。ヴィクトルは指輪を外してと言った勇利の言葉を、関係解消という意味で受け取ったらしい。 「そうは言ってないよ、言葉のまま、指輪を外して欲しいだけなんだ」 慌てて誤解を解こうとするけれど、やはり勇利の提案自体にもヴィクトルは腹を立てているようだった。 「同じさ。少なくとも俺が指輪を外す時は勇利と別れる時だけだよ」 お前はそれだけ深刻でむごいことを言っているのだとヴィクトルは言いたいらしかった。けれど勇利だってそんな事は分かった上で話しているのだ。そうでなくては今朝のように寝不足でクマなど作ってはいない。 青い顔で涙ぐむ勇利をどう思ったのか、ヴィクトルは肩をすくめ、やれやれとため息をついた。 「軽はずみに言ったならすぐに訂正してくれ。今ならまだ許してやれる」 仕方のない子だと言わんばかりの言いようだ。軽はずみだって？そんな筈がないだろうと勇利が苛立ったのは仕方ないと思う。言葉にしたのは突発的でも、今日まで眠れぬほど悩み抜いて出てきた答えであることには変わりないのだから。 この右手にある指輪がどれだけ勇利にとって大切なものか、どれだけ心の支えになっているのか、ヴィクトルは理解してくれているのだと思っていた。だからこそ、ヴィクトルは男同士のペアリングを身につけてくれたのではなかったのか。 生半可な気持ちで、勇利が指輪を外す提案をすると思われていることが心外だった。 それに何も好き好んで、ヴィクトルが早朝から出かける日を選んで提案したわけじゃない。 今日のヴィクトルは、モスクワでのシンポジウムに出席する。こういう時のヴィクトルは、ロシアでの知名度もあって、翌朝の一面を飾ったりする。 もしその時ヴィクトルの机上で組まれた右手の薬指に、妻帯者の証の指輪が光っていたらどうだろう。彼は誰とも籍を入れてはいないうえ、その片割れを持つのが勇利だと、すでに世間には知れ渡っている。 演技に挑む時、誰よりも味方でいてほしい。この人が自分だけを見つめていると確信したい。ヴィクトルとの強い絆を目に見える形で求めた結果だった。教会で向かい合った時は、ロシア人コーチの右薬指に、指輪をはめる意味を勇利は知らなかった。しかし残念ながら今の勇利はその意味を知っている。 勇利にとっては切実な願いのこもった指輪だったけれど、本来の意味以外で身につけるのは他人から見て不可解だろうし、改まった場所ではそれこそ遊びの延長、ふざけていると取られても仕方ない。だからこそ公の場でヴィクトルがお守りの指輪を身につけているというのは、それを贈った勇利に罪悪感を呼び起こした。勇利のわがままがコーチの立場を悪くしかねないからだ。これまでの経験上、ヴィクトルはどんな場面でも決して指輪を外さない。今この話をしなければ、ヴィクトルはペアリングをしたまま壇上に立つだろう。 「ヴィクトル、お願い・・」 「嫌だ、絶対に指輪は外さない」 勇利が歩み寄り、手のひらを差し出す。ヴィクトルは後ずさる。 「ならせめて、他の指にはめて」 勇利が言った途端、ヴィクトルは顔を再びしかめた。 「勇利、意味は分かって言ってる？」 もちろん分かっている。買った時は知る由もなかったけれど、今は正しく理解しているつもりだ。 勇利が意を決して頷くと、ヴィクトルは息を呑んだようだった。 「勇利は外したいの、その指輪」 勇利は右手の薬指を見下ろした。 「外したい、訳じゃないよ・・だけど今は少しこの指輪が重いんだ」 勇利のコーチにとって、世間の目はあまり問題にならないのを勇利は知っている。意識して勝手に責任を感じているのは勇利だけだ。勇利はヴィクトルみたいに、気持ちのまま振舞うことを躊躇っている。 ヴィクトルを傷つけたい訳じゃないけれど、勇利には勇利の守りたいものがある。 「ペアリングは勇利が言い出したのに」 「勝手なのは分かってる、ごめん」 「謝られたって何を言われたって、指輪は外さないし、他の指へ付け替えもしない」 「そう・・・」 勇利が歩み寄る。後ずさり逃げるヴィクトルの背が本棚にぶつかる。勇利は追い詰めたヴィクトルの肩に手を触れた。腕をたどり、肘、手首と伝い下りて、両手でヴィクトルの右手を包み込んだ。 「いやだ、勇利」 怒っていたはずのヴィクトルが、真っ青な顔で、声を震わせている。勇利はゆるゆると首を横に振った。 「大丈夫、ヴィクトル。無理に返してとは言わないから」 「でも、もう勇利は指輪をはめていたくないんだろ」 青い目から不意にこぼれた涙に、勇利は目を見開いた。 「どうして泣くの」 「どうして、・・どうしてだって？」 そんなことも分からないのか、とヴィクトルは眦を釣り上げた。 「お前のそういう無神経なところには、ほとほと嫌気がさすよ」 「そんな言い方ないだろ」 つい言い返した勇利に対して、ヴィクトルは嘲笑うように唇の端を吊り上げた。 「いつも思ってた、何でこんな子を好きになったんだろうって」 ヴィクトルは勇利の目を見ていた。恨めしそうな眼差しにも、縋るような目にも見えた。 はじめ、言われた言葉の意味を飲み込めなかった勇利は、間抜けな顔をした。どんなに鈍感と言われていても、勇利も文脈くらいは分かる。でも聞かずにはいられなかった。 「誰が誰を好きだって？」 ヴィクトルは諦念を滲ませた声音で、「勇利、君が好きだ」と言った。 「こんな伝え方したくなかったし、少しくらいは通じ合ってると思ってた」 だけどやっぱり、伝わってなかったんだ。ヴィクトルの言葉は痛々しい。 「え、でも、だって・・」 ヴィクトルが僕を好き？向けられているのが、性愛を含む愛だというのは、さすがの勇利にも分かった。途端に恐ろしくなり、勇利はヴィクトルの手を離した。後ずさりそうになって、それからヴィクトルの表情を見て後悔した。 「勇利、そんな顔しなくていい」 肩を震わす勇利を、ヴィクトルはそうっと抱きしめてきた。竦んだ勇利は動けなかった。 「勇利は逃げるだろうって分かってたから、言わなかったんだ。勇利は鈍感で、残酷だからね。強引に迫ったら、勇利はきっと平気で俺を捨てる」 「そんなこと・・」 「あり得ないって？」 断言できなかった。事実、勇利はヴィクトルを抱き返せない。 『そんな事より、勝生くん』そう言った人の顔を勇利はもう思い出せない。あの会話から映像は妙にぼやけて記憶に残っている。ロシアに移ってすぐの事だった。勇利を取材に来た、日本のテレビクルーがいた。 新拠点での練習を取材すると聞いていた。レポーターも、ディレクターもフィギュアスケートのファンだと挨拶してくれたのだ。勇利の世界での活躍を期待していると目を輝かせていた。 『そんな事より、勝生くん』言われた時、ちょっとした違和感はあったけれど、気にしないようにした。『愛しのコーチとの関係は順調？』たくさんの質問のついでのような聞き方だったから、勇利は照れながらも答えた。 後から本国で放送された反響は、SNS経由で勇利の目に入った。勇利とヴィクトルの関係性に焦点を絞った内容は、多くの人の注目を集めているらしかった。 傲慢なことを考えているのは分かる。 ファンを喜ばせることの意味も、今は見いだせるようになった。 それでも、やはり、葛藤はあるのだ。 ヴィクトルと共に作り上げたプロを『そんな事』と言われたのは、どうしても心に残った。 後から放送された番組で、多くのファンがSNSで話題にしたのも『そんな事』、つまりスケートの内容ではなく、勇利とヴィクトルのハグの様子だった。 ヴィクトルは度々スケート以外でも注目を集めてきた人だけど、勇利との関係は今までのゴシップみたいに不確定のものではない。勇利は正真正銘の教え子で、ヴィクトルは包み隠さず話してしまう。関係性が開けっぴろげのせいで、皆が話題にすることに躊躇いがない。 自分のプライドなら捨てればいい。 だけどヴィクトルの気持ちは、ヴィクトルのファンの気持ちはどうなるんだろう。それを考えてしまったら、もう駄目だった。ずっと頭から離れない。 いつか、ヴィクトルが『そんな事より』と言われてしまったら、勇利は耐えられない。ヴィクトルは笑って『順調さ』と微笑める人だけど、もしかしたらいつか、もっとあからさまな言葉をぶつけられるかもしれない。その時もヴィクトルが、愛想よく微笑むのは嫌だ。ヴィクトルには、プライドを捨てさせたりしたくない。 ヴィクトルには、ヴィクトルのままでいて欲しい。 勇利が黙り込んだからだと思う。ヴィクトルの抱き締める力が強くなった。 「勇利、どうか逃げないで」 「ヴィクトル」 「俺を振ったって構わないから、どうか勇利の気持ちを教えて」 「僕の・・」 「そう、勇利の気持ちだ」 勇利はおそるおそるヴィクトルの背に両手を這わせた。 「あのさ、僕、ずっと一人で滑ってきたんだ」 唐突な言い回しになったけれど、勇利がぎゅっと彼のシャツを握りしめると、ややあって「うん」と返事があった。 「人それぞれなんだろうけど、僕はずっと迷っても挫けても、一人で立ち上がるしかないと思っていて・・」 氷の上ではみんなが孤独なんだと思っていた。音楽が鳴り出せば、勇利は一人で戦うしかない。その孤独を分かち合える仲間たちも、競技生活が長引くほどに、勇利の周囲からは消えていった。 迷っても立ち止まっても、勇利のいく先を教えてくれる人はいない。勇利は自分でもがくしかない。 「だけど僕には道しるべがあって、それがヴィクトル」 あなただ、勇利が囁くと、ヴィクトルは息を詰めたみたいに体を強張らせた。「そうか、道しるべか」それから吐息みたいな笑い声を立てたが、とうてい愉快そうな感じではなかった。この後に勇利の言う言葉に察しがついたのかもしれなかった。 二人が初めて言葉を交わした時には、もうヴィクトルは勇利の恩人だった。 「ヴィクトルは僕の大切な人だ。貶めるような事はできない」 「貶める？勇利との関係が俺を貶めるって？」 「違うよ。今のままなら、コーチと教え子だったら素晴らしい関係のままで」 いられると、最後まで言わせてもらえずに胸ぐらを掴まれる。唇の触れ合うような距離で見つめ合いながら、交わす視線は憎み合ったもの同士のようだった。 「返事になってない。俺はお前の気持ちを訊いたんだよ」 「ノーだよ。あなたの気持ちには応えられない。僕はヴィクトルを恋愛対象にはできない」 青い目が見開かれ、溜まっていた雫が白い頬を滑り落ちた。無意識に勇利はその涙を拭おうとしたが、ヴィクトルは勇利を体ごと振り払った。 「少し・・・頭を冷やしたい」 片手で顔を覆ったヴィクトルが呻くように言った。彼の悲痛な様子に、勇利は胸が引き絞られる思いだった。今この瞬間にも勇利は揺れていたからだ。 夢にも思ってみなかったけれど、勇利の大好きな人が勇利を好きでいてくれている。それも特別な好きだという。こんな奇跡みたいな幸福を捨てて、ヴィクトルを悲しませてまで自分は何を守っているんだろう。 部屋を出て行く背中を、勇利は引き止めることができなかった。 ◇ あれから一時間も経っていなかったと思う。 てっきりモスクワに向かったのだと思っていたヴィクトルが帰ってきた。 侵入者の気配に警戒して玄関を覗いた勇利は、コートを脱ぐヴィクトルの姿を認めて、驚きに声を上げた。 「どうするつもり！？今からじゃ間に合わないよ」 「いいんだ。欠席の連絡は入れたから」 「欠席？欠席なんてできるものなの？」 「ああ」 「会場の人たち大騒ぎになってるんじゃ・・」 「さあね」 「さあねって、そんな呑気に言ってる場合じゃないよ！」 ペアリング以前の問題だ。翌日のスポーツ紙には『ヴィクトル・ニキフォロフ国際シンポジウムをドタキャン、皇帝の大胆な振る舞いに大臣も苦言』とかなんとか書かれてしまうに違いない。十分にあり得る未来を想像して勇利は目を回した。 「勇利、そんなの心配いらない」 「心配いらない事ないだろ、今日は大臣とか偉い人も来てるし、テレビ中継だってあるって聞いたから、練習中で見られないけど録画するつもりで」 「勇利、勇利落ち着いて」 両手で肩を掴まれ、勇利はハッとしてヴィクトルを見上げた。 「僕のせい・・？僕がこんな大事な日に、指輪を外してなんて言ったから？」 「それはそうだけど、ああ、いや、これは単に俺の問題だ。思いついたら実行せずにはいられなかった」 「やっぱり・・ごめんなさい、僕本当にヴィクトルを困らせたかったわけじゃなくて、ごめんなさい」 泣きそうに絞り出した勇利の懺悔を、ヴィクトルは勇利の唇に人差し指を添える事で黙らせた。そのまま勇利の顎に手を添えて上向かせる。 青い目はきらきらと輝き、間近で見つめ合った勇利は状況も忘れて一瞬見惚れた。ヴィクトルの表情は、家を出た時とは違い新しい発見をした時のように期待に満ちていた。 「ねえ、勇利。タイミングはバッチリだよ。今朝の駅前の広告が天啓だった、俺は降りたタクシーにもう一度迷わず乗ったんだ」 躊躇わずに唇が重ねられた。羽の触れるような微かな感触がしてすぐにそれは離れたから、勇利は気のせいかと思ったくらいだ。 気づけばヴィクトルは勇利の足元へと跪いていた。彼が掲げたリングケース、そこに光るのは本物の輝きだった。 「結婚してくれ、勇利」 ええーっ？！と思わぬ展開に真っ赤になった勇利の手を掴み、ヴィクトルは右手の薬指から指輪を抜き去った。そして、代わりにダイヤモンドの煌めく指輪をはめてみせた。 ヴィクトルはヴィクトルの手にあった指輪もあっさりと外すと、ペアリングを勇利の右手に握らせた。 「いつかで良いよ。今じゃなくても良いんだ。この約束があれば俺は指輪を外せるから」 「ヴィクトル・・」 勇利はどきりと心臓が鳴るのを聴いた。あまりにもヴィクトルが魅力的に笑うから、魅入られたみたいに目が離せない。 「勇利が周りの目を気にして悩んでいるのは気づいてた。だけど少し怒ってもいてんだ。どうして俺を遠ざける事ばかり考えるんだろうってね、俺を避けてる事、コーチの俺が気づかないと思った？」 「ご、ごめんなさい」 「まあ、ほとんど失敗してたみたいだけどね」 立ち上がり向かい合ったヴィクトルが、頭を撫でるように勇利の髪にさらりと触れた。 「だからわざと踏み込まなかった。今更言うのはずるいけど、勇利、一人で悩ませてごめん。あんな事を言わせてごめんね。もう勇利一人で悩まないで欲しい。いつか堂々とペアリングできるように頑張るから、だから・・どうか受け取ってください」 ヴィクトルの温かな手に包まれた右手を、勇利は不思議な気持ちで見下ろした。「結婚してください」とヴィクトルは言った。つまりこれはお守りとかそういうのではなく、正真正銘のエンゲージリングだ。 「ええとヴィクトル・・非常に言いづらいんだけど」 人生でこんなにも言いづらいのは初めてだと思いながら勇利は思い切って言った。 「僕、ヴィクトルの事は好きだけど、恋愛的な好きではないよ？」 今日、二人の空気が凍るのはこれで二回目だな。勇利は何となくそんな事を考えて、口が半開きになったヴィクトルを眺めていた。 「え？」 やっと我に返ったのかヴィクトルは彼らしからぬ間抜けな声を発した。 「そんな、てっきり勇利は俺への気持ちを隠して苦しんでるんだとばかり・・」 「違うよ、僕と親密にして、ヴィクトルがゲイやバイと思われるんじゃないか心配だっただけだよ」 いざ言葉にしてみると、意外と自分の望みは簡潔だなと勇利は思った。今まで通りの距離感で、世間に誤解されずにやっていければ良かったのだ。 けれども、誤解されないなんて端から無理な話だったのかもとも思った。だってヴィクトルの方は本当に男の勇利が好きだったんだから。 当のヴィクトルはちっとも隠したがってないし、ゲイと非難される事を恐れているふうでもない。なんだか勇利が一人で深刻になっていただけみたいだ。 勇利は気が抜けるのと同時に、お腹のあたりがもぞもそするのを感じた。それにしてもプロポーズするヴィクトルはそれはもう格好良かった。瞳がきらきらと輝いて、とっておきを明かすみたいにヴィクトルが箱を開いた時は、勇利は胸がキュンとした。 肩を落とすヴィクトルに、勇利は打ち明けてみることにする。今朝はこんな気持ちになるなんて思ってもみなかったけど、勇利はどうやらプロポーズするヴィクトルに恋に落ちてしまったようなのだ。 「それでね、ヴィクトル、プロポーズの返事なんだけど」

もだもだ悩む勇利と早とちりなヴィクトル。結婚します。

欠席理由は体調不良です

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注意！ ·この作品はnmmnです！ ·性的描写が含まれます！ ·実在する歌い手さまのお名前をお借りしていますが 全く関係ありません。 ·拡散等、本人や他の方のご迷惑になることはお止めください それではお楽しみください！ ○▽□○▽□○▽□○▽□○▽□○▽□ 「...お前なんていなきゃよかったんだ」 「...え？」 あの日を境に俺から幸せは消え去った ○▽□○▽□○▽□○▽□○▽□○▽□ それからの毎日は苦痛しかなかった 愛する両親は俺を庇ったせいで雪にのまれた 優しかった兄は俺を嫌い暴力を振るうようになった やがて兄は親戚に引き取られることになった もちろん俺も引き取られる予定だった 「無理に決まってるだろ、あいつは母さんと父さんを殺したんだ！これ以上一緒にはいられない」 当たり前だと思った 兄の言うことは正しい でも、どこかで兄の反対を押しきって引き取ってくれ るんじゃないかって 助けてくれるんじゃないかって思ってた 「ごめんね、そらるくん...」 現実は俺に優しくなかった 初めに入った孤児院はとてもいいところだった でも、１ヶ月位で引き取り先が決まりさよならした ○▽□○▽□○▽□○▽□○▽□○▽□ 「おはよう、そらる」 「.... 」 「俺が話しかけたら、返事しろっていったろ！」 ﾄﾞｺﾞｯ 「うっ....おはよう...ございます」 「いいこ、でも言うこと聞けなかったからお仕置きだね」 そういってゴソゴソ鞄を漁る ちょっと太った中年の男 俺はこいつに引き取られた 手に枷をつけられてなにもない小部屋に閉じ込められた 　 何か気に入らないことがあったら暴力を振るわれ あとは、ただの性処理用の道具 「あ、あった！」 そうやって嬉しそうに見せてきたのはローター 「今日はこれで、お仕置きしよう！」 初めてこの家に来たとき家に入るのが怖くて拒絶した そうしたらお仕置きといわれてこれをつかわれた 正直思い出すのもいやなくらいだ 「い、いやだ！」 「君に拒否する権利はないよ？それとももっとひどいことされたい？」 そういって強く床に押さえつけられる 「っいやだ！やめて！」 「そんなこと言えなくしてあげるね」 口に何か無理やり押し込まれ飲まされる 「っ何！これ」 「媚薬だよ」 熱い、頭がくらくらして何も考えられなくなる 「じゃあ、いれるねー」 「ぅあ...」 「きもちい？スイッチいれるよ？」 ｶﾁｯ 「ぅあああああ！」 「そんなにいい？うれしいなぁ」 「ゃめぇ...ぅあっおかしくなるぅっ」 「じゃあ、これで明日までいい子にできるね？」 「ぇ？ちょっと待って！いやぁ」 「いい子にしてないとまたお仕置きだからね」 「ふあ、いゃぁ...んっ」 「じゃあ、またあしたね！」 ｶﾞﾁｬ 自分の喘ぎ声がやけに鮮明にきこえる 気持ち悪い ｶﾞﾁｬﾄﾞﾀﾝ もしかして家から出た？ 俺が来てからあいつは一度も家から出なかった きっと逃げる隙を作らないようにだろう いまなら、逃げられるかもしれない 今、自分が裸だとかそんなことをきにしていられなかった 足を使って自分からローターをだした 正直吐き気がするほどの気持ち悪さと快楽が入り交じって混乱していた ｶﾁｬｶﾁｬ 縛られた腕を巧みに使って部屋を出た あとは、家の玄関だけ ｶﾞﾁｬ よし、開いた 取りあえずここから離れよう 真っ裸だから通報されるかもしれない でも、家にいるよりは遥かにましだ そう思って扉を開けると 「....そらる？なにやってるの。」 終わった 殺されるかもしれない 逃げなきゃ 「逃げられるわけないでしょ。」 そういって強く腕を引かれる 痛い 痛い痛い 痛い痛い痛い痛い痛い痛い 「大丈夫ですか？」 「すみません。甥っ子なんです。ちょっと障がいがあって、」 「あなたに聞いてるんじゃなくて、」 そういって俺の方をちらりと見る 知らない人だ 「いや。本当に大丈夫ですから。ほら入るぞ」 今しかない 今逃したらもう逃げられない 「...たすけてっ」 思ってたより声が出なかった でも彼にはとどいたようで ﾄﾞﾝ あいつに体当たりして俺の腕を引く 「走って」 そこからはあまり覚えてないけど 気づいたらどこかの路地裏にいた 「大丈夫ですか？」 そういって俺に着ていた上着をかける 「取りあえず、家にいきましょうか」 「っ、こゎい」 「大丈夫ですよ。僕がついてますから」 初めて会った筈なのにどこか懐かしい感じがして 「...ぅん」 とても、とても暖かかった ○▽□○▽□○▽□○▽□○▽□○▽□ どうも！すみれです！ 長い間放置してごめんなさい！ またやっていこうと思います！ 新シリーズです！ まだまだ初心者なのでアドバイス等々お願いいたします！ リクエスト等もお待ちしております! 基本、皆さんと仲良くなりたい勢なのであしからず お読みいただきありがとうございました！ また次もよろしくお願いします！

どうも！すみれです！<br /><br />放置しててごめんなさい！<br /><br />素晴らしい表紙をつけていらっしゃる方をお見かけして作って見ましたが<br /><br />全然うまくいきませんでした笑<br /><br />誰か表紙書いてクレー(泣)<br /><br />注意！<br /><br />この作品はnmmnです！<br /><br />実在する歌い手さまのお名前を借りていますが全く関係ありません。<br /><br />拡散等の本人や他の方のご迷惑になることはお止めください！

一筋の光

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「…頂きます。」 「…。」 朝、小町が作ってくれたベーコンエッグに箸を伸ばす。 先ずは黄身の周りの白身に箸を入れ、下の「…。」ベーコンと一緒に切り分け、一口大にしたそれを口に運ぶ。予め振り掛けられた「…。」塩コショウがベーコンの塩気と相まって少々塩辛いが、 これが白飯を勢い良く「…。」口に放らせてくれる。その後は付け合わせのレタス「…。」を一枚食べ、もう一度「…。」白身に…!! 「うおぅっ…どした小町えらい眉間に皺寄せて。ちゃんと睡眠取れてんのか。」 ふと視線を前にやると、「もう大分前から見てるんですけど」と言った風体で小町が此方を睨んでいた。うーんまーたハチマンは何かやらかしたんですかね。今日はまだ黄身の半熟具合に注文は付けていない筈…。 「確かに勉強は大事だが身体が資本だ。無理な追い込みは逆に身に入らんz「それ鏡見て言えんの？お兄ちゃん。」？…。」 どういう事でせう…。 すると小町は手鏡を此方に向けた。そういうのサッと取り出す辺りこの子やっぱり女子力高い。 「ん。」 「ん？…！おぉ…マジか…。」 「マジだよ。腐ってんの通り越してるよ。」 鏡に写る比企谷八幡の腐った眼…その下に出来たとんでもない隈に、流石に声を失った。 ―――――――――― 「…。」 『腐った通り越してるなら発酵してるから大丈夫だ。逆に美味しいまである。』等と適当な言葉で取り繕い、受験期間の小町に余計な心配を掛けさせまいと、とっととチャリンコに跨がり家を出た俺。 「…ま、隈の理由なんざ考えなくとも分かるんだけどよ…。」 『自分で考えなさい。』 結局昨日、雪ノ下さんは理由を告げず、その言葉だけを残して帰って行った。 何時も通りの軽やかな足取りで。ただ何処か、後ろ髪を引かれている様な、重い足取りで。 「(言い方は…似てたが)…。」 何時か雪ノ下にも言ったであろう言葉。その時はただ、妹の力を試すかの様な物言いだった。だが今回は、言い方こそ似ているが、まるで、自分からは決して言わない事の意思表示の様で。それでいて、当ててくれる事を願っているかの様で…。 「なんて事を考えていたら寝不足かよ…笑えねぇな。」 赤信号で止まる。どうやら色覚能力は正常に機能しているようだから、学校には無事に着けるだろう。 「…。」 夜と同じ思考状態に入り始める。 実際、想像は出来ない。政略結婚だの、養子縁組だのは、およそ身近な話ではないのだから。それこそ俺が昼休みにベストプレイスで読む小説の中の話な訳で、その話の登場人物に感情移入こそすれ、共感する事等到底不可能な話だ。 だから、そんな話を聞かされても、理由を当てる事等出来ない。出来る筈が無い。ましてや俺に起因する事等、何一つ無い。 「…まさか俺に…。」 少し…いや、昨日から僅かにだが思い浮かべていた可能性を口に出しかける。だが、それこそ一番あり得ない理由である以上、言葉を紡ぐのも憚られた。 「っ…とりあえず信号位はちゃんと見とかないとだな…。」 赤信号、手前２メートルで勢い良くブレーキを握りしめる。漸く現実に帰り、今度こそ学校に向かって行った。 [newpage] ―――――――――― 「うわっ！ヒッキー大丈夫？」 「？おぉ…由比ヶ浜か…。」 「ていうかヒッキーだよね？」 あのちょっと由比ヶ浜さん人の識別を眼の腐り具合で判断するの止めてくんない？ 「大丈夫だ。腐る通り越して発酵しても、ビフィズス菌とか出来てて寧ろお腹の調子に良い。」 「あっ…この訳分かんないのはヒッキーだ。やっはろー。てかどしたのその眼？」 「…。」 一瞬、瞬巡。一応面識のある二人だが、由比ヶ浜話す…というか他の人間に話す内容ではないと思い直した。 「何、今度久しぶりのオールスター映画やるからな。その予習にスプラッシュスターの再試聴だ。」 いやぶっちゃけ序盤は結構キツいのよSSは…。 「あぁブリキュアかー。」 「…そこら辺は分かるんだな。」 「とりあえずヒッキーの話題はブリキュアかMAXコーヒーでヤマを張ってれば何とかなるし!!」 あれ？俺結構単純思考になってる？ていうか由比ヶ浜に簡単に見透かされるって結構不味くない？だって由比ヶ浜だよ？ 「(いや…これは…。)」 「もう一年位経つもんね！大体分かって来たよ～だ。」 「…そうか。」 「そうだ！」 由比ヶ浜でも、それくらいの時間が経てば、こうやって、ある程度の予測は経つ様になるのだ。屈託の無い笑顔(ドヤ顔)で。無論俺とて、コイツの気持ち全ては察せないにしろ、言葉の意図は、それなりに汲める様になって来た。コイツが話し掛けるのが、同情や哀れみでない事も、もう分かる。 「だから…それだけに…な。」 「？…何かヒッキーやっぱり眠そうだから寝れば？」 「あぁ…だな。」 そうして思考の海に意識を潜らせようとしたが、直前思い止まって、気になった事を由比ヶ浜に聞く。 「ってぇ…」 『昨日、一昨日、雪ノ下と会ったりしたか？』との俺の問いに、『買い物行ったよ！』とあっけらかんと答えた由比ヶ浜。その物言いから、恐らく雪ノ下さんの事は、妹の耳にも全く入っていないのだろう。無論それが、普通ではあるのだが。 因みに案の定、一限目の現国ガチ寝状態で、平塚先生からのシェルブリッドを食らっての現在天頂部痛である。 「何かむず痒いんだよな…。」 自分しか知らない…ましてや妹すら知らない秘密を、他人である自分が共有しているというのは、優越感等無く、ただただ妙な気持ち悪さが心臓に纏わり付いている感覚だった。 「うーんちょっと早いけど一本目のマッカン飲もう…。」 一限目の休み時間から、仕方なく俺はベストプレイスに足を向けた。 「えっ…えぇ…。」 「あっ…。」 俺の定位置で、勇ましい背中に白衣を纏い、紫煙を漂わせる女傑と目が合っちゃった☆ 「何故此処に…。」 「進路指導室禁煙になっちゃったんだもん…。」 うーん佇まいと言動の不一致具合が凄い！ 「…「まぁまぁ、折角来たんだ座りたまえよ。」…。」 オッサンみたいな叩き方で隣のコンクリを叩く平塚先生。闇雲に相席屋とか行って無いだろうなこの人…。 「…で、何か考え事かね？」 「っ…。」 マッカン一口飲んだ所でのその問いに、噎せかける。 「いや…だからふたりはブリキュアスプラッシュスターをですね…「一晩でキントレスキーの所までは無理だろうに」うっ…。」 俺とした事が後半パートの話しで誤魔化してしまっていた…やはりニチアサ民の先生ならば見破るのは容易か…。 「…あの、まぁ…。」 平塚先生にも、今では相当に、何でも話せる間柄になっては来たと、不覚にも思う。ただ、俺に関係する事ではない事を聞くのは、やはり躊躇いがある。 だがそれ以上に、知りたいと思ってしまった。だから。 「先生。」 「何だ。」 「雪ノ下…陽乃さんの学生時代って…どんなん…でしたか。」 理由を、探す事に決めた

大変お久しぶりです。訳あって、三ヶ月程休んでいました。これからは一週間に二本程度は上げて行きたいと思います。<br /><br />先ずは此方のシリーズから、よろしくお願いします。

どんな輝きでも、光ある所には、影がある。 四

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それを見たのは、偶然だった。 普段特別通る事のない廊下を用事があってたまたま歩いていると、前方に同期の松田くんの姿。窓の外を見て立ち止まっている様にどうしたのかと声をかけようとしたところで、彼はおもむろにYシャツの首元に手を入れて、キラリと光るチェーンを取り出し、その先にちらっと見えたリングを酷く愛おしそうに、それでいて寂しそうに撫でる。 それを見て、話しかけちゃいけないと察して回れ右をしようとすればふと視線を向けた彼と目が合ってしまった。 「松田、くん」 「よぉ。……っと、これか」 内緒な、と言った松田くんはそっとまたチェーンとリングを見えないようにしまう。 「……それ、彼女と？」 「ん、まぁそんな類だな」 "そんな類"と誤魔化したのが気になって、深く突っ込んではいけないと思いながらもほぼ無意識に首を傾げてしまえば苦笑いした彼は、そんなたいした話じゃねぇけど、と話出した。 「彼女……だったんだ、だから元カノってやつになるんだけど、わりとでけぇ会社の一人娘でな。でも俺と付き合ってる時に経営が傾いて、あいつは俺じゃなくて会社を立て直すのに十分な力と金を持ったやつのとこにいっちまった……。一般人の俺からしたらいまいち理解できねぇ話だが、あいつらの世界じゃそれが普通なんだろうな。ごめん、なんて言ってたけどもう覚悟決まってるって目してたんだぜ」 んで、捨てられねぇのがこの指輪、と隠してしまったそれを服の上からトンと指して笑う。 「好き、なんだね……まだ彼女のこと」 「……女々しいだろ」 「ううん、そんなに一途に愛されてて羨ましいよ」 本当に。その愛情が、こっちに向けばいいのにと思うくらい。見たこともない、今初めて存在を知ったその彼女に、そんな資格もないのに凄く嫉妬してしまうくらいに、羨ましいと、そう思った。 「引かねぇのか」 「女って愛されてなんぼだしね」 「そうか」 「そうだよ」 彼の隣まで歩いて行き、先程の彼と同じように窓の外を眺めれば、鼻の奥がツンとした。 「……あいつ」 「うん？」 「結婚、するんだと。まだいつとか具体的には決まってねぇみたいだけど」 「……悲しい？」 「わかんねぇ」 「なにそれ。自分の気持ちなのに？」 「あー……あいつの婚約者、悪いやつじゃねぇんだ。それに、俺みたいに時間の不規則な仕事じゃねぇし、命の危険もねぇからむしろずっといい気すらするくらい」 「それで？」 「あいつが笑ってられるなら、なにも俺じゃなくてもいいんじゃねぇかって思う俺と、当たり前に隣にいたあいつがいなくなって、別の男と結婚するって聞いて、大事なもんがなくなったような気がしてる俺。どっちもいんだよ」 そういう彼は眉を寄せて、見たことがないくらい寂しい表情。 「ねぇ、松田くん」 「あ？」 「それを、悲しいっていうんだよ。いいんだよ？ちゃんと言葉にして、吐き出していいんだよ」 「お前……」 「ねぇ、松田くん」 「今度はなんだよ」 「私と、付き合ってみませんか？」 見たくないから、そんな顔。彼女の代わりでいいから、頼ってほしい。 ……嘘。 ただ私は、どんな形でもいいから、私を見てほしいんだ。 「ずっと好きだったの松田くんのこと……だから」 彼女の代わりにしてください。 [newpage] 松田くんとのお付き合いはとても順調だった。 最初は私の事を彼女を忘れるために使うなんてしたくないと渋っていた彼だったけど、何度も執拗に言う私に先に白旗を揚げたのは彼のほうで、つまりは押して押して押しまくって手に入れた松田くんの彼女の座。まぁ、仮とか付きそうだけれども。 それでも、だ。休日にはデートにも行く。それも最近じゃ私から誘わなくても彼の方から"この前新しく出来たショッピングモール、お前が好きなブランド何店舗か入ってるみたいだから行かねぇか？"とかそうやってお誘いも入る。 お泊りも何度かしたし、庁舎内で会えばすれ違いざまにさり気なく頭を撫でてくれたり、こっちに気付いたら目を細めてくれたり……とにかくもしかして自分は愛されているんじゃないかと勘違いしそうになるくらいに関係は良好だった。キスやその先は未だにないけれど。 なんて、そんな淡い期待を抱いてしまっていた罰だろうか。その言葉は少し浮かれはじめていた私の頭を殴るには十分すぎるほどだった。 『明日、あいつの結婚式だぞ』 私とも同期で、松田くんの親友で、勿論彼の元彼女さんとも知り合いだったらしい萩原くんは、ギリギリまで言わずにいたけれど意を決したようにここから離れた場所で行われる明日の結婚式について、やっぱり言うべきだと思ってと彼に伝えてきた。私がいる前だったから、言葉こそオブラートに包まれて強く言うことはなかったが、その心中は"これが最後のチャンスだぞ"と伝えている事くらい容易に想像がついた。 だから、絶対に今日は来ないとそう思っていた。なのに 「なに、してるの……」 「なにしてるってお前、デートだろうが今日。迎えに来た彼氏に対してひでぇ言い方してんじゃねぇよ」 心外だな、といったような様子の彼はかけていたサングラスをズラして早く乗れ、と目で車に乗るよう促してくる。だけど今はそんな事に従っている場合じゃない。だって、だって今日は 「結婚式、じゃないの……？」 疑問をぶつけたが間違いなく今日は松田くんの想い人……つまり彼女の結婚式だ。元々私とのデートが入っていたとはいえ、こんなの蹴ってでも彼女の元へと行くと思っていた。だというのに当の本人はというと、何食わぬ顔をして私の目の前にいる。いや勿論私を選んでくれたのは嬉しい。嬉しいけれど 「行きなよ、早く……まだ好きなんでしょ」 自分でも何を言ってるのかわからない。わからないけどきっと本能的に、このままじゃいけないって思ったんだ。行かせなきゃってとにかくそう思うよりも先に声が出てて、悪い、と言っていなくなった彼の車が見えなくなるまで私はその場を離れられなかった。 ————今日は、私の誕生日だったというのに。 [newpage] 誕生日だということは彼には伝えていない。だって恋人同士とはいえ私は代わりでしかなくて、もしかしたらそこになにか少しでも情が湧いてくれているかもしれないが、それでも私は仮の恋人。そんな私が誕生日を祝って欲しい、なんて重たいにも程があると思たから、ただ今日デートがしたいと彼の時間を前以て貰っていた。祝われなくたって、一緒にいてくれればそれでいいとそう思ったから。 それに誕生日に結婚式が重なって尚更言い出す事なんてできるわけなかったし。 「つまんない、なぁ」 松田くんと行く予定だった場所を1人で巡る。せっかく出かける支度をしたんだし、家にいたって寂しくなるだけだとそうしたのはいいが完全に失敗だった。だって何を見ていたって彼と一緒ならって考えてしまう。 松田くんはそっけないようで凄く甘い。一緒に買い物に行っていて、一度目を奪われた商品は翌日やその次の休みの日などにいつの間にか買って渡してくる。しかも『ああ、それ欲しかったのか？似合いそうだから買っただけだ』なんて、さも私が見ていた事は知らない風に。でもあんまりに高いものもポイポイと買ってきてしまうから、申し訳なくなってもう一緒に買い物に行かないと拗ねたら、一定の金額以上の物は買ってこなくなった。けれどやっぱり買うこと自体はやめない。 あとはデート中は必ず手を繋いでくれるし、例えば人混みで逸れたって絶対に見つけてくれる。 こっちとこっち、どっちがいいかな？なんて女特有の買い物の際の質問だって『こっち着てるお前が見てぇ』とか言ってちゃんと選んでくれる。そういうところが凄く、凄く好きで気持ちは募るばかりだった。 「好き、だけじゃどうにもならないんだよね。こればっかりは」 一方通行じゃ成り立たない関係を思い知ってポツリとショーウィンドウを眺めているとふと、後ろから名前を呼ばれて振り返った。 「萩原くん」 「奇遇だね。こんなところで立ち止まって、そんなに欲しいものあった？」 このお店可愛くて女の子に人気だよね、と笑う萩原くんはこの辺りに用事があって帰ろうと思っていたところだったと言う。 「違うの、私ね、行かせちゃったの松田くんのこと」 「え？」 「結婚式、行ってって送り出しちゃった。今日デートの予定だったのに」 馬鹿だよね、と話をすれば自分が悪いわけじゃないのに謝ってくれる萩原くん。 「でも俺が結婚式の事言ったりしなきゃ……」 「でも萩原くんは言ったほうがいいと思ったんでしょ？それが萩原くんの優しさだよ。それに、遅かれ早かれこうなってたんだと思うよ。人生ってなるようになってるから」 「ごめん……」 「だから謝らないで？松田くん、せっかく私とのデートを選んでくれたのに、最終的に行かせたのは私だから」 「いや、けどやっぱ俺が……うん。じゃあこうさせて？こんな事でお詫びになんてならないと思うけど、俺もこのままじゃ気が済まないし、夕飯、奢らせてほしい」 そう言うが早いか私の手を取った萩原くんは、夕飯と言いながら何故か私をお店に引っ張り流石とも言えるセンスで服と靴と鞄を選んでいく。 結果、ニット地のノースリーブに、大きな花が描かれた膝下のスカートが印象的な白黒でシックなワンピースと、黒くて後ろに真っ赤なリボンがついた少しヒールの高いパンプス。それから薄いクリーム色のクラッチバッグに一式変えられて一体いくらしたのか会計にも立ち会わせてもらえないまま、気付けば雑誌や女の子達の間でも一生で一回は彼氏や旦那に連れて行ってもらいたいと言われる高級レストランにいた。 [newpage] 萩原くんは女の子の扱いにとっても慣れてそうで、もしかしていつもこうなのかな？なんて思いながら向き合って当然凄く美味しい食事を頂いて、少し話もしていると突然彼が携帯を見て席を立った。 「ごめん、ちょっと」 いそいそといなくなる姿に仕事の電話だろうな、と思ってもういい具合に夜景が見えるようになってしまった外を眺める。 私はこれから、松田くんとどうしたらいいんだろうか。それとももし今まさにこの瞬間既によりを戻していたりなんてしたら、私がどうするとかそんな話ははなからない。 結局一日中松田くんからの連絡がなかった携帯に目を落とし、終わり、かなと考えていたその時だった。 ふわり、と香った嗅ぎ慣れた煙草の香りと温かい温もり。 抱き締められていると気付いて振り向けばそこにいたのは今朝会った時のラフな格好と打って変わってパキッとした印象の服を着た松田くん。 「なん、で……？」 どうしてここにいるのか、どうして抱き締められているのかとにかく意味がわからなくて、戸惑っていれば聞こえてきた彼の小さな謝罪の声。 「ごめん。行かなかったんだ……今日」 行かなかった？一体どうして？声にも出せず眉を寄せて彼を見れば、一瞬寂しそうに笑った松田くんは私を離して先程まで萩原くんが座っていた椅子に座る。それからジャケットの胸ポケットへ手を入れて、ゴソゴソと何かを取り出し、それをテーブルの上に置いた。 「これ……」 それは小さくて四角い箱で、中身くらい見なくたって察する事ができる。 「これを急ぎで作ってもらってて……1人にして悪かった」 彼によって開けられた箱の中身はやはりと言うべきか、想像していたとおりキラキラと光る指輪で、何事かとびっくりしたまま松田くんをみればいつになく真剣な顔をした彼と視線が絡み合う。 「結婚を前提に、俺と、改めて付き合ってほしい」 クラシックな音楽だけが流れる静かな空間に、彼の声がハッキリと耳に届く。 「だって……彼女は……」 「お前と付き合ってみて、一緒に過ごして、随分前にあいつのことは吹っ切れてたんだ。確かに萩原に結婚式だって言われて動揺したのは確かだけど、そういうんじゃねぇんだ……お前が、お前だけが好きだ」 その真っ直ぐな目は嘘を言っているようでも、自分の気持ちを誤魔化そうとしているようでもなくて、本気なんだ、と実感させられる。 「……私も、松田くんが好き……です」 私がそう答えた瞬間、まるでタイミングを測ったようにレストランの店員がテーブルに向かってケーキを運んでくる。 クラシックな音楽は曲調こそ聞き慣れたものではなく、この場に合わせたシックなものにアレンジされていたが、所謂バースデーソングに変わり、到達したケーキのプレートにも"Happy Birthday"の文字。 [newpage] 「なんで、知って……」 「‪お前なぁ、誕生日だってことくらい事前に言えよ。今朝たまたまお前んちに行く前に佐藤に会って今日がお前の誕生日だって聞いて、どうするか相当焦ったんだからな？デート中にこっそり買い物に行くか、とか正直に今日はなんもねぇって後日改めてお祝いするかとか」 「そう、なの？」 「そうだよ。でも佐藤には"いつも私達が盛大にお祝いしてるのを掻っ攫ったんだから、いつも以上にいい誕生日にしてあげなきゃ許さない"って言われちまって……だからお前から結婚式行けって言われた時は正直チャンスだと思ったよ。寂しい思いはさせちまうけど、お前と離れてプレゼントを用意して当日にちゃんと祝ってやれるって」 「それで、行ったふり……」 「そ。あとは萩原に連絡して、適当に落ち合ってもらって……あ、そのワンピースも似合ってんじゃねぇか……萩原のほうが先に見てんのも、そもそも萩原が選んだもん一式着てんのも腹立つけど」 「まさかこれも？」 「そうだよ、俺が萩原に頼んだ‬」 笑ってしまった。萩原くんまでグルだったこと。思っていた以上に想われていたこと。意外とヤキモチ焼きなこと。全部全部ひっくるめて笑ってしまえば、気が抜けたのか涙まで出てくる。 その涙を伸ばした手で拭ってくれた彼は何度も謝りながら、でもそれ以上に何度も私に好きだと伝えてくれた。 この素敵な誕生日を、私は一生忘れることはないだろうと、薬指に光る指輪を見ながらそう思った。

松田さんの首に指輪を通したネックレスがしてあるのを見つけるところから始まるお話です。<br /><br />なんでも許せるよって方だけでお願いします……ネームレスです。

彼女の代わりで構わない。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10016124#1

俺は駅に、由比ヶ浜の家も駅に近いらしく二人で歩いていた。 結「ヒッキーはさ、毎日たのしい？」 　八「まぁ、楽しいわな。」 結「今以上に楽しくしたいとか思ったことない？」 　八「・・・・わからん」 結「皆が楽しいならいいのかな？ちがうのかな？」 　八「どうだろうな・・・」 結「ヒッキーたまに難しい顔してるし・・迷惑かけてる時ありそうだし・・・」 　八「気にするな。俺は気にしていない。お前の言ったことも正しい。」 結「そっか」 　八「ただ、今の普通の生活が上なのか下なのかわからんからな」 結「あ、ここ、私の家だから」 そういつの間にか、由比ヶ浜の家まで来ていたようで、ここから駅までも近い。 　八「おう。じゃ、またな」 結「うん、またね、ヒッキー」 由比ヶ浜がマンションに入って行った。 俺は、駅に向かった 途中で、やはり、俺たちと同じだったのだろうか？はやく帰宅したのか？カップルとすれ違った。 その姿が、俺と優美子が一緒にいる雰囲気に似ていたから気になった ×「なんで・・・おれが、ビリビリを探しに来ないといけないんだ。・・不幸だぁー」 ×「そんなこといっても、『私のヒーロー』なんですから、お付き合いくださいませんかぁ～」 ・・・金髪の子、なんか右手に持ってるの・・・スマホの替わりなの？テレビのリモコンにしかみえんのだが・・・？ ×「ふこうーだぁー」 なんか、男の方は叫んでいるが・・・・目をあわせないようにしよう・・うん、それが大事だよね。 駅につき、電光掲示板には、停電の為時刻通りに運行されていないことが表示されていた。 駅のホームについて、しばらくすると電車がきたので、それに乗り、家に帰宅する。 駅についたが、またもや歩きで移動しないイケないのかと思うと気が重くなった。 家に着いたのでカギであけ家に入る。 朝から雨模様だったので、家の中は洗濯物が干してある状況と洗濯機は乾燥機モードの為、入ったままだ。 さすがに、両方ともまだ完ぺきには乾いていない。 雨が続くと気が滅入る。 しかたなく、自分の部屋に行き着替えて、下に降りてきた。 ひとまず、夕飯の準備ぐらいはしておこうと思っていたからだ。 こんな、気が滅入るならと、発散しようとひき肉を出して、こねる事にした。 そう、ハンバーグにすればこねる事で、ストレス発散はできる。良く幼児教育で粘土あそびが推奨されるのは、粘土の独特の手触りと、思い通りに形を変えることのできる特性が安心感を与えていると言われているからだ。 それに近い感覚があるから、ハンバーグを作るのは好きだったりする。 四人分＋αのハンバーグが出来上がり、後は焼くだけにしておいた。もちろん、冷蔵庫にしまったのだが・・・・ 次に、付け合せを考えていると、 家のドアが開いた音がした。 小「おりょ？ただいま？なんで、おにいちゃんがいるの？」 入ってきて早々に言われてしまった。 　八「今日は、急遽午前中で授業が終了になってな」 小「へー、珍しい事もあるもんだね。」 　八「うちの学校周辺が停電で、急遽学校の授業も午前中で終わった。」 小「いいなぁ～、小町の所なんて、雷で一時的に停電あったけどすぐについたよ。」 小「で、暇だから夕飯の準備していたと？」 　八「あたり」 小「今、小町も着替えてくる。」 　八「あ、ならついでに、おれのスマホ持って来てくれないか？机の上にあるから」 小「はいはいさー」 付け合せ・・・・蒸してるから、さっぱり食べるなら大根おろしとニンジンをおろして、紅葉おろしもイイよな。 それなら、ネギをそのまま焼いてとかでも良いし・・・・ たしか・・・・味噌汁用に買っておいた豆腐も有るし・・ 小町が着替えて、下に降りてきたようだ。 小「ねえねえ、おにいちゃんライン見たけど、これホント？」 　八「おう、県民の日にやるぞ！」 小「ひゃっはー！ケーキバイキング、うれしいなぁ～！」 　八「ただ、これは、母ちゃんたちには、内緒だぞ」 小「なんで？」 　八「それこそ、今月中なら私たちが行くとか言って取られるだろに！」 小「あ・・・そうか、そうだね。気をつけないと」 　八「今週末までの我慢だからな。」 小「了解」 小「で、今日の夕飯どうするの？」 　八「さっきまで、悩んでいたが和風おろしハンバーグと冷奴、それに野菜の味噌汁」 小「じゃぁ、あとはおろしと味噌汁作るだけ？」 　八「そう、ただ、おろしを紅葉おろしにするか悩んでる。」 小「小町的には、紅葉もイイよね」 　八「だよなぁー」 小「小町が紅葉おろし作るよ。おにいちゃんは、味噌汁作ってよ」 　八「はいよ」 二人でキッチンに立つ。 小「小町、いきます。」 そういって、おろしを作っていく。 家のチャイムがなり、小町が行くようだ 小「小町、出る」 小町が箱を抱え戻ってきた。 　八「あ、それ、俺の注文してた商品だな」 小「中身見ていい？」 　八「そのままに、しておいてくれな。」 小「箱なんて、箱なんて壊しちゃえばいいでしょ！」 　八「小町・・・・それは、中身が大事なんだよ。」 小「おにいちゃん、コレの中身は？」 　八「壊れた箱の為の鍵だよ」 小「箱の鍵ね」 　八「だから、そっと取り扱ってくれよ」 小町がテーブルの上に置いてくれた。 小町が先程の作業にもどり、紅葉おろしを完成させた。 俺の方も、味噌汁は、ほぼ終了した。 母ちゃんたちもまだ、かえってこないようなので、二人でリビングに行きニュースを見ていた。 そういえば、あの後に、ラインを見ていないと気づき、見る事にしたのだ。 俺が、スマホをいじり出すのをみて小町も同じように見るようだ。 画面のスリープを解除すると・・・パンドラアプリが仕事をしていた。 件数が２５件か・・・ 仕方なく、確認すると。 いつものグループラインが２３件 折本から２件だった 先に折本の方から見ると ・・・・・・ かおり 　比企谷達、学校終わるの早くない？ かおり 　友達に聞いた。羨ましい。 ・・・・・・ しかたなく、 ・・・・・・ 八幡　 　そのぶん、歩きで大変だった。 ・・・・・・ と、入れた。 もう片方は・・・ ・・・・・・ ままのん 　うちの会社・・・千葉なのに、休みにしなかったのは失敗だった 由比ヶ浜 　家の子、三連休なにしようかしらぁ～ ひーちゃん 　三連休・・・うちの二人もなにするんだろう？ みーちゃん 　子供たち・・・やっぱり、いいなぁ～ 葉山 　・・・・わたし土曜日は、休み ひーちゃん 　私、二連休 みーちゃん 　私もー ままのん 　く、日曜日に・・・仕事に来たくない 葉山　 　奥さま・・・私も・・・ ままのん 　だんな・・・ゴルフとか言ってやがる 葉山 　それ、たぶん、一緒ですわ ひーちゃん 　うわー みーちゃん　 　うわー 由比ヶ浜 　うちのは、自宅でのんびりと言ってましたぁ～ 葉山　 　奥様、ムカつきますわよね ままのん 　そうよ、おかしいわよ！ 葉山 　なんで、土曜日しか休みがないの？連休欲しい 由比ヶ浜　 　お二人ともたいへんですねぇ～ 由比ヶ浜 　そうそう、お肉送られてきたのぉー ひーちゃん 　なんで？ みーちゃん 　なんで？ 由比ヶ浜 　懸賞でまた来たのぉー みーちゃん 　羨ましい ひーちゃん 　いいなぁ～お肉・・・どこの？ ままのん 　懸賞？ みーちゃん 　結衣ちゃんママ、よく当ててる 葉山　 　当たる人は当たるらしいですね 由比ヶ浜 　神戸牛の詰め合せなのぉ～5キロ ひーちゃん 　じゅるい！ みーちゃん 　ねえちゃん・・・ヨダレ！ 由比ヶ浜 　いつも食べたり飲んだりしっぱなしだしぃ～ 由比ヶ浜　 　多いからみんなで食べたいわね～ ひーちゃん 　やる？ ままのん 　でも、休みが・・・・ ひーちゃん 　八幡、金曜日休み。 みーちゃん 　なんだ、作る人休みジャン！ 葉山 　次の日、休みだ ままのん 　確かに みーちゃん 　ねえちゃん、だんなは？ ひーちゃん 　そっちに避難させれば みーちゃん 　確かに・・・それは、アリ ・・・・・・ そう、見てはいけない事が書かれていた。 おれ、その日にみんなでケーキバイキングなんですが・・・ 小町も俺の事を見て来た。 たぶん、他のメンツもこのグループラインを見て驚愕していることだろう。 これ、最悪はダブルヘッダーなの？ 小「ねぇ、お、おにいちゃん・・・これ、どうするの？」 　八「由比ヶ浜の券って、今月中なんだよな、使用期限」 小「別の日にしたら、いいんじゃない？今回のケーキバイキング」 　八「ただ、このチャンスは、中々無いんだよな・・平日で人も多くないだろうと思うし、特に大人が仕事の時になんて・・・」 そう思っていたら・・・ そう、子供組で作ったグループラインに、書き込みが・・ ・・・・・・ 優美子 　ハチ、止めておく？ ・・・・・・ そう、あのグループラインに書かれていた。 そりゃ、心配するよな・・・ だから・・・・・ ・・・・・・ 八幡 　いや、決行だ、決行するぞ！ ・・・・・・ そう、書き込んだら ・・・・・・ 小町 　おねえちゃん心配しないで、 小町 　おにいちゃんに任せて！小町もいるから！ ・・・・・・ 隣りで、小町が書き込んでいたようだ。 そして、 小「小町がおにいちゃんのサポートするからさ」 あまりの嬉しさに小町の頭を左手でワシャワシャとしてしまった。 小「髪の毛が、クシャクシャだよー」 もうハンバーグ焼いておくかと、立ち上がりキッチンにむかう。 冷蔵庫から、ハンバーグを取り出し焼き始めた。 肉の焼ける匂いがキッチンに充満してきた。 そう言えば、ラインで由比ヶ浜の母ちゃんが言ってたお肉・・・どうするんだろ？ その時に、考える事にしよう。 いつのまにか、小町もそばに来ており、味噌汁を温めていた。 小「お母さんたちのは、後で焼くのでいいよね？」 　八「それで、いいだろう？いつ、帰ってくるかわからんし」 連絡もないし、二人で夕飯を取ることにした。 小「おにいちゃんなら、牛肉なににする？」 　八「ステーキもいいんだが、人数考えるとな・・・」 小「なら、サイコロステーキにしたら？」 　八「神戸牛なんだろう？もったいないよな、それ・・・」 小「そうか、イイお肉なんだよね？」 　八「まぁ、悩んでもしょうがないだろう？」 小「ねぇ、おにいちゃん？今日のハンバーグ・・・いつもと違うよね？」 小「少し、ピリッとしてるような・・・気がする？」 　八「いや、同じだぞ、それ、ダイコンの方じゃないのか？」 小「・・・そっちか・・・」 そういい、小町が紅葉おろしだけを食べたようだ。 小「ニンジンの甘さが負けてるのか・・・大根のからみに・・」 　八「そうじゃないのか？」 小「ニンジン・・・そう言えば、ニンジンで思い出した。」 　八「なんだよ？」 小「おにいちゃんの特製ニンジンドレッシング作ってよ」 　八「・・・・あれ、面倒なんだけど・・・」 小「あれだけで、山盛りキャベツの千切り食べれるからさ」 　八「まぁ、付け合せのキャベツ・・・小町、おかわりするし、母ちゃんも親父も使うからすぐになくなるからな・・・アレ、作っても・・・」 小「ビンで作り置きしても、いつの間にかなくなるよね。あれ」 　八「そうなんだよな・・・・どんだけ使うんだよ、みんな・・・」 二人で食べ終えそうなところで、ドアが開いた音がした。 母「ただいま」 母ちゃんが帰って来たようだ。 　八「おかえり」 小「おかえり」 キッチンに着て早々に、 母「良かったぁー、蕎麦にしておいて・・・・」 　八「なんだよ、それ？」 母「今日のお昼ごはん。」 小「そうなんだ、でも、なんで？」 母「帰宅途中でお腹すいた。お昼ごはん軽めにしたからさー」 　八「なら、すぐに食べる？」 母「お願いしていい？八幡」 　八「はいよ」 母ちゃんが着替えに行ったので、俺は冷蔵庫からハンバーグを取り出し、焼き始めた。 夕飯まだ途中だが、仕方ない・・・・ 母ちゃんの分を焼きはじめ、のんびりとフライパンを覗いていたら、 母「八幡、ライン見たよね？あんたさ、金曜日に用意できる？」 　八「それなんだが、夕方まで出かけてるんだわ」 母「あら？そうなの？」 　八「ああ、ほら、学校のヤツと遊ぶの丁度いいからって、約束したんだよ。」 そう、学校のヤツ・・・ほら、由比ヶ浜と優美子、な、学校のヤツだろ。 母「そ、そんな・・・・・・」 母「小町は？」 小「小町も出掛けるよ、午前中から」 母「うそ・・・・」 小「うん、予定入れちゃったもん」 母「ねぇ、八幡、夜にさ、みんなで飲みたいんだけどさ・・・・」 母ちゃんの夕飯の準備が出来た。 フライパンのハンバーグを皿に取り出し、紅葉おろしをのせ母ちゃんの席に置いた。 母ちゃんも作って貰えたから、席に着き俺たちと食べ始めた。 　八「簡単なモノしか出せないんじゃないか？その日」 母「由比ヶ浜さんが、お肉用意してくれてるんだよ」 　八「そんな事言ってもなー」 母「ならさ、それを先に預かってきて準備とかは？」 　八「それ・・・前の日に準備しろってことかよ？」 母「ほら、松坂牛だよ？それも５キロだよ？」 小「神戸牛じゃないの？」 母「あれ？そうだっけ？見直してみる。」 　八「おれも、神戸牛だとおもう。」 母ちゃんがスマホをいじり出した。 食事時に、行儀よくないっていつも、俺たちに言うのに・・・ 母「あははは、確かに神戸牛だった。」 母ちゃんが、スマホを置き、ハンバーグを食べ始めた 俺と小町は、夕飯も済んだがその席を立たずに母ちゃんの食事が終わるのを待つことにした。 母「紅葉おろしか・・・・ねぇ、八幡、ニンジンドレッシング作ってくれない？作り置き用に」 ・・・・小町に続いて母ちゃんもかよ・・・・ なんで、二人とも紅葉おろしから、ニンジンドレッシングを連想するの？ そりゃ、アレ旨いけどもさ・・・・ 袋詰め放題とかでニンジン多めに取らないとできないよ、あれさ 　八「出来たらとしかいえん」 母「うん、まぁ、そう言いながら作ってくれるからねぇ～」 小「そうそう、おにいちゃん作ってくれるからさ」 　八「・・・・・・」 母「でさ、もしなんだけ・・・お肉早く預かればやれる？」 　八「・・・・・はぁ～、ま、なら、その日は、俺と小町も出掛ける事に異論はナシにしてくれよな。反論も受け付けないからな」 母「はぁ、それ位は譲歩するわよ」 ふふふ、勝った、これで母ちゃんたちには何も言わせないですむ。 小町がこちらを見て来た。 母「ならさ、お肉・・・・今から取りに行こう、そうしよう。」 マズイ、非情にそれはマズイ、もしかしたら、あの件がバレる可能性が出てくる、なんとしてもそれだけは阻止せねば。 由比ヶ浜は、その辺を誤魔化すのが下手だろうからな・・・ 由比ヶ浜のヤツも、あいつの母ちゃんにどのように使うか聞かれたら・・・普通にあの面子で使うとかいいそうだもんな・・・ 　八「あ、それなら、明日にでも由比ヶ浜の家に俺が取りに行くからさ、今日、アイツの家のそばまで送ったし大丈夫だから」 母「なら、いいか、じゃ、八幡頼んだよ。」 　八「了解」 ほっ、と胸をなでおろし、一息つけた 母「なら、後で連絡しないとね。」 　八「俺から、由比ヶ浜に連絡して変わってもらって、連絡するからさ」 母「あら、そう？じゃぁ、任せたから」 　八「はいよ」 母「ならさ、ここの片づけは母さんがやっとくから、連絡してくれない？」 　八「ああ、じゃ、今してみるから」 そういい、由比ヶ浜に通話してみる 　八『もしもし、由比ヶ浜さんのお電話ですか』 結『あれ？ヒッキーどうしたの？』 　八『今、大丈夫か？』 結『うん、大丈夫だよ』 　八『いま、お前の母ちゃんいるか？』 結『うん、目の前にいるけど？』 　八『悪いけど変わってもらえるか？』 結『え？まぁ、イイけども？なにがあったの？』 　八『まぁ、お肉の話だ』 結『なんだ、じゃぁ、変わるね』 結母『もしもしぃ～、かわりましたぁ～』　 　八『もしもし、比企谷ですが』 結母『あらぁ～、八幡くんじゃないのぉ～どうしたのかしらぁ～』 　八『ライン見ました。それでですね、明日にでもお肉預からして貰えたらと思って電話してみました。』 結母『あらぁ～、それじゃぁ～、八幡くんが調理してくれるのかしらぁ～』 　八『そうです、話の流れからその方が楽かと思って』 結母『それでは、金曜日は決行するのよね？飲み会？』 　八『みなさん、その感じですから・・・先に、お肉預かりますので』 結母『いいのかしらぁ～、いつも、八幡くんばかりにやらせてぇ～』 　八『はぁ、ただ、今回は、自分が午前中から学校の友人と遊ぶ約束してるので、うちの母ちゃんには、出掛ける事に異論はナシにしてもらいますし、反論も受け付けない方向で話がついたものですから。』 結母『そうなのねぇ～、なら、わたしも作ってもらうんですもの異論も反論もできないわねぇ～』 　八『え？そうですか？』 結母『そうでしょう？明日の帰りに取りにきてくださいねぇ～』 結母『結衣に、変わるわねぇ～』 結『ヒッキー聞いたよ。明日、学校帰りに一緒に来てね。』 　八『俺の方こそ、悪いが頼むな。』 結『うん』 母ちゃんが側で、聞き耳を立ていたようで、 母「じゃぁ、八幡たのんだよ。私がこれ片づけるから」 　八「なら、部屋行くわ」 母「はいよ」 母ちゃんがそう言ってくれたので、部屋に行くことにした。 小「小町も部屋いくね。」 母「はいはい」 小町も俺の後をついて、二階に上がってきた。 そのまま、小町は部屋に入ると思っていたら、後ろをついて来て俺の部屋に入ってきた。 小「おにいちゃん、随分とお母さんから言葉巧みに取り付けたね。」 　八「俺も、そう思うわ。」 小「それも、結衣さんのお母さんからまでもなんて・・・」 ラインで皆に、連絡いれることにしようとしたら、スマホが鳴った 表示を見ると優美子からだ、小町も部屋にいるが出る事にした。 優『ハチ、あーしさ、今度の中止でもいいし』 　八『はぁ～、気にすんなよ、もう、母ちゃんと話ついたから』 優『でもさ・・・』 　八『おう、その日に出掛ける事に異論はナシにしてな。反論も受け付けないからと言いきった。』 優『どうやったし！』 　八『明日、由比ヶ浜の家からお肉を預かって下準備しておくことで話が付いたから』 優『ハチ・・・悪魔』 　八『それも、出掛けるのに学校のヤツと出掛けると伝えたからな。』 優『それ、詐欺じゃん』 　八『いや、由比ヶ浜は、学校の友人だろう？』 優『・・・た、たしかに』 　八『だから、その分を下準備して遊びに行くからな、安心しろよ』 優『分かったし』 　八『それに、帰ってきてから小町も手伝ってくれるっていったから』 優『小町も・・・そう・・・』 小『おねえちゃん聞こえてる？小町も手伝うからみんなで行こうね。』 優『小町に言っといて、あんがとって』 小『聞こえてるから』 　八『だとよ。じゃ、切るな』 優『ん』 通話を終わらせると、あのアプリに数字が見えた。 げ！何この数？ 小町も自分のスマホで見たようだ。 仕方なく、アプリを開けると そう、グループライン・・・二つ分の数字だった。 仕方なく、両方と既読する。 先に、母ちゃんたちのほうからだ。 ・・・・・・ ひーちゃん 　だんなに連絡した みーちゃん 　同じく ままのん 　どう？ 由比ヶ浜　 　どうのなぉ～ ひーちゃん 　わかったって、ただ、あの酒はヤメテと言われた みーちゃん 　うちはまだ連絡来ない ままのん 　決行ね 葉山　 　嬉しいかも ひーちゃん 　後は、八幡か みーちゃん 　連絡きた、いいとさ 葉山 　飲んで憂さ晴らし ままのん 　了解 由比ヶ浜　 　お肉どうしようかしら？ ひーちゃん 　八幡に調理してもらう？ みーちゃん 　それがいい ままのん　 　美味しいもの作って貰いたい 葉山　 　確かに ・・・・・・ こう言う事だったのか・・・母ちゃんが、俺を説得した理由は・・・ 小町が、あきれていた・・・ 小「おにいちゃん、作る人なんだね・・・・」 　八「そうらしい・・・」 もう片方は・・・ ・・・・・・ 優美子 　ハチ大丈夫なんだろうか？ かおり 　比企谷の事だから・・・・我慢するのかな・・・ ☆★ゆい★☆ 　我慢？ 優美子 　ハチ・・・そういうとこあるから・・・ ☆★ゆい★☆ 　ヒッキー、そうなの？ 優美子 　・・・あーしがその一因かもしれないけど・・・ かおり 　・・・それ、あたしも言えないかも・・・ はるのん 　なんか、深刻だね？みんな？ 優美子 　まぁ、なるようにしかならないか！ はるのん 　ひとまず、ハチくんの連絡待ちだね 優美子 　でも、決行するって、書いてるし、ハチ かおり 　そう言う事を書くときって、自分だけ、我慢したりで済ませる 優美子 　そうそう はるのん 　でも、小町ちゃんの書き込みは？ 優美子 　小町も協力するからって、言ってるから・・・ ・・・・・・ こりゃ、優美子やかおりにも、バレてるけども・・・ このチャンスは、外せないものな だから、書き込む ・・・・・・ 八幡 　大丈夫だから、みんなで行こう。 ・・・・・・ 隣りで、小町が ・・・・・・ 小町 　おにいちゃんもそう言ってるから、みんなで行きましょう ・・・・・・ 書き込んできた。 小「ね、おにいちゃん、決戦は金曜日だけど、その前にやれることはやろうね」 　八「そうだな」 小「小町、自分の部屋いくね」 そう言い残し、部屋を出て行った。 暇になり、本を読むことにしたのだが、本を手に取ると、母ちゃんが小町に風呂に入りなさいとお達しが聞こえた。 ふと、気になることが出来たので、パソコンを立ち上げ調べ始めた。 やっぱり、アレとアレは作りたいかも、そういえば、ニンジンドレッシング作ってと言われたのを思い出し、レシピを確認していた。 次に、これも使うかと、考えていたら 小「おにいちゃん、お風呂いいよ」 そう言われたので、おれも風呂に入ることにした。 下に降りると母ちゃんがフライパンでハンバーグを焼いていた。 と、なると親父ももうすぐ帰宅してくるのだろう。 風呂に入り、のんびりと身体を湯につからせて考えていた。 明日・・・やること多いな・・・・ 木曜日は、委員会も有ることだし・・・ 風呂から上がるとドアが開く音がした。 父「ただいま」 親父が、帰宅したようだ。 母「おかえり」 キッチンから母ちゃんが応えたようだ。 そのまま親父がテーブルに来た感じがしたが、俺は風呂場からキッチンに向かった。 父「八幡、ただいま」 　八「おかえり」 母「はいよ、夕飯」 俺は、冷蔵庫から水を出し、コップに入れ飲んでいた。 父「ありがとさん、紅葉おろしか、さっぱりしてていいな。」 父「紅葉おろしか・・・・八幡、ニンジンドレッシング作ってくれ」 母「あんたもかい？」 父「紅葉おろし見て、思い出した」 　八「・・・・・家の家族・・・皆からかよ・・・」 母「八幡、よろしく」 父「八幡、頼んだ」 　八「面倒なんだけど？あれ、作るの・・・出来たらで、いいよな」 俺は、そう言い残しキッチンから退散した。 部屋に行き、早々にベッドに入った。 足元に違和感があると思ったら、カマクラがいた。 俺が蹴ったのが気に食わないのか、布団から出て俺の胸の上でグルグルと喉を鳴らしながら座り込んできた しかたなく、撫でていると俺もいつの間にか寝ていた。

金曜日の予定・・・・決まったが・・・

33話　コネル

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翌朝、オレが起きるとまだ高木さんは寝ていた。 オレは今日から学校に行こうと思う。 久しぶりに高木さんと話して、生きる気力を得た。 目の前で1人の女の子が生きようと、【死】に抗っているのに、オレは生きているのに生きようとしてなかった。まるで彼女と逆、【生】に抗っていた。 そんなことはあってはならない。彼女がそう言った気がした。 オレはそっと椅子から立ち上がって、家に帰ろうとする。 しかし、立とうとしたオレの左腕になにかが掴まった。 「た、高木さん？」 それは高木さんの手だった。 「にしかたぁ……いかないでよぉ……」 あぁ……もう…そんなに可愛い目で見つめられちゃ… 「……わかったよ」 「ふふ…ありがと……」 これは学校休むしかないかなぁ… いや、こんなにオレが高木さんと2人でいちゃ、高木さんのお母さんが入って来れないし何より誤解される！ まぁオレは勘違いされたっていいんだけど。 ……なに考えてんだろオレ。 前まではもっと恥ずかしがってただろ。 オレが席を外そうか迷っていたところ、高木さんがある行動を起こした。 「ねぇ西片」 「なに、高木さうわぁぁぁ！！！」 高木さんは掴んでいたオレの左腕を強く引っ張り、オレは体勢を崩してる高木さんの上に乗ってしまう。 いや、乗ってはいない。この状況を言葉で表すのは少し面倒くさい。 あ、いい言葉があった。 【床ドン】である。 オレの左足のつま先だけは床についていて、右足の膝がベッドについていて、左腕は高木さんの右肩。そして右腕は高木さんの頭の隣。 この状況を床ドンと言わずになんと言えば良いのか。 「……」 「……」 「西片って、意外とそういうの好きなんだね」 「高木さんが腕引っ張るからだろ…」 「その割にはなかなか離れようとしないじゃん」 「だって……オレもこうしてたいんだもん…」 「……」 「だって…好きなんだもん……」 「……」 「心配かけないでよ……本当に本当に生きてて嬉しい。生きてることがこんなにすごいなんてオレ、初めて知った。高木さんを目の当たりにしてすごく学んだ」 「……うん」 「高木さん……生きててくれてありがとう」 「……どういたしまして」 そう言った高木さんの顔はとても赤く、目から涙が零れ落ちていた。 言うならここだ。昨日は曖昧なまま伝えそびれたこの想いを、高木さんに伝えるべきだ。 自己紹介みたいに決められた言葉で言うんじゃない。オレがその場で考え、導き出した言葉で、オレの言葉で、伝える。本音を全て言う。 オレは深呼吸をして、語り始める。 「高木さん……昨日はあまりちゃんと言えなかったけど、今日はちゃんと言う。 オレは、高木さんのことが、好きです。 嘘偽りのない鮮明な恋です。これまでも、これからも、オレをからかうであろうあなたに、オレは恋をした。すなわちそれはあなたにからかってほしいから。夢とか理想とか、そんなのより、今、あなたといる日常がとても楽しいと感じた。だから、まぁ中学生が言うのもおかしな話で笑っちゃうけど、オレはそのつもりだから言うね。 オレと！結婚を前提に！付き合ってください！ 幼稚園の頃の約束を守らせてください！」 最後の言葉を言い終えたオレの顔はひどく赤くなっていた。自分でもこんなキザすぎるセリフ、よく言えたなと感動してしまうほどだ。 普通なら頭を下げて手を差し出して、相手の返事を待つが、オレの返事の待ち方は少し違った。 実は、幼稚園の時、結婚の約束をした時に指切りを交わしていたのだ。 だからオレはそれに沿うように、小指を彼女に向けた。 そして顔は、彼女の反応を見るために上げたままにしておいた。 彼女はまだボーッとして顔を赤くしたままだ。オレの小指を見つめている。 彼女がオレの顔を見た。だからオレは、彼女がいつもオレをからかってくる時のように、ニターッとした顔で彼女の方を見つめ返した。 この無言の攻防、まぁオレが勝手に攻撃してただけなんだけど。この攻防は高木さんが口を開いたことにより、終わった。 「やだ」 え。 「って言ったらどうする？」 高木さんは、オレが表情を変えた隙を狙い、オレに向かって、からかう時の顔をした。 「あのね、西片 大好きだよ！！！ 特大クリティカルがオレを襲う。 しかし、いつもの攻撃のように痛くはなかった。何故かうれしかった。とても。理由は言うまでもないだろう。 オレと高木さんは見つめあったままだ。 案の定、オレは床ドンしたままなんだけど。 「でさ…昨日の約束っていうか勝負なんだけど…」 そう、オレは昨日、高木さんに、半ば一方的な勝負を仕掛けた。いや、もうこれは【理不尽】だ。だってこの勝負はオレが勝つように仕組まれてるんだから。 「……西片に勝ってほしいな」 「オレも……今回ばかりは絶対に勝ちたい」 ガラッ 「あら、西片くん来てくれてたのね。ありがとね」 高木さんのお母さんが現れた。何故かはわからないけどオレの目のフィルターが赤い。 これは危険信号が反応しているということか！？ 「あ、おはようございます」 「あれ？2人して顔赤いね。昨日も一緒に寝てたし、何かあった？」 早い！先制攻撃を食らってしまった！ 「もしかして…告白とか…？」 しかも図星！なんだこの超能力モンスターは！さすが高木さんのお母さん！ 「ま、まぁね」 さすがの高木さんも困惑してる！顔赤いし、はっきり喋れてないし、てかそもそも嘘つけばいいじゃん！そんな照れるんだったら！ 「あら、図星？この様子だと、告ったのは西片くんっぽいね」 あ、やべ、矢がこっち向いた。 オレは先生に当然指名された時にビクッとする、あの感触に陥った。 「まぁいずれそうなると思ってたけど案外早かったねー。水入らずになりたいだろうから席外すねー。あ、2人きりだからって変なことするんじゃないよ」 そう言ってお義母さんは病室を出た。 「変なことってエッチなことかな」 「さ、さぁ〜どうだろうね…ハハ…」 「西片のことだから今ここでなんかされそうで怖いなぁ」 「しないから！そういうことは今やるべきじゃないから！」 「今ってことはいつかはやるの？」 「……知らない」 「ほんと西片ってそーいうの好きだよねー」 「な！違うって！」 「結婚を前提にってことは…そういうこともしないといけないよね？」 「だからもー！そういうこと言わないの！高木さん！」 「はいはい。西片の反応が面白くてねー」 「昨日までの辛そうな様子はどこにいったんだよ…」 「西片に会えたから嬉しくて辛さ吹き飛んじゃった♪」 「あ…それは…よかったです」 「顔赤いよ？」 「赤くないよ…」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 2ヶ月後、リハビリを終え、病院から出てきた高木さん。 病院の前でオレを見るなり走ってきた。 人が見ているというのに、高木さんはオレの胸に飛び込んできた。 「た、たかぎさん…？」 オレは音速で顔を真っ赤にし、裏返った、情けない声で彼女の名を呼ぶ。 「西片。待っててくれて、ありがとね」 高木さんは抱きついたままだったから顔が見えなかったが、その顔は赤く、そして、とても笑顔だったと思う。あくまで予想だが。 「元気になって本当によかった… 本音をいうとすごく心配だったんだ。高木さんが苦しんでる夢も見ちゃったりさ… 元気になってくれて、本当、ありがとう…」 最後は恥ずかしがって下を向くオレを高木さんがさらに下から覗きこんできた。 案の定、その顔は赤かった。 そして、その顔の赤らみを消すことなく、高木さんは言った。 「ねぇ、西片。これからすること、許してくれる？」 いや、怖いって！いくらこれから付き合うと言っても急にそんなこと言われたら… 「いいよ」 オレの口どうしたぁぁぁぁ！！！ え、オレ実はドM？体が求めてくる的な？ 「ありがとね。許してくれて」 そう言った高木さんはオレの顔に手を当て、 「目、閉じて」 と言った。え、待ってこれそういうこと？ いや人見てるって！さすがにここではやめとこ！？ね？高木さん！？ ……… ……… 来ない。 何故だろう。急に怖気ついたのか？ オレがそっと目を開けると、目の前には目を閉じてオレから来るのを待っている高木さんがいた。 確かに高木さんも手を離したし、なかなか来ないからやっぱりやめたのかなと思ったけど。 いやそうじゃなくて！これはオレからしないといけないやつじゃん！ いや、人いっぱいいるよ！？やばいよ！？ オレは覚悟を決めて、まだあまり触ったことのない高木さんの頬に手を触れる。 目薬の時に触ったっけ？忘れちゃったけど。 そしてオレは顔を近づけ、高木さんの唇の位置を確認し、オレ自身も目を閉じる。 高木さんが…悪いんだからな…… オレをその気にさせやがって…… こうして、半ば自分に抵抗がありながらも、高木さんと交わした口付けはーー とても下手くそで だけど、とても甘かった。 このどうしようもなく無謀なムード。 この微妙なオレの気持ち。 高木さんに乗せられてしただけのキスによって生まれる微妙な空気。 そして、そんなことなんか何も気にせず、いつも通りサンサンと照る太陽により赤く染められるオレと高木さんの頬。 いや、太陽のせいじゃない。 オレと高木さんの頬が赤い理由。 それはーー お互い愛し合っているから。 その日、オレは学校を休んだ。

終わらせ方わからなくて最後の方、若干適当になってると思います笑<br /><br />今、長い1話完結編書いてます。

【運命】と書いて【さだめ】と読む 【後編】

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「凪、ちょっとカレーの味見してくれないか？」 ズイ、と差し出される匙。これ知ってる気がする、風邪ひいたときに陣にぃにもされたような気もする。でもきっと気のせいだよね！ただの味見だよね！…そうなると断る理由がないのが困る。 「…あむ」 「ふふ」 至福の微笑みを浮かべないで。これただの味見だから。あーんとかバカップル的なあれじゃないから。ほら、ちょっとコクが足りないから、ちゃんとした味見だから。 「ちょっと物足りないから味を足そう」 「…インスタントコーヒー？」 「うん、コクと香ばしさが出る」 「やっぱり凪は料理に詳しいな。きっといい奥さんになるよ」 「ははは、ありがと…、カツも出来たから探偵君呼んでくるね」 「ああ」 下手な返しをしたら『いい奥さんになるよ、俺の』とか返ってきそうで怖い。本当に私が留守の間に何が起きたの。 居たたまれないので探偵君を理由にしてその場から放れる。…しかし広い家だな。さすが有名作家と有名女優のビックカップルの自宅だ。 「しーんいーちくーん、カレー出来たよー！」 「…んー？」 部家の中から掠れた声がする。少し休むつもりで寝ちゃったんだろうな。扉の前で待ってたら寝ぼけ気味な探偵君がのそりと出てきた。日常的に事件続きで疲れてるのかもしれない。 「もう少し寝とく？カレーは取り置きしとくよ？」 「いいよ、俺だけ別にしたら面倒だろ？一緒食べるよ」 「じゃあ行こうか」 探偵君と並んで歩くと、その小ささを改めて認識する。博士のチートアイテムがあるとはいえ、色々と大変だろう。 「新一君はさ、もっと人を頼っていいと思うよ。君は大抵のことは出来る子だし、今まで散々子供扱いされて信用できないのは仕方ないけどさ」 「…頼りにしてねえわけじゃねえんだけどよ」 「分かってる。頼り方が分からないんでしょ？」 「アンタ本当に嫌になるくらい勘がいいよな…」 「こんなの勘が働かなくても分かるよ」 一つ、両親が多忙な有名人。これだけでも一番身近にいるはずの親を頼るのは難しくなる。特に空気の読める所謂『いい子』は両親の手を煩わせることはしない。 二つ、その両親は海外にいる。探偵君は中学生の時からほぼ独り暮らし。精神的も距離があるのにだめ押しとばかりに物理的にも国家単位での距離があいている。頼る頼らないの問題ですらない。アメリカだったら虐待で逮捕されかねないぞ。 三つ、本人のスペックが高いので大抵のことは自分でやった方が早く済む。これが一番探偵君が人を頼らない理由だと思う。さらに輪をかけていると思われるのがだ。 「君、『工藤新一なら大丈夫だ』って期待されたら応えなきゃいけないって思ってるでしょ」 「………」 無言は肯定ととるぞ、名探偵。 『新一なら一人でもやっていける』、『新一ならなんとかしてくれる』、『工藤君が協力してくれれば事件なんてすぐに解決する』…工藤なら、新一なら、名探偵なら… 頼られるばかりで頼ることなんて教えられなかったんだろう。おまけに生粋の負けず嫌いが作用してその期待の全てに答えようとする。そしてその全てに答えられてしまうのでまた更に頼られる。 これはきっと、彼が潰れるまで続く無限ループだ。 「馬鹿だね。嫌だも寂しいも助けても、誰かに言っていいんだよ」 「…アンタは期待を裏切るのって怖くねえの？」 「全然？それで失望するような相手が悪いよ。自分の中の『僕の考える理想の工藤新一』だけ追いかけて、現実の新一君を蔑ろにするなんてもっての他でしょ」 「でも皆をがっかりさせたくねえし」 「それが間違いだってば。君の両親にしろ蘭ちゃんにしろ、君が嫌だって言っても驚きはしても嫌ったり失望したりはしないよ」 「…そうかな」 「そうだよ。それに今の君の生き方で社会に出たら大変な目に遭うよ」 「大変な目って、どんな？」 「上司ってのはね、部下がどれくらいの仕事がこなせるのかを把握するためにどんどん仕事を振ってくるもんなの。それを断らずに全部こなしたら『あ、こいつこれぐらいなら楽勝なんだ、ならもっと増やしていいな』なんてクソな考えするんだよ。ちょっと余裕があるくらいでストップかけとかないとパンパンに仕事抱えてるときに何かトラブルが起きたら一発アウト。それで潰れる人たくさんいるから気を付けなね」 「…社会って怖い」 「何回でも言うけど世の中ってそんなもの」 特にNOと言えない日本人はこれに陥りやすい傾向にある。アメリカ人のおおらかさを見習うといいよ。上司がサビ残なんて要求しようものなら即訴訟、締め作業でお金が合わなくてもそこそこの金額なら過不足報告書なんか書かずにポケットマネーで帳尻合わせて終了だ。適当ともいう。 「それに今は状況が違うでしょ」 「違うってなにが？」 「だからね、困った時はだよ」 「え、うわ！？」 探偵君の小さな体を抱えてリビングに入り、 「このハイスペックなお巡りさん達とかを頼ればいいんだよ、少年」 既に食卓についている零君に向かってパスする。いきなりで驚いたみたいだけどきちんとキャッチしてくれた。さすが。 「何の話をしてたんですか？」 「子供は大人を頼っていいよって話」 「「「あー…」」」 米日お巡りさん全員に心当りがあるようだ。キュラソーの時なんか特に酷かったもんな。赤井にも相談なしに単身で乗り込むとか無謀にも程がある。その前にもベルツリタワーでネイビーシールズとやりあったらしいし。君一人がそんな無茶しなくていいんだって。 「確かにボウヤは見ていてハラハラするところがあるな」 「確かににそうですね。例え君が幼児化していないとしても正体は高校生。まだまだ子供に違いないんですからね」 「俺達は事情も知ってるんだから存分に頼ってくれよ」 「…みんな」 「なあ、腹減ったから先に食ってていいか？」 「今いい話してたんだけど空気読んでくれないかな！？」 ほんっとに究極のマイペースだな、家のお兄ちゃんは！？せっかくキメ顔でシリアスぶってたウイスキートリオが机に突っ伏して脱力してしまっている。これはどうみても陣にぃが悪い。代わりに謝っとく、ごめん。 「ルーは多めがいい」 「…あーもう分かったよ、とにかく食べよう」 「…そうだな」 均等に人数分を盛り分けてテーブルに運ぶ。定番のロースカツではなく個人的な好みでヒレカツカレーにさせてもらった。ヒレの方が柔らかくて好き。付け合わせは一口チーズフライだ。 「それじゃあ、いただきます」 「「「「いただきます」」」」 「…陣にぃ？」 「…いただく」 まあ、いいでしょう。 「…！うんめー！」 「衣がカラっと揚がってて、ルーも辛いだけじゃなくて深みがありますね」 「カレーなら負けないつもりだったんだが、やはりまだまだか」 「だよな、やっぱ凪の最後の仕上げが良かったんだよ。なあ？」 「はは、は…」 どうしよう、ひろ君のターンが終わらない。これいつまで続くの？私のHPが0になるまで？諦めるまで試合は続くの？助けて安西先生…！ 食べ進めているカレーの味がいまいち分からない。さっきの味見の時は上出来だったはずなのになぁ… 「おい麦、ソースをとってくれ」 「ん？はい、チーズにソースって合う？」 「割と合うぞ」 「凪、ケチャップどこだ」 「さっき出したけど…ああ探偵君のとこだ。ごめん新一君、取ってくれる？」 「…」 「新一君？」 「え、あ、ああ」 「ありがとう。…どうかした？」 何故か探偵君が私の方を凝視している。カレー冷めちゃうよ？ 「あんた麦って呼ばれても凪って呼ばれても返事してるけど、この先落ち着いた後はどうするんだ？」 あー、そーね。三鳥麦としての戸籍はもちろんだけど、陣にぃが死亡申し立てをしてないので黒澤凪の戸籍も生きたままだ。どちらも自分である自覚はあるのでどっちで呼ばれても反応はするけど、戸籍を整理する必要はあるだろう。 「何も問題がなければ黒澤凪に戻したいんだけどねー…」 「だけど、なんだよ？」 「…私、記憶が戻る前は今年で29歳だと思ってたんだけどね」 「落ち着きないアラサーですね」 「れいくんにだけは言われたくない。それは置いといて実は私26歳でさ…」 「黒澤凪が26歳だと何か問題があるんですか？」 「…あ」 赤井は気づいたかー、同じFBIだもんね、しょうがないね。 「逆算したら私十代でFBIになってるんだよね…」 「…FBIは23歳以上でないとならない、という条件があるからな」 「え、それじゃあ資格とかどうなるんだ？」 「…それが分かんないから怖いんだよ」 FBIだけじゃない、運転免許やら大学やら、それに連鎖して危険物や毒物取り扱い資格も資格取り消しになったらすんごい面倒くさい。最終的には黒澤凪には戻したいけど、組織を壊滅させても後処理とかも考えたら何年先になるかも分からないなぁ。 「とりあえずは組織が落ち着くまでは放置かな」 「色々と厄介だな。資格類が取り消しになったら仕事の幅か減る」 「ならいっそFBIごと辞めて日本に移住すれば全部解決するけどどう思う？」 「あははー、ひろ君ってばまたまたー」 冗談が上手いなー、…きっと冗談じゃないんだろーなー、はは…は。 「アンタって色々資格持ってるのな」 「ああ、大学とかFBIで取ったのもあるけど、組織がその辺の福利厚生やたら厚いんだよね」 「…へ？」 「あー、そうだな。薬物とか危険物処理とかの講習費持ってくれてたな」 「僕、組織もちでヘリの免許取りましたよ」 「…マジで？」 「うん。それだけじゃなくて残業代や出張費も出るしもセーフハウスの居住費も降りてる」 「そう言われれば休みも充実していたな。当時リフ休があって驚いたぞ」 「リフ休？」 「…リフレッシュ休暇だ。継続勤務しているコードネーム持ちに与えられる連休だ。3年目、5年目、10年目にそれぞれ10日間。急に申請されると任務の再調整が面倒になる」 「ジンが管理してんのかよ！」 だってこの人根が管理職向きなんだもん。というか他に調整できそうな人がいない。キャンティとかには絶対に任せたくない。皆フリーダム過ぎる。 「それと事前に申請すれば殉職した場合に遺族に見舞金が出る」 「…めっちゃ手厚い」 「この組織、公務員より待遇いいんですよ、腹立ちません？」 「社畜は辛いよ…」 特に公安は零君を働かせ過ぎだと思う。潜入中の捜査官に他の仕事をさせるなよ。テレビとかに映ったりしたらどうすんだ。 「なんか零君とか新一君はその内落ちてくる人工衛星を撃ち落とさないといけないような羽目になってもおかしくないよね」 「はは、流石にそれはないでしょう」 「いくらなんでもなぁ」 「はは、だよねー？」 なお私のよく当たる勘がまた余計な仕事をしたのか、これが現実になるのは遠くない未来の事だった。 そのあとも軽い雑談をしながら、時折ひろ君から放たれるジャブをかわしつつ、楽しい昼食は終了した。米粒一つ残さずに食べてくれて嬉しいな。 そして台所で食器を片付けている時に事件は起きた。 「なーぎ」 「わ！ひ、ひろ君？」 甘ったるい声とともに後ろから抱き締められた。…ひえぇ、怖いよぉ、いい匂いがするよぉ。 「今度米花夏祭りあるだろ？一緒に行かないか？」 「え、えーと、そうだなぁ…」 ぶっちゃけると行きたい。一緒に出店回りたい。でも行けばぜったいにジャブどころじゃ済まない。確実にボディを狙ってくる。…駄目だ、次はかわせる気がしない。 「えーと、その日はちょっと都合がね…」 「…駄目か？」※捨てられた仔犬の瞳 「ううん、一緒にいくね！」 「よかった、嬉しいよ！」 やっぱり嘘泣きかちくしょう！知ってたよ！潜入捜査官ならそれぐらい楽勝だよな！ハニトラにすらならないくらいだ！欲に忠実な自分の馬鹿野郎め！！ 「じゃあ二人で浴衣着ていこうな」 「…うん、準備しとくね」 …私これ生きて帰れるのかな？

銀魂2見に行ったら鴨くんに心奪われてちょっと更新が遅延ぎみになりました。申しわけない。

スコッチウイスキーは度数が高い

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　私は現在、高橋環奈と言うハンドルネームで、闇市と言うサイトに頻繁にアクセスしている。 恥ずかしながら、私には特殊な性癖がある……人をくすぐるのが異常に好きなのだ。 昔から、相手がこちょこちょに弱いと知れば、どうしてもくすぐらないと気が済まない。 時折泣くまでコチョコチョしてしまい、何度も問題になった。 「……ん……うぁ、ぁぁ……また……うぅうぅ」 　パソコンの画面に目を移すと、すっぽんぽんにひん剥かれた１人の女の子が、怯えている。 私が今見ているのは、１週間前に、闇市と言うサイトで購入したくすぐり動画だった。 大金を動かす羽目になったが、それに見合う価値のあるくすぐり動画を、暫く貪り続けている。 闇市では、くすぐりに限らず、一般に表に出すことの出来ないような非人道的内容の動画やブログが存在し、通常のくすぐりプレイでは満足できない者が集まるパートナー募集掲示板、一般的に認知されてないくすぐりマシンの販売等の取引が行われており、くすぐりパートナー募集掲示板には今もお世話になっている。 その闇市と言うサイトの参加者であり、とあるクラブオーナーが販売しているくすぐり動画のうちの一つ、【ポールダンス】と言う動画が、私の性癖を鷲掴みにしたのだ。 普段は毎回動画更新の度に人が変わっていたが、ここ最近ずっと、新木結衣と言う女性で、数ヶ月以上固定されている。 「クスクス……ド変態の結衣さんも、流石に堪えてるのかな？　今日も、皆でコチョコチョしてあげる、良かったね～っww」 「さっ……さとみさま……ひぐっ、も、もう……限界れす……ぼう……やべでぇ……」 「アハハ、言われたでしょ？　生半可な気持ちでくすぐり奴隷志願すんなって、生殺与奪の権利は、全部ウチらにあんの、もうあんたは人間じゃない、くすぐり奴隷って言う、無様な所有物、クラブの商品に成り下がったんだよ」 　この結衣と言う女の子、最初は、ビックリするほど容姿端麗で、スタイルも素晴らしく、きっとモテたんだろうなと思っていたが、今は度重なる情けなくてみっともない姿に、侮蔑と同情しか出来ない。 「ひぃっ……いづっ、いつ終わるの……おうちがえしでっ……帰りたいよぉ……お願いじばず……お願い許してぇ……」 「ほぉら、脇腹……こちょこちょしちゃうよ？　ウチらのこちょこちょの味、覚えてる？」 「ひっひっひっひ……ひぃぃぃぃ！」 「クスクス……相変わらずくすぐったがり屋さんだね。こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ～…ほらほら、ウチらの指から逃げられるかな？　もうちょっとで、指が触れちゃうよ？　こちょばいよぉ？」 　端麗だった顔をグシャグシャにして、腰をフリフリと左右に蠱惑的に踊らせる様は、見ている者の嗜虐心を煽る。 よっぽどコチョコチョが嫌らしい。 「んぐぅ～っ、や、やべでぇ……」 「くっくっく、そんな風にブス顔で懇願したって無駄だよ？」 　もう数ヶ月以上も、くすぐりの恐怖を骨の髄まで染み込ませているためか、くすぐらずともくすぐり奴隷を踊り狂わせる。 これだけコチョコチョに弱いと、普通の女の子なら精神崩壊していてもおかしくないはずなのに……とんだド変態なんだろう。 女の子達のイソギンチャクの様に器用な指先が、こちょこちょに弱いワキバラに近づいていく。 「コチョコチョコチョコチョコチョ～ッ、ほらほら、笑い狂っちゃえっww」 「ぎゃああああああああっはっはっはっはっはっはっはっはっは！　ごべんなざいっ！　ごべんらざぃぃい～っはっはっはっはっはっは！　ゆるじでぇっ～っはっはっは！　あっはっはっはっは！　あ～っはっはっはっはっはっはっはっはっは！」 「クスクス……絶対に許してあげないよ？　ずぅっと、死ぬまでこちょこちょしてあげる。ほら、もっと笑って？　こちょこちょこちょこちょこちょこちょ～」 　くすぐり奴隷を囲んでいる女の子達は、クラブが配信している動画ではお馴染みの顔だった。 石塚さとみ、北野景子、田戸恵梨香……全員がドがつくサディスト。 タイトルを冠している【ポールダンス】とは、用意されたポールに棒の字にすっぽんぽんで固定され、悶え苦しむ様をポールダンスとバカにし、呼称しているようだった。 彼女は両手両足をピクリとも動かすことも出来ない。 動かせるのは、腰と頭だけになる。 「うぎゃあああああああああああああああああっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは！　おがじぐなるぅ！　ぐるっちゃうっはっはっは、いやああああああっはっはっはっはっはっはっは！」 「狂っちゃえばいいじゃん、どうせもうお嫁さんにはいけないし」 「だよね～っ、ここ数ヶ月、無様に笑い狂ってるだけでしょ？」 「そうそう、おしっこチビりながら、ごめんなさいとか、ゆるしてーとか、なんでもしますー！　とか言ってさww」 「う～わ、キモいよねぇ～ww」 「引くわ～、羞恥心とか、プライドの欠片もないんだねww」 　女の子達がからかい、バカにしながら、細長い指先で死ぬほど敏感な彼女の全身をくすぐると、狂った様に笑いながら、腰を左右にクネクネと振り乱し、情けなく淫靡に踊った。 ある者はつっつき、ある者は揉みほぐし、えぐり、引っ掻き、撫で回し、なぞり……様々なバリエーションを加え、適度に強弱をつけて、女の子達は一切の容赦なくネチネチと、しつこく彼女をコチョコチョしている。 「うがあああああっはっはっはっはっはっはっはっは！　わきばらぁぁ！　脇腹がああっはっはっはっはっはっはっはっは！」 「脇腹こちょこちょ、本当に弱いんだねww」 「そんなに嬉しいなら、もっとこちょこちょくすぐって悦ばせてあげるねっ！」 「わぎばらはやべでぐだざいっ！　やべでぐだざい！　あっはっはっはっはっはっはっはっはっは！」 「フフフ、わかった。じゃあ、全員で脇腹をこちょこちょくすぐっちゃおっか！ww」 「いいねそれ！ほぉら、脇腹コチョコチョコチョコチョ～ッ」 「くぅあ～っかっかっかっかっかっかっかっか！　ぎゃ～っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは！　かぁぁっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかぁぁ！」 　どうやら、脇腹が本当にコチョコチョに弱い様子で、女の子達の指先が残酷にも、そのくすぐりに弱い脇腹に集まり、責め立てた。 細くくびれた脇腹をこちょこちょこねくりまわされ、獣の様な砲口をあげながら笑い狂っている。 「あがああああああ！　ぎゃあっはっはっはっはっはっはっは！　んがー！　が～っはっはっはっはっはっは！」 「んがーってww　おっさんみたいな笑い方だねww　……後ろからみると、お尻をスッゴくエッチに振り乱してる様に見えるんだけどなww」 「前からも凄いよ、細い腰を限界いっぱい振り回して……変態じゃんww」 「細いウエスト自慢してんのかなー？　最低～！」 「キショいわ～ww　もう死んだほうがいいんじゃね？」 「親切なウチらが、くすぐり殺してあげよっかww」 「いいねぇ、どうせこんな無様なクソ女、死んでも誰も困んないしww」 「死ぬまでコチョコチョしちゃおっか」 「コチョコチョリンチ賛成ww」 　彼女の事を心の底からバカにしているためか、辛辣な言葉を並べ続ける。 指先によるこちょこちょくすぐり地獄で彼女を追い詰めながら、言葉でも彼女のプライドや人としての尊厳を粉々に粉砕し、奪っていく。 「ごべんらざいっはっはっはっはっはっはっはっは、ゆるじでぇえっへっへっへ、なんでぼじばずがらぁっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ！　あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは！」 「許さないよ。救いようのないダメ女は、やっぱりくすぐり殺さなきゃね！」 「いやぁぁぁぁぁっはっはっはっはっはっはっは！　ゆるじでぐらざいっ、ユルジデ～ッっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはぁぁああっはっはっはっはっは！」 「……どんなに辛くても、苦しくても、やめないよ？　あんたに人権なんてないものww　こちょこちょこちょこちょこちょこちょ～っ」 　きっと悪いことなんてしてないんだろう、でも、理由もないのに許しを乞い願い、ごめんなさいするほど追い詰められ、コチョコチョをやめてほしくて懇願するしかないのだ。 絶望的なくすぐり拷問に、もう、半狂乱になり体がちぎれそうなぐらいに腰を淫靡にくねらせて、笑い乱れ泣き叫んだ。 「クスクス……コチョコチョリンチってさ、本当にゆっくり酸欠になって、白目剥くほど歪んだ顔が酷く紅潮して、びぃびぃ泣きながら、本当に苦しみ抜いて死ぬことになるんだよ？　嬉しい？　嬉しいねぇwwそんなに喜んじゃってww」 「だずげれっはっはっはっはっはっら、だれがだずげでっへっへっへ、だじげでぇ～っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ！」 「クスクス……もう、絶対に逃げられないよ？　結衣はもう、くすぐり奴隷なんだからww　永遠にこちょこちょで遊ぼうねww　永遠に、ウチらために半狂乱に笑って、エッチに踊りなさい。ほぉら、こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ～」 「あああああああああああああああああああああっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは！　ぎゃっはっはっはっはっは！　ぎゃあああああああああっはっはっはっはっはっはっはっはっは！　あっはっはっはっは！　あっはっはっはっはっはっはっはっはっはぁ！」 　まるで本当にくすぐり処刑ショーを見ている様であった。 彼女を苦しめ続けているのは、紛れもなくくすぐりのみ。 それでも、ゆっくりと、徐々に悶え苦しみながら一歩ずつ死に近づいていく様は、くすぐり大好きなドSにとっては本当に堪らない。 「ほぉら、くすぐり殺しちゃうよぉ～……クスクス、こちょこちょこちょこちょこちょこちょ～……こぉちょこちょ……こぉ～ちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ～」 「ぎゃああああっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは！　がはっ、ああああああああっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはぁ！　ごろじでぇぇぇぇっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは！　はやぐごろじっ！　もうごろじでぇっ、ぎゃああああっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは！」 　もう数ヶ月もクラブの所有物として、くすぐり奴隷として、商品として飼育され続けている事実を考えると、鳥肌が立つ。 私なら、気が狂うかな。 「ごろぜ～っはっはっはっは、あ～っはっはっはっはっはっはっはっはっは！　ごろぜぇ～っはっはっはっはっはっはっは、ごろじでぇっはっはっはっは、ぐがっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは！」 「その下品極まりない笑い方、堪らないなぁww　普段は引っ込み思案で恥ずかしがり屋さんなのにねww」 「今ね、顔が凄いことになってるよ？　人間の顔ってこんな崩れることってあるのかな？　クスクス……ブッさww」 「が～っはっはっはっはっはっはっはっはっは！　がっはっはっはっはっはっはっはっは！」 「相変わらず、結衣ちゃんのポールダンスは可愛いわねぇ、汗で湿った紅い体を健気にくねらせて、よじって、ねじって……見とれちゃうなぁww」 「くすぐり奴隷の結衣ちゃ～ん、今どんな気持ちですか～っ？ww」 「かぁっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは！　うがあっはっはっはっはっはっはっはっはっは！　かはっ、だ～っはっはっはっはっはっはっはっはっは～！」 「クスクス……じゃあ、恒例のチャンスタイム、入りまーす」 　チャンスタイムとは、笑わずに、決められた言葉を言うことが出来れば、コチョコチョをやめてくれる、と言うもの。 まあ成功した試しはない。 一旦、コチョコチョの手が止まると、彼女は懸命に酸素を求めた。 「ぐはっ、ひゅー……ひゅぅ～っ」 「今日のお題は？」 「えっと、金田の大冒険を歌う、だって」 「お～、今回は簡単そう」 　金田の大冒険と言えば……あー、あの恥ずかしい歌詞の。 あれを大勢の前で女子が歌うのは、普通の神経じゃ無理。 よっぽどプライド捨てないと歌えない。 「ぅ……うぅうぅ……」 「歌わないの？　歌わないと、こうよ？」 　意地悪に微笑みながら、ワキワキと指先をくねらせると、たちまち悲鳴をあげながら、歌い出した。 「うっ……き、きんたまも～って、きんたまもぉって……ひぎぃ～っひっひっひっひ！」 「声が小さい、やり直し」 「ひっ、ひぐっ……金玉持っ～て、ぎんだばぁ～っはっはっはっはっはっは！」 「笑ってんじゃねww　はい、もっと大きな声で、やり直し」 　恥ずかしい歌詞を、何度も何度も大きな声で歌わせ、やり直しさせた。 もちろん、コチョコチョの妨害付きである。 さとみは残酷な笑みを浮かべ、人差し指を優しく彼女の脇腹で転がし、触れるか触れないか、ギリギリのところで撫で回し、つんつんと交互に脇腹を優しくつっついた。 「ひっひっひ、き、きんたまけがおおいっ……ぷっくっくっく……ぎ、ぎんだまっ……ぐひぃ～っ、毛が多いぃぃっ、ひっひっひ」 「ハッキリ喋りなよ、意味わかんないからやり直し」 「ぅうぅう……きんたばっ、毛が多い……き、きんたまっ、んぐぅ～っくっくっく、けがおおい～っひっひっひ！」 「なめてんの？　真面目にやってもらっていいですか～っ？　はい、やり直し」 「クスクス……ホント、さとみって鬼畜ね～っww　流石に同情しちゃうww」 　さとみのあまりのドSっぷりに、周りから同情と声援が集まる……一生懸命プライドや自尊心をかなぐり捨てて腰をフリフリしながら歌う彼女に対し、明らかにバカにした様子で、何度でも、何度でも、やり直しさせる。 「……ふぐぅっ……き、きんだま……っ、ぎっ、ぎんだまぁっ……うぇぇぇん……」 「誰も泣けなんて言ってないんだけど、やり直し」 「クスクス……もっと必死に、頑張って歌わないと、こちょこちょ地獄だよ？ww」 「ひっ……こちょこちょダメぇ……こちょこちょいやぁあぁ……きっ、きんだまかおにつぐっ……きっ、ぎんだま顔につくぅ～っくっく！」 「はい、顔キモいからやり直し」 「顔関係なくねww」 「いくらなんでも鬼畜すぎww」 　酷く滑稽な歌と、彼女の鬼畜さに思わず皆吹き出してしまった。 涙を流し、顔を真っ赤にして健気に恥ずかしい歌を歌う彼女に、皆夢中になった。 「きんたまたたいたっ……ふぐっ、ふぐぅ～っ！　きっ、きんたま……んぐっくっくっく、叩いたっ……ぐぅ～っ」 「はい、ダメ。やり直し」 「ホントにプライドないねぇ～ww　ほら、頑張って頑張ってww」 　さとみのあまりの徹底的なドSぶりに、景子と恵梨香はバカにした様子ながらも声援を送る。 必死にコチョコチョと羞恥心に耐えながら、何とか最後まで歌いきると、拍手喝采。 皆、頑張ったね、と声を上げた。 ホント、よく頑張ったよ、このバカ女。 「はぁ、はぁ……ふぅ～っ、……おわっ、おわりばじだっ、もう……こちょこちょやめて……こちょこちょだけは……」 「頑張ったねぇっww　……クスクス……深呼吸して？」 　彼女は目を瞑り、安堵の表情を浮かべた。 大きく息を吸い込み、すべての酸素を吐き出した時ーー 「コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョww」 「っっっっっぶあああああ～っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは～っ！」 　深呼吸ですべての酸素を出し切った刹那、さとみが彼女の脇腹のツボを、徹底的にモミモミと揉みしだいた。 絶対に来てほしくなかった刺激が脇腹を直撃し、一瞬ビクンと大きく反応すると、彼女の目がグルンッと勢いよく白目を剥き、止めどなく涙が溢れ……口を裂けるほど大きく開くと、大声でゲラゲラと笑い始めた。 完全にパニックに陥り、切羽詰まった様子で小刻みに体を震わせながら、ただ笑うことだけを強制された。 「こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ～っ」 「ぐあ～っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、グワアッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ～！」 　今までのはお遊びだったのかと疑うほど激しく笑い、ネジ切れそうなくらいに腰を一心不乱にフリフリと、体液を撒き散らしてくねらせる。 背後、左右から３人の残虐な女の子に的確にツボをつかれ、死ぬほどくすぐりに弱い脇腹を、とことんコチョコチョくすぐられてしまった彼女は、半狂乱になりながら踊り続けた。 「コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ～ッ」 「うぎゃあ～っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、かぁ～かっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっか～！」 　膨らみきった鼻、大きく開かれた口からだらしなく鼻水、ヨダレを垂れ流しながら、充血し、爆発しそうな程真っ赤っかな顔をブンブンと力一杯振り回している。 ーーもう笑いたくない。 全身全霊で伝える彼女を、強制的に笑かし続け、カラカラに渇いた喉から悲痛な笑い声を絞り尽くす。 「それそれ～っ、コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ～ッ」 「んがあ～っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ギャ～ッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ！」 　脇腹こちょこちょ責めと平行して、乳首やマンコ、お尻のワレメなどの羞恥的な部分を、人差し指で優しくなぞると、恥ずかしいほど勃起した乳首がおっぱいと共にプルプルと揺れ、一層滑稽で、変態的なダンスを踊る。 死にそうなのに、体は感じてるなんて、惨めすぎて普通は直視できない。 「こぉ～ちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょぉ～っ」 「ひぎゃあああああっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ぎゃあ～っはっはっはっは、ギャ～ッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ！」 　とうに限界の遥か向こう側にいる彼女を、観客は蔑むように指を示し、ある者は興奮した様子で、またある者は、けらけら笑いながらスマホで撮影していた。 ーーやめてもらえる訳ないでしょww あーあ、またコチョコチョ地獄再開ww やっぱお仕置きは、くすぐりリンチに限るよねww マジ最高に苦しそww ちょっと皆イジメすぎww 追い込まれて切羽詰まってる感じ、堪んないねww くすぐり激弱だよねww くすぐり弱い女の子を、死ぬほどくすぐるのってサイコーだわww もっと死の一歩手前まで追い詰めちゃえww どんだけブス顔で笑ってんのよあのくすぐり奴隷ww まあまあ、死ぬほどコチョコチョ弱いんだから、言っちゃ可哀想よww たかがこちょこちょだよ？ww たかがコチョコチョでここまでみっともない姿よく晒せるねww 流石に引くよね～あそこまで無様晒されちゃうとww ウチなら自殺しちゃうww いや、あれだけ見世物にされて生きていける訳ないじゃんww え、アレ、生きてるよ？ww あ～、アレは特別ww アレを見る度に、私達はまだマトモなんだな～って思っちゃうよねww ね～っ、アレより惨めなモノないだろうしww 乳首めちゃ勃起してない？ww マンコも濡れ濡れww ここまでコケにされて、感じてんのww 限界までコチョコチョ責めされて、マトモに息もさせてもらえないのに、興奮してんだww マジ、ド変態じゃんww ウチ、コチョコチョ大好きだけど、アレにだけはなりたくないわww 恥ずかしくないのかな、ここまで惨めな笑い者にされてww ね、絶対嫌よww 可愛いし、スタイル抜群なんだけどな～、あの子ww 笑い方も理想的だよねww このオッサンみたいに、お腹の底から笑ってる感じ、堪んないよねww 何でくすぐり奴隷志願したんだろ、こんなにコチョコチョ弱いのにww ここまで人権無視されると思ってなかったんだろうね、可哀想ww まあ、見届けてあげましょ、せっかく私達の為に、体張って一生懸命頑張ってくれてるんだからww ーー彼女の断末魔の笑い泣きに混ざり、観客の嘲笑混じりの声が聴こえてくる……ここまで地獄絵図さながらの惨たらしい見世物が、この世に存在していいのだろうか、心配になってしまう。 「残念でした～っ、私はそんなゲラゲラ笑いながら歌えなんて、一言も言ってないんだよ、バーカ！ww」 「お仕置きに、こちょこちょの刑だねww」 「クスクス、さとみってば、イジメすぎじゃない？　本当に、発狂しちゃうよ？ww」 「いいのいいの、コレはそういうオモチャなんだからww」 「ふがあ～っはっはっはっはっはっはっはっはっは、クカ～ッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカ！」 　体が千切れてしまうほど腰を左右にフリフリして逃れようとしても、誰一人それを許さない。 再び女の子達の指先に捕まった死ぬほど敏感な脇腹は、行き場を求めて右へ左へ死に物狂いで逃げ惑い、妖艶で、淫靡な腰フリダンスをクネクネと踊り続けた。 「そんな不細工な顔でゲラゲラ笑ったってやめてあげないよ～だww」 「ほら、もっと腰をフリフリしないと、逃げられないよ～っww」 「あんたらって、マジでドSだよね～っww」 「あんたもでしょww」 「うぎゃっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、カァ～ッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカ！」 　……よくよく考えると、こんな公開くすぐり処刑ショーを、何ヶ月も続けることが出来るだろうか。 何故このくすぐり奴隷は、精神崩壊しないのだろう。 仮に人前でくすぐられるのが好きな物好きだとして……間違いなく、死に至る程のくすぐり責めを受けている……ここまで残虐なくすぐり拷問に、発狂して、死んでしまわないのだろうか。 そもそも、体に傷が付いたり、衰弱の後もあまりないのも気になる。 「ほぉらほら、こちょこちょこちょこちょ～っ、良かったねぇ、皆に大好きなコチョコチョしてもらえてww」 「あんたの仕事は、こちょこちょされて、笑い狂って、無様な見世物になることだけ」 「クスクス……苦しい？　でも、例えコチョコチョされすぎて死んじゃっても代わりはいくらでもいるから」 「安心してくすぐり殺されていいよ？」 「だっ、だれがぁっ……がぁっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ックワァ～ッカッカッカッカッカッカッカッカッカ、んぎゃあぁ～っかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっか！　はっはっはっはっは、ギャア～ッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ！　ア～ッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ　あ～っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはーっ！　アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハァッ！　あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは……」 　彼女は激しく仰け反り、ガクガクと痙攣しながら失禁した後、動かなくなってしまった。 生気を失った彼女の拘束が外されると、すぐに別室に乱雑に連れていかれた。 「本日のポールダンスはこれにてお仕舞いです、またのご観覧お待ちしております」 「なお、本日の新木結衣は４匹目ですが、また壊れてしまったようです」 「しかしご心配なく」 ーー新木結衣のストックは、いくらでもご用意できますからり 　私は戦慄した。 難しいことはわからない。 それでも、彼女はきっとこれからも、何度でもくすぐり殺され、もがき苦しみ続けることだけは、確かだ。 　そして今日、新たな【ポールダンス】の動画が更新されている。 そこには、確かに笑い壊れたはずの新木結衣が、死に物狂いで、どこか蠱惑的に腰を左右に振り回し、笑い狂っている姿が写っていた。 「こちょこちょこちょこちょ～っ」 「が～っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ぼういやぁっはっはっはっはっはっはっはっはっは、コチョコチョいやあ～っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは～！」 「ほぉら、こぉ～ちょこちょこちょこちょ こちょこちょ～っ」 「こちょこちょやめてぇっはっはっはっはっはっはっはっはっは、コチョコチョやめてぇぇぇっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは！」 「クスクス……コチョコチョコチョコチョコチョコチョ～ッ」 「こちょこちょやだぁっはっはっはっはっはっはっはっは、コチョコチョだげはっはっはっはっはっはっは、こちょこちょだげはぼうやべでぇぇっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは！　コチョコチョだげはぁあっはっはっは、こちょこちょやべでぐだざいっはっはっはっはっはっは！」 「フフフ……こちょこちょこちょこちょこちょこちょ～っ」 「いやぁあああああっはっはっはっはっはっはっはっはっは、こちょこちょはいやあっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは！　ギャア～ッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ～ッ！」 「ヒッヒッヒ……こぉちょこちょ～、こちょこちょこちょ……こちょこちょこちょこちょこちょ～っ、こぉ～ちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ～っ……コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ～ッーー後悔しても、もう遅い……」 　闇市に、目を疑う新たな広告があった。 【くすぐり奴隷の量産と、販売計画について】 　 　私は彼女を気の毒に思う。 きっと、将来のある女性で、希望に満ちた未来があったはずだ。 それを、このクラブによってくすぐり奴隷として商品化され、めちゃくちゃにされてしまったのだ。 彼女に対するこちょこちょリンチは、終わらない。 　そして、私はある気持ちを押さえきれずにもいるのだ。 ーー私もクラブに参加したい。 　正直かなり抵抗があったのも事実。 ここまで残虐な仕打ちを出来るクラブに赴けば、どう考えても後には引けないだろう。 それでも、好奇心と、DNAに刻まれた性癖に逆らうことなんて出来なかった。 彼女もきっと、思い悩んで足を一歩踏み出してしまったのだろう……彼女は今、どんな気持ちなんだろう。 後悔してるのだろうか、それとも本望だと思っているのか。 私も後悔することになるのだろうか……考えてみても、先のことはわからない。 でも、今一歩踏み出さなければ、きっと後悔することだけは確かだ。 例えどんな形で人生を終えるとしても、後悔しない選択をし続けることが、私の本望なのだ。 それほど、私はクスグリの虜になっていた。 　クラブへ送ったダイレクトメールに、返信が届く。 そこには、参加するための条件や参加費、約束事を破ればどうなるか、等……そして、最後にはこう記されていた。 ーー我々は、貴女の参加を心待にしております。 　私の平凡な日常は、現在をもって一変した。

くすぐり奴隷の末路。

本懐

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牧 凌太は●●区立東京第二高等学校普通科の一年生で、十五歳だ。 年齢は離れているが牧の幼馴染である春田創一は、昨年(株)天空不動産に入社した二十四歳である。 二人の家は近所同士で、双方の両親の仲が良く、互いの家を行き来しながらまるで兄弟のように育ってきた。 春田は凌太が生まれた日をはっきりと記憶に残している。春田の母と一緒に見舞いに訪れた病室で、前日に生まれたばかりの産着にくるまれた凌太は真っ赤な顔をして泣いていた。 当時八歳だった春田は、小さな頼りない生命体だった凌太をおそるおそる腕の中に抱かせてもらったものだ。 柔らかくて頼りないけれど、初めて抱いた赤ん坊の牧は、思ったよりもずっしりと重かった。 生まれるって不思議だ。どこからか俺のそばにやってきたばかりの命……。 宜しくな。早く大きくなって一緒に遊ぼうぜ。 野球もサッカーも教えてやるよ。 おまえが男の子で良かった。 一緒に遊べるもんな。 きっと俺とお前の母親みたいに俺たちも、ずっと、ずーっと付き合っていくんだ。 兄弟みたいに。 だから、俺が兄みたいに一緒にいるから、ずっといてやるから安心しろ？ 泣くなよ。 怖くないよ。えーと、名前は…… 凌太。 凌太―――。 その日以来、春田に懐いて、いつだって傍を離れようとしない牧を、春田は弟のように思い可愛がってきた。 そんな二人の関係に、変化が起こってしまったようだった。 「春田さん、俺と付き合ってください」 ―――という牧の告白によって。 「俺が春田さんに力で勝てるようになったら言おうと思ってたんだ。…付き合ってください」 八歳年下の牧はそう言って、春田を絶句させた。 あの凌太が！ 俺に付き合ってくれだって？！ どうして俺なのよ？と尋ねた春田に、 「なんでどころか、物心ついたころから俺は創ちゃん一筋だよ」。 懐いているとはもちろん思っていたけれど、春田は牧がそばを離れない理由が恋愛感情だとは――思わなかったのだ。 「春田さんに力で勝てるようにはなったけれど…、俺、まだ十五歳なんですよね。そこがまだ問題で。今、春田さんと結婚しちゃうと、青少年保護育成条例に引っかかっちゃうんだけど」 初めて腕ずもうで牧に負けたのはショックだったけれど、牧も今春から高校生なのだから力は拮抗していくだろうし、その時の運もあるだろうから、次にやったなら今度は春田が勝つかもしれない。だから、それはいい。 それよりも、春田は内心パニックを起こして叫んだものだ。 結婚てなんだ。 青少年保護育成条例ってなんだ！？ まさかそんなことを気にしなきゃいけなくなってるって、しかも相手が牧だなんて……なんの冗談なんだ！？ 「だから、春田さんには二年ちょっと時間があります。すぐに決めなくていいんです。俺は十年以上創一が好きだけど、春田さんは心の準備が出来ていないですよね。」 存分に逃げていいですよ。と、牧は言った。 「二年の間、どれだけ悩んで逃げてもいいから。俺、追いかけますから。」 …………と。 でも、と春田は思う。 俺はおまえが生まれたときから知ってるんだぜ、凌太。 俺はお前の兄みたいなもので、いわば保護者……だ。 牧の両親は共働きで家を不在にしがちだったから、春田と凌太とそらは三兄弟妹のようにお互いの家を行き来して育った。 小学校低学年の頃から、幼いそらの面倒をよく見て食事まで作ってきた凌太はしっかり者だ。時には春田が驚くほどに大人びた表情をすることもある。 それでも、八歳年上の春田は両親のいない間、牧が一番頼れる保護者代わりだった。 実際、春田の姿が見えなくなるとあのしっかり者の凌太が不安になってベソをかいたし、いつだって近くにいたものだ。春田も出来るだけ牧のそばを離れなかった。 牧のことが春田は可愛い。 高校生になっても、春田が仕事が忙しくて野球部の練習に来れないと聞けば落胆して怒りだし、時に春田に身を寄せ膝を枕にして眠ったりする牧のことを、愛しいと思う。 牧はどんどん大きくなり立派な男になっていくけれど、これまでのような毎日が少しでも長く続いていけばと願うのは春田の本音だった。 だから、 牧の告白は、春田にとって嬉しいものだったのだ。 牧が女の子だったらな。 俺はきっと牧にプロポーズしてるな。 そんなこともぼんやりとだが何度も思った。 牧の邪念のない笑顔を見ていると、本気でクソ可愛いと思う。 男だとか女だとか関係なく……春田にとって牧は世界で一番大切で、愛しい存在だ。 だからこそ、 春田は牧の告白に尻込みした。 気持ちは嬉しいけれど、俺が首を縦に振るわけにはいかない。 俺が牧を保護してやらなきゃいけないんだよ。 それなのに、犯罪みたいじゃないか。 …俺にお前を手折れると思う？ 今、そんな春田と牧は一緒に夕食を作っている。 今日は牧の妹のそらは友達の家の夕飯に招かれているそうだ。 牧は学校帰りに春田の家に寄ったから制服のままだ。春田家のキッチンには牧専用のエプロンがある。…牧が自宅で使っているのと同じものを春田家のキッチンにも置くようにしたからあるのだが、牧は制服のYシャツの上からエプロンを身に着けて、夕飯のメイン料理となる豚肉の仕込みをしていた。 シャツを腕まくりする牧の左手首には腕時計が巻かれている。 春田が牧の高校入学祝いに贈ったものだ。 牧は春田からの入学祝いのプレゼントをとても喜んで、野球部の練習時と風呂以外はこの時計を手放さなかった。 「春田さん、冷蔵庫から塩麹を取ってくれます？」 手元の豚に筋切りの包丁を入れながら、牧が春田に言った。 「おう、どこにあるんだっけ？」 幼い頃は、二人は （凌太） （創ちゃん） と呼び合っていたけれど、春田が牧の所属する野球部のコーチを務めるようになって、それぞれが苗字で呼ぶようになり、牧は春田に敬語で話すことが増えた。 春田が冷蔵庫を開ける。 「えーと？」 「確か二段目の棚に。…端っこのほうにない？」 「あ、あった。…ほらよ、牧」 「ん。」 塩麹のパックを取り出して牧に手渡す。牧は春田から塩麹のパックを受け取り、キャップを取って豚肉の上に絞りだし指先で豚肉の上に塗り広げた。 手慣れた様子で作業をこなしながら、隣で見ている春田に、 「味噌汁を作るけれど、野菜庫になにがありましたっけ。」 「見てみるわ。…うーん、ネギとジャガイモはあったけど。」 「いいですね。乾燥ワカメもあったはずだから入れよう。…じゃがいもとワカメの味噌汁、春田さん、好きでしたよね？」 「オケオケ。いいね～。……、牧、ここに置いとくよ」 春田は作業台に冷蔵庫から取り出したネギやじゃがいもやワカメを並べ、料理をする牧の手元を覗き込む。 大抵、牧の左隣に立つのが春田の定位置だった。 牧は流し台に手を掛けて隣から作業を見ている春田をに気付くと、顎を引いて背筋を伸ばして笑って、 「こうしてると春田さんと結婚したみたいですよね」 「………」 春田の上半身がつんのめるように、流し台の上に傾ぐ。 そんな風に無言で動揺している春田を横目で見て、 「こうやってずっと一生俺と――――って、ダメですか？」 「……いや。……凌太。正直言って、………俺も、一生こんなことやっていられたらいいのになと思わないことはないんだけどな？」 春田は、額に汗が滲むのを感じながらどう答えたら良いものかと一瞬のうちに出来るだけ高速で頭を回転させた。 牧を傷つけずに怒らせずに、そして、諦めさせるにはどうしたらいいんだろう……？ 「それに、確かに、お前が女の子だったらなあ、って思うこともあったよ？」 「うちの両親だったら俺の相手が春田さんでも許すんじゃないかな」 「いや、それはお前が女の子だったらの場合でしょ？」 「―――まあ、そうですけど」 牧はため息をつき、しぶしぶ頷くと、 「俺が女の子だったらの話はいくら言っててもしょうがないんで。…だけど、実際のところ、うちの母は俺が男同士だけどどうしても創ちゃんが好きで他の人は考えられないから結婚したいと言ったら許しそうな気がするんだけど、親父はどうかな」 「考えただけで冷や汗が出るわ」 おじさんに凌太と俺が同性愛の関係で……なんてカミングアウトする日が来るなんて、春田は想像しただけで、足が震えて戦慄する。 「それより―――どうして、付き合うって言ってくれないんですか。」 春田は牧に詰問されて答えに詰まった。 春田は、牧にまだちゃんと返事をしていない。 「だって、牧は、二年どんだけ悩んで逃げてもいいって言ったじゃん…」 「そうですけど……言ったけど、答えをくれても…」 「だったら俺が返事しなくてもいいじゃん。」 「春田さん。――俺を待たせてる間に、俺が他に誰か女の子を好きになって気が変わるんじゃないかとか内心思ってません？…無駄だし。俺、十年以上一筋なんで。絶対に心変わりとかありえないし」 「………」 「俺、三か月くらいで勝負決めたいんで。」 「なにその三か月勝負って」 「ふつう、男が女の子に待つって言っても、実際に待てるのって三か月くらいだそうですよ。」 「なんのデータ！？どこからそんな情報仕入れてくるのよ！？」 「……友達」 「あ、そう。…ま、それが合ってるかはしらんけど、つか、ここに女の子いないし、そもそも三か月じゃどうにもならないだろう、十五歳」 「………なんで青少年保護育成条例なんてあるのかなー」 牧は、ふぅっと不満そうに息を吐いた。 牧の長いまつげが伏せた瞳を縁取る。 「グイグイ来るなよ。俺がお前とすると犯罪になっちまうんだから！犯罪！！犯罪なの！！八歳差ってそういう意味！！」 「だって。」 牧は、（きっ）と春田の方を大きな目で見て、 「女の子は親の承諾があれば十六歳で結婚していいのに、俺は十八歳まで待たないと春田さんが逮捕されるようなことになるのっておかしいですよね」 「知らねーよ。健全に育成されろ、青少年。」 「青少年保護育成条例て何をしたらダメなのかな。俺から春田さんにお願いしても駄目なのかな」 「ダメだろう」 「………」 「そもそもさ、やっぱり、俺、お前と付き合うのはムリだわ」 春田は早めに牧に告げた方がいいと思う。 牧は、そんな春田の言葉を聞いていた。 答えが欲しいという時に、流れから告げておくのが一番だ。 「牧は弟みたいなもんだし………恋愛対象にならないよ。」 「さっきは一生こんな風にしてられたらいいのにって言ってたくせに」 「うん。それは、恋愛感情抜きに？…ってこと。そもそも、俺、牧をそんな風に見たことは」 「でもそれは春田さんの勘違いでしょ。」 牧ははっきりと言った。その口調には怒りが滲んでいた。 「恋愛感情抜きなんてこと、一度もなかったんだ。俺はずっと春田さんが好きで！…春田さんが気が付いてなかっただけで。ずっと恋愛感情はありましたよ！それで春田さんはこうして俺と一緒にいるのが気持ちがいいってずっと言ってたじゃないですか！」 「いや、お前の気持ちは、ごめん、よく分からんかったけれど。…でも俺に恋愛感情はないよ、牧。だからこれまで通り、兄弟みたいにさ？そうやって過ごしていくことが出来ないのかな？そうしたら一生そばに居られるじゃん？恋愛関係なんかなると、色々、こんなふうにいざこざも起こるし、その、―――別れたりする場合もあるし。俺は、お前とそんな距離を置くことになったら嫌だし――」 「―――嘘だ」 牧は包丁をまな板の上に置くと蛇口を捻って指先を洗い、タオルで拭き……そして、春田へ体の正面を向けて立った。 拳を握って足を踏みしめて立つ牧の顔は強張って、その頬は怒りに紅潮していた。 「嘘だ。…もし、春田さんが俺に何も感じるものがなかったら、もし女の子だったらなんてせりふも出てくるわけないんです。」 「そう……か？いや、もしもの話で……」 「春田さんがお見合いって聞いて、もう一刻も待てないって思いました。俺がのんきにしてると春田さんはどんどん大人になって行っちゃう。八歳差は埋まらないんだから。」 「おまえ、付き合うってどういう意味か分かってんの！？」 「もちろん。 誰にも触れさせたくないんだ。言ったでしょ。 力で春田さんを押さえられるようになったら告白するつもりだったって。」 いや、聞いたけど。 俺をどうするつもりなんだよ、牧。 付き合うって、大人の俺から見ればそういう意味だよ。 まだ十五歳のお前には分かっていないんじゃないかな………。 と、春田は思う。 [newpage] その週末の土曜日、春田は牧の所属する東京第二高等学校野球部の練習にコーチとして参加した。 天空不動産東京第二営業所の定休日は火曜日と水曜日だから、春田は以前に比べて土日の練習に顔を出すことは難しくなっていた。 たまにシフトが合って土日の練習に参加できると、数年来の付き合いになる生徒の中には春田の顔を見て喜んで駆け寄ってくるのもいる。 「春田さん！」 田村もその一人で、春田の顔を見ると嬉しさに顔を真っ赤にして走り寄った。 田村は高校一年生だが、恵まれた体格の持ち主で、一年生の中ではたぶん一番レギュラーに近い。 出身中学は牧と同じだ。 春田が牧の中学校で野球部のコーチをしていた頃からの付き合いだから、春田は田村とも仲が良い。 「おう、田村ー！久しぶりだな！」 「めっちゃ久しぶりです！！春田さん！…すげー会いたかったですよ！」 「この前俺が来たときいなかったじゃん。練習休んでどうしたよ？」 「あー、忌引きです。母方の婆ちゃんが。名古屋までちっと葬式に。へへ」 「あーそういう事情か、それじゃ仕方がないわ」 「でも春田さんが来てたって聞いて、チョー悔しかったっす！…春田さん、会社火曜と水曜が休みなんでしょ！？だったら平日練習のコーチに替わりませんか！？そしたら毎週会えるし！俺、それがいいなー！」 「はは、それは監督次第だねー」 ……田村と話している春田の斜め後ろで、牧がボールを拾っている。 春田はすこしだけ牧の方を気に掛けた。 黙って地面からボールを拾い上げているが…… 話は聞いているようだった。 「うおー、でもホントマジで嬉しいっす！会えて！！春田さーん！」 「ちょっとちょっと田村ー」 田村は腕を広げて大はしゃぎし、久しぶりに春田に会えた喜びを体中で表現して、春田に抱きついてきた。 春田の腰に腕を回して飛び跳ねる仕草をし、 「うわっ！春田さんの腰、マジで細い！！うっそでしょ！？なんでこんな細ぇーの！？」 「こらっ、どこ触ってる！遊ぶな」 「いやマジで。…うそー、おいちょっとみんな来てみろ、結構面白いぞ！」 「いいから、他を呼ぶな。…練習しろ！田村！」 「―――田村。」 ……やべ。 背後から牧が呼んだ。 春田は田村の太い腕に腰を抱かれながら牧の方を見る。 田村も同様にして牧を見た。 「離れろよ、春田さんから」 「なんでー、いいじゃーん。俺久しぶりに春田さんに会ったんだから！ちょっとくらい再会を喜ばせてー！」 「いいから、分かったからっ」 牧に言われてますますふざけた田村は、大袈裟な態度で春田を抱きしめに掛かる。春田が田村の肩を押しやると、腰に回った腕が春田を押さえつけているものだから、春田のスポーツウェアと田村のユニフォームの間で股間が擦れ合った。 ちょっとまずい。 春田が一瞬焦ると……その一瞬に、だった。 牧が二人の間に飛び込んできて、二人を左右に分け、牧は、ふざける田村の頬を拳で殴りつけていた。 「いってっ……………」 「おい、――――牧！？」 春田は、慌てて牧を背後から羽交い絞めにする。 グラウンドに倒れ込んだ田村を数発殴らないと気が済まないといった顔の牧は、羽交い絞めにする春田のことも激しく突き飛ばしてきて、怒りに顔が強張っていた。 「牧！…………やめなさい、牧！！」 「いってーな、……なにすんだよ、牧 凌太！」 田村が殴られた頬を手のひらで押さえながら、地面に腰を落としながら怒鳴り返す。 春田を振り解こうと、激しく腕を振り前のめりになる牧を抱きしめて、春田は焦った。 「牧！！やめなさい！」 「なんなの！？なんなのお前、牧！？ちょっと春田さんに会えて喜んでただけだろ！？なんで殴るんだよ！？どうかしてんじゃねーか、お前！！！」 「―――」 「ボール拾ったんかよ、マジで役に立たねーな！事故とか超迷惑だし！！松葉づえついて動けねーんだったら入部してくんじゃねーよ！」 「田村！」 春田は田村を怒鳴りつける。 「ボール拾いっきゃできねーのに準レギュラー殴るとかマジでありえねーわ！怪我したらどうしてくれんだよ！？」 「田村、やめろ！」 春田が怒鳴りつける中、牧は次第におとなしくなっていき……田村は怒りが収まらないのか、スパイクで地面を蹴ると起き上がり、砂ぼこりの立つグラウンドに唾を吐いて、何事が起ったのかと遠巻きに見る他のメンバーの方へ走っていった。 春田は練習後牧を連れて自宅へ戻った。 田村は殴られた頬を押さえながら牧がしでかしたことを大声で吹聴していて、全員が田村に同情的だとは言えないが、むっつりと押し黙ったままの牧が田村よりも共感を得にくいのも事実だった。 「牧。……先にシャワーに入れよ」 春田が促すと、牧は黙って頷いて浴室に消えた。 春田はため息をつき、部屋に冷房を掛けて、冷蔵庫から麦茶を取り出すと、コップに注いで一気に飲んだ。 独占欲……かな。 確かに田村はふざけすぎだったけれど殴りつけるほどのことではなかった。 その後に続いた言葉は酷かったが……。 春田は罰として田村にグラウンドの周りを走るように言ったけれど、牧はまだ二月に骨折をした足が完治してはいないから走れない。 一人でグラウンドを走る田村を見て、他の野球部員の目線がどうだったか、分からない。 牧は周囲でひそひそと話されても、気にせずにボールを拾っていたが……。 …逆にあの罰で春田が牧を孤立させたかもしれない。 「春田さん。……シャワー空きました」 「おう。…うん。じゃ、俺も入ってくるわ」 牧が頷いて、春田は廊下で首にタオルを掛けたＴシャツ姿の牧と擦れ違った。濡れた牧の髪から春田と同じシャンプーの匂いがした。 春田がシャワーを使い、脱衣所で新しい下着と短パンだけを身に着けてダイニングへ戻ると、牧が待ち構えていた。春田は玉暖簾に頭をぶつけて鳴らしながら、一瞬、その場で足踏みし、 「な、なに！？」 「―――春田さん」 牧が首に掛けたタオルの端を両手で握りながら詰め寄った。 濡れた牧の前髪から雫が滴って、牧の大きな目が揺らぐ感情に燃えていた。 「―――俺と付き合ってください。返事がほしい。付き合うって言って」 「～～～おまえ、また！？今、それどころじゃ…」 「そう言ってくれれば我慢できるんですよ！なんにも拠り所がないと頑張れないんです！」 …え？ 「嫉妬に狂うのも！春田さんが答えてくれないからだ。…俺と付き合うって言ってくれれば！それで俺が納得できるんだから！言ってくれよ！！」 「いや、牧な、それ違うって。」 「好きなんですよ！ままごとみたいな遊びに付き合わせるつもりないから。…出来るよ！春田さんが望むこと全部！」 ……どういう意味だよ。 なにを言ってるんだよ、凌太。 春田は自分の顔が歪むのが分かった。 なにが分かるんだ十五歳。 俺がどれだけお前を大事にしてきたか……。 野球が大好きなのに骨折が完治していないために自由に動けない牧のことを春田は心配している。 本当はどれだけのびのびと動き回りたいか。 田村にだって負けはしなかったはずだ。 体格では田村より一回り小さいが、瞬発力と俊敏さとなにより誰よりも練習量を重ねたことで、牧は中学時代はレギュラーだった。 それが、今ではボール拾いだ。 事故を迷惑だと断じられたら、どれだけ屈辱だろう。 牧の春田への告白は、そんな鬱屈が間違った方向へ爆発した結果のように春田には見えた。 そして、やけのようにまだ十五歳の凌太がまるで性的なことに応じると言いたげにしたのにも、春田は愕然とした。 俺を相手になにを言っているんだよ………？ 俺がおまえの相手になれると思う？ 俺がどんだけお前を大事にしてるかわかんねーの？ 俺がおまえにそんな気持ちを抱くかもって？ お前が可愛い。 だから、 手が出せるわけない！！ 普通に十五歳なりの毎日を送れよ。 学校に行って、部活をやって、可愛い女の子と付き合ってさ。 俺はおまえのそばを離れやしねーよ。 いつか俺が嫁さん貰って、お前もあと二十年くらいしたら嫁さん貰って子供が出来てさ。 そうなったって、今のまま、兄弟みたいに付き合っていけばいいじゃん。 俺はお前より八歳も年上だから分かるよ。それが一番お前にとっても俺にとってもいいことだって。 どういったら諦めてくれるんだよ。 「――――じゃ―――服、脱ぐ？」 「え？」 「俺がそう言うと驚くんだろー？」 春田がつぶやくと、牧は口を開いて言葉を失った。 「ほらみろ、十五歳」 「いやでも、創ちゃんも青少年保護育成条例がって……」 「だったらもうおしまい。つってもたとえあと五年経っても凌太とはそうならないと思うし」 「五年は……待てない」 「いい加減にしなさい。付き合いきれねーからほんとマジで」 「出来る」 牧はそう言って、はぁっと息を吐いて前髪に片手を伸ばす春田の肘を掴んだ。 「二階に行こう、創ちゃん」 「だからいい加減にしなさい！凌太！俺マジで遊んでられないの！」 はあ、と春田はため息をつく。牧はそのまま春田の肘を掴んで階段を上がり、春田の部屋に連れていった。 「いや、マジでさー…」 うんざりして呟く春田の前で牧は着ていたＴシャツを脱ぐ。 春田の腕を掴むと、牧は春田を引っ張り、春田がいつも使うベッドの上に突き飛ばしてきた。春田がうつ伏せにベッドに転がり、仰向けに体を返すと、牧は春田を上から抑えつけた。 春田は牧を見上げた。 こんな体勢になることはよく昔からふざけっこすることがあるから珍しくはない。春田は冷静に牧を見上げていた。濡れた牧の髪から雫が滴って春田の頬や首筋に落ちる。牧が春田にキスをしようと顔を傾げて近づけてくると……春田は、牧の腕を掴んで体を返した。 「………！！」 春田にあっけなくひっくり返された牧は、きつく目を瞑って唇を引き結んでいた。牧の大きな目が開き、上から自分をベッドに押し付ける春田の目を見、顔が強張った。 「創ちゃ――――」 いざとなると怖がるくせに。 少し脅かしておこうと思った。 春田は牧の耳に唇を寄せた。 舌を牧の耳に差し込んで舐めると、牧は大きく体を揺らした。きつく目を閉じる牧は、満足に息も吸えていないじゃないか。わざと音を立てて耳の中を舌で探り、軽く耳たぶを噛むと、牧は怯えて体を跳ね上げた。春田は牧の首筋に顔を埋めて噛みついた。 これだけでもう泣きそうだった。 牧もだが、春田もだ。 気が付いた。 抱きたがってた。 俺が、牧を！！ このまま牧の肌に触れたいって、欲しいって、 俺が思うなんて。 体を起こすと、牧は春田を見上げながら、警戒に胸を上下させていた。 春田は黙ってそんな牧を見下ろした。 「……俺、創ちゃん一筋だったから………、本当に…なんの経験もないんだ。」 「…ただの耳年増？」 「言葉が悪いけどそうだよ。……だけど！！」 「じゃーもう無理すんな、分かっただろ？」 おまえにはまだ無理。 ……俺はどうしよう。 気が付いてしまったんだ。 牧が俺の性的な対象になりえる……ってことに。 ベッドから逃げ出したのは春田の方だったかもしれない。 でも、気が付かない牧は、ベッドに残されて激昂していた。 「――――クソ！覚えてろよ！！ 絶対に力で春田さんを押さえられるようになってやる！！」 それは俺たちの関係を本当に壊すかもしれない。 その二週間後の火曜日だった。 春田は定休日に合わせて牧の野球部に顔を出した。 平日の練習時間は土日の三分の一にもならないから、コーチの謝礼は頂けないが、最近あまりに土日に顔を出さなすぎだ。 多少の埋め合わせになればいい、と思ったのだ。 そろそろコーチもやめるタイミングかな。 土日に時間が取れない仕事に就いたからなあ。 田村の言うように、平日の二時間ばかりを教えにくるなら出来るけれど。 野球部にしても、そんな俺より、土日にみっちり教えられるコーチを探す方がいいと思っているかもしれない。 謝礼の絡む話だし……。 牧に野球部の内情を聞いてみるかな。でも、牧は、たとえ野球部内でそんな話が出ていたとしても、俺を引き留めそうな気がするけれど。 この前、あんなことがあってから、俺と牧の間もあまりいい雰囲気じゃなくなってるけど……。 そんなことを思いながらグラウンドの周囲を回って練習場に入ると――― 「あれ！？春田さん！？」 部長の木島には今日春田が顔を出すことは伝えていたが、部員たちには伝わりきっていなかったようで、春田を見た高校生たちは練習の手を止めて振り返った。 その中には牧の姿もあって、表情からすると春田が来ることを知らなかったらしい牧は、大きな目を開いて驚いた顔をしたが、春田と目が合うと視線を逸らせて練習場の反対側に駈け出そうとした。……その時だった。 「――――っ…」 牧がその場に崩れ落ちた。 明らかにおかしな動きだった。 「！？……牧！？」 「………っ痛ぇ」 牧がつぶやく声が聞こえた。春田はグラウンドにうずくまる牧に駆け寄って、 「足か！？」 「………っ、う、ん」 「骨折してる方か！？」 牧は体を起こせずに右足を押さえている。 「いいから掴まって。保健室連れてくから」 「……いいよ、歩ける」 「馬鹿！治りかけの足をやってたらどうするんだよ！？」 牧を叱咤し、春田は牧の左腕を掴むと自分の肩へ回させる。 牧の両腕が春田の首に掛かると、春田は牧を抱き上げた。 一瞬、牧と視線が合い、牧は春田の首に腕を回して抱きつき、鎖骨付近に顔を押し付ける。春田はグラウンドの先を見て……そのまま、牧を校舎の中へ連れていった。 保健室に着くと、（不在。すぐに戻ります）という札が掛かっている。 仕方がない。春田は引き戸を足と手首から先の動作で開くと牧を連れて中に入った。 カーテンを開けてベッドの上に牧を下ろす。牧は手をついてベッドに腰を下ろし、 「……音がしなかったから。骨じゃないよ。捻挫だ」 「けど二月の事故と同じとこだろ？…脱げるか？見たいんだけど」 「うん……」 砂だらけのユニフォームだと保健医が嫌がるかもしれない。 後で牧の荷物を取ってきて制服に着替えさせよう。 今日はもう牧が野球部に戻るのは無理だ。 「痛い？」 「触っただけだとそうでもない。足首を回すと痛いけど」 春田は牧の右足に触れて、顔を上げると、見下ろしている牧と目が合った。 「………」 「…春田さんから逃げようとしたから。捻ったんです」 「ばぁか」 「だって、来るって聞いてなかったし。……俺、この前……」 「―――あら！　どうしたの？」 がらりと引き戸が開く音がして、不在にしていた保健医が戻ってきた。 春田は慌てて腰を上げる。 保健医は若い白衣姿の小柄な女性で、白衣の胸元には「藤倉」とあった。 春田は（どうも）と彼女に対して頭を下げる。 「怪我した？」 「ちょっと走りだそうとしたら転んじゃって。捻挫だと思うんだけど」 「1-Dの牧くんだよね。春に松葉杖を付いてた子でしょ？同じ足？」 「……ええ」 藤倉先生はむき出しの牧の足を「痛い？」と尋ねながら数か所触り、 「たぶん、骨じゃないと思うけど、念の為、病院に行って検査してきなさい。その方が安心だから。もう今日は練習は無理よね。」 「……はい」 「じゃ荷物持ってきてもらおう。……おーい！野球部の子、誰かー！」 藤倉先生は保健室の窓を開けると、大声でグラウンドに呼びかけ、振り返った部員を手招きした。 「牧君の荷物、誰か保健室に運んであげてー！！」 春田が呆気に取られてその様子を見ていると、牧が背後から春田と藤倉先生の様子を眺めていた。 春田はそれに気づいてなんだか瞬きし、 「……病院、付き添うから。」 「………」 「えーと、あなたは？」 「あ、すみません。春田と言います。野球部のコーチをしていて、今日はたまたま練習に顔を出したところでした」 「大学生？」 「いえ、社会人です」 …ちょっとぐさっときたぞ、今の問いは。 「ああ、そう。ごめんなさい。…牧くんに付き添えますか」 「はい。あの、兄代わりみたいな関係です。家が近くて」 「そうなの。じゃ、すみませんけど牧くんの結果、また教えて下さい。心配いらない結果だったら明日牧くんが教えてくれてもいいけど、忘れずに言いにきてね」 「……はい」 牧が呟き、ガラガラと引き戸が開いて、野球部の部員が牧のボストンバッグを持って入ってきた。 「ありがとー、牧くんの荷物これだけ？」 「ええ」 「じゃ、着替えてすぐにタクシーで病院に行って。春田さん宜しくお願いします」 春田は牧のボストンバッグを開けて中から制服を取り出し、Yシャツを牧の肩に掛ける。 牧は肩に乗せられたYシャツに袖を通した。足を庇いながらズボンを履く。 「タクシーは呼んだから、すぐに正門前に着くと思うから。」 「分かりました」 牧が顔を顰めて立ち上がろうとして、春田はそれを止めた。 瞬きをしてベッドに座り直す牧の前に背中を向けて、 「おぶってくから。…乗って」 「え、それは」 「足、無理すんな、阿呆。意地張って痛めたらまた練習に復帰できなくなるぞ」 「………」 牧は戸惑っていたけれど、春田の肩に手を置いて、その背中に胸を預ける。 春田は牧の足に両手を掛けて、背中におぶった。 牧の髪が春田の耳に触れ、首に腕が回る。背中に牧の胸がぴたりと当たる。 春田は牧のボストンバッグを床から取り上げて、藤倉先生に会釈した。 藤倉先生は、そんな春田と牧を見ながら、両目を見開いていて、一拍遅れて「お大事にね、牧くん」と声を掛けた。 [newpage] 病院での診察は悪い結果ではなかった。 骨には異常がなく、捻挫もひどくはない。二週間分の湿布を貰って数日後の診察の予約を取って、牧は足を引きずりながら帰りは歩いて帰った。勿論、タクシーは使ったが。 春田は牧を自宅に連れ帰った。 「今日はそらやおばさんたちは？」 「…たぶん、みんな遅い」 「じゃ、うちにいろよ。飯はなんか駅前まで買いに行ってもいいし出前取ってもいいし」 牧を春田家のリビングのソファに座らせ、春田は牧の髪をぽんぽんと叩く。 「いちおうそらに連絡しとけー」 「…うん」 牧が携帯を取り出し、ソファの中で前かがみになり操作を始めると、電話の着信があった。 牧はメールを打つ手を止めて通話にし、 「はい」 誰かと電話で話し始めた。 話を聞いていると、相手は藤倉先生で、野球部の誰かから牧の携帯の番号を聞いたものらしい。 牧は藤倉先生に病院の診察の結果を話していた。 春田が冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぎながら時間を潰していると、 「春田さん」 牧が春田を呼んで、牧の携帯を差し出している。 俺？ 自分を指さす春田に、牧はつまらなそうな顔で頷き、春田は牧から携帯を受け取ると 「はい」 （あ、藤倉です。今日はお疲れ様でした。牧くん、骨じゃなくてなによりでした。病院の付き添いを有難うございます） 「いえ、たまたま学校に居たんでお役に立てて良かったです」 （えーと、それだけです。お疲れ様でした。もし牧くんのことでなにかご相談があれば乗りますし。今日はご両親が不在で春田さんにお世話になっているようで。どうぞ牧くんを宜しくお願いします） 勿論です、と声を返して、春田は牧に携帯を返した。 牧は手元に戻ってきた携帯の通話をオフにし、 「……いい女でしょ。藤倉先生」 「え？……ああ、まあね」 「24歳だって」 「…あ、そう」 「春田さんと同じ歳だ」 「……だな」 「会わせたくなかったな」 「いい人じゃん」 「だからだよ」 牧は、ふぅ、と息を吐きだしてソファに背中を預け、 「俺、戦わなきゃならない人が多すぎるんだよ」 「………」 「春田さん」 牧が春田を呼び、腕を大きく広げる。 春田は一瞬迷い、牧のそばに歩いた。 ソファの前に膝をつき、甘える牧の体に腕を回して緩く抱き締める。 昔もよくこんな風に凌太を抱き締めた。 牧は、春田の首に腕を回して噛り付いてくる。 そのまま、牧が飽きるまで春田は彼を抱き締めつづけた。 翌々週の火曜日。 春田はまた野球部の練習に顔を出した。今度こそ野球部の練習に付き合うつもりだった。 ほんの二時間ばかりだが、練習に付き合った。そろそろ病院から処方された湿布も残り少なくなって、あまり捻挫した足を気にせずに歩けるようになっていた牧がボール拾い程度は出来るようになっているのを眺めていると……保健室の窓が開いて、藤倉先生が（おーい）と呼んでいるのに気が付いた。 春田が気が付いてバットの先を地面に下ろすと、藤倉先生は両手で大きく手を振った。 春田の隣で牧が瞬きし、自分と春田を交互に指さす。藤倉先生は大きく頷いて、手招きをした。 春田と牧は練習が終わると、保健室に顔を出した。 藤倉先生は今日は（在室です）という札の掛かった保健室の中にいて、 「あー呼び立てちゃってごめん！足の調子はどう？牧くん！もう病院は行ってないの？」 「はい、もう湿布だけ」 「そうかー。良かったね。まだ治りかけだと思うから無理しないでね。骨折と同じ足だしね。骨折の方の次回の予約はいつ？」 「あさってです」 「よく病院で話を聞いといでね」 「はい」 「春田さんも、先日は有難うございました」 藤倉先生は椅子に座ったままだが春田に頭を深く下げて来て、 「いえ、俺は大したことしてないんで」 「………あの」 「うん？牧くん、なに？」 「……あの。この前、兄代わりって言いましたけど。家が近い兄弟みたいな関係って言ってましたけど」 「ああ、春田さん？うん」 「違うんです。………本当は」 （兄弟じゃないです。幼馴染ですけど）だろ。 また同じ訂正か。 春田が呆れかけると、 「……彼です」 「え？」 「……おい、牧っ！！」 「彼氏です」 牧はまっすぐに藤倉先生を見ながら、譲らない声で言った。 「春田さんは……俺の、彼氏」 いや、 そんなことにはなってねーぞ！？ 絶句する春田の前で、藤倉先生は、ぽかんと口を開けて、まっすぐに彼女を見る牧と、牧を凝視する春田とを交互に眺めていた。 「……あ、…………ああ、そう」 「そうです」 「そうなんだ。……彼氏なんだ。びっくりした。いいんじゃない？」 「え？」 「いいな、かっこいい彼氏で。おんぶしてもらって下校、ちょっといい感じだったよ。牧くん。」 「……あの」 春田は口を挟みかける。 牧が春田の方をきっと睨んできたけれど、藤倉先生は笑っていて、 「うん。そういうのもありだよ。だってさ、考えてもみて？牧くんたちが結婚する頃って、世の中がどんどん進歩しちゃってて、AIと結婚してもいいかとかいう時代になってるよ？AIでもちゃんと自我とか知能とか持っちゃっててさ、人工子宮とかも持っちゃっててさ。きっと女とか男とかどんどん境目なくなってるよ？男同士とか女同士とか、AIより誰も文句言わない時代がすぐそこだよ？」 ……………。 「………なかなか豪快な先生でした」 「だね」 「でもいつ俺が牧の彼氏になったの」 「俺が決めました。」 「……おいっ」 「あとは春田さんは頷くだけ。面倒がなくていいでしょ」 「………」 「俺ね」 牧が春田の隣を歩きながら言う。 二人はまだ校舎内にいて、廊下には濃いオレンジ色の夕日が窓から雪崩れ込んでいた。 埃が舞い、学生時代の、春田には懐かしい校舎の匂いがした。 「俺、春田さんに力で勝つようになったら言おうと思ってたんです。 それまでは、春田さんがかわいそうでしょ。 俺が春田さんの恋愛相手としてなんにもできなくて、ただ御守りされてるだけだったら… それなのに春田さんのこと縛りつけたら、ひどすぎる。 春田さんだって誰かと付き合いたいだろうし。 だから、早く力をつけて……体も作ろうって。 でも、俺も十五ですから。キスも、セックスも…は条例に引っかかるけど、出来ますから。だから、もう他の人に一切春田さんに触れさせたくない。 全部、俺が引き受けます。」 …あの俺を追いかけまわしていた可愛い凌太はどこに行ったんだよ。 春田は思って目を細めた。 「まだ無理だろう十五歳」 「出来るよ」 「ビビるくせに」 「出来ます」 なにかが 少しずつ変わっていく音は聞こえていた。 グラウンドから聞こえてくる歓声のように遠くから、だけど―――。

前作「ハンカチ一枚分の距離」の続編です。単体でもお読み頂けます。春田24歳、牧高校一年生（15歳）、家が近所の幼馴染設定です。続作を読みたいというお声を頂いてまた調子に乗ってしまいました（笑）お楽しみ頂けたら嬉しいです！<br />【追記8/21】2018年08月20日付の[小説] 女子に人気ランキング 36 位<br />2018年08月20日付の[小説] デイリーランキング 59 位<br />2018年08月21日付の[小説] デイリーランキング 45 位　皆様本当に有難うございます！嬉しいです！！（涙）<br />【追記11/17】ブクマ500超えました（涙）本当に嬉しいです！有難うございます！

続・ハンカチ一枚分の距離

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10016338#1

「うーん、これなんてヒッキー似合うかも……多分！」 「おい最後」 　ヒッキーの大好きなららぽーと。 　週末の休みを使って二人でレディース＆メンズショップで買い物、と言えば聞こえはいいけど、全然そんなことは無くて、ほとんど無理矢理あたしが連れ出したようなもの。 　進学してから一か月、大学生になってあまり連絡も取らなくなってしまったのは仕方ないと思う。お互い大学に慣れるので忙しかったんだろうしね。 　でも、それにしたって色々理由を付けて会おうとしないのは流石のあたしも首を捻った。特に少し遠い大学に行ってしまったゆきのんとは会おうとしない。 　そこで小町ちゃん仲介のもと、無理矢理連れだしてみると驚いた。 「ヒッキーだったら何着ても似合うと思うんだけどなー。ヒッキーの服ダサいし」 　 「だから最後。お前オブラートって言葉知ってる？」 「馬鹿にすんなし！ あ、あれでしょ？ アイスみたいな、あの……あれ！」 「それはジェラートな」 　相変わらずのヒッキーを睨みつけるけどどこ吹く風。全然気にしてないし、むしろ高校生の時の方がまだマシだったかもしれないと思っちゃう。 　だって、ジャージ。 　ジャージだし。 「そもそもさ、お出かけするのにジャージっておかしくない？」 「そうか？ 大学に行くときは基本ジャージだぞ。通気性抜群で動きやすくてスポーティじゃないなら価格も優しい。これのどこに不満が生まれるんだよ」 　それに大学じゃスウェットとか普通に見るだろ、と心底不思議だと言わんばかりのヒッキーにゆきのんみたいに鼻の頭を押さえてしまう。 　スウェットならカジュアルスウェットとかあるしまだいいんだけど……。ジャージはどこまで行ってもジャージだと思う。それが見た目帰宅部のヒッキーならなおさら。 　高校時代は制服があったからまだよかったのに、大学生になってヒッキーのオシャレに対する興味のなさがよくわかった。 　その原因はただ一つ。一人暮らしによる小町ちゃんの影響力が低下したから。これに尽きるんだと思う。 「それより早くここ出ようぜ。周りからすごいアレな目で見られてる気がする」 「ほとんどヒッキーのせいなんだけど……」 　ヒッキーの言う通り、現在私たちは遠巻きにだけどかなりヒソヒソされてる。普段なら店員さんに話しかけられるけど、今日に限ってはそれもない。 　むぅ、なんかそれも悔しい気がする…。 　よし！ 「ダメ」 「……なんでだよ」 「さっきのお店でも同じこと言って逃げたでしょ！ それに小町ちゃんからも頼まれてるんだからね！」 「おかんかお前…」 　ぷくぅっと頬を膨らませて『あたしは絶対に引きません！』とアピールすると、頭をボリボリと掻いてため息を吐いた。 「……まぁ母ちゃんから金も貰ってるし、その範囲内だぞ」 「うん！」 　なんだかんだいっても最後には折れてくれる。そんなところは変わってないんだなって嬉しくなって頬が緩んだ。 　ららぽに来る前に寄ったヒッキーの実家で折角資金ももらったんだし、となんとかヒッキーの意識を服に戻してあれやこれやと選んではあてがって首を捻って。 　うーんうーんと悩んでいるうちに段々とヒッキーの表情がやつれてきた。 「店の前にあるマネキンっていつもこんな気分なのかもな」 「そんなこと言ってもさー」 　あまりにもヒッキーの普段着の少なさを嘆いた小町ちゃんに頼まれて今こうしてるけど、これは困った。 　さっきからとにかくいろんなものをあてがってるんだけど、どれもこれも似合ってしまうから困った。 　パッと見身長は無いように見えるけど、猫背を正してってお願いしたらさらに困った。 　小町ちゃん、これって別になんでもいいんじゃないかな……。 「と、とりあえず一回試着してみようよ」 「ん」 　短く返事をした後更衣室に入っていったヒッキー。 　周りからくるクスクスって笑い声にムカムカするけど、きっとそんなこと言ってらんないんだから。 　そういえば男の子の着替えってどれくらいかかるんだろ。プールの授業の時は男子が速攻で飛び込んでたりしてたしやっぱり早いのかな。 　とりあえず自分の分も見てようかなーとその辺をブラブラ。あ、もう夏服売ってる。今年は暑くなるってテレビで言っていたし先取りしてもいいかも。 　近くには日よけのサングラスもあって、そのコーナーだけ夏のアイテムが充実している。 　むーんと顎に指を添えて考えていると、後ろからシャッとカーテンの開く音がした。 「由比ヶ浜、どうだ」 [newpage] 「あ、ヒッキー早かった…ね……」 　振り返った先の更衣室に立っていたのは、まるでヒッキーじゃないようなヒッキーでヒッキー成分がヒッキーしていた。（語彙力） 　あたしが選んだ服の組み合わせとは全く違うものだけど、白のロンＴにストライプシャツを羽織り、パンツは黒のスキニー。ワンポイントアクセも首から下げて、どこからどうみても少し前に出た感じのオシャレな大学生でした。 　……………………えーっと。 「やっぱり変か。てことでジャージ最強説が濃厚に」 「ぜ、全然そんなことない！そんなことなさすぎて、えっと、……そんなことないよ！」 「どっちだよ」 　あうあうと言葉にならないでいると、あたしの視界にはさっきの夏を先取りコーナーが。 　……これだ！ 「ヒッキー！これもつけてみて！」 「グラサン？ なんでだよ」 「いいから！」 「あ、はい」 　強めに言うとそそっとあたしの手からスポーツサングラスを取り、ちょっと不慣れに装着。 　こ、これは……！ 「うわ、これ日よけ用じゃねぇか。視界のほとんどが真っ黒だぞ」 「う、うん…」 「………？」 　ほ。 　ほえええええ！！！ 　どどどどどどどどどどうしよう……！！！ 　これはあのあれやばいっ。 　と、とりあえず。 「ヒ、ヒッキー」 「どした」 「鏡って見た？」 「いやまだ見てないが」 「じゃ、じゃあ後ろ向いてみて」 　首をかしげながらもくるりと反転したヒッキー。そこには更衣室にある大きな鏡。その中にヒッキーが映っている。 　そして一歩後ずさった。 「……どちら様？」 「……どちら様なんだろうね」 　二人でほえぇっとなっていると、ようやく周りのざわつきに気が付いた。 　さっきまでのクスクスってやつじゃなくて、今度のは驚いたようなやつ。ふふんっ、ヒッキーだからね。やればできる子なんだよ。 　でもこれでヒッキーがオシャレに目覚めてくれれば小町ちゃんの心配もなくなるし、きっとヒッキーの大学生活もよくなるはず。きっとそうだ。 　うんうんと満足げにしていると、ヒッキーが少し不安げに言ってきた。 「でもよ、これを大学とかに着てくわけだろ？」 「もちろん！」 「……俺もうジャージで一か月通っちゃってるんだけど。なんならゼミでもジャージなんだけど」 「あっ」 　そっか、もうヒッキーの周りの人には『ジャージの人』みたいな印象があるんだ。 　なのにいきなりこんなオシャレコーデしてったらどうしたのってなっちゃう。それはヒッキーがあまり好きじゃないことだ。 「でもさ、ほら、目立っちゃうのって最初だけなんじゃない？ 人の噂も[[rb:四十九日 > しじゅうくにち]]って言うし！」 「[[rb:七十五日 > しちじゅうごにち]]な。勝手に人を殺すな」 　あはは、と誤魔化すとヒッキーがまた頭をボリボリ。 「でもま、人の厚意を無駄にするほど落ちちゃいない。それに今更知らん奴らからの評価なんぞどうでもいいってのもある」 「え？」 　更衣室に残した他に選んだ服を手に取りながら続けた。 「総武高校一の嫌われ者って称号は伊達じゃなかったってのは知ってるだろ？」 「……うん！」 　カッコつけたように笑うヒッキーに呆気にとられたけど、なんだか嬉しくて元気よく返事をした。 　そのあともファッションショーをしたけど、周りに人がどんどん集まってきて、店員さんもガンガン服を持ってきてしまったので退散しました。 　　　　　　　　　☆ 「ホントにそれだけでいいの？」 「まぁ金もないし」 　結局同じショップで二時間ぐらい物色して、買ったのは最初の組み合わせのものだけ。折角なので購入したそれを着て今歩いている。流石にサングラスはしてないけど。 　まぁ、ショップだとレディースほどじゃないけど、メンズも結構高いんだよね。 「あとはバイト代が入ってからだな」 「え、ヒッキー…バイト……え？」 「ちょっと？それだと引きこもりのバイトみたいに聞こえるからね？ ちゃんとお外で稼いでるからね？」 　びっくりした。多分大学生になって一番びっくりした。 　ヒッキーがバイトかぁ……あんなに働きたくないっていってたのに…。 「おい、その息子の成長を垣間見た母ちゃんみたいなウル目をやめろ。それマジでツラいんだぞ」 「経験済みだったんだ…」 「独り暮らしするって言った時の母ちゃんの目は忘れられないからな。ようやく愚息がいなくなったって喜んでた」 「嬉し泣きだったんだ！？」 　うわぁ。ヒッキーのパパとママも結構あれだなぁ。でもそのパパとママだからこそのヒッキーって感じもするからうーんなんとも。 　でもヒッキーが服をあたしと服を買いに行くって聞きつけた時のママさんは普通に喜んでたような気がするんだけどなぁ。それでお金も貰ってたし。 　あ、そうそうたしかその時…。 「ヒッキーのママ、”未来への投資だから気にせず使いなさい”って言ってたよね。どういう意味なんだろ」 「……さあな」 　むっ。これは意味が分かってるっぽい時のヒッキーだ。 　むぅと顔を覗き込むとそれに応じてどんどん離れていく。そんなに聞かれたくないことなのかな。 　それに少しだけ顔が赤い気がする。ちょっと可愛い。 「それよりだな由比ヶ浜」 「え、なに？」 　ちょっと近づきすぎちゃった。危ない危ないとそそっと離れる。 「その、あれだ。俺のばっかりだとつまらんだろ。お前はどっか行きたいところはないのか」 　ぽしょぽしょと視線をズラしながらは相変わらず。でもそんな気遣いも嬉しかったり。 「あたしは特にないかなー。それに今日はヒッキーの付き添いだし！」 　とはいっても、今日の目的はかなり達成されちゃった。当たりはつけられたし、あとはヒッキー一人でも買いに来ると思う。大丈夫だよね？一人で買えるよね？ [newpage] 「じゃあ帰るか」 「帰っちゃうんだ！？」 　流石すぎるよヒッキー…。 「することないんだろ？ それに今俺は金がないとくれば飯を奢ることもできない。当然の帰結だな」 「え、えーと、うーん……」 「まあなんだ、今日の礼っていっちゃあれだが、今度またこようぜ」 　その時は飯でも奢るぞ、ともう帰る流れになりかけてる。 　あーとかうーとかしか言えないまま、どうにか歩調を緩めて出口への時間稼ぎをするけど、それもあとちょっと。 　今度また来るって約束が嬉しくて頭が回らないよ……。 　あ、そうか！ 「ねえねえヒッキー！ 今度また来るならその時のためのやつ選んじゃおうよ！」 「あれか、ウインドウショッピングってやつか」 「そうそう！さっきサングラスかけてたじゃん？ すっごい似合ってたからさ、メガネなんかもいいんじゃないかな！」 「お、おう…」 　少し必死すぎたかな。ヒッキーが引いてる。 　でもでも久しぶりに会ったんだしこれぐらいは良いと思う！ 「……まあいいか」 「うんうん！」 　勢いだったけどなんとか納得してもらえた。よしよしと心の中でガッツポーズをしながらてくてくと館内を歩いて、お目当てのカジュアルメガネが売っているお店へ。 　ショップの向こうには本当のメガネ屋さんが。賑わっている他のお店と違って、メガネ屋さんっていつも人が入ってないイメージ。でもそのおかげでゆっくり見られるし、店員さんもすごい丁寧な感じがする。 　そういえばこのショップには高校生の時もヒッキーと来たんだっけ。たしかあの時はゆきのんのプレゼントを選びに来たはず。そのあとは……あはは。 　ゆきのんとは連絡を取ってるし今度私から会いに行こうと思ってるけど、きっとこの二人のことだから自分からは行かないんだろうなぁ。その方がらしいっちゃらしいのかもしれない。 　それにそれはあたし的にも、ね？ 　由比ヶ浜結衣はわがままでズルい子だから。 　心の中で苦笑いをしていると、ヒッキーはお目当てのお店を通り過ぎようとした。 「ヒッキーここだよ？」 「メガネ屋だろ？あっちじゃないのか？」 「え？ ヒッキー目、悪いの？……あっ」 「え、なにその悪いこと言っちゃったみたいなの。視力でしょ？視力のことを聞いたんだよね？」 　この目は元々だ、とぶすっとして最近視力が落ちてきて本が読みづらいと教えてくれた。 「じゃあ本物のメガネ買わなきゃだね」 「むしろパチモンのメガネってなんだよ」 「まーたそうやってすぐ捻くれるんだから」 　他愛もないことを話しながらショップは通り過ぎて、静かなメロディの流れるメガネ屋さんに入った。 　イメージ通りお客さんもいないし、買うのがヒッキーだとわかるとあたしはお茶をすすめられた。ほっこりしたけど一緒に選ぶので、と断る。 　見えればいい的なオシャレ感ゼロのメガネから、これおもちゃじゃない？と思うようなものまでいっぱい。見てるだけで楽しくなってくる。 「あいうぇあ？」 　二人であーだこーだ言いながら見ていると、コーナーが設けられた箇所があり、そこに大きくポップ書きで『アイウェアフェア』と書いてあった。 　気になってみてみると、カジュアルメガネや伊達メガネのことをそういうらしい。 「なんか意識の高い奴らが使いそうな名前だな」 「え、なんで？」 「だってよ、普通に眼鏡でいいだろ？ なんならハンガーも[[rb:衣文 > えもん]]掛けでいいまである」 「なんでハンガーでてきたし…」 「要するに、最近はなんでもカタカナにしすぎだって話だ」 「あー…なんとなくわかるかも。ルームフレグランスとかオシャレだけどちょっと長いよね」 「だな。あれは揚げパスタでいい」 「まだそれ言ってる！」 　あたしの部屋にあったルームフレグランスの棒がたまたまパスタみたいな色だっただけで、赤とか黒とか色々な色があるんだよもうっ。 　それ言い続けてたらいつか別のだれかに怒られちゃうよきっと。男の子の部屋にだって置いてもいいだろうし、この際次来る時はそれも候補にいれちゃおう。 　なんて、静かなメガネ屋さんでいつも通りの会話をしていれば店員さんに注意されないはずもなくて、とても申し訳なさそうに注意されちゃった。 　ごめんなさい。 　それからは真面目に似合いそうなものを、店員さんと相談しながら選んだ。 　どれを掛けても似合っちゃうから、内緒で同じやつ買っちゃおうかなぁえへへっ、なんてこの時のあたしは浮かれていた。 　それがまさか後々になってあんなことになるなんて……。

こんにちはです。<br />ガハマさんはアホの子だけど実は凄まじい母性が隠されてるって専らの噂ですよね！主にS&amp;Dの中でですけど！<br />というわけでガハマさん回です。<br />例によって温かい目で見ていただければ（ry

ヒッキー！あたしたちついに大学生だね！1

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10016464#1

・キラーT細胞の場合・ 「！」 「きゃっ！？」 ヤベェ…地面の段差に気づかずにあの鈍臭ぇアホ赤血球を押し倒しちまった… 「…ワリィな、なんか…」 「いえいえっ！！不可抗力ですので！大丈 夫ですよ！」 それよりキラーTさん大丈夫ですか？という彼女の発言に俺は何か背中が痒くなった。こーいう所なんだよなぁ、コイツの気に食わねぇ所。 そんなふうに思っていたら背後から俺の首元に 鋭利なナイフがスッと出てきた。 「…何をしているキラーT……」 その時の白血球の顔は、抗原をぶっ殺す時と同じ形相だった…… [newpage] ・ヘルパーT司令の場合・ 「うわっ！」 「えっ！？」 ありゃりゃ、段差があったかぁ、俺としたことがしくったなぁ。 「ああ…君、怪我ない？」 あまり面識ない赤血球ちゃん押し倒して気まずいったら何のって 「は、はいっ！大丈夫です！ええと、ヘル パーT細胞の司令さんですか？」 「えっ！俺のこと知ってるの！？」 「はい！前、肺炎球菌が侵入してきた時モ ニターに映ってましたよね？」 マジかぁ、俺のこと覚えてくれてたんだ。何この子、めっちゃいい子じゃん！ 「いや～嬉しいねぇ。良かったら連絡先交 換しない？これも何かの縁だし！」 「は、はい！私なんかで良かったら！」 「……どうでもいいですけど、そういった ことは起き上がってからにしてくません か？」 振り向くと、赤血球ちゃんを押し倒しながら喋っていた俺の背後に汚いものでも見るような目で白血球がすっごい睨んでいた。 [newpage] ・樹状細胞の場合・ 「おっと！」 「きゃ！」 あちゃぁ、段差あったのか。サイトカインの段ボール持ってて気づかなかった… 「赤血球ちゃん、大丈夫？」 「は、はい…」 あらあら、顔真っ赤になってる。なんだか悪いことしちゃったな… そして僕は背後にこの赤血球ちゃんと仲のいい白血球の彼がいることに気づいてしまった。 ……少しイタズラしちゃおうかな 「あれ？赤血球ちゃん、本当に大丈夫？顔 真っ赤だよ？」 「あっ！ちょっと…樹状さん…」 僕はわざとらしく赤血球ちゃんの頬や額に触って顔を近づける。 すると、後ろから走ってくる靴音が聞こえてきた。 「何してるんですかぁぁぁ！樹状さん！」 このままでは無理に起こされそうだったんで僕は彼が来る前に機敏に起き上がった。 [newpage] ・ズッ友3人組・ 「「「うわぁぁぁ！赤血球ちゃん！よけて ーーーー」」」 「うわぁぁぁぁ！！」 ズシンという音がした 「いててて。！！ごめん！赤血球ちゃん！ 大丈夫！？」 4989番が心配して尋ねる。 「あ！はいぃぃ！大丈夫です！」 「おい！お前が前押すから悪いんだぞ？ 2626番！！」 「なっ！俺だけのせいじゃないだろ！」 2048番と2626番が言い争いを始めてしまい、事態は収集つかなくなってしまっている。 「あ、あのぅ…すみません、早くどいてく れませんか？」 3人の男性に押し倒されて赤血球は羞恥と申し訳なさで赤面し、うっすら涙目になっていた。 「「「！うわぁぁ、ごめん！ごめん ね！すぐどくから！！」」」 3人がどこうと思った次の瞬間、4989番の顔の横をｼｭﾝｯと何かが横切った。 恐る恐る3人が、横切った何かを見ると それは血のついたナイフだった。 「…赤血球に何をした？お前ら…」 後ろを見たら抗原排除を終えた白血球 U－1146が殺気を纏いながらジリジリと歩いてきていた。 [newpage] ・おまけ・ 「なんか大変だったな…赤血球…」 「い、いえいえ！どうってことないです よ。」 いつもの2人組、もとい白血球と赤血球は少し落ち着きがでて一緒に話していた。 「……あの、白血球さん…」 「？何だ？」 か細く呼んだ赤血球は耳や首までを真っ赤にしながら白血球にこう言った。 「あ、あーいうの、は…白血球さんにもさ れたいなぁ…なんて…」 その瞬間、白血球は一瞬石のように固まり、すぐに赤血球を自分の家に連れ込んだのであった。

多いキャラ描くのなんか楽しかったです(笑)

赤血球に他の男が床ドンし、それを目撃する白血球

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10017312#1

「ゲームセット。勝者、真堺学園！」 あぁ…終わったんだ。 広いコートの片隅、ゴールリングに入らなかったボールが慌しい喧騒の中寂しげに転がっていた。 「「お疲れー！！！」」 「「かんぱーい！」」 試合後の夜、いつもバスケ部で行きつけの 居酒屋「わんだほう」でお疲れ様会をやることとなった。 「いやー！本当惜しかったっすね、俺まじ悔しくて泣いちゃいました！」 「お前が泣く事なんかあんの？」 「城山先輩酷いっす！可愛い後輩が先輩達の有志に感動してるのに！！」 「はいはい、ありがとなマロ」 城山とマロの相変わらずの掛け合い。 勿論お酒は入っていないはずなのだが、まるで酔っ払いの飲み会のような盛り上がりだ。開始後しばらくして、喧騒から逃れるようにカウンター席に座りながら改めて部員達を見ていると、この3年間必死でバスケをやってて、この仲間達に出会えて本当に良かったと思った。 「お疲れ様。あっち行かないの？」 「あ、牧ちゃん…」 「一番の立役者なんだから、こんなカウンターの片隅にいないで向こう行ったら？」 「あっちいたんだけど、マロが絡んでくるのウザくて一旦避難中〜」 「あー、なるほど」 こうやって落ち着いて牧ちゃんと話すの久しぶりかも。 付き合いたての頃は、部活終わりに牧ちゃんちに行って晩飯を食べたりしていた。しかし、夏休みに入り引退試合が近付くにつれて練習も毎日夜遅くまで続いた為、ここ2週間くらいは家と学校との往復しかしていなかった。 「今日惜しかったね」 「うん…でもまぁ、地区大会の決勝まで行けたからそれだけでも満足かな」 決勝戦、あと一歩、俺が最後のシュートを決めていれば逆転出来たのに… 最後の最後で放ったボールは無惨にもゴールリングに弾かれた。ボールが床に落ちると共に鳴り響く試合終了の合図、泣き崩れる仲間達、俺だけが1人取り残されたように事実を受け止められなかった。 「あー！明日から休みかー！てか今まで部活とかで全然休んでないからどこ行こっかな！」 沈んだ思いを打ち消すように手に持っていたメロンソーダを一気飲みする。試合前は甘いものも控えていた為、久しぶりに飲むメロンソーダはいつもより甘く感じた。 ガラ… 「おっす！皆お疲れ！準優勝おめでとう！」 ドアが開いたと思うと、松葉杖をついた剣崎先生が店の中に入ってきた。 「剣崎先生！」 「体もう大丈夫なんですか？」 部員達がこぞって剣崎先生の元に集まる。俺も椅子から立ち上がり剣崎先生の元に行くと、俺に気付いた剣崎先生に肩を叩かれた。 「お疲れ様！今日見てたぞ、試合。最後までよく頑張ったな！」 「あー、でも負けちゃいましたからね」 「あそこの高校は毎回イカサマ紛いのプレーするからな。今回の試合も、審判が見てない所でズルしてたし。ま、試合に負けても勝負に勝った！って感じだ。あんまり気にするな！」 「剣崎先生らしいっすね。あ、それはそうと、いつから復帰するんっすか？」 「まだ本調子じゃないけど、来週から復帰する予定。今日試合終わって一旦学校に行ったら、夏休みだけど校長いたんでその話した。…ごめんな、引退試合までに戻って来れなくて」 申し訳ないと言うように俺たちに謝る剣崎先生。確かに先生がいなくなって、どうしようと皆が不安になっていたのは事実だったけど… 「…牧先生がいてくれたから」 「え？」 「剣崎先生の代わりに牧先生が顧問代理やってくれて…始め大丈夫？って思ったけど、俺らの為にめちゃくちゃサポートしてくれたんで。ここまで来れたのも、牧先生のお陰ですよ。な、皆？」 牧ちゃんがいてくれたからここまでこれた。 恋人の欲目を抜きにしても、牧ちゃんは俺たちバスケ部の為に全力を尽くしてくれた。受験生である3年の授業で忙しく、また新任教師の為色々な雑用もある中時間がある時は必ず練習に来てくれたし、自らもバスケの勉強して俺たちに指導してくれた。 「牧先生運動音痴だけど、やる気はあるからなー！」 「前にフリースローしようとしてなかなか入らなくて泣きそうになってたけど」 「あー、あれな！最後に練習そっちのけで皆で応援したしな！」 部員達は牧ちゃんとの練習期間を思い出し口々に思い出話を始めている。 「剣崎先生が俺らに教えてくれた事、しっかりと牧先生が引き継いでくれてましたよ。だから、安心して戻って来て下さい」 「お前ら…」 「んで、来年こそリベンジお願いしやっす！」 「…ッ、任せとけ！俺がお前らを日本一にしてやる！！」 目に少し涙を浮かべた剣崎先生、部員達が先生を奥の座敷に移動させると再び賑やかな宴会が始まった。 「「「お疲れ様でした！」」」 「おー！お疲れ様！皆気を付けて帰れよ、最後の部長命令だかんな！」 あの後盛りに盛り上がった打ち上げは、最後マロの一発芸で締め括りとなった。まだ騒ぎたがる部員達をなんとか抑え、それぞれ帰宅していく部員を見送るとふーっと息を吐き空を見上げた。 「あれ？お前まだ帰んないの、駅あっちだぞ？」 「あー、ちょっと一駅だけ歩いて帰るわ」 「そっか、気を付けて帰れよ！じゃーな！」 自転車通学の城山は自慢のマウンテンバイクに乗り颯爽と帰って行く。もうあいつとここでバスケをすることもなくなるのか、と思うと寂しい気持ちが溢れ出してくる。 「帰るか…」 牧ちゃんと一緒に帰りたかったが何やら剣崎先生と真剣な顔で話をしている。なんだか真っ直ぐ家に帰る気にはなれなくて、一駅先の駅まで歩くことにした。 「春田！」 ゆっくりと歩いているとしばらくして後ろから牧ちゃんに呼び止められた。 「牧ちゃん？」 「駅、反対方向だけどどっか行くの？」 「特にどこ行くとかはないんだけどさ、何か歩きたくなって…それより剣崎先生との話は終わったの？」 「ん？あぁ、お礼言われた」 「何て？」 「まぁ色々と…バスケの件とか、あと仕事の件とか」 静かな夜道、一つ先の駅までの道のりを牧ちゃんと2人で歩く…月夜に映し出された影が遠く伸びていた。 「その…ありがと。さっきお店で俺の事あんな風に言ってくれて…」 「へ？」 「ほら、剣崎先生と話してた時」 「あー、あれね。本当の事言っただけだし！」 「嬉しかった」 ふと立ち止まる牧ちゃん、月明かりに照らされた顔が綺麗に微笑んだ。 抱き締めたい、そんな衝動に駆られ手を伸ばすも、再び先を歩き始めた牧ちゃんには届かず伸ばした手が空を切る。 「剣崎先生も復帰するし、もう来週からお役御免かー！せっかくバスケわかって来たのにな！」 『残念』と言うように少し大きな声を出し、伸びをしながら俺の前を歩く。その後ろ姿がどこか寂しげで… 「牧ちゃん！」 「ん？どうした？」 「我慢してない？」 「え…？」 揺れる瞳、牧ちゃんに駆け寄るとここが歩道だとも構わずに抱き締めた。 「は、春田！？」 人通りが少ない道、そう早くない時間の為幸い周りには誰もいない。だけど牧ちゃんは周りを気にするように俺から離れようとする。 「大丈夫、誰も見てないよ」 「だけど…！」 「お願い、ちょっとこのまま…」 更に抱き締める力を強くすると、苦しげに息を吐く牧ちゃん。俺の背中をあやす様にポンポンと叩くと身体の力を抜き俺に身を預けてくれた。 「えっと……春田、もう遅いんだけどさ…うちくる？」 時刻は22時を過ぎたとこ、これから牧ちゃんちに行くと確実に家には帰れない。明日はお互い休み、つまりそういうことで… 「行きたい。行っていい？」 「牧ちゃん…」 家に入るなり春田に後ろから抱き締められた。ここしばらくお互い忙しかった為春田が家に来るのも久しぶりだった。 寂しい…と思ったが高校最後の地区大会、今年で引退する春田達をどうしても全国大会に行かせてやりたかった。…今となってはそれも叶わぬ夢だけど。 「あー、久しぶりの牧ちゃんだ…」 「何言ってんの、うちに来なくても部活で毎日会ってたでしょ？」 「そうだけどさ、やっぱ部活と家は違うじゃん！それに『学校ではお互い教師と生徒でいること』って約束してるから、学校では何もできねーし！」 「当たり前！」 靴を脱ぎ、未だ後ろにへばり付いて離れない春田を引きずりながらリビングに行く。今日は少し遠回りをして帰ったから、時刻はもうすぐ23時をさそうとしていた。 「えっと……今日さ…」 「泊まっていいよね？」 「あ、うん」 そのつもりで春田を家に誘ったが、いざはっきりと言われるとどうも照れてしまう。 「今日汗かいたでしょ？先お風呂入っていいよ。パジャマは俺の大きめのTシャツとスウェットがあるから大丈夫として…あ！下着…」 「それは大丈夫！さっき寄ったコンビニで買ったから！」 いつの間に… 確かにさっきコンビニ寄りたいって言われたから寄ったけど、ただ単にアイス買っただけだと思ってた…もちろん買ったアイスは帰り道に美味しく頂いていた。 「そんじゃ、お言葉に甘えてお風呂入ってきまーす！」 鞄の中から買ったばかりの新しい下着を手に取り浴室に向かう春田、パタンと脱衣所の扉が閉まるとふと春田の鞄が目に入った。開けっ放しの鞄の中から少し見えているユニフォーム…取り出し広げると、何回も何回も洗濯したのだろうそれは、新入部員の物と比べて色が薄くなってた。 「……もう終わりなんだよな」 そっとユニフォームを抱き締めると春田の匂いがした。 『牧ちゃん、我慢してない？』 帰り道に言われた言葉。 あの決勝戦、最後のシュートが外れ試合終了の合図が響いた時、部員の誰しもが負けた事が悔しくて泣いていた…ただ1人、春田を除いて。 広いコートの中で立ち尽くす姿、自分のせいで負けたのだと責めるようにただただコートの片隅に転がったボールを眺めていた。 誰よりも悔しいはずなのに、誰よりも泣きたいはずなのに… 「我慢してるのはお前の方だろ…」 部員の前で一切涙を見せないその後ろ姿が、とても小さく見えた。 春田が泣かないのに俺が泣くわけにはいかない、と思い溢れそうになる涙を必死に堪えたけど、変なとこで鋭い彼に気付かれていたなんて… 「…泣きたい時は泣けよ」 ユニフォームを畳んで鞄の中に戻す。静まり返った部屋に微かに聞こえるシャワーの音にしばらく耳を澄ましていたが、春田のパジャマとタオルを出し忘れていた事に気付くと想いを打ち消す様に頭を振った。 「あー！いいお湯だった〜！」 出して置いたTシャツとスウェットを身に付けまだ濡れている髪を首に掛けたタオルで拭きながら春田がリビングに入ってきた。 「お風呂ありがと」 「髪まだ濡れてる、しっかり乾かさないと風邪ひくよ？」 こうゆうとこ本当子供だよな。 俺が貸した大きめのTシャツは春田にとってはちょうど良いようだが、スウェットに関しては裾が足らないのか足首が見えている。 まじ、謎の良い身体… 「そうだ、お腹減ってない？お店であんまり食べてなかったみたいだったけど…」 「流石牧ちゃん！さっき食い損ねてさ、腹減った〜」 タイミングよくグーっとなるお腹、珍しく恥ずかしがる春田の姿に思わず可愛いと思ってしまう。 「お茶漬けで良ければすぐ作るよ、テレビでも見て待ってて」 「はぁぁい！」 リビングに行き冷凍庫の中から昨日冷凍したご飯を取り出す。電子レンジで温めている間に簡単な突き出しを作ろうとしたところ、ソファーに座っている春田がじーっとこっちを見ている事に気付いた。 「ん？」 「いや、良いなーって思って」 「は？」 「なんか『仕事で夜遅くに帰宅した旦那の為に夜食を作る新妻！』って感じ？」 「馬鹿じゃない？」 くそ、可愛い！ もし春田が旦那さんなら毎日仕事から帰ってきたら玄関までお出迎えして、毎日美味しいご飯作って…なんて想像してしまう。 ほんと、重症だな… 「はい、お待たせ」 簡単なお茶漬けと、作り置きして置いた茄子の煮浸し、お漬物をお盆に乗せリビングに運ぶ。待ってました！と言わんばかりに目をキラキラさせて床に正座すると両手を合わせた。 「うまそー！いっただっきまーす！」 余程お腹が空いていたのか、いつものように両頬にご飯を詰め込むように頬張る、その姿がまるでハムスターのようで思わず笑ってしまった。 「そんながっつかなくても、おかわりあるから。」 「まきひゃんのごはんいふもうめーひょな！」 「口にいっぱい入れたまま喋らない！ったく、顔に米粒ついてるし…」 まじ子供。 手を伸ばして春田の頬に付いていた米粒を取りそのままぱくりと食べると、目の前の春田が固まったように俺を凝視していた。 「ん？何？」 「へ！？あ、い、いや！何でもない！」 持っていた茶碗を置き、焦ったように左手で頬をぽりぽりと掻きながら視線を泳がす春田。今まで気付かなかったが、その左手の小指が不自然に腫れていた。 「春田…その指どうしたの？」 「え？あぁ、これ？試合中に突き指したみたいで…」 「見せて！」 春田の隣に移動し左手を掴む、よく見ると小指の付け根から指先にかけて腫れて紫に変色していた。準決勝の時は確かそんな事無かったから、きっと決勝で怪我したのだろう。 真堺学園めっ…！ 「何で言わなかったんだよ！すぐ冷やさないと！」 「だ、大丈夫だって！突き指なんていつもの事だし」 救急箱から冷湿布を取り出し春田の小指に貼ると苦笑いした春田と目が合った。 「ほんと、牧ちゃん過保護。」 「…骨折でもしてたら大変だろ？」 「大丈夫だよ、しばらくバスケもしないしさ」 大丈夫だと言うように俺の前で左手をグーパーグーパーすると再びお茶漬けを食べ始めた。バスケをしないと言った瞬間、彼の目の奥で悲しい色が見え隠れした。 「…したらいいじゃん。」 「へ？」 「バスケ、したらいいじゃん。」 「ほら、部活引退したしさ…」 「部活なくてもバスケは出来るでしょ？」 「そうだけど…」 悲しげな瞳、本当は全部分かってる。 「春田…」 「………」 「もう、我慢しなくていいよ。」 「っ！！」 キャプテンとしてずっと皆を引っ張ってきた春田、プレッシャーは相当なものだったのだろう。糸が切れたようにその目から大粒の涙が零れ落ちた。 「ま、牧ちゃん……！」 「うん、分かってる。お疲れ様、もう我慢しなくていいから…」 春田を抱き締め、あやす様に背中を撫でてやる。肩に顔を埋めながら力強く抱き締められると少し苦しかったが、何も言わず背中を撫で続けた。 「ゔー、牧ちゃん…」 「よしよし、言いたいこと言いな？全部聞いてあげるから」 「お、俺…最後のシュートん時、絶対入れなきゃって思って……でも外したらって考えると、めっちゃ手が震えて…今までそんな事一回も無かったのにさ、急に怖くなった…」 祈りを込めて放ったシュート、しかしそれは無残にもゴールリングに弾かれてしまった。 「あの瞬間、皆泣いててさ………城山なんか、今まで一回も泣いた事無かったのに、めちゃくちゃ悔しそうに泣いてて…負けたの、全部俺のせいだ…」 しかし部員はそんな事は全く思っていないのだろう、皆の優しさが逆に春田を苦しめた。 「負けたのはお前のせいだって！ッ…お前が最後外さなきゃ勝てたのにって…言ってくれればいいのにさっ！あ、あいつら…『お前と一緒にバスケやれて良かった！』って……っ！」 春田を始めレギュラーは全員3年生だ、皆んな1年生の頃からずっと一緒にバスケをやってきたメンバー。多分俺よりもずっと春田のことを分かってて、色んな苦労もともに乗り越えてきたのだろう。 自分に抱き着きながら子供のように泣きじゃくる春田。その心の傷を埋めてやりたくて、今にもどこかへ消えてしまいそうな体を強く抱き締めた。 「皆、春田に感謝してると思うよ。もちろん俺も」 うちの高校のバスケ部は今までずっと弱小校だったが今年初めて地区大会の決勝まで進んだ。そこまで行くのにどれほどの苦労があったのだろう、俺は少ししか一緒に過ごしてないが、いつも皆の中心にいて、皆んなを引っ張っていたのは紛れも無い春田だった。 「俺ちょっとしか皆と一緒にバスケやってないけどさ、それでもあそこまで行けたのはやっぱり春田の存在が大っきかったからだと思うよ」 「そんな事…」 「あるよ！それに皆言ったんだろ『お前と一緒にバスケやれて良かった！』って、ならまた今後も一緒にバスケやればいいじゃん！」 「牧ちゃん…」 春田から少し身体を離すと、その顔は涙やら鼻水でぐちゃぐちゃだった。 前もこの顔見たな…と思うもテッシュを手に取り顔を拭いてあげる。 「俺春田がバスケやってる姿凄い好きだよ」 「ゔー！牧ちゃぁぁぁぁん！」 「よしよし」 再びあやす様に春田の背中をポンポンと叩いていたら、ふと机に置いてある春田のスマホが鳴った。 通知画面に映されたメールの差出人は城山からだった。 from 城山 non title ……………………… お疲れ。もう家ついたか？ やっぱり全国の壁は高かったな。 正直、くやしかったけど、 今までお前とバスケやってこれて本当 に楽しかった。 部活は今日で終わりだけど、明日から また皆でバスケやろうな。 マロも扱かないといけないからな。 今日はゆっくり休めよ。 「………」 メールを見た春田はそっと机の上にスマホを置いた。 「城山、何て？」 「……うん、牧ちゃんの言う通りだった。俺あいつらに愛されてんなーって…」 城山の他にも何件かメールが来ていたのだろう、さっきとは違いどこかスッキリな顔をすると俺の手を握り締めた。 「牧ちゃん、ありがと。牧ちゃんがいてくれなかったら、多分俺ずっと凹んでた」 目を閉じ額と額をくっつける、静まり返った部屋の中でお互いの呼吸だけが微かに聞こえた。 「これからもバスケ続けるからさ…1番近くで見ててください」 「うん」 互いに目を開け微笑み合う、どちらからともなく口付けるとそのまま床に押し倒された。長い口付けから顔を離すとその顔は雄を孕んだ顔で俺を見下ろしており… 「ぁ…春田…」 「………あー、くそっ！」 「え？」 先ほどとは打って変わって余裕のない表情、俺の上から退くとうな垂れるように俯いた。 まさか…と不安が頭をよぎる。 春田とはキスはしたことあってもそれ以上はまだ無い、というのも付き合う時に春田が卒業するまでは何もしないと約束したからだ。 だけど『やっぱ男無理だわ』と去って行った男達のように、春田もそう思ったら？ 「は、春田…？」 「ごめんっ！」 あぁ、やっぱり… 「大丈夫だよ、別に今まで通りプラトニックでも」 「へ？」 「え？」 ん？何か話しが噛み合わない。 「えっと…やっぱ、男が無理になったんじゃないの？」 「へ？そんなわけないじゃん！てかむしろ、襲いそうになったからごめんって言ったの！」 「「…………」」 お互い顔を見合わせて無言になる。俺が考えていた事が単なる勘違いだと分かると一気に羞恥心が込み上げてきた。 「あ……ごめん…」 「いや、俺の方こそ…ほら一応約束したし？俺が卒業するまで何もしないって。」 先ほどの雄を孕んだ瞳…食べられるかと思った。だけど、ちゃんと俺との約束を守るその姿に無性に愛しさがこみ上げてくる。 自分も男だ、そういう欲が無いと言うと嘘になる…むしろ春田の意外と男らしいその手で、その身体で、全身で、愛して欲しかった。 早く卒業したらいいのに… 「春田…」 「あー！早く卒業してぇー！」 俺と同じ事を思ってくれてるんだと思うと嬉しくなる。目の前の愛しい恋人の頬に手を添えると額に優しく口付けた。 「卒業するまで待ってるから」 「っ！〜っ卒業したら覚悟しろよ！」 普段の優しい君も、バスケをしてるカッコいい君も、ふとした瞬間に男になる君も、目の前で耳まで真っ赤にしながら強がる君も…全部全部愛してる。 「牧ちゃん、お茶漬けおかわり！」 再び目の前のお茶漬けを頬張るように食べ始めると空になった茶碗を俺に差し出す。 「大盛り！」 「はいはい」 茶碗を受け取りキッチンでお茶漬けを作りながらちらっと愛しい恋人を見る。眠そうに目を擦りながらも俺と目が合うと幸せそうに微笑む姿に願わずにはいられなかった。 あぁ、どうかこの幸せが永遠に続きますように…と。 名も無い神に祈る永遠 誰か嘘でいいから… 叶えてあげると言って下さい to be continued

シリーズの続きとなります。<br /><br />いつもご覧頂きありがとうございます。

お茶漬けは青春の味

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10017334#1

「なあ、美兎ちゃん。なんか面白い事ない？」 　しとしとと雨に打たれる線路を見つめていると、退屈に堪えかねた楓ちゃんが突然そんな事を言い出してきた。 「急に難しい事を言いますね。私は芸人さんじゃないんですよ」 　ほんまかい、と笑われながら、イベント会場に向かう電車をふたりで待っていた、ある日のことだった。 「うーん……。あ、いいのがありますよ。楓ちゃん、"ピザ"って１０回言ってみてください」 「……なんやそれ。まあ、ええけど」 　明らかに納得がいかないような顔をこちらに向けながらも、楓ちゃんは"ピザ"と１０回言った。 　「じゃあ、ここは？」と腕を曲げて指差すと、「ひじ」とまるでそれ以外に答えがあるのかとでも言いたげな声が返ってきた。　 　まだ電車が到着するアナウンスすら流れていないのに、"いいの"と自信満々に提供した話題はわずか１分も経たずに終わってしまった。 　しばらくの沈黙の後、「それで終わり？」と、また退屈そうな顔をこちらに向けてくる楓ちゃん。 　話を振ってきたのは楓ちゃんの方なのに、酷い言い草だ。 　それでもそんな風に言われると、なんか負けたみたいになって悔しくなる。 　でも大丈夫。ここからが本番だ。 「そんなことないですよ。えっと、じゃあ次は"すき"って１０回言ってみてください」 「な、なに言ってんの、美兎ちゃん。そんなんここで言えるわけないやろ」 「あれ？　"ここで"ってことは、ここじゃなかったら言ってくれるってことですか？」 　揚げ足を取るように私は言葉を重ねていく。楓ちゃんにとってはどうかはわからないけれど、少なくともこれは私にとっては"面白い事"だった。 「……そんなん、ふたりのときだったらいくらでも言うてあげるよ」 「え……それって……」 「あーあー、今のなし！　ほら、もうすぐ電車来るで」 　せっかく面白くなってきたとこだったのに、それを邪魔するように間の悪いアナウンスが鳴ってしまう。 「あ、ずるい。ごまかしましたね」 「ちゃーうーし。そんなこと言ったら、美兎ちゃんは何でそれを言わせたかったん？」 「え、私が聞きたかっただけですけど？」 　それに続けて、「まあ、あとでじっくり聞けることがわかったんで大丈夫ですよ」と言う頃には、楓ちゃんの耳はまるで紅葉のように真っ赤に染まっていた。 　何を競っていたのかはわからないけれど、ふふん、私の勝ちですね、と心の中で祝杯をあげていると、目の前で電車のドアがゆっくりと開いていく。 　ちょうど時間通り。何はともあれ、これで試合終了、ゲームセットだ。 「ほら、乗りましょう。楓ちゃ……」 「好きやで」 　余裕をかましていた私に、突然不意打ちが襲ってきた。電車に乗り込むギリギリで、そっと耳元で囁かれたのだ。 　突然の事に呆然としていると、楓ちゃんが私の手を引いて電車の中に連れ込んでくれた。 　そしてドアが閉まる直前に、楓ちゃんはとどめとばかりに「残りは、あとでな」とまた囁いてきた。 　ゆっくりと電車が動き出す。 　まさかの反撃がきてしまった。でもまあ、そう言った本人の耳もまだ赤いみたいだから、今日のところは引き分けかな、と熱くなった耳を押さえる。 　――どうせなら、１００回って言っとけばよかったな。 　なんて、遠くに見えるスカイツリーを見つめながら、ちょっとだけ後悔した。

2018/08/20のpixivのお題「ひざ」になります。<br />思ったより文字数が増えてしまったのでtwitterじゃなくてこっちに掲載しました。

あと、９回しかないから。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10017647#1

「お前は子供好きなイメージで保母さんとか、そう言うのになるんだと思ってたけどな」 「いや、アタシは単に身内びいきってだけで、 別に子供好きって訳じゃないからさ。 仕事にするとなると、ああ言うのは色々大変でしょ」 「まぁな。 いや、でも特技を活かすって意味では、 これも結構良かったのかもな」 「どうかな? まだ起ち上がったばっかりでアタシには全然どうなんのか見当もつかないけど、 そこは取り敢えず敏腕プロデューサーにお任せって事で… さ、着いたよ」 【秘密結社 海老木崎シンジケート】 おい、全然『秘密』になってないだろ… レトロな雑居ビルの一室に掲げられたネームプレートに、 思わず苦笑いしてツッコミつつも、 なかなか捻りの効いたネーミングセンスも、 きちんとデザインされたそのロゴも、 ちゃんとやってるんだなぁと感心した。 事務所兼工房と言う事になっているらしいが… 中はまだ整理整頓も追いつかず、 ダンボールがあちこちに散らかっている。 「うす、2人とも久し振りだな」 「いや〜ゴメンね〜散らかってて、 久し振りだね〜、ヒキタニ君、 元気にしてたかな?」 「ようこそ我が城へ、歓迎するぞ、八幡‼︎」 川崎に連れられて来たのは他でもない、 あの体育祭の時のチームが、 そのまま起業した、生まれたばかりの会社の新オフィスと言う事になる。 どう言う経緯でこのチームが再結成したのかは知らないが、 海老名さんが個人事業から、改めて株式会社へと起ち上げた以上、 彼女が中心となって、昔の仲間を辿って掻き集めたと言う形なのだろう。 最初に話を聞いた時は、 廃れる気配の無いオタク産業に切り込んで、 てっきり自分達で同人誌みたいなものを作って、 ついでにコスプレ的なものも物販するような感じだと思っていたが、 実際には逆転の発想で、 『ストーリーのあるアパレル・ブランド』と言うイメージで考えているらしい。 なるほど、それは意外と斬新なアイデアなのかもしれない。 とは言え、大手相手では資本的に太刀打ち出来ないから、 先ずはオタク市場向けのニッチなニーズを狙って、 なるべく小規模でフットワークの軽い体制で、 かつファンを確り取り込めるようなコンセプチュアルな商品展開で、 ブランドイメージを確立して行こうと考えているようだった。 俺自身はアパレル関連などは全く詳しくないので、 単に俺が知らないだけかもしれないが、 概要を聞いただけでも、その発想はまだブルーオーシャン市場の様に思えたし、 相当勉強したのだろうか、 事業計画書も初めてとは思えない程、綿密に作り込まれていて、 会社のビジョンや、マーケティング、収支計画など、 勿論、その通り上手く行く事ばかりではないだろうが、 これだけ明確に落とし込む力量があるなら、 問題が起きても、その都度、乗り越えて行けるだろうと言う手応えも感じられた。 海老名さんのプロデュース能力にしろ、 材木座とのタッグにしろ、 高校生の頃こそ、予算を含めて色々な制約がある中でも、 確かに潜在的な可能性は秘めていたように思う。 それに川崎のスキルも信頼出来るものだ。 要件としては、制作の自由度を失わない為に、 製造ラインを外注したくない。 全て自社内で完結したいと言う事で、 かと言って実製作が川崎1人では限界がある為、 小規模ながらも、ある程度の設備投資と、 人材の確保が必要と言う事で、 出資をお願いしたいと言う事だった。 上場企業ではなく、株式も非公開な為、 市場で取引する事は出来ないが、 要するに株を買ってくれと言う事だ。 色々検討した結果、 俺自身は特に断る理由は無かった。 差し当たって、特に問題点は見当たらなかったし、 昔の仲間を応援したいと言う気持ちもある。 このチームが生み出すプロダクトの成功を見てみたいと言う気持ちもだ。 この三人が共有して起ち上げた夢に、 自分も一枚噛んでみたいと言う想いはあった。 「ただな、 一応、うちも大企業なんでな、 会社で〜と言う事になると色々と面倒なんだよ… で、家内とも相談して、 今回は取り敢えず俺ら個人で〜と言う事になったんだが、 それでも構わないか?」 「うん、それでも全然ありがたいよ。 雪ノ下さんは… あ、もう雪ノ下さんじゃないのか。 奥さんは元気?」 「まぁな。 アイツも感心してたわ」 この話を雪乃と相談した時も、 「私はその…オタク市場みたいなものが詳しくないから解らないのだけれど、 事業計画書を見る限りはよく出来ていると思うし、 この規模なら失敗しても大きな損失にはならないでしょうから、 彼女達の可能性に賭けてみても構わないと思うの。 後は貴方に任せるわ」 辛口の彼女にしては、充分に絶賛してるレベルだと思う。 「アタシはまぁ、この二人の企画ありきでしか動けないから、 二人を信じて、任された事はキッチリやるってだけなんだけどね。 でも、あの頃と違って、 大人になってから、 夢があって、夢を共有するチームがあって、 信頼して任される仕事があってってのは、 悪くないなって思ってる」 「そうだろうな。 俺もなんか、クサイ言い方だが、 実際ここに案内して貰って、 お前らの話聞いて、お前らの姿見て、 なんかお前らが眩しく見えるわ。 俺らの方こそ、お前らの夢に参加させて貰ってありがとなって気分だから、 ま、大変な事も多々あるだろうけど、 是非頑張って成功させてくれよ。 応援してるからな」 「ありがとね、ヒキタニ君」 「お主の恩は一生忘れず、精進するからな。八幡!」 「ホント、ありがと、比企谷。 なんか私達の事、応援してくれる人が居て、 益々やる気が出てきたよ」 俺と家内は高校の頃、奉仕部として、 一応は人の役に立つと言う部活だった。 勿論、今回は奉仕ではなく、 金銭が発生しているものだが、 それでも、投資と言う形でコイツらの力になると言う事、 コイツらの夢を応援すると言う事に、 何となく遅れてきた青春のようなものを感じている。 当面は社名がそのままブランドネームとなるらしい、 【秘密結社 海老木崎シンジケート】 いつかそのブランドロゴを、 商品として、世間で目にする事を、 俺も夢見てるよ。 改めて、古びたドアに貼られた真新しいネームプレートを立ち止まって眺めてから、 俺はオフィスを後にして、 何となく俺まで希望に満ちた清々しい気分を胸いっぱいにして、 雪乃の待つ家路についた。 了

今回は、ちょっとまた毛色の違うものを用意してみました。<br /><br />以下、俺ガイルSS全シリーズ、リンク一覧。<br /><br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9795973">novel/9795973</a></strong>

【短編】エビモクザキ・シンジケート

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　２学期が始まってすぐに文化祭実行委員を決める事になる。 　俺は城廻先輩に め「私の最後の文化祭だから良い文化祭にしたいんだ。力を貸してくれないかな？」 　と頼まれる。 　考えた結果、実行委員をやらないとあの劇を葉山とやらされる事になると思ったのもあり、実行委員をやる事にした。 　まああの時の雪ノ下さんはあくまでも、雪ノ下雪乃を挑発してどう行動するかを見ていた感じだったので、この世界では多分やる事は無いだろうし、いっその事相模があんな提案を出来無いように動いてしまえば良い。 　そして案の定立候補は俺だけだったので男子はすぐに決まったが、女子の方はなかなか決まらない。 　できれば由比ヶ浜と相模以外がいいなと思って居たが、くじ引きの結果相模となった。 　その日に早速集まりがあるとの事なので、会議室へと向かう。 　適当な席に着いて待っていると、比企谷がやってきて隣に座った。 雪「雪ノ下君も実行委員なのね。よろしくね」 八「ああ、こちらこそよろしくな」 　それからドンドン集まってきて、最後に生徒会の人達が入ってくる。 め「生徒会長の城廻めぐりです。まずは各役職を決めていただきます。まずは２年生の誰かに実行委員長をやってもらいたいんですけど、どなたか居ませんか？」 　と言うが、誰も手を上げない。 め「雪ノ下君どうかな？」 　このままだと相模がやってまた同じ事になりそうだったのと、城廻先輩からのお願いもあったので、俺は実行委員長をやる事を決める。 八「分かりました。俺で良ければやらせていただきます」 め「うん！ありがとう。それじゃあここからは雪ノ下君が進行してください」 　そして各役職を決めて行く。 　その後、俺は姉さんがやった時は皆で協力し合ったと聞いていたし、前世でも『私の時もクラスの方も皆頑張った』と言っていた。 　相模はあの時余裕を持たせるペースで進んでいたのもあったからかもしれないが、クラスの方を優先しても余裕があると勘違いしたのか、『クラスを優先する』と言った。 　その結果があの小人数しか来なくなった実行委員の状況を作り、真面目に来ていた人達が何倍も仕事する事になり、雪ノ下雪乃も過労で倒れる結果になった。 　本来であればクラスにも参加させるにしても、ペースを考えてしっかりとしたローテーションを組むなどして、しっかりと予定を立てる等するべきだったのだ。 　まあそれはさておき、今大事なのは今回どうするかだ。 　俺のクラスでもあれだけ立候補がいなかったんだ。ここに居る実行委員はほとんど自分から立候補したわけじゃなく、クジなどで決められた人がほとんどだろう。 　それにクラスの準備をするにしても、手順の関係上しばらくはやる事が無い人もいるだろうし、実行委員の友達の中には一緒にやれなくて残念だと思っている人もいると思う。 　だったら今回はそれを利用し、前世とは逆の状態を作りだす。　 八「皆もクラスにも参加したいと思って居ると思います。それでお願いなのですが、出来ればクラスで手の空いてる人や余裕のある人に実行委員の手伝いをしてくれるように頼んでみてください」 「どういう事ですか？」 八「出来るだけ多くの人の力を借りて、早い内にこちらの仕事をあらかた終わらせてしまいたいのです。後で問題が出ても他が終わっていれば一日もしくは小人数でも対応できるでしょう。そうすれば皆さんもクラスの出し物も楽しむ余裕が出来ると思いますので」 「なるほど、分かりました」 　と、伝えた。 　そして皆からの了解も貰えてあとは結果を待つだけとなった。 [newpage] 　翌日。 　朝のＨＲの時間に自分のクラスでも、手の空いてる人が居れば手伝って欲しい事を理由も伝えてお願いする。 　そしてクラスの出し物を決める時間が合ったのだが、このクラスでは前世と同じく海老名さん主体の演劇をするようだ。 　そしてやっぱり『ぼく』の所に名前を書かれるのだが、 八「実行委員長になったし、当日動かないといけない事も多くなるかもしれないから他の人にしてくれ」 　というと、前世と同じく主役は葉山と戸塚がやる事になった。 　そして会議室に行くと予想以上の人が集まってくれた。 　どうやら『せっかくの文化祭だから実行委員になってしまった友達とも楽しみたいから』や 　ほとんどの実行委員が立候補ではなく抽選や推薦で決まってしまったので、『手伝う事でクラスの事も楽しんで貰えるなら』 　と言った理由が大きいらしい。 　集まった人達をクラス毎に大体同じぐらいの人数になる様にして、各役職の手伝いをして貰う。 　３倍近い人数になった結果、ものすごいスピードで仕事が終わって行く。 　その分確認してハンコを押さないといけない俺の元に来る書類も多くなるが、家に持ち帰ったり、昼休みにも確認をして行く事でどうにかペースに追いつけていけている。 　二年前、姉さんは家で忙しそうにはしていなかったが、やっぱりその辺りの能力が俺よりも優秀だという事なのかもしれない。 　そんな姉さんの義弟であり婚約者であることは、俺にとって誰にも言う事はしないが密かな自慢だと思っている。 　家でも書類を捌いていると、姉さんは『無理しないでね』と飲み物の差し入れやマッサージをしてくれた。 　作業中にも有志団体の参加登録をしに来たと行って様子を見に来てくれた。 陽「あ、八幡。有志としてバンドやろうかと思ってね」 八「そうですか、姉さんが出てくれるなら盛り上がるだろうから助かるよ」 め「雪ノ下君もそう思うよね！」 八「はい、二年前も凄い盛り上がってましたしね」 陽「ふふっ、ありがとう。お姉ちゃん頑張るからね。八幡も頑張るのは良いけど無理しない様にね」 　そう言って優しく抱きしめてくれた。 　そして、実行委員の作業開始から約十日後。 　予定の３分の１の日程で今やる必要のある仕事は全部片付ける事ができた。 八「皆さんのおかげで今やれる全ての仕事を終わらせる事ができました。明日からは実行委員の皆さんもクラスの方に参加してください。もし何かありましたらＨＲ等で教師の方から伝えてもらいますので、その時にまた集まってください。それでは皆さん今までお疲れ様でした。それと手伝ってくださった皆さんありがとうございました」 　挨拶が終わると皆から拍手されて、みんなは笑顔で解散して行った。　 　椅子に座り一息つくと、 め「さすが陽さんの弟君だね。雪ノ下君のおかげで良い文化祭になりそうだよ」 八「そうですか？それは良かったです」 め「本当にありがとうね」 　と、城廻先輩と軽く話した後家に帰る。 　大体の仕事が終わった事を伝えると、姉さんにお疲れ様と抱きしめられた。 [newpage] 　そして翌日。 　風邪を引きました…。 　毎日のように家に帰っても休み時間も仕事を進めていて、溜まった疲労が終わった事の安心感で一気に出てきたのでは無いか、との事だった。 　それなので今日は一日ゆっくりと過ごす事にする。 　姉さんは今日大事な講義があると言っていたのに、 陽「八幡の看病する」 　と、言ってくれた。 　まあさすがにそれだけで大事な講義を休んで貰うわけにも行かず、俺からお願いして講義に行って貰う。 　すると渋々大学へ行ってくれた。 　両親と都築さんも心配しながらも仕事に行ったので、ゆっくりと寝る事にする。 　目を覚ますと身体も大分楽になっていて、熱を測ると熱も大分下がって居た。 　時間を見るともうお昼になる時間だったので、飲み物と軽く何か食べる為に台所に行く。 　すると姉さんがおかゆを作って居た。 八「姉さん？」 陽「あ、八幡。体は大丈夫？」 八「ああ、熱もだいぶ下がったし、身体もかなり楽になったよ」 陽「良かった。今おかゆを作ってるけど食べられそう？」 八「ああ、お腹空いて来てるから何か食べようと思ってたしな」 陽「そっか、出来たら持って行くからお布団で待ってて」 八「分かった。ありがとう」 　お言葉に甘えて飲み物を飲んでベッドに戻らせて貰う。 　ベッドでしばらくゆっくりしていると姉さんがおかゆを持って来てくれた。 陽「おかゆ出来たよ」 八「ありがとう」 　身体を起こして食べる準備をする。 　すると姉さんはベッドの横に椅子を持って来て座り、おかゆをレンゲに取ってフゥー、フゥーと冷まし、 陽「はい、あーん」 　とレンゲを近づけてきたのでそれを食べる。 陽「美味しい？」 八「ああ、凄く美味しいよ」 陽「良かった」 　ニコッと仮面の無い自然な笑顔で微笑んでくれて、その笑顔に見惚れた。 　その後もあーんをしてくれて、全てのおかゆを食べ終わる。 　姉さんが片付けと自分のお昼を食べに台所に行くと、また眠くなってきたので寝る事にした。 　目を覚ますと、ベッドの横に座った姉さんがベッドに頭を乗せて寝て居た。 　ずっと看病していてくれたのだろう。 　起こさないようにそっと動きベッドに座り熱を測る。 　すると熱は完全に下がって居た。 　時間を確認すると５時半で、これからどうしようかと思って居るとドアがノックされる。 　返事を返すと、母さんが入ってきた。 　 雪母「あら、八幡は目を覚ましたのね。大丈夫かしら」 八「ああ、熱ももう下がってた。心配かけてごめん」 雪母「母親が息子の心配をするのは当たり前ですから」 八「はい、それと今日は随分早いんだね」 雪母「ええ、私も心配だったから早く帰ってきたのよ。そろそろ鍋焼きうどんが出来るけど食べられそうかしら？」 八「大丈夫です」 雪母「そう、では陽乃も起こして来てくださいね」 八「はい」 　母さんが出て行ったので、姉さんの頭を撫でながら起こす。 八「姉さん起きて」 　するとゆっくりと姉さんが目を開けた。 陽「ん、んー、あ、八幡大丈夫？」 八「ああ、大丈夫だ。看病しててくれたんだろ？ありがとうな」 陽「気にしないで私がしたかっただけだから」 八「そうか、母さんが御飯が出来るから起きて来てって」 陽「そう、じゃあ行こうか」 八「ああ」 　そして一緒に御飯を食べに向かった。 　こういう時、本当に大事にされていると再確認する。 　前世では熱を出しても両親は全然気にしたりしていなかったからな…。 [newpage] 　翌日、熱も下がったので学校に行く。 　余裕が出来たのでクラスで小道具の手伝い等をした。 　そして数日後。 　どうやらスローガンが何かしらのパクリのように取られる可能性がある。と言う事で考え直す必要ができたので実行委員の人達に集まって貰った。 　まあ皆が一つづつ案を出して行った結果。 　相模の　 　『絆～ともに助け合う文化祭～』 　に決まった。 　前世では失笑物のスローガンとなっていて、真面目に実行委員に参加して居た人達からは、なんとも言えないといった雰囲気になって居たが、今回では満場一致でこれに決まった。 　相模は皆からスローガンを褒められて照れくさそうにしながらも嬉しそうだった。 　これならエンディングセレモニーでも問題を起こす事は無いだろう。 　そしてその後は特に問題も無く、文化祭当日となった。 [newpage] 　文化祭一日目 　今日は校内でだけの文化祭になる。 　クラスの方では受付をしばらくやって、後の時間は、問題があった時にだけ対応するように巡回を兼ねて文化祭を楽しんだ。 　文化祭二日目 　今日は校外からも人が来る。 　その分問題も起きる可能性もあるので、クラスには悪いが、今日は仕事を入れ無いようにして貰い、何かあったら動けるようにした。 　適当に校内を回っていると、後ろから抱きしめられた。 　まあこんな事をしてくる人は１人だけだ。 八「姉さん、来てたんだな」 陽「うん、八幡は巡回かな？」 八「ああ、一応実行委員長だからな。今日は校外から来てる人も多いし、その分問題が起こる可能性もあると思うから」 陽「うんうん、偉い偉い」 　と、抱きしめたまま頭を撫でてきた。 　すると周りからの視線が凄い…。 　まあ姉さんとデートしたりすると毎回人の視線が集まってるからな…。 　その後は結局姉さんと一緒に文化祭を回る事になった。 　まあ姉さんなら何かあった時にも心強いし助かる。 　しばらく回っていると、 小「あ、八幡お義兄ちゃん」 　と、小町がやってきた。 八「比企谷妹か」 小「もう、小町で良いのに」 八「…姉の所にはもう行ったのか？」 小「ううん、まだだよ。これから行く所」 八「そうか、まあ楽しんで行ってくれ」 小「うん、じゃあお姉ちゃんの所に行くから、またね」 　と、去って行った。 　それからしばらく回っていると今度は、 留「陽乃、八幡」 八「留美か」 陽「やっほー、留美ちゃん」 八「…１人なのか？」 留「ううん、あそこに友達が居るよ。二人を見かけたから挨拶に来ただけだから」 　留美の指す方を見ると、こちらを見ている女の子が三人居て、こちらにお辞儀していた。 　お辞儀し返して、留美の方を向く。 八「本当にちゃんと友達に戻れたんだな良かったよ」 留「うん、二人のおかげ、ありがとう」 八「まあ友達を待たせても悪いしな。楽しんで行ってくれよ」 留「うん、またね」 　そういうと留美はパタパタと友達の所に行き、四人で楽しそうに話しながら歩いて行った。 八「良かった」 陽「そうだね、あれなら大丈夫そうかな」 　本当に良かった。 　ただ前世でもこうなって居たらよかったんだけどな…。 　前世での留美はあれから結局どうだったのだろうか…。 　そんな事を考えてしまう。 陽「どうしたの？」 八「いや、ちょっとな」 　さすがに前世の事を話す訳にも行かないからな…。 　そして今度は、 め「あ、雪ノ下君と陽さんだ～」 　と、城廻先輩に出会った。 八「どうも」 陽「やっほーめぐり」 め「どうも、二人は一緒に回ってるんですか？」 陽「うん、デート中だよ」 め「あはは、それは羨ましいですね」 　その後しばらく話をした後に城廻先輩と別れた。 　しばらく一緒に回った後、姉さんが有志としてバンドをやるので体育館に向かう。 　姉さんのバンドはさすがとしか言えない出来だった。 　姉さんのバンドが終わった後、有志団体の集計結果を纏める為に会議室に移動する。 　学校内の有志達が出し物をやっている内に纏めて結果を出さないといけないからだ。 　集計結果を纏め終わると、姉さんのバンドが優勝と言う結果につい頬が緩んでしまった。 　本当、前世でも今世でも凄い人だ。 　そんな人に前世でも好きだと言われ、今世では婚約者にもなれた。 　本当に自分の事ながら凄いと思うし、幸せ者だと思う。 　できれば前世でも、雪ノ下さんの告白にせめて答えだけでもちゃんと返したかったが…。 　 　集計結果を持って体育館に行き、エンディングセレモニーも終わり、無事文化祭を終える事が出来た。 　その後、片付けを終えて、家に帰る。 　後夜祭も出ないかと言われたが、元々友達と言える人もほとんど居ないのだし、葉山達は参加しているだろうと思ったのでやめておく事にした。 　家に帰ると姉さんに抱きしめられて頭を撫でられ、文化祭の出来を褒められた。 　そして家族皆で食事を取った後、姉さんの部屋に誘われる。 陽「二人だけで後夜祭をやりましょう」 　姉さんはそう言うと、パソコンを弄り曲を流しだす。 　そしてその曲に合わせて二人で踊る。 　曲も終わり踊り終わると、姉さんと見つめ合いキスをした。 [newpage] あとがき 　こうして文化祭が終わりました。 　城廻先輩と知り合いだったこと、陽乃のやり方を知っていた事、家の手伝いをしている事等で完璧に原作と展開が変わりました。 　そういえば原作では途中から葉山が実行委員の手伝いをしていますが、考えたら劇の主役で有志のバンドもやるのに良くあれだけ毎日のように手伝えたなって思いました。 　そして八幡の前世での心残りは、最後の陽乃の思いに答えられず、目の前で死んでしまい泣かせてしまったことです。 　泣いた顔は意識が朦朧として見たわけではありませんが、悲痛な叫びをあげて告白してくれた事だけはハッキリと耳に残って居ます。 　ちなみに夏祭りですが、陽乃と挨拶周りするとしか思え無かったのでカットしました。

文化祭

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10018250#1

「前」の生で奥村燐は理解した事が一つだけあった。 それは悪魔と人間は相いれないということだった 奥村燐がそんな事をいうわけはない！と仲間たちならばいうだろう だが、奥村燐は仲間達の死後、それを体で理解するはめになったのだ どれだけ「親愛」を持って接しても、どれだけ「友愛」を持って愛しても、悪魔達は最後は「執着」や「嫉妬」になり、破滅を招く けれどそれが彼らの愛情表現なのだと分かった時に、奥村燐は思った、心底思った ───絶対関わりたくねえ！、と 願わくば（もし、生まれ変わりなんてものがあるとしたら）こんな祓魔師としての人生など今生だけでありますように！ そう思っていたのに・・・そう思っていたのに・・・ と、燐は天を仰いだ （いつの間に魔障なんて受けてんだよ・・雪男・・・） ふよふよと空気中を漂っているであろうコールタールにおびえているであろう弟を見て燐はひどく落胆した。 勿論、魔障を受けていない燐には見えないが、雪男の反応を見ればなんとなくであるが雪男に何が見えているかわかる。 燐は溜息が漏れるのを抑えられなかった 平凡な人生には「祓魔師」なんてスリルは必要ないのだ そう思って、いたのに！ むしろ燐は平凡な人生のためならば、南十字男子修道院で育てられないかもしれないなどという岐路すら「仕方ないな」とまで覚悟していたのに。 獅郎が「こいつらを俺が育てる」と宣言した時になんかいやな予感はしたのだ。 いくら普通の人間として獅郎が育ててくれる予定であっても、聖騎士の獅郎のそばで生活するということはそれだけ祓魔師という仕事の傍にいるということになる。実際修道院でも長友などは反対していた 「普通の施設で育てる方がこの子たちのためだ。」と 燐はその意見に思わず心の中で拍手してしまったほどだ 「長友さんわかっている！」と、常識人はどこにでもいるものだ。 修道院の者たちに諭され一度は諦めかけた獅郎の背中を押したのはよりにもよって白い道化師だった。 「獅郎・・・確かにこの子達はまだ人間です。けれど、覚醒しないとは限らない」 「貴方が普通の人間として育ててやればいいのです」 そんな言葉でメフィストは獅郎を誘惑し、丸めこんだのだ 「親父！なにやってんだー！」と燐が心の中で叫んだのもむなしく あれよあれよという間に燐はなつかしい南十字男子修道院で育てられることになってしまった。 最初はがっくりきたものの、よく考えれば悪いこともない。 懐かしい養父との生活は燐にとって泣きたくなるほど切なく、そして嬉しいものだった 「前」には気付かなかった養父の行動や、修道士たちの言動に、燐はどれだけ自分が守られていたのかを知ったりもした 燐と雪男を寝かしつけ、任務へでてゆく父親の姿を燐は複雑な気持ちで見つめていた （・・・前も、こうやって俺を育てていたのか・・・） そんな気持ちを持ちながら、そして養父の憂う視線を感じながらも、燐と雪男は普通の人間として育った （たしかに、親父は聖騎士として立派だ。 　祓魔師になれば親父を助けることになるだろうが・・・ 　やっぱり、平凡に生きたい。） 燐は何より平和を渇望していた ところが、だ。 事態は冒頭に戻る 気が付いたら弟は魔障を受けていた。 燐の計画が狂ってゆく音がする 魔障を受けた人間は二度とまっとうな道には戻れない 普通に生活していても見える大量の悪魔、そして悪魔だって自分たちが見える人間を狙う そんな人間が普通の生活など送れるわけがない 見えないもの達には幻覚を見ているのだと狂人扱いされ、 悪魔には狙われて、そうやってみな苦渋の決断の末に祓魔師にならざるを得ない人間だっているのだ。 残念ながら雪男はもう祓魔師しか道がないだろう 燐の計画では、雪男は医者に、燐は料理人になって平和な一生を全うする予定だったのだ。 なのに、なんという強制修正 思わず歴史の修正作用か？と疑ってしまったが よく考えれば、あっちとこっちは別物の世界のはずなのだ ということは、裏で変に画策をしているものがいるということだ （そんなの一人しかいねーよ！） メフィストに決まっている あの悪魔はもう1度燐を茨の道に引きずり込みたいのだ 将を得るにはまずは馬、とばかりに雪男を祓魔師の道に引きずり込んだ おそらくこのままでは、燐もいずれは覚醒させるために色々な罠をしかけてくるだろう そして甘言で燐を誘うだろう 「・・・あいつは弱った心につけ込むのがうまいからなぁ・・・」 しみじみと燐は思い出していた 思い起こせば、気が弱くなればいつだってメフィストが居た 迷えばそっと背中を押し、泣けばそっと傍に居てくれた なんて言えば響きはいいが、いま思えば、 迷わせて誘導し、泣かせて弱ったところを自分で慰めるような男だった 「そんなのに引っかかった俺の馬鹿・・・」 「前」の自分はメフィストの罠にあっさり引っ掛かり、思い通りになってしまった 流石に今回はそんなわけにはいかない 弟が魔障を受けようが、祓魔師になろうが知った事ではない 「見ていろよ、メフィスト・・・俺は一般人を貫き通すぞ・・・」 燐の目が爛々と光っていた

普通に生きたい逆行燐となんとか前と同じようにしたい逆行メフィのおいかけっこ。前回はブクマ等ありがとうございました。原稿のためしばらくPixivに来てなかったらすごいブクマ数でびびりました。多謝！！

Try again ! （2）

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1001872#1

やっぱりかっちゃん、お酒弱いんだ。 僕がその事実を知ったのは、二十歳を過ぎて、もう半年は経った頃だった。噂というか、人伝にあまり強くないと話を聞いたことはあったけど、かっちゃんと飲む機会なんて滅多に、というか一回もなくて、己の目で確かめられる機会がなかったのだ。 学生時代ほど食ってかかってくるようなことは減ったけど、顔を見るのも嫌だというスタンスを崩すつもりはないみたいで、現場や打ち合わせで顔を合わせれば思い切り顔を歪めて「あーーーー！？」と威嚇してくるのは相変わらずだった。てめえなんか文句あんのか、あんなら面と向かって言えや、そう吠えて距離を詰めてくる。唾のかかるようなその距離にも僕はそれなりに慣れてしまって、かっちゃんはそれがますます気に食わないみたいだった。 そんなかっちゃんと酒を飲む機会がようやくきた。もちろん二人きりじゃなくて、上鳴くんと峰田くんが中心になって企画したクラス会という名目で、テーブルももちろん別々だった。僕とかっちゃんの席が端と端なのは、上鳴くんの配慮なんだろうか。だけど、部屋自体はそこまで広くないから、お互いの顔は見える。お前意外と酒弱いよな、と瀬呂くんに煽られ「弱くねェわ！」と次々グラスを空にするかっちゃんの顔はすぐに赤くなっていった。その隣の切島くんもそう強くはないみたいで、二人して真っ赤な顔でグラスを握っている。げらげらと笑っている瀬呂くんと上鳴くんはそれなりに強いみたいで、同じくらい飲んでいてもまだ顔色は変わらない。 お酒も強そうだと思ってたのにな、色が白いから赤くなりやすいだけかな、そんなことを思いながら、部屋の反対側に視線をちらちら向けていた。眺めることはできても、近付くのは難しい。上鳴くんとも、切島くんとも、瀬呂くんとも、仲が悪いわけではないけれど、今あの場に入れるかと言われると、ちょっと、いやかなり難しい。かっちゃんに嫌われているからそもそも無理、という前提を抜きにしても。 「緑谷、あっち見すぎじゃねえか？」 「あ……ごめん、」 さりげなく見ていたつもりが、がっつり体ごと向けてしまっていたみたいで、正面にいた轟くんに声をかけられた。 「爆豪か？　話してえなら行けばいいんじゃねえのか」 「う、うーん……僕が行ったらかっちゃん絶対嫌がるよ」 「そうかもしれねえが」 そんなことねえよ、とは言ってくれないのが轟くんらしい。そもそも僕とかっちゃんの関係をわかっているこのメンバーで、そんな気休めを言ってくれる人はいないかもしれないけど。 「……轟くんは、いいの、あれ」 端の、かっちゃんたちのテーブルには他の席にいたはずの芦戸さんや葉隠さんも混じって、一番強いのは誰かと飲み比べを始めたようだ。大きな声で騒いで、盛り上がって、クラスメイトじゃなかったら近付きたくない雰囲気だ。 この俺が雑魚共に負けるわけねえだろ、といつもどおり人を煽るような笑みを浮かべるかっちゃんの顔は一目で酔っ払いだとわかるくらい真っ赤で、呂律も回っていない。グラスを煽る動作はやけにのんびりしていて、普段と変わらないのは口の悪さと声の大きさくらいだった。 やっぱ爆豪はすげえな、男らしいぜ、なんて言いながらその肩を組んだ切島くんも、同じようなものだった。酒量を揃えるために同じものを頼んでいるのか、グラスもつまみもテーブルの上はぐちゃぐちゃで、僕が見ていただけでも何回かグラスが入れ替わっていた。それなりに潔癖なところのあるかっちゃんだから、あれは切島くんだからこそ許されているような気がする。 「……正直、あんまり良くねえ」 轟くんとかっちゃんは付き合っている。 本人、轟くんからそれを伝えられたのは雄英を卒業するときだったけど、その前からなんとなくは勘付いていた。険悪、というかかっちゃんが轟くんに突っかかって、轟くんが興味なさげにあしらうだけだった関係は、僕が知らないうちにいつの間にか変わっていた。いつも一緒にいるわけでもないのに、二人でいるときはなんとなく間に入れない雰囲気があって。付き合っているらしいと噂で聞いたときには、ああ、とすんなり納得してしまった。 「行けば？　飲み比べ」 それなりのペースで飲んでいるはずの轟くんの顔色はいつもと変わらない。何度か一緒に飲んだことがあるから、かなり強くて滅多に酔わないことは知っていた。参戦すれば周囲も盛り上がるだろうし、ひとり涼しい顔をしている轟くんを意地でも潰そうとかっちゃんは自分から絡んでくるに違いなかった。 「ああ」 轟くんは決断が早い。立ち上がるとさっさとかっちゃんたちのテーブルに向かってしまった。僕のテーブルに残っているのは酔い潰れた飯田くんと、女子トークに花を咲かせている麗日さんと蛙吹さんで、一人取り残された僕は話し相手がいなくなってしまった。仕方なく、ぬるくなったビールをちびちび飲みながら友人の行方を見守る。 中央のテーブルでは障子くん、砂藤くん、常闇くん、八百万さん、耳郎さんがいたけれど、真面目な話をしているのか、声量がかなり抑えられているので、端のかっちゃんたちの話し声ややりとりは筒抜けだった。 「お、ばくごー彼氏がきたぞ彼氏が！」 「あー？」 二人は、付き合っていることをクラスメイト全員にカミングアウトしている。そういうことだからあとは勝手に判断しろ、無理に受け入れようとはしなくていい、と素っ気なく告げられたときのみんなの反応は「やっぱりそうだったのか」「え、今更？」「結婚はいつすんの？」とあっさりしたもので、ごく自然にその告白を受け入れた。お互いが特別な存在であることは、みんなうすうす勘付いていたから。 「爆豪、楽しいのはわかるけど、酒はその辺にしとかねえか」 ずい、と切島くんとの間に割って入った轟くんがかっちゃんの手からグラスを取って、代わりに水を勧めていたけど、べろべろに酔っぱらったかっちゃんがそれを素直に聞き入れるわけもなかった。うるせえ、まだ飲む、と言いながら切島くんのグラスを奪って豪快に煽る。手元が覚束ないのか、勢いよく飲みすぎて口の端からだらだらとサワーが零れた。 邪魔、と言って轟くんの体を押しのけて、切島くんとの距離を詰めて元に戻して。あーあー、心配した恋人に対してそれはさすがに酷いんじゃ、なんて思っていたら、轟くんは自分の後ろに座らせて、どす、と背中を預けて伸し掛かる。 「ふん、てめえは背もたれにでもなってろ」 「爆豪」 「おら、しゃんとしろ」 言いぐさは酷いが、間違いなく甘えられている。あのかっちゃんに。轟くんも、それほど邪険にされているわけではないとわかるからか、対応に困っているようだった。はあ、とため息を吐きながら空いているグラスにピッチャーからビールを注いで飲もうとして、それもかっちゃんに奪われて。かっちゃんは意地悪をしたつもりなんだろうけど、いちゃついているようにしか見えなかった。 これ素面に戻ったら逆切れするんだろうな、と簡単に想像出来てしまう体勢と状況で、かっちゃんはまだまだ飲むつもりみたいで、次の酒を要求する。轟くんは水を勧めては断られていた。 「見せ付けるねー」 「うっせー、だまれ」 「ねー轟、二人のときいっつもその体勢なの？」 「え、いや、まあ……テレビ見るときなんかは、大体」 「えー爆豪かわいいー！」 「家では甘えたなのー？」 酒が入って、いつも以上に前のめりで絡んでくる女子のテンションに、ほぼ素面の轟くんがついていけてないのがなんだか面白い。ひゅーひゅー、と周囲に煽られてもかっちゃんは怒ることなく、こいつは俺のこと好きだからな、甘えてんじゃねえ、甘やかさせてやってんだよ、なんて言いながら轟くんの頬をつまむ。ぐだぐだに酔っ払って、さらにそこに轟くんが絡むと、頭のねじが数本、いや数十本くらい、どこかへ行ってしまうらしい。 「もー、ラブラブじゃーん！」 「轟も、気になるなら最初っから隣くれば良かったのに」 「それは……さすがに、」 かっちゃんに思い切り寄りかかられているせいで動けない轟くんは、とても複雑そうな顔をしていた。酔っ払った恋人が甘えてくるのはかわいいけど他人に見せるのは複雑、この状況をどうにかしたいけどどうにもできない、そんなところだろうか。いっそ轟くんも酔えたら楽なんだろうけどなあと思ったけど、二人してべろべろに酔っぱらって、こんなところで二人の世界に入られてしまったら対処に困る。なんせ我らがツートップだ、簡単には止められる気がしない。 素面のときには絶対に相手にしてくれないような質問にも答えてくれるかっちゃんに、周囲も楽しくなってきたみたいで。どっちから、だとか、どこがすき、だとか、浮気されたらどうする、だとか、ここぞとばかりに質問を重ねていた。とどろきが押し倒してきた、嫌じゃなかった、顔はすき、個性もすげえ、俺のことすきなんだから浮気なんかできるわけねえ。本人はそのつもりはないんだろうけど、答えはどれも間違いなく惚気で、後ろの轟くんは真顔になったり嬉しそうに笑ったり赤くなったり、忙しそうだった。 かっちゃん、酔っぱらった次の日はどうなるのかなあ、記憶残ってるタイプなのかなあ。残ってたら僕たち全員殺してでも記憶を消しかねないなあ。そんなことを考えていたら、おもむろに轟くんが立ち上がった。どうやらトイレらしいけど、酔ってもいないはずなのに頭を抱えてふらふらと部屋を出て行く。 「なあなあ、ずっと気になってたんだけど、お前らってガチでヤってんの？」 「ああ？」 一応はストッパーの役割をしていた轟くんがいなくなったのを見計らったかのように、すっかり酒の回った上鳴くんや瀬呂くんがかっちゃんに絡む。 「そういうときってやっぱ、轟が突っ込む方？　押し倒されたとか言ってたし」 「いやでも爆豪だぜ？　想像できなくね？」 「んなもん、聞いてどうすんだよてめーら」 「いや、なんとなく……やっぱお前が上だよな？　組み敷かれるイメージねえしな」 「あー？　あいつが俺のこと抱きたくて抱きたくてしょうがねえって言うから、抱かれてやっとるわ！」 「マジかばくごー！」 「男前ー！」 まじでかかっちゃん！ ぶは、とビールを噴き出してしまったが、運が良かったのか悪かったのか、誰も僕のことなんか見ていなかった。乾き始めたおしぼりで口元とテーブルを拭きつつ、轟くんがはやく戻ってくることを願った。幼馴染のことはなんだって知りたい。知りたいけれど、さすがに友人との性事情をこんな形で聞くのは憚られる。しかし残念ながら、轟くんが戻ってくる気配はない。 「なあ、轟のちんこってでけーよな？　ていうかマジで入んの？」 興味津々な様子で聞いたのは上鳴くんで、直球すぎだろと笑ったのは瀬呂くんだった。切島くんはついに酔い潰れたようで、かっちゃんの隣でテーブルに伏せっている。 「あ？」 「昔寮の風呂でみたとき、でけえなと思ったんだよなー」 「わかる！　あんな顔してえげつねえよな」 ちんこ、と小さい子供みたいに繰り返したかっちゃんは、何度かゆっくり瞬きをした後、視線を自分の下腹部のあたりに向ける。え、自分のと比べて考えてんの？なんて思ったけど違った。もっとだめなやつだった。 かっちゃんの、分厚くて格好良いその手は、自分の腹をとんとんと叩いて、その位置を示す。 「ここ、まではいる」 あいつの。 でかいだとか小さいだとか言わせて笑おうと思っていたであろう二人も、その周りではしゃいでいたみんなも、一瞬でぴたりと固まった。あれだけにぎやかだった部屋が、しんと静まり返る。かっちゃんが、おそらく轟くんとの行為を思い出しながら口にした台詞があまりに生々しすぎて、誰も反応ができなかった。 轟くんがこの場にいなくて良かった、と思った。いたら絶対にこんなこと言わせなかっただろうけど。二度目に噴き出してしまったビールの後始末をしつつそんなことを考える。べろべろに酔っぱらったかっちゃんのすることだから、何も考えていないのかもしれないけど、無言で自らの下腹部を撫でる仕草がなんだか意味深で、誰も口を開けない。 場の静寂を破ったのは、ごつ、と何か硬いものがぶつかるような音だった。まさかと音がした方向を見ると、轟くんが壁に頭をぶつけて項垂れている。もしかして、いや間違いなく、聞こえてしまっていたに違いない。 「と、とどろきく……」 「……帰る」 「え」 「おい、爆豪帰るぞ」 「あー？」 場が自分の発言のせいで静まり返っていることなんか気にも留めずに酒を飲んでいたかっちゃんは、また轟くんを背もたれにしようとしていたらしかったけど、腕を掴まれて強引に立たされていた。 「んだよ、まだ」 「ちょっと黙ってろ」 財布から万札を取り出した轟くんは、そわそわと視線を泳がせている上鳴くんにそれを押し付ける。安いコースだから二人で一枚あれば十分なはずだけど、三枚くらいあるように見えた。迷惑料ということだろうか、それとも、動揺していただけか。 まだ飲む、こいつら全員潰すと駄々をこねていたかっちゃんは、最終的に担がれて、何度か尻を叩かれながら帰っていった。その後二人がどうしたのかは、誰も知らない。 今すぐ死ぬか俺に記憶を消されるか選べ、と。答えの見つからない選択肢をかっちゃんから与えられたのは、翌日の夕方のことだった。それが朝でもなく昼でもなく夕方だったということに、いろいろ深読みをしてしまう。クラスメイト全員が参加しているグループへのメッセージだった。みんな同じ考えなのか、既読はひとつふたつみっつと順調に増えていくものの、誰も返事を送らない。ようやくひとつメッセージが増えたと思ったら、それは酔い潰れていた切島くんだった。すぐあとに、飯田くんが続く。 『楽しかったなー！　またやろうぜ！』 『上鳴くん峰田くん、幹事をありがとう。爆豪くん、いきなりどうしたんだ！』 あのときに話を聞いていなかった二人だった。楽しいはずのクラス会で酔い潰れてしまったのは残念かもしれないが、昨日ばかりはその方が良かったかもしれない。 『爆豪、今後は俺がいねえとこでは禁酒。協力頼む』 轟くんがいなかったらあそこまで酷いことにはならなかったんじゃないかなと思わなくもないけど、断る理由もない。了解、賛成、気を付けようね、と元クラスメイト達からも同意のメッセージが続々と届く。幼馴染と友人の生々しい事情を知ってしまって、なんだかもういろいろと居た堪れなくて、協力するね、と一番最後に返事を送った。 ＊ 「爆豪あんな弱かったんだなー」 「あれ、言ったの覚えてんのかな？　動画でも撮っときゃ良かった」 「確かに！」 「でも最後のはマジびっくりした」 「それ！付き合ってんのは知ってたけどさ、あんなん言われるといろいろ想像しちまうよな」 「な」 ＊ おまけ 明日はオフだった。クラス会の終わる時間によっては電車でのんびり帰ろうと思っていたけれど、そんな余裕はなくなってしまった。爆豪のせいで。 「おい、なんで帰んだよ……まだ、」 「いいからさっさと乗れ」 まだあいつら全員潰してねえ、と真っ赤な顔でごねる爆豪をタクシーに押し込んで、続いてその隣に乗った。自宅の住所を告げるとタクシーは音もなく走り出す。 「お前、やっぱり酒弱えよな」 二人きりで飲んだことは何度かあった。すぐに顔を赤くする爆豪はかわいくて、いつもよりもわがままになるのが甘えられているようで俺としては嫌じゃなかった。 「あ？弱くねえ」 「今日もひとりでべろべろになってたじゃねえか」 「なってねー」 「潰されてただろあのままじゃ」 「つぶれねーし、クソ髪はつぶした！」 「切島も弱えんだな……」 「あー？」 なにいっとんだ、と不満げな顔が近付いてくる。唇が触れてしまいそうな距離に、無言でその体を押して距離を離した。いつも人前で触るなくっつくなとうるさいのは爆豪の方なのに、酔っているとそんなことはどうでもよくなるらしい。距離を取られたことが不服だったらしい爆豪はちいさく舌打ちをしたあとにぶつぶつ文句を言っていたが、その手を握ってやると大人しくなった。 酔って、そのままつぶれて寝てくれれば楽なのに、爆豪はそうじゃない。顔を真っ赤にして、ぐだぐだと理不尽に絡んでくるくせに、なかなか潰れはしないのだ。 「あと少しで着くから」 「ん」 付き合っていることを本気で隠しているわけではないが、まだ正式に公表もしていない。こんなところで手を出すわけにはいかないので、その口を塞いでやりたいのを必死に我慢した。 「ねみー……」 「ほら、水」 「もーいらねえ」 「だめだ、もう少し飲め。酔い醒めたらシャワー浴びるだろ？」 「ん……」 爆豪は潔癖症なところがあって、一度外に出たら絶対にシャワーを浴びないとベッドに入らない。どんなに疲れて帰ってきても、べろべろに酔っていても、そのまま寝るのは抵抗があると言って嫌がる。どうしてもシャワーを浴びられないときには、ある程回復するまでソファーで横になっていた。 俺の言葉に従い大人しくソファーに座った爆豪は、ぼんやりと宙を見つめている。なんとなく、その腹に視線をやってしまった。 『ここ、まではいる』 思い返すだけで、かあっと頭に血が上る。 自分の話をしている、と部屋に入るのを躊躇してしまったのが悪かった。酔っ払いしかいない場で、下ネタなんてどんどんエスカレートするに決まっている。どっちが上だとか下だとか、ちんこが小さいとか大きいとか、そんなくだらない話をしているうちはまだ良かったけど。 セックスをしているときみたいに赤く染まった顔で、気持ち良さにとろとろに溶けたときみたいな舌っ足らずな口調で、「ここまではいる」なんて。生々しい、というより、セックスの最中の爆豪を想起させるような発言は、やめて欲しかった。あれは自分だけのものだ。 コップを握ったままうとうとしている爆豪の隣に座ると、甘えるように体を預けてくる。腰に腕を回しても、すこし汗ばんだ肌に口付けても、いつもみたいに文句は言われなかった。むしろ、もっと、というように擦り寄ってくる。手にもったコップはいつ落ちてしまうかわからなかったので、そっと取り上げてテーブルに置いた。 「今日みてえなの、だめだからな」 「あー？」 下腹部、爆豪が飲み会で撫でていたあたりに手を置く。爆豪はその手を上から握って、けらけら楽しそうに笑った。 「しょーじき、わかんねえけどな」 「ん？」 「どこまで入ってるか、とか。てめえがねちっこく触るから、入れられるときにはもう、感覚おかしくなってる」 「おい……」 「ぶっとい、えげつねえもんつっこまれてんな、とか、それくらいしかわかんね。でも、すげえでけえし、くるしいし、このへんまできてる感じする……」 酔っ払った爆豪には、なるべく手を出さないようにしている。べろべろに酔っても記憶は残ってしまう爆豪は、「なんであんな俺に手ぇだすんだよ！」と次の日そんな理由で怒るのだ。とどろき、とどろき、とかわいく甘えてくる爆豪が悪いのに。 「おい」 「ん？」 「明日は謝らねえからな」 セックスをするなら動きやすいのはベッドだが、そこだけは爆豪の意思を尊重してやろうと思う。ソファーに押し倒しながらキスをすると、爆豪は嬉しそうに笑って首に腕を回してきた。ちゃんとここまでいれろよ、なんて腹を押さえて煽ってくるので、大して酔ってもいないのに頭が痛くてたまらなかった。

ついったーで見かけたネタです、フリー素材とのことでしたので書かせていただきました<br />直接的な描写はほぼありませんが行為を思わせる表現がありますのでお気を付け下さい<br /><br />先日はイベントお疲れ様でした、足を運んでくださった方ありがとうございます！既刊途中でなくなってしまってすみません、今後のイベントでも持って行くので良かったらそちらで…新刊に関しては再販と通販検討中です

【轟爆】ゆうべはおたのしみでしょうか

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[chapter:【７】] 　昼の部と夜の部のあいだ。オブジェはリンク上ではなく、リンク脇のバックヤードへと移動させられていた。 　スワロスキーの王冠もまぶしい卵のオブジェは、白い毛皮で縁取られたベルベットのマントを脱がされて、その中も開かれていた。 　ばっくり縦に割れて観音開きになる、その中は深紅のベルベット張りで、綿が詰められたふかふかのものだ。その中で卵が心地よく過ごせるように。 　しかし、今は中身は空っぽだった。高級感あふれる深紅のベルベットのクッションが余計、その空しさを語るようで。 「くそっ！本当に、空っぽじゃねぇか！」 　それを見て激怒したのは、ニキフォロフ夫夫ではなく、ユーリ・プリセツキーだった。ダン！と近くの壁を蹴り上げて、足をそのままに大道具係をにらみつける。 「てめぇら、一体、なにしてたんだよ？」 「も、申し訳ありません。ですが、昼休みに一応確認しようと、中身を見たら、もうすでに空っぽで……」 「ここに移動するまでに、オブジェはリンクの中にあったんです。みんなが見ているんですから、誰もなにかすることなんて……」 　まだ子猫？の面影を残すとはいえ、成獣になりかかっている雪豹にすごまれて、三毛猫とブチの魂現をはみ出させた猫又の大道具係はぶるぶる震えている。 　公式の試合では、普通の人間である選手や役員も混じっているが、アイスショーでは出演者がすべて斑類というこで、裏方も斑類で固められていた。 　とくに今回は、メインのオブジェに大切な大切な、皇帝陛下と皇妃の愛の結晶が納められているのだ。セキュリティは万全のはずであった。 　そう衆人環視の中、どうやって卵の中身だけ抜き取ったのか？それが問題だ。 「お待たせいたしました。今、警備の者達に確認したのですが、怪しい者は誰も出入りしていないと」 　やってきたのは水地だ。勇利のファンを自称する彼は、スケ連の役員ではなく、観客としてこの温泉オンアイスに来ていたが、この非常事態にそれも言ってられないと、確認に走り回っていた。 「ただし、昼間の部に入った観客まではその限りではありません。入場の荷物チェックはしていますが、退場するときまでは見てませんから」 　確かに会場に危険物や、盗撮のための機材を持ち込まれないためのセキュリティであり、出て行くときまで手荷物のチェックなどしないのが普通だ。 「したところで変わらないだろうね。あんな大きな卵、抱えて出ようとしたら、大変目立つ。いくら何でも、警備員もスタッフも覚えているはずだ」 　口を開いたのはクリスだ。それに全員がうなずく。 　そう、卵の大きさは双子分、身長180㎝のヴィクトルでさえ、スリングで一抱えあるようなものなのだ。そんなものを持ち歩こうとすれば当然目立つ。 「観客の線は薄いか……」 　ヴィクトルがつぶやく。そして。 「とりあえず、今から夜の部の特別なミーティングをしたい。クリスにピチット、オタベックにギオルギーにユリオ。それと勇利以外は出て行ってくれ。 　ミナコはここにいていい」 　その言葉にユーリが「おい！」と叫ぶ。 「卵が行方不明だっていうのに、のんきにミーティングってどういうことだ？」 「だからって夜の部を放り投げてよいことにはならない。チケットは完売。観客は外で待っている」 「…………」 　冷静なヴィクトルの言葉にユーリは押し黙る。確かに卵が行方不明になったなんて、公演中止の理由にはならない。そもそも、それを普通の人間達に話したところで通じるわけもないのだ。彼らの目には斑類の魂現が見えるどころか、その話題さえ、耳を素通りするのだから。 「それこそ、公演を中止したりすれば、謎のドタキャンと世界中で騒がれることになるだろうね。誰が犯人か？三流タブロイドに、あれこれ憶測を書かれるなんて、俺はゴメンだ」 　「みんなの名誉のためにね」とヴィクトルは付け加える。 　たしかにここで公演中止となれば、チケットの払い戻しの損失だけではない。ショーの出演者の社会的名誉にもかかわってくる。ヴィクトルの言う通り、あることないこと世間は噂するだろう。誰と誰の確執から公演が中止になっただの、それこそお決まりの痴情のもつれだの……想像がつきすぎる。 　勇利だって、ロシアに渡った（というより皇帝陛下に誘拐された!?）その年には、あることないこと書かれたのだ。いわく、東洋の妖婦？（って、僕、男なんだけど）身体で皇帝を誘惑した。バンケットの密会の夜とか。（バンケットの夜の記憶はいまだ曖昧だけど、これは否定出来ない） 　それでロシアの三流どころか、五流タブロイドの数社が皇帝陛下の逆鱗に触れて、無くなったなんて、勇利は知らない。ロシアどころか、アメリカやフランスあたりも、広告スポンサーが水を引くように無くなって、倒産なんてことになった……のもだ。 「ともかく、夜の公演の中止はない。卵の捜索は手の空いているスタッフで続けてもらう」 　ヴィクトルがそういいながら、水地に目配せすれば彼はうなずいて「そちらはお任せください。すでに怪しい人物がこのリンク周辺や長谷津で見かけられて居ないか。かき集められる者をかき集めていますから」と、そう答える。 　そして、ヴィクトルとはパンパンと手を叩いて「さあ、ミーティングだ」と改めて仕切り直した。スタッフ達が出て行って、ユーリがあらためてヴィクトルを振り返る。 「大切な卵を他人に任せておいていいのかよ……」 　公演は放り投げられないとユーリも分かっているだろうが、未だ不満げなのは、卵の捜索をそのために、人の手に任せなければならないことだろう。 「あれは俺達の卵だ。もちろん、俺達も探すに決まっている」 「だけど、現におっさんもカツドンも、ミーティングなんて言ってここにいるだろう！」 「ユリオ、卵は無事だよ。なにも危害は加えられていない。それはわかる」 　今まで黙っていた勇利が口を開いたのに、皆の注目が集まる。 「ヴィクトルもわかるよね？」 「俺とお前の二重の結界だ。結界が破れれば、どちらかがわかる。それに、外側の氷の結界は俺だからね。どちらかといえば、俺のほうが先に気づく」 　しらりと答えるヴィクトル。それにミナコが「あ～あ、卵ちゃんが盗まれたってことで、あたしも動揺していたみたい」と悔しげに細く形の良い眉をしかめる。 「そりゃ、昔の豆腐メンタルから比べれば、戻す前の高野豆腐なみに固くなったとはいえ““母親”である勇利が動揺してないなんて、おかしいものね」 　「戻す前の高野豆腐って、それすごく固くない？」と勇利があいかわらず、ずれたことをぼやく。それに「勇利」とヴィクトルが名を呼ぶ。それにこくりとうなずく。 「スタッフが出て行くと当時に、結界を張ったよ。だから、ユリオがもう一度拗ねたときから、外には会話は聞こえていない」 　ユーリが「拗ねてねぇ」と叫び、ヴィクトルは「さすが俺の奥さん、なにも言わなくてもわかってくれる」とパチンとウィンクされて、勇利は赤くなる。夫夫となっても、相変わらず夫の顔面力には弱い、妻？だ。 「うん、部屋が少し寒くなって、ヴィクトルが結界張りたいんだな～と分かったからね」 　「え？僕はシリアスな場面になったから、少し寒くなったのかなあ～と思った」とはピチット。それに「オペラかよ」とユーリがツッコミを入れる。 　オペラでは喜劇では少し室温を高く、悲劇は少し寒くと設定する。ロシアはバレエが盛んだが、オペラだって上演されるし、リリアにロシアンヤンキーの少年が引っぱられていくこともあるのだ。そこに正装したリビングレジェンドと、彼が連れ帰った東洋の黒真珠の皇妃様が並ぶと、舞台よりそちらのバルコニー席が注目を集めるとは有名な話だ。 　もちろん、皇妃？様もこの日はドレスアップして、タキシードに前髪をあげた姿も凜々しく、横で腰を抱く皇帝陛下の銀とみごとな対比の黒は、年齢不詳の美しさと評判だ。 「……俺が結界を張ってもいいけど、そうなるとここは真冬のシベリア並の気温になるからね」 「それは勘弁してください。南国生まれには厳しいです」 　そうなってもいないのに、ピチットが両手で自分を抱きしめるようにして、ぶるぶる震える。「勇利だって、キュシュー生まれだから、そうだよね？」と訊ねるが。 「僕は……ヴィクトルの結界のなかでも温かいんだよ。包まれているみたいで」 「俺も勇利の海では溺れないからね」 「……どうも惚気ごちそうさまでした」 　また、あてられた……とばかりピチットが遠い目をして言う。クリスが肩をすくめて、ギオルギーが「愛だな」といつものセリフをつぶやいた。オタベックは修行僧のごとく無表情だ。やはり彼はサトリを開いているのかもしれない。 　そして、唯一めげないで突っ込みを入れるのは。 「で、勇利が結界を張ったのよね？」 　ミナコだ。ユーリばかりいつも突っ込んでいては、体力が保たない。長谷津担当？は彼女だ。 「うん、うす～く、泡の結界をね。スタッフが通り過ぎても気づかないはずだよ」 「そうね、半重種の私でもわからないぐらいだもの」 　白蛇（アルビノ）のミナコは、その貴重さ故に中間種ではあるが、半重種とされている。「それは俺もだよ」とクリス。彼は重種の豹だ。他の重種達もオタベックやギオルギーに、ユーリも舌打ちしながら「豚の結界はほんとわかんねぇな」とつぶやいている。「それなら中間種の僕なんて、からっきだね～」とピチットは笑っている。が、実はピチットは黒のレトリバーの魂現を装いながら、別の重種との掛け合わせのキメラなのだ。……というのは、勇利が人魚として覚醒してから「他の子には内緒だよ」と訊いた話なのだが。 　キメラというのは、他の重種同士の掛け合わせ故に、その特徴が両方とも出てしまった種族のことだ。これは血の主張が強い、重種ほど出やすい……というより、重種しか出ないというべきか。 「あ、ヴィクトルには話してもいいよ。というか、たぶんバレているだろうし」 　初のタイで開かれたアジア大会にて。そのときヴィクトルは所用でロシアにいて、勇利一人で出場した。そこでビチットに打ち明けられたのだ。 「そうなの？」 「だって、あっちはロシアの銀狼（フェンリル）だもの。人魚の勇利に隠せないようにさ」 　そう、勇利はピチットが話す前に、気づいていたのだ。黒のレトリバーに隠れた、彼の本当の魂現を。それは人魚として覚醒して、しばらくたって、力のコントロールが出来た頃であるが。 　ともあれ、南国生まれのピチットは寒さに弱い。……というより、彼の本当の魂現でアイススケートをよくやろうと思ったな……というぐらいなのだ。それは半分犬神ゆえ、レトリバーの魂現を表層にまとっているからこそ、リンクに立てているんだろうが 　しかし、そこには本人の努力だってある。そういう意味で、勇利は斑類の人魚として覚醒して、ピチットのことをますます、好きになった。もちろん親友としてだ。 　人魚の自分がヴィクトルに惹かれて、ただの水ではなく氷の世界に飛びこんだように、ピチットはアイススケートそのものに魅せられて、タイという環境だけでなく、己の本当の魂現の不利さえものともしないで、楽しげに滑っている。 「で、結界を張ったのは、俺達に内緒の話があるんだろう？」 　クリスが訊く。勇利もヴィクトルの真意はわからないが、彼がここでの話を余人に聞かれたくないことはわかっていた。 「ああ、ここにいる者達は確実に信用出来るからね。他の者達は、たとえ親しいスタッフでも、ましてロシア、日本、双方のスケ連でも信用は出来ない」 　ヴィクトルの言葉に、瞬間、みんなの間に緊張が走る。それは次に告げられた内容で、さらに高まった。 「卵を誘拐したのは観客でも、よそから来た知らない何者でもありえない。確実に内部関係者だ」 　「どうしてそう考える？」と訊ねたのは、やはりあくまで冷静なオタベック。隣のユーリやピチットなどは、関係者の仕業との言葉に軽くショックを受けているようだった。クリスは顎に手をあて考えこみ、ギオルギーもまた腕を組んでうなっている。 　そして、勇利は。 「……確かに、ヴィクトルの言うとおりだね」 　ぽつりと漏らせば、一斉に勇利にみんなの視線が向く。「勇利はわかるの？」とピチット。「簡単な消去方だよ」と勇利は返す。 「これは勇利に説明してもらったほうが良さそうだ」 　ヴィクトルが微笑を浮かべる。『やってみて、僕の可愛いお魚ちゃん』なんて声が聞こえそうだ。これはそう、勇利を指導するコーチの顔。 「ヴィクトルは観客は考えられないって言った。確かにあんな大きな卵持ち出すのに目立つし、そもそも、観客はリンクに入れない」 　卵のオブジェに近づくことさえ出来ないはずだ。そして。 「観客じゃない、まったく接点のない組織とか人物とかもだね。 　これも観客と同じだよ。どうやってオブジェに近づく？卵を盗み出せたとしても、あんな大きなものを隠して運ぶなんて不可能だ」 　夜はヴィクトルと勇利のゆ～とぴあかつきの部屋に運ばれるのだから、施設に誰もいない夜間というのも無理だ。そして、繰り返すが昼はオブジェとしてのリンクに飾られた衆人環視の中。 「もし、卵を盗める者がいたとしたら、それは関係者しかいない」 「スタッフかスケ連の誰かってことか？」 　そう口を開いた勇利にオタベックが重い声で告げる。 「少人数ということはないだろう。なにしろ、みんなの目がある上に、あのオブジェと、さっきから何度も繰り返しているが、あの卵の大きさだ」 「……俺達以外、全員グルってことか？」 「すべてとまでは言えないが……下の軽種などは、なにも知らされないまま、上に従っている可能性もある」 　斑類の世界は弱肉強食のうえに、血族や縁故の意識が強い。重種は王侯貴族のようなものではあり、中間種や軽種はその家臣どころか、奴隷扱いという、旧態依然とした一族もあると、勇利も訊いていた。そんなところならば、確かにただ上の命令に従う者ばかりだろう。 　そして、みんなの空気が重いのは、今回のアイスショーだけでなく、前からスタッフとして働いていて、顔なじみになっている者もいる。スケ連の関係者にしたって、何度も顔を合わせていればそれなりに親しいわけだから。 　それよりなにより、東京、大阪、長谷津と、ここまでショーを盛り上げてきた。たとえ話したことがなくても、一つの家族、仲間という意識だって芽生えるものだ。 　それをすべて疑わなければならないなんて、たしかに気が重い……と勇利は息を吐く。それにヴィクトルが「勇利」と声をかけて。 「それとこれは言いにくいことなんだが、誘拐犯の可能性が高いのはおそらく」 「うん、ロシアのスケ連より、日本のスケ連のほうが疑わしいよね」 　勇利の言葉にヴィクトルだけでなく、全員が目を見開く。勇利は「だって……」と。 「ロシアのスケ連だったら、ロシアでことを起こすだろう？わざわざ日本で仕掛けることはないよ。卵はずっとロシアにあったんだから」 　たとえ、ヴィクトルと勇利の目が常にあったとしてもだ。それでも、行動する必要はないはずだ。 「それが日本側の仕業に見せかけようとする、ロシア側の陰謀だとしたら？」 　クリスが問う。スイスの選手である彼はここでは中立の立場だからこそ、口を開いたのだろう。ユーリにしても、ギオルギーにしても、己の国を疑いたくないが……と複雑な表情だ。 　たしかに日本よりも、この手の陰謀や荒事をやりかねない可能性の高い国ではあるのだ。さすがおそロシアの言葉通り。 　しかし、ヴィクトルは「その可能性は低いよ」と首を振る。 「やはりことを起こすなら、自国だろうさ。これがヨーロッパや中国あたりなら、たしかに考えられただろうけどね」 　「なにしろ、地続きだ」とあとを続ける。 　確かにロシア国内ならば、どれほどの荒事だろうと“なかったことに出来る”のが、あの国の恐さだ。もちろん、そんな命令が下せるのは、クレムリンの中枢部の住人ぐらいだろうが。 　そして、ヴィクトルがヨーロッパや中国というのも納得ではある。こちらは地理的に地続きであるから、逃げる方法は幾らでもあるからだ。 　だが、日本となると話は違う。島国ということもあるが、なにより最近色々言われてはいるとはいえ、それでも日本の警察機構は優秀であるのだ。ことが公になれば、とても“なかったこと”には出来ない。 　むしろ、これでアメリカあたりのほうが、まだ、荒事に向いているだろう。なにしろ、銃弾が飛び交うのが当たり前の国であるし、ギャングや麻薬関係や、そういう組織の仕業に見せかけることも出来る。そして、やはり国境沿いにメキシコあたりから南米に逃走ルートはザルのようなものだ。 　さすがに日本のヤクザの仕業です。なんて冗談にもならないだろう。 　だからこそ、今回のことは。 「日本のスケ連の関係だろうね。何より、ヴィクトルの言う通り、地の利がある」 　それに普通の人間達の世界では、たしかに日本は治安の良い法治国家ではあるが、裏を引っ繰り返せば斑類の世界はやはり、弱肉強食。表の世界の常識が通じないのは、ここだって同じだろうと……斑類として覚醒してひょっ子の勇利も、さすがにわかってきた。 「なにより、すでに東京で“勇利”を狙ったわけだからね」 「となると、卵を盗んだのは、例の“ご隠居”かい？」 　ヴィクトルにクリスが質問する。“ご隠居”とは例の熊樫の老人。スケ連の元副理事だ。 　それに彼は「それも考えられる」と曖昧に返す。 「北海道の“別荘”とやらに押し込められたって、まだまだスケ連の内部には、彼の息が掛かった者達がいるだろうしね。 　東京での事件を受けて、日本のスケ連のなかで“処分”が始まる前に……と焦って、残った兵隊達が勝手に暴走したってことも考えられる」 　東京での事件を受けて、あの副理事の息がかかった職員は、スケ連から排除されるか、閑職に追いやられるか。そういう動きになるだろう。 　今は事件から数日しかたっていない訳であるし、大きなアイスショーの最中もあって、さすがに即断という訳にはいかない。自分の首が切られる前に……と、追い詰められて焦った一派が、考え無しに卵を浚ったとも考えられるが……。 「ただ、東京でのことは、こちらを仕掛けるための“目眩まし”と考えれないこともない」 　ぽつりとヴィクトルがつぶやく。それはどういうことだ？と誰かが訊ねる前に、ヴィクトルが口を開いた。 「さて、これからが本題だ。俺達は平静なふりをしてアイスショーを続行する。卵のほうは“探すふり”はしてくれるだろうが、さて、まず見つからないだろうな」 　「じゃあ、どうすんだよ」とユーリ。それにヴィクトルは不敵に微笑んで。 「敵の目当ては卵だけではないはすだよ。その卵、そのものを産み出す奇跡の存在が、いるわけだからね」 　そして、みんなの目が再び勇利を見る。 「僕？」 　勇利はきょとんした顔で自分を指さした。そして。 「え？僕なんか、ヴィクトルと違って、どこにでもいる普通のスケーターで、人魚……」 「このカツドン！まだお前その感覚なのかよ！この宇宙人魚！」 　一番最初に突っ込んだのは当然のごとくユーリだった。そして、オタベックが「人魚はどこにでもいない」と不動の事実を告げる。 　「それと、どこにでもいるスケーターはグランプリファイナルとワールドで金メダルとらないね」とクリスが肩をすくめる。「カツキ、日本のケンソンは美徳らしいが、そこまで行くと嫌みになるぞ」と恋愛以外は常識人のギオルギーの言葉に勇利は「す、すみません」と返す。そして、ピチットは「ほんと、勇利って変わらないね」と苦笑している。 「勇利、俺の人魚は勇利以外、いないよ。どこにでもいない、ここにいる」 　ヴィクトルの言葉に勇利はたちまちその頬を薔薇色に染めて。 「うん、僕はヴィクトルだけの人魚で、僕の卵もヴィクトルのものだよ」 「お前と俺の子だろう？」 「ヴィクトル……」 　「こらっ！そこの馬鹿夫夫！盛るんじゃねぇ！」といつのごとくユーリのツッコミが入った。 [newpage] 　そして、夜の部が始まる。うさ耳をつけたノービスの子達や、ジュニアの選手が飛び出していくなか、暗いリンク脇。照明があたり滑り舞う、後輩達の姿を一心に見つめる横顔に、ユーリは話しかけた。 「カツドンは冷静なんだな」 「そう見える？」 　勇利は苦笑し、そしてぽつりと漏らす。 「僕が泣いたりすれば、ヴィクトルが心配する。彼のことだから、自分の仕事を投げ出すなんてことしないだろうけど」 　そのヴィクトルは出番もあるからもうじきやってくるたろうが、今はいない……のは、スタッフとの打ち合わせ中だからだ。彼は出演者でもあるが、このショーの総合プロデューサーでもある。 「あのジジイのためか？」 「ううん。それだけじゃなくて、僕達はプロだ。いや、まだ現役の選手だから、プロとは正確に言えないけどね。でも、僕達を観にきてくれた人達に精一杯の演技を届けたいよ」 　「こちらの事情は事情だもの。それは言い訳にならない」と笑う姿には、その昔、メンタルが豆腐……なんて言われた面影はない。たしかに高野豆腐にグレードアップしたようだ。水で戻したって、あれは弾力があって、ふわふわしていて、でも豆腐のようにつぶれることはなかった……と、ユーリはゆ～とぴあかつきで食べた不思議な食感を思い出す。寛子マーマの味は甘い出汁が染みておいしかった。 「お前、強くなったな」 「母は強しって言うらしいよ」 　「子供達は大丈夫」と勇利は告げる。それは確信を持っているようだった。 「だからね、ユリオも素敵な演技を見せて」 　ジュニア達の次に女子選手が出て、ユーリの出番が近づいてきた。それに「言われなくたって、スゲーの見せるぜ！」とユーリは不敵に笑い、リンクに飛び出して行った。 　そのあとのショーもいつも通りだった。オープニングで最高に盛り上がったのは、やはり銀の燕尾服の皇帝の登場と、藍色のジェストコートの長い裾をドレスのように翻す、女王の姿であった。 　一転、そのあとのコント、もとい、コミカルな因幡の白ウサギの一幕は、大いに客席を沸かせた。クリストフ、ギオルギー、オタベックの三匹のワニ？の演技に、腹を抱えて涙を流す観客もいたし、そのあとの若い神様二人、ユーリは相変わらず目つきが悪いロシアンヤンキーで、ピチットはより陽気にはしゃいでいるようだった。 　そして、勇利の白ウサギは変わらず愛らしく、最後の最後に登場した皇帝陛下……もとい、銀髪の神様が、その愛らしいうさぎに、求婚してかっさらっていったのに、観客はさもあらんという雰囲気で。 　そして、最後にフィナーレ。 　これもオープニングと違って、ノービスもジュニアもシニア、それにプロの選手も混じって、一斉に飛び出すことになっている。そこで思い、思いの滑りを見せる。 　ただ、最後に皇帝と女王が現れるのは変わらず、勇利は控え室で出番を待っていた。ヴィクトルはショーのあいだ控え室に戻らず、なるべくリンクを見渡せる位置に立っている。これも演出と総合プロデュースを引き受けた務めだ。 　その控え室の扉がノックもなく開いた。スタッフならばかならず断りの声を入れるところをだ。それに勇利は緊張感をもって、そちらを見て、目を大きく見開く。 「あなたは……」 [newpage] 　温泉オンアイスのフィナーレは華やかに締めくくられた。一般チケットでの公演はこれで終了。明日は長谷津の人々のための感謝のショーだ。昼の部のみで、夜はどんちゃん騒ぎの宴会へと雪崩こむ。 　卵が盗まれた、との動揺などおくびにも出さず、ヴィクトルに勇利、その仲間達は笑顔で観客達に手を振った。卵のことはスタッフでも、キャストでも、ごく小数の者達にしか、そもそも知らされていない。あの卵のオブジェのなかに、さらに卵があることなど。 　なにより、やはりヴィクトルと勇利の二人が落ち着いていることで、他の者達もまた自分達が動揺などして、ショーを台無しにしてはいけないという気持ちにもつながった。とくに若いユーリやピチットなどは、ショーの始まる前こそ、そわそわしていたが当の勇利に「大丈夫だから」と逆に慰められるようにされて、いつもの調子を取りもどした。ピチットは素直に「そうだね、勇利がどんと構えているなら、僕が浮き足立ってみっともないところ見せちゃいけないね」と微笑んだが、ユーリは。 「ば、馬鹿！心配なんてしてねぇ！いや、赤ん坊つうか、卵なんだから大切にしなきゃいけねぇのは、当たり前だけどな。これぐらいで、俺はビビったりしねぇ！」 　とまあ「あ、あんたなんか、好きじゃないんだからね！」とどっかの日本のアニメでお腹いっぱい聞いたツンデレぶりを、ユーリは披露した。どこまでも素直ではない。 　しかし、同じぐらいの年齢のはずのオタベックはどこまでも落ち着いていた。やはり、その姿は若き修行僧のように無口で求道的だ。 　……のように見えたが。 　彼が各自のプロのときにみせた“建国”は、かつてのファイナルのときよりも、気合いが入っている。いや、気合いというより、祈りのようだったと伝説になるような滑りであった。 　建国という名のとおりに、すべてを作り出す。これから生まれ出でる命に対して“無事であれ”という願いとわかるのは、一部のメンバーのみで。 　そのあとに滑るユーリは、恒例ではあるが出番を終えたオタベックと、バチンと片手を合わせた。その手に力が籠もったのはいうまでもない。 　そして、次の出番はそのユーリだ。 「今日はアガペーにしておいてよかったぜ」 　アイスショーの当初の予定は、ユーリ好みのロックナンバーだった。だが、卵のことを知って急遽、Agapeにしたのは、この思春期反抗期のアイスタイガーなりの、愛情表現だったのだろう。『Agape、やるのも、俺の背も伸びたし、そろそろ限界だからな』なんて、言葉を言い訳にして。 　その日のユーリのAgapeは最後にして、最高傑作といわれる伝説のプロとなったのは、言うまでも無い。 　そして、フィナーレ。 　やはり一番盛り上がったのは、皇帝とその皇妃の登場で、彼らが卵のオブジェを中心にくるくると繰り広げる氷上の円舞（ワルツ）は、まるでお伽噺か、ロマンス映画の世界のようだと女性客のみならず、男性客もうっとりと夢の世界へと誘った。 　そして、終幕。 　アンコールに何度も応えたアスリート達は、これが最後とバックヤードへと。控え室で着替え身体を休める。 　だが、明日に最終公演。長谷津の人々を優先的に招待した、本当のフィナーレが残っているヴィクトルは、その打ち合わせをスタッフとしていた。そこにピチットがいつもの快活さがなりをひそめた、緊張した表情でやってきた。スタッフに断りヴィクトルは輪から外れる。 「どうした？」 「勇利が消えた。バックヤードにも、会場のどこにもいない。今、ユーリ達も探してるけど」 「…………」 　会場の外では、ぽつぽつと雨が降り出し、ショーから出て来た客が「やだ、晴れだって予報だったのに、にわか雨」と口々に言い合っていた。 [newpage] [chapter:【８】] 　勇利は誰にも見とがめられることなく、会場の裏口に止めてあったワゴン車に乗り込んだ。スタッフが機材を運ぶために使うもので、それが通用門から出たとしても誰も、気にする者はいない。 「……まさか、あなただとは思いませんでした」 　ワゴン車の後部座席、勇利はフィナーレのジェストコートの衣装を着替える間もないまま、連れ去られた。隣のスーツの人物に話しかける。 「“ご老人”の件ですっかり私を信用してくれたみたいだからね。あの銀狼（フェンリル）はともかく、君は」 　銀縁の眼鏡を外して、ニッと水地が笑う。そこにはいかにも生真面目そうな日本のサラリーマン男性という姿はなく、どう猛な肉食獣の姿が見えた。はみ出した魂現のワニも口をあけて、勇利達をあざ笑っているようだ。 　見事に自分達を騙したと。 「まさか、副会長の件もあなたが？」 　“老人”とは元スケ連の副会長。あの熊樫の年老いた羆のことだ。たしかに彼はスケ連を牛耳る老人であったのだ。とはいえ、隠居し、東京での事件を起こして、いまは北海道にある別荘で、病気療養という名の幽閉同然の身であるが。 　その勇利に無理矢理、薬を飲ませて誘拐し、斑類の女性とひと夜を共にさせて（それも複数）、胤を搾り取ろうとした事件も、水地が裏で糸を引いていたのか？と勇利は訊ねたのだが。 　まさか、東京からなにもかも計画的だったのか？己を信用させるためにワザとあんな事件を？ 「いや、あれはあの老いぼれが勝手に計画したことだ。どうせ失敗するだろうから、放っておいたけどね」 「…………」 　知っていて、ヴィクトルや勇利に知らせなかったのだから、直接、あの熊樫の老人を唆した訳ではないにしろ、彼を利用したことには変わりはない。 　実際、東京で起こった事件で、自分はともかく、ヴィクトルだって多少は油断していたのだ。まして、ショーのフィナーレの長谷津は、彼にとってはホームも同然の町だったのだから。 　それでこんなことが起こるなんて……。 「わかっていると思うが、このワゴン車を海水でいっぱいにする……なんて考えないでくれよ。大切な“卵”がどうなっても構わないなら」 　水地がちらつかせたタブレットには、扉が開いたオブジェに、ヴィクトルの氷と勇利の海の結界に守られた紫と藍のマーブルの卵が映っていた。それは、暗い夜の海を背景にして、景色が流れているところからして、小型の船の上のようだった。 「卵は結界に守られているが、しかし、いくら君達だって、重りを付けられて深海に沈められてしまっては、助けるのは大変ではないかな？ 　まして、どこに沈めたかも分からなければ」 「…………」 　そう、この男は脅したのだ。 　たしかに深海に沈められてしまえば、人魚の勇利だって卵のところにたどり付けるか、わからない。そして、場所も……長谷津の近辺の海にしたって、遭難の捜索が難航するように、エリアが限定されていたとしても、確実に見つかるわけではないのだ。そのまま行方不明となって、捜索が打ち切られる場合だって、多々ある。 　もし、卵がそのあいだに生まれてしまったら。勇利とヴィクトルの結界に守られているとはいえ、なんの手当もなしに新生児が生きられる訳がない。 　それ以前に問題がある。 　自分達の結界は永遠ではないということだ。あの結界は、毎日卵に触れてかけ直しているから保っているのだから、日にちがたてば当然結界は薄れる。たぶん、保ってせいぜいが三日。それに深海の水圧に薄くなって結界がどこまで保つか……ひょっとすれば一日、二日で……。 「昔話をしましょうか？」 　卵を盾にとっている限りは、勇利は抵抗出来ないと確信しているのだろう。勝ち誇ったような、自信たっぷりに水地が語りだした。 　そんな“昔話”などに勇利は興味はなかったが。 　思うのは卵、子供達のことだけ。 　深海に沈めるとはいい脅しだ。本当にそうされるとしたら、勇利とて大人しく従わざるをえなかった。 　だけど、深海、つまりは“海”だ。 ────どこにいるかはわからなくても、あの子達は僕の、海の結界に覆われているうえに、今はその海の上にいる。 　勇利はぺらぺらと語る男の言葉など、聞き流しながら、精神を集中させる。 ────どこ……？ 「……そう、我ら、ミズチの一族は昔、一度この地にやってきたことがある。この地の弱い斑類など、我らの相手ではなかった。 　だが、そこにあの“人魚”がやってきた。あれの歌と海を操る力に巨大な鰐だった、そのときの長は撤退せざるを得なかった。 　こんなちっぽけな島国に未練などなかったが、しかし、己を退けた人魚こそを忘れなかった。それこそ、憎しみと裏腹に恋に浮かされるようにね」 　「しかし、ミズチの最高位である鰐をあのような烏賊の姿にしたあげくに、祀りあげるなど、まったくこの国の文化は……馬鹿にされたものだ」などと忌々しげに水地は吐き捨てるようにつぶやく。そして、車が停まり彼は、大人しく無言のままの勇利の腕を掴んで、車から降りた。 　そこは、山中の別荘だ。半年ほど前に水地が別人の名義で密かに買い、手を入れておいた。 　中にはいれば、リビングであった場所には、寛ぐソファーなどなく、大量の医療器具が持ち込まれていた。白衣の医者と看護師が待機し、その中心に明らかに診察用の椅子が置かれていた。それも、産婦人科用の。 「衣装が邪魔だな」 「待って」 　水地が乱暴に勇利のまとっているジェストコートの衿に手をかけるのを振り払う。「抵抗するなら……」と彼が脅し文句を口にする前に。 「自分で脱ぐよ。これは大切な衣装だ」 　ヴィクトルが『勇利に一番似合うよ』といつも微笑む。競技のときも、ショーのときも勇利の衣装はすべてヴィクトルが考えてくれている。情けないことに自分のセンスが皆無なのは、勇利だってわかってるし、それにヴィクトルが自分の衣装を考えてくれるのは嬉しい。いつも華やかすぎるんじゃないのかな？と思うけど、試着したときに「やっぱり似合うよ」と花咲くように笑う彼の顔が好きだ。 　その大切な衣装を、こんな男の手なんかで破かれたくない。勇利は潔く上着を脱いで、そっと床へと落とした。本当は丁寧にたたみたいけれど、そんなことをしている余裕はないだろう。周囲でかちゃかちゃと医療器具を用意している音がする。水地もじっと監視するように勇利を見ていた。 「下着も脱ぐんだ。全部」 「わかったよ」 　裸になることはに抵抗はない。が、こんな男や、実験動物のように、医者や看護師達にじろじろ見られる屈辱はある。その腹の底にたまる怒りを、ぐっと勇利は押さえつけた。 　今は耐えなければ、卵の子達の為に。 　まっ白な柔らかそうなバター色の肌。相反するような鍛えられたアスリートの引き締まった若い牡鹿のような身体に、ごくりと誰かが唾を飲み込む音がした。助手の一人だろうそれを、ギロリと水地が一瞬にらみ、彼は怯えたように一歩後ずさった。 　「こちらに」と医師らしき白衣を着た男が、椅子を指し示すのに、勇利は大人しく横になった。身体にベルトが巻き付けられる。抵抗する気などないのに。 「これからなにをされるか不安だろう？拘束されているとはいえ、暴れられたて母胎が傷つくのはよくないから、簡単に説明しよう」 　したり顔で水地が口を開く。 「懐蟲はいくらなんでも知っているだろう？そう、斑類の男性同士でも、妊娠可能になる方法だ。これをこれから君の胎内に仕込む。 　そのあとに私の精子を注入する。人工授精のようなものだな」 　「これを三回繰り返す」と水地は語った。男の言葉など、子供達のいる海に集中している勇利の耳には上滑りしていくだけだが、さすがに三回と言われて怪訝に眉をひそめた。 　懐蟲を仕込んで男性が妊娠する話を始めにきいたときは、衝撃を受けた。そのとき聞いた話では、それを使っての妊娠は、三回が限度と聞いてはいる。 　だが、三回繰り返すとはどういうことか？懐蟲が胎にあるあいだは、男性も女性の妊娠と同じようになるのだ。当然妊娠期間も九ヶ月ほどあるというのに、それを三回など、勇利を三年も拘束出来ると思っているのか？ 　たとえ卵が質にとられていたとしても、ヴィクトルが黙っていない。勇利の居場所など、あの銀狼（フェンリル）は一月どころか三日、いや、今すぐにでも突き止める。 　だって、外は雨が降っているのだから。 　普通の雨ならば、匂いをかき消してしまい、狼の鼻でも匂いはたどれない。 　だけど、この雨は……潮の香りがする雨は。 「不思議そうだね？君の胎内で受精した懐蟲はすぐに取り出す。隣の部屋で借り腹の母胎が三人待っている。それに移植するのだよ。 　だから、君は産みの苦しみを知ることもない。画期的なシステムだろう？」 「…………」 　まるで良いことのように水地の口から語られるのは、逆に悍（おぞ）ましいともいえる禁断の実験だった。 　そう実験だ。己の精子ということは、自分の我が子だというのに、それをまるでモルモットのように扱い、勇利だけでなく、その借り腹の者達もからも子供を搾取するようなものだ。 「ああ、安心してよい。借り腹の者達もわが水地の一族だ。中間種ではあるが、厳選した血筋の良いものばかりだ。そのままよい乳母（ナニー）になるだろう」 　本当にどうでもいいことを水地は勝手に語る。彼の頭の中には、薔薇色の未来が広がっているだろう。人魚の血を受けた我が子達。一族の繁栄。ただし、それは彼だけが幸福な、他者が隷属する灰色の世界だ。 「では、僕から懐蟲を取り出したあとは、卵を孵して僕を解放してくれるんですね？」 　おそらくはそんな都合の良いことにはならないだろうと確信しつつ、勇利は聞いた。それに水地は「ああ。大人しくしていてくれればね」とうなずく。嘘つきめ。 　人魚の勇利をそう簡単にこの男が手放すはずはないのだ。その証拠に了承したその口から。 「しかし、借り腹とはいえ生まれてくる子に、君も愛情があるだろう？私の元に残るというのなら、それもいい。 　それに懐蟲ならば、三回が限界だが。卵ならば、まだまだ君と私の子の本当の子が生まれることになる。君のスケーターとしての将来は、我が一族が保証しよう。将来、君がスケ連の理事長となる道も保証する。 　君も日本人ならば、ロシアの皇帝に囲われているよりは、よほど……」 「僕は、ヴィクトル・ニキフォロフの番だ。僕はヴィクトル以外の雄の卵は産まない」 「…………」 　勇利がきっぱりと告げれば、それまで大人しかった人魚の拒絶に水地は一瞬押し黙り、そして、そのはみ出した鰐の魂現もまた、怒気に染まる。勇利の縛り付けられた椅子の周りにいる、医師とスタッフに向かい怒鳴り散らした。 「なにをしている早くやれ！胤さえ仕込んで取り出してしまえば、子供の親権などこちらのものだ！どうとでもなる！」 　普通の人間の社会なら許されないだろうが。斑類の世界は弱肉強食であるし、子孫繁栄に関してはどんな手段をとられても、あとでの抗議や一族同士の争いはともかく、結果としてやられたほうが馬鹿だった……ということになる。奪われてしまえば、それでおしまいなのだ。 　椅子が倒されて、拘束された足を無理矢理開かされる屈辱的な体勢を取らされる。それでも勇利は静かに目を閉じて、考えるのはここから離れた海のこと。己とヴィクトルの大切な卵。その双子達。 ────大丈夫。お前達なら“出来る”よ。マーマも力を貸すからね。 　卵には毎夜、ヴィクトルと語りかけていた。自分達のことをパーパ、マーマと呼び合うのにもすっかり慣れた。マーマなんて、最初は照れくさかったけど。 ────さあ、マーマが帰る場所を教えてあげるから、パーパがすぐそこまで、迎えに来てくれるからね。 [newpage] 　卵はどうやって盗まれたのか？ 　もちろんスタッフの一部が水地の息のかかったものということがある。だが、他のスタッフの目をどうやってごまかしたのか？ 　それは勇利が目にしたタブレットの光景に答えがあった。アイスキャッスルにあるのとまったく同じオブジェの中に、卵はあった。 　そう、そっくり同じオブジェを作らせて、それと卵の入ったオブジェをいれかえのだ。 　オープニング、リンクの中央にあるオブジェは端へと移動させられる。照明が落とされるその数分のあいだに、空のオブジェと卵の入ったオブジェをいれかえた。 　そして、布の被されたオブジェは、勇利が誘拐されたときと同じく、誰にも見とがめられることなく、通用口から外へと。 　オブジェごと卵は、海辺で待っていたクルーザーに乗せられて、海へと。 　昼の部からなのだから、かなり沖へと船は出ていた。なにも知らない軽種の一人が「これ、どうするんですか？」と開かれたオブジェに入ったままの卵を見た。透明な氷と水に覆われた大きなそれを、不気味な物のような目で見る。彼ら斑類からしたって、この卵は異様なのだ。懐蟲や他の技術を使い、雄同士、雌同士、仔が成せるようになったとしても、こんな卵なんてだ。 　いや、卵で産まれる種族ももある。蛇の目や蛟だが、それにしたって、こんな紫と藍色の色もしていないし、こんな大きくもならない。 　それよりも、なによりもこの卵を見ていると本能的な恐怖を感じるのは、彼らが軽種に中間種であるからだろう。いや、ただの重種でもある種の圧力を感じるかもしれない。 　これはあの銀狼（フェンリル）と人魚（セイレーン）の卵なのだ。斑類でありながら、斑類以上の存在といえる。実在しない生き物の命の結晶。 　本能などとっくに無くしてしまった普通の人間共のほうがなにも感じないだろう。いや、彼らは卵の存在さえ認識出来ないだろうが。 「どうするって、このまま香港のブローカーに渡すのさ」 　軽種の質問に、中間種のリーダーが答える。「香港!?」とその軽種は素っ頓狂な声をあげる。 「俺達、香港まで行くんですか？パスポートなんて、持ってないっすよ！」 　一国二制度でいまだある程度の自由は保たれているとはいえ、今や香港は中国の領土なのだ。なにかあって官憲に捕まって、本国の刑務所に十年も入れられたくはない。いや、下手をすれば死刑なんてことも。 　青くなる軽種に「馬鹿、直接、俺達が行く訳じゃねぇよ」と中間種が答える。 「沖の中間地点でそのブローカーの船が待ってる。このまま行けば、夜の闇に紛れて渡すことが出来るだろう。それで俺達の仕事は終わりだ」 「卵はどうなるんすか？」 　余分なことではあるが、軽種の青年は聞かずにおれなかった。それに中間種は「知るか」と答え。 「さて、そのブローカーが卵をどこかの重種の名門に高く売りつけるか。それとも、もう買い手があるのかもしれねぇな。ある程度大きくなるまで隠して育てて“洗脳”でもすりゃ、立派にその一族の一員だ」 　実際、貴重な重種の仔どころか、良い大人でさえ、誘拐されたなんて話を聞くのが、斑類の世界だ。普通は金銭でやりとりされる胤や胎だが、それで決着が付かないとなれば、力尽くで……と言うのがこの世界だったりする。 　赤ん坊の頃に誘拐して育てれば、たしかにその一族の一員となってしまうだろう。人魚と銀狼の貴重な胤が確保できるのだから、それは大切に養育されるに違いない。 　そう、水地は初めから、勇利達に卵を返す気などなく、それどころか卵を売って大金を手にするつもりだったのだ。金銭だけでなく、子供を渡した、その有力な一族と強いパイプを結ぶこと、それも目的であったのだが。 「ん？」 「え？」 　そのとき、カタカタとなにかが鳴った。それに中間種と軽種の男達は、振り向き、顔をこわばらせた。 「な、なんだ？卵が！」 「う、動いてる！」 　そうオブジェの中で卵がかたかたと振動していた。ぶるぶると震え、それが大きくなるが、男達は恐怖で手を出せない。 　そして。 「「あ！」」 　二つの声が重なる。卵はとうとうオブジェから転がり出で、下へと落ちた。落ちたが薄い氷と海水に守られた卵にヒビ一つ入ることなく、さらにごろごろと甲板を転がり。 「「へぁ？」」 　やはり間抜けな声が二つ重なったのは、ぽちゃんとそれが海に落ちたからだ。そしてそれは沈むことなく、波間にぷかぷかと浮かんでいる。 「ど、どうしますか？」 「どうするって、お前、取りに行け！」 「一人じゃ、あんな大きな卵無理ですよ。それに俺は泳ぎがあまり得意では」 「ええ、役立たずだな！そこらへんに釣り用の網でもあるだろう！それですくい上げるぞ」 「あれの大きさのがあるかどうか……え？」 　軽種の目が見開かれ、中間種も同様だった。 　波間にぷかぷか浮かんでいた卵。横になっていたそれが、すくっと垂直に立ったのだ。尖ったほうを上に、その卵の下には水の渦が浮かんで、そして。 「「ええええええええっ!!」」 　驚愕の声が、再び二つ重なった。 　なんとその卵の下に浮かんだ波紋は、水しぶきをあげて、卵はそのまま海面を滑り出したのだ。急速に船から遠ざかっていく。それはこの船の出せる最高速度よりさらに二倍、いや三倍早く。 　向かうのは元来た方向。長谷津の浜辺へと。 　軽種にリーダーの中間種だけではない。甲板にいた斑類、だけでなく、騒ぎを聞きつけて船内から出てきた斑類たちも、その見事な海面を切り裂くような水しぶき、卵の疾走を見送るしかなく……。 「おい！どうするんだよ！」 「どうしようもねぇだろう！卵が勝手に逃げ出すなんて、誰が思うか！それもあんな方法で！」 「上に素直に報告したって、信じてくれるかどうか。大目玉を食らうだけだぞ！下手したら、密林のラオス支店あたりにでも左遷だ！」 「熱帯ならまだいいだろう！アラスカだったら、俺達、蛟には地獄だぞ！」 　と、船の上では盛大に揉めていた。 　そして、船から遠ざかる卵。彼らの気持ちは単純で。 　マーマが呼んでる！ 　パーパが待っているって！ 　僕は海に力を貸してもらうよ。君よりその力はある。 　なら、俺は全速力で駆けて風になる。マーマの力は弱いけど、パーパからもらった力があるから。 　そして、卵はぐんぐんと水をかき分けて、岸へ岸へと疾走した。 [newpage] 「……海岸だけど、建物とか見当たらないね」 　黒のラブラドールの魂現を解いたピチットが、きょろきょろと周囲を見回す。先に立って走っていたヴィクトルもまた銀狼の魂現から、すらりとした人間の男性の姿となり、なぜか海を眺めている。その横には豹の魂現からもどったクリストフが、無言で、しかし友人の真意を分かりかねているのか、気むずかしげに無言のまま。 　ヨーロッパ狼の魂現から人の姿になったオタベックは無言なのは、彼のパーソナルだ。そして、雪豹から、金髪に緑の瞳の黙っていれは妖精のような少年の姿となったユーリは、思春期の反抗期まっさかりの反応よろしく「なんにもねぇじゃねぇか！」と口を開く。 「ここに勇利がいるわけないだろう？おっさんの鼻は確かなのかよ？」 「勇利の雨は確かにここだと言っている」 　霧のような雨がはらはらと空から降ってきている。普通ならば匂いを流してしまうはずの雨は、潮騒の香りがするのだと、この銀狼は語る。実のところユーリにも、他の斑類にもただの雨の匂いとしか、わからないのだが。 　この銀狼だけが“番”だからこそわかる、あの人魚の道しるべ。それがこの海岸に導いたというなら。 「なにか意味があるのか？」 　そう訊ねたのはクリス。それにヴィクトルが応える。 「ああ、来る」 「来るって、なに……」 　と、言葉が途切れたのは、ヴィクトルの見つめる海の彼方から、確かにそれがやってきたからだ。 　波しぶきをかけて、まるで波乗りのように疾走するのは。 「あ、あれって!?」 「たま…ご……？」 　ピチットが素っ頓狂な声をあげて、ユーリが呆然とするのは仕方ない。卵が自力で動くなんてあり得ないからだ。となりに立つオタベックが動じていないように見えるのは……やはり、彼のパーソナルだ。 　しかし、あの卵ならあり得ると、ヴィクトル以外の全員が半ば納得してもいた。紫と藍色のマーブルグラデーションの巨体なそれは、銀狼（フェンリル）と人魚（セイレーン）の愛と希望の結晶だ。それも、一人ではなく双子だという。 　服が濡れるのも構わず、ヴィクトルは海に入っていく。膝まで波に洗われたところで、卵が目の前にやってきてポン！と跳ねるように、ヴィクトルの広げた腕の中に飛びこんだ。 　パーパ！ 　パーパ！ 　卵から、声が聞こえた。ヴィクトルはしばらく目を閉じて、卵を抱きしめていたが。さあさあと降り注ぐ雨が“変わった”ことに目を見開いた。たぶん、自分以外は気づいていないが。 「預かってくれ」 　波打ち際、待っていたユーリに卵を渡す。一抱えもあるそれを、小柄はユーリは少しよろめきながら受け取った。 「ここで待って……いや、ゆ～とぴあかつきに先に帰っていてくれないか？ミナコがそこで待ってる。オタベックと……ギオルギーも追いついたか」 　自分達と一緒にアイスキャッスルを出たはずのギオルギーが、肩で息をしながらやってくる。彼の魂現はグリズリーであるから、犬神や猫又に比べて鈍足なのは仕方ない。 「卵を取りもどしたのか？」 　ユーリに抱えられているそれを見て、明らかにホッと息をつく。善良な男だと思う。熊樫ということでヤコフに似てるかもしれない。種族的に向いてないフィギュアを目指したことも、恋愛に不器用なのも。たぶん彼は、ヴィクトルよりも遥かによいコーチとして、名を馳せるかもしれない。やはりヤコフのように。 「じゃあ、たまごを頼む」 「どこ行くんだよ？」 　海岸を離れようとするヴィクトルの背にユーリが声をかける。「勇利が呼んでる」と返す。 「呼んでる？」 「ああ、海岸までは卵、子供達のところに俺を導いてくれた。今度は自分のところに呼んでる」 　まったく、自分のことは後回しにして、まず子供を……と、それが母性なのだろう。それはヴィクトルだって理解出来るが。 ────それでも己をおろそかにするのは、悪いクセだぞ、勇利。 　『おしおきだぞ』と胸の内でつぶやいてしまったのは、男の、雄のワガママだ。ヴィクトルだって理性では、優先順位はわかってる。それでも。 　ユーリとオタベック、それにギオルギーは卵を守って、ゆ～とぴあかつきへ。言わずともクリスはヴィクトルについてくるつもりだろう。それに。 「ピチット」 「はい」 「君も来てくれ」 「ええ、僕も行ったほうがいいでしょうね」 　歳が若いが、カンが良く気が利く青年は、ヴィクトルの意図がすでにわかっているのかこくりとうなずいた。これでSNS狂でなければ……いや、それもファンサービスだ。とくに勇利ファンにとっては、沈黙している本人のアカウントより、まずピチットを……だったらしい。今はヴィクトルとユーリもそれに入っているが。 　卵だけでなく、勇利も行方不明となったとき、水地の姿もアイスキャッスル内から消えていた。確信などなかったが、彼の姿“も”ないと報告を受けたとき「やはり」とヴィクトルが思ったのも確かだ。 　自分一人でも構わないが、その水地の“処理”にピチットの立ち合いはいる。 　ヴィクトルは浜辺を駆け出し、その姿はすぐに魂現の銀狼のものとなる。そのあとを追いかけるのは豹の姿のクリスと、黒のレトリバーとなったピチットだ。 ────勇利、今行く。 　今度は海岸とは正反対の方向の山の中へと導く、その霧雨に向かい、ヴィクトルは声に出さずに叫んだ。 [newpage] [chapter:【９】] 　卵が、あの子達が己の力で駆け出したことは、すぐにわかった。 「一番目の懐蟲の用意が出来ました」 「すぐに始めろ」 「はい」 　助手の言葉に水地が急かすように命ずる。焦っているのはヴィクトルが乗り込んできたら……と畏れているのだ。これだけのことをしておいて、気の小さい……と思う。 　たしかに彼が怒り狂ってここにやってきたなら、卵を質に取っているとか関係なく、ここは氷付けになるだろう。「卵がどうなっても構わないのか！」という脅しなんて、あの銀狼の怒りの前には、猛吹雪の雪のひとひらのように儚いものだ。 　もちろん、我が子だって大事だろう。それと同時に最愛の妻こそ命と思っているのが、あの皇帝の激しい愛情だ。すべてを凍り付かせる力を持つ氷帝の心は裏腹、激しい火山のようだ。その愛情はマグマのようて触れると火傷しそうに熱い。 　だからこそ、先に卵達のところに行かせた。動き出した卵達は、きっと先にヴィクトルと再会出来するだろう。 ────きっと自分のことを後回しにしたと、ヴィクトルに怒られるだろうけどね。 　クスッと勇利が笑えば、屈辱的な格好の椅子に座らされた。その頭のところにいた助手が怪訝そうな顔をする。たしかに全裸で拘束されて足を無理矢理広げさせられた。まして、その足下には懐蟲を仕込んだ注射器を持った医師が今すぐにも、胎内に注入しようとしてる。そんな体勢でなにを笑うのか？と思っただろう。 　卵……子供達が無事に逃げるまでは、どんな屈辱でも我慢しようと思った。懐蟲を仕込まれようが、そのあとで水地に姦されようとも……。 　それに可哀想だが、借り腹に移植された懐蟲は育たない。 　勇利の……人魚（セイレーン）の子供は、けして懐蟲では誕生しないのだ。卵でなければ……。それも愛し愛された人との愛の結晶でなければ、命は宿らない。愛は育めない。 ────僕の卵はヴィクトルのもの。 　そう告げたのはそういう意味だったのに、理解できない愚かな水地……いや、愚かなのは愛もなにもなにもなく、ただ子孫繁栄だけしか頭にない斑類だろうか？ 　愛もなくて、本当のその子が幸せだと思うの？そんな“不幸”を繰り返して、繰り返して、それでも、子供が産まれないなんて嘆いて……。 　どうして、斑類に……とくに血を重んじる重種達に子供が生まれないのか、勇利はうっすらとわかったような気がした。 「やれ！」 「はい！」 　ふと物思いに沈んでいた、そこに水地の欲に濡れた声と、ロボットのように従順な医師の声が響く。 「もう、我慢してる必要ないよね？」 　「え？」と誰が声をあげたのか。そのとたん別荘のリビングには海水が満ちた。誰をも溺れさせるセイレーンの海だ。 　勇利を拘束している椅子のベルトがはじけ飛ぶ。勇利はゆらりとサファイアにきらめく尾鰭を揺らして、抜け出した。 　海流の流れのまま、別荘の広い部屋から外へと出ようとして、尾鰭を掴むなにかを感じて振り返り、目を見開く。 「逃がさん……」 　白衣の助手達がみな、もがき泡を吹くなか……彼らのはみ出た魂現の多くは犬神や猫又、中には蛇の目もいたけれど、たとえ泳げたとしてもこの海では呼吸出来ないのだから、無駄だろう。 　だが、その中で唯一、動けるものがいた。勇利の尾鰭を掴む水地の手……それは、たちまち緑の鱗で覆われて、巨大な鰐のそれとなる。尾鰭を掴んでいや、くわえているのは鰐の口だ。 「逃がすものか……」 　口を閉じているのにどうしてしゃべれるのか？今やアリゲーターの魂現をあらわにした水地の、濁ったは虫類の目が、ぎろりと勇利を見る。針のような尖った瞳孔。 「逃すものか、けして、逃すものか……。はるか昔、一目で惚れた美しい人魚（セイレーン）に、偉大なる蛟（みずち）の長が退けられた。あろうことか、人魚はただの猿と恋に落ちた」 　それは水地の言葉であり、遥か昔、人魚の歌声に沈められた荒神がのりうつった姿のようだった。勇利の背にぞっと……震えが走る。そして、逃れようと尾鰭を揺らすが、アリゲーターの顎が捕らえたそれは、けして外れない。 　子供達に呼びかけるために、力を使いすぎて、この空間を海水で満たすことは出来たけれど、それ以上は……この鰐はここで呼吸出来ているのは、やはり遠い荒神の血をひいているからか？蛟の重種ということもあるだろう。彼らもまた水に生きる生き物なのだから。 「今度こそ、人魚（セイレーン）を我が手に！その血を取り込んで、我が水地の一族は斑類の頂点に立つのだ！」 　結局は血と子供、一族の繁栄。愛などではないのだと、勇利の心は恐怖から……さあっと冷めて行った。自分の尾鰭をくわえる鰐に傲然と言い放つ。 「あなたがなんと言おうと、セイレーンは……いや、僕は永遠にあなたのものになどならない！」 「口ではいくらでも言うがいい！こんどこそ人魚（セイレーン）を我が手に！」 「俺の妻に触れるな！」 　静かな声が響き、海が割れると同時に現れたのは銀狼。びきびきと海水をまとわり付かせた、鰐の身が凍り、悲鳴をあげてその口を離す。自由になった尾鰭で勇利は宙を飛びようにして、銀狼の元へ。 　人の姿へとたちまち戻ったヴィクトルは、勇利を抱きしめる。そして、地面に四肢を氷付けにされて、のたうち周り鰐に目をやった。 　海水も同時に引いて、魂現を晒したままの犬神達やら猫又、蛇の目も白目を剥いている。「わあ、これが勇利の力。みんな一応、溺れ死ぬ寸前だったみたいだけど、生きてるみたい」と黒いラブラドールのままのピチットが、ふんふん、彼らの匂いをかいで、生死を確かめている。匂いでわかるのだろうか？「いつもながらすごいね」とこちらは豹から人の姿になって苦笑しているクリスがいる。 「弁護士を立てる！訴訟をするというなら、そちらで話し合ってもらおうか！」 　水地が吠える。弱肉強食の斑類の社会とはいえ、なにも無法地帯でもなく、そのような機関があることにはあるのだ。とはいえ、そのような裁判沙汰になるのは、だいたい、このようなことが起こったあとの、賠償だの始末なのだが。 　胤を争っての誘拐だの強姦だのが日常茶飯事で、それが一族繁栄という名目ならば、その相手が死亡したり、重篤な怪我や、再起不能なほど精神的ダメージを負った……なんてことでも無い限り、普通の人間。猿人の刑事裁判にあたるような罪に問わないのが基本だ。 　ならば解決の方法としては、賠償か。社会的地位からの追放ぐらいしかないわけで。 「金ならばいらない」 　ヴィクトルはあっさりと答えた。彼はロシアの皇帝なのだ。一生遊んで暮らせるだけの財産などすでにある。そもそもこれからだって、ブランドの広告等にショーの演出と、いくらだって稼げるだろう。 　それだけでなく、ヴィクトルは実は資産運用の才にも長けていて、もちろん凄腕の顧問もやとっているわけだが、その財が財を生む状況となっているのだ。まったく金のあるところには、金がさらによってくるとよく言ったものだ。 　「だから、勇利は安心してお嫁においで」と夫夫だから、話しておくねと、その財産目録を見たとき勇利は、目を回したけれど。正直、金額とか見たことなさすぎて、覚えていない。うん、僕はなにも知らない。 「こちらが要求するのは、そちらのスケ連の理事の辞任と、すべての社会的な役職から退くことだ。永久にね」 　理事の辞任は当然として、社会的地位から退く、それもすべてとは、今の会社の社長の座も誰かに譲り、しかも、永久とは表舞台に今後立てないということだ。 　水地の若さで隠居同然の生活など、苛酷と言えるだろう。それぐらいヴィクトルの怒りは深いと言えるが。 「いいだろう、いいだろう。スケ連の理事は辞めてやるさ。それに、社長も辞めろ？ならば、しばらくバリの別荘あたりでバカンスでも楽しもうか？」 　やけにあっさり承知したな？と逆に疑わしいと勇利は、ニタニタと笑顔を浮かべる水地を見る。アリゲーターの魂現の姿のままだから、笑っているように見えるというか、だから逆に不気味なのだが。 「今、その馬鹿デカい口ならば、いくらでも、でまかせの約束は出来るだろうな」 　冷ややかにヴィクトルが言い放つ。鰐だからデカい口なのは当たり前だが、「そうさ」と水地はうんうんと、今度は鰐の頭を上下にわざとらしくふって頷いて。 「口約束なんてそんなものだ。スケ連については、そちらは氷の皇帝陛下だ。仕方ない」 　「もともと人魚を手にいれるために、興味もない役職についたんだ」と水地は続ける。 　初めに会ったときの勇利のファンだの、フィギュアスケートは元から好きだったなんて、それこそまったくの、口から出任せだったわけだ。 　「だいたい、氷の上でとんだりはねたり、なよなよ踊る競技に点数つけて、なにが楽しいんだが」とすべてのファンとアスリートを馬鹿にするような言葉を、水地は吐く。 　彼はフィギュアスケートに欠片も愛情なんてないのだ。それだけで、勇利にとってはこれまでの行為よりもなによりも“どうでもいい人”の分類となる。笑う水地から目をそらして、ヴィクトルの胸に顔を埋めた。その人魚の小さな頭を、銀狼の大きくて温かな手が撫でる。 　ヴィクトルの凍えるアイスブルーの瞳も、四肢を氷付けにされたまま「日本のことは日本のこと、いくらロシア皇帝でも、金以上のものは要求出来ないだろう？」と、文字通り開き直った鰐……水地を唾棄すべきもののごとく見据えるのみだ。 　たしかにロシアでいくらヴィクトルが力があっても、水地は日本のスケ連の理事であり、日本の会社の経営者なのだから、その身柄を直接どうこうできる力はない。 　ここで完全にその身を氷の彫像にするのは……さすがに息の根を止めてしまうのでしないが、さて手足の一本でも凍傷でもっていったとしても、国際問題となる。下手をすればロシアと日本の斑類の全面戦争……など、そうなれば祖国と、愛する者の国に挟まれた、勇利が苦しむことになる。 　水地の野望は砕かれたにせよ。この男がスケ連の理事を辞して終わり……と、なんとも後味の悪い決着になるかと思われたのだが……。 「ロシアの皇帝の皇妃だけでなく、彼は日本のフィギュア界の、いや、いまや世界の至宝でもある。それに手を出しておいて、理事を辞めるだけですむと思っているの？ 　それにすべてのスケーターを馬鹿にしたような発言を、僕は許せないね」 　口を開いたのは意外にもピチットだ。そして、はじめて彼がいることに気づいたのか？水地がそのタイの王子様のようなアルカイックスマイルを見て、青ざめる。 　いつも陽気なピチットであるが、実のところ感情のない、仮面のような笑顔を浮かべたときが一番怖い。というのが、ルームメイトだった勇利が知る、彼の裏の顔だ。 　デトロイト時代。同室だったピチットとは親友になれたが、人見知りの勇利は他のリンクメイトから、色々と嫌がらせを受けたこともあるのだ。あとから考えると、あれは勇利が、あの頃はまだ猿人と彼らが呼ぶ、ただの人だったからだとわかるのだが。あとから知ったけれど、他のリンクメイト達は、ピチット以外、すべて斑類だったのだ。 　もう一つ、これもあとからピチットに言われたけれど、勇利が本気にしていない理由がある。それは勇利の才能に嫉妬したからという。勇利は自分のことを未だに、どこにでもいるスケーターと思っているが、しかし、才能は先祖返りとして覚醒する前から、際だったものだった。その美しいスケーティングとステップは今や世界一と誰もが認めるところだ。 　それが、アメリカではない、日本からやってきた猿人ということで、風当たりが強かったわけだが、それもピチットと同室になって親しくなるにつれて、いつのまにか無くなっていたのは、どうやら、この微笑みの国の王子様が裏で色々とやっていたらしい……とわかったのは、斑類として覚醒してから。 　「勇利って、先祖返りだったのか！もう少し早く目覚めていてくれれば、僕のお嫁さんにしたのに！」なんて、四大陸の選手権で再会したとき、明るく言い放って、ヴィクトルににらまれたのはご愛敬。 　皇帝陛下の絶対零度の視線に晒されて、平然と笑っていられたんだから、良い根性だ。 　「勇利の大切な友人だからね。大目にみているんだよ」とは、二人きりになったとき、勇利を抱きしめて、拗ねたようにヴィクトルが告げた。この皇帝が拗ねるなんて……と、勇利は可愛いとさえ感じて、肩に甘えるその頭を撫でたけれど。 　そのピチットであるが、彼は笑顔を浮かべながら怒っていた。その姿を見て、水地はぶるぶると震えているし、知らなかったのだろうクリスも、唖然としている。ヴィクトルも勇利もピチットの“事情”はわかっていたけれど、彼のもう一つの魂現をこんなにはっきり見たのは初めてだ。 　いつもは黒のラブラドールに隠されていて、先祖返りですべての魂現を見通せる勇利でさえ、初めは気づかなかったのだから。 　黒曜石のように輝く鱗の、漆黒のクロコダイルに。 　そう、これがピチットのもう一つの姿というより、本当の姿なのだ。彼の父はタイの名門の蛟の家で、彼の母親は犬神の中間種レトリバー。二人は一目で恋に落ちて、種族違いだ、身分違いだと周囲の猛反対を押し切って、結婚した。 　そうして、生まれたのがピチットで、彼はクロコダイルとレトリバーの魂現を持つキメラとなった。周囲は当然、重種であるクロコダイルであることを彼に望んだが、しかし、彼が魅せられたのは南国タイでは、まだまだ珍しいフィギュアスケート。 　そして、クロコダイルの魂現では氷上での体温調整は難しいと、彼はあえてレトリバーの魂現で普段過ごしている。もったいないという周囲の声を無視して「だって僕はスケートが好きだもん！」と。その真っ直ぐに純粋な同じスケートを愛する気持ちで、人見知りの勇利はピチットと親友になった。あの頃は、勇利には斑類なんて分からなかったけれど。 「だけど、勇利がスケートが大好きだってすぐにわかったよ！だから、僕は友達になりたいと思ったんだ。それに猿人とか斑類とか関係ある？」 　明るく言い放ったピチットに勇利は「うん！」とうなずいた。 　そんな親友の危機に、そしてフィギュアスケートそのものを侮辱した男にピチットは大変激怒しているようだった。下半身はいまだ人魚の勇利は当然全裸で、ヴィクトルの腕の中、床に脱ぎ捨てられていたジェストコートのドレスで包まれている。 　ヴィクトル達が駆けつけたときには、リビングはセイレーンの海で洗われたあとだったけれど、散乱する医療機器に、さらには中央に置かれた悍（おぞ）ましい椅子で、なにをされようとしていたかなんて、斑類ならは一目でわかる。 「ふぅ～ん、無理矢理、懐蟲を仕込もうなんて、ずいぶんと野蛮だ。その上で人工授精で三つが限界の懐蟲をすべて搾り取ろうなんて、強欲」 　「隣の部屋で借り腹候補が震えているんじゃないの？誰も助けに来ないなんて、ずいぶんな人徳だね」と「は！」とピチットが笑う。 　たしかに、リビングのこの騒ぎに、誰も踏み込んで来ないとは、いくらセイレーンが怒り、銀狼（フェンリル）が乗り込んで来たとはいえだ。仕えている主人の危機に誰も来ないとは、水地が下の者達に普段どんな風に接しているか、わかるというもの。 　もしかするとそれよりなにより、このレトリバーの魂現を脱ぎ去り、クロコダイルの魂現を露わにしたピチットの怒気に、怯えているのかもしれない。 　借り腹候補達は、みんな、蛟（みずち）であろうから、最上位の、しかも、黒色の突然変異の最重種様の怒りなんて、そばに寄るだけで、震えるレベルだ。 　実際、ヴィクトルに四肢を氷付けにされて動けないとはいえ、水地は銀狼の皇帝には不敵に笑って見せたものの、微笑みの国の王子様に気づいてからはガクガク震えている。 「お、王子（プリンス）。これは日本の……身内のことですから」 「そうだね、これは身内のことだ。アジアの蛟のね。ロシアの皇帝たる銀狼（フェンリル）を敵に回そうだなんて、下手をすればロシアと日本どころか、アジアの全蛟の一族の全面戦争になるところだった」 　ピチットが王子と呼ばれているのは、彼の父が蛟の重種の名門だけでなく、アジア地区での顔役を務めているからだ。クロコダイル、しかも黒色の突然変異で力あるピチットは当然、次代様と呼ばれ、それが王子（プリンス）という呼び名になったわけだが。 「いいや。下手をすれば外来種のお前なんて、日本の者じゃないと放り投げられて、こっちに押しつけられたって困るよね」 「そ、そんな！私は日本の斑類の……」 「成り上がりの外来種。そう陰で言われていることぐらい、君だってわかってるよね？それに日本に不在とはいえ、この国の“女王”は誰だって知ってるよ」 　ピチットの瞳がちらりとヴィクトルに抱かれた勇利を見るのに『え？僕って女王だったの？』と勇利は複雑な気分になる。 　斑類として覚醒して、まだまたの勇利としては、いきなり自分が日本のトップだなんて、自覚はない。そもそも日本にほとんどおらず、ヴィクトルの、ロシアにいるのだし。 　その“女王”不在が日本の斑類の権力争いの混乱をもたらしていると言われれば、それまでだ。 　しかし、それは勇利が責任を取ることじゃない。ヴィクトルが言ってくれた。 「今さら血筋だの家柄だの時代錯誤もいいところだ。それが今の重種達の行き詰まりを生んでいるんだから……それも奴らはわかっていない」 　愛のない結びつきに、無理矢理の交配に……それがどれほどの悲劇を生んだのか。それよりなにより。 「どっちにしても俺達には関係ないことだ。政治にも金にも、権力争いにも興味はない。 　それより楽しいことはたくさんある。スケートと勇利と、LOVEとLIFFEと」 「うん、僕もそう思うけど、ヴィクトルって欲張りだね」 　それを全部満たされているなんて贅沢もいいところだけど、たしかに自分達は幸せだ。 「勇利はそうじゃないの？」 「ううん、僕も欲張りだよ。もっともっと、ヴィクトルと一緒にいたいし、たくさん滑りたいし、生まれてくる子供達にも幸せになって欲しいもの」 　そう卵の前で語り合ったのは、日本に来る前のことだ。 「このままなら、アジアの蛟の一族と、君達の一族は縁切り。そうなれば、ヨーロッパにしてもアフリカにしてもアメリカにしても、相手はされなくなるだろうね。当然、日本だって君達の身内や配下の者達はともかく、他の一族は付き合いを考えるようになるよ」 「お、おゆるしを、そのようなことをされたら、私達一族は生きていけなくなります！このままでは、嫁取りや婿取りの血の存続どころか、経営するグループ企業が……」 「そこだよね。今回のことをどこまで君達の一族や、君の父親が知ってるか知らないけど、知らないで巻き込まれる一族や、先祖代々君達に仕えていて従うしかない、中間種や軽種が良い迷惑だ。 　それよりなにより、君達一族のグループ企業が連鎖倒産なんてしたら、まったく知らないで働いている猿人の人達の生活が成り立たないし、日本の経済にだって影響は出るだろう。 　だから、そう簡単には君達の一族をポイも出来ないんだよね」 　「君の社長解任だって、やり手なのは評価されてるからねぇ」とぼやくピチットに、水地は明らかにホッとした顔になる。 「もう、いいよ。ピチット君」 　勇利もなにも知らないで巻き込まれる人々が可哀想だと、声をかけた。 「僕達の前にもう二度と現れないし、なにかしてこないって、誓ってくれるなら」 　水地の企みはもう砕かれたのだ。これ以上この男がなにかしてくることはないだろう。それにもう関心は……いや、初めからないか。 　ヴィクトルとスケートと、友人に家族、大切な人々と、勇利の世界は狭いかもしれないが、それだけあれば、どうでもいいのがこの人魚なのだ。 「勇利は相変わらず優しいけど、甘いよ。そんなことで、このしつこいアリゲーターが諦めると思えない」 「俺も同感だ。言葉だけの誓いなんて、風に吹かれれば消えるものだ」 　ピチットとヴィクトルの言葉に水地は「誓う！ 誓う！」と繰り返す。「なんならば、弁護士を立てて念書を書いてもいい！」とさえ言っているが、二人は聞く耳を持っていない。 「社会的地位の剥奪は、こんなのでもビジネスの才能“だけ”はあるから、それを取り巻いてる一族と、日本の経済の手前、勘弁してくれる？皇帝陛下」 「それで、ピチット殿下はどんな裁きを下すつもりだい？まさかスケ連の理事から永久追放だけじゃないだろう？」 「うん、社会的地位を失うのは勘弁してあげるけど、斑類の雄としての“死亡”で許してもらおうかな？って」 　その言葉にヴィクトルの腕の中の勇利は、きょとんとし、クリスは引きつった笑みを浮かべて、「タイの王子様はなかなかに厳しいね」と思わずつぶやく。ヴィクトルは「イイね！」と笑顔だ。 　そして、水地は。 「去勢だけは、去勢はお許しください！それでは一族の繁栄が！」 「なに言ってるの。それこそ懐蟲使って、君が卵を産めばいいじゃない？」 「し、しかし、雄としての役目を果たせないなど、一族の若長としての私の面目が保てません！」 　去勢って、あの去勢!?犬とか猫とかの避妊手術のことだよね!?と勇利は「いくらなんでもそれは酷いんじゃ……」と口を開きかけた。それが甘いとピチットやヴィクトルに言われるのだろうけど。 「面目もなにも、君のは初めから“あってないようなもの”じゃない」 「そ、それは……」 「アジアの蛟の顔役を父に持ち、SNS狂なんて言われる僕が、それを知らないとでも思ったの？」 　「君のナニのことは、知る人ぞ知る、公然の秘密だよね」とケラケラ笑うピチットに「み、みんな、知ってる……」と水地は呆然としている。 　さすがのヴィクトルもクリスも、そして勇利もわからず首をかしげていると、くるりとピチットは勇利に向き直り。 「勇利、すごく嫌なこと思い出させちゃうかもしれないけど、この男。懐蟲を仕込むときに、人工授精って言わなかった？」 「あ、うん……」 　勇利としてはあそこで男がズボンから穢れたモノを取り出して来なかったのは、醜いのを見なくて済んだし、卵達が逃げる前に、うっかり暴発して、このリビングを水浸し……なんてことにしなくて済んだけれと。 「当たり前だよね。この男は、まあ男だけど、雄としては役にはたたない。いや、胤はあるから人工授精なんだろうけどね」 　ピチットの言葉はさらによくわからないが、ヴィクトルは「そういうことか」とつぶやき、クリスはクリスで「勇利の教育上、聞かせていいのかな？」なんてつぶやいている。あとで考えると「僕、二十代半ばの成人男性なんだけど……」と抗議すべきところだ。だいたい、教育うんぬんならピチット君のほうが、問題だろう。 　わからないという顔の勇利にピチットは「最近、地球温暖化の影響なのか、環境破壊なのかなあ」と前起きし。 「特にアメリカのアリゲーター種らしいんだけど、雄の雌化が顕著でね」 　これは斑類ではなくて野生の鰐の話だとピチットは付け加えた。 「雄が雌って？」 「まるきり性転換ってわけじゃなくて、ナニが小さい。そのうえに性行出来ないぐらい未熟」 「え、ええっ!?」 　ナニってナニだよね!?と勇利は林檎のように真っ赤になった頬に両手をあてて、恥じらった。それをヴィクトルがうちの勇利は天使だな～と目を細めて見ている。 「でね、そこのアメリカ産アリゲーターを母に持つ外来種にも、見事にそれが出ちゃってね」 　ピチットが“それ”水地を指さす。勇利はアリゲーターの絶望顔なんて初めて見た。 「さて、このことを斑類専用のSNSに流したらどうなるかな？きっと勇利やヴィクトルの話題以上に拡散しそうだよね。それもなんかシャクに触るけど」 「や、やめてくれ！そんなことされたら、私は雄として社会的に……」 　悲鳴のような声をあげる水地の声と同時に、ピチットはスマホをタッチして「流しちゃった」と無邪気にして残酷な笑顔を浮かべた。 「いいじゃない。スケ連の理事は辞任するとして、社長業はそのまま、君の地位も変わらず、財産だって減らない。どっかの熊樫のご老人みたいに、無理矢理、北海道の地に追いやられるわけではなし」 　「ただし、斑類の雄としては、社会的に死んだね」というピチットの言葉に、水地はおいおいと泣いたのだった。 [newpage] 　あとで聞いた話ではあるが、斑類の人工授精の成功率はとても低いのだそうだ。まして重種ともなれば、直接の性行でなければ、繁殖出来ないと言われているほどだと。 　だから、懐蟲を使っての勇利に対する“実験”も無駄に終わる可能性が高かったらしい。もしかしたら、人工授精の成功率を高める方法が見つかったのかもしれないが……とヴィクトルは言っていたけれど。 「もしくは、医者が水地に研究費を出させる為に、嘘をついた可能性もある。結果が出ていないのに、出ているように見せかけて、予算だけは取るなんて、よくある方法だろう？」 「そういう話はよく聞くね。研究費の水増しとか……」 　実際、人工授精の成功率が上がったとは、後に話題にもならなかったことからして、ヴィクトルの言葉通りだったらしい……と勇利は思わなかった。というより、ヴィクトルとスケート以外のことなんて、相変わらず関心のない彼だから、すっかり忘れた。 　当然、水地のこともだ。 　その水地だが、スケ連の理事は事件の翌日には辞任。企業の若社長としての地位と業績は保っているが、斑類の雄としての面目は当然丸つぶれとなった。 　重種として生まれながら、雄として役に立たないのでは、己に懐蟲を仕込むしかないという屈辱。 　それよりなにより、ピチットにより斑類SNSで拡散された“短小以前”という事実。 　たしかに、斑類の雄としては社会的に死んだも同然であった。 　その後、水地ががんばって卵を産んだかどうか……なんてのも、勇利が知らない……いや、知る必要もないことだ。 [newpage] [chapter:【10】] 　いつだって事件？はリンクの上で起こる。 　その日はグランプリファイナルに向けて、チムピオーンのリンクで皆、練習に励んでいた。昨年世界女王となったミラにも期待がかかっているし、昨年の王者の勇利（というより、こちらもなぜか影では女王、いや、皇妃様なんて呼ばれている）も当然のこと。まずはファイナル、次はワールドという声が大きい。 　ユーリといえば、今年は成長痛に悩まされて、アサインされたロシアと因縁？のカナダ大会で銅メダルで五位に食い込んだのは、立派なものだと思うが、本人は不服そうだ。 　「誰でも通る道だよ。俺だってそうだった」とヴィクトルは、そんな弟弟子を笑って見守っている。たしかに彼だって、引退した歳を考えればレジェンドと呼ばれるまでは、紆余曲折はあったのだ。勇利にだって、思春期の心と体をもてあました記憶はある。 　その勇利も先にクリスが、そしてヴィクトルが引退して、今年はファイナルに残れなかったギオルギーもロシアナショナルを待たずに選手生活から、身を引くことを表明している。最後までヴィクトルには勝てなかったが、思い残すことはないと言って……。今後はヤコフの元でコーチ業の見習いをするそうだ。彼は良いコーチになるだろう。 　ヴィクトルは今年からそのコーチ業に専念してるわけだが「俺は勇利以外のコーチになる気はないから、コーチの勉強はしなくていいよね？」なんて、いつものアルカイックスマイルで言い放って、ヤコフに怒鳴られていたのも、ロシアの雪解けもまだ春先の思い出だ。 「馬鹿もん！だからこそ、カツキの為にへっぽこコーチのお前の勉強が必要なんだろうが！」 　と怒鳴ってくれた名コーチの助言を、ヴィクトルは右から左に聞き流していたけれど、勇利はありがたく頂いておいた。 「勇利、フリーレッグがうん、ホンの少し乱れているっていうか、優雅さに欠けるよ。天女が蓮の花の上で舞うみたいに！」 「はいっ！」 　そんなヴィクトルの指摘に「相変わらず、わかんねぇなあ……」とぼやいているのがユーリで、リングサイドにいるヤコフも苦虫をかみつぶしたような顔をしている。まあ、それでも勇利には通じているから、あえて口を出さないのだ。 　実際、勇利の動きがたおやかになったのだから、勉強のために最近はノービスの指導の合間に、ヤコフの横にいるギオルギーが「あれで通じるのは愛だな」なんてつぶやいている。それにヤコフも思わずうなずいていた。いや、まったく愛でもなければ、あれはわからない。「あいつら宇宙狼と人魚だから」とリングサイドによってきて、ちょっと休憩のユーリがひと言。 　ちゅるる……とドリンクを飲んで、相変わらずリングサイドの長椅子。祭壇のごとく籐の駕籠に置かれたでっかい卵を見る。 　自分で波乗りサーフィンをして、脱出した卵だが、そのあとは、うんともすんとも言わないらしいとは、ヴィクトルの言葉で、「普通は卵のなかでまどろんでいるようなものだもの。あれは特別」と母の余裕？を見せたのは勇利だ。 ────しかし、そろそろ生まれる頃だよな。 　じっ……と見ていたユーリだから、ぴしりと卵のてっぺんに小さな亀裂が走ったのがわかった。 　それは見ていなくても、氷と海の結界で包みこんでいる、ヴィクトルと勇利も同じ。勇利はリンクの真ん中からすぐに戻り、ヴィクトルは卵に手を伸ばそうしたユーリを後ろから押さえる。 「おい！早く出してやらねぇと！」 　ぴしりぴしりと卵に亀裂が入り、カタカタ言っている。ヤコフもギオルギーも動こうとするが、ヴィクトルの「二人も手を出さないで！」という強い言葉に、その手が止まる。 「どうしてだよ？生まれようとしているのに！」 「だからだよ。自力で卵から出ないと意味はない。この子達にはその力がある」 「カツドン……」 　エッジカバーをつけてリンクからあがった勇利が静かに告げる。卵を見つめる横顔をユーリが見た。それは聖母のように清らかでいて、しかし、どこか厳しい。 「ヴィクトルと僕の子なら出来るよ」 　そこでユーリは思い出す。鳥の雛は自力で卵の殻を割って生まれると。その力が無ければ、野生で生きていく力はないとみなされる。それが文字通り生まれるための最初の試練。 　ぴしぴしと卵にヒビがどんどん入っていく。カタカタ卵が動いて、中から二人が突き上げているのだとわかる。 　とうとう欠片の一つが外れて落ちて、黒い子狼の鼻先がのぞいた。続いて欠片がもう一つ、剥がれたとき、のぞいたのはひらりと銀色の尾のひらめきだ。 「もういい」 「よくやったね」 　ヴィクトルと勇利、二つの手が伸びて、割れかけた卵から、子供達をすくい上げる。勇利の手には、漆黒のきらめく黒曜石のような毛皮を持つ狼が。そして、ヴィクトルの手には、銀色の鱗。髪の毛もまたほわほわプラチナの人魚が抱きあげられていた。 　「う、生まれたぁああ！」とユーリが叫び、ヤコフとギオルギーも抱き合って、なぜかおいおい泣いている。こんなとき男なんてたいてい役に立たないものだ。 　それとは逆に。 「赤ちゃんを裸のまんまにさせない！これにくるんで！」 　差し出されたタオルに、「「ありがとう」」ミラと声を揃えてヴィクトルと勇利が礼を言う。羊水で濡れた赤ん坊達は、たちまち清潔なタオルに包まれた。そして。 「こちらに、医務室にすでに医師と看護師は呼んであります」 　そう声をかけたのはリリアだ。「さあ、早く」というミラの声に急かされて、ヴィクトルと勇利は医務室へと。 　よく考えるとミラには礼を言ったが、リリアには出来てなかったと気づいたのはなにもかも終わったあとで、二人そろって彼女の好きな花の花束と菓子を手に礼を言いに言ったのは、子供達のことが落ち着いた、さらにあとの話。 「このようなことは急にやってくるものです。次からはあなた達が手配して、万全を期してことに望むのですよ」 　と、お説教されたのも良い思い出の一つになった。 [newpage] 　とにかく医務室で産湯を使い、医師の簡単な健康診断を受けて、念のために……と病院に向かうことになった。 　医師と看護婦が同乗したワゴン車の車内、勇利は腕の中の黒い仔狼がくわりとあくびをしたのを見て、微笑む。 「ふふ……ヴィクトルそっくり」 「ああ、この子も勇利にそっくりだ」 「銀髪なのに？」 　人魚の子はきらめくオーロラのような銀の鱗に、銀髪。目は開いてないけど、きっとヴィクトルと同じアイスブルーだ。 「色はね。それをいうなら、そっちの子は勇利の色だ」 「あ、うん……そうだね」 　黒に見えた狼の毛並みは、よ～く見ると、深い藍色光沢を持っている。でも。 「ヴィクトルにそっくりになると思うよ。この子」 　髪と瞳の色以外はと、勇利が内心で思えば。 「それなら、この子も勇利にそっくりになる。俺の色は引き継いだけどね」 　ヴィクトルが同じ言葉を返してくれて、二人顔を見合わせて微笑みあった。 　病院での検査の結果。双子にはなにも異常はないということだった。念のために一泊入院することになって、特別室のベビーベッドに二人、小さな狼と小さな人魚が寄り添い寝ているのに微笑む。 　ずっと一緒の卵にいたせいだろうか？ヴィクトルと勇利が抱いていればいいのだが、誰か他人の手に抱かれて、さらに二人、別々の部屋となるととたん大きな声で泣き出すのに、新米パパだけでなく、付き添ったユーリにヤコフ、ギオルギーまでおろおろしていた。 　「元気な泣き声ね」なんてミラは余裕で「赤ちゃんは泣くのが仕事です」とリリアはまったく冷静だった。やっぱり女性は強い。 　初めてのミルクのやり方を教わって「なにかあったらコールしてください」と看護師もいなくなった、家族四人の初めての水入らず。 　しかし、新米パパ達二人にはやることがあるのだ。 「ヴィクトル」 「はい！」 「二人の名前を考えなきゃなりません」 「そうだね」 　特別室のキングサイズのベッドで二人、なぜか正座して向かいあっている。 「ヴィクトルに言っておきたいことがあります」 「うん」 「子供の名前です。だから、犬のマッカチンとは違う……えっと、マッカチンも素敵な名前だけど、やっぱり子供には……」 　そう、マッカチンはマッカチンだ。マッカチンでいいと思う。マッカチンがゲシュタルト崩壊しそうだが、そうじゃなくて。 　ちなみに犬は病院に入れないから、今夜のマッカチンはお家で留守番だ。ユーリがご飯と様子を見に行ってくれたから安心だ。反抗期まっただ中のロシアンヤンキーだが、動物と子供には懐かれる、良い子なのだ。 「もちろん、マッカチンも可愛いけど、子供達にはちゃんとした名前をつけるよ。いや、マッカチンだってすごく考えた……いや、あのときはフィーリングですぐ決まったかな？」 　とまあ、ヴィクトルはちょっと不安になるようなことをつぶやいて。 「勇利も一緒に考えよう」 「うん！」 　とうなずいた。 　ちなみに双子は両方とも男の子だった。 　そんなわけで、ヴィクトルがロシア名を、勇利が日本名を考えることになった。 　ロシア名はわりとあっさり決まった。やはりヴィクトルはフィーリングの人だ。 「ねぇ、ルスラーンとリュドミーラってどう？」 「その物語は僕も読んだことあるけど、リュドミーラって女の子の名前じゃない？」 「愛される人って意味で、勇利似のこの子にはぴったりだと思うけど、男性形ならリュドミールだね。今は滅多に使われることはないけど、クラシカルなのもいいね」 「うん、それならいい。ルスラーンとリュドミールだね」 「愛称はルーシャとリューダだ」 「それもおそろいみたいで、可愛い。決まりだね」 　さて、リューダと呼ばれるようになった人魚の弟のほうは、女みたいな名前だとからかわれることもあったのだが、すぐに怖い兄狼が飛んできて「うちの可愛いリューダになにをする！」と威嚇するので問題はなかった。ちなみに兄は極度のブラコンに育ったし、「ルーシャはかっこいいなぁ」とほわほわ笑う弟もいわずもがなだった。 　そして、だいたい初対面でそんな風にからかういじめっ子？達は、ほわほわ銀髪のカワイイ子に一目惚れして、現れた漆黒の騎士（ナイト）の存在に、即座に恋破れるという末路をたどった。 　そして、問題は日本名だ。勇利はあーだこーだと、紙に書き出して……。 「司朗（しろう）かな、司狼（しろう）だと、もう文字だけでまるわかりすぎるし、こっちの朗のほうに月が入っているからさ。そういう意味でも」 「漢字って本当に色々なとらえ方があるね。アメージングだ」 「ヴィクトルはこれでいい？」 「ああ、月に狼は吠えるものだよ。それに月は海にも関係するからね」 　そして、リュドミールのほうは、実はルスラーンより先に頭に浮かんでいたのだが、勇利は迷うというより、ためらいが大きかった。 　なのにこの名の響きしか頭に浮かばない。 「……リュドミールって愛される人って意味なんだよね？」 「うん、そうだよ。この子にぴったりだろう？」 　ヴィクトルの瞳が優しく、ベッドで寝ている銀色の人魚を見るから、勇利はそれに勇気づけられるように口を開いた。 「日本語では、“愛”ってそのままの名前があるんだ。だけど、これ女の子の名前だから……」 　勇利は一旦書いた、『愛』の文字の横に、もう一つ、ヴィクトルからみれば幾何学模様なみに複雑に見えるたろう、文字を書いた。 『藍』 　と……。 「これも、アイって読むの？このLOVEを現す文字と同じ意味？」 「ううん、同じ発音だけどね。これは色を現す、インディゴブルー。ジャパンブルーとも言うね」 　そう説明してから、勇利は苦笑する。 「本当なら、司朗に付けるべきなんだろうけど、どうしてか、こっちが浮かんで頭から離れなくて、それとね、日本のことわざにもある」 「ことわざ？」 「青は藍より出でて藍より青し……ってね。藍は知ってると思うけど染料の元でしょう？それが元よりもさらに、鮮やかな青になることから、弟子が師を越える例えに使われるんだ」 　「僕はこの子達がどんな道を選んでも、応援するつもりだけどね」と勇利は付け加える。長谷津の両親もフィギュアスケートのことはなにも知らないのに、勇利の好きなようにと応援してくれた。一見ぶっきらぼうな姉もそうだ。それに一番最初の師と言ってよい、ミナコ先生も。 　自分が彼らを越えられたなんて……思わない。それでも、この子達には羽ばたいて欲しいと思う。なんだっていい、一番星でなくたっていい。自分がかけがえのないと思う、光輝くものを。 「いいね、すごくいい。じゃあ、司朗と藍で決まりだ」 「うん」 　ルスラーン・司朗・勝生・ニキフォロフ 　リュドミール・藍・勝生・ニキフォロフ 　二人の名前が決まった。 　これは翌日のロシアどころか、世界中の斑類タイムズの一面トップを飾ったのは言うまでもない。 [newpage] 　三年後。 　五月の連休も終わって、ちょっと閑散とした長谷津を、歩く四人の親子連れの姿があった。 　一人は青いフレームの眼鏡をかけた日本人の青年。下手をすれば十代に見えるが、これでも三十路直前だ。どこにでもいそうで、実はどこにでもいない。気づいた人は大概驚いて振り返るが、そのとき彼はだいたい遥か遠くに通り過ぎたあとだ。 　それから、こちらは誰もが知ってるロシアの美丈夫にして、レジェンド。銀髪碧眼に長身に長い手足、パートナーの黒髪の青年としては、彼といるならば目立たないなんて無理だ……と共にいるようになって早々に諦めた。 　まして、彼にそっくりな（“夫”いわく、お前にもそっくりだよ！だそうだ）“双子”がいれば。 　一人は、黒髪に“母親”と同じ濃いアンバーの瞳を持つ少年。だが、その顔立ちは手を繋いで隣を歩く父にそっくりなのだ。漆黒の髪と黒い瞳のレジェンドなんて、エキゾチック過ぎて倒れそう……なんて、三歳にしてすでに、きゃあきゃあ、女性達から騒がれているけれど、本人は母親に手を繋がれた“弟”に夢中だ。 　その弟といえば、銀髪にアイスブルーの瞳と色合いは父親から、ふっくらした頬に大きなこぼれるような瞳の愛らしい顔立ちは母親から受け継いだ。“天使（アンジェ）”なんてあだ名が、ぴったりくるような男の子だ。 　ルスラーンとリュドミールは今年で三歳になった。魂現も安定して、しっかり人の形をとれるようになって、これなら大丈夫と、今年、初めて長谷津に里帰りすることにしたのだ。 　世間では、二人はヴィクトルと勇利の“養子”ということになっている。斑類の世界ではなく、普通の人間達の世界では……ということだ。 　ただ、双子があまりにヴィクトルと勇利に似ていることから、代理母だの、ロシアが秘密裏に行った遺伝子実験のデザイナーズチャイルドではないか？とかまで、噂は流れているが、ヴィクトルと勇利はこのことに関しては沈黙を守ったままだ。書き立てるマスコミにしても、三流タブロイドばかりであるから、ほとんどの良識ある人々は、本気になどしていない。 　なによりも、半分の世界の斑類達は真実を知っている。 　知らないのは普通の……猿から進化した人々。 「……勇利、怖いの？」 　ゆ～とぴあへの道を歩きながら、ヴィクトルが聞く。勇利はこくりとうなずいた。 　博多駅からタクシーを利用したってよかった。それをしないで電車と徒歩にしたのは、心の準備の時間が欲しかったのだ。飛行機の中でも新幹線の中でも散々考えたのに、答えは出ない。いや、家族の顔を見るまで、勇利にだってわからないけれど。 「正直ね。父さんと母さん……それに姉さんがどんな顔するか」 　ミナコと違って、勇利の家族でありながら、この三人は斑類ではない。猿人という呼び方は、勇利は好きではないが、それでも斑類達がそう呼ぶ、普通の人々なのだ。 　こちらの世界のことを知らない。当然、双子達は世間が言う通り、ヴィクトルと勇利がパートナーとしてとった“養子”だと思っているだろう。血のつながりのない、赤の他人の子供だと。 　それよりなにより、同性同士の夫婦の子ということだ。二人の関係はそれこそ勇利がロシアに浚われるようにして行った直後から、それとなく噂されていて、三流ダブロイドにも何度も書き立てられていた。 　だけど、双子が生まれるまでは、はっきりと公表したことはなかった。子供達が誕生して、そして彼らを守るためにも、はっきりとカミングアウトしたのは、そのあと。 　長谷津には、あの卵が浚われたり色々あったときから、訪れていない。姉の真利とはメールなどでやりとりはしていたし、両親とも国際電話で正月などの季節のおりに挨拶はしていたけれど、この話題に触れたことはなかった。 「大丈夫だよ」 「ヴィクトル……」 　ルスラーンと手を繋いでいない、もう片方の手で肩を抱き寄せられて、勇利はヴィクトルの肩に甘えるように、頭をのせる。 「勇利の両親だ。俺は勇利のパーパとマーマのことは大好きだ。もちろん、真利も」 「うん、僕も大好きだよ」 　日本人だから、面と向かって口にしあったりしないけれど、それでも大切な愛すべき家族だと、みんなわかりあっていた。だから、勇利のスケートを応援してくれたし、アメリカに行ったと思ったら、今度はロシアへ……と、出て行きっぱなしで家に帰って来ない息子を、それでも応援してくれたのだ。 「あ、勇利の家が見えてきた」 　ヴィクトルのその言葉にドキリとする。ゆ～とぴあかつきの温泉施設の玄関。その門の前に、人陰が見えた。それもミナコに両親、姉だけじゃない。たくさん。 「おお、帰ってきた！」 「そろそろやと待っとっていたんだ」 「お～い、待ちくたびれたぞ！」 　なんて大きな声で手を振っているのは、常連のおっちゃん達で、そして、その真ん中の両親は。 「ああ、あん子達ん司朗に藍やなあ」 「写真で見っより、ずっとやーらしかねぇ」 　やーらしとは、可愛らしいということだ。父の言葉には偽りなく、その目尻は下がっている。 「父さん。写真じゃなくてスマホの画像なんだけど……全部写真だもんね、ま、いいか」 　母と父と姉が口々にそんなこと言い合っている。そこには全然嫌悪の色なんてなんて……。 　いや、家族だけじゃなくて、常連さん達も、もしかしなくたって長谷津のみんなが、自分達の帰りを待ってくれていた？ 　そういえば、到着した駅でだって「応援してるよ！」と声をかけられたり「かわいい子達だね」なんて言われたけど、誰も、冷ややかな視線なんて一つも向けられなかった。 　それで気づくべきだったのに、この自分の故郷の大きな愛を。 「ふ……」 　はらはらと勇利の頬に涙が伝う。それに気づいた子供達が心配そうに「「マーマ？」」と口にする。それにヴィクトルが身を屈めて「マーマは大丈夫、それより」と双子に耳打ちすれば、双子はこくりとうなずいて、そして、門で待ち構える人達に駆けて行った。 「じぃじ！」 「ばぁば！」 　それはパーパとマーマの響きと同じで、サンクトペテルブルクのフラットで、ヴィクトルと三人で練習しているのを、勇利は微笑ましく見ていた。長谷津の家族の画像をタブレットに映して、指をさして「これがじぃじで、これがばぁば、これが、ねぇね」だと。 　真利は本当は伯母さんになるのだが、そんなことこの子達に言わせたら、俺が技を仕掛けられちゃうよ！とはヴィクトルの弁だ。どんな技なのか、勇利には想像つかないが、たしかにあの姉ならば、さもありんとは思う。 　その真利は、笑顔の祖父母達に飛びつき抱かれた双子に「「ねぇね」」と口をそろえて言われて、照れたように笑っている。常連さん達も満面の笑顔で、そんな家族達を囲んで、それから気づいた数人が「ほら、お前らもこっちにこい」と手招きしている。 　勇利は涙を指でふいて、ヴィクトルに肩を抱かれて促されるように歩み出す。そして、ヴィクトルが口を開く。 「いつか、長谷津に家を建てよう。ここにいつでも帰って来られるように」 「え？」 　では一瞬、サンクトペテルブルクを離れるのか？と勇利は声をあげた。あそこは故郷ではないけれど、でも勇利にとってすでに愛する街だ。なにより、ヴィクトルと双子にとっては、まさしく故郷で。「そうじゃない」とヴィクトルは首を振る。 「もちろん、ピーテルにだって“帰る”さ。どちらも、俺達の“ホーム”なんだから」 「うん！」 　そうだ。“どちらか”なんてこだわる必要はない。どちらも大切な街で故郷で、愛する場所だ。 　それに。 「僕にとってはヴィクトルと、それにルーシャとリューダと……これから生まれる子供達がいるところが、帰る場所だから」 　ふと、ずっと昔に、この長谷津に流れ着いた人魚のことを想う。たぶん人魚にとっても、家族が出来た、この場所こそが、守るべき場所（ホーム）となったのだ。 「その言葉、そっくり勇利に返すよ。勇利と俺達の子供達の居る場所が、俺の帰るところだ」 　そして、目の前の銀狼（フェンリル）が目を細める。「お～い、さっさと来い！」と再び常連さんが急かす声が聞こえて、二人は顔を見合わせて笑いあって、そして手を繋ぎ、彼らの元へと歩み出した。 　愛する人達の元へと。 　　　END

「人魚の王子様」シリーズの続きです……<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/series/941420">novel/series/941420</a></strong><br /><br />セクピスパロ。銀狼ヴィクトル×先祖返り人魚勇利君。<br /><br />前回のあらすじ<br />グランプリファイナルで最下位だった勇利君がそのショックから、先祖返りの人魚になって、銀狼（フェンリル）のヴィクトルに見初められて、ロシアに連れ去られ、くっついて、コーチもされて全日本も惨敗せずに金メダルとって、色々事件は起こったけど、幸せでラブラブになりました。<br /><br />今回はいよいよ、子作り？編。無事に卵はうまれたのですが……。<br /><br />完結いたしました。総集編＋R18部分＋書き下ろしのオフは、11月オンリーで出す予定です。<br />よろしかったら、アンケートにお答えください。<br /><br />2018年08月21日付の[小説] デイリーランキング 58 位<br />2018年08月21日付の[小説] 女子に人気ランキング 17 位<br />2018年08月22日付の[小説] デイリーランキング 45 位<br />ありがとうございました。

人魚のたまご　最終回

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10019446#1

執行された勢いで書きました。 ＩＱなんてものは存在しません。 ご都合主義です。 キャプションはご確認ください。 夢小説です。 読んだ際の苦情等は一切受け付けておりません。 [newpage] 父は警察官僚の偉い人、飛び切りの権力者だった。そんな父の元に生まれた私は良くも悪くも諦めのいい人間に育った。愛されていない訳ではない、けれど、父は警察という仕事に何よりも力をいれていた。 「お前の結婚相手は将来有望な警察官だ、国の為にお前には自由に恋愛をさせてはやれない」 小さい頃からずっと父にそう言われていた。うん、まぁずっとこれを言われ続けてきたのもあって仕方ないか、という諦めになるのは早かった。人並みに恋愛結婚したいなとか思った時期がないわけではないけれど、お見合い結婚でもいい家庭が築ければそれでいいか。相手は父が選ぶ警察官のようだし変な人ではないはずだ。普通とは少し違うかもしれないが、それでも幸せな家庭 を築ければいいや、なんて思っていたこともありました。 結婚相手の顔を見ることもなく結婚してもうすぐ一年が経とうとしてるんだけど、これってどういうことよ？！ いやいやいや、さすがにない、さすがに１年はないでしょ！と自分でツッコミをいれるが残念ながら事実は変わらない。私の旦那である人の名前を『降谷零』というらいし。いや、らしいというか、そう言うのだが本人の口から聞いたことはない、なぜならまだ会ったことがないから。 まず父からお見合いの相手が決まったと連絡があった。それと同時に釣書が送られてきたのだが写真がなかった。何やら色々と事情があるらしく、写真は用意できないが顔も性格もいい男だと聞いた。そしてお見合い当日、任務が入ったということでお見合い事態がなくなった。いや、なくなったとは言わない。例え降谷さんが不在だろうとお見合いをしたという事実は残ったのでそのまま話が進むことになった。それでも、やはり父も人の子、私が見ず知らずの相手に嫁ぐのは可哀そうだと思ってくれたようで、デートの機会を何度か設けてくれた。降谷さんからビックリするくらい事務的な連絡がトークアプリからきたので同じように返信をしていざ待ち合わせ！見事にすっぽ かされた。駅前でずっ と連絡がとれない辛さってないよね、いつ来るのかとか色々考えて動くに動けなくなるこの辛さったらない。夕方になってやっと「仕事でいけなくなった」と連絡が入った時には携帯を投げそうになった。もっと早く連絡ください！と怒りの返信をしたところ、すまない、とだけ来て会話は終了した。 その後も何度かデートの機会はあったのだが、それらは全てドタキャン、もしくは相手が来なくて中止という流れになってしまった。もうここまできたらあれかな？降谷さん私とデートとかそもそもする気ないのでは？と思ったが結婚話が流れることはなかった。権力って怖い。 結婚もビックリするくらいあっさりしたものだった。式は理由があってすぐにあげることが出来ないので一旦保留。住む場所は降谷さん改め零さん指定のマンションになったので引っ越しをした。マンションの中へと入れば机の上に婚姻届が置いてあり、記入してほしいとメモがついていた。更にいうなら結婚生活においての契約書みたいなものまでついてきていた。 なんか色々書いてあったけど『外では他人のふりをすること』とかいう文を読んでは？となってしまった。なんで他人？とか色々思うこともあるんだけど、それより何よりも私貴方のこと顔すらしらないので他人のふりというよりは他人では？と思ってしまった。『仕事についてあまり詮索しないこと』『結婚したと言うのは構わないが、夫のことについては周りにあまり話さないこと』とかもあったんだけど、あの、会ってもない人間のことをどう詮索したらいいの？どう話せばいいの？逆にやり方を教えて欲しいくらいだ。 そんなこんなで始まった結婚生活なのだが、夫が帰ってこねええええええ！！！な日々が続いている。最初の１ヶ月は多分本当に帰って来てなかったと思う。帰ってきた形跡もなければ気配もない。私この家で一人暮らし始めたっけ？とよく思ったものだった。それから暫くして零さんが帰ってきた形跡があった。なんでわかったかってそれは洗濯物。家に帰ったら洗濯機が回っていたので、あ、帰ってきたんだなって分かった。分かったけど夫の姿はどこにもなく、仕方ないので洗い終わった洗濯物を干して畳んで夫の部屋に置いておいた。夫の部屋に放置してあったスーツもとりあえずクリーニングに出して元の位置にかけておいた。 そうしてさらに数日後、そのスーツが消えて いて新しい 洗濯物が出ていたので、あ、また帰ってきたんだなと分かった。そこから、私は夫の服を洗濯したりスーツをクリーニングに出すようになった。うん、零さんとやらは私のことクリーニング屋の社員だと思ってるんじゃないかな？ちなみに私は普通の企業の一般事務です。 ３ヶ月くらいしてから、零さんが夜に寝る為に帰っていることが本当にたまにあることに気が付いた。夜中に物音がして目が覚めたと思ったら、私の部屋の隣にある零さんの部屋のドアが閉まる音がしたのだ。それに驚いて慌てて玄関へと足を進めれば男物の靴が置いてある。あ、これ帰ってきたんだ、とちょっとだけドキドキしたのを覚えている。初めて零さんとこんなに近くにいたんじゃないだろうか？もしかして、明日の朝早めに起きれば会えたりするのでは？もう今日は部屋に入ってしまっているみたいだし、夜も遅い……というか今何時だ？２時過ぎてるじゃん？！ってことで、今声をかけるのはなんとなく悪い気がしたので遠慮しておいた。明日早く起きればいいやと思 って６時前に起きてドキドキしながら朝食の準備をして、ちょっとゴミ出しに行かなきゃと玄関にいって気が付いた。昨日あったはずの靴がない。慌てて零さんの部屋へと入ってみればそこはもぬけの殻。え、２時に帰ってきて６時前には出かけるってどんな仕事してたらそんなことになるの？とチベスナ顔をやめられなかったし、会えなかった。 零さんに伝えたいことがあればとりあえずトークアプリで連絡をするようにはしている。してはいるが返信がほぼない。たまに『わかった』と一言短い返信がくることがあるのだが、本当にそれ以外はきたことがない。結婚してるんだよね私達？まだ会ったこともなければ話したこともないけど一応夫婦なんだよね？お見合いで結婚したから最初はぎこちないけど優しくて温かい家庭を作りたいって思ってたはずだったのにどうしてこうなった？と思い悩んでも仕方がないので諦めることにした。私の夫はこういう人なのだ。温かい家庭も子供をつくると言うことも憧れてはいた。憧れてはいたが無理なら無理で仕方がない。離婚も立場上出来ないだろうし、相手を変えるよりも自分 を変える ことの方がきっと楽だと思う。すぐには無理でも少しずつ諦めるようにしよう。やっとそう思えるようになったのは結婚して半年がすぎてからのことだった。 ■■■ 仕事を終えてふらりとよるのは喫茶ポアロ、ここ数年私がずっと通っている喫茶店だ。 「こんにちはー」 「あ、いらっしゃいませ、おかえりなさい」 扉をあけて中に入れば、にっこり笑顔が眩しいイケメンが出迎えてくれる。ポアロにはマスターの他に何人か店員さんがいる。私がよく会うのは梓さんという女性の店員さんとここにいる安室さんというイケメンだ。今日は梓さんはおらず安室さんがカウンターでにっこち笑顔でこちらを迎えてくれている。 「わー！あむぴ久しぶりだねー！」 「ちょっと探偵業の方が忙しかったのでお休みさせて貰っていたんです」 「今日から復帰？」 「はい、また頑張りますので宜しくお願いします」 そんな会話をしながら店内を見渡せば、時間が少し遅いということもあって女子高生達も帰って人がいない状態だ。これ幸いにとカウンターへと腰かけてコーヒーとナポリタンを注文する。安室さんことあむぴが手際よくナポリタンを作っているのをぼんやり見つめながら思わず息を吐く。 「溜息をついたら幸せが逃げてしまいますよ？」 「あむぴの作ったナポリタンが食べれる幸せが目の前にあるから大丈夫」 そんな私の言葉に苦笑しながら出来上がったばかりのナポリタンを私の前に差し出してくれる。それにお礼を言ってフォークを取って一口、うん、やっぱり今日もあむぴの作ったナポリタンは最高に美味しい。 「あむぴあむぴ、ちょっとした報告なんだけどさ」 「はいはい、なんですか？」 「私、この結婚生活諦めることにした」 「……は？」 私の突然の言葉にあむぴは驚いた顔でこちらを見つめてくる。今のは？って言葉はちょっと普段とはトーンが違ったので地がでたのかな？なんて思いながらも、もう一口とナポリタンを口にする。実はあむぴには今までに何度も夫である零さんとの結婚生活の愚痴を言いまくっていた。とはいっても、零さんに会ったこともない私なので、言えるのは「家に帰ってこなーい！」という不満ばかり。 「あの人絶対私のことクリーニングマシーンだと思ってるよね！」 「昨日旦那っぽい人の後ろ姿見たんだけどあの人旦那かな？黒髪単発で眼鏡で緑っぽいスーツ着てたんだけど……緑っぽいスーツなんてクリーニング出したことないから別人かな？」 なんて私の怒り狂う私の言葉や疑問に苦笑しながらもうんうんと聞いてくれくれたのがあむぴだった。私立探偵の見習いでしょー！聞いてー！なんていう私のバカみたいな発言にも怒ることなく聞いてくれたのだ。それから月に数回、こうしてお客さんがいなくなったタイミングで怒る私の話を彼は聞いてくれた。特別なことを言ってくれる訳ではない。それでも、時折「頑張っている奥さんに差し入れです」なんてウインクと共にケーキをサービスしてくれた。あ、これはファン増えるわ。JKにモテるわ、そういうとこだぞあむぴ！と思いながらもその優しさに甘えてしまっていた。あむぴ、ちょっとお姉さんがお小遣いあげる、だからまた愚痴聞いてくれない？ 「１年間頑張ろうって思ってたの。で、１週間前が結婚１周年だったんだけど……何もなかったんだよね」 そう、昨日が結婚１周年だった。記念日がー！という記念日人間ではないのだけれど、未だに会ったことのない夫にアクションできる最後のチャンスだと思っていた。今までも何度も何度も記念日にかこつけて夫に会おうと、連絡を取ろうと努力してきたのだ。それは夫の誕生日だったり、結婚１ヶ月や半年の記念だったり、クリスマスや正月だったりと様々だ。週に何度かトークアプリに今日の報告をしてみたりもしていた。けど、残念ながらそれらは全て空回りに終わってしまった。 記念日は全てスルーされて家に帰ってくることはなかったし、会うこともなかった。夫の誕生日プレゼントにと時計を選んでみたのだが、それ使われることもなく、夫の部屋からすらなくなっていた。きっと気に入らなかったのだと思う。クリスマスや１ヶ月記念日にも夫にとプレゼントを色々と用意してみたのだが、残念ながら夫の好みには合わなかったのか、彼の部屋でそれらの品物を見ることはなかった。 ただ、一度だけ私の誕生日の日に反応をくれた。朝、目が覚めたら枕元にテディベアが置いてあったのだ。抱きしめるのにちょうどいい、大きめなサイズのそれに初めはちょっと驚いた。え、なんで枕元にクマ？今日クリスマスだっけ？と考えてから気が付いた。私の誕生日！慌てて家の中を探したけれど送り主であろう夫の姿はやはりなく、部屋へと戻りクマを抱き上げれば、小さな手紙を発見した。 『誕生日おめでとう　降谷零より』 ただそれだけだった、たったそれだけの簡素なものだったが、そのカードとクマはその日から私の宝物になった。ちなみに、クマは足に数字の零なのかアルファベットのOなのかは分からないが丸い文字の刺しゅうが入っていた。零さんだからゼロなのかな？と思ったのでゼロくんと命名した。零くんでもよかったけれど、夫の前で零くんとかうっかり言ってしまうと恥ずかしいのでゼロくん、君は今日からゼロくん！家の中にいる間、ゼロくんは常に私と行動をするようになったけれど、嬉しかったんだから仕方がないと思う。 食事をするときは夫が帰ってこない寂しさからゼロくんを目の前の椅子に座らせて本日の報告をしつつご飯を食べる。痛いとかそういう声は受け付けません聞こえません！いい年した大人がぬいぐるみなんてとか言わないで欲しい。というか言っても聞こえません、私の耳は都合よく出来ております！寂しいんだよこっちは！帰らない夫をずっと待つって寂しいんだよ！まぁ相手の顔も知らないけどな！！ そんなことがあって為か、私はやっぱり夫のことを上手く諦めることができなかった。なんとかして連絡を取ろうと、会ってみようと必死になって過ごしていた。一度だけ、たった一度誕生日の贈り物をしてもらっただけ、本当にただそれだけの赤の他人のはずなのに。相手が顔もまだ見ぬ夫と、自分がこれから生涯一緒に歩いていくはずの相手身体ということだけで私は彼に抱く期待を捨てきることが出来なかった。 そして１週間前の結婚記念日。記念日の１週間も前からドキドキしながらずっと連絡をしていたのだ。 『当日でなくてもいいから帰ってこれないでしょうか？』 『会うことができないならせめて電話をして貰えないでしょうか？』 『それもダメなら簡単な返信だけでもいいのでお願いできないですか？』 こういった連絡を送っていたのだが全て無視された。既読のマークがついているので読んでいないことはないはずだが、返信が来ない！全くこない！！あれー？私もしかして企業のアプリにメッセージ送り続けてるとかじゃないよね？このアプリは返信できません！送信専用です、みたいな！企業のアプリの方が自動返信で無理ですってくるから優秀だよ！ 全く返信がこなくて、それでも諦めきれずに１週間待ったけどやはり夫からは何もなかった。私、どうしてこんな会ったこともない夫に期待して必死になってるんだろうって１週間ずっと……いや、１週間どころじゃない、ずっとずっと考えていた。残念ながら答えは出ることはなかったけれど、多分、私は心のどこかでずっと普通の結婚生活や家族に憧れていて、どうにかそれを現実に出来ないかと一人で空回っていたのだと思う。 「私、多分普通の結婚生活に憧れていたんだと思う。だからお見合い結婚だったとしても普通の家庭が築きたかったんだと思う。でも、よく考えたら父親から言われてたんだよね、自由な恋愛はさせてやれないって、それがきっとこのことなんだよ」 「……」 私の言葉にあむぴは悲しげな表情を浮かべてくれる。いやー、本当ごめんねこんな愚痴にばっかり付き合わせて申し訳ない。今日で最後にするのでどうかちょっとだけ付き合ってほしい。その分料金上乗せしていいから、ほら、探偵のお悩み相談室的なのを開催してほしい。 「きっと夫も困ってるだろうし、諦めることにする」 「貴方は……それでいいんですか？」 「うん、１年間も悪あがきしてきたし、夫には悪いことしたなって思ってる。もう必要以上の連絡もしないし、プレゼントもきっと迷惑だからやめる。あむぴも今までいっぱい愚痴聞かせてきてごめんね」 「いえ、僕は特になにもしていませんよ」 悲しげに微笑むあむぴに申し訳なってくる。大丈夫だよ、そんな顔をあむぴがしなくていいんだよ！ってまぁさせてるの私がこんな面倒な話を聞かせているからだけど。いや本当、こんな話正直あむぴくらいにしか出来なかったのだ。会社の同僚に話せばドン引き案件だろうし、友人に話せば怒り狂ってしまうし、両親には絶対に話せない。知人以上、友達未満の探偵見習いという立場のあむぴには本当に申し訳ないが、話すにはちょうどいい立ち位置にあむぴがいたのでついつい甘えてしまっていた。 「もー！そういうところ本当にいい子だよね君！本当にいい子だよねあむぴ！人の気持ちにより添える所本当に推せると思います！立派な私立探偵になった暁にはぜひ夫の顔写真を入手して頂きたい！依頼するからよろしくね！」 「はは、それは嬉しいです。その時にはしっかり調査してみせますね」 素直な気持ちを口にすれば安室さんは笑ってくれた。うんうん、私に湿っぽい感じは似合わない。諦めがいいのが私の長所なのだ。今回のことも多少は時間がかかるが諦めれる。だから、今日はちょっとだけしんみりして、明日からまた頑張ろうと決めた。今までずと愚痴を聞いて貰っていたあむぴにもきちんと報告ができたことだし、ここらで区切りをつけるべきなのだ。 「あむぴあむぴ、私が何か奢るからあむぴも好きな物注文して」 「おや、どうしたんですか？」 「今日でスパッと忘れて輝かしい明日に進むために奮発するの。あ、このケーキ食べたい、まだある？」 「ええ、そちらならまだありますよ？」 「あむぴも自分の分で頼んでいいから最後に１分間だけちょっと弱音はいていい？」 まだ残っていた美味しそうなケーキを前に私があむぴにお願いすれば、彼はいつものようににっこりと微笑んだ了承してくれる。本当にできた人だと思う。私立探偵を目指すのは大変なことだとは思うけど本当に頑張って欲しい。 「追加料金ましましでちょっと払ってもいいから、弱音吐いた後、１分間だけ頭撫でるとかいうオプションないかな？」 「僕のオプション料金は高いですよ？」 「おいくら万円です？」 「そうですね、では諭吉さん５人でどうです？」 「足元みてる！そして払える金額なのが本気っぽくて怖い！！」 軽口を叩けば相手をしてくれる人がいる。あむぴだけじゃない、梓さんもマスターもポアロの人達は皆優しい。私には数少ないけれど信頼できる友人がいる。父や母にはこんなことは口が裂けても言えないけれど、それでも大好きな家族だっている。だから、大丈夫。ちょっと夫と相性が悪かったと思えばいいのだ。会ったことないから相性とかあれかもしれないけどほら、あれだよ、物理的相性が悪いんだよ……自分で言っておいてなんだ、物理的相性って。まぁでも、まだまだ続くであろう結婚生活の中のほんの１年、最初の１年会えなかっただけで、これからまだまだ会う機会はきっとあるはずだ。だから大丈夫、悲観なんてすることはない。いつの日にかふいに会って初めまして！ってして、そこから良好な家庭を築けていけるはずなのだ。だから悲しくなんてない、ないはずなのに。 「寂しい、寂しいよ……！」 ポロリと涙と共に零れた本音を、安室さんはただ黙って聞いてくれた。

降谷さんとお見合い結婚したのはいいけれど、物理的に一度も会えずに一年間が経過したお話です。<br /><br />前回いいねやお気に入り、スタンプ、コメント、タグと有難うございました！<br />コメント等全部返信できておらず申し訳ありません。<br />全て読ませて頂いています、とても嬉しいです！<br />文字コメント頂けるととてもやる気が出るので宜しければぜひお願いします。<br /><br />今回こちらのみ読むと悲恋となります、ご注意ください。<br /><br />ただ私はハピエン厨です。もう一度言います、ハピエン厨です。<br />この意味がわかりますね？

結婚した夫と一度も会ったことがない件について

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ロシア、サンクトペテルブルク。 チムピオーンスポーツクラブで指導にあたっていたヤコフコーチは、時計をちらりと見た後にリンクに向かって言った。 「しばらく外す。さぼるんじゃないぞユーリ」 「ああ？わあってるよ」 ユーリ・プリセツキーは勇利がロシアに来た当初より身長が伸びて、顔つきも大人っぽくなっていたのだが、ったく何年前のことを言ってんだ最近はさぼってねえだろ、などとグチグチ言う姿はいまだ子供っぽさが残っている。 そんなユーリに構わずヤコフはクラブ内にある応接室に向かった。 「お前がアポを取るなんて初めてだな」 そう言ってヤコフが応接室に入ると、それぞれスーツに身を包んだヴィクトルと勇利がいた。 「こういう時はきちんとするべきだ、て勇利が言うからね」 「お時間とって頂いてすみません、ヤコフコーチ」 畏まって言う勇利の腰には当然のようにヴィクトルの手が添えられている。 二人の密着っぷりはいつものことなのでヤコフコーチは意に介さずソファーに座った。 二人も向かいのソファーに座り、すぐにヴィクトルが勇利の手を握った。 「何か報告があるとの事だったが、この数日休んだことと関係あるのか」 前日、練習に来るはずだったヴィクトルと勇利がどちらも休んだ。 その前日と前々日にも勇利が練習を休んでいたので、ユーリが若干つまらなそうにしていたことをヤコフは思い出していた。 「そうなんだ。…昨日は丸一日かけて二人で話し合っていたんだ」 丸一日、という言葉にこれは割と重大な報告をされるのではないかとヤコフは身構えた。 「…それで、報告というのは何だ」 ヴィクトルと勇利は揃って表情を引き締めた。 「ヤコフ……実は、勇利が俺の子を妊娠したんだ」 ヤコフは石のように固まった。 「……ヤコフ？聞いてる？もう一度言おうか？勇利が妊娠したよ。俺の子を身ごもったよ！」 ヴィクトルはにっこり笑って勇利の肩を抱いた。 「き…聞こえとるわ！な、なんだ、何の冗談だ」 「冗談じゃないよー。ねえ勇利」 「はい、冗談ではないんですヤコフコーチ…。誠に申し訳ございません」 勇利が深々と頭を下げたので、ヤコフは焦り始めた。 「に、妊娠…？身ごもっただと？カツキがか？」 「そうだよ。男性も妊娠するっていうのはヤコフだって知ってるよね」 確かに聞いたことはある。だが極めてまれな事なので、妊娠という言葉と目の前にいる勇利とがどうしても結びつかなかった。 「ちゃんと病院で調べたから間違いないよ。今3ヶ月だって」 勇利が少し微笑んで、まだへこんだままの自分のお腹に手を当てた。 その姿にヤコフははっとして、どうやら本当のことらしいと感じた。しかしこれは困ったことになった。 頭を抱えてうめき始めたヤコフを見て、ヴィクトルが呑気にヤコフー？大丈夫ー？と声をかけてきたのでヤコフは若干いらついた。 「妊娠…妊娠だと？お前達、自分の立場をわかっているのか？」 ヤコフは立ち上がった。 「お前達は現役選手だぞ？それも世界ランク1位と2位の！しかもお前はカツキのコーチでもある！コーチが選手を孕ませただと！？これがどういう事だかわかっているのか！」 あまりの怒声に部屋中がびりびりと震動した。 「分かっているよ。この事態を一番深刻に受け止めているのは他でもない、俺と勇利だよ」 「一番だと！？カツキの選手生命を潰したお前は言う資格がないわ！」 「ヤ、ヤコフコーチ」 ヤコフの剣幕に若干青い顔をしていた勇利が意を決して口を開いた。 「僕のような他国の選手を受け入れてくださったのに、こんな事になってしまって本当に申し訳ございません。でも、こうなった以上は産むしかないと思っています」 「カツキ」 「今シーズンは休まざるを得ません。…だけど、来シーズンは復帰するつもりです」 「なんだと！？」 「その事について、俺と勇利は納得するまで話し合った。ヤコフも聞いてほしい」 勇利が妊娠を告げてヴィクトルがその事実を受け入れた後、泣き崩れた勇利をヴィクトルは抱きしめて黙って背中を撫で続けた。 ヴィクトルの上着とシャツがびしょびしょになった頃にようやく泣き止んだ勇利は、一言「疲れた…」とつぶやいた。 その後軽く食事を摂り、２人でゆっくりとお風呂に入った後に抱き合って眠った。 翌朝、熟睡してすっきりした勇利と目の下に少し隈が出来ているヴィクトルとで今後のことについて何時間も話し合った。 「今シーズン、勇利は産休に入って俺は選手の方に集中する。これは勇利の希望でもある。それで、しばらくは他の仕事をセーブしたいんだ。…出来るだけ勇利のそばにいたいから。そして出産後落ち着いたら勇利をリンクに戻したい」 ヴィクトルと勇利は見つめ合った。 「…言葉で言うのは簡単だが、本当にカツキを復帰させられると思っているのか。カツキは日本のトップ選手だぞ。そのレベルまで戻せるのか」 少し落ち着きを取り戻したヤコフが問うと、ヴィクトルが答えた。 「確かにこれまでで一番厳しい道のりになると思う。出産したら身体の造りが変わってしまうだろうし」 ヴィクトルは勇利をいたわるように見た。勇利はうつむいて黙っている。 「勇利はコーチは引き続き俺にやってもらいたいと言っているから、俺は勇利が復帰できるように最大限サポートする。やれることは何でもする。そして必ず表彰台に登れる選手に戻す。それが俺なりのコーチとしての責任の取り方だと思う。それでいいんだよね、勇利」 「…うん。僕は絶対にまた表彰台に立ちたい。その為ならどんな努力でもします。だから復帰したらまたここで練習させてほしいんです、ヤコフコーチ」 真剣な顔つきの二人を見て、ヤコフコーチは大きく溜息をつきソファーに座り込んだ。 「…たわけたことを…本当に実現出来ると思っているのか」 「俺と勇利は出来ると信じているよ」 「問題はそれ以外にも山積みだ。それも分かっているのか」 「それは…あれ、勇利顔色悪いよ」 ヴィクトルが勇利の青い顔を見て言った。 「えっ…い、いや大丈夫だから」 「つわりが始まってるんだ。勇利はちょっと休憩するといいよ。なにか飲んでおいで。いいよねヤコフ」 「そんな、大丈夫だって…」 「…いや、つわりなら休めカツキ。ヴィクトルはもうしばらく説教してやらにゃならんからすまんが１人で行ってくれるか」 「ヤ、ヤコフコーチまで…分かりました…すみません」 勇利はぺこぺこ頭を下げながら退室した。 「…ありがとうヤコフ。ここから先はあまり勇利に聞かせたくなくてね」 「ふん。お前の考えることなどお見通しだ。…どうせ国同士の話だろう」 ヴィクトルはヤコフの言葉に困ったように笑った。 「そうなんだ。ヤコフもさっき言った通り、勇利は世界ランク2位であり、日本のトップ選手だからね。日本側への伝え方は慎重にしないといけないと思っている。…そしてロシア側にも」 「…確かにな。そのまま伝えたら間違いなく揉めることになる」 そこから２人の密談が始まった。 [newpage] 「あれ、カツキ？今日来てたんだ。ていうか何でスーツなの？」 ベンチで水を飲んでいた勇利に声をかけたのは、ミラ・バビチェヴァだ。 「ミラ…ああ、ユリオも。ちょっとね…そっちは休憩？」 「そ。ヤコフコーチなかなか戻ってこないし、自主練も疲れてきたからちょっと息抜き」 「そっか…お疲れさま」 「お前なんで練習来ないんだよ。サボってんじゃねえぞ」 「ちょっとユーリ。カツキが来なくて寂しいからってそういう言い方はダメよ」 「ばっ…！んな訳あるか！ふざけたことぬかしてんじゃねえ！」 このやり取りもしばらく聞けなくなるんだな、と勇利は寂しく思った。 「あはは……これから試合にも練習にも出られなくなるから、それをヴィクトルと一緒にヤコフコーチに報告に来たんだ」 「え！？」 「は！？」 ミラとユリオは同時に大声を出したので、勇利は焦った。 「２人とも声が大きいよ…！あああまだ秘密なんだけどつい言っちゃった！」 「ええっと…どういう事なのカツキ？何か事情があるの？」 「てめえどういう事だカツ丼！きっちり説明しろ！」 ちゃんと声を潜めてくれたミラと、少しだけ潜めてくれたユリオに詰め寄られて勇利は迷った。 「うう～ん…ええと…どうしよう…。い、今から話す事は誰にも言わないでくれる？」 「わかったわ。私口は堅いから大丈夫よ」 「いいから早く言えっつうの」 じりじりしている２人を見て、勇利は心を決めた。 「ええとね…実は………に、妊娠したから、滑れなくなっちゃって」 ミラとユリオの呼吸が止まった。 「………えっ？」 先に言葉を発したのはミラだった。ユリオは口を開けたまま固まっている。 「ごめん、妊娠て聞こえたんだけど聞き間違いよね？」 「ううん、間違えてないよ…僕のお腹に赤ちゃんが出来たってこと」 ミラはとっさに勇利のお腹を見た。 「3ヶ月だって」 「……！そ、そっか、男性も妊娠するもんね…。えっでもほんとに？えっとえっと、相手はもちろん…」 「び、ヴィクトルです…」 キャー！と小声で叫ぶミラの反応に勇利がたはは、と笑っていると、ユリオが無言のまま走りだした。 「えっユリオ！？」 勇利とミラは慌てて追いかけていくと、ユリオは応接室のドアを蹴破る勢いで開けた。 「取り込み中だユーリ！練習に戻れ！」 怒鳴るヤコフに構わずに、ユリオはヴィクトルの所にずかずかと歩いて行ってヴィクトルの胸ぐらをつかんだ。 「ユーリ！」 「ユリオ！」 「…」 ヴィクトルは黙ってユリオを見つめている。 「じじいてめえ…何してくれてんだ」 「ユリオ？」 「妊娠だと…？てめえが勇利の選手生命潰してどうすんだよ！てめえコーチだろ！てめえ、てめえ…！」 ユリオがぼろぼろと泣きだしたので、その場にいた全員が驚いた。 「ユリオ…本当にすまないと思っている」 ヴィクトルが胸ぐらをつかんでいるユリオの手を取ろうとして、触んな、と撥ね付けられた。 「…謝ってすむことじゃねえだろっ…」 手で拭こうとするも、まだぼろぼろ涙をこぼし続けているユリオに勇利が歩み寄った。 「ユリオ…」 「ふざけんなっ…お前もお前だっ…！油断しすぎなんだよっ…！」 勇利は泣き続けるユリオを抱きしめた。身長は既に抜かれていて、ユリオの方が高い。 「ごめん…」 「勝ち逃げすんなよ…お前は俺が負かすんだよ…」 「うん…残念だけど今シーズンは無理なんだ」 一瞬間が空いて、ユリオは大きくまばたきをした。 「………ん？今シーズン？」 「今シーズンは休むけど、来シーズンは復帰するから。ユリオに負けないように頑張るよ」 「…ああ？」 ユリオの涙が止まった。 「えっカツキ引退する訳じゃないの？」 ミラが言った。 「うん、あれっさっき言わなかったっけ？」 言ってないわよーやだてっきり引退するんだって勘違いしたじゃなーい、あははごめんごめんー、とミラと勇利が和んでいると、勇利に抱きしめられたままのユリオがぶるぶると震え出した。 「…ふざけんなクソ豚！紛らわしいんだよ！」 顔を真っ赤にしたユリオが勇利の肩を突き飛ばした。ヴィクトルはすかさず勇利を受け止めた。 「っと…。乱暴はダメだよユリオ。勇利は今大事な時期なんだから」 「うっせえうっせえ！戻ってきたらぼこぼこにしてやるから覚悟しとけばーか！」 ユリオがどかどかと騒がしく部屋から出て行った。 「…あいつの態度の悪さは何とかならんのか…まったく」 「根はいい子なんだけどね…勇利大丈夫？」 「う、うん平気。ごめん、ミラとユリオに話しちゃった」 「ああ、勇利がいいなら構わないよ。でもミラ、他にもらしちゃだめだよ？」 勇利を後ろから抱きしめたままヴィクトルはミラに言った。 「わかってるわよ。はーでもびっくりしたわ。カツキが妊娠か～。あ、そうだ」 「ん？」 「おめでとうって言ってもいい？産むのでいいのよね？カツキにハグしたいんだけどヴィクトルいいかしら」 「特別に許可するよ」 ヴィクトルが一歩下がった。 「カツキ、おめでとう。カツキなら絶対元気な子を産めるし、必ず戻ってこれると思うわ」 ミラは勇利にそっとハグをした。 「…ありがとうミラ…」 勇利は照れくさそうに微笑んだ。 「ヴィクトルも、おめでとう」 ミラは続いてヴィクトルにもハグをした。 「ありがとうミラ」 「このエロコーチとかちゃんと避妊してあげなさいよ下衆野郎とかいろいろ言ってやりたいことはあるけど今日はやめとくわ」 「…やめとく割には今全部言われた気がするけど」 「やだーこんなの序の口よー」 あっはっは、と笑うミラにヴィクトルの笑顔がひきつった。 「み、ミラやめてあげて…僕の落ち度でもあるんだから」 「勇利！」 勇利がヴィクトルをかばったので、ヴィクトルは嬉しそうに勇利を抱きしめた。 「はいはい。あーあ今日はもう帰って飲みたいわー帰っていいですかヤコフコーチ」 「いいわけあるか！練習に戻れミラ」 はーい、とミラはけらけら笑いながら戻っていった。 ヤコフは頭痛がしてきてこめかみを押さえた。 「…なんでうちのチームは問題児だらけなんだ…カツキ、お前も含めてだ」 「す、すみません…」 「もうヤコフー、勇利が俺たちの子を産んだら孫が出来るんだよー。嬉しくないの？」 「ま、孫だと！？」 「ヴィクトル！？」 ヴィクトルは勇利に頬ずりをしながらハート口で笑って言った。 「ヤコフは俺の父親代わりなんだから、その子供はもうほぼ孫じゃないか！ヤコフおじいちゃんになるんだよ～！」 「ま、孫…」 「ヤ、ヤコフコーチ…？」 「孫か…」 ヤコフはまんざらでもない顔をして、勇利のお腹を見た。 こ、これはとんでもない味方が誕生した瞬間かも…と勇利は思った。

２話目です。ヤコフコーチに報告する話です。<br /><br />ヴィク勇で勇利君が妊娠しています。地雷の方はお避けください。<br />男性も妊娠する世界です。ただし女性に比べて確率は低いです。リスクもあります。ですがハピエンです。<br /><br />１話目で想像以上にたくさんの方にブックマークといいねを押して頂けたので大変驚いております。<br />最後までお付き合い頂ければ幸いです…。

勇利君が妊娠した話２

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　冷たい風が肌を撫でる。 　八月終わりの早朝。寂れたアパートのベランダ。白み出した東の空をぼんやりと眺めながら、ほぅと息を吐いた。新しく肺に入れた涼やかな空気が頭に掛かる靄を晴らし、どこかおぼろげだった思考が澄み渡っていく。 　そうして俺が取った行動は、額に手を当て長嘆息を溢すというもので。これでは爽やかな朝も台無しである。もとより爽やかなどという形容には似つかわしくない人間である自覚があるが、それにしたって限度があるだろう。 　高校時代の同級生がこれを見たら、「あら、ようやく浄化される気になったのね、比企谷くん」などと言われてしまうこと請け合い。残念ながら朝日で浄化されるのはゾンビじゃなく吸血鬼だ、雪ノ下。 　しかし作品によってはそういう設定もあるだろうし、闇の者が太陽の光で浄化されるというのはなんとなく納得出来ないこともない。いや、誰が闇の者だよ。ちょっとかっこいいじゃねーか。 　疼く厨二心はさて置き、ではなぜ精々日陰者呼ばわりがいいとこの俺が闇の者になってしまっているのかだが……それは自室のベッドへ目を向ければ分かる。 　男の一人暮らしにしては清潔な室内。片付いているというよりかは物が少なく、生活感のない部屋にポツリと置かれた安っぽいベッド。紺のシーツに包まれた枕と掛け布団に包まれて、一人の女性がすぅすぅと寝息を立てていた。ずれた布団から白い肌が晒されていて、位置が悪いせいか鎖骨や胸元だけでは留まらず、その柔らかそうな双丘までもが顔を覗かせている。 　……いや、見てちゃダメだろ。 　釘付けになっていた視線を慌てて外へ向ける。火を点けたまま放置して灰に変わっていた煙草を灰皿に擦り付け、灰皿ごと手に取って室内へと戻った。なるべく視線を（チラッ）、向けないように（チラッ）、しながら（チラッ）、首元まで（チラッ）、布団を（チラッ）……ダメですねこれは。これが万乳引力の法則か。 　なぜだかデジャヴを覚えつつ布団を掛け終え、倒れこむようにソファにもたれる。それと同時、またもや長いため息が漏れてしまった。 　いやいやいやいや、なにこの状況？　おかしいでしょ。 　心地良さげに眠る彼女は紛れもなく高校時代の先輩——城廻めぐりだ。大分髪が伸びているが、寝ながらにしてほわほわオーラを漂わせるその姿からも間違いないだろう。っていうか、同じ大学だし見間違えようがない。 　で、そんなめぐり先輩が、どうして俺の部屋の俺のベッドで寝ているのだろうか。もう起きてから何度となく考えたことだが、いくら思索に耽っても昨晩の記憶が曖昧で答えが出ない。嫌々数合わせで参加した合コンに参加したらめぐり先輩がいたことだけは覚えているが……なんかそれもう答え出てね？　待て待て、結論を出すには早過ぎるだろ。 　じゃあ、とりあえず今朝のことから整理しようと思い返してみても、まぶたを持ち上げたら目の前に顔があって素っ頓狂な声を上げてしまい、視線をずらせばどうやらお互いに生まれたままの姿らしいと認識してまた素っ頓狂な声を上げてしまい、そしてこれってあのギャルゲーによくあるアレじゃね……？　というところに思い至って素っ頓狂（三回目）。つまり、分かったことといえば…… 　——めぐり先輩と朝チュンしてしまった。 　ということだけだったのである。我ながら意味が分からなくて乾いた笑いが止まらない。乙女のように素っ頓狂な声を上げてる場合じゃないし、そんな中一回も起きずにぐっすり寝てるこの人は一体何者なんだよまじで。 　いや、まあいい……めぐり先輩から漂う大物感とかなんか不思議な甘い匂いとかはともかくとして、これどうすればいいんだ？　起きたら訊くか？　昨晩、なにかあったんですかって？ 　いやいやいやいや、それってどうなの？　もしナニかあった場合めっちゃ恥をかかせることにならないか？　俺だってもう二十一歳だ。そういった知識は多少偏っている可能性は否めないものの、ある程度持っている。 　ここはなにも聞かずに責任を取るべきでは……なんの？　それは一体なんの責任なんだよ。俺はずっとこのときの謎に悩まされながらその責任とやらを取るのか？ 　ぶっちゃけ、誰も今更俺に男らしさなんて求めてないっていうのは、なんとなく分かってはいる。分かってはいるんだが……これは、あまりにケースが特殊過ぎるよなぁ。 　そもそもの話、俺とめぐり先輩である。間違っても勢いやノリ、お酒の勢いなんかでやらかしてしまうことはないはず……と信じたい。あーっ、本当に昨日の俺、なにしたんだよ！　思い出せ！　なんかあったとして覚えてないのもったいないから思い出せ‼︎ 「——ひきがや、くん……？」 　名を呼ぶ声に反応して顔を上げれば、目を擦りつつ身体を起こしためぐり先輩が、肌を朝日に照らされながらこちらを見ていた。見ちゃった。 「ちょっ——先輩っ、前っ！」 　反射的に顔を反らすと、「あ、ごめんね〜」なんて暢気な声が耳に届く。恐る恐る視線を戻すと、めぐり先輩は布団を掴んで身体を隠していて、ほっとしたような残念なような息が溢れた。 「おはよう」 「……おはようございます」 　眠たげに欠伸を漏らしながらにへらと笑う様は、慈愛に満ちた聖母のようで、いっそ神聖さすら感じる。それでも確かに柔らかな雰囲気、暖かな声音に忙しなく鼓動を刻んでいた心臓は徐々に落ち着いて。 「あの……」 　気づけば、自然と口は動いていた。別にここで言わなければならないと思ったとか、そんなかっこいい理由はない。これはきっと、言っても大丈夫そうだというクソッタレな感情による行動なのだ。 　それを自覚して尚、言葉を止めることが出来ないのは、止めることに意味がないからか——いや、これもまた今止めて後で言いにくくなっては困るという利己的な考えからくるものでしかない。 　最低な自分、最低な行動に昔は愛着すら湧いていたのに、今はどうしてだろう。ただ嫌悪感のみに満たされていた。 「ふふ、なに？」 　俺の心情を知ってか知らずか、めぐり先輩は相も変わらぬのんびりとした調子で促すように微笑んでみせる。 「……昨日、なにかあったんですかね。その、覚えてなくて」 「あー……」 　言いづらそうに目を伏せる様子に、どくりと大きく心臓が脈打つ。この反応はやっぱり、そういうこと、なのだろうか。なにを言うでもなくじっと言葉の続きを待っていると、めぐり先輩は困ったように笑って昨日の詳細を口にする。 「昨日、合コンで会ったのは覚えてる？」 「……はい」 「そっかぁ。じゃあ、始まって二時間くらいかなぁ……で、他のみんながペアになって解散になったのは？」 「なんとなく……」 　言われてみれば、そんな感じだったような気もする。なにしろ、俺は葉山の代わりに出たくもないものに出ることになり気が立っていたのもあって結構ハイペースでアルコールを摂取していたから、その辺りも大分おぼろげだ。 　まあ、参加費は葉山持ちだったからタダ酒だし、マッカンをケースで奢ってもらえることになっているから、どちらかといえば他参加メンバーのノリが合わなかったことの方が怒りの要因としては大きいだろうが。ここは葉山のせいでいい。 「うんうん。じゃあ、そこからだね」 「そう、なりますかね」 「そのあと、比企谷くんと二人でしばらく一緒に呑んでたんだけど、途中で比企谷くんがトイレから出てこなくなっちゃって……その、ね」 　曖昧に言葉を濁すめぐり先輩から、だいたいの事情を察した。つまり、アレだな……？ 「吐い……戻してしまった、と」 　直接的な表現を避け、確認の意味を込めた視線を送ると、頷きが返ってきた。……うわぁ、死にたい。それで、介抱してもらった上に、家まで送ってもらったと……成人済みのやることじゃねーな。誰だそいつ。俺だ。 「すみません……」 「ううん、気にしないで。意外な一面が見れて私も嬉しかったっていうか……」 「え？」 「あ……えぇと、その……えへへ」 　照れ臭そうな笑みになんだかこちらまで恥ずかしくなってくる。なんだよ今日あっちーな、昨日まで涼しかったろ。まあ、夏なんだから暑いのが当たり前なんだけど。 「…………なんか、作ろうか？　朝ごはん食べれる？」 「あ、はい……いや、流石に悪いんで」 「私も食べたいから、ついでだよ」 「……それなら、お願い、します」 「ふふ、はい。任されました。じゃあちょっと待っててね」 　勢いよくベッドから降り立つ。と、当然のように全身が晒されるわけで—— 「——先輩っ、まずはふ、服をっ」 「あぁっ、ごめんねっ」 　首が痛くなるくらいに顔を動かして、ふとそこに思い至る。めぐり先輩の話で、だいたいの経緯は分かったが、しかし、それではこの状況の説明には足りない。 「……あの、なんで、服着てないんですか……？」 　ソファの背もたれに向かって正座しながら訊ねる。背後からはしゅるしゅると衣擦れの音が聴こえてきて、妙に落ち着かない。平静を保て。空気になれ。そういうの得意だったろ。 「あぁ……それは、比企谷くんのが、私の服に……」 「本当にすみませんでした」 　まじでなにやってんだよ昨日の俺。本当に俺かそれ？　これはまた別の意味で責任を取るべきでは？　ていうか、だからって裸のままで一緒に寝ます……？　この人の貞操観念どうなってんだ。いや襲わないけどね？　でもほら、酔ってたらなにするか分かんないじゃん？ 「その……次、はないようにしますが、もしもあったら、俺は放っておいてもらって大丈夫なので……」 「そういうわけにはいかないよ〜」 　比企谷くんらしいけど。と付け加えて、めぐり先輩は「よし」と小さくつぶやく。どうやら着替えは済んだらしい。 「もう大丈夫だよ、比企谷くん」 　安全の保証がされたのでソファへ座り直すと、ふわふわとした膝丈の白いワンピースに身を包んだめぐり先輩が視界に映った。そういえばそんな服装だったな、なんて昨日の記憶を蘇らせていると、控えめに笑った先輩はきょろきょろと視線を動かす。 「エプロンとか……」 「ないっすね……」 「うぅん……まあ、なんとかなるかな」 　服が汚れてしまうことを心配しているのだろう。白は汚れが目立つ。シミが残れば着れなくなってしまうわけだし、ここはなにか貸したいところだが……。 「あぁ、よかったらこれ、羽織ってください」 　目についたのは急に気温の下がった昨晩、タンスから掘り出したグレーのカーディガン。安物だから汚れたところで別になにも困らないし、このくらいはしなければ罪悪感が酷い。 「ありがとう」 　陽だまりのような微笑を漏らしてワンピースの上からカーディガンを着た先輩は台所へと向かっていく。なにか手伝おうかと腰を上げると、振り向いた先輩は手のひらを見せてそれを留める。 「比企谷くんはゆっくりしてて。まだお酒、残ってるでしょ？」 「いやでも……」 「いいから」 「……はい」 　めぐり先輩の言葉通り、実は二日酔いによる頭痛が結構キていたりする。それがあってもやっぱり手伝いくらいはしたいという気持ちが強いが、無理にやることでもないだろうし、ここは素直に甘えておくことにしよう。 　と思ったのだが、特にやることもなく本当に天井を見つめて待つことしか出来ないとは。この部屋なにもなさ過ぎだろ。絶対に必要な家電と本しかねぇ……。とても本を読む気分ではないしと視線を彷徨わせると、少し乱れたベッドが視界をチラつき、避けるように台所へ目を向けると自分の部屋の台所に自分のカーディガンを着た女性が立っているという事実にむず痒くなる。なるほど、これが万事休すか。 　そうして大人しくぼうっと天井と睨めっこすること数十分。半ば寝かけていた俺の耳に、ことりという音が届いた。首の痛みに後悔を覚えながらゆっくりと顔を動かすと、ハムエッグトーストとコンソメスープがテーブルに並べられている。 「あぁ、すみません……」 　運ぶのくらい手伝うべきだったと思い謝罪すると、めぐり先輩は高めの位置で纏めたポニーテールを揺らして、快活な笑顔を見せる。 「いいの。私がやりたくてやってるんだから」 　明るく、春の昼下がりのような温もり。雰囲気からも、表情からも、態度からも、めぐり先輩から漂う柔らかさはやはり心地よく、胸中の靄を容易く取り除く。 　だのに、どうしてだろう。 　その暖かさに、言葉に出来ない寂しさを感じた。 　　　　　　　　×　×　×　× 　ご飯を食べ終え、めぐり先輩が片付けをしてくれている間に頭痛薬をこっそり服用した結果そこそこ体調が良くなった俺は、なぜだか先輩を家に送るでもなくソファで隣り合ってのんびりしていた。……どうして？ 「えっと……帰らないんですか」 　散々世話をしてもらった挙句、のんびりしておいてこんなことを言うのも躊躇われたが、女子大生が遊びに行って次の日の昼まで家に帰らないというのはやっぱりマズイだろうし。ていうか、連絡はしてあるんだろうか。そもそもめぐり先輩って実家なのか、一人暮らしなのか……。 　そんな俺の考えを見透かしたように、めぐり先輩は悪戯っぽく笑う。どこかお茶目で小悪魔的なそれは、少し新鮮で。 「私は一人暮らしだから、大丈夫だよ」 「……そ、そうですか」 　それっきり無言になる室内。うるさいくらいに鳴る鼓動に反して、居心地は悪くなかった。むしろ良いくらいで、やっぱりこの人にはなにかセラピー的な力があるなぁと思わされる。 　そんな調子でしばらくゆっくりしていると、ふぅと疲れ気味な嘆息が部屋に落ちる。 「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」 「家まで、送りますよ」 「ふふ。嬉しいけど、気を遣わなくてもいいよ」 「いや、そういうわけじゃ、ないんですけど……」 　だったら、どういうわけだ。気を遣ってないなんてことはない。でもそれは俺のためでしかないから、まるで俺が人のために気を遣っているような言い方をされるのはなんか違う。 「比企谷くんは、ゆっくり休む。いい？」 「……はい」 　なんでかこの人には逆らいづらい。本心から俺のことを心配してくれているのが伝わってくるから？　それももちろんあるんだろうが、めぐり先輩の言葉にはなにか、静かな強制力がある気がする。 「ならせめて、玄関まで……」 「うん、ありがとう」 　お礼なんて、言われるようなことじゃない。でもきっと、それを言ったところでめぐり先輩は首を振るのだろうから、口の中に留めてソファから立ち上がった。 　続けて腰を上げためぐり先輩の背を追う形で足を踏み出して——そのまま固まってしまう。 「…………いや」 　口から飛び出した打ち消しの語は掠れていて先輩の耳には入らなかったらしい。数歩進んでから振り向いた先輩は不思議そうに首を傾げる。 　早鐘を打ち鳴らす鼓動を感じながら、乾いた口で言葉を紡いだ。 「……先輩、最近蚊に刺されたりしましたか？」 「え？　あ、今年は一回も刺されてないかも。どうして？」 　視界が歪み、地面が回るような感覚にふらりとソファへ倒れ、飽きるほど眺めた天井を仰いだ。……蚊に刺されたか、なんて訊くまでもない。そもそも、そういうものはそういう形をしていて——なにより。 『——比企谷、くん……っ』 　脳内を駆け巡るのは思い出した昨日の記憶。この部屋について、その後のこと。……ああ、そうか。だから、シミがないのか。自分でそこを気にしていながら、どうして気づかなかったのだろう。俺が本当にめぐり先輩の服を汚していたのなら、先輩が相当頑張って消そうとしなければ今頃目立つシミがあるはずで。 『——んっ……ふ、ぅ』 　響いていた嬌声。蘇るその身体の柔らかさ。そして今尚残る証拠として先輩の首筋についた——キスマーク。 「……どうして、嘘を吐いたんですか？」 　何度目かの問いで、初めて笑い声が返ってこなかった。一瞥した先輩は迷うように視線を泳がせて、諦めたのか息を吐く。 「言ったら、比企谷くんは私に告白してくれるだろうなって思ったから」 　困ったように笑う姿はやっぱり寂しげで、あのときの選択が間違っていたことを伝えてくる。なにがあったのかと問われて、相手のためにそれを隠す。めぐり先輩は、そういう人だったらしい。それなりに長い付き合いで、分かっているつもりでいた。しかし、現状が明確に分かっていなかったという事実を突きつけてくる。 「——違うよ」 　唐突な否定の言葉に意味が分からず呆けていると、先輩は調子の変わらない柔らかい声音で言葉を続ける。 「私がね、知らない状態で告白されたくなかったの」 　真実か虚偽かどうかなんて真剣な眼差しを見れば一目瞭然だった。 「だから、比企谷くんのためじゃ、ないよ」 　どこまで知られているのだろうか。この場合、理解されている、といったほうが正しいか。めぐり先輩は俺の思考回路をよく理解している。だから、この台詞が俺のどの感情に対するものなのか、俺には明確に分かるが、さりとて、はいそうですかといくわけもなく。 「……誰のためとか、関係ないっすよ」 　そんなことを言わせてしまっていることそれ自体に、尋常ではない申し訳なさが溢れて仕方がない。だいたい、そこまで理解していながら、どうしてそこを理解していない？　俺がどういう人間なのか分かるなら——いや、そうじゃない。そうじゃないだろ。だって、言っていない。言ったことがない。そういうことを言うタイプの人間ですらない。 　だから、あんな流れで身体を重ねたときに放った言葉を信じられるわけもなくて。 「……俺は」 　言わなければならないなんて、そんな言い方はしない。これは、きっと、俺が言いたいことなのだ。俺はそういうことを堂々と口に出来るタイプの人間ではないが、それを自覚した上で、それでも言いたい。伝えたい。 『——好きです』 　俺は。 　比企谷八幡は。 「『好き』だなんて言葉を、好きじゃない人に言ったりしないです」 　これだけで先輩には伝わったはずだろう。実際、めぐり先輩は目を丸くして驚いている。が、そんな相手に理解させるようなやり方をこれまで学んできたわけじゃない。忖度が悪だとは言わない。理解しようとしてくれる相手に対して、理解出来る範囲で言葉を伝えるのなら、それは信頼関係の表れだろうから。 　でも、俺と先輩はまだその位置にない。だから、はっきりと言葉にしたい。言葉に、するんだ。 「——城廻めぐり先輩が、好きです」 　いつのまにか立ち上がっていた自分に気づいて、顔が熱くなる。なにをマジになってるんだと思わないでもない。こうしていると昔、あいつらに本音を溢したときのことを思い出して布団に隠れたくなる。 　ただ、この胸のすっきりした心持ちは悪くない。 「順番がおかしくなりましたけど……俺と」 　すっと伸びてきた指が唇に当てられて、思わず口を閉じる。びっくりしている俺を他所に頬を染めてはにかむ先輩は、これまた初めて見る表情でつい見惚れてしまった。 「変わらないね、比企谷くんは……ずるいよ」 　瞬間——唇に柔らかいものが触れる。目を開けたままの俺の視界には先輩の長い睫毛が映っていて。しばらくして離れていった顔を見つめていると、 「順番がおかしくなっちゃったけど、私と付き合ってくれる……かな」 　……ずるいのは、どっちだよ。 「はい……」 　自然と返していた答え。俺はどんな顔をしていただろう。先輩の表情から、なんとなく予想出来た。

　こんばんは、夢兎ですー！<br />　今回は初めての八めぐ！！　とがおニキ誕生日おめでとうという気持ちも込めて。<br /><br />　ではでは、また次の作品で！

城廻先輩と朝チュンした話。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10019807#1

Attention！　 捏造と妄想で作られた作品です。　　 捏造あります（大事なので2回言いました） 工藤夫妻&毛利蘭（&新一）に対して厳しめです。 既存ネタあると思います。　　 口調が迷子。 救済ネタがありです。 作者は警察とか学校とかの専門知識は皆無です。 オリ主が出てきます。 クロスオーバーがあります。 作者はあまり知識がないです。 原作ネタを捏造してます。 キャラ崩壊あり。 作者は豆腐メンタルなので、批判など控えてくれると幸いです。 また、自己防衛、お願いします！ 　 上記で地雷があったら、スッ、とお戻りください。 [newpage] はい、どーも、せっかくの休日なのに呼び出しで登庁している工藤桜です。 降谷さんと諸伏さんとエンカウントしたのがつい3ヶ月前の事。 え？あの降谷さんに暴言、言った後どうなったって？もちろん謝りましたよ。 ただあの日から大きな仕事が片付いたせいで、毎日登庁してる降谷さんが嫌味を言うようになりましたね！しかも私は分かる。あの人、絶対楽しんでる。 私、口でもほとんど勝てないから大抵こっちがイラッてなってる。 ん？でも私も随分嫌味言ってるから、降谷さんも苛ついてはいる………のかな？ それと比例して諸伏さんからは慰めと言葉とかもらえてるんで、諸伏さんの好感度はうなぎ登りです。 「おい、この後、空いてるか？空いてるならこの資料を…」 「あー、すいませーん！空いてないですねぇ！ただでさえ休みだったのに休日返上で、きてるんで！それに、空いてるか、と聞くということは、選択の余地がありますよね？つまり、まだそれの提出期限には時間があるはずか、私でなくてもできるという事です！ので、ご自分でなさって下さい、降谷さん！」 大抵仕事は、嫌味を言っても引き受けるが、これは別だ。今日は休日出勤。しかも、自分で出来るのなら、自分でやってください。 てか、私以外に回してください。 ビキッと音を立てて降谷さんの米神に筋が入った気がするけど、気にしない！気にしない！ 「………ちなみにこの後の予定を聞こうか。」 「え、何でですか。何で私の予定を降谷さんに言わなきゃいけないんですか。まぁ、良いですけど。友人と飲みに行ってきま痛い痛いいたいですギブギブギブ離して離して離せ下さい！！！」 何で言わなきゃいけないんですか、辺りで降谷さんが笑顔になった癖に目の奥が全く笑ってないという不気味な事になったので慌てて予定を言ったら、飲みに行って、辺りで更にどす黒いオーラが出て、アイアンクローされた。理不尽。てか、まだ潜入してないにしても降谷さんは自分がゴリラって事を自覚したほうがいいと思う。 と、そこで 「工藤、この書類だが…って何してるんですか」 風見さんがやってきた。若干呆れた目をしてるのは気のせいだと思いたい。 「風見さん！ひどいんです、降谷さんが！休日出勤までしてるのに更に予定を潰そうと！パワハラしてくるんです！」 「なっ…人聞きの悪い…！」 「ほんとの事ですも〜んっていたたたた！割れる割れる割れる！果物みたいに潰れる！」 更にアイアンクローを強めなくてもいいと思う。 まぁ、アイアンクローはやめてくれたので良かった。 「とにかく！私はこれから飲みに行くんです！本来の休日を謳歌してやるんです！」 「そもそもお前に友達なんていたのか？」 「ひどい！流石にそれは傷ついた！いますよ！」 「二次元?」 「ふざけてんのかですか！？リアルですよ！ ！」 「敬語お前おかしいぞ」 「降谷さんこそいるんですか！？」 「あぁ、いるさ。」 「妄想ですか？」 「リアルだ！」 「へー、降谷さん、ずっと仕事してるから、仕事が友達だと思ってましたぁ！あ、車もですかねぇ？」 風見さんが胃が痛いと言うように胃を手で押さえてるけど、それは私じゃなくて降谷さんが悪い。100%降谷さんが悪い。降谷さんに謝罪を要求して下さい。私も要求したいです。 「さて！もう良いですよね！帰ります！」 もう時間は6時半。帰ってもいいだろう。 「じゃ、お先に失礼します！」 何か降谷さんは言いたげだったけど、風見さんは「ああ」と言ったので問題ない………よね？ さぁ、飲みに行こう。昼、ラインを入れたのできっと返信はもうあるだろう。 つい先月私住んでいたのマンションの爆弾が、きっかけで知り合った、"あの二人"と、飲むために私は警察庁をさっさと出た。 　[newpage] 「ん？誰だ？」 終わったぁーと思い切り伸びて帰り支度をちょうど済まし終えた俺は誰かからラインが送られてきているのに気づいた。 工藤桜 : 萩原さん〜、今日空いてます？？ 連絡はの命の恩人でもある先月頃に知り合った少し年下の子だった。 萩原 : 空いてるよー 工藤桜 : じゃ、今日飲み行きません？ 　　　　松田さんも誘って 萩原 : いいよー、連絡しとく。じゃ、 　　　いつもの店に8時ね。 工藤桜 : ありがとう！ 返信早いな…… 彼女との出会いは俺が先月頃、爆発物処理班の仕事でマンションで爆弾を解体してるときだった。 ……………文字だけみたらいろいろやばいな。 今思い出してもぞっとする。 いつもどおりタバコをふかしてたら、彼女がまだいたんだもんなー。 と思いつつ松田に連絡を取る。 　　　　が。 　 「なんだ？」 「ぉうわぁっ！？」 ラインを送ったら、自分の隣からその本人が出てくるってどんなホラー！？ 「こわっ！！急に、やめろよ！」 「あ？今日飲みに行くんだろ？てか、どうした？そんな考えてた顔して。」 「いや、ほらさ、松田覚えてるっしょ？ついこの間のあの事件…」 言わずもなが"あの"事件である。 　 そう俺はいつもどおり、防護服を脱いで、タバコを吸っていた。今回も楽勝だろうとたかをくくって。 この仕事……爆処の仕事はそんな生温い仕事では無いというのに。 「何してるんですか？」 「何って爆弾解体してる…って一般人！？な、なんでまだここにいるの！？」 住民は全員避難してると思った俺はそりゃもうギョッとした。声をかけてきたのはやわらかそうな茶髪と青い瞳が特徴的な美人であろう、まだ若い女性だった。 「寝てたんです。風邪で。そういうあなたは…」 そこで彼女は俺を足から頭までさっと見ると、 「………何してるんですか？」 と言ってきた。いや、何してるって… 「爆弾解体だよ！それより、すぐにここから…」 「へぇー、知らなかったです。今の爆処の人って、防護服を着なくていいんですね」 「え、あ、いや…」 「え？違うんですか？じゃ、なんで着てないんです？防護服の意味ってわかってます？自分の命を守るためですよ？警察官が、自分の命さえも守れないくせに、誰かの命を守るんですか？」　 　 「う、あ、そ、そうなんだけど…」 　　 「じゃ。さっさと着て下さい。」 「あ、うん、先にじゃ、避難を…」 とりあえず彼女を階下に避難させるため、彼女を連れて下に降りてきたんだけど次の瞬間、いままでいたあの階が、爆発した。 まぁ、その後、松田に 「防護服をちゃんときろ！！」と殴られたり、彼女……工藤桜ちゃんと、そのご縁で今でも俺と松田と桜ちゃんで、飲みに出かけたりする仲になったり、その防護服を着てなかった責任で、刑事一課に、回されたり… そうそう、桜ちゃんは警察官らしい。どこの所属かは聞いてもさり気なく「二人に比べたらまだまだ……」と濁されたけど。 「いや、ほんといろいろあったなぁって。」 「まぁ、確かにな。」 ぼんやりと思い出しながら俺たちは桜ちゃんとの飲み会へと、向かった。 [newpage] 松田さんと萩原さんと最後に飲んだ日から約一ヶ月。 久しぶりにしっかり睡眠を取り、登庁し自分のデスクに向かおうとすると、風見さんが少し硬い表情で、声を掛けてきた。 「工藤」 「はい！何でしょうか、風見さん。」 「至急、第二会議室に来るように、とのことだ。」 「…え？誰からの指示ですか？」 思わず聞くと、風見さんはまぁ…かなりお偉いさん方の名前を出して、さっさと自分のデスクに言ってしまった。 え……？呼び出し…？もしかして何か私、やらかした…？え、何かやっちゃったっけ…？ やらかした…？ 呼び出されるなんて聞いてないんですが！ [newpage] 最近敬語がうまく使えない、休日労働したけど、お偉いさんに呼び出しくらったオリ主。 　え？私の用事、何で言わなきゃ 　行けないんですかね？ 　飲みに行くに決まってますよ、 　もちろん！相手は今回は、爆処の 　某二人です。公安になって、三ヶ月目で 　一人暮らししてたマンションが爆発とい 　う目に会った人。でも、萩原さん、救え 　て良かった。風邪になってて外出たら、 　萩原さんいて、今日じゃん！ってなって 　焦って、萩原さんに正論言ったら、 　しどろもどろになって、避難させてくれ 　た。ありがとうございます。でも、 　防護服着ないのはダメ、絶対。 　あのあと公安の力使って犯人捕まえたか 　ら、松田さんの死亡フラグもへし折っ 　た。二人とはよく飲みに行く。 　たまーに伊達さんもいるね。 　でも、公安は隠さなきゃね。 　あと、諸伏さんは慰めてくれるし、 　ほんと嬉しい。 　でも、何かやらかしちゃった……？ 　え、何か怒られんの…？やだ、コワイ。 部下に嫌味を言うのが最近楽しい上司 　最近、風見の部下との嫌味の応酬が、 　地味に楽しい。けど、友達はいるぞ。 　景光とか。確かに萩原とか、松田とか 　伊達とかとは連絡とれてないけど。 　は？萩原が防護服着てないって？ 　ふざけてんのか？ 　え？それを工藤がギリで助けた？ 　ナイス、工藤。 　嫌味を言いつつもひっそりと 　好感度が上がってる。 　ただ、俺が会えてないのに工藤が 　会ってるのは納得行かない。 　 　 胃がいつも痛い、今回呼び出された原因を知ってる眼鏡の上司さん。 　胃がいたい。 　工藤、頼むから少しは抑えてくれ。 　…………胃薬を買いに行かなくては。 　呼び出された理由は知ってる。 　忙しくなるだろうけど、 　頑張れよ、工藤。 　 今回出てきてない、上司の幼馴染。 　工藤？いい子だよな。 　でもゼロには勝てないと思うぞ？ 　え？萩原が、防護服着てなかったっ 　て？ 　………いつかまた会えたゼロと一緒に 　殴ろう。工藤、よくやった！ マンションの爆弾解体してたら、まだ人がいて驚いた人。 　え！？何でまだいるの！？危ないよ！！ 　あ、おっしゃるとおりですね、ハイ。 　俺も危ないわ。 　桜ちゃんを避難させたら、爆発して、 　冷や汗が止まらなかった。 　まって、松田！！グーは駄目！！ 　本気で殴らないdグエッ…！ 防護服脱いでて、危なかった人をグーで殴った人。 　は？防護服脱いでる？ 　挙げ句死にそうに？ 　取り敢えず渾身の力で殴った。 　工藤っていう萩原の命の恩人とは、 　良く、三人で飲みに行く。 　同じ警察官らしいが、若いし、 　美人だし、すげぇな。どこ所属？ 　え？二人に比べたらまだまだ？ 　そんな事ないだろ。 　てか、そんなに飲んでるのに、 　酔わないのか。すごいな。

今回も例のごとく細かい注意は本文の1ページ目です。<br /><br />デイリーランキング34位、ありがとうございます！！<br /><br />あと、コメント、スタンプも、ありがとうございます(●´ω｀●)<br /><br />スタンプには返信出来ておりませんが、ニヤニヤしながら見ております笑<br /><br />あと、相変わらず、深夜テンションです。<br /><br />IQを3にして下さい<br /><br />妄想と捏造の塊です。

呼び出されるなんて聞いてないんですが！

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指が絡まる。もたつく。首を傾け、鏡を覗きこみながら、元就は必死になって耳朶にイヤリングを噛ませていた。 上手く挟めたと思っても、白い花飾りが正面ではなく、斜め上を向いている。格好が悪い。耳朶もジンジン痛くなってきた。蚊に刺されたかのように、ほんのり赤く染まっている。 こんな煩わしいモノを、穴を開けてまでぶら下げる女性はどれだけ我慢強いのか。シンプルな装いが好きで、それこそピアスやらネックレスやら光物に不慣れな元就は、付けるだけの単純な作業に根をあげていた。 持っている装飾品は、僅かな髪飾りとネックレス。全て貰いモノで、自分が選んだ宝物は、指を苦戦させるこのイヤリングだけ。 「鏡睨み付けてると思ったら、何めかしこんでやがる。仕事から帰って早々お出かけかい」 しかめっ面が映る横に、にゅっと元親が割り込んだ。「そんなおしゃれ、俺とのデートじゃしないだろ」と言いたげな恨めし顔。どきりとして、手元が滑る。ぽろんと、イヤリングを落とした。 「あんたがこんなの持ってたなんてな、意外だ」 ずいっと腕を伸ばして、元親がイヤリングを拾う。大柄の花をあしらったそれ。色は白。付けているだけで存在感のある、元就ならば絶対に選ばないであろう派手なデザイン。「こういう派手なヤツ、好きだな」と隻眼に近づけてしげしげ眺める。褒められはしたが、元親の好みに合わせたつもりはない。ドレスに合わせたのだ。 「友の結婚式がある故、これくらいは着飾らねばならぬだろう」 「結婚、式か。呼ばれてんのか？誰の？」 元親が目を大きく見開く。ぼうっと呟くように問うた。人付き合いの苦手な元就を、式にまで呼んでくれる親密な友達が居て、驚いているのか。 「幸村ぞ。大学で、ゼミが一緒だった」 「ああ、あの子」 目のくりくりとした、愛らしい彼女を思い浮かべているのだろう。自分達も今年で２６になる。ぽつぽつと顔見知りが籍を入れ始め、具体的な未来を意識する頃だ。 「んで、いつ行くんだよ」 「言っておらなんだか。四日後よ」 「四日後！？こ、今週の日曜じゃねえか！おいおい聞いてねえな、毛利さんよぉ・・・」 まるで自分が突然呼ばれ、運悪く他の予定と被ってしまっているのような、歯切れ悪く言葉尻を濁す。 「何か約束でもしておったか？」 「あーいや、してねえけどよ、ほら、ドレス選びだとかあるだろ」 同棲生活２年目に突入しているため、お互いの趣向や持ち物はおおよそ把握している。元親は元就の被服・装飾品への拘りのなさを知って、心配しているのだろう。 元就は、どうも装飾品の扱いが苦手だ。興味こそあるが、取り扱い方や被服との合わせ方が難しい事もあって、手を出せないでいる。元親と付き合い始めた頃は大学生で、周りはカップルとなれば揃いの指輪を贈りあうなど、目に見える求愛にしけこんでいた。反面、元就はその慣習がどうしてもピンとこなかった。 昔、元親から貰ったネックレスも、くすぐったくて結局付けなくなった。また、外したそのネックレスをポケットに入れて洗濯器で回した日は、激しく後悔したものだ。唯一手元に置いてる母の形見のネックレスも、大切に大切に失くさない様しまっている。 実のところ、宝石の持つ輝きを美しいと感じる心はあれど、それを自分のモノにしたいと思うほど魅了されない。 「あんた洒落た服持ってんのかい。なんなら、今からでも俺が一緒に・・」 隻眼がぱっと輝く。時間を確認し、今ならまだお店に間に合うかもしれない、と財布とバイクの鍵を握りしめ元就を責っ付いた。 女子力のパラメーターがゼロに振っている癖に、一人おしゃれに孤軍奮闘する彼女を手助けしたい。そんな善意より、元就以上に可愛らしいモノが好きで、普段それに興味のない彼女と一緒に買い物を出来る喜びが現れている。大柄な体にピンク色の乙女心を秘めている元親が言わんとする事など、冷蔵庫の中身を確かめるより簡単だ。 「ふん、貴様に言われずとも、すでに揃えたわ」 「・・もう買っちまってるのか、用意だけはいいな」 しょんぼり肩を落とす元親。元就はふふんと鼻を鳴らす。一昨日から部屋の隅にぽつんと置きっぱなしの紙袋を指差した。あの中に、パーティードレスが入っている。元就とて、親からそれなりの教育は受けた。はがきの書き方だとか、公の場のマナーだとか、服装だとか。基本的な常識は心得てモノにしている。 「畳みっぱなしじゃねえか！」 「皺になるだろ」と元親が慌てて駆け寄る。紙袋をそっと開け、ドレスをうやうやしく取り出した。そっと広げる。 深緑のバルーン型ワンピース。シフォン生地で柔らかくふわふわしている。スカートの裏側を調整すれば、バルーンが崩れてスレンダーなドレスにもなる、と店員が手品の様に変えてくれた。ベージュの大判ストールも、その時に見立てた。 「へえ、またお上品な」 それなりのモノで気に入ったらしい。 フリルリボンがあしらわれたバックとヒールの高いラメ入りのシューズもひっぱりだす。仕事帰りに一式揃えたのだ。式に呼ばれたからにはしっかり着飾らなくては。別の店で先ほどのイヤリングも選んだ。これだけは元就チョイスだ。 「イヤリング以外、安全安心の店員チョイスぞ」 「店員に任せるとは、信用ならねえな。試着したのか？」 眉を潜め、訝しめる。一人で華々しい場に赴き、自分ではなく店員に頼った行為が面白くなかったらしい。どうせなら、上から下まで、自分の好みに仕立て上げたかったのだろう。顔にそう書いてある。 「ぬかりない」 「ふーん。ドレスはいいとして、頭はどうすんだ？見る限り、飾もんはイヤリングしか買ってねえようだし」 「頭・・・」 はっとして、髪に触る。艶こそあるが癖っ毛で毎朝整えるのに苦労する頭も、飾らなければならない。ドレスを揃える事で頭がいっぱいで、コロンとリストからはじき出されていた。むむ、としばし悩む。 「それは、ああ、そうか晴久に頼めば・・・」 幸い、いとこが美容院を営んでいる。朝早く叩き起こして、やらせればよかろう。 「あいつに頼まなくても、俺がいるだろ！」 ドレス選びが叶わなかったのなら、せめて自分にやらせろと食ってかかる。いきり勇んだ元親は、勝手に小物が入っているタンスを探り始める。元就が持っている、数少ないヘアアクセを引っ張り出した。これらも、元親が元就に似合うからといつぞや買ったものだ。 元親は、まずドレスに似合ったヘアアクセを選ぶ。まるで、この日のために揃えられたかのような、キラキラとした派手なアクセサリーが新品同様の顔を揃えている。長年使われず、放置され、使われる時が来たと、期待を込めた輝きだった。 「元就、前向いてろ」 大人しく、頭を預ける。 「あんた、癖っ毛だがさらさら以外となんだよな」 元就の後ろに廻り、丁寧に髪をかき集める。近い、ような気がした。夜、ベットの中で頭を触られたり撫でられたりと、性的な施しは受けるが、下心のないまま触られると多少どきどきする。 「できた」の一言とともに、後頭部でぱちんと何かが止められた。 鏡を覗き込むと、いつも奔放に散らばる毛先が、綺麗にまとめあげられている。そこを触ってみると、ごつごつとした装飾に指が当たった。元親が、後ろから鏡を当て合わせてくれる。イヤリングと合わせた白のビーズが施された髪留めが栄えた。 「器用だな」 「元就のことならお手のモンよ」 鏡に、にかっと笑う元親が映る。 「これに、あのドレス着るんだろ。あと、お袋さんが残した、真珠のネックレス付けてな」 元親の頭の中では、元就のドレス姿を描いているのだろう。幸せそうに、一人悦に入っている。元親のコーディネートはまだまだ続く。こういう何かに耽っている時は、黙って相手をする方が楽なので、元就は背を向けて聞くに徹する。 「爪も塗らねえとな。肌色のまんまじゃ、寂しいだろ。あと、派手な指輪があれば華やかに見えるんだがなあ」 元就の手を、下から掬いあげて取る。元就の小さな指が、元親の大きな掌に広がる。ドレスが質素なので、コサージュを付けてみたらどうだか、だとか、それより爪を派手にしたほうがいいかだとか、自分の事の様に悩む。語る一言一言に、やっぱりドレスから選びたかった、とピンク色の願望が滲み出ていた。 「指輪など、持っておらぬ」 「知ってら」 「・・・ならば、指輪くらい、好きな物を選ばせてやる」 それとなく、元就は元親の手を握る。後ろを振り返り、見上げて誘った。これで少しは、元親の願望を満たせるだろう。 「あーそうだな・・。じゃあ、ちっと早いが、明日行くか」 不自然な間が空く。頬をだらしなく緩めて、元就の手を握り返した。 翌日、仕事終わりに待ち合わせ、ジュエリーショップに連れて行かれた。店頭で長い時間をかけてじっくり選ぶのかと思いきや、店内に入る早々、元親が店員に声をかける。数分後、上品に身形を整えた女性店員が、元親に何やら手渡す。 「本当はな、日曜に渡すつもりだったんだがよ」 元親は小さな青いは箱を受け取ると、ハニカミながら元就に中身をゆっくり開いて見せた。輝きがきらきらと眩しい。 「これは・・」 何を差し出されたのか、束の間理解できたなかった。元親の顔を見、手元で光るそれを見、今、起きている事を把握する。元親が、優しく頷いた。 受け取ってくれと言わんばかりに、輝きを放つそれが愛おしく映る。今までにない感情を抱きながら、瞳いっぱいにその光を留めた。 指が、求めて伸びる。 花吹雪に包まれ、協会から出てきた夫婦に拍手を送る。その左手に、控えめな銀色の輪が、きらりとひかる。

素敵企画<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/22885011">illust/22885011</a></strong>様にちょろっとだけ参加させていただきました！ルーキーランキングインもありがとうございますー！

【bsr親就】きらりとひかる

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俺は転生者である。前世はトラックにひかれた訳でも、マンホールに落ちた訳でもなく、気が付いたら新しい世界で生を受けていた。 大人精神in赤子…おむつ替えとか授乳とかそりゃあもう羞恥心がやばかった。心を無にした。 死んだ目でおっぱいを吸う赤ちゃんはさぞシュールだったであろう。すまん今世のままん。 そんなこんなでおむつもおっぱいも卒業し、あっという間に小学一年生。感覚がすでにアラサーだから時間の流れが早いような気がするのは気のせい気のせい。 ピカピカのランドセルを背負って、教室に入り決められた席につく。隣の子はまだ着ていないが、前の席の子は着ているので挨拶でもしておこうと、ちょんちょんと背中をつつく。 『(…うわ、なにこのキューティクルボーイ……)』 振り返った男の子はそれはもうまぶい。 さらさらとした黒髪に大きい灰色のつり目。てかまつげ！なっが！え、長くない？なにこの国宝級の少年まじタイプ。前世の"私"のもろタイプの子だわ。あ、いい忘れてたけど前世は女やってました。今は男だけど。 「…えっ、と……なに？」 『あ、きゅーにごめんね。おれ、あおいっていうんだ！』 「…ひろみつ」 『へぇ！ひろみつ君って言うんだ、なまえかっこいいね！』 俺なんか葵だからな！しかも、名字が日向、フルネームだと向日葵。ひまわり！もっと男っぽい格好いいなまえが良かったから羨ましい。 それにしてもこの少年は人見知りなのかな？ たどたどしいしいし眉毛が少し下がってる。あああそんな困った顔しないでー！！俺怪しくないよ君と仲良くなりたいんだ！だってこんな可愛い子ちゃんと仲良くなれたらハッピー！ 『きょうからいっしょのクラスだし、せっかくだから仲良くしたいなーって…だめ？』 「…いいよ」 『やった！よろしくね！』 手を出して握手を求めるとおずおずと握り返される。あ、ぷにぷに…なるほどこれがもみじのおてて…。 ひろみつ君にちょっと来て、と言われて可愛いお手手を繋ぎながら窓際の席に連れられてきました。 そこにはそれはもうまぶい(二度目)少年がいた。 美少年の友達は美少年ということだなオッケー。 金髪に褐色肌に綺麗な青い目…ハーフかな？それにしてもなんか見たことある。 ぶっぎらぼうに「ふるや、れい」と名乗る少年まじ尊い。ショタ尊い。拝み倒したくなるのも我慢してとりあえず褒め倒しといた。髪綺麗だねとか目海の色だねとか思い付くかぎりの言葉で褒め称えた。照れちゃってかわいいー！ 「…あおい、ぼくは？」 ん？ひろみつ君も格好いいよ！！！ [newpage] 日向葵 ひまわりじゃないよ！前世はオタクだった。今世は黒髪に色祖のうすい茶色の目。本人に自覚はないがめっちゃ美少年。ひろみつ君のことまつ毛長い！と言ってるけど本人もまつ毛長い。 ひろみつくん 後ろ振り向いたら可愛い子いてビックリした。女の子だと思ってる。まだ子供だからわかんないけど、一目惚れした。男ってわかっても好き。 れいくん 親友が美少女連れてきたビックリ。同じく一目惚れ。ぶっきらぼうなのは照れ隠し。なんか知らないがコンプレックスだった見た目褒められて恥ずかしいし嬉しい。

転生元女、今世男なオタクが皆の初恋かっさらって、アピールされるも気づかない話。攻め主ﾀﾞﾖｰ<br /><br />コナンではスコッチが一番好きです！！

なにこのショタまぶい

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